弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山中伊佐男の上告理由第一点について。
 所論は、要するに、民法九七六条所定の方式によるいわゆる危急時遺言について
も、遺言書に作成日附の記載のあることがその有効要件となるものとし、原判決が、
本件遺言書は昭和四三年一月二九日に完成したことを認めながら、昭和四三年一月
二八日と記載された右遺言書による遺言の効力を認めたのは、同条の解釈を誤つた
違法があるというのである。
 しかし、同条所定の方式により遺言をする場合において、遺言者が口授した遺言
の趣旨を記載した書面に、遺言をした日附ないし証書を作成した日附を記載するこ
とが右遺言の方式として要求されていないことは、同条の規定に徴して明らかであ
つて、日附の記載はその有効要件ではないと解すべきである。したがつて、右遺言
書を作成した証人においてこれに日附を記載した場合でも、右は遺言のなされた日
を証明するための資料としての意義を有するにとどまるから、遺言書作成の日とし
て記載された日附に正確性を欠くことがあつたとしても、直ちに右の方式による遺
言を無効ならしめるものではない。そして、遺言のなされた日が何時であるかは、
書面は日附が存在せず、また日附の記載の正確性に争いがあつても、これに立会つ
た証人によつて確定することができるから、所論のような事情は右の解釈を左右す
るものではない。これと同旨の原審の判断に所論の違法はなく、論旨は採用するこ
とができない。
 同第二点について。
 論旨が、本件遺言の効力を認めて上告人の請求を棄却した原審の判断を違法とし、
遺言の無効事由として述べるところは、上告人が第一審以来遺言無効の事由として
主張し、原判決の引用する第一審判決の事実欄五の(一)、(二)および(四)ならびに
七に摘示されたものと同一に帰するが、原判決(その引用する第一審判決を含む。)
の挙示する証拠関係に照らせば、原審の事実認定はすべて是認するに足りるから、
論旨中事実認定の非難に帰する部分は理由がない。そして、原審の確定した右事実
関係のもとにおいては、論旨と同旨の主張を排斥し本件遺言の効力を認めた原審の
判断(第一審判決八枚目裏八行目から一〇枚目裏一行目までの説示部分)もまた首
肯するに足りるが、なお、本件遺言書の証人の署名捺印は、遺言者の面前でなされ
たものではないので、この点について判断する。
 民法九七六条所定の危急時遺言が、疾病その他の事由によつて死亡の危急に迫つ
た者が遺言をしようとするときに認められた特別の方式であること、右遺言にあた
つて立会証人のする署名捺印は、遺言者により口授された遺言の趣旨の筆記が正確
であることを各証人において証明するためのものであつて、同条の遺言は右の署名
捺印をもつて完成するものであること、右遺言は家庭裁判所の確認を得ることをそ
の有効要件とするが、その期間は遺言の日から二〇日以内に制限されていることな
どにかんがみれば、右の署名捺印は、遺言者の口授に従つて筆記された遺言の内容
を遺言者および他の証人に読み聞かせたのち、その場でなされるのが本来の趣旨と
は解すべきであるが、本件のように、筆記者である証人が、筆記内容を清書した書
面に遺言者Dの現在しない場所で署名捺印をし、他の証人二名の署名を得たうえ、
右証人らの立会いのもとに遺言者に読み聞かせ、その後、遺言者の現在しない場所
すなわち遺言執行者に指定された者の法律事務所で、右証人二名が捺印し、もつて
署名捺印を完成した場合であつても、その署名捺印が筆記内容に変改を加えた疑い
を挾む余地のない事情のもとに遺言書作成の一連の過程に従つて遅滞なくなされた
ものと認められるときは、いまだ署名捺印によつて筆記の正確性を担保しようとす
る同条の趣旨を害するものとはいえないから、その署名捺印は同条の方式に則つた
ものとして遺言の効力を認めるに妨げないと解すべきである。そして、昭和四三年
一月二七日深夜から翌二八日午前零時過ぎまでの間遺言者による口授がなされ、同
二八日午後九時ごろ遺言者に対する読み聞かせをなし、翌二九日午前中に署名捺印
を完成した等原判示の遺言書作成の経緯に照らせば、本件遺言書の作成は同条の要
件をみたすものというべきである。
 なお、本件遺言書には、遺言者Dに清書された書面を読み聞かせたのち、その記
載内容に加筆訂正を加えた部分があり、右部分についてはDに対し改めて読み聞か
せをしなかつたというのであるが、その部分は、本件遺言書一枚目三行目に、「遺
産します」とあるのを「遺言します」と一字訂正し、また二枚目二行目に、「(但
し遺言者は重態の為め署名捺印は出来ない)」と附加記載したというのであつて、
前者はたんに明らかな誤記を訂正したにとどまり、また後者も危急時遺言の方式と
しては無用の記載を附加したにとどまるから、このような加筆訂正の結果について
改めて遺言者に読み聞かせることがなく、また附加訂正の方式において欠けるとこ
ろがあつたとしても、本件遺言の効力に影響を及ぼすものではない。
 してみれば、原判決に所論の違法はないから、論旨はすべて採用することができ
ない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    小   川   信   雄

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