弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件控訴を棄却する。
     原審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
         理    由
 検察官の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例はいずれも事案
を異にし本件に適切ではなく、同第二点は、憲法二八条違反をいうが、その実質は
単なる法令違反の主張であり、同第三点は、単なる法令違反の主張であつて、すべ
て刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、本件公訴事実の一部に
つき逮捕罪の成立を認めて被告人を有罪とした第一審判決に対し、その事実の認定
に誤りはないとした上で、右の逮捕行為は実質的違法性を欠き罪とならないとする
見解のもとに、第一審判決を破棄して被告人の無罪を自判した原判決は、以下に述
べる理由により、結局破棄を免れない。
 一 原判決は、第一審判決判示の「罪となるべき事実」につき、外形的事実の判
示に関する限り事実誤認の疑いはないとしてこれを是認したが、右判示部分は、同
じく第一審判決判示の「事件の背景」を正しく認識することなしには的確に理解し
評価することができない。よつて、この点につきその判示に即してこれを要約すれ
ば、
 (1)図書、雑誌、週刊誌の出版を業とする株式会社A(東京都文京区ab丁目
c番d号所在、以下「A」という。)には、かねてから同社従業員をもつて組織す
るA労働組合(組合員約一五〇名、以下「A労組」という。)及びA記者労働組合
(組合員三七、八名、以下「記者労組」という。)の両組合が結成されていたが、
昭和四五年二月ごろ右各組合とAとの間に労働争議が発生して、右各組合は同年四
月一七日から無期限ストライキに突入し、Aは同年六月一一日ロツクアウトを通告
するなどして紛争を重ねるうち、同月二七日、A労組の方針に批判的な一部組合員
は、全A労働組合(以下「第二組合」という。)を結成し、即日Aと団体交渉の結
果、就労につき合意に達して業務を再開した。第二組合の組合員数は同年七月初め
ごろまでに一二二名に達し、A労組のそれは三七名に激減した。被告人は、Aの記
者であつて記者労組に属していた。
 (2)同年六月二九日、A労組、記者労組及び主として学生アルバイトから成る
Aの臨時従業員約二五名(のちにA臨時労働者労働組合を結成し、これを臨労組と
いい、右三組合を「第一組合」と総称する。)は、就労宣言を発してストライキを
解除し、他方、Aは、同年八月一〇日にロツクアウトを解き、第一組合員に対し個
別に出社を命ずるに至つたところ、第一組合は、組合の切りくずしをねらうA側の
不当労働行為であるとして反発し、同組合員中三名を除く全員がいわゆる指名スト
により就労を拒否してAに対抗し、更にそのころから第一組合を支援する他社の労
組員が結成したA闘争支援共闘労働者会議(以下「光共闘」という。)の応援をう
けて、各週三、四回、A社屋前路上において第二組合員に対するピケツテイングを
開始し、これを実力で排除しようとする警備員との間に多くの負傷者が出るに及び、
第一組合員も警備員を旗竿で突いたり投石するなどして、しばしば警察官の規制を
うけ逮捕される等の事態を招き、労使間の紛争が深刻化した。
 (3)この事態のもとで、第一組合員は、A社屋前でピケツテイングや集会、デ
モ行進などをつづける一方、出動途上の第二組合員を付近のハス停留所などで待ち
受けて説得するピケツテイング活動を行つていたが、第二組合員のうちには、右の
ピケツテイングを避けて午前九時三〇分の就業開始より相当早い時刻に出勤する者
もあるところがら、昭和四六年二月三日の第一組合と前記光共闘との会議において
は、翌四日午前六時三〇分ごろ合計十数名の第一組合員及び光共闘に属する労組員
がA前に集合して第二組合員の出勤に備える旨の方針を決定した。かくして被告人
は、同日早朝所定の時刻ごろ、十数名の労組員らと共にA正面玄関付近路上に集合
し、同社前を南北に通じるeを南北両方向から出勤してくる第二組合員に対しピケ
ツテイングを実施するため、その場で二手に分かれ、被告人及び光共闘に属する労
組員五名は、e南方から出勤してくる第二組合員の説得にあたることとした。当時、
A警備員五名も乗用車で出勤しA内に入つたが、被告人らはそのままその場で待機
するうち、同日午前七時四〇分ごろ同社総務部副部長で第二組合員に所属するB(
当時五〇年)がeを南方から徒歩で出勤してくるのを認めた。他方、右Cにおいて
は、被告人らの姿を望見して就労することを断念し、直ちに引き返そうとしたとい
うのであつて、このとき同人は被告人らに対していわゆるピケ破りその他なんらか
の妨害的な言動に出たわけではない。
 (4)ここにおいて被告人は、Cに対し、同人が第二組合に加入した理由を問い
ただし、また会社が警備員として暴力団員を雇つていること及び第一組合に解雇者
が出ていることに関して話し合い、同人から意見を徴するとともにこれらに反対の
意思を表明することを求めて同人を説得しようと考えたが、前記警備員による妨害
を免れるため、ほか五名の労働組合員と共謀の上、右Cをその場から他所に連行し
ようと企て、歩道上を歩いてきた同人に近寄り、いきなり同人を取り囲み、うち二
名において両側からそれぞれ同人の腕をつかまえ、被告人において「実力ピケだぞ、
あんたは会社に入れないんだ。どうしてこんなに早く来るのだ」と申し向け、同人
が「入れないんだつたら帰ればいいんでしよう」といつて引き返そうとするや、前
記の二名においてそれぞれ同人の脇下に手をさし入れて同人を抱え上げながら前方
に引つ張り、ほか一名において同人を後方から押し、同人が両腕を前方につき出し、
腰を低く落として連行されまいと抵抗するのも構わず、同所からeを横切り同区a
b丁目b番fマンシヨン工場現場付近歩道上まで約三〇メートルをひきずつたあと、
さらに同人の両脇下に手をさし入れたまま引つ張り、後方から押すなどして同所か
ら小路に入り、D裏門前を経て二〇〇メートル余の距離にあるE建設株式会社前歩
道上まで強いて同人を連行し、もつてその間同人の身体の自由を拘束して不法に逮
捕した、というのである。
 二 ところで、本件公訴事実によれば、被告人の連行目的による逮捕の所為は、
同所から更にF前、gh丁目交差点、D前、G前を経て、同区gh丁目i番j号前
gj丁目交差点に至る約一七〇〇メートルにわたり継続して行われたというのであ
るが、第一審判決が最初の二三〇メートル余の距離における被告人らの行為につい
てのみ逮捕罪の成立を認めたゆえんは、それ以後の場面においては、被告人らが用
いた連行手段の態様にかんがみ、はじめの場面ほどにCの行動の自由が奪われてい
なかつたものと解されるとし、その間に区別があることを認めたからにほかならな
い。これは、被告人らのためAから遠く離れた場所に拉致されることを極度に恐れ
たCが、右判決摘示のとおりの状況のもとで、ある程度相手の話に応じる態度を示
したことから、その後は被告人らにつきまとわれつつも腕を押さえられることもな
く歩いているうち、gj丁目交差点において交通整理中の交通巡査を認めるや、に
わかに走り抜けてその背後に抱きつき救いを求めるに及んで、被告人らの連行形態
がここに断たれるに至つた経緯があることに基づくのであつて、この場合に、Cが
終始はげしい恐怖心におそわれていたことは、事実に即して容易に肯認することが
でき、これを異常視すべき合理的理由はない。例えば、同人が更に被告人とともに
その巡査に伴われ、gh丁目の派出所で話し合うこととして同派出所付近まで来た
ところ、現に交通整理の用務をもつ同巡査が再び前記gj丁目交差点に折り返すた
め右派出所に両人だけを置いて離れることになるのを恐れる余り、突如、向い側の
小石川消防署内に馳けこみ顔見知りの消防署職員に対して警察への連絡を依頼した
などの一連の行動についても、現実に本人が体験した精神状態に想到するとき、こ
れをもつて意図的に非常識な挙動に出たもののように断定、非難しうるわけのもの
ではないのである。
 三 そこで、第一審判決は、被告人の本件所為をもつて可罰的違法性を阻却する
ものであるとか、正当な争議行為にあたるとか主張する弁護人の所論に対し、本件
争議における会社側の態度をも適切に批判するとともに、法秩序全体の見地から実
質的、具体的に判断して、人の身体及び行動の自由が最大限に尊重されるべき法益
であることを説き、本件のような逮捕行為までがやむをえない手段として正当化さ
れるものではないゆえんを明示しているのである。これに対して原判決は、一方に
おいて身体及び行動の自由の最大限の尊重をいい、また、目的が必ずしも手段を正
当化するものでないことに言及し、第一審判決が本件につき逮捕罪の成立を認めた
判断に一理なしとはいえないとして、被告人らの行為の不穏当を指摘しつも、(イ)
Cが会社の付近まで来ながら被告人らの待機している状況を見て引き返しかけたこ
とから警備員の妨害の及ばない場所で同人を説得しようと考えた結果の連行行為で
あること、(ロ)同人に対する有形力の行使はその場所の選定に伴うきわめて短時
間のことであり、身体に対する殴打、足げりなどの暴行砥なく、その着衣その他に
対してもなんら損傷を与えていない程度のものであること、などの点に着目した上、
本件公道上の偶発的な出来事と思われるとして、これが果して危険な反社会的行為、
特に刑法上の犯罪としなければならないほど常軌を逸したものといえるかどうか、
すこぶる疑わしいと説くのである。しかしながら、これらの指摘は、本件が、労働
争議に際し、不法にも実力をもつて人の身体及び行動の自由を奪い、正当な就労の
権利を侵害したものであることの実質を洞察しないで、外形的な手順の現象観察に
とらわれたことを示すものであつて、本件所為に対する可罰性の有無を決するに足
る契機とすることはできない。原判決は、すでに第一審判決がこれらの点を考慮の
上特に周到に当初の逮捕行為とこれに続く連行行為における態様とを区別したのに
反して、本件所為の全過程を貫きうる違法性阻却の事由が存するかのように解する
のであるが、これは本件における被害法益の評価及び行為の緊急性その他相当性の
有無等に対する認識の相違に基づく異見といわざるをえないのである。
 四 結局、本件逮捕行為は、法秩序全体の見地(昭和四三年(あ)第八三七号同
四八年四月二五日大法廷判決・刑集二七巻三号四一八頁)からこれを見るとき、原
判決の判示する動機目的、所為の具体的態様、周囲の客観的状況、その他諸般の事
情に照しても、容認されるべきピケツテイングの合理的限界を超えた攻撃的、威圧
的行動として評価するほかなく、刑法上の違法性に欠けるところはない。したがつ
て、原判決の判断には法令の違反があり、それが判決に影響を及ぼし、原判決を破
棄しなければ著しく正義に反するものであることが明らかである。
 よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を全部破棄し、なお第一審判決は判断
と結論においてわれわれの見解と一致しこれを維持するのが相当であるから、同法
四一三条但書、三九六条、一八一条一項本文により被告事件について主文のとおり
判決する。
 この判決は、裁判官関根小郷、同坂本吉勝の反対意見があるほか、裁判官全員一
致の意見によるものである。
 裁判官関根小郷、同坂本吉勝の反対意見は、次のとおりである。
 検察官の上告趣意が刑訴法四〇五条の上告理由にあつらないことは多数意見のい
うとおりであり、かつ、記録を調べても本件は実質的違法性をいまだ備えていない
として無罪を言い渡した原判断が誤りであるとは認められないから、同法四一一条
を適用すべき限りではなく、同法四一四条、三九六条に従い本件上告はこれを棄却
すべきものである。
 検察官石井春水 公判出席
  昭和五〇年一一月二五日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    天   野   武   一
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己

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