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平成21年9月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(ワ)第27635号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月8日
判決
千葉市稲毛区〈以下略〉
原告A
訴訟代理人弁護士志知俊秀
埼玉県蕨市〈以下略〉
被告株式会社アクロス
訴訟代理人弁護士山崎行造
同杉山直人
同小笠原裕
補佐人弁理士白銀博
同赤松利昭
同尾首亘聡
同内藤忠雄
同常光克明
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成19年6月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,原告が,原告が単独で発明をした「無機質繊維強化炭素複合材料
用の柔軟性中間材及びその製造方法」に関する発明の特許を受ける権利を富
士スタンダードリサーチ株式会社(以下「富士スタンダードリサーチ」とい
う。)に譲渡した後,原告,被告及び富士スタンダードリサーチの三者間又
は原告及び被告の二者間で,被告が富士スタンダードリサーチの原告に対す
る上記譲渡対価の支払債務を引き受ける旨の合意をした旨主張し,被告に対
し,上記合意(債務引受合意)に基づき,譲渡対価の一部請求として1億円
の支払を求めた事案である。
2争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の
全趣旨により認められる事実である。)
(1)当事者
ア原告は,昭和39年に横浜国立大学工学部応用化学科を,昭和43年
に同機械工学科をそれぞれ修了した後,同年4月から平成11年3月に
定年退職するまでの間,東京大学生産技術研究所(以下「東大生研」と
いう。)に研究者として勤務していた者である。
その間の昭和57年4月から平成元年3月まで,原告は,C(以下「
C」という。)教授が主宰する東大生研の第4部C研究室(以下,単
に「C研究室」という。)に所属していた。
イ被告は,昭和62年5月20日に設立された,繊維強化炭素材料の生
産・加工・販売等を目的とする株式会社である。
(2)特許の出願経過
ア富士スタンダードリサーチは,昭和61年8月2日,発明の名称を「
無機質繊維強化炭素複合材料用の柔軟性中間材及びその製造方法」とす
る発明について,C,原告,B(以下「B」という。),D(以下「
D」という。)及びE1(以下「E」という。)の5名を発明者として
願書に記載し(ただし,Eは「E2」と記載),特許出願(特願昭61
−182483号。以下「本件特許出願」という。)をした(乙5,
6)。
イ富士スタンダードリサーチは,昭和62年6月30日,被告に対し,本
件特許出願に係る発明の特許を受ける権利を譲渡し,被告は,同年8月
12日,その旨の特許出願人名義変更届をした(乙6,7)。
被告は,平成3年4月20日付けで特許請求の範囲等の補正をした
後,平成6年2月10日,本件特許出願に係る特許権の設定登録(特許
第1822657号。請求項の数2)を受けた(乙5,6。以下,この
特許権に係る特許を「本件特許」という。)。
(3)本件特許に係る発明の内容
本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおり
である(以下,請求項1及び2に係る発明を併せて「本件各発明」とい
う。)。
「1少なくとも,軟化性を有する石油及び/又は石炭系バインダーピツ
チ粉末と軟化性を有していない石油及び/又は石炭系コークス粉末から
なる混合粉末が包含された複数の強化用繊維を芯材とし,その周囲に熱
可塑性樹脂からなる柔軟なスリーブを設けたことを特徴とする無機質繊
維強化炭素複合材料用の柔軟性中間材。」
「2複数の強化用繊維を,少なくとも軟化性を有する石油及び/又は石
炭系バインダーピツチ粉末と軟化性を有していない石油及び/又は石炭
系コークス粉末からなる混合粉末流動層に導入して,各強化用繊維間に
混合粉末が包含された芯材を形成し,次いで該芯材を熱可塑性樹脂で被
覆して芯材の周囲に柔軟なスリーブを設けることを特徴とする無機質繊
維強化炭素複合材料用の柔軟性中間材の製造方法。」
3争点
本件の争点は,①原告は本件各発明の発明者か(争点1),②原告,被告
及び富士スタンダードリサーチの三者間,又は原告及び被告の二者間におい
て,被告が原告と被告間の本件各発明の特許を受ける権利の譲渡合意に基づ
く富士スタンダードリサーチの原告に対する譲渡対価の支払債務を引き受け
る旨の合意をしたか(争点2),③被告が原告に支払うべき上記譲渡対価の
額(争点3)である。
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(原告の発明者性)について
(1)原告の主張
ア本件各発明は,原告の単独発明である。原告が本件各発明を行った経
緯は,以下のとおりである。
(ア)原告は,昭和57年4月ころから,C研究室において,炭素繊維
を補強材(filler)とし,炭素をマトリックス(matrix)とする高強
度を有する複合材料である「炭素繊維強化炭素複合材料」(以下「C/
C複合材料」という。)について,マトリックスとなる炭素原料に既
に炭化された安価なコークス粉と炭素質バインダーを使用し,これを
炭素繊維と共に直接ホットプレスすることによって,簡便かつ短時間
にC/C複合材料を得る製造方法の開発研究に着手した。
その当時,C/C複合材料は,機械的特性,耐熱特性,耐蝕性,摩擦
特性,熱・電気伝導性,軽量性,寸法安定性などに優れた特性を有す
ることが知られていたが,従来の製造方法では製造コストが極めて高
くなるため,スペースシャトルの耐熱タイル等宇宙・航空機用の耐熱
材料及び制動材料に主に用いられていた以外に,一般民生用,一般産
業用にはほとんど実用化されていなかった。
(イ)原告の昭和60年ころまでの研究から,金型中にマトリックスで
あるコークス粉及び炭素質バインダーを炭素繊維と交互に積層する工
程により,ホットプレスに供する前の焼成用材料を作製する方法で
は,得られたC/C複合材料の強度が不十分であること,コークス粉及
び炭素質バインダーの作業性が悪いため,焼成用材料の作製に手間取
ること,作業環境が悪化すること,C/C複合材料の大型化,量産化及
びパイプなどの異形品の製造には不向きであることが判明した。
原告は,研究の過程において,当時のフランスの繊維強化プラスチ
ック(fiberreinforcedplastic)の製造に関する発明で,粉末が入
った装置の下部から常時空気あるいは窒素を供給して当該粒子を軽度
に流動化させておくという流動層を形成させ,そこに,繊維を導入し
て粒子を付着させるという粒子付着装置等があることを知り,このよ
うな粒子付着装置等を利用して,コークス粉と炭素質バインダーピッ
チからなる混合粉末による流動層(fluidizedbed)の中に炭素繊維の
束を通過させること等によりプリフォームドヤーン(preformedyar
n)を製造することを思い着いた。
そこで,原告は,上記粒子付着装置等を利用又は入手する方法を探
していたところ,C教授から,上記粒子付着装置等を保有する企業と
して富士スタンダードリサーチを紹介された。原告は,富士スタンダ
ードリサーチに対し,原告が調整したマトリックス原料を手渡して原
告の指示に従いプリフォームドヤーンの試作を行うことを依頼し,同
社が作製したプリフォームドヤーンをホットプレスしてC/C複合材料
が得られることを確認するなどし,昭和61年4月ころまでに,本件
各発明を完成させた。
(ウ)本件特許出願に係る特許公報(甲1の1。以下「本件特許公報」
という。)には,原告のほか,C教授,B,D及びEが発明者として
記載されているが,実際には,本件各発明は原告の単独発明であり,
原告以外の4名は発明者ではない。すなわち,C教授については当時
原告が所属していたC研究室の主宰者であったこと,B(現在の被告
の代表取締役)は,当時富士スタンダードリサーチの社員で,原告の
担当者であったこと,Dは当時富士スタンダードリサーチの代表取締
役,Eは同取締役であったことなどから,当時の慣習又は儀礼上,上
記4名が発明者として記載されたにすぎない。
イ以上のとおり,本件各発明は,原告の単独発明である。
(2)被告の反論
ア本件各発明は,Bの単独発明であり,原告は,その発明者ではない。
本件各発明に至る経緯は,以下のとおりである。
(ア)富士スタンダードリサーチでは,Bを中心として,炭素繊維(強
化繊維)を樹脂(マトリックス)で固めた複合材料である炭素繊維強
化プラスチック(以下「CFRP」という。)の研究開発を進めた結
果,CFRPを製造する際に柔軟性中間材(プリフォームドヤーン)
を使用することによって,CFRPの製造工程を簡素化し,かつ高い
品質のCFRPを製造することができることを見出し,炭素繊維等の
強化繊維と熱可塑性樹脂繊維(マトリックス)からなる混合繊維束の
周囲に熱可塑性樹脂からなる柔軟なスリーブを設けた構成のCFRP
用柔軟性中間材の発明に至った。
富士スタンダードリサーチは,昭和60年12月9日,その親会社
である富士石油株式会社及び上記研究開発を共同で行っていた大同特
殊鋼株式会社と共に,上記発明の特許出願(乙1)をした。
(イ)Bは,CFRP用柔軟性中間材の開発に併せ,炭素繊維の用途と
してC/Cに着目し,その製造方法に関する研究開発を進める中で,C
FRP用柔軟性中間材の熱可塑性樹脂繊維を他の材料に置き換えるこ
とによって,C/C複合材料用の柔軟性中間材を構成することができる
かもしれないと着想し,C/C複合材料のマトリックスとして適切な材
料を探していたところ,C教授及びFが共同執筆した「ホットプレス
法によるC/Cの開発研究」と題する論文(1984年9月発行。乙
2)中に,バルクメソフェース粒にピッチコークス又は石油コークス
粉末を混合したものをC/C複合材料のマトリックスとして使用できる
ことが示されていることを知った。
そこで,Bは,炭素繊維(強化繊維)の間にバインダーピッチ粉末
とコークス粉末の混合粉末(マトリックス)を含有させた混合繊維束
の周囲に熱可塑性樹脂からなる柔軟なスリーブを設けた構成により,
C/C複合材料用の柔軟性中間材を構成することができると考え,本件
各発明を完成した。
(ウ)富士スタンダードリサーチの代表取締役のD及び同取締役のE
は,昭和60年ころ,富士スタンダードリサーチで試作した炭素繊維
をC研究室に提供し,共同研究をすることを思い立ち,C教授に対
し,その申出をしたところ,C教授が快諾したため,富士スタンダー
ドリサーチ及びC研究室の共同研究が開始された。その当時,原告
は,C教授の指導の下,C/Cとは関係のない一般的な高密度高強度炭
素材の研究を開始したところであった。その後,C研究室におけるC/
Cの研究は原告に引き継がれたが,実際に原告がC/Cに関連する技術
を研究テーマとして本格的に取り組むようになったのは,本件特許出
願の出願日(昭和61年8月2日)より後のことである。
本件特許公報に,原告が発明者の一人として記載されているのは,
BがC教授に本件各発明をC教授との共同発明として出願したい旨相
談したところ,C教授から,原告の名前も発明者の一人として入れて
欲しい旨の要請があり,この要請をいれて本件特許出願の願書にC教
授と共に原告の名前が発明者として記載されたためである。実際に
は,本件各発明の完成に至る経過において,原告の協力,関与は存在
しない。
なお,本件特許出願の願書には,B,C教授及び原告のほかに,D
及びEも発明者として名前が記載されているが,これは当時の富士ス
タンダードリサーチの慣例に従って関係者の名前を儀礼的に記載した
にすぎない。
イ以上のとおり,原告は,本件各発明の発明者ではない。
2争点2(債務引受合意の成否等)について
(1)原告の主張
ア原告は,昭和61年5月ころ,富士スタンダードリサーチとの間で,
原告が有する本件各発明の特許を受ける権利を富士スタンダードリサー
チに譲渡し,原告が東大生研を退職した後に,富士スタンダードリサー
チが原告に対しその譲渡対価として相当対価を支払う旨の合意(以下「
本件譲渡合意」という。)をした。
イ(ア)原告は,昭和62年6月ないし7月ころ,被告及び富士スタンダ
ードリサーチとの間で,被告が,富士スタンダードリサーチの原告に
対する本件譲渡合意に基づく本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対
価の支払債務を引き受ける旨の合意(以下「本件債務引受合意①」と
いう。)をした。
仮に原告,被告及び富士スタンダードリサーチの三者間における本
件債務引受合意①の事実が認められないとしても,原告と被告は,こ
れと同旨の合意(以下「本件債務引受合意②」という。)をした。
(イ)本件債務引受合意①又は②に至る経緯は,次のとおりである。
①昭和62年3月31日まで富士スタンダードリサーチの取締役で
あったEは,同年3月か4月ころ,JR東京駅八重洲北口の国際観
光ホテルの喫茶店において,原告に対し,Eが新たに設立する新会
社が本件各発明に係る特許を受ける権利等を富士スタンダードリサ
ーチから譲り受けて,その事業化に成功した場合には,新会社か
ら「還元する」,すなわち「相当対価」を原告に支払う旨の申入れ
をした。
②富士スタンダードリサーチが事業活動を停止することとに伴い,
昭和62年5月20日に被告が設立された後,被告は,富士スタン
ダードリサーチから,本件各発明に係る事業の譲渡を受けた。被告
の設立に際し,Eは,その代表取締役に就任した。
③Eは,昭和62年6月ないし7月ころ,JR東京駅八重洲北口の
国際観光ホテルの喫茶店において,原告に対し,被告において本件
各発明について「商品化に成功した際には還元する」,すなわち,
被告が「相当対価」を支払う旨の申入れを改めて行い,原告がこれ
を承諾し,原告と被告間で,その旨の合意が成立した。
ウしたがって,被告は,原告に対し,本件債務引受合意①又は②に基づ
き,富士スタンダードリサーチの原告に対する本件各発明の特許を受け
る権利の譲渡対価の支払債務を負っている。
(2)被告の反論
ア原告主張の本件譲渡合意の事実及び本件債務引受合意①,②の事実
は,いずれも否認する。
すなわち,原告は本件各発明の発明者でないから,そもそも富士スタ
ンダードリサーチが原告から本件各発明の特許を受ける権利の譲渡を受
ける旨の合意をする理由はなく,実際に,富士スタンダードリサーチが
原告との間で本件譲渡合意をした事実はない。
また,富士スタンダードリサーチが原告に対し本件各発明の特許を受
ける権利の譲渡対価の支払債務を負っていない以上,被告がその支払債
務を引き受ける理由はなく,実際に,被告が,原告及び富士スタンダー
ドリサーチとの間で本件債務引受合意①をした事実も,原告との間で本
件債務引受合意②をした事実もない。
イなお,Eは,C/C複合材料の事業化の段階において,原告に対し,「
事業化に成功した際には御礼をしたい。」という趣旨の言葉を申し述べ
たことはあるものの,その意味は,「自分たちが試作したC/C複合材料
の評価に原告が協力したことに対して報いたい。」というものにすぎ
ず,被告が原告に対し本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対価を支払
うことを約束したことを意味するものではない。
3争点3(譲渡対価の額)について
(1)原告の主張
ア原告と富士スタンダードリサーチは,本件譲渡合意の際に,本件各発
明の特許を受ける権利の譲渡対価である相当対価の算定方法を明示的に
定めていないが,当事者の意思を合理的に解釈するならば,上記相当対
価は本件特許の独占的実施許諾料相当額とする旨の合意をしたというべ
きである。
イ被告は,本件各発明について本件特許及び米国,韓国,欧州における
対応特許を取得することにより,本件特許及びその対応特許の実施品で
あるC/C複合材料製品の製造・販売を独占的に行い,昭和62年5月か
ら平成20年3月までの間に,別紙売上集計表のとおり,合計235億
5796万8918円の売上げを計上した。
そして,本件特許は,被告におけるプリフォームドヤーンを用いたC/
C複合材料の製造・販売の根拠をなす基本特許であるから,仮に,これ
を独占的に実施許諾したとすれば,その許諾料は売上げの5%を下らな
い。
したがって,本件譲渡合意に基づく本件各発明の特許を受ける権利の
譲渡対価である相当対価は,11億7789万8446円(235億5
796万8918円×0.05)を下回ることはない。
ウ以上によれば,原告は,被告に対し,本件債務引受合意①又は②に基
づき,原告と富士スタンダードリサーチ間の本件譲渡合意に基づく譲渡
対価11億7789万8446円の一部請求として1億円及びこれに対
する平成19年6月27日(原告が被告代表者に対し「「C/C複合材
料」の発明対価に関する要求書」と題する書面を交付した日の翌日)か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
ることができる。
(2)被告の反論
原告の主張は争う。
第4当裁判所の判断
本件の事案にかんがみ,争点2(債務引受合意の成否等)から判断するこ
ととする。
1争点2(債務引受合意の成否等)について
(1)判断の前提となる事実
前記争いのない事実等と証拠(甲2,5ないし7,13,17,乙5な
いし9(以上,枝番のあるものは枝番を含む。))及び弁論の全趣旨を総
合すれば,次の事実が認められる。
ア(ア)原告は,昭和39年に横浜国立大学工学部応用化学科を,昭和4
3年に同機械工学科をそれぞれ修了した後,同年4月から昭和57年
3月まで,東大生研の第4部鉄鋼研究室に所属し,試験高炉における
鉄鉱石の還元機構に及ぼすコークスの役割の理論的解析等の研究を行
った。
原告は,昭和57年4月,C教授が主宰するC研究室に所属を替
え,平成元年3月までC研究所に所属していた。
その当時C研究室では,各種耐熱用複合材料の製造技術の開発及び
その物性調査の研究を行っていた。
(イ)その後,原告は,平成元年4月から平成11年3月まで,東大生
研の第4部G研究室に所属し,同年3月,東大生研を定年退職した。
イ(ア)富士スタンダードリサーチとC研究所は,昭和60年ころから,
炭素繊維強化炭素材料の共同研究を開始した。
その後,富士スタンダードリサーチは,昭和61年8月2日,C,
原告,B,D及びEの5名を発明者として願書に記載し,本件特許出
願をした。なお,その当時,Eは富士スタンダードリサーチの取締役
であったが,昭和62年3月31日に同取締役を辞任した。
(イ)被告は,昭和62年5月20日に設立され,Eが代表取締役社長
に,Bが取締役に就任した。
被告は,富士スタンダードリサーチから,複合材料関係の研究設備
及び測定装置を購入し,熱可塑性樹脂系の複合材料(FRTP)と炭
素繊維強化炭素材料(C/C複合材料)の研究開発を開始した。
また,被告は,富士スタンダードリサーチから,C研究室との炭素
繊維強化炭素材料の共同研究を引き継いだ。
ウ(ア)富士スタンダードリサーチと被告は,昭和62年6月30日,①
富士スタンダードリサーチが被告に対し本件特許出願に係る発明の特
許を受ける権利を譲渡する,②被告が富士スタンダードリサーチに対
し上記譲渡対価として15万円を支払う,③被告及びその実施権者が
本件特許出願に係る発明について商業化を行った場合,被告は富士ス
タンダードリサーチに対しロイヤリティーを支払うものとし,当該製
品の販売価格の1%を目安とする旨の譲渡契約(乙7)を締結した。
(イ)被告は,昭和62年8月12日,本件特許出願について出願人を
富士スタンダードリサーチから被告に変更する旨の特許出願人名義変
更届をした。
その後,被告は,平成元年5月ころから,炭素繊維強化炭素材料(
C/C複合材料)の生産を開始し,平成4年ころには,本格的な生産販
売を行うようになった。
(ウ)富士スタンダードリサーチと被告は,平成3年9月25日,前記(
ア)の譲渡契約に基づくロイヤリティーの支払に関する覚書(乙8)を
締結した。
(エ)被告は,平成6年2月10日,本件特許の特許権の設定登録を受
けた。
(オ)被告は,前記(ウ)の覚書に基づいて,富士スタンダードリサーチ
に対し,平成7年7月31日に平成6年度分ロイヤリティーとして1
03万3755円を,平成9年7月31日に平成8年度分ロイヤリテ
ィーとして142万6011円を,平成10年7月31日に平成9年
度分ロイヤリティーとして179万0103円を,平成11年7月3
1日に平成10年度分ロイヤリティーとして193万7616円を,
平成13年7月31日に平成12年度分ロイヤリティーとして213
万1799円を,平成14年7月31日に平成13年度分ロイヤリテ
ィーとして186万4634円を,平成15年7月31日に平成14
年度分ロイヤリティーとして190万4898円を,平成16年7月
31日に平成15年度分ロイヤリティーとして198万1241円を
それぞれ支払った。
エ(ア)原告は,平成18年4月11日,当時被告の代表取締役に就任し
ていたBとの間で,被告の「名誉技術顧問」の肩書のある原告の名刺
を被告が作成することを合意し,その後,被告は,同名刺(甲6)を
作成した。
(イ)被告は,平成19年6月14日ころ,原告に対し,同月14日付
けの「配当金相当額のお支払いについて」と題する書簡(甲7の1)
を送付した。同書簡には,「昨年度にお約束致しましたとおり先生に
は,今般,配当金相当額をお支払いさせて頂きたく存じます。お支払
金額は保有株式の額面に対し概ね10%程度とし,1,560,00
0円とさせて頂きたく存じます。尚,お支払の名目につきましては1
8年度分の顧問料(18年4月から月額13万円で1年分)と致した
く,ご理解を下さいますようお願い申し上げます。」などとの記載が
あった。
なお,原告は,被告の設立に際し出資し,被告の株式を保有してい
た。
(ウ)原告は,平成19年6月26日,Bと会談し,その際,同日付け
の「「C/C複合材料」の発明対価に関する要求書」と題する書面(甲
7の2)をBに交付した。
同書面には,原告が被告に対し「C/C複合材料」の発明の対価とし
て7億9000万円の支払を要求する,「配当金相当額(156万
円)」は,「顧問料(H18年度分)」として受領する理由はない
が,上記発明対価の一部としてなら受領する旨の記載があった。
これに対し被告の代理人弁護士は,平成19年7月31日付け書
面(甲7の3)で,原告に対し,現時点ではさらに検討が必要な状況
であり,原告の要求を受け入れる旨の回答はできない旨通知した。
(エ)原告は,平成19年9月25日付け内容証明郵便(甲7の4)
で,被告の代理人弁護士に対し,被告における上記(ウ)の検討結果の
回答等がいつになるのか,2週間以内に回答するよう求めるととも
に,原告の請求は特許法に定める正当な発明の対価を求めるものであ
り,法律上禁止されている株主の権利行使に影響を与えるような利益
の供与を求めるものではない旨通知した。
これに対し被告の代理人弁護士は,同年10月10日付け書面(甲
7の5)で,本件特許の成立過程,本件各発明成立時点での原告の立
場を精査した結果,本件は,「職務発明」に該当するものではないの
で,被告が原告に対し,特許法35条に規定する「相当の対価」を支
払う必要はないと考えている旨回答した。
(オ)原告は,平成19年11月4日付け内容証明郵便(甲7の6)
で,被告の代理人弁護士に対し,原告の請求は特許法35条によるも
のではなく,原告が発明者であり,被告が出願した外国特許(米国特
許第4772502号,第4902453号,EPC特許第2578
47B1号,韓国特許第85960号)に係る各発明の特許を受ける
権利を出願時点までに被告に譲渡しているので,その譲渡対価の支払
を求める旨通知した。
これに対し被告の代理人弁護士は,同月27日付け書面(甲7の
7)で,上記外国特許に係る各発明は,富士スタンダードリサーチ及
びCの共同研究によって完成されたものである,原告は発明者ではな
いが,上記外国特許の出願当時,C/C複合材料に関し共同研究をして
いたC研究室に敬意を表する意味で儀礼的・名誉的な意味で発明者と
して原告の名前を挙げたものである,被告が原告から上記各発明の特
許を受ける権利の譲渡を受けた事実はなく,原告と被告間の譲渡対価
支払の合意も存在しないので,原告の要求に応じる理由はない旨回答
した。
(カ)原告は,平成20年9月16日,千葉地方裁判所に対し,本件訴
訟を提起した。本件は,同月24日,当庁に移送された。
(2)原告の主張に対する判断
ア原告は,昭和61年5月ころ,富士スタンダードリサーチとの間で,
原告が有する本件各発明の特許を受ける権利を富士スタンダードリサー
チに譲渡し,原告が東大生研を退職した後に,富士スタンダードリサー
チが原告に対しその譲渡対価として相当対価を支払う旨の合意(本件譲
渡合意)をした後,昭和62年6月ないし7月ころ,原告,被告及び富
士スタンダードリサーチの三者間で,被告が,富士スタンダードリサー
チの原告に対する本件譲渡合意に基づく本件各発明の特許を受ける権利
の譲渡対価の支払債務を引き受ける旨の合意(本件債務引受合意①)を
し,また,仮に本件債務引受合意①の事実が認められないとしても,原
告及び被告の二者間でこれと同旨の合意(本件債務引受合意②)をした
旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)本件においては,原告主張の本件譲渡合意の事実及び本件債務引
受合意①,②の事実を客観的に裏付ける合意書等の書証は提出されて
いない。
もっとも,原告の陳述書(甲13)中には,①原告は,昭和61年
11月か12月ころ,Eから呼び出されてEと会った際に,Eから,
富士スタンダードリサーチは昭和61年の年度末に業績不振で閉鎖さ
れることを聞かされた,②原告は,昭和62年3月か4月ころ,Eと
会った際に,Eから,富士スタンダードリサーチのスタッフからC/C
の商品化を継続実施するため新会社を設立するようせがまれており,
Eが「万一会社を起こす際には投資に協力してほしい」と言われ,ま
た,新会社を設立しても,Eが富士スタンダードリサーチに勤務して
いた際に交わした約束事と同様の商品化に成功した際には,新会社か
ら「還元する」との話があった,③原告は,被告設立後の同年6月か
7月ころ,被告の代表取締役社長のEから,「商品化に成功した際に
は還元する」と言われた旨の記載部分がある。
しかし,原告の陳述書の上記記載部分を前提としても,被告の代表
取締役社長のEから,原告に対し,「商品化に成功した際には還元す
る」との発言があったというにすぎないのであって,そもそも何を「
還元する」のか具体性に乏しいのみならず,Eの上記発言をもって,
原告と富士スタンダードリサーチ及び被告の三者間,あるいは,原告
と被告の二者間で,被告が,富士スタンダードリサーチの原告に対す
る本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対価の支払債務があることを
認めた上で,これを引き受ける旨の合意をしたものと認めることがで
きない。
また,本件訴訟提起前の原告と被告の代理人弁護士間の交渉経過(
前記(1)エ)をみても,原告は,被告が出願した外国特許(米国特許第
4772502号,第4902453号,EPC特許第257847
B1号,韓国特許第85960号)に係る各発明の特許を受ける権利
を出願時点までに被告に譲渡したとして,その譲渡対価の支払を求め
ているのであり,本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対価について
は直接交渉の対象に挙げておらず,また,被告が,富士スタンダード
リサーチの原告に対する本件各発明の特許を受ける権利の譲渡対価の
支払債務を引き受けた旨の主張もしていない。
したがって,本件訴訟提起前の原告と被告の代理人弁護士間の上記
交渉経過を勘案しても,原告主張の本件債務引受合意①,②のいずれ
の事実も認めることはできない。
(イ)結局,本件においては,原告主張の本件債務引受合意①,②の各
事実を認めるに足りる証拠はない。
イ以上の次第であるから,原告主張の本件譲渡合意の成否について検討
するまでもなく,原告主張の本件債務引受合意①,②の事実はいずれも
認められない。
2結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理
由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官大鷹一郎
裁判官大西勝滋
裁判官関根澄子
(別紙)
売上集計表
事業年度期間売上高号証
第1期昭和62年5月∼昭和63年4月8,876,690円甲5の1
第2期昭和63年4月∼平成1年3月33,910,700円甲5の2
第3期平成1年4月∼平成2年3月80,605,828円甲5の3
第4期平成2年4月∼平成3年3月229,712,721円甲5の4
第5期平成3年4月∼平成4年3月251,774,350円甲5の5
第6期平成4年4月∼平成5年3月412,112,877円甲5の6
第7期平成5年4月∼平成6年3月550,111,053円甲5の7
第8期平成6年4月∼平成7年3月609,665,332円甲5の8
第9期平成7年4月∼平成8年3月622,755,539円甲5の9
第10期平成8年4月∼平成9年3月718,895,943円甲5の10
第11期平成9年4月∼平成10年3月807,363,005円甲5の11
第12期平成10年4月∼平成11年3月880,050,028円甲5の12
第13期平成11年4月∼平成12年3月1,011,318,250円甲5の13
第14期平成12年4月∼平成13年3月1,184,257,890円甲5の14
第15期平成13年4月∼平成14年3月1,406,386,711円甲5の15
第16期平成14年4月∼平成15年3月1,625,655,028円甲5の16
第17期平成15年4月∼平成16年3月1,825,403,763円甲5の17
第18期平成16年4月∼平成17年3月2,099,960,587円甲5の18
第19期平成17年4月∼平成18年3月2,547,740,793円甲5の19
第20期平成18年4月∼平成19年3月2,929,027,728円甲5の20
第21期平成19年4月∼平成20年3月3,722,384,102円甲5の21
合計昭和62年5月∼平成20年3月23,557,968,918円

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