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平成19年8月28日判決言渡
平成18年(行ケ)第10493号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成19年8月21日
判決
原告みかど化工株式会社
訴訟代理人弁理士丸山英一
被告特許庁長官
肥塚雅博
指定代理人西田秀彦
同山口由木
同徳永英男
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003−19152号事件について平成18年9月7日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたの
で,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたこ
とから,原告がその取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年3月27日(国内優先権主張平成6年3月28日,発)
明の名称を「植物育成床およびそれを用いて植物を育成する方法」とする発
明について,特許出願(特願平7−91952号。請求項1ないし3。以下
「本願」という)をしたが,平成15年8月26日に拒絶査定を受けたの。
で,平成15年10月1日に不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2003−19152号事件として審理した上,
平成18年9月7日「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をし,,。
その謄本は平成18年10月2日原告に送達された。
(2)発明の内容
本願の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1ないし3から成るが,そ
のうち請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という)は,次のと。
おりである。
「【】,,請求項1坪量が20∼100g/㎡可視光線の反射率が60%以上
通気性が10∼200秒/100ccの熱可塑性樹脂製不織布であって,こ
の不織布は水蒸気は透過するが液体は透過しない不織布であり,この不織布
をもって筒状,角柱体状等の袋状物を形成し,この袋状物内に植物を育成で
きる培地を充填したことを特徴とする植物育成床」。
(3)審決の内容
ア審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,本願発明は,下記引用発明及び引用例2の技術事項に基づ
いて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項に
より特許を受けることができない,というものであった。

①実願平2−40632号(実開平4−2246号)のマイクロフィルム
(。「」,「」。)甲1以下引用例1といい同記載の発明を引用発明という
②実願昭63−50839号(実開平1−155749号)のマイクロフ
ィルム(甲2。以下「引用例2」という)。
イなお,審決は,引用発明を下記のように認定し,本願発明と対比した一
致点と相違点を,次のように認定した。
<引用発明>
簡便な容器として,袋を用い,袋内の温度上昇を抑制するため光反射性
の材質のものを使用し,該光反射性の袋内に植物を生育できる用土を収納
した袋状植物収容体。
<一致点>
「袋状物を形成し,この袋状物内に植物を育成できる培地を充填した植物
育成床」である点。
<相違点>
本願発明は,袋状物を「坪量が20∼100g/㎡,可視光線の反射,
率が60%以上,通気性が10∼200秒/100ccの熱可塑性樹脂製
不織布であって,この不織布は水蒸気は透過するが液体は透過しない不織
布であり,この不織布をもって筒状,角柱体状等に形成している」のに対
し,引用発明では,光反射性の材質のものを使用しているが,他の限定事
項は有していない点。
(4)審決の取消事由
,,,しかしながら審決の認定判断には以下に述べるとおり誤りがあるから
違法として取り消されるべきである。
なお,引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点が,審
決認定のとおりであることは認める。
ア取消事由1(課題の共通性の判断の誤り)
(ア)審決は「引用発明と引用例2に記載の技術事項は,袋内の培地ない,
しは用土の温度上昇を抑制するという共通の課題を有する」と認定した
(審決4頁末行∼5頁1行)が,以下に述べるとおり,審決の認定する
引用発明では上記課題を解決することはできず(後記(イ),また,引用)
例2には上記課題自体が存在しない(後記(ウ))から,引用発明と引用
例2に記載の技術事項に共通の課題が存在するということはできない。
(イ)審決は,上記(3)イのとおり「袋内の温度上昇を抑制するため光反射,
性の材質のものを使用」するとして,引用発明の技術事項について袋の
材質によって「袋内の温度上昇を抑制する」という課題を解決すると認
定した(なお「袋内の温度上昇を抑制する」というのは「袋内の培地,,
ないしは用土の温度上昇を抑制する」と同旨であると理解できる。。)
しかし,引用発明において,通気性や放熱性の確保は,袋の開口面積
を一定範囲に調節することによりされており,袋自体の性質としては,
光反射性,耐水性,耐候性が要求されているものの,通気性は要求され
ていない。例えば,引用例1の〔課題を解決得るための手段〕第3段落
(),甲1の2頁に記載されたフレキシブルシートやラミネートシートは
光反射性は優れるが,通気性はない。そして,袋内の培地ないしは用土
の温度上昇を抑制するという課題は,袋の材質によってではなく,袋の
開口面積を調節して培地ないしは用土中の水分を蒸発させ,蒸発潜熱を
培地ないし用土から奪うことによって解決されているのである。
したがって,引用発明についての審決の認定を前提にすれば,引用発
明は「袋内の培地ないしは用土の温度上昇を抑制する」という課題を,
解決するものでないことは明らかである。
これに対し,被告は,光を袋によって反射させれば,袋内部に光が到
達しないから,袋内部の用土の温度上昇が抑制されると主張するが,A
の実験報告書(甲9)から明らかなとおり,光反射によっては熱伝導を
抑制できず,培地温度の上昇は抑制できない。被告の主張は,光反射と
熱伝導とを混同したものであり,根拠がなく失当である。
,,,なお被告は上記実験における比較対象が誤っている旨主張するが
審決が認定したような資材自体に光反射性はあるが通気性はない袋を用
いて袋栽培をすれば,外気温により袋内に蒸し風呂が形成されることに
なり,植物育成は不可能であるから,このような袋に基づいて地温上昇
抑制を議論すること自体,全く意味がない。地温上昇効果の確認におい
ては,被告の主張するような光反射性のシートを利用した袋と,光反射
性のシートを利用しない袋を比べても,光が反射性シートにより反射さ
れるか否かを実験するだけであり,現実に植物育成できる環境を考慮し
た地温上昇抑制効果の確認にはならない。
(ウ)引用例2には「この考案は,このような従来の問題点を解決するた,
,,めになされたもので夏期のように暑く直射日光の強いときであっても
地面からの水分蒸散による放熱をほどよく促進して,地温を露地の地温
以下に保持し,藁を敷いたときの地温並みに近づけることができるマル
チング資材を提供することを目的とする(甲2の3頁〔考案が解決し。」
ようとする課題〕第2段落)と記載されているところ,マルチング資材
は栽培作物の株元を上面から覆う資材であり,栽培土壌を袋状にして包
むものではないから「袋内の培地ないしは用土」が対象でないことは,
明らかである。
したがって,引用例2に「袋内の培地ないしは用土の温度上昇を抑制
する」という課題が存在しないことは明らかである。
(エ)以上のとおり,引用発明と引用例2に記載の技術事項には「袋内の,
培地ないしは用土の温度上昇を抑制する」という共通の課題は存在しな
いから,これが存在するとした審決の認定は誤りである。
イ取消事由2(組合せの困難性)
(ア)マルチングには土壌を包むという概念が存在しない
aマルチングというのは改訂農業技術ハンドブック191頁全,「」(
国農業改良普及協会,甲4・野菜園芸ハンドブック」253頁(養)「
,)「」(,)「」賢堂甲5・園芸事典333頁朝倉書店甲6・土壌の事典
460頁(朝倉書店,甲7)記載のとおり,敷藁,敷草,フィルムな
どのマルチング資材を,畑の土壌表面に広げて敷くこと(土壌表面を
被覆すること)を意味し,その概念に畑の土壌を袋状に包むという意
味は存在しないから,マルチング資材である引用例2記載の熱可塑性
樹脂製不織布を,引用発明の袋の材料として採用することは困難であ
る。
この点,被告は,乙1(特開昭62−195224号公報,乙2)
(特開平3−72823号公報)を挙げて,マルチング資材を用いて
,,土壌を包むという使用形態は一般に知られていると主張するが乙1
乙2におけるマルチングは,前記甲4ないし7と全く同じであり,引
用発明のように,土壌を袋状に包むものではない。引用発明や本願発
明は飽くまでも袋状に包むことを対象とするものであるから,そこに
おける「包む」という概念もまた「袋状に包む」ことをいうべきで,
あり,畝の表面や側面に被覆した状態を指すものではない。被告の主
張は「包む」という意味を正しく理解しないものである。
また,前記乙2には「包む」という表現が用いられているが,乙,
2における「錘土Eを押し固めてマルチフィルム3の敷設状態を安,
定させるものである」との記載(乙2の2頁右下欄最下行∼3頁左上
欄1行参照)及び第5図が示すように,ここでは飽くまでマルチフィ
ルムが風などで飛ばされないよう固定するため,側面を内部に入れて
いるにすぎない。風で飛ばされないようにする意味では乙1も同様で
あり,側部の上面に土を乗せているので,幾分内部に入っているよう
になっている。他方,この乙1のマルチフィルムでは,錘土Eによっ
て形成される畝部Cは,その下方の土壌に繋がっているため(土壌の
連続性,下方の土壌から病害虫が畝部Cに移動して作物の病気を発)
,。,生させるので土壌全体の薬剤処理が必要となる問題があるこの点
本願発明は,培土を袋状に包み(土壌の不連続性,隔離栽培である)
袋栽培によって,マルチ土壌全体の薬剤処理を必要とすることなく,
病害虫の発生を防止している本願明細書甲3の00280(〔〕【】,【
029】の実施例による効果参照。このように,マルチフィルムに)
関する乙1や2において「包む」という語句が用いられたとしても,
(),これらはいずれもマルチフィルムの風飛散防止固定のためであり
しかも,乙2の発明においては,土壌の連続性による病害虫の移動に
よる病害の発生という問題があるのに対して,本願発明や引用発明で
は,袋状に包むことで土壌の不連続性を確保し,病害虫の発生を防止
するものである。
したがって,乙1や乙2の「包む」ということと引用発明の「袋状
に包む」とは,根本的に技術思想を異にしており,引用例2を引用発
明に結びつける要素にはなり得ない。
さらに,被告は,マルチング資材を用いて培土を覆う目的は,被覆
される培土とその周辺とを仕切り,培土が周辺の影響を受けにくくす
ることであるから,マルチング資材を培土に適用する場合,培土の状
態を考慮して,培土に対して広げたり,あるいは包むなどの使用形態
を適宜選択すればよいと主張するが,上記のとおり,マルチング資材
,。には袋状に包む使用形態は存在しないから被告の主張は理由がない
bまた,植物栽培においては,袋状に包むことと,乙1,乙2のよう
に表面を被覆することには,本質的な違いがある。
マルチング資材は,土壌表面に広げて敷くだけの資材であるから,
マルチ栽培される野菜などの植物の根は,土壌深部に伸張していくこ
とができ,その根は土壌深部の水分を吸収して成長する。栽培土壌で
ある畝の表面土壌が水分蒸発によって乾燥しても,土壌深部の水分を
吸収でき,根に直接影響しないのであって,これが,マルチ栽培の一
つの特徴である。これに対し,引用発明や本願発明のような袋栽培で
は,土壌を包むいわゆる土壌隔離栽培であるから,土壌深部の水分吸
。,()収は不可能であるそのため袋栽培根域制限による土壌隔離栽培
では,閉鎖空間を形成する袋内に,人的な水分管理によって水分を補
給し,根の成長を維持促進する必要がある。
このように,マルチ栽培と袋栽培では,根の伸張においても本質的
な違いがあるから,両者を組み合わせることは困難である。
なお,被告は,本願発明は根の伸張に特徴ある植物を限定していな
いから,このような違いに基づく主張は失当であると主張するが,誤
りである。根は水分や栄養分を吸収する役割を果たすために植物には
なくてはならないものであるから,マルチ栽培される植物で根が存在
しない植物は存在しない。そして,マルチ栽培においては,根は地中
(〔「」()深く伸びていくものである甲10戸苅義次ほかマルチ稲作株
日本農林企画協会〕の41∼42頁)のに対し,引用発明のような植
物育成袋による袋栽培の場合には,袋の中に水分が補給され,植物は
これを吸収して生命維持が可能であるため,マルチ栽培される植物と
,。同じ植物であってもその根は袋を破って下方に伸びる必要性がない
このように,両者は全く異なった栽培形態なのである。
c被告は,引用例1の「用土は一般のものでもよいが・・・(甲1,」
の3頁19行)との記載から,袋栽培に用いる土は,一般の栽培に利
用される用土と共通しているから,栽培用の資材を両栽培間で共通し
て利用することもまた普通のことであると主張する。
しかし,袋栽培に用いる土が一般の栽培に利用される用土と共通化
しているとの主張は誤りである。袋栽培の場合には,水分を保持して
おくために,多孔性のイオン交換体を配合している。また,袋栽培の
用土では持ち運びを容易にするため軽量性が求められるところ,多孔
体であるイオン交換体は,その空隙性から軽量であり,必須である。
,,,このようにイオン交換体を含む用土は袋栽培に特有の用土であり
マルチ栽培には用いられていない。マルチ栽培では,水分は土壌深部
などから補給されるし,高価なイオン交換体を用いる必要がないから
である。
このことは,引用例1(甲1)の実用新案登録請求の範囲に「用土
が無機又は有機イオン交換体を含有している」と記載されていること
からも明らかである。被告の主張する引用例1の記載は,イオン交換
体には,多孔性のものもあれば,多孔性のないものもあるところ,多
孔体であるイオン交換体が好ましいとしたものである。すなわち,水
分補給や栄養源補給が重要な袋栽培という特殊の栽培技術において用
いられる用土であれば格別限定されないという意味であり,一般的な
畑の土壌までも含むという根拠は見出し得ない。
なお,被告は,本願明細書(甲3)段落【0019】にはイオン交
換体を含ませた用土が示されていないと主張するが,誤りである。同
所に記載された「赤玉土」や「鹿沼土」は多孔体であり,水持ち(保
水性)に優れるもので,引用例1で挙げられたバーミュキュライトや
ゼオライトと同じシリカ・アルミナを主成分とする珪酸塩の粘土鉱物
である。また「鹿沼土」は,一般に広く知られた隔離栽培用土であ,
り,多孔体であることから水分保持性に優れ,多孔体表面に酸性点が
あり,弱酸性の珪酸塩であり,アルカリとのイオン交換機能がある。
(イ)阻害要因がある
(),引用例1の実用新案登録請求の範囲甲1の1頁の請求項(2)には
「用土が不織布製の鉢に入れられている請求項(1)に記載の収容体」と
の記載があり,唯一の図面には不織布製の鉢が示されているのに対し,
この鉢以外には不織布に関する記載が見当たらないことからすると,た
とえ当業者が引用例2に記載された熱可塑性樹脂製不織布を引用例1に
適用することを検討したとしても,袋ではなく鉢に利用しようと考える
のがせいぜいである。
したがって,引用例1において不織布が唯一鉢にのみ用いられている
ことは,引用例2の熱可塑性樹脂製不織布を引用発明の袋の素材として
採用する上で阻害要因として働くことは明らかである。
なお,以上のことは,審決が認定した引用発明において,不織布製の
鉢が必須の構成ではないことによって左右されるものではない。
(ウ)作用効果の予測が困難である
上記(ア)bのとおり,マルチング栽培と袋栽培は本質的に異なるもの
であるから,袋栽培にいかなる資材を適用できるかは,長期間にわたり
実験を継続しなければ明らかにならない。
そして,本願発明は,実施例1,2のとおり,各種資材について継続
的な研究を行った上で「坪量が20∼100g/㎡,可視光線の反射,
率が60%以上,通気性が10∼200秒/100ccの熱可塑性樹脂
製不織布であって,この不織布は水蒸気は透過するが液体は透過しない
不織布」が,収穫量,病害虫の発生,培地の苔,藻の発生の点で優れた
作用効果を発揮できることを見出して,完成されたものである。
したがって,本願発明の「植物育成床」の作用効果は,引用発明及び
引用例2記載の技術事項に基づいて予測し得る範囲内のものではない。
これに対し,被告は,上記のような作用効果は,本願発明である「植
物育成床」を用いることに加え「点滴灌水方法「培肥管理「液肥,」,」,
を定期的に供給」することなどにより奏されるものであり,本願発明自
体の作用効果ではないと主張する。
しかし「点滴灌水方法「堆肥管理「液肥を定期的に供給」する,」,」,
ことは,袋栽培において植物の生命維持や成長を促進する上で当然の前
提となるものであり,本願発明の作用効果に含まれるものである。これ
らが本願発明の請求項に記載されていないのは,発明を特定する上で重
要でないからであり,引用例1でも,水分管理や栄養源管理については
明細書の考案の詳細な説明に記載しておきながら,実用新案登録請求の
範囲では記載していない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア原告は,引用発明に関し,光反射性の袋を用いただけの引用発明では,
「袋内の培地ないしは用土の温度上昇を抑制する」ことは不可能であると
主張する。
しかし,引用例1(甲1)の記載によれば,審決2頁27行∼31行に
引用発明として記載されたとおり,引用発明が「光反射性の袋内に・・,
・用土を収納した」ものであり「袋内の温度上昇を抑制するため光反射,
性の材質のものを使用し」たものであると認定することができ,これによ
れば,引用発明には「袋内の用土の温度上昇を抑制する」という課題が,
あるものといえる。
なお,引用発明の「袋内」を専ら占めるものは用土であって,他に空気
等の存在するものも通常想定されるが,この場合の「袋内の温度」と,当
該「袋内」に収容された「用土」の温度とは,特別な工夫などがなければ
実質的に差がないといえる。また,袋の開口面積を調節して通気性,放熱
を確保するものであっても,光を袋によって反射させれば,袋内部に光が
到達しないのであるから,袋内部の用土の温度上昇が抑制されることは明
らかである。
これに対し,原告は,Aの実験報告書(甲9)をもって,引用発明では
袋内部の用土の温度上昇を抑制することはできないと主張する。
しかし,同実験は,光反射性のシートを利用した袋と,光反射性のシー
トを利用しない袋について,それぞれの袋内の用土の温度上昇の抑制状況
を比較したものではないから,光反射性のシートを利用したことによって
袋内部の用土の温度上昇が抑制されたか否かは明らかになっていない。
したがって,このような実験からは,引用発明に「光反射性袋の材質,
によって,袋内の用土の地温上昇が抑制するという課題は存在しない」と
いうことはできない。
イ原告は,引用例2に関し,マルチング資材は栽培作物の株元を上面から
覆う資材であり,栽培土壌を袋状にして包むものではないから「袋内の,
培地ないしは用土の温度上昇を抑制する」という課題は存在しないと主張
する。
この点,引用例2には,その技術事項として,強度・反射率および通気
性・コストを考慮して坪量を,地温を露地のそれ以下に保持するために可
視光線の反射率を,強度・高反射率の維持および水分蒸散による放熱効果
の低下を防ぐために通気性を,それぞれ本願発明と同程度に限定した熱可
塑性樹脂製不織布を用いることが記載されているところ「地温を露地の,
それ以下に保持する」という場合の「地温」とは「地」が露地と区別さ,
れたところの栽培を目的とする培地であり「温」が温度のことであるこ,
とが明らかであるので「培地の温度」のことといえ「露地のそれ以下に,,
保持する」とは,露地よりも温度を上昇しないように抑えることを意味し
ていることが明らかであるので「上昇を抑制する」ことといえる。よっ,
て「地温を露地のそれ以下に保持する」とは「培地の温度上昇を抑制す,,
る」といえる。そうすると,引用例2に記載の技術事項には「培地の温,
度上昇を抑制する」という課題があるものといえる。
ところで,審決は「引用発明と引用例2に記載の技術事項は,袋内の,
培地ないしは用土の温度上昇を抑制するという共通の課題を有するもので
ある(審決4頁末行∼5頁2行)と説示した。審決の上記説示部分は,」
引用発明の「袋内の用土の温度上昇を抑制する」という課題と,引用例2
記載の技術事項の「培地の温度上昇を抑制する」という課題を併記する形
で表現したものであり,より詳しく説明すれば「袋内の用土ないしは培地
」。の温度上昇を抑制するという共通の課題を有すると説示したものである
すなわち引用例2記載の技術事項では「袋内の培地」を認定したものでは
なく,上記「‥袋内の‥」という修飾部分が「培地」にかかるものでは,
ない。
このことは,審決の引用例2に記載の技術事項として「袋」を認定して
いないことからも明らかである。
ウこのように,引用発明と引用例2に記載の技術事項には,いずれも植物
等を育成する土である点で共通するところの「用土」ないしは「培土」に
「」,,ついての温度上昇を抑制するという課題という共通の課題すなわち
審決で記載した「用土ないしは培地の温度上昇を抑制する」という共通の
課題があることが明らかである。
(2)取消事由2に対し
ア「マルチングには土壌を包むという概念が存在しない」につき
(ア)原告は,マルチングというのは,敷藁,敷草,フィルムなどのマルチ
ング資材を畑の面,土壌表面に広げて敷くこと(土壌表面を被覆するこ
と)であり,マルチングという概念には,畑の土壌を袋状に包むという
意味はそもそも存在しないと主張する。
しかし,引用例2(甲2)に「上記マルチング資材は・・・可視光,
線の反射率が60%以上で遮光性(日陰の効果)を有するので(6頁」
17行∼7頁1行)とあるように,マルチング資材を用いて培土を覆う
目的は,被覆される培土とその周辺とを仕切り,培土が周辺の影響を受
けにくくすることであるから,マルチング資材を培土に適用する場合,
培土の状態を考慮して,培土に対して広げたりあるいは包むなどの使用
形態を適宜選択すればよいことである。
ちなみに,マルチング資材を用いて土壌を包むという使用形態は一般
に知られている使用形態である。例えば,前記乙1の第1図には,断面
半円状となった土壌の表面である畝面1を包む形態で使用されたマルチ
フィルム(マルチング資材)が示されており,また前記乙2の2頁右下
欄16,17行には「畝部Cの両側の土壌がマルチフィルム3によっ,
て包まれた状態のまゝ・・・」と記載されるとともに,同第5図には断
面略矩形状となった土壌の上面及び側面を包む形態で使用されたマルチ
フィルム(マルチング資材)が示されている。
(イ)原告は,マルチ栽培と袋栽培では,根の伸張において本質的な違いが
あると主張するが,本願発明は根の伸張に特徴ある植物を限定していな
いから,このような違いに基づく主張は失当である。ちなみに,審決は
マルチ栽培について何ら認定していない。
また,栽培という分野の中においては,袋栽培を含めたさまざまな栽
培の形態の相互の間で,資材が共用され得るところである。例えば,引
用例1の明細書(甲1)3頁19行には,袋栽培に用いる土に関して,
「用土は一般のものでもよいが・・・」と記載されている。これによ,
れば,袋栽培に用いる資材としての土は,一般の栽培に利用される用土
と共通しているものと解される。このように,栽培用の資材が,袋栽培
用のものと,袋栽培ではない栽培用のものとの間で,共通して利用され
ることは普通のことであるといえるから,袋栽培用と明記されていない
マルチシートも,袋栽培との間で共通して利用すること,すなわち袋栽
培に適用することに困難性があるとはいえない。
なお,原告は,袋栽培ではマルチ栽培では用いられないイオン交換体
を含む用土を特に用いるとか,引用例1の「この用土は一般のものでも
よい」との上記記載における用土には,少なくともイオン交換体が含ま
れていると主張する。しかし,引用例1には「用土は一般のものでも,
よいが,水腐れを防止して植物を安定成育させるために多孔性イオン交
換体を配合することが好ましい(甲1の3頁19行∼4頁1行)と記。」
載されているのであって,用土にイオン交換体を含むことが必須である
とはされていないし,一般的な畑の土壌を用いることを排除していると
。,,理解することもできないまた用土にイオン交換体を配合する目的は
上記のとおり「水腐れを防止して植物を安定成育させるため」であるか
ら,一般的に栽培を行う場合,このような目的があれば,用土にイオン
交換体を配合するし,逆に,栽培形態として袋栽培が選択されたとして
,。,も必ずしもその用土にイオン交換体を配合するものでもないさらに
本願明細書(甲3)段落【0019】には,袋栽培の培地として一般的
なものが列挙されているが,この中には袋培地特有の用土,すなわち,
イオン交換体を含ませた用土は示されていない。
イ「阻害要因がある」につき
,,原告は引用例1において不織布が唯一鉢にのみ用いられていることは
引用例2の熱可塑性樹脂製不織布を引用発明の袋の素材として採用する上
で阻害要因として働くと主張する。
しかし,引用例1には,不織布製の鉢を用いない態様の袋状植物収容体
も示されている(甲1の6頁2∼6行)し,審決では原告が主張するとこ
ろの不織布製の鉢を用いた実施例を引用発明とはしていないのであるか
ら,原告主張の阻害要因はない。
ウ「作用効果の予測が困難である」につき
原告は,袋栽培にいかなる資材を適用できるかは,長期間実験を継続し
なければ明らかにならず,本願発明の「植物育成床」の作用効果は,引用
発明及び引用例2記載の技術事項に基づいて予測し得る範囲内のものでは
ないと主張する。
しかし,原告が主張する作用効果には,本願発明である「植物育成床」
による作用効果と「それを用いて植物を育成する方法」による作用効果,
とが混在している。すなわち,本願明細書(甲3)に記載された収穫性に
関する作用効果は,本願発明である「植物育成床」を用いることに加え,
「点滴灌水方法「培肥管理「液肥を定期的に供給」することなどによ」,」,
り奏されるものであって本願発明自体の作用効果ではないそして植,。,「
物育成床」としての作用効果は,明細書に記載された作用効果のうち,袋
状物が請求項1に記載の「反射率「通気性」等を備えたことにより奏す」,
る効果に止まるものであり,これは引用発明及び引用例2記載の技術事項
に基いて予測し得る範囲内のものである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容,(3)(審決))
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2引用例1及び同2の内容
(),,証拠甲1及び2及び弁論の全趣旨によれば引用例1及び同2の内容は
次のとおりのものであることが認められる。
すなわち,引用例1(甲1)は,実願平2−40632号(実開平4−22
46号公開実用新案公報)のマイクロフィルムであって,出願日は平成2年4
月18日・公開日は平成4年1月9日・出願人は日本鋼管株式会社・考案の名
称は「断熱効果の大きな袋状植物収用体」とするもので,その内容の概要は審
決2頁1∼26行記載のとおりである。
一方,引用例2(甲2)は,実願昭63−50839号(実開平1−155
749号)公開実用新案公報のマイクロフィルムであって,出願日は昭和63
年4月18日・公開日は平成元年10月26日・出願人はみかど化工株式会社
(原告・考案の名称は「マルチング資材」とするもので,その内容の概要は)
審決2頁下6行∼4頁10行記載のとおりである。
3取消事由1(課題の共通性の判断の誤り)について
(1)ア原告は,審決は,引用発明と引用例2に記載の技術事項は「袋内の培地
ないしは用土の温度上昇を抑制する」という共通の課題を有すると認定し
た(審決4頁末行∼5頁1行)が,審決の認定する引用発明では上記課題
,。を解決することはできないと主張するのでまずこの点について検討する
イ引用例1(甲1)には,次の記載がある。
(ア)「産業上の利用分野〕本考案は断熱効果の大きな袋状植物収容体〔
に関するものである(1頁12∼14行)。」
(イ)「考案が解決しようとする課題〕植物をビニール袋等に入れて栽〔
培すると,熱がこもりやすく長期間の生育は困難であった(1頁19。」
行∼2頁1行)
(ウ)「課題を解決するための手段〕本考案は簡便な容器として袋を利〔
用して植物を栽培する手段を提供するものであり,袋に光反射性の材質
のものを使用することによって袋内の温度上昇を抑制し,かつ開口面積
を一定範囲に調節することによって通気性及び放熱を確保するとともに
水分の逃散を抑制し・・・植物の長期間栽培に成功したものである」,。
(2頁2∼11行)
(エ)「袋は外面が光反射性のものであり,アルミニウム箔,錫箔等の金属
箔あるいはアルミニウム蒸着等の金属蒸着を施こしたフレキシブルシー
トが用いられる。袋はさらに耐水性,耐候性も必要であり,必要により
ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリ塩化ビニル等を積層したラミネー
トシートとすることができる(2頁17行∼3頁3行)。」
(オ)「作用〕本考案の収容体においては光反射性の袋が光及び熱を反〔
射して日中の袋内の温度上昇を抑制し,開口部が通気性と放熱を確保し
ている(8頁1∼4行)。」
ウ以上の記載によれば,引用例1には,植物を袋に入れて栽培すると熱が
こもりやすく,長期間の成育が困難であるという課題を解決するため,断
熱効果の大きな袋状植物収容体を用いるというものであり,具体的には,
袋状の植物収容体につき外面が光反射性の材質のものを使用することで,
袋が光及び熱を反射し日中の袋内の温度上昇を抑制するとの技術事項が開
示されていると認められる。
そうすると,引用例1に記載の発明(引用発明)には「袋内の培地な,
いしは用土の温度上昇を抑制するという・・・課題(審決5頁1行)が」
あると認められるから,この点に関する審決の認定に誤りがあるとはいえ
ない。
エこれに対し,原告は,引用発明において,袋内の培地ないしは用土の温
度上昇を抑制するという課題は,袋の開口面積を調節して培地ないしは用
土中の水分を蒸発させ,蒸発潜熱を培地ないし用土から奪うことにより解
決されているのであって,袋の材質によるものではないと主張する。
確かに,上記イの記載によれば,袋の開口面積を調節することにより原
告の主張する作用効果が発生するものと認められ((ウ)及び(オ)参照,こ)
れらを総合すれば,引用発明においては,袋に光反射性の材質のものを利
用することに加えて,袋の開口面積を調節することによって,袋内の温度
上昇を抑制するという課題が解決されていることは否定できないが,この
ことは,上記ウに述べた,引用発明自体に袋内の温度上昇を抑制するとの
課題があることや,光反射性の材質の袋が袋内の用土の温度上昇を抑制す
るとの作用効果があることと矛盾するものではない。
この点,原告は,光反射によっては熱伝導を抑制できず培地温度の上昇
は抑制できないと主張するが,本願明細書(甲3)に「0013】可視,【
光線(波長400∼800nm)の反射率を60%以上としたのは,60
%未満では地温を露地のそれ以下に保持し難くなるためである((3)頁左」
欄23∼25行)との記載があるとおり,光反射が培地温度の上昇と関連
性を有することは,原告の自認するところである。また,原告は,上記主
張の根拠として,Aの実験報告書(甲9)を提出するが,同実験は,いず
れも光反射性の材質により作成された3種の袋内に用土を充填した上で,
その温度及び重量の変化を測定したものであって,光反射性の材質により
作成された袋と,光反射性でない材質により作成された袋との間で,その
温度等の変化を比較したものではないから,同実験は,光反射により培地
温度の上昇を抑制できないとの原告の主張を裏付けるものではない。
また,原告がるる述べるところは,要するに,審決が,引用発明につい
て,袋の素材のみをもって上記課題を解決するものと認定したとの理解を
前提とするものであるが,審決は,引用発明に「袋内の培地ないしは用土
の温度上昇を抑制するという・・・課題を有する(審決5頁1行)こと」
を認定したにすぎず,袋の素材のみをもって上記課題を解決可能である旨
を認定したものではない。
したがって,この点に関する原告の主張は失当である。
(2)ア次に,原告は,引用例2発明には「袋内の培地ないしは用土の温度上昇
を抑制する」という課題が存在しないと主張する。
イ引用例2(甲2)には,次の記載がある。
(ア)「従来の技術〕昔から夏期には,米,麦の藁が畝等の敷藁として〔
使用されてきた。この敷藁は,遮光性(日陰の効果)と適当な通気性を
有するので,夏期のように暑くて直射日光の強いときでも,水分の蒸発
による放熱をほどよく促進し,地温を常に露地の地温以下に保持する。
・・・最近では,これに代るマルチング資材として・・・低密度ポリエ
チレン製フィルムが多用されるようになっている・・・しかし,いず。
れのフィルムも夏期(6∼8月)には,地面との間に熱がこもって高温
になり過ぎるので使用できない。こうした事情から夏期用のマルチング
資材として反射フィルムが使用されるようになっている(1頁14行。」
∼2頁16行)
(イ)「考案が解決しようとする課題〕しかしながら,上記いずれのフ〔
ィルムも,本質的に通気性がないので,地面からの水分蒸散による放熱
を抑えてしまう。このため,フィルム下の地温が,露地の地温以下にな
らず,むしろそれ以上になってしまうという問題があった(3頁1∼。」
6行)
(ウ)「この考案は,このような従来の問題点を解決するためになされたも
ので,夏期のように暑く直射日光の強いときであっても,地面からの水
,,分蒸散による放熱をほどよく促進して地温を露地の地温以下に保持し
藁を敷いたときの地温並みに近づけることができるマルチング資材を提
供することを目的とする(3頁7∼13行)。」
「〔〕,(エ)課題を解決するための手段この考案に係るマルチング資材は
坪量が20∼100g/㎡,可視光線の反射率が60%以上,通気性が
0.5∼200秒/100cc/c㎡の熱可塑性樹脂製不織布からなる
ものである(3頁14∼19行)。」
(オ)「坪量を20∼100g/㎡としたのは,20g/㎡未満ではマルチ
ング資材としての強度が不足するとともに,反射率が低下し,100g
/㎡を越えると,通気性を付与できなくなり,コスト高になるためであ
る・・・可視光線(波長400∼800nm)の反射率を60%以上。
としたのは,60%未満では地温を露地のそれ以下に保持し難くなるた
めである・・・通気性(JISL1096のガーレー法による)を。
0.5∼200秒/100cc/c㎡としたのは,0.5秒/100c
c/c㎡未満では,不織布自体の強度が不足するとともに,高反射率を
維持するのが困難になり,200秒/100cc/c㎡を越えると,地
面からの水分蒸散による放熱効果が低くなるためである・・・(4頁。」
7行∼5頁3行)
(カ)「なお,上記不織布に,面積が0.2∼20m㎡の細孔を,0.1∼
20個/c㎡の密度で設けることにより,水分蒸散効果を安定化するこ
とが可能である・・・また,細孔を設ける他の利点は,これを設けた。
マルチング資材の上から散水,施肥等ができることである(5頁11。」
∼18行)
(キ)「作用〕上記マルチング資材は,坪量が20∼100g/㎡で,〔
0.5∼200秒/100cc/c㎡の通気性を有しており,しかも可
視光線の反射率が60%以上で遮光性(日陰の効果)を有するので,夏
期のように暑く直射日光の強いときでも,地面からの水分蒸散による放
熱をほどよく促進し,地温を露地の地温以下に保持し,藁を敷いたとき
の地温並に近づけることができる(6頁16行∼7頁4行)。」
ウ以上によれば,引用例2に記載の技術事項は,マルチング資材にフィル
ムを用いた場合に,フィルム下の地温が露地の地温以下にならず,むしろ
それ以上になってしまうという問題を解決するため,夏期のように暑く直
射日光の強いときであっても,地面からの水分蒸散による放熱をほどよく
促進して,地温を露地の地温以下に保持し,藁を敷いたときの地温並みに
近づけることができるマルチング資材を提供することを目的とするもので
あると認められる。
そして,上記記載において「フィルム下の地」と「露地」とが区別さ,
れている(イ(イ)参照)ことからすれば「露地の地温以下に保持」される,
「地温」とは,マルチング資材の下の培地の温度を意味することは明らか
であるから,引用例2の技術事項における課題とは,培地の温度を露地の
温度よりも上昇しないように抑えること,すなわち「培地の温度上昇を,
抑制すること」であると認められる。
エこれに対し,原告は,マルチング資材は栽培作物の株元を上面から覆う
,,,資材であり栽培土壌を袋状にして包むものではないから引用例2には
「袋内の培地ないしは用土の温度上昇を抑制する」という,引用例1と共
通の課題は存在しないと主張する。
しかし,既に述べたところから明らかなとおり,引用発明も,引用例2
の技術事項も,植物の育成に用いる「土」自体の温度上昇を抑制するとい
う課題を有する点で共通するものであり,ただ,その「土」が,引用例1
においては袋に入れられた用土とされ,引用例2においては露地からは区
別されたマルチング資材の下の培地とされている点に,差異があるにすぎ
ない。
そして,審決は,相違点の判断において「袋内の培地ないしは用土の,
温度上昇を抑制するという共通の課題を有する(審決5頁1行)と認定」
するに当たり,引用例2の技術事項における熱可塑性樹脂製不織布として
の性質を取り上げてその作用効果を検討するに止まり,同不織布を袋状に
して栽培土壌を包むという技術事項を何ら取り上げていないことからすれ
ば,審決の上記説示は,引用発明と引用例2の技術事項が,植物の育成に
用いる「土」自体の温度上昇を抑制するという課題を有する点で共通する
ことを表現したものであって,マルチング資材を袋状にして用いることを
意味するものではないと理解することができるから,審決の同説示に誤り
があるとはいえない。
(3)以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
4取消事由2(組合せの困難性)について
(1)前記のとおり,本願発明と引用発明との一致点が「袋状物を形成し,この
袋状物内に植物を育成できる培地を充填した植物育成床」である点であり,
相違点は「本願発明は,袋状物を「坪量が20∼100g/㎡,可視光線,,
の反射率が60%以上,通気性が10∼200秒/100ccの熱可塑性樹
脂製不織布であって,この不織布は水蒸気は透過するが液体は透過しない不
,,,織布でありこの不織布をもって筒状角柱体状等に形成しているのに対し
引用発明では,光反射性の材質のものを使用しているが,他の限定事項は有
していない点である」ことは当事者間に争いがない。
そして,上記3(2)イ(エ),(オ)のとおり,引用例2には,強度・反射率お
よび通気性・コストを考慮して坪量を,地温を露地のそれ以下に保持するた
めに可視光線の反射率を,強度・高反射率の維持および水分蒸散による放熱
効果の低下を防ぐために通気性を,それぞれ,本願発明と同程度に限定した
熱可塑性樹脂製不織布を,培地の温度上昇を抑制するために用いることが記
載されている。また,上記のように通気性を規定していること,同(カ)のと
おり,散水に当たって細孔を設けることが有効である旨の記載があることか
らすれば,この不織布は,水蒸気は透過するが液体は透過しないものである
と認められる。さらに,上記3エに述べたとおり,引用発明と引用例2に記
載の技術事項は,培地ないし用土の温度上昇を抑制するという共通の課題を
有するものであり,かつ,両者がいずれも植物の育成に関するものであるこ
とを併せ考慮すれば,引用発明の袋の材料として,引用例2に記載の熱可塑
性樹脂製不織布を採用することは,当業者(その発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者)であれば格別困難なことではなく,その際,
該袋の形状を,筒状,角柱体状等に形成することは,当業者が通常の創作能
力を発揮して適宜になし得た設計的事項にすぎないといえる。
そうすると,引用発明に引用例2の技術事項を適用することによって,上
記相違点に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たと
いうべきである。
(2)これに関し原告は,引用例2に記載されたマルチングには土壌を袋状に包
むという意味は存在しないから,引用発明の袋の材料として,引用例2に記
載の熱可塑性樹脂製不織布を採用することは困難であると主張する。
しかし,引用例2の記載上,引用例2に記載の熱可塑性樹脂製不織布を採
用することと,植物の栽培方法としてマルチング栽培を採用することが,不
可分一体のものとしてひとまとまりの技術的思想を構成していると解すべき
事情は見当たらない。このことは,土壌の連続・不連続性や根の伸張やイオ
ン交換体の配合の有無について原告がるる主張する事項を考慮したとして
も,左右されるものではない。かえって,上記3(2)エに述べたとおり,袋
栽培に関する引用発明とマルチ栽培に関する引用例2記載発明とは,植物の
育成に用いる「土」自体の温度上昇を抑制するという基本的な課題において
共通し,しかも,両者の差異は,植物の育成という共通の基盤を前提とした
上での栽培方法の違いにすぎないことからすれば,マルチングという概念に
畑の土壌を袋状に包むという意味が存在しないからといって,引用発明の袋
の材料として,引用例2に記載の熱可塑性樹脂製不織布を採用することが,
当業者にとって困難になるとは考え難い。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(3)また原告は,引用例1において不織布が唯一鉢にのみ用いられていること
からすると,たとえ当業者が引用例2に記載された熱可塑性樹脂製不織布を
引用例1に適用することを検討したとしても,袋ではなく鉢に利用しようと
考えるのがせいぜいであるとして,引用例1の上記記載は引用例2の不織布
を引用発明の袋の素材として採用する上で阻害要因として働くと主張する。
しかし,引用例1(甲1)には「本考案の収容体は,鉢を使用しない場,
合には袋に植木の植わった用土を入れて袋を絞っていき,開口面積を所定値
になるよう調節すればよい・・・(7頁11∼13行)として「鉢」を。」,
使用せず,袋に直接用土を入れる態様が示されているし,審決の認定に係る
引用発明(当事者間に争いがない)は「簡便な容器として,袋を用い,袋,
内の温度上昇を抑制するため光反射性の材質のものを使用し,該光反射性の
」,袋内に植物を生育できる用土を収納した袋状植物収容体というものであり
原告が主張する「鉢」は構成要素とはされていないのであるから,原告の主
張は,その前提を欠き,失当である。
(4)さらに原告は,マルチ栽培では,植物の根が土壌深部に伸張してその水分
を吸収するのに対し,袋栽培では土壌深部の水分吸収は不可能であるという
本質的な違いがあるから,袋栽培にいかなる資材を適用できるかは,実験を
長い間継続しなければ明らかにならないところ,本願発明は,実施例1,2
のとおり,各種資材について継続的な研究を行った上で「坪量が20∼1,
00g/㎡,可視光線の反射率が60%以上,通気性が10∼200秒/1
00ccの熱可塑性樹脂製不織布であって,この不織布は水蒸気は透過する
が液体は透過しない不織布」が,収穫量,病害虫の発生,培地の苔,藻の発
生の点で優れた作用効果を発揮できることを見出して,完成されたものであ
るから,本願発明の作用効果は,引用発明及び引用例2記載の技術事項に基
づいて予測し得るものではないと主張する。
しかし,前記のとおり「坪量が20∼100g/㎡,可視光線の反射率,
が60%以上,通気性が10∼200秒/100ccの熱可塑性樹脂製不織
,」,布であってこの不織布は水蒸気は透過するが液体は透過しない不織布は
引用例2に記載されている事項そのものであって,それを引用発明の袋栽培
(,)に適用したことによる植物育成上の作用効果収穫量培地の苔・藻の発生
が予測し得ないものということはできない。
また,本願明細書(甲3)には「0010【作用】培地を不織布製袋,【】
状物に充填した育成床であるので持ち運びが容易であり,作物の切替えに応
じて適正な培地に取替えることができ,また,不織布の袋状物の内面を黒色
としたので作物の根に当たる可視光線の量が少なくなると共に培地は周囲か
ら遮断され,病原菌の感染の恐れがなく,また,肥料等の流失もないため投
与量を少なくすることができる「0031【発明の効果】本発明の植。」,【】
,,,。」物育成床は持ち運びが容易でありまた病虫害の発生が極めて少ない
との記載がある。これらの効果のうち,持ち運びの容易性は,引用発明と同
様に袋状物としたことによるものであるし,病虫害の発生が極めて少ない点
も,引用発明と同様に袋状物としたことにより培地が周囲から遮断され,ま
たは引用例2に記載の技術事項のように培地と周辺とを仕切ることによるも
のと認められる。そして,これらの作用効果は,いずれも引用発明及び引用
例2に記載の技術事項から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
5結論
以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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