弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三年六月に処する。
     原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人遣水祐四郎の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人名義の控訴趣意
書の記載と同じであるかり、これを引用する。
 控訴趣意第一点及び第二点について。
 しかし、原判示事実は原判決挙示の証拠によりこれを肯認し得るのであつて、記
録を精査しても原判決の右事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。
 (一) 諭旨は、被告人ら三名が被害者Aをab方面に連行して目的は、おとし
まいの意味て一杯たかるつもりであつたもので、原判示の如く三名相はかつてAを
殴りつけてやろうと思立つたものではない旨主張する。
 けれども、被告人の検察官に対する供述調書(昭和三三年四月二五日附)によれ
ば、被告人が誘つて三人で相手をbの方へ連れて行つたのは、相手が人を殺してき
たとか大きなことをいうので面白くなく殴つてやる考だつたもので、特にbの方へ
行つたのは被告人の兄BがいつでもbのC荘で麻雀をしているので、兄に手助けし
て貰う考からであつて(八三丁表裏)、被告人の司法警察員に対する供述調書(同
年四月一七日附)によれば、相手は一人で被告人ら三人に向つてくるのなら立派な
兄貴分と思い、本能的に恐ろしくなり、bへ行けば自分達の仲間が居るので応援を
求められると思つたからである(七三丁表裏)ことが認められる。被告人らがAを
殴りはじめてからC荘にいる被告人の兄BとDを呼びにきた事実(四九丁表裏、一
二二丁表、なお一四三丁表)に徴しても、被告人の右供述の真実性を肯認し得るの
であつて、この点に関する原審証人Eの証言(一六九丁裏、一七〇丁表)及びFの
検察官に対する供述(四五丁表)は措信できない。
 (二) 論旨は、被告人か相手のAの腕から時計を取つたのは事実であるが、相
手が被告人らと互格に闘争中偶々被告人の手が防禦のため相手の手首を強く押さえ
た際、無意識的に腕時計が被告人の手中に入つたもので、相手は抵抗不能の状態に
あつたものではなく、被告人に相手の抵抗を排して腕時計を強取する犯意はなかつ
た旨主張する。
 けれども、原審証人Aの証言及び同人の検察官に対する供述調書(二通)に徴す
れば、同人にG大学の学生で、不良に対しては弱味をみせるとつけあがると聞いて
いたので、強く出なければいけないと思つたが、bの方へ同行してC荘の手前まで
来た時、被告人が誰とかを呼んで来いと言つたので、殴られるのではないかと思
い、逃げようとした時には被告人に左手をEに右手を掴まれ、振りきろうとする
と、被告人らに交々顔や頭を手拳で殴られ、或は腹部を蹴られ、さらに逃げようと
して両手を掴んでいる被告人らを引きずつて少し移動したが、その間も殴られ、被
告人とEに両手を強く掴まれ押さえられていて遂に動けなくなつた時、腕時計をバ
リツと取られるような感じがしたので、見ると被告人が鎖に手をかけて腕時計をも
ぎ取り、その直後うしろから頭部を何か堅いもの(下駄)でゴツンと殴られ、フラ
フラとして側の溝へ倒され、倒れたところを誰か(被告人)に背中を蹴とばされた
が、間もなく被告人らは居なくなつたもので、Aは最初右手でEを殴つたように思
うが、それだけ抵抗したあとは何も抵抗てぎす、腕時計をもぎ取られる当時は両手
を強く掴まれ引張られていて動くことがてきなかつたものであることが認められる
(特に一二二丁表、一二三丁裏、一二七丁表裏、一二八丁表乃至一三二丁裏、一四
一丁表乃至一四二丁表、一四三丁裏、一四四丁表)。被害者は一人であつて約一〇
日間の通院治療を要する傷害(一七丁表)を受けたのに、被告人らは五名であつて
何等傷害を受けていない事実からみても、被害者Aの証言はこれを措信するに十分
であつて、右に徴すれば、被告人はAの反抗を抑圧して腕時計を取つたものである
ことを肯認し得るのであり、強盗傷人罪を構成することが明らかである。(因み
に、原判決は「被告人がAの右手首にかけていた腕時計に目をとめ咄嗟の間にこれ
を強奪しようと決意し、前示した頭部、顔面の殴打等の暴行によつて抵抗不能の状
態にあつたAの左手首から右腕時計を強取し」と判示し、やや不正確であるけれど
も、その挙示する証拠を参照すれば前叙のとおりであつて、被告人はEとAの両腕
を双方から掴んで押さえつけながら、他の者と交々手挙でAの頭部、顔面を殴打し
ているうち、Aの腕時計が目にとまり咄嵯にこれを強奪しようと決意し、更に続け
て、既に両腕を押さえられながら頭部顔面殴打等の暴行をうけたAの腕を強く掴ん
で押さえつけて動けないようにし、その反抗を抑圧した上、同人の左手首から腕時
計を強取した趣旨であることが認められる)。
 以上説明の次第で、原判決には所論のような事実の誤認は存しない、論旨は理由
がない。
 次に、職権をもつて調査するに、原判決は「被告人が、(一)、Dほか三名とと
もにAを殴りつけることを共謀して、Aに対し交々手拳でその頭部、顔面を殴打
し、腹部を蹴りつけ、さらにDが下駄でAの頭部を二回強打して同人を転倒させる
などの暴行を加え、同人に口唇部及び左顔面、左手掌挫傷を与え、(二)、右のよ
うにDが下駄で強打する直前、被告人は右Aの左手首にかけていた腕時計を見て咄
嵯にこれを強奪しようと決意し、前示した頭部、顔面の殴打等の暴行によつて抵抗
不能の状態にあつたAの左手首から腕時計をむしり取つて強取し、その直後前示の
ようにDに頭部を殴打されて転倒したAの背部を靴ばきのまま数回蹴りつけて同人
に背部打撲傷を与えた」旨の事実を認定の上、これに対し(一)の所為は刑法二〇
四条六〇条に、(二)の所為は同法二四〇条前段に該当し、以上は同法四五条前段
の併合罪であるとして、同法四七条一〇条を適用処断している。
 ところで、強盗傷人罪を構成するためには、傷害が強盗の機会において加えられ
たものであることを要し、それは強盗行為と傷害との間に場所的、時間的関係があ
るのみでなく、傷害が強盗たる身分を有する者によつ<要旨第一>て加えられたこ
と、即ち犯人が強盗の犯意を生じた後の傷害であることを要する。従つて、強盗の
犯意を生ずる前の傷害は単純な傷害であり、その犯意を生じた後の傷害
は強盗と傷害の結合犯たる強盗傷人罪の構成部分たる傷害であり、その意味におい
て、強盗の犯罪を生じた時期を境としてその前後二群の傷害は切離された二個の行
為であり、前の傷害と後の強盗傷人とは別罪である。しかし、それは法律評価の問
題であつて、これを社会的現象として観るときは、その評価の対象たる二群の傷害
は、一個の身体侵害の意思に基き、時を接して引続き行われるのであるから、これ
を一連不可分的のものとみるべきで、しかも後の傷害は強盗行為に伴うもので、こ
れと結合一体の関係にあるのであるから、これらすべてを全体的に包括的に観察し
て、一連一個の行為と解するのが相当である。即ち、罪数的には、それは一種の接
続犯的な傷害と強盗傷人との混合した包括一<要旨第二>罪であつて、重い強盗傷人
罪の刑をもつて処断すべき一罪と解するのである。このことは固より前の単純傷
の部分が強盗傷人の傷害に性質を変化してしまうという意味ではな
く、例えば、傷害か、強盗の犯意を生じた時期を境として、その前後二群の暴行の
いずれによつて生じたか不明の場合を考えれば、傷害が強盗の犯意を生じた後の暴
行に基因することの証明がない限り犯人を強盗傷人罪に問擬することは許されない
から、前後の暴行は強盗傷人にはならないけれども、前後の暴行は一体として観察
されるから、結局単純傷害の責を犯人が負わねばならないのであつて、傷害と強盗
との混合した包括一罪であることを意味するのである。(前の傷害と後の強盗傷人
とを併合罪とする原判決の見解をとれば、この場合、傷害の結果を前後いずれの暴
行にも帰せしめられない以上、暴行と強盗との併合罪となり、犯人に傷害の責を負
わしめることができなくなるのであつて、一連の暴行によつて生じた傷害の結果
を、刑法上評価できないのは、明らかに不当である。又右併合罪の見解は、途中強
盗の犯意を生じなかつた場合傷害となるに比しても権衡を失する)。(なお、最高
裁昭和三二年(あ)八二五号同年一〇月一八日第三小法廷決定《集一一巻二〇号二
六七五頁》参照)。
 以上の次第で、前記の如く傷害と強盗傷人を併合罪とした原判決は法律の適用を
誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に
おいて原判決は破棄を免れない。
 そこで、弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断は後記自判の際おのずから示
されるのでここに省略し、刑訴法三九二条二項三九七条三八〇条により原判決を破
棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとす
る。
 (罪となるべき事実及び証拠の標目)
 当裁判所の認定した事実は、原判示事実中「……両名を呼出し加勢を求めた上」
以下第一、第二の事実を全部削除し、それにかえて「……両名を呼出し加勢を求め
た上、同所において、被告人ら五名は共謀して、前記Aをとり囲んで被告人におい
てAの左腕を、Eにおいてその右腕を掴んで押さえつけながら、被告人ら交々手拳
をもつてAの頭部、顔面を殴打し、或は腹部を蹴りつけているうち、被告人はAの
左手首にかけていた同人所有のシチズン腕時計に目をとめ、咄嵯の間にこれを強奪
しようと決意し、更に続けて、既に両腕を押さえつけながら右の如く頭部、顔面殴
打等の暴行をうけたAの腕を強く掴んで押さえつけて身動きできないようにし、そ
の反抗を抑圧した上、Aの左手首から右腕時計をむしり取つてこれを強取し、その
直後Dがはいていた下駄を手に持つてAの頭部を二回強打して同人をその場に転倒
させ、転倒したAの背部を被告人において靴ばきのまま数回蹴りつけ、右一連の暴
行に因りAに対し約一〇日間の通院加療を要する口唇部、左顔面、頭部等の挫傷及
び背部打撲傷を負わせたが、右背部打撲傷は被告人が腕時計強取の犯意を生じた後
の被告人の暴行に因るものである」を附加するほか、すべて原判決摘示の事実と同
じであるから,これを引用する。
 右に対する証拠は、すべて原判決摘録のそれと同じであるから、これを引用す
る。
 なお、被告人は原審公廷において、本件犯行当時飲酒酩酊していて殆んど何も覚
えていない旨供述し、心神喪失ないし心神耗弱の主張をするものと認められるが、
この点に関する原判決の説示と同様の理由で、犯時被告人は相当飲酒していたこ
とは認められるけれども、事物の是非善悪を識別しこれに従つて行動する能力を全
然欠如し又はその能力が著しく減退した心神障碍の状態にあつたものとは到底認め
られないから、右の主張は採用できない。
 (法令の適用)
 被告人の判示所為中傷害の点は刑法二〇四条罰金等臨時措置法二条二条刑法六〇
条に、強盗傷人の点は刑法二四〇条前段に該当し、以上は傷害と強盗傷人の混合し
た包括一罪と認むべきであるから、同法一〇条により重い強盗傷人罪の刑をもつて
処断すべく、所定刑中有期懲役刑を選択し、犯情憫諒すべきものがあるので、同法
六六条七一条六八条三号により酌量減軽を施した刑期範囲内で、被告人を懲役三年
六月に処し、なお原審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適
用して、主文のとおり判伏する。
 (裁判長裁判官 門田実 裁判官 細野幸雄 裁判官 有路不二男)

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