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平成27年2月26日判決名古屋高等裁判所
平成25年(ネ)第957号損害賠償請求控訴事件(原審・名古屋地方裁判所平
成23年(ワ)第7490号)
主文
1控訴人弁護士会の控訴について
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は,控訴人弁護士会に対し,1万円及びこれに対す
る平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
(3)控訴人弁護士会のその余の請求を棄却する。
2控訴人Aの控訴について
控訴人Aの本件控訴を棄却する。
3訴訟費用は,控訴人弁護士会と被控訴人との関係では,第1,
2審を通じて,これを30分し,その1を被控訴人の負担とし,
その余を控訴人弁護士会の負担とし,控訴人Aと被控訴人との関
係では,控訴費用を控訴人Aの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1控訴人A
(1)原判決中,控訴人Aに係る部分を取り消す。
(2)被控訴人は,控訴人Aに対し,1万5250円及びこれに対する平成23
年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2控訴人弁護士会
(1)主位的請求
ア原判決中,控訴人弁護士会に係る部分を取り消す。
イ被控訴人は,控訴人弁護士会に対し,30万0380円及びこれに対す
る平成23年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
(2)予備的請求(当審における追加請求)
被控訴人が,弁護士法23条の2に基づき控訴人弁護士会がした別紙の照
会について,控訴人弁護士会に対し報告する義務があることを確認する。
第2事案の概要
1控訴人Aは,控訴人弁護士会に所属するB弁護士に対し,訴外Cとの間の裁
判上の和解に基づいて同人の財産に強制執行をすることについて委任した。B
弁護士は,控訴人弁護士会に対し,別紙のとおり,(1)C宛ての郵便物につい
ての転居届の提出の有無,(2)転居届の届出年月日,(3)転居届記載の新住所
(居所),(4)転居届記載の新住所(居所)の電話番号(以下,併せて「本件
照会事項」といい,個別の照会事項については「本件照会事項(1)」などとい
う。)について,被控訴人に弁護士法23条の2第2項に基づく照会(以下
「23条照会」という。)をするよう申し出た(以下「本件申出」という。)。
控訴人弁護士会は,本件申出を適当と認め,被控訴人に対し,本件照会事項に
ついて23条照会をした(以下「本件照会」という。)。しかし,被控訴人は,
控訴人弁護士会に対し,本件照会に応じない旨回答した(以下「本件拒絶」と
いう。)。本件は,控訴人らが,本件拒絶が不法行為を構成すると主張して,
被控訴人に対し,(1)控訴人Aにおいて,1万5250円(慰謝料1万円及び
本件申出に当たり支払った費用5250円)及びこれに対する不法行為の日
(本件拒絶を受けた日)である平成23年10月17日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,(2)控訴人弁護士会において,
30万0380円(郵便費用380円及び無形損害40万円のうち30万円)
及びこれに対する控訴人Aと同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案で
ある。
原審は,被控訴人が本件照会事項の全部について報告を拒絶したことには正
当な理由を欠くところがあったが,被控訴人に過失があるとまではいえないと
判断して,控訴人らの本訴請求をいずれも棄却したところ,控訴人らがこれを
不服として控訴した。
当審において,控訴人弁護士会は,(2)の損害賠償請求を主位的請求とした
上,原審で主張していた各損害に当審における弁護士費用10万5000円を
加えた合計50万5380円の一部としたほか,予備的請求として,前記第1
の2(2)の確認請求(以下「本件確認請求」という。)を追加するとの申立て
をした。被控訴人は,本件確認請求について,本案前の答弁として訴えの却下
を求め,本案の答弁として請求棄却を求めた。
2前提事実
(1)当事者
控訴人Aは,後記(2)の別件訴訟の原告であった者である。
控訴人弁護士会は,弁護士法31条に基づき昭和24年9月28日に設立
された法人である。
被控訴人は,郵便の業務等を営む株式会社であり,平成24年10月1日,
郵便局株式会社が現商号に商号変更し,郵便事業株式会社を合併し,その事
業等を承継したものである(以下,郵便事業株式会社についても「被控訴人」
という。)。
(2)別件訴訟(甲1)
控訴人Aは,平成22年2月8日,Cらに未公開株の購入名下に金銭を騙
し取られたとして,同人らに対し不法行為に基づく損害賠償等を請求する訴
訟を名古屋地方裁判所に提起した(同裁判所平成22年(ワ)第823号。
以下「別件訴訟」という。)。その後,控訴人AとCの間で,同年9月16
日,Cが損害賠償債務として200万円の支払義務があることを認め,この
うち20万円を同年10月29日限り控訴人Aに支払い,約定どおり支払っ
たときは,控訴人Aは,その余の支払義務を免除することなどを内容とする
裁判上の和解が成立した(甲2)。
(3)本件申出(甲3)
B弁護士は,別件訴訟において,控訴人Aの訴訟代理人であったところ,
平成23年9月26日,弁護士法23条の2第1項に基づき,控訴人弁護士
会に対し,本件照会事項について被控訴人(D支店)に23条照会をするよ
う申し出た(本件申出)。本件申出に当たっては,控訴人弁護士会所定の
「照会申出書」(別紙2枚目。以下「本件申出書」という。)が提出され,
「受任事件及び照会を求める理由」と題する書面(同3枚目。以下「照会理
由書」という。),「照会を求める事項」と題する書面(同4枚目。以下
「照会事項書」という。)及び控訴人A作成の委任状が添付されていた。照
会事項書には,本件照会事項が記載され,照会理由書には,別件訴訟の事件
番号のほか,Cらによる未公開株詐欺の被害について損害賠償請求をした別
件訴訟についてCとの間で裁判上の和解が成立したが,Cが支払をしない旨,
依頼者である控訴人Aは,同和解に基づき,Cに対し,動産執行等の強制執
行手続をしたいと考えている旨,そのためにはCの住居所等が判明している
ことが必要となるが,Cは,現在住民票上の住所に居住していない旨が記載
されていた。
控訴人Aは,本件申出に当たり,控訴人弁護士会所定の費用5250円を
支払った(甲31,36)。
(4)本件照会(甲4)
控訴人弁護士会は,本件申出を適当と認め,翌27日,被控訴人(D支店)
に対し,本件照会事項について23条照会をした(本件照会)。本件照会に
当たっては,被控訴人に対し,「弁護士法第23条の2による照会書」(別
紙1枚目。以下「本件照会書」という。)のほか,本件申出書,照会理由書,
照会事項書及び委任状の各写しが送付された。
(5)本件拒絶(甲5)
被控訴人(D支店)は,控訴人弁護士会に対し,同年10月14日付けの
書面で,本件照会には応じかねる旨回答した(本件拒絶)。
控訴人弁護士会は,同月17日,上記の回答の書面を受領し,B弁護士は,
同日,控訴人弁護士会からこれを受領した(甲5,弁論の全趣旨)。
(6)本件通知書の送付(甲6)
控訴人弁護士会は,同月27日,被控訴人(D支店)に対し,本件照会の
必要性及び相当性について,動産執行等のために事件の相手方の住所等を確
認する目的の照会である旨,回答を拒否されると動産執行をすることが不可
能となり,他に代替手段もない旨,東京高等裁判所平成22年9月29日言
渡判決(以下「東京高裁判決」という。)が判示しているとおり,転居届に
係る情報は,憲法21条2項後段の「通信の秘密」にも郵便法8条1項の
「信書の秘密」にも該当せず,転居届に係る照会に回答する義務は,同条2
項の守秘義務に優越する旨などを記載した通知書(以下「本件通知書」とい
う。)を送付し,本件照会に応じるよう求めた。
控訴人弁護士会は,本件通知書を送付するに当たり,簡易書留費用380
円を支払った(甲44の1ないし3)。
(7)再度の報告拒絶(甲7)
被控訴人(D支店)は,控訴人弁護士会に対し,同年11月9日付けの書
面で,東京高裁判決を根拠として転居届に係る23条照会に応ずることは困
難であると判断しており,本件照会には応じかねる旨回答した。
3争点及び当事者の主張
4(1)ないし(3)のとおり,当審における当事者の補充主張を,4(4)及び5
のとおり,同追加主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2
事案の概要等」の3に記載するとおりであるから,これを引用する(なお,略
称は,原判決の略称による。)。
4(1)本件拒絶に正当な理由があるか
【被控訴人】
ア転居届に係る情報は,郵便物の転送のために被控訴人に提供される情報
であり,住所情報とは異なって,個々の郵便物の配達以外の目的で使用さ
れることはなく,開示することが予定されていない。また,住所情報につ
いては,開示の対象は純粋な「住所」であり,開示の種類が住民基本台帳
の閲覧及び住民票の写しの交付に限定され,法文上,開示の可能な場合が
具体的に列挙されている。ドメスティック・バイオレンス(以下「DV」
という。)やストーカーの被害者については,その申立てにより,加害者
の閲覧請求を拒否することが可能である。これに対し,23条照会につい
ては,開示対象の種類も限定されず,開示される要件も明確でない包括的
な規定しかなく,DVやストーカーの被害者を保護する制度も設けられて
いない。
なお,電話番号については,住所情報のような情報開示の制度はなく,
一定の範囲の他者に開示されることが予定されている情報ということはい
えない。
イ照会に当たっての弁護士会の審査については,弁護士会ごとに差異が出
ることが予想されるし,必要性,相当性等の判断が厳密でない場合もある。
それにもかかわらず,弁護士会にはペナルティがない一方,照会を受ける
側が報告を拒絶した場合には損害賠償請求を受け得る立場に置かれるとい
うのは,著しく不公平である。
(2)被控訴人に過失があるか
【控訴人ら】
ア最高裁判所の判例がない場合,高等裁判所の判例がこれに準ずる効力を
持つし,東京高裁判決は,被控訴人を名宛人とするものである。しかると
ころ,本件照会事項(1)ないし(3)は,同判決で報告を拒絶することに正当
な理由がないとされた事項と全く同一であるから,本件照会事項(1)ない
し(3)に対する報告を拒絶することが違法であることについては,合理的
な平均人においても被控訴人においても,十分予見可能であった。また,
同判決に従えば,転居届に係る情報を報告しても,「信書の秘密」を侵害
することの故意がないから,刑事罰を科されるおそれはない。
電話番号についても,住居所と同様,人が社会生活を営む上で一定の範
囲の他者には当然開示されることが予定されている情報であるとともに,
個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえないから,東京高裁
判決の射程の範囲内にある。しかるところ,同判決の論理に従えば,転居
届に記載された新住居所の電話番号についても,23条照会に対する報告
義務が被控訴人の守秘義務に優越すると判断することができる。したがっ
て,本件照会事項(4)についても,合理的な平均人及び被控訴人において,
報告を拒絶することが違法であることが十分予見可能であった。
イ結果回避義務違反
23条照会に対する報告義務は,公法上の義務であるが,その目的には
弁護士会の権利や利益を保護することが含まれている。したがって,その
義務の違反は,弁護士会の権利や利益を侵害しない義務の違反として,不
法行為法上の結果回避義務違反となる。そして,不法行為における過失を
判断するに当たっては,通常人を基準として,(ア)損害が発生する可能性
の大きさ,(イ)被侵害利益の重大さ,(ウ)結果回避義務を負わせることに
よって犠牲にされる利益について,(ア)及び(イ)と(ウ)との比較衡量がされ
るべきである。
しかるところ,(ア)本件拒絶については,23条照会に係る控訴人弁護
士会の事実調査及び証拠収集に関する権限を侵害するのみならず,控訴人
弁護士会がその権限を適切に行使することによって担保されてきた国民か
らの期待や信頼を失わせる可能性が高い。控訴人Aについても,報告を受
ける権利ないし利益が侵害され,多大な精神的苦痛を受ける可能性が高い。
また,(イ)本件拒絶が許容されれば,他の公私の団体も同様に23条照会
に対し報告をしなくなるおそれがあり,そうなれば,司法制度を維持する
ための23条照会の制度が事実上崩壊するため,司法の担い手である控訴
人弁護士会の受ける被害は甚大である。控訴人Aも,強制執行を免れよう
としているCに対し権利を実現するための手段を奪われるのであり,これ
による財産的損害及び精神的苦痛は甚大である。他方,(ウ)被控訴人が守
秘義務違反に問われるリスクについては,東京高裁判決があるためほぼ皆
無であるし,投資詐欺の被害者からの追求を免れるために転居先を秘匿し
ているCにおいて,被控訴人の守秘義務違反を主張することは,現実には
あり得ない。転居届に係る情報については,「通信の秘密」や「信書の秘
密」は問題となり得ないし,昭和56年判例も,被控訴人の被る不利益の
判断要素とはなり得ない。
したがって,本件において,(ア)及び(イ)は,(ウ)に比べはるかに勝って
いるから,被控訴人には,結果回避義務違反の過失が認められる。なお,
転居届に係る23条照会に対し報告することについて,過大な経済的コス
トはかからないから,被控訴人には,結果回避可能性もある。
【被控訴人】
ア結果回避義務を尽くしたこと
被控訴人は,東京高裁判決について分析し,専門家である弁護士(東京
高裁判決の被控訴人代理人)の見解を得た上,これを踏まえて社内で意見
交換や協議等をしたが,同判決の内容については不当であると考えられた。
また,東京高裁判決を根拠として転居届に係る情報を開示した場合,照会
の目的によっては,通信の秘密を侵害する危険を排除できず,同判決の示
した基準では,照会事項によっては郵便法8条2項の守秘義務が23条照
会に対する報告義務に優越する場合があり,両義務の優劣について,個別
に判断することは困難であった。そこで,被控訴人は,照会者と訴訟にな
るおそれはあるものの,取扱いの相違についての説明が困難ではなく,転
居者に対する不法行為となる危険や支店の事務処理が混乱する危険がない
か,若しくは小さいことを考慮して,結局,転居届に係る23条照会に対
し,一律に報告しないことを決定したのである。このように,被控訴人は,
23条照会への対応についてでき得る限りの検討を加え,それに基づいて
本件拒絶がされたのであるから,被控訴人は,結果回避義務を尽くしたと
いえる。
イ23条照会に対する報告義務については,その具体的内容が法律等に規
定されたものではなく,照会ごとに内容が異なるから,一定の者の法益を
侵害する蓋然性の高い行為を類型化した行為規範,注意義務の具体化とい
う性質を有しておらず,これを不法行為法上の結果回避義務として評価す
ることはできない。また,弁護士会は,23条照会について,個々の弁護
士の申出の必要性や相当性の判断をするにすぎず,独自の利益がない。
控訴人Aについては,本件拒絶によって,Cに対する当面の債権の行使
に障害が生ずるにすぎず,直ちにそれが不可能になるわけではないし,本
件拒絶に違法性があったとしても,その程度は大きくない。本件照会に対
して報告していれば動産執行が可能であったかも不明である。控訴人弁護
士会については,その主張する財産的損害は,低額である上,本件拒絶に
より生ずる損害ではない。また,23条照会に対する報告を受けることに
ついて,控訴人弁護士会が人格的な価値に関わる社会的評価を有するもの
ではなく,報告が拒絶される場合も想定される以上,本件拒絶によりその
社会的評価が低下することはあり得ない。
したがって,控訴人らが主張するように,損害が発生する可能性の大き
さや被侵害利益の重大さを考慮したとしても,被控訴人に過失があるとは
いえない。
(3)控訴人らの権利,利益が侵害されたか
【控訴人A】
23条照会の主体が弁護士会とされる趣旨は,照会の必要性及び相当性の
判断について,弁護士を監督する地位にある弁護士会の自律的な判断に委ね
ることをもって,制度の適正かつ慎重な運用を担保することにある。しかる
ところ,依頼者においても,同制度によって情報を得ることで自己の権利の
実現ないし利益を享受する法的利益を有しているのであり,これは,単なる
反射的利益ではない。控訴人Aは,複数回にわたりCの住民票を取得し,現
地調査をしたが,同人の転居先が不明であったため,被控訴人が東京高裁判
決に従うものと期待して,B弁護士を通じて本件申出をした。ところが,本
件拒絶を受けたため,控訴人Aは,Cに対する動産執行を実現する法的利益
を害されたのである。
【控訴人弁護士会】
23条照会をする権限は,弁護士会に委ねられているところ,弁護士会は,
個々の弁護士からの申出について,適正にその権限を行使する必要があり,
照会を受ける側は,弁護士会に対する報告を義務付けられている。23条照
会は,このような制度設計により,国民の基本的人権の擁護と社会正義の実
現を図ろうとしている。控訴人弁護士会は,弁護士会照会手続規則(甲16。
以下「本件規則」という。)のとおり,照会を受けた公務所等が報告をしな
い場合は催告し,報告を拒絶した場合は説得し,抗議の文書を送付するなど
の処置を取ることになっている。個々の弁護士が直接自己に対し報告を求め
ることができず,弁護士会がこのような措置を取ることになる以上,弁護士
会は,これらの措置により,国民の基本的人権の擁護と社会正義の実現を目
的とする23条照会の趣旨を全うする責務がある。しかるところ,控訴人弁
護士会は,本件拒絶により,23条照会によって報告義務者から報告を受け
ることができるという権利,利益を侵害されたのである。
【被控訴人】
弁護士会は,所属弁護士から申出がなければ照会をすることができず,そ
の申出が弁護士法23条の2の要件に該当しているか及び濫用的な照会でな
いかについて審査をするにすぎない。そして,報告を受けたものの,内容が
希望するものでなかった場合と比較しても,報告を拒絶されることによって
侵害される利益が弁護士会にあるとは観念し難い。また,報告を強制するこ
とはできず,報告義務の違反があったからといって,弁護士会に対する国民
の信頼が害されるものではない。したがって,23条照会について,弁護士
会に独自に保護されるべき権利ないし利益はない。
仮に,23条照会について,弁護士会に独自の利益を認め,報告を拒絶し
たことについて不法行為が成立するとすれば,結果として,照会を申し出た
個々の弁護士に対し,直接自己に対して報告を求めることができる地位を与
えることになり,23条照会の権限を弁護士会に与えた立法者の意図に反す
る。
(4)控訴人弁護士会の損害
【控訴人弁護士会】
控訴人弁護士会は,本件控訴を提起するに当たり,代理人弁護士らと委任
契約を締結し,着手金10万5000円を支払った。そこで,これを加えた
合計50万5380円のうち,有形の損害380円及び無形の損害の一部で
ある30万円の合計30万0380円を請求する。
5控訴人弁護士会の当審における予備的追加請求について
【控訴人弁護士会】
(1)確認の利益があること
23条照会に対して報告を求めることについては,条文の規定の仕方から
して,裁判上の請求を予定していないと考えられるから,報告請求の給付の
訴えを提起することはできない。また,報告を拒絶したことについて,不法
行為に基づく損害賠償請求が認められるためには,報告義務違反のみならず,
過失や損害の発生等が要件とされるのであるから,損害賠償請求とは別に,
報告義務の存在について確認する意味がある。
また,本件では,報告義務の存否について争いがあるため,現実に控訴人
弁護士会の権利又は法的地位が不安定となっているところ,この点について
訴訟物として判断がされ,報告義務が存在することの確認がされれば,被控
訴人が自主的に本件照会に対して報告することが期待できる。
したがって,本件については,確認の訴えという方法によることが適切で
あって,報告義務が存在することを確認の対象とすることが妥当であり,控
訴人に即時確定の利益があるから,確認の利益がある。
(2)訴えの追加的変更が認められること
本件確認請求に係る訴えについては,私人間のものであり,被控訴人が2
3条照会に対して報告しなかったことについては,公権力の行使に当たる行
為でもないから,行政事件訴訟法4条の「公法上の法律関係に関する確認の
訴え」に当たらない。仮にこれに当たるとしても,本件確認請求に係る請求
原因や訴訟資料については,従前の損害賠償請求に係るものと共通であるか
ら,訴えの追加的変更に準じてこれに追加することができる。
また,原審において,損害賠償請求について審理が尽くされている以上,
被控訴人の審級の利益を保護する必要はないから,本件確認請求を追加する
ことについて,被控訴人の同意は不要である。
【被控訴人】
(1)確認の利益がないこと
控訴人弁護士会は,被控訴人に対し,23条照会に対する報告義務の違反
を理由として,不法行為に基づく損害賠償請求をしているところ,本件確認
請求は,紛争の解決にとって,損害賠償請求以上に有効ないし適切な方法と
いうことはできない。また,23条照会の制度上,報告義務に違反した場合
の罰則や報告を強制する規定はないから,別途,報告義務の存在について確
認することは,その制度設計を逸脱することになるし,紛争の抜本的な解決
にもならない。さらに,控訴人弁護士会については,公務所又は公私の団体
に対して23条照会に係る報告を求める権利がないし,照会を受けた側の報
告義務について,申出関係者とは独立して,法的保護に値する地位にあると
もいえない。したがって,本件確認請求について,控訴人弁護士会には確認
の利益がない。
(2)訴えの追加的変更が許されないこと
23条照会に対する報告義務は,公法上の義務であるから,本件確認請求
に係る訴えは,行政事件訴訟法4条の「公法上の法律関係に関する確認の訴
え」に当たる。したがって,本件確認請求は,同種の訴訟手続による場合と
の民事訴訟法136条の要件を満たしていないから,損害賠償請求との併合
は許されない。
また,控訴審において,民事訴訟に「公法上の法律関係に関する確認の訴
え」を追加する場合,相手方の審級の利益に配慮して,その同意が必要とな
る。しかし,被控訴人は,控訴人弁護士会が本件確認請求に係る訴えを追加
することに同意しないから,訴えの追加的変更は許されない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,控訴人弁護士会の本訴請求については主文1項(2)の限度で理
由があり,控訴人Aの本訴請求については理由がないと判断する。その理由は,
以下のとおりである。
2争点(1)(本件拒絶に正当な理由があるか)について
(1)23条照会に対する報告義務について
弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする
(弁護士法1条1項)。23条照会の制度は,このような弁護士の使命にか
んがみ,弁護士が受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び
証拠の発見収集を容易にし,事件の適正な解決に資することを目的として設
けられたものと解される。また,弁護士会は,弁護士及び弁護士法人の使命
及び職務にかんがみ,その品位を保持し,弁護士及び弁護士法人の事務の改
善進歩を図るため,弁護士及び弁護士法人の指導,連絡及び監督に関する事
務を行うことを目的としている(同法31条1項。なお,弁護士法人につい
て規定されたのは,平成14年4月1日である。)。23条照会については,
このような弁護士会の目的にかんがみ,その制度の適正な運用を確保する目
的から,照会の権限を公法上の法人である弁護士会に付与し,権限の発動を
個々の弁護士の申出に係らせつつ,その申出が23条照会の制度の趣旨に照
らして適切であるかを判断することについて,弁護士会の自律的な判断に委
ねたものと解される。そうすると,23条照会は,依頼者の私益を図る制度
ではなく,事件を適正に解決することにより国民の権利を実現するという公
益を図る制度として理解されるべきである。したがって,照会先である公務
所又は公私の団体は,23条照会により報告を求められた事項について,照
会をした弁護士会に対し報告をする公法上の義務を負うものと解するのが相
当である。
もっとも,23条照会の対象とされた情報について,照会先において,当
該情報を使用するに当たり,個人の秘密を侵害することがないよう特に慎重
な取扱いをすることが要求される場合もあり得るところである。したがって,
23条照会については,照会先に対し全ての照会事項について必ず報告する
義務を負わせるものではなく,照会先において,報告をしないことについて
正当な理由があるときは,その全部又は一部について報告を拒絶することが
許されると解される。
(2)転居届に係る情報は,憲法21条2項後段の「通信の秘密」及び郵便法8
条1項の「信書の秘密」に当たるか
ア憲法21条2項後段は,「通信の秘密は,これを侵してはならない。」
と規定し,これを受けて,郵便法8条1項は,「会社(被控訴人)の取扱
中に係る信書の秘密は,これを侵してはならない。」と規定している。し
かし,本件で問題となっている転居届は,通信や信書そのものではなく,
個々の郵便物とは別個のものである。そして,そこに記載された情報につ
いて報告がされても,個々の通信の内容が推知されるものではない。した
がって,転居届に係る情報は,憲法21条2項後段の「通信の秘密」にも
郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しないと解するのが相当である
から,被控訴人は,本件照会事項について,「通信の秘密」や「信書の秘
密」に基づく守秘義務を負うものではない。
イ(ア)被控訴人は,転居届に係る情報について,個々の郵便物の受取人の
宛て所そのもの,場合によっては宛名ともなることから,現実に郵便
物が転送された場合,同情報には当然に「通信の秘密」の保障が及ぶ
旨主張する。しかし,本件照会事項については,個々の通信とは関係
のない情報としての転居届に記載された新住居所等の報告を求めるも
のであるから,「通信の秘密」の対象となる事項であるとはいえず,
その保障が及ぶものではない。
(イ)被控訴人は,転居届について郵便物の転送を前提としており,個々
の郵便物と密接に関係せざるを得ないから,転居届に係る情報につい
ては「通信の秘密」に準じて取り扱われる必要がある旨主張する。し
かし,転居届は,郵便物を転送する前提のものであるとしても,具体
的な郵便物を離れて転居先を一般的に明らかにするものにすぎず,そ
の存在により直ちに個々の郵便物の転送の有無が明らかになるもので
はない。したがって,転居届に係る情報について現実に転送された具
体的な郵便物に関連する情報(個々の通信と結び付いている情報)に
準じて取り扱われる必要があるとはいえない。
(ウ)さらに,被控訴人は,23条照会の真の目的が特定の郵便物の転送
先を知ることにある場合の不都合性を指摘する。しかし,制度の悪用
については,その適切な運用を図るべき立場にある弁護士会において,
防止措置を講じるなど別途対処すべき問題である。
(3)正当な理由について
ア郵便法8条2項は,郵便の業務に従事する者が,郵便物に関して知り得
た他人の秘密を漏えいすることを禁じている。そして,控訴人らは,転居
届に係る情報が「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たり,被控訴
人が同項に基づく守秘義務を負うことについて争っていないところ,被控
訴人は,上記守秘義務が23条照会に対する報告義務に優越すると主張す
るので,以下検討する。
イ前記(1)で説示したとおり,23条照会の制度は,事件を適正に解決す
ることにより,国民の権利を実現するという司法制度の根幹に関わる公法
上の重要な役割を担っているというべきである。そうすると,照会先が法
律上の守秘義務を負っているとの一事をもって,23条照会に対する報告
を拒む正当な理由があると判断するのは相当でない。被控訴人は,郵便法
8条2項の守秘義務が,憲法21条2項後段を受けて定められていること
を殊更に強調するが,国民の権利の実現や司法制度の適正な運営もまた,
憲法上の要請にほかならないのである。したがって,報告を拒む正当な理
由があるか否かについては,照会事項ごとに,これを報告することによっ
て生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる権利を実現する
利益との比較衡量により決せられるべきである。
被控訴人は,郵便法8条2項に基づく守秘義務が優越する根拠として,
(ア)特別法である郵便法上の守秘義務は,一般法である23条照会に対す
る報告義務に優越すること,(イ)報告義務について,明文の規定がなく,
拒否事由や除外事由も規定されていないこと,(ウ)照会先において意見や
異議を述べる機会がないこと,(エ)弁護士会の審査が厳密でない場合もあ
ること,(オ)転居届については,被控訴人の従業員に証言拒絶権があり,
文書提出義務除外文書であること,(カ)守秘義務違反について罰則を科さ
れる危険があることなどを挙げる。
しかし,(ア)については,独自の見解であって採用することができない。
(イ)及び(ウ)については,そのような事情があるからといって,直ちに守秘
義務が報告義務に優越するとの結論が導かれるものではないところ,23
条照会の制度趣旨にかんがみれば,報告義務が守秘義務に優越する場合も
あることは,優に認められる。(エ)については,特定の情報について守秘
義務を負う者は,当該情報を使用するに当たり,個人の秘密を侵害するこ
とがないよう特に慎重な取扱いをすることが要求されるというべきである
から,漫然と23条照会に応じ,その全てを報告した場合,守秘義務に違
反したと評価されることもあり得るところである。しかし,23条照会に
ついては,照会先に対し,全ての照会事項について必ず報告する義務を負
わせるものではなく,報告をしないことについて正当な理由があるときは,
その全部又は一部について報告を拒絶することが許されると解されること
は,上記のとおりである。そうすると,守秘義務を負う照会先は,23条
照会に対し報告をする必要があるか自ら判断すべき職責があるといえる。
弁護士会の審査に不備があり得るとしても,被控訴人において,この職責
を放棄し,常に守秘義務を優越させて報告を拒むことを肯定する理由には
ならないというべきである。被控訴人は,不当な23条照会をした弁護士
会にはペナルティがないというが,審査に不備があれば,照会先から責任
を追及され得るところであるし,弁護士会に対する信頼の失墜を招き,照
会の権限を弁護士会に与えた現行の23条照会制度の存続自体にも影響し
かねないのであるから,弁護士会においても,厳密な審査をする動機付け
は働くといえる。(オ)については,仮に,被控訴人が主張するように,そ
の業務に従事する者について,証言拒絶権に係る民事訴訟法197条1項
2号が類推適用されるとしても,同号所定の「黙秘すべきもの」とは,一
般に知られていない事実のうち,弁護士等に事務を行うこと等を依頼した
本人が,これを秘匿することについて,単に主観的利益だけでなく,客観
的にみて保護に値するような利益を有するものをいう(最高裁平成16年
11月26日第二小法廷決定・民集58巻8号2393頁)。したがって,
転居届に係る情報であるとの一事をもって,直ちに同号に基づく証言拒絶
権があるとか,同号を前提とする同法220条4号ハ前段に基づいて文書
提出義務を負わないということにはならない。(カ)について,転居届に係
る情報が,侵害について罰則の定めがある郵便法8条1項の「信書の秘密」
に該当しないことは,上記のとおりである。また,事業者である被控訴人
は,通信の秘密の保護の対象であるか,個々の通信とは無関係の情報であ
るかについて,自ら識別して情報を取り扱うべき立場にあり,かつそれが
可能な立場にあるといえる(甲8,41,42)。被控訴人の主張は,い
ずれも採用することができない。
ウ本件についての検討
(ア)報告することによって生ずる不利益について
本件照会事項は,個々の郵便物の内容についての情報ではなく,住
居所や電話番号に関する情報であって,前記(2)のとおり,憲法21条
2項後段の「通信の秘密」や郵便法8条1項の「信書の秘密」に基づ
く守秘義務の対象となるものではない。また,住居所や電話番号は,
人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には開示されることが予定
されている情報であり,個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報
とはいえない。そして,控訴人弁護士会を含む各弁護士会は,会員で
ある個々の弁護士に対し,23条照会により得られた報告について,
慎重に取り扱うよう求め,当該照会申出の目的以外に使用することを
禁じ(甲16,17),依頼者により情報の漏洩や目的外の使用がさ
れることがないよう配慮することを求めるなどしているのであるから
(甲58),本件照会事項に係る情報が不必要に拡散されるおそれは
低いと判断される。
この点に関し,被控訴人は,転居届に係る情報については開示が予
定されていない旨,23条照会に当たっては,住所情報とは異なり,
開示の対象や種類が限定されておらず,DVやストーカーの被害者を
保護する制度も設けられていない旨主張する。しかし,転居届に係る
情報は,公的な開示手続の面において,住民基本台帳に記載された住
所情報とは異なるとしても,特定の郵便物の送付先を離れた情報とし
ての住居所(郵便法35条によれば,転居届は,郵便物の送付先(転
送先)を任意に指定するものではなく,転居先の住居所を届け出るも
のである。)や電話番号である以上,社会生活において開示されるこ
とが予定されているといえるのである。また,情報を開示する際にD
Vやストーカーの被害者の保護について考慮する必要が一般にあると
しても,本件においては比較衡量をするに当たって考慮すべき要素と
ならないことは,照会理由書の記載から明らかである。被控訴人の主
張は,上記の判断を左右するものではない。
(イ)報告を拒絶することによって犠牲となる利益について
本件照会の目的は,控訴人AがCに対し強制執行(動産執行)をす
るため,Cの住居所を知ることにあると認められる。そして,動産執
行を申し立てるに当たっては,債務者であるCの住所を明らかにする
必要があるところ(民事執行規則21条1号),当時,Cは,住民票
上の住所には居住していなかったのである(乙1)。そうすると,本
件照会に対する報告が拒絶されれば,控訴人Aは,司法手続によって
救済が認められた権利を実現する機会を奪われることになり,これに
より損なわれる利益は大きい。そして,本件照会事項(1)ないし(3)は,
転居届の有無及び届出年月日並びに転居届記載の新住居所であり,強
制執行(動産執行)をするに当たり,これを知る必要性が高いといえ
る。
これに対し,本件照会事項(4)は,新住居所の電話番号であるところ,
これを知れば,さらに通信事業会社に照会するなどして,住居所につ
いての情報を取得することができる可能性があるとしても(甲46),
住居所を知る手段としては間接的なものである。そして,B弁護士に
おいて,過去にCの電話番号を知っていたのであれば(甲2によれば,
B弁護士は,別件訴訟の和解の際にCと対面しているから,これを知
る機会が全くなかったわけではないといえる。),これに基づいて照
会をすべきである。他方,これまで知らなかったのであれば,上記の
ような手段としての間接性からしても,Cの電話番号を知る利益につ
いて,被控訴人の守秘義務に優先させるのは相当でない。本件照会事
項(1)ないし(3)について報告を求めている本件照会において,さらに
同(4)について報告を求める必要があったということはできない。
エ前記ウの(ア)と(イ)を比較衡量すれば,本件においては,本件照会事項
(1)ないし(3)については,23条照会に対する報告義務が郵便法8条2項
の守秘義務に優越し,同(4)については,同項の守秘義務が23条照会に
対する報告義務に優越すると解するのが相当である。したがって,本件照
会事項の全部について報告を拒絶した被控訴人の対応については,正当な
理由を欠くものであり,違法であったといわざるを得ない。
なお,被控訴人は,昭和56年判例の基準に当てはめれば,本件拒絶に
は正当な理由があった旨主張するが,後記3(2)イで説示するとおり,同
判例については,前科及び犯罪経歴に係る23条照会が問題となった事案
についての事例判例というべきであるから,転居届に係る本件照会につい
て,同判例への当てはめをするのは相当でない。被控訴人の主張は,採用
することができない。
3争点(2)(被控訴人に過失があるか)について
(1)本件拒絶に至る経緯
証拠(甲10,23の1・2,乙21,22)及び弁論の全趣旨によれば,
本件拒絶に至る経緯について,次の事実を認めることができる。
ア東京高裁判決
平成22年9月29日,東京高裁判決が言い渡された。その内容は,次
のようなものであった。
(ア)事案の概要
Eは,平成17年,Fらを被告として,東京地方裁判所に損害賠償
請求訴訟を提起し,平成19年12月13日,Fらに対する一部認容
判決がされた。東京弁護士会に所属するG弁護士は,同訴訟において,
Eの訴訟代理人であったところ,平成20年7月7日,東京弁護士会
に対し,aF宛ての郵便物についての転居届の提出の有無,b転居
届の提出年月日,c転居届記載の転送先,d転居届の筆跡の状況
(回答に代わる転居届の写しの送付依頼),e転居届受理の際の本人
確認の有無及びその方法について,被控訴人(H支店及びI支店)に
23条照会をするよう申し出た。申出に当たっては,上記損害賠償請
求訴訟の判決に基づく強制執行申立事件に係るものである旨,同訴訟
は,いわゆる未公開株式商法の被害についての訴訟である旨,EのF
らに対する請求を一部認容する判決が言い渡されており,同判決に基
づく強制執行の準備に当たり,Fの居住地を正確に探知する必要があ
る旨,Fは,本来被害の回復に充てられるべき財産を隠匿している可
能性があり,債務名義に基づいてFに対し動産執行をするに当たり,
居住地を調査する必要がある旨などが明らかにされていた。しかし,
被控訴人(I支店)は,同月11日,郵便法8条に抵触することを理
由として,被控訴人(H支店)は,同月22日,同条に抵触し,同法
80条の罰則があることを理由としてそれぞれ報告を拒絶した。そこ
で,Eは,被控訴人が報告を拒絶したことが不法行為を構成するとし
て,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起
した。
(イ)裁判所の判断
a被控訴人の守秘義務について
23条照会の趣旨によれば,照会先は,報告を求められた事項に
ついて,報告をする公法上の義務を負う。ただし,正当な理由があ
るときは,報告を拒絶することが許されるというべきである。転居
届については,通信,信書そのものとはいえず,これに係る情報が
報告されても,個々の通信の内容は推知されないから,被控訴人は,
「通信の秘密」や「信書の秘密」に基づく守秘義務を負わない。し
かし,被控訴人は,同情報について,郵便法8条2項に基づく守秘
義務及びプライバシーに基づく守秘義務を負う。
b守秘義務と報告義務との優劣について
照会事項aないしcについては,(a)単に住居所に関する情報で
あり,(b)人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示
されることが予定されているから,実質的な秘密性は低いと評価す
べきであり,(c)報告がされても,これが知られる範囲は限定的な
ものといえる一方,23条照会の制度趣旨からして,報告をする必
要性は高い。したがって,照会事項aないしcについては,被控訴
人の報告義務が郵便法8条2項に基づく守秘義務及びプライバシー
に基づく守秘義務に優越すると解され,被控訴人が報告を拒絶した
ことに正当な理由があったとは認められない。
照会事項d及びeについては,転居届に記載された事項の報告を
超えて,被控訴人が郵便の業務を遂行する過程で取得した情報の開
示を求めるものであり,秘密性が高い一方,Fに対し強制執行する
という照会の目的からして,情報の重要性は低い。したがって,照
会事項d及びeについては,郵便法8条2項に基づく守秘義務が2
3条照会に対する報告義務に優越すると解され,被控訴人が報告を
拒絶したことに正当な理由があったと認められる。
c不法行為の成否について
依頼者については,23条照会に対する報告が受けられない場合,
直ちに法的保護に値する法益の侵害があったとみることは困難である
から,被控訴人が照会事項aないしcについて報告を拒絶したことは,
Eに対する不法行為を構成するとはいえない。
d補論
被控訴人に対し,照会事項aないしcについて改めて報告すること
を要請したい。さらに,新住居所という転居届に記載された情報に関
しては,23条照会に応ずる態勢を組むことを切に要請したい。
イ役員らに対する説明
被控訴人において上記訴訟の担当者であったJは,東京高裁判決を受け
て,平成22年10月中旬頃までに,当時の被控訴人の役員らに対し,同
判決の概要について説明し,意見の聴き取りをした。役員らからは,同判
決の事案には特異な事情があり,これを一般化すべきではないとか,同判
決の要請が被控訴人にとってどの程度の拘束力があるのか検討する必要が
あるなどの意見が出された。
ウ弁護士との協議
東京高裁判決の事案において被控訴人の訴訟代理人であったK弁護士及
びL弁護士らは,同月15日頃,被控訴人に対し,意見書(乙21。以下
「本件意見書」という。)を提出した。本件意見書では,東京高裁判決に
おける転居届の解釈について,理由中の判断であり,被控訴人はこれに拘
束されず,最高裁判所の判断も得ていないので,当該事案に係る転居届の
情報について,報告を拒絶することはできなくはない旨,前記ア(イ)b(a)
ないし(c)の判断については問題点がある旨が述べられていた。また,今
後の取扱いについて,郵便法8条2項の守秘義務と23条照会に対する報
告義務の優劣の判断は,必ずしも簡単とはいえず,昭和56年判例がある
以上,弁護士会の審査に頼るわけにはいかない旨,個別判決により照会に
対し報告すべきとの判断が示されない限り,郵便法8条2項を優先せざる
を得ない旨が述べられていた。併せて,原則として23条照会に対し報告
する体制を整えることも考えられるが,報告する範囲としては,新住居所
に限られる旨,開示された情報の保持者から損害賠償請求を受けた場合に,
東京高裁判決に基づいて故意,過失がなかったと主張できる範囲として,
債務名義に基づいた強制執行を目的とする場合は,無条件で報告すること
は可能と考えられる旨も述べられていた。
Jは,本件意見書を踏まえて,上記弁護士らと意見交換をした。
エ方針の決定
Jは,同年11月下旬から12月上旬にかけて,被控訴人の役員らに対
し,転居届に係る23条照会への対応について,(ア)Eの件を含め一律に
報告しない,(イ)Eの件についてのみ転居先及び届出日を報告する,(ウ)
東京高裁判決と同一の条件の場合に限り転居先及び届出日を報告する,
(エ)転居先及び届出日を一律に報告するとの4つの方針案を示し,検討が
された。その結果,被控訴人は,東京高裁判決について,内容が不当であ
ること,照会の目的等によっては,通信の秘密を侵害する可能性が排除で
きないこと,照会事項によっては,郵便法8条2項の守秘義務が優越する
と判断されていること,最高裁判所の判断がされていないこと,東京高裁
判決が示した基準では,守秘義務と報告義務との優劣を個別に判断するの
が困難であることを考慮し,また,照会者と訴訟となるリスクはあるもの
の,転居者側への不法行為となるリスク及び支店の事務処理が混乱するリ
スクがないか,若しくは小さいことから,(ア)の方針を採用することとし
た。
オ本件拒絶
被控訴人は,各支店に対し,前記エ(ア)の方針に沿った弁護士会宛ての
統一回答書式を配布していたところ,被控訴人(D支店)は,これに基づ
いて,本件拒絶をした。
(2)過失についての判断
ア既に述べたとおり,23条照会について,照会先は,照会事項ごとに,
これを報告することによって生ずる不利益と,報告を拒絶することによっ
て犠牲となる権利を実現する利益とを比較衡量した上で,対応を判断すべ
きであるといえる。ところが,前記(1)で認定したとおり,被控訴人は,
東京高裁判決を受けて社内で検討をした結果,転居届に係る23条照会に
ついて一律に報告しないとの方針を決定し,同方針に基づいて,本件照会
事項についても報告をしなかったものである。そうすると,被控訴人につ
いては,上記のような比較衡量をしなかった以上,通常尽くすべき注意義
務を尽くすことなく,漫然と本件拒絶をしたと評価し得るところである。
しかし,被控訴人は,予見可能性がない旨,結果回避義務を尽くした旨を
主張して,過失があったことを争うので,以下検討する。
イ予見可能性について
(ア)昭和56年判例について
昭和56年判例の事案では,23条照会に対し報告したことについ
て,違法であり過失があるとの判断がされている。しかし,その判決
の要旨は,前科及び犯罪経歴に係る23条照会を受けた政令指定都市
の区長が,照会文書中に照会を必要とする事由としては「中央労働委
員会,京都地方裁判所に提出するため」との記載があったにすぎない
のに,漫然と照会に応じて前科及び犯罪経歴の全てを報告することは,
前科及び犯罪経歴については,従来通達により一般の身元照会に応じ
ない取扱いであり,23条照会にも回答できないとの趣旨の自治省
(現在の総務省)行政課長回答があったなどの事実関係の下において
は,過失による違法な公権力の行使に当たるというものである。した
がって,同判例は,当該事案についての事例判例というべきである。
本件意見書も,同判例について,照会事項が適切であるかについて,
弁護士会の審査に頼るわけにはいかないことの根拠としているにすぎ
ない。
(イ)東京高裁判決について
東京高裁判決の理由中の判断については,被控訴人において,これ
に従う法的な義務を負うものではない。しかし,同判決の事案は,前
記(1)ア(ア)のとおり,本件と類似する事案であり,同裁判所の判断と
して,同(イ)のとおり,本件で被控訴人が主張している点についての判
断が示されているのである。そして,同判決について,同種事案に多
大な影響があることは,本件意見書でも指摘されているところである。
また,東京高裁判決がされた当時,転居届に係る情報について,郵
便法8条1項の「信書の秘密」に該当するとの見解が一般的であった
とか,そのような見解が立法に関与した者によって明確に示されてい
たとはうかがわれない。Jが,東京高裁判決に係る口頭弁論終結日
(平成22年6月28日)の直前である同月21日,総務省情報流通
行政局企画課長から聴き取ったという電話回答(乙14)や,東京高
裁判決後の同年12月14日,同局を訪れて被控訴人の前記(1)エの方
針を説明し,その対応方針に異論がない旨の回答を得たこと(乙22)
については,いずれも当該見解が一般的であることや立法関与者の明
確な見解であることを示すものではない。
(ウ)本件について
そうすると,被控訴人において,転居届に係る23条照会を受けた場
合,照会事項や照会の目的等について検討することなく一律に報告を拒
絶すれば,違法と判断され得ることについては予見可能であったといえ
る。なお,被控訴人は,本件照会に対し報告すべきかについて,照会理
由書からは判断できなかった旨の主張をするが,本件拒絶に当たり,実
際には照会理由書の内容について検討をしていない以上,この点は,本
件において被控訴人の過失を否定する事情とはならない。また,被控訴
人は,権利侵害についての予見可能性がなかった旨の主張もするが,東
京高裁判決において前記(1)ア(イ)cのような判断がされたとか,弁護士
会の損害について否定する論考があったというだけでは,予見可能性を
否定するには足りないというべきである。
ウ結果回避義務について
(ア)前記(1)エのとおり,被控訴人が転居届に係る情報について23条照
会に対する報告を一律に拒絶することとした理由は,a東京高裁判決
の内容が不当であると考えられたこと,b照会の目的等によっては,
通信の秘密を侵害する可能性が排除できないこと,c同判決も,照会
事項によっては,郵便法8条2項の守秘義務が優越するとしていること,
d同判決について,最高裁判所の判断がされていないこと,e同判決
が示した基準では,守秘義務と報告義務との優劣を個別に判断すること
が困難であること,f照会者と訴訟になるおそれはあるものの,転居
者側への不法行為となる危険及び支店の事務処理が混乱する危険がない
か,若しくは小さいことなどである。しかるところ,被控訴人は,これ
らの判断の下で本件拒絶をしたのであるから,結果回避義務を尽くした
旨主張するので,以下検討する。
(イ)a及びdについて
被控訴人において,東京高裁判決の内容が不当であると判断すること
や,同判決について最高裁判所の判断がされていない以上,同判決に拘
束される必要がないと判断することについては,直ちに不合理な対応と
いうことはできない。しかし,被控訴人において,自らの主張こそが正
当であると判断していたからといって,過失が否定されるものではない
ことは,論を俟たない。また,被控訴人自身,照会者と訴訟になるおそ
れがあることについては認識していたのであるから,その結果敗訴する
危険についても認識していたといえる。
(ウ)b及びcについて
被控訴人が検討したとおり,照会の目的等や照会事項によっては,2
3条照会に対し報告することが違法とされる場合があることは,昭和5
6年判例からも明らかである。しかし,そうであるからといって,照会
の目的や照会事項に問題がないと判断される場合についてまで報告をし
なくとも違法とされないということにはならない。そして,被控訴人は,
本件照会に際し,本件照会の目的や本件照会事項について何らの考慮も
していないのであるから,その検討は不十分であったといえる。
(エ)e及びfについて
被控訴人は,守秘義務と報告義務との優劣について個別に判断する
とすれば,事務処理上の負担が大きく,結論を出すのが困難な場合もあ
ることから,一律に報告を拒絶した上で照会者と個別に訴訟をする方が
その被る不利益が小さいと判断して,一律に報告しないとの方針を決定
したという。しかし,守秘義務と報告義務は,いずれも被控訴人が負う
法律上の義務であるところ,複数の義務が衝突し,一方を履行するため
には他方を怠らなければならない場面は,本件のような場合に限られな
い。そして,そのような場面においては,義務を負う者は,複数の義務
の軽重を比較して,より適切な選択をすべきなのであり,このような比
較をすることなく一律に一方を選択することは,不当といわなければな
らない。
守秘義務と報告義務との優劣について,判断することが困難な場合が
あることは予想されるが,23条照会に当たっては,一般に,照会先に
対し,問い合わせをする弁護士会が明らかにされているとうかがわれる
(甲29)。本件照会書にも,控訴人弁護士会の23条照会担当の直通
電話番号が記載されているし,本件申出書には,B弁護士の事務所の電
話番号やファクシミリ番号が記載されていたのである(甲4)。したが
って,被控訴人は,照会の必要性等に疑義があれば,その点について確
認することもできるのである。23条照会は,公益のためとはいえ,照
会先に対し,突然,予定外の事務処理上の負担を掛けるものであるし,
被控訴人においても,これを避けたいとの考慮が働くことは理解できな
いわけではない。しかし,このような事情を理由として,公法上の義務
である23条照会に対する報告義務を怠ることは,その義務の重要性か
らして許されるべきではない。照会先の負担の軽減等については,弁護
士会による制度の適切な運営や被控訴人を含めての協議や申合せをする
ことなどによって解決されるべきである。
(オ)したがって,結果回避義務を尽くしたとの被控訴人の主張は,採用す
ることができない。
エ以上のとおりであるから,本件拒絶について被控訴人に過失があったと
認められる。
4争点(3)(控訴人らの権利,利益が侵害されたか)及び同(4)(控訴人らに損
害が発生したか)について
(1)控訴人Aについて
既に述べたとおり,23条照会については,基本的人権を擁護し社会正義
を実現するという弁護士の使命の公共性がその基礎にあると解されるのであ
り,これを依頼者の私益を図るために設けられた制度とみるのは相当でない。
そして,23条照会の申出があった場合,弁護士会は,その権限に基づいて,
適切と判断した場合にのみ照会をするところ,依頼者は,弁護士会に対し,
23条照会をすることを求める実体法上の権利を持つものではないと解され
る。そうすると,23条照会に対する報告がされることによって依頼者が受
ける利益については,その制度が適正に運用された結果もたらされる事実上
の利益にすぎないというべきである。また,本件拒絶について,控訴人Aの
権利,利益等を害する目的でされたとは認められないから,侵害行為の態様
(違法性の程度)との関係からみても控訴人Aの権利ないし法的保護に値す
る利益が侵害されたということはできない。控訴人Aは,Cに対する動産執
行を実現する法的利益が害されたと主張するが,仮に控訴人Aにそのような
利益があるとしても,本件拒絶によりそれが害されたとは認められない。控
訴人Aの主張は,採用することができない。
(2)控訴人弁護士会について
ア権利,利益の侵害について
23条照会の制度は,弁護士法1条1項に規定された弁護士の使命の公
共性にかんがみ,昭和26年6月9日に弁護士法23条の2として規定さ
れ,60年以上にわたり利用されてきた制度である。23条照会について
強制力はないとしても,報告義務があると解されることは,既に述べたと
おりである。そして,23条照会をする権限については,その制度の適正
な運用を確保するため弁護士会にのみ与えられている。弁護士会は,23
条照会について個々の弁護士からの申出がその制度趣旨に照らして適切で
あるかについて自律的に判断した上で照会の権限を行使するものである。
控訴人弁護士会を含む各弁護士会は,自らの権限を適切に行使するため,
23条照会に関し,規則や負担金規程を設ける(甲16,28,31),
手引を作成する(甲29,46,乙12の2),控訴人弁護士会など照会
件数が多い弁護士会においては調査室等を置く(甲30,58)などの措
置を講じ,照会の必要性,相当性,範囲,表現等について複数の弁護士に
よる審査をしている(甲58)。その上部団体である日本弁護士連合会も,
規則のモデル案(甲17,27)やマニュアル(乙12の1)を作成して
いるほか,裁判所の真実の発見と公正な判断に寄与することが重要である
として,23条照会の制度の機能が拡充,強化されるよう活動していると
ころである(甲32,33)。このように,法律上23条照会の権限を与
えられた弁護士会が,その制度の適切な運用に向けて現実に力を注ぎ,国
民の権利の実現という公益を図ってきたことからすれば,弁護士会が自ら
照会をするのが適切であると判断した事項について,照会が実効性を持つ
利益(報告義務が履行される利益)については法的保護に値する利益であ
るというべきである。
被控訴人は,23条照会について,弁護士会には独自に保護されるべき
利益がない旨主張する。しかし,弁護士会は,弁護士法31条1項に規定
されているように,弁護士及び弁護士法人の品位を保持し,その事務の改
善進歩を図るという固有の目的の下,自らの事務を行うものである。また,
弁護士会は,法人であるから(同条2項),その会員である弁護士とは別
個に,独自の人格的な利益も観念することができる。そして,前記(1)の
とおり,23条照会は,依頼者の私益を図るために設けられた制度ではな
く,弁護士の職務の公共性に基礎を置くものである。弁護士会は,弁護士
に依頼することで権利が実現できるという弁護士全般に対する国民の信頼
を維持するため,その自治団体として活動しているといえる。そうであれ
ば,弁護士会には,23条照会が実効性を有することについて,申出をし
た弁護士とは別個の独自の利益があるというべきである。また,23条照
会に対し報告がされることにより,その申出をした弁護士が利益を受ける
ことがあるとしても,その制度の適正な運用という公益が実現されたこと
による事実上の利益にすぎないことは,前記(1)で控訴人Aについて述べ
たところと同様である。したがって,弁護士会に独自の利益を認めたから
といって,個々の弁護士に対し直接自己に報告を求めることができる地位
を与えることにはならない。被控訴人は,報告された内容が希望するもの
でなかった場合との比較をいうが,23条照会をする弁護士会が,特定の
内容の報告を希望しているとは認められないから,そのような比較をする
ことはできない。被控訴人の主張は,いずれも採用することができない。
イ損害について
(ア)財産的損害
控訴人弁護士会は,本件通知書を送付するための費用について,本件
拒絶による損害である旨主張する。しかし,本件通知書は,控訴人弁護
士会が,本件拒絶について翻意を求めるために,自らの判断で送付した
ものである。本件規則7条2項は,報告が拒絶された場合,照会の趣旨
を説明し,報告するよう説得することができる旨定めているにすぎない
し,その手段についても,必ずしも文書の送付には限定されておらず,
電話や面談等によることも予定されている。したがって,本件通知書を
送付するための費用について,控訴人弁護士会において支出を余儀なく
されたものと評価することはできず,本件拒絶と相当因果関係のある損
害と認めることはできない。
(イ)無形損害
控訴人弁護士会は,本件拒絶により,a23条照会に係る適正な権
限行使を阻害され,bその制度を適正に運用することができず,国民
の信頼を失い,c本件拒絶に対処する労力を負担することを強いられ,
d本件訴訟を提起し,遂行する労力を負担することを強いられた旨主
張する。
しかるところ,控訴人弁護士会は,本件拒絶により,本件照会が実
効性を持つ(報告義務が履行される)という法的保護に値する利益を
侵害され,国民の権利を実現するという目的を十分に果たせなかった
のであるから,これによる無形損害を被ったと認められる。他方,控
訴人弁護士会が,本件拒絶により現実に国民の信頼を失ったとは認め
られない。また,本件拒絶に対処するため各種措置を講じることにつ
いては,公益目的のため23条照会の制度の適正な運用を図るべき立
場にある控訴人弁護士会において,通常の業務に含まれるというべき
であり(甲30),その労力を負担したことをもって,本件拒絶によ
る損害と認めることはできない。
次に,損害の程度について検討すると,控訴人弁護士会の無形損害
は,本判決において,本件拒絶について,正当な理由がなく,被控訴
人の不法行為を構成すると判断されることにより,相当程度回復され
るものと考えられる。そして,この点を含め本件における一切の事情
を考慮すれば,控訴人弁護士会の損害については,1万円と認めるの
が相当である。
(ウ)当審における弁護士費用
前記(イ)のとおり,本件拒絶に対処することは,控訴人弁護士会にと
って通常の業務の一環というべきである。また,その業務に当たること
となっている控訴人弁護士会の調査室の室員は,弁護士経験5年以上を
有する10名以内の弁護士であるところ(甲30),当審において,控
訴人弁護士会の訴訟代理人として法廷に出頭した弁護士のほとんどは,
上記の調査室の室員である(甲48,49,当裁判所に顕著な事実)。
そうすると,控訴人弁護士会において,控訴を提起するに当たり,弁護
士に委任することを余儀なくされたとはいい難い。当審における弁護士
費用について,本件拒絶による損害と認めることはできない。
5本件確認請求について
本判決は,控訴人弁護士会の主位的請求について,全部認容するものではな
いが,本件確認請求については,主位的請求である損害賠償請求が全部棄却で
ある場合の予備的請求であることが明らかである。したがって,控訴人弁護士
会の主位的請求を一部認容する本判決において,本件確認請求について判断す
る必要はないものである。
6まとめ
以上のとおりであるから,控訴人Aの本訴請求は理由がなく,控訴人弁護士
会の本訴請求は,1万円及びこれに対する本件拒絶を受けた日である平成23
年10月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり,その余の請求は理由が
ないから棄却すべきである。
第4結論
よって,原判決は,一部失当であって,控訴人弁護士会の本件控訴の一部は
理由があるから,原判決中,控訴人弁護士会に係る部分を上記のとおり変更し,
仮執行宣言の申立てについては,その必要がないものと認められるから,これ
を付さないこととし,控訴人Aの本件控訴は理由がないから,これを棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第1部
裁判長裁判官木下秀樹
裁判官達野ゆき
裁判官舟橋伸行
○別紙添付省略
○「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の3で引用した原判決の「事実及
び理由」中の「第2事案の概要等」の3
3争点及び当事者の主張
(1)本件照会に対する被告の報告拒絶に正当な理由があるか
ア原告らの主張
(ア)23条照会の制度は,弁護士が基本的人権を擁護し,社会正義を実
現することを使命とする(弁護士法1条1項)ことに鑑み,弁護士が
受任している事件を処理するために必要な事実の調査及び証拠の発見
収集を容易にし,当該事件の適正な解決に資することを目的として設
けられたものであり,その適切な運用を確保する目的から,照会する
権限を弁護士会に付与し,その権限の発動を個々の弁護士の申出に係
らせつつ,個々の弁護士の申出が23条照会の趣旨に照らして適切で
あるか否かの判断を当該弁護士会の自律的判断に委ねて濫用的照会の
排除の制度的保障を図るという2段階の構造を有している。このよう
な23条照会の趣旨によれば,23条照会を受けた者は,報告を求め
られた事項について,照会した弁護士会に対し報告をする公法上の義
務を負う。
(イ)他方で,「通信の秘密」(憲法21条2項後段)とは,通信の秘密
に属する通信内容や事務上の事項について調査,探求をしてはならな
いこと(積極的知得行為の禁止),通信事務取扱者が通信の秘密につ
いて知り得た事項につき秘密を守るべきこと(漏えい行為の禁止)を
意味し,郵便法8条1項の「信書の秘密」は,憲法21条2項後段を
受けてこれを具体化したものであるが,転居届は通信,信書そのもの
とはいえず,個々の郵便物とは離れて存在するものであって,転居届
の情報が報告されても,個々の郵便物の内容は何ら推知されるもので
はないから,同情報は,憲法21条2項後段の「通信の秘密」に該当
せず,郵便法8条1項の「信書の秘密」にも該当しない。
もっとも,本件照会事項(イ)ないし(エ)は転居届に記載された事項で,
本件照会事項(ア)はその前提となる事項であるところ,これらはいずれ
も郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘密」に当たる
ので,被告は同項に基づく守秘義務を負う。しかし,これらは個々の
郵便物の内容についての情報ではなく,単なる住居所に関する情報で
あるところ,住居所は,人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者に
は当然開示されることが予定されている情報であり,個人の内面に関
わるような秘匿性の高い情報とはいえず,その実質的な秘密性は低い
と評価すべきものであるし,本件照会事項について報告がされても,
この情報を得るのは,原告弁護士会のほか,照会申出をしたB弁護士
及びその依頼者である原告Aのみであるから,これが知られる範囲は
限定的なものである。
(ウ)これに対し,23条照会は,前記のとおり,弁護士が受任した事件
を処理するために所属弁護士会に照会申出をし,同弁護士会が照会を
相当と認めた情報について報告を求めるものであるから,その制度趣
旨からして,23条照会に対する報告の必要性は高いというべきであ
る。
(エ)よって,被告が本件照会事項について報告すべき義務は,郵便法8
条2項に基づく守秘義務に優越するから,本件照会事項について,被
告が報告を拒絶したことには正当な理由がない。
イ被告の主張
(ア)「通信の秘密」(憲法21条2項後段)の保障の対象には,通信の
内容のみならず,通信の存在それ自体に関する事項,すなわち,通
信・信書の差出人・受取人の氏名・住所・居所,差出個数,年月日等
も含まれる。そして,郵便法8条1項の「信書の秘密」は,憲法21
条2項後段を,被告が取り扱う信書に関して規定したものであり,そ
の範囲は信書に関わる「通信の秘密」の範囲と同一である。
転居届に従って郵便物が転送される場合,転居届の情報は,個々の
郵便物の宛て所そのものに成り代わり,その郵便物の受取人の宛て所
そのもの,場合によっては宛名ともなるから,転居届に従って既に郵
便物の転送がされた場合には,転居届の情報には当然に通信の秘密の
保障が及ぶ。また,転居届を提出する郵便利用者は,郵便物の受け取
りを前提として転居届を提出するのであるから,一定期間のうちには
当然転送されてくる郵便物が存在する。したがって,転居届そのもの
が郵便物の転送を前提とした存在であり,転居届は個々の郵便物と密
接に関係せざるを得ないから,転居届そのものが「通信の秘密」に準
じて取り扱われる必要がある。そして,憲法上の保障である「通信の
秘密」が,23条照会に対する報告義務に優越することは明らかであ
るから,被告による本件照会への報告拒絶には正当な理由がある。
(イ)さらに,転居届の情報は,郵便物の転送を前提とした情報であるか
ら,少なくとも郵便法8条2項の「郵便物に関して知り得た他人の秘
密」に該当する。
そして,郵便法8条が憲法21条2項後段を受けて定められたもの
であること,弁護士法23条の2は包括的な情報開示に関する根拠規
定であるのに対し,郵便法の規定は信書及び郵便に関わる事項につい
ての情報開示に関して限定的な守秘義務が定められているものである
こと,23条照会に従い情報を開示した場合,被告が不法行為責任を
負うリスクを負担せざるを得ないなど不都合性があること,郵便法8
条2項の守秘義務には明文の規定があるが,23条照会における公的
な回答義務は弁護士法上明文の規定がないこと,23条照会は法文上
拒否事由や除外事由が規定されず,照会を受ける者に事前に意見を述
べる機会もなく,事後に異議を述べて争う機会もないため,同照会へ
の報告義務が民法上の違法性が生じる意味での法的義務であるとする
ことには疑問があるのに対し,郵便法8条1項に違反した場合には罰
則の適用があり,同条2項に違反した場合には,その行為が違法性を
帯びると判断され,その結果不法行為が成立する余地があること,被
告の社員は転居届に関して証人として尋問された場合,証言拒絶権を
有すること,転居届は文書提出義務除外文書に該当することなどから
すれば,転居届の情報に関する秘密保持義務は23条照会への報告義
務に優先するから,被告のした本件照会に対する報告拒絶には正当な
理由がある。
(ウ)また,郵便法8条1項の「信書の秘密」を侵害した場合,2年以下
の懲役又は100万円以下の罰金という重い罰則が定められているが,
同項と同条2項はその保障対象の明確な区別が困難であり,このよう
な場合に転居届の情報を弁護士会に対して回答しなければならないと
すれば,被告の業務従事者は重い罰則を科される危険を負担しなけれ
ばならないことになり,不合理である。
(エ)転居届の情報は,憲法21条2項後段の「通信の秘密」に対象事項
そのもの,もしくはこれと密接な関連性を有し,「通信の秘密」に準
じて取り扱われるべき情報であって,「前科及び犯罪経歴」の情報と
同様に,その秘密保持につき高度の要保護性を有すること,本件照会
事項は原告Aが将来にわたり強制執行をするために必要不可欠とはい
えないか,少なくとも原告らはその立証をしていないこと,原告らに
おいて,転居届と郵便物との結び付きがないことの主張,立証がない
こと等の事情を,23条照会に関する最高裁昭和56年4月14日第
三小法廷判決・民集35巻3号620頁(以下「昭和56年判例」と
いう。)の基準に当てはめると,本件照会に回答することは,開示対
象者との関係で不法行為に該当する可能性があるから,これを避ける
ために行った本件照会に対する報告拒絶には正当な理由がある。
(2)原告Aの権利・利益の侵害の有無
ア原告Aの主張
弁護士法23条の2がその照会の主体を弁護士会にしたのは,所属
弁護士会による照会の必要性,相当性の判断を,弁護士を監督する地
位にある弁護士会の自律的判断に委ねることをもって,23条照会制
度の適正かつ慎重な運用を担保する趣旨であり,申出をした弁護士の
依頼者も,同制度によって情報を得ることにより自己の権利の実現な
いし利益を享受する法的利益を有している。原告Aは,被告の報告拒
絶により,Cに対する動産執行を実現する法的利益が妨げられたとい
うべきである。
イ被告の主張
23条照会に対する照会先の報告義務は,弁護士会に対するもので
あり,申出をした弁護士や依頼者個人に対するものではないから,照
会先から回答を得られるかどうかについて,依頼者に権利ないし法的
に保護された利益があるとはいえないから,被告の報告拒絶は,原告
Aの権利ないし法的に保護された利益を侵害するものとは認められな
い。
(3)原告弁護士会の権利・利益の侵害の有無
ア原告弁護士会の主張
23条照会の主体は,弁護士法23条の2の構造上,弁護士会に属
するものであり,弁護士会が照会の権限を有している。
本件においては,被告の報告拒絶により,23条照会によって報告
義務者から報告を受けることができるという原告弁護士会の権利・利
益が害されている。
イ被告の主張
弁護士会は,所属弁護士からの照会の申出がなければ照会を行うこ
とはできず,照会の申出が弁護士法23条の2の要件に該当している
か,濫用的な照会ではないかについて審査を行うのみであり,これら
のチェック機能を与えられているにすぎない。
また,弁護士会は,照会の内容に関して一切の関わりがないが,照
会によって必ず希望する報告が得られるとは限らないのであって,報
告が得られたが内容が希望するものでなかった場合と比較しても,報
告を拒絶されることによって侵害される利益が弁護士会に存在すると
は観念し難い。
したがって,原告弁護士会は,独自に保護されるべき権利又は利益
を有しない。
(4)本件照会に対する報告拒絶についての被告の過失の有無
ア原告らの主張
(ア)本件照会事項は,電話番号を除き,東京高裁判決の事案の照会事
項と全く同一であり,電話番号も,住居所と同様に,人が社会生活
を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されて
いる情報であるとともに,個人の内面に関わるような秘匿性の高い
情報とはいえないから,その照会についても同判決の射程の範囲内
にある。そして,同判決は,転居届は通信,信書そのものではなく,
転居届に記載されている新住居所の報告を求めることは通信の秘密
とは無関係であると明示した上,住居所についての23条照会に対
する報告義務は被告の守秘義務に優越し,被告による報告拒絶には
正当な理由がなく,23条照会に対する報告義務違反があると判示
しているから,被告には本件照会事項(ア)ないし(ウ)に対する報告拒
絶が違法であることの十分な予見可能性があり,また,同判決の論
理に従えば,転居届記載の新住居所の電話番号についての23条照
会に対する報告義務が被告の守秘義務に優越することも十分判断す
ることができたといえ,被告には本件照会事項(エ)に対する報告拒絶
が違法であることの予見可能性も十分にあったといえる。
さらに,同判決では,補論として,「この判決を契機として,本
件照会に改めて応じて報告することを要請したい。また,さらに,
新住居所という転居届に記載された情報に関しては,本判決の意の
あるところを汲み,23条照会に応ずる姿勢を組むことを切に要請
したい。」と異例の意見表明までしている。
(イ)また,総務省が策定した「郵便事業分野における個人情報保護に
関するガイドライン」の解説は,事業者が保有する個々の信書の送
達には関連しない個人情報(契約者情報,料金の支払状況等)につ
いては,基本的には信書の秘密の保護の対象外になるとした上,2
3条照会の場合には原則として照会に応ずるべきであるが,当該個
人データが本人の信書の秘密に該当する場合には当該データを提供
することは適当ではないとしているから,これによれば,被告は原
則として転居届に記載されている新住居所や電話番号についての2
3条照会に応ずるべきことになる。
(ウ)被告が援用する昭和56年判例の事案の照会事項は,前科及び犯
罪経歴という最も他人に知られたくない情報であって,他者への開
示が予定されていない情報であるのに対し,本件照会事項である住
居所や電話番号は,一定の範囲の他者への開示が予定されている情
報であって,事案を全く異にしているから,本件は昭和56年判例
の射程外である。昭和56年判例の事案においては守秘義務が23
条照会に対する報告義務に優越すると判断することは困難でない。
(エ)そして,本件照会は,動産執行をする前提として,債務者が居住
している可能性がある場所の照会をするものであり,かような目的
のものでの照会であるため,弁護士会としても,必要性・相当性が
あると判断して照会をしていることは本件申出書から明らかであり,
電話番号についても,契約者に対する通信事業会社の請求書の送付
先等を照会することで居所を把握することが可能であるため,弁護
士会をして照会の必要性,相当性があると判断したものであるから,
本件申出書の記載によって本件照会が必要かつ相当なものであるこ
とは被告において十分に判断することができ,被告には過失が認め
られる。
また,特段の事情がない限り,被告が転居届記載の新住居所につ
いての23条照会に係る事案の個別事情に関する事実(転居届以外
に新住居所を調べる方法がないかどうか,強制執行を動産執行によ
り行う必要があるかどうかの事情)等を調査する必要がないことは,
東京高裁判決に判示されているとおりである。
イ被告の主張
(ア)昭和56年判例は「市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ,
犯罪の種類,軽重を問わず,前科等のすべてを報告することは,公
権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。」と判示し,
23条照会への回答を行ったことについての損害賠償請求を認めて
いるところ,23条照会については,この判決の先例的価値が高い。
(イ)本件照会に対する報告拒絶につき被告に過失があるとする原告ら
の主張の根拠は東京高裁判決の存在にあるが,23条照会に対し報
告する義務が被告の守秘義務に優越するなどの判示部分は,傍論に
すぎず,上告審である最高裁の判断を経ていないこと,住居と居所
とを分けて秘密性の検討をしておらず,民事訴訟法等の関係法規と
の整合性の検討をしていないこと等の問題があり,被告は,これら
の諸点を検討の上,本件照会に対する報告拒絶をしたものであるか
ら,報告拒絶が違法であることについて予見可能性があったとはい
えない。
(ウ)本件申出書には,前記2(2)の事項しか情報提供がなく,差し押さ
えるべき動産が所在する場所と郵便物の受取場所とが一致すること
の記載や,Cが住民票上の住所には居住していない事情の開示がな
いため,昭和56年判例が示す「他に立証方法がないような場合」
という基準を満たすかを判断することができない。
また,転居届記載の新住居所の電話番号については,仮に電話番
号に基づき通信事業会社に照会する意図があったとしても,そのよ
うな意図は本件申出書の記載上知り得ない上に,通信事業会社に照
会すれば,住民票記載の情報以上のものが取得できる可能性がある
との立証もされていない。原告らは,通信事業会社の契約者に対す
る請求書又は領収書の送付先の氏名及び住所について照会すること
が可能であると主張するが,従前このような説明はなかった。
さらに,本件照会書の記載からは,Cが別件訴訟において裁判上
の和解に合意した事情を推認することはできず,和解の経緯も不明
である。
そのほか,原告らにおいて,転居届と郵便物との結び付きがない
ことの主張,立証もない。
(エ)東京高裁判決においても,23条照会における報告の拒絶は依頼
者に対する不法行為を構成するものとはいえない旨判断しており,
被告が原告Aの権利侵害及び損害を予見することはできない。
また,弁護士会が23条照会に対する報告を得ることに関して,
人格的な価値に関わる社会的評価を有するといえないとの論考もあ
り,被告において,原告弁護士会の損害を予見することもできない。
(オ)そして,被告が原告らの権利侵害や損害の発生を回避するための
手段は,本件照会に対して報告するか,転居届の情報の開示が個々
の通信と結び付くことを具体的に説明するしかないところ,転居届
の情報の開示が個々の通信と結び付くことを具体的に説明すること
で,具体的な信書の有無等を明らかにすることは,郵便法8条1項
に違反し,同法80条2項に該当する行為であるし,本件照会に対
して転居届の情報を開示することは,被告には23条に対し報告す
る義務が郵便法上の守秘義務に優越することについての予見可能性
がないことから困難である。本件においては,損害発生の蓋然性の
低さ及び被侵害利益の軽微さに比して,被告には,容易にとりうる
結果回避の手段がないのである。
(カ)以上を総合考慮すると,本件では被告に過失を認めることはでき
ない。
(5)被告の報告拒絶と相当因果関係のある原告Aの損害の有無,損害額
ア原告Aの主張
原告Aは,Cに対する動産執行が不可能になったことで精神的苦痛
を受け,その精神的損害は少なくとも1万円は下らない。
また,本件照会に対する報告を被告が拒んだ結果,原告Aが拠出し
た照会費用5250円が無駄になった。
以上のとおり,原告Aは,被告の報告拒絶により,少なくとも1万
5250円の損害を被った。
イ被告の主張
原告Aの主張する精神的苦痛はCに対する動産執行が不能になった
というものであり,単に経済的損失として算定され得るものにすぎな
いし,被告の報告拒絶は,原告Aの経済的利益には何らの影響も与え
ない。
また,23条照会の申立てによって必ず希望する回答が得られると
は限らず,仮に被告が報告に応じたとしても,原告Aが望む情報が開
示されるかどうか,開示されたとしても,動産執行が可能か否かは不
明であるから,本件照会の申立費用の拠出は,被告の報告拒絶と因果
関係がない。
(6)被告の報告拒絶と相当因果関係のある原告弁護士会の損害の有無,損害

ア原告弁護士会の主張
(ア)原告弁護士会は,被告の報告拒絶により,改めて回答を求めるた
めに通知書の発送をせざるを得なくなったため,本件通知書発送の
ための簡易書留郵便費用380円を支出しているが,この費用は被
告の報告義務違反と因果関係のある財産的損害である。
(イ)原告弁護士会は,被告の回答拒否により,①23条照会の適正な
権限行使を阻害されたという無形の損害を被ったほか,②我が国の
司法制度を維持するための制度である23条照会制度を適正に運用
できないという社会的評価の低下と,23条照会制度に基づく原告
弁護士会の事実調査能力,証拠収集能力に対する国民の信頼が失わ
れ,基本的人権の擁護と真実発見等の社会正義の実現を果たすこと
への国民の信頼が失われるという社会的評価の低下という損害を被
り,③被告の報告拒絶に対処するため,調査室会議において,被告
に対して通知書を送付するかどうか,その内容をどのようなものに
するかについて協議した上で本件通知書を作成するための労力の負
担を強いられ,④23条照会手続の適正な運用を図るという責務の
実現のために本件訴訟を提起し,遂行するための労力も強いられた。
以上の原告弁護士会が被った無形の損害を金銭で評価すれば,そ
の額は,上記①ないし③につき合わせて30万円,上記④につき1
0万円の合計40万円を下らない。
(ウ)原告弁護士会は,上記損害合計40万0380円のうち,(ア)の3
80円と(イ)の一部である30万円の合計30万0380円を一部請
求する。
イ被告の主張
(ア)23条照会の制度が適正に運用できないとすれば,それは同制度
の不備に基づくものであり,被告の不法行為に基づくものではない
し,我が国の法制度上,郵便法8条には除外規定がなく,被告は,
23条照会と守秘義務との優劣を自ら判断せざるを得ないのであり,
そのような法制度において被告が報告を拒絶したとしても,それは
郵便法を遵守した結果にすぎず,それによって23条照会の制度の
担い手である弁護士会の社会的評価を低下させることにはならない。
さらに,原告弁護士会の弁護士会照会手続規則(以下「本件規則」
という。)7条において報告拒絶に対する処置が定められているこ
となど,報告拒絶がされた場合には一定の対応が予定されており,
原告弁護士会の調査室が報告拒絶への対応のため調査,協議等を行
うことは,通常業務の範囲内のものであり,数額の算定が困難であ
る労力が強いられたものにはなり得ない。
(イ)本件規則8条2項には,報告拒絶に対する処置等をするにつき費
用を要する場合には,原告弁護士会が申出会員に対して費用を負担
させることができる旨の規定があるところ,その請求をするか否か
は原告弁護士会の裁量であり,申出会員にあえて請求しないのであ
れば,因果関係論としても,当該費用の拠出が本件の損害となるは
ずがない。

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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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