弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人は無罪。
理由
第1本件各公訴事実の概要等
1訴因変更後の主位的訴因と予備的訴因に係る各公訴事実の概要
主位的訴因
①被告人は,神奈川県大和市内所在の学校法人A幼稚園の園長として,同幼稚
園の園務をつかさどり,同園における園児の安全確保,園舎,プール等の施設の管
理並びに教諭等の指導監督及び教育を実施し,文部科学省から通知されたプールの
安全標準指針等に基づき,水難事故の発生を防止するための安全管理体制の整備及
び教諭等に対する教育・訓練等の安全対策を講ずる業務に従事していた。
②Bは,幼稚園教諭であり,同園の年少クラスであるC4組の担任教諭として,
園のプール活動を含む同組の園児の教育活動及び安全管理業務に従事していた。
③平成23年7月11日,同園内設置の楕円形屋内プール(直径約4.15な
いし4.57メートル,深さ0.65ないし0.7メートル,当時の水深約0.2
1メートル)において,C4組のD(当時3歳)ら11名の園児に対するプール活
動を実施するに当たり,プールの底は滑りやすく前記Dを含む園児らが転倒するな
どして溺れる可能性があり,前記園児11名はいずれも3歳児ないし4歳児であっ
て,プール活動で溺水する危険性を十分認識することができず,自ら危険を察知し
て回避することが困難であった。
④被告人は,前記Bが新任教諭であって,プール活動に関する知識・経験が十
分でないため,プール活動における園児を監視するに当たっての具体的注意事項等
につき前記Bに教育・訓練を行わないまま同人単独でプール活動を実施させれば,
園児に対する監視が不十分となるおそれがあった上,当時,同園には,プール活動
に従事可能な職員が,被告人以下数人いたのであるから,前記Bをして,プール活
動を実施させるに当たっては,同人に対して遊具の片付け等の際にも園児の行動を
注視できる方法などの具体的注意事項等を十分に教示し,あるいは,前記B以外に
園児を監視する者を配置するなど複数の者によって園児の行動を監視する体制をと
るなどして水難事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを
怠り,前記Bに対して何らの教示をせず,漫然と同人をして,単独で前記プール活
動を実施させた。
⑤前記Bは,前記プール活動を実施していたのであるから,プール活動実施中
は常に園児一人一人の動静を注視してその監視を怠ることなく,園児が溺れるよう
な事態が発生した場合には直ちにこれを発見して救助し,必要な救命措置を講じる
などして水難事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠
り,遊具の片付け等に気を取られ,プール内にいた園児らに背を向けるなどして,
園児の行動を十分注視せずその監視を怠った。
⑥前記④及び⑤の各過失の競合により,同日午前11時48分頃,前記プール
において,前記Dが溺れたことに気付かないまま同人に水を吸引させ,よって,同
日午後2時2分頃,同市内所在のE病院において,同人を溺水吸引により溺死させ
た。
予備的訴因
①主位的訴因①に同じ
②主位的訴因③に同じ
③被告人は,前記C4組の担任教諭である前記Bが新任教諭であって,プール
活動に関する知識・経験が十分でないなど,同人単独でプール活動を実施させれば,
園児に対する監視が不十分となるおそれがあった上,当時,同園には,プール活動
に従事可能な職員が,被告人以下数人いたのであるから,前記Bをして,プール活
動を実施させるに当たっては,常に,同人以外に園児を監視する者を配置するなど
複数の者によって園児の行動を監視する体制をとるなどして水難事故の発生を未然
に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,漫然と,同人をして,単独
で前記プール活動を実施させた過失がある。
④これにより,前記Bが,同日午前11時35分頃から同日午前11時48分頃
までの間,前記プールにおいて,前記Dが溺れたことに気付かないまま同人に水を
吸引させ,よって,同日午後2時2分頃,同市内所在のE病院において,同人を溺
水吸引により溺死させた。
2検察官の主位的・予備的訴因に関する釈明等
主位的訴因④にいう「遊具の片付け等の際にも園児の行動を注視できる方法
などの具体的注意事項等」とは,「プール活動終了時の遊具の片付けをする際には,
プール内の園児が見渡せるように,プールの壁際に背を向けてプールの中央側に顔
を向ける体勢で立った上,遊具を片付ける籠を体の前に持ってくる方法又はこれに
類する方法」であり,これ以外に別の具体的注意事項を主張するものではない。
主位的訴因④及び予備的訴因③にいう「前記B以外に園児を監視する者を配
置するなど複数の者によって園児の行動を監視する体制」における「監視する者」
とは,プール活動の指導を行わず監視に専念するA幼稚園の職員であることを要す
るが,その資格は問わない。
主位的訴因④にいう「遊具の片付け等の際」とは,前記Bがプール内で遊具
の片付け作業を開始してから後のことをいい,本件事故がその際に生じたことを前
提とするものである。予備的訴因は,それ以前の段階で本件事故が生じたことを前
提とする訴因であり,主位的訴因と予備的訴因は,前提となる事故発生時点が異な
るものの,「前記B以外に園児を監視する者を配置するなど複数の者によって園児
の行動を監視する体制をとるなど」すべき義務の発生根拠等が異なるものではなく,
事故発生の時期によって場合分けをして,別々の訴因として構成したものにすぎな
い。
3弁護人の主張の概要
本件事故が発生した時期は,前記Bがプール内で遊具の片付け作業を開始する前
の自由遊び時であった。したがって,検察官主張の「遊具の片付け等の際にも園児
の行動を注視できる方法などの具体的注意事項等を十分に教示」する義務の主張は
失当である。また,そもそも被告人には遊具の片付け時に限定した上記教示義務は
ない。
さらに,被告人には,「前記B以外に園児を監視する者を配置するなど複数の者
によって園児の行動を監視する体制をとるなど」すべき義務までは課されていなか
った。
したがって,主位的訴因及び予備的訴因に係る過失はいずれも成立せず,被告人
は無罪である。
第2主位的訴因における争点
主位的訴因における主要な争点は,本件事故当時の園長である被告人について,
①前記Bに対し,検察官の主張する遊具の片付け作業等の際にも園児の行動を注視
できる方法などの具体的注意事項等,すなわち,「プール活動終了時の遊具の片付
けをする際には,プール内の園児が見渡せるように,プールの壁際に背を向けてプ
ールの中央側に顔を向ける体勢で立った上,遊具を片付ける籠を体の前に持ってく
る方法又はこれに類する方法」を十分に教示することを怠った過失(以下「教示懈
怠の過失」という。)があるといえるか,②B教諭のプール活動に際し,同人以外
に園児を監視する者,すなわちプール活動の指導を行わず園児の監視に専念する者
(以下,このような者を「専ら監視を行う者」という。)を配置して複数の者によ
って園児の行動を監視する体制をとることを怠った過失(以下「複数監視体制構築
懈怠の過失」という。)があるといえるかである。
そして,上記①の教示懈怠の過失主張の前提として,本件事故の発生時期に関し,
B教諭による遊具の片付け作業の開始時より後に発生したのか(検察官主張),そ
れより前の自由遊び時に発生したのか(弁護人主張)について,当事者間に争いが
ある。
なお,上記①の教示懈怠の過失に関し,被告人が自らあるいは他のA幼稚園の教
諭等をして,B教諭に対し,検察官が主張するのと同一内容の教示をしていなかっ
たこと,上記②の複数監視体制構築懈怠の過失に関し,本件事故発生当時,本件プ
ール付近にいたB教諭以外の教諭らは,いずれも専ら監視を行う者に当たらず,被
告人が,B教諭が担当するプール活動に際し,B教諭とは別に専ら監視を行う者を
配置する体制をとっていなかったことは,証拠上明らかであり,当事者間にも特に
争いはない。
第3前提となる事実関係等
関係証拠によれば,本件争点を判断するための前提となる事実関係等として,次
のような各事実を認めることができる。
1A幼稚園における被告人らの地位及び保育状況等
被告人は,平成15年7月31日,神奈川県大和市内所在の学校法人A幼稚
園の園長に就任し,平成23年7月11日当時も園長の職にあった。被告人は,園
長として,A幼稚園における園務をつかさどり,園児の安全確保を図る責務を担い,
水難事故の発生を防止するための安全管理体制の整備及び教諭等に対する教育・訓
練等の安全対策を講ずる職責を負っていた。B教諭は,同年3月に短期大学を卒業
して幼稚園教諭二種免許を取得し,同年4月にA幼稚園に採用されたいわゆる新任
教諭であった。
A幼稚園は,平成23年7月11日当時,年少,年中及び年長組からなる3
年保育を実施しており,総園児数は309人,そのうち,三,四歳児を対象とした
年少組の園児数は合計86人で,C1組からC5組までの5クラスがあり,それぞ
れ担任の教諭が配置されていた。年少組のうちの2クラス(C4組及びC5組)は,
B教諭ほか1名の新任教諭がそれぞれ担当し,その他の3クラス(C1組ないしC
3組)は,いずれも幼稚園教諭となって4年目の各教諭が担当していた。B教諭が
担当するC4組の園児数は新任教諭であることが考慮されて,先輩教諭が担当する
クラスよりも少ない13人であった。
なお,学校教育法に基づき定められた幼稚園設置基準(3条)では,一学級の幼
児数は35人以下を原則とするとされていた。
D(平成20年2月7日生,以下「被害児童」という。)は,平成23年4
月にA幼稚園に入園したC4組の園児であった。
A幼稚園では,平成23年7月11日当時,各クラスの担任教諭のほかに,
3名の補助教諭がいたが,これらの補助教諭は年少クラスの新任教諭以外の3クラ
スの補助として配置されており,必要がある場合にのみ,新任教諭の担当する2ク
ラスの補助も行っていた。
2A幼稚園におけるプールの設置状況等
A幼稚園の園舎1階には,直径約4.15ないし4.57mのほぼ円形で,
深さ約0.65ないし0.7mの水遊び用の屋内プール(以下「本件プール」とい
う。)が設置されていた。本件プールの周囲には,幅約0.84ないし0.86m
程度の同心円型のプールサイドが設置されていたが,本件プールの北側プールサイ
ドは幅が少し広くなっており,その壁際にシャワーや蛇口が設置され,これらのプ
ールサイドからも本件プール内をよく見通すことができた。また,本件プールの西
側プールサイドには4枚折畳み式のガラスドアが設置されていて,そのドアを解放
すると,デッキスペースであるランチガーデンに続いており,ここからもプール内
を見ることができた。
本件プールは,平成16年にA幼稚園の園舎を新築した際に造ったものであ
り,設計に際しては,被告人が,教諭一人でもプール活動を担当しやすいようにす
るため,形を円形として視野を確保し,規模もそれ以前に設置されていたプールよ
り小さくし,シャワーをプールサイドの壁面に設置するなどの配慮をした。
3A幼稚園におけるプール活動の状況等
A幼稚園では,年少組から年長組までのいずれの学年においても,水に親し
むことを目的として,本件プールを利用したプール活動(水遊び)が行われていた。
A幼稚園のプール活動は,原則として各クラスの担任教諭がそれぞれ担当するこ
ととされており,補助教諭が配置されている場合でも,その職務内容は主として着
替えの手伝いや保育室までの誘導などであり,担任教諭以外にプールを継続的に監
視する職員は配置されていなかった。
したがって,担当クラスに補助教諭が配置されているかどうかにかかわらず,プ
ール内の園児らに対する継続的な監視は,園児らへの指導を行う担任教諭に委ねら
れており,この点は,新任教諭が担任としてプール活動を行う場合にも異ならなか
った。
A幼稚園では,園児らに自分で遊んだ物を片付けさせるという方針があり,
プール活動時にも,プール内の園児らに遊具等を持ってこさせてこれを片付けるこ
とがあった。ただし,すべてのクラスのプール活動が終了した後の片付けの担当は,
園児が帰った後に別に定められた職員が担当することとなっていた。
4B教諭に対するプール活動指導の内容と本件事故前のB教諭のプール活動等
の状況
A幼稚園では,平成23年度のプール活動を開始する前に,C2組の担任教
諭であるF教諭らが,B教諭と年少組を担当するもう1名の新任教諭に対し,2回
にわたり,プール活動に関する説明を行った。1回目は,F教諭らが,園児らの体
温表等の確認の仕方や,着替えや準備体操の話などをして,プールに行くまでの説
明をした。2回目は,F教諭ほか3名の年少組の先輩教諭が,「年少☆プール指導
等について」「3・4・5歳児のあそび」というプリントを用いて,プールに入る
までの手順,プールでの遊び方等の説明をした。この際,プールの安全管理につい
ては,園児らにプールサイドを走らせないこと,教諭の話を聞かない園児はプール
から出すこと,シャワーを使う場合,その温度に注意すること,プール活動中,プ
ール内の園児全体が見渡せるよう,教諭は本件プール内に入り,円形の壁に体の背
を向けて壁に沿って歩いて見るようにすること,事前に園児との間で,手をたたく
とか笛を鳴らすなど,園児らが反応しやすい合図を決め,教諭がその合図をした場
合には,教諭の話に集中するよう約束させておくことなどの指導がなされた。
B教諭が行うC4組の1回目のプール活動(平成23年6月27日)に際し
ては,F教諭が一緒に入って,その指導を行ったが,B教諭の活動について特段問
題となることはなかった。その後B教諭は,C4組について,2回目(同年7月4
日)のプール活動を一人で担当したが,これも問題なく終了した。
なお,B教諭は,本件事故前,一般に,10㎝程度の低い水位のプールであって
も,児童が溺れることがありうるという知識は身につけていた。
B教諭に対しては,A幼稚園に正式採用される前に同幼稚園で行われた研修
の際から,園児らから目を離さないようにするという注意は繰り返し行われており,
プール活動に際しては,前記のとおり立ち位置等の指導がされていた。しかし,こ
れ以上に,プール活動中の遊具の片付け方についての指導が行われたことはなかっ
た。
5本件事故の発生状況等
本件事故当日である平成23年7月11日には,年少組について当該年度で
3回目のプール活動を行うことが予定されていた。当日の本件プールの水深は,約
0.21mであった。
本件事故当日は,もともと各クラス毎にプール活動を行う予定であったが,
開始が遅れたことから,年少組の担任教諭らが話し合って,2クラス一緒にプール
活動をして時間を短縮することとし,まず,C1組とC5組の園児らと各担任教諭
がプール活動をし,次にC3組の園児らと担任教諭がプール活動を行い,同日午前
11時30分頃,C2組のF教諭と園児18人が本件プール内に入ってプール活動
を開始し,同日午前11時35分頃,B教諭と被害児童を含むC4組の園児のうち
11人が本件プール内に入り,C4組と合流してプール活動を始めた。
F教諭は,その後,C2組のプール活動を止めさせ,C2組の園児らにプー
ル内の遊具であるヘルパー(腕用の浮き輪)を持ってこさせる片付け作業を行った
後,C2組の園児らをプールサイドに上がらせ,自らもプールサイドに上がり,北
側壁面に設置されたシャワーでC2組の園児らの体を洗い始めた。そのため,本件
プール内には,B教諭とC4組の園児11人が残り,B教諭は単独でプール活動を
実施することとなった。
B教諭は,自らも本件プール内に入った状態で,園児らに自由遊びをさせた
後,B教諭がプール内にフープを立て,園児らがそのフープをくぐり抜けるという
遊びを3回行った。その後,プール活動を終えるため,いったんC4組の園児らを
静かな状態にさせ,本件プール内に特に異変のないことを確認してから,園児らに
対し遊具を持ってくるよう声を掛け,片付け作業を開始した。その際,B教諭が誰
が一番持ってこれるかな,などと声を掛けたこともあって,園児らは入り乱れ,競
うようにしてヘルパーを持ってきていた。B教諭は,本件プール内で壁面を背にし
て立ち,ヘルパーやビート板の遊具をC4組の園児らが持ってくるのを受け取った
り,園児らがB教諭の前に置いていった遊具を拾ったりし,ヘルパーを1個ずつ,
あるいは数個まとめてプールサイドに置かれた籠に入れる動作を3回程度繰り返し
た。B教諭がヘルパーを籠に入れた際,足先は本件プールの中央方向にほぼ向けた
まま上半身をひねるようにし,後ろを向いた時間はそれぞれ一,二秒程度の短い時
間であった。また,この時,ビート板を籠の横に置いたりもしたほか,プールサイ
ドに置かれた籠の奥に散乱していた数枚のビート板をまとめるなどの整とんをし,
その際には,完全に園児らに背を向けて身を乗り出すようにして行ったが,その時
間も30秒に満たない程度の短い時間であった。その後,さらに,B教諭の前に園
児らが置いたヘルパーを拾って籠に片付ける作業を行っていた。なお,片付け作業
の間中,B教諭としては,本件プール内全体を見渡して園児らを見るという意識を
持ち,片付ける遊具,遊具を渡しにくる園児だけでなく,そのほかの園児も見てい
るという意識で本件プール内を見ていたが,実際には,少なくとも被害児童の様子
は見落としていた。
被害児童は,片付け作業の開始後,いずれかの時点で,その機序は不明であ
るものの,本件プール内で溺れて救助が必要な状態となった。それにもかかわらず,
B教諭は溺れた被害児童を見落としたまま片付け作業を続け,その間に,被害児童
は,本件プール内で水を吸引し,溺水状態に至った。プールサイドでC2組の園児
らにシャワーを浴びせていたF教諭は,同日午前11時48分頃,被害児童が本件
プール内の中央付近にうつぶせに浮かんでいるのを発見し,本件プール内でヘルパ
ーの片付けをしていたB教諭に声を掛けた。
B教諭は,F教諭から声を掛けられて被害児童を注視するや,同児が溺れている
ことに気が付き,すぐに被害児童を水中からすくい上げ,抱きかかえてランチガー
デンに出てから職員室に向かったが,このとき被害児童は,既に顔も唇も青ざめ,
体の動きもなく呼び掛けに反応のない状態であった。
なお,本件事故発生時,プールに隣接するランチガーデン側出入口の4枚折畳み
式のガラスドアは開放されており,ランチガーデンにはC2組担当の補助教諭であ
ったG教諭が居て,シャワーを浴び終えたC2組の園児らをタオルで拭くなどして
C2組の教室へ誘導する補助をしていたが,F教諭が上記の異変に気付くまでの間,
G教諭が本件プール内の異変に気付くことはなかった。
その後,被害児童は,A幼稚園近くの医院に担ぎ込まれたが,その時点で心
肺停止の状態にあり,医院から救急車でE病院に搬送されたものの,同日午後2時
2分頃,溺水吸引による溺死と判定された。
なお,弁護人は,被害児童が溺れたのは,B教諭による遊具の片付け作業開
始前の自由遊びの時間帯であった可能性が極めて高いなどと主張する。
弁護人は,その根拠として,自由遊びの時間帯に被害児童がバタ足をして泳いで
いるのを見たというB教諭の供述に関し,被害児童は本件事故当時泳げなかったの
であるから,被害児童は泳いでいたのではなく,この時点で既に溺れ始めていたと
考えられる旨主張する。しかしながら,B教諭は,被害児童がバタ足をしている様
子を確認した後に,本件プール内の東側,中央付近,西側の3か所で3回にわたり,
フープくぐり遊びを行っている上,その後に,手を2回たたいて園児らを静かにさ
せてから遊具の片付け作業を開始したが,そのときには何も異変はなかったという
のである。そうすると,被害児童の様子を具体的に確認まではしていないものの,
フープくぐり遊びの際と遊具の片付けを開始する直前に,本件プール内に異変はな
かったというB教諭の供述の信用性を疑うべき理由はなく,自由遊びの時間帯から
被害児童が溺れていたのがずっと見過ごされていたとは到底考え難い。したがって,
被害児童が本件プール内で溺れた時期は,B教諭が片付け作業を開始した後のこと
であると認められる。
なお,溺水から溺死に至るまでの全過程を①前駆期(呼吸停止期),②呼吸困難
(促進)期,③呼吸休止期(仮死の時期),④末期呼吸期の4段階に分けた場合,
その全過程が経過するまでの所要時間は,成人の場合で約4分から5分程度であっ
て,被害児童のような年少者の場合には,およそ3割から5割程度時間が早まると
解されるので,全過程は約2分から3分30秒程度であると考えられる。そして,
被害児童の場合,B教諭が水中から引き揚げた時点で,呼吸休止期であったのか末
期呼吸期であったのかを判断することはできないものの,成人の場合であれば少な
くとも約1分30秒から3分程度は水に浸かっていた状態であったと考えられると
ころ,年少者であることを考慮すれば,被害児童は計算上45秒から2分余り水に
浸かった状態であったことになるが,このことに照らしてみても,遊具の片付け開
始時以降に被害児童が溺れ,B教諭がこれを見落としたと考えて,所要時間の観点
からも格別矛盾が生じるものではない。
したがって,弁護人のこの点の主張は採用することができない。
6B教諭の過失内容
C4組の園児らはいずれも3歳ないし4歳児であって,当時の水深程度であ
っても,プール活動中に溺れる危険性があり,また,溺れた場合には,自力で溺水
を回避できない危険性があったのであるから,B教諭には,遊具の片付け作業の際
には,本件プール内の園児が溺れていないか確認し,溺れた園児がいた場合には直
ちに発見して救助できるように,常に本件プール内全体に目を配り,園児らの行動
を注視すべき業務上の注意義務があった。それにもかかわらず,B教諭は,園児ら
から遊具を受け取ったり,プールサイドに置かれた遊具を入れる籠に受け取った遊
具を入れたり,ビート板を整とんしたりすることなどに気を取られ,遊具の片付け
作業の間,プール内全体に目を配らず,園児らの行動を十分注視せず,溺れた被害
児童を見落としたまま放置した過失が認められる。
なお,主位的訴因には,B教諭に,「遊具の片付け等に気を取られ,プール
内にいた園児らに背を向けるなどして,園児の行動を十分注視」せず監視を怠った
過失がある旨の記載があるが,B教諭が園児らに背を向けていた時間は,片付け作
業中の一部であるところ,B教諭が園児の行動を十分注視しなかったのは園児らに
背を向けていた間に限られるものではないので,上記の過失を認定するのが正確
である。
7本件事故当時のプールの安全管理に関する規程等
プールの安全管理に関する規程としては,プールの施設面,管理・運営面で
配慮すべき基本的事項等について示した「プールの安全標準指針」(平成19年3
月文部科学省・国土交通省。以下「安全標準指針」という。)が存在しており,平
成23年6月に,神奈川県県民局くらし文化部学事振興課長からA幼稚園を含む神
奈川県下の私立幼稚園宛てに送付された「水泳等の事故防止について(通知)」と
題する書面でも引用,添付がなされていた。これは,「遊泳利用に供することを目
的として新たに設置するプール施設及び既に設置されているプール施設のうち,第
一義的には,学校施設及び社会体育施設としてのプール,都市公園内のプール」を
対象とするものであって,監視員等の教育訓練についての内容をみると,安全管理
に携わる全ての従事者に対し,プールの構造設備及び維持管理,事故防止対策,事
故発生等緊急時の措置と救護等に関し,就業前に十分な教育及び訓練を行うことと
され,監視員については,一定の泳力を有する者等,監視員としての業務を遂行で
きる者とし,プール全体がくまなく監視できるよう施設の規模に見合う十分な数の
監視員を配置することなどが示されていた。
安全標準指針は,「水遊び用プールなど遊泳利用に供することを目的として
いないプールにおいても,本指針の主旨を適宜踏まえた安全管理等を実施すること
が望ましい」とされており,幼稚園,保育所等に設置された水遊び用プールにおい
ても,参考として活用されることが期待されていた。
第4争点に対する当裁判所の判断
1過失犯成立の要件
刑事法上の過失が成立するというためには,特定された過失内容について結果回
避可能性が肯定されること,すなわち,行為者がその注意義務を履行することによ
って,実際に結果の発生を回避できたと認められることが必要とされる。そして,
そのような注意義務を課すためには,当該行為者に注意義務を肯定するに足りるだ
けの予見可能性が必要であり,その対象となるのは,本件の結果発生に至る因果経
過の基本的部分であると解される。
以上の観点等を踏まえて,検察官の主張する教示懈怠の過失,複数監視体制構築
懈怠の過失が成立するかを検討する。
2教示懈怠の過失について
まず,検察官主張の教示による結果回避可能性について検討する。
検察官は,被告人には,B教諭に対し,「プール活動時の遊具の片付けをする際
には,プール内の園児が見渡せるよう,プールの壁際に背を向けてプールの中央側
に顔を向ける体勢で立った上,遊具を片付ける籠を体の前に持ってくる方法又はこ
れに類する方法」で片付けるよう具体的に教示すべき注意義務があったと主張する。
検察官のこのような主張は,B教諭による被害児童の見落としの過失が,遊具の
片付け作業時に,籠を体の前に持ってくるといった方法をとらずに,B教諭の後方
に位置するプールサイドに籠を置いたまま,その籠の中に遊具を入れるという方法
をとったことに起因して生じたことを前提とするものと解される。
しかしながら,前記第3のとおり,B教諭の過失内容は,園児らから遊具
を受け取ったり,プールサイドに置かれた遊具を入れる籠に受け取った遊具を入れ
たり,ビート板を整とんしたりすることなどに気を取られ,遊具の片付け作業の間,
プール内全体に目を配らず,園児らの行動を十分注視せず,溺れた被害児童を見落
としたまま放置したというものである。すなわち,B教諭は,プールサイドに置か
れた籠に遊具を入れる際に,籠を後方のプールサイドに置いたまま,その籠の中に
遊具を入れたことのみを原因として,被害児童が溺れたことを見落としたものでは
ない。B教諭が,遊具の片付け作業の開始後,籠の位置が後方であったために身体
をひねるなどして後ろを向いたのはごく短時間であり,ビート板の整とんのために
園児らに対して完全に背を向けたりもしたほか,園児らに背を向けることなく,本
件プールの中心部方向に体を向けて園児から遊具を受け取ったり,B教諭の体の前
方に置かれた遊具を拾ったりもしていたのであるが,それらの遊具の片付けの間中,
本件プール全体の園児らを見るという意識を持って,実際になるべく園児ら全体に
目を向けて見るよう努めていたつもりであったというにもかかわらず,被害児童が
溺れていたことを見落としていたと認められるのである。
そうすると,検察官の主張は,その前提が欠けるというほかはなく,B教諭に対
し,遊具を片付ける際には,籠を体の前に持ってくる方法又はこれに類する方法を
とるといった籠の位置に関する注意を主要な内容とする教示をしたからといって,
これによって本件事故発生という結果が回避できたと認定することはできない。
なお,この点,検察官は,前記遊具を片付ける籠を体の
前に持ってくる方法又はこれに類する方法」以外の別の具体的注意義務を主張する
ものではない旨釈明しながらも,論告においては,「園児をプールの外に出してか
ら遊具の片付けを実施するといった方法などが想定される」などとした上で,「遊
具の片付け等の際にも園児の行動を注視できる方法などの具体的注意事項等を十分
に教示するという教示義務」を怠った旨などをも主張するかのようであるが,具体
的にどのような内容の教示をすることによって本件事故を回避できたのかについ
て,的確な主張立証はなされていない。加えて,B教諭に対しては,F教諭らから,
プール活動全般に関し,「プール内の園児全体が見渡せるよう,教諭は本件プール
内に入り,円形の壁に体の背を向けて壁に沿って歩いて見るようにする」旨の指導
は既になされていたこと(前記第を踏まえると,この指導に加えて,遊
具の片付けの際にも,プールの壁際に背を向けてプールの中央側に顔を向ける体勢
で立ち,プール内の園児を見渡すようにする旨などについて,改めてB教諭が教示
を受けたからといって,これによってB教諭の過失が防げたかについても判然とし
ない。
以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,検察官が主張する教
示義務については,結果回避可能性を肯定することができず,被告人に教示懈怠の
過失は成立しない。
3複数監視体制構築懈怠の過失について
検察官は,複数監視体制構築懈怠の過失について,主位的訴因及び予備的訴
因とでその根拠は異ならない旨主張するので,片付け作業時に限らず,B教諭のプ
ール活動に際し,被告人について,専ら監視を行う者を配置して複数の者によって
園児の行動を監視する体制をとるべき刑事法上の注意義務があったかを検討する。
この点については,被告人が,本件事故の結果発生に至る因果経過についてどの
ような予見が可能であったのか,そして,その予見可能性の下で検察官主張の複数
監視体制を構築しなかった被告人の当該行動が,当時の我が国の幼稚園等における
安全管理体制等を踏まえた上で,安全管理の職責を負っていた幼稚園の園長に課さ
れた刑事法上の注意義務に違反するといえるか否かを考えるべきこととなる。
そこで,検察官主張の複数監視体制構築義務を肯定できる予見可能性がある
かについて検討する。
本件プール内で三,四歳の園児が溺れ,自力で溺水を回避できない危険性がある
ことは予見可能であり(予見可能性①),そうであるからこそ,B教諭は,溺れた
園児がいた場合には直ちに発見し救助できるように,常に本件プール内全体に目を
配り,園児らの行動を注視しなければならず,被告人としても,このような継続的
な監視を行う者なしにプール活動を行わせてはならない。さらに,本件プールの規
模や形状等を前提とし,かつ,本件事故発生当日までに,B教諭が,2回のプール
活動を問題なく終えていたとの事実関係を前提としても,B教諭の注意力等が完全
無欠なものではなく,その監視が不十分なものとなり,園児が溺れたのを見落とし,
その救助が遅れるという可能性があることについても,予見は可能であるといえる
(予見可能性②)。
なお,検察官は,論告において,新任教諭であるB教諭の知識経験等の乏しさを
強調するが,それは新任教諭一般としてのそれであって,B教諭の知識経験やその
能力等が他の新任教諭と比べた場合に劣っていたといえる証拠はない(検察官も「少
なくともB教諭の能力が一般的な新任教諭の能力を大きく上回っていたとは認めら
れない」旨主張する。)。
そこで,本件で検討しなければならないのは,前記予見可能性①②が認めら
れることを前提として,被告人が専ら監視を行う者を配置することが,刑事法上の
注意義務として被告人に課されていたといえるか否かである。
本件事故当時の幼稚園等での水遊び用プールでの監視の在り方がどのような
ものであったか,特に,専ら監視を行う者の配置についての規程等があったかにつ
いて検討する。
アまず,本件事故当時のプールの安全管理に関する規程等は,前記第3の7
及びのとおりであって,安全標準指針には,遊泳利用に供することを目的とした
プールについて「プール全体がくまなく監視できるよう施設の規模に見合う十分な
数の監視員を配置すること」が必要である旨記載され,これは水遊び用プールにつ
いても参考として活用されることが期待されていた。
イ本件プールの規模は直径4.15ないし4.57
mのほぼ円形であって,水遊び用のプールとしても,さほど大きなものとはいえな
い。また,ほぼ円形であるため,四角い形状のプールに比べれば,壁を背にして立
った者が正面を向いた際に,左右に死角が生じにくい形状ということができる。本
件事故当時のプール活動中の園児の人数は11人であって,幼稚園設置基準の一学
級の園児数の上限に照らしても少ない人数である。しかも,当時の水深は約0.2
1mであって,園児が水に潜ってしまうことによって,その姿が監視しにくくなる
などということも想定されない。
そうすると,このような具体的状況を前提にすると,本件プールにおけるプール
活動を1名の教諭が担当することによっても,プール全体をくまなく監視すること
ができるということができ,B教諭1名によるプール活動の実施が安全標準指針に
照らして不十分であったということはできない。
ウ加えて,安全標準指針には,「監視員」の説明として,「プール利用者の監
視及び指導等を行うとともに,事故等の発生時における救助活動を行う」旨記載さ
れていることからすれば,同指針が,プール活動の指導を行う教諭が監視員を兼ね
ることを問題視するものとは解されない。加えて,他に,水遊び用のプールにおい
て,専ら監視を行う者を配置すべきことを具体的に示した指針・手引等が本件事故
当時に存在したという立証はない。
エさらに,一般的なプール活動のみならず,新任教諭によって三,四歳児のプ
ール活動が行われる場合の体制に限定してみた場合でも,安全標準指針から担任教
諭とは別に専ら監視を行う者を置くべきである旨の解釈が導かれるものと一般的に
理解されていたとは認められず,他に,その旨の安全対策を定めた指針・手引等が
存在したという立証も,ない。
次に,本件事故当時,幼稚園一般において,プール活動について専ら監視を
行う者を配置する複数監視体制がとられる慣行等があったかについて検討する。
アこの点,本件事故前からプール活動に際し,担任が新任教諭であるか否かを
問わず,担任教諭等とは別の監視者を常に置いていた幼稚園が存在した一方で(検
察官立証に係る東京都内の幼稚園の例。ただし,1名の監視者が複数のプール等で
同時に行われるプール活動全体を監視しており,監視対象の範囲が本件プールより
格段に広い幼稚園を含む。),A幼稚園と同様,指導を行う担任教諭と別に専ら監
視を行う者を置くことをせず,継続的な監視を担任教諭に委ねてプール活動をさせ,
専ら監視を行う者を配置しない幼稚園も存在していた(弁護人立証に係る神奈川県
内の幼稚園の例)。
これらからすれば,幼稚園等のプールといっても,プールの規模が様々である上,
監視の在り方にもばらつきがあったことが認められる。
イ検察官は,本件事故当時,水遊び用プールでの活動に際し,どの程度の幼稚
園において専ら監視を行う者が配置されていたかについて具体的な立証をしておら
ず,したがって,プール活動に際し,指導を行う担任教諭とは別に専ら監視を行う
者を置かなかったA幼稚園の監視体制が,当時の幼稚園の安全管理体制の実情に照
らし,どのように位置付けられるかは判然としないといわざるを得ない。
そして,本件事故と同様の状況,すなわち,本件程度の規模のプールにおいて,
新任教諭が三,四歳児のプール活動を行う場合に限ってみても,新任教諭とは別に
専ら監視を行う者を置くのが,本件当時の我が国の幼稚園における標準的,平均的
な安全管理体制であったといえるような証拠はなく,検察官もそのような主張はし
ない旨釈明している。
なお,検察官は,弁護人請求のH証人や被告人の各供述中に表れたアンケートの
結果,すなわち,A幼稚園が所属するI協会(大和市を含む4市1町に所在する私
立幼稚園のうち,約半数で組織された団体)において,A幼稚園側の働き掛けによ
り本件事故後に実施されたアンケートの結果を援用し,同協会では大半の幼稚園で
監視者が配置されていたと主張する。しかし,検察官が数え上げているのは,監視
を職務に含む補助担当者がいると回答した幼稚園の数であって,同アンケートで別
に回答された監視のみを行う補助担当者がいると回答した幼稚園の数ではない。さ
らに,監視といっても様々な態様が考えられるところ,どのような監視の在り方を
捉えてアンケートの回答がされたのかまでが明らかとなる立証はなされておらず,
このアンケートにいう「監視を職務に含む補助担当者」による監視が,検察官が配
置すべきと主張する専ら監視を行う者による監視であったといえる証拠はない。そ
うすると,検察官の上記指摘は,専ら監視を行う者がどの程度置かれていたかとい
う点についての裏付けになるものとはいえず,上記結論を左右しない。
ウ以上によれば,前記予見可能性①,②を前提とし,検察官の主張するように
今回のB教諭のプール活動については専ら監視を行う者を配置する体制を構築する
ことが容易であり,このような体制を構築すれば,本件事故の発生が避けられたと
いう結果回避可能性を肯定できるとしても,新任教諭であるB教諭が本件事故前に
2回のプール活動を問題なく終えており,本件プールの施設規模等に照らし,1名
の担当者による視野が確保されているなどという本件事実関係の下では,被告人が
B教諭とは別に専ら監視を行う者を配置しなかったことが,本件事故当時の状況と
して合理性を欠く安全管理体制であったとの立証はなされていないといわざるを得
ず,被告人が複数監視体制を構築していなかったことが,刑事法上幼稚園の園長と
して要求される行動基準を逸脱するものであったとまでいうことはできない。
エなお,検察官は,論告において,「採るべき体制について明確な法令の根拠
が存在せず,全国幼稚園のプール活動における監視体制の在り方について明確な統
計のデータ等も存在しない場合,当該業界で採られている体制の水準を一義的に主
張立証しきれるものではない」としながらも,他方で,園児のプール活動を実施す
るに当たり,指導に当たる新任教諭以外に監視者を1名配置するという複数監視体
制を採らないことは,「当時の一般平均的な幼稚園経営者を基準にして,その基準
を著しく下回る」旨主張し,J証人及びK証人の各供述等を援用する。
オそこで,同証人らの供述内容について検討すると,J証人は,東京都内の公
立幼稚園の園長等を経て現在は大学の非常勤講師を務める者であるが,「39年の
間に勤務した8つの公立幼稚園では,プールに入る園児の数に関わらず,教育活動
を行う担任教諭とは別に入水中に監視に専念する補助者を配置していた。」「担任
教諭が新任教諭であろうとベテランであろうと,プール活動の危険性を考えると,
専ら監視を行う者を配置しないのは許されない。」「これまで何園かみた他の幼稚
園でもこのような監視者を配置していないものはなかった。」旨などを供述する。
また,K証人も,自ら園長を務める東京都内の幼稚園において,園庭に3個の仮設
プール(直径6メートル2個及び直径2メートル1個)のほか水を張った桶等を設
置し,同時に2クラスで40人前後の園児をプールに入らせ,一部園児にはプール
に設けた滑り台も使わせるなど,A幼稚園よりかなりプールの規模が大きく,プー
ル活動の内容も相当異なる状況を前提としてではあるが,「年少クラスの場合,2
クラス合同で40人前後の園児のプール活動に際し,各クラスの担任合計2人,フ
リーの教諭1人,事務職員1人がプール活動に関わり,そのほかに園長である自分
又は理事長のどちらかが全体を監視する。」「全体を監視する者がなければ,園児
の近くにいる教諭の後ろで何かが起こるリスクがある。」「プール活動を新任教諭
1人に任せるのは無理である。」「過去に他園のプール活動を数箇所みたことがあ
るが,教諭1人でプール活動を行っている園はなかった。」旨などを供述する。
しかしながら,これらの証人は,自らの経験などにより相当と考えるプールの監
視の在り方を述べるものであって,他の幼稚園の実情等を具体的に調査検討した上
でそのような監視の在り方を定めたものではないというのである。そうすると,同
人らの述べる監視のあるべき姿が本件事故前の幼稚園の実情を踏まえた上でどのよ
うに位置付けられるのかについては,証拠上判明しないといわざるを得ない。A幼
稚園でのプール活動の監視の在り方について厳しい意見を述べるJ証人も,幼稚園
のプール活動について,自らの見解のように複数監視を行うべき旨の文献等を本件
事故前に見たことがあるかは分からないともいう。
J証人らから見た場合,プール活動に際して専ら監視をする者を置かなかったA
幼稚園の監視体制に足りない点があったことを指摘できることはそのとおりと思わ
れる。しかしながら,水遊び用プールについて指導教諭とは別に専ら監視を行う者
を置くべきとの安全管理の指針・手引等が存在しておらず,また,そのようにする
ことが当時の幼稚園におけるプール活動における平均的,標準的な安全管理体制で
あった旨の主張も立証もないことを踏まえると,J証人らの供述から,検察官が主
張するように担当教諭とは別に専ら監視を行う者を置くことが,当時の一般的平均
的な幼稚園経営者の基準であったとするのは,飛躍のある議論であるといわざるを
得ない。
したがって,検察官の上記主張を採用することはできず,本件事故当時,被告人
に対し,新任教諭が担当する三,四歳児のプール活動について,検察官が主張する
ような専ら監視をする者を置いた複数監視体制構築の義務が被告人に課せられてい
たとの立証は足りないというほかはない。
第5結論
1主位的訴因について
以上のとおりであるから,主位的訴因について検察官が主張する教示懈怠の過失
及び複数監視体制構築懈怠の過失は,いずれも成立しない。
2予備的訴因について
予備的訴因は,検察官の釈明によれば,本件事故がB教諭による
遊具片付け作業の開始時前に発生していた場合に主位的訴因と同一内容の複数監視
体制構築懈怠の過失を主張するものであるというのである。
とおり,本件事故は遊具片付け作業の開始時以降に発生したものと認められる上,
そもそも複数監視体制構築懈怠の過失が成立すると認められないことは,先に述べ
たとおりであるから,主位的訴因のみならず,予備的訴因に係る複数監視体制構築
懈怠の過失も成立しない。
3結語
したがって,検察官が主張するいずれの公訴事実についても,犯罪の証明がない
ことに帰するから,刑訴法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。
(求刑罰金100万円)
平成27年4月3日
横浜地方裁判所第5刑事部
裁判長裁判官近藤宏子
裁判官三好治
裁判官奥山豪は,転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官近藤宏子

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