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平成14年(行ケ)第310号 審決取消請求事件
平成15年6月5日判決言渡、平成15年5月22日口頭弁論終結
         判    決
    原   告    株式会社村田製作所
    訴訟代理人弁理士  小谷悦司、大月伸介
    被   告     特許庁長官 太田信一郎
指定代理人     長島孝志、川名幹夫、小林信雄、高橋泰史、林栄二
主    文
  原告の請求を棄却する。
  訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が訂正2002-39041号事件について平成14年5月16日にした
審決を取り消す、との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成6年9月28日、名称を「複合高周波部品」とする発明について特
許出願し、平成12年2月10日に特許第3031178号として設定登録を受け
た(本件特許)。本件特許に対して異議の申立てがされ(異議2000-7381
1号事件)、原告は、平成13年3月19日、訂正請求をしたが、特許庁は、平成
13年4月24日、「訂正を認める。特許第3031178号の請求項1ないし3
に係る特許を取り消す。」との決定をした。
 原告は、上記決定の取消訴訟を提起し(東京高等裁判所平成13年(行ケ)第2
63号)、その係属中の平成14年2月8日に、本件特許について訂正の審判を請
求した。特許庁は、この請求を訂正2002-39041号事件として審理し、平
成14年5月16日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした(平成
14年5月28日原告に審決謄本送達)。
 本件は、上記訂正審判の審決に対する審決取消訴訟である。
 2 特許請求の範囲
 (1) 訂正審判請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲
 (請求項1の発明を「訂正発明」という。下線は訂正による付加部分)
【請求項1】 高周波デバイス、第1の伝送線路およびコンデンサからなる高周波
スイッチ部品と、第2の伝送線路およびコンデンサからなるフィルタ部品とで構成
され、前記高周波スイッチ部品、前記フィルタ部品、アンテナ、送信回路および受
信回路を接続する信号ラインを備える複合高周波部品であって、
 前記高周波スイッチ部品は、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成す
ることによって、複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に前記高周波デバ
イスを搭載し、前記多層基板に前記第1の伝送線路、前記コンデンサおよび前記信
号ラインを内蔵することにより形成され、
 前記フィルタ部品は、前記多層基板に前記第2の伝送線路、コンデンサおよび前
記信号ラインを内蔵することにより形成され、
 さらに前記高周波スイッチ部品と前記フィルタ部品とを接続する前記信号ライン
が前記多層基板に内蔵されていることを特徴とする、複合高周波部品
【請求項2】 前記高周波デバイスとしてダイオードを用い、また前記伝送線路と
してストリップラインを用いたことを特徴とする、請求項1に記載の複合高周波部
品。
 【請求項3】 前記フィルタ部品としてローパスフィルタ部品を用いたことを特
徴とする、請求項1または請求項2のいずれかに記載の複合高周波部品。
 (2) 訂正前(異議の決定時)の特許請求の範囲
 【請求項1】 高周波デバイス、第1の伝送線路およびコンデンサからなる高周
波スイッチ部品と、第2の伝送線路およびコンデンサからなるフィルタ部品とで構
成され、前記高周波スイッチ部品、前記フィルタ部品、アンテナ、送信回路および
受信回路を接続する信号ラインを備える複合高周波部品であって、
 前記高周波スイッチ部品は、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼成す
ることによって、複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に前記高周波デバ
イスを搭載し、前記多層基板に前記第1の伝送線路、前記コンデンサおよび前記信
号ラインを内蔵することにより形成され、
 前記フィルタ部品は、前記多層基板に前記第2の伝送線路、コンデンサおよび前
記信号ラインを内蔵することにより形成されたことを特徴とする、複合高周波部品
【請求項2】及び【請求項3】(上記(1)の請求項2及び3と同文) 
3 審決の理由の要点
 (1) 審決は、訂正発明は、引用例1(特開平6-204912号公報、甲3)、
引用例2(特開平6-197040号公報、甲4)、引用例3(特開平4-301
901号公報、甲5)、引用例4(特開平4-355902号公報、甲6)及び引
用例5(特開昭61-147597号公報、甲7)に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定に
より特許出願の際独立して特許を受けることのできないものであり、本件訂正は、
平成6年法による改正前の特許法126条3項の規定に適合しないから、訂正を認
めることはできない、と判断した。
 (2) 審決の理由の要旨は、以下のとおりである(適宜ア、イ等の符号を付し
た。)。
3.対比
 訂正発明と、引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の発明における
「高周波スイッチ」、「導体層」、「フィルタ」、「複数の基板(ガラス又はセラ
ミック基板)」は、それぞれ、訂正発明における「高周波スイッチ部品」、「第2
の伝送線路」、「フィルタ部品」、「複数の誘電体層」に対応する構成であるか
ら、両者は、
 高周波スイッチ部品と、第2の伝送線路およびコンデンサからなるフィルタ部品
とで構成され、前記高周波スイッチ部品、前記フィルタ部品、アンテナ、送信回路
および受信回路を接続する信号ラインを備える複合高周波部品であって、
 前記フィルタ部品は、複数の誘電体層を積層してなる多層基板に前記第2の伝送
経路、コンデンサおよび前記信号ラインを内蔵することにより形成された複合高周
波部品
である点で一致し、次の点が相違する。
 相違点(1): 「高周波スイッチ部品」が、訂正発明においては、高周波デバ
イス、第1の伝送線路およびコンデンサからなり、かつ、複数の誘電体層を積層し
てなる多層基板の外面に前記高周波デバイスを搭載し、前記多層基板に前記第1の
伝送線路、前記コンデンサおよび信号ラインを内蔵することにより形成されるもの
であるのに対し、引用例1記載の発明においては、単に「高周波スイッチ」という
にとどまる点。
 相違点(2): 「多層基板」が、訂正発明においては、誘電体セラミックグリ
ーンシートを積層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層してなるもの
であるのに対し、引用例1記載の発明においては、単に、複数の基板(ガラス基板
又はセラミック基板)を積層してなるものである点。
 相違点(3): 訂正発明においては、「高周波スイッチ部品とフィルタ部品と
を接続する信号ラインが多層基板に内蔵されている」のに対し、引用例1記載の発
明においては、高周波スイッチとフィルタとを接続する信号ラインを多層基板に内
蔵するとはされていない点。
4.当審の判断
 上記相違点について検討する。
[相違点(1)について]
 ア 引用例1記載の発明において、「高周波スイッチ」を、高周波デバイス、第
1の伝送線路およびコンデンサからなるもので構成し、前記高周波デバイスを、複
数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に搭載し、かつ、前記第1の伝送線路
およびコンデンサを前記多層基板に内蔵されるようなものとすることは、引用例2
に記載された高周波スイッチに関する技術を転用することにより、当業者が適宜に
設計できる事項にすぎないものと認められ、また、前記多層基板に高周波スイッチ
の信号ラインを内蔵させるようにすることも、引用例1記載の発明において、フィ
ルタ部品の信号ラインを多層基板に内蔵されることと同様に、当業者が適宜に設計
できる事項にすぎないものと認められる。
 イ さらに、引用例3には、分布定数回路で構成される整合回路を含むフィルタ
とRFブロックとを積層形成してモジュール化することにより、フィルタとRFブ
ロック回路との間には、従来用いられていた別部品の整合回路が不要になることが
記載されており、この記載によれば、フィルタとフィルタ以外の回路部品という2
つの回路部品を積層形成してモジュール化する場合、フィルタに分布定数回路で構
成される整合回路を含ませるという設計を施すことにより、前記2つの回路部品間
には整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングが図れるという技術思想が
記載されているということができる。
 ウ してみれば、「高周波スイッチ部品」と「フィルタ部品」という2つの回路
部品を積層形成してモジュール化する場合、適宜の設計を施すことにより、前記2
つの回路部品間には整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングが図れると
いう作用効果も、当業者が容易に予測することができる程度のことと認められる。
[相違点(2)について]
 ア 多層基板回路技術において、誘電体セラミックグリーンシートを積層し、焼
成することによって、複数の誘電体層を積層した多層基板を形成するようにするこ
とは、引用例4、5等に記載されているような技術にすぎない。
 イ そして、フィルタ部品の構成要素を多層基板に内蔵することは引用例1に記
載され、高周波スイッチ部品のダイオード以外の構成要素を多層基板に内蔵するこ
とは引用例2に記載されているのであるから、その両部品を、誘電体セラミックグ
リーンシートを積層し、焼成することによって複数の誘電体層を積層してなる多層
基板に内蔵させることに格別の困難性はない。
 よって、相違点(2)が格別なこととは認められない。
[相違点(3)について]
 ア 引用例4の記載A(引用略)によれば、「・・・高周波フィルタや、高周波
フィルタの段間回路等の高周波回路」とあり、また、記載B(引用略)によれば、
「本発明の高周波回路に包含される高周波フィルタや、誘電体フィルタの共振器間
の厚膜段間回路等」とあることからすると、引用例4は、必ずしも「高周波フィル
タ」のみを対象とするものではなく、「高周波フィルタ」を包含する「高周波回
路」を対象とするものであると解され、その点を踏まえて引用例4の記載D(引用
略)の「多層回路基板に実装した高周波フィルタは、単体素子としても利用できる
が、他の部品と一緒に実装基板内への内蔵も可能である。」との記載を見れば、引
用例4は、多層回路基板内に高周波フィルタと高周波フィルタ以外の高周波回路部
品とを一緒に内蔵することを示唆しているものと解される。
 イ そして、引用例5の記載Cによれば、高周波回路において、多層基板の回路
配線パターン同士をスルーホールに充填された導体を介して電気的に接続すること
は、公知技術であるということができる。
 ウ ここで、多層基板の回路配線パターンを、例えば、「高周波フィルタ」なら
「高周波フィルタ」という一種類の回路構成のみに限るという必然性は何もなく、
別種類の回路配線パターン同士をスルーホールに充填された導体を介して電気的に
接続しても、何ら差し支えないものと解される。
 エ そして、フィルタ部品の構成要素を多層基板に内蔵することは引用例1に記
載され、高周波スイッチ部品のダイオード以外の構成要素を多層基板に内蔵するこ
とは引用例2に記載されているのであるから、高周波フィルタ以外の高周波回路部
品として高周波スイッチ部品を想定することも、当業者にとって格別に困難なこと
であったとは認められない。
 オ よって、これらの事項を参酌すれば、多層基板に高周波フィルタに係る回路
構成と高周波フィルタ以外の高周波回路部品として高周波スイッチに係る回路構成
を一緒に内蔵させ、両者を多層基板に内蔵される信号ラインで接続するようにする
ことは、当業者が適宜に設計できる事項にすぎないものと認められる。
 カ そして、訂正発明の構成によってもたらされる効果も、引用例1~5に記載
の発明から当業者ならば容易に予測することができる程度のものであって、格別の
ものとはいえない。
 キ なお、請求人(原告)は、意見書において、商業的成功の事実によっても、
訂正発明の進歩性は認められるべきである旨の主張をもしているが、出願時点で公
知の引用例に基づいて容易に発明をすることができたものであるといわざるを得な
い発明については、いくら商業的成功の事実があったとしても、特許を受けること
ができないということは、いうまでもないことである。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は、訂正発明と引用例1記載の発明との相違点(1)ないし(3)について
の判断を誤り、訂正発明の進歩性を否定したものであるから、取り消されるべきで
ある。
 1 相違点(1)についての判断の誤り
 (1) 審決の判断中、[相違点(1)について]のアは認めるが、イ及びウは争
う。 (2) 審決は、「相違点(1)について」のイ及びウで、引用例3に関し、
「フィルタとフィルタ以外の回路部品という2つの回路部品を積層形成してモジュ
ール化する場合、フィルタに分布定数回路で構成される整合回路を含ませるという
設計を施すことにより、前記2つの回路部品間には整合回路を設けなくてもインピ
ーダンスマッチングが図れるという技術思想が引用例3に記載されているというこ
とができる。してみれば、「高周波スイッチ部品」と「フィルタ部品」という2つ
の回路部品を積層形成してモジュール化する場合、適宜の設計を施すことにより、
前記2つの回路部品間には整合回路を設けなくてもインピーダンスマッチングを図
れるという作用効果も、当業者が容易に予測することができる程度のことと認めら
れる。」と判断しているが、上記判断は、訂正発明の効果と引用例3記載の発明の
効果との差異を無視したもので、誤りである。
 すなわち、引用例3では、分布定数回路により整合回路とフィルタパターンとが
別個独立に形成されるのであり(甲5の2頁右欄6行~14行)、整合回路を設け
なくてもインピーダンスマッチングが図れるという訂正発明の技術思想は開示も示
唆もされていない。引用例3に開示されたモジュール化の効果は、従来用いられて
いた別部品の整合回路が不要になるというものにすぎない。
 これに対し、訂正発明は、高周波スイッチ部品の回路とフィルタ部品の回路とを
1つの回路として、多層基板中で複合して同時設計し、高周波スイッチ部品の回路
とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができ
るようにしたものである。これにより、訂正発明は、高周波スイッチ部品の回路と
フィルタ部品の回路とを1つの回路として、多層基板中で複合して同時設計するこ
とにより、両回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことができるの
で、整合回路をいかなる形においても付加する必要がなくなり、回路的に簡略化さ
れるという訂正発明特有の効果を奏する。このような作用効果は、当業者が容易に
予測できる程度のものとはいえない。
 2 相違点(2)についての判断の誤り
 審決が指摘する引用例4、5には、機能の異なる2つの機能部品を1つの複合高
周波部品として形成するための実現手段として、誘電体セラミックシートを積層
し、焼成して複数の誘電体層を積層した多層基板を形成することについては、開示
も示唆もない。
 これに対し、訂正発明は、高周波スイッチ部品とフィルタ部品のような機能の異
なる2つの機能部品を一つの複合高周波部品として形成するための最も効果的な実
現手段として、誘電体セラミックシートを積層し、焼成して多層基板を形成すると
いう技術を用いるものである。これによって、訂正発明は、高周波スイッチ部品回
路とフィルタ部品回路を1つの回路として複合して同時設計し、インピーダンスマ
ッチングを施した設計をすることができるという相乗的な効果を奏する。
 相違点(2)は、訂正発明の他の構成と有機的に結びついて訂正発明の効果を達
成するものであるから、相違点(2)が格別なこととは認められないという審決の
判断は、誤りである。
 3 相違点(3)についての判断の誤り
 (1) 審決は、[相違点(3)について]のアで、「引用例4は、多層回路基板に
高周波フィルタと高周波フィルタ以外の高周波回路部品とを一緒に内蔵することを
示唆しているものと解される。」とし、同エで、「高周波フィルタ以外の高周波回
路部品として高周波スイッチ部品を想定することも、当業者にとって格別に困難な
ことであったとは認められない。」と判断しているが、誤りである。
 引用例4の頒布時の技術常識を参酌すれば、引用例4が対象とする「高周波回
路」は、インダクタンス素子や容量素子から構成される「高周波フィルタ」に類す
る回路であって、「高周波スイッチ」を含むものではないから、引用例4に高周波
フィルタ以外の高周波部品として、「高周波スイッチ」を一緒に内蔵させることが
示唆されているということはできない。したがって、一緒に内蔵させる高周波回路
部品として「高周波スイッチ部品」を想定することが困難ではないとの判断は誤り
である。
 (2) 審決の[相違点(3)について]のイ、ウの判断も誤りである。
 引用例4、5には、個別に作成されたインダクタンス素子や容量素子を多層基板
の内部に組み込む構成が開示又は示唆されているのみであり、訂正発明のように、
「高周波フィルタ」や「高周波スイッチ」といった別種類の機能部品の回路配線パ
ターン同士をスルーホールに充填された導体を介して電気的に接続することは、何
ら開示されていない。
 また、引用例1では、2つの部品を接続する信号ラインは多層基板の側面に形成
されており、引用例2には、機能の異なる2部品を複合した複合高周波部品及び両
部品を接続する信号ラインについての記載はなく、引用例3では、フィルタとRF
ブロックとを接続する信号ラインについては何ら記載されていない。
 これらのことに示されるように、回路素子に関する引用例4、5の記載からイン
ダクタンス素子や容量素子等の回路素子間を多層基板内のスルーホールに充填され
た導体を介して電気的に接続することは当業者が適宜設計できる事項にすぎないと
しても、異なる機能部品間を接続する場合には、各機能部品の構成や回路を個別に
設計し、機能部品間を接続する信号ラインを多層基板の外側に形成することが訂正
発明の出願時の技術常識であった。
 訂正発明のように「高周波フィルタ」と「高周波スイッチ」といった別種類の機
能部品を多層基板に内蔵される信号ラインで接続することは、この技術常識に反す
るから、当業者が適宜に設計し得る事項ではあり得ない。
 (3) したがって、「多層基板に高周波フィルタに係る回路構成と・・・高周波ス
イッチに係る回路構成を一緒に内蔵させ、両者を多層基板に内蔵される信号ライン
で接続するようにすることは、当業者が適宜設計できる事項にすぎない」との審決
の判断(「相違点(3)について」のオ)は、誤りである。
 4 訂正発明の効果についての誤認
 審決は、訂正発明の効果は引用例1ないし5に記載の発明から当業者が予測する
ことのできる程度のものであると判断したが、訂正発明の前述した特有の効果を看
過しているから、誤りである。
 5 まとめ
 以上のとおり、相違点(1)ないし(3)についての審決の判断は誤りであっ
て、訂正発明には進歩性がある。訂正発明の進歩性の判断には、訂正発明が商業的
成功を収めているという事実が参酌されるべきである。
第4 当裁判所の判断
 本件では、訂正発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点についての審決
の認定に争いはないから、これを前提として、以下、訂正発明の進歩性について判
断する。
 1 相違点(1)について
 (1) ①刊行物1(甲3)には、複合高周波部品に関して、審決が刊行物1記載の
発明と訂正発明との一致点として認定したとおりの構成が記載されており、②刊行
物2(甲4)には、「高周波スイッチ」を、高周波デバイス(ダイオード)、第1
の伝送線(ストリップライン)及びコンデンサからなるもので構成し、その高周波
デバイス(ダイオード)を複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に搭載
し、高周波デバイス(ダイオード)以外の高周波スイッチの構成要素(インダク
タ、コンデンサ及び抵抗等)を多層基板に内蔵させることが開示されている。
 上記①及び②によれば、引用例1記載の発明において、「高周波スイッチ」を、
高周波デバイス、第1の伝送線及びコンデンサからなるもので構成し、その高周波
デバイス(ダイオード)を複数の誘電体層を積層してなる多層基板の外面に搭載
し、高周波デバイス(ダイオード)以外の高周波スイッチの構成要素(インダク
タ、コンデンサ及び抵抗等)を多層基板に内蔵させる構成とすることは、引用例2
に記載された高周波スイッチに関する技術を適用することにより、当業者が容易に
なし得たことと認められる。
 また、引用例1記載の発明に引用例2に記載の高周波スイッチに関する技術を適
用する際に、多層基板に高周波スイッチの信号ラインを内蔵させるようにすること
は、当業者が適宜設計し得る事項にすぎない。
 したがって、相違点(1)に係る訂正発明の構成は、引用例1記載の発明及び引
用例2に記載された技術に基づいて、当業者が容易に想到することができたという
べきである。審決における「相違点(1)について」のアの説示は、相違点(1)
に係る訂正発明の構成を当業者が適宜設計し得る事項と判断しているもので、その
判断に誤りはない。
 (2) 原告は、審決の上記アの説示に示される判断は争わないとしつつ、「高周波
スイッチ部品とフィルタ部品とを、・・・1つの多層基板に形成することによ
り、・・・全体の寸法を小さくすることができる。また、高周波スイッチ部品の回
路とフィルタ部品の回路のインピーダンスマッチングを施した設計を行うことがで
きるため、インピーダンスマッチング用回路を新たに付加する必要がなくな
(る)」(訂正明細書【0025】)等の訂正発明の作用効果は、訂正発明に特有
のものであって、当業者が容易に予測し得るものではないと主張する。
 しかしながら、相違点(1)に係る訂正発明の構成自体に想到することが容易で
あることは上記(1)のとおりであり、その構成による作用効果が当業者の予想外のも
のであると認めるべき根拠は、本件全証拠によっても見いだすことができない。
 (3) 念のため、審決の「相違点(1)について」の説示に関して、原告が争う引
用例3(甲5)について検討すると、同引用例には、「本発明による高周波モジュ
ールによれば、フィルタとRFブロック回路とを容易にモジュール化することがで
きるとともに、モジュールとして設計することができるため、RF回路ブロックの
影響を受けることがない。」(甲5の2頁右欄49行~左欄3行)、「フィルタと
RF回路ブロックの整合を取るための回路が不要になり、製品の著しい小型化が実
現できる。」(同3頁左欄3行~5行)と記載され、分布常数回路で構成される整
合回路を含む「フィルタ」と「RF回路ブロック」とを積層化してモジュール化す
ることにより、フィルタとRFブロック回路との間に別部品の整合回路が不要とな
り、製品の小型化が実現できるという事項が記載されている。
 引用例3に開示された上記事項に照らしても、相違点(1)の構成に係る効果が
予想外のものであるとの原告主張は理由がないというべきである。
 (4) 以上のとおりであるから、相違点(1)に関する審決の判断に誤りはない。
 2 相違点(2)について 
 (1) 引用例4(特開平4-355902号公報、甲6)及び引用例5(特開昭6
1ー147597号公報、甲7)によれば、誘電体セラミックグリーンシートを積
層し、焼成することによって、複数の誘電体層を積層した多層基板を形成する技術
(グリーンシート法)は、本件特許出願時における周知技術と認められる。グリー
ンシート法の周知性自体は、原告も争っていない。
 以上のようなグリーンシート法の周知性にかんがみれば、フィルタ部品の構成要
素と高周波スイッチ部品のダイオードを除く構成要素とを、「誘電体セラミックグ
リーンシートを積層し、焼成することによって複数の誘電体層を積層してなる多層
基板」に内蔵させることは、当業者が容易になし得たことというべきである。
 (2) 原告は、訂正発明は、「機能の異なる2つの機能部品を1つの高周波部品と
して形成する」ための手段として誘電体セラミックグリーンシートの積層、焼成に
よる多層基板の形成技術(グリーンシート法)を採用したことにより、相乗効果を
奏するものであるから、相違点(2)が格別のことではないとした審決の判断は誤
りである旨主張する。しかし、訂正明細書の記載を検討しても、原告の主張するイ
ンピーダンスマッチングの不要化や高周波部品の小型化等の効果が、「複数の基板
を積層してなる」多層基板(引用発明1)を形成する技術として、周知のグリーン
シート法を採用したことによる相乗効果であると認めることはできず、他に、原告
主張の相乗効果が奏されると認めるべき根拠も証拠上存在しない。この点に関する
原告の主張は、採用することができない。
 (3) 以上のとおりであるから、相違点(2)についての審決の判断に誤りはな
い。
 3 相違点(3)について
 (1) 相違点(3)に係る構成(高周波スイッチとフィルタとを接続する信号ライ
ンを多層基板に内蔵させる点)を当業者が適宜に設計し得る事項であるとした審決
の判断(「相違点(3)について」のオ)は、①多層基板に、「高周波フィルタ」
に係る回路構成と「高周波スイッチ」に係る回路構成とを一緒に内蔵させること、
及び②両者を多層基板に内蔵される信号ラインで接続することは、いずれも当業者
が適宜に設計し得る事項である、という2つの内容に分けて理解することができ
る。審決は、上記①の点に関し、引用例4は、多層基板に高周波フィルタと高周波
フィルタ以外の高周波部品とを一緒に内蔵することを示唆していることを挙げた上
(同ア)、「高周波フィルタ以外の高周波部品」として「高周波スイッチ部品」を
想定することは当業者にとって容易であるとの理由を挙げ、上記②の点に関し、判
断の理由として、「高周波回路において多層基板の回路配線パターン同士をスルー
ホールに充填された導体を介して電気的に接続することは公知技術である」こと等
(同イ、ウ)を挙げている。
 審決の上記判断に対する原告の主張は、細部にわたるが、要約すれば、
(i) 上記①の点に関して、審決が判断の理由付けとして用いた引用例4の技術内容
を争い、
(ii)同②の点に関して、機能の異なる2つの部品(高周波フィルタと高周波スイッ
チ)の回路配線パターンを多層基板に「内蔵された信号ラインで接続すること」
は、審決が依拠した各引用例には開示されていないから、この点は適宜設計事項で
はない、というものである。
 以下、原告の上記主張について、項を改めて判断する。
 (2) 多層基板に高周波フィルタと高周波スイッチ(基板表面に搭載したダイオー
ドを除く。)を一緒に内蔵させることについて
 引用例4(甲6)には、「高周波回路」(発明の名称)に関して、グリーンシー
ト法により形成した多層回路基板に、高周波フィルタの回路構成を内蔵させること
によって「高周波フィルタを実装」したものが開示されており(甲6の図2ないし
図5)、図2ないし図5に示される構成例の変形に関して、「多層回路基板に実装
した高周波フィルタは、単体素子としても利用できるが、他の部品と一緒に実装基
板への内蔵も可能である。」(7頁左欄44行~46行)と記載されている。審決
は、上記記載を根拠に、「引用例4は、多層基板に高周波フィルタと高周波フィル
タ以外の高周波部品とを一緒に内蔵することを示唆している」と認定したものであ
る。
 原告は、引用例4の発明が対象とする「高周波回路」は、「高周波フィルタ」で
あって、「高周波スイッチ」を含むものではないから、引用例4が「高周波フィル
タ」以外の高周波部品として「高周波スイッチ」を一緒に多層基板に内蔵すること
を示唆しているとすることはできないと主張する。しかし、上記記載において、
「多層回路基板に実装した高周波フィルタ」の単体素子としての利用が言及されて
いることにかんがみれば、そこでいう「他の部品」が「高周波フィルタ」部品以外
の「高周波部品」であることは明らかである。その「高周波部品」が「高周波スイ
ッチ部品」であってはならない理由は、引用例4のどこにも見いだすことができな
い。
 しかも、引用例1には、フィルタ部品の構成要素を多層基板に内蔵すること、引
用例2には高周波スイッチ部品の構成要素(ただし、ダイオードを除く。)を多層
基板に内蔵することが、それぞれ記載されているのであるから、引用例4の上記記
載にいう「他の部品」として「高周波スイッチ部品」を想定し、高周波フィルタの
回路構成と高周波スイッチの回路構成を多層基板に一緒に内蔵させることは、当業
者が難なく想到し得たことというべきである。
 (3) 高周波フィルタと高周波スイッチの各回路を多層基板に内蔵される信号ライ
ンで接続することについて
  ア 引用例5(甲7)の2頁左下欄19行~3頁左上欄3行の記載、就中、
「各シート上の導体パターンが他のシート上の導体パターンとスルーホールに充填
された導体を介して電気的に接続される。」との記載によれば、審決が認定したと
おり、「高周波回路において、多層基板の回路配線パターン同士をスルーホールに
充填された導体に接続することは公知技術」であると認められる。
 このスルーホールによる接続という公知技術において、スルーホール等により多
層基板の内部で接続される回路配線パターンが、同じ部品(例えば「高周波スイッ
チ」)の回路配線パターンでなければならない理由は見いだせないから、多層基板
に内蔵された高周波フィルタに係る回路構成と高周波フィルタに係る回路構成と
を、多層基板に内蔵される信号ラインで接続することは、上記公知技術に基づい
て、当業者が容易になし得たことというべきである。
  イ 原告は、訂正発明は、「高周波フィルタ」や「高周波スイッチ」といった
機能部品の間の接続を多層基板内部で行うものであると主張するが、原告のいう機
能部品の間の接続とは、高周波スイッチ部品の内部配線とフィルタ部品の内部配線
とを多層基板の内部に形成されたビアーホール等の接続手段で接続することによっ
て、結果的に、高周波スイッチ部品と高周波フィルタ部品とが多層基板の内部で接
続されるということにほかならないから、上記公知技術と軌を一にするものであ
る。
 なお、原告は、引用例4、5には、インダクタンス素子や容量素子といった回路
素子を多層基板内部で接続する構成しか示されておらず、機能部品間を多層基板内
部で接続する構成の示唆はないと主張する。しかし、訂正発明で「高周波スイッチ
部品」と「フィルタ部品」とを接続するといっても、具体的には「高周波スイッチ
部品」を構成する回路素子と「フィルタ部品」を構成する回路素子を接続するので
あるから、機能部品間の接続であるか回路素子間の接続であるかは、単に表現上の
相違にすぎず、そこに技術的な観点からする実質的な相違が存在するとはいえな
い。
 原告は、また、異なる機能部品間を接続する場合には、各機能部品の構成や回路
を個別に設計し、機能部品間を接続する信号ラインを多層基板の外側に形成するこ
とが技術常識であったと主張するが、原告提出の証拠を検討しても、そのようなこ
とが技術常識であったと認めることはできない。
(4) 以上のとおりであるから、相違点(3)についての審決の判断に誤りはな
い。
4 訂正発明の効果等
 原告は、訂正発明は、高周波スイッチ部品回路とフィルタ部品回路を1つの回路
として複合して同時設計し、インピーダンスマッチングを施した設計をすることが
できるので、インピーダンスマッチング用の整合回路が不要となり、回路が簡略化
され、部品を小型化することができる等の特有の効果を奏すると主張するが、これ
らの効果は、引用例1ないし5から予測される程度の効果であるにすぎず、何ら格
別のものとは認められない。
 5 結論
 以上のとおり、訂正発明と引用例1記載の発明の相違点(1)ないし(3)につ
いて審決がした判断に誤りはない。したがって、訂正発明は、引用例1記載の発明
及び引用例2ないし5に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たもの
であって、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けるこ
とができないものである。原告の主張する訂正発明の商業的成功も、上記判断を左
右するものではない。
 原告主張の審決取消事由はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべ
きである。
東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官   塚  原  朋  一
裁判官   古  城  春  実
         裁判官   田  中  昌  利

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