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主文
1被告は,原告に対し,374万8328円及びこれに対する平成22年5月
30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを10分し,その9を被告の負担とし,その余を原告の負
担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,405万7780円及びこれに対する平成22年5月
30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,原告が,胸痛による呼吸困難のため,被告の管理,運営に係るa病
院(以下「被告病院」という。)に救急搬送された後,右鼠蹊部からの大腿動
脈穿刺による採血処置(以下「本件採血」という。)を受けたところ,本件採
血を担当したb医師(以下「被告担当医」という。)が,採血時において丹念
に触診して大腿神経を損傷しないように大腿動脈を穿刺すべき注意義務があ
るのにこれに違反した旨主張し,同注意義務違反(過失)によって神経損傷に
伴う後遺障害(右大腿のしびれ,長距離の歩行困難)が残存したとして,不法
行為ないし債務不履行に基づく損害賠償として405万7780円及びこれ
に対する本件採血日である平成22年5月30日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
1前提事実(後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
当事者
原告は昭和50年4月26日生まれの男性であり,本件採血当時の年齢は
35歳,身長は167cm,体重は89kgであった(乙A1)。
被告は,地方公営企業法2条3項,地方公営企業法施行令1条1項の規定
に基づき,c市病院事業の一つとして,被告病院を設置,管理,運営する地
方公共団体である(弁論の全趣旨)。
本件患者の診療経過
ア採血に至る経緯
原告は,平成22年5月30日午後8時35分,胸痛による呼吸困難の
ため,被告病院に救急搬送された後,当直医として勤務していた被告担当
医から,血液ガスの酸素濃度測定のために,右鼠蹊部からの大腿動脈穿刺
による採血処置(本件採血)を受け,血液ガス分析の検査所見等から胸痛
の原因は不整脈である可能性を指摘され,翌日に被告病院内科を受診する
よう指示された(乙A1・3頁,弁論の全趣旨)。
イ採血後の経緯
原告は,同月31日,妻とともに被告病院内科を受診し,胸痛は落ち着
いているものの,歩行も困難なほど穿刺部が痛い,圧痛がある旨述べた上,
痛みの原因は昨晩の穿刺(本件採血)であると考えていることなどを訴え
た(乙A1・4頁,5頁,弁論の全趣旨)。
その後,原告は,同日中に被告病院整形外科を受診し,採血時はものす
ごく痛かったが,こんなものだろうということで我慢していた旨,及び,
その後に穿刺部周辺の痛みが生じ,長く歩くと右下肢全体がしびれて苦し
くなる旨を訴えた。これに対し,同科のd医師は,断定はできないものの
針先で大腿神経をかすった可能性はあるが,少なくとも神経損傷,断裂で
はないのではないかとの意見をカルテに記載し,「右下肢末梢神経障害」と
診断した。なお,同日実施されたMRI検査では,穿刺後の仮性動脈瘤や
血腫の形成は認められなかった(以上につき,乙A1・12頁ないし17
頁)。
ウ後医による診療経過
ア原告は,同年6月3日,e整形外科を受診し,針刺入時の足先への放
散痛と刺入部の(ティネル様徴候。障害された末梢神経
幹を圧迫ないし叩打すると,神経が支配する皮膚領域にビリビリ感が瞬
間的に放散する現象のことをいう。)が認められることから,右大腿神経
損傷であると思われる旨の診断を受けた(乙A2,弁論の全趣旨)。
イ原告は,同年8月7日,e整形外科から,治癒の状態に至ったこと,
後遺障害(右鼠蹊部痛,右下腿しびれ)が残存する見込みがあることを
内容とする診断を受け,同病院における原告の治療は終了となった(乙
A3,弁論の全趣旨)。
ウ原告は,その後も引き続き痛みやしびれが残存していたことから,同
年9月16日,f整形外科病院を受診し,「右股関節部刺傷」との診断を
受けて更に治療を開始し,同年11月10日,後遺障害(右大腿のしび
れ,長距離の歩行困難)が残存する見込みがあるとして,症状固定の診
断を受け,治療が中止された(乙A4,弁論の全趣旨)。
2争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,①本件採血における被告担当医の手技上の注意義務違反(過
失)の有無(争点1),②原告が被った損害(大腿神経損傷による後遺障害)
の有無及びその損害額(争点2)であり,この点に関する当事者の主張は,後
記第3で特に摘示するもののほかは別紙に記載したとおりである。
第3当裁判所の判断
1争点1(手技上の注意義務違反の有無)について
本件と関連する医学的知見
後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる。
ア大腿動脈については,内側に大腿静脈が,外側に大腿神経がそれぞれ走
行しており(鼠蹊部の内側から順に大腿静脈,大腿動脈,大腿神経の順に
並んでいる。),その採血に当たっては,動脈(の拍動)を2本の指(人
差し指と中指)で触知し,脈に触れている両指の間に,注射針を皮膚に対
して垂直に刺入することとされている(甲B1,4,乙B1,6)。なお,
静脈穿刺に関するものではあるが,採血時の注意点として,穿刺後に血管
を探るような動きをしないこと,失敗したらその都度,抜針すること,強
い痛みや放散痛,異常感覚を訴えたら直ちに中止すること,針はできるだ
けゆっくり進めることなどを心得ておくことが肝要であるとの指摘がされ
ている(甲B18,乙B2)。
イ血液ガス測定のための動脈穿刺では,適する動脈として橈骨動脈,上腕
動脈,大腿動脈が挙げられているところ,このうち大腿動脈については,
血管が太いため穿刺が容易とされている一方,感染の危険性が高い上,肥
満の人に対する実施が困難と指摘されている(甲B3,乙B1)。
ウ注射による血管穿刺に伴う神経損傷の原因としては,注射針による機械
的神経損傷のほか,血管造影後に生じた仮性動脈瘤や血腫による神経障害
(圧迫)が挙げられており,このうち,注射針による神経損傷の有無に関
する診断に当たっては,注射の際の電撃痛の有無,穿刺直後からの麻痺症
状の有無等を問診することとされている(甲B10)。
エ医学文献上,一般に,動脈採血に関する合併症としては,上腕動脈から
の採血については,末梢神経損傷が挙げられている一方,大腿動脈からの
採血については,神経損傷は挙げられておらず,仮性動脈瘤や出血が指摘
されているにとどまる(甲B2,3)。
オ注射に伴う神経損傷では,通常と異なる強い疼痛と放散痛が特徴的であ
り,注射後に支配領域のしびれや痛みが生じるほか,支配領域の感覚鈍麻,
過敏の訴えや,穿刺部を叩打した際における支配領域への放散痛(
徴候)が見られることが少なくないとされている(甲B12)。穿刺に伴
う痛みの表現としては,電撃痛(電気ショックを受けたような激痛)が一
般に用いられているが,その具体的な訴えの内容は「ひびいた」,「しび
れた」などとされ,痛みの性質については「びりびり」,「電気が走るよ
うな」などと表現されている。こうした鋭い痛みを起こす刺激に対しては
疼痛反応(表情の変化や恐怖感,発汗,血圧上昇等の不随意な生体反応)
が発生するが,過去の痛み経験などにより修飾されるものとされている(以
上につき,甲B12ないし17,乙B2,弁論の全趣旨)。
認定事実
前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が
認められる。
ア被告担当医は,原告に対し,注射針を針のほぼ根元まで刺入(以下「第
1刺入」という。)したが,血液の流入がなかったため,注射針を皮膚近
くまで引き抜き,もう一度垂直に針をほぼ根元まで刺入したところ,血液
の流入が見られた(証人b6頁,7頁)。
イ原告は,穿刺開始時に痛みを感じたほか,上記アのうち,第1刺入の時
点で,最も強い痛み(原告の表現によると,「全身に何かミミズが走るよ
うなしびれみたいな感じ」の痛み)を感じたことから,瞬間的に身体が自
然に起き上がるとともに,原告のストレッチャーの周りにいれば聞こえる
程度の大きさで「痛っ」と訴えた(証人b8頁,原告本人2頁,3頁,1
8頁ないし20頁,22頁,23頁)。
ウ原告は,本件採血後,被告担当医に対し,「痛かったが,このくらい痛
いものなのか」という趣旨の質問をしたが,被告担当医は,大腿動脈穿刺
において通常想定される範囲内の痛みであると判断したため,痛みの予後
について特に説明することはしなかった(証人b10頁,11頁,原告本
人20頁)。
エ原告は,本件採血の翌日である平成22年5月31日,被告病院内科及
び整形外科において,本件採血時に穿刺部に強い痛みを感じ,歩行も困難
な程である旨を訴え,さらに,後医であるe整形外科においても,受診初
日である同年6月3日,右鼠蹊部から本件採血をした際に右足先まで痛み
があり,右足が付けない程度である旨を訴えている(前記前提事実イ,
ウア,甲A3)。
(事実認定の補足説明)
上記イの原告が本件採血の第1刺入時に強い痛みを訴えた点に関し,原
告は,痛みを訴えた際の感覚につき,「全身に何かミミズが走るようなし
びれみたいな感じ」と供述しており,その表現は特異ではあるが,かえっ
て作為が感じられず,電撃的な強いしびれを自分なりの表現を用いて具体
的に供述したものと理解することができる。原告は,採血に関する一連の
経過のうち,最も強い痛みを感じた時点についても,一番奥まで刺入した
時点であると明確に述べているのであって,その内容は全体として具体的
かつ自然であり,格別不合理な点は見当たらない。さらに,供述内容等の
変遷の有無を見ると,原告は,本件採血時に痛みを感じた状況について,
本件採血の翌日には,被告病院内科及び整形外科においてそれぞれ,採血
時に強い痛みを感じ,それ以後,右足がしびれている旨説明している上,
その後も,後医の受診時を含め,同様の説明をしており,その供述の態度
及び内容(被告代理人の反対尋問によっても供述内容は変わらず,維持さ
れている。)は一貫しているといえる。
加えて,原告は,本件採血後に生じた障害により現にそれまで勤務して
いた会社を解雇され,従前より低い水準の給与しか受けられない勤務先へ
の転職を余儀なくされており(原告本人8頁ないし10頁,弁論の全趣旨),
原告が,実際には神経を損傷していないにもかかわらず虚偽の供述をして
まで上記解雇等を甘受する理由があるとは認め難いことからしても,原告
の上記供述の信用性は高いといえる。
以上によれば,原告の上記供述を採用して上記イの事実を認定するのが
相当である。
上記,の検討結果を踏まえた判断
ア一般に,注射により大腿神経を損傷した場合には損傷時に通常とは異な
る強い疼痛(電撃痛)が生じ,注射後に支配領域のしびれや痛みが生じる
とされていること(前記オ)からすると,採血の手技時に強い疼痛があ
り,その後に支配領域のしびれや痛みがある場合には,原則として大腿神
経損傷が生じたと推認される。そして,この場合には,他に神経損傷の原
因が認められない限り,神経損傷の原因は大腿動脈からの採血にあると推
認するのが相当である。
そこで,大腿動脈からの採血の手技と大腿神経損傷との関係について見
るに,大腿動脈からの採血は,拍動を感じた部分に対し,注射針を皮膚に
対して垂直に刺入することとされている(上記1ア)上,大腿動脈から
の採血では,血管が太いため,穿刺が容易とされていること(同イ),医
学文献において,一般に,大腿動脈からの採血については,上腕動脈から
の採血の場合と異なり,神経損傷が合併症として挙げられていないこと(同
エ)からすると,大腿動脈からの採血においては,拍動を感じた部分に対
して注射針を皮膚に対して垂直に刺入するという手技を適切に行えば,大
腿神経を損傷することはほとんどないことが前提とされているものと考え
られる。
そうであるとすれば,大腿動脈からの採血が原因で神経損傷を生じた場
合には,適切な手技によっても不可避的に神経損傷が生じたなどの特段の
事情がない限り,採血の手技を担当した医師において,大腿動脈の拍動を
正確に触知し,注射針を皮膚に対して垂直に刺入すべき注意義務に違反し
たものと認めるのが相当である(なお,肥満の人に対しては,大腿動脈か
らの採血が困難とされていること(同イ)を踏まえると,肥満の人に対す
る大腿動脈からの採血に当たっては,大腿動脈の拍動の確認や注射針の垂
直な刺入につき,より慎重な手技が要求されるというべきである。)。
イこれを本件について見るに,本件採血において,原告は,被告担当医が
注射針を一番奥まで刺入(第1刺入)した時点で,強い痛みを感じて痛み
を訴えており(上記ア,イ),その痛みは,原告の表現によれば「全身
に何かミミズが走るようなしびれみたいな感じ」で,瞬間的に身体が起き
上がるようなものであった(同イ)ところ,医学文献上,一般に,注射に
伴う神経損傷に見られる電撃痛の訴えの内容については,「ひびいた」,
「しびれた」などとされ,痛みの性質については,「びりびり」,「電気
が走るような」などとされ,いずれも一定の例示はあるものの,特定の表
現に限定されてはいない上,疼痛反応も個人の過去の経験によって修飾さ
れるとされていること(上記オ)からすると,注射による神経損傷の際
に感じる痛みの表現にも個人差があると考えられるので,原告が本件採血
時に感じた痛みは,いわゆる電撃痛の性質を有するものであったというこ
とができる。加えて,本件採血の翌日から,原告の右足には痛みやしびれ
等の症状が残存し,後医において穿刺による右大腿神経損傷と診断されて
いること(前記前提事実ウ)に鑑みれば,被告担当医は,本件採血によ
り原告の右大腿神経を損傷したものと推認することができる。
そして,被告担当医は,注射針を一番奥まで刺入したが血液の流入がな
かったため(完全に針を抜くことはせずに)皮膚近くまで針を戻した上で,
微調整をしてもう一度,注射針を垂直に刺入したところ,血液の流入が認
められた(上記ア)というのであって,このように刺入箇所を変更する
ことなく垂直に刺入し直した結果,採血に成功したという経過に加え,原
告が本件採血時において身長167cm,体重89kgという肥満体型で
あったこと(前記前提事実)を考慮すると,被告担当医は,第1刺入時
において,大腿動脈の拍動部分を正確に触知せず,あるいは注射針を皮膚
に対して垂直に刺入しなかったと見るのが相当であるから,被告担当医は,
本件採血における手技上の注意義務に違反したというべきである。
被告の主張に対する検討
これに対し,被告は,被告担当医の証言内容等を基に,原告が第1刺入の
時点で訴えた痛みは動脈血採血時にしばしば見られる程度のものにとどまっ
ていたので,原告の痛みの訴えをもって,被告担当医が本件採血の手技を誤
ったということはできない旨主張する。
しかしながら,被告は,当初,原告が本件採血時に一切痛みを訴えたこと
はなかった旨主張し,第1回弁論準備手続期日(平成24年3月29日)に
尋問予定者である被告担当医及び被告病院の看護師らの陳述書の提出及び人
証申出を行う旨約した後,第2回弁論準備手続期日(同年5月11日)にお
いて,最も客観的に事情を把握している証人であるとの理由から,g看護師
(なお,同人の陳述書(乙A5)によると,原告が本件採血時に痛みを訴え
た記憶は全くないとのことであった。)の人証申出のみを行い,被告担当医
の陳述書を提出せず,人証申出もしなかったものであるところ,g看護師が
尋問期日に出頭しなかったことに伴い,原告が本件採血時に痛みを訴えては
いたが,通常見られる程度のものであったことを内容とする被告担当医の陳
述書(乙A6)を提出するとともに,主張内容も原告が痛みを訴えていたこ
とを内容とするものに変遷させているのであって(顕著な事実),このよう
な経過からすれば,被告担当医及び被告病院の看護師らが,本件採血時の状
況について正確に把握し,記憶していたとは認め難い(なお,被告病院の看
護師ら自身,各陳述書において,本件採血時の穿刺の状況を見ていたわけで
はない旨述べるとともに,本件採血は何事もなく終わったという記憶で,印
象には全く残っていない旨述べており,この点からしても,被告病院の看護
師らが本件採血時の状況について正確に把握し,記憶していたとは認め難
い。)。そうすると,この点に関する被告担当医の証言は信用できず,被告
の上記主張は採用できない。
また,被告は,仮に本件採血により原告の神経に損傷が生じたのであれば,
採血後の圧迫止血や胸部レントゲン検査,静脈血採血等を何事もなく受けた
ことになり,経験則に反する旨主張するが,そもそも,先に述べたとおり,
被告担当医や看護師らがこの間の原告の様子について明確に記憶していると
は認め難い上,神経損傷後の症状としては,しびれ等が挙げられている(甲
B10)ものの,穿刺時の電撃痛と同程度の痛みが穿刺後も継続して生じる
と認めるに足りる証拠はなく,かえって,穿刺した部位の触覚が鈍くなると
の指摘もあること(乙B2)や,原告自身,看護師らの説明を受けて痛みを
我慢していた旨述べていること(原告本人3頁,15頁,16頁,19頁,
20頁)に照らすと,被告の上記経験則違反の主張は採用できない。
このほか,被告は,大腿動脈からの採血では,穿刺部位を決定した後は盲
目的に注射針を操作しなければならないので,特段の事情がない限り,過失
があったとはいえない旨主張するが,そもそも大腿動脈からの採血では,拍
動の触知により穿刺部位を決定した後は,皮膚に対して垂直に注射針を進め
ることで採血が可能である旨指摘されている(上記ア)上,合併症として
も神経損傷が指摘されていないこと(同エ)からすれば,少なくとも大腿動
脈からの採血においては,その手技が盲目的な操作になることが不可避であ
るとは認め難いので,被告の上記主張は採用できず,他に被告が縷々主張す
るところも上記,の認定,判断を左右しない。
2争点2(原告らが被った損害の有無及びその額)について
前記前提事実ウによれば,原告は,本件採血に係る上記1で認定した被
告担当医の注意義務違反により,右大腿のしびれ,長距離の歩行困難を内容
とする後遺障害を負ったものと認められるところ,後掲証拠及び弁論の全趣
旨によれば,原告には以下のとおりの損害(損害額合計374万8328円)
が生じたことが認められる。
ア治療費等(甲C2の1ないし83)合計5万9650円
㋐e整形外科への通院
同年6月8回通院(治療費,薬代合計1万1130円)
同年7月15回通院(治療費,薬代合計1万2300円)
同年8月16回通院(治療費,薬代合計8090円)
同年9月6回通院(治療費,薬代合計3180円)
㋑f整形外科病院への通院
同月8回通院(治療費,薬代,検査代合計1万2490円)
同年10月16回通院(治療費,薬代,検査代合計9140円)
同年11月5回通院(治療費,薬代合計3320円)
なお,原告は,以上のほかに通院交通費として合計7万4178円の
損害が発生した旨主張するが,原告のe整形外科及びf整形外科病院へ
の通院によって,原告主張に係る通院交通費が生じたと認めるに足りる
事実及び証拠はない(なお,原告が,公共交通機関ではなく自家用車を
使用しなければならない必要性についても何ら立証がない。)。
イ文書作成料(甲C2の84ないし86)合計3万3600円
ウ装具代(甲C2の87及び88)1190円
エ休業損害108万2441円
(計算式)
休業期間平成22年5月31日から同年11月10日(164日間)
事故前の年収(平成21年度。甲C1)240万9092円
2409092(円)×164/365(日)≒108万2441(円)
なお,原告は,休業期間を6か月として,合計120万4545円の休
業損害が生じた旨主張するが,原告の休業期間は平成22年5月31日か
ら同年11月10日までの合計5か月と11日間であるから,休業損害は
上記の限度にとどまるというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
オ通院慰謝料(約5か月)105万円
なお,原告は,通院期間を6か月として合計116万円の通院慰謝料が
生じた旨主張するが,上記エで見たとおり,原告の通院期間は5か月と1
1日にとどまるので,原告の上記主張は採用できない。
カ後遺症慰謝料(14級9号に該当)100万円
キ逸失利益52万1447円
(計算式)
2409092(円)×0.05×4.329(5年ライプニッツ係数)
被告の主張に対する検討
これに対し,被告は,原告には大腿神経損傷が生じておらず,後遺障害も
残存していない旨主張するが,原告に大腿神経損傷が生じたことについては,
e整形外科及びf整形外科病院の2つの病院において,その存在を証する診
断書が作成されており,各病院における診断の信用性を疑わせる具体的な根
拠も見当たらない。
また,被告は,仮に神経損傷を来したとしても,長期かつ重度の神経損傷
を来すことはあり得ない旨主張するが,その指摘は,一般的抽象的な内容に
とどまり,これを裏付けるに足りる客観的な医学文献等の証拠もないから,
被告の上記主張も採用できない。
さらに,被告は,e整形外科及びf整形外科病院における通院治療費につ
いては,その額がほとんど一律数百円程度にとどまっているものであるから,
その間,原告の症状には特段の変化がなかった旨主張するが,証拠(甲C2
の1ないし83)によれば,原告に対しては,診察のほか,必要な処置や薬
の処方,検査が定期的に実施され,その治療内容によって1日当たりの治療
費は数百円程度から数千円程度まで幅のある形で変動していることが認めら
れるところ,被告主張に係る治療費の額の推移のみをもって,原告の症状に
特段の変化がなかったということはできず,また,原告の後遺障害につき治
療の必要がないということもできないから,被告の上記主張は採用できない。
その他,被告が縷々主張するところも上記の認定を左右しない。
第4結論
以上の検討によれば,原告の請求は,被告に対し,374万8328円及び
これに対する本件採血日である平成22年5月30日から支払済みまで民法
所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから
その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負
担につき民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
仙台地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官関口剛弘
裁判官工藤哲郎
裁判官吉賀朝哉
(別紙)
手技上の注意義務違反(過失)の有無(争点1)について
(原告の主張)
動脈からの採血においては,橈骨動脈,上腕動脈,大腿動脈の順に採血に
適しているとされており,いずれの動脈においても,伴走している神経や静
脈を損傷しないように穿刺することが要求されるとともに,丹念に触診して
蛇行が少なく,拍動がより明確に触知できる血管を選択することとされてい
る上,大腿動脈からの採血は感染や動脈損傷,血栓等が生じる可能性がある
ため余り勧められないとされている。しかるに,①本件採血では,2度の手
技において同じ長さの注射針を根元近くまで刺入したにもかかわらず,1度
目は採血に失敗し,2度目は採血に成功していること,②本件採血の1度目
の手技の時に原告が激しい痛みを訴えており,その痛みやしびれが本件採血
後も持続していること,③本件採血と後医による大腿神経損傷の確認時期が
時間的に近接していること,④その間に当該神経を損傷するような別の事象
が認められないことに鑑みれば,通常人をして,原告に生じた大腿神経損傷
が本件採血の手技に起因するのではないかとの疑いを強く抱かせるもので
あるから,本件採血を担当した被告担当医は,丹念な触診を怠り,格別やむ
を得ない事情もないのに,注射針を大腿動脈から逸脱させて大腿神経の損傷
を招いたというべきであり,本件採血に手技上の注意義務違反(過失)があ
ることは明らかである。
(被告の主張)
血液ガス分析をする際には,大腿動脈からの採血が最も一般的であり,合
併症が起こる確率も最も低いとされ,神経損傷については大腿動脈穿刺にお
ける合併症として指摘されていない。
被告担当医は,左手の人差し指と中指で大腿動脈の走行と拍動を確認し,
穿刺部位を決定した上で,太さ23ゲージ(約0.6mm),長さ32mm
の注射針を使用して,原告の鼠蹊部に対し,注射針をほぼ根元まで刺入した
が,血液の流入がなかったため,いったん同針を皮膚近くまで引き上げ,針
先の位置を微調整して再度針をほぼ根元まで刺入し,血液の流入を得て本件
採血を完了したものであり,以上の手技は通常行われているものである。
なお,原告は,第1刺入の時点で痛みを訴えてはいるが,大腿動脈からの
採血では,針を深く刺入する必要があり,動脈の周りにも神経があるため,
穿刺時には個人差はあるものの患者が痛みを訴えることはしばしばあるとこ
ろ,原告の痛みの訴えも,動脈血採血時にしばしば見られる程度のものにと
どまっていたので,原告の痛みの訴えをもって,被告担当医が本件採血の手
技を誤ったということはできない(本件採血後の帰宅時にも,原告はびっこ
を引いたり,痛みにより足を引きずったりすることなく被告病院を出た。)。
このほか,被告病院整形外科やe整形外科,f整形外科病院受診時にも原告
の痛みが持続している点については,あくまでも原告の主訴や説明がカルテ
に記載されたにすぎず,こうした記載から神経損傷や痛み,しびれの存在が
認められるものではない。
仮に,本件採血により原告の大腿神経を損傷することがあったとしても,
穿刺部位を決定した後は盲目的に注射針を操作しなければならないから,そ
のまま採血を強行すれば神経を損傷し,何らかの障害を引き起こす可能性が
想定されるにもかかわらずあえて採血行為を強行した等の特段の事情がない
限り,過失があったことにはならないが,先に見たように,原告が訴えた痛
みは採血に通常伴う程度のものであったから,上記特段の事情もない。
以上より,被告担当医が行った本件採血に手技上の注意義務違反(過失)
はないというべきである。
争点2(原告が被った損害の有無及びその損害額)について
(原告の主張)
原告は,本件採血に係る被告担当医の過失により,f整形外科病院におい
て後遺障害(右大腿のしびれ,長距離の歩行困難)残存の見込みがあるとの
診断を受けており,本件採血後,それまで稼働していた設備業での肉体労働
をすることができなくなり,やむなく災害処理施設の事務受付をしているも
のであり,本件採血から2年を経過した現在でも椅子に長時間座っているこ
とができず,階段の上り下りにも苦痛を伴う状況にあり,工場内での作業も
することができない等の支障が生じている(なお,損傷した神経の修復に要
する期間は,必ずしも被告が主張するような短期間にとどまるものではなく,
1年以上を要する症例も珍しくない。)。これらの結果,原告が被った損害
は以下のとおりであり,その合計額は405万7780円である。
ア本件採血を実施した平成22年5月から同年11月までの通院治療費
(被告病院,e整形外科及びf整形外科病院)合計6万2820円
イe整形外科及びf整形外科病院での診断書作成に係る文書作成料
合計3万3600円
ウe整形外科及びf整形外科病院への通院交通費(1リットル当たり5k
m走行する自家用車を使用)合計7万4178円
エ装具代(つえ及びアルミ製つえ)合計1190円
オ休業損害(事故前の年収240万9092円を基準とした,平成22年
5月31日から同年11月10日までの約6か月分)
合計120万4545円
カ通院慰謝料(通院期間6か月として算出)116万円
キ後遺障害慰謝料(14級9号に該当)100万円
ク逸失利益52万1447円
原告は,事故前の年収が240万9092円であったところ,現在は,
日給7500円程度,月収15万円程度(1か月当たりの稼働日数は最大
でも20日程度)となっており,本件採血後2年が経過した現在でもなお
症状が回復していないことを考慮すると,原告の後遺障害は5年を超えて
継続する可能性が高いものと考えられるので,少なくとも本件で請求して
いる5年分の逸失利益については減額されることなく全額認容されるべき
である。
(計算式)
2409092(円)×0.05×4.329(5年ライプニッツ係数)
(被告の主張)
否認ないし争う。仮に原告が大腿神経を損傷したのであれば,痛みやしび
れを軽減するために必要な治療を受けているはずであるが,原告にはそうし
た行動が全く認められないので,原告には大腿神経損傷が生じておらず,後
遺障害は残存していないというべきである。また,被告担当医が本件採血時
に原告の大腿神経に注射針を触れたり擦ったりしたとしても,本件採血で使
用した針は細いため,束になって走行する神経に触れても神経損傷を来すこ
とはなく,仮に神経損傷を来しても,その結果生じる麻痺等の症状は一過性
のものであって,原告が主張するような長期かつ重度の神経損傷を来すこと
はあり得ない。
なお,e整形外科及びf整形外科病院における通院治療費については,そ
の額がほとんど一律数百円程度にとどまっているものであるから,その間,
原告の症状には特段の変化がなかったことをうかがわせるというべきである。
以上

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