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平成21年10月8日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ケ)第10047号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月3日
判決
原告X
被告特許庁長官
同指定代理人小宮慎司
山本春樹
山本章裕
安達輝幸
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008−2447号事件について平成21年1月7日にした審決
を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において補正後の特許請求の範囲の記載
(請求項1)を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求につ
いて特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理
由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消
しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
出願手続(乙1)及び拒絶査定(1)
発明の名称:「携帯電話装置」
出願番号:特願平11−189803号
出願日:平成11年7月2日
手続補正書の提出日:平成19年1月22日(乙2。以下,この手続補正書によ
る補正を「本件補正」といい,本件出願に係る本件補正後の明細書(乙1及び2)
を「本願明細書」という。)
拒絶査定:平成19年12月5日(乙4)
審判請求手続及び本件審決(2)
審判請求日:平成20年1月9日(不服2008−2447号)
審決日:平成21年1月7日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成21年1月29日(原告に対する送達日。乙5)
2本願発明の要旨
本件審決が対象とした本願発明(本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載
の発明)の要旨は,次のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行部分を
示す。
送信・受信回路と,セルラー基地局を介して有線通信網と通話を行う通信モード
と,セルラー基地局を介してインターネットに接続する通信モードとを有するディ
ジタル変調・復調回路と,第1および第2の記憶手段と,制御手段と,操作手段を
有するとともに圧縮された音楽データの解凍手段を有し,前記第1の記憶手段は不
揮発性のメモリーを用いるとともに着脱自在にし,前記第2の記憶手段は動作途中
のデータなどを記憶するようにし,/前記ディジタル変調・復調回路の通信モード
が音楽データの受信モードに指定された場合は受信された音楽データを前記第1の
記憶手段へ格納し,音楽データの再生モードが指定された場合は前記第1の記憶手
段に格納された音楽データを前記解凍手段を介して出力するように構成された携帯
電話装置。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された(1)
発明(以下「引用発明」という。)及び下記イの周知例等に記載された周知技術に
基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条
2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア引用例:特開平11−164058号公報(甲1)
イ周知例:特開平11−65950号公報(甲2)
なお,本件審決が上記判断に際して認定した引用発明並びに本願発明と引(2)
用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明:送信・受信回路と,セルラー基地局を介して通信網と通話を行う
通信モードを有する変調・復調回路と,記憶装置(媒体)と,制御手段と,プッシ
ュボタン等を有するとともに前記記憶装置(媒体)は不揮発性のメモリーを用いる
とともに着脱自在にし,前記プッシュボタン等を操作して,受信された音楽ソフト
を前記記憶装置(媒体)へ格納し,前記記憶装置(媒体)に格納された音楽ソフト
を出力するように構成された携帯電話装置。
イ一致点:送信・受信回路と,セルラー基地局を介して通信網と通話を行う通
信モードを有する変調・復調回路と,記憶手段と,制御手段と,操作手段を有する
とともに前記記憶手段は不揮発性のメモリーを用いるとともに着脱自在にし,通信
モードが音楽ソフトの受信モードに指定された場合,受信された音楽ソフトを前記
記憶装手段へ格納し,前記記憶手段に格納された音楽ソフトを出力するように構成
された携帯電話装置。
ウ相違点
ア相違点1:通信網に関して,本願発明は「有線通信網」であるが,引用発()
明は有線であるか不明である。
イ相違点2:本願発明は「セルラー基地局を介してインターネットに接続す()
る通信モード」を有しているのに対して,引用発明は有していない。
ウ相違点3:変調・復調回路として,本願発明は「ディジタル」方式の回路()
であるが,引用発明の方式は不明である。
エ相違点4:本願発明は「第2の記憶手段」を有し,「前記第2の記憶手段()
は動作途中のデータなどを記憶するようにし」ているのに対し,引用発明が第2の
記憶手段を有しているのか不明である。
(オ)相違点5:音楽ソフトに関して,本願発明は「音楽データ」の形式を採用
しており,「圧縮された音楽データの解凍手段を有し」ており,「音楽データの再
生モードが指定された場合」は「前記解凍手段を介して」出力するようになってい
るが,引用発明が,音楽ソフトとして音楽データの形式を採用しているか不明であ
り,音楽データの再生モードの指定についても,不明であり,また,圧縮された音
楽データの解凍手段は有していない。
4取消事由
(1)一致点の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点を看過した誤り(取消事由2)
(3)容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(一致点の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決(4頁13∼18行)は,本願発明と引用発明との一致点を前記第2の
3(2)イのとおり認定したが,本願発明のディジタル変調・復調回路は,セルラー
基地局を介して有線通信網と通話を行う通信モードと,音楽データの受信をするた
めにセルラー基地局を介してインターネットに接続する通信モードを有するもので
あるのに対し,引用発明は,引用例の【発明の詳細な説明】の記載にあるとおり,
電話による通話でも,音楽を聴取する場合でも公衆回路網にアクセスするものであ
って,本願発明のように,「セルラー基地局を解して有線通信網と通話を行う通信
モードと,セルラー基地局を介してインターネットに接続する2つの通信モードと
を有する」ものではなく,この点で,本件審決の一致点の認定には誤りがある。
〔被告の主張〕
本件審決は,引用発明につき,「セルラー基地局を介して通信網と通話を行う通
信モードを有する変調・復調回路」を有していると認定し,この点において本願発
明と一致するとしたにとどまり,引用発明が「セルラー基地局を介して有線通信網
と通話を行う通信モードと,音楽データの受信をするためにセルラー基地局を介し
てインターネットに接続する通信モードを有する」として,本願発明と一致してい
ると認定しているものではなく,原告の主張は,本件審決の一致点の認定を正解し
ないものであって,理由がない。
2取消事由2(相違点を看過した誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は,次の相違点を看過している。
(1)2つの通信モードの切替え
本件審決が認定しない相違点として,本願発明には通話モードと音楽ダウンロー
ドモードの切替えがあるが,引用発明にはこれがないことを認定すべきである。
本願発明に係る請求項1には,「通話を行う通信モード」と,「セルラー基地局
を介してインターネットに接続する通信モード」とを有するとされ,明らかに2つ
のモードが存在し,また,「通信モードが音楽データの受信モードに指定された場
合」とされており,この2つのモードの間で切替えがされることが明示されている。
また,本願明細書の記載(【0025】,【0026】)にも,「通話モードと
音楽ダウンロードモードの切替え」の具体的な手段が明示されている。
(2)記憶手段へ格納する技術
本願発明において,「音楽データの受信モード」が指定されると,自動的に受信
データを第1の記憶手段に格納するようにされているのに対し,引用発明は,「前
記ディジタル変調・復調回路の通信モードが音楽データの受信モードに指定された
場合は受信された音楽データを前記第1の記憶手段へ格納し」との構成を有してい
ない。
この点について,被告は,本願発明に係る請求項1には,特定の記憶手段への音
楽データの格納が,「自動的に」行われることについての記載がないと主張するが,
同請求項1には,「第1および第2の記憶手段」,「前記第1の記憶手段は不揮発
性のメモリーを用いるとともに着脱自在にし,前記第2の記憶手段は動作途中のデ
ータなどを記憶するようにし,」と各記載があり,複数の記憶手段が存在すること
が明示されており,そして,「ディジタル変調・復調回路の通信モードが音楽デー
タの受信モードに指定された場合は受信された音楽データを前記第1の記憶手段へ
格納し」との記載によると,複数(第1及び第2の記憶手段)のうちの第1の記憶
手段に音楽データを格納するようにされている以上,同請求項には,「特定の記憶
手段へ音楽のデータの格納が自動的に行われること」についての明示がされている
ということができる。
他方,被告が挙げる引用例(【0009】)には,携帯型音楽選曲視聴機の記憶
装置(媒体)に音楽ソフトをダウンロードすると,この音楽ソフトを携帯型音楽選
曲視聴機のディスプレイやレシーバで楽しむことできると記載されているが,具体
的にどのような手段でこれを行うのか開示がなく,また複数の記憶手段の使い分け
に関する記載がないから,自動的に特定の記憶の記憶手段に音楽データを格納する
という発明特定事項が開示又は示唆されているということができないものである。
〔被告の主張〕
(1)2つの通信モードの切替え
原告の主張は,本願発明が「通話モードと音楽ダウンロードモードの切替え」を
有していることを前提とするものであるが,本願発明には,「音楽ダウンロードモ
ード」や「切替え」は明示的に記載されておらず,原告の主張は,そもそも本願発
明の要旨に基づかない主張である。
(2)記憶手段へ格納する技術
本件審決(4頁16∼17行)が本願発明と引用発明の一致点として認定してい
るとおり,「通信モードが音楽ソフトの受信モードに指定された場合,受信された
音楽ソフトを記憶手段へ格納」することができるものである。
原告は,本願発明につき,特定の記憶手段への音楽データの格納が,「自動的
に」指定されるものであるとし,これを引用発明との相違点とすべきであると主張
するが,このような事項は,本願発明に係る請求項1に明示的に記載されておらず,
本願発明の要旨に基づかないものであって,原告の主張は失当である。
その上,仮に,本願発明を原告主張のようにとらえることができるとしても,引
用例の記載(【0011】,【0014】)によると,引用発明においても,曲名
等の選択をした後,更なる操作を要することなく,着脱自在な記憶装置への記録ま
で行われていると解されるから,この点においても,原告の主張は理由がない。
3取消事由3(容易想到性に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)記憶手段へ格納する技術に係る判断の当否
本件審決は,携帯電話機を単にインターネットに接続する技術が周知であり,ま
た,ディジタル方式の携帯電話システムが既に周知・慣用であることによって,直
ちに,本願発明の構成である「ディジタル変調・復調回路の通信モードが音楽デー
タの受信モードに指定された場合は受信された音楽データを前記第1の記憶手段へ
格納」するという技術が格別の創意工夫を要するものではないとするが,その判断
は誤りである。すなわち,ディジタル方式の携帯電話機をインターネットに接続し,
音楽データの受信モードにすることで,自動的に特定の記憶手段への格納が指定さ
れることは,従来技術には開示も示唆もなく,これをもって「格別の創意工夫を要
するものといえない。」とすることはできないからである。
(2)相違点1に係る判断の当否
本願発明は,通話を行う通信モードと,インターネットに接続して音楽データの
ダウンロードを行うことにつき,有線通信網とインターネットとを使い分けること
に意義があるが,引用発明には,このような通信回線を使い分けるとの構成はない
にもかかわらず,本件審決(5頁12行)が,相違点1について,引用発明におけ
る通信網を有線通信網とすることが「周知・慣用技術の付加限定の域を出ない。」
としたことには誤りがある。
本願明細書の記載(【0026】,【0031】)によると,本願発明では,
「有線通信網」と「インターネット」とが区別されているところ,電話の通話と音
楽データのダウンロードとで通信回線を使い分けることには大きな意義がある。電
話の通話は多少音質が悪くても実用上の問題がないが,音楽では音質が重要であり,
一方で音質を高めるために音楽データのダウンロード時間を長く取るのは好ましく
ないため,本願発明では,それぞれのモードに合わせて最適な通信回線を選択する
ようにしているからである。これに対し,引用発明には,そもそも通信回線を使い
分けることについての記載がない。
(3)相違点4に係る判断の当否
相違点4につき,本件審決(5頁29∼31行)は,「受信された音楽ソフトを
記憶する着脱自在な記憶手段の他に,第2の記憶手段を設けることは,当然付加す
べき単なる技術的事項にすぎない。」としたが,この点にも誤りがある。
被告は,中央演算装置(CPU)の動作途中のデータと音楽データは,データと
しての性質が全く異なり,動作途中のデータは,本来的にその時々の処理のための
データであるから,これを着脱自在な記憶手段に記憶させるようなことは,当業者
であれば,想起し得ると主張するが,例えば,パーソナルコンピュータに用いられ
るOSでも,現在普及している多くのOSが,デフォルト状態でダウンロードした
データを中央演算装置の動作途中のデータとともに主記憶装置へ格納するようにさ
れているように,中央演算装置の動作途中のデータと音楽データとを同一の記憶手
段に記憶させるようにすることが,まず想起されることであって,被告の主張は理
由がない。
また,被告は,引用発明も「着脱自在な記憶装置への記録が行われると解され
る」と主張するが,引用例の別紙【図2】の記載からは,どのように「音楽制御
部」が動作して「音楽用記憶部」と「音楽用記憶媒体」とを使い分けているかまで
の開示がなく,本願発明の特定事項の示唆もなく,被告の主張は理由がない。
(4)相違点5に係る判断の当否
相違点5につき,本件審決(6頁7∼11行)は,「引用発明において,音楽ソ
フトとして『音楽データ』の形式を採用し,『圧縮された音楽データの解凍手段』
を付加し,『音楽データの再生モードが指定された場合』は『前記解凍手段を介し
て』出力するように変更する程度のことに,格別な創意工夫を要するものというこ
とはできない。」としたが,この点にも誤りがある。
被告は,周知例等に,「音楽データ」を圧縮して受信すること及び解凍手段が開
示されているとして,上記審決の判断に誤りがないと主張するが,本願発明は,
「通話を行う通信モード」と「音楽データの受信モード」と「音楽データの再生モ
ード」とを有し,それぞれのモードに適した動作を行うように構成されているため,
使用者が簡単な操作で電話通話,音楽のダウンロード,音楽の再生を行うことがで
きるものであるところ,周知例等には,そのような全体的な構成を開示する記載は
なく,被告の主張は理由がない。
(5)特別の効果に係る判断の当否
本件審決(6頁15∼18行)は,「引用発明,周知技術,慣用技術は同じ技術
分野に属しており,しかも引用発明との技術関連性は強く,また,本願発明の効果
も,各々技術自体が有している効果以上の格別なものは認められない。」としたが,
その判断にも誤りがある。引用発明,審決が挙示する周知技術は同じ技術分野に属
しているが,本願発明の効果には特別なものがある。
被告は,引用発明においても,携帯電話機を利用して音楽ソフトを楽しめるとい
う効果があると主張するが,携帯電話機の通話と音楽のダウンロードとで通信回線
を異ならせ,それぞれに適した状態にするとの本願発明の構成については,引用例
や周知例等には開示されていないところ,本願発明のこのような構成に伴う効果は,
音楽データのダウンロードの時間を短時間にするばかりでなく,高い音質で音楽を
聴取可能にするものとして格別な効果を奏するものであって,被告の主張は理由が
ない。
〔被告の反論〕
(1)記憶手段へ格納する技術に係る判断の当否
上記2の〔被告の主張〕(2)のとおり,記憶手段へ格納する技術について認定さ
れるべき相違点は存在しない上に,引用発明において,接続先がインターネットと
なり,変調・復調回路が「ディジタル」方式の回路となった場合には,「受信され
た音楽ソフトを記憶手段へ格納」するという構成が他に変更されるべき技術上の事
情も想定されず,本願発明に係る構成とすることを妨げる理由も想定されないこと
から,本件審決の「ディジタル変調・復調回路の通信モードが音楽データの受信モ
ードに指定された場合は受信された音楽データを前記第1の記憶手段へ格納」する
という技術が格別の創意工夫を要するものともいえない。
(2)相違点1に係る判断の当否
引用発明においても有線通信網を事実上使用することは明らかであって,さらに
本願発明における「有線通信網」に格別の意義がなく,これを周知・慣用技術の付
加限定にすぎないとした本件審決の判断に誤りはない。
(3)相違点4に係る判断の当否
ア携帯電話装置において,動作途中のデータなどを記憶する記憶手段が必須で
あること,引用発明においても,着脱自在な記憶手段の他にも「電話番号登録用記
録部」が用いられているように,携帯電話装置において,記憶手段を1つにする格
別な事情があるわけでもなく,引用発明に「第2の記憶手段」を設けることは,技
術上の単なる付加事項にすぎない。
そもそも,中央演算装置(CPU)の動作途中のデータと音楽データは,データ
としての性質が全く異なり,動作途中のデータは,本来的にその時々の処理のため
のデータであるから,これを着脱自在な記憶手段に記憶させるようなことは,当業
者であれば,想起し得ることである。
したがって,「受信された音楽ソフトを記憶する着脱自在な記憶手段の他に,第
2の記憶手段を設けることは,当然付加すべき単なる技術的事項にすぎない。」と
した本件審決の判断に誤りはない。
イ原告は,本願発明につき,音楽データが着脱可能なメモリに操作することな
しに記憶されることに格別の特徴を有すると主張するが,本願発明に係る請求項1
には,「操作することなしに」という明示的記載はないから,原告の主張は,本願
発明の要旨に基づかない主張である。
仮に,原告の上記主張が,曲名の選択操作をした後に,更なる操作をすることな
しに着脱可能なメモリに記憶されることの意味であると,本願発明を限定的に解釈
すべきであるものであったとしても,引用例の記載(【0011】,【0014】,
【0015】)及び図3によると,,引用発明においても,曲名等の選択をした後,
更なる操作を要することなく,着脱自在な記憶装置への記録までが行われていると
解されるから,この点においても,原告の主張は理由がない。
(4)相違点5に係る判断の当否
携帯電話やPHSの通信路を用いて,音楽ソフトとしての「音楽データ」を圧縮
して受信することが周知であることは,周知例,特開平10−271245号公報
(甲8。以下「甲8公報」という。)等のとおりであり,受信した側でこれを再生
するためには,圧縮された音楽データを解凍する解凍手段が当然に必要であること
も明らかである。例えば,「音楽データ」を圧縮して受信することは,周知例
(【0075】,【0076】及び【0094】)及び甲8公報(【0017】,
【0018】及び【0025】)に開示され,また,解凍手段についても,甲8公
報(上記段落)に開示されている。
そうすると,引用発明が,携帯電話装置であって,携帯電話の通信路を利用する
技術であり,しかも,上記周知技術も同様の携帯電話の通信路を利用する技術とい
う点で,技術分野の関連性が極めて強いことも明らかであるから,引用発明におい
て,音楽ソフトとして「音楽データ」の形式を採用し,「圧縮された音楽データの
解凍手段」を付加し,「音楽データの再生モードが指定された場合」は「前記解凍
手段を介して」出力するように変更する程度のことに,格別な創意工夫を要するも
のではないとした本件審決に誤りはない。
(5)特別の効果に係る判断の当否
本願発明の効果については,本願明細書(【0057】ないし【0059】)に
記載されているが,①インターネットへ接続したり,あるいは携帯電話サービス会
社の局に接続して音楽データを容易に入手することができること,②音楽データを
提供する業者は,音楽データをパケット網を介して送る場合は,例えばパケット通
信量に応じてデータ料金を徴収することができ,あるいは携帯電話の端末番号を識
別してデータ料金を徴収することもできること,③使用者側としては,パソコンな
どがなくても音楽データを取り込むことができ,特にPHSでは通信速度が早いた
め,短時間でデータの取り込みを行うことができることとされている。
これに対し,引用発明においても,引用例の記載(【0016】)から,携帯電
話機を利用して音楽ソフトを楽しめるという効果があり,これは上記のうち「携帯
電話サービス会社の局に接続して音楽データを容易に入手することができる。」こ
とや,「使用者側としては,パソコンなどがなくても音楽データを取り込むことが
できる。」ことに当たる。また,本願発明の上記②及び③の効果は,本願発明の構
成から直接導かれるものではないが,本件出願当時の技術水準を勘案し,周知技術,
慣用技術を組み合わせたものであれば,いずれも自明なものであるということがで
き,原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(一致点の認定の誤り)について
原告は,本願発明のディジタル変調・復調回路は,セルラー基地局を介して有線
通信網と通話を行う通信モードと,音楽データの受信をするためにセルラー基地局
を介してインターネットに接続する通信モードを有するものであるのに対し,引用
発明は,本願発明のような「セルラー基地局を介して有線通信網と通話を行う通信
モードと,セルラー基地局を介してインターネットに接続する通信モードとを有す
るディジタル変調・復調回路」に関する構成を有するものではなく,この点で,本
件審決の一致点の認定に誤りがあると主張する。
しかしながら,本件審決が一致点として認定しているのは,前記第2の3(2)イ
のとおりであって,原告の主張する「インターネットに接続する通信モード」につ
いてまで,一致点として認定しているわけではなく,かえって,前記第2の3(2)
ウ(イ)のとおり,本願発明はセルラー基地局を介してインターネットに接続する通
信モードを有しているのに対して,引用発明は有していない点を相違点2として認
定しているのであるから,原告の主張は,要するに,本件審決の認定を正解しない
ものであって,理由がない。
したがって,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点を看過した誤り)について
(1)2つの通信モードの切替え
原告は,本願発明と引用発明との相違点として,本願発明に通話モードと音楽ダ
ウンロードモードの切替えがあるが,引用発明にはこれがないことを認定すべきで
あったのに,本件審決がこれを看過したと主張するので,以下検討する。
ア本願発明における「通話モードと音楽ダウンロードモードの切替え」
(ア)本願発明の要旨は,前記第2の2のとおりであって,本願発明は,「セル
ラー基地局を介して有線通信網と通話を行う通信モード」と「セルラー基地局を介
してインターネットに接続する通信モード」という2つの通信モードを有しており,
また,「通信モードが音楽データの受信モードに指定された場合は受信された音楽
データを前記第1の記憶手段へ格納し」とされていることからして,「通話を行う
通信モード」又は「インターネットに接続する通信モード」を選択して指定するこ
とが前提となっていると解することができる。
(イ)また,仮に,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解す
ることができないとして本願明細書をみるとしても,本願明細書の発明の詳細な説
明によると,本願発明は,使用者がキーを操作することにより,音声通話を指定す
ると,セルラー基地局を通じて有線回線網に接続されて通話回路が構成され(【0
012】,【0026】),一方,使用者がキーを操作することにより,音楽デー
タの受信モードに指定すると,セルラー基地局を通じてパケット通信網接続される
ことを介してインターネットに接続されて,サーバーから音楽データをダウンロー
ドすることができ,このダウンロードされた音楽データは復調されてディジタル信
号となり,第1のメモリーへ格納されるもの(【0012】,【0013】,【0
024】,【0025】,【0031】∼【0034】)であって,このことから
すると,本願発明において,使用者は,「通話モード」又は「インターネットに接
続する音楽ダウンロードモード」を選択して指定することができるものであるとい
うことができる。
(ウ)原告が主張する「通話モードと音楽ダウンロードモードの切替え」という
のは,上記の本願発明の要旨における「通話を行う通信モード」又は「インターネ
ットに接続する通信モード」を選択して指定することや,本願明細書における「通
話モード」又は「インターネットに接続する音楽ダウンロードモード」を選択して
指定することをいうものと解することができ,その意味で,本願発明には,通話モ
ードと音楽ダウンロードモードの切替えを行うことが特定されていると認めること
ができる。
イ引用発明における「通話モードと音楽ダウンロードモードの切替え」
(ア)他方,引用発明についてみると,引用例の発明の詳細な説明には,次の記
載がある。
【0008】携帯型音楽選曲視聴機60は,本体61内に記憶装置66を内蔵する
モデルを示す。このモデルの携帯型音楽選曲視聴機60にあっては,本体61のプ
ッシュボタン等を操作して配信センター10を呼び出して,供給を受けた音楽ソフ
トは,レシーバ64とディスプレイ62に出力されるとともに,記憶装置66によ
り記憶される。したがって,ユーザは公衆回線30の接続を遮断した後にも,記憶
装置66内の音楽ソフトを再生させて楽しむことができる。
【0009】携帯型音楽選曲視聴機70は,本体71に対して着脱可能な記憶装置
76を備える。この記憶装置76は,例えば磁気カード,磁気テープ,CD,DV
D,ICカードのようなメモリカードである。ユーザは,本体71のプッシュボタ
ン等を操作して,携帯型音楽選曲視聴機70の記憶装置(媒体)76に音楽ソフト
をダウンロードすると,この音楽ソフトを携帯型音楽選曲視聴機70のディスプレ
イ72やレシーバ74で楽しむことできるとともに,この記憶装置(媒体)を抜き
出して,他のオーディオユニットに挿入し,より高品質な再生音楽を楽しむことが
できる。また,他のオーディオユニットで記憶装置76内に音楽ソフトを記憶させ,
この記憶装置76を,この携帯型音楽選曲視聴機70に挿入して音楽を楽しむこと
もできる。
【0011】音楽用制御部200は,総合制御部110,電源部130,電波送受
信制御部140,ボタン入力制御部180,ディスプレイし御部160に接続され
る。ユーザは,ボタン入力部182を操作して配信センターを呼び出す指令を出力
すると,その内容はディスプレイ表示部162に表示されるとともに,電波送受信
制御部140は,アンテナ150を介して公衆回線網を経由して配信センターにア
クセスする。
【0013】音楽用制御部200に接続される音楽用記憶部240は,音楽ソフト
を記憶する。磁気カード,磁気テープ,CD,DVD,ICカードのようなメモリ
カードのような音楽用記憶媒体250は,音楽ソフトを記憶するとともに,この記
憶媒体250を取り出して,他のオーディオユニット等で使用することもできる。
【0014】図3は,本発明のシステムによる処理のフロー図である。ステップS
10では,レコード制作会社20から配信センター10へ,曲・歌詞・画像の登録
(変更・削除)を行う。ステップS11では,ユーザは携帯型音楽選曲視聴機のデ
ィスプレイとプッシュボタンで,曲名・歌手名・ジャンル・曲名№・作曲家名等を
選択できる。ステップS12は,選曲した曲と歌詞・画像を配信センターからユー
ザに回線を通して送信する。
【0015】ステップS13は,ユーザのレシーバから音声,ディスプレイに歌詞
と画像を表示する。記憶装置付きの場合は記録し,通話終了後も再生可能とする…。
【0016】【発明の効果】本発明は以上のように,携帯電話機を利用してユーザ
が選曲した音楽ソフトを楽しむことができるので,公衆回線網の利用も拡大され,
サービスも向上するものである。
(イ)上記の記載を含む引用例の発明の詳細な説明によると,引用発明は,携帯
型の電話機を用いた音楽の配信システムに関するもので(【0001】),ユーザ
に対し,通話サービスを提供するほかに,無線の公衆回線網を利用して音楽選曲視
聴システムの提供をすることを目的とするものであって(【0003】),ここで
用いられる「携帯型音楽選曲視聴機」は,携帯電話機と同様の構造を有し,ユーザ
が操作して配信センターを呼び出すと公衆回線網にアクセスし,希望する音楽ソフ
トを公衆回線網を介して受信し,また,この受信した音楽ソフトを記憶する内蔵型
又は着脱自在な記憶装置(媒体)を備えることができ,ユーザが操作して受信した
音楽ソフトを,レシーバとディスプレイに出力するとともに,上記の記憶部に記憶
させ,さらに,この記憶した音楽ソフトを再生することができる(【0004】∼
【0006】,【0008】,【0009】,【0011】∼【0016】)とと
もに,他方,ユーザが相手の電話を呼び出す操作をすると,公衆回線網にアクセス
して,ユーザが相手と通話することができる(【0010】)というものであると
認めることができ,本願発明のように「有線通信網と通話を行う通信モード」のほ
か,「インターネットに接続する通信モード」という2つの通信モードを有してい
ない(相違点2参照)ものの,「公衆回線網にアクセスして,ユーザが相手と通話
することができる」状態と,「音楽ソフトを公衆回線網を介して受信」する状態と
を有するところ,これは,ユーザが「通話モード」又は「音楽ダウンロードモー
ド」を選択して指定するものであり,その選択が「通信局と通話を行う通信モー
ド」という1つの通信モード内で行われるとしても,「通話モード」と「音楽ダウ
ンロードモードの切替え」を行うことそれ自体は本願発明と一致するということが
できる。
ウ以上によると,本願発明には通話モードと音楽ダウンロードモードの切替え
があるが,引用発明にはこれがないことを相違点として認定すべきであるとの原告
の主張は,これを採用することができない。
(2)記憶手段へ格納する技術
ア本願発明における音楽データの記憶手段への格納について
上記(1)ア(イ)によると,本願発明においては,使用者がキーを操作して音楽デ
ータの受信モードを指定すると,セルラー基地局を通じてパケット通信網に接続さ
れることを介してインターネットに接続され,サーバーから音楽データをダウンロ
ードすることができ,その際,ダウンロードした音楽データが,第1の記憶手段に
格納されることになるものである。
イ引用発明における音楽ソフトの記憶手段への格納について
他方,上記(1)イ(イ)によると,引用発明は,受信した音楽ソフトを記憶する内
蔵型又は着脱自在な記憶装置(媒体)を備えるものであって,記憶装置を内蔵する
モデルについては,「本体61のプッシュボタン等を操作して配信センター10を
呼び出して,供給を受けた音楽ソフトは,レシーバ64とディスプレイ62に出力
されるとともに,記憶装置66により記憶される。」(【0008】)とされ,こ
れとは別に,ダウンロードした音楽ソフトを記憶する記憶手段につき,これを指定
するためのユーザによる特段の操作を行うことが記載されていないことや,音楽ソ
フトを記憶する記憶装置が内蔵のものか着脱自在なものかによって,ユーザにダウ
ンロードした音楽ソフトを記憶する記憶手段につき,これを指定するための特段の
操作を求めるか否かを異ならせる合理的な理由がないことにかんがみると,引用発
明についても,音楽ダウンロードモードを選択して音楽ソフトをダウンロードする
と,記憶手段を指定することなく,用意された内蔵又は着脱自在な音楽ソフトを記
憶する記憶手段に自動的に音楽ソフトが記憶(格納)されるものと認めることがで
き,ダウンロードした音楽データあるいは音楽ソフトが記憶装置に格納されるとい
う点においては,本願発明と一致するということができる。
ウ以上によると,本願発明における,「音楽データの受信モード」が指定され
ると,受信データを第1の記憶手段に格納するようにされており,音楽ソフトを記
憶する記憶手段を指定する操作が記載されていないことをもって,本願発明と引用
発明との相違点と認定すべきものではなく,本件審決に原告主張の相違点を看過し
た誤りはない。
したがって,取消事由2は理由がない。
3取消事由3(容易想到性に係る判断の誤り)について
(1)記憶手段へ格納する技術に係る判断の当否
上記2(2)のとおり,本願発明において,「音楽データの受信モード」が指定さ
れると自動的に受信データが第1の記憶手段に格納されることをもって,引用発明
との相違点と認定すべきものではないから,この点について容易想到性がないとす
る原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
(2)相違点1に係る判断の当否
ア原告は,本願発明は,通話を行う場合と,インターネットに接続して音楽デ
ータのダウンロードを行う場合との,有線通信網とインターネットとを使い分ける
ことに意義があるが,引用発明には,このような通信回線を使い分けるとの構成が
ないにもかかわらず,本件審決が,相違点1について,引用発明における通信網を
有線通信網とすることが周知・慣用技術の付加限定の域を出ないとしたことには誤
りがあると主張する。
しかしながら,セルラー基地局間は,通常,有線通信網であること,携帯電話装
置と有線電話網の通話機間の通話には有線通信網が介在していること,引用例【図
1】において,レコード製作会社,配信センター(サーバ)及び公衆網間が実線で
示され,有線通信網が示されていることは当事者間に争いがないことからして,引
用発明においても,通信網として有線通信網を使用していることが認められ,そう
すると,本件審決が「通信網に関して,本願発明は『有線通信網』であるが,引用
発明は有線であるか不明である。」とした相違点1については,本願発明における
「有線通信網」に各別な技術的意義を認めることができず,周知・慣用技術の付加
限定の域を出ないとした本件審決の判断に誤りはないというべきである。
イもっとも,相違点1は,通話モードと音楽データの受信モードとで有線通信
網とインターネットとを使い分けることについて述べるものではなく,原告は,引
用発明の通信網が有線であるか否かではなく,引用発明には,通話モードの通信網
しかなく,インターネットに接続する通信モードがないので,通信モードを切り替
える余地がないのに対し,本願発明は,この2つの通信モードを切り替えて使い分
ける点に意義があると主張していると解する余地があるので,以下,この点につい
て検討する。
(ア)携帯電話装置をセルラー基地局を介してインターネットに接続することが
周知技術であり,引用発明において,セルラー基地局を介してインターネットに接
続する通信モードを採用することに各別な創意工夫を認めることができないことに
ついては,そもそも当事者間に争いがない。
(イ)また,周知例には,次の記載がある。
【0008】以上のような点にかんがみ,本出願人は,携帯無線通信端末に対して
無線通信網を一部に含むネットワークを通じて接続可能なサーバ装置を設け,この
サーバ装置で,それぞれの携帯無線通信端末の代わりに,当該端末宛てのファクシ
ミリデータや電子メールを受信して,その受信データをメモリに格納しておき,携
帯無線通信端末が必要なときにサーバ装置にネットワークを通じてアクセスして,
自分宛てのデータを取得することができるようにした情報通信システムを考案して
いる。
【0048】図2は,上述した図1の通信ネットワークシステムの概念構成を,よ
り具体化したものである。この場合,会員端末1は,PHS電話端末と,データ通
信機能を備えるPDA(パーソナル・デジタル・アシスタンツ)との複合機の構成
を有し,PHS電話機能のほかに,後述するように,ファクシミリ通信機能,電子
メール通信機能を備えると共に,共通サーバ装置2に蓄積されたサービスコンテン
ツのうちからの情報の提供を受ける機能を備えている。
【0068】そして,カバーパネル101が本体100に対して,閉じた状態にあ
るときには,この会員端末1AはPHS電話モードとなり,この会員端末1AをP
HS電話端末として用いることができるようにされる…。
【0069】また,この会員端末1Aのカバーパネル101が本体100に対して,
開いた状態にあるときには,ファクシミリデータや電子メールの送受信を行ったり,
情報提供サービスを受けることができるデータ通信モードとされる…。
上記の記載を含む周知例の発明の詳細な説明によると,周知例には,携帯無線通
信端末に,PHS電話モードとデータ通信モードとを備えさせ,通話する際には電
話モードを,音楽等のデータを取得する際にはインターネットを使用するデータ通
信モードとして,通信回線を使い分けることが記載されていること(【0001】
∼【0006】,【0008】,【0048】∼【0050】,【0053】,
【0068】,【0069】,【0099】,【0135】)が認められ,これが
周知技術であったということができる。
(ウ)そして,前記のとおり,引用発明には,「公衆回線網にアクセスして,ユ
ーザが相手と通話することができる」状態と,「音楽ソフトを公衆回線網を介して
受信」する状態の構成を有するところ,このうちの「音楽ソフトを公衆回線網を介
して受信」する状態について,上記周知技術を適用し,音楽等のデータを取得する
際にはインターネットを使用するデータ通信モードとすることは,格別に創意工夫
を要するものではないということができ,そうすると,引用発明を基にして,通話
モードと音楽データの受信モードとで有線通信網とインターネットとを使い分ける
こととすることにつき,当業者が容易に想到し得たということができ,この点につ
いて,本願発明に進歩性があると認めることはできない。
(3)相違点4に係る判断の当否
原告は,本件審決が,受信された音楽ソフトを記憶する着脱自在な記憶手段の他
に,第2の記憶手段を設けることは,当然付加すべき単なる技術的事項にすぎない
としたことには誤りがあると主張する。
しかしながら,携帯電話装置において,動作途中のデータなどを記憶する記憶手
段が必須のものであることは当事者間に争いがないところ,引用例には,引用発明
につき,着脱可能な記憶装置を備える場合には,受信した音楽ソフトがこの記憶装
置に記憶させると記載(【0009】)されており,そうすると,この記憶装置を
外しているとき,携帯型音楽選曲視聴機には同記憶手段とは別に,携帯電話装置と
しての動作途中のデータなどを記憶する記憶手段が必要となるのであるから,受信
された音楽ソフトを記憶する着脱自在な記憶手段の他に,第2の記憶手段を設ける
ことは,当然に考えられていることであり,これをもって,当然付加すべき単なる
技術的事項であるとした本件審決の判断に誤りはないということができる。
なお,原告は,引用例の記載(【0013】)及び別紙【図2】によっても,ど
のように「音楽制御部」が動作して「音楽用記憶部」と「音楽用記憶媒体」とを使
い分けているかの開示がされていないと主張するが,受信された音楽ソフトの記憶
装置につき,内蔵するモデル(【0008】)の場合と着脱可能なモデル(【00
09】)の場合とで区分けされているものと解することができるので,原告の主張
は,採用することができない。
(4)相違点5に係る判断の当否
原告は,相違点5につき,本件審決が,引用発明において,音楽ソフトとして
「音楽データ」の形式を採用し,「圧縮された音楽データの解凍手段」を付加し,
「音楽データの再生モードが指定された場合」は「前記解凍手段を介して」出力す
るように変更する程度のことに,格別な創意工夫を要するものということはできな
いとしたことには誤りがあると主張する。
しかしながら,音楽ソフトが音楽データの形式を採用することは,当然の技術事
項ということができること,通信網の容量を考慮して,データを圧縮して送受信す
ることは周知技術であること,音楽等の再生に際して,圧縮されたデータの解凍が
必要であることは自明であること,携帯電話装置の使用者が音楽を聴く場合,音楽
データの再生を指示することは自明であること,以上は,いずれも当事者間に争い
がない。
また,前記2(1)イのとおり,引用発明においては,無線の公衆回線網を利用し
て音楽選曲視聴システムの提供をすることを目的とするものであって,ユーザが操
作して配信センターを呼び出すと公衆回線網にアクセスし,希望する音楽ソフトを
公衆回線網を介して受信し,この受信した音楽ソフトを記憶する内蔵型又は着脱自
在な記憶装置(媒体)を備えることができ,音楽ソフトを記憶部に記憶させ,さら
に,この記憶した音楽ソフトを再生することができるものであること,さらにまた,
前記(2)イのとおり,引用発明の「音楽ソフトを公衆回線網を介して受信する」状
態につき,周知技術を適用して,インターネットを使用するデータ通信モードとす
ることに各別に創意工夫を要するものでないことが認められる。
以上によると,引用発明の「音楽ソフトを公衆回線網を介して受信する」ことに
つき,インターネットを使用するデータ通信モードとし,その際,通信網の容量を
考慮してデータを圧縮して送信し,その受信した音楽データを再生するためには,
音楽データを解凍して出力することも,当然に考えられることであって,これらに
つき,上記周知技術を適用することができないものであって,各別な創意工夫を要
するものということはできない。
なお,原告は,本願発明は,「通話を行う通信モード」と「音楽データの受信モ
ード」と「音楽データの再生モード」とを有し,それぞれのモードに適した動作を
行うように構成されているため,使用者が簡単な操作で,電話通話,音楽のダウン
ロード,音楽の再生を行うことができるものであって,周知例等には,そのような
全体的な構成は開示されていないと主張するが,引用発明においては,1つの通信
モードで,通話のほか,音楽ソフトの格納及び出力を行うが,この引用発明に上記
の周知技術を適用し,音楽ソフトとして「音楽データ」の形式を採用して格納し,
「圧縮された音楽データの解凍手段」を付加し,「音楽データの再生モードが指定
された場合」は「前記解凍手段を介して」出力するように変更する程度のことに格
別な創意工夫を要するということはできず,この点においても,原告の主張は採用
することができない。
(5)特別の効果に係る判断の当否
原告は,本願発明の効果に特別なものがあるとし,携帯電話機の通話と音楽のダ
ウンロードとで通信回線を異ならせ,それぞれに適した状態にするとの本願発明の
構成については,引用例や周知例等には開示されていないところ,本願発明のこの
ような構成に伴う効果は,音楽データのダウンロードの時間を短時間にするばかり
でなく,高い音質で音楽を聴取可能にするものとして格別な効果を奏するものであ
ると主張する。
しかしながら,本願発明につき,高い音質で音楽の聴取が可能となるとの効果は,
本願明細書に記載がないものであり,また,その他の効果については,これまで検
討してきたとおり,本願発明に周知技術を適用することにより導き出されるものに
すぎないところ,引用発明に周知技術を適用することも容易である以上,本願発明
の効果のみが引用発明に周知技術を適用して導き出される効果以上の格別なもので
あると認めることはできず,原告の主張は,採用することができない。
したがって,取消事由3は理由がない。
3結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官浅井憲

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