弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官検事荒井健吉提出の控訴趣意書(津
島区検察庁検察官事務取扱検事赤沢正司作成名義)記載のとおりであり、これに対
する答弁は、弁護人宗本甲治提出の答弁書にそれぞれ記載するとおりであるから、
ここにこれを引用する。
 所論は、原判決が本件事故発生の場所が国鉄A駅前のバス停留所で、本件事故当
時、同所には、バスが停車中であり、被告人においてもこの事実を認識しており、
更に右停車中のバスは当時客扱い中で、降客多数がその附近におり、何時その道路
の反対側にある国鉄A駅に向け道路を横断するかも知れない状況にあつたのにかか
わらず、原判決はこの事実を証拠上看過してこの点を認定しない重大な事実の誤認
があり、ひいては右具体的事情のもとにおいて、右停車中のバスの北側を通過しよ
うとする自動車運転者としては、予め一時停車するはもちろん、横断者を発見した
ときに何時でも急停車し得る程度に最大限徐行すべき業務上の注意義務の存在する
点を看過して、被告人に対し、かかる注意義務の解怠を認めず、加えてまた警笛を
吹鳴する等被害者に対する警告措置も不十分であり、この点においても又被告人に
過失の存在が認められるのにかかわらず、本件事故は一方的に被害者の過失に起因
するものと認め、被告人に過失を認める証拠がないとの理由で、被告人に無罪の言
渡しをしたことは、判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認がある、というのであ
る。
 原判決は本件公訴事実のうち、「被告人は観光バスの運転業務に従事中、昭和三
五年六月二六日午後五時二十分ごろ、観光バスを運転して静岡県国鉄A駅前の道路
を時速約二五粁で西進中、同道路南側車道に西方に向き停車している二台の乗合自
動車を認め、右乗合自動車の北側を通過しようとした際、停車中の東側乗合自動車
の前部より北方に向つて走り出してきたBを至近距離に発見し、右にハンドルを切
り急停車の措置を講じたが及ばず、自車の左側前部車体を同人に衝突させて、同人
を路上に転倒させ、右衝突により同人が、肺出血等の傷害を負い同日午後六時三八
分ころ同郡a町bc番地のd町立C病院において、右傷害により死亡するに至つた
ものである」事実を証拠により認定しており、右事実については検察官、被告人に
おいて認めて争わないところである。そこで、本件の争点は、被告人が本件現場に
さしかかつた際の具体的状況のもとに、被告人に対し、検察官所論の注意義務、す
なわち何時でも急停車をなし得る程度に最大限除行運転をすべき注意義務を課し、
ひいては被告人にこれが義務懈怠を認むべきかということ、ならびに、被告人に対
し警笛を吹鳴すべき義務懈怠あつたことを認めるかどうか、ということである。そ
こでまづ、検察官所論の右前段の注意義務の存否、及び被告人がこれか義務懈怠の
有無について判断を加えることとする。
 そこで、本件記録及び原裁判所が取り調べたすべての証拠ならびに当裁判所にお
ける事実調べの結果についてこの点を検討してみると、原判決引用の各証拠を綜合
すれば、被告人は前示冒頭掲記の日時ころ乗客五〇名位が乗車している観光バスを
運転して静岡県国鉄A駅前を通ずる国道一号線道路の左側を時速三、四〇粁位で西
進中、同駅前道路南側に西方に向つて停車中の乗合自動車(D定期バス)を前方約
四〇余米のところに認め、道路中央よりやや右寄りに進路をとり、かつ二五粁位に
減速して前記定期バスの北方後部附近に至つた際同バスの西方に更に一台の乗合自
動車(同会社臨時バス)が停車中であることを認めたのであるが、本件現場である
国鉄A駅前国道一号線は見透しのよい直線舗装道路で同駅前広場が国道に沿つて北
方に接続し、同駅の玄関正面から国道北側まで約一一〇米の間隔を有し、同駅玄関
とほぼ真向いの国道上にD株式会社乗合自動車の停留所があり、またその東西に各
二〇米宛距てて国道に各横断歩道が設けられてあり、道路の幅員は約一一、二米で
速度制限はなく、徐行標識もない場所であること、右横断歩道の位置は、約三、三
米の間隔を置いて、停車中の二台のバスの前後にあり、右路面のほぼ中央に道路区
分(車道と歩道の区分)があり、いずれも約一米巾で白ペンキで書かれて容易に認
識できる状態にあつたこと、被告人は自車の左側と前記定期バスの右側との間隔を
約二米とつて、前記国道一号線の南側(左側)から約二、六米附近を進行中、前方
約四〇米附近に停車中の前記二台のバスが客扱い中であることを認識できる状況に
あつたこと(したがつて被告人としても、これらの降客が反対側の国鉄A駅の方に
向つて道路を横断することのあるのは、当然予見すべきであつたといわなければな
らない。)以上の各事実を認定することができる。
 被告人が観光バスを運転して本件現場にさしかかつた際の右認定の具体的状況に
徴すると、被告人は本件現場において、前方に二台のバスが停車中であることを充
分に認識していたのであるが、被告人が運転する観光バスが進行していた前記国道
一号線の見透しの状況が良好で、その幅員は前記のとおり約一一、二米もあり、速
度制限はなく、徐行標識もない場所で、しかも本件現場附近は諸車の交通頻繁で、
その路面には横断歩道ならびに道路区分(車道と歩道の区分)が約一米幅で白ペン
キで書かれており、被告人は自車の左側と前記定期バス右側との間隔約二米で前記
国道一号線の南側と約二、六米の間隔をとつて進行していた点にかんがみ、たとえ
前記二台のバスが停車し、相当多数の乗降客があり、被告人も右バスが客扱いをし
ていることを認識できる状況にあつたにせよ、その降客としては、道路を横断する
には、バスの前後に設置されている歩道を利用することを期待し、右二台のバスの
間から自車の進路前面に出てくる歩行者の存在は予見できなかつたものである。こ
の点については、原判決も説示しているとおり旧道路交通法施行令二六条(道路交
通法三一条)所定の車馬が停留中の軌道車に追いういた場合すなわち、乗降客が必
然的に自車の進路に出てくることが予想される場合とでは、自ら自動車運転者とし
ての執るべき態度に異るものがあるものというべきである。(なお原判決<要旨>の
右具体的状況についての認定に所論のような事実誤認は存しない。)もつとも、被
告人としては右二台のバスの降客中には、交通道徳に無関心のため、道路を
横断するため右二台のバスの間から徒歩で、自車の進路に出てくる者のあることは
予見できないことはないが、本件のような交通頻繁な幹線道路で無謀にも自車の進
路に飛び出してくる(それは自殺行為といつても過言でない)ような稀有な場合ま
で予見し、これに対処することを要求するが如きは、もはや自動車運転者に対し要
求される通常の注意義務の程度を超える過大な要求というべきである。思うに自動
車運転者に対しかかる注意義務までを認めることになれば、自動車の高速度交通機
関たる性能を完全に没却しさることとなり、その社会の利器としての効用も失われ
ることとなるからである。
 道路交通の危険に対しては、歩行者も又自らその責の一端を負わなければならな
いわけである。
 ところで、被告人は本件現場では時速約二五粁に減速していたのであるから、右
二台のバスの間から徒走で自車の進路に出てきた場合のように予見可能な危険な事
態に対しては、本件記録に徴し、当時対向車のなかつたことが認められ、かつ前記
認定のように自車と右国道南側との間には約二、六米も余裕があつたのであるか
ら、右にハンドルを切り急停車の措置をとることにより、これとの衝突を未然に防
止することが充分可能であつたと考えられるので、検察官主張のようにこのような
場合でも、何時でも即時急停車の措置をとり得るよう最大限に徐行すべき義務まで
を、課する必要も又存在しないわけである。然るに、本件において、B(当二六
年)は前記二台のバスの間から、被告人の運転する自動車の進路前面に、疾走して
飛び出し被告人としては、同人がこのように停車中のバスの間から飛び出してくる
のを発見した時には、時既におそく、同人との衝突を回避できない状態に追い込ま
れていたもので、(被告人にこの点について前方注意義務の懈怠があつたとし得な
いことは、原判決に認定するとおりである。)Bにおいて、もしも、普通の歩行の
速度で右バスの間から出てきたものであれば、本件の交通、道路の状況のもとで、
被告人としても、よく同人との衝突を回避し得たものであることは記録上明らかな
ところというべきである。
 そうすると、被告人が本件において何時でも即時停車できるよう最大限徐行せ
ず、時速約二五粁で進行した点については所論のような注意義務懈怠はないものと
いうべきであり、右と同旨の見解のもとに被告人のこれが義務懈怠の事実を否定し
た原判決はこの点につき所論のような事実誤認は存しない。
 次に所論は被告人が警笛吹鳴義務を懈怠したと主張するか、原審第二回公判調書
中、被告人の供述記載によれば、被告人は前記定期バスの後部の横断歩道のところ
で一回警笛を吹鳴したこと、被告人の運転していた観光バスの警笛はエアホーン
で、エアホーンは電気ホーンと違つてスイツチが切れるとともに音が止るのではな
く、長く鳴るものであるから一声鳴らした程度に止めたことを認めることができる
ので警笛吹鳴義務についても被告人に懈怠があつたとは認められない。したがつて
被告人に警笛吹鳴義務の懈怠はないとする原判決の認定は正当であつてこの点につ
いても原判決には事実誤認はない。以上の次第であつて、結局本件事故は原判決が
認定したごとく前記Bが突然前記定期バスの前から被告人の運転する観光バスの進
路に駈け出してくるという一般に自動車運転者としてこれを予測することができな
い一方的な過失によつて惹起されたものと認めざるを得ない。
 よつて原判決が被告人に本件公訴事実記載の業務上の過失が存しないものとして
無罪を言い渡したのは正当であるといわなければならない。論旨は理由がない。
 よつて刑訴法三九六条に従い本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)

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