弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     被上告人の請求を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人榎本峰夫、同中川潤の上告理由一、二について
 一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、D(以下「D」という。)に対する東京法務局所属公証人E作成
の昭和六三年第二七七号譲渡担保付金銭消費貸借公正証書の執行力のある正本に基
づいて、平成元年七月三一日、Dが株式会社F銀行(以下「F銀行」という。)に
対して有する普通預金債権を差し押さえたが、差押時の同預金債権の残高は五七二
万二八九八円とされていた。
 2 被上告人は、株式会社G(以下「G」という。)から、東京都大田区所在の
建物の一部を賃料一箇月四六七万〇一三〇円で賃借し、毎月末日に翌月分賃料をG
の株式会社H銀行I支店の当座預金口座に振り込んで支払っていた。また、被上告
人は、Dから通信用紙等を購入し、その代金をDのF銀行J支店の普通預金口座に
振り込む方法で支払っていたことがあったが、昭和六二年一月の支払を最後に取引
はなく、債務もなかった。右普通預金口座は、DとF銀行との間の普通預金取引契
約によるものであるところ、右契約の内容となる普通預金規定には、振込みに関し
ては、これを預金口座に受け入れるという趣旨の定めだけが置かれていた。
 3 被上告人は、Gに対し、平成元年五月分の賃料、光熱費等の合計五五八万三
〇三〇円を支払うため、同年四月二八日、F銀行I支店に右同額の金員の振込依頼
をしたが、誤って、振込先をF銀行J支店の前記Dの普通預金口座と指定したため、
同口座に右五五八万三〇三〇円の入金記帳がされた(以下「本件振込み」という。)。
上告人が差し押さえたDの普通預金債権の残高五七二万二八九八円のうち五五八万
三〇三〇円(以下「本件預金債権」という。)は、本件振込みに係るものである。
 二 被上告人の本件請求は、上告人の強制執行のうち本件預金債権に対する部分
につき、第三者異議の訴えによりその排除を求めるものであるが、原審は、右事実
関係の下に、次のとおり判示して、被上告人の請求を認容した。
 1 振込金について銀行が受取人として指定された者(以下「受取人」という。)
の預金口座に入金記帳することにより受取人の預金債権が成立するのは、受取人と
銀行との間で締結されている預金契約に基づくものであるところ、振込みが振込依
頼人と受取人との原因関係を決済するための支払手段であることにかんがみると、
振込金による預金債権が有効に成立するためには、特段の定めがない限り、基本的
には受取人と振込依頼人との間において当該振込金を受け取る正当な原因関係が存
在することを要すると解される。ところが、本件振込みは、明白で形式的な手違い
による誤振込みであるから、他に特別の事情の認められない本件においては、Dの
F銀行に対する本件預金債権は成立していないというべきである。
 2 そうすると、本件振込みに係る金員の価値は、実質的には被上告人に帰属し
ているものというべきであるのに、外観上存在する本件預金債権に対する差押えに
より、これがあたかもDの責任財産を構成するかのように取り扱われる結果となっ
ているのであるから、被上告人は、右金銭価値の実質的帰属者たる地位に基づき、
本件預金債権に対する差押えの排除を求めることができると解すべきである。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 1 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込
依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわら
ず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に
対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である。けだし、
前記普通預金規定には、振込みがあった場合にはこれを預金口座に受け入れるとい
う趣旨の定めがあるだけで、受取人と銀行との間の普通預金契約の成否を振込依頼
人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の有無に懸からせていることをう
かがわせる定めは置かれていないし、振込みは、銀行間及び銀行店舗間の送金手続
を通して安全、安価、迅速に資金を移動する手段であって、多数かつ多額の資金移
動を円滑に処理するため、その仲介に当たる銀行が各資金移動の原因となる法律関
係の存否、内容等を関知することなくこれを遂行する仕組みが採られているからで
ある。
 2 また、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在しな
いにかかわらず、振込みによって受取人が振込金額相当の預金債権を取得したとき
は、振込依頼人は、受取人に対し、右同額の不当利得返還請求権を有することがあ
るにとどまり、右預金債権の譲渡を妨げる権利を取得するわけではないから、受取
人の債権者がした右預金債権に対する強制執行の不許を求めることはできないとい
うべきである。
 3 これを本件についてみるに、前記事実関係の下では、送信は、F銀行に対し、
本件振込みに係る普通預金債権を取得したものというべきである。そして、振込依
頼人である被上告人と受取人であるDとの間に本件振込みの原因となる法律関係は
何ら存在しなかったとしても、被上告人は、Dに対し、右同額の不当利得返還請求
権を取得し得るにとどまり、本件預金債権の譲渡を妨げる権利を有するとはいえな
いから、本件預金債権に対してされた強制執行の不許を求めることはできない。
 四 そうすると、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があ
り、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その趣旨をいう
論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に判示したところによ
れば、被上告人の本件請求は理由がないから、右請求を認容した第一審判決を取り
消し、これを棄却すべきものである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    福   田       博

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