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平成14年(行ケ)第101号 特許取消決定取消請求事件(平成15年5月28
日口頭弁論終結)
          判        決
       原    告   セイコーエプソン株式会社
       訴訟代理人弁護士   生 田 哲 郎
       同          山 田 基 司
       同          山 崎 理恵子
       同          高 橋   淳
       同          池 田 博 毅 
       被    告     特許庁長官 太田信一郎
       指定代理人      末 政 清 滋
       同          北 川 清 伸
       同          小 林 信 雄
       同          高 橋 泰 史
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
          主        文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が異議2001-72121号事件について平成14年1月10日に
した決定を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「ダイクロイックプリズムおよびこれを用いた投写型カラー
表示装置」(後記訂正により「投写型カラー表示装置」と訂正)とする特許第31
31874号発明(昭和62年12月15日に特許出願した特願昭62-3167
10号の一部につき新たな特許出願,平成12年11月24日設定登録,以下「本
件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
   本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-72121号事件
として特許庁に係属し,原告は,平成13年12月18日付け訂正請求書により願
書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請
求した。
   特許庁は,同特許異議の申立てについて審理した上,平成14年1月10
日,「訂正を認める。特許第3131874号の請求項1に係る特許を取り消
す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年2月2日,
原告に送達された。
 2 本件訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記

 光源と,該光源から出射された光を3つの色光に分離する色分離系と,該色
分離系で分離された前記3つの色光をそれぞれ変調する第1,第2,第3の液晶ラ
イトバルブと,該第1,第2,第3の液晶ライトバルブにより変調された前記3つ
の色光を合成するダイクロイックプリズムと,該ダイクロイックプリズムにより合
成された光を投写する投写レンズとを備える投写型カラー表示装置において,
(注,以下「構成要件(A)」という。)
 前記色分離系は,前記光源から出射された光を,第1の色光と,第2及び第
3の色光とに分離する第1のミラーと,前記第1のミラーによって分離された前記
第1の色光を,前記第1の液晶ライトバルブに導く第2のミラーと,前記第1のミ
ラーによって分離された前記第2及び第3の色光を,第2の色光と第3の色光に分
離するとともに,前記第2の色光を前記第2の液晶ライトバルブに導く第3のミラ
ーと,前記第3のミラーによって分離された前記第3の色光を,前記第3の液晶ラ
イトバルブに導く第4,第5のミラーと,を備え,(注,以下「構成要件(B)」
という。)
 前記ダイクロイックプリズムは,波長選択反射層が略十字状に配置されるよ
うに4個の直角プリズムの直角を挟む面がそれぞれ接着剤により貼り合わされてな
り,
 第1の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面には,それぞれ第1の波長選
択反射層と第2の波長選択反射層が形成され,
 第2の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面のうち,一方の面には第1の
波長選択反射層が形成され,他方の面には波長選択反射層が形成されておらず,
 第3の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面のうち,一方の面には第2の
波長選択反射層が形成され,他方の面には波長選択反射層が形成されておらず,
 第4の前記直角プリズムの直角を挟む2つの面には,波長選択反射層が形成
されておらず,
 前記4個の直角プリズムは,前記第1の波長選択反射層と前記第2の波長選
択反射層が直交するように,前記波長選択反射層の形成される面と,前記波長選択
反射層の形成されない面とが前記接着剤により貼り合わされてなり,
 前記直角プリズムの直角を挟む面を隣接させて対向する2つの直角プリズム
同士の間には,1つの前記波長選択反射層と1つの前記接着層を介在してなり,
(注,以下「構成要件(C)」という。)
 前記第1乃至第4の直角プリズムの直角に対する斜面には,それぞれARコ
ートが施されており,(注,以下「構成要件(D)」という。)
 かつ,前記ダイクロイックプリズムは,前記第1の液晶ライトバルブにより
変調された前記第1の色光を前記接着剤を介さずに前記第2の波長選択反射層に導
いて反射し,前記第3の液晶ライトバルブにより変調された前記第3の色光を前記
接着剤を介さずに前記第1の波長選択反射層に導いて反射し,前記第2の液晶ライ
トバルブにより変調された前記第2の色光をそのまま透過するようにして,前記3
つの色光を合成するように配置されていることを特徴とする投写型カラー表示装
置。(注,以下「構成要件(E)」という。)
3 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,特開昭62-1
391号公報(本訴甲3,審判甲4,以下「引用例1」という。)及び英国特許第
754590号公報(本訴甲4,審判甲1,以下「引用例2」という。)に記載さ
れた発明(以下「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して
されたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとし
た。
第3 原告主張の本件決定取消事由
  本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点1についての判断を誤り(取
消事由1),また,同相違点4についての判断を誤った(取消事由2)ものであ
り,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(1)本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点1として,「本件発明1
(注,本件発明)の色分離系は,『前記光源から出射された光を,第1の色光と,
第2及び第3の色光とに分離する第1のミラーと,前記第1のミラーによって分離
された前記第1の色光を,前記第1の液晶ライトバルブに導く第2のミラーと,前
記第1のミラーによって分離された前記第2及び第3の色光を,第2の色光と第3
の色光に分離するとともに,前記第2の色光を前記第2の液晶ライトバルブに導く
第3のミラーと,前記第3のミラーによって分離された前記第3の色光を,前記第
3の液晶ライトバルブに導く第4,第5のミラーと,を備え』ているのに対し,引
用発明1では,第1のキューブプリズム52とミラー53により構成されており,
そのような構成を備えていない点」(決定謄本9頁「相違点1」)を認定し,同相
違点について,「光源からの光を3つの色光に分離するのに,第1,第2の波長選
択反射層を有するミラーで順次各色光に分離することは,従来周知(特開昭60-
179723号公報〔注,甲5,以下「甲5公報」という。〕,特開昭62-30
215号公報〔注,甲6,以下「甲6公報」という。〕,特開昭62-13342
4号公報〔注,甲7,以下「甲7公報」という。〕参照)であり,全反射ミラーを
適宜組み合わせて,引用発明1の色分離系に替え,本件発明1の色分離系とするこ
とは,当業者にとって容易である」(同10頁「相違点1について」)と判断した
が,誤りである。
(2)仮に,「光源からの光を3つの色光に分離するのに,第1,第2の波長選
択反射層を有するミラーで順次各色光に分離すること」という抽象的な形態が周知
であったとしても,そのことから直ちに,本件発明におけるミラー配置とすること
が当業者にとって容易であることにはならない。本件決定が周知技術として挙げる
甲5~7公報記載の各技術におけるミラー配置は,本件発明におけるミラー配置と
は,全く異なる。
  まず,甲5公報の第3図記載の装置は,色分離系にも色合成系にも各2枚
のダイクロイックミラーを用い,かつ,合わせて4枚の反射ミラーを用いるもので
ある。色合成系にダイクロイックプリズムを用い,色分離系にはダイクロイックミ
ラーを用い,かつ,反射ミラーを3枚用いる本件発明の装置とは構成が全く異な
る。
  次に,甲6公報の第5図記載の装置は,同第1図記載の装置を平面配置し
たものであって,色分離系にも色合成系にもクロスしたダイクロイックミラーを2
枚用いるものであり,かつ,4枚の反射ミラーを用いるものであり,やはり,本件
発明の装置とは構成が全く異なる。
  さらに,甲7公報の第2図記載の装置は,色分離系にも,色合成系にも各
2枚のダイクロイックミラーを用い,かつ,反射ミラーを各1枚用いるものであ
る。したがって,これも本件発明の装置とは構成が全く異なる。
(3)各ミラーの配置は,光源からの光を,単に各色光に分離できればよいとい
うものではなく,各色の経路の長さや,経路上における接着剤等の異物の存在など
が装置の性能に大きく影響するため,その構成は極めて重要である。例えば,甲6
公報の第5図記載の装置の場合,経路の長さは,緑1に対し,赤及び青は3(赤:
緑:青=3:1:3)となり,赤と青の減衰が激しくなる。また,同第1~4図記
載の装置は,2階建て方式と呼ばれる方法を採用し,各色の経路の距離は等しくな
るが,すべての経路が長くなるため,全体が暗くなる。これに対し,本件発明の装
置は,赤:緑:青=4:2:2とすることができ,ハロゲンランプのように赤色の
光量が多いものを光源とする場合のバランスがよい(赤の経路が長く,赤の減衰が
大きい)という特徴がある。さらに,ダイクロイックプリズムを1個用い,その置
き方を工夫することで,光の接着剤部分の通過を減らし,信頼性の向上を目指して
いる。このように,ミラーをいかに組み合わせるかは,装置の性能を左右する重要
な事項であり,当業者が適宜組み合わせて容易に構成し得るという性質のものでは
ない。
(4)本件発明は,ミラーの組合せ方を具体的に記載し,これにより所定の効果
(ダイクロイックミラーを色分離系として用いつつ,プリズムを張り合わせる接着
剤の通過を減らし,かつ,各色の調子を合わせる等の効果)を得ようとするもので
あるにもかかわらず,本件決定は,その抽象的な上位概念である「第1,第2の波
長選択反射層を有するミラーで順次各色光に分離する」装置が周知であることを理
由に,当業者が本件発明の構成を容易推考できると判断した点において,誤りであ
る。
  なお,特開昭62-257123号公報(乙1,以下「乙1公報」とい
う。)は,新たな引用例であるから,これに基づく主張は許されない。
 2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)
(1)本件決定は,本件発明と引用発明1との相違点4として,「本件発明1の
ダイクロイックプリズムは,『前記第1の液晶ライトバルブにより変調された前記
第1の色光を前記接着剤を介さずに前記第2の波長選択反射層に導いて反射し,前
記第3の液晶ライトバルブにより変調された前記第3の色光を前記接着剤を介さず
に前記第1の波長選択反射層に導いて反射し,前記第2の液晶ライトバルブにより
変調された前記第2の色光をそのまま透過するようにして,前記3つの色光を合成
するように配置されている』のに対し,引用発明1では,上記記載事項ウ.,及び
図3(b)に示されたダイクロイックプリズムの構成により,接着剤を挟んで同種
の波長選択反射層が2層あるので,第1,第3の色光は,それぞれ同種の波長選択
反射層で直接反射されるものと,接着剤を介して反射されるものとがある点」(決
定謄本10頁「相違点4」)を認定し,同相違点について,「3つの色光を合成し
て投写レンズの方へ出射しようとすると,第1,第3の色光を,接着剤を介さずに
波長選択反射層で反射するか,接着剤を介して波長選択反射層で反射するか,ある
いは第1(第3)の色光を,接着剤を介さずに波長選択反射層で反射し,第3(第
1)の色光を接着剤を介して波長選択反射層で反射するか,の4通りの配置が取り
得る。第2の色光については,いずれの場合もそのまま透過する。いずれの配置と
するかは,当業者が必要に応じて選択しうる設計事項である」(同11頁「相違点
4について」)と判断したが,誤りである。
(2)本件発明は,従来技術の問題点として,「ダイクロイックプリズムに入射
した光が波長選択反射層で直接反射する光と,貼り合わせに用いる接着剤を通過し
てから波長選択反射層で反射する光とがあり,屈折率のちがいから,色が変わった
り,投写光学系の場合にはレンズを用いるのでピントのズレや重なりが生じる」
(本件明細書〔甲2,ただし,本件訂正により訂正。以下同じ。〕段落【000
3】【発明が解決しようとする課題】)という点を指摘した上で,ダイクロイック
プリズムの構造を構成要件(C)のようなものとし,かつ,そのダイクロイックプ
リズムを構成要件(E)のように配置することにより「ダイクロイックプリズムに
入射した光を波長選択反射層で直接反射させ,変色やピントのズレの生じない,色
合成のためのダイクロイックプリズムを提供する」(段落【0004】)ものであ
る。構成要件(C)のようなダイクロイックプリズムを用いた場合,前記4通りの
配置を取り得るのに対し,ダイクロイックプリズムに入射した光を波長選択反射層
で直接反射させ,変色やピントのずれの生じない,色合成のためのダイクロイック
プリズムを提供することができるのは,構成要件(E)のような構成を採用する場
合しかない。すなわち,本件発明は,構成要件(C)のような構造を有するダイク
ロイックプリズムを用いた投写型カラー表示装置において,ダイクロイックプリズ
ムの配置を構成要件(E)のように限定することによって,入射した光が接着剤を
通過せず波長選択反射層で直接反射させる構成とすることができ,これにより顕著
な効果が得られることを見いだしたものである。数値,形状,配列,材料の変更又
は限定の発明において,その変更又は限定により顕著な効果を奏する場合には,進
歩性が認められる。したがって,ダイクロイックプリズムの配置が,当業者が必要
に応じて選択し得る設計事項であるとした本件決定の判断は誤りである。
(3)引用例2(甲4)においては,本件発明の目的及び効果は全く意識されて
おらず,これを解決するための手段も何ら記載されていない。引用例2には,構成
要件(C)のような構造を有するダイクロイックプリズムの製造方法については記
載されているが,構成要件(E)のように配置すること及びその効果については記
載されていない。そもそも引用例2は,ダイクロイックプリズムの製造方法につい
ての発明であり,その目的とするところは,歪みのないプリズムの製造方法を提示
する点にあり,これにより製造されたプリズムを用いた投射型カラー表示装置に関
する記載はなく,これをどのように使用するかについては考慮していない。すなわ
ち,引用例2には,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過する
かしないかという発想はなく,この観点からの記載はない。色合成のために可能な
構成は,2通りのA型ダイクロイックプリズムと,これと鏡像関係にある2通りの
B型ダイクロイックプリズムの4通りがあり,本件発明の配置とする場合には,ま
ず,プリズムをA型プリズムとして作成した上で,更にその配置を正しく選択する
必要があるが,引用例2のプリズムがA型プリズムかB型プリズムかは不明であ
る。したがって,引用発明2を引用発明1に適用しても,本件発明とならないこと
はもちろん,本件発明は,引用発明1,2に基づいて当業者が容易に発明できたも
のということはできない。
第4 被告の反論
   本件決定の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)原告は,周知例と本件発明の色分離系のミラー配置が全く異なると主張す
るが,本件決定は,上記構成の異なることは認めており,相違点として認定してい
る。光源から出射された光を3色光に分離するには,光を2回分離する必要があ
り,2枚のダイクロイックミラーを用いることは,当然のことであり,本件発明,
周知例ともそのような構成になっている。反射ミラーの配置は異なるものの,反射
ミラーの具体的配置は,光源の位置,3色光をそれぞれ入射させる液晶パネルの配
置等によって決定されるもので,設計上の問題であり,当業者にとって容易であ
る。また,原告は,本件発明の色分離系の具体的構成として,3枚の反射ミラーを
用いる点が周知技術と異なるとも主張するが,本件決定が周知例として挙げた甲5
公報の第3図に示された色分離系は,2枚のダイクロイックーミラーと3枚の反射
ミラーで構成されており,本件発明の色分離系の構成と同様であり,他の周知例で
ある乙1公報にも,本件発明と同様の配置の色分離系が記載されている。
(2)原告は,赤,緑,青の各色の経路の距離に関して主張しているが,本件発
明の構成に基づかない主張であり,失当である。なお,周知例のものも,各色の経
路の長さについては,いろいろな場合のものが記載されており,特に乙1公報記載
のものには,本件発明と同様のミラー配置の色分離系が示されているので,本件発
明のようにミラーを配置することは,当業者にとって容易である。
(3)原告は,光経路上における接着剤等の異物の存在の影響,接着剤の通過を
減らすことによる効果を主張しているが,接着剤については,本件発明の色分離系
の構成に基づかない主張であり,失当である。
 2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について
(1)引用例2の図1~6も参照すれば,本件発明と同様の構成のダイクロイッ
クプリズムも記載されていることは明らかである。原告は,ダイクロイックプリズ
ムの4通りの配置について,接着剤の層を通過することの影響に関する発想がなけ
れば,適切なものを選択するという発想も得られないと主張するが,失当である。
引用例2のものにおいても,接着剤を介さずに,第1,第2の波長選択層に相当す
る被膜G,R(順不同)で直接反射される直角プリズムAから入射すると記載され
ている。色分離と色合成の相違はあるにしても,引用例2のダイクロイックプリズ
ムを本件発明に適用しようとすれば,G,Rの色光を被膜G,Rで直接反射させ,
直角プリズムAから合成光が出射するように,本件発明と同様に配置するのが普通
である。各色のバランスをチェックすることは,当業者であれば当然に行うべきこ
とであり,4角形のダイクロイックプリズムは,配置の仕方が4通りしかないので
あるから,本件発明の配置を選択することは,技術の具体的適用に伴う設計上の問
題であり,当業者が必要に応じて選択し得る事項である。
(2)原告は,本件発明の顕著な効果を主張するが,全く同じ構成のダイクロイ
ックプリズムが,引用例2に記載されており,その配置の仕方は設計事項であるの
で,原告主張の効果は,引用例2記載のダイクロイックプリズムが有する効果にす
ぎない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)原告は,本件決定が周知技術として引用する甲5~7公報のミラー配置
は,本件発明におけるミラー配置とは,全く異なるから,「光源からの光を3つの
色光に分離するのに,第1,第2の波長選択反射層を有するミラーで順次各色光に
分離すること」という抽象的な形態が周知であったとしても,そのことから直ち
に,本件発明におけるミラー配置とすることが当業者にとって容易であることには
ならず,また,各ミラーの配置は,単に各色光に分離できればよいというものでは
なく,各色の経路の長さや,経路上における接着剤等の異物の存在などが装置の性
能に大きく影響し,本件発明の装置は,赤:緑:青=4:2:2とすることがで
き,ハロゲンランプのように赤色の光量が多いものを光源とする場合のバランスが
よい(赤の経路が長く,赤の減衰が大きい)という特徴があり,さらに,ダイクロ
イックプリズムを1個用い,その置き方を工夫することで,光の接着剤部分の通過
を減らし,信頼性の向上を目指していると主張するので検討する。
(2)本件明細書(甲2)には,「従来のダイクロイックプリズムは,図4のよ
うに直角を挟む2つの面にそれぞれ第1の波長選択反射層と第2の波長選択反射層
を持つ直角プリズムを4個貼り合わせたものや,図5のように直角を挟む2つの面
のうち1つの面に第1の波長選択反射層を持つ直角プリズム2個と,同様に第2の
波長選択反射層を持つ直角プリズム2個を交互になるように貼り合わせたものがあ
った。しかし,前述の技術では,前者は波長選択反射層を形成する蒸着面が8面で
あり,製造コストが高くつく。また後者では,ダイクロイックプリズムに入射した
光が波長選択反射層で直接反射する光と,貼り合わせに用いる接着剤を通過してか
ら波長選択反射層で反射する光とがあり,屈折率のちがいから,色が変わったり,
投写光学系の場合にはレンズを用いるのでピントのズレや重なりが生じる。そこで
本発明は,このような問題点を解決するもので,その目的とするところは,波長選
択反射層は4面で,コストを低くし,かつダイクロイックプリズムに入射した光を
波長選択反射層で直接反射させ,変色やピントのズレの生じない,色合成のための
ダイクロイックプリズムを用いた投写型カラー表示装置を提供するところにある」
((段落【0002】~【0004】),「図3は,本発明の投写型カラー表示装
置の一実施例の構成図である。ハロゲンランプ等の白色光の投写光源7から出射す
る光束をリフレクタ8及び集光レンズ9により集光し,熱線カッ卜フィルター10
(注,「11」とあるのは誤記と認める。)により赤外域の熱線をカッ卜し,可視
光のみが色分離系に入射する。集光系には楕円リフレクタやパラポラリフレクタを
用いて集光してもかまわない。色分離系においては,青色反射ダイクロイックミラ
ー11により青色光(おおむね500〔nm〕以下の波長成分)を反射し,次に緑
色反射ダイクロイックミラー12で緑色光(おおむね500〔nm〕から590
〔nm〕の波長成分)を反射し,透過光から赤色光(おおむね590〔nm〕以上
の波長成分)として色分離を行なう。その後反射ミラー13で方向を変え,それぞ
れの色の画像変調用の液晶ライトバルブに入射する」(段落【0011】~【00
13】),「以上述べたように本発明によれば,波長選択反射層の形成面が4面で
すむため非常に製造コストが安くなる上に,色の違いやピントのズレといった問題
を解決し,特に投写光学系において高画質な画像表示を可能とするといった効果を
有する。また本発明は,カラー表示装置の分野において優れた色分離,色合成の特
性を得られる点で特に有効である」(段落【0020】,【0021】)との記載
があり,これらの記載によれば,本件発明は,投写型カラー表示装置の色合成に用
いるダイクロイックプリズムを改良したものであって,波長選択反射層を形成する
蒸着面を4面と少なくし,光が貼り合わせに用いる接着剤を通過せずに波長選択反
射層で反射するダイクロイックプリズムとすることによって,製造コストを低く
し,かつ,変色やピントのズレの生じないという作用効果を奏するものであり,ま
た,その結果,カラー表示装置において優れた色分離,色合成の特性を得られるも
のと認められる。
(3)本件明細書の特許請求の範囲の記載には,第3の色光が赤色光であるとの
記載はなく,また,本件明細書の上記記載によれば,本件発明は,投写型カラー表
示装置の色合成に用いるダイクロイックプリズムの改良に関するものであり,色分
離系については,青色反射ダイクロイックミラー11により青色光を反射し,次
に,緑色反射ダイクロイックミラー12で緑色光を反射し,透過光から赤色光とし
て色分離を行うこと,その後,反射ミラー13で方向を変え,それぞれの色の画像
変調用の液晶ライトバルブに入射することが記載され,また,ハロゲンランプにつ
いては,「ハロゲンランプ等の白色光の投写光源」と記載され,白色光源の単なる
例示があるが,赤色の光量が多いことや,赤色の経路を長くしてバランスを調整す
ることに関する記載はない。さらに,光の接着剤部分の通過に関しては,ダイクロ
イックプリズムの改良で解決することが記載されているが,ミラーの配置により解
決することは記載されていない。したがって,ミラーの配置が,各色の経路の長さ
や,経路上における接着剤等の異物の存在などが装置の性能に大きく影響するとの
原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものというほかなく,かえって,本
件明細書の「反射ミラー13で方向を変え,それぞれの色の画像変調用の液晶ライ
トバルブに入射する」(段落【0013】)との記載によれば,本件発明におい
て,適宜配置された画像変調用の液晶ライトバルブに入射させるには,ミラーの配
置を適宜決定すればよいものと解される。そうすると,本件決定の「全反射ミラー
を適宜組み合わせ」ることは容易である旨の上記判断は相当と認められ,また,本
件発明の色分離系のミラー構成は,乙1公報の第6図に開示されているように,本
件特許出願当時において周知の構成と認められるから,「引用発明1の色分離系に
替え,本件発明1の色分離系とすることは,当業者にとって容易である」(決定謄
本10頁「相違点1について」)とした判断も相当である。
  原告は,乙1公報は,新たな引用例であるから,これに基づく主張は許さ
れないと主張するが,乙1公報は,本件発明の色分離系のミラー構成が本件特許出
願当時において周知の構成であることを裏付けるための証拠であり,新たな引用例
ではないから,上記主張は採用することができない。
(4)以上検討したところによれば,原告の取消事由1の主張は理由がない。
 2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について
(1)原告は,本件発明は,構成要件(C)の構造のダイクロイックプリズムを
用いた投写型カラー表示装置において,ダイクロイックプリズムを構成要件(E)
のように配置することによって,入射光が接着剤を通過せず波長選択反射層で直接
反射するので顕著な効果が得られるが,引用例2には,構成要件(E)のように配
置することやその効果,投射型カラー表示装置に関する記載はないから,ダイクロ
イックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過するかしないかという発想はな
く,相違点4について,本件発明のダイクロイックプリズムの配置が設計事項であ
るとした本件決定の判断は誤りであると主張する。
(2)引用例2(甲4)には,四つのプリズムは,下記図1に示されるように,
A,B,C,Dと呼称され,各プリズムの対応する面は,1,2,3と呼称される
こと,プリズムAの面A2とプリズムDの面D1には,被膜Gが塗布され,プリズ
ムAのA1面とプリズムBのB2面には被膜Rが塗布されること,光学的接合剤1
0が各プリズムの間の空間へ流し込まれ,プリズムは所要の厚さの接合層を形成す
るように押され,下記図6に示されるように位置合わせして接合されること,3色
カメラに使用する場合,光がプリズムAに入射すると,3色の成分はプリズムB,
C,Dを通り,三つのプリズムに隣接した三つのフィルムゲートに現れることが記
載されている(甲4訳文2頁最終段落~4頁第3段落)。
     
(3)引用例2(甲4)の上記記載によれば,光がプリズムAに入射すると,緑
色光は面A2及び面D1で反射されてプリズムDから出射し,赤色光は面A1及び
面B2で反射されてプリズムBから出射し,青色光はそのまま通過してプリズムC
から出射するものと認められる。そうすると,引用例2には,色分離系の説明とし
て記載されているが,これらのプリズムが色合成系にも適用できることは当業者に
明らかであり,その場合には,青色光はプリズムCから入射してそのまま通過し,
赤色光はプリズムBから入射して面A1及び面B2で反射され,緑色光はプリズム
Dから入射して面A2及び面D1で反射されて,各々プリズムAから出射すること
になり,この場合,赤色光,緑色光とも,光学的接合剤層を通過することなく,波
長選択反射層で直接反射する。したがって,引用例2には,第1及び第3の色光
(赤色光及び緑色光)を接着剤を介さずに波長選択反射層で反射し,第2の色光
(青色光)をそのまま通過させるダイクロイックプリズムの配置が開示されている
と認められ,ダイクロイックプリズムに入射する光が接着剤の層を通過するかしな
いかという発想は記載されていないとしても,プリズムの配置方法は4通りしかな
く,引用例2に開示されている前記配置を引用発明1に適用すると,本件発明と同
じ配置になるのであるから,いずれの配置とするかは,当業者が必要に応じて選択
し得る設計事項であるというべきであり,これと同趣旨の本件決定の判断を誤りと
いうことはできない。なお,引用例2には,ダイクロイックプリズムに入射する光
が接着剤の層を通過せずに反射することは明示されていないが,光が接着剤層を通
過すると光路長が長くなる,光量が減少する等の問題が生ずることは自明であるか
ら,当業者は,引用例2が,被膜の形成箇所,光の入射方向を,接着剤の層を通過
せずに反射するように規定しているのは,このような問題点が生じないようにする
との意図に基づくものであると理解するものと認められる。
(4)原告は,色合成のために可能な構成は,2通りのA型ダイクロイックプリ
ズムと,これと鏡像関係にある2通りのB型ダイクロイックプリズムの4通りがあ
り,本件発明の配置とする場合には,まず,プリズムをA型プリズムとして作成し
た上で,更にその配置を正しく選択する必要があるが,引用例2のプリズムがA型
プリズムかB型プリズムかは不明であるとも主張するが,A型プリズム,B型プリ
ズムとの分類は,本件明細書に記載がなく,原告の上記主張は明細書の記載に基づ
かないものである上,引用例2に開示されている配置は,入射光のいずれも接着層
を介さないで反射するものであって,原告の分類によれば,A型プリズムの正しく
選択した配置に相当するから,原告の上記主張も採用することができない。
(5)したがって,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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