弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 被告人Aの弁護人長谷川泰造、同内野経一郎の上告趣意のうち、判例違反をいう
点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、単なる法
令違反、事実誤認、量刑不当の主張であり、被告人Bの弁護人萬谷亀吉、同山下義
則の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも
刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(被告人Aの弁護人長谷川泰造の昭和四八
年七月一三日付上告趣意補充書は、期限後提出にかかるものであるから、判断を加
えない。)。
 しかしながら、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決は、刑訴法四一一条
一号、二号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。
 一 原判決の確定した事実によると、本件は、被告人両名がC(第一審共同被告
人)と共謀のうえ、昭和四二年七月一日、かねて宅地造成用地の買収方あつ旋の依
頼を受けていたD外一名に対し、真実は同人の指定する条件を充たす土地をあつ旋
できる見込みがないのにこれがあるように装い、こもごも嘘言を弄し、同人らをし
て間違いなく指定した八五〇〇坪の土地を被告人らがまとめて買収してくれるもの
であり、そのうち三〇〇〇坪についてはすぐ買付けができる状態にあつて、直ちに
一〇〇〇万円を支払わなければ買収が不可能になるものと誤信させ、よつて、同月
三日Dから土地購入資金名下に小切手六通(額面合計一〇〇〇万円)の交付を受け
てこれを騙取した、という事案である。第一審判決は、被告人両名を各懲役一年六
月に、Cを懲役一年、執行猶予三年間に処したところ、被告人両名から控訴の申立
があり、原判決は、第一審判決言渡当時までに一五五万円程度の被害弁償のあつた
事実を含めて、犯情を考慮しても、第一審の量刑は、その言渡当時においては相当
と認められるが、前記Dから本件被害弁償に関連して提起された約束手形金請求事
件において、昭和四六年一二月二〇日、被告人両名が残金九〇〇万円と利息金の請
求全部を認諾し、その履行として、昭和四七年九月六日金三〇〇万円の内入弁済を
したという第一審判決後の情状を考慮すると、刑の執行を猶予すべき特段の事情が
備わつたものとまでは認めえないが、その刑期をやや減ずるのを相当とするにいた
つたとし、刑訴法三九七条二項、三九三条二項により、第一審判決中被告人両名に
関する部分を破棄し、被告人らを各懲役一年二月に処した。
 二 たしかに、原判決が適切に指摘するように、被告人らの本件犯行は、むしろ
犯情悪質と評価すべき面があるから、原判決言渡当時までに金四五五万円程度の弁
償しかできていないうえ、弁護人から前記認諾にかかる債務完済の確実な見込みに
ついて特に上申された形跡が記録上認められない以上、原審が刑の執行を猶予すべ
き特段の事情が備わつたものとまで認めえないとしたのは、無理からぬものがある
と思われる。しかし、ひるがえつて考えてみると、本件のような詐欺罪にあつては、
詐欺により生じた被害が犯人の弁償によつて回復され、被害者が犯人を宥恕するに
いたつた場合には、これが犯人に有利な情状として量刑上大きく影響することは否
定できないところであり、ことに前科のない被告人は、被害弁償の成否いかんによ
つて、刑の執行が猶予されるか否かの岐路に立つことが多く、このような場合にお
ける情状立証の重要性は多言を要しないところである。かかる情状に関する事実は、
もとより弁護人の主張立証にまつべきものであつて、裁判所が率先して被害弁償を
勧告し、その成行きを見極めなければならないものではないが、審理の過程におい
て、被告人が被害弁償の意思あることを表明し、具体的にもその誠実性が認められ
るにもかかわらず、その点に関する弁護活動が不十分な場合には、補充的に裁判所
が職権を発動し、弁済の成否ないしはその経過に関する立証を促し、その点につい
ての審理を尽くすべきである。ことに、控訴審に関する刑訴法三九三条二項、三九
七条二項の各規定は、上告審に準用がないと解するのが相当であるから、右のよう
な被告人に有利な情状が控訴審判決言渡後に生じ、これを参酌すれば原審の量刑が
重きに失するにいたつたと考えられる場合であつても、上告審としては、右事情を
取り調べることも、また、これを理由に原判決を破棄することもできないのである。
したがつて、弁護人としては、控訴審に係属中に情状に関する立証活動を、十分に
すべきであり、控訴裁判所としても、このことに思いをいたし事案に応じて適切な
審理をすべきものである。
 本件は、土地ブローカーと宅地造成を計画する不動産業者との間で起きた詐欺事
犯であつて、被害について金銭的補償がなされるならば被害者の満足と宥恕を得る
ことがむしろ容易と思われる事案であるところ、被告人らは、弁償のために約束手
形を差し入れ、また、右手形金請求訴訟において請求の認諾をまでしながら、第一
審においては金一五五万円を、原審においては金三〇〇万円を内入弁済したに過ぎ
ず、当審にいたつてようやく、共犯者C所有の農地を代物弁済すること等によつて
被害のほぼ全額を完済し被害者と示談を遂げた旨の上申をするにいたつているので
ある。本件の被害弁償が右のように散発的になされ、かつ遅延したその理由は記録
上必ずしも明白ではないが、第一審及び原審において、弁護人が詐欺罪の成否、各
被告人の関与の程度及び利得の金額を争うことに重点をおき、被害弁償の経過その
他の情状に関する弁護側の立証が不徹底であつたことがその一因をなしていること
が窺われるのである。そこで、右の経過にかんがみ、原判決言渡の時点に立つて弁
償に関する立証内容をみると、弁護人らの控訴趣意書には、「被害金の弁償につい
ては、民事訴訟で解決がつき、近く弁済できる予定で目下努力中であり、その結果
については当審で立証する予定である」旨の記載がある。そして、実際にも、右債
務の履行として上記のとおり金三〇〇万円の内入弁済がなされたほか、原審証人C
は、本件被害弁償のため、同人所有のE(約一三〇坪)を被害者に譲渡する意向が
あり、被害者と折衝中である旨証言しており、右農地の時価は当時坪三万円を下ら
ないとされていたのである。すなわち、これによれば、被告人ら自らによる弁償の
可能性はともかくとして、原審においてあらたに、本件被害弁償の方法として、共
犯者である右C所有農地をもつて代物弁済することが具体化していたのであつて、
地価騰勢の傾向の顕著であつた当時の情況上、右農地による代物弁済の成否いかん
によつては、多額の金銭的補償がなされ、示談成立の見込みがないわけではなかつ
たと思われる。被告人両名には、執行猶予言渡の障害となる前科はなく、しかも、
原判文によると、原審は、被告人らにおいて一層多額の被害弁償をするなどの条件
が備わつた場合には、さらに量刑上考慮に値する余地があるとしたものと解される
うえ、被告人Aが原審でした金三〇〇万円の弁済の事実を、共犯者である被告人B
についても同様に有利な情状として斟酌している原審の立場としては、上記C所有
農地の代物弁済による示談の成否は、同人と共犯関係に立つ被告人両名についても、
重要な情状に関する事実であつたというべきである。そうとすれば、すくなくとも、
前記Cと被害者との間における示談交渉の経緯、内容、被告人らの示談についての
誠意の有無等について立証を促し、さらに審理を尽くしたうえで判決すべきであつ
たにもかかわらず、記録上これを行つた証跡が認められないのであるから、原判決
には、審理不尽の違法があり、ひいては甚しい量刑不当の疑いがあり、これを破棄
しなければ著しく正義に反するものと認めざるをえない。
 よつて、刑訴法四一一条一号、二号により原判決を破棄し、本件につきさらに審
理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である名古屋高等
裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官設楽英夫 公判出席
  昭和五二年一二月二二日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨

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