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平成13年(ネ)第601号 書籍発行差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成11年(ワ)第26365号)(平成13年11月19日口頭弁論終結)
          判          決
       控訴人        A
       訴訟代理人弁護士   山 下 幸 夫
       被控訴人       B
       被控訴人       株式会社日本経済新聞社
       両名訴訟代理人弁護士 光 石 忠 敬
       同          光 石 俊 郎
          主          文
      本件控訴を棄却する。
      控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
 (1) 原判決を取り消す。
 (2) 被控訴人らは、原判決別紙目録記載の書籍のうち、同別紙一覧表A記載部
分をすべて削除しない限り、同書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。
 (3) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金225万1891円及びこれ
に対する平成10年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
 (4) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
 (5) 仮執行宣言
 2 被控訴人ら
   主文と同旨
第2 事案の概要
   本件は、被控訴人Bが執筆し、同株式会社日本経済新聞社が出版している
「Cとソニースピリッツ」との題号の書籍(被控訴人書籍)中の「エピローグ」部
分は、控訴人の執筆に係る「夕刊フジ」の連載記事「デジタル・ドリーム・キッズ
/ソニー燃ゆ」中の第65回「天才を送った日」との題号の掲載記事(控訴人著作
物)を複製又は翻案したものに当たり、被控訴人書籍の発行、販売及び頒布は、控
訴人の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)
を侵害するものであるとして(翻案権侵害は当審で追加した予備的主張)、控訴人
が、被控訴人らに対し、被控訴人書籍の出版の差止め及び損害賠償を求めている事
案であり、控訴人の請求をいずれも棄却した第1審判決に対し、控訴がされたもの
である。
   本件の前提となる事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとお
り、当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の
「第二 事案の概要」のとおり(ただし、原判決5頁5行目の「掲載された。」の
次に「したがって、控訴人は、控訴人著作物の著作権者である。」を加え、同19
頁2行目の「二五九分の二のに当たる」を「二五九分の二に当たる」に改める。)
であるから、これを引用する。
 1 控訴人の主張
 (1) 依拠性について
   ア 原判決は、被控訴人Bが、被控訴人書籍の執筆前に控訴人著作物に接す
る可能性があったことを認めながら、依拠性を認めるためには、控訴人著作物と被
控訴人書籍の各記述部分との間に著作物としての同一性が存在することを要すると
して、結局、依拠の有無についての判断を示していない。しかし、このような判断
は、本来別個の要件である同一性の要件と依拠性の要件を混同する点で誤っている
ばかりでなく、依拠性に関する控訴人の立証の機会を奪うものといわざるを得な
い。
   イ 控訴人著作物は、平成10年1月21日に執り行われた株式会社ソニー
の創業者で同社最高相談役のC氏のソニーグループ葬(以下「本件葬儀」とい
う。)の模様を叙述したものであるが、被控訴人書籍中、本件葬儀の模様を叙述し
た部分が、控訴人著作物に依拠していることは、以下の点から明らかである。
     まず、被控訴人書籍には、控訴人著作物に依拠することなく執筆された
とは考えられないほど共通した内容及び表現が含まれている。すなわち、原判決別
紙一覧表B欄2の、①D元首相が本件葬儀に出席していたとの事実に反する記述、
②「カラープロジェクション」及び「カラーモニター」との表現、③本件葬儀の出
席者についての記述、④「隣室で」との表現、同3の、⑤「敬虔なクリスチャンだ
った」との表現、⑥「宗教色の・・・強くない」との表現、⑦「映像と音楽」との
表現、同4の、⑧「午前11時55分の献灯で式が開始された」との表現、⑨時間
の表記、⑩「祭壇の左端に置かれたグランドピアノ」との表現、⑪「ショパンの
『葬送行進曲』」、同5の、⑫「葬送行進曲とともに」との表現、⑬「制服姿のボ
ーイスカウト」との表現、⑭「Eの胸に抱かれた」との表現、⑮「祭壇一番上に安
置された」との表現、⑯「黒い布で覆われ、十字架をかけられた遺骨を納めた箱」
との表現、⑰「それを見下ろすように飾られた大きな遺影」及び「飾られたCの遺
影は、首を少し左側にかしげ、頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んでい
る」との表現、同6の、⑱「会葬者・・・による黙祷が1分間」との表現、⑲「ハ
ワイで病気療養中」との表現、⑳「メッセージをF夫人が代読した」との表
現、<21>「今日、ここにいなくてはならない人、一番初めに葬儀委員長として弔辞
を読まなければならない人、それは私の夫であるGでございます」との表現は、い
ずれも同表A欄の対応する被控訴人書籍の記述と同一又はほぼ同一であり、このこ
とは、被控訴人Bが控訴人著作物に依拠して被控訴人書籍を執筆したことを裏付け
る重要な間接事実となるものである。
     また、控訴人は、平成9年12月19日に死去したC氏に対する哀悼の
意を込めて、「夕刊フジ」に連載していた「デジタル・ドリーム・キッズ/ソニー
燃ゆ」の番外編として、同月23日から27日まで4回にわたり「C追悼緊急特別
編」を執筆し、その後も、平成10年1月30日から2月18日までの間、計13
回にわたり本件葬儀に関する記事を執筆した。当時、本件葬儀についてこのように
詳細に記述した記事は、ソニー株式会社が作成した広報資料(甲5)以外にはなか
ったこと、控訴人の執筆に係る「夕刊フジ」の上記連載記事は、当時、ソニー関係
者に周知であったことを考えると、「ソニーウォッチャー」を自称する被控訴人B
が、被控訴人書籍を執筆するに当たり、控訴人著作物を入手してこれに接したであ
ろうことは疑いの余地がない。
     他方、被控訴人Bは、本件葬儀に自ら参列しなかったことを自認してお
り、しかも、被控訴人Bが被控訴人書籍を執筆するに当たって参考にしたというソ
ニー株式会社広報室作成のビデオ(乙3の1)は大幅に編集されているものであっ
て、これから本件葬儀の詳細な時間の推移を認識することはできないから、被控訴
人書籍が控訴人著作物に負っていることは明らかである。
 (2) 複製権の侵害について
   ア 判断基準について
     複製とは、既存の著作物の創作的な表現形式をそのまま利用し、又はこ
れに多少の修正、増減、変更をするが、新たな創作的な表現形式を加えないもので
あるから、既存の著作物の創作的な表現形式全体の同一性は損なわれず、これが維
持されたものが作成されることをいう。その判断基準としては、控訴人著作物にお
ける表現形式と、被控訴人書籍における表現形式とを対比して、共通する表現形式
と、異なる表現形式とを把握した上で、この両者の創作的な表現形式としての価値
の存否及び程度をそれぞれ検討し、両者の創作的価値の相関関係を考慮して、既存
の著作物としての創作的な表現形式全体の同一性を判断することとなる。言語の著
作物については、個々の用語や一文ごとに微視的に分析して検討すると、個性を表
出することができる表現形式の選択の幅が狭い場合であっても、ある程度のまとま
りとして総合して評価すると、その表現形式の選択の幅は格段に広がっていき、著
作者の個性が何らかの形で表れていると見られる場合が多くなるから、その創作性
の認められるまとまりとして把握することのできる部分を複製して利用する行為は
著作権侵害を構成すると解すべきである。
     本件においても、控訴人著作物全体と、被控訴人書籍245頁1行目~
248頁末行(以下「被控訴人書籍対比部分」という。)をそれぞれのまとまりと
して、比較検討する必要があり、これを対比したのが別表である。なお、別表の下
線部は用語が同一又は類似の部分、太字部分は用語が同一又は酷似している部分で
ある。
   イ 構成の同一性
     上記の観点から、まず、控訴人著作物の構成を見ると、①本件葬儀の日
時・場所等、②会葬者の数、③本件葬儀への主要な参加者名と所属、④隣室の状
況、⑤本件葬儀の形式、⑥C氏の遺影の情景、⑦C氏の遺影の下の状況、⑧C氏が
文化勲章を授与されていること、⑨本件葬儀の進行役、⑩献灯で式が開始されたこ
と、⑪本件葬儀の冒頭の状況、⑫葬送行進曲が流れ、それをH会長の夫人が演奏し
たこと、⑬C氏の遺骨の入場の状況、⑭遺骨を納めた箱の状況、⑮黙祷の状況、⑯
G名誉会長のメッセージをF夫人が代読したこと、⑰メッセージの前置き部分の紹
介、⑱F夫人のメッセージの内容が会場の参列者と著者の涙を誘ったこと、以上の
記述順序の構成となっている。本件葬儀の模様をこれほど詳細に記述した文章は、
被控訴人書籍を除いては他になく、上記のような構成、特に、遺影に関する⑥、⑦
や遺骨に関する⑭を選択したことに独創性があるというべきである。
     他方、被控訴人書籍対比部分の構成は、別表控訴人記事欄(8)の遺影に関
する記述に相当する部分が別表被控訴人書籍欄(ト)、(ナ)に移動されているほか、ほ
とんど同一である。
   ウ 独創的な表現の対比
     控訴人は、C氏及びG氏らの創業者が経営者だった時代の株式会社ソニ
ーの元従業員であり、両名からは多大な影響を受け、その思い入れは格別である。
このような背景から、本件葬儀に対しても控訴人の思い入れは深く、このことが控
訴人著作物にも色濃く反映され、通常の記事では触れられることはないと考えられ
る遺影や遺骨の描写(別表控訴人記事欄(8)、(9)、(18)、(19))は、極めて独創性
が強いものとなっている。
     また、控訴人著作物の記述中、別表控訴人記事欄(6)の「カラープロジェ
クションとカラーモニターを通して葬儀に参加した」、同(7)の「宗教色のさほど強
くない『映像と音による葬儀』だった」、同(8)の「遺影は、首を少し左側にかし
げ、頬づえをつくように左手を頬に添えて微笑んでいる」、同(13)の「献灯で式が
開始された」、同(18)の「制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員たちに守られ
て、子息のEの胸に抱かれたCの遺骨が入場」、同(19)の「それを見下ろすように
飾られた大きな遺影」との表現は、控訴人の印象、評価、感想等が込められた表現
であり、独創性があるものである。
     上記のような独創的な表現部分において、被控訴人書籍の表現は、要
旨、言い回し、用語が同一であるか又は類似している一方、被控訴人書籍対比部分
中、控訴人著作物の記述と異なる部分(別表被控訴人書籍欄(イ)~(オ)、(キ)、(サ)、
(ソ)、(チ)、(ネ)、(ニ)、(ノ)(下線部を除く。)、(フ)~(ヨ))は、控訴人著作物に記述
されている事項について説明を付加したにすぎないものや、客観的事実を記載した
もの、広く知られていた公知の事実というべき内容、あるいはF夫人のメッセージ
をそのまま引用する部分等であるから、被控訴人Bの著作物としての創作性がない
部分というべきである。
   エ 以上のとおり、被控訴人書籍の記述は、控訴人著作物の記述から多少の
修正、増減、変更はあるものの、控訴人著作物の創作的な表現形式全体の同一性は
損なわれずにこれが維持されているというべきである。そして、被控訴人書籍が控
訴人著作物に依拠していることは前記のとおりであるから、被控訴人書籍は控訴人
著作物の複製物に当たる。
 (3) 翻案権の侵害について
   ア 控訴人は、複製権の侵害の主張のほか、当審において、予備的に翻案権
の侵害の主張を追加した。
   イ 翻案の判断基準についても、複製について上述したのと同様、控訴人著
作物における表現形式と、被控訴人書籍における表現形式とを対比して、共通する
表現形式と、異なる表現形式とを把握した上で、この両者の創作的な表現形式とし
ての価値の存否及び程度をそれぞれ検討し、両者の創作的価値の相関関係を考慮し
て、既存の著作物としての創作的な表現形式上の特徴の同一性の有無を判断する必
要がある。
     これを本件について見るに、被控訴人書籍対比部分中、控訴人著作物の
記述と異なる部分(別表控訴人記事欄(イ)~(オ)、(キ)、(サ)、(ソ)、(チ)、(ネ)、(ニ)、
(ノ)(下線部を除く。)、(フ)~(ヨ))に新たな創作性があるとしても、著作物として
の創作的な表現形式の特徴には同一性があり、被控訴人書籍から控訴人著作物の表
現上の本質的な特徴を直接感得することができるというべきであるから、仮に、複
製権の侵害が成立しないとしても、翻案権の侵害が成立する。
 2 被控訴人らの主張
 (1) 依拠性について
    控訴人は、原判決の依拠性に関する判断は、本来別個の要件である同一性
の要件と依拠性の要件を混同し、依拠性に関する控訴人の立証の機会を奪うもので
ある旨主張するが、複製権の侵害を否定する場合、同一性の要件と依拠性の要件の
いずれか一方でも充足しないことが示されれば足りるのであるから、控訴人の上記
主張は失当というべきである。
 (2) 複製権の侵害について
    控訴人は、控訴人著作物全体と被控訴人書籍対比部分をそれぞれのまとま
りとして比較検討する必要がある旨主張するが、その具体的な主張は、一つずつの
文章に分断して同一性をいうにすぎない。むしろ、控訴人のいう「まとまり」とし
て両者を対比した場合、これが実質的に同一でないことは明らかである。
 (3) 翻案権の侵害について
    控訴人著作物の記述中、創作性があるといえるのは、別表被控訴人書籍
欄(19)の「遺骨を収めた箱は・・・遺影のなかのC自身の手のひらにすっぽる入る
大きさであった」との部分だけであるが、被控訴人書籍には当該部分に対応する記
述はなく、したがって、翻案権の侵害はおよそ問題とならない。
第3 当裁判所の判断
 1 複製権の侵害について
 (1) 控訴人は、まず、被控訴人書籍の原判決別紙一覧表A欄の各記述部分は、
これと対応する控訴人著作物の同B欄の記述部分を複製したものである旨主張する
が、両者は著作物としての同一性を有しておらず、前者が後者の複製物に当たると
いうことができないことは、以下のとおり訂正、削除するほか、原判決の関係部分
の判示(33頁9行目から43頁6行目まで)のとおりであるから、これを引用す
る。
   ア 原判決38頁5行目から39頁2行目までを削る。
   イ 同41頁10行目の「『ここに・・・」から42頁2行目までを「当該
共通する記述は、F夫人の発言内容を引用する部分であって、やや不自然な表現を
修正している部分があるとはいえ、当該修正部分が新たな創作性を付け加えるよう
なものであるとは到底認められないから、創作的な表現部分を同一にするとはいえ
ない。」に改める。
   ウ 同42頁3行目の「被告書籍」から7行目の「右の点を含めて、」まで
を削る。
 (2) 構成の同一性について
   ア 次に、控訴人は、控訴人著作物全体と被控訴人書籍対比部分をそれぞれ
のまとまりとして比較検討する必要があるとした上、控訴人著作物の構成には独創
性があり、被控訴人書籍対比部分の構成は、一部を除き控訴人著作物と同一である
旨主張する。確かに、控訴人著作物と被控訴人書籍対比部分の各記述内容を、順を
追って対比すると、いずれも、C氏の死亡日時及び死因、本件葬儀の日時及び場
所、主な会葬者の紹介(政界、財界、電機業界の順)、隣室の模様、本件葬儀の形
式、本件葬儀の開始、葬儀委員長H氏の夫人Iによる葬送行進曲の演奏、遺骨の入
場及び祭壇への安置、会葬者による1分間の黙祷、G氏の夫人Fによるメッセージ
の代読という流れで構成されており、その構成において大部分が共通するというこ
とはできる。
   イ しかし、控訴人著作物も、被控訴人書籍対比部分も、ともに本件葬儀の
模様を客観的に叙述するという共通する明確な主題を有することは明らかであると
ころ、このような主題に基づいて叙述しようとした場合、冒頭にC氏の死亡日時及
び死因の記述に始まり、続いて本件葬儀のアウトラインとなる日時及び場所、主な
会葬者、会場の様子、葬儀の形式といった事項を記述する構成を採ることは、客観
的事実を型どおりの常識的な順序で記述したものであって、そこに創作性を見いだ
すことはできない。そして、これに続く叙述は、本件葬儀の式次第に沿って時系列
的に記述するにすぎないといわざるを得ず、このことは、ソニー株式会社作成
の「SonyTimes故Cファウンダー・最高相談役ソニーグループ葬特別号」(甲5)
の記述の内容及び順序に照らしても明らかである。したがって、このような記述の
内容及び順序に表現上の創作性があるとは到底認めることはできない。
   ウ また、記述対象の取捨選択に関しては、別表控訴人記事欄と被控訴人書
籍欄の各記述の対比から明らかなように、被控訴人書籍対比部分は、控訴人著作物
で取り上げられていない内容として、C氏の晩年の様子(別表被控訴人書籍欄
(ウ))、C氏が経営者としての「顔」だけでなく、本格的な幼児教育の研究に取り組
むなどの幅広い「顔」を持っていたとの記述(同(エ))、C氏が財団法人ボーイスカ
ウト日本連盟理事長に就任して以来のボーイスカウトとの関係に触れている記述
(同(チ))、遺影について「普段からあまり怒ることのなかったC氏の優しい眼差し
で溢れた写真である」との記述(同(ニ))、G氏が病気療養中であることについて具
体的に説明する記述(同(ノ)、夫人の代読したG氏のメッセージを具体的に引用して
いる記述(同(フ)~(ヨ))等を含む一方、控訴人著作物の記述中、遺影の下の天皇陛
下から贈られた花や勲章について触れている記述(別表控訴人記事欄(9))、Jアナ
ウンサーが進行役を務めたとの記述(同(12))、献灯時に流された音楽や祭壇に点
灯する様子に具体的に触れている記述(同(14))、黙祷の間に流された音楽に触れ
ている記述(同(21))、夫人の代読とされたG氏のメッセージは、実際には夫人が
綴ったものであったとの記述(同(23))、上記メッセージが読み上げられた際、
「会場のあちこちで目頭を熱くする光景が見られた」との記述(同(24))について
は、いずれも控訴人著作物に対応する記述がなく、記述対象の取捨選択において相
当程度異なっている。そして、これらの記述対象の取捨選択は、本件葬儀の模様を
客観的に叙述するノンフィクションの著作物としては、その創作性を有する部分で
あると解されるから、被控訴人書籍対比部分と控訴人著作物の構成は、記述対象の
取捨選択という観点から見ても、創作性が認められるような特徴的な表現部分に同
一性は見いだせない。
     なお、控訴人は、遺影や遺骨に関する記述を選択したことに独創性があ
る旨主張するが、本件葬儀の会場において、C氏の遺影がひときわ目立つ大きさで
祭壇の正面に飾られていたこと(前掲甲5及び平成10年1月21日付け日本経済
新聞夕刊の「故C氏グループ葬」との見出しの記事(甲8)の写真参照)、遺骨の
入場が本件葬儀のいわば重要な見せ場の一つであったと解されること(前掲甲5参
照)からすると、むしろ遺影や遺骨について触れない方が不自然というべき事項に
すぎず、これを取り上げたこと自体に創作性があるとはいえない。
 (3) 独創的な表現の対比について
   ア 控訴人は、控訴人著作物の独創的な表現において、被控訴人書籍の表現
は同一であるか又は類似しており、被控訴人書籍対比部分中、控訴人著作物の表現
と異なる部分は創作性がない旨主張するので、以下検討する。
   イ 控訴人が控訴人著作物の独創的な表現であると主張する表現のうち、ま
ず、遺影及び遺骨の描写について見るに、この点の控訴人書籍の表現は、「正面祭
壇に飾られたCの遺影は、首を少し左側にかしげ、頬づえをつくように左手を頬に
添えて微笑んでいる。その遺影の真下には、天皇陛下から贈られたカスミソウや菊
花の白い花が飾られ、贈正三位の勲章が並べられた。」(別表控訴人記事
欄(8)、(9))、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウト日本連盟の隊員た
ちに守られて、子息のEの胸に抱かれたCの遺骨が入場、祭壇一番上に安置され
た。黒い布で覆われ、十字架をかけた遺骨を収めた箱は、それを見下ろすように飾
られた大きな遺影のなかのC自身の手のひらにすっぽり入る大きさであった。」
(同(18)、(19))というものであるのに対し、被控訴人書籍のこれに対応すると考
えられる表現は、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウトの少年隊員に先
導させた格好で、長男・Eの胸に抱かれたC氏の遺骨が入場してきた。C氏とボー
イスカウトとの関係は、彼が昭和六十年、七十七歳の時、財団法人ボーイスカウト
日本連盟理事長に就任して以来である。遺骨を収めた箱は、祭壇の一番上に安置さ
れた。骨箱は黒い布で覆われ、十字架がかけられていた。それを見下ろすかのよう
に、微笑むC氏の大きな遺影が飾ってあった。遺影の中のC氏は、首を少し左に傾
げ、左手を頬に添えていた。普段からあまり怒ることのなかったC氏の優しい眼差
しで溢れた写真である。」(別表被控訴人書籍欄(タ)~(ニ))というものである。
     この両者の表現を対比するに、C氏の遺影についての描写中、「首を少
し左側にかしげ」と「首を少し左に傾げ」(前者が控訴人著作物で後者が被控訴人
書籍。以下この項において同じ。)、「左手を頬に添えて」と「左手を頬に添え
て」、「それ(注、骨箱)を見下ろすように飾られた大きな遺影」と「それ(注、
同)を見下ろすかのように、微笑むC氏の大きな遺影が飾ってあった」との各表
現、遺骨の入場についての描写中、「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカウ
ト日本連盟の隊員たちに守られて」と「葬送行進曲とともに、制服姿のボーイスカ
ウトの少年隊員に先導された格好で」、「子息のEの胸に抱かれたCの遺骨が入
場」と「長男・Eの胸に抱かれたC氏の遺骨が入場」、「黒い布で覆われ、十字架
をかけた遺骨を収めた箱」と「骨箱は黒い布で覆われ、十字架がかけられていた」
との各表現は、部分的には同一であるか又は類似しているということができる。
     しかし、純然たるフィクションとして創作されたものであれば格別、控
訴人著作物も、被控訴人書籍も、ともに本件葬儀という共通の歴史的事実を取り上
げたノンフィクションであることを踏まえて、その創作的な表現部分の同一性を考
える必要があり、上記の同一又は類似する部分に係る控訴人著作物の表現は、いず
れも遺影の様子及び遺骨の入場シーンの様子を比較的客観的に描写した部分であっ
て、着眼点や具体的な表現においても、ありふれた慣用的な表現にとどまり、表現
上の創作性がない部分であるといわざるを得ない。他方、控訴人著作物の上記表現
中、「遺影のなかのC自身の手のひらにすっぽり入る大きさであった」との部分、
被控訴人書籍中の「C氏の優しい眼差しで溢れた写真である」との部分について
は、いずれも表現上の創作性を看取することができると解されるが、前者の表現部
分に対応する部分において、被控訴人書籍の具体的な表現は全く異なるものとなっ
ている。さらに、控訴人著作物においては、遺骨の入場シーンの描写に先立って遺
影の様子を叙述しており、両者は独立した描写となっているのに対し、被控訴人書
籍においては、遺骨が入場して、祭壇に安置されたとの描写に続いて、「それを見
下ろすかのように、微笑むC氏の大きな遺影」との表現を通じて、すなわち、遺影
の中のC氏の視線を介して、一連の流れの中で遺骨から遺影の描写へと転じている
ものであって、このような創作的な構成において控訴人著作物とは全く異なるもの
となっている。
     したがって、遺骨及び遺影の描写中、控訴人著作物の創作的な表現部分
において、被控訴人書籍の表現がこれと同一であるとも、類似するともいうことは
できない。
   ウ 次に、控訴人は、控訴人著作物中の「カラープロジェクションとカラー
モニターを通して葬儀に参加した」(別表控訴人記事欄(6))、「宗教色のさほど強
くない『映像と音楽による葬儀』だった」(同(7))との表現についても、独創性が
ある旨主張する。
     しかし、これに対応する被控訴人書籍の表現は、「カラープロジェクシ
ョンやカラーモニターに見入りながら、Cの冥福を祈った。」(別表被控訴人書籍
欄(ケ))、「葬儀の形式それ自体は宗教色のあまり強くなく、むしろAVメーカー
『ソニー』を育てたC氏に相応しい『映像と音楽』で彩られていた。」(同(コ))と
いうものであって、両者を対比すると、まず、前者の表現部分については、「カラ
ープロジェクション」、「カラーモニター」との共通の用語を用いているほか、共
通ないし類似する表現があるとはいえず、特に、控訴人著作物における「・・・を
通して葬儀に参加」という創作的な表現部分は、被控訴人書籍に対応する表現がな
い。また、後者の表現部分については、ともに宗教色が薄いことをいう点及び「映
像と音楽」との用語を象徴的に使用している点で類似するということはできるが、
前掲の日本経済新聞夕刊記事(甲8)にも、「正午に始まった葬儀は、トランジス
タラジオの開発など『音と映像の世界を作り上げたCさんにふさわしいお別れの会
を』との趣旨で、宗教色は薄く、歌や故人のビデオ映像を盛り込んだ内容となっ
た」と記載されていることに照らすと、上記の類似点に係る控訴人著作物の表現
は、本件葬儀の特色として関係者の共通の認識をいう表現にすぎないというべきで
あって、独自の創作性を有するということはできない。
   エ また、控訴人は、被控訴人書籍対比部分中、控訴人著作物の記述と異な
る部分(別表被控訴人書籍欄(イ)~(オ)、(キ)、(サ)、(ソ)、(チ)、(ネ)、(ニ)、(ノ)(下線
部を除く。)、(フ)~(ヨ))には創作性がない旨主張する。確かに、被控訴人書籍の
上記各記述を個々に取り上げた場合、表現上の創作性は比較的乏しいものと解され
るが、本件葬儀の模様を客観的に叙述するノンフィクションの著作物としては、記
述する対象の取捨選択という観点から、その創作性を基礎付けるものであること
は、上記(2)で述べたとおりである。
 (4) 以上のとおり、原判決別紙一覧表の各記述部分の対比においても、また、
控訴人著作物全体と被控訴人書籍対比部分とをそれぞれのまとまりとして対比して
も、被控訴人書籍は控訴人著作物の内容及び形式を覚知させるに足りないといわざ
るを得ず、著作物としての同一性を肯定することはできない。したがって、複製権
の侵害をいう控訴人の主張は、依拠性について判断するまでもなく、理由がないと
いうべきである。
 2 翻案権の侵害について
   言語の著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質
的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新た
に思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の
表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をい
い、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分
又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎな
い場合には、翻案には当たらないと解される(最高裁平成13年6月28日第一小
法廷判決・民集55巻4号837頁)。これを本件について見るに、原判決別紙一
覧表の各記述部分の対比においても、また、控訴人著作物全体と被控訴人書籍対比
部分とをそれぞれのまとまりとして対比しても、そもそも表現上の本質的な特徴の
同一性が維持されていないか、表現上の創作性がない部分において同一又は類似の
表現があるにすぎず、被控訴人書籍に接する者が控訴人書籍の表現上の本質的な特
徴を直接感得することができるといえないことは、上記1の認定及び判断に照らし
て明らかである。
   したがって、翻案権の侵害をいう控訴人の主張は、依拠性について判断する
までもなく、理由がないといわざるを得ない。
 3 著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)の侵害について
   被控訴人書籍が控訴人著作物の複製物又は翻案に係る二次的著作物に当たる
とはいえないことは上記のとおりであるから、著作者人格権(氏名表示権、同一性
保持権)の侵害をいう控訴人の主張も理由がない。
 4 結論
   以上のとおり、控訴人の被控訴人に対する請求は、その余の点について判断
するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴
は理由がない。
   よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法6
7条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 長  沢  幸  男
    裁判官 宮  坂  昌  利
(別表)省略

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