弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判決 平成15年1月29日 神戸地方裁判所 平成13年(わ)第1198号 業
務上過失致死被告事件
           主     文
    被告人を禁錮1年4月に処する。
    この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
    訴訟費用は被告人の負担とする。
           理     由
(罪となるべき事実)
 被告人は,自動車運転の業務に従事していたものであるが,平成12年11月1
8日午前零時20分ころ,普通乗用自動車を運転し,兵庫県三田市ab番地のc付
近道路を西(d市e町方面)から東(JRa駅方面)に向け時速約60キロメート
ルで進行するに当たり,このような場合,自動車運転者としては,絶えず前方左右
を注視し,進路の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを
怠り,深夜で交通が閑散であることに気を許し,前方左右の注視不十分のまま漫然
前記速度で進行した過失により,折から進路前方の道路を右方(南)から左方
(北)に向けて横断中のA(当時51歳)にその前方約11.6メートルの地点に
接近するまで気付かず,自車前部を同人に衝突させて同人を路上に転倒させ,よっ
て,同人に対し脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午前3時32分ころ,兵庫県三田市
fg丁目h番地のi所在のC病院において,同人を外傷性くも膜下出血により死亡
するに至らせたものである。
(証拠の標目)ー括弧内の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号
 省略
(補足説明)
1 弁護人の主張の要旨等
 弁護人は,①被告人は,本件事故当時,前方の注視を尽くしていた,②被告
人においてA(以下,「被害者」という。)を発見できた地点は,検察官主張の,
衝突地点から約39.7メートル手前の地点よりもさらに東に進行した地点であっ
たが,仮に検察官主張の地点で被害者を発見できたとして,直ちに急制動の措置を
講じたとしても,被害者との衝突は避け得なかったから,被告人は無罪である旨主
張するところ,前掲関係各証拠によれば,被告人に判示の過失は優に認められるの
であるが,所論にかんがみ,以下その理由につき補足して説明を加える。
2 前掲関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
  (1) 本件事故の発生
  被告人は,平成12年11月18日午前零時20分ころ,普通乗用自動車
(以下「被告人車両」という。)を運転し,兵庫県三田市ab番地のc付近道路
(以下「本件現場付近道路」という。)を西(d市e町方面)から東(JRa駅方
面)に向け時速約60キロメートルで進行中,同道路を横断中の被害者にその前方
約11.6メートルの地点に接近するまで気付かず,発見後も驚愕のため急制動の
措置等の衝突回避の措置を講じることのないまま,同道路東行車線上(北側歩道北
端・外測線から約1.1メートルの地点。実況見分調書(検察官請求証拠番号5。
検5号証。以下,同じ)添付の交通事故現場見取図のA地点。以下「衝突地点」とい
う。)において,被告人車両前部を被害者に衝突させて同人を路上に転倒させて判
示の傷害を負わせ,その結果,同人は死亡した。
  (2) 本件現場付近道路の状況
    本件現場付近道路は片側一車線(幅員約3メートル。ただし,衝突地点付
近においては,衝突地点の東方約18メートルから47メートルの間にある変形交
差点の右折車両用の車線が設けられているので,同所の東行車線は部分的に二車線
となっている。)の県道D線であり,北側にのみ歩道が設けられている。本件現場
付近道路の北側は田圃となっており民家はないが,南側には民家が三軒立ち並んで
いる。前記変形交差点の東側出口には横断歩道が,衝突地点の西方約40メートル
の道路南側には24時間営業のファミリーマートがある。横断歩道付近の道路北側
歩道上,衝突地点の東方約15.9メートルの道路北側,同じく約22.6メート
ルの道路南側,ファミリーマートの駐車場の東側にはそれぞれ水銀灯が設置されて
いる。
 (3) 被害者の挙動
    被害者は勤務を終えて飲酒後の同月17日午後11時30分ころJRa駅
に到着し,迎えに来た同人の妻B運転の自動車に乗車し,会社の同僚であるEを同
車に同乗させようと,最終電車到着時刻である翌同月18日午前零時7分ころまで
待ったが,同人は現れなかったため,同人がすでに歩いて帰宅しているのかも知れ
ないと考え,途中同人を見つけた場合には同乗して貰おうと歩行者に注意を払いな
がら,同駅を出発して県道D線を東から西に向けゆっくりと進行して帰宅途中,本
件現場付近道路に至ったが,前記Bは,被害者において同道路北側の歩道上を西に
向け歩行中の前記Eを発見したため,同人を追い越し,さらに衝突地点をやや西に
通り過ぎた地点の西行車線の南側に設置されているゼブラゾーン(実況見分調書
(検3号証)添付の交通事故現場見取図の○A地点)で停車したところ,被害者は,
助手席から降車して停車した車の後ろを回って,前記Eに声をかけながら,本件事
故現場付近道路を南から北に向けて小走りで横断中,本件事故に遭遇した。
 (4) 本件事故当時の被告人の視認状況
実況見分調書(検6号証)によると,平成12年12月21日午後8時2
5分から同日午後8時35分までの間,本件現場付近道路において被告人を被告人
車両助手席に同乗させ,前照灯を下向きに点灯させた状態で,被害者の妻が車を停
車した前記○A地点に交通取締り用パトカーを停車し,紺色作業服を着用した警察官
を同車後部付近から北に向かって道路を横断させて被告人に視認させ,その視認状
況を見分したところ,被告人は,横断する警察官を約40.2メートル手前の地点
で確認できた。なお,確認できた警察官の位置から衝突地点までは約5.7メート
ル,被告人が確認できた地点から衝突地点までは約39.7メートルの位置関係に
あった。
3 ところで,弁護人は本件事故現場付近道路の具体的状況を前提にすると,歩
行者が道路を横断してくる可能性があるのは,前認定の同所南側に所在するファミ
リーマート前及び同所東側の横断歩道付近の2か所であり,それ以外の場所では考
えられず,本件のごとき場所に停車する自動車の背後から被害者が道路を横断して
くることはおよそ予見不可能であったから,被告人にはそのようなことまで予見す
る注意義務はない旨主張するが,高速道路であればともかく,前認定の道路状況を
前提に考えると,道路南側には民家もあるのであって,生活道路である本件事故現
場付近道路において,道路南側からも何らかの理由で道路を横断してくる歩行者の
あることは経験則からも常識的に考えてもあり得ることというべきであるから,弁
護人の主張は理由がない。
4 結果回避可能性について
  前認定の視認状況を前提に,被告人が,本件事故当時,本件事故の結果発生
を回避することが可能であったか否かを検討する。
 自動車運転者としては,前方の路上に人の存在を発見した場合に,衝突を回
避するためにとる行動としては,ハンドル操作なども考えられるところであり,急
制動の措置に限られるものではないが,被告人が被害者を発見することができた時
点において,直ちに急制動の措置を講じていれば,被害者との衝突を避けられたか
否かについてまず検討する。
   関係各証拠によれば,本件事故当時,被告人車両の速度は,時速約60キロ
メートル(秒速約16.667メートル)であり,本件事故現場付近道路の摩擦係
数は0.7程度であったと認められる(なお,被告人車両の速度は,厳密にいえ
ば,時速60キロメートルより低速度であった可能性はないとはいえないが,以下
の衝突回避可能性を考えるについては,むしろ時速60キロメートル未満である場
合にはより回避可能性が高くなる関係になるので,その点には深入りしない。)。
   そして,空走距離について検討すると,知覚・反応時間は,一般に0.7秒
程度から1.0秒程度と考えられており,被告人に最大限有利に考えたとしても,
知覚・反応時間を1.1秒とすれば十分であるから,その場合の空走距離(被告人
車両の空走距離の最大値)は,
約18.333メートル(60000/3600)×1.1=18.333・・・・・・・・・・・・・・・・・①
である。
   そして,制動距離(摩擦係数0.7)は,
約20.246メートル((60000/3600)2÷(2×9.8×0.7))=20.246・・・・・・②
  であるから,結局,停止距離(「空走距離」と「制動距離」との和を「停止距
離」という。以下同じ。)は,長くても
約38.579メートル(①+②)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・③
となる。
弁護人は,空走距離算出のための知覚・反応時間について,何かが起こると
予期していない場合の知覚・反応時間は,前記1.1秒を最大値とする数値よりも
長くなるのであり,2.5秒とすべきであると主張する。しかし,自動車運転者
は,絶えず前方左右を注視し進路の安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務
があるのであるから,弁護人が引用する文献(弁護人請求証拠番号1。弁1)中の
記載は,本件のような具体的な事件における知覚・反応時間を考える上で用いるべ
き数値とは到底認められず,2.5秒という数値を本件における被告人の知覚・反
応時間として用いるのは明らかに正しくない。そして,前記の0.7秒程度から
1.0秒程度という知覚・反応時間は,障害物の存在を予期していない場合をも含
めて考えられている数値であるから,本件事故における知覚・反応時間は,前記の
とおり最大値として1.1秒を用いるのが相当である。そうすると,被告人車両の
停止距離は約38.579メートル(前記③)であると認められるところ,前認定
のとおり,被告人は,被告人車両が衝突地点の約39.7メートル手前の地点にお
いて,被害者を発見することができたのであるから,その時点で直ちに急制動の措
置を講じていれば,被害者に衝突することを避け,本件事故の結果発生を回避する
ことができたと認められる。なお,弁護人は,本件は,前記ファミリーマートの店
内の光源等により明るくなった道路部分を通過した直後の事故であって,しかも,
本件事故現場付近道路の照度は十分ではなく,被害者を発見しにくい状況にあった
から,被告人において被害者を発見することができた地点は,前記約39.7メー
トル手前の地点よりもさらに被害者に接近した地点であった旨主張するが,弁護人
の主張を考慮に入れても,本件事故当時の現場の照度が,被害者の発見の妨げとな
るほど暗かったものでないことは明らかであるから採用の限りではない。
   さらに,自動車運転者としては,前方の路上に人の存在を発見した場合に
は,直ちに急制動の措置を講じる以外にも,直ちに減速し,的確にハンドル操作を
し,あるいはクラクションを吹鳴するなどの措置を講じて,同人との衝突を回避す
ることができるのであり,本件においても,本件現場付近道路の状況や当時の交通
量等にかんがみれば,被告人は,被害者を発見できた地点において,急制動の措置
を含むこれらの措置を講じることにより被害者との衝突を回避することが十分に可
能であったというべきである。
5 被告人の過失の有無について
 以上の事実を前提として,被告人の過失の有無を検討すると,被害者は,被
告人車両の進路上を横切ろうとしていたわけであるから,前記の視認状況,結果回
避可能性を前提とすれば,被告人が,被害者を視認することが可能であった衝突地
点から約39.7メートル西方(手前)の地点において,被害者を発見して急制
動・急停止の措置を講じ,あるいは,その他前記の適切な措置を講じて被害者との
衝突を避けることができたにもかかわらず,被告人は,前方注視を怠ったため被害
者の発見が遅れ,被害者にその前方約11.6メートルの地点に接近するまで気付
かず,被害者との衝突回避の措置を取ることなく,被告人車両を被害者に衝突させ
たものであって,被告人には進路前方左右を注視してその安全を確認しつつ進行す
べき注意義務を怠った過失がある。
6 以上のとおりであるから,被告人には判示の過失があったと認めるに十分で
ある。弁護人の主張は理由がない。
(法令の適用)
罰    条 平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段
刑種の選択 禁錮刑
宣告刑 禁錮1年4月
刑の執行猶予 刑法25条1項(3年間猶予)
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文(全部負担させる。)
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転中,進路前方左右の安全を十分に確認
しなかった過失により,自車を進路前方の道路上を横断中の被害者に衝突させて死
亡させたという,業務上過失致死の事案である。
 被告人は,前方左右の注視という自動車運転者としての基本的な注意義務に違反
したものであり,その過失の程度は軽いとはいえず,被害者は脳挫傷等の傷害を負
い死亡するに至ったのであって,生じた結果は取り返しのつかない重大なものであ
ること,被害者は突然その生命を奪われ,被害者自身の無念さはもとより,その妻
子ら遺族の悲しみや嘆きは大きく,その憤りは峻烈であること,業務上過失致死罪
等の交通事犯に対する近時の我が国における国民の厳しい刑罰感情等に徴すると,
被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
 しかしながら,被害者は,前認定の経過で,本件当時,深夜,前記片側一車線の
県道を,横断歩道によらないで,停車した自動車の背後から,その安全確認をする
ことなく,小走りに横断していたものであって,本件のような重大な結果を招いた
ことについては,被害者にも落ち度が認められること,被告人は,本件結果の重大
さを真摯に受け止め,反省悔悟していること,被害者遺族は民事損害賠償請求訴訟
を提起する予定であり,示談は成立していないが,自賠責保険金等から金8000
万円が支払い済みであること,被告人には前科がないことなど,被告人のために酌
むべき事情も認められるので,主文のとおり量定した上,その刑の執行を猶予する
こととした。
 よって,主文のとおり判決する。
  平成15年1月29日
    神戸地方裁判所第11刑事係甲
     裁 判 官 杉 森 研 二

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛