弁護士法人ITJ法律事務所

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主文】被告人Aを懲役10年に,被告人Bを懲役6年にそれぞれ処する。
被告人両名に対し,未決勾留日数中140日をそれぞれその刑に算入す
る。
【理由】
(犯行に至る経緯等)
1被告人両名の身上経歴及び共犯者Cとの関係
  被告人Aは,中学卒業後父親の営む板金業を2年ほど手伝うなどしたが,その
後は職を転々とし,昭和60年ころから建設業を営むようになり,この間,昭和3
6年ころ一度結婚したが妻と死別し,昭和47年8月ころDと再婚し,長男の被告
人Bほか3子をもうけたが,被告人Aは酒に酔うと妻や被告人Bに対して暴力を振
るうことがしばしばあったため,平成12年ころ,妻と離婚し,被告人Bら子供た
ちは妻が引き取り,以後,一人暮らしをしていた。そして,被告人Aは,本件当
時,営んでいた建設業の仕事が少なく,収入が乏しかったため,家賃の支払にも窮
するなど生活が困窮していた。一方,被告人Bは,被告人Aの長男として出生し,
中学卒業後,(あ)市内にある(い)専門学校に進学したが,平成4年ころ,同じ
専門学校に通っていたCと知り合い,本件当時は,何でも相談できる親しい友人と
して付き合っていた。そして,被告人Bは,専門学校を中退した後,建築会社等を
転々とし,本件当時は造園土木作業員として稼働していたが,数百万円の借金を抱
えてその返済に窮していた。
2被害者V及び共犯者Pらと被告人両名との関係
  Vは,平成6年ころ,キャンピングカー及びトレーラーハウスの輸入販売業を
目的とする有限会社(う)を設立し,その代表取締役として同社を営んでいたもの
で,被告人Aの実の妹であるPと昭和44年ころ結婚し,長女のQ,次女のR及び
三女のSをもうけ,埼玉県本庄市内の自宅敷地内に設置したトレーラーハウスでP
ら家族(以下「U家」という。)と暮らしていた。長女のQは,平成6年に結婚し
て長男をもうけたが,平成11年に離婚して長男を引き取り,本件当時,上記トレ
ーラーハウスに隣接する自宅に次女のRと一緒に生活していた。また,三女のS
は,平成10年にTと結婚し,同人との間にもうけた長女とTの3人で上記自宅敷
地内に設置したトレーラーハウスで生活していた。
3PらがVの殺害を計画するに至った経緯
  Vには,以前から日常の言動に異常なところがあり,(え)市内の(お)病院
精神科で受診して不安神経症,人格障害と診断され,治療を受けていたが,日ごろ
から,妻のPやQら子供たちの行動を厳しく監視し,些細なことで怒鳴りつけるな
どし,とりわけ,妻のPと長女のQに対しては,しばしば物を投げつけたり,足蹴
にするなどの暴力を振るうことがあり,こうしたVの行為がQが離婚する原因にも
なり,同女は,再婚することもままならずに,Vに対する不満を抱くようになり,
次女のRも,Vに怒鳴りつけられることがしばしばあり,姉のQが離婚したいきさ
つなどを見ていたことから,結婚もちゅうちょせざるを得ないなど,Qと同様にV
に対して不満の念を募らせていた。また,Vは,三女のSの夫であるTに対して
も,深夜呼びつけて怒鳴りつけるなどしたばかりか,それまで勤めていた仕事を強
引に辞めさせて同人を(う)で働かせた上,仕事の失敗を殊更あげつらって怒鳴り
つけるなどしていたことから,TもVに対して憎悪の念を抱くようになっていた。
こうして,Vの家族は,妻のPをはじめ,娘やその連れ合いも含めて全員が,Vの
顔色をうかがい,Vに対する不満や憎悪の念を抱いて,同人をおそれながら生活し
ていた。
  そして,平成13年から平成14年にかけて,Vの異常な行動はいよいよ高じ
てきて,Pら家族にとどまらず,近隣の住民に対しても攻撃的な態度をとるように
なり,Pら家族は,近隣の住民から嫌がられて肩身の狭い思いをするようになって
精神的にも参ってしまい,Vに対するこれまでの不満や憎悪,怒りから,同年秋こ
ろには,家族で話し合ううちに,この苦しみから解放されるためには,Vを殺害す
るほかないと互いに考えるようになっていた。
  Pらは,Vの担当医師に対して,Vのこうした行状について相談していたが,
同年末ころ,医師から,患者が医師の診察を受けてから24時間か48時間以内に
死亡し,直前に診察を受けた病気が死因であることが明らかな場合には,警察に連
絡せずに死亡診断書を作成することができる旨の話を聞き,Pらは,Vを殺害して
も,48時間以内に診断を受ければ,医師が病死扱いにしてくれるから,警察ざた
にはならないと考え,次第にそう思いこむようになり,このころからVの殺害を具
体的に考えるようになった。
  そこで,Qらは,平成14年末ころから平成15年春ころにかけて,Vを殺害
するために,睡眠薬やトリカブト,インシュリンなどを入手し,コーヒーに睡眠薬
を混入させてVに飲ませようとしたり,就寝中のVにインシュリンを注射しようと
したり,ミキサーで粉砕したトリカブトの根をカレーに混ぜてVに食べさせようと
したりして,Vを殺害しようと試みていたが,Vに味の異常に気付かれるなどした
ため,いずれも失敗に終わっていた。
4被告人A及び同Bらが犯行に加担するに至った経緯
  ところで,被告人Aは,30年来Pとは音信不通であったが,平成15年春こ
ろ,伯母方を訪れた際に近くに住むP方を訪ねたところ,同女が留守であったこと
から自分の連絡先等を書いたメモを置いて帰ったことがあったが,Pは,そのメモ
を見て,若いころから素行が良くなく,やくざ者という印象を抱いていた被告人A
であれば,これまで何度も失敗しているVの殺害に手を貸してくれるのではないか
と考え,被告人Aに助力を求めることをQらに相談したところ,同女らもこれに賛
成したので,PとQらは,同年5月末ころから,被告人Aに頻繁に電話をかけて,
Vの行状を説明し,自分たちの窮状を訴えて助けを求めるようになった。そして,
同月26日ころ,QとRは,上野駅付近で被告人Aと会い,改めてVの行状を説明
し,どうにもならないU家の窮状を訴えるとともに,これまでトリカブトを使うな
どしてVの殺害を試みたことを告白し,Vを殺害しても医師が病死扱いにしてくれ
る手はずになっていると説明して,「どうにもならないんです。絶対にパパから逃
げられないんです。パパがいなくならない限りどうにもならないんです。お願いで
す,手を貸してください。頼みます」などと言って,Vの殺害の手助けをしてくれ
るように懇願した。二人の話を聞いた被告人Aは,Pらが真剣にVを殺害すること
を考えていることを感じ,妹のPとその娘たちに同情してVを殺害することに手を
貸すことを承諾した。その後,Qたちから被告人Aの協力を取り付けたと聞いたP
は,本当に引き受けてくれるのか被告人Aに聞いて確かめようと思い,同被告人に
電話をしたところ,同被告人が,Vの殺害を引き受けてくれる人を探すと言ったこ
とから,Pは,他人を関与させると後々お金を脅し取られたりすることもあるので
はないかと懸念してこれに反対し,外傷が残らないようにして殺害するために毒殺
することを考えていたことから,被告人Aに対し,Vを殺害するための薬を入手し
て欲しいと言って依頼した。
  そこで,被告人Aは,同年6月中旬ころから同月下旬ころにかけて,2回にわ
たり,結晶状の粉末になった薬を入手して,これを飲物などに混ぜれば殺害できる
と言ってQらに手渡し,PとQらは,この薬をコーヒーやカレーに混ぜてVに飲ま
せたり,食べさせようとしたが,いずれもVが味の異常に気付いて口に入れなかっ
たため,殺害の試みは2回とも失敗に終わってしまった。
  このころ,被告人Aは,Pの家を訪れた際に,敷地内に多数のトレーラーハウ
スが設置され,高級外車が多数駐車されているのを見て,Pらは経済的に裕福であ
り,Pらに協力すれば相当多額の報酬が得られるものと考え,Pらに対して,Vを
殺害するための薬の代金や活動費などの名目で,実費を超える多額の現金を要求し
ては,その支払を受けるようになった。
  PとQらは,Vに薬を飲ませて殺害することに何度も失敗していたことから,
別の方法でVを殺害しようと考え,同年6月下旬ころ,被告人Aに対して,Vを殺
害してくれる人を探してくれるように依頼するとともに,外傷を負わせることなく
Vを殺害するために,テレビドラマをヒントに,嗅がせるだけで意識を失わせるこ
とのできる薬を使用して鼻や口をふさいで窒息死させようと考え,被告人Aに対し
て,薬の入手方を依頼した。一方,Qは,その際Vを確実に殺害するために,イン
シュリンを注射することを思い付き,同年7月中旬ころ,知人からインシュリンを
入手していた。
  そのころ,被告人Aは,数年ぶりに長男の被告人Bと会うようになり,同被告
人が被告人Aの自宅を訪れるたびに数万円程度の小遣いを渡すなどしていたとこ
ろ,そのうちに,被告人Bに対して,U家の事情やVの行状を話して,Vの殺害に
何度も失敗していることを打ち明け,Qたちから依頼されて殺し屋を探すなどして
いたがうまくいかなかったことから,同年7月ころ,被告人Bに対し,「嗅がせる
だけで眠らせる薬があったら探してほしい。薬代や手間賃は払うから」「外人とか
探してるんだけども,なかなか見つからないんだよ。70から80万円くらいで頼
みたいんだけどな。駄目だったら,お前てつだってくんないか」などと言って,V
を殺害するために使う薬や殺し屋を探すことや,殺し屋が見つからなければ被告人
B自身が殺害に加わり,他にもVの殺害を手伝ってくれる人を探してくれるように
依頼した。その後,Qも,被告人Bに電話して,U家の窮状やこれまで何度もVの
殺害に失敗していることや,医者の協力が得られるのでVを殺害しても警察ざたに
はならないことなどを説明して,「お願いですから助けてください。このままじゃ
自由になれないんです。もし,人がみつからなかったら手伝ってください。お礼は
しますから」などと言って懇願し,Vの殺害に協力してくれるように依頼した。被
告人Bは,Qから聞いたU家の状態が幼少時に被告人Aから暴行を受けた自らの境
遇と重なって,Qらに対する同情の気持ちが生ずるとともに,折から借金の返済等
のために生活費に窮しており,自由に使える金が欲しかったことから,Vの殺害に
加わることを決意し,Qの依頼を承諾した。
  そして,このころ,被告人Bは,親友のCに対して,U家の窮状を話して,相
談するなどしていたが,自らはVの殺害に加わることを決意していたことから,C
に対して,嗅がせるだけで意識を失わせることのできる薬の相談をしたところ,C
からその薬はホルマリンではないかと教えられ,早速,被告人Bは,同年7月26
日ころ,薬局でホルマリンを800円で購入し,被告人Aに対して,ホルマリンを
入手したことを伝え,その購入費用が70万円であるとうそを言ってこれを請求
し,被告人Aは,被告人Bからの連絡をQらに伝え,その対価として150万円を
要求して支払を受け,このうち70万円を被告人Bに手渡して,同被告人からホル
マリンを受け取った。
  そして,被告人Aらは,ホルマリンが入手できたことから,同年8月1日にV
の殺害を決行することにしたが,被告人Aは,他にVの殺害を手伝ってくれる者が
見付けられずにいたことから,被告人Bに対して,「人が見付けられなかったか
ら,お前も手伝ってくれ。ほかに誰か一緒に来てくれる人がいたら連れてきてく
れ」などと言って,Vの殺害に加わることや,Vの殺害に協力してくれる人を探し
てくるように改めて依頼した。依頼を受けた被告人Bは,Vの殺害に加わることを
明確に承諾するとともに,V殺害の協力者としては友人のCを参加させようと考
え,Cに電話して,「今まで,相談してきたけど,親父の妹の旦那を殺ることにな
ったんで助けてくれねえか,頼めるのはお前しかいないんだ。自分らが殺したとは
判らないから大丈夫だと家族が言っている。病院に相談して,先生が書類上,何も
無かったということにしてくれるそうだ。だから大丈夫だ」などと言って説得し,
Vの殺害を手伝ってくれるよう依頼した。Cは,当初は渋っていたものの,被告人
Bから,その後,「8月1日に決まったから。仕事あけてくれ」などと言われたこ
とから,結局,犯行に加わることを承諾した。
5 殺害を共謀した状況及び犯行に至る経緯
  被告人Aは,同年8月1日昼ころ,入手したホルマリンや犯行の際に着る着替
えを持って被告人Bと落ち合い,同人の運転する車に乗り,途中,Cに連絡を取っ
て同乗させ,Qらと合流するために,Vの家のある埼玉県本庄市方面に向かった。
  被告人Aらは,共犯者Qと連絡を取り合い,同日午後8時ころ,同県(か)市
付近の焼肉レストランで,Q,R,T及びSと合流し,自宅に待機していたPに電
話をかけ,「今夜しかねえ。やんなきゃしょうがないな。寝たら,連絡よこせ」な
どと言ってVが就寝したら連絡をくれるように指示した。そして,同日午後10時
ころ,家族全員が外出しているとVに怪しまれると考えて,SとTは帰宅し,被告
人A,被告人B,C,Q及びRは,同市内のレストランの駐車場に移動して,更に
犯行について打ち合わせることにした。そして,同所に駐車したワゴン車内で,Q
は,被告人A,同B及びCに対し,これまでのVの行状やU家の窮状を訴え,Vの
殺害に何度も失敗したことを打ち明けるとともに,「もう,手が付けられないん
で,お願いします。父がいると,自由になれないし,幸せにもなれないんです。お
願いします」などと言ってVを殺害する以外に家族が助かるみちがないと改めて訴
えたところ,Cが,Vを殺害しても本当に警察ざたにならないのかと尋ねたので,
Qは,Vを殺害しても病院の先生が病死扱いにしてくれるから警察ざたになること
はないと説明し,更にCが,警察ざたになった場合はどうするのかと尋ねると,Q
は,「その時は,私たちが責任を取ります。絶対に迷惑はかけません。名前を出し
たりしませんから,お願いします」などと言って,U家の者が責任を取るから被告
人Aたちには絶対に迷惑を掛けないと言って説明し,殺害に協力してくれるように
重ねて依頼した。そこで,被告人B及びCもこれを了承し,Vの殺害に協力する決
意を改めて固めた。
  その後,被告人Aらは,犯行の役割分担や段取りについて打ち合わせるため,
同日午後11時ころ,別のファミリーレストランに移動し,店内で,被告人Aは,
共犯者らに対し,被告人Bがホルマリンを染み込ませたタオルでVの口をふさぎ,
TとCがVの腕を,被告人AがVの頭を,QとRがVの足をそれぞれ押さえるよう
それぞれの分担を指示し,また,殺害方法については,ホルマリンを使って気を失
わせ,インシュリンを注射するなどしてVの抵抗を封じるという段取りを確認した
後,同レストランを出て近くの公園やSの自宅等で待機し,Pからの連絡を待つこ
とにしたが,Qらは,Sの自宅に戻った際,被告人Aに対して,報酬として現金3
0万円を渡した。
  翌2日午前3時ころ,PはVが寝入ったことを確認したのでQに電話でその旨
を伝え,Sの自宅に被告人A,同B,C,Q,R,T及びSらが集合し,最後の打
合せをしたが,被告人Aは,共犯者ら一人一人に対し,「本当にいいんだな。これ
で最後だぞ。いいのか」と言って,Vを殺害する意思に変更がないことを確かめた
ところ,Qらは「よろしくお願いします」などと答え,その場の全員が,Vを殺害
することを改めて確認し合った。Qは,Vの事務所兼自宅となっているトレーラー
ハウスの見取図を取り出すと,部屋の内部の様子を説明し,被告人Aらは部屋に入
る順番等について打ち合わせた上,被告人Aは,ビニール袋にタオルを入れ,その
中にホルマリンをかけてタオルに染み込ませ,これを被告人Bに渡し,被告人Aら
はそこで着替えをするなどし,Qは,用意していたゴム手袋をS以外の共犯者ら全
員に配り,自らはインシュリン入りの注射器を用意するなどして,それぞれ犯行の
準備を整えた。そして,被告人Aは,共犯者らに対し,あらかじめ打ち合わせた各
人の役割分担及び段取りを改めて指示して確認した上,「最後はやるしかないんだ
よ」と念を押して,共犯者らとともにVのトレーラーハウスに向かい,同日午前4
時ころ,被告人Aらは,V方のトレーラーハウスに入り,待機していたPからVの
部屋の様子を説明してもらい,被告人A,同B,C,T,Q及びRは,Vの寝てい
る部屋に入った。
(罪となるべき事実)
 被告人両名は,以上のような経緯で,P,Q,R,T及びCと共謀の上,V(当
時55歳)を殺害しようと企て,平成15年8月2日午前4時ころ,(き)所在の
同人方トレーラーハウスにおいて,被告人両名,Q,R,T及びCが,こもごも,
就寝中のVに対し,殺意をもって,ホルマリンを染み込ませたタオルでその口をふ
さぎ,頭や手足等をベッドに押さえつけ,抵抗する同人に対し,その頸部にひも様
の布を巻き付けて強く引っ張って絞め付け,よって,そのころ,同所において,同
人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害したものである。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為はいずれも刑法60条,199条に該当するところ,所定
刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人Aを懲役10年,被告人
Bを懲役6年にそれぞれ処し,同法21条を適用して,被告人両名に対し,未決勾
留日数中140日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1
項ただし書を適用して,被告人両名にいずれも負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は,被告人両名が,共犯者5名と共謀の上,就寝中の被害者に対し,殺意を
もって,ホルマリンを染み込ませたタオルでその口をふさぎ,頭や手足等をベッド
に押さえつけた上,頸部にひも様の布を巻き付けて絞め付けるなどして殺害した殺
人の事案である。
 被告人Aは,実の妹であるPと同女の長女のQらから,被害者が,家族に対して
暴力を振るうなど傍若無人な振る舞いをし,近隣の住民ともトラブルを起こすため
家族は被害者を恐れ,近所に対しても肩身の狭い思いで生活している旨訴えられて
これに同情し,医師に相談してあるので警察ざたにはならないなどと説明され,被
害者の殺害に手を貸してくれるように依頼されてこれに応ずることにし,殺し屋を
探したり,被害者を殺害するための薬をQらに渡すなどしていたが,Pらの家が経
済的に裕福であることを知ったことから,Pらに対して薬の購入代金や活動費等の
名目で多額の現金を要求するようになり,総額で650万円もの支払いを受け,更
なる報酬欲しさから長男の被告人Bを誘い,犯行に用いるホルマリンを入手させ,
被告人Bを介して同被告人の友人のCを犯行に引き入れ,総勢7名で犯行に及んで
いる。Pやその娘ら肉親の境遇に同情して犯行に加担したという経過はあるもの
の,生命の尊さや自分たちの行為のもたらす結果に全く思いを致さずに,Pらから
の情報を一方的に鵜呑みにし,Pらの窮状を救い,打開するための方策を考えるこ
ともせず,短絡的に本件犯行に及んでいるのであり,先にみたとおり,多額の金銭
をPらから入手していることに照らすと,犯行の動機に酌量すべき余地はない。
 一方,被告人Bは,父親の被告人Aから,PらU家の家庭の窮状を打ち明けら
れ,被害者の殺害に手を貸すよう頼まれたことから,自らが幼少時に酒に酔った被
告人Aから暴力を振るわれたりした境遇にあったことを思い出して,これがU家の
窮状と重なってQらに対して同情し,これに被告人Aから言われた報酬欲しさも加
わり,被害者の殺害に手を貸すことを決意して被告人Aから依頼されたホルマリン
を購入し,実費額とかけ離れた70万円もの多額の金員を要求して受け取ったばか
りか,その後,友人のCを犯行に誘い,本件犯行に及んでいるのであって,Qらの
境遇に同情したという一面はあるものの,報酬目的という側面があったことも否定
できず,犯行の動機に酌量すべき余地があるとまではいえない。
 被告人両名とP,QらU家の家族は,被害者を殺害しても医師が病死扱いにして
くれるから警察ざたにはならないと勝手に思いこみ,犯行の数箇月前から,外傷が
残らない方法により被害者を殺害することを企て,2度にわたって薬による毒殺を
試みたが失敗したため,ホルマリンを用いて就寝中の被害者の意識を失わせて窒息
死させようと計画し,ホルマリンを事前に入手し,Cを犯行に誘い,犯行の直前に
は,被告人Aの指示で役割分担や段取り,被害者の部屋に入る順序等について周到
に打ち合わせ,あらかじめホルマリンを染み込ませたタオルやインシュリン,注射
器等を準備した上,被害者がベッドで眠り込んでいることを確認して犯行に及んで
いるのであって,周到に準備された計画的な犯行である。
 犯行の態様は,被告人両名とQ,R,T及びCの4名が,こもごも,就寝中の被
害者の口をホルマリンを染み込ませたタオルでふさぎ,頭や手足等をベッドに押さ
えつけ,目を覚ました被害者が必死に抵抗し,「話し合おう」「俺が悪かった」
「分かってるから」などと言うのを聞きながら,情け容赦なく,口にタオルを押し
当てたまま,被害者のふくらはぎにインシュリンを多数回注射するなどし,それで
も抵抗がやまないとみると,共犯者らが「首,首」と言ったのを機に,被害者の首
を絞めて窒息死させることにし,ひも様の布を被害者の頸部に巻き付け,布の両端
を被告人両名と共犯者らが代わる代わる強く引っ張って絞め続け,被害者を窒息死
させ,被害者が抵抗しなくなった後も布を引っ張り続けたばかりか,被害者が動き
出さないように両足にベルトを巻き,更にガムテープを巻き付け,とどめを刺すた
めに最後に再びインシュリンを注射しているのであって,極めて強固な殺意に基づ
いた計画的で,執ようかつ残忍な犯行である。
 被告人Aは,PやQらから殺害に助力してくれるように話を持ち掛けられ,これ
がきっかけとなって犯行に加担することを決意したのであるが,Pらから多額の現
金を受け取るようになると,被害者を殺害するための薬を入手し,被告人Bを犯行
に加担させるなど,自ら積極的に被害者の殺害に向けた行動をとるようになり,犯
行の直前には,被告人Bを含む若い共犯者らに対して,自らが中心となって犯行の
段取りや役割分担を指示するとともに,共犯者一人一人に対して,被害者殺害の意
思確認を行い,共犯者らを促し,率先して被害者の上半身を押さえ付け,ひも様の
布を被害者の頸部に巻き付け,強く引っ張って絞め付けるなどしているのであり,
犯行の準備段階から実行行為まで,終始,積極的かつ主体的に行動しており,本件
犯行を遂行する上で必要不可欠な役割を果たしている。のみならず,被告人Aは,
犯行後,予定していた医師の協力が得られなかったことから,被害者の遺体を山中
に遺棄することを提案し,共犯者らとともに被害者の遺体を載せた車で秩父方面に
向かい掛けたが,Qらが警察に出頭することを決意したため,遺体を遺棄すること
なく被害者方に戻ってきたものの,被告人両名とCが犯行に関与したことが発覚す
ることを防ぐためにQらに指示して現場を掃除させ,遺留された指紋やこん跡等を
消し去ろうとしているのであって,犯行後の情状も悪質である。
 また,被告人Bも,被告人Aから誘われたのをきっかけに犯行に加担することを
決意し,同被告人の指示に従って行動していたものであるが,同被告人に依頼され
て殺害に使用するホルマリンを入手し,親友のCを犯行に誘い,直前の打合せの際
には,被害者の部屋に入ってホルマリンを染み込ませたタオルで被害者の口をふさ
ぐという役割をすすんで引き受け,犯行に際しては打合せどおり共犯者に先駆けて
真っ先に被害者の部屋に入り,被害者の口をタオルでふさぎ,被害者の首を絞める
際には,ひも様の布を巻き付けやすいように被害者のあごと首を持ち上げ,被害者
が抵抗しなくなった後も,とどめを刺すために頸部に巻き付けたひも様の布を引っ
張って絞め付けるなどしている。
これらの点からすると,被告人Aの刑事責任は重大であり,被告人Bの刑事責任
も軽くみることができない。
被害者は,自宅のベッドで就寝中,突然,多数の者から全身を押さえつけられて
身動きできない状態にされた上,ホルマリンを染み込ませたタオルで長時間口をふ
さがれ,その間,必死に抵抗を試みたものの,頸部をひも様の布で数分間にわたっ
て強く絞め付けられ,窒息死しているのであって,この間の苦痛や無念の情は察す
るに余りある。被害者は,妻のPや長女のQらに対してこれまで数々の理不尽な仕
打ちをし,暴力を振るうなどして家族を悩ませていたとはいえ,被告人両名や共犯
者らによって殺害されなければならないいわれはないのであって,誠に悲惨という
ほかない。
そうすると,被告人両名が,事実を認め,反省の態度を示していること,とりわ
け,被告人Bは,弁護人や母親にあてた5通の手紙の中で犯行に加担した動機,C
を犯行に誘った理由,被害者に対する謝罪の気持ちなどを詳細にしたためており,
深く反省悔悟していることがうかがわれること,被告人Aも,上申書をしたため
て,反省悔悟の念を披瀝していること,被告人両名ともPら被害者の家族から誘わ
れたことがきっかけで犯行に加担したもので,被告人両名の犯行の動機にはPやQ
らに対する同情の気持ちがあったことは否定できないこと,とりわけ,被告人B
は,幼少時の自己の体験からQらの気持ちに傾倒したことがうかがわれること,被
告人Bは,被告人Aの指示に基づいて行動しており,犯行全体においては従属的な
立場にあったと認められること,被告人Bには,これまで前科前歴がないこと,被
告人Aは,前科はあるものの,いずれも古いもので,最終前科から本件犯行まで約
40年間,特段の問題もなく過ごしてきていること,長女が,社会復帰後,被告人
Aを自宅に引き取り,更生に助力すると述べていること,被告人Bの実母が,同被
告人の監督を誓約していることなど,被告人両名のためにしん酌し得る事情を十分
に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。
(求刑被告人Aにつき懲役13年,被告人Bにつき懲役8年)
【さいたま地方裁判所第三刑事部裁判長裁判官川上拓一,裁判官森浩史,裁判官南
宏幸】

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