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裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
(一) 昭和五五年六月二二日に行われた参議院地方選出議員選挙の大阪府選挙区
における選挙を無効とする。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
2 被告
(一) 本案前の申立
本件訴えを却下するとの判決。
(二) 本案の申立
主文と同旨の判決。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 原告を含む別紙選定者目録記載の選定者一三一名は、昭和五五年六月二二
日に行われた参議院地方選出議員選挙(以下「本件選挙」という。)の大阪府選挙
区における選挙人である。
(二) 本件選挙は、次の理由によつて違憲、無効である。
すなわち、本件選挙は、公職選挙法(以下「公選法」という。)一四条、同別表第
二による選挙区及び議員定数の定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)に
従つて実施されたものであるところ、右配分規定による各選挙区間の議員一人当り
の有権者分布差比率は、最大五・三七(神奈川県選挙区)対一(鳥取県選挙区)に
も及んでおり、原告の大阪府選挙区と鳥取県選挙区とのそれは四・三六対一に及ん
でいる。これは、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)のいかんに
より、一部の選挙人を差別し、不平等に取り扱い、各選挙区間における選挙人の投
票価値に著しく格差を設けるものであつて、各選挙人の投票価値の平等を保障して
いる憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反するものであるから、右配
分規定に基づいて行われた本件選挙は無効である。
なお、その詳細を補充すると、別紙(一)記載のとおり(ただし、原告の訴状及び
昭和五五年一二月二三日付訂正事項の指摘と題する書面各添付の別表の過不足比率
欄中、宮城の該当箇所に「-35.46」とあるのは「+35.46」の誤記と認
める。)である。
(三) よつて、原告は、公選法二〇四条に基づき、大阪府選挙区における本件選
挙を無効とする旨の判決を求める。
2 被告の本案前の主張
本件訴えは、次の理由によつて不適法であるから、却下されるべきである。
(一) 本件のように議員定数配分規定の違憲、無効を理由とする選挙無効の訴え
は、公選法の予想するところではなく、現行法体系の規定の仕方及び民衆訴訟の本
質からみて、公選法二〇四条所定の要件に適合しないし、また同条の拡張解釈によ
つてもなおその限界を超えるものであるから不適法である。
(二) 議貝定数配分規定のような問題は、高度の政治的、技術的要素が絡むた
め、本来的に立法的解決にゆだねることとして、司法としては自己抑制を強く働か
せるべき分野であり、この点についてのアメリカや西ドイツの判例、学説等は、制
度を根本的に異にするわが国に直ちに採用できるものでもないから、本件訴えは、
裁判所の審査権の及ばない事項を対象とするものであつて不適法である。
なお、その詳細を補充すると、別紙(二)記載のとおりである。
3 請求原因に対する被告の認否と反論
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実のうち、本件選挙が公選法一四条、同別表第二による本件
議員定数配分規定に従つて実施されたものであること、本件選挙当日の各選挙区に
おける有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国合計のそれを除く。)、右配分規定
による議員一人当りの有権者数(ただし、千葉県選挙区と全国平均のそれを除
く。)及び議員一人当り有権者数の全国平均と鳥取県選挙区に対する各有権者分布
差比率がそれぞれ原告主張の別表一記載のとおりであつて、原告の大阪府選挙区と
鳥取県選挙区との間の右比率が四・三六対一、神奈川県選挙区と鳥取県選挙区との
間の右比率が五・三七対一であることは認めるが、右括弧内の点は否認し、その余
の主張は争う。
本件選挙の実態分析は別表二記載のとおりであり、これによつて明らかなごとく、
右括弧内に関する有権者数は千葉県選挙区が三一四万七七七六人、全国合計が八〇
九二万五〇三四人であり、議員一人当り有権者数は千葉県選挙区が一五七万三八八
八人、全国平均が一〇六万四八〇三人である。
ところで、およそ原告とは無関係の選挙区間における前記比率を論じてみても無意
味であるが、いまこの点を措くとしても、前記のごとき最大格差であれば、いまだ
国会の裁量の範囲内にあるものというべく、なんら憲法に違反するものではない
し、仮に、上限(神奈川県選挙区)において憲法に違反したとしても、大阪府選挙
区における偏差の程度であれば憲法に違反しないものというべきである。
なお、詳細を補充すると、別紙(三)記載のとおりである。
4 被告の本案前の主張に対する原告の認否と反論
被告の右主張は争う。
公選法二〇四条に基づく本件訴えは適法というべきであつて、その理由の詳細を補
充すると、別紙(四)記載のとおりである。
三 証拠関係(省略)
○ 理由
一 本件訴えの適否について
1 原告を含む別紙選定者目録記載の選定者一三一名が、いずれも昭和五五年六月
二二日に行われた参議院地方選出議員選挙(本件選挙)の大阪府選挙区における選
挙人であつたことは当事者間に争いがなく、本訴が右選挙の日から公選法二〇四条
所定の三〇日以内である同年七月二一日当裁判所に提起されたものであることは本
件記録上明らかである。
2 そこで、被告の、本件訴えは不適法として却下されるべきである旨の本案前の
申立について検討する。
(一) 被告は、まず、本件のように議員定数配分規定の違憲、無効を理由とする
選挙無効の訴えは、公選法の予想するところではなく、現行法体系の規定の仕方及
び民衆訴訟の本質からみて、公選法二〇四条所定の要件に適合しないし、また同条
の拡張解釈によつてもなおその限界を超えるものであるから不適法である旨主張す
る。
なるほど、公選法二〇四条所定の選挙無効訴訟は、当該選挙の事務を管理する選挙
管理委員会の選挙の管理、執行上に瑕疵があつた場合に、その是正のため、当該選
挙の効果を失わせ、改めて同法に基づき当該選挙管理委員会の権限によつて適法な
再選挙を行わせること(同法一〇九条四号)を目的とするものであつて、果たして
本件議員定数配分規定のごとく公選法の規定自体の違憲、無効を理由として選挙の
効力を争う場合までをも予想し、規定されたものかどうかは極めて疑わしいし、お
よそ右のような選挙規定自体の適否が、選挙管理委員会の職務権限ないし責任と直
接関係するものでないことも明らかというべきである。
しかしながら、公選法二〇四条に基づく前記訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否
を争うことのできる唯一の訴訟であつて、これを措いては他に訴訟上公選法の違憲
を主張してその是正を求める方途はないのであり、議員定数配分規定が各選挙区間
における選挙人の投票価値の平等を保障している憲法の規定に違反するとして、前
記のような選挙規定に基づく単なる管理執行上の瑕疵以上に重大な瑕疵を理由に選
挙人が選挙無効の訴えを提起した場合に、被告主張のごとき理由でその出訴を許さ
れないものとすることは、彼此著しく権衡を失し、法の本来の趣旨、目的からもか
い離するものといわなければならない。
また選挙人が右のような事由を主張して公選法二〇四条の訴訟形式によつて選挙無
効の訴えを提起することが、前記公選法の規定において殊更に排除されているもの
ともいえないばかりか、これを許容することは、およそ国民の基本的権利を侵害す
る国権行為に対してはできるだけその是正、救済の途が開かれるべきであるという
憲法上の要請にも沿うものというべきである。そして被告主張のように民衆訴訟で
ある同条の訴えの不当な拡張解釈とみるのも正こくを射たものとはいい難いし、更
に議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効判決確定後の再選挙の場合に予想
される、被告主張のごとき事実上の難点、不都合についてみても、それは事実上の
問題にすぎず、前記説示の憲法上の要請に優先するものではなく、右主張は事の本
末を転倒するものにほかならないとのそしりを免れない。
したがつて、被告の前記主張は到底これを採用することができない。
(二) 被告は、更に、議員定数配分規定のような事項は、高度の政治的、技術的
要素が絡むため、本来的に立法的解決にゆだねることとして、司法としては自己抑
制を強く働かせるべき分野であり、この点についてのアメリカや西ドイツの判例、
学説等は、制度を根本的に異にするわが国に直ちに採用できるものでもないから、
本件訴えは、裁判所の審査権の及ばない事項を対象とするものであつて不適法であ
る旨主張する。
たしかに、国会が公選法中の右配分規定、なかんずく参議院議員のそれをいかに定
めるかについては、後記説示のごとき多くの複雑微妙な政策的、技術的考慮要素が
含まれていることは否定できないし、わが国と諸外国との法制上の差異についても
顧慮してみなければならないけれども、本件訴えの理由とされているような、議員
定数配分規定の内容が各選挙区間の選挙人の投票価値の平等を侵害しているか否か
という事項は、後記説示からも明らかなその固有の性質にかんがみると、裁判所の
司法審査を排除してしかるべきほどの高度の政治性を有するものということは到底
できないし、憲法上の明文をもつて立法府あるいは行政府の専権的な判断事項とし
て定められているものでもないから、一般に裁判所の判断を妨げるものではないと
いうべきである。
したがつて、被告の前記主張も採用の限りではない。
3 そうすると、被告の本案前の申立は失当たるを免れず、本件訴えは適法という
べきである。
二 本案について
請求原因(一)の事実は前記のとおり当事者間に争いがないところ、原告は、本件
議員定数配分規定は、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選挙区)のいか
んにより、一部の選挙人を差別し、不平等に取り扱い、各選挙区間における選挙人
の投票価値に著しく格差を設けるものであり、各選挙人の投票価値の平等を保障し
ている憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反するから、右配分規定に
基づいて行われた本件選挙は無効である旨主張するので、この点について検討す
る。
1 憲法は、国会は、衆議院及び参議院の両議院で構成するものとし(四二条)、
参議院議員の任期についてはこれを六年とし、三年ごとに議員の半数を改選するも
のと定め(四六条)、国会両議院の議員の選挙について、議員の定数、選挙区、投
票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七
条)、これを受けて公選法は、参議院議員の定数を二五二人とし、そのうち一〇〇
人を全国選出議員、一五二人(沖繩の復帰に伴う改正により二人増員)を地方選出
議員とすること(四条二項)、地方選出議員の選挙区及び各選挙区において選挙す
べき議員の数は別表第二で定めること(一四条)を規定し、別表第二による本件議
員定数配分規定上では、都道府県をそれぞれ一選挙区(いわゆる全県一区)として
四七選挙区に分け、三年ごとに改選される七六人の配分は、東京、北海道各四人、
愛知、大阪、兵庫、福岡各三人、福島ほか一四府県各二人、残り青森ほか二五県各
一人とされているところ、本件選挙が右のような本件議員定数配分規定に従つて実
施されたものであること、本件選挙当日の各選挙区における有権者数(ただし、千
葉県選挙区と全国合計のそれを除く。)、右配分規定による議員一人当りの有権者
数(ただし、千葉県選挙区と全国平均のそれを除く。)及び議員一人当り有権者数
の全国平均と鳥取県選挙区に対する各有権者分布差比率がそれぞれ原告主張の別表
一記載のとおりの数値であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第
一号証の一、二によれば、右括弧内に除外した数値はそれぞれ被告主張の別表二の
該当箇所記載のとおりであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はな
い。
右の事実によつてみると、本件選挙時における各選挙区間の議員一人当りの有権者
数には、多岐多様にわたる格差が生じており、有権者分布差比率の最大のものは神
奈川と鳥取の五・三七対一に及んでいるほか、別表一、二記載の数値から知られる
議員一人当り全国平均有権者数からの偏差をみてみると、東京、神奈川、大阪、埼
玉の四選挙区については、右平均を上回る過剰有権者数が、更に議員一人当り全国
平均有権者数をも上回るほど過小代表となつていることが明らかである。
2 ところで、国民主権主義に立脚する現代民主制国家において、選挙権は国民の
国政への参加の機会を保障する基本的権利であり、とりわけ個々の国民の選挙人資
格の身体的、精神的又は社会的諸条件に基づく属性の相違を捨象して各人を等しく
取り扱うことを要請する選挙権の平等原則は、多年にわたる民主政治の歴史的発展
の所産として結実したものであつて、わが憲法も、国民主権の民主制原理を標ぼう
し(前文、一条)、法の下の平等の原理を一般的に宣明している(一四条)ほか、
国会の両議院の議員を選挙する権利を国民固有の権利として成年者である国民のす
べてに保障し(一五条一項、三項)、選挙人資格については、人種、信条、性別、
社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないと定めており
(四四条ただし書)、両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すること
(四三条一項)として、国民公選制を両議院に共通する原則として採用しているこ
とにかんがみると、参議院地方選出議員の選挙における各選挙人の選挙権について
も、憲法は、他の国会議員の選挙の場合と同様に、形式的な選挙権行使の数的平等
(一人一票の原則)を保障しているにとどまらず、選挙権の内容の平等、すなわ
ち、各選挙人の投票が選挙の結果に及ぼす影響力においてもその住所(選挙区)の
いかんによつて差別しないとの投票価値の平等をも、基本的には、要求しているも
のといわなければならず、この選挙区間の投票価値の平等が、本来的には、各選挙
区において選出される議員一人当りの人口又は有権者数の均等化によつて実現され
るべきものであることは明らかというべきである。
しかしながら、代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、
国民の利害や意見が公正、かつ、効果的に国政の運営に反映されることを目標と
し、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、実情に即して具体的に決定
されるべきところにその要ていがあり、投票価値といつても、それは、選挙制度の
仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に各投票が選挙の結果
に及ぼす影響力に差異を生じうることも免れないところであるから、全国を多数の
選挙区に分け、各選挙区に議員定数を配分し単記投票をもつて選挙を行うという制
度をとる場合において、投票価値の平等をその絶対的な形において実現し、各選挙
区の人口ないし有権者数と配分議員数との比率を数学的に完全に同一のものとなる
ように議員定数配分規定を定めることは、技術的、政策的に至難であつて、わが憲
法がそこまで徹底した人口比例原則を要求しているものと解することはできない。
憲法は、右のような理由から、前述のごとく、両議院の議員の各選挙制度の仕組み
の具体的決定を原則として国会の合理的裁量にゆだねているのであり、投票価値の
平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶
対の基準としているわけのものではなく、公正、かつ、効果的な代表制度の実現を
図るという見地から国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理
由との関連において調和的に実現されるべきものと解すべきである。
3 そこで、まず、本件議員定数配分規定の制定の由来についてみると、のちに公
選法(昭和二五年法律第一〇〇号、同年五月一日施行)に統合された参議院議貝選
挙法(昭和二二年法律第一一号)は、参議院議員の総定数二五〇人を全国選出議員
一〇〇人、地方選出議員一五〇人に区分し、後者の選挙区及び各選挙区における議
員定数については同法別表においてこれを定めているが(一条)、その内容は、公
選法施行後の沖繩の復帰に伴つて追加された同県選挙区の定数二の増員を除き、現
行の本件議員定数配分規定の前記内容と同一で、そのまま公選法に引き継がれたも
のであるところ(以下、右参議院議員選挙法別表を「本件議員定数配分規定」とい
うこともある。)、成立に争いのない甲第四号証の一、二、第五号証、乙第一号証
の三ないし六、第三号証の一ないし五、第五号証及び弁論の全趣旨によれば、
(一) 参議院議員選挙法案の審議過程における政府の提案理由説明によつてみる
と、参議院の組織、構成は、両院制の本旨に照らし、国民代表及び自由、平等選挙
の原則の下に参議院の独自性を確保すべく、衆議院とはできるだけ異質な、参議院
にふさわしいものとすることとし、その地位と権能にかんがみ議員の定数は衆議院
に比して相当減少させ、かつ、議案審査その他議院の活動に支障を及ぼさないよう
にするため前記のとおり総定数を定め、全国選出議員についてはつとめて社会各部
門、各職域の知識経験者が選出されることを容易にし、地方選出議員については地
方の実情に精通した地域代表的な性格を有するものとして設けられたものであるこ
と。
(二) 同法別表の前記定数配分は、昭和二一年四月の臨時統計調査人口による総
人口(七三一一万四一三六人)を定数一五〇で除して得られる数値(四八万七四二
七人)を基礎としてこれに対し議員一人を振り当てることとし、各都道府県の人口
に比準して最低二人、最高八人との間において、憲法上の半数改選制(四六条)と
の兼ね合いから、それぞれ偶数人員を配当するよう整序したものであり、奇数選挙
区を設けることの当否についても論議されたが、憲法上の右制度の精神に必ずしも
合致せず、技術上の困難さもあるとの理由で採用されなかつた経緯があること。
(三) それによると、人口四万人余の違いがあるにすぎない栃木と宮城の間では
定数において二人の差異を生じ、また議員一人当りの人口分布差比率の最大のもの
は宮城と鳥取の二・六二対一に及ぶけれども、これらの点についてはそれが憲法の
規定に違反しているというような格別の論議はなく、配当技術上やむをえないこと
として、同法案は可決成立をみたものであり、参議院議員選挙法施行後最初の参議
院地方選出議員選挙である昭和二二年四月二〇日執行の選挙における議員一人当り
の有権者分布差比率の最大のものは岐阜と鳥取の二・五一対一であること。
が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、わが憲法は、両院制を採用し、衆、参両議院の組織及び権限に重大な差
異を設け、参議院に対しては、衆議院を抑制し、審議を慎重、かつ、合理的ならし
めるとともに、衆議院が活動不能となつた場合にこれを補充すべき役割を負わせて
いるのであり、これを右認定の事実に照らして考えてみると、本件議員定数配分規
定は、憲法が採用した右のような両院制の機能をより有効、かつ、効果的に生かす
ため、参議院の構成に衆議院とはできるだけ異なつた特色を与える(なお、第九〇
回帝国議会においてその旨の附帯決議がなされている。)との政策的配慮から、参
議院地方選出議員の総定数を一五〇人(制定当初)としたうえ、一定の枠内、すな
わち、最小人口区でも定数二人は確保し、かつ、各選挙区とも偶数人員を配分する
との前提の下において、基本的には、人口比例の原則に基づいて定数配分をしたも
のであつて、国会が右のような原則を定数配分の基礎として採用したことは、もと
よりその裁量権の範囲内に属するものというべきであるし、また前記認定したとこ
ろによれば、本件議員定数配分規定の制定当初において、各選挙区間における議員
一人当りの人口分布に前記のような格差があつたからといつて、そのことのゆえに
右配分規定が不合理なものということはできない。
4 次に、本件議員定数配分規定を投票価値の平等の要請にも適合するように決定
するうえにおいて、国会が人口比例の原則の他に、あるいはこれと調和的に考慮し
てしかるべき要素があるかどうかについて検討する。
(一) まず、参議院には、同時に選挙される地方選出議員と全国選出議員がある
ため、地方選出議員の定数が制約され、このことが人口比に応じた定数配分を困難
にする一因となつているのみならず(もつとも、全国区制度は憲法の要請するとこ
ろではなく、その存廃ないし改革をめぐつて種々の議論はあるが、ここでは別論と
する。)、三年ごとの半数改選制は憲法上の要請であるため、各選挙区にその有権
者数(人口)のいかんにかかわらず現行の最低二人(改選期ごとに一人)の議員定
数を配分しなければならないとの制約を考えなければならない。
もつとも、原告主張のごとく、右半数改選制については、憲法上、各選挙区ごとの
半数改選そのものが要求されているわけではなく、議員総数において半数改選であ
ればよく、各選挙区ごとに半数改選とするか否かは立法裁量にゆだねられていると
ころではあるけれども、現行の前記配分方法が簡明、かつ、合理的というべきであ
るから、結局、現行の総定数を前提とする限り、人口比例部分に振り向けられるの
は、総定数一五二人中、四七選挙区各二人合計九四人を除いた残余の五八人にすぎ
ず、人口比例の原則を貫くことが法技術的に極めて困難であつて、衆議院議員の定
数配分規定である公選法別表第一の末尾の「本表は、この法律施行の日から五年ご
とに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」との規
定が、参議院議員選挙法別表及び公選法別表第二に設けられていないことも、この
ことを裏書するものというべきである。
(二) 原告は、各選挙区間における議員一人当りの有権者数の分布差比率は最大
二対一にとどめるよう本件議員定数配分規定を定めるべきである旨主張する。
しかし、前記のように最小人口区にも議員二人を配当することとして全選挙区の議
員偶数制をとる現行の方式に合理性を認める以上、これを前提として右主張の比率
の範囲で各選挙区間に人口比例によつて順次定数を配分しようとすれば、現行の総
定数を大幅に増やさなければならないことは、計数上明らかであるし、参議院議員
のいわゆる総定数少数主義は憲法上の要請ではないにしても、前記認定の参議院議
員選挙法案の審議経過からもうかがい知られるように、参議院地方選出議員の現行
総定数が、憲法の採用した両院制の本旨に照らし、全国選出議員及び衆議院議員の
各定数との均衡なども考慮して慎重に決定されたものであること、会議体として適
正規模を確保するためには、総定数の増員といつても、そこにはおのずから限度が
あることなどにかんがみると、定数を安易に増員することの合理性は、いま直ちに
これを肯認し難いものといわざるをえない。
なお、原告は、最大格差を前記主張の比率のとおりに押さえるという、そのいわゆ
る「二対一」原則の厳密な適用が不可能ではないかのような主張もするけれども、
その具体的な配分方法についてなんら主張するところはないのみならず、成立に争
いのない乙第一号証の九、一〇、第二号証の三、四によつて明らかなように、昭和
五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙ではあるが、有権者総数を現行定
数七六で除した数値を基にし、現行総定数の枠内においてこれが可能な限り均等と
なるよう現行の前記配分方式によつて定数配分の試算をしてみたものが別表五、こ
れに基づいて右選挙を行つたと仮定した場合の選挙区実態分析をしたものが別表六
であつて、これによつても、上限(京都)と下限(鳥取)との格差は四倍強に及ぶ
のであり、前記認定の本件選挙時における有権者分布に照らしてみると、人口比例
の要素を最大限しんしやくしてみても、現行総定数を前提とする限り、右程度の比
率以下に最大格差を押さえることが困難であることをうかがうに十分である。
したがつて、原告の前記主張は、たやすくこれを採用し難いものといわざるをえな
い。
(三) 更に、前記のとおり、参議院地方選出議員は、もとよりその選挙母体であ
る当該選挙区のみを代表するものではなく、全国民を代表するものとされているけ
れども、次の諸事情を考えれば、それは、衆議院議員及び参議院全国選出議員との
対比において、これらと全く同様の国民代表的性格を有するものと直ちにはいうこ
とができない。すなわち、衆議院については、明治憲法以来議会において強度に国
民代表的色彩を持つていたという伝統があるうえ、現行憲法上、衆議院議員は参議
院議員よりも任期が短く、更に衆議院には解散制度があり、国民によつてより頻繁
に直接にコントロールされる可能性が認められており、参議院に比べて国民代表的
性格がより強いと考えられるし、また、前記の参議院議員選挙法案の審議経過によ
れば、参議院全国選出議員は、本来的に、社会各部門、各職域の知識経験者の選出
が予定されているのに対し、参議院地方選出議員にあつては、地方の実情に精通し
た地域代表的性格を有するものとして設けられたものとされていることが、明らか
というべきである。そして、都道府県は、わが国の政治及び行政の実態において、
従来、伝統的に、地方自治の根幹をなすものとして重要な役割を果たし、国民生活
及び国民感情の上においても大きな比重を占めてきたという歴史的沿革があり、こ
のような在来の行政区画を基礎として参議院地方選出議員の選挙区割を定めること
は、選挙の管理執行上からも便宜、かつ、必要なものというべく、そうである以
上、選挙区の面積、人口密度、有権者構成が多種多様となり、その間に大小の差を
生ずることは避け難いところといわなければならないし、また社会の急激な変化の
一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象が生じた場合、これをどのように
評価し、政治における安定の要請も考慮しながらこれを議員定数の配分にどのよう
に反映させるべきかということも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つで
あることを失うものではない。そうだとすると、参議院地方選出議員にあつては、
人口偏差そのものよりは、右のような都道府県制度や地方的特殊事情に着目して、
過疎区からのある程度の過大代表や過密区からのある程度の過小代表をも容認する
こととして各地方の利害や意見を公正、かつ、効果的に代表させるということも、
憲法上の国民公選制と相容れないものではないし、それなりの合理性があるものと
認めなければならないのであつて、この点からいつても、人口比例によつて定数を
配分することが、制度本来の必然的な、唯一絶対の原則であるということはできな
い。
5 以上検討したところに基づいて本件議員定数配分規定の違憲性の存否について
考察する。
(一) 参議院地方選出議員選挙における議員定数配分の具体的な決定には、右に
みたとおり、複雑微妙な政策的及び技術的要素が含まれており、これらをどのよう
に、またどの程度において考慮するかについては、もとより客観的な基準が存在す
るわけのものではなく、ひつきよう、上来の考慮要素を総合しんしやくして行う国
会の合理的裁量にゆだねられているというほかはないのであるから、本件議員定数
配分規定が、各選挙人の投票価値の平等を保障している憲法の規定に違反している
か否かも、右配分規定の下における投票価値の不平等が、右裁量的判断を考慮して
もなお、一般的にその合理性を到底肯認できない程度に明白に不合理なものとなる
に至つていたかどうかとの見地から決せられるべきものというべきである。
(二) そこで、この見地から本件議員定数配分規定の内容をみることとする。
本件選挙時における各選挙区間の議員一人当りの有権者分布差比率の最大のものが
神奈川と鳥取の五・三七対一に及んでいたことは前記のとおりであるが、最小人口
区の鳥取についでは、前述した参議院の特殊性からして、本来、人口的要素とは無
関係に議員定数二人が配分されたものであるから、これを基準として右のような格
差があるからといつて、その一事だけから、右配分規定が憲法上の投票価値の平等
原則に明白に違反していると速断することは相当ではなく、この意味においては衆
議院の場合と全く同日に論ずることはできない。
しかしながら、前記認定のとおり、各選挙区間には現実に多岐多様にわたる格差が
生じており、殊に東京、神奈川、大阪、埼玉の四選挙区については著しい過小代表
となつていたことは明らかであるのみならず、前記認定の本件選挙時における各選
挙区の有権者数と本件議員定数配分規定による議員定数との対比によつて明らかな
ように、本件選挙時においては、有権者数と議員定数の比率が逆転し、有権者の少
ない選挙区の方が、有権者の多い選挙区よりも議員定数が多いという、いわゆる逆
転現象が、多数の選挙区間で、しかも多岐にわたつて、顕著に生じていることに注
目しなければならない。いまこれを詳しくみてみると、改選定数四人の北海道(有
権者数三八四万人。万未満切捨て、以下同じ。)は同定数三人の大阪(五七〇万
人)、愛知(四一五万人)及び同定数二人の神奈川(四六八万人)との間でそれぞ
れ逆転しているほか、同定数三人の右愛知及び兵庫(三五四万人)、福岡(三一五
万人)は同定数二人の右神奈川との間で、同定数三人の右福岡は同定数二人の埼玉
(三五三万人)との間で、同定数二人の群馬(一二八万人)、熊本(一二七万
人)、鹿児島(一二六万人)、栃木(一二四万人)は同定数一人の岐阜(一三四万
人)との間で、また同定数二人の右群馬以下の各選挙区及び福島(一四二万人)、
岡山(一三三万人)と同定数一人の宮城(一四四万人)との間で、それぞれ逆転現
象を来たしているのであつて、前記のごとく、投票価値の平等が最も本来的に実現
されるべき機能を有する人口比例の原則に対し、参議院地方選出議員の選挙におい
ては、非人口的要素の果たす役割が大きいとはいつても、本件議員定数配分規定
も、基本的には、投票価値の平等に関する憲法の要請に沿うものでなければならな
い以上、人口比例の原則に全く背ちし、これを無意味にさせている右のような事態
は、到底その合理性を肯定しえないものというべきである。
そして、およそ選挙区割及び議員定数の配分は、総定数と関連させながら、全選挙
区を全体的に考察して決定されるのであつて、いつたんこのようにして決定された
ものは、一定の議員定数の各選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一つ
の部分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべき性質を有するものと
認められ、その意味において不可分一体をなすものと考えられるから、結局、本件
議員定数配分規定は、本件選挙時において、前記逆転現象に関係する各選挙区の該
当部分だけではなく、全体として、選挙権平等の原則に関する憲法の要求には合致
しない状態になつていたものといわなければならない。
被告は、議員一人当り有権者数の分布差比率について、原告とは無関係の選挙区間
におけるそれを論じてみても無意味であるし、原告がその選挙人である大阪府にお
ける偏差の程度であれば憲法に違反しない旨主張するが、議員定数配分規定は、前
記のとおり、総定数との関連において不可分一体のものとして把握されるべく、人
口異動に伴う定数不均衡の是正についても、過密区の増員、過疎区の減員を相関連
して行われるべきであつて、特定選挙区に関する部分だけを抽出し、これを可分的
に吟味すべきものではないから、右主張は採用の限りではない。
(三) しかし、本件議員定数配分規定が、右のとおり、本件選挙時には選挙権の
平等に関する憲法の要求に適合しない状態になつていたからといつて、そのことか
ら直ちに右配分規定を違憲と断定すべきか否かについては、更に別途考究を重ねて
みなければならない。
(1) 一般に、制定当時には憲法に適合していた法律が、その後における事情の
変化により、その合憲性の要件を欠くに至つたときは、原則として憲法違反の瑕疵
を帯びることになるというべきであるが、右要件の欠如が漸次的な事情の変化によ
るものである場合には、いかなる時点において当該法律が憲法に違反するに至つた
ものと断ずべきかについて慎重な考慮が払われなければならないところ、これを本
件についてみると、前記認定したところによれば、本件議員定数配分規定は、その
制定当初から憲法の投票価値の平等の要求に反してきたものではなく、その後の人
口異動、特に人口の都市集中化によつて漸次的に右要求に適合しなくなつたものと
認められる。
そして、右のような人口の異動は不断に生じ、したがつて各選挙区における人口
(有権者数)と議員定数との比率も絶えず変動するものであつて、このような場合
に、いかなる時点において憲法の要求に反する不平等な状態になつたものと判定す
べきかについては、必ずしも明白ではなく、また客観的な判定基準があるわけでも
ないし、そのような憲法不適合状態の除去のためには、新たな立法を必要とすると
ころ、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは必ずしも実際的ではな
く、また相当でもないのみならず、本件議員定数配分規定は、制度上、衆議院の議
員定数配分規定に比してより永続的、固定的なものとすべく、公選法もそのことを
予定していると解されるし(公選法別表第二の末尾には同第一の末尾のような更正
規定が設けられていないことは前記のとおりである。)、さきにみた参議院の特殊
性とも絡み、右配分規定の是正には必ずしも解決の容易ではない技術的、政策的問
題が伴い、その是正の時期、方法等の具体的な決定は、結局、国会が、将来の人口
異動の予測その他正当にしんしやくされるべき各般の政策的要素とも関連してその
合理的裁量によつて決すべきものと解するのが相当である。
そうとすれば、前記の事情の変化により憲法不適合状態となつた本件議員定数配分
規定の是正実現についても、既往の期間を含め、それに必要なだけの合理的に相当
な期間の猶予が認められてしかるべきであり、憲法もまた、そのことを許容してい
るものというべく、したがつて、国会が、叙上の見地から、憲法上要求される合理
的期間内における是正を行わなかつたものと認められる場合に、はじめて違憲と断
ぜられるべきものと解するのが相当でかる。
(2) そこで検討するに、前記認定事実と前掲の乙第五号証、成立に争いのない
甲第六号証の一、二、乙第一号証の七ないし一〇、第四号証の一、二、弁論の全趣
旨によつて成立が認められる甲第七号証の一ないし三及び当裁判所に顕著な事実に
弁論の全趣旨を参酌すれば、
(ア) 本件議員定数配分規定の具体的内容の決定の際にその基礎資料とされた昭
和二一年四月当時の全国の人口(有権者数)分布状態は、その後に生じた人口異動
に伴つて漸次的に変容を来たし、過密・過疎現象の進展に伴い、右配分規定による
議員定数不均衡の是正問題が取り上げられるようになり、国会も、昭和三六年、さ
きに政令をもつて設置されていた選挙制度調査会(昭和二四年発足)に代り、内閣
総理大臣の諮問機関として議員定数の不均衡是正問題を含む選挙制度の改革につき
調査、答申することをその所掌事務とする選挙制度審議会の設置法を成立させ、同
審議会において、第一次から第七次(昭和三六年六月から昭和四七年一二月まで)
に至るまでその論議が続けられ、第七次審議会においては、参議院制度や参議院議
員の総定数のあり方等の問題とも関連して定数是正策のための諸提言がなされた
が、結局、昭和四七年一二月に内閣総理大臣に対し審議状況の報告を行うにとどま
り、確定的な答申を出すには至らなかつたこと。
(イ) 本件議員定数配分規定の定める議員定数の不均衡については、この間に、
それが憲法の要求する投票権の平等原則に反するとして選挙無効訴訟で争われるこ
ととなつたが、最高裁判所は、昭和三七年七月一日執行の参議院地方選出議員選挙
(議員一人当りの有権者分布差比率の最大格差は四・〇九対一)及び昭和四六年六
月二七日執行の同選挙(右最大格差は五・〇八対一)における右配分規定につき、
いずれも合憲の判断を示しており(前者につき昭和三九年二月五日大法廷判決及び
昭和四一年五月三一日第三小法廷判決、後者につき昭和四九年四月二五日第一小法
廷判決)、その後、昭和四七年一二月一〇日執行の衆議院議員選挙時における公選
法別表第一に関しては、昭和五一年四月一四日に同裁判所大法廷の違憲判決がなさ
れたものの、本件議員定数配分規定の、本件選挙の前回選挙(昭和五二年七月一〇
日執行)時における同選挙の憲法適合性に関しては、本件選挙当時までに同裁判所
の判断は示されておらず、このような司法判断のすう勢と相まつて、右配分規定が
憲法の規定に違反するに至つているものと判断すべきか否かについては、必ずしも
明確に断定し難い情況にあつたこと。
(ウ) 前記配分規定の定数是正については、国会においても各党間で長期間に及
ぶ各様の準備作業、法案審議が続けられ、前記昭和五一年最高裁判決もこうした是
正論議に影響するところは少なくなかつたが、事柄は参議院制度の根幹にかかわ
り、根深い意見の対立もみられ、容易に調整、止揚することができず、いまだにそ
の立法的解決をみるに至つていないこと。
が認められる。
(3) そこで考えるに、たしかに、前記説示のような本件議員定数配分規定の憲
法不適合状態は、真に由由しい事態であるといわざるをえないし、その是正につい
て終局的、かつ、唯一の権能と責務を有する国会は、事柄の重大性にかんがみ、高
い視野からする識見と努力を傾注して、可及的速やかに適正な是正措置を講ずべき
であり、またこれを期待すべきところでもあるが、しかし、右(2)の認定事実に
照らせば、国会等関係機関は、現に是正のための努力を継続しているものと認めら
れ、右是正の実現が期待し難いものと断定するに足りるほどの資料も見当たらない
し、前記のような右配分規定の決定に際し正当に考慮されてしかるべき諸要素、参
議院の特殊性とも関連するその是正の技術的困難度その他諸般の事情を総合しんし
やくして考えると、国会による是正実現のためには、既往の期間も含めて、いまし
ばらくの時間的猶予を認めるのを相当とすべく、また憲法上もこのことが許容され
ているものと解するのが相当である。
そうとすれば、本件選挙の当時、憲法に適合しない状態になつていた本件議員定数
配分規定について、憲法上要求される合理的期間内における是正がなされなかつた
ものと断ずるにはいまだ早計にすぎるものというべきである。
(四) そうすると、制定当時に合憲であつた本件議員定数配分規定が、原告主張
のように、本件選挙の当時に違憲であつたとまで断定することは困難というべきで
ある。
三 以上の次第であつてみれば、本件議員定数配分規定が本件選挙当時違憲であつ
たことを理由として本件選挙の無効を求める原告の本訴請求は理由がないから、失
当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、
民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島崎三郎 高田政彦 篠原勝美)
選定者目録(省略)
別紙(一)
一 投票の価値の意義及び本件選挙の実態とその由来
1 選挙人の「投票の価値」とは、講学上、一人一票の基礎たる「数的価値」をい
うばかりでなく、すべての投票が選挙の結果に及ぼす影響力(より厳密には、影響
力の可能性)たる「結果価値」をも含む。すなわち、それは昭和四七年一二月一〇
日に行われた衆議院議員選挙千葉県第一区における選挙無効請求事件の大法廷判決
において、最高裁判所が判示したところの「各選挙人の投票の価値、すなわち各投
票が選挙の結果に及ぼす影響力」(昭和五一年四月一四日最高裁大法廷・民集三〇
巻三号二二三頁)なる文言と同義であるといつてよい。
しかしながら、後述するように右「投票の価値」の内の「数的価値」の平等は、一
人一票制の採用としてわが憲法、公選法ですでに解決されており、それ故、本訴訟
において主として問題となるのは、右の内の「結果価値」の平等についてなのであ
る。
有権者が投票により政治的手続に参加する度合は等しくなければならない、有権者
の発言権は等しい政治的効果をもたらすものでなければならない、有権者の一票は
等しい重さを持つていなければならない-これが「結果価値」の平等の端的な表現
である。それは、より具体的には、各選挙区における議員定数と有権者数との比率
でもつて表される。
2 本件選挙の実態は、昭和五五年六月二五日付都道府県選管発表に基づいて作成
した別表一によつて明らかであるが、特に本訴訟にとつて重要と思われる数字を指
摘すると次のとおりである。
(一) 議員一人当りの全国平均有権者数
一、〇六四、八〇二
(当日確定有権者数八〇、九二五、〇二六を議員定数一五二の半分、つまり半数改
選数で除したもの)
(二) 議員一人当り大阪府選挙区有権者数の議員一人当り全国平均有権者数に占
める比率
一七八・四六パーセント
(大阪府選挙区の議員一人当りの有権者数一、九〇〇、二七五を議員一人当り全国
平均有権者数一、〇六四、八〇二で除したもの)
(三) 議員一人当りの有権者数の最大値と最小値の比率
五・三七対一
(神奈川県選挙区と鳥取県選挙区の議員一人当りの有権者数の比率)
(四) 大阪府選挙区と鳥取県選挙区の議員一人当りの有権者数の比率
四・三六対一
つまり、公選法別表第二の定めた本件議員定数配分規定によれば、各選挙区間の議
員一人当りの有権者分布差比率は最大五・三七対一にも及び大阪府選挙区の鳥取県
選挙区に対するそれも四・三六対一であつて、その偏差はともに数倍となつてい
る。
本事案における「投票の価値」は、結局において、各選挙区間の議員定数と有権者
数との比率で端的に表されることになるのであるが、以上をべつ見しただけで、わ
が国の選挙がいかに投票の価値、なかんずく、その結果価値の面において格差を設
けた不合理なものであるかが一見して明白であろう。
3 ところで、現行の公選法別表第二の前身である参議院議員選挙法(昭和二二年
法律第一一号)の別表は、行政区画主義と人口比例主義に基づいて作成されたもの
である。当初、参議院における地方区の定数一五〇人は、基本的に人口数による配
当基数方式に基づき選挙区別に配分された。
すなわち、昭和二一年四月二六日の臨時統計調査人口による七三、一一四、一三六
人を一五〇で除し、配当基数四八七、四二七で各都道府県人口を除し、その整数の
三以下に対しては一律に二人を配当、四と五には四人を、六と七には六人を、八に
は八人を配当、残余定数二六は最大剰余方式で一三道府県に配分した。
かように参議院発足当時の地方区定数配分の基準が人口に依つていたことは、当時
の政府側見解を説明した大村清一国務大臣の「各県の人口に比準し
て・・・・・・」(昭和二一年一二月一九日、衆議院本会議における答弁)、「各
都道府県の人口に比例して・・・・・・」(昭和二一年一二月二〇日、衆議院の、
参議院議員選挙法中改正法律案外一件委員会における提案趣旨説明)議員を配分し
た、という文言からも明らかなところである。
当時の参議院地方選出議員一人当りの人口は、最高が宮城県選挙区の七三一、〇五
〇人、最低は鳥取県選挙区の二七八、七一四人であつて、二・二六倍程度の比率で
あり人口比例の原則からすれば必ずしも憂慮したものではなかつた。しかるに右別
表作成後、人口の急激な都市流入がおこり、これに対して無慮三十有余年の永きに
わたつて立法府が右別表の改訂をしなかつたがため、本件選挙当時においては遂に
既述のような代議政治の慨嘆すべき病理現象を露呈するに至つたのである。
二 議員定数不均衡問題の憲法上の位置づけ
憲法は、その前文冒頭において、「主権が国民に存することを宣言し」ているが、
これは憲法の他の条文、例えば一条の「主権の存する日本国民」ないし、四一条の
民選議会たる「国会は、国権の最高機関」である等の文言と相まつて、わが憲法が
国民主権の原理に基づくことの根拠とされており、これについては現在もはや疑い
をさしはさむ余地はない。すなわち、国民主権主義は、基本的人権尊重主義、永久
平和主義と並んで、わが憲法における根本規範の命ずるところの基本原理の一であ
る。
この国民主権主義の理念それ自体を具体化し、これを現実的実効的に保障するため
に、国民が能動的立場において国政に参加する権利が、すなわち、選挙権である。
選挙権は、しかしながら国民の政治的自治ないしは自律を認める代表民主制の下に
あつては、国政の担当者に対する信任の表示というすぐれて人格的、個人主義的要
素を有するがため、権利の内容、行使の態様、享有者の資格等の諸要件について、
これを厳密に法定化し客観化してこれを侵害から保護することが歴史的に要請され
義務づけられてきた。つまり、そうすることが主権者たる国民の国政関与を恣意
的、専断的な政治勢力の介入から阻止し、選挙という重大事の公正を担保し、ひい
ては代表民主制の制度的保障に寄与すると考えられたが故である。
歴史的経験によれば、選挙制度は普通、平等、自由、秘密という投票に関する諸原
則を逐次保障することにより次第に民主化され進化してきたといわれるのである
が、これらの保障が果たしてどの程度にまでみたされているか、またこれらの投票
手続が果たして厳正、かつ、客観的な基準で行われているかどうかということに応
じて、一国における民主制の原理を実現する度合もまた異なつてくるという言辞
は、現代においてもなお、真理たるを失わない。
憲法一五条三項、四四条ただし書等は、成年者による無差別の普通選挙を保障して
いる。そして、憲法四七条の委任によるところの公選法の各条項は、選挙手続に関
する具体的細則に関して、直接選挙制、一人一票制、単記投票制、秘密投票制等の
諸制度を明定し、諸外国の例にならい選挙制度の民主化に寄与してきた。
しかしながら、遺憾なことに、憲法、公選法のこれらの規定は選挙権の「資格要
件」の平等と「投票の数」に関する平等の確保について、消極的、例示的にこれを
保障する表現を採つているため、各選挙人における「投票の価値」の平等の重要性
についてはいまだ不明確な、いわば未解決の解釈論的余地を残している。ところ
が、一国における選挙権に関する平等は、およそ各選挙人の「投票の価値」の平等
が確立せられてこそはじめて、実現され得るものなのである。これこそが、憲法一
四条一項はじめ、一五条三項、さらには四四条等の諸規範が正しく志向し、要請し
ているところと原告は確信する。
諸外国の選挙法に関する歴史をみても、かつての不平等選挙の過程を克服して、ま
ず数的価値の平等たる一人一票(ワンマン・ワンヴオート)制を獲得し、更にその
後一歩を進めて結果価値の平等たる投票の実質的価値の平等(選挙人の投票が選挙
の結果に平等の政治的影響を及ぼすべきであるとする原則)を確立すべく努力して
いるというのが、まさに現代における選挙権民主化への世界的潮流であつて、ここ
にいう「投票の価値」の平等とは、「数的価値」の平等、すなわち一人一票の原則
をいうばかりでなく、かつて西ドイツの連邦憲法裁判所の判例又は学説等がほとん
ど一致して認めたいわゆる「結果価値」の平等、すなわち、すべての投票が選挙の
結果に平等の政治的影響をもたらすべきであるという原則をも包含するのである。
この「結果価値」の平等が保障せられないならば、表面上一人一票制を保障したと
いつても、その実、ある者の一票が他の者の数票に相当する価値を有することにな
り、そのある者には数票を他の者には一票を与えたと全く同一の政治的効果が生じ
るに至るからである。かように、一票の実質的価値に明らかな差異が生じると、有
権者の意思を公平、かつ、合理的に立法府に反映せしめるところの平等選挙制の機
能ははなはだしく阻害されることになり、選挙権の平等なるものは全く名目化、形
がい化されることになろう。この意味から、投票の実質的価値の不平等とは、複数
投票制の現代的形態にほかならないと断じ得る。
原告が本件訴訟において、居住場所を異にすることにより投票の価値に差等を設け
ることは憲法一四条一項に違反すると主張するゆえんのものは、わが国の憲法が本
来的に要請しているこの「投票の価値」の平等を制度的にも明確にし、もつて民主
政治における公正な代表機能の維持強化を図らんとするが故である。
三 民主政治における手続的保障の重要性
また、憲法は同じく前文冒頭において、「日本国民は、正当に選挙された国会にお
ける代表者を通じて行動」する、と明記する。この文言は、憲法が人類普遍の原理
と認めるところの民主制の原理を採用することを標ぼうするとともに、国民の代表
者たる国会議員の選出はいやしくも不当な不公正不平等な手続ないし方法でなされ
てはならぬということを、広く内外に宣言したものである。このような選挙法制に
対する憲法の正当化要求は、前述したところの平等化要求と相まつて、国政選挙に
おけるわが憲法の基本理念といい得るものであろう。
しかしながら、原告は端的にいつて、現行の選挙法制における正当化、平等化保障
は到底憲法の要求をみたしているものではなく、むしろそれらは不当にして不公正
不平等な選出手続であるというべく、それ故、現代日本の国政選挙の実態は、以下
に述べるように、現在、わが国の民主制の根本原理を蚕食しつつあり、やがてはこ
れが国民主権主義の自壊に導く危険性さえ内蔵しているものと考える。
わが憲法の志向する民主政治は、かのリンカーンのゲツテイスバーグにおける「人
民の、人民による、人民のための政治」という概念にほかならないのであるが、そ
のなかでも、「人民による政治」ということ、換言すれば、治者と被治者の政治的
自治ないし自律という要素こそがデモクラシイの本質であると考えられるのであ
る。すなわち、デモクラシイとはまず政治参加の手続であり、社会秩序を創設した
りこれに参加したりする方法を客観的に決定することを意味する。「人民による政
治」は、かようにして民主政治における法の正当な手続条項ともいうべきものとな
る。
それは、単なる民主制の形式的ないし方法的原理の域を超え、民主制の本質それ自
体にかかわつて来る。それ故、民主政治にあつては、人民の利益ないし幸福がたと
え窮極の目標であるにせよ、それは「人民による政治」という手続を遵守すること
なくしては求め得ないのである。
われわれの採る民主政治は理念であると同時に、手続ないし仕組でもあるから、も
しこの手続ないし仕組に欠陥が存するならば、民主政治自体に欠陥とひずみが生ず
るのは必至であろう。本件におけるような投票の価値の不平等は、まさしくこの種
の欠陥の最たるものと考える。
代議政治においては、過半数の国民が過半数の議会代表を選出できるように仕組ま
れることが平等の理念からも合理的であろう。もし、過半数にみたない国民が過半
数の議会代表を選出し得ることになれば、それは議会における少数者支配を是認す
ることになる。各選挙区別の有権者の投票の価値に差等を設け、ある地区で当選で
きる票数の何倍もの票数を集めても、なお、他の地区では落選するという選挙法制
を採る限り、ある地区の少数者が過大代表を形成し他の地区の多数者の過小代表を
押えて、優に議会における過半数を制することも可能となる。すなわち、ある地区
の過大代表グループの犠牲において、議会を支配することが可能となるのである。
しかしながら、かような立法部における代表ギヤツプという病理現象は、それが単
に不健全であるというにとどまらず、真に憂うべきことは、自分たちの投票した者
が他の選挙区においてならゆうゆう当選し得る票数を獲得したにかかわらず、投票
の価値の不平等というからくりないし操作のために落選し、こういう代表機能の低
下現象を通じて自分たちは結局他の地区の代表らによつて支配せられるという関係
に陥るということであろう。
つまり、治者と被治者の同一性ないし自律の政治が大命題であるところの民主政治
において、治者と被治者の関係が分離切断せられ、他律の政治が行われる結果とな
る。これはまさしく専主制の一態様というべきものであり、わが憲法の採る民主制
の根本原理に真つ向から対立するものであることは論をまたないところである。
すべての人間は等価値であるというジヤクソニアン・デモクラシイの本義を忘れ、
国民主権を現実化する保障の最も重要な手段の一たる選挙における投票の価値を軽
んずることは、とりも直さずわが国の民主政治の実現を軽んじ、やがてはこれを崩
壊せしめることに通ずる、と原告が主張するゆえんはまさにここに存するのであ
る。
四 選挙権平等化の基礎理念
1 一人一票の原則
選挙権平等化の基礎理念として、まず第一に挙げなければならないのは、一人一票
の原則であつて、一九世紀の西洋史において、普通選挙実施への要求と複数投票の
禁止を求めるスローガンとして生まれ、第一次世界大戦後の各国の憲法に漸次その
思想が採用せられ、実定法化されたものである。これが計算価値のみならず、結果
価値の平等を含む意味にまで拡張して解釈されるようになつたのは、ワイマール憲
法下のドイツの判例以降の現象であるといわれる。第二次大戦後、右の傾向は民主
化を求める各国の国民意識の向上とともに更に強まり、結果価値の平等を保障して
はじめて国民の国政に参加する度合が等しくなるという原理が学説ないし判例上か
らも広く確認せられるようになり、選挙という国民の能動的権利の平等に関する制
度的保障が諸外国の法制においても遂に採択されるに至つたのである。
すなわち、西独ボン基本法の下における一九六三年五月二二日の連邦憲法裁判所の
決定は、各選挙区は実行できる範囲内でほぼ同じ人口数のものでなければならない
こと、更に平均値人口数から上下三分の一(331/3パーセント)の偏差を認め
る連邦選挙法(一九五六年)は合理的な理由があり違憲でないこと等の原理を明白
にし、連邦選挙法(一九七五年九月一日改訂公示)三条二項二号も選挙区画委員会
の顧慮する原則として「選挙区の人口数は、選挙区の平均人口数から25パーセン
トを超えて上下に偏差を生じてはならず、もしその偏差が331/3パーセントを
超えるときは新たな区割を行うものとする」と明定するに至つたのである。また、
右の西ドイツ連邦憲法裁判所の決定とほとんど時を同じうして、アメリカ合衆国連
邦最高裁判所も、一九六二年のベイカー事件につづく一連の議員定数再配分事件の
判決において、投票価値の平等を保障することが、アメリカ連邦憲法修正一四条の
平等保護条項(州議会の場合)、ないし同法一条二節の「人民による」選挙原則
(連邦議会の場合)の要請としての憲法原則であることを、内外に宣言したのであ
つた。
昭和五一年四月一四日のわが最高裁大法廷判決が、選挙権の平等をもつて「憲法の
要求するところである」と宣言するに至つたのも、以上のような歴史のすう勢を前
提としたものといえるのである。
2 非人口的要素を勘酌することについて
しかしながら、右最高裁判決は、定数配分における非人口的要素のもつ役割をかな
りの程度に評価して、投票価値の「徹底した平等化志向」からは後退しているので
ある。
すなわち、同判決は「投票価値の平等は、・・・・・・原則として、国会が正当に
考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現
されるもの」であるとし、非人口的要素への考慮を示している。その結果として、
選挙区割問題と議員定数配分問題とを混合し、「極めて多種多様で、複雑微妙な政
策的及び技術的考慮要素」に対する国会の広汎な裁量権を認めるという、投票価値
の平等をむしろチエツクするところの結論に陥るのである。
いうまでもないことであるが、憲法一四条一項に違反する事例についての違憲立法
審査権の判断基準が、「合理的根拠」の有無に基づいていることは、すでにわが国
の学説、判例上確立されたところといつてよいであろう。これを本件のような事案
に即していえば、原則として投票の価値に差等を設けることは許されず、仮にそれ
が限定的に許されるとしても合理的根拠に基づかなければならないのである。
原告は、同判決のいう「極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要
素」に対する国会の裁量が、果たして合理的根拠に基づいてなされるかどうかに関
して、歴史的経験に徴し大いなる危惧を感じずにはおれない。右の考慮要素の観念
がそもそも形式的、かつ、あいまいであり、いかなる内容がそこに盛られるのかが
未定であるばかりでなく、むしろ判決の趣旨とは相反するような封建的非民主的政
治勢力の介入する余地すら存在するからである。現に、国会における定数是正作業
が遅々として進まないのは、党派的利害によるとするのが、むしろ公知の事実であ
ろう。「合理的根拠」の判断基準は、法に則り、極めて限定的に、かつ、厳密に解
釈されなければならない。この解釈を厳正に維持しないならば、「投票の価値の徹
底した平等化志向」の原則などは単に空文に帰するのみである。
すでに述べたごとく、西ドイツでは、平均値からの偏差として許容される限度は上
限・下限とも331/3パーセント、つまり、上限下限の開きは二対一で押えられ
ている。またアメリカにおいては、「実行可能の限度において可及的に」等価値た
るべきことが要請されている。かくてわが国においても、選挙権の平等を制度的に
保障するがためには、立法府の恣意ないし裁量をできるだけ制限し、また違憲判断
の基準をあいまいのままに放置しないようにしかるべき足かせをはめなければなら
ないのである。
3 議員定数配分の合理性を判断する基準
それ故、やむを得ない合理的理由に基づき、投票の価値の不平等が存在するに至る
としても、それが恣意的、かつ、無限定に流れないためには、明確な許容基準と許
容限界を設定しておくことがどうしても必要となる。
原告は、この許容基準ないし許容限界として、投票価値の実質的不平等は、原則と
して「二対一」の比率内にとどめなければならものと考える。すでに述べたよう
に、もし、ある者の一票が他の者の数票に相当する価値を有することになるなら
ば、そのある者には数票を、他の者には一票を与えたと同一の政治的効果が生じる
ことは自明の理だからである。
原告としては、各人の投票の価値は本来ならば当然、一人一票対一人一票であるべ
きものと考えるものであるが、ただ、人口の継続的変動とその精密な調査の不可能
という、選挙人数と議員定数との比率を数字的に一致させることの技術的困難さを
も考慮し、さりとて一部の国民に一人二票を許すことは国民の平等権の受忍し得る
限度を超えた不平等となるのではないかという懐疑を抱きつつ、複数投票制を実質
的に否定する意味でこの数値を導き出したのである。それは、素朴な国民感情に基
づく以外の何物でもない。
この「二対一」の基準は、現在では歴史的、理想的要請と実質的、個別的考慮とを
ほぼ調和せしめたところの合理的数値と考えられる。何故ならば、この「二対一」
基準は、昭和五三年秋、大阪弁護士会が日本公法学会所属の公法専攻学者(大学の
助手講師以上)に対して国会議員定数問題アンケートを発し、「憲法上容認され得
る不平等格差の数量的限界値はどの程度と考えるか」の項で、一対二・〇以下と回
答した者が有効総数一七七中、一三二もあつた事実からしても、ほぼ学界の多数意
見と推定されるからである。
4 参議院における国民代表観念とその現実
参議院の全国選出議員は職能代表的な考え方によつて各職域からそれぞれの代表を
選出させようとしたものであり、地方選出議員については地域代表的な考え方を採
用し、地方の事情に精通した代表を選出させようとしたものとの見解は、憲法四四
条、四三条一項、一五条二項、一四条一項等の明文に抵触し、国会議員の国民代表
観念に真向うから対立するものである。
そもそも国会議員が全国民の代表であるとする観念は、歴史的にみて、一七世紀末
のイギリス議会において、議員が選出者から指令を受け、議会内の行動はこの指令
により拘束されるという命令的(強制的)委任の制度が崩壊し始めるとともに台頭
してきたものであり、国民代表の観念はその後の各国の議会制度にも影響を与え、
近代議会制度の機構上の特色を表示するものとなつた。つまり、この観念は議員の
議会内の行動を、単に選挙者からのみならず更に広く一般外部からの拘束からも解
放することにより、議員に国民代表たるにふさわしい行動を期待しようとしたもの
であつて、その本質はすぐれて自由主義的、民主的なものであつた。
かような国民代表の観念の歴史的背景に徴するとき、職能代表制ないし地域代表制
の観念は、国民代表観念をせいちゆうし、むしろこれに相対立する存在であるとさ
えいい得る。
何故ならば、選挙人を各職域に分属させ、職域を単位として代表者を選任させる職
能代表制は、本質的に、個人主義、自由主義、民主主義というわが憲法のよつて立
つ根本規範に背反するところの性質を内在せしめているし、地域代表的なる考え方
も、右と同様、国会議員の本質を単なる地域代表とはみず、あくまで全国民の意思
に基づく全国民の代表として観念しているわが憲法の根本精神に違背するものと断
ぜざるを得ない。
憲法起草の過程における一九四六年三月二日付松本私案にみられた「参議院ハ地域
別又ハ職能別ニ依リ選挙セラレタル議員及内閣ガ両議院ノ議員ヨリ成ル委員会ノ決
議ニ依リ任命スル議員ヲ以テ組織ス」(四五条)との規定が、総司令部により明確
に拒否され、遂に現行憲法におけるがごとき参議院の位置づけに落着いたのは、大
要以上に述べたような歴史的背景、つまり、職能代表制の全体主義的色彩、あるい
は地域代表制の封建主義的色彩が、わが憲法の根本理念にそぐわないとみなされた
からにほかならないし、また参議院議員選挙法案の審議経過からも明らかなよう
に、同法の立法者の真意としでも、あくまで憲法の諸原則にかんがみ、職能代表的
あるいは地域代表的性格を参議院の制度の中に採り入れることを明確に拒否してい
た事情がうかがわれる。
それ故、参議院独自性論が、職能代表的ないしは地域代表的思想に基づいて参議院
議員の選出制度が仕組まれていたと主張するのであるなら、それはただに憲法の明
規をゆがめるのみか、立法者の意思にさえ違背する、空疎にして退えい的な現実肯
定論であるというのほかはない。
われわれが憲法の疑義を解明するにおいては、その立法趣旨に遡り、根本規範の言
霊にまで耳を傾けることを要する。国会議員は「全国民を代表する」と明記し、か
つ、それは「全体の奉仕者」たることを強調するわが憲法の文理解釈としては、国
会議員の選出手続においても、やはり全国的均一的原理の下に各選挙区間における
すべての投票の価値が平等となるよう、つまり投票の結果価値が平等となるよう仕
組まれることを憲法は暗黙のうちに要請しているものと解するのが相当である。
ア メリカ合衆国のように、国の政治的伝統として連邦主義を採用し、かつ、合衆
国連邦憲法において、人口比例の原則とは全く関係のない各州二名づつの上院の構
成を明定しているならばとにかく、わが国の参議院はあくまで第二院たる民選議会
にすぎないのであるから、憲法上明定された両議院の議員に共通の選挙原則をゆが
めてまで、参議院の特異性を強調するのは正当な憲法論とは思われない。のみなら
ず、参議院発足当時の院の特色ないし性格づけなるものも、現在のところでは全く
影をひそめ、院の実態は変質してしまつている。すなわち、名称こそ異なるもの
の、参議院は衆議院と同じ党派代表そのものである。そこにはかつての緑風会のよ
うな理の政治を期待する傾向はもはや見ることはできない。議員は任期六年で、衆
議院議員の場合に比し地位は安定しているはずなのに、なおかつ、現実的党派的利
害を超えることができない。参議院が今や全くのミニ衆議院であることは公知の事
実といえるのである。
五 参議院の特異性ということについて
わが憲法が明文で両院の組織及び権限に差異をもたらしたところのゆえんは、憲法
がは行的ないし表見的両院制を採用したことの単なる結果であるにとどまり、それ
以上の意味を付与してはならない。
それは、世に衆議院の優越とか参議院の補正的機能とかいう文言で表されるよう
に、単に国会における意思統一の形成を容易にし、かつ、これを確保するための実
際的便宜的措置にすぎない。つまり、両院の組織及び権限の相違なるものは、憲法
が参議院をして、あくまでも衆議院を抑制しこれを補充するところの第二院型とし
て性格づけていることに由来するのであつて、議員の民主的選出方法の程度におい
てまで、参議院が衆議院に劣後した存在であるとみなしたからではないのである。
もし憲法が、議員の民主的選出方法の程度において、参議院を衆議院に比し劣後し
た存在であるとみなしていたのであるならば、その旨明文で規定がなされたはずで
ある。しかるに国民の選挙権に関して、衆議院と参議院とではさような異なつた取
扱いがなされたであろうか。
憲法上明定されている両院議員選挙についての異なつた取扱いは、両院議員の任期
の差と、参議院議員の半数改選制度だけであろう。それ以外の事項はすべて、つま
り、選挙権の平等(一四条一項、四四条)、全体の奉仕者たること(一五条二
項)、全国民を代表する選挙された議員であること(四三条一項)等において、両
院議員の選挙は憲法上平等、かつ、共通に取扱われている。
参議院議員の半数改選制度については、原告は総議員の半数を三年ごとに改選すれ
ば憲法の要求は最低限みたされ、また、各選挙区ごとの議員偶数制の採用は必ずし
も憲法上の要求ではないと考える。すなわち、憲法四六条は「参議院議員の任期
は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する」と定めているのであるが、つま
り半数改選とは総数において半数であることのみが憲法上要求されているにとどま
り、各選挙区ごとに半数改選であることまでをも憲法が論理必然的に要求している
ものでないことは文理上明白である。
また、参議院議員選挙法制定当時の国会審議の経緯に徴すれば、同法の別表が各選
挙区につき偶数の定数を配当したゆえんは、それがよりよく憲法の精神に合致する
と考えられたがためであり、当時の立法者としては、憲法四六条の下であつても各
選挙区についての議員奇数制をなんら否定する趣旨ではなく、むしろこれを設置す
ることをも考えていた節がうかがわれ、ただ技術上の困難さ等の主観的、客観的な
いしは便宜的判断に基づいて、議員偶数制を採用したにすぎないという事情が明ら
かにされている。しかも、右議員偶数制を採用するに際しての立法裁量なるもの
が、前述のように人口に比例して議員を配分し、かつ、投票価値の不平等格差が最
大で二・二六対一程度の状況、つまり、選挙権平等化を志向する憲法上の原則がそ
うはなはだしく侵犯されてはいなかつた状況における立法裁量であつて、当時の状
況からすれば、議員奇数制を採用する特段の理由に乏しかつたという事情も特筆さ
れるべきである。
現行参議院の議員定数制度の成立事情が議員偶数制を採用したからといつて、選挙
権平等に関する憲法原則を看過しこれを犠牲にしてまで議員偶数制に固執する必要
はないであろう。原告はあくまでまず憲法原則を明確に打ち樹て、各選挙区の議員
を偶数にすべきか否かのような事項については、しかる後に憲法原則に則つた範囲
内で法律でこれを決めればよいと考える。かように処理すれば、「二対一」原則の
厳密な適用もあながち不可能とはいえないのである。
もし議員偶数制を採らないのであれば、人口過疎地区の議員は一人で六年ごとに改
選され、他方、人口過密地区の議員は複数で三年ごとに改選されることになろう
が、いずれにしても前述のごとく参議院議員の総議員の半数が三年ごとに改選され
ておれば、憲法の要求は最低限みたされるのである。
そうとすれば、選挙制度における参議院の特異性なるものが存在するとしても、そ
れは、憲法上の明文において性格づけられたものというよりは、むしろ公選法制定
当時の事情とか同法の諸規定とかの、下位法規ないし周辺の事情に依拠したものな
のであるから、上位法規であり最高法規たる憲法の要請、なかんずく投票価値平等
の原則と全体の奉仕者であり全国民を代表するところの国会議員の理念に抵触しな
いかどうかが厳しく検討され再吟味されねばならない。
そうして、もしそれらの原則ないし理念に対して下位法規たるものがもとる部分が
あるとするならば、下位法規の方こそ修正され、憲法の要請にかなうように当該法
規の改正が行われなければならない。また公選法制定当時の事情というもこれと同
様、憲法の原則ないし理念からみて適正な理解に基づいていたか、果たして濫用が
なされてはいなかつたかどうかが判断されなければならないのである。いやしく
も、事実が規範を規制し、下位法規が最高法規をリードするようなことがあつては
ならない。
六 結語
現代人としてイドラを持つ。そして、旧来の偶像から自由になることは難しい。そ
れは人間社会の陥り易い宿命であるともいえよう。しかし、現実のじゆ縛を去り思
考方法を転換するだけで、旧来の大疑問が大疑問でなくなり、平明にして公平な解
決に達し得ることもまた可能なのである。しかるに、議員定数問題における過去の
偶像が容易に打破されない原因は、その解決が国会の高度の政治的判断なるものに
任せられていることによる。その意味では、たしかに議員定数是正の事案はまさに
法律と政治の交錯する案件であると考えられるのである。ともすれば党利党略に傾
き易く、力の政治が理の政治をじゆうりんすることも決してまれとはいえない国会
の審議の場において、そもそも本件のようなデリケートな事案の本質的解決を求め
ることは、さながら百年河清を待つに等しいものではないかという深い疑惑をわれ
われに抱かせずにはおかない。
形式的に裁量権を有するものが、具体的妥当性を実現すべくその裁量権を適正に行
使しないときには、不正義が結局において世を支配するであろう。国会は常に権力
の府ではあつても、しばしば正義の府ではない。形式的には立法府の裁量に属する
とはいえ、なお実質的に司法的正義にかかわる事案がこれ以外にも多々存在する。
主権的単位たる国民の投票の価値に関する本案は、おそらくその最たる例とはいえ
ないであろうか。代表民主制下の差別相に対し警告を発し、これを是正し得るもの
は、今や司法裁判所の法令審査権でしかあり得ないことを、われわれは歴史的経験
から学んでいる。国民の、国民による、国民のための司法、これを願うものは独
り、大阪府の選挙民だけではないはずである。
別紙(二)
一 本件は、昭和五五年六月二二日に行われた参議院地方選出議員選挙に関し、大
阪府選挙区の選挙人である原告が、公選法の本件議員定数配分規定は違憲であり、
右違憲の規定に基づいて行われた右選挙区における選挙は無効であると主張して、
公選法二〇四条所定の選挙の効力に関する規定に準拠し、大阪府選挙管理委員会を
被告として提起した訴訟である。
二 ところで、同条による訴訟は、具体的権利義務に関するいわゆる法律上の争訟
ではなく、選挙の管理執行機関の法規に適合しない行為の是正を目的として、法律
により特に裁判所の権限に属せしめられた民衆訴訟(裁判所法三条、行政事件訴訟
法五条、四二条参照)の性質を有するものであつて、当該選挙が「選挙の規定に違
反」し、しかも「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、」選挙の全部又
は一部の無効を判決しなければならない(公選法二〇五条一項)ものとされている
ことにより、その限度で許容されるにすぎない訴えである。また、この訴訟は、現
行法上、選挙法規及びこれに基づく選挙の当然無効を確定する趣旨のものではな
く、選挙管理委員会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のため当該選挙
の効力を失わせ、改めて再選挙を義務づけるところにその本旨があることについて
も疑う余地がない。そこで右訴訟で争いうる「選挙の規定」違反ということも当該
選挙区の選挙管理委員会が、選挙法規を正当に適用することにより、その違法を是
正に適法な再選挙を行いうるもの(当該選挙管理委員会の権限に属する事項の規定
違反)に限られるのである。したがつて、同委員会においてこれを是正し適法な再
選挙を実施することができないような議員定数配分規定自体の違憲を主張して選挙
の効力を争うことは到底許されないというべきである。
三 また、公選法二〇四条の訴訟によつて選挙が無効とされた場合の再選挙はこれ
を行うべき理由が生じた日から四〇日以内に行わなければならず(同法一〇九条四
号、三四条一項)、しかも再選挙の期日は、少なくとも二〇日前に告示しなければ
ならない(同法三四条六項三号)。仮に、議員定数配分規定の違憲無効を理由とし
て選挙が無効とされて再選挙を行う場合には、違憲無効とされた定数配分規定に基
づいて再選挙を行うことは許されないので、まず右配分規定の改正を行わなければ
ならないことになる。しかし、議員定数の配分の是正そのものは種々の政治的利害
の対立を伴う極めて困難な問題であるから、わずか二〇日間でその改正を行うこと
は事実上不可能であり、選挙管理委員会としては、同規定が立法府において改正さ
れるまで再選挙を延期せざるを得ないこととなる。
しかし、前述のとおり、選挙管理委員会は、公選法により四〇日以内に再選挙を行
う義務を負つているところ、配分規定が違憲無効であるとの点についての判決の拘
束力(行政事件訴訟法四三条一項、三三条一項)に従う限り同法三四条一項の規定
に違反せざるを得ず、他方、右規定に従おうとするときは、違憲無効な定数配分規
定に基づいて再選挙を行うことを余儀なくされるので、判決の拘束力を無視せざる
を得ないというジレンマに陥ることとなるのである。
この場合、選挙管理委員会としては、違憲無効とされた定数配分規定に基づいて再
選挙を行うことは違法な選挙を繰り返すこととなつて不合理であることが明らかで
あるから、結局定数配分規定が憲法に適合するように改正されるまで再選挙を延期
せざるを得ないことになると思われるが、その場合には、その間、国権の最高機関
の一部の存立を否定する結果になり、また判決の内容いかんによつては、憲法五六
条一項所定の参議院の定足数を実質的に充足し得ない事態を引き起こす可能性すら
あり、国権の最高機関たる国会の正常な運営が著しく阻害されることとなる。この
ため、裁判所の行う参議院議員定数配分規定の違憲無効の判断は選挙の結果に異動
を及ぼさない場合に該当するとの見解もあるくらいである。
四 このように、るる検討した本件訴訟に関する公選法上の諸々の問題点は、究極
のところ、現行公選法が、本件のような訴訟を到底予定していないどころから生じ
てくるのであつて、公選法の諸規定を全く無視することとなる本件のような訴訟は
不適法なものである。
五 以上のとおり、議員定数配分規定自体の違憲、無効を主張する訴訟は、現行法
体系の規定の仕方、民衆訴訟の本質から公選法二〇四条の拡張解釈をしてもその限
界を超えるものとして、同法によつては許容されないものというべきである。
ところで、最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決は、本件のような訴訟につき、
公選法二〇四条に基づく出訴を容認し、その理由づけとして「右訴訟において議員
定数配分規定そのものの違憲を理由として選挙の効力を争うことはできないのでは
ないか、との疑いがないではない。」としつつも、「公選法の規定が、その定める
訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等に違反することを選挙無効
の原因として主張することを殊更に排除する趣旨であるとすることは」、当を得た
解釈ではないとした。
しかし、右大法廷判決は、公選法二〇四条の立法目的、立法の趣旨に反する大変無
理のある法解釈を含んでいるのであつて批判を免れないところであり、前述したと
おり、選挙訴訟は、典型的な民衆訴訟であつて、「法律に定める場合において」の
み提起できるのであるから、法律の規定のない以上訴訟の提起の道はなく、法律が
新たにこれを認める特別の争訴制度を採用しない限り、不適法なものとして却下さ
るべきである。
六 本件訴訟を司法権の対象としない理由
1 そもそも、本件のような事態に対して、現行法上、救済手段が存在しないこと
については、それなりの正当理由がある。
すなわち、参議院議員定数配分規定の問題は、元来、高度の政治的、技術的要素が
絡むものであるから、本来的に立法による解決が期待され、司法もこれを尊重し、
自己抑制作用の強く働く分野である。更にわが国における伝統的な司法制度及び現
在の裁判所の権限から選挙訴訟制度をみるに、法律は、裁判所がこの問題に立ち入
ることを回避すべきであるとしたものと思われるのである。
2 (一)なるほど、原告の指摘する西ドイツの連邦選挙法、更にはアメリカにお
いては、議員定数配分規定の違憲無効を理由とする選挙訴訟が認められ、裁判所も
憲法判断を行つている。しかし、以下のとおりこれら諸外国の選挙訴訟制度は、わ
が国のそれとは根本的に異なるのであるから、これらの国において是認されている
との理由によつて、直ちにわが国の裁判制度においてもこの種の訴訟が是認されて
しかるべきであるということにはならないのである。すなわち、わが国における選
挙訴訟は既に施行された選挙の効力を争い、再選挙の実施を求めるものであつて、
裁判所の権限も無効を宣言するにとどまるものである。
(二) しかるに、まずアメリカにおいては、いわゆる配分法(議員定数、選挙区
割等を定めている)の効力を裁判所において争うことができるが、この場合、出訴
者たる原告は、具体的な選挙と関係なく配分法の規定自体の合憲違憲を争うことが
でき、このため、裁判所は、いわゆる職務執行命令や差止命令等の衡平法上の救済
権限を与えられている。
したがつて出訴者は当該配分法によつて行われた選挙の効力を争うのではなく、配
分法自体の無効宣言とその定めに従つて行われる次の選挙を阻止するための差止命
令を訴求するのが通常である。しかもその救済方法は極めて弾力的であつて、例え
ば、現行の議員定数配分を違憲と判断した場合においても、その定数配分によつて
選出され現に議員である者の地位を奪うことはほとんどなく、違憲とされた当該定
数配分によつて次の選挙が行われることを禁止するにとどまる。そして、仮に次の
選挙が差し迫つているときは、違憲とされた定数配分による選挙を許すとともに、
違憲とされる選挙によつて選出された議員の任期を制限し、更にはそれら議員によ
る議会の権限を定数配分のための立法措置を講ずることに限定することもできるの
である。あるいはまた右のように救済の延期を許さないで裁判所が自ら配分表を定
め、それによつて選挙を行うことを命ずることさえできるとされている。
(三) 次いで西ドイツにおいては、連邦選挙法において、選挙区の平均人口の差
が、多くても少なくても三分の一を超えてはならないとの実体法上の客観的基準が
明定されている(同法三条三項)。そして、現実の定数配分が同法に違反し、更に
は違憲でもあると選挙人が考えた場合、選挙人は、連邦憲法裁判所法に基づき、こ
の種の定数配分の違憲無効を、いわゆる憲法訴願手続の中で争うことができるので
あるが(同法九五条一項、なお連邦憲法裁判所一九六三年五月二二日第二部決
定)、その場合、当該定数配分が連邦選挙法ないし基本法に違反すると連邦憲法裁
判所が認めれば、同裁判所は同配分が基本法を侵犯している旨確認することができ
るのである(同法九五条一項)。そして、ランド選挙法が連邦選挙法に違反し、連
邦選挙法が基本法に違反するなど法律が基本法等に違反するとの憲法訴願が認容さ
れる場合には、当該法律の無効も宣言できるのであり(同法九五条三項)、その場
合、右無効宣言は法律的効力を有する旨明定されている(同法三一条二項、一三条
八号a)。このように西ドイツにおける選挙訴訟制度は、あらかじめ明文の規定に
よつて、実体法上、違憲かどうかの判断基準が設定されているうえ、手続法上その
訴訟の方式、判決(決定)の効果等も定められているのである。しかも、解釈論と
しては、連邦憲法裁判所は連邦憲法裁判所法三五条に基づき、新しい選挙法を作成
し、新しい選挙を施行することも可能であるとされているのである。
以上のごとくこれら諸外国においては、わが国とは異なり、この種の選挙訴訟が制
度的に認められているものである。
以上
別紙(三)
一 憲法一四条一項に定める法の下の平等は、同一五条に定める選挙人資格におけ
る差別の禁止だけにとどまらず、選挙権の内容すなわち各選挙人の投票価値の平等
もまた保障しているものと考えられる。
しかしながら、右の投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が完全
に同一であることまでも要求するものと考えることはできない。けだし、投票価値
は、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に右の
ような投票の影響力に何程かの差異を生ずることがあるのを免れないからである。
代表民主制の下における選挙判度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意
見が公正、かつ、効果的に国政の運営に反映されることを目標とするが、他方、政
治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に
即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の
形態が存在するわけのものではない。わが憲法もまた右の理由から、両議院の議員
の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであ
る。それ故、憲法は、前記投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の
決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく、国会は衆
議院及び参議院それぞれについて他にしんしやくすることのできる事項をも考慮し
て、公正、かつ、効果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体
的に決定することができるのであり、投票価値の平等は、憲法上正当な理由となり
えないことが明らかな差別を除いては、原則として国会が正当に考慮することので
きる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと
解さなければならない。
二 ところで、わが憲法は衆議院及び参議院の二院制を採用しているが、両院の組
織及び権限には重大な相違がある。すなわち、組織においては衆議院議員は任期を
四年とし)、解散があるのに対し、参議院議員は任期を六年とし、三年ごとに議員
の半数を改選することとし、解散がない。また権限においては、法律案、予算、条
約の批准の審議及び内閣の不信任議決、内閣総理大臣の指名のそれぞれについて衆
議院が参議院に優越している。右のような憲法上の両院の相違は、当然両議院の議
員の選挙制度にも影響を及ぼすべきものであり、先に述べた国会が選挙制度を決定
する際に、投票価値の平等以外に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由
についてもおのずから異なつてくるはずである。
そこで、現行の公選法をみると、衆議院議員については一選挙区三名ないし五名を
定数とするいわゆる中選挙区制を採用し、選挙人の国政に対する意見を特に選挙人
の職域、地域等を考慮せず、一般的に国政に反映させること及び内閣組織の基礎と
なることを主たる目的として選挙制度が考えられている。他方、参議院議員につい
ては総数を二五二名(もともと二五〇名であつたが、沖縄県の復帰により二名増員
となつた。)とし、そのうち一〇〇名を全国選出議員、一五二名を地方選出議員と
し、それぞれ憲法の規定に基づいて三年ごとに半数ずつ改選することとされてい
る。右のように全国選出議員と地方選出議員に分けたのは憲法が二院制を採用した
趣旨、すなわち第二院である参議院は衆議院とはできるだけ異なつた構成とし、衆
議院の機能を補完させようとした趣旨にのつとつたものであるが、具体的には、全
国選出議員は職能代表的な考え方によつて各職域からそれぞれの代表を選出させよ
うとしたものであり、地方選出議員については、従来わが国の政治及び行政の実際
において大きな役割を果たし、国民生活及び国民感情の上にも大きな比重をもつて
きた都道府県を基礎として、地域代表的な考え方を採用し、地方の事情に精通した
代表を選出させようとしたものである。
三 先に述べたように、参議院地方選出議員の総数は一五二名とされているが、半
数ずつ改選しなければならないのであるから、各選挙区は偶数の定数を持たなけれ
ばならず(奇数ということも考えられないではないが、そうすると三年ごとに改選
議員を持たない選挙区もあつて不合理である。)、結局定数配分は七六名の定数を
基礎として考えなければならないこととなる。そうだとすれば、全国都道府県の数
は四七であり、配分すべき定数は選挙区の倍もないのであるから選挙人数に比例し
た定数配分はきわめて困難といわざるを得ない。実際公選法制定当時から同法別表
第二は定数配分が不均衡であることが予定されていたのであり、参議院議員選挙法
別表(現行の公職選挙法別表第二と同じ)制定の基礎となつた昭和二一年の臨時統
計調査人口による参議院地方選出議員選挙実態分析によれば、議員一人当りの人口
数の最も少ない鳥取県地方区の指数を一〇〇とすれば、大阪府地方区の指数が一七
八であり、最も多い宮城県地方区の指数が二六二となつており、参議院議員選挙法
施行後の最初の参議院議員選挙である昭和二二年四月二〇日執行の選挙における地
方選出議員選挙実態分析によれば、議員一人当りの有権者数の最も少ない鳥取県地
方区の指数を一〇〇とすれば、大阪府地方区が一九〇であり、最も多い岐阜県地方
区が二五一となつているのであつて、現行の定数配分規定は、制定当初において、
既に議員一人当りの人口(有権者数)の上限と下限の開きは約二倍半になつていた
のであり、これは、数少ない地方選出議員数を全国の都道府県に配分しなければな
らないという定数配分の技術上の制約、及び参議院地方選出議員が地域代表的性格
を持つていることから合理的に理由づけられていたのである。
もち論、現段階においても一部選挙区の定数を減員し、他の一部選挙区の定数を増
員する(地方選出議員の総数を増加させないものとして考察する。地方選出議員の
総数は全国選出議員総数との割合及び参議院議員総数の衆議院議員総数との割合な
どから合理的に決定されたものであつて衆議院議員総数のように安易に増加させる
べきものではない。)ことによつて若干の是正は可能であるが、選挙人数の総数が
絶対的に少ない鳥取県であつても、少なくとも二名の定数配分をしなければならな
いから、上限と下限(鳥取県)との開きの割合は四倍強となるのであつて、定数の
不均衡の是正は数学的に不可能なのである。ちなみに、昭和五〇年一〇月施行の国
勢調査による有権者数及び前回昭和五二年七月一〇日執行の参議院議員選挙の有権
者数に基づいてそれぞれ七六の議員定数の再配分試算をした結果は別表三、五のと
おりであり、右再配分試算により選挙を執行したと仮定した場合の実態分析結果は
別表四、六のとおりである。
更に、地方選出議員は先に述べたように地域代表的な意味あいを強く持つているこ
とを考慮するならば、単純に選挙人数に比例した議員数の配分のみを主張すること
は妥当とはいえない。すなわち、最近の都市への人口の集中化の現状からみてそれ
は都市偏重、いいかえれば都市地域ないし経済の先進地域を優先させる結果となり
かねないのであつて、都市に対して農村、あるいは経済的先進地域(過密地域)に
対して、後進地域(過疎地域)があり、両者にはそれぞれそれなりに解決をせまら
れている重大な課題をもつており、地方選出議員はそれぞれの地域を代表させると
いう性格をもつものといえるのであつて、人口流出の結果過疎となつた地域的意見
こそ一層尊重されなければならないのである。そうだとすれば、現在の議員定数配
分は先に述べた投票価値の平等以外に国会が考慮することのできる他の政策的目的
ないし理由として地域代表的意味あいを考慮したものであつて、参議院議員選挙に
関してはそれなりに合理性をもつものというべきである。
公選法も別表第一については「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に
行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」との添え書があるに
もかかわらず、別表第二については同様の添え書がないこと、及び別表第一につい
ては、過去何度か改正が行われているのに、別表第二については、三〇年間にわた
つて一度も改正されておらず(沖縄県復帰の際の改正を除く。)、更には、第七次
まで存在した選挙制度審議会による答申すら一度もなされていないことも右理論の
妥当性を裏づけるものといえるのである。
以上
別紙(四)
たしかに公選法二〇四条の選挙訴訟は、厳密な文理解釈の上からは、選挙管理委員
会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のため当該選挙の効力を失わせ、
改めて再選挙を義務づけることを前提とした制度であり、議員定数配分規定が違憲
無効とされ、国会でこれを改正した上でなければ適法な再選挙を行い得ないような
場合までをも、同条は本来予想してはいないかにみえる。
しかしながら、公選法二〇四条が立法の当初本件のような訴えを文理上予定しては
いなかつたというただそれだけのことから、直ちにそのような訴えのために道を開
いた実定法規が制定されていない以上は、結局、不適法の訴えとして却下されるほ
かないことになると速断することが、本件のような事案の理論的究明と、国権行為
の侵害に悩む選挙人たちの救済にとつて、果たして適正にして妥当な結論となるか
どうかはおのずから別問題であり、被告主張のような解釈技術では、本件における
適正妥当な結論を導き出すことは到底できない。
そもそも定数不均衡とは、選挙の手続規定にもまして、選挙の公正を根本的に阻害
するものであり、これの是正がなされてこそはじめて選挙を行う土俵ができ上ると
いつても過言ではない。その意味で、いわば公選法二〇四条の定める「選挙の規定
に違反する」との要件に当たる最たる事例とさえいうことができるし、しかも、定
数配分規定が改正されるならば、同条所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある
場合」との要件にもまさしく該当することは明白であり、そうとすれば、公選法の
定める期間内に再選挙を執行することが事実上不可能という問題が仮にあるとして
も、なんらかの臨時的措置により再選挙を行うという解釈、ないしは再選挙という
形式以外の救済方法(一例として将来効判決)の存在をも考え合わせるならば、本
件の公選法二〇四条による出訴に選挙訴訟としての合法性を賦与することは理論上
十分に可能である。
また投票価値の平等を憲法上要請された原則であると解する立場を採るならば、各
選挙人は自己の投票が選挙の結果に対して平等の価値ないし影響力を持つことを憲
法上保障されなければならないが、その反面、いやしくも選挙権の平等を侵害する
ような国権行為がある場合には、可能な限りその是正又は救済の途を講じておくの
が同時に憲法上の要請でもあるといわざるをえない。
被告は行政事件訴訟法四二条を手懸りに、選挙訴訟は、典型的な民衆訴訟であつ
て、法律の定める場合においてのみ提起できるのであるから、法律の規定のない以
上、本訴のような訴訟の提起の道はない旨主張するけれども、右規定を国民の「裁
判を受ける権利」(憲法三二条)に優先して支配させるべきではなく、裁判所が権
利のあるところに救済手段を創造的にでも当事者のため探し出す努力をすること
は、決して三権分立原則に違背することにはならないのである。
行政法は、行政決定の過程において、関係市民に発言の機会を与えることを保障す
ることにより、その人間的な尊厳に敬意を払うとともに、政治過程においては、必
ずしも吸収し得なかつた国民代表的な契機に対して配慮することが要請される。前
者はつまり、基本的人権の保障ということであり、後者はすなわち、民主主義の具
現化ということなのであつて、その課題は憲法の理想と共通にして形影相伴うもの
というべきであろう。
以上

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