弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
被告人を懲役2年に処する。
理由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 自動車運転の業務に従事するものであるが,平成11年12月21日午後1
0時4分ころ,普通乗用自動車を運転し,兵庫県三木市志染町A所属のB自動車道
上り19.2キロポスト先道路の走行車線を東進中,同車線を先行中のV(当時5
0歳)運転の普通貨物自動車(軽四輪)を追い越すに当たり,前方左右を注視しハ
ンドル・ブレーキを的確に操作して,進路を適正に保持すべき業務上の注意義務が
あるのにこれを怠り,たばこの火を消そうとして,車内左下の灰皿に目を向け,前
方注視を欠いたまま漫然時速約100キロメートルで進行した過失により,自車を
中央分離帯に向けて逸走させ,急きょ左転把して操縦の自由を失い,自車を同車線
を東進中のV運転車両の左側面後部に衝突させて同車を走行車線上に横転させ,そ
の約2分後に同車線
を東進してきたW運転の大型貨物自動車をしてV運転車両の直近に佇立していたV
に衝突させるに至らせ,同人を同人運転車両の上部と前記W車の前部の間に狭圧さ
せ,Vに心臓及び左肺臓破裂の傷害を負わせ,よって,同日午後10時53分こ
ろ,搬送中の救急車内において,同人を前記傷害により失血死するに至らしめ,
第2 前記第1記載の過失により,前記第1記載の交通事故を起こしたかも知れな
いことを認識しながらあえて,直ちに車両の運転を停止して同人を救護し,道路に
おける危険を防止するなど必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場
所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,判示第1の業務上過失致死の事実について,被告人の過失とVの死
亡との間には因果関係がないから,被告人は無罪であり,判示第2の救護義務違
反・報告義務違反の事実についても,被告人にはこうした義務が生じるような交通
事故を起こしたとの認識はなかったから,被告人は無罪であると主張するので,以
下,これらの点に関し説明を補足する。
なお,以下,被告人運転の普通乗用自動車,W運転の大型貨物自動車及びV運
転の普通貨物自動車(軽四輪)をそれぞれ「被告人車両」「W車両」及び「被害車
両」と,W,Vをそれぞれ「W」「被害者」ということがあり,また,判示第1の
前段の被告人車両が被害車両に衝突した事故を「第1事故」,後段のW車両が被害
者及び被害車両と衝突した事故を「第2事故」と略称する。
2 判示第1の業務上過失致死の事実における因果関係について
(1) まず,関係証拠を総合すると,被告人の過失の内容,第1事故及び第2事故
のそれぞれの状況,被害者の死亡原因等について,判示第1のとおりの事実が認め
られる(この点,弁護人は,被害車両が第1事故によって横転させられたことの立
証はなされていない旨主張するけれども,関係証拠から認められるW車両と被害車
両の第2事故後の停止状況,被害車両の損傷状況及びWの供述調書等を総合する
と,この点も十分認定することができる。)。
そうすると,被告人は,高速道路上において,被告人車両を運転中に前方注
視を欠いたまま漫然時速約100キロメートルで進行した過失により,被告人車両
を中央分離帯に向けて逸走させ,急きょ左転把して操縦の自由を失なったものであ
って,こうした被告人の行為は,それ自体被告人車両を高速道路を進行する他の車
両等に衝突させ,これによりその運転者や同乗者等に死傷の結果を引き起こす高い
危険性を有するものであり,しかも,第2事故は被告人の行為とは無関係に発生し
たものではなく,被告人の行為によって引き起こされた第1事故が原因となってこ
れに続いて発生したもので,通常十分予測可能な範囲内のものであることが明らか
であるから,被告人の行為と被害者の死亡との間には因果関係があるというべきで
ある。
(2) これに対し,弁護人は,①第1事故と第2事故とは時間的にも場所的にも相
当な隔たりがあり,本来的にはふたつの事故とみるべきであり,しかも,②被害者
を死亡に至らしめる傷害は第2事故によって発生したもので,第1事故では被害者
は死に至るような傷害を負っていない,そして,③第2事故におけるWの過失の程
度は著しく大きいから,被害者の死亡は第2事故におけるWの過失によってのみ発
生したものというべきであり,被告人の過失と被害者の死亡との間には刑法上の因
果関係はない旨主張する。
しかしながら,①の点は,第2事故は第1事故のわずか約2分後に第1事故
によって被害車両が停止した場所で発生したものであって,その間,現場の状況に
格別の変化もないのであるから,むしろ第2事故は第1事故と時間的場所的に近接
して発生した一体性の強いものと考えるのが相当である。そして,②③の点は,な
るほど被害者を死亡に至らしめる傷害は第2事故によって発生したものと考えら
れ,また,Wの過失も重大であることは否定し得ないけれども,前記(1)で述べたと
おり,被告人の行為それ自体が高い危険性を有するものであり,しかも,第2事故
の発生は通常予測可能な範囲内のものであることに照らすと,被告人の行為と被害
者の死亡との間の因果関係を否定するものとはいえない。
よって,弁護人の主張は採用できない。
3 判示第2の救護義務違反・報告義務違反の事実における当該交通事故の認識に
ついて
(1) 関係証拠を総合すると,判示第1の事実が認められるほか,以下の事実もこ
れを認めることができる。
すなわち,第1事故において,被告人車両は,被告人が急きょ左転把した
後,左回転に回転しながら追い越し車線から走行車線,路側帯と斜めに横切り,同
車右前部が走行車線左側のガードロープに接触し,以後,更に左回りに回転して同
車右後部が同ロープに接触し,更に左回りに回転して,同車前部が,走行車線を走
行中の被害車両の左後部に衝突し,更に約150メートル進行して路側帯に停車し
たこと,これにより被告人車両前面のナンバープレート及びそのフレーム等が脱落
したほか,右フェンダーがめくれ上がるなどの損壊が生じたこと,被害車両は被告
人車両との衝突によって横転させられ,衝突地点から約82メートルの地点におい
て,追越車線に前部を向けた状態で停止したこと,被告人は,被告人車両から降車
後,自車に右フェンダー
がめくれ上がるといった損壊があることを確認するとともに,約68メートル後方
の走行車線上に自動車が停車していることを確認し,しかもその自動車は夜間にラ
イトもつけないまま進行方向と斜めになった状態で停止しており,動く様子がない
ように見えたこと,被告人が,この自動車を見ているときに第2事故が発生し,被
告人はこの第2事故の現場まで歩み寄っていることが認められる。
なお,検察官は,これ以上に,①被告人は,被告人車両が被害車両に衝突し
たときに,このことを認識したはずであり,また,②被告人は,被告人車両から降
車後,被害車両が横転していることまで認識したはずである旨主張するけれども,
①の点について,操縦の自由を失い回転している車内にいた被告人が,自車が何と
衝突しているかといった外部の状況を逐一正確に認識できたかは疑問であって,衝
突時には衝突したのが被害車両であることは分からなかったとする被告人の供述は
さして不自然とはいえず,また,②の点についても,たしかに実況見分調書(検察
官請求証拠番号75番)等によると被告人が降車した場所から被害車両が横転して
いることまで認識できた可能性は高いとはいえ,他方,視認状況は,客観的にはそ
の時の天候や当該道路
上を走行する車両の多寡等によって,主観的にはその人の体調(被告人はこのとき
酒気を帯びている。)や精神状態によっても左右されるものである上,被告人が被
害車両が横転していることまでは見えなかった旨捜査段階から一貫して供述してい
ることなどに照らすと,被害車両が横転していることまでは見えなかったとする被
告人の弁解をあながち虚偽とまでは断定しえない。
(2) しかしながら,前記(1)で認定した事実を前提にしても,第1事故における
衝突の態様・程度からすると,車内にいた被告人が被害車両との衝突の際相当大き
な衝撃を受けたことは容易に推認できる上,被告人は,被告人車両が停車後,降車
して,その前部の損壊も見ているのであるから,被告人がこれによって同車が高速
道路上の設備や走行する他の自動車に衝突した可能性を容易に認識できたはずであ
り,その上,被告人は,被告人車両が今まさに回転しながら走行してきた後方の走
行車線上に,高速道路上であるにもかかわらず,夜間ライトをつけることもないま
ま進行方向と斜めになった状態で停止し,動く様子もない自動車を認めているので
あるから,被告人は,この時点で,少なくとも被告人車両が被害車両と衝突したの
かも知れず,これによ
り人の死傷又は物の損壊という事態が生じているのではないかとの未必的な認識を
有したものと認めることができる。さらに,付言するに,そのわずか後には,被告
人は,第2事故を現認しているのであるから,この時点で被告人は人の死傷又は物
の損壊が生じたことについては,確定的認識まで有するに至ったと認めることがで
きる。
(3) これに対し,弁護人は,被告人には第1事故において被告人車両が被害車両
に衝突したとの認識がなかった旨主張し,被告人も,公判廷において,第1事故は
自損事故であると思っており,被害車両にぶつかったかもしれないとは一切思わな
かった,自分は間違いなく被害車両にはぶつかっていなかったと認識したと弁解す
る。しかしながら,被告人は,高速道路上で自車を操縦の自由を失わせた上,被害
車両を横転させるほどの激しい衝突を感じ,その後,自車が前記のとおり損壊して
いることや,高速道路上に前記のように異常な状態で停止している自動車まで現認
しながら,さしたる根拠もないまま自分は自損事故を起こしたものであるとしか考
えず,その自動車に被告人車両が衝突したのではないかとの未必的な認識すら有し
なかったなどという
のは,当該状況の下では全く不自然不合理な弁解であって,到底信用できるもので
はなく,弁護人の主張は採用できない。
また,弁護人は,被告人は第2事故が人の死傷又は物の損壊を生じさせたこ
とは認識していたが,この第2事故と被告人の過失とは因果関係がないから,被告
人は道路交通法72条1項の「当該車両等の運転者」には該当しない旨主張する。
しかしながら,この主張が前提を欠くことは,前記2に記載したことから明らかで
ある上,第2事故によってWに救護義務・報告義務が生じても,Wの救護義務・報
告義務と被告人のそれとは併存するものと解されるので,この主張も採用できな
い。
(法令の適用)
1 罰条
判示第1の所為 平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段
判示第2の所為のうち
救護義務違反の点は,平成13年法律第51号による改正前の道路交通法1
17条,72条1項前段
報告義務違反の点は,道路交通法119条1項10号,72条1項後段
2 科刑上一罪の処理(判示第2の罪)
刑法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反の罪の刑で処

3 刑種の選択
判示各罪につき懲役刑選択
4併合罪加重
刑法45条前段,47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に法定の加

5 訴訟費用の不負担
刑訴法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,高速道路で,先行する被害車両を追い越すに当たり,判示の
過失により,自車を被害車両に衝突させて同車を横転させ,その直後に同車線を進
行してきたW車両をして被害車両の直近に佇立していた同車両の運転者に衝突させ
るに至らせて,同人を失血死するに至らしめ(判示第1),この交通事故を起こし
たのに,救護義務及び報告義務を怠った(同第2),という業務上過失致死及び道
路交通法違反(救護義務違反・報告義務違反)の事案である。この各犯行の罪質,
態様及び結果等,殊に,業務上過失致死の犯行については,高速道路上を時速約1
00キロメートルの高速度で進行中に,たばこの火を消そうとして,車内左下の灰
皿に目を向けるなどしたため,自車を逸走させるなどした上,操縦の自由をも失わ
せて,被害車両に衝
突・横転させたものであって,その過失の程度は大きいこと,本件犯行の結果は,
貴重な人命を失わせたものであって,極めて重大であり,50歳の働き盛りにあり
ながら妻子を残して非業の死を遂げなければならなかった被害者の無念さは優に察
せられること,突然一家の大黒柱を失った家族の精神的衝撃もまた極めて大きいも
のがあり,飲酒の上での運転や救護義務違反等の事実,被告人の応訴態度等ともあ
いまちその処罰感情には非常に厳しいものがあること,そして,被告人車両は任意
の自動車保険に加入しているものの,被告人は本件事故において自己に責任がある
ことを争っているため,本件事故から約3年が経過した現時点でも未だに示談が未
成立であること,救護義務違反・報告義務の犯行については,いうまでもなくそれ
自体が卑劣で悪質な
犯行である上,被告人は公判廷において自分が第1事故を起こしたのではないかと
の未必的な認識すら否定する不合理な弁解に終始しており反省が十分とは言い難い
こと,加えて,被告人は,平成4年1月に道路交通法違反罪(速度超過)により,
平成10年7月に同罪(酒気帯び運転)によりそれぞれ罰金刑に処せられた前科を
有しているにもかかわらず,本件犯行時においても酒気を帯びた上(本件事故から
約1時間半後の時点でも呼気1リットルにつき約0.1ミリグラムのアルコールが
検出されている。)制限速度を超えて被告人車両を運転していたものであり,さら
に,本件犯行の約7か月後にも速度超過の交通違反を犯し,遂には免許取消処分を
受けるに至っていることからすると,被告人の交通法規に関する規範意識は希薄と
みられること,以上
を併せ考えると,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任を軽くみることができな
い。
 そうすると,判示第1の事故における被害者の死亡の結果は,W車両による第2
事故が加わったことによるものであって,その点では被告人にとっても同情すべき
点があること,被害者の家族に対しては自賠責保険等が支払われており,その範囲
では経済面での損害が填補されている上,任意保険によりいずれは適正な賠償がな
される見込みがあること,被告人は,10万円の香典を包んだほか,当公判廷にお
いて被告人なりに反省の態度を示していること,被告人には交通関係を除いては前
科がなく,これまで通常の社会人として社会生活を送ってきていること,その他弁
護人が主張する被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,主文程度の刑は
やむを得ないものと思料する。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役3年)
 平成15年1月16日
神戸地方裁判所第14刑事係乙
裁判官  浦島高広

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