弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告大分県代表監査委員が原告に対し、平成九年一一月二七日付けでした別紙
一の「請求に係る公文書の件名」欄記載の文書における同別紙「非公開事項」欄記
載の部分の一部非公開決定処分のうち、別紙三の「臨時監査委員協議会の結果につ
いて(H九・七・四)」添付の「住民監査請求事実証明書宿泊費支給一覧表」中の
教育委員の氏名の記載を除いた部分及び「住民監査請求の要件審査表」中の審査項
目、請求内容等の部分を非公開とした部分を取り消す。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用の二〇分の一と被告大分県代表監査委員に生じ
た費用の一〇分の一を被告大分県代表監査委員の負担とし、原告及び被告大分県代
表監査委員に生じたその余の費用並びに被告大分県に生じた費用を原告の負担とす
る。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告大分県代表監査委員が原告に対し、平成九年一一月二七日付けでした別紙
一の「請求に係る公文書の件名」欄記載の文書における同別紙「非公開事項」欄記
載の部分(「住民票の交付について(平九・六・二三監査第一七四号)」における
個人の生年月日、「監査委員協議会での結果について(平九・七・四)」における
住民監査請求書のうちの請求人の職業、生年月日及び住民票を除く。)の一部非公
開決定処分をいずれも取り消す。
2 被告大分県は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一〇年二月五日
から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
 原告は、大分県の区域内に住所を有する個人であり、被告大分県代表監査委員
(以下「被告代表監査委員」という。)は、地方自治法一九九条の三第二項、大分
県監査委員規程(平成三年大分県監査委員告示第一号による改正後のもの)三条七
号に基づき、別紙四記載の大分県情報公開条例(昭和六三年大分県条例第三一号、
以下「本件条例」という。)二条一項所定の実施機関たる大分県監査委員(以下
「監査委員」という。)から、情報公開に関する事務の処理についての権限の委任
を受けた者である。
2 行政処分
(一) 原告は被告代表監査委員に対し、平成九年一一月六日、同年六月二〇日に
原告外四名が提出した大分県教育委員会(以下「教育委員会」という。)の旅費
(宿泊料)に関する監査請求(以下「本件住民監査請求」という。)の審理に係る
一切の資料について、写しの交付の方法による公開を請求した(以下「本件公文書
公開請求」という。)。
(二) 被告代表監査委員は、平成九年一一月二七日、本件請求に係る公文書の件
名を別紙一「請求に係る公文書の件名」欄及び別紙二各記載の公文書と特定した
上、別紙二記載の公文書については公開し、別紙一「請求に係る公文書の件名」欄
記載の公文書のうち「非公開事項」欄記載の部分については、同別紙「公文書の一
部を開示しない理由」欄記載のとおり本件条例九条一号(平成九年大分県条例第三
六号による改正前のもの。)、七号(以下「九条一号」、「九条七号」という。)
に該当するとの理由で非公開とし、その余の部分について公開する旨の公文書一部
公開決定をした(以下、右決定を「本件処分」といい、本件処分中、「住民票の交
付について」における個人の生年月日、「監査委員協議会での結果について」にお
ける住民監査請求書のうちの請求人の職業、生年月日及び住民票を非公開とする部
分を除く非公開部分について「本件非公開処分」といい、本件非公開処分の対象公
文書を「本件非公開文書」という。)。
3 本件非公開処分の違法性
 しかし、本件非公開処分は、九条一号、七号所定の非公開事由の解釈運用を誤っ
たもので違法である。
4 本件処分に係る不法行為
(一) cは、被告代表監査委員として、被告大分県の公権力の行使に当たる公務
員であり、その職務を行うについて、本件処分をした。
(二)(1) しかし、本件非公開処分は前記のとおり本件条例の解釈運用を著し
く誤った明らかに違法な処分であって、これにより原告の公文書公開請求権を侵害
したものである。
(2) そのうえ、a外一二名が「皇太子御成婚記念庭園」に関する県費の支出の
違法性を指摘して大分県職員措置請求を行った際の監査(以下「別件住民監査請
求」という。)の一切の資料について、aが大分県代表監査委員に対し平成六年一
二月一日付けでした公文書公開請求(以下「別件公文書公開請求」という。)につ
いては、同年一二月一七日付けで公文書一部公開決定(以下「別件処分」とい
う。)がされたが、同一の性質の文書について、本件処分と比較すると格段に広い
範囲で公開されている。
 このように、同一の条例、同一の運用指針のもとで、別件処分と比較して本件処
分における公開範囲が著しく限定されていることからすると、同じ県民でありなが
ら原告を著しく差別したものであって、違法である。
(三) そして、cは、被告代表監査委員として、本件処分以前の同種の公文書公
開請求に対する運用を知り得る立場にあったのであるから、(二)の違法行為につ
いて少なくとも過失がある。
(四) 原告は(二)の違法行為を受けたことにより強い精神的苦痛を受け、その
苦痛を慰謝するには金一〇〇万円をもってしても足りない。
5 よって、原告は本件非公開処分の取消しとともに、被告大分県に対し、国家賠
償法一条一項に基づく損害賠償請求として金一〇〇万円及びこれに対する不法行為
後の日である平成一〇年二月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による
遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否・反論
1 請求原因1(当事者)、2(行政処分)の各事実は認める。
2 同3(本件非公開処分の違法性)の主張は争う。
3 同4(本件処分に係る不法行為)の(一)の事実は認め、同(二)の(1)の
主張は争い、同(2)のうち、別件公文書公開請求に対し別件処分がされたことは
認め、その余の事実は否認し、主張は争い、同(三)、(四)の各事実は否認し、
主張は争う。
 別件住民監査請求に係る監査と本件住民監査請求に係る監査とでは事案が異なる
ので、別件処分と本件処分とを比較して、原告を差別したということはできない。
 また、仮に本件非公開処分が違法であるとしても、本件非公開文書が一見明白に
非公開事由に該当しないと断定できない以上、実施機関たる被告代表監査委員に故
意、過失はない。
三 抗弁―本件非公開処分の本件条例九条一号、七号該当性
1 本件非公開文書の内容
 本件処分の対象公文書の文書名、種類・内容、記載情報、非公開該当箇所は別紙
三のとおりである。
 このうち、本件非公開文書は、① 請求人が本件住民監査請求書に添えて提出し
た事実証明書及び意見陳述の際に提出した追加事実証明書、② 本件住民監査請求
の形式的要件審査に当たって、大分県監査事務局(以下「監査事務局」という。)
で作成した資料、③ 臨時監査委員協議会による形式的要件審査の結果を記載した
公文書、④ 監査実施要領等、監査対象機関に対する監査の実施予定日の通知を記
載した公文書、⑤ 意見陳述の開催要領、進行次第を記載した公文書、⑥ 請求人
の意見陳述を記載した公文書及び陳述者が提出した意見陳述の要旨・追加事実証明
書・参考資料、⑦ 監査対象機関から取得した書類を添付し、事情聴取対象職員か
ら聴取した事項を記載した予備監査実施結果報告書、⑧ 委員監査の内容を記載し
た公文書、⑨ 監査委員協議会での合議対象となった結果公表文原案からなるもの
である。
 これらは以下のとおり九条一号又は七号に該当するものであるから、本件非公開
処分は適法である。
2 九条一号該当性
 意見陳述を記載した公文書及び意見陳述者が提出した意見陳述の要旨等は、次の
とおり、九条一号に該当する。
(一) 九条一号は、基本的人権を尊重する観点から、個人のプライバシーを最大
限に保護するため、特定の個人が識別され、又は識別され得るような情報が記録さ
れている公文書については、本号ただし書(以下「ただし書」という。)に該当し
ない限り、非公開とすべきことを定めたものである。
(二) 本件非公開文書のうち、地方自治法二四二条五項所定の意見陳述の機会に
おける意見陳述を記載した文書及び意見陳述者から提出のあった意見陳述の要旨、
右要旨とともに提出された参考資料の一部には、大分県報で公表することとなって
いる請求の要旨には記載されていない個人の思想・意見の表明が記載されており、
「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当する。
 そして、意見陳述の機会を公開するかどうかについては、監査委員の裁量に委ね
られており、大分県監査委員においては、意見陳述の機会を非公開で実施してお
り、意見陳述を記載した文書及び意見陳述の要旨等については、監査結果として大
分県報に公表はしていない。
 したがって、意見陳述・同要旨、参考資料については、ただし書ロの「公表する
ことを目的として作成し、又は取得した情報」には該当しない。
(三) 原告は、本件住民監査請求の請求人の一人であり、自らは意見陳述や意見
陳述の要旨の提出が第三者に知られることを承知のうえで行っていると主張してい
るが、公文書公開請求に当たっての公開の可否の決定は、住民監査請求の請求人の
個人的な主観を離れて客観的に行うべきものである。
 また本号は、特定の個人に関する情報が記録された公文書について公文書公開請
求があった場合、請求者が本人であるかどうかを問わず公開か非公開かの判断をす
ることを前提としており、本人以外の者から請求があった場合と同様に当該本人に
対しても非公開とすることを原則とするものである。
3 九条七号該当性
 本件非公開文書は、次のとおりいずれも九条七号に該当する。
(一) 九条七号は、県又は国等の機関が行う一切の事務事業に関する情報を対象
としており、事務事業の性質上、公開することにより、事務事業の目的に沿った成
果が得られなくなる場合、監査、用地買収などのように反復・継続して実施する事
務事業であって、当該事務事業のみならず、将来の同種の事務事業に支障を生ずる
おそれがある場合、その他公開することにより、県行政の公正かつ円滑な執行に著
しい支障を生ずるおそれがある場合には公開しないこととしたものである。
(二) 本号は、県又は国の機関が行う事務を例示的に列挙しているが、これら事
務の性質は必ずしも同一ではなく、各事務の性質を考慮して本号該当性を判断する
必要がある。
 そして、住民監査請求事務の手続をどのように行うかについては、監査委員の広
範な裁量に委ねられているものであるところ、監査委員がその裁量によって決定し
た意見陳述の開催要領、進行次第、監査実施要領及び監査方法の通知が記載された
公文書を公開すると、意見陳述の実施方針、監査の目的、監査対象事項、監査方法
等や今後の同種の住民監査請求事務の実施方法等が明らかとなり、著しい支障が生
ずるおそれがある。
 また、住民監査請求における監査には強制力がなく、監査委員の監査対象機関か
らの書類の提出、対象職員からの事情聴取については、右機関・職員の任意の協力
を得て、監査を実施しているものであるところ、予備監査結果報告書及び委員監査
の内容を記載した公文書が公開され、右書煩や事情聴取の内容等が明らかになる
と、右機関及び職員は安心して監査を受けることができなくなり、その結果、住民
監査請求について右機関・職員から協力が得られなくなって必要な情報の入手が困
難となり、合理的な監査の遂行不能といった事態が生じ、将来の住民監査請求事務
に著しい支障が生ずるおそれがある。
 さらに、住民監査請求に基づく監査の結果については、監査委員の合議、すなわ
ち意見の一致によるものとされている(地方自治法二四二条六項)ところ、形式的
要件審査の結果を記載した公文書、右審査のため監査事務局で作成した資料、監査
結果の協議内容を記載した公文書を公開すれば、監査結果についての合議の内容が
明らかとなり、今後の監査委員の自由な発言及び意見交換が妨げられ、合議に著し
い支障が生じ、将来の住民監査請求事務に著しい支障が生ずるおそれがある。
 そして、住民監査請求は、行為能力のある大分県民であれば、簡易に権利行使で
きるものであり、請求人によっては、監査過程を公開されたくない者もいる可能性
もあるが、請求人から取得した事実証明書・追加事実証明書、請求人の意見陳述の
記録及び陳述の要旨等を公開すれば、県民の中には、権利である住民監査請求を行
使しにくいと考える者がいることも予想され、将来の住民監査請求事務に著しい支
障を生ずるおそれがある。
四 抗弁に対する認否・反論
1 抗弁1(本件非公開文書の内容)のうち、本件処分の対象公文書の文書名、種
類・内容、非公開該当箇所が別紙三のとおりであることは認め、その余の事実は知
らない。
2 同2(九条一号該当性)の主張は争う。
(一) 九条一号の解釈について
 本件条例一条は、条例の目的として、「県民の公文書の公開を求める権利を明ら
かにする」と規定しており、この文言からすれば、本件条例による情報公開請求権
は、憲法二一条によって保障される「知る権利」に由来し、それを具体化するもの
というべきである。
 仮に、本件条例による情報公開請求権が、「知る権利」とは無関係に条例によっ
て創設されたとしても、その運用にあたっては、「知る権利」を間接的な解釈基準
としつつ、目的論的解釈がなされなければならない。
 そして、本件条例の各規定のうち、条例制定の目的を定めた一条、実施機関に県
民の情報公開請求権を十分に尊重する解釈・運用を求め、個人のプライバシーにつ
いての配慮を求める三条、非公開事由を具体的に限定列挙する九条、非公開決定の
場合の理由付記を求めた七条四項などが示している本件条例の目的、構造からする
と、あくまで公文書の公開が原則であって、非公開事由は厳格に限定解釈されるべ
きである。
 これらの観点からすると、九条一号は、個人のプライバシーの権利の保護を目的
とするものであるから、特定の個人が識別され又は識別され得る情報であっても、
その公開によって具体的に個人のプライバシーの権利の侵害が生じない場合には、
同号該当性は認められないというべきである。
(二) 意見陳述、同要旨、その参考資料の九条一号該当性について
 意見陳述・同要旨、その参考資料については、住民監査請求では、制度上請求人
の住所、氏名及び請求の内容等が県報で公表されることになっているのであり、も
ともと特定の個人が識別されることは避けられない。そして、通常意見陳述は請求
の内容を敷衍し、詳細に説明する内容であることからすれば、これを常にプライバ
シーに関わるものとして非公開事由に該当するものとすることは許されないし、意
見陳述の内容それ自体が常に「特定の個人を識別」する情報に当たるとは考えられ
ず、抽象的な一般論を展開しているような場合には個人の識別はできないと考えら
れる。さらに、同じ条例のもとで以前は意見陳述の記録を公開していたことからし
ても、被告の主張には合理性がない。
 仮に、意見陳述・同要旨、その参考資料が個人識別情報に該当するとしても、原
告本人に係るものは、原告本人が作成又は陳述し、意見陳述という公式の場で公表
した情報であり、またただし書ロには個人が公表を了承し、又は公表を前提として
提供した情報も含まれると解すべきところ、本件住民監査請求の意見陳述者らはい
ずれも、監査委員や列席した多数の大分県職員に意見を公表し、右意見等が監査結
果に反映されて広く県民に普遍化されることを希望しているのであるから、これら
はいずれもただし書ロに該当する。
 また、仮に公表目的情報に該当しないとしても、明らかにプライバシー保護と無
関係な原告本人の分についての非公開は許されないし、それ以外の陳述者の監査委
員に対する意見陳述等についても、陳述者としてはそれらが監査委員のみならず監
査事務局職員等広く第三者に知られることを承知しているのであり、その内容もプ
ライバシーに関するものではないのであるから、実質的にプライバシー侵害のおそ
れが全くない情報であり、九条一号該当情報として非公開とすることは許されな
い。
3 同3(九条七号該当性)の主張は争う。
(一) 九条七号の解釈について
 同号は、主として県の行政運営上の利益の保護を図る趣旨によるものであるが、
これについても厳格な限定解釈が求められるのであり、同号該当性の判断を、もっ
ぱら行政機関の利便性を基準に、その主観的判断に基づいて決するとすれば、その
範囲が不当に拡大する危険がある。したがって、同号の非公開事由に該当するか否
かの判断に当たっては、非公開情報が必要最小限度となるように、非公開によって
保護されるべき県の行政運営上の利益が実質的に保護に値する正当なものであるか
否か、公開による県の行政運営上の利益侵害のおそれが具体的に存在するといえる
のかを客観的に検討して判断すべきである。
 本件では、住民監査請求の結果は既に公開されており、審理過程の公開によっ
て、当該監査の結果の意思決定を妨げることがないことは明らかである。また将来
の監査に対する支障についての被告の主張も極めて抽象的であり、主観的な杞憂と
しかいえないような内容であって、到底本号該当性を基礎付けるものとは認められ
ない。
(二) 本件非公開文書の九条七号該当性の個別的検討
(1) 監査委員に広範な裁量が存在することは、むしろその裁量権行使の適正性
を担保するために広い公開が認められなければならない事情というべきであり、別
件処分に係る住民監査請求について監査方法等を公開したことで、その後の監査事
務に具体的に支障が生じたという事実も存在しない。
 また、意見陳述の開催要領、進行次第、監査実施要領及び監査方法の通知は、い
ずれも意見陳述や監査の予定、日程等を記載した形式的・手続的文書であり、その
公開によって将来の監査事務に支障を及ぼすことは考えられない。
(二) 次に、住民監査請求における監査に強制力がないといっても、監査委員
は、監査のため必要があると認めるときは、関係人の出頭を求め、若しくは関係人
について調査し、又は関係人に対し帳簿、書類その他の記録の提出を求めることが
できるのであるから(地方自治法一九九条八項)、これに対応して監査対象機関及
び事情聴取対象職員には当然に調査協力義務がある。
 そして、本件住民監査請求の予備監査、委員監査で対象者から収集、調査した内
容は、いずれも客観的な事実関係と公文書にとどまるものであり、これを公開して
も監査結果に結びついたか否かは明らかでなく、監査の内容は監査請求ごとに異な
るのであるから、これらが公開されても、将来の監査に支障が生じるとは認められ
ない。
(3) また、監査委員からの自由な発言や意見交換が妨げられるとの主張につい
ては、監査委員は人格が高潔で、財務管理、事業の経営管理等について優れた識見
を有する者から選任され(地方自治法一九六条一項)、常に公正不偏の態度を保持
して監査をする義務を課せられているのであるから(同法一九八条の三第一項)、
議論の公開によって発言が左右される具体的な危険性はない。
 そして、形式的要件審査の結果を記載した公文書には合議の過程は記載されず、
また監査事務局が形式的要件審査のために作成した資料によっては監査委員の自由
な意見交換は拘束されないし、監査委員協議会の結果公表文には協議の内容は記載
されていないから、これを公開しても監査委員各自の意見や合議の内容は明らかに
はならず、将来の監査に支障を及ぼすおそれはない。
(4) さらに、他の住民の中には、監査過程を公開されると住民監査請求を行使
しにくいと考える者がいることも予想されるとの主張は、情報公開の可否の判断は
請求人の個人的な主観を離れて客観的に行うべきだとする被告の立場と矛盾があ
る。情報公開条例の解釈基準たる「知る権利」の観念や、条例自体の原則公開徹底
の立場を前提とすれば、情報公開に消極的な意見を持つ個人が存在する可能性を条
例の解釈に持ち込むことは許されない。
 そして、事実証明書は請求の要旨を根拠付ける資料であり、意見陳述は請求の要
旨を敷衍するものであるから、これを公開されたくない請求人がいるという極めて
例外的なケースを想定して将来の監査に支障ありとするのは、著しく主観的、恣意
的な解釈である。
第三 証拠
 本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。
       理   由
一 請求原因1(当事者)、2(行政処分)の各事実はいずれも当事者間に争いが
ない。
二 本件非公開処分の適法性について
1 本件住民監査請求の手続、経過等(争いのない事実、甲第三号証の三の一ない
し3、四、六の1、2、七、八、九の1、2、第四号証の五の1ないし5、第六号
証の一四の9、乙第二、第三号証、証人b、弁論の全趣旨)
(一) 原告外四名は、平成九年六月二〇日、監査委員に対し、地方自治法二四二
条一項の規定に基づき、教育委員会の平成八年一月から五月までに行われた定例会
議及び臨時会議に係る宿泊はいわゆるカラ宿泊であり、これに対し教育委員の宿泊
費(旅費)合計五一万二〇六〇円を支出したのは違法であるなどと主張して、① 
決裁者、本来の決裁権者に対して、違法に支出された宿泊費相当分の損害を連帯し
て賠償させること、② 宿泊費を受け取った教育委員に対して、宿泊費相当分を返
還させることのいずれかの措置をとることを求める旨の本件住民監査請求をした。
(二) 本件住民監査請求書及びこれに係る事実証明書の提出を受けて、同年七月
四日、臨時監査委員協議会において、本件住民監査請求の形式的要件等についての
審議がされ、監査委員による合議の結果、これを受理することとしたが、右請求の
うち、地方自治法二四二条二項所定の監査請求期間内に請求のあった平成八年五月
の教育委員会の会議に係る旅費の支出についてのみ、監査の対象事項とすることと
なった。
(三) そして、同年七月一四日、本件住民監査請求に係る地方自治法二四二条五
項に基づく意見陳述及び証拠の提出の機会が設けられ、右請求者のうち原告外三名
が意見陳述を行った。監査委員においては、従前から意見陳述等の機会を非公開で
実施しており、本件住民監査請求に係る意見陳述等も非公開で実施された。
 一方、監査の実施に当たっては、大分県教育庁(以下「教育庁」という。)総務
課を監査の対象機関とし、監査事務局職員による予備監査及び監査委員による委員
監査が行われ、大分県教育長及び関係職員から事情を聴取するとともに、教育委員
会会議録、旅行命令簿、支出負担行為決議書、旅費請求書及び支出命令書等関係書
類を調査した。右予備監査、委員監査はいずれも非公開で実施された。
(四) 右監査の実施を経て、同年七月二八日、監査委員協議会で本件住民監査請
求に係る監査結果についての合議がされ、右合議の結果、平成八年一月ないし四月
に行われた教育委員会の会議に係る旅費の支出については、いずれも支出のあった
日から一年経過後に監査請求がされており、監査請求期間の経過について「正当な
理由」は認められず、不適法な監査請求であるとして却下し、同年五月に行われた
右会議に係る旅費の支出については、教育委員が宿泊をした事実がないのに宿泊が
承認され、宿泊料等の支出が行われており、不適正な予算執行が行われていたが、
監査の過程で、関係職員個人が大分県に対し、右不適正な支出額につき補てん措置
をとった事実が確認され、結果として右支出についての措置請求は実質的要件を欠
くに至ったのでこれを棄却することとされた。
(五) そして、右監査結果は、地方自治法二四二条三項、大分県監査委員条例八
条の規定に基づき、同年七月三〇日、原告ら請求人に通知されるとともに、同月三
一日、大分県報に登載されて公表された。右公表文には、請求人の住所氏名、請求
年月日、請求を受理した旨、請求の要旨(本件住民監査請求書の原文のままのも
の。事実証明書は省略。)、証拠の提出及び意見陳述の機会を与えた旨(いずれの
請求人が意見陳述をしたか、意見陳述の内容、意見陳述の際に提出した証拠資料等
は記載されていない。)、監査の対象機関、関係職員等から事情聴取した旨、関係
書類を調査した旨、右事情聴取・調査により把握された事実関係の概要、前記監査
結果に係る監査委員の判断が記載されている。
 なお、a外一四名による別件住民監査請求に係る監査結果の公表(平成六年一二
月二日大分県報号外)においても、いずれの請求人が意見陳述を行ったか、意見陳
述の内容、右陳述の際に提出した証拠資料等は記載されていない。
2 本件非公開文書の内容(争いのない事実、甲第三号証の三の1ないし3、四、
五、六の1、2、七、八、九の1、2、第四号証の三の1、第五号証の三の3、
5、6、四の2、第六号証の二の3ないし5、三の2、四の2ないし16、第一二
号証の1ないし12、第一三、第一四号証、乙第三号証、証人b、弁論の全趣旨)
 本件住民監査請求に当たって、監査委員又は監査事務局の職員において作成又は
取得し、決裁又は供覧の手続を終了し、監査委員において管理している公文書の文
書名、種類・内容、記載情報、被告代表監査委員の主張する非公開該当箇所は別紙
三のとおりである。
 そのうち、本件非公開文書の内容、記載情報は次のとおりである。
(一) 「臨時監査委員協議会の結果について(H九・七・四)」添付の公文書
(1) 請求人が本件住民監査請求に添えて提出した事実証明書で、平成八年中の
教育委員会の会議録、右会議に係る支出関連文書、右各文書に係る請求人宛の公文
書一部公開決定通知書等からなるもの
(2) 請求人が本件住民監査請求に添付した宿泊費一覧表が正しいかどうかの確
認のため、監査事務局において右請求の対象とされた教育委員会の会議に係る旅費
支給額、支出負担行為・支出命令・支出の年月日、教育委員の氏名を一覧表で整理
し作成した「住民監査請求事実証明書宿泊費支給一覧表」(以下「支給一覧表」と
いう。)
(3) 本件住民監査請求の要件審査を行うため、監査事務局が、審査項目、請求
内容等、審査内容及び補正の可否、判定結果を記載した「住民監査請求の要件審査
表」(以下「要件審査表」という。)
 審査項目として、住民監査請求書の様式、字数制限、請求人の資格要件、機関又
は職員の特定、事実証明書の添付、監査請求期間制限等の形式ないし手続要件、請
求対象の財務会計行為該当性、当該行為の違法性・不当性、行為の特定性・具体
性、措置請求の明記等の請求の内容に関する要件、本件住民監査請求の受理の可否
等の審査項目が列記され、右各項日ごとに請求内容等の欄で本件住民監査請求書の
記載を引用し、右各項目について審査内容及び補正の可否の欄で審査の内容・結果
が列記され、判定結果の欄で監査委員の合議による審査の結果を○×方式で記入す
る様式となっている。
 また、本件住民監査請求の一部は旅費の支出日から一年経過後にされたものであ
ったため、地方自治法二四二条二項ただし書の「正当な理由」の審査に関する一般
的な記述もされている。
(4) 右「正当な理由」の有無の審査に当たり、監査事務局が正当な理由の判断
基準について判例等を調査し、見解をまとめた結果を報告した「正当な理由につい
て」
(二) 「住民監査請求に係る陳述の開催要領について(H九・七・九)」添付の
監査事務局作成に係る公文書
(1) 意見陳述開催の日時、場所、出席者のほか、記録方法、報道機関への対応
等について記載した「意見陳述開催要領」
(2) 意見陳述の際の監査事務局、被告代表監査委員の発言内容の予定等を記載
した「意見陳述の進行次第」
 被告代表監査委員の発言として、意見陳述の趣旨が、住民監査請求の記載事項の
補足やこれに関する新たな証拠の提出の機会を設けることにあり、請求書の記載事
項を超えた陳述を採用することができないことや、予定時間、発言方法等について
の注意事項が記載されている。
(三) 「住民監査請求に基づく監査の実施要領の策定及び実施通知について(H
九・七・一一監査第二三九号)」添付の監査事務局作成に係る公文書
(1) 本件住民監査請求の監査目的、監査対象事項、監査方法、監査対象課及び
事情聴取対象職員、監査実施職員、監査実施日、監査の内容等に関する予定を記載
した「大分県職員措置請求実地監査実施要領(案)」(以下「監査実施要領」とい
う。)
(2) 本件住民監査請求の受理後の事務処理の日程を記載した「日程表」(以下
「事務処理日程表」という。)
(3) 本件住民監査請求に係る監査事務についての日程を記載した「住民監査請
求監査事務」(以下「監査日程表」という。)
(4) 監査実施予定日の大分県教育長宛通知を記載した「住民監査に係る監査の
実施について」(以下「監査実施通知」という。)
(四) 「住民監査に係る意見陳述の開催について(供覧)(H九・七・一六)」
添付の公文書
(1) 原告外三名による意見陳述をテープレコーダーに録音し、監査事務局職員
がテープ起こしをして筆記した意見陳述の記録
 右意見陳述においては、本件住民監査請求の要旨の範囲内の陳述の外、次のとお
りの陳述がされている。
 一人目の陳述者である原告は、教育委員会に対して請願を行い、それに対する教
育委員会や教育庁の対応について知るため、本件住民監査請求以前から教育委員会
の会議に関心を持っており、同委員会に対し公文書公開請求を行っていたこと、請
願に至ったのは、高校入試に関して不公正さを経験し、その不正の解決に努力した
が解決できなかったことが原因であることや、右請願に対する教育庁の対応につい
ての批判を述べている。
 二人目の陳述者は、おおいた・市民オンブズマンの一員として、大分県知事等に
対し、公開質問状などにより、不正支出に関する調査の申入れをしてきたこと、監
査事務局の県外出張等に係る公文書の公開請求について公開度が低いこと、今後お
おいた・市民オンブズマンが旅費に関する全庁的な調査を要請する予定であること
などを述べている。
 三人目の陳述者は、旅行における宿泊料の支出の一般的な事項についての意見を
述べている。
 四人目の陳述者は、平成九年一月一〇日に教育委員会に対する公文書公開請求を
したところ、過去の公開請求の事案と比較して、公務員の氏名等を非公開とするな
ど、公開の範囲が狭くなっていることなどを述べている。
(2) 右陳述者のうちの一人目(原告)、二人目、四人目の者が意見陳述に先立
って大分県監査委員に提出した「意見陳述の要旨」
 その内容は、概ね①の意見陳述と同様であるが、原告の提出した同要旨中には、
原告が県立高校の教員である旨の記載があり、二人目の陳述者の同要旨には同陳述
者の住所、氏名の、四人目の陳述者の同要旨には同陳述者の氏の記載がある。
(3) 原告が意見陳述の際に提出した追加事実証明書で、平成八年一月及び二月
の教育委員会の開催に係る食糧費の支出関係書類、右書類の公文書一部公開決定通
知書、原告が教育委員会に対して提出した請願書等からなるもの
(4) 原告が意見陳述の際に意見陳述の要旨とともに提出した参考資料で、左記
各文書からなるもの
① 原告が教育委員会に提出した平成八年六月二七日付、同年一二月六日付各「入
試の公正さの回復を求める請願書」
 原告が大分県内の県立高校における情実入試問題について、教育委員会に請願
し、そのための意見陳述を申し立てた請願書であり、いずれにも原告の住所、氏名
が記載され、また同年六月二七日付けのものには、原告の職業、勤務する高校名、
同高校における情実入試問題に関する原告の意見等が記載されているほか、いずれ
にも原告の教育委員に対する意見陳述の要求が記載されている。
② 原告が教育委員会に提出した平成八年七月九日付意見書
 ①の平成八年六月二七日付請願書に引き続き再度意見陳述を申し立てたもので、
①と同様の原告の意見等が記載されているほか、原告の住所、氏名が記載されてい
る。
③ 大分県教育委員会の決裁伺書三部
 うち二部は、原告が提出した①の請願に関する取扱方針等に関するもの、その余
の一部は、高等学校入学者選抜の実施等に関する各県立学校宛通知に関するもので
ある。
④ ①、②の請願、意見陳述の申立てやこれに関連する大分県高等学校教職員組合
の対応について報道した新聞記事のコピー四通
 右請願等に関する報道では、原告については匿名であるが、大分市内の県立高校
教諭であることや、その年齢等が報道されている。
(五) 「住民監査請求に係る予備監査の実施結果について(H九・七・一八)」
添付の公文書のうち、監査事務局職員による予備監査の結果を記載した予備監査実
施結果報告書
 右報告書は、全体で五二頁に及び、一頁には事情聴取対象職員、監査実施職員及
び調査事項等予備監査の概略を記載し、二頁以降に具体的な予備監査の内容を記載
しており、調査事項は「教育委員会開催の状況、事実の確認等」、「旅行命令の裁
量権の範囲について」、「費用弁償(旅費)の支出について」、「公文書公開手続
について」となっており、右調査事項ごとに、調査の目的、事情聴取対象職員、聴
取者、調査の内容等に整理され、監査事務局職員が事情聴取対象職員から聴取した
口頭での陳述内容を右職員ごとに記載している。そして、右陳述をふまえて、監査
対象課から入手した監査対象事項に係る支出関係書類、旅行命令簿、旅費請求書、
教育委員会会議録等の原本の写しを証拠書類として添付し、右書類で確認した内容
を監査事務局職員が整理して記載している。
(六) 「住民監査請求に係る委員監査について(H九・七・二二)」添付の「委
員監査の状況」
 大分県監査委員が委員監査として、監査対象課に直接事情を聴取した内容を記載
したもので、委員監査における監査委員の発問、監査対象職員の陳述内容のほか、
特定の監査委員の意見も記載されている。
(七) 「監査委員協議会の結果について(H九・七・二八)」添付の結果公表文
監査事務局職員が起案した監査結果公表文の原案であり、公表された監査結果は、
右原案をもとに、大分県監査委員が監査委員協議会で監査結果について合議し、一
部訂正等がされたものである。
 被告代表監査委員は、右各文書のいずれについても九条七号該当性を、前記
(四)の(1)、(2)及び(4)の①、②について九条一号該当性を主張してい
る。
3 本件非公開文書のうち、意見陳述の記録、意見陳述の要旨及び意見陳述の参考
資料として提出された原告の請願書、意見書(前記2の(四)の(1)、(2)及
び(4)の①、②)一の九条一号該当性
(一) 九条一号の解釈
 九条一号は、「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別さ
れ得る」情報が公開請求対象公文書に記録されているときは、当該公文書の公開を
しないことができる旨規定しているが、その文言からして、また、本件条例三条後
段において、「実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよ
う最大限の配慮をしなければならない。」と規定されていることからして、九条一
号の趣旨は以下のとおりであると解される。
(1) 九条一号は、基本的人権を尊重する観点から、個人のプライバシーを最大
限に保護するため、特定の個人が明らかに識別できる場合はもとより、他の情報と
組み合わせることにより特定の個人が識別され得る場合も含めて、個人に関する情
報が記録されている公文書は非公開とすることを原則としたものである。
(2) そして、同号にいう「個人に関する情報」とは、思想、心身の状況、病
歴、学歴、職歴、成績、親族関係、所得、財産の状況その他一切の個人に関する情
報をいい、「特定の個人が識別されるもの」とは、特定の個人が当該公文書か直接
識別できる住所、氏名等の情報(以下「個人識別情報」という。)をいい、「特定
の個人が識別され得るもの」とは、当該情報からは直接特定の個人が識別されなく
とも、他の情報と組み合わせることにより、特定の個人が識別され得る情報(以下
「個人識別可能情報」という。)をいうと解すべきである。
 なお、個人識別可能情報において、公文書に記録された情報と組み合わせること
により、特定の個人が識別され得る他の情報の範囲については、一般人が知ってい
る情報、又は既に公にされた情報で、一般人が新聞報道や一般の書店、図書館での
閲覧等通常の方法により入手し得る情報をいい、特定人のみが知っている情報や、
詮索的活動により入手し得る情報は含まれないと解するのが相当である。このよう
にして個人識別可能情報の範囲に合理的な限定を加えなければ、「実施機関は、県
民の公文書の公開を求める権利が十分に尊重されるよう、この条例を解釈し、及び
運用するものとする。」とした本件条例三条前段の趣旨が失われるからである。
(3) さらに、九条一号は、ただし書イないしハで、法令等により何人でも閲覧
可能な情報、実施機関が公表を目的として作成し又は取得した情報、法令等の規定
に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し又は取得した情報で、公開す
ることが公益上必要と認められる情報のいずれかが記録されている公文書について
は、公開することとしているが、大分県作成の「大分県情報公開条例の解釈運用基
準(平成四年三月改訂版)」(以下「解釈運用基準」という。甲第一号証)によれ
ば、実施機関が作成し又は取得した公文書であって、① 公表することを目的とす
る情報(以下「公表目的情報」という。)だけでなく、② 当該個人が作成し、公
表した情報(以下「本人公表情報」という。)、③ 公にすることが慣行となって
いて、公開しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないと認めら
れる情報(以下「公表慣行情報」という。)についても、右ただし書ロの「公表す
ることを目的として作成し、又は取得した情報」に含まれるとして公開される運用
がなされていることが認められ、この事実に右②、③の情報が、いずれも情報を収
集する段階から公表することが前提となっており、提供する本人も公開していた
り、公開しても通常プライバシー侵害の問題が生じない性格の情報であることを考
慮すると、これらの情報も右ただし書ロの準用によって公開される情報であると解
される。
(4) なお、同号は、請求者が本人であるかどうかを問わず、公開か非公開かの
判断をすることを前提とする規定となっているから、個人識別情報等が記録された
公文書について当該本人から請求があっても、本人以外の者から請求があった場合
と同様に、非公開を原則とする趣旨であると解される。
(二) 意見陳述の記録、意見陳述の要旨について
 そこでまず、意見陳述の記録、同要旨の九条一号該当性につき検討する。
(1) まず、意見陳述の記録及び意見陳述の要旨は、本件住民監査請求の要旨に
関する各陳述者の意見のほか、右要旨の範囲外の事項についての各陳述者の個人的
な意見にわたる部分も含まれており、前記のとおりの九条一号にいう「個人に関す
る情報」の解釈からすれば、右意見陳述の記録及び意見陳述の要旨全体が「個人に
関する情報」に該当する。
(2) 次に、右の意見陳述の記録、同要旨が、個人識別情報又は個人識別可能情
報を含むか否か、またそうであるとして、当該情報がただし書規定の各事由に該当
するか否かが問題となる。
① まず、前記認定のとおり、二人目の陳述者の意見陳述要旨中には同陳述者の住
所、氏名、四人目の陳述者の同要旨中には同陳述者の氏の各記載があり、いずれも
個人識別情報に該当する。その他に、右意見陳述の記録、同要旨中に特定の個人の
氏名、住所等の個人識別情報が記録されていることを認めるに足りる証拠はない。
② 次に、右意見陳述、同要旨中、個人識別可能情報が含まれているかどうかが問
題となる。
ア 個人識別可能情報についての前記(一)の(2)の解釈からすると、まず本件
住民監査請求の要旨の範囲内の陳述については、監査結果で請求人の住所氏名が公
表されていることを考慮しても、請求人が五名おり、うちいずれの請求人がどのよ
うな内容の意見陳述を行ったかまでは監査結果で公表されていないことからすれば
「右陳述がいずれの請求人の陳述であるかその内容自体からは特定することができ
ない。したがって、右陳述は個人識別可能情報に該当しない。
イ 次に、本件住民監査請求の要旨の範囲外の事項に関する部分のうち、まず一人
目の陳述者たる原告の意見陳述の要旨においては、前記2の(四)(2)認定のと
おり、その職業が県立高校の教員である旨記載されているが、学校名や学校におけ
る職階等は明らかではない(甲第一二号証の一)。そして、前記2の(四)(4)
④認定のとおり、情実入試問題に関する請願の際の新聞報道でも、原告を匿名と
し、県立高校の教諭であることやその年齢を報道したに過ぎないこと、前記1の
(五)によれば、本件住民監査請求に係る監査結果の公表で、請求人の職業は公表
されていないことからすると、右意見陳述要旨の記載部分のみから、教育委員会、
教育庁あるいは学校関係者等はともかく、それ以外の一般人が知り又は通常の方法
で入手し得る他の情報と組み合せることにより、原告個人を識別し得るとは認め難
い。
 また、前記2の(四)(1)、(2)で認定した原告の意見陳述記録、同要旨の
内容中、高校入試の不正問題についての同人の活動歴や意見等の記載部分が、一般
人が知り又は通常の方法により入手し得る他の情報と組み合せることにより、原告
個人を識別し得る情報に該当することを認めるに足りる証拠はない。
ウ 次に、二人目の陳述者の意見陳述記録、同要旨中、同人が所属する市民団体の
名称の記載は、同人が当該団体の代表者として度々報道されていること(弁論の全
趣旨)からすると、右報道や監査結果で公表された同人の氏名など、一般人が知り
又は通常入手し得る他の情報と組み合せることにより、右陳述者個人を特定するこ
とが可能になるので、個人識別可能情報に該当する。
 その余の同人の活動に関する記載は、一般人が知り又は通常入手し得る他の情報
と組み合せて右陳述者個人を特定し得ることを認めるに足りる証拠はなく、個人識
別情報に該当しない。
エ 三人目の陳述者の意見陳述記録の内容は前記認定のとおりであり、右内容に照
らし、個人識別可能情報が記載されているとは認められない。
 また、四人目の陳述者が教育委員会に対し行った公文書公開請求に関する教育委
員会の対応への批判等の陳述も、同人の右公文書公開請求について、一般人が知り
又は通常入手し得る他の情報と組み合せれば右陳述者を特定することが可能になる
と認めるに足りる証拠はない。
③ 次に、右認定した個人識別情報及び個人識別可能情報が記録された部分につい
て、ただし書該当性が問題となる。
 この点、前記1の認定事実に弁論の全趣旨を総合すると、監査委員においては、
本件住民監査請求も含めて住民監査請求における意見陳述の手続を非公開で開催し
ており、陳述者の側も非公開の手続であることを前提としてこれに臨んでいること
が認められ、右認定したところによれば、右各情報は公表目的情報にも本人公表情
報にも該当しないことが認められる。
 また、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、大分県監査委員は、従前から複
数の請求人による住民監査請求に係る監査結果の公表において、陳述を行った請求
人の特定や意見陳述の内容の公表を行っていないことが認められ、右事実に照ら
し、前記各情報は公表慣行情報にも当たらないことが認められる。
 したがって、前記各情報はただし書ロには該当しないと認められる。
 なお、住民監査請求における意見陳述記録・同要旨を何人も閲覧できる旨の法令
等の規定はなく、また右各公文書は法令等の規定による許可、免許、届出等に際し
て作成された情報でもないので、ただし書イ、同ハにも該当しないことが認められ
る。
(三) 請願書、意見書について
 次に、原告が意見陳述の際に提出した請願書、意見書(前記2の(四)の(4)
の①、②)も、県立高校の情実入試問題に関する原告の意見等の「個人に関する情
報」が記録されている。
 そして、原告の住所、氏名の部分は個人識別情報に該当し、また、前記のとおり
右の情実入試問題について、匿名ではあるが、原告が県立高校の教諭であり、その
年齢も報道されていること及び本件住民監査請求に係る監査結果の公表で原告の住
所氏名が公表されていることからすると、職業及び勤務先の高校名は、これらと一
般人が通常入手し得る新聞、大分県報、学校要覧等の情報とを組み合せることによ
り、原告個人を識別し得るので、個人識別可能情報に該当するが、その余の意見及
び主張にわたる部分は、個人識別情報にも個人識別可能情報にも該当しない。
 そして、前記1、2の(四)(4)の認定事実によれば、右個人識別情報、個人
識別可能情報は、非公開の意見陳述の手続において陳述者から提出された追加の証
拠たる参考資料中のものであり、また従前から、監査結果の公表において意見陳述
の際に提出した証拠資料が公表されていないこと(弁論の全趣旨)からすると、前
記意見陳述の記録・同要旨中のものと同様、ただし書ロには該当せず、同イ・ハに
も該当しないことが認められる。
(四) 原告の主張について
(1) ところで、原告は、九条一号の解釈について、「知る権利」や本件条例の
目的・構造等の観点から、個人識別情報・個人識別可能情報であっても、その公開
によって具体的に個人のプライバシーの権利の侵害が生じない場合には、九条一号
該当性は認められないと主張する。
 しかし、「知る権利」は憲法二一条の派生原理として導かれるものではあるが、
それ自体抽象的な権利に過ぎず、地方公共団体の住民の具体的な情報公開請求権
は、条例によって創設されるものであり、その範囲は当該地方公共団体の立法政策
により確定されると解されるので、本件条例の解釈においても、情報公開請求権な
いし公開対象文書の範囲等についての立法政策の内容を、本件条例の内容・文言に
即して検討すべきであり、条例の文理解釈を離れて右範囲等を決することは相当で
はない。
 そして、プライバシーの具体的内容は必ずしも明確ではなく、その保護範囲を客
観的に確定することが困難である一方、個人のプライバシーに関する情報は、その
性質上一度公開されると、その被害を回復することはほとんど不可能であることか
ら、本件条例では、右情報を最大限に保護するため、三条後段で「実施機関は、個
人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければな
らない。」ことを本件条例の解釈・運用の基本として定め、かつ九条一号で、実施
機関の恣意的な運用や主観的判断によって個人のプライバシーが侵害されることの
ないように、個人識別情報・個人識別可能情報に該当するものを一律に原則非公開
としつつ、例外として公開すべき特定の個人情報をただし書イないしハで定めたも
のであると解される。
 そうであれば、九条一号は、個人識別情報・個人識別可能情報については、ただ
し書各号に該当しない限り、実施機関としては一律に非公開とすべき旨を定めたも
のであって、それ以上に具体的、実質的なプライバシー侵害のおそれの有無を判断
して公開・非公開を決するような要件裁量を実施機関に与える趣旨の規定と解釈す
ることはできず、原告の主張は本件条例の文言を離れ、同条例一条、三条前段等の
趣旨を過度に強調した独自の解釈というほかなく、採用することはできない。
(2) また原告は、意見陳述記録・同要旨、その参考資料たる請願書、意見書
は、原告に係るものは原告本人が作成し、またいずれの陳述者の意見陳述等も監査
委員や多数の大分県職員に公表されているから、ただし書ロに該当する旨主張する
が、ただし書ロにいう「公表」とは、不特定多数の者に対して広く一般に情報を開
示することをいうと解するのが相当であり、監査委員や県職員といった特定の人的
範囲の者に情報を開示しただけでは「公表」には該当しないから、右主張は失当で
ある。
 また、原告は、ただし書ロには、個人が公表を了承し、又は公表を前提として提
供した情報も含まれると主張するが、当該情報が実際に公表されるまではプライバ
シー保護の必要性は存するというべきであるから、右のような情報を本人公表情報
と同一に扱うことはできず、右主張も失当である。
 さらに原告は、九条一号の非公開の目的は個人のプライバシー保護にあるから、
明らかにプライバシー保護とは無関係な原告本人の意見陳述記録、同要旨等につい
ては、非公開は許されず、また原告以外の陳述者の意見陳述記録・同要旨も、プラ
イバシー侵害のおそれが全くない旨主張するが、プライバシー侵害のおそれがない
から同号に該当しない旨の主張は、前記(1)で判断したところに照らし失当であ
り、また本件条例は、その各規定に照らしても、大分県民の自己情報開示請求権を
保障したものとは解されない(本件条例一六条は、本人情報の公開について定める
が、訓示規定に過ぎず、実施機関の法的義務を定めたものではない。)ので、前記
(一)の(4)のとおり、請求者が本人であることも考慮すべきではない。したが
って、右主張も採用できない。
(五) まとめ
 以上によれば、意見陳述の記録、同要旨中の二人目の陳述者の所属する市民団体
の名称の記載、意見陳述の要旨中の二人目の陳述者の住所、氏名及び四人目の陳述
者の氏の記載並びに参考資料たる請願書、意見書中の原告の住所、氏名及び平成八
年六月二七日付請願書中の原告の職業、勤務先の高校名の記載は九条一号に該当す
るが、その余の部分はこれに該当しない。
4 本件非公開文書の九条七号該当性について
 次に、本件非公開文書の九条七号該当性を検討する。
(一) 九条七号の解釈
(1) 九条七号は、県又は国等の機関が行う事務事業に関する情報のうち、公開
することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が損なわれた
り、公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれのある情報については、非公
開とする旨の規定であるが、その趣旨は、行政が行う事務事業に関する情報につい
ては、試験問題、入札予定価格調書などのように、当該事務事業の性質や目的から
みて、執行前や執行過程で公開すると、当該事務事業の目的を失わせるおそれのあ
るものや、監査や立入検査、取締りの実施要領、用地交渉記録、訴訟打合せ資料、
人事管理記録などのように、同種のものが反復、継続される事務事業に関するもの
で、当該事務事業の実施後であっても、公開によって将来の同種の事務事業の目的
が達成できなくなり、あるいはその執行に著しい支障を生じるおそれのあるものが
あり、行政の公正かつ円滑な執行を保障するため、これらの情報を公開しないもの
としたと解される。
 そして、同号にいう「著しい支障を生ずるおそれ」の解釈を検討すると、実施機
関の主観においてのみそのおそれがあると判断して非公開とすることは、県民の公
文書公開請求権を尊重した解釈、運用を求めた本件条例三条前段の趣旨に反すると
いうべきであるが、他方、その意味内容が一義的に明確なものではないこと、当該
情報の公開によって、事務事業の執行にどのような影響が及ぶかについては、当該
行政事務の内容、性質、運営の実態等を踏まえた上での予測的な判断を必要とする
ものであることからすると、この点の判断については、行政機関の要件裁量がある
程度認められるべきものである。
 したがって、九条七号にいう「著しい支障を生ずるおそれがあるもの」とは、当
該事務事業の内容、性質に照らし、当該情報の公開によりその公正かつ円滑な執行
に著しい支障を生ずることについて客観的な危険性が認められるものをいい、この
点に関する実施機関の裁量的判断に合理性が認められる限り、これを違法とするこ
とはできないと解するのが相当である。
(2) この点、原告は、九条七号の非公開事由に該当するか否かの判断に当たっ
ては、非公開によって保護されるべき行政運営上の利益が実質的に保護に値する正
当なものであるか、公開による右利益の侵害のおそれが具体的に存在するかどうか
を客観的に検討すべきである旨主張する。しかし、前記のとおり、公文書の非公開
事由の範囲は、当該地方公共団体の立法政策の問題であり、非公開事由を定めた規
定の文言を離れてこれを目的論的に制限解釈することは許されないというべきであ
るところ、「将来の同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるお
それがある」場合の「著しい支障を生ずるおそれ」については、「同種の事務事
業」の文言からして、当該事務事業の一般的な内容、性質に照らしてその存否が判
断されるべきであって、これにとどまらず、個々の具体的な事情までをも考慮要素
として、「実質的に保護に値する利益」の侵害の危険性、あるいは行政上の利益侵
害の具体的危険性を要すると限定的に解釈することは、同号の文理解釈の範囲を逸
脱するものである。そして、右のような限定解釈をしなくても、「著しい」との文
言により、非公開の範囲が不当に拡大することを防止し得ることを考慮すると、右
主張を採用することはできない。
(3) 以上の解釈を前提に、本件非公開文書の九条七号該当性について検討す
る。
(二) 「監査に関する情報」について
 まず、同号にいう「監査」は県又は国等の機関が法令等に基づいて行う監査をい
い、本件非公開文書はいずれも地方自治法二四二条三項に基づく監査において作成
又は取得されたものであるから、同号にいう「県の機関が行う監査に関する情報」
が記録された公文書に該当する。
(三) 将来の住民監査請求に係る監査事務の執行に著しい支障を生ずるおそれに
ついて
(1) 次に、本件非公開文書を公開することにより、「将来の同種の事務事業の
公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれ」が認められるかどうかを検討す
るに当たっては、住民監査請求に基づく監査事務の一般的な内容、性質について検
討する必要がある。
 すなわち、住民監査請求は、同法二四二条の二の住民訴訟と併せて、地方自治の
本旨に基づく住民参政の一環として、普通地方公共団体の執行機関又は職員の違法
又は不当な財務会計上の行為又は怠る事実により、究極的に当該地方公共団体の住
民全体が損失を被るのを防止するため、右違法、不当な行為等の是正、予防を監査
委員に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営、ひいては住民全体
の利益を確保することを目的とする制度である。
 ところで、住民監査請求の受理及びこれに基づく監査については、監査請求人に
証拠の提出及び陳述の機会を与えなければならないとされている(地方自治法二四
二条五項)ほかには特段の規定がなく、基本的に同法一九九条八項等に基づく監査
委員の職務権限により行われるものであり、証拠の提出・意見陳述の機会の実施方
法、書面審査、実地検査、関係人ないし監査対象者からの事情聴取等の監査の実施
方法の選択、意見陳述等の機会や監査過程の公開の可否などについては、右の住民
監査請求制度の趣旨・目的の実現を図る観点から、監査委員の合理的な裁量に委ね
られていると解される。そして、大分県においては、監査委員の裁量により、住民
監査請求の要件審査から証拠の提出・意見陳述の機会の手続、調査活動等監査の一
連の過程をいずれも非公開としている(前記認定事実、乙第三号証、弁論の全趣
旨)。
 さらに、監査についての決定は、事柄の性質上監査委員全員の意思の合致を必要
とし、かつ住民訴訟の前審として慎重かつ公正な審議を必要とすることから、監査
委員の合議によるものとされている(同法二四二条六項)。したがって、住民監査
請求制度の趣旨の実現の観点からは、右の合議における監査委員の自由かつ適正な
意見交換が保障される必要がある。
 したがって、住民監査請求に基づく監査に関する情報を記録した公文書には、そ
の内容、性質如何によっては、それを公開することが、監査委員の裁量により監査
の一連の過程を非公開とした趣旨や、監査結果の決定過程における監査委員の意思
決定の自由と抵触し、将来の住民監査請求に係る監査事務の公正かつ円滑な執行に
著しい支障を生じる危険性を有するものも含まれていると解される。
(2) 以上のような監査事務の性質を前提に、本件非公開文書の公開により、将
来の住民監査請求に係る監査事務の公正かつ円滑な執行に「著しい支障を生ずるお
それ」があるとの被告代表監査委員の判断の合理性の有無について、各文書ごとに
検討する。
① 本件住民監査請求の要件審査の段階における公文書について
ア まず、請求人が提出した事実証明書(前記2の(一)の(1))は、前記認定
のとおり監査結果においては公表されておらず、一般的には、請求人においても公
表を前提として提出するものではなく、公表を予定したものとは認められないとこ
ろ、将来の監査請求人によっては、公表を前提としないで提出する事実証明書が公
開されるということになれば、不安、不快の念を抱き、あるいは監査対象者、当該
監査請求により不利益を受ける者や第三者からの批判、非難等を怖れるなどして、
今後の住民監査請求を差し控えるなど、事実証明書の公開が、当該地方公共団体の
住民の今後の住民監査請求の権能の行使に対して萎縮的効果をもたらす事態も当然
に予想される。
 そうであれば、事実証明書の公開によって将来の監査事務に著しい支障を生じる
おそれがあるというべきである。
イ 次に、「支給一覧表」(前記2の(一)の(2))は、請求人が提出した本件
住民監査請求の対象たる旅費(宿泊費)の一覧表の正確性を確認するため、監査事
務局において一覧表で整理し直した資料であって、このうち本件住民監査請求の対
象とされた財務会計行為の日時、金額といったいわば監査の外形的事実に関する記
載は、これを公開したとしても、将来の同種の事務事業の公正円滑な執行に著しい
支障を生ずる危険性があるとは認め難く、仮に右危険があるとしても軽微なものに
とどまると認められる。
 これに対し、教育委員の氏名の記載については、必ずしもそのような外形的事実
にとどまるものではなく、かつ甲第四号証の五の3によれば、右支出の相手方たる
教育委員の氏名は監査結果においても公表されていないことが認められ、監査事務
局においてもその氏名の公表を予定していたものとは認められない。このように、
住民監査請求に係る財務会計行為の相手方等の氏名が監査結果で公表されていない
にもかかわらず、後に公文書として公開されることになると、将来の監査請求に係
る財務会計行為の相手方等に不快、不信の念を抱かせ、将来の同種の監査事務の執
行に際し、右相手方等が非協力的ないし消極的姿勢をとるなどの弊害が当然に予想
され、これによる支障は著しいというべきである。
ウ 次に、「要件審査表」(前記2の(一)の(3))のうち、本件住民監査請求
の審査項目欄については、いずれも地方自治法二四二条一項・二項、同法施行令一
七二条の各規定により必要とされることが明らかな住民監査請求の様式、形式的・
手続的要件、請求の対象、内容の特定性に係る要件等を列記したものであり、また
請求内容等の欄は、本件住民監査請求書の記載から審査項目ごとに引用したもの
で、監査結果として公表されているものと概ね同一内容の記載であることが推認さ
れ、これらを公開しても、今後の住民監査請求の形式的要件等の審査の具体的手法
が明らかになるとか、被告らが主張するような、監査結果についての合議の内容が
明らかとなり、今後の監査委員の自由な意見交換が妨げられるなどの弊害の客観的
な危険性は認め難く、仮に認められるとしても軽微なものにとどまると解するのが
相当である。
 これに対し、同文書中の審査内容及び補正の可否の欄には、本件住民監査請求の
形式的、手続的要件や請求の特定性等についての審査の内容・結果が記載され、ま
た、判定結果の欄には、右要件等についての監査委員の合議の結果が○×方式で記
載されており、これらを公開すれば、両記載事項が相まって、監査結果で公表され
ている以上に右要件審査の具体的手法や右要件に関する監査委員の合議の詳細な内
容が明らかとなり、将来の住民監査請求の要件審査に係る事務処理や右審査におけ
る監査委員の自由な意見交換に支障を生じる場合も予想される。このような事態を
生じた場合、それが将来の監査事務の公正かつ円滑な執行にもたらす弊害は著しい
といわなければならない。
エ また、監査事務局が作成した「正当な理由について」と題する報告書(前記2
の(一)の(4))も、監査委員の判断の基礎資料として、「正当な理由」の有無
の判断基準に関する監査事務局の見解をまとめたものであり、これが公開される
と、その内部的な判断手法や判断過程が明らかとなり、将来の住民監査請求におけ
る「正当な理由」の有無の審査及びその点に関する監査委員の合議に支障を生じる
事態も生じ得るのであり、その弊害は著しいというべきである。
② 本件住民監査請求に係る意見陳述の実施に関連する公文書について
ア まず、「意見陳述開催要領」(前記2の(二)の(1))については、意見陳
述開催の日時、場所、出席者等意見陳述手続の外形的事実に関する記録のほか、記
録方法、報道機関への対応等意見陳述の手続の運営手法に関わる事項の記載もあ
る。そして、これらの意見陳述の手続の運営方法にかかわる事項は、証拠の提出及
び陳述の機会を要求した地方自治法二四二条五項の趣旨を踏まえた監査委員の合理
的裁量により決定されるものであり、その点に関する情報を公開すると、意見陳述
の手続の運営のあり方が第三者の批判や監視等の対象となり、あるいは公開された
結果にとらわれて、今後の意見陳述の運営方法が一律化、硬直化するなど、意見陳
述の実施に関する監査委員の裁量権の行使が法の予定するところを超えて事実上制
約される事態を生じることも予想され、これによる弊害は著しいというべきであ
る。
 また、「意見陳述の進行次第」(前記2の(二)の(2))も、大分県監査委員
等の発言内容の予定が記載されており、その中には陳述の採否の基準や予定時間の
設定、発言方法に関する注意といった、意見陳述の機会における監査委員の裁量権
の行使の基準にかかわる事項も含まれているところ、これを公開した場合には、そ
の公開した結果にとらわれて、今後の住民監査請求に係る意見陳述の手続における
監査委員の右裁量権の行使が一律化、硬直化するなど意見陳述開催要領の場合と同
様の事態も予想され、これによる弊害は著しいというべきである。
 したがって、これらを公開することにより、将来の住民監査請求に係る意見陳述
手続の公正かつ円滑な運営に著しい支障を生じるおそれがあると認められる。
イ 次に、意見陳述の記録・同要旨、意見陳述の際に原告から提出された追加事実
証明書や参考資料(前記2の(四)の(1)ないし(4))については、前記のと
おり意見陳述及び証拠の提出の手続が非公開で開催され、監査結果においてもその
内容は公表されないところ、非公開の手続でなされた意見陳述・証拠の提出等の内
容が広く第三者に公表されることもあり得るということになれば、前記①のアの事
実証明書の公開の場合と同様、将来の監査請求人によっては不安、不快の念を抱
き、あるいは監査対象者等や第三者からの批判、非難等を怖れるなどして、今後の
住民監査請求を差し控えるに至るなど、右各文書の公開が、住民の今後の住民監査
請求の権能の行使に対して萎縮的効果をもたらす事態も当然に予想される。
 したがって、これらの各文書の公開により将来の監査事務の執行に著しい支障を
生ずるおそれがあると認められる。
③ 本件住民監査請求に係る監査の実施に関連する公文書について
ア 前記2の(三)の(1)の監査実施要領に記載されている監査の対象事項・対
象職員や監査の実施方法、実施担当者、監査内容などの予定は、いずれも監査委員
が、当該住民監査請求の事案の内容、性質、右事案との関係で、書面審査で足りる
か、実地検査又は職員等からの事情聴取まで要するかどうかといった点などを勘案
しながら、その合理的裁量により決するものである。
 また、右記載事項はいずれも監査の具体的な実施方針に関わる記載であり、当該
監査の実施に係る手法、ノウハウともいうべき性質のものが含まれているものであ
る。
 さらに、右文書及び前記2の(三)の(2)の「事務処理日程表」、同(3)の
「監査日程表」、同(4)の「監査実施通知」には、本件住民監査請求に係る監査
の実施予定日や監査に係る事務処理の日程等の記載があるところ、住民監査請求に
係る監査については、請求のあった日から六〇日以内に行わなければならず(地方
自治法二四二条四項)、監査委員としては、右の限られた期間内に、要件審査、監
査の実施に係る調査・審査、意見陳述・証拠の提出の機会の実施、監査結果の合
議、決定を全て行うことができるように、当該事案の性質や実施すべき監査の内容
その他の事情を考慮して、その合理的裁量により、監査の実施予定日や日程等を決
定するものである。
 それ故、このような監査の具体的実施方針や日程等に係る情報が公開されること
となると、公表を予定しておらず、本来秘匿されるべき性質の監査の実施に係る具
体的手法やノウハウ、監査の実施時期等が、今後の監査対象機関、対象職員等に明
らかになり、右機関、職員等に今後の住民監査請求に係る監査への対応の手がかり
を与えるとともに、監査の実施方法や日程等、前記のとおり監査委員の合理的裁量
に委ねられるべき事項が、第三者の監視、批判の対象となり、法の予定しない事実
上の制約が右裁量権の行使に対して加えられ、かえって監査における必要な調査、
情報の収集等が困難になることも容易に予想される。このような事態が発生した場
合、それが今後の住民監査請求に係る監査事務の執行に与える支障は著しいという
べきである。
 したがって、右各文書を公開することにより、将来の監査事務の公正かつ円滑な
執行に著しい支障を生ずるおそれがあると認められる。
イ 次に、予備監査実施結果報告書(前記2の(五))、「委員監査の状況」(前
記2の(六))について検討する。
 前記のとおり、住民監査請求に係る監査においても、監査委員は地方自治法一九
九条八項所定の職務権限を行使して監査を行うものであるところ、同項所定の監査
のための関係人の出頭、調査、関係人に対する帳簿、書類その他の記録の提出の請
求に対しては、関係人はこれに応じる法律上の義務を負うものであるが、応じない
場合においてこれを強制することのできる規定は存しない。
 その一方、住民監査請求に係る監査にあっては、前記のとおり請求のあった日か
ら六〇日以内という限られた期間内に監査結果を出さなければならないとされてい
る。
 そのため、右期間内に監査委員の調査活動が円滑に行われ、事実認定及び判断の
基礎となる情報や資料の収集が十分に行われるためには、守秘義務(地方自治法一
九八条の三第二項)を負う監査委員に対する信頼関係を前提として、対象課、対象
職員等の関係人が監査に対して任意に協力することが不可欠である。
 ところが、予備監査実施結果報告書には、対象課から入手した証拠資料が添付さ
れ、また右報告書及び「委員監査の状況」には、事情聴取対象職員の陳述内容が記
載されているところ、監査の実施自体を非公開で行ったにもかかわらず、実施後に
これらの情報を公開することになると、そのような非公開の監査であることを前提
として、監査委員に情報を提供し、あるいは事情聴取に応じた対象課、対象職員等
関係人と監査委員との間の信頼関係が損なわれ、今後の住民監査請求に係る監査に
おいて、右関係人の協力が得られなくなって、必要な資料、情報の収集が困難にな
ったり、調査が遅延して六〇日以内に監査結果を出すことができなくなるなど、重
大な弊害の生じることが当然に予想される(原告は、公務員については懲戒制度の
圧力を背景に調査協力の拒否は事実上考えられない旨主張するが、経験則上そのよ
うに断定する根拠は認められない。)。
 また、予備監査実施結果報告書には調査事項、調査の目的等が、「委員監査の状
況」には監査委員の質問内容等が記載されており、これらは監査の具体的手法に関
する事項であって、これらの情報を公開すると、前記アの場合と同様、今後の住民
監査請求に係る監査において、監査対象機関・職員側に監査への対応策等を講ずる
手がかりを与えることになる。
 さらに、「委員監査の状況」には特定の監査委員の意見にわたる事項の記載もあ
るところ、これが公開されると、監査結果で公表されていない監査の実施段階にお
ける個々の監査委員の不確定的、個人的な見解までもが住民の評価、監視、批判の
対象となり、今後の住民監査請求に係る監査委員の職務権限の行使に対して抑制
的、萎縮的効果をもたらし、結局住民監査請求の制度の趣旨が十分に実現されない
こととなる事態も予想される。
 したがって、予備監査結果報告書、「委員監査の状況」については、いずれも公
開により今後の監査事務の執行に著しい支障を生ずるおそれが認められる。
④ 監査結果の合議に関する公文書について
 前記2の(七)の結果公表文は、監査結果公表文の原案であり、最終的な監査結
果については、右原案に基づいてなされた大分県監査委員の合議により、右原案に
一部訂正を加えたものが公表されたものである。
 このような合議を行う以前の段階の監査結果の原案が公開された場合には、右原
案と公表された監査結果とを比較対照することによって、公表された監査結果のみ
からは明らかでない監査委員の合議の詳細な内容を第三者が間接的に推測すること
が可能となり、監査結果についての合議の際の監査委員の自由な意見交換に抑制
的、萎縮的効果をもたらす事態が当然に予想される。
 したがって、右結果公表文についても、公開により今後の監査事務の執行に著し
い支障を生ずるおそれが認められる。
(3) したがって、本件非公開文書の公開が将来の住民監査請求に係る監査事務
の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるとする被告代表監査委員
の判断は、「支給一覧表」中の教育委員の氏名の記載を除く部分及び「要件審査
表」中の審査項目、請求内容等の部分については合理性を認めることができない
が、その余の部分については合理性が認められるので、右部分は九条七号に該当す
る。
5 本件非公開処分の適法性についてのまとめ
 以上によれば、本件非公開文書のうち「支給一覧表」中の教育委員の氏名を除く
部分及び「要件審査表」中の審査項目、請求内容等の部分は、九条七号に該当せ
ず、これを非公開としたことは違法であるが、その余の部分は九条七号に該当し、
そのうち一部は九条一号にも該当するので、これを非公開とした処分は適法であ
る。
三 国家賠償請求について
1 争いのない事実
 請求原因4(本件処分に係る不法行為)の(一)の事実、(二)の(2)のうち
別件公文書公開請求に対し別件処分がされたことは、当事者間に争いがない。
2 違法性及び損害発生について
 前記のとおり、本件非公開処分中「支給一覧表」中の教育委員の氏名を除く部分
及び「要件審査表」中の審査項目、請求内容等の部分を非公開とした部分は、九条
七号の解釈を誤った違法な行政処分であるところ、甲第五号証の一、三の3、4に
よれば、別件処分においては、別件住民監査請求に係る要件審査表と右請求の対象
となった財務会計上の行為を整理して記載した一覧表がともに公開されていること
が認められる。
 しかしながら、乙第三号証及び証人bの証言によれば、cは、本件非公開処分に
際し、被告代表監査委員として、監査事務局職員らをして、本件条例九条一号、七
号の解釈及び右各号の本件公文書公開請求への適用に関する調査に従事させたこ
と、同職員らは、過去に監査事務局が関与した別件処分外一件の公文書公開請求に
関する事案の結論や、九条一号、七号と同種の他の地方公共団体の条例の解釈が争
われた事案の裁判例等について調査するとともに、大分県総務部総務課県政情報室
と協議を行い、同室の意見や解釈運用基準等を参考にした上で、監査事務局におい
て、本件非公開文書につき九条一号、七号に該当するとの結論を出し、右見解に基
づいて被告代表監査委員が本件非公開処分をしたものであり、別件処分の監査請求
人と原告とを差別して本件非公開処分をしたものではないことが認められる。
 右認定事実によれば、被告代表監査委員は専ら本件条例の解釈運用を誤って右違
法な処分を行ったものであるが、前記のとおり、九条七号にいう「著しい支障を生
ずるおそれ」の意味内容が一義的に明確でないこと及び「支給一覧表」と「要件審
査表」の中には非公開とすべき部分が含まれていることからすると、前記部分を非
公開にしたことの違法の程度はさほど高いものではない反面、当該非公開部分は、
原告らの提出した本件住民監査請求書及びその添付文書の記載内容を整理したり、
住民監査請求の形式的・手続的要件を列記したにすぎないものであるから、原告に
生じた不利益はさほど大きなものとはいえず、以上を総合して判断すると、被告代
表監査委員が前記部分を非公開にした行為には損害賠償法上の違法性があったとま
では認められないし、仮に違法性が認められるとしても、本件非公開処分中前記部
分が取り消されることにより原告に生じた精神的損害は回復されたというべきであ
って、それ以上に、被告大分県に金銭賠償を認めなければならないほどの損害が原
告に発生したとは認められない。
 したがって、原告の被告大分県に対する損害賠償請求は、その余の点について判
断するまでもなく失当である。
四 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、本件非公開処分のうち「臨時監査委員協議会
の結果について(H九・七・四)」添付の「住民監査請求事実証明書宿泊費支給一
覧表」中教育委員の氏名の記載を除いた部分及び「住民監査請求の要件審査表」中
の審査項目、請求内容等の部分を非公開とした部分の取消しを求める限度で理由が
あるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからいずれも棄却することと
し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六四条、六一条を適
用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一一年三月一五日)
大分地方裁判所民事第二部
裁判長裁判官 一志泰滋
裁判官 大西達夫
裁判官山口信恭は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 一志泰滋

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