弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     一、 原判決を取消す。
     二、 被控訴人は、控訴人Aに対し金二三万円、及び控訴人Bに対し金
二〇万円並びに右各金員に対する昭和三四年六月二六日以降完済に至るまで年五分
の割合による金員をそれぞれ支払え。
     三、 控訴人等のその余の請求を棄却する。
     四、 訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を被控訴人
の、その余を控訴人等の各負担とする。
         事    実
 控訴人等代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人Aに対し金二九万五、九
九〇円、同Bに対し金二五万円及び右各金員に対する昭和三四年六月二六日以降完
済まで年五分の割合による金員を各支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の
負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、控訴人等代理人におい
て「控訴人等は、被控訴会社所有の本件踏切に保安設備がなかつた瑕疵により本件
事故が発生したものとして、被控訴会社に損害賠償を請求する趣旨を含むものであ
る。」と述べ新たな証拠として当審における検証の結果を援用し、被控訴代理人に
おいて新たな証拠として当審における証人Cの証言及び検証の結果を援用した外は
原判決の事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。
         理    由
 一 控訴人等は夫婦であつてその長女D(昭和三一年四月二四日生)が控訴人等
の主張どおり被控訴会社経営の井之頭線電車に衝突され死亡したこと、本件事故現
場は井之頭線a駅から三四二メートル、b駅から三八七メートルに位置する踏切等
警手の配置、遮断機及び警報機の設置等保安設備のない踏切であること、本件事故
当時における被控訴会社の定めた上り電車の本件踏切通過の際の運転速度(表定速
度)が時速五二キロメートル訴外運転士Eの業務した本件事故電車がこれを下廻る
時速五〇キロメートルで本件踏切に差しかかつたものであること、本件踏切におけ
る上り電車の右表定速度は被控訴会社が監督官庁より認可された最大時速六〇キロ
メートルの範囲内で定めたものでこれより電車のダイヤが編成され且つ右ダイヤも
また監督官庁より認可されたものであること及び本件踏切については被控訴会社が
地方鉄道運転規則に基づき警笛吹鳴を設置してすべての上り電車に警笛吹鳴を励行
させ本件電車も右規則どおり警笛を吹鳴したことは当事者間に争いがない。
 二、 そこで本件事故の原因について判断する。
 (一) 原審証人Eの証言、原審及び当審における検証の結果によると、被控訴
会社の電車運転手訴外Eは上り二三八号列車を運転し時速五〇キロメートルで本件
踏切西方約五〇メートルの地点(第七号鉄柱付近)に差しかかつたとき、本件踏切
を北側より横断しようとしている前記被害者を発見し、直ちに急制動をかけたが間
に合わず、同所において同人に電車の左前部付近を衝突させ、前示の如く死亡させ
たものであることが認められる。
 (二) 成立に争いのない甲第一号証、同第四号証、乙第一号証、原審証人Fの
証言(第二回)により真正に成立したものと認める乙第三号証の一、原審証人E、
同G、同H、当審証人Cの各証言並びに原審及び当審における検証の結果を綜合す
ると、本件踏切を通過しようとする上り電車(a駅よりb駅へ向う電車)は、前示
表定速度五二キロメートルで進行する限り右踏切上にある歩行者を、その発見可能
な最長距離即ち同踏切を南側から渡ろうとする通行人の場合は約八〇メートル、北
側から渡ろうとする通行人の場合は約五〇メートルの距離(通行人側からみてもま
た同じである)において発見し直ちに急停車の処置をとつても該踏切を通過しなけ
れば停車せず従つて通行人がすぐさま退避しない限りは衝突事故発生の危険は極め
て大きいものと認められる(ちなみに後者の場合は列車は通行人を発見してより僅
か三・六秒で踏切に到達する)。なお本件踏切北側よりb駅方面に対する展望も不
良であることが認められる。右事実の詳細は原判決一一丁裏三行目「本件踏切は」
から一二丁表八行目「不可能であつて」まで及び同丁表一一行目「時速五〇粁で」
より同丁裏二行目「可能であつて」までと同一であるのでこれをここに引用する
(但し一一丁裏八行目「本件踏切」の次に南側の二字を挿入し、同丁一二行目「最
初本件踏切」より同一二丁二行目「できるけれども」までを削除する)
 (三) してみれば本件電車の運転者は被控訴会社の指定どおり電車を運転し且
つ踏切を見とおせる個所に至つて被害者を発見するや直ちに急停車の処置をとつて
いるのであるから右運転者には特段の過失はないものと認め得べく、本件事故の原
因については専ら被控訴会社の電車運行のあり方及び踏切の安全設備の欠陥にこれ
を求むべきである。
 三、 然るところ控訴人等は、被控訴会社が本件踏切に保全設備を設置せずに漫
然前記表定速度で電車を運行せしめた過失により本件事故を惹起したものであると
主張するのに対し被控訴会社は、本件踏切は遮断機や警報機等の保安設備を設置す
べき踏切には該当せず、且前示表定速度は監督官庁より認可された速度の範囲内で
あり然もそのダイヤは右同様認可を受けたものであるから、高速度交通機関として
公共的使命を負う被控訴会社としては右速度に従つて電車を運行するのは当然であ
り何ら過失は存しない、と主張して争う。
 よつて按ずるに原審証人Fの証言(第二回)によつて真正に成立したものと認め
る乙第三号証の一、二、第五号証の一ないし三、及び右Fの証言並びに原審証人I
の証言を綜合すると、本件事故当時における本件踏切の換算交通量は一日七〇〇
人、同列車回数は一日五〇四回であつたこと、及び本件事故以前本件踏切では電車
と通行人との接触事故が数回であつたこと従つてこれに前示踏切の見通し距離の関
係を合わせ判断すると本件踏切は昭和二九年四月二七日付運輸省鉄道監督局長通達
(鉄監第三八四号及び同号の二)にいう第四種踏切に該当し、地方鉄道建設規程第
二一条第三項に保安設備を設置しなければならないとする「交通ひんぱんにして展
望不良なる踏切道」にはあたらないことが認められる。なおこの詳細については原
判決一四丁裏二行目「本件踏切における」より同一五丁表五行目まで及び同一五丁
裏六行目「地方鉄道の」より同一八丁表一行目までと同一であるのでこれを引用す
る。また、本件踏切における上り電車の表定速度は監督官庁より認可を受けた最大
速度の範囲内でこれにより電車のダイヤが編成され且つ右ダイヤも監督官庁の認可
を受けている(原審証人H、同Iの証言によれば電車の運行及び踏切の安全を考慮
に入れて認可されていることが認められる。)ことは前示当事者間に争いのない事
実である。
 してみれば被控訴会社が本件踏切に保安設備を設置せず且つ前記表定速度によつ
て電車を運行したこと自体に義務違反があるものとするのは相当ではなく、従つて
この点において被控訴会社に過失があつたとすることはできないから本件事故につ
き被控訴会社に過失があるとする控訴人等の主張は理由がない。
 四、 然らば本件踏切に保安設備がなかつたことに対する被控訴会社の責任はど
うであろうか。
 <要旨>思うに踏切は軌道施設の一つであつて列車の運行と道路交通の安全を確保
することを目的として設けられた土地の工作物であることは多言を要しな
い。そして踏切の保安設備は踏切の右機能を完全ならしめるため付置せられるとこ
ろの踏切と一体をなす工作物である。従つてもし踏切に保安設備がないために列車
運行と道路交通の安全が全うされないような場合はその踏切は本来の機能を果ざな
い不完全なものであるから保安設備を欠いていることはとりもなおさず踏切即ち土
地工作物に瑕疵があることになるのである。そして右の理は保安設備を設置してい
ないことがその所有者の過失でない場合においでも異るところはない、なぜなら民
法七一七条にいう土地工作物の設置又は保存の瑕疵とはその存在が所有者の過失に
起因すると否とを問わないからである。そこで右の点から本件をみるに、前示のと
おり本件踏切は遮断機、警報機等列車の接近を知らせる設備がなく、且つ踏切の北
側から横断しようとする歩行者からは上り電車は五〇メートルの近距離に至つて、
南側から横断しよらとする歩行者からは同じく八〇メートルの距離に至つて始めて
認識し得るにすぎず然も北側からは下り電車の進行してくるb駅方面に対する展望
も著しく困難であること、そして上り電車は前記表定速度に従い時速五二キロメー
トルで本件踏切を通過しようとするのであるから右踏切上にある歩行者をその発見
可能な最長距離において発見し直ちに急停車の措置をとつでも電車が停止するのは
踏切を越える地点であるから横断中の歩行者との接触の危険は極めて大きく、本件
事故までにも数度に及ぶ電車と通行人との接触事故があつたこと等を考慮すれば、
本件踏切の通行は決して安全ということはできず、少くとも警報機を設置するので
なければ踏切としての本来の機能を全うするものとは認め難いところである。従つ
て本件踏切に警報機等の保安設備を欠いていたことは結局被控訴会社所有の土地工
作物の設置に瑕疵があつたものと認めるのを相当とする。
 そして本件事故の状況から考えると、もし本件踏切に右の如き保安設備が設置さ
れていたならば前示被害者が電車の接近するにもかかわらず敢て踏切を横断しこれ
と接触するようなことはしなかつたものと認められる(幼児でも満三才になれば踏
切における接触事故の危険は認識し得るものと認められる)から、本件事故は被控
訴会社の占有する土地の工作物の設置に瑕疵があつたことにより起つたものと認め
得べく、よつて被控訴会社は控訴人等に対し同人等がその長女Dの死亡により受け
た物質的、精神的損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
 なお、行政監督上の基準からは本件踏切に保安設備の設置が義務づけられていな
いことは前記のとおりであるが、右の基準は監督官庁がその行政監督上の立場から
定めた一般的な基準にすぎず、軌道運送業者の民事責任の限度を定めた法規範では
ないから右基準に従えば当然民法七一七条による責任をも免がれるというものでは
ない。
 五、 そこで進んで賠償せしむべき損害額について判断する。
 (一) 原審における控訴人Aの供述及び右により成立の真正を認め得る甲第五
号証ないし第二〇号証を綜合すると、控訴人AはDの受傷及び死亡により控訴人等
主張とおりの治療費、葬祭費に合計金四万五、九九〇円の支出を余儀なくされたこ
とが認められ、右は本件事故により通常生ずべき損害であるというを妨げないから
控訴人Aは右と同額の損害を蒙つたものと認めることができる。
 (二) 次ぎに原審における控訴人Aの供述によると、控訴人Aは大正○×年生
で昭和二〇年七月頃より郵政省に勤務し、事故当時月額二万一、〇〇〇円の給与を
得て妻たる控訴人Bと五才の長男及び右長女Dの四人暮しであつたところ控訴人等
はDの本件事故死により相当の精神的衝撃を受けたものであることが認められる。
 (三) ところで被控訴会社は本件事故について控訴人等に過失があつたと主張
するのでこの点につき按ずるに、前示のとおり本件踏切は遮断機その他保安設備が
なく且つ電車の通過回数も一日五〇四回であつて幼児の踏切横断にはかなりの危険
が予想されるところであるから、監護者たる控訴人等においでは幼児を単独で本件
踏切付近に接近させないよう注意しなければならない義務があるところ、原審にお
ける控訴人Aの供述によれば、控訴人Aは出勤して不在であつたので控訴人BがD
(三才)を同人方付近の路上において遊ばせていたがその監護の隙にDが同所より
数百メートル離れた本件踏切に接近し独りで横断しようとして本件事故が発生した
ことが認められるので監護者たる控訴人等においても本件事故につき相当重大な過
失があつたものということができる。
 よつて控訴人等の右過失を斟酌し、本件事故につき被控訴会社が支払うべき金額
は、控訴人Aに対しては財産的損害額として前認定の金額のうち金三万円、慰籍料
額として金二〇万円、控訴人Bに対しては慰藉料額として金二〇万円が相当である
と認める。
 以上によつて、被控訴会社は控訴人等に対し夫々右金員とこれに対する本件訴状
の送達された日の翌日たること記録上明らかな昭和三四年六月二六日以降完済に至
るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものとい
うべく、従つて控訴人等の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容しその余は
失当として棄却すべきであるから右と結論を異にする原判決はこれを取消し、訴訟
費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を適用し主文のとおり
判決する。
 (裁判長裁判官 加藤隆司 裁判官 小山俊彦 裁判官 安国種彦)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛