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損害賠償請求事件
損害賠償請求事件
損害賠償請求事件
判決書
京都地方裁判所第7民事部
目次
主文.............................................................................................................................5
事実及び理由...............................................................................................................6
第1章請求...............................................................................................................65
第2章事案の概要等................................................................................................6
第1節事案の概要................................................................................................6
第2節前提事実....................................................................................................7
第3節本件における主たる争点.........................................................................23
第4節当事者の主張...........................................................................................2310
第3章当裁判所の判断...........................................................................................23
第1節争点①(予見可能性の有無)について....................................................23
第2節争点②(被告東電の責任)について.......................................................74
第3節争点③(被告国の責任)について...........................................................83
第4節争点④(避難の相当性)について.........................................................11515
第5節争点⑤(損害各論)について................................................................201
第4章結論...........................................................................................................467
主文......................................................5
事実及び理由........................................6
第1章請求........................................6
第2章事案の概要等.........................6
第1節事案の概要.........................6
第2節前提事実.............................7
第1当事者..................................7
第2福島第一原発の概要.............8
第3本件事故に至る経緯.........11
第4本件事故までの原子力発電
所事故..................................14
第5関係法令の定め................16
第6規制機関等(平成14年以
降).....................................21
第3節本件における主たる争点..23
第4節当事者の主張....................23
第3章当裁判所の判断....................23
第1節争点①(予見可能性の有無)
について...............................23
第1認定事実...........................23
1我が国における地震及び津波
の歴史..................................23
2地震及び津波に関する一般的
な知見..................................24
3地震・津波に関する科学的知
見の遷移等...........................27
4被告東電及び被告国の地震・
津波に関する対応状況.........46
5シビアアクシデント(SA)
及びシビアアクシデント対策に
ついて...................................51
6予見可能性に関する公的な調
査機関等の見解....................59
第2判断...................................61
1予見可能性の有無の検討..61
2津波に関する予見可能性の対
象について...........................62
3津波に関する予見可能性の有
無..........................................64
4シビアアクシデント対策に関
する予見可能性について......73
5まとめ...............................74
第2節争点②(被告東電の責任)に
ついて...................................74
第1判断...................................74
1過失の有無........................74
2民法709条の責任の成否
.................................................83
第2まとめ...............................83
第3節争点③(被告国の責任)につ
いて......................................83
第1認定事実...........................84
1省令62号........................84
2安全審査に関する各種指針
.................................................85
3各種指針の内容.................86
4各手続に要する標準処理期間
について...............................92
5我が国における原子力行政
.................................................93
第2判断...................................96
1被告国の責任の成否..........96
2国の相互保証について....113
細目次
3被告らの責任割合について
..............................................114
第3まとめ.............................115
第4節争点④(避難の相当性)につ
いて..............................................115
第1認定事実.........................115
1放射線に関する科学的知見等
..............................................115
2放射線の生体への影響....117
3ICRP勧告..................119
4避難基準年間20m㏜の採
用・実施.............................123
5LNTモデル..................126
6線量率効果.....................127
7被ばくによる健康影響に関す
る疫学調査及び論文...........128
8福島県県民健康調査.......134
9低線量被ばくのリスク管理に
関するワーキンググループ136
10関係法令の定め..............137
11政府による避難指示等の区域
の変遷................................138
12中間指針等の内容...........141
13避難の実情.....................144
第2判断................................144
1原子力損害と避難の相当性に
ついて................................144
2原告らの主張する年間1m㏜
の基準・土壌汚染について145
3政府の策定した年間20m㏜
の基準と避難の相当性について
...........................................149
4避難の意義及び避難の相当性
を認める基準について.......151
5避難の相当性の判断について
(各論).............................161
6まとめ.............................200
第5節争点⑤(損害各論)について
......................................................201
第1認定事実.........................201
1中間指針等の内容...........201
2被告東電の賠償基準........206
3前記1,2以外の賠償基準等
...............................................208
4中間指針等に基づく賠償の実
施状況.................................211
第2損害各論の総論...............211
1相当因果関係を認める損害に
ついて.................................211
2各損害費目について........219
3既払金の充当について....229
4弁護士費用について........231
第3各原告の損害額...............231
第4章結論....................................467
平成30年3月15日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
損害賠償請求事件(以下「第1事件」という。)
損害賠償請求事件(以下「第2事件」という。)
損害賠償請求事件(以下「第3事件」という。)
口頭弁論終結日平成29年9月29日5
判決
当事者の表示別紙当事者目録及び別紙原告ら代理人一覧表のとおり
主文
1被告らは,別紙認容額等一覧表の各認容額欄に金額の記載がある各原告に対
し,各自,同一覧表の各認容額欄記載の金員及びこれに対する平成23年3月10
11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2別紙認容額等一覧表の各認容額欄と各請求額欄の金額が異なる記載の原告
らの被告らに対するその余の請求及び同一覧表の各認容額欄に「棄却」の記載
がある原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用の負担は,以下のとおりとする。15
⑴原告番号1,10-2及び25-2と被告らとの間にそれぞれ生じた費用
は,全て被告らの負担とする。
⑵別紙認容額等一覧表の各認容額欄に金額の記載がある各原告(上記⑴の原
告らを除く。)と被告らとの間にそれぞれ生じた費用は,各原告に対応する
別紙認容額等一覧表の「被告ら負担割合」欄記載の割合を被告らの負担とし,20
その余を各原告の負担とする。
⑶別紙認容額等一覧表の各認容額欄に「棄却」の記載がある各原告と被告ら
との間にそれぞれ生じた費用は,全て各原告の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
ただし,被告らが,それぞれ,別紙認容額等一覧表の担保額欄に金額の記載25
がある各原告に対し,同金員の担保を供するときは,当該担保を供した被告は,
当該原告との関係において,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1章請求
被告らは,連帯して,各原告に対し,別紙認容額等一覧表の原告らの請求額欄記
載の各金員及びこれらに対する平成23年3月11日から各支払済みまで年5分5
の割合による金員を支払え。
第2章事案の概要等
第1節事案の概要
以下,略語又は説明の必要な用語を使用する場合の各略語又は各用語の意味は,
別紙略語・用語一覧表記載のとおりである。ただし,初出の場合など,理解のため10
併せて正式名称を用いる場合がある。
第1本件は,平成23年3月11日,被告東電が設置し運営する福島第一原子力発
電所(福島第一原発)1~4号機において,東北地方太平洋沖地震(本件地震)
及びこれに伴う津波(本件津波)の影響で,放射性物質が放出される事故(本件
事故)が発生したことにより,原告らがそれぞれ本件事故当時の居住地(本件事15
故後出生した者については,その親の居住地。以下同じ。)で生活を送ることが困
難となったため,避難を余儀なくされ,避難費用等の損害が生じたとともに,精
神的苦痛も被ったと主張して,原告らが,被告東電に対しては,民法709条及
び原賠法3条1項に基づき,被告国に対しては,国賠法1条1項に基づき,それ
ぞれ損害賠償を求める事案である。20
第2原告らは,被告東電に対して,本件事故に関し,被告東電に過失があったと主
張しており,被告東電の過失は,原賠法によっても排除されない民法709条の
不法行為責任の要件であるとともに,慰謝料の増額事由に当たるものと位置づけ
ている。その過失の内容は次のとおりである。すなわち,被告東電は,①平成1
4年頃,遅くとも平成20年3月頃の時点においては,大規模地震や津波の最新25
の知見を得ており,地震や津波による原発事故の発生を予見し,又はその予見が
可能であったにも関わらず,地震及び津波対策を怠ったこと,②平成14年頃ま
でには,大規模災害等による全電源喪失事故の発生を予見すべきであったにもか
かわらず,これを怠り,シビアアクシデント(SA,過酷事故)への対策を行う
義務を怠ったことであり,これら義務違反により,本件事故は発生した。
また,被告国に対しては,原告らは,公権力の行使に当たる公務員である経済5
産業大臣に,権限不行使の違法な行為があったと主張している。その違法行為の
内容は,次のとおりである。すなわち,被告国は,①平成14年の時点,遅くと
も平成20年3~6月頃までの間に,地震又は津波による原発事故の発生を予見
可能であり,それを踏まえれば,福島第一原発は安全性が欠如した状態であった
のであるから,電気事業法40条に基づき技術基準適合命令を発し,又は炉規法10
に基づいて一時的に運転停止させる等の対策をとるべきであったにも関わらず,
同原発の不適合状態を放置して規制権限を行使しなかったこと,②上記の頃まで
には,大規模災害等による全電源喪失事故の発生を予見可能であったのであるか
ら,電気事業法に基づく省令制定権限を適切に行使して,事業者である被告東電
に対し,SA対策を行うよう義務付けをすべきであったにもかかわらず,その制15
定を怠って規制権限を行使しなかったこと,又は電気事業法に基づく行政指導権
限を適切に行使して,電源対策の整備等を行うよう指導すべきであったにも関わ
らず,これを行使しなかったことであり,これら違法行為により,本件事故は発
生した。
第2節前提事実20
以下は,当事者間に争いがないか,証拠(特記しない限り,枝番号・孫番号を
全て含む。以下,同様である。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実で
ある。そのうち,個別の証拠番号を付さない事実については,当事者間に争いが
ない事実である。
第1当事者25
1原告らは,本件事故により,自ら(本件事故後に出生した者も含む。)が,福島
県のほか,宮城県,栃木県,茨城県及び千葉県における本件事故当時の各居住地
から京都市等に避難したか,又は,同居していた家族が,上記各居住地から上記
同様に避難した者らである。(弁論の全趣旨)
2被告東電は,電気事業等を営み,平成28年4月1日まで,東京電力株式会社
の商号を使用していた株式会社である。福島第一原発の各原子炉の設置許可を受5
けた者であり,原賠法の原子力事業者に当たる(原賠法2条3項)。
第2福島第一原発の概要
1位置及び発電量等
福島第一原発は,福島県双葉郡a1町及び同郡a2町の境で,同県いわき市の
北約40km,同県郡山市の東約55km,福島市の南東約60kmに位置し,10
その東側は太平洋に面している。敷地は海岸線に長軸を持つ半長円状の形状とな
っており,敷地全体の広さは約350万㎡である。もともと35mの丘陵をO.
P.(小名浜港工事基準面)+10mに切り下げている。また,福島第一原発は,
被告東電が初めて建設・運転した原子力発電所であり,合計6基の沸騰水型原子
炉(BWR)が設置されている。昭和46年3月に1号機の運転を開始し,本件15
事故当時,1号機から6号機までの総発電量が469万6000㎾となっていた。
なお,平成22年3月末時点の日本国内の原子力発電所(全54基)の総発電量
は合計4884万7000㎾であった。
(甲A1・83頁,甲A2・本文編9頁・資料Ⅱ-3,丙A16・131頁)
2発電及び安全確保の仕組み20
福島第一原発に設置されている沸騰水型原子炉(BWR)は,原子炉の中で直
接蒸気を発生させ,発生した蒸気をタービンに送り,タービンを回転させ,その
タービンの回転が発電機に伝えられることにより発電が行われるという仕組み
となっており,減速材や冷却材として軽水(普通の水)を使用している。
原子炉には,強い放射能をもつ放射性物質が存在することから,何らかの異常・25
故障等によって,放射性物質が施設外へ漏出することのないよう,①異常を検出
して原子炉を速やかに停止する機能(止める機能。原子炉の緊急停止等),②原子
炉停止後も発熱を続ける燃料の破損を防止するために炉心の冷却を続ける機能
(冷やす機能。給水系,注水系等),③燃料から放出された放射性物質の施設外へ
の過大な漏出を抑制する機能(閉じ込める機能。原子炉圧力容器,格納容器,建
屋の三重構造等)が備え付けられている。5
(甲A2・本文編11~14頁・資料Ⅱ-2,丙A16・19~26頁)
3原子炉の設置許可・運転開始時期
福島第一原発1~4号機の設置許可処分又は変更許可処分は,以下のとおりな
され,その後各機の運転開始がなされた。
①1号機昭和41年12月1日設置許可処分昭和46年3月運転開始10
②2号機昭和43年3月29日変更許可処分昭和49年7月運転開始
③3号機昭和45年1月23日変更許可処分昭和51年3月運転開始
④4号機昭和47年1月13日変更許可処分昭和53年10月運転開始
そのほか,5号機は昭和53年4月に,6号機は昭和54年10月に,それぞ
れ運転を開始した。15
本件事故により,放射性物質が放出された1~4号機は,それぞれの設置変更
許可処分の前に,敷地が標高約10mであり,潮位がO.P.+3.1m(19
60年のチリ地震時)が最高値であることなどを立地条件として,原子炉安全専
門審査会の審査を受け,原子炉の設置にかかる安全性は十分確保し得ると認めら
れていた。20
(甲A2・資料Ⅱ-1,丙A26~29,弁論の全趣旨)
4施設の配置,敷地及び設備
⑴福島第一原発の各号機は,原子炉建屋(R/B),タービン建屋(T/B),
コントロール建屋(C/B),サービス建屋(S/B),放射性廃棄物処理建屋
等から構成されており,これらの建屋のうち一部については,隣接プラントと25
共用となっている。各施設の位置等は,別紙1「福島第一原子力発電所配置図」
のとおりである。
原子炉格納容器を格納する原子炉建屋及びタービン建屋の敷地高さは,1~
4号機は各O.P.+10m,5,6号機は各O.P.+13mである。各号
機の取水のための海水ポンプが設置されている海側部分の敷地高さは,いずれ
もO.P.+4mである。5
⑵前記「冷やす機能」(給水系,注水系等)は,何らかの異常・故障等によって,
放射性物質が施設外へ漏出することのないよう,炉心の冷却を続ける機能であ
って重要であるが,福島第一原発では,冷却設備の駆動源には,原子炉運転中
は所内発電,同運転停止時は外部からの交流電源又は隣接号機の主発電機(併
せて外部電源),外部電源が停止した場合は,非常用ディーゼル発電機(非常用10
D/G)としていた。
非常用ディーゼル発電機は,1~4号機の場合,タービン建屋地下1階(O.
P.+1.9m,2m,4.9m)又は共用プール1階(O.P.+10.2
m)に設置されており,敷地高よりも低いか,又はほぼ同等であった。5号機
は,タービン建屋地下1階(O.P.+4.9m),6号機は原子炉建屋地下115
階(O.P.+5.8m),ディーゼル発動機建屋1階(O.P.+13.2m)
にそれぞれ設置されていた。非常用ディーゼル発電機の多くは,いずれも海水
を利用して機関の冷却を行う構造(水冷式)になっており,海水を取り込むた
めの非常用海水ポンプが海側エリアに設置されており,その設置場所の敷地高
は,O.P.+4.0mであった。20
外部電源及び非常用ディーゼル発電機の電力は,高圧電源盤(M/C),低圧
電源盤(P/C,MCC)を経由して,各機器に供給される仕組みであった。
通常運転時に使用される設備に接続される「常用」,隣接号機への送電に用い
られる「共通」,非常用ディーゼル発電機からの電力が供給される「非常用」の
3種類があり,各号機の電源盤のほとんどが,地下1階又は1階に設置されて25
いた。
なお,電源には,上記のほかに,直流電源がある。非常用の注水系の一つで
あり,高低温差を利用する非常用復水器(IC)の電動弁等に用いられていた。
(甲A2・本文編25~34頁,資料Ⅱ-12,Ⅱ-21,甲A3・本文編1
11~113頁)
第3本件事故に至る経緯5
1地震の発生,津波の到達
平成23年3月11日午後2時46分,牡鹿半島の東南東約130㎞を震源と
するM9.0の地震(本件地震)が発生した。Mt(津波マグニチュード)は9.
1であった。本件地震の震源域は,岩手県沖から茨城県沖に及び,長さは約45
0㎞,幅は約200㎞とされる。本件地震は,複数の震源域が連動して発生し,10
日本国内で観測された最大の地震,世界でも観測史上4番目の規模の地震であっ
た。
本件地震に伴う津波(本件津波)が,平成23年3月11日午後3時27分頃
及び同日午後3時35分頃,福島第一原発に到達し,その後も断続的に到達した。
本件津波により,福島第一原発1~4号機海側エリア及び主要建屋設置エリアは15
ほぼ全域が浸水した。1~4号機主要建屋設置エリアの敷地高はO.P.+10
mであるところ,同エリアの浸水高はO.P.+約11.5~15.5m(浸水
深約1.5~5.5m)であった。
21号機の状況
1号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震のため,20
自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震によって,発電所側受電用
遮断器等が損傷したため,平成23年3月11日午後2時47分,新福島変電所
からの外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。な
お,非常用ディーゼル発電機は2系統あり,ともにタービン建屋(T/B)地下
1階に設置されていた。しかし,本件津波により,非常用ディーゼル発電機が被25
水して機能を喪失し,同日午後3時37分,全交流電源を喪失した。前後して,
直流電源も喪失し,全電源喪失に至った。
このため,非常用冷却設備である非常用復水器(IC),高圧注水系(HPC
I)のいずれも機能を喪失し,炉心の冷却が不可能になった。その結果,1号機
の原子炉水位が低下して炉心損傷を生じ,さらに炉心溶融に至った。
平成23年3月12日午後2時30分頃には,格納容器圧力の異常上昇を防止5
し,格納容器を保護するため,放射性物質を含む格納容器内の気体(ほとんどが
窒素)を一部外部環境に放出し,圧力を降下させる措置(ベント)が実施され,
1号機から大気中に放射性物質が放出された。さらに,同日午後3時36分頃,
1号機原子炉建屋内で水素爆発が起きたため,建屋が激しく損壊し,放射性物質
が大量に放出されるに至った。10
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・Ⅳ-31,32,36~49頁)
32号機の状況
2号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震により
自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震によって,1号機と同様の
理由により,平成23年3月11日午後2時47分,新福島変電所からの外部電15
源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常用デ
ィーゼル発電機は2系統あり,1系統はタービン建屋地下1階に設置され,1系
統は運用補助共用施設1階に設置されていた。しかし,本件津波により,非常用
ディーゼル発電機が被水するなどしたため,同日午後3時41分,全交流電源を
喪失した。前後して,直流電源を喪失し,全電源喪失に至った。20
このため,非常用冷却設備である高圧注水系(HPCI)及び,原子炉隔離時
冷却系(RCIC)は機能を喪失し,炉心の冷却が不可能になった。その結果,
2号機の原子炉水位が低下し,炉心損傷を生じ,さらに,炉心溶融まで至ってい
た可能性が指摘されている。
遅くとも,平成23年3月15日午前6時頃,水素爆発によるものと思われる25
衝撃音が確認され,それ以降,大気中に放射性物質が放出されるに至った。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・Ⅳ-31,32,50~62頁)
43号機の状況
3号機の原子炉は,本件地震発生時,運転中であったところ,本件地震により
自動的に緊急停止(原子炉スクラム)した。本件地震前から工事停電していたこ
とに加えて,本件地震により,送電線の鉄塔が倒れるなどしたため,平成23年5
3月11日午後2時47分,外部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル
発電機が起動した。なお,非常用ディーゼル発電機は2系統あり,ともにタービ
ン建屋地下1階に設置されていた。本件津波により,非常用ディーゼル発電機が
被水するなどしたため,同日午後3時38分,全交流電源を喪失した。直流電源
盤は被水を免れため,原子炉隔離時冷却系(RCIC)で原子炉を冷却していた10
が,その後自動停止し,高圧注水系(HPCI)が自動起動した。しかし,高圧
注水系も手動停止され,その後,直流電源の枯渇により再起動ができず(全電源
喪失),炉心の冷却が不可能になった。その結果,3号機の原子炉水位が低下し,
炉心損傷が開始し,さらに炉心溶融が生じた。
同月13日午前8時から9時頃にかけて,ベントにより,放射性物質が放出さ15
れた。同月14日午前11時01分頃,3号機原子炉建屋で水素爆発が起きたた
め,建屋が激しく損壊し,放射性物質が大量に放出されるに至った。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・Ⅳ-31,32,63~75頁)
54号機の状況
4号機は,本件地震発生時,定期検査のため運転停止中であり,全ての燃料は20
原子炉建屋4,5階の使用済燃料プールに取り出されていた。本件地震前から工
事停電していたことに加えて,本件地震により,3号機と同様の理由により,外
部電源を喪失したが,その後,非常用ディーゼル発電機が起動した。なお,非常
用ディーゼル発電機は2系統あったが,1系統は点検中のため使用不能であり,
ほか1系統は運用補助共用施設1階に設置されていた。本件津波により,電源盤25
が被水するなどしたため,全交流電源を喪失した。このため,使用済燃料プール
の冷却が不可能となった。
平成23年3月15日午前6時頃,4号機原子炉建屋で,3号機からの水素の
流入が原因と思われる水素爆発が起きて建屋が激しく損壊し,4号機原子炉建屋
開口部を通じて,3号機由来の放射性物質が大気中に放出された。
(甲A2・本文編19~43頁,丙A18の1・Ⅳ-31~32,76~81頁)5
6放射性物質の飛散状況
これら一連の本件事故により,大気中に放出された放射性物質の量は,保安院
による平成23年6月6日の推定でヨウ素131が約16万T㏃及びセシウム
137が約1.5万T㏃であり(ヨウ素換算値は約77万T㏃),原子力安全委員
会による同年8月24日公表の値でヨウ素131が約13万T㏃及びセシウム10
137が約1.1万T㏃であり(ヨウ素換算値は約57万T㏃),被告東電の福島
原子力事故調査報告書によればヨウ素131が約50万T㏃及びセシウム13
7が約1万T㏃である(ヨウ素換算値は約90万T㏃)などと推計されている。
(甲A2・本文編37~38,345~346頁,乙B3の1・294頁)
第4本件事故までの原子力発電所事故15
1スリーマイルアイランド原子力発電所事故
昭和54年3月28日,アメリカペンシルバニア州スリーマイル島の原子力発
電所2号炉(加圧水型原子炉(PWR))が,給水喪失という事象から炉心損傷に
まで至った。格納容器内での局所的な水素爆発もあった。事故の重大さを0から
7の8段階にレベル分けした国際原子力事象評価尺度(INES)のレベルは520
(広範囲な影響を伴う事故)とされた。この事故における核燃料の損傷により,
大量の放射性物質が一次冷却水中に漏出され,環境へ放出された。この事故は,
設計基準事故を逸脱する事故であった。
2チェルノブイリ原子力発電所事故
昭和61年4月26日,当時のソビエト連邦ウクライナ共和国のチェルノブイ25
リ原子力発電所4号機において,外部電源喪失の実験中,原子炉出力が異常に上
昇し,燃料の過熱,激しい蒸気の発生,圧力管の破壊,原子炉と建屋の構造物の
一部破損,燃料及び黒鉛ブロックの一部飛散,火災に進み,原子炉内の放射性物
質がウクライナ,ベラルーシ,ロシア等へ飛散した。この事故で,消防士が大部
分を占めるが,死者31名,急性放射線障害で入院した者203名である。半径
30km圏内の住民約13万5000人が避難した。INESのレベルは7(深5
刻な事故)とされた。
3フランスのルブレイエ原子力発電所事故
平成11年12月27日,フランスのルブレイエ原子力発電所において,暴風
雨(風は最大約56m/s)の影響で,高潮と満潮が重なりジロンド河口に波が
押し寄せた結果,河川が増水し,川の水が洪水防水壁を越えて浸入し,発電所110
号機と2号機でポンプと電源設備が浸水して冷却機能が喪失した。外部電源が喪
失し,非常用電源が作動した。また,当時停止していた4号機の再起動等で所内
の電源は復旧し,過酷事故には至らなかった。INESのレベルは2とされた。
洪水防水壁は最大潮位を考慮していたが,これに加わる波の動的影響を考慮して
いなかったために洪水防止壁が押し流されたことが原因だと分析された。事故後,15
堤防の高さを1m,うねり波防護壁2.3mを堤防の上に築き,最大高さを8.
5mとした。
4馬鞍山原子力発電所の全交流電源喪失事故
平成13年3月18日,台湾にある馬鞍山第三原子力発電所において,全交流
電源喪失事故が発生した。季節性の塩霧害の影響により,345kVの外部電源20
が喪失し,さらに所内の安全交流電源系統が故障し,予備のディーゼル発動機に
よる給電も不能となった。これにより,1号機の2系統の主電源母線が同時に電
源喪失となり,2系統の安全系統が同時に2時間8分にわたって機能を喪失した。
もっとも,現場の作業員が速やかに処理を行ったため,放射能漏れには至らなか
った。25
5スマトラ沖津波によるインドのマドラス原子力発電所の非常用海水ポンプ水

平成16年12月26日,スマトラ沖地震が発生した。インド南部の海岸線に
あるマドラス原子力発電所において,2号炉は当時ほぼ定常運転中であったとこ
ろ,海水が地下水路を通ってポンプハウス内に入り込み,冠水したために当該ポ
ンプが機能喪失した。原子炉も停止した。しかし,押し波が主要建屋の敷地高を5
超え,全電源喪失に至ったものではなかったため,それ以上の被害はなかった。
(甲A5,甲C2,17,18,丙B74,78,弁論の全趣旨)
第5関係法令の定め(平成14年以降。以下,法令及び各種指針類は,特記しない
限り,平成14年末又は平成18年末の各時点に効力を有するものである。別紙
「略語・用語一覧表」参照。)10
1我が国の原子力安全に関する法体系は,最も上位にあって,我が国の原子力利
用に関する基本的理念を定義する原子力基本法の下,原子力安全規制に関する法
律として,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法),電
気事業法,放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律等が整備され
ている。炉規法,電気事業法は,我が国における原子炉等の安全規制,電気事業15
全体をそれぞれ包括的に取り扱う法律である。また,原子力防災体制に関する法
律として,原子力災害対策特別措置法(原災法)等の必要な法律が整備されてい
る。
法律以外にも,原子力委員会又は原子力安全委員会が安全審査を行う際に用い
るために策定された各種指針類があり,それは規制機関の安全審査においても用20
いられていた。以下,便宜のため,証拠も記載する。
(甲A2・本文編363頁,丙A18の1・Ⅱ-1~5)
2原子力基本法
⑴趣旨・目的(1条)
原子力の研究,開発及び利用を推進することによって,将来におけるエネル25
ギー資源を確保し,学術の進歩と産業の振興とを図り,もって人類社会の福祉
と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
⑵基本方針(2条(平成24年改正前))
原子力の研究,開発及び利用は,平和の目的に限り,安全の確保を旨として,
民主的な運営の下に,自主的にこれを行うものとし,その成果を公開し,進ん
で国際協力に資するものとする。5
(丙A1の1・2)
3炉規法
⑴趣旨・目的(1条(平成24年改正前))
原子力基本法の精神にのっとり,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の利用
が平和の目的に限られ,かつ,これらの利用が計画的に行われることを確保す10
るとともに,これらによる災害を防止し,及び核燃料物質を防護して,公共の
安全を図るために,製錬,加工,貯蔵,再処理及び廃棄の事業並びに原子炉の
設置及び運転等に関する必要な規制を行うほか,原子力の研究,開発及び利用
に関する条約その他の国際約束を実施するために,国際規制物資の使用等に関
する必要な規制等を行うことを目的とする。15
なお,平成24年改正(同年法律第47号による。)後は,原子力施設におい
て重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常な水準で当該原子力施設の外
へ放出されること等の災害を防止すること,及び大規模な自然災害及びテロリ
ズムその他の犯罪行為の発生も想定した必要な規制を行うことを明記してい
る。20
⑵原子炉設置の許可(23条1項(平成24年改正前))
原子炉を設置しようとする者は,原子炉の区分に応じて,主務大臣の許可を
受けなければならないこととしており,福島第一原発に設置されている原子炉
のような,発電の用に供する原子炉(実用発電用原子炉)については,経済産
業大臣の許可を必要としていた。25
⑶設置許可の基準(24条(平成24年改正前))
主務大臣(実用発電用原子炉の場合,経済産業大臣)が設置許可する基準と
して,①原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと,②許可をす
ることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれ
がないこと,③事業者に原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的
基礎があり,かつ,原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力がある5
こと,④原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質,核燃料物質によって
汚染された物又は原子炉による災害の防止上支障がないものであることを挙
げていた(24条1項)。
また,主務大臣は,許可をする場合においては,あらかじめ,上記①,②,
及び③(経理的基礎に係る部分に限る。)に規定する基準の適用については原10
子力委員会に,上記③(技術的能力に係る部分に限る。)及び④に規定する基準
の適用については原子力安全委員会の意見を聴かなければならないものとし
ていた(24条2項)。
⑷炉規法の一部適用除外(73条(平成24年改正前))
電気事業法の適用による検査等を受ける実用発電用原子炉については,炉規15
法の定める設計及び工事の方法の認可,使用前検査等の規定(27~29条)
適用を除外していた。
(丙A3の1~3)
4電気事業法
⑴趣旨・目的(1条)20
電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめることによって,電気の使用者の
利益を保護し,及び電気事業の健全な発達を図るとともに,電気工作物の工事,
維持及び運用を規制することによって,公共の安全を確保し,及び環境の保全
を図ることを目的とする。
⑵技術基準維持義務(39条1項(平成24年改正前))25
事業用電気工作物を設置する者は,事業用電気工作物を経済産業省令で定め
る技術基準に適合するように維持しなければならない。
福島第一原発に設置されている原子炉は,事業用電気工作物に当たるところ,
経済産業省令において,技術基準が定められており,同原子炉の場合,発電用
原子力設備に関する技術基準を定める省令(省令62号)がこれに当たる。
⑶技術基準適合命令(40条(平成24年改正前))5
経済産業大臣は,事業用電気工作物が前条第1項の経済産業省令で定める技
術基準に適合していないと認めるときは,事業用電気工作物を設置する者に対
し,その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し,改造し,若し
くは移転し,若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ,又はその使用を
制限することができる。10
(丙4の1~3)
5省令62号
⑴電気事業法による委任
電気事業法39条1項(平成7年法律第75号改正前は48条1項)による
委任に基づき,発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年15
通商産業省令第62号)が定められている。なお,福島第一原発は,発電用原
子炉のうち実用発電用原子炉に当たり,同原子炉については,平成25年6月,
「実用発電用原子炉及び附属施設の技術水準に関する規則」(原子力規制委員
会規則第6号)が制定されており,実用発電用原子炉に関しては,省令62号
の内容は,上記規則に引き継がれている。20
⑵4条1項(防護施設の設置等,防護措置等)
ア平成17年経済産業省令第68号による改正前(平成14年時点)
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気ター
ビン及びその附属設備が地すべり,断層,なだれ,洪水,津波又は高潮,基
礎地盤の不同沈下等により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設25
置,基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない。
イ平成23年経済産業省令第53号による改正前(平成20年時点)
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気ター
ビン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり,断層,なだれ,洪
水,津波,高潮,基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし,地震を除く。)によ
り原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤の改良5
その他の適切な措置を講じなければならない。
ウ現在(本件事故後)
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気ター
ビン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり,断層,なだれ,洪
水,高潮,基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし,地震及び津波を除く。)に10
より原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤の改
良その他の適切な措置を講じなければならない。
なお,津波については,5条の2に規定が新設された。
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気ター
ビン及びその附属設備が,想定される津波により原子炉の安全性を損なわな15
いよう,防護措置その他の適切な措置を講じなければならない(5条の2第
1項)。
津波によって交流電源を供給する全ての設備,海水を使用して原子炉施設
を冷却する全ての設備及び使用済燃料貯蔵槽を冷却する全ての設備の機能
が喪失した場合においても直ちにその機能を復旧できるよう,その機能を代20
替する設備の確保その他の適切な措置を講じなければならない(5条の2第
2項)。
⑶5条(耐震性)
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービ
ン及びその附属設備は,これらに作用する地震力による損壊により公衆に放射25
線障害を及ぼさないように施設しなければならない。
(丙5の1~3)
6原賠法
⑴趣旨・目的(1条)
原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する
基本的制度を定め,もって被害者の保護を図り,及び原子力事業の健全な発達5
に資することを目的とする。
⑵定義(2条)
原子力損害とは,核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の
放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し,又は吸入することにより
人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう(210
条2項本文)。
原子力事業者には,炉規法23条1項の許可を受けた者を含む(2条3項1
号)。
⑶無過失責任,責任の集中等(3,4条)
原子炉の運転等の際,当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは,15
当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる
(3条1項本文)。
前条の場合においては,同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原
子力事業者以外の者は,その損害を賠償する責めに任じない(4条1項)。
第6規制機関等(平成14年以降)20
1原子力委員会・原子力安全委員会
平成14年から平成24年改正前まで,原子力基本法に基づき,内閣府に原子
力委員会及び原子力安全委員会が設置されていた。原子力安全委員会には,原子
力の研究,開発及び利用に関する事項のうち,安全の確保のための規制の実施に
関する事項について,原子力委員会は安全確保にかかる事項以外の事項について,25
それぞれについて企画,審議,及び決定することとされていた(4,5条(同年
法律第47号による改正前のもの))。
原子力委員会は,原子力研究,開発及び利用の基本方針を策定すること,炉規
法に規定する許可基準の適用について主務大臣に意見を述べること等について
企画し,審議し,決定することを所掌している。原子力安全委員会は,原子力施
設の設置許可等の申請に関して,規制行政庁が申請者から提出された申請書の審5
査を行った結果について,専門的,中立的立場から,①申請者が原子力関連施設
を設置するために必要な技術的能力及び原子炉の運転を適確に遂行するに足る
技術的能力があるか,②施設の位置,構造及び設備が核燃料物質又は原子炉によ
る災害の防止上支障がないかについて確認を行うなどを所掌していた。(原子力
委員会及び原子力安全委員会設置法2条,13条1項(平成24年法律第47号10
による改正前のもの)。
なお,原子力基本法の平成24年改正によって,原子力規制委員会が新たに設
置され,原子力安全委員会は廃止された。
2原子力安全・保安院(保安院)
我が国の発電用原子炉施設は経済産業大臣が所管しているが,経済産業省資源15
エネルギー庁の特別の機関として発電用原子炉施設の安全確保等のために設置
されたのが,原子力安全・保安院(保安院)である。保安院は,炉規法に基づく
設置許可や電気事業法に基づく工事計画の認可や使用前検査など経済産業大臣
の規制活動を,同大臣の付託を受けて,独立して意思決定を行うか,又は同大臣
に対して意思決定の案を諮ることができることになっていた。保安院の技術支援20
機関として,独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES,平成15年10月設
立)があり,法律に基づく原子力施設の検査を保安院と分担して行うほか,原子
力施設の安全審査や安全規制基準の整備に関する技術支援を行っている。
なお,原子力規制委員会の発足により,保安院は廃止された。JNESも,平
成26年3月1日,解散して,その業務を原子力規制委員会に引き継いだ。25
(甲A2・本文編368頁,丙A18の1・Ⅱ-3頁,弁論の全趣旨)
第3節本件における主たる争点
第1予見可能性の有無について(争点①)
第2被告東電の責任について(争点②)
第3被告国の責任について(争点③)
第4避難の相当性について(争点④)5
第5損害各論について(争点⑤)
第4節当事者の主張
別冊当事者の主張のとおり
第3章当裁判所の判断
第1節争点①(予見可能性の有無)について10
第1認定事実
1我が国における地震及び津波の歴史
⑴我が国は,地震の多発国であり,全世界のおよそ10分の1の地震が,我が
国とその周辺で発生しているとされる。その主なものの概略は,別紙2「地震
一覧表」のとおりであるが,文献に記録が残されていることが多い江戸時代以15
降は,地震の発生とその内容が比較的判明しているが,それ以前は判明してい
ないものが多く,特に中世や東北・北海道地域では,記録が少ないとされる。
(甲B1,丙B1,2,弁論の全趣旨)
⑵別紙2「地震一覧表」の中で,後に言及する国内外の主な地震は,以下のと
おりである。20
ア慶長三陸地震(1611年)三陸地方での強震(M8.1)であるが,
地震の被害は軽く,津波の被害が大きい。場所により,浸水高13mとの推
定もされている。当時の伊達領と南部領の死者で,2913人になるという
記録がある。(丙B39)
イ延宝房総沖地震(1677年)房総半島沖のM8.0の地震である。磐25
城から房総にかけて津波があり,小名浜,中之作などで,死者・行方不明者
130人余,水戸領内で溺死者36名,房総で溺死者246名,奥州岩沼領
で死者123名とされる。(丙B2)
ウ明治三陸沖地震(1896年)三陸地方でのM7.2の地震である。た
だし,津波から求めると,Mtは,81/4(8.2~8.6)になる。
津波の被害が大きく,津波の高さは最大で25m(三陸町吉浜付近),死者約5
2万2000人,人口の約8割が津波で失われた村(岩手県田老村)もあっ
たとされる。(丙B37)。
エ北海道南西沖地震(1993年)北海道南西沖でのM7.8の地震であ
る。津波の被害が大きく,特に奥尻島で甚大であった。死者202名,行方
不明者28名,負傷者323名であり,家屋等にも多大な被害が生じた。(丙10
B2)
オ兵庫県南部地震(1995年)兵庫県南部淡路島付近のM7.3。阪神・
淡路大震災となる。死者6434名,行方不明者3名,負傷者4万3792
名,住家全壊10万4906戸などのほか,高速道路や新幹線を含む鉄道線
路などにも多大な被害が生じた。(丙B2)15
カスマトラ沖地震(2004年)インドネシアのスマトラ沖地震に伴う津
波により,インドマドラス発電所2号機において,取水トンネルを通って海
水がポンプハウスに入り,非常用海水ポンプ(我が国の原子炉補機冷却海水
設備に相当)のモーターが水没し,運転不能になる事態が発生した。この事
故では,電源の高所配置,津波防護壁の設置等の措置が取られた。(前記前提20
事実,甲17の2・151頁)
2地震及び津波に関する一般的な知見
⑴地震に関する一般的な知見
ア地震とは,地下で起こる岩盤の破壊現象であり,地下の岩盤に力が加わり,
ある面(断層面)を境に急速にずれ動く断層運動という形で発生する。25
イ日本列島で発生する地震には,大別して,海溝付近で発生する地震と陸の
プレートの浅い部分で発生する地震とがある。
プレート間地震(プレート境界型地震)
地球の表面は十数枚の巨大な板状の岩盤(プレート)で覆われており,
それぞれが別の方向に年間数㎝の速度で移動している(プレート運動)。
海溝(トラフ)などでは,海のプレートが陸のプレートの下に沈み込み,5
陸のプレートが常に内陸側に引きずり込まれている。この状態が進行し,
蓄えられたひずみがある限界を超えると,海のプレートと陸のプレートと
の間で断層運動が生じて,陸側のプレートが急激に跳ね上がり,地震が発
生する。これをプレート間地震という。本件地震がこれに当たる。
沈み込むプレート内の地震(アウターライズの地震)10
海底面を移動してきた海のプレート内部に蓄積されたひずみにより,海
のプレートを構成する岩盤中で断層運動が生じて地震が発生することも
ある。これを沈み込むプレート内の地震という。1933年に発生した昭
和三陸地震がこれに当たる。正断層型地震,逆断層型地震もこの一種であ
る。15
陸のプレートの浅い部分で発生する地震(内陸型地震)
陸のプレート内にも,プレート運動に伴う間接的な力によってひずみが
蓄えられ,そのひずみを解消するために日本列島の深さ20㎞程度までの
地下で断層運動が生じて地震が発生する。これが陸のプレートの浅い部分
で発生する地震である。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)20
がこれに当たる。
ウ「震源」とは,地震による破壊が最初に生じた地点をいい,震源から始ま
った岩盤の破壊は,毎秒2から4㎞程度の速さで四方に広がり,バリアと呼
ばれる強度の高い部分に来ると止まるが,その間次々と地震波を放射し続け
る。この破壊の及んだ範囲を「震源断層」,震源断層を含むエネルギーを放25
射した領域を「震源域」という。なお,海溝付近で発生する地震は,常に海
溝の端から端まで一気にずれ動いて地震になるとは限らず,前記のバリアが
あるなどの理由により,いくつかの部分に分かれて発生することも多いとさ
れている。震源域から放射されるエネルギー全体の大きさ(地震の規模)を
表すのが「マグニチュード(M)」である。Mの数値が1大きくなると,地
震のエネルギーは約32倍となり,2違うと約1000倍になる。5
エ「断層モデル」は,地震の発生メカニズムを断層運動の数値で表したもの
である。断層モデルは,断層面の向きや傾き,大きさ,断層面上でのずれの
量,破壊の進行速度などの断層パラメーター(媒介変数)で表現される。な
お,この「断層モデル」を津波の原因(波源)を説明するためのモデルとし
て用いる場合には「波源モデル」と呼ばれる。10
(甲B1,丙B1,2,73,弁論の全趣旨)
⑵津波に関する一般的な知見
ア地震が発生すると,地震の震源域では,断層面を境にして地盤がずれるこ
ととなる。これにより,海底が急激に隆起又は沈降すると,その上にある海
水も同じだけ上下に移動するが,この海水を(海水の重力によって)元に戻15
そうとする動きが周囲へも伝わってゆく。これが津波の発生メカニズムであ
り,津波は,地震の震動で海水が揺り動かされて生じる波立ちではなく,海
底にできた「段差」による大量の海水の移動を伴う現象である。
イ上記の発生メカニズムからして,津波の高さは,海底の隆起・沈降の大き
さによって決まることになる。そして,地震は,岩盤がずれ動くことで起こ20
るが,このずれ動く量,すなわち「すべり量」が大きいほど,海底の隆起・
沈降も大きくなりやすい。したがって,この「すべり量」が大きければ津波
も大きくなるという関係に立つ。
津波が陸地の沿岸部に到達したときの波高は,海底地形や海岸線の形にも
大きく影響を受ける。津波の「最大遡上高」と「波高」は別の概念であり,25
「最大遡上高」の大きいことが,直ちに「波高」が大きいことを意味しない。
また,津波の波高は,沿岸部や陸上の地形にも影響するから,ある地点(例
えば岩手県三陸地方)で波高や最大遡上高が大きかったからといって,別の
地点(例えば福島第一発電所敷地付近)の波高や最大遡上高が大きいとは限
らない。また,津波が海水の表面の運動ではなく,海水の海底までの運動で
あるから,沿岸に大量の水が押し寄せ,津波が海岸や防潮堤に達すると,後5
ろの津波が重なっていき,津波高が高くなる場合もある。
(甲B1,丙B2,弁論の全趣旨)
3地震・津波に関する科学的知見の遷移等
⑴福島第一原発設置許可時の想定津波等(昭和41~47年頃)
福島第一原発1~4号機は,昭和41年から昭和47年にかけて被告東電に10
より順次設置(変更)許可申請がなされ,その後,それぞれ設置(変更)許可
処分がなされた。その際,被告東電は,福島第一原発の南約55kmにある福
島県いわき市の小名浜検潮所における過去の最高潮位である,昭和35年のチ
リ地震津波におけるO.P.+3.122mの津波を想定可能な最大の津波(設
計想定津波)として想定して,非常用電源設備を含む原子炉施設の設計を行い,15
設置(変更)許可を得ていた。敷地の最も海側の部分については,O.P.+
4mに整地され,非常用海水ポンプは,この場所に設置された。この頃は,津
波波高のシミュレーション技術は一般化していなかった。(甲A1・83頁,甲
A2・本文編373頁~374頁)
⑵7省庁手引きの作成(平成9年3月)20
明治以来の津波対策は,主に津波から遠ざかる高地移転により行われ,昭和
35年のチリ地震以後は,防潮構造物等の防災施設の建設がされた。その後,
津波対策の対象は,過去200年程度の間の数多くの資料が得られる津波のう
ち最大のものとしたり,防潮構造物,防災地域計画,防災体制の3分野におけ
る対策を組み合わせたりすることなどがなされた。(甲A2・本文編374頁)25
平成5年7月に発生した北海道南西沖地震(奥尻島津波,M7.8)を機に,
国土庁,農林水産省,水産庁,運輸省,気象庁,建設省,消防庁の7省庁は,
津波対策の再検討を行い,平成9年3月,「地域防災計画における津波対策強
化の手引き」(7省庁手引き,丙B25)及びその別冊である「津波災害予測マ
ニュアル」(甲B50,58)を作成した。
7省庁手引きにおいては,近年の地震観測研究結果等により津波を伴う地震5
の発生の可能性が指摘されているような沿岸地域については,別途現在の知見
により想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を
行った上で,常に安全側の発想から沿岸津波水位のより大きい方を対象津波と
して設定するものとするとしていた(乙B16,丙B25・各30頁)。
7省庁手引きの上記記載は,既往最大津波だけでなく,当時の知見に基づい10
て想定される最大地震により起こされる津波まで考慮すべきとした先駆的な
ものであった(甲B62の3・10頁。ただし,直接は,7省庁手引きと同じ
である。)。
⑶4省庁報告書の作成(平成9年3月)15
農林水産省,水産庁,運輸省,建設省の4省庁は,平成9年3月,「太平洋沿
岸部地震津波防災計画手法調査報告書」(4省庁報告書,丙B5の1・2)を作
成した。同報告書において,想定地震の地域区分は地震地体構造論上の知見に
基づき設定し,想定地震の発生位置は既往地震を含め太平洋沿岸を網羅するよ
うに設定することとされ(丙B5の1・125頁),福島第一原発1~4号機が20
所在するa1町の想定地震津波は,福島県沖の「G3-2」の区域(丙B5の
1・162頁)に,「G3」の区域の既往最大地震を参考としてM8.0(丙B
5の1・202頁)を想定した想定地震で,海岸線に沿った津波水位の平均値
は6.4mと想定された(丙B5の2・148頁)。
上記により,福島第一原発1~4号機では,冷却水取水ポンプ(O.P.+25
4m)が浸水するとの計算となり同ポンプモータの位置を上げる必要が生じた
が,これが実行された形跡はない。(甲B32,弁論の全趣旨)
⑷津波浸水予測図(平成11年3月)
ア津波浸水予測図の作成
国土庁と財団法人日本気象協会は,平成11年3月,7省庁手引きの別冊
である津波災害予測マニュアル(甲B50,58)に基づき,津波浸水予測5
図(丙B26,甲B52~55)を作成,公表した。同予測図の「津波浸水
予測図の使用にあたって」には,「本津波浸水予測図は,現実的に発生する可
能性が高く,その海岸に最も大きな浸水被害をもたらすと考えられる地震を
想定して作成してあります」と記載されていた。(丙B26)
イ津波浸水予測図の概要10
津波浸水予測図は,津波予報区(福島県の場合,県全体で1つの予報区で
ある。)ごとに気象庁が発表する量的津波予報で出された津波の高さが2m,
4m,6m,8mであった場合の,沿岸部における浸水状況を予測したもの
である。また,津波浸水予測図は,格子間隔を100mとし,防波堤や水門
等の防災施設や沿岸構造物による効果を考慮せずに作成されているもので15
ある。(甲B62の2)
予測図によれば,「設定津波高6m」及び「設定津波高8m」において,福
島第一原発1~4号機のタービン建屋及び原子炉建屋はほぼ建屋の全体に
おいて浸水深1~4mで浸水すると予測されていた(甲B52~55,丙B
26)。20
⑸津波評価技術の公表(平成14年2月)
ア津波評価技術の策定
平成11年,原子力施設の津波に対する安全性評価技術の体系化及び標準
化について検討を行うことを目的として,社団法人土木学会原子力土木委員
会に津波評価部会が設置された。同部会の主査は,A(岩手県立大学教授(当25
時))が務め,委員はB(経済産業省工業技術院地質調査所(当時))や,被
告東電等の各電気事業者の研究従事者などでよって構成されていた。津波評
価部会の設置は,規制当局からの検討要請に基づくものではなく,電力業界
の自主研究の一環であった。津波評価部会は,平成14年2月,原子力施設
の設計津波の設定について,これまでに培われてきた知見や技術進歩の成果
を集大成して,標準的な方法をとりまとめたものとして,津波評価技術を刊5
行した。(甲A2・本文編375~376頁,甲B2,3,6)
イ津波評価技術の概要
設計津波水位の評価方法の骨子は,次のとおりである。
既往津波の再現性の確認
文献調査等に基づき,評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられ10
る既往津波を評価対象として選定し,痕跡高の吟味を行う。沿岸における
痕跡高をよく説明できるように断層パラメータ(媒介変数)を設定し,既
往津波の断層モデルを設定する。
想定津波による設計津波水位の検討
既往津波の痕跡高を最もよく説明する断層モデルを基に,津波をもたら15
す地震の発生位置や発生様式を踏まえたスケーリング則に基づき,想定す
るモーメントマグニュチュード(Mw)に応じた基準断層モデルを設定す
る(日本海溝沿い及び千島海溝(南部)沿いを含むプレート境界型地震の
場合)。その上で,想定津波の波源の不確実性を設計津波水位に反映させ
るため,基準断層モデルの諸条件を合理的範囲内で変化させた数値計算を20
多数実施し(パラメータスタディ),その結果得られる想定津波群の波源
の中から評価地点に最も影響を与える波源を選定する。このようにして得
られた想定津波を設計想定津波として選定し,それに適切な潮位条件を足
し合わせて設計津波水位を求める。
この津波水位の評価方法は,日本沿岸の代表的な痕跡高との比較,検討25
に基づき,全ての対象痕跡高を上回ることを確認することで,その妥当性
を確認するものである。また,近地津波より遠地津波の方が,影響が大き
くなることが予想される場合には,遠地津波についても検討することとし
ている。なお,津波評価技術のように,設計基準事象となる事象を想定し
てそれに対する安全性を評価する手法を「確定論的安全評価手法(あるい
は「決定論的安全評価手法」)といい,設計基準事象を超える事象を想定5
し,それに対する安全性を評価する手法を「確率論的安全評価手法」とい
う。確定論的安全評価手法は規制上のルールであり,確率論的安全評価手
法は,規制ルールの下で設計され運転されている施設が,どれほどの安全
レベルを有するか,どこに弱点があるかなどを示すものである。
(甲A2・本文編375~381頁,甲B2,甲B62の2・65頁,丙B10
84・28~29頁)
ウ津波評価技術の性格及びそれに対する評価等
津波評価技術による設計津波水位の評価は,想定津波の波源の不確実性,
数値計算上の誤差及び海底地形,海岸地形等のデータの誤差を設計津波水位
に反映させるため,基準断層モデルの諸条件を合理的範囲内で変化させた数15
値計算を多数実施し(パラメータスタディ),その結果得られる想定津波群
の波源の中から,評価地点に最も影響を与える波源を選定しており,この手
順によって計算される設計想定津波は,平均的には既往津波の痕跡高の2倍
になっていた。
ただし,津波評価技術は,既往津波の痕跡高を説明できる基準断層モデル20
を基準とし,一定の地域における地震発生可能性について議論したものでは
なかったため,別紙3「津波評価・断層モデル図」のとおり,大きな既往津
波のない福島県沖海溝沿い領域に,津波地震の波源の設定領域を設けておら
ず(甲B2・1-59頁,甲B3・2-59頁。いずれも「3」「4」と「「8」
の間の空白部分の一部。「5」の数字が記載された付近の領域である。),その25
海域を波源とする津波を評価できるようにはなっていなかった(甲B60の
1・速記録26~28頁,甲B62の2・速記録19~24頁)。
もっとも,社団法人土木学会は,津波評価技術が,津波水位を推計する標
準的な手法を示したものであって,個別地点の津波水位は,津波評価技術か
ら直ちに導かれるものではないから,津波評価技術の利用者が対象地点に応
じて,その時々の最新の知見・データなどに基づいて震源や海底地形などの5
計算条件を設定して,推計計算を実施すれば,推計ができるものであるとし
ている(甲B5)。
津波評価技術は,その公開後,各電力事業者が,自主的に津波評価を行い,
電気事業連合会にて取りまとめの上,保安院に対し報告した。被告東電も,
保安院からの口頭の指示により,平成14年3月に津波評価技術に基づく津10
波評価を実施し,保安院に報告した。その後,「津波評価技術」は,具体的な
津波評価方法を定めた基準として定着し,電気事業者が規制当局に提出する
評価に用いられた(甲B7,8)。
米国原子力規制委員会(USNRC)が平成21年に作成した報告書にお
いて,津波評価技術は,世界で最も進歩しているアプローチに数えられると15
評価され(乙B6・59頁),国際原子力機関(IAEA)が平成23年11
月に公表した報告書においても,IAEA基準に適合する基準例として参照
されていた(乙B5・113~116頁)。
⑹長期評価の公表(平成14年7月)
ア地震本部(推本)の設置と同本部による長期評価の公表20
平成7年に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が6434名の
死亡者を出し,10万棟を超える建物が全壊するなどの被害をもたらしたこ
とを踏まえ,全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するため,地震防災
対策特別措置法が制定された。これにより,行政施策に直結すべき地震に関
する調査研究の責任体制を明らかにし,政府として一元的に推進するため,25
政府の特別の機関として総理府(当時。後に文部科学省。)に地震調査研究推
進本部(地震本部。推本と略されることもある。)が設置された。地震本部は,
本部長(文部科学大臣)と本部員(経済産業省をはじめとした関係府庁の事
務次官等)から構成され,その下には,地震調査委員会が設置され,その中
に長期評価部会が設置されて,長期的な観点からの地震発生可能性の評価手
法の検討と評価を実施し,地震発生の可能性の評価を行っていた。また,同5
部会には,さらに分科会があり,その中の1つである海溝型分科会の当時の
委員は,主査がCであり,委員はD,B,Eら地震の研究者(津波の研究者
を含む。)が務めていた。
地震本部地震調査委員会は,平成14年7月31日,長期評価(甲B9)
を公表した。これは,過去に大地震が数多く発生している日本海溝沿いのう10
ち,三陸沖から房総沖までの領域を対象として,長期的な観点で地震発生の
可能性,震源域の形態等について評価してとりまとめたものである。
(甲A2・本文編392頁,甲B9,61の4・24頁,丙B21,22)
イ長期評価の概要
長期評価において示された見解は,おおむね以下のとおりである。15
三陸沖北部以外の三陸沖から房総沖にかけては,同一の震源域で繰り返し
発生している大地震がほとんど知られていなかったため,過去に発生した地
震等を根拠として,震源域を別紙4「長期評価・評価対象領域図」のとおり,
領域を設定した。このうち,「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」の領域で
は,M8クラスのプレート間大地震(津波地震:断層が通常よりゆっくりず20
れて,人が感じる揺れが小さくとも,発生する津波の規模が大きくなる地震
である。)は,17世紀以降,①慶長16年10月28日(1611年12月
2日)の津波を引き起こした慶長三陸地震,②延宝5年10月9日(167
7年11月4日)の津波を引き起こした延宝房総沖地震,③明治29年(1
896年)6月15日の津波を引き起こした明治三陸地震を過去に発生した25
ものとして設定していた。
将来の地震発生確率について,この領域においては,過去に約400年で
3回発生していることから,領域全体で約133年に1回の割合でこのよう
な大地震が発生すると推定し,ポアソン過程という確率推定方法により,今
後30年以内のこの領域全体での発生確率は20%程度,今後50年以内の
発生確率は30%と推定した。この領域の中の特定の海域での発生確率につ5
いては,地震を引き起こすと考えられた断層長(200km程度)と領域全
体の長さ(800km程度)の比を考慮して,530年に1回の割合で発生
すると推定し,今後30年以内の発生確率は6%程度,今後50年以内の発
生確率は9%程度と推定した。また,次の地震についても津波地震が確実で
あろうと想定され,その規模は,過去に発生した地震(明治三陸地震)のM10
t等を参考にして,Mt8.2前後と推定した。
(甲B9・2,4,7~9,13,18~24頁)
ウ地震本部による長期評価の信頼度についての公表
地震本部地震調査委員会は,平成15年3月24日,「プレートの沈み込
みに伴う大地震に関する長期評価の信頼度について」(乙B7)を作成,公表15
した。
その中において,長期評価のそれぞれの評価結果の信頼度を,評価に用い
たデータの量的・質的な充足性などから,AからDの4段階(A(高い),B
(中程度),C(やや低い),D(低い))とし,想定地震のうち,三陸北部か
ら房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)について,発生領域の20
評価の信頼度は「C(やや低い)」,規模の評価の信頼度は「A(高い)」,発
生確率の評価の信頼度は「C(やや低い)」とされた(乙B7・1,8頁)。
発生領域の評価の信頼度が「C」とは,想定地震と同様な地震が発生する
と考えらえる地域を1つの領域とした場合に,想定地震と同様な地震が領域
内で1~3回しか発生していないが,今後も領域内のどこかで発生すると考25
えられ,発生場所を特定できず,地震データも少ないため,発生領域の信頼
性はやや低いことを意味している。規模の評価の信頼度が「A」とは,想定
地震と同様な地震が3回以上発生しており,過去の地震から想定規模を推定
でき,地震データの数が比較的多く,規模の信頼性は高いことを意味してい
る。発生確率の評価の信頼度が「C」とは,想定地震と同様な地震が発生す
ると考えられる地域を1つの領域とした場合に,想定地震と同様な地震は領5
域内で2~4回と少ないが,地震回数をもとに地震の発生率から発生確率を
求めており,発生確率の値の信頼性はやや低いことを意味している。(乙B
7・1~6頁)。
以上の信頼度評価は,平成21年3月9日公表された,長期評価の一部改
訂においても変更はされなかった(丙B50)。10
エ長期評価に対する各種見解
Cの意見等
aC(現・東京大学名誉教授)は,平成14年当時,長期評価部会の部
会長及び海溝分科会の主査を務めていた者であり,長期評価について,
以下の意見を述べている。15
長期評価が三陸沖北部から房総沖の海溝寄りという細長い領域を設
定したのは,この海域において過去に3つの地震が起きており,いずれ
も海溝沿いに起こったものとは思われるが,南北のどの位置に震源域が
来るのかを決定するのが難しく,北部,中部,南部と見ても,プレート
の構造や地形等に特に違いがないため,津波地震はこの領域のどこでも20
起こりうると考えたためである。
長期評価をまとめるにあたって,委員はそれぞれ独自の見解を持って
いたため,すべての意見を反映したものとはなっていないが,そのよう
な中,全員で合意した結果としてできあがったものとして意義があると
考えている。また,地震学も含め理学では,異論が出るのが当たり前で25
あるが,地震本部地震調査委員会という公の場で,地震学の研究者が集
まって議論し,一つのまとまった意見(長期評価)を出すことによって,
防災,減災といった社会貢献が可能となると考えている。
bCは,専門が地震学で,地震及び津波の長期予測について研究してい
るところ,歴史地震として知られていない地震が過去に発生している可
能性があり,限られた時間での地震分布に基づいて,その地域の固有地5
震と考えるのは誤りであり,既往最大の地震が考え得る最大の地震とは
いえないとし,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りに,津波地震はこの領
域のどこでも起こりうるとした。また,長期評価が策定された背景とし
て,地震による海底の動きによって,津波が発生する津波地震の場合,
その発生域が構造的に見て海溝付近であることが,ほぼ確立しており,10
特に日本海溝の内側斜面域に低周波地震発生帯が存在し,これの大規模
なものが津波地震であるとされていたとの研究成果があるとしている。
(甲B60の1~3)
Eの意見等
aE(元・東京大学地震研究所准教授)は,平成14年当時,長期評価15
部会の委員を務めていた者であり,長期評価について,以下の意見を述
べている。
長期評価が三陸沖北部から房総沖の海溝寄りという領域において,
どこでも発生する可能性があるとしたことに賛成した。それは,日本海
溝から西側に約70㎞の幅の間は,微小地震が起きておらず,低周波の20
地震が起きていること,付加体(プレート上にある完全に固体となって
いない物質)が分布するという特徴が,三陸沖から房総沖まで変わらな
い性質を持っていることから,まだ地震が起きていない場所で起きても
おかしくないと考えたからである。
bEは,歴史地震を専門としており,慶長三陸地震の波源域について,25
自身の専門である古文書による推定によれば,三陸沖であると考えてい
る。一方,津波堆積物等の観点からすれば,千島沖に波源域があるので
はないかという意見もあり,長期評価の検討段階においては,そのよう
な意見が出されていたが,Eは,北海道の津波堆積物は,慶長三陸地震
とは少し年代がずれているのではないか,千島沖に波源域があるとする
と,古文書に書かれている内容が説明できていないのではないかなどの5
疑問をもっており,慶長三陸地震の波源域の点で,長期評価の内容が否
定されることはないと考えている。
cE「慶長16年(1611)三陸津波の特異性」(平成15年・丙B
9)において,慶長三陸地震の際の津波について,本震の約4時間後に
起きた余震の1つが原因であり,それが大津波を引き起こした(津波地10
震説)のではなく,地震によって誘発された大規模な海底地滑りが原因
であり,それによって津波が発生した可能性(海底地滑り説)を指摘し
ていたが,現在においては,正断層型地震が原因ではないかとの見解を
提唱している。ただし,E本人の見解が,海溝型分科会に参加した当時
と現在とで異なることを以て,長期評価の持つ異議と重要性が否定され15
るものではないと述べている。
(甲B61の1~4)
Bの意見等
B(現・東京大学地震研究所教授)は,巨大地震や巨大津波の研究をし
ており,特に津波堆積物の調査,またそれを用いた津波シミュレーション20
などを専門としており,平成14年当時,土木学会原子力土木委員会津波
評価部会の委員,及び長期評価部会海溝型分科会の委員であった者である。
また,Bは,現在,長期評価部会の部会長を務めており,長期評価につい
て,以下の意見を述べている。
三陸沖北部から房総沖の海溝寄りという領域について,プレートの沈み25
込み角度は日本海溝沿いの北部から南部に関してはそれほど変わらない
が,海溝軸付近の地形や地質には北部と南部で違いがあり,そのような違
いが地震津波の発生の有無に影響を及ぼしていると考えていた。長期評価
においては,地形の違いなどは検討されなかった。
本件地震前においては,福島県沖の海溝付近において,過去に津波地震
は発生しておらず,明治三陸地震と同様の津波地震が福島沖を含む日本海5
溝寄りのどこでも起こるというような見解が統一的な見解ということは
できなかった。
長期評価では,慶長三陸地震及び延宝房総沖地震の波源域が明らかでな
いことから,過去の津波地震は海溝沿いのどこかで発生したとして評価す
ることになったものである。10
(甲B62の1~3)
Fの意見等
aF(現・東北大学大学院理学研究科教授)は,平成14年7月当時,
長期評価部会活断層分科会の委員であった者であり,平成16年以降,
長期評価部会の委員であったが,長期評価について,以下の意見を述べ15
ている。
長期評価が日本海溝沿いの領域を一つにまとめて評価したことにつ
いて,海溝軸近くのプレートが沈み込み始めた領域という,構造の同一
性に着目して一つの領域を設定しているものであることから,全く科学
的な根拠がないとはいえないものの,それほど強い根拠もない。それに20
も関わらず,そのような見解が示されたのは,長期評価が対象としない
空白域を作るよりも,防災上の観点から,信頼度は低くても何らかの評
価を行った方が良いと考えたためと思われる。防災上の観点から,長期
評価において,宮城県沖から福島県沖にかけて津波地震は発生しないと
いう評価を出すよりも,日本海溝沿いの領域をひとまとめにして確率を25
評価したことは理解できるし,今でもそうすべきであったと思っている
が,そうである以上,この部分に関する見解は,十分な科学的根拠は伴
っていないものとして扱う必要がある。
F自身は,平成14年当時,海溝沿いの領域を含めた三陸沖と福島沖
では,海底地形が大きく異なっており,津波地震の発生に関しても,お
おむね宮城県沖を境に南北で異なるだろうと考えており,宮城県沖から5
福島県沖の領域で津波地震が起きた証拠はなく,その規模を予測する具
体的な材料もない状況であった。
宮城県沖における重点的調査観測により,貞観地震の津波堆積物の調
査が行われ,その結果,平成22年になってようやく一定の仮定的なモ
デルが示せるレベルになったにすぎないから,本件地震までに,対策を10
講じなければならないという切迫性はなかったと思われる。
(丙B76)
bまた,F・G「地震観測から見た東北地方太平洋下における津波地震
発生の可能性」(平成15年・丙B8)には,「津波地震が巨大な低周波
地震であるならば,三陸沖のみならず,福島県沖から茨城県沖にかけて15
も津波地震発生の可能性がある。ただし,海溝における未固結の堆積物
は三陸沖にのみ顕著であるため,三陸沖以外においては巨大低周波地震
は発生しても津波地震には至らないかもしれない。」(368頁),「低周
波地震は三陸沖と福島・茨城県沖に多く,宮城県沖には少ない。」「この
福島県沖~茨城県沖にかけての領域においても大規模な低周波地震が20
発生する可能性がある。しかしながら,Tsuru.et.al.によれば,この福
島県沖の海溝近傍では,三陸沖のような厚い堆積物は見つかっておらず,
もし,大規模な低周波地震が起きても,海底の大規模な上下変動は生じ
にくく,結果として大きな津波は引き起こさないかもしれない。」(37
3頁)などの記載がある。(丙B8)25
Hの論文
H「史料地震学で探る1677年延宝房総沖津波地震」(平成15年・丙
B10,H論文)には,「地震調査研究推進本部地震調査委員会(2002)
の見解(この地震は房総沖の海溝寄りで発生したM8クラスのプレート間
地震)は疑問である」(387頁),「本地震を1611年三陸沖地震・18
96年明治三陸津波地震と一括して「三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの5
プレート間大地震(津波地震)」というグループを設定し,その活動の長期
評価をおこなった地震調査研究推進本部地震調査委員会(2002)の作
業は適切ではないかもしれず,津波防災上まだ大きな問題が残っている。」
(387~388頁)などの記載がある。(丙B10)
長期評価は,上記H論文と同様の内容のHが過去に発表した内容の論文10
について,議論をした上で作成されたものである(甲B60の1・速記録
23~25頁,甲B61の1・速記録42頁,甲B61の2・速記録36
~38頁)。
⑺中央防災会議日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会の報告
(平成18年1月)15
ア専門調査会報告の作成に至る経緯
中央防災会議は,災害対策基本法11条1項に基づき,内閣府に設置され
た機関であり,防災基本計画を作成し,及びその実施を推進すること(同条
2項1号),内閣総理大臣の諮問に応じて防災に関する重要事項を審議する
こと(同項3号)などの事務をつかさどっている。平成15年10月,中央20
防災会議は,特に北海道及び東北地方において発生する大規模海溝型地震対
策を検討するため,「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査
会」を設置した。
同専門調査会は,平成18年1月25日,「日本海溝・千島海溝周辺海溝型
地震に関する専門調査会報告」(乙B8)を公表した。これは,特に日本海25
溝・千島海溝周辺海溝型地震に着目し,防災対策の対象とすべき地震を選定
した上で,対象地震による揺れの強さや津波の高さを評価し,この評価結果
をもとに被害想定を実施して,予防的な地震対策及び緊急的な応急対策など
について検討して,地震対策の基本的な事項をとりまとめたものである。こ
れらの被害想定は,主として国としての対策を検討する上で必要となる事項
について実施された。5
イ専門調査会報告の概要
専門調査会報告では,防災対策の検討対象として,過去大きな地震(M7
程度以上)が繰り返し発生しているものについては,近い将来発生する可能
性が高いと考え対象とするが,繰り返しが確認されていないものについては,
発生間隔が長いものと考え,近い将来に発生する可能性が低いものとして対10
象から除外することとされた。その結果として,長期評価で発生可能性があ
るとされた福島県沖・茨城県沖のプレート間地震等については,防災対策の
検討対象から除外され,この中には福島県沖海溝沿い領域における地震が含
まれていた。貞観地震,慶長三陸地震,延宝房総沖地震を含む過去の4地震
については,溺死数が多かったり,津波が大きかったりとの資料や記録等が15
あり,被害の及び得る地域において防災対策の検討を行うにあたって留意が
必要であるとされたものの,防災対策の検討対象とはされなかった。(乙B
8・13~15頁)
ウ上記専門調査会では,平成16年2月19日,第2回会議で,取り上げる
地震について,福島県,茨城県の沖合は,過去の事例では経験していないが,20
明治三陸地震のような巨大津波が発生する地震が起きる可能性があるとこ
ろ,これらを調査の対象外にすると,まれに起こる巨大災害を一切切ったこ
とになることを覚悟しなければならない旨の意見が出され,同意見に対し,
防災対策としては,重点の置き方があり,近々に起き得る大きな地震や津波
を政策的に優先させざるを得ない旨の反論等があった。(甲B34)25
⑻溢水勉強会(平成18年~19年)
ア概要
平成16年のスマトラ沖地震(2004年)を機に,保安院とJNES(独
立行政法人原子力安全基盤機構)は,平成18年1月30日,溢水勉強会を
発足させた。この溢水勉強会は,保安院とJNESで構成し,電気事業者(被
告東電を含む。),電事連,原子力技術協会及びメーカーがオブザーバーで参5
加するというものであった。溢水勉強会は,平成18年1月から平成19年
3月まで,合計10回にわたる議論を経て,平成19年4月,「溢水勉強会の
調査結果について」を取りまとめた。
溢水勉強会は,原子力発電所内の配管の破断等を理由とする内部溢水,津
波による外部溢水を問わず,溢水に関する調査,検討を進めていたが,検討10
の過程で,原子力安全委員会が示している耐震設計審査指針が改訂され,同
指針において,地震随伴事象として津波評価を行うものとされたことから,
外部溢水に係る津波の対応は,耐震バックチェックに委ねることとし,以後,
溢水勉強会は,内部溢水に関する調査,検討を行うこととなった。
(甲B17,丙B11)15
イ第3回溢水勉強会(平成18年5月)
平成18年5月11日,第3回溢水勉強会が開催された。被告東電は,代
表プラントとして選定された福島第一原発5号機(敷地高さO.P.+13.
0m)について,O.P.+14m及びO.P.+10m(上記仮定水位O.
P.+14mと設計水位の中間)の津波を仮定し,仮定水位の継続時間は考20
慮しないで(長時間継続するものと仮定して)機器影響評価を行った結果を
報告した。その報告内容は,①O.P.+10m,O.P.+14mの両ケ
ース共に非常用海水ポンプが津波により使用不能な状態となること,②津波
水位O.P.+10mの場合には,建屋への浸水はないと考えられることか
ら建屋内への機器への影響はないこと,③津波水位O.P.+14mの場合25
には,タービン建屋大物搬入口,サービス建屋入口から流入すると仮定した
場合,タービン建屋の各エリアに浸水し,電源設備の機能を喪失する可能性
があること,④津波水位O.P.+14mのケースでは,浸水による電源の
喪失に伴い,原子炉の安全停止に関わる電動機,弁等の動的機器が機能を喪
失することとするものであった。
(甲B17・12頁,甲B18,丙B12)5
⑼マイアミ論文(平成18年7月)
ア概要
被告東電の従業員であるIほか4名は,平成18年7月17日から同月2
0日にかけて,アメリカのフロリダ州マイアミで開催された第14回原子力
工学国際会議(ICONE-14)において,「日本における確率論的津波ハ10
ザード解析法の開発」(マイアミ論文,甲B14,乙B25)を発表した。マ
イアミ論文は,第4回溢水勉強会での報告(「確率論的津波ハザード解析に
よる試計算について」,丙B14・28~29頁)を発展させたものである。
イ内容
津波波源域を日本海溝沿いの地域について,北から南へ順に,「JTT1」15
(明治三陸津波を含む波源域),「JTT2(福島県沖)」,「JTT3」(延宝
房総津波を含む波源域)とする区分を用いて,既往津波が確認されていない
「JTT2」の領域も含めて,「JTT1」から「JTT3」のいずれにおい
ても津波地震が発生するという仮定と,既往津波のある「JTT1」,「JT
T3」のみで発生するという仮定の双方を津波波源域とし,モーメントマグ20
ニチュード(Mw)を8.5と仮定するなどして,後記のロジックツリー法
を用いて,確率論的津波ハザード解析(PTHA)を行い,福島の地点にお
ける津波ハザード曲線(津波高さと超過確率の関係)を推定したものである。
構造物の脆弱性の推定法およびシステム解析の手順については現在開発
されている途上であることや,著者らは津波ハザードを合理的に説明するこ25
とができるよう研究を続けている旨の記載がある。
(甲B14,乙B25)
⑽ロジックツリーアンケート(平成20年)
土木学会が,津波評価技術の後継研究としての確率論的津波評価手法の研究
を行う中で,海溝沿い領域における津波地震の発生可能性に関しどの程度の重
みを付けるべきかについて,平成16年度と平成20年度の2回に亘って専門5
家に対するアンケートを行った。同研究では,ロジックツリーという方法がと
られているところ,これは認識論的不確実性を表すために,異なる見解を「分
岐」で表示するものである。これを用いることにより,多数の異なるシナリオ
を想定することができるとするが,分岐ごとの重み(確からしさ)を設定する
必要があるところ,適切な重み付けのために,専門家の意見を集約することが10
望ましいとされるので,アンケートが行われたものである。
平成16年のアンケートでは,三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8
級の津波地震が起きるというのが,重み合計1のうち,全体の平均で,重み「0.
50」,地震学者のグループ平均では,重み「0.65」であった。
平成20年のアンケートでは,重みの合計1のうち,①「過去に発生例があ15
る三陸沖(1611年,1896年の発生領域)と房総沖(1677年の発生
領域)でのみ過去と同様の様式で津波地震が発生する」に「0.40」,②「活
動域内のどこでも津波地震が発生するが,北部領域に比べ南部ではすべり量が
小さい(北部領域では1896モデルを移動させる。南部領域では1677モ
デルを移動させる)」に「0.35」,③「活動域内のどこでも津波地震(1820
96年タイプ)が発生し,南部でも北部と同程度のすべり量の津波地震が発生
する(北部及び南部各領域併せて1896モデルを移動させる)」に「0.2
5」の各重みであるとの結果であった。
(甲B62の2・速記録39~41,61~62頁,甲B62の4・28頁,
丙B56)。25
貞観地震(869年)に関する研究等
貞観地震は,西暦869年に東北地方沿岸部を襲った地震であり,仙台平野
を中心に大きな津波が到来し,数千里が海のようになり,溺死者1000人と
記録に残っている地震である。この地震についての研究が進められている。
東北電力株式会社女川原子力発電所建設所のJらによる「仙台平野における
貞観11年(869年)三陸津波の痕跡高の推定」(平成2年,甲B19)は,5
仙台平野での初めての堆積物調査の結果に基づき,津波痕跡高を推定した論文
であり,貞観津波の痕跡高は,仙台平野の河川から離れた一般の平野部で2.
5から3mで,浸水域は海岸線から3㎞ぐらいの範囲であったと推定してい
る。
東北大学大学院のKらによる「西暦869年貞観津波による堆積作用とその10
数値復元」(平成13年,丙B18)は,津波堆積物の調査を行い,福島県相
馬市の松川浦付近で仙台平野と同様の堆積層を検出した上で,貞観津波の波源
モデルを推測した論文である。この論文では,「海岸線に沿った津波波高は,
大洗(茨城県b町)から相馬(福島県相馬市)にかけて小さく,およそ2~4
m,相馬から気仙沼(宮城県気仙沼市)にかけては大きく,およそ6~12m15
となった。」としている。なお,福島第一原発は,上記大洗から同相馬にかけ
ての地域に存在する。
Bらによる「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーシ
ョン」(平成20年,甲B22)は,津波のシミュレーション結果と石巻・仙
台平野における津波堆積物調査の結果とを比較した結果,「プレート間地震で20
幅が100㎞,すべりが7m以上の場合には,浸水域が大きくなり,津波堆積
物の分布をほぼ完全に再現できた。」とし,断層の南北方向への広がり(長さ)
を調べるためには,福島県や茨城県の調査が必要とした。同論文の断層モデル
を用いた場合,福島第一原発で,想定津波高が,8.7mから9.2mになる。
Lらによる「平安の人々が見た巨大津波を再現する-西暦869年貞観津波25
-」(平成22年,丙B19)では,「貞観地震津波が,当時の海岸線から3
~4㎞も内陸まで浸水」「津波の波源を数値シミュレーションによって求めた
結果,宮城県から福島県にかけての沖合の日本海溝沿いにおけるプレート境界
で,長さ200㎞程度の断層が動いた可能性が考えられ,M8以上の地震であ
ったことが明らかになってきました。」とした。
(甲A2・404~405頁,甲B19,22,丙B18,19)5
4被告東電及び被告国の地震・津波に関する対応状況
⑴北海道南西沖地震発生後の被告東電による試算及び対応
ア平成5年7月12日,北海道南西沖地震が発生したことを受け,同年10
月15日,原子力発電所の安全審査を担当していた通商産業省資源エネルギ
ー庁(当時)は,被告東電を始めとする電力事業者で組織する電気事業連合10
会に対し,既設原子力発電所の津波に対する安全性のチェック結果の報告を
求めた。(丙B3)
イ被告東電は,平成6年3月31日,報告書(丙B4)をまとめた。同報告
書では,福島第一原発の敷地に比較的大きな影響を及ぼした可能性のある地
震として,慶長三陸沖地震による津波(1611年),延宝房総沖地震による15
津波(1677年),チリ地震による津波(1960年)を選定の上,数値シ
ミュレーションが行われ,福島第一原発の護岸前面での最大水位上昇量はチ
リ地震津波(1960年)による約2.1mであり,最高水位はO.P.+
3.5m程度と想定されたが,主要施設の整地地盤高がO.P.+10m以
上であったことから,津波が遡上したり,主要施設が津波による被害を受け20
たりすることはないとした。(甲A1・83頁,丙B4・4,13頁,乙B3
の1・17頁)。
⑵津波評価技術に基づく被告東電の試算及び対応
被告東電は,平成14年3月,津波評価技術に従って「津波の検討-土木学
会「原子力発電所の津波評価技術」に関わる検討-」(甲B7,乙B15)を策25
定した。その中において,シミュレーションの結果,福島第一原発の設計津波
最高水位は,近地津波でO.P.+5.4~+5.7m,遠地津波でO.P.
+5.4~+5.5mであった。
試算当時,福島第一原発6号機の非常用ディーゼル発電機の冷却系海水ポン
プ電動機の据付レベル(O.P.+5.58m)を上回っていたため,同ポン
プ電動機を20㎝かさ上げした。また,建屋貫通部の浸水防止対策(水密化)5
と手順書の整備を実施した。
(甲A1・83~84頁,甲A2・本文編381~382頁,甲B7/乙B1
5・9頁,乙B3の1・17~18頁)
⑶長期評価公表後の平成14年頃の対応
被告東電の津波想定の担当者は,長期評価発表の1週間後,長期評価を取り10
まとめた海溝型分科会委員に対し,「(土木学会の津波評価技術と)異なる見解
が示されたことから若干困惑しております」とのメールを送り,地震本部がこ
のような「長期評価」を発表した理由を尋ねた。委員は,「1611年,167
7年の津波地震の波源がはっきりしないため,長期評価では海溝沿いのどこで
起きるかわからない,としました」と回答した。しかし,被告東電は,文献上15
は福島県沖で津波地震が起きたことがない,という点を主な理由として,「長
期評価」に基づく想定津波への対策を検討することを見送った。(甲A1・87
頁)
被告国も,平成14年時点で,「長期評価」から想定される津波の高さについ
て被告東電に推計を指示したり自ら推計したりすることはなく,「長期評価」20
から想定される津波についての対策を被告東電に指示することはなかった。
(弁論の全趣旨)
⑷被告国によるバックチェックの指示(平成18年9月~)
原子力安全委員会による「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の
全面改訂(平成18年9月19日原子力安全委員会決定。改訂後のものが「平25
成18年耐震設計審査指針」。丙A8の2)を受けて,保安院は,平成18年9
月20日,被告東電を含む原子力事業者に対し,既設発電用原子炉施設等につ
いて,平成18年耐震設計審査指針に照らした耐震安全性の評価を実施し,報
告するよう指示した(乙B4。耐震バックチェック)。
平成18年耐震設計審査指針は,地震随伴事象である津波についても,「施
設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定するこ5
とが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがな
いこと」を要求しており(丙A8の2・14頁),この津波安全性評価も耐震バ
ックチェックの対象とされていた(乙B4・別添「新耐震指針に照らした既設
発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え
方並びに評価手法及び確認基準について」44~45頁)。10
⑸平成20年頃の長期評価に関する対応等
被告東電は,平成20年2月,土木学会の委員であった地震学者のMに意見
を求めたところ,「福島県沖海溝沿いで大地震が発生することは否定できない
ので,波源として考慮すべきであると考える。」との意見が出された(甲A2・
本文編396頁,甲A1・88頁,丙B83・30~31頁)。15
被告東電は,東電設計に津波評価を委託し,東電設計は,平成20年4月1
8日,「新潟県中越沖地震を踏まえた福島第一・第二原子力発電所の津波評価
委託第2回打合せ資料資料2福島第一発電所日本海溝寄りの想定津波の
検討Rev.1」(甲B72の2)を作成し,長期評価に基づく試算(平成20
年試算)を行った。この平成20年試算においては,長期評価に従い,福島県20
沖海溝沿い領域(甲B72の2・1頁の活動域「③’(⑨)」)に明治三陸地震の
波源モデル(津波評価技術の三陸沖の領域③の波源モデル。Mw8.3)を置
き,津波評価技術の方法による詳細パラメータスタディを行ったところ,朔望
平均満潮位(O.P.+1.490m)時の津波高さは,1~4号機取水ポン
プ位置(O.P.+4m)でO.P.+8.310(4号機)~9.244m25
(2号機),敷地南側(O.P.+10m)でO.P.+15.707m(浸水
深5.707m),4号機原子炉建屋(R/B)中央付近(O.P.+10m)
でO.P.+12.604m(浸水深2.604m),4号機タービン建屋(T
/B)中央付近(O.P.+10m)でO.P.+12.026m(浸水深2.
026m)と試算された(甲B72の2・9頁表2-3⑵,15頁図2-5)。
これは,敷地をO.P.+10m盤で計算し,建屋の存在を考慮しない前提で5
の試算である(甲B62の2・速記録87頁,甲B72の2・5頁図1-3)。
平成20年6月10日,被告東電内部で津波評価に関する説明が行われ,担
当者より,平成20年試算の想定波高の数値,防潮堤を作った場合における波
高低減の効果等につき説明がなされ,原子力・立地本部副本部長から,①津波
ハザードの検討内容に関する詳細な説明,②福島第一原発における4m盤への10
津波の遡上高さを低減するための対策の検討,③沖に防潮堤を設置するのに必
要な許認可の調査,④機器の対策に対する検討をそれぞれ行うよう指示が出さ
れた(甲A2・本文編396頁,乙B3の1・23頁)。
平成20年7月31日,被告東電内部で2回目の説明が行われ,①「長期評
価」の取扱いについては,評価方法が確定しておらず,直ちに設計に反映させ15
るレベルのものではないと思料されるので,「長期評価」の知見については,電
力共通研究として土木学会に検討してもらい,しっかりとした結論を出しても
らう,②その結果,対策が必要となれば,きちんとその対策工事等を行う,③
耐震バックチェックは,当面,「津波評価技術」に基づいて実施する,④土木学
会の委員を務める有識者に上記方針について理解を得る(「決して,今後なん20
ら対応をしないわけではなく,計画的に検討を進めるが,いくらなんでも,現
実問題での推本即採用は時期尚早ではないか,というニュアンス」),とするこ
とが被告東電の方針として決定された(甲A2・本文編396~397頁,乙
B3の1・23頁)。
被告東電は,平成20年10月頃,土木学会の委員を務める有識者らを訪ね,25
上記方針について理解を求めたところ,有識者からは,特段否定的な意見は出
なかった(甲A2・本文編398頁,乙B3の1・23頁)。
平成20年9月10日,被告東電内部で耐震バックチェック説明会(福島第
一)が開催され,その席上で,「福島第一原子力発電所津波評価の概要(地震調
査研究推進本部の知見の取扱)」(甲B72の7の2)が配付され,会議後回収
された。同資料には,平成20年試算の福島第一最大浸水深図が記載され,敷5
地南側で津波高さ15.7m(浸水深5.7m)の津波が想定されたことが示
されており,「敷地南部の放水口付近から敷地(O.P.+10m)へ遡上す
る。」,「敷地北部・南部から敷地への遡上及び港内からO.P.4mへの遡上に
ついて対策が必要」,「推本がどこでもおきるとした領域に設定する波源モデル
について,今後2~3年間かけて電共研で検討することとし,「原子力発電所10
の津波評価技術」を改訂予定。」,「電共研の実施について各社了解後,速やかに
学識経験者へ推本の知見の取扱について説明・折衝を行う。」,「改訂された「原
子力発電所の津波評価技術」によりバックチェックを実施。」,「ただし,地震及
び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定す
ることが難しいことを考慮すると,現状より大きな津波高を評価せざるを得な15
いと想定され,津波対策は不可避」などと記載されていた(甲B72の7の2・
2頁)。
⑹平成21年以降の対応等
被告東電は,平成21年6月,土木学会に対し,「長期評価」の取扱いにつき
審議を依頼した(乙B3の1・24,32頁)。土木学会では,平成21年度か20
ら平成23年度までの期間に,「長期評価」の取扱いを含む波源モデルの構築,
数値計算手法の高度化,不確かさの考慮方法の検討(確率論的検討を含む。),
津波に伴う波力や砂移動の評価手法の構築等の幅広い分野について審議し,平
成24年10月を目途に「津波評価技術」の改訂を行うこととしていた(甲A
2・本文編405,440頁,乙B3の1・32頁)。25
被告東電の原子力設備管理部長は,平成21年8月上旬頃,被告東電の担当
者に対し,平成20年試算の波高の試算結果については,保安院から明示的に
試算結果の説明を求められるまでは説明不要と指示した(甲A2・本文編40
1頁)。
被告東電は,平成22年8月から平成23年2月まで,4回にわたり,福島
地点津波対策ワーキングを開催して,平成24年10月を目途に結論が出され5
る予定の土木学会における検討結果いかんによっては福島第一原発・福島第二
原発における津波対策として必要となり得る対策工事の内容につき検討がな
された。同ワーキングでは,機器耐震技術グループからは海水ポンプの電動機
の水密化が,建築耐震グループからはポンプを収容する建物の設置が,土木技
術グループからは防波堤のかさ上げ及び発電所内における防潮堤の設置がそ10
れぞれ提案され,さらに,これらの対策工事を組み合わせて対処するのがよい
のではないかといった議論がなされた。しかし,被告東電は,土木学会による
検討結果が出る前に対策工事を行うことは考えておらず,そのため,本件事故
に至るまで,「長期評価」から想定される津波に対する具体的な対策は全く取
られなかった(甲A2本文編・400,440頁)。15
被告東電は,平成23年3月7日,保安院に対し,「福島第一・第二原子力発
電所の津波評価について」(甲B11)を示して,初めて平成20年試算の結果
を報告し,「福島第一原発の津波対策については,平成24年10月を目処に
結論が出される予定の土木学会における検討結果いかんでは津波対策工事を
検討しているが,同月までに対策工事を完了させるのは無理である」旨を説明20
した(甲A2本文編・404~405頁)。
5シビアアクシデント(SA)及びシビアアクシデント対策について
⑴シビアアクシデントの意義等
アシビアアクシデントの意義
シビアアクシデントとは,設計基準事象(原子炉施設を異常な状態に導25
く可能性のある事象のうち,原子炉施設の安全設計とその評価に当たっ
て考慮すべき事象)を大幅に超える事象であって,安全設計の評価上想定
された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態で
あり,その結果,炉心の重大な損傷に至る事象のことをいう(甲C1・4
頁)。
原子炉施設には,起こり得ると思われる異常や事故に対して,設計上何段5
階もの対策が講じられている。この設計上の妥当性を評価するために,いく
つかの「設計基準事象」という事象の発生を仮定して安全評価を行う。この
設計基準事象は,実際に起こり得る様々な異常や事故について,放射性物質
の潜在的危険性や発生頻度などを考慮し,大きな影響が発生するような代表
的事象であり,さらに,評価上はこの設計基準事象に対処する機器にあえて10
故障を想定するなど厳しい評価を行っている(このような評価手法は「決定
論的安全評価」と呼ばれる。)。このような安全評価において想定している設
計基準事象を大幅に超える事象であって,炉心が重大な損傷を受けるような
事象がシビアアクシデントと呼ばれている。(甲A2・407~408頁)
イシビアアクシデント対策の意義15
シビアアクシデントに至るおそれのある事態が万一発生したとしても,現
在の設計に含まれる安全余裕や安全設計上想定した本来の機能以外にも期
待しうる機能又はそうした事態に備えて新規に設置した機器等を有効に活
用することによって,それがシビアアクシデントに拡大するのを防止するた
め,もしくはシビアアクシデントに拡大した場合にもその影響を緩和するた20
めに採られる措置のことを,シビアアクシデント対策又はアクシデントマネ
ジメント(AM)という。昭和54年,アメリカのスリーマイルアイランド
原子力発電所で発生した炉心損傷を伴う事故を契機として,シビアアクシデ
ント対策の重要性が認識されるようになった。(甲A2・本文編408,41
4頁。甲C1・3頁)25
また,シビアアクシデント対策の対象として取り上げられるものの一つに
全交流電源喪失事象(SBO)がある。全交流電源喪失事象とは,全ての外
部交流電源及び所内非常用交流電源からの電力の供給が喪失した状態をい
う。(甲A2・本文編410頁)
ウ確率論的安全評価(PSA)
確率論的安全評価とは,原子炉施設の異常や事故の発端となる事象(起因5
事象)の発生頻度,発生した事象の及ぼす影響を緩和する安全機能の喪失確
率及び発生した事象の進展・影響の度合いを定量的に分析することにより,
原子炉施設の安全性を総合的,定量的に評価する手法である。シビアアクシ
デントのように,発生確率が極めて小さく,事象の進展の可能性が広範・多
岐にわたるような事象に関する検討を行う上で,確率論的安全評価は有用と10
される。(甲A2・本文編409頁)
⑵シビアアクシデント対策にかかる知見の発展
ア諸外国におけるシビアアクシデント対策にかかる知見等
アメリカ,フランス,ドイツなどの海外では,昭和54年のスリーマイル
アイランド原発事故(前記前提事実のとおり,設計基準事故を逸脱する事故15
で,原子炉の炉心が損傷した。)を受けて,確率論的安全評価やシビアアクシ
デント対策が早期に進められており,1980年代から1990年代にかけ
て,外部事象をも考慮した必要な改善が規制当局より求められており,フィ
ルター付きベントの整備や全交流電源喪失規制が設けられるなどの対策が
順次進んでいた。20
海外でのシビアアクシデント対策に影響を与えた重要な出来事及びシビ
アアクシデント対策の知見及び実施に関する動きは,別紙5「SA対策に影
響を与えた重要な出来事等の経緯」のとおりである。
(甲C1,2,弁論の全趣旨)
イ日本におけるシビアアクシデント対策の知見25
昭和54年に発生したスリーマイルアイランド原子力発電所事故や昭
和61年4月のソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所事
故(前記前提事実のとおり,原子炉出力の暴走から原子炉及び建屋が破壊
し,大量の放射性物質が環境中に放出。死者31名,急性放射線障害で入
院203名。放射性物質は,気流に乗って欧州各地に運ばれた。)の発生を
受けるなどして,原子力安全委員会は,昭和62年7月に原子炉安全基準5
専門部会に共通問題懇談会を設置し,シビアアクシデント対策について検
討を進めることとした。共通問題懇談会においては,シビアアクシデント
の考え方,確率論的安全評価手法,シビアアクシデントに対する格納容器
の機能等について検討が行われた。そして,原子炉安全基準専門部会は,
最終報告として,平成4年2月,「シビアアクシデント対策としてのアク10
シデントマネージメントに関する検討報告書-格納容器対策を中心とし
て-」を取りまとめた(甲C1,2)。
原子力安全委員会は,前記共通問題懇談会の報告書を受けて,平成4年
5月28日,「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策
としてのアクシデントマネージメントについて」(甲C1)を決定した。同15
決定においては,原子炉安全基準専門部会の報告において述べられている,
アクシデントマネジメントの役割と位置づけ及び格納容器対策に関する
技術的検討結果については妥当なものであるとして,以下の方針を示して
いる。
既存の安全規制においても,多重防護の思想に基づいて厳格な安全確保20
対策が行われており,これらの諸対策によって,シビアアクシデントは工
学的には現実起こることは考えられないほど発生の可能性は十分小さい
ものとなっており,原子炉施設のリスクは十分低くなっていると判断され
る。アクシデントマネジメントの整備は,この低いリスクを一層低減する
ものとして位置づけられる。したがって,原子炉設置者において効果的な25
アクシデントマネジメントを自主的に整備し,万一の場合にこれを的確に
実施することは強く奨励されるべきである。行政庁においても,報告書を
踏まえ,アクシデントマネジメントの促進,整備等に関する行政庁の役割
を明確にするとともに,その具体的な検討を継続して進めることが必要で
ある。
(甲A2・本文編417頁,甲C1)5
以上の決定等を受けて,当時の通商産業省資源エネルギー庁は,平成4
年7月,「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」(甲C7)
をとりまとめ,同月28日「原子力発電所内におけるアクシデントマネ
ジメントの整備について」と題する資源エネルギー庁公益事業部長名
の行政指導文書(丙C5),を,被告東電を含む事業者に対して発出した10
(甲C7,丙C5)。
上記「アクシデントマネジメントの今後の進め方について」においては,
アクシデントマネジメントの安全規制上の位置づけについて,厳格な安全
規制により,我が国の原子力発電所の安全性は確保され,シビアアクシ
デントの発生の可能性は工学的には考えられない程度に小さいこと,15
アクシデントマネジメントは,これまでの対策によって十分低くなっ
ているリスクを更に低減するための,電気事業者の技術的知見に依拠
する「知識ベース」の措置であり,状況に応じて電気事業者がその知見
を駆使して臨機にかつ柔軟に行われることが望まれるものであること
から,当時の現状の知見に基づいて,原子炉の設置又は運転などを制約す20
るような規制的措置を要求するものではないとしつつも,実施されるアク
シデントマネジメントの技術的有効性については,設計基準事象への対応
に与える影響を含めて通商産業省による確認,評価等を行うこととし,今
後は,シビアアクシデント研究の成果により適宜適切に対応していくもの
とされた(甲C7・5頁)。25
通商産業省資源エネルギー庁は,平成6年10月,電気事業者から提出
されたアクシデントマネジメント検討報告書の技術的妥当性を検討し,検
討結果を「軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備
について検討報告書」(丙C6)に取りまとめ,原子力安全委員会に報告
した(甲A2・本文編421頁,丙C6)。
電気事業者から提出されたアクシデントマネジメントの妥当性につ5
いて,①安全性を更に向上させる上で検討すべきシーケンスへの対策
の有無,②実施の可能性と実施による防止・緩和効果の有無,③従来の
安全機能への悪影響の有無という基本方針(丙C6・4頁)の下で審査
し,その技術的妥当性を評価していた。また,被告東電を含む電気事業
者に対し,概ね平成12年を目途にアクシデントマネジメントの整備を促10
し,また,原子力安全委員会は,通商産業省からの同報告書を受け,同委
員会が設置した原子炉安全総合検討会及びアクシデントマネージメント
検討小委員会において順次検討を行い,これを踏まえて平成7年12月,
同報告書の内容を了承した。(甲A2・本文編421~422頁,丙C6・
4,57頁)15
なお,平成4年当時,我が国において確率論的安全評価の手法が確立さ
れつつあったのは運転時の内的事象(機器のランダムな故障や運転・保守
要員の人的ミス等)のみであり,そのため,電力事業者が行った確率論的
安全評価は,内的事象を対象としたものであった(甲A2・本文編419
頁,丙C6・15頁)。20
⑶被告東電及び保安院によるシビアアクシデント対策の知見に関する対応等
ア被告東電は,平成6年から平成14年にかけて福島第一原発についてアク
シデントマネジメントの整備を行い,その整備状況と代表炉についての確率
論的安全評価(PSA)の結果をとりまとめ,平成14年5月29日,「原子
力発電所のアクシデントマネジメント整備報告書」及び「アクシデントマネ25
ジメント整備有効性評価報告書」を保安院に提出した(甲A2・本文編43
1頁,丙C8)。
イ保安院は,被告東電から提出された上記の両報告書や他の電力事業者の報
告書を受け,総合的見地から評価し,平成14年10月,「軽水型原子力発電
所におけるアクシデントマネジメントの整備結果について評価報告書」
(丙C9)を取りまとめ,原子力安全委員会へ報告した。同報告書において5
は,電気事業者が整備したアクシデントマネジメント策について,既存の安
全機能への影響の有無,アクシデントマネジメント整備上の基本要件の充足
の有無,アクシデントマネジメント整備有効性評価の妥当性についてそれぞ
れ評価を行い,今回整備されたアクシデントマネジメントは,原子炉施設の
安全性をさらに向上させるという観点から有効であることを定量的に確認10
した(丙C9・7~14頁)。
ウ被告東電は,平成14年1月の保安院による「アクシデントマネジメント
整備有効性評価報告書」で評価した代表炉以外の確率論的安全評価の実施の
指示を受けて,代表炉以外の確率論的安全評価を実施し,平成16年3月2
6日,「アクシデントマネジメント整備後確率論的安全評価報告書」(丙C115
0)を保安院に提出した。保安院は,同報告書の提出を受け,財団法人原子
力発電技術機構原子力安全解析所(当時,後の独立行政法人原子力安全基盤
機(JNES)構解析評価部)に委託するなどして,電気事業者とは独立し
てその有効性を確認し,平成16年10月,「軽水型原子力発電所における
『アクシデントマネジメント整備後確率論的安全評価』に関する評価報告書」20
(丙C11)を取りまとめ,これを公表した。同報告書中では,電気事業者
が実施したアクシデントマネジメント整備の有効性を確率論的安全評価の
結果をもとに確認しているが,シビアアクシデントについては物理現象的に
未解明な事象もあり,有用な知見が得られた場合には,アクシデントマネジ
メントに適切に反映していくことが重要であるとしている。(丙C10,125
1)
上記我が国におけるシビアアクシデント対策に影響を
与えた重要な出来事及びシビアアクシデント対策の知見及び実施に関する動
きの概略は,別紙5「SA対策に影響を与えた重要な出来事等の経緯」のとお
りであり,本件事故までに,設計基準事象を超える事象もいくつか発生してい
た(東北電力女川原発,北陸電力志賀原発等)。(弁論の全趣旨)5
本件事故後のシビアアクシデント対策にかかる規制に関する法令等の改正・
制定
ア炉規法の改正(平成24年法律第47号による改正)
シビアアクシデント対策の追加
発電用原子炉設置許可の申請に際して,「発電用原子炉の炉心の著しい10
損傷その他の事故が発生した場合における当該事故に対処するために必
要な施設及び体制の整備に関する事項」を記載しなければならないことが
追加された(平成24年改正後炉規法43条の3の5第2項10号)。
設置許可の基準
発電用原子炉設置許可の基準として,申請者に「重大事故(発電用原子15
炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事
故をいう。中略)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必
要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる
技術的能力があること」及び「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が
(中略)災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定め20
る基準に適合するものであること」が追加された(平成24年改正後炉規
法43条の3の6第1項3号及び4号)。
イ省令62号の改正
経済産業大臣は,平成23年10月7日,省令62号を改正し,5条の2
(津波による損傷の防止)を追加した。5条の2第2項において「津波によ25
って交流電源を供給する全ての設備,海水を使用して原子炉施設を冷却する
全ての設備及び使用済燃料貯蔵槽を冷却する設備の機能が喪失した場合に
おいても直ちにその機能を復旧できるよう,その機能を代替する設備の確保
その他の適切な措置を講じなければならない。」と規定した。
ウ技術基準規則の制定
原子力規制委員会は,平成24年改正後炉規法43条の3の14第1項5
に基づき,「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則」
(平成25年原子力規制委員会規則第6号。「技術基準規則」。)を制定し,
同規則は平成25年7月8日に施行された。技術基準規則は,省令62号
における規制内容を引き継いでいるものの,これに加えて,本件事故を踏
まえ,地震・津波対策についての見直しを行い,また,シビアアクシデン10
ト対策に関し,炉心損傷防止対策,格納容器損傷防止対策等を定めている。
技術基準規則16条は,全交流動力電源対策設備に関して,「発電用原
子炉施設には,全交流動力電源喪失時から重大事故等に対処するために必
要な電力の供給が交流動力電源設備から開始されるまでの間,発電用原子
炉を安全に停止し,かつ,発電用原子炉の停止後に炉心を冷却するための15
設備が動作するとともに,原子炉格納容器の健全性を確保するための設備
が動作することができるよう,これらの設備の動作に必要な容量を有する
蓄電池その他の設計基準事故に対処するための電源設備を施設しなけれ
ばならない。」と定める。
エ設置許可基準規則の制定20
「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関す
る規則」(平成25年原子力規制委員会規則5号。「設置許可基準規則」。)5
7条及び技術基準規則72条は,本件事故前には事業者の自主対応に委ねら
れていた全交流電源喪失に対するシビアアクシデント対策を法規制化した。
6予見可能性に関する公的な調査機関等の見解(内容の当否には争いがある。)25
国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)の報告書(平成2
4年9月30日)
「第1部事故は防げなかったのか?」「1.2認識していながら対策を怠
った津波リスク」において,「福島第一原発は40年以上前の地震学の知識に基
づいて建設された。その後の研究の進歩によって,建設時の想定を超える津波
が起きる可能性が高いことや,その場合すぐに炉心損傷に至る脆弱性を持つこ5
とが繰り返し指摘されていた。しかし,東電はこの危険性を軽視し,安全裕度
のない不十分な対策にとどめていた。」「平成18(2006)年の段階で福島
第一原発の敷地高さを超える津波が到来した場合に全交流電源喪失に至るこ
と,土木学会手法による予測を上回る津波が到来した場合に海水ポンプが機能
喪失し炉心損傷に至る危険があるという認識は,保安院と東電の間で共有され10
ていた。」とした。(甲A1・81頁)
政府事故調(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)の
最終報告書(平成24年7月23日)
「重要な論点の総括」「」「想定外」問題と行政・東京電力の危機感の希薄
さ」において,「想定外」という言葉には,二つの意味があるとし,「一つは,15
最先端の学術的な知見をもってしても予測できなかった」場合,「もう一つは,
予想されるあらゆる事態に対応できるようにするには財源等の制約からする
には無理があるため,現実的な判断により発生確率の低い事象については除外
するという線引きをしていた」場合があるとし,「今回の大津波の発生は,この
10年あまりの地震学の進展と防災行政の経緯を調べてみると,後者であった20
ことがわかる。」とした。(甲A3・25頁)
IAEA(国際原子力機関)事務局長報告書「福島第一原子力発電所事故」
及び同附属文書第2巻(技術文書)(いずれも2015年)
前者では,「2.2.1外部事象に関する発電所の脆弱性」で,「日本土木
学会の手法を取り入れた再評価に加え,事故以前に東京電力によって津波洪水25
レベルの試算が行われた。これらの試算の1つでは,地震調査研究推進本部が
提案した,最新の情報を使用し,様々なシナリオを検討した発生源モデルを適
用した。」「2007~2009年の間に適用された新しいアプローチは,福島
県の沖合沿岸でM8.3の地震が起こることを想定した。このような地震は,
福島第一原子力発電所において(2011年3月11日の実際の津波の高さと
同様の)約15mの津波遡上波につながる可能性があり,その場合主要建屋は5
浸水することとなる。」としていた。
後者では,「2.1.7まとめ」で,「日本の手法は,国際安全基準や他国
の国際安全基準に沿うものではなく,ハザードレベルの評価結果は大幅に食い
違うこととなった。国際審査が要請されたことがなかったため,国際レベルで
勧告が出されたこともなかった。津波高の予測は困難であり,さまざまな科学10
者や専門家の意見に左右されやすいとはいえ,独立の専門家らによる国際審査
チームが,福島第一原発の浸水防護レベルを評価していれば,国際安全基準と
整合する手法の使用を勧告したことと思われる。数十年ないし数百年というご
く近年の期間分しかない,有史の実測事象データを主として用いるという,少
なくとも2006年までの日本国内の手法が,津波ハザードの評価にあたって,15
地震規模を過小評価する主因になった。」とした。
(甲A15・46頁,甲A17の1・85~87頁,甲A17の2・46~4
7頁)
第2判断
1予見可能性の有無の検討20
⑴原告らは,被告東電が民法709条の責任を負うとの主張をし,仮に民法上
の責任を負わないとしても,過失の有無は慰謝料の増額事由になる旨主張して
いるため,以下では,過失の有無の判断の前提として,予見可能性の有無につ
いて検討する。これを前提として,過失の有無を含む被告東電の責任について
は,後述の第2節被告東電の責任において述べる。25
⑵また,被告国に対しては,経済産業大臣の規制権限の不行使の違法を主張し
ているところ,本件事故の発生を予見すべき立場にあり,またそれが可能であ
ったことは,規制権限の不行使が違法となるかどうかの判断にあたっての前提
であり,違法性の判断要素の一つとなるから,被告東電の予見可能性と合わせ
て検討する。そして,これを前提として,被告国の責任の有無については,後
述の第3節被告国の責任において,詳説することとする。5
2津波に関する予見可能性の対象について
⑴原告らは,予見の対象は,福島第一原発の敷地が溢水する現実的危険性のあ
る津波であり,O.P.+10mを越える津波を予見できていれば,敷地が溢
水する現実的危険性があるから,福島第一原発1~4号機の敷地高O.P.+
10mを超える津波が予見対象津波であると主張する。これに対して,被告ら10
は,実際に福島第一原発に発生,到来した本件地震及びこれに伴う津波(O.
P.+約15.5m)と同程度の地震及び津波の発生,到来について予見可能
性があったといえなければならないと主張するため,まず予見可能性の前提で
ある,予見対象について検討する。
⑵被告東電の過失や被告国の権限不行使の前提として,予見可能性が要求され15
る趣旨は,予見された事象に対して適切な結果回避の措置をとるための前提と
なることにあることからすれば,予見の対象となる危険は,単なる危惧感など
では足りず,具体的なものでなければならない。しかしながら,この予見対象
の具体性については,回避措置をとりうる程度に具体的であれば足りるという
べきである。20
前記前提事実によれば,本件事故は,福島第一原発の敷地高を超える津波が
発生,到来したことによって,福島第一原発1~4号機の原子炉建屋等が浸水
して,電源設備等の原子炉を冷却するために必要不可欠な設備が被水したこと
によって,全交流電源喪失という事態に陥ったものということができる。福島
第一原発1~4号機の電源設備については,その多くが敷地高よりも低い地下25
に設置されており,電源盤や非常用電源設備が複数設置されているものの電源
盤が被水すると非常用電源設備の機能が維持されていても電源を供給できな
い仕組みが存在するなど,被水に対する脆弱性を有していたことからすれば,
敷地高を超える津波の到来があった場合には,全交流電源喪失に至る危険性が
あった。そうすると,福島第一原発の敷地高(O.P.+10m)を超える津
波が到来することを予見対象として,このような事態に対して全交流電源喪失5
に対する回避措置を講ずることは十分に可能であるから,そのような回避措置
を講じた場合に,結果回避可能性の問題は別としても,本件における予見対象
は,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が
到来することで足りるというべきである。
⑶この点について,被告らは,予見すべき対象は,実際に福島第一原発1~410
号機付近に到来した津波の高さ(O.P.+約15.5m)と同程度の津波と
すべきであると主張する。しかし,上記で述べたとおり,予見対象は結果回避
措置を講じるためのものであることからすれば,被告らの主張するような実際
の結果に至ったものと全く同じ事象又は同程度の事象を予見しなければなら
ないとはいえない。15
また,被告らは,予見すべき対象がO.P.+10mを超える津波である場
合には,そのような津波が到来したとしても,本件と同様に全交流電源喪失の
事態にまで至ったかどうかは不明であるから,予見対象として相当でない旨主
張する。しかしながら,津波が敷地に浸入した場合,津波の一般的な性質とし
て,津波高が同じであっても,地形や建物の位置等により影響を受けて,浸水20
高や遡上高が一律となるわけではないことから,それを正確に想定するのは困
難であって,被告らの主張するように,実際に生じた結果から逆算して予見対
象を設定することは相当でない。また,前記のとおり,そのような想定をしな
ければ回避措置を講ずることができないというわけでもなく,福島第一原発の
敷地高を超える津波が到来すれば,全交流電源喪失の危険があったというので25
あるから,予見対象としては,O.P.+10mを超える津波とすることで十
分である。もっとも,前記前提事実によると,予見対象とするO.P.+10
mを超える津波よりも,本件事故の場合は,より大きな本件津波(O.P.+
約11.5~15.5m(浸水深約1.5~5.5m))が福島第1原発1~4
号機に到来しており,その原因となった本件地震も,予見対象の津波の原因と
なる長期評価が想定した明治三陸沖地震(Mt8.2~8.6)に比べて,規5
模の大きな地震(Mt9.1)であり,震源域が,長さ約450㎞,幅約20
0㎞と広く,複数の震源域が連動して発生したもので,日本国内で観測された
最大の地震,かつ世界でも観測史上4番目の規模の地震であったのは確かであ
るから,想定され得た回避措置によって本件事故を防ぐのが可能であったのか
という意味で,後記被告東電及び同国の各責任における結果回避可能性の判断10
において,被告らの主張する問題点を検討することになる。
3津波に関する予見可能性の有無
⑴前記の予見対象を前提として,平成14年頃の時点において,被告らが福島
第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が到来する
危険があったことを予見できたかどうかについて検討する。15
前記第1の認定事実からすれば,被告らは,平成14年頃の段階においては,
福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+10mを超える津波が到来
する可能性があるということを具体的に示した津波高の予測数値等を得てい
たものではない。しかしながら,平成14年2月に津波評価技術が,同年7月
には長期評価がそれぞれ策定,公表されており,平成14年から同20年まで20
の間に,津波評価技術の手法や津波に関する知見が,計算方法に影響を与える
ほどに大幅に深化したと認めるに足りる証拠はないことを踏まえると,被告東
電のような会社規模やその能力を前提とすれば,これら双方の知見を元に,被
告東電が実際は平成20年に行った津波高の試算を,平成14年頃にも行うこ
とは十分可能であったというべきである。したがって,被告東電が平成14年25
段階においてもそのような試算をし,また被告国においては被告東電に試算を
させるなどして,O.P.+10mを超える津波の到来を予見すべきであった
といえるかどうかが問題となる。
⑵そもそも,原子力発電所の安全性については,放射性物質の持つ特殊な性質
からすると,極めて高い安全性が求められるというべきである。原子力発電所
において一度事故が発生し,放射性物質が外部へ放出される事態になれば,そ5
の影響は一時的,局所的にとどまるものではないため,放出された放射性物質
の除去は容易ではなく,残存した放射性物質は一定期間放射線を放出しつづけ
るなどして継続的に被害が及ぶこととなり,かつその影響は周辺の地域全体,
場合により,市町村や都道府県を超えて,我が国内の相当広範囲に及ぶおそれ
があり,周辺住民,場合により相当広範囲の住民の生命や身体,財産等に対し,10
取り返しのつかない損害を与える可能性を含んでいるからである。そのため,
原子力発電所の施設は極めて高い安全性が求められており,実際,被告国は原
子炉設置に関して許可制を採用し,稼働についても,保安院(当時)による検
査等によって規制や監督を継続的に行う仕組みを構築していたのである。また,
そのような仕組みによって安全性が担保されるからこそ,前記のような危険性15
をもともと包含する原子力発電所の設置が許されるのであり,どれほど国民生
活の水準向上にとって原子力発電所の必要性が高いとしても,そのような担保
なしに設置を許容することは,周辺住民等の生命や身体,財産などの基本的な
権利の保護や原子力発電に対する国民感情からして考えにくいところである。
また,原子炉施設の安全性に関わる問題の中でも,我が国においては地震や津20
波等の自然災害は,その発生数等も多く,諸外国に比べても特に注意すべき事
象の一つということができ,このような地震や津波等の自然科学の分野の科学
的知見は,新たな地震等が発生するなどして,深化していくことも踏まえれば,
原子力発電所を管理する被告東電や原子力発電所の施設の安全性に関して監
督権限を有している経済産業大臣は,常に最新の知見に注意を払い,現在の原25
子力発電所の安全性について,万が一でも事故が発生しないといえる程度にあ
るのかどうか,常に再検討することが求められている。
⑶ここで,最新の知見としてどのような知見を考慮すべきかが問題となる。被
告らには,上記のような注意義務があるとしても,不可能を強いることは当然
できないことから,あらゆる知見をもとにすべきであるとか,どのような内容
の知見も取り入れるべきであるということはできないのは明らかである。しか5
しながら,原子炉施設の安全性,ことに津波のような自然災害に対する防災対
策を考えるにあたっては,被告らが主張するように,予見可能性の前提となる
知見が科学的に確立され,専門家の中でも統一した見解となっていなければな
らないことまで要求されるものではないといえる。前記のとおり,原子炉施設
には高い安全性が求められていることに加えて,地震や津波といった自然科学10
の分野において,将来の地震や津波の発生については,もともと正確に予測を
行うことは非常に困難であり,予測に関する知見もある程度幅を持ったもので
しかあり得ない。本件記録中にある各種論文をはじめとした地震や津波の発生
に関する学説などによると,歴史的事象の研究の進展や新たな事態の発生など
により,知見に相当変化が生じているし,かつては少数であった知見が支持を15
獲得していくことや,その逆も十分あり得る。そうすると,被告らが主張する
ように,科学的知見が確立するまでは,原子炉の安全性を検討するにあたって
の検討対象にする必要はないとすれば,この分野における新しい知見について
は,おおよそ検討しないでよいということにもなりかねないし,高い安全性が
求められる原子炉施設の改善の措置について,程度問題はあるとはいえ,何ら20
の改善の着手さえ不要であるとの結論につながりかねないのであるから,専門
的知見として確立に至る前であっても,予見にかかる検討対象とすべき場合が
あるといえる。
この点について,被告東電は,客観的かつ合理的根拠をもって設計基準事象
として取り込めるほどの科学的知見が存したことが認められる必要があり,客25
観的かつ合理的根拠となる知見は確立された科学的知見のみであるかのよう
な主張をしているが,確立された科学的知見が客観的かつ合理的根拠となるの
は当然としても,それ以外が客観的かつ合理的な根拠と一切なり得ないとはい
えない。前記のとおり,原子炉施設に求められる高い安全性と,地震や津波等
の発生予測に関わる自然科学の分野の特殊性に鑑みれば,未だ見解の一致をみ
ない知見であっても,客観的かつ合理的な根拠となる場合があり得るというべ5
きである。
また,このことは,被告国が指摘するような各最高裁判例(最高裁平成元年
(クロロキン訴訟最高裁判決)
月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁(筑豊じん肺訴訟最高裁10
判決),最高裁平
74号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁(水
俣病関西訴訟最高裁判決)
日第一小法廷判決・民集68巻8号799頁(大阪泉南アスベスト訴訟最高裁
判決))における判断に反するものでもない。すなわち,これらの最高裁判決に15
おいては,化学物質等の有害性についての医学的知見又は結果回避に関する工
学的知見が確立していたことは,国に裁量権があることを前提としても,規制
権限不行使が違法となるという判断をする際の一要素となったにすぎず,予見
可能性の前提として検討すべき知見について述べたものではないからである。
⑷津波による災害については,明治以来,主に津波から遠ざかる高地移転によ20
り対策が行われ,昭和35年のチリ地震以後は,防潮構造物等の防災施設の建
設がされたが,津波対策の対象は,過去200年程度の間の数多くの資料が得
られる津波のうち最大のものとするなどというものであった。昭和40年代の
福島第一原発設置許可時には,昭和35年に発生したチリ津波の際の潮位が最
大潮位として想定されていた。もっとも,地震又は津波の発生又は到達件数や25
下記の北海道南西沖地震以後の関係機関の取組からすると,社会的に,少なく
とも防災に関する公的な機関において,地震に対する防災意識に比べて,津波
に対する防災意識はそれほど高いものではなかったと推測される。
しかし,その後平成に入って北海道南西沖地震(1993年)により,奥尻
島津波が発生し,実際に津波が到来した地域では,死者202名,行方不明者
28名,負傷者323名等多大な人的・物的被害が発生するなどして,津波災5
害がさらに現実的なものとして認識されるに至り,社会的に,少なくとも防災
に関する公的な機関において,津波に対する防災の認識が徐々に高まっていっ
たものと認めることができる。これを受けて,平成9年頃,被告国の各機関が
作成した7省庁手引きや4省庁報告において示されているとおり,津波予測に
関する技術の面において,津波シミュレーションの手法が発展していったこと10
がうかがわれる。また,7省庁手引きでは,既往最大津波だけでなく,当時の
知見に基づいて想定される最大地震により起こされる津波まで考慮すべきと
している。加えて,国土庁と財団法人日本気象協会によって,現実的に発生す
る可能性が高く,その海岸に最も大きな被害をもたらすと考えられる地震を想
定して,7省庁手引きの別冊である津波災害予測マニュアルに基づき,津波浸15
水予測図が作成,公表されており,そのうち福島県の予測図では,津波の高さ
により,福島第一原発1~4号機のタービン建屋及び原子炉建屋が浸水深1~
4mで浸水すると予測されていた。このような経緯のもとに,津波評価技術が
とりまとめられるに至ったのであるから,上記被害の規模や手引,報告及び予
測図の各作成機関並びに原子炉施設の性格及び設置場所等からして,平成1420
年時点においては,被告東電と経済産業大臣の双方が,原子力発電所に対する
津波防災の重要性について当然認識していたということができる。
⑸また,津波評価技術は,原子力発電所における設計津波水位を評価するもの
であるが,評価対象としていたのは,既往津波の痕跡高を説明できる基準断層
モデルであり,大きな既往津波のなかった福島県沖海溝沿い領域を波源とする25
津波を評価できるようにはなっていなかった。
この点につき,被告らは,津波評価技術が,津波評価についての唯一の確立
した知見であったなどと述べ,波源設定について既往最大地震・津波の波源モ
デルを基にすること自体は何ら不合理ではなく,想定最大津波を評価するため
の手法として策定されたものであって,現在でも参考とされている合理的な評
価手法であるなどと主張する。5
確かに,津波評価技術で用いられている評価手法は,具体的な津波評価方法
を定めた基準として定着し,電気事業者が規制当局に提出する評価に用いられ,
現在でも用いられているし,国際的にも評価されていることからすれば,それ
自体は合理的な計算手法であるということができる。他方で,作成した社団法
人土木学会が述べるように,個別地点の津波水位は,津波評価技術から直ちに10
導かれるものではなく,最新の知見・データなどに基づいて震源や海底地形な
どの計算条件を設定し,推計計算を実施できる手法であったのであるから,波
源に関する科学的知見が深化することをもともと前提としたものといえるし,
上記のとおり,具体的な津波評価方法を定めた基準として定着していることや,
被告東電が,平成20年,長期評価に従い,福島県沖海溝沿い領域に明治三陸15
沖地震の波源モデルを置き,津波評価技術の方法による詳細パラメータスタデ
ィを行うという試算をしていることなどからすると,津波評価技術は,最新の
知見・データなどに基づいて震源や海底地形などの計算条件を設定し,推計計
算を実施する手法として使われているというべきである。そして,津波評価技
術は,その作成過程において,一定の地域における地震発生可能性について議20
論したものではなかったことも併せて考えれば,津波評価技術が,その作成時
点において,波源設定に関して既往最大地震・津波を参考としたこと自体は不
合理でないとしても,波源に関する新たな知見を検討する必要がない性格のも
のとまでいうことはできない。このことは,たとえ,津波評価技術によって計
算される設計想定津波が,平均的には既往最大津波の痕跡高の2倍になってお25
り,より安全側に立ったものとなっていたとしても変わるところはない。とい
うのも,津波評価技術における上記の点は,あくまでも既往最大津波を前提と
した上で,誤差を加味するという考えであって,実際の平成20年の被告東電
が行った試算結果から見ても,波源設定によってそれ以上の差異は生じ得るの
であるから,波源に関する別の見解がある場合をも想定内といえるほど安全側
に立ったものとはいえないからである。5
そうすると,津波評価技術における波源設定は,その計算をする上で最も重
要な要素の1つであって,新たに検討すべき知見が生じれば,それをあてはめ
て算定することを想定したものであるということができる。
⑹波源設定は,津波を発生させる地震がどのような規模や場所で起きるかとい
う予測に関わる問題であり,平成14年9月に公表された長期評価の見解こそ10
がその地震発生の予測に関する見解である。この長期評価は,被告国が阪神・
淡路大震災の後,地震による災害対策のために政府の特別機関として設置した
地震本部が公表したものである。地震本部の所掌事務の中には,「地震に関す
る観測,測量,調査又は研究を行う関係行政機関,大学等の調査結果等を収集
し,整理し,及び分析し,並びにこれに基づき総合的な評価を行うこと(地震15
防災対策特別措置法7条2項4号)」が含まれており,長期評価はまさにこの
所掌事務そのものということができる。確かに,長期評価の見解に対しては,
三陸沖から房総沖の海溝寄りの区域という区域設定の妥当性や,区域内で3つ
の地震が起きたとする考え方の妥当性について,BやHなど地震や津波の専門
家の中において,長期評価と異なる見解が述べられるなどしていたことからす20
れば,長期評価の見解が統一された通説的な見解であったとまで認めることは
できない。もっとも,地震の研究者(津波の研究者を含む。)が委員を務める海
溝型分科会で意見をとりまとめ,政府の特別の機関である地震本部の事故調査
委員会で発表に至っていることや,平成16年,20年のロジックツリーアン
ケートの結果(いずれも,三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8級(明25
治三陸沖地震又は延宝房総沖地震)の津波地震が起きるというのが,重み合計
1のうち,全体の平均で,「0.50」又はそれ以上の数字となった。)によれ
ば,長期評価の見解は,防災上の観点も含めて,一つの有力な見解であったと
推測することができる。
そして,前記に述べたとおり,予見可能性を検討する上で統一的通説的見解
でなければ採用することができないというわけではないし,地震に関する調査,5
分析,評価を所掌事務とする被告国の専門機関である地震本部が,地震防災の
ために公表した見解は,その機関の設立趣旨や性格及び構成員等からして,地
震又は津波に関する学者や民間団体の一見解とは重要性が明らかに異なり,単
に学者間で異論があるという理由で採用に値しない,少なくとも検討にも値し
ないということは到底できない。むしろ,このような公式的見解については,10
原子力発電所においては地震又は津波の被害が甚大になるという性格,及び津
波防災の重要性について認識していたことからすると,地震及び津波の被害が
どの程度の大きさになり得るのか,被害発生の確率はどうかなどについて,公
式的見解に疑問点があればその払拭も含めて,積極的に検討を行うことにより,
さらなる原子炉施設の安全性の向上を図るべきであるといえる。こうした検討15
さえも全く不要なほど予見可能性がなかったとするのは,地震又は津波の被害
が甚大となり得る原子炉施設の性格にそぐわないし,そもそも地震防災対策特
別措置法の趣旨にも反するというべきである。
⑺そうすると,平成14年2月に津波評価技術が刊行された後,同年7月に長
期評価が公表されており,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの区域における地20
震発生の可能性が指摘されているのであるから,常に原子炉施設の安全性を検
討すべきである被告らは,このような波源に関する最新でしかも公的な知見を
あてはめた場合に,津波評価がどのような結果となるのかを算出すべきであっ
たといえる。そして,試算にあたっては,被告東電の平成20年試算の経緯に
鑑みると,2~3か月程度必要であったと想定されることからすれば,遅くと25
も平成14年末頃までには,被告東電は試算し,被告国に対しても報告するこ
とが可能であったといえる。したがって,平成14年末頃までには,被告東電
は,長期評価の知見に基づいて津波評価技術の手法を用いて試算をし,また経
済産業大臣は,被告東電に試算をさせるなどして,福島第一原発1~4号機付
近に到来する津波水位を予見することが可能であり,予見する義務もあったと
いうべきである。5
⑻被告らは,長期評価の見解について,中央防災会議(日本海溝・千島海溝周
辺海溝型地震に関する報告書)において,福島県沖海溝沿い領域における地震
は,防災対策の検討対象とする地震とは扱われなかったことからして,長期評
価の見解が確立した知見でなかった旨主張する。
確かに,上記報告書においては,防災対策の検討対象として,大きな地震が10
繰り返し発生しているものは,近い将来発生する可能性が高いと考えて対象と
する考え方によっており,長期評価における見解は採用されていない。しかし
ながら,この点についても,中央防災会議が考える防災対策は,原子力発電所
に限ったものではなく,主として国としての防災全般の対策を検討したもので
あり,各々の地域や施設等に応じた被害想定を実施することが求められ,多種15
多様の考慮要素があり得るし,防災の効率や財政的な制約なども現実的な問題
として無視できないことからすれば,中央防災会議の立場では,長期評価の見
解を採用しないこともあり得るところである。しかし,これによって,高い安
全性の求められる原子力発電所に関わる被告東電及び経済産業大臣の予見可
能性や予見義務の判断が左右されるわけではないし,中央防災会議の判断が,20
被告東電や経済産業大臣の予見義務を免責するわけでもない。また,上記報告
書は,貞観地震,慶長三陸地震及び延宝房総沖地震について,全体の防災対策
の検討対象としていないものの,被害が及びうる地域においては防災対策の検
討の際に留意する必要があるとしており,長期評価の見解を否定しているとい
うわけでもなく,もとより高い安全性を要求される原子炉施設の安全性を考え25
る上でも,上記報告書の内容を考慮する必要がないとまで到底いうことはでき
ない。
⑼したがって,被告らは,長期評価の見解について,津波評価技術の手法を用
いることによって,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見する
ことが可能であり,予見する義務もあったといえる。
4シビアアクシデント対策に関する予見可能性について5
⑴以上のとおり,被告東電及び経済産業大臣は,O.P.+10mを超える津
波の到来を予見することが可能であったといえるが,原告らはシビアアクシデ
ント対策に関しても予見可能性がある旨主張している。原告らは,設計基準事
象を大幅に逸脱する外部事象,すなわち地震や津波等そのものを予見対象とす
るのではなく,確率論的評価手法を用いて,起因事象のうちから,福島第一原10
発1~4号機で炉心損傷に結びつく起因事象として,①全交流電源喪失事象,
及び②最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)を予見対象とし,それらが予見
可能であれば,法的に予見可能性が認められる旨主張し,被告らが仮に津波P
SAを実施していれば,遅くとも平成14年頃には前記①②の起因事象が予見
できたと主張する。15
一方被告らは,原告らが,法的義務である結果回避義務の前提となる予見可
能性と,安全評価や確率論的評価における技術的評価上仮定される概念を混同
しているなどとして,前記①②の起因事象を予見対象とすることは相当ではな
い旨主張する。
⑵そもそも,原告らの主張するシビアアクシデント対策の義務は,その意義か20
らして,予見可能性を観念できるのか,できるとしても何を予見対象とするの
か,どのような事情や計算上の根拠があれば予見可能性があるといえるかにつ
いては,様々な議論があり得るところである。しかし,この点はともかくとし
て,原告の主張するシビアアクシデント対策の義務の内容は,全交流電源喪失
事象を回避し,最終ヒートシンク対策(崩壊熱除去系)をする義務,すなわち25
ヒートシンク用の電源を維持する義務となるから,結局,地震・津波の予見可
能性を前提にした回避義務と同様になると解される。そうすると,前記のとお
り,本件事故について,地震,津波の予見可能性を認める以上,同じ回避義務
を問題にすることになるから,シビアアクシデント対策の義務の予見可能性及
び回避義務を独立して論じる必要はないことになる。ただし,後記被告国の責
任については,規制権限不行使の違法性を判断するには,被告国の規制権限の5
目的,権限の性質など権限行使が期待される諸事情を考慮することになること
から,その一事情として,シビアアクシデント対策が求められる事情(設計基
準事象を逸脱する外部事象の発生など)を考慮することになる。
5まとめ
以上からすれば,被告東電及び経済産業大臣は,津波評価技術及び長期評価が10
公表された後,遅くとも平成14年末頃までには,福島第一原発1~4号機付近
における津波水位を試算し又は試算させるべきであったのであり,それをしてい
れば,それぞれO.P.+10mを超える津波が到来することを予見できたとい
える。したがって,遅くとも平成14年末頃の時点においては,被告東電及び経
済産業大臣は,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見することが15
可能であったというべきである。
第2節争点②(被告東電の責任)について
第1判断
1過失の有無
⑴原告らは,被告東電は,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.+20
10mを超える津波が到来することを予見することができたのであるから,事
故発生を防止するために,①防潮堤の設置,②代替施設の設置,③非常用電源
及び電源盤の水密化並びに高所配置等の結果回避措置等の対策をとるべきで
あったにもかかわらず,これを怠った旨主張している。
⑵前記のとおり,被告東電は平成14年末頃には,福島第一原発1~4号機付25
近において,O.P.+10mを超える津波が到来することを予見することが
できたといえる。しかしながら,前記のとおり,被告東電はこの時点において,
本来であれば,長期評価の見解に基づいてシミュレーション等を行わなければ
ならなかったところ,同見解を取り入れることなく,津波評価技術のみによる
試算を行ったにとどまっていたため,実際に予見していたのは,最大O.P.
+5.7mの津波にすぎなかった。そのため,O.P.+10mを超える津波5
への対策は何ら行われていなかった。前記で述べたとおり,原子炉施設は万が
一にも事故が発生して,周辺住民等へ被害が及ぶことのないように,万全の対
策を講じるべきであるから,O.P.+10mを超える津波を予見し得た場合
には,これを予見した上で,これに対する措置を講じる義務が生じることが考
えられるところ,その前提として,本件事故において,そのような措置を講じ10
た場合に,結果を回避することが可能であったかが問題となる。
⑶結果回避可能性について
アここで,結果回避可能性の対象となるべき津波について検討するに,前記
のとおり,被告東電は,長期評価の見解を取り入れた試算を行わなければな
らなかったのであり,そのような試算をした場合には,福島第一原発1~415
号機敷地南側においてO.P.+15.7mの津波が予測されたのであるか
ら,これを対象として,結果回避可能性の有無を検討する。実際には,それ
以上の津波が到来して本件事故に至ったことは,過失行為と結果との因果関
係の問題となる。
イ原告らは,結果回避するための津波対策として,①O.P.+10mの敷20
地上に約10mの防潮堤を設置すること,②代替施設を整備すること及び③
電源設備の水密化及び高所配置である旨主張する。また,①の防潮堤は,具
体的には,10mの敷地上に1~4号機の原子炉・タービン建屋につき,敷
地南側側面だけでなく,南側側面から東側全面を囲う10m(O.P.+2
0m)の防潮堤(鉛直壁),5号機及び6号機の原子炉・タービン建屋を東側25
全面から北側側面を囲う同様の防潮堤(鉛直壁)であり,防潮堤の高さに対
応した,必要な強度を要するものを設置すれば,結果を回避することが可能
であった旨主張する。これに対して,被告東電は,試算に基づいて上記津波
対策を設置したとしても,本件事故を防ぐことはできなかったし,本件事故
時までに津波対策を完成させることは困難であった旨主張する。
ウまず,防潮堤の点であるが,被告東電による平成20年4月の試算(福島5
第一原発1~4号機の敷地南側で,O.P.+15.7mの津波高の予測)
を前提として検討するとなれば,津波による浸水を避けるために,必要かつ
合理的な方法として,最適な高さや設置位置を検討した上で,当該措置を講
じるということとなり,被告東電の会社規模や人的物的設備等からすれば,
そのような検討を行う能力は十分あったということができる。そして,実際10
に,被告東電の土木調査グループは,東電設計株式会社に対し,平成20年
4月の試算をもとに,原子炉建屋が設置された敷地に対する津波の遡上を防
ぐことのできる防潮堤に関する解析を依頼し,平成20年4月,同社から,
O.P.+10mの高さの敷地上に,さらに約10m(O.P.+20m)の
防潮堤を設置する必要があるとの解析結果を得ていることが認められる(甲15
B85・5頁,弁論の全趣旨)。また,被告東電の平成20年4月の試算を,
福島県沿岸(南相馬〜いわき)に広げて考察した場合,津波高O.P.+1
0mを超す地点及びO.P.+10m以下でも,O.P.+10mに近い地点
がそれぞれ多数あったことが認められる(乙B26・13頁)。さらに,津
波の特徴として,津波が防潮堤に達すると,大量の海水がせき止められるた20
め,後ろの津波が重なっていき,その結果,防潮堤を越える高さに達するこ
とが考えられ,実際,設定津波高が6m又は8mであっても,福島第一原発
1~4号機のタービン建屋及び原子炉建屋は,ほぼ建屋の全体において浸水
深1~4mで浸水すると津波浸水予測図(平成11年3月)で予想されてい
たことを指摘することができる。25
これらの事実によると,被告東電が,平成20年4月の試算を踏まえて,
必要かつ合理的な方法として,防潮堤の最適な高さや設置位置を検討した場
合には,敷地南側側面や敷地北側側面など,試算によりO.P.+10mを
超える津波が到来するとされた部分のみに高さ10mの防潮堤(O.P.+
20m)を設置することになるとは考えにくいところである。むしろ,上記
試算の内容や後ろの津波が重なっていく津波の特徴等のほか,津波高予想に5
は不確実性が伴うことから安全裕度を前提とすべきこと,津波対策をすると
なるとさらにシミュレーションをして可能性のあるあらゆる場合を想定す
ることが予想されることなどからすると,南側側面から東側全面,北側側面
を囲う高さ10m程度の防潮堤(O.P.+20m)を,必要な強度で設置
すると考えることは,十分あり得ることであって,これであれば,平成2010
年4月の試算による津波を防ぐことができ,結果回避可能性はあったと認め
ることができる(試算の津波よりも規模の大きな本件津波を防ぐこともでき
たと認められるので,本件事故との因果関係も否定されない。)。なお,平成
14年末頃には,被告東電が,O.P.+10mを超える津波の到来を予見
できたことを踏まえると,上記防潮堤の建設が本件事故までに時間的に不可15
能であったとは到底いえないし,仮に平成20年4月の上記試算の頃を基準
にしたとしても,本件事故後の被告東電による各原子力発電所における防潮
堤,防潮堤の設置実績(甲A5,6)からすると,本件事故が生じたことに
よる迅速さという点を割り引いたとしても,高さ10mの防潮堤(O.P.
+20m)の建設が本件事故までに不可能であったとはいえない。20
この点について,被告東電は,平成20年4月の試算に基づいて,福島第
一原発1~4号機敷地南側などに防潮堤を設置する対策では,同試算よりも
はるかに大きな本件津波による浸水を防ぐことはできないなどと主張し,そ
れに関する証拠(乙B26)を提出する。しかし,上記認定説示からすると,
平成20年4月の試算に基づく対策としては,南側側面から東側全面を囲う25
高さ10m程度の防潮堤(O.P.+20m)等を必要な強度で設置するこ
とと考えられるから,これによると,結果回避可能性の点でも,因果関係の
点でも,本件事故を回避できるのであって,被告東電の上記主張を採用する
ことはできない。
エ次に,防潮堤の設置が工期や費用面において,合理的ではない,又は現実
的ではないなどと判断される場合には,防潮堤の設置と重複して,または同5
設置に代えて,電源設備の水密化や高所配置を検討することが考えられるの
であるから,そうだとすれば,本件事故を回避できた可能性は高いというべ
きである。
この点についても,被告東電は,原子力工学の視点から,仮に長期評価の
見解を前提とした試算を行っていたとしても,本件原発の南側敷地及び北側10
敷地上に防潮堤設置を検討するのが合理的であり,平成14年当時の知見で
は,浸水防護に問題が生じた場合,まず防潮堤のかさ上げや防潮壁の増設に
よって浸水防護を図るという発想に立っていたため,施設の水密化や非常用
電源・配電盤・高圧注水系等へ接続するための各種ケーブル等の高所移設等
をすべきという発想には立っていなかった旨主張し,同趣旨のN(現・東京15
大学大学院工学系研究科教授)の意見書(丙B74,78,79)を引用す
る。
しかし,平成14年の段階において,長期評価の見解に基づいた津波の試
算を行い,それに基づいた対策を真摯に検討し始めていれば,敷地高を上回
る津波の到来に対して,施設の水密化や高所配置の対策を想起し,実際に施20
すことが,物的人的設備を有する被告東電にとって想定できない困難な対策
であったとまでは認められない。実際,被告東電は,平成14年の津波評価
技術に基づく試算の後,電動機ポンプのかさ上げや内部溢水への対策として
水密化を講ずるなどしているし,過去にも,平成3年10月の福島第一原発
1号機タービン建屋地下1階で発生した補機冷却海水系配管からの海水漏25
えい対策として,原子炉最地下階の残留熱除去系機器室等の各入口扉の水密
化,原子炉建屋階段開口部等への堰の設置やかさ上げなどの水密化対策を実
施した実績があるとされている(乙B3の1・38頁)。また,被告東電は,
平成平成21年2月には,津波対策として,ポンプ用モーターのシール処理
対策等も行っているが(乙B3の1・19頁),平成14年から平成21年ま
でに,津波対策についての知見が特に進んだと認めるに足りる証拠はないこ5
とから,上記シール対策等は,平成14年当時でも可能であった津波対策で
あると推測することができる。以上のとおりであるから,敷地高を超えて浸
水するような津波への対策を考えるにあたって,平成14年当時において,
施設の水密化や高所配置の対策がおよそ考えられないものではないし,費用
面や時間面を考えれば,電動機ポンプのかさ上げや水密化の事例等があるだ10
けに,むしろ当然検討されるべきものであったと考えられる。
なお,上記Nの意見書だけでなく,そもそも,本件事故発生以前において
は,確定論的安全評価手法に従って設定した想定津波については,それに対
する安全性を確保する(主要建屋のある敷地高への遡上自体を防ぎ,ドライ
サイトを維持する。)というのが基本思想であり,津波が遡上することを前15
提に対策を講じるという発想自体存在しなかった,津波の越流を前提とした
様々なレベルでの津波防護に関する工学的な検討は,本件事故までほとんど
なかった,いわば後知恵的なものである旨の意見もある(丙B83・38~
39頁,丙C15・6~7頁)。しかし,確定論的安全評価手法自体がそもそ
も完全なものとはいえないし,長期評価という公式見解により,設計事象に20
は含まれていなかったが,新たな地震及び津波の発生の予見可能性が生まれ
ており,確率論的安全評価手法の必要性が高まっていたということができる。
そして,長期評価後には,スマトラ沖地震が起き,非常用海水ポンプのモー
ターが水没し,運転不能になる事態が発生し,その対策として,溢水勉強会
や土木学会による確率論的津波評価手法の研究も実際に行われるなどして25
いた。こうした事情によると,本件事故前に,確定論的安全評価手法による
基本思想で,津波が遡上することを前提に対策を講じるという発想自体存在
しなかったなどとはいえず,仮に研究者の間でそうした考えが強かったとし
ても,それによって被告東電の結果回避可能性を否定することにはならない
と解される。
上記のとおり,電源設備の水密化や高所配置を含めた対策を講じれば,本5
件事故を回避できた可能性が高いというべきであるから,被告東電の主張は
採用できない。
オさらに,被告東電は,仮に対策を行おうとしても,被告東電の試算結果だ
けの状況では,原子力安全委員会や保安院による確認を受ける過程において,
当該津波対策の必要性・有効性について,必ずしも十分な根拠に基づくもの10
として受け止められるとは限らず,原子力安全委員会等の確認にどのような
説明・資料等が要求され,いかなる審議がどの程度の時間をかけて行われる
かについても不明であったこと,また,津波対策の工事が,周辺の海域等に
与える影響をも考慮して,周辺地域への説明及び港湾関係の諸手続への対応
等を行うことを考えれば,直ちにその工事に着手することができたとはいえ15
ず,本件事故までに工事を完了することはできなかった旨主張する。
しかしながら,被告東電が長期評価による見解を取り入れる前提で,真摯
に検討した場合には,資料等が不十分とはいえないし,対策としても,周囲
の影響を考えた上でのものを施すことも十分可能である。実際,被告東電が,
平成14年に冷却系海水ポンプ電動機かさ上げなどをした際には,保安院か20
ら,評価内容を踏まえた特段の指導等はなされておらず(甲A2・本文編3
81頁),保安院の理解が得られていたことがうかがえる。また,保安院等に
よる審議には一定の期間を要すると仮定したとしても,平成14年頃から被
告東電が対策に取り組んでいれば,少なくとも,本件事故までに8年以上の
期間があることからしても,本件事故までに対策を講じることは十分可能で25
あると考えられる。
被告東電が,結果回避可能性に関し,津波対策に必要な期間等についてす
る上記主張は採用することができない。
カなお,被告東電は,原告らが具体的な防潮堤の設置位置や形状,強度につ
いては,弁論終結時に至ってから初めて主張されたものであるとして,時機
に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであることを主張する。しかし5
ながら,O.P.+10mの敷地上に約10mの防潮堤を設置すべきである
ことについては,従前より主張されていたものであって,この主張は予測さ
れる津波を防ぐために必要な防潮堤であることを前提として主張されてい
ることからすれば,弁論終結時に至って防潮堤の位置等の詳細な主張がされ
たとしても,時機に後れたとはいえないし,これによって訴訟の完結を遅延10
させると認めることもできない。
⑷過失の程度と慰謝料の増額事由
ア原告らは,被告東電の過失を理由として,原告らの慰謝料の増額事由にな
る旨主張する。しかしながら,加害者に過失が存在するとしても,過失の程
度はさまざまであるところ,それだけで慰謝料を増額すべきということはで15
きず,故意又はそれと同視できる重過失がある場合には増額事由になると解
される。
イ本件においては,前記からで検討したところによると,被告東電は,
長期評価の見解を取り入れた試算を行うことがなかった結果,本来,これを
予見した上でO.P.+10mを超える津波への対応をすべきであったのに,20
これを怠ったとして過失が認められるところ,被告東電が具体的に試算を行
ったのは平成20年4月に至ってからであることからすると,長期評価がな
された平成14年7月を基準にすると,約5年9月もの長期間にわたって,
津波の試算をせず,試算すれば得られた結果への対応(回避措置)もしなか
ったことが認められる。前記のとおり,遅くとも,平成14年末頃には予見25
可能性があったとする時点を基準にしても,約5年4か月という期間となる。
また,平成20年4月の試算により,O.P.+10mを超える津波の予見
をしたにもかかわらず,その後約2年11月の間,同予見への対応(回避措
置)をすべきであったのに,しなかったことも認められる。回避措置をとら
なかった期間は,始点をいずれとみても,合計8年を超える期間となる。前
記のとおり,被告東電は,原子炉施設の安全性を常に万全に整えるべき義務5
(津波対応に関しては,電気事業法39条,後記省令62号4条1項「津
波」・・「により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設置,基盤地
番の改良その他の適切な措置を講じなければならない」参照)を負っている
にもかかわらず,そのように長期間にわたって,出発点である津波高の試算
さえすることを怠って,これを放置し,合計8年余の期間,回避措置をとら10
なかったことは,許されないというべきである。
しかしながら,被告東電が原子炉施設を安全に保つために果たすべき義務
は,津波への対応だけでなく,多種多様のものが含まれており,高度な注意
義務を負っていることに加えて,前記のとおり,内部溢水への対応を講じた
り,溢水勉強会をはじめとした勉強会や津波防災の検討を行ったりしており,15
被告東電が津波に対する対応を怠ったことが,前記義務を果たすには十分で
はなかったとはいえても,故意と同視できる重過失にあたるとまで認めるこ
とはできない。
⑸小括
したがって,被告東電には,福島第一原発1~4号機付近において,O.P.20
+10mを超える津波が到来することを予見することができ,同津波を回避す
ることができたにもかかわらず,平成20年4月までは予見義務及び回避義務
に反し,その後は回避義務に反して合計約8年余の間,同津波を回避する対応
(防潮壁の設置や電源設備の水密化・高所配置)を怠ったということができる
ところ,この点については,被告東電には,重過失ではなく,通常の過失が認25
められる。
2民法709条の責任の成否
⑴原告ら及び被告東電の主張要旨
原告らは,被告東電は,原子力事業者としての原賠法3条に基づく損害賠償
請求権のほか,民法709条に基づく損害賠償請求権も併存する旨主張してい
るのに対して,被告東電は原賠法の規定の趣旨等からすれば,原子力損害の賠5
償責任については,民法709条は適用されないと主張している。
⑵原賠法の趣旨
この点について,原賠法は,被害者の保護及び原子力事業の健全な発達を目
的として,原子力事業者に対する無過失責任(3条1項)や責任集中(3条2
項,4条),求償権の制限(5条)をそれぞれ定めている。これらの規定は,民10
法の特則として定められているものと解することができるが,仮に民法709
条の責任が原賠法上の責任と併存しうると考えると,原子力事業者が一般不法
行為に基づく請求に対して支払った賠償金について,軽過失しかない第三者に
対しても求償が可能になるなど,これらの規定を定めた趣旨を没却することに
なりかねない。そうすると,原賠法は原子力損害については,一般不法行為責15
任の規定の適用を排除しているものと解するのが相当である。
⑶小括
したがって,被告東電が,原賠法に基づく責任を負うことがあったとしても,
原子力損害に関し,民法上の一般不法行為責任を追及することはできないから,
原告らの民法709条に基づく請求には理由がない。20
第2まとめ
以上のとおりであるから,被告東電は,本件事故による原子力損害に関して,
原賠法上の責任を負うにとどまるものと解される。また,上記のとおり,被告東
電に重過失があるとまでは認められないから,慰謝料の増加事由にあたるとはい
えず,この点に関する原告らの主張には理由がない。25
第3節争点③(被告国の責任)について
第1認定事実
1省令62号
平成14年末時点(平成15年経済産業省令102号による改正前。丙A5の
1)及び平成18年末時点(平成20年経済産業省令第12号による改正前。丙
A5の2)における省令62号の主な規定は以下のとおりである。5
⑴防護施設の設置に関する規定(4条関係)
ア平成14年末時点
原子炉及びその附属設備(2条2号,以下「原子炉施設」という。)並び
に一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タービン及びその附
属設備が地すべり,断層,なだれ,洪水,津波又は高潮,基礎地盤の不同10
沈下等により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設の設置,基礎地
盤の改良その他の適切な措置を講じなければならない(4条1項)。
周辺監視区域に隣接する地域に事業所,鉄道,道路等がある場合におい
て,事業所における火災又は爆発事故,危険物を搭載した車両等の事故等
により原子炉を安全に運転することができなくなるおそれがあるときは,15
防護壁の設置その他の適切な措置を講じなければならない(4条2項)。
イ平成18年末時点
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タ
ービン及びその附属設備が想定される自然現象(地すべり,断層,なだれ,
洪水,津波,高潮,基礎地盤の不同沈下等をいう。ただし,地震を除く。)20
により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護措置,基礎地盤
の改良その他の適切な措置を講じなければならない(4条1項)。
周辺監視区域に隣接する地域に事業所,鉄道,道路等がある場合におい
て,事業所における火災又は爆発事故,危険物を搭載した車両等の事故等
により原子炉の安全性が損なわれないよう,防護措置その他の適切な措置25
を講じなければならない(4条2項)。
航空機の墜落により原子炉の安全性を損なうおそれがある場合は,防護
措置その他の適切な措置を講じなければならない(4条3項)。
(丙A5)
⑵耐震性に関する規定(5条関係)
ア平成14年末時点5
原子炉施設並びに一次冷却材又は二次冷却材により駆動される蒸気タ
ービン及びその附属設備は,これらに作用する地震力による損壊により公
衆に放射線障害を及ぼさないように施設しなければならない(5条1項)。
前項の地震力は,原子炉施設ならびに一次冷却材により駆動される蒸気
タービンおよびその附属設備の構造ならびにこれらが損壊した場合にお10
ける災害の程度に応じて,基礎地盤の状況,その地方における過去の地震
記録に基づく震害の程度,地震活動の状況等を基礎として求めなければな
らない(5条2項)。
イ平成18年末時点
5条1項は,前記アに同じ。15
5条2項は,前記アに同じ。
2安全審査に関する各種指針
炉規法24条2項は,主務大臣が原子炉設置許可をする場合においては,あら
かじめ,同条1項各号に規定する基準の適用について,原子力委員会又は原子力
安全委員会の意見を聴かなければならないとしており,安全審査を行う際に用い20
る審査基準として原子力委員会が各種指針類を策定していた。これらの指針類の
うち,発電用軽水型原子炉施設などに関係する,安全審査にかかる主な指針は以
下のとおりである(丙A12・指針類の分野別一覧等)。
立地に関する指針
原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて(丙A6)25
設計に関する指針
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針(丙A7)
発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針(丙A9
の1~3)
発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(丙A8の1・2)
安全評価に関する指針5
発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針(丙A10)
3各種指針の内容
昭和39年原子炉立地審査指針(丙A13)
昭和39年5月27日付けで原子力委員会によって決定された指針であり,
福島第一原発1~3号機の設置許可における安全審査で用いられた。その主な10
内容は,以下のとおりである。他に,同指針を適用する際に必要な放射線量等
に関する暫定的な判断のめやすとして,「原子炉立地審査指針を適用する際に
必要な暫定的な判断のめやす」も決定された。
アこの指針は,原子炉安全専門審査会が,陸上に定置する原子炉の設置に先
立って行う安全審査の際,万一の事故に関連して,その立地条件の適否を判15
断するためのものである。
イ基本的な考え方
原子炉は,どこに設置されるにしても,事故を起こさないように設計,建
設,運転及び保守を行わなければならないことは当然のことであるが,なお
万一の事故に備え,公衆の安全を確保するためには,原則的には次のような20
立地条件が必要である。
大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはも
ちろんであるが,将来においてもあるとは考えられないこと,また,災害
を拡大するような事象も少ないこと。
原子炉は,その安全防護施設との関連において十分に公衆から離れてい25
ること。
原子炉の敷地は,その周辺も含め,必要に応じ公衆に対して適切な措置
を講じ得る環境にあること。
ウ基本的目標
万一の事故時にも,公衆の安全を確保し,かつ原子力開発の健全な発展を
はかることを方針として,この指針によって達成しようとする基本的目標は5
次の三つである。
敷地周辺の事象,原子炉の特性,安全防護施設等を考慮し,技術的見地
からみて,最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故
(以下「重大事故」という。)の発生を仮定しても,周辺の公衆に放射線障
害を与えないこと。10
さらに重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられ
ない事故(以下「仮想事故」という。)(例えば,重大事故を想定する際に
は効果を期待した安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想し,
それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の発生を仮想しても,
周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと。15
なお,仮想事故の場合にも,国民遺伝線量に対する影響が十分に小さい
こと。
エ立地審査の指針
原子炉の周囲は,原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
ここにいう「ある距離の範囲」としては,重大事故の場合,もし,その距20
離だけ離れた地点に人がいつづけるならば,その人に放射線障害を与えるか
もしれないと判断される距離までの範囲をとるものとし,「非居住区域」と
は,公衆が原則として居住しない区域をいうものとする。」(丙A13,弁論
の全趣旨)
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針等25
ア昭和45年における「軽水炉についての安全設計に関する審査指針につい
て」(丙A14)
昭和45年4月18日付けで動力炉安全基準専門部会によって策定され,
同月23日付けで原子力委員会において決定された指針である。アメリカの
原子力委員会の指針を参考にしており,福島第一原発4号機の設置許可にお
ける安全審査で用いられた。同指針は,原子炉安全専門審査会が原子炉設置5
許可の際に行う安全設計審査にあたって審査の便となる指針としてとりま
とめたものであり,地震及び津波等に関係する主な内容は,以下のとおりで
ある。
敷地の自然条件に対する設計上の考慮(指針2.2)
a当該設備の故障が,安全上重大な事故の直接原因となる可能性のある10
系および機器は,その敷地および周辺地域において過去の記録を参照に
して予測される自然条件のうち最も苛酷と思われる自然力に耐え得る
ような設計であること。
b安全上重大な事故が発生したとした場合,あるいは確実に原子炉を停
止しなければならない場合のごとく,事故による結果を軽減もしくは抑15
制するために安全上重要かつ必須の系および機器は,その敷地および周
辺地域において,過去の記録を参照にして予測される自然条件のうち最
も苛酷と思われる自然力と事故荷重を加えた力に対し,当該設備の機能
が保持できるような設計であること。
耐震設計(指針2.3)20
原子炉施設は,その系および機器が地震により機能の喪失や破損を起こ
した場合の安全上の影響を考慮して重要度により適切に耐震設計上の区
分がなされ,それぞれ重要度に応じた適切な設計であること。
動力炉安全設計審査指針解説の内容
上記指針を解説した動力炉安全設計審査指針解説「予測さ25
れる自然条件」とは,敷地の自然環境をもとに,地震,洪水,津浪,風(ま
たは台風)凍結,積雪等から適用されるものをいい,「自然条件のうち最も
苛酷と思われる自然力」とは,対象となる自然条件に対応して,過去の記
録の信頼性を考慮のうえ,少くともこれを下まわらない苛酷なものを選定
して設計基礎とすることをいうとしている。
また,上記の「重要度により適切に耐震設計上の区分がなされ」とは,5
すなわち,①その機能喪失が原子炉事故をひきおこすおそれのあるもの,
および原子炉事故の際に放射線障害から公衆をまもるために必要なもの
(Aクラス),②高放射性物質に関連するものでAクラスに属する以外の
もの(Bクラス),③AクラスおよびBクラスに属する以外のもの(Cクラ
ス)により,建物,機器設備が分類されることを指し,Aクラスのうち原10
子炉格納容器,原子炉停止装置は,Aクラスに適用される地震力を上回る
地震力について機能の維持が出来ることを検討することを必要としてい
る。
(丙A14,弁論の全趣旨)
イ平成14年時点における「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査15
指針」(丙A7)
昭和45年の「軽水炉における安全設計に関する審査指針について」は,
昭和52年6月に当時の原子力委員会による改訂を経て,平成2年8月30
日付け原子力安全委員会決定により全面改訂された(平成13年3月にも一
部改訂されている。)。20
また,原子力安全委員会は,同指針の改訂とともに,新たに「発電用軽水
型原子炉施設の安全機能の重要度分類に関する審査指針」を定めており,こ
れも併せて参照すべきとしている。地震・津波に関係する主な指針の内容
は,以下のとおりである。
自然現象に対する設計上の考慮(指針2)25
a安全機能を有する構築物,系統及び機器は,その安全機能の重要度及
び地震によって機能の喪失を起こした場合の安全上の影響を考慮して,
耐震設計上の区分がなされるとともに,適切と考えられる設計用地震力
に十分耐えられる設計であること。(第1項)
b安全機能を有する構築物,系統及び機器は,地震以外の想定される自
然現象によって,原子炉施設の安全性が損なわれない設計であること。5
重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器は,予想され
る自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件,又は自然力に事故荷重を
適切に組み合わせた場合を考慮した設計であること。(第2項)
自然現象に対する設計上の考慮(指針2)についての解説
a「適切と考えられる設計用地震力に十分耐えられる設計」については,10
「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」において定めるところ
による。
b「自然現象によって原子炉施設の安全性が損なわれない設計」とは,
設計上の考慮を要する自然現象又はその組合わせに遭遇した場合にお
いて,その設備が有する安全機能を達成する能力が維持されることをい15
う。
c「重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器」につい
ては,別に「重要度分類指針」において定める。
d「予想される自然現象」とは,敷地の自然環境を基に,洪水,津波,
風,凍結,積雪,地滑り等から適用されるものをいう。20
e「自然現象のうち最も苛酷と考えられる条件」とは,対象となる自然
現象に対応して,過去の記録の信頼性を考慮の上,少なくともこれを下
回らない苛酷なものであって,かつ,統計的に妥当とみなされるものを
いう。
f「自然力に事故荷重を適切に組み合わせた場合」とは,最も苛酷と考25
えられる自然力と事故時の最大荷重を単純に加算することを必ずしも
要求するものではなく,それぞれの因果関係や時間的変化を考慮して適
切に組み合わせた場合をいう。
(丙A7,弁論の全趣旨)
発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針
ア平成14年時点における耐震設計審査指針(丙A8の1)5
同指針は,発電用原子炉施設の設置許可申請に係る安全審査のうち,耐震
安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎
を示すことを目的として,昭和53年に原子力委員会が定めたものである。
その後,原子力安全委員会により,昭和56年に改訂され,平成13年にも
一部改訂がされたが,同指針には,地震随伴現象に対する規定は存在しなか10
った。
イ平成18年時点における耐震設計審査指針(丙A8の2)
原子力安全委員会は,昭和56年以降の地震学及び地震工学に関する新た
な知見の蓄積等を踏まえ,平成18年9月19日付けで,新たな耐震設計審
査指針を決定した。指針の主な内容は,以下のとおりである。15
基本方針(指針3項)
耐震設計上重要な施設は,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性
等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれでは
あるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると
想定することが適切な地震動による地震力に対して,その安全機能が損な20
われることがないように設計されなければならない。さらに,施設は,地
震により発生する可能性のある環境への放射線による影響の視点からな
される耐震設計上の区分ごとに,適切と考えられる設計用地震力に十分耐
えられるように設計されなければならない。
地震随伴事象に対する考慮(指針8項)25
施設は,地震随伴事象について,次に示す事項を十分考慮した上で設計
されなければならない。
a施設の周辺斜面で地震時に想定しうる崩壊等によっても,施設の安全
機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。
b施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると
想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を5
受けるおそれがないこと。
同指針の解説
a基本設計(指針3項)について(「残余のリスク」の明記)
地震学的見地からは,策定された地震動を上回る強さの地震動が生起
する可能性は否定できない。このことは,耐震設計用の地震動の策定に10
おいて,「残余のリスク」(策定された地震動を上回る地震動の影響が施
設に及ぶことにより,施設に重大な損傷事象が発生すること,施設から
大量の放射性物質が放散される事象が発生すること,あるいはそれらの
結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことの
リスク)が存在することを意味する。15
b地震随伴事象に対する考慮(指針8項)について
(指針8項については,解説が付記されていない。)
(丙A8の1・2,弁論の全趣旨)
4各手続に要する標準処理期間について
⑴設置許可申請と許可処分20
原子力安全・保安院では,許可を受けるべき変更内容を内規(丙A50)に
定め,安全審査を行う際の基準としていた。許可を受けるべき変更内容の基準
としては,①設置許可申請書本文記載事項に関する変更については原則変更許
可の対象とするが,ケースバイケースでの判断が必要な場合もある,②設置許
可申請書提出当時には想定されていない新しい知見であって,申請書本文に記25
載することが必要と判断される変更,③申請書添付書類八から十までの記載事
項に関する変更であって,本文の変更(追加)が必要と考えられる安全上重要
な変更が基準として挙げられていた。そして,原子力安全・保安院において前
記申請について審査し,許可処分を行うまでの期間については,内規(丙A5
1)により以下のような目安が定められていた。
①新増設に係るもの:約2年5
②燃料の設計変更に係るもの:約1年
③安全上重要な機器の設計変更に係るもの:約1年
④既に審査経験があり,専門委員の意見を聴く必要のないもの:約6か月
⑤ごく軽微な案件:約3か月~約6か月
なお,審査期間は,許可処分を行うまでの期間であり,原子力委員会,原子10
力安全委員会のダブルチェック期間,文部科学大臣への同意期間を含んでいる。
(丙A50,51)
⑵工事計画認可と使用前検査
工事計画認可と使用前検査については,「経済産業大臣の処分に係る標準処
理期間」が定められており,工事計画認可(電気事業法47条に基づく工事認15
可)について申請から処分まで3か月,使用前検査(同法49条に基づく使用
前検査)について申請から処分まで3か月とされている(丙A52)。
5我が国における原子力行政
⑴我が国の原子力行政に関する,法律制定経緯や規制状況については,別紙6
「原子力行政一覧」のほか,以下のとおりである。20
ア原子力基本法等の制定
昭和30年12月19日,原子力基本法及び原子力委員会設置法が公布さ
れ,翌年にいずれの法律も施行されると,原子力委員会が発足した。なお,
昭和53年10月4日,原子力委員会は改組し,原子力委員会と原子力安全
委員会が発足している。25
昭和31年10月26日には,IAEA(国際原子力機関)憲章に調印し,
昭和32年7月29日には,IAEAが発足している。昭和32年6月10
日,炉規法が公布され,同年8月に日本原子力研究所において,我が国で初
めての原子炉が稼働した。
イ原賠法の公布と商業用原子力発電所の運転
昭和36年6月17日,原賠法が公布され,無過失責任,賠償責任の集中,5
損害賠償措置の強制などの他,国家補償制度が規定され,損害賠償措置によ
って塡補されない損害について,国が補償することになった。民間企業によ
る産業災害に対し,国が賠償補償を確約することは従来例が少なく,原子力
損害賠償制度の重要な特色とされ,その根拠は,次の時代の新しいエネルギ
ー源の開発に対する国家的推進という点に求められるとされた。10
昭和39年7月11日に電気事業法が公布された。そして,昭和41年7
月25日,我が国における商業用原子力発電所として,日本原子力発電株式
会社東海発電所の営業運転が開始された。
ウ通商産業省資源エネルギー庁(当時)の設置と電源三法の公布
昭和48年7月25日,通商産業省資源エネルギー庁が設置された。昭和15
49年には電源三法(発電用施設周辺地域整備法,電源開発促進税法及び電
源開発促進対策特別会計法)が公布され,これらに基づき,昭和56年10
月1日,原子力発電施設等周辺地域交付金制度が開始された。同制度により,
原子力施設立地市町村に様々な財源効果をもたらしている。平成12年12
月には,原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別措置法が成立し,国20
が,立地地域振興計画の内容に対し,地域の防災に配慮しつつ,補助率のか
さ上げ等の支援策を実施するとされた。
エ原子力安全・保安院の発足
平成13年1月6日,エネルギー利用に関する原子力安全規制を一元的に
担う原子力安全・保安院が発足した。25
オエネルギー基本計画
平成14年6月14日,エネルギー政策基本法が公布,施行され,平成1
5年10月7日,エネルギー基本計画が閣議決定された。その後,平成22
年6月には新たなエネルギー基本計画が閣議決定されたが,その中では引き
続き,原子力発電を基幹電源として位置づけ,安全の確保を大前提として,
国民との相互理解を図りつつ,積極的に推進することとしている。5
カ原子力政策大綱
平成17年10月11日,原子力委員会は原子力政策大綱を決定し,政府
も同大綱を原子力政策に関する基本方針として尊重する旨を閣議決定した。
その中では,原子力発電を基幹電源と位置づけ,着実に推進していくべきで
あるとしている。10
キ我が国のエネルギー資源の特色と原子力発電の実績
我が国は,エネルギー資源に乏しく,自ら使うエネルギー資源の多くを
輸入に依存しており,しかも周囲を海で囲まれており,輸入を海上輸送によ
り確保する必要が高いとされる。そして,2度にわたる石油危機の経験から,
省エネルギーを進めるとともに,原子力をはじめとする石油代替エネルギー15
の開発・導入に努力してきたとされる。
前記の昭和41年最初の商業用原子力発電所の営業運転が開始後,本件事
故前の平成22年3月末現在で,54機,4884.7万キロワットの商業
用原子力発電所が運転されており,アメリカ,フランスに次ぎ,世界第3位
の原子力発電保有国となっていた(平成21年12月時点で,世界で運転中20
の原子力発電所は435機,設備容量は3億7270万キロワットであっ
た。)。平成20年の原子力発電電力量は,我が国の総発電電力量(一般電気
事業用)の26.0%を占めており,過去では,平成2年から平成19年ま
で,25.6%から36.8%であった。
(乙A1・12~13頁,丙A11,16)25
ク本件事故後の法律の規定
本件事故後に成立し,公布された法律のうち,「原子力損害賠償・廃炉等支
援機構法」(平成23年8月10日法律第94号)2条1項,「平成23年3
月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故によ
り放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」
(平成23年8月30日法律第110号)3条には,いずれも「国は,これ5
まで原子力政策を推進してきた」とし,それを踏まえた国の責務が規定され
ている。
第2判断
1被告国の責任の成否
⑴規制権限不行使の違法の判断枠組み10
国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の
国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた
ときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであ
る(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判
決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成13年(行ツ)第82号,第8315
号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集
59巻7号2087頁各参照)。本件では,電気事業法40条による技術基準
適合命令及び炉規法に基づく一時運転停止等の措置のいずれにおいても,文言
上からしても,権限行使の判断にあたっては,専門技術的な知見を要すること
から,経済産業大臣には裁量が認められているといえる。このように規制権限20
行使に裁量が認められる場合には,規制権限の不行使が具体的な事情の下にお
いて,その規制権限を付与された目的,権限の性質等に照らし,その許容され
る程度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その権限の不行使
が国賠法1条1項の適用上違法となると解すべきである(前掲クロロキン訴訟
最高裁判決,筑豊じん肺訴訟最高裁判決,水俣病関西訴訟最高裁判決及び大阪25
泉南アスベスト訴訟最高裁判決参照)。
以上を前提として,本件において,経済産業大臣の規制権限不行使が違法と
いえるかについて検討する。なお,特記しない限り,以下の法令は,平成14
年から平成18年当時のものである。
⑵権限不行使の違法について
ア規制権限の有無5
規制権限の不行使における前提問題として,本件において,経済産業大
臣の電気事業法40条に基づく技術基準適合命令や炉規法上の規制権限
を発出する権限があったのかが問題となる。この点について,被告国は,
実用発電用原子炉に関する安全規制は,段階的な安全規制の考え方を前
提とし,上記技術基準適合命令は,原子炉施設に関する具体的な設計や10
工事方法の設計である詳細設計に関わる事項のみが対象になっており,
原子炉施設に関する基本設計ないし基本的設計方針の安全性に関わる
問題を対象としていないところ,原告ら主張に係る結果回避措置は,基
本設計ないし基本的設計方針の変更を要するものであって,詳細設計
の変更ではないから,経済産業大臣は規制権限を有していなかったな15
どと主張する。
確かに,実用発電用原子炉施設に関する炉規法及び電気事業法による
安全規制は,原子炉施設の設置・変更の許可(炉規法23~26条),設
置工事の計画の認可(電気事業法47条。実用発電用原子炉については,
炉規法73条により同法27~29条が適用除外される。),使用前検20
査(電気事業法49条),保安規定の認可及び保安検査(炉規法37条)
等の各規制を定め,これらの規制が各段階に応じて行われることとさ
れ,いわゆる段階的安全規制の体系が採られている。したがって,炉
規法によって規制されている設置許可段階においては,専ら基本設計
のみが規制の対象となっており,それ以外の当該原子炉の具体的な詳25
細設計及び工事の方法は規制の対象とならないものと解される(最高
裁昭和60年(行ツ)第133号平成4年10月29日第一小法廷判
決・民集46巻7号1174頁(伊方原発訴訟最高裁判決)参照。)。
そして,福島第一原発1~4号機は,設置(変更)許可処分に係る安
全審査において,敷地高約10mと想定津波O.P.+3.122mとの
間に十分な高低差があり,津波によって敷地が浸水することがないことを5
前提に安全と確認され,設置(変更)許可処分がなされているところ(前
記前提事実),原告ら主張に係る結果回避措置は,この前提に反し,敷地
が浸水することが前提であることから,基本設計ないし基本的設計方針
の変更を要するものであると評価することも否定できないところがあ
る。10
しかしながら,上記のような段階的安全規制が行われ,設置許可段
階において詳細設計が規制対象とならないとしても,それは,炉規法
及び電気事業法が,許可や認可を介在させることにより,段階ごとに安全
規制をするという一連の規制過程を規定していること,及び設置許可段階
での許可条件が規定されていることによるものと解される。一方,電気事15
業法39条,40条は,事業用電気工作物を設置する者に対し,「経済産
業省令で定める技術基準」への適合を求めているのみであり,その技術基
準である省令62号も,基本設計や詳細設計という概念を取り入れて規
制しているものではなく,4条1項で,津波の該当部分を,「原子炉施
設・・が・・・津波・・・により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施設20
の設置(防護措置),基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければ
ならない。」と定めているだけであるから,技術基準適合命令が詳細設計
の場合に限ると明文で規定されているとはいいがたい。実質的に考えて
も,原子炉施設が稼働される中で,日々科学的技術の進歩を伴う以上
は,その基本設計部分について,設置許可時に基礎としていた科学的25
知見が進展することなどが想定され,その場合には原子炉施設の安全
を確保するためには,新しい知見に基づいて基本設計部分についても
対応しなければならない必要性があるところ,前記認定事実のとおり,
実際に,基本設計に関係する昭和45年の安全設計審査指針や昭和5
3年の耐震設計指針等は何度か改訂等されており,新たな知見が審査
の指針等に取り入れられていることがうかがえるから,電気事業法45
0条の技術基準適合命令と,その前提となる同法39条の技術基準適
合維持義務が,基本設計部分に変更を伴って,それに応じた詳細設計
の変更が必要となった場合についても及ぶと解するべき必要性は高く,
全く及ばないと解するのは合理性を欠くと言わざるを得ない。仮に,
基本設計部分の変更は,技術基準適合命令の対象となり得ず,行政指10
導しかあり得ないとの解釈をとったとしても,迅速な対応が必要な場
合には,基本設計に対する変更の行政指導と詳細設計に関する技術基
準適合命令(行政指導に沿うような基本設計の変更申請及び変更の許
可がされることが前提となる。)を同時に進めることも禁止されている
とは解しがたいところである。このように考えなければ,ある原子炉15
施設について,経済産業大臣が現在の科学的知見においては基本設計
部分について安全性に欠けるに至ったと判断しても,事業者は許可を
得た基本設計に沿った詳細設計のままで足りるとして,詳細設計を改
善する義務を負わないため,経済産業大臣は技術基準適合命令を行使
しえず,そのような事業者に対して,経済産業大臣は基本設計部分に20
ついて,変更許可申請するように行政指導のみを行うか,基本設計部
分について事情が変更されたとして設置許可を取り消すか,という両
極端の規制手段しか行使できないことになりかねない。これは,公共
の安全を図るとともに,原子炉等の利用が計画的に行われることや電
気事業の健全な発達をも目的とする炉規法及び電気事業法の全体の趣25
旨にそぐわない結果となる。
被告国は,段階的安全規制は,そのような仕組みであったことを前
提として主張するが,そもそも,段階的安全規制の仕組みを採用して
いるのは,炉規法及び電気事業法が公共の安全を図ることもその目的
にしていることからも明らかなように,原子炉施設の安全性を,許可や
認可を介在させることにより,段階毎に厳密に審査し,万が一であって5
も事故による災害を生じないようにするためなのであるから,そのよ
うな法の趣旨からして,段階毎の許認可の申請に対する審査とは区別
される経済産業大臣の規制権限について,段階的安全規制という枠組
みをあてはめることによって,前記のような基本設計部分の変更に伴
った場合には技術基準適合命令が及ばないとする明文上直接の手がか10
りを見出しにくい解釈を行うことは許されないというべきである。
さらに,本件では,結果回避のため,防潮堤の設置や電源設備の水密
化・高所配置という対策が想定されるところ,このような対策は当初
予定されていた基本設計を前提にしてみれば,さらに余裕をもって,
原子炉施設の安全性を向上させるものであり,同施設の一時停止や大15
規模な改修作業等を必ずしも伴うものではないから,原子炉施設の安
全性を厳密に審査した趣旨を没却するものでもない。
そうすると,本件の防潮堤の設置や電源設備の水密化・高所配置に
ついて,基本設計に関わる変更であるとして,電気事業法40条の技
術基準適合命令が及ばないと解するのは相当でない。20
以上のとおり,本件において,経済産業大臣は,電気事業法40条の
技術基準適合命令を行使する権限を有していたというべきであるが,
仮に,被告国のような解釈を前提とし,上記権限を有していなかった
としても,経済産業大臣は炉規法に基づく権限を有していたといえる。
すなわち,被告国は,被告東電に対して,防潮堤及び電源施設の水密25
化・高所配置を指示するためには,まず,行政指導により基本設計部分
についての変更を求める必要があるというのであり,これを行った上
で,被告東電が従わない場合には,炉規法に基づく設置許可を取り消
すか,明文上の規定はないものの,取消権限の分量的一部として,原子
炉の運転の一時停止を命じることができると解すべきである。そのよ
うに解さなければ,経済産業大臣に設置許可の権限を付与した趣旨が5
没却されるし,基本設計に関するいわゆる前段規制であっても,科学
的知見の進展によって設置許可時とは状況が異なる場合があり得るの
に,詳細設計と異なって何らの強制力も行使できないという不合理が
生じるからである。そして,本件では,設置許可の取消しや運転の一時
停止は,これによって事業者が受ける不利益が非常に大きいことから,10
これらを命じる前には,まずは基本設計部分にかかる変更の行政指導
がなされるべきであり,炉規法に基づく設置許可の取消し又は運転の
一時停止の権限の中には,その前提としてこの行政指導も含んだもの
であったというべきである。
この点について,被告国は炉規法上の権限を行使する基礎となる,15
原子炉の安全性を欠くに至ったという事実が認められない旨主張する。
しかし,前記のとおり,経済産業大臣は平成14年末頃において,福島
第一原発1~4号機の敷地高を超える津波の到来を予見し得たのであ
るから,当該原子炉の設置許可時に想定されたO.P.+3.122m
より遙かに高い津波の到来を予見し得たのであって,この事実は原子20
炉の安全性に大きく影響を与え得る事実であるから,経済産業大臣の
専門技術的裁量はあるとしても,権限行使の基礎となる事実がないと
いうことはできない。
したがって,被告国は,本件において,電気事業法40条の技術基準
適合命令,又は炉規法上の必要な権限を有していたということができ25
る。なお,本件事故後,平成24年に,炉規法及び電気事業法の改正が
なされたが,それらによっても,本件事故前の炉規法及び電気事業法の各
イ法の趣旨・目的
電気事業法は,電気使用者の利益保護と電気事業の健全な発達を図る
ことだけでなく,電気工作物の工事,維持及び運用を規制することによ5
って,公共の安全確保と環境の保全を図ることを目的としている。また,
炉規法は,核燃料物質や原子炉の利用による災害を防止して,公共の安
全を図るために,原子炉の設置等に対する必要な規制を行うことを目的
としている。福島第一原発1~4号機のような実用発電用原子炉は,電
気事業法のほか,炉規法の適用も受け,それぞれの規制に齟齬を来さぬ10
ように,炉規法による工事の方法の認可等の一部条項の適用が除外され
ている(炉規法73条)。
そうすると,実用発電用原子炉については,齟齬なく電気事業法及び
炉規法の両方が適用され,それらが相まって,いずれの法律の目的も達
成できることが予定されているといえる。そして,いずれの法律も,公共15
の安全確保を目的の一つとしており,事業用の電気工作物や原子炉の各
性質や,電気事業法や炉規法の具体的規定(電気事業法39条2項1号
「人体に危害を及ぼし,又は物件に損傷を与えないようにすること」,炉
規法1条,24条1項4号「災害の防止」等)も踏まえると,いずれの法
律も,公共の安全として,施設周辺の住民を中心とした生命,身体,財産20
等の具体的利益を保護することを目的にしており,施設周辺の住民等の
利益は反射的利益などでは到底ないことになり,実用発電用原子炉には,
このようないずれの法律の趣旨も及んでいると解すべきである。
そうすると,主務大臣である経済産業大臣の電気事業法40条に基づ
く技術基準適合命令は,公共の安全確保,すなわち施設周辺の住民を中25
心とした生命,身体,財産等の具体的利益を保護するため,ことに,実用
発電用原子炉においては,核燃料物質や原子炉の利用による災害を防止
する目的を有する炉規法とも相まって,上記各具体的利益を特に保護す
ることをそれぞれ主要な目的の一つとして,適時かつ適切に行使される
べきであるといえる。このことは,実用発電用原子炉においては,電気事
業法の趣旨も及ぶことから,炉規法上の権限についても,同様であると5
解される。
ウ原子力災害の重大性
前記のとおり,経済産業大臣の権限は,原子炉の利用等による災害を
防止して公共の安全を確保する目的であるところ,この災害は,前記第
1節で述べたとおり,放射性物質の性質からして,被害が広範囲かつ継10
続的に生じる可能性を包含しているのである。このように一度生じれば,
原子炉施設だけでなく,その周囲の多数の住民の生命,身体及び財産等
に対して,取り返しのつかない甚大な被害が継続して生じる可能性があ
ることからすれば,公共の安全を確保するためには,万が一にも原子力
災害が生じないように,経済産業大臣は常に原子炉施設の安全性を確か15
め,少しでもその安全性に疑念が生じる可能性があるならば,事業者に
対して規制権限等を行使することが法の目的に合致するし,行使するこ
とが期待されているといえる。この点で,過去,権限行使の違法性が争わ
れた事案(前掲クロロキン訴訟最高裁判決,筑豊じん肺最高裁判決,水俣病
関西訴訟最高裁判決及び大阪泉南アスベスト訴訟最高裁判決の各事案)と比20
べると,実際に生じた実害の多さではないものの,それに代わり,一瞬にし
て発生し得る実害の大きさから,権限行使が期待される事案ということがで
きる。
エ予見可能性の程度
前記第1節で述べたとおり,経済産業大臣は,平成14年末頃におい25
て,被告東電に試算等の指示をするなどして,福島第一原発1~4号機
においてO.P.+10mを超える津波,つまり敷地高を超える津波の到
来を予見することができたといえる。ただし,この予見可能性の程度は,
地震や津波という自然科学の分野に関する予見であって,その性質上,
正確に予期するとの段階までに到達することはもともと難しく,また,
実際に学説上はさまざまな意見があったところからしても,平成14年5
時点では,前記津波の到来が高い確率で予見され,その危険が間近に迫
っているというような緊急状況であったとまではいえない。しかし,前
記第1節第2の3⑹で述べたとおり,地震の研究者(津波の研究者を含む。)
が委員を務める海溝型分科会で意見をとりまとめ,政府の特別の機関である
地震本部の事故調査委員会で発表に至っていることや,平成16年,20年10
のロジックツリーアンケートの結果では,いずれも,三陸沖から房総沖の海
溝沿いのどこでもマグニチュード8級(明治三陸沖地震又は延宝房総沖地震)
の津波地震が起きるというのが,重み合計1のうち,全体の平均で,「0.
50」又はそれ以上の数字となったことによれば,長期評価の見解は,一つ
の有力な見解であったとも推測することができる。また,地震本部地震調査15
委員会が,平成15年3月に発表した長期評価の信頼度では,AからDの4
段階中,発生確率の評価の信頼度は「C(やや低い)」とされたが,「D(低
い)」ではなく,被告国が主張するグレーデッドアプローチ(等級別扱い。
重要なもの,リスクの高いものを重点的に,かつ緊急に対策する考え。丙B
74,75,83,84,101,丙C15)によっても,予見可能性を無20
視してよい程度とは到底いえない。
なお,第3回溢水勉強会(平成18年5月)での被告東電の試算によ
り,水位の高い津波の到来があった場合には,電源設備の機能喪失等の結
果が生じることが明らかになっているところ,溢水勉強会は,保安院が構
成員となっていることから,保安院を統轄する経済産業大臣は上記試算25
結果を認識していたと認めるのが相当である。そうすると,平成18年
5月段階では,もともとO.P.+10mを超える津波水位の高い津波の
到来が予見でき,電源設備の機能喪失等の結果も当然予見できたところ,
被告東電の上記試算により,上記結果は,同年4月以前の時期と比べて,
さらに強く予見できたと認めることができる。そのため,その段階では,
経済産業大臣が権限行使することをより期待させる事情が生じていたと5
いうことができる。)
オ結果回避可能性
次に結果回避可能性について見てみると,前記予見可能性を前提とす
れば,経済産業大臣の結果回避措置としては,被告東電に対して,津波の
試算等を行った上で,津波対策を講じるように指示することであるが,10
前記第2節被告東電の責任で述べたとおり,その当時の知見からすれば,
被告東電が津波対策を講じることはそれほど困難であったとは認められ
ず,対策を講じていれば,被告東電の試算による津波の結果だけでなく,
本件事故も回避できた可能性が高いというべきである。また,経済産業
大臣が被告東電を通じて津波対策を講じさせることについても,経済産15
業大臣ないしは保安院が被告東電を含む原子力事業者に対し,平成18
年9月に行った耐震バックチェックの例によると,行政指導などの適切
な行為によって,指示等することは十分に可能かつ容易な状況であった
とみることができる。
被告国は,権限行使をしたとしても,①被告東電が津波高の試算をす20
るのにも,②その後対策を講じるのにも,長期間(対策のみで5年間以
上)を要するから,結果回避可能性はなかった旨主張する。
しかし,①被告東電が地震学者に対し,平成20年に長期評価に関する
意見を聞いた後,東電設計株式会社に試算を依頼して,結果を得たのが2
か月程度後であり,被告東電がさらに慎重に津波高の試算をしたとして25
も,それほど長期間とはならなかったとみるのが相当である。また,福島
第一原発1~4号機の試算やそれに基づく対策の必要性は個別的なもの
であって,試算後,他の原子炉施設における試算やそれに基づく対策の必
要性とそもそも比較すべきものであるのか疑問であるし,比較を必要と
することを認めるに足りる証拠もないから,経済産業大臣としては,長期
評価の公表後,試算を速やかに指示すべきであったといえ,上記のとおり,5
その試算には,さほど期間が必要であったとはいえないところである。
そして,②対策を講じるのに,被告東電の試算後,さらに研究者の確立
した見解又はそれに近い程度の見解を得るためであるならば,事柄の性
質上,議論のため,限度の想定しにくい時間が必要であったと推測される
が,回避措置をとるためであれば,既に研究者の間では有力な見解の一つ10
であり,地震本部によって,その見解を踏まえた公式的見解が出されてい
たのであるから,被告東電の試算ができたことで十分であって,限度の想
定しにくい時間は必要がないということになる。また,省令62号におい
ては,抽象的に「津波・・・により損傷を受けるおそれがある場合は,防護施
設の設置(防護措置),基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じなければ15
ならない」と定めるだけであって,従前よりも津波に対する安全性を高める
措置を講ずるのには,電気事業法40条,省令62号に基づく技術基準適合
命令をすれば足りるのであって,省令62号の改正が必要とまでは考えら
れないから,そのための時間も考える必要はないことになる。同様に,本
件事故後になされた原子力規制委員会による「実用発電用原子炉及びそ20
の附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則」(平成25年6月
28日同委員会規則第5号)及び「実用発電用原子炉及びその附属施設の
技術基準に関する規則」(平成25年6月28日同委員会規則第6号)の
各策定が必要とまでは考えられないから,そのための時間も考える必要
はないことになる(本件事故を踏まえて,上記省令及び同各規則の改正又25
は策定がなされたことは重要であるが,そのために,過去,技術基準適合
命令をすれば足りた事柄ができなかったことになるわけではない。)。さらに,
前記のとおり,本件で問題となる防潮堤の設置,電源設備の水密化・高所
配置については,被告東電が,福島第一原発1~4号機の設置変更許可申
請をすることは不要ではあるが,仮に同申請が必要だとしても,前記認定
事実のとおり,審査の標準処理期間は1年以内にとどまることから,防潮5
堤の設置,電源設備の水密化・高所配置が従前よりもさらに原子炉施設の
安全性を高める措置であること,電動機ポンプのかさ上げや内部溢水への
対策として水密化などは,被告東電に実績があったことなどからすると,津
波対策を講じる場合に,全体として,被告国の主張するような5年以上も
の月日が必要とは考えられないというべきである。10
したがって,被告国の結果回避可能性に関する上記主張は採用するこ
とができない。
カ権限の性質・影響等
一般的に,規制権限行使については,事業者に対して一定の制約を生
じるものであるから,その行使にあたっては慎重に行使すべき場合もあ15
ると考えられる。しかし,前記のとおり,原子炉施設は高い安全性が求め
られているところ,経済産業大臣に規制権限が与えられている趣旨は,
事業者が利益追求のために安全性をないがしろにするようなことがあっ
た場合に,規制権限を行使することによって,原子力災害を防止して公
共の安全性を確保することにある。このような権限の行使の判断にあた20
っては,原子炉施設の安全性については,高い専門技術性を要求される
ことから(前記伊方原発訴訟最高裁判決参照),経済産業大臣に対して付
与されているものであり,経済産業大臣の権限行使以外の方法によって
安全性を確保することが困難であって,同権限によってしか是正するこ
とができないものである。そして,前記認定事実(第1の5)のとおり,25
我が国が,原子力基本法をはじめとした関係法令,関与機関,賠償制度,
交付金制度などを整備し,エネルギー政策として,原子力発電所の設置
を推進してきたという経緯に鑑みれば,原子炉施設周辺の住民のように
何らの専門技術的知見を持たない一般人が,専門技術的知見を有してお
り,かつ知見を収集することが可能である経済産業大臣の権限行使を期
待し,それしか期待できないとするのも当然のことといえる。5
そして,前記アの規制権限の有無において検討したとおり,権限の内
容は行政指導などの不利益を生じないものから行使し,それでも従わな
い場合に強制力のある権限を行使するなどして権限行使については段階
を設けることが可能である上に,原子力災害による被害が重大になるお
それをはらんでいることを考えれば,そのような可能性がある程度存在10
する場合には,公益の安全確保という大きな利益に対しては,事業者は
規制を受けることによる不利益は甘受することもやむを得ないというべ
きである。また,この権限行使は,事業者に,時間と費用の節約も含めて
検討させながら,対策をとらせるものであって,事業者の原子炉施設の
運転を完全に否定するという不利益を与えるものではなく,むしろ原子15
炉施設の安全対策への信頼を高めるものとの見方も不可能ではないもの
である。
キ現実に実施された措置の合理性
経済産業大臣又はその統括下の保安院は,長期評価が公表された平成
14年7月以降平成18年末までの間に,「長期評価」から想定される津波20
の高さについて被告東電に推計を指示したり自ら推計したりすることはな
く,「長期評価」から想定される津波についての対策を被告東電に指示する
こともなかった(前記第1節第1の認定事実)。そもそも,被告国が主張す
る長期評価についての評価,すなわち長期評価が確立した知見ではないとの
評価についても,平成14年7月以降平成18年末までの間に,経済産業25
大臣又は保安院が,積極的に何らかの検討をした形跡はうかがえず,裁
量の働くような専門技術的判断をしたとは認めがたい。
上記期間には,原子力安全委員会による「発電用原子炉施設に関する耐
震設計審査指針」の全面改訂を受けて,保安院が,平成18年9月,被告東
電を含む原子力事業者に対し,既設発電用原子炉施設等について,平成18
年耐震設計審査指針に照らした耐震安全性の評価を実施し,報告するよう指5
示し(耐震バックチェック),その中には,「極めてまれではあるが発生する
可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重
大な影響を受けるおそれがないこと」が含まれていた(前記第1節第1の認
定事実)。この耐震バックチェックは,津波及び本件事故の予見及び回避に
つながり得るものであって,合理的なものといえるが,長期評価が公表さ10
れた平成14年7月からすると4年以上が経過しており,しかも長期評
価について何ら言及しないものであって,これらの点では不十分なもの
と解される。
ク防災対策に対する意識の高まりとその認識
前記第1節第2の3の⑷で述べたとおり,我が国においては,地震に15
伴い,津波が発生することは,ある程度は認識されていたとはいえ,地震
に対する防災意識に比べて,津波に対する防災意識はそれほど高いものでは
なかったと推測されるところ,近年においては,平成5年に北海道南西沖
地震による奥尻島津波で多大な人的・物的被害が発生したことを契機とし
て,津波による被害をより現実的に認識するようになったということが20
できる。実際に,被告国は,奥尻島津波の後,7省庁手引きや4省庁報告
書などの各作成に着手しており,平成11年には津波浸水予測図も公表
されており,そこでは防波堤や水門等の防災施設や沿岸構造物による効果
を考慮していないものの,一定の高さの津波の到来で福島第一原発1~4号
機が浸水する可能性が指摘されていた。25
そして,地震についても,平成7年に阪神淡路大震災が発生し,当時で
は想定外であった大規模な地震が発生し,死者6434名,行方不明者3
名,負傷者4万3792名,住家のほか,高速道路や新幹線を含む鉄道線路
などにも多大な人的・物的被害が生じたことを機に,被告国の防災対策も
本格化した。
その後,平成14年になり,津波評価技術と長期評価が策定,公表され5
るに至ったことから,被告国は被告東電に対して福島第一原発1~4号
機に到来する可能性のある津波の試算をするように指示することが可能
となった。その後平成16年にはスマトラ沖地震が発生し,大きな津波
被害が生じ,マドラス原子力発電所では海水ポンプが停止する事故も生
じた。10
原子力発電所の事故関係についてみても,昭和54年にスリーマイル
アイランド原子力発電所において,昭和61年にチェルノブイリ原子力
発電所において,それぞれ放射性物質が多量に放出されるという深刻な
事故が発生した。また,自然災害によるものとしては,平成11年にルブ
レイエ原子力発電所において洪水による浸水被害によって原子炉が停止15
する事態や,平成13年に馬鞍山原子力発電所では,塩霧による全交流
電源喪失事故が生じ,前記のように平成16年にはマドラス原子力発電
所で津波による事故が発生していた。(前記前提事実)
このような国内外の地震や津波に関する自然災害の状況や,それに伴
う原子力発電所における事故の状況によると,想定外の規模の地震が発20
生したり,想定していなかった自然災害による原子力発電所の事故が複
数回生じたりしており,これらに対する対策の開始や進展もあったこと
から,社会的には,近年,津波及び地震などの自然災害に対する防災意識
が高まり,シビアアクシデント対策をはじめとして,原子力発電所の自
然災害に対する防災対策の意識も高まっており,平成14年から平成125
8年にかけても,その意識は,さらに高くなっていたとみることができ
る。これらの状況を踏まえると,被告国及び経済産業大臣は,担当する職
務の内容及び情報収集能力等からして,上記状況を当然把握していたと
認めることができるから,具体的な地震や津波発生に関する知見の発展
だけでなく,自然災害に対する防災意識が高まり,原子力発電所の自然
災害に対する防災対策の意識も高まっていたことを認識していたと認め5
ることができる。
ケ権限不行使が違法と評価できること
上記ア~クで述べた事情に照らすと,経済産業大臣が,電気事業法40
条に基づく技術基準適合命令や炉規法上の規制権限を行使しなかったこと
については,以下のように評価することができる。10
まず,予見可能性の程度からして,津波到来の危険が間近に迫っている
というような緊急状況ではなかったとはいえ,地震や津波の経験やそれへ
の被告国の対応等を通して,防災意識が高まってきた中で,被告国の機関で
ある地震本部が,防災対策のためにとりまとめた公式的見解である長期
評価の見解によれば,津波到来の危険をある程度具体的に予見すること15
は十分可能であった。このような状況において,経済産業大臣が技術基準
適合命令等の権限を行使して,被告東電に対して津波の試算をした上で
対策を講じるように求めるべきかどうかは,専門技術的知見からの裁量
が認められるものの,原子炉施設は高度な安全性が要求されていること,
予見の内容が自然科学的知見を要するもので,その性質上確実な予測ま20
では期待できないこと,原子力災害は一旦起きれば取り返しがつかない
重大な被害を生じ得ること,権限行使にあたっては被告東電の不利益を
考える必要があるものの上記被害の重大性や権限の段階的行使等を考慮
すれば障害となるものとはいえず,権限行使は困難ではなかったこと,被
害の防止の措置は一般人にはなしえず,経済産業大臣の権限行使によっ25
てしかなし得ないことからすれば,経済産業大臣は権限を行使して,被告
東電に長期評価の見解を取り入れた津波高試算及び津波に対する対応を
させるべきであった。そして,平成14年末頃には,経済産業大臣は権限
行使が可能であり,その後も地震や津波に関する防災の必要性の認識が
徐々に高まっていたところ,平成18年には耐震設計審査基準が改訂さ
れ,既設の原子炉に対する耐震バックチェックも行われ始めたのである5
から,この段階においては,地震に関する防災の必要性の認識がより高ま
っており,それに随伴する津波についても対応の必要性を具体的に認識
すべきであった。そして,平成18年に改正された新基準(平成18年耐
震設計審査指針)においては「施設の供用期間中に極めてまれではあるが
発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全10
機能が重大な影響を受けるおそれがないこと」という指針が加わったのであ
るから,既設の原子炉についても,重要な知見を前提に,発生の可能性のあ
る津波を検討させた上で対策を講じさせるべきであったといえ,施設周辺の
住民を中心とした生命,身体,財産等の具体的利益を保護する電気事業法
及び炉規法の各趣旨も踏まえると,どれほど遅くとも,平成18年末時点15
においては,経済産業大臣は権限行使をすべきであり,そうすれば本件事故
を回避できた可能性は高いといえる。
したがって,平成14年以後,遅くとも平成18年末頃時点においては,
経済産業大臣が電気事業法40条に基づく技術基準適合命令又は炉規法上
の権限を行使して,被告東電に対して,長期評価の見解に基づく津波高の試20
算をさせるとともに,敷地高を超える津波へ対応をすることを命じなかった
ことは,その規制権限を付与された目的,権限の性質等に照らし,その許容
される程度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるから,経済産業大臣
の権限不行使は,職務上の法的義務に反し違法であると認められる。
⑶経済産業大臣に過失が認められること25
前記⑵で述べたところによると,平成14年末頃においては,経済産業大臣
は本件事故の予見が可能であり,平成14年から遅くとも平成18年末頃まで
には経済産業大臣の権限を行使すべき義務があったといえる。そして,経済産
業大臣は,平成18年頃には耐震設計審査基準が改訂されたことを機に,既
設の原子炉に対する耐震バックチェックを指示していたが,その中で津波
対策について,長期評価の見解を取り入れた津波高の試算を指示したり,対5
策を指示したりすることはなかったのであるから,前記権限を行使すべき
義務に反したといえ,過失も認められる。
⑷小括
よって,経済産業大臣が,平成14年から遅くとも平成18年末頃までに,
電気事業法又は炉規法に基づく権限を行使しなかったことは,国賠法1条1項10
の適用上違法であり,経済産業大臣に過失も認められるから,被告国は,国賠
法1条1項に基づき賠償する責任を負う。
2国の相互保証について(原告番号33-2)
⑴原告番号33-2の国籍は韓国であるため(甲D33の2の1),国賠法6
条にいう,「相互の保証があるとき」の解釈が問題となる。ここで,「相互の保15
証があるとき」とは,国賠法と当該外国の賠償法との間において,全く同一で
あることを要せず,重要な点で同一であれば足りるものと解される。
⑵そこで検討すると,韓国において,国家賠償法が存在し,外国人が被害者の
場合には相互の保証があるときに限り適用することとされ,同国の判例上,公
務員の不作為に対しても国家賠償が認められること,また,国家賠償法の特別20
法として原子力損害賠償法があり,責任集中の規定があるものの,国が責任を
負わないかどうかについて解釈が定まっていないこと,韓国大法院は,日本人
が当事者となった国家賠償請求訴訟において,2015年6月11日,韓国と
日本との間に相互保証があるとして,請求を認容したことが認められる(丙A
56)。25
⑶以上からすれば,韓国との間においては,相互の保証があるものと認められ
る(最高裁昭和59年11月29日第一小法廷判決・民集38巻11号126
0頁(原審:大阪高裁昭和54年5月15日判時942号53頁),東京高裁平
成27年7月30日判決・判時2277号84頁(原審:横浜地裁平成26年
5月21日判決・判時2277号123頁)各参照。)。
3被告らの責任割合について5
⑴被告国は,仮に被告らが責任を負うとしても,被告国の責任の範囲は,被告
東電に比して,相当程度限定されたものになるべきであると主張する。その理
由として,福島第一原発の安全管理は,一次的には,被告東電において行われ
るべきものであり,被告国は,これを後見的・補充的に監督するにとどまると
ころ,両者は次元を異にする責任であって,仮に被告国の規制権限不行使の違10
法が認められるとしても,これと被告東電の不法行為は,共同不法行為とはな
らず,単に不法行為が競合しているにすぎないから,被告国の責任の範囲は,
第一次的責任者である被告東電に比して,相当程度限定されたものになるべき
であることを挙げている。
⑵この点について,被告東電は原賠法3条1項に基づく責任を,被告国は国賠15
法1条1項に基づく責任を,それぞれ負うところ,被告東電が津波への対策を
講じていれば,本件事故を防ぐことが可能であったと同時に,被告国も被告東
電に対して規制権限を行使していれば,本件事故を防ぐことは可能であったの
であるから,いずれもが各原告に対する損害全額に寄与したものと認められる。
そして,被告らについて,各原告の損害は同一であって,各原告が,被告ら一20
方から又は被告らから併せて,損害全額の填補を受ければ,重ねて損害賠償金
を受領できるわけではない。そうすると,共同不法行為の成否にかかわらず,
賠償責任としても被告国は,被告東電とともに,原告らに対して全額について
責任を負うと解するべきである。
確かに,被告国の主張のとおり,福島第一原発1~4号機の安全管理につい25
ては,一次的に責任を負うのは,事業者である被告東電であり,被告国は二次
的,後見的責任であるという側面があるものの,あくまでも,これは被告らの
間における責任負担割合を決める事情として考慮されるものに過ぎず,それを
被告らの各原告に対する責任にも及ぼす法律上の根拠にはならないというべ
きである。
⑶したがって,被告国は,原告らに対して,被告東電と共に,損害全部につい5
て責任を負う。
第3まとめ
よって,平成14年以降,遅くとも平成18年頃には,経済産業大臣が権限を
行使しなかったことは国賠法上違法であると認められるから,被告国は,被告東
電とともに,国賠法1条1項に基づき,原告らに対して損害全部を賠償する責任10
を負う。
第4節争点④(避難の相当性)について
第1認定事実
1放射線に関する科学的知見等
⑴放射線及び放射性物質の各性質15
放射線は,不安定な原子核の崩壊や核分裂反応のときに放出される粒子や電
磁波のことであり,エネルギーを有し,種類によっては,空間だけでなく,物
質の中を通過する性質を有している。放射能は,放射線を出す能力であり,か
かる能力を有する物質が放射性物質である。放射性物質は,エネルギー的に不
安定であるため,エネルギーを放射線として放出して,安定な状態に変わろう20
とする性質があり,安定すれば放射線を出さなくなる。したがって,時間が経
過すれば放射性物質の量が減り,放射能も弱まることとなる。また,放射線の
強さ(線量率)は,放射性物質からの距離の2乗に反比例して弱くなる。
⑵放射線量の概念・単位の違いについて
放射線量の概念及びその単位は複数ある。放射線を出す側に着目し,放射能25
の単位として,「ベクレル(Bq)」があり,ある物体に含まれる放射性同位元素
において,1秒間に1個の原子核が変化(壊変する)放射能の強さを1ベクレ
ル(Bq)という。放射線を吸収する側に着目すると,「グレイ(㏉)」があり,
放射線のエネルギーがどれだけ物質に吸収されたかを表し,組織1キログラム
につき1ジュールのエネルギーを吸収した場合を,1グレイ(㏉)という。放
射線の人体への影響に着目する場合は,等価線量や実効線量(ともに単位は「シ5
ーベルト(㏜)」)といった概念で捉えられている。臓器や組織ごとの放射線に
対する感受性の違いや,放射線の種類によって,その影響が異なることから,
人が受けた放射線の影響を管理するためには,それぞれの臓器等への影響の大
きさを重み付けし(等価線量),また全身への影響を考える際にはそれらを足
し合わせなければならない(実効線量)。したがって,これらの線量は,吸収線10
量といった物理量のように直接容易に計測することは困難である。そこで,実
効線量の測定に代えて,実効線量を推定するための値として,線量当量(単位
は「㏜」)が定義されている。
⑶放射線量の測定値について
空気中の放射線量を測定する方法としては,モニタリングポストやサーベイ15
メータ等がある。モニタリングポストは,原子力施設からの放射性物質の放出
を監視するため,原子力事業者や各都道府県が発電所周辺等の適切な地点に設
置された放射線測定機器であり,サーベイメータは,放射線管理が必要な現場
などで,放射性物質又は放射線に関する情報を得ることを目的とした小型の放
射線測定器である。モニタリングポストでは空気吸収線量率を測定し,サーベ20
イメータはおおむね周辺線量当量を測定する。いずれも,実際には測定できな
い実効線量を推定するために,計測した放射線の物理量から定義される実効線
量の近似値である線量当量を示すものである。ここで計測される周辺線量当量
(1㎝線量当量。人体の1㎝の深さにおける吸収線量)の値は,安全側に立っ
て評価し,常に大きく根付けされているため,実効線量に比べて少し高い数値25
となる。
⑷日常生活における放射線
日常生活においても,人は自然放射線による被ばくを受けている。宇宙や大
地から受ける外部被ばくや,食品の経口摂取等による内部被ばくを合計すると,
日本人は平均年間1.48~2.1m㏜の被ばくを受けているものと推定され
ている。世界の平均は,2.4m㏜である。5
⑸追加被ばく線量年間1m㏜の考え方
上記のとおり,日常生活においても,人は自然放射線による被ばくを受けて
いるところ,大地からの放射線は0.04μ㏜/h,宇宙からの放射線は,0.
03μ㏜/hである。
自然放射線を除き,事故から生じる追加放射線による追加被ばく線量年間110
m㏜を,1日のうち,屋外に8時間,屋内(遮蔽効果0.4倍がある木造家屋)
に16時間滞在するという生活パターンを仮定すると,1時間当たり,次の式
により,0.19μ㏜/hと換算できる。
0.19μ㏜/h×(8h+0.4×16h)×365日=1m㏜/y
そして,空間線量率の測定では,事故から生じる追加被ばく線量に加え,自15
然界からの放射線のうち,大地からの放射線分が測定されるため,次の式によ
り,空間線量率としては0.23μ㏜/hが追加被ばく1m㏜/yとなる。
0.19μ㏜/h+0.04μ㏜/h=0.23μ㏜/h
(甲共D1の1~3,2~4,6,乙D共40~44,219,234,235,
236,丙A16,D共30,71・9~76頁)20
2放射線の生体への影響
⑴放射線の生体への影響の分類
放射線の生体への影響については,メカニズムの観点から,確定的影響と確
率的影響に分類することができる。確定的影響は,組織反応とも呼ばれ,臓器
や組織を構成する細胞が多数死亡したり,変性したりすることで起こる症状で25
ある。これは,ある限界線量(しきい値)以上の被ばくをした場合に影響が現
れるものであって,受ける線量が増加すればするほど,症状が重くなるのが特
徴である。急性障害(紅斑・脱毛),白血球減少,白内障,胎児発生の障害(精
神遅滞)などの身体的影響がこれにあたる。確率的影響は,細胞の遺伝子が変
異することで起こる影響である。これは,低い線量でもある確率で発生すると
考えられている影響であり,がん,白血病(血液のがん)や遺伝的障害(先天5
異常)がこれにあたる。(乙D共40,219,丙D共71・77~91頁,証
人O)
⑵がんに至る仕組み等
放射線被ばくをした際,DNAに損傷が生じる。DNA損傷は,放射線のほ
か,発がん性物質,たばこ,化学物質及び活性酸素によっても生じる。このよ10
うなDNA損傷が起きた際,人体にはDNAを修復する機能が備わっており,
これによりDNAが完全に修復される場合もあるが,不完全である場合や修復
できない場合がある。不完全な場合,細胞が突然変異して,がん化することが
あるが,それに至るまでの間に,そのような細胞を除去する機能として,アポ
トーシスや免疫機能といった生体の防御機能が備わっている。(甲D共56,15
171,丙D共36,38,証人P,証人O)
100~200m㏜の被ばくを受けた場合のがんのリスクは,1.08倍で,
受動喫煙や野菜不足の場合(順に1.02倍~1.04倍,1.06倍)と同
程度のリスクとされており,喫煙や肥満によるリスク(順に1.6倍,1.2
2倍)よりも小さいとされる。(乙D共219,丙D共2,20,71・12620
頁,129~130頁)
胎児,子どもへの影響
一般に,胎児,子どもは放射線感受性が高い。組織の細胞が活発に分裂して
いて,放射線の傷の修復間違いが多く,また,発生した突然変異細胞のクロー
ンが拡大するチャンスが大きいからである。また,被ばく後も長い年月を生き25
るので,変異細胞にさらに他の発がん物質による損傷が蓄積し,悪性化する機
会も多くなる。
胎児期は,着床前なら,100m㏜以上の被ばくで胚の死亡が起きる。個々
の臓器の原基が形成され,細胞が活発に増殖分化する器官形成期には,被ばく
により奇形が誘発される。小頭症が主である。8週以降は脳の増殖分化が活発
なときで,被ばくによって重度精神発達遅滞や知能指数の低下が起きる。これ5
らの影響は,100m㏜未満では増加しない。胎児期の被ばくは,生後に小児
がんを誘発する可能性がある。
小児は,被ばくによるがんのリスクが高い。特に白血病,甲状腺,乳腺,皮
膚のがんである。
(丙D共2,71・92~94頁,104頁,106頁)10
3ICRP勧告
⑴放射線防護規制作成の国際的枠組みとICRPについて
放射線影響科学は,生物学を基盤として,実験,観察を主たる手段とする基
礎科学領域の学問であり,原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNS
CEAR,1955年創立。国連総会で設置され,加盟国が任命した科学分野15
の専門家で構成される。)が,放射線の影響に関する最新の研究論文をテーマ
毎に収集し,その科学的健全性を評価した上で,報告書を作成して国連総会に
報告するとともに,広く公開する。
国際放射線防護委員会(ICRP)は,UNSCEARが報告する科学的知
見等を参考にしながら,放射線防護の基本的枠組みと防護基準について勧告し20
ている。各国・地域及び各国際機関は,ICRPの勧告を参考にして,放射線
防護に関する法令や指針を策定している。近年では,1977年,1990年,
2007年に勧告を行っている。1985年には声明の発表がある。
(甲D共8~11,52,55,乙D共46)
⑵ICRPによる勧告25
ア1990年勧告の概要
1990年勧告は,行為(総放射線被ばくを増加させる人間の活動)にお
ける放射線防護体系として,①放射線被ばくを伴うどんな行為も,その行為
によって被ばくする個人又は社会に対して,それが引き起こす放射線損害を
相殺するのに十分な便益を生むのでなければ,採用すべきでない(行為の正
当化),②ある行為内のどんな特定の線源に関しても,個人線量の大きさ,被5
ばくする人の数,及び,受けることが確かでない被ばくの起こる可能性,の
3つ全てを,経済的及び社会的要因を考慮に加えたうえ,合理的に達成でき
る限り低く(AsLowAsReasonablyAchievable)保つべきである(防護の
最適化,ALARAの原則),③関連する行為全ての複合の結果生ずる個人
の被ばくは線量限度に従うべきであり,また潜在被ばくの場合にはリスクの10
何らかの管理に従うべきである(個人線量限度・個人リスク限度)という3
つの基本原則に基づくものであるとする。
そして,公衆被ばくに関する線量限度は1m㏜/y(実効線量)とし,特
殊な状況においては,5年間にわたる平均が1m㏜/yを超えなければ,単
一年にこれよりも高い実効線量が許されることもあり得るとしている。15
上記公衆被ばくに関する線量限度1m㏜/yは,ほとんどの国が,規制の
中で使っている値である。
(甲D共44の1,52,弁論の全趣旨)
イ2007年勧告の概要
2007年勧告は,放射線防護の3つの基本原則(正当化,最適化,線量20
限度の適用)を引き続き維持し,職業被ばくの線量限度,公衆被ばくの線量
限度についても1990年勧告の基準を維持している。
2007年勧告のうち,新たに加えられた勧告の概要は以下のとおりであ
る。
まず,従来の分類に置き換わるものとして,被ばく状況を①計画被ばく状25
況(平常時),②緊急時被ばく状況(非常時),③現存被ばく状況(非常事態
からの復旧期等)の3つのタイプに分類している。前記基本原則のうち,正
当化及び最適化はすべての被ばく状況に適用されるが,線量限度の適用の原
則は,計画被ばく状況のみに適用される。
計画被ばく状況における,公衆被ばくの線量限度は1m㏜/y(実効線量)
とし,線量拘束値は1m㏜/y以下(実効線量)で選択すべきである。また,5
緊急時被ばく状況における公衆被ばくの参考レベルは,状況に応じて20~
100m㏜/y(実効線量)の間に定め,現存被ばく状況(公衆被ばくのみ)
における参考レベルは,状況に応じて1~20m㏜/y(実効線量)の間に
定めるべきである。ただし,線量拘束値も参考レベルも,安全と危険の境界
を表すものではない。10
最適化のプロセスにおいては,まず,被ばく状況を評価した上で,線量拘
束値又は参考レベルの適切な値を選定し,防護選択肢を確認して,その中か
ら最善の選択肢を選んで実行するという作業を反復継続することとなる。
(甲D共55,乙D共46)
ウ本件事故後の勧告15
ICRPは,平成23年3月21日,本件事故に関し,国の機関が,緊急
時の公衆の防護のために,最も高い計画的な被ばく線量として20~100
m㏜の範囲で参考レベルを設定するというICRP2007年勧告をその
まま変更することなしに用いることを勧告した。また,国の機関が,必要な
防護措置をとる場合,長期間の後には放射線レベルを1m㏜/yへ低減する20
として,これまでの勧告から変更することなしに,参考レベル1~20m㏜
/yの範囲で設定することを勧告した。(乙D共47)
⑶ICRP勧告の国内法令への取り入れ
1990年勧告は,放射線審議会の審議を経て,平成13年,同勧告を取り
入れるかたちで,放射線障害防止法が改正されるなどした。これにより,同公25
衆被ばく線量(実効線量)が,年間1m㏜を超えないことを踏まえた規制の制
度となった。そして,本件事故当時,2007年勧告の国内法令への取入れが,
放射線審議会において審議中であった。(甲D共20,27,33,乙D共6
6)
(上記各証拠の他,3項全体について甲D共178,丙D共36,40,
証人Q)5
国内法令の具体的内容(本件事故当時のもの)
ア炉規法
炉規法(平成24年改正前)の目的は,前記(第2章第2節第5の3
のとおりであり,同法に関する「実用発電用原子炉の設置,運転等に関する
規則」の規定等に基づき定められた告示「同規則の規定に基づく線量限度等10
を定める告示」(平成13年3月21日経済産業省告示第187号)3条1
項1号は,炉室,使用済燃料の貯蔵施設,放射性物質の廃棄等の場所を中心
にした「管理区域」「保全区域」「周辺監視区域」の外側のいかなる場所にお
いても,超えるおそれのない線量限度として,「実効線量については,1年間
(4月1日を始期とする。)につき1m㏜」と定めている。また,同告示9条15
1項6号は,放射性物質を排気・排水し,周辺監視区域外において,外部放
射線及び内部放射線により被ばくする可能性がある場合には,排気・排水の
放射性物質の濃度限度は,その総量が実行線量年間1m㏜を超えない濃度と
する旨を定めている。
イ放射線障害防止法20
放射線障害防止法は,原子力基本法の精神にのっとり,放射性同位元素
の使用,販売,賃貸,廃棄その他の取扱い,放射線発生装置の使用及び放
射性同位元素又は放射線発生装置から発生した放射線によって汚染され
た物の廃棄その他の取扱いを規制することにより,これらによる放射線障
害を防止し,公共の安全を確保することを目的としている(1条)。25
同法による同法施行令及び同法施行規則の規定に基づき定められた告
示「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」(平成12年10月
23日科学技術庁告示第5号)10条2項1号は,工場又は事業所の境界
及び工場又は事業所内の人が居住する区域における線量限度として,「実
効線量が3月間につき250μ㏜」と定めている(規制として同じ意味で
はないが,1年に換算すると1m㏜になる。)。また,同告示14条2項は,5
廃棄施設における排気・排水設備の技術基準として,同条4項は,廃棄施
設における排気・排水の数量及び濃度の監視基準として,いずれも実効線
量年間1m㏜と定めている。
(甲D共17~21,24~27)
4避難基準年間20m㏜の採用・実施10
⑴公衆被ばくが年間1m㏜を超えないとの基準とは異なり,本件事故時のよう
な「放射線緊急時」における公衆の防護については,法令上の規定がなく,原
子力安全委員会が,昭和55年6月30日決定した「原子力施設等の防災対策
について」(防災指針,本件事故までに10数回の一部改訂を経ていた。)の中
で,本件事故時までに,「災害応急対策の実施のための指針」の一部として,15
「防護対策のための指標」として,次の内容が提案されていた。
ア自宅等屋内退避のための指標
10~50m㏜(外部被ばくによる実効線量)又は100~500m㏜(内
部被ばくによる等価線量)
イコンクリート建家の屋内退避又は避難のための指標20
50m㏜以上(外部被ばくによる実効線量)又は500m㏜以上(内部被
ばくによる等価線量)
(乙D共65,丙D共23,44)
⑵本件事故後,上記⑴の防災指針に規定された予測線量に関する指標を参照し
つつ,事案の進展の可能性や緊急性に基づく予防的観点から,後記11⑴アから25
ウまでのとおり,内閣総理大臣は,平成23年3月11日から同月15日にか
けて,福島第一原発から一定距離の半径の圏内を,避難区域又は屋内退避区域
に指定した。
その後,同年4月10日付けの原子力安全委員会の意見を踏まえ,内閣総理
大臣は,同月22日,本件事故発生後1年間の積算線量が20m㏜を超える可
能性がある福島第一原発から20㎞以遠の地域を計画的避難区域に指定し,こ5
れに該当しない屋内退避区域については,その一部を解除等した。(乙D共3
2,丙D共27,49)
文部科学省は,原子力安全委員会の助言を踏まえた原子力災害対策本部の見
解を受け,福島県教育員会や福島県知事等に対し,平成23年4月19日付け
で,「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方につい10
て」の通知を発し,20m㏜/yを念頭に,3.8μ㏜/hを超える場合は,
校庭・園庭での活動を1日あたり1時間程度にするなど,学校内外での屋外活
動をなるべく制限し,3.8μ㏜/h未満の場合は,校舎・校庭等を平常どお
り利用して差し支えないなどとした。同年8月26日付けでも,同様の考えを
前提に,以後の対策などを述べる通知を発した。(甲D共79~85,乙D共515
0,51,丙D共31,32(枝番を全て含む。))
原子力安全・保安院(保安院)は,平成23年6月16日,「事故発生後1年
間の積算線量が20m㏜を超えると推定される特定の地点への対応について」
を定め,年間20m㏜を超えると推定される地点を「特定避難勧奨地点」とす
る予定であるとした。(乙D共18)20
原子力安全委員会は,平成23年7月19日,「今後の避難解除,復興に向け
た放射線防護に関する基本的な考え方について」を発表した。その概略は,次
のとおりである。
参考に定めたものであり,わが国においては,長期にわたる防護措置のための25
指標がなく,また,原子力災害に伴う放射性物質が,長期にわたり環境中に存
在(残留)する場合の防護措置の考え方も定められていなかった。前者につい
ては,計画的避難区域の設定等に係る助言において,ICRPの2007年勧
告において,「緊急時被ばく状況」において適用することとされている参考レベ
ルのバンド20~100m㏜(急性若しくは年間)の下限である20m㏜/y
を適用することが適切であるとした。後者については,ICRPの2007年5
勧告において定められている「現存被ばく状況」という概念を適用するのが適
切とし,新たな防護措置の最適化のための参考レベルは,同勧告に従えば,1
~20m㏜/yの下方の線量を選定することになるところ,状況を漸進的に改
善するためには,中間的な参考レベルを設定することもできるが,長期的には
1m㏜/yを目標にするとした。なお,緊急時被ばく状況にある地域と現存被10
ばく状況にある地域は,福島第一原発の周囲に併存しているとしている。
(丙D共13,24)
原子力安全委員会は,平成23年8月4日,「東京電力株式会社第一原子力発
電所事故における緊急防護措置の解除に関する考え方について」において,解
除日以降年間20m㏜以下となることが確実であることを,避難指示を解除す15
るための必須の要件であるとの考えを示した。(丙D共79)
上記20m㏜の被ばくのリスクについては,様々な議論があったことから,
後記9のとおり,低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ
(WG)が平成23年11月から12月にかけて開催され,その報告書では,
年間20m㏜という数値は,今後より一層の線量低減を目指すに当たってのス20
タートラインとしては適切であると考えられるとした。
政府は,上記原子力安全委員会の意見や低線量被ばくのリスク管理に関する
ワーキンググループの報告書などを経て,避難に関する区域見直しについても,
年間20m㏜の基準を用いるのが適切であるとの結論に達し,原子力災害対策
本部として,平成23年12月26日「ステップ2の完了を受けた警戒区域及25
び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題について」
を発表し,年間20m㏜を基準にして避難指示等の区域の再編方針を示し,後
記11
共21)
5LNTモデル
⑴低線量被ばくの生体への影響に関する議論5
疫学調査等によれば,おおよそ100~200m㏜又はそれを超える被ばく
においては,被ばく線量に比例して発がんのリスクが増加することが確認され
ている。
他方,100m㏜以下の低線量領域においては,がんのリスクが直線的に増
加するか否かは見解が分かれている。この見解の中の1つが,LNTモデルで10
あり,低線量領域においてもリスクは直線的に増加するとする説である。その
ほかにも,低線量ではむしろ身体に益があるとする「ホルミシスモデル」,確率
的影響でもしきい値があるとする「しきい値あり曲線モデル(下に凸モデル)」,
低線量領域では,LNTモデルよりもリスクは小さくなるとする「しきい値な
し下に凸モデル」,低線量領域では反対にリスクは大きくなるとの説「低線量15
超高感受性モデル(上に凸モデル)」などの様々な説が唱えられている。
LNTモデルの基礎にある科学的な考え方は,放射線がDNAを傷つけ,そ
れが体を構成している細胞の突然変異を招き,これが原因となってがんとなる
ところ,遺伝子上の傷が,放射線に対してしきい値がなく,直線的に増えるの
で,がんも直線的に増えるというものである。これに対して,低線量領域にお20
いては,正確なDNAの修復,アポトーシスによる潜在的がん細胞の除去,免
疫系によるがん細胞の除去などという生体防御反応が働き,がんが直線的に増
えるものではないし,増えたとしても喫煙,肥満,運動不足など他の要因によ
る発がんの影響に隠れてしまうほど小さいという考え方がある。
(丙D共1・9頁,36,38,証人O)25
⑵ICRP等によるLNTモデルの採用
このような中で,ICRPでは,1977年勧告でLNTモデルを採用し,
以後,100m㏜以下の領域においても確率的影響のリスクは直線的に増加す
るものとして放射線防護を図っている。ICRP2007年勧告には,LNT
モデルは,あくまでも放射線防護体系における仮定であり,実用的な放射線防
護体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方,このモデル5
の根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的・疫学的知見がすぐには得
られそうにないということを強調する旨の記載がある。
また,UNSCEARやWHO等の主要な国際機関も放射線被ばくによるリ
スクの推定に当たってはLNTモデルを採用している。
(甲D共8,55,乙D共46,証人Q)10
6線量率効果
⑴意義
線量率効果とは,同じ線量を受けた場合を,一度に高線量率で浴びた場合(急
性被ばく)と,長期間の間に低線量率で浴びた場合(慢性被ばく)では,人体
に対する健康影響は異なり,低線量率の方が低いとする考え方である。線量率15
効果がどの程度あるかということに関しては,DDREF(線量・線量率効果
係数)が用いられている。DDREFを2とすることの意味は,低線量率で浴
びた場合の人体への影響は,高線量率で浴びた場合の1/2の影響であるとい
う意味であり,DDREFを1とすることは,低線量率と高線量率で影響は同
じ,つまり線量率効果がないという意味である。20
⑵線量率効果に関する知見
国内外のマウスを用いた実験においては,同じ被ばく線量の総量であっても,
緩照射(慢性被ばく)と急性照射(急性被ばく)とでは,緩照射の方が突然変
異誘発の頻度が低いことなどが報告されており,線量率効果があることが確認
されている。25
⑶DDREFについてのさまざまな見解
DDREFをどのような値で考えるべきか,という点については,見解が分
かれている。全米科学アカデミー(NAS)ではDDREFを1.5とし,U
NSCEARは3より小さいとし,WHOでは1とし,ICRP1990年勧
告及び同2007年勧告は2としている。
(甲D共55,乙D共46,丙D共14,62,71・100頁,75,証人O)5
7被ばくによる健康影響に関する疫学調査及び論文
疫学とは,人間集団を対象にして,集団中の疾病異常を把握し,疾病異常の発
生に関連する諸要因を検討する医学の一分野である(甲D共174,丙D共39,
証人R)。被ばくによる健康影響に関する疫学調査及び論文として,近年のもの
として,以下のものがある(多くは,証人Pの証言及びP意見書(甲D共135,10
161,162,185)で引用する疫学調査及び論文である。)。
⑴LSS第14報
放射線影響研究所が原爆放射線の健康影響を明らかにするために行ってい
る原爆被ばく者の集団である寿命調査集団(LSSコホート)での死亡状況に
関する報告の第14報(2012年)である。15
LSS第14報の要約欄には,「全固形がんについて過剰相対危険度が有意
になる最小推定線量範囲は0-0.2㏉(200m㏉)であり,定型的な線量
閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず,ゼロ線量
が最良の閾値推定値であった。」との記載がある。
(甲D共136の1・2,丙D共3)20
著者の一人であるSは,環境省に設置された第6回東京電力福島第一原子力
発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議において,前記
部分の解釈としては,0.2㏉以上でリスクが有意になるという意味である旨
述べている。また,しきい値ありのモデルの方がデータに合致するという研究
結果もある。(丙D共5・29頁,36,39,証人R)25
⑵テチャ川流域住民に関する論文
1950年代に,旧ソ連のマヤークプルトニウム製造工場から排出された核
廃棄物により,汚染を受けたテチャ川流域住民の固形がん死のリスクを解析し
た論文(2005年)である。
固形がんの放射線リスクについて,高い有意性の線量-応答関係があり,線
形ERR(過剰相対リスク)推定値は0.92/㏉であった。線形二次モデル5
の低線量での勾配は,線形モデルのリスク推定とほぼ同じである旨の記載があ
る。
CLL(慢性リンパ性白血病)以外の白血病の放射線リスクについても,線
量-応答関係を示す強いエビデンスがあり,線形ERR(過剰相対リスク)推
定値は6.5/㏉であった。線形二次モデルの低線量での推定勾配は,線形モ10
デルのものとほぼ同じである旨の記載がある。
また,考察において,われわれの今回の解析は,固形がんとCLL以外の白
血病の両方について,有意な線量-応答関係があることを明確に実証しており,
長期間の被ばくに伴う放射線リスクについての重要な情報を付け加えている
との記載がある。15
(甲D共137の1・2)
上記論文については,対象者の生活習慣や遺伝的な違いの各影響などが考慮
されていないなどの批判がある。また,テチャ川流域住民の線量を再評価した
他の論文(2015年)においては,50m㏜以下の低線量域ではリスクがな
いことを示すとも読める図が引用されており,線形モデルのほか,純二次モデ20
ル(低線量被ばくにおいてはリスクがないことを表すモデル)にもフィットす
ることが述べられている。ただし,同論文は,本文では,50m㏜以下の低線
量域ではリスクがないことを示すとは述べておらず,全体としては,低線量で
は応答が不確実であることを踏まえつつも,がん率が線量に依存することを記
載している。25
(甲D共181の1・2,丙D共36,39,証人R)
⑶15か国核施設労働者に関する調査結果
15か国の核施設作業者40万7391人の疫学調査の結果を解析した論
文(2005年)である。上記15か国の中には,カナダが含まれるが,カナ
ダの放射線リスク推定値は他国の値に比べて高く,そのデータの信頼性につい
て,批判がされていた。このため,カナダのデータを除いた新たな論文(205
07年)では,「考察」の欄で,「カナダを除外して解析しても,ある特定の1
ケ国だけ解析しても,全て原爆解析からのリスク推定やBEIRⅤⅡ推定よ
りも一貫して高いリスク推定が生じたが,それらは全て統計的には合致してい
た。」とし,「結論」の欄でも,「フォトン放射線に対する低線量長期間の被ばく
に関して,これまでに実施された最大規模の研究から,放射線量とがんの死亡10
の関係を検討し,放射線リスク推定値を示した。」「白血病を除く全てのがんと
肺がんによる死亡について,リスクが有意に上昇することが明らかになった。」
などと記載している。
一方,2005年の論文の発表後,カナダ原子力安全委員会(CNSC)は,
データの再分析を行い,2011年,1965年以前に初めてカナダ原子力公15
社に雇用された労働者3088人のデータが調査結果に影響を及ぼしており,
それを除いた場合には固形がん死亡リスクの上昇はみられなかった旨の報告
書を作成・発表している。
(甲D共138の1・2,丙D共36,39,81の1・2,証人R)
⑷仏英米3か国労働者に関する論文20
15か国核施設労働者に関する調査結果の疫学集団からアメリカ,イギリス,
フランスの3か国を選び,さらに,上記疫学集団では対象外とされた中性子被
ばく,プルトニウム等の内部被ばくを伴う核兵器開発施設作業者を加えて核施
設労働者30万8297人の調査結果を分析した論文(2015年)である。
同論文は,「本研究で得られた知見」欄に,「電離放射線への長期間の低線量25
被ばくと固形がんによる死亡との間の相関関係を直接推定したものが得られ
た。高線量率被ばくのほうが低線量率被ばくよりも危険と考えられているが,
放射線従事者での単位放射線量あたりのがんのリスクは日本の原爆生存者の
研究から得られた推定値と同様のものであった。」と,結論並びに今後の研究
への意義欄に,「われわれのデータは,平均累積線量がおよそ20mGyであ
る集団でのがんによる死亡リスクを比較的正確に推定できるのに十分な統計5
情報をもたらした」などと各記載している。
同論文について,放射線影響協会が,交絡因子である喫煙について,適切に
調整を加えていないことや,中性子被ばくの状況が適切に考慮されていない可
能性があることを指摘している。また,同論文の示唆する結果については,科
学的な評価が定まっていないとの意見がある。10
なお,同論文に関する調査中,白血病,リンパ腫の調査に特化して分析した
論文(「放射線量モニターを受けた労働者における電離放射線と白血病及びリ
ンパ腫による死亡リスク(INWORKS):国際コホート研究」,2015年)
も執筆された。この論文の「考察」欄には,「本研究は,長期間の低線量放射線
被曝と白血病による死亡の間に相関関係があることを示す強いエビデンスを15
もたらすものである」との記載があるが,この論文についても,疫学研究から
の批判がある。
(甲D共139の1・2,140の1・2,乙D共158,159,丙D共3
6,39,証人R)
⑸自然被ばくに関する論文20
アイギリス高線量地域における小児白血病に関する論文
国の既存の小児腫瘍登録の記録から,1980年から2006年の間にイ
ギリスで生まれ,小児がんと診断された症例群2万7447人とそのがんを
発症していない症例群3万6793人とを抽出し,これらを分析した症例対
照研究(2013年)である。子どもが出生した時点での母親の居住地から,25
その地域の放射線量を推定している。
結論において,中等度・高線量及び高線量率におけるリスクモデルの結果
を低線量又は低線量率の長期被ばくに当てはめることができ,その結果,極
めて低い線量や線量率では,放射線に有害作用はなく,ベネフィットさえあ
るという考え方に対して反対するものである旨の見解を示した記載がある。
同論文については,対象者の居住歴が把握されていないこと,社会経済因5
子として利用されている貧困度指数が,対象者の出生時の母親居住地の国勢
調査区に基づいていること,小児白血病の原因としては,放射線以外にも化
学物質やウイルスなども考えられることといった疫学研究からの批判があ
る。
(甲D共141の1・2,丙D共36,39,証人R)10
イスイス国勢調査に基づく小児がんのリスクに関する論文
既存の国勢調査記録から,16歳未満の全スイスの子どものがんの発症例
を特定した上で,小児がんの罹患と自然放射線の被ばくの相関関係を分析し
た研究論文(2015年)である。
同論文の「考察」欄には,「小児がんが稀であることを考えれば,われわれ15
の研究で見つかった屋外放射線の累積線量が1ミリシーベルト増加するこ
とによるハザード比はリスク比と解釈できる。」「われわれの研究からは,バ
ックグラウンド放射線が小児のがんのリスクに寄与していることが示唆さ
れる。」と記載されている。
同論文についても,対象者の居住歴を調べていないなど前提となる線量推20
定が不確かであること,医療被ばく,遺伝子損傷など交絡因子の検討が十分
ではないことなどについて,他の研究者から批判がある。
(甲D共142の1・2,乙D共160,161,丙D共36,39,証人
R)
⑹医療被ばくに関する論文25
アイギリスにおける小児CT検査に関する論文
イギリスにおいてX線CTを受けた小児・若年成人を調査した研究論文
(2012年)である。
同論文の「考察」欄には,「2-3回の頭部CTスキャンを行ったことによ
る累積電離放射線量(つまり~60m㏉)で,脳腫瘍のリスクはほぼ3倍に
なり,5-10回の頭部CTスキャンを行ったことによる累積電離放射線量5
(~50m㏉)で白血病のリスクが3倍になる場合がある。」との記載があ
る。
同論文に対しては,CT検査を施行した目的や基礎疾患が調査されていな
いなどという批判がある。そして,他の研究者が,フランスで10歳になる
前に最初のCT検査を受けた6万7274人の子どもにおける放射線被ば10
くと脳腫瘍,白血病,リンパ腫の発症との関係を調査し,これらの疾患の素
因となる基礎疾患の影響を検討したところ,基礎疾患がある患者はCT検査
の回数が多く,被ばく量も多くなっていたとの結果が得られたとしている。
(甲D共144の1・2,丙D共36,39,82の1・2,証人R)
イオーストラリアにおけるCT検査に関する論文15
オーストラリアで小児期または青年期(19歳以下)にCT検査を受けた
約68万人の患者を対象として,CT検査を受けた群と受けない群と比較し
て発がんが多いことを報告した論文(2013年)である。
同論文のアブストラクト(要約部分)の「結果」欄には,「がんの罹患率は,
年齢,性別,出生年で調整すると,被ばく群のほうが無被ばく群と比較して20
24%高かった。線量-応答関係があることを認め,CTスキャンが1回増
すごとにIRR(罹患率比)が0.16上昇した。年少で被ばくしたほどI
RRが高かった。」「1回のスキャンあたりの平均有効放射線量は,4.5m
Svと推定された。」との記載がある。
同論文に対しては,CT検査をした施行した目的や基礎疾患などの患者背25
景を調査していないこと,また,放射線の影響がまずは放射線被ばく部位に
生じるのに,調査結果としてCT検査で撮影された部位と発がん部位との関
連性が低いことなどから,発がんの素因となる基礎疾患の影響が考慮されて
おらず,放射線被ばくの影響を過大視しているとの批判がある。
(甲D共145の1・2,丙D共36,39,証人R)
⑺ケララ州における発がん率に関する論文5
インドのケララ州に存在する高自然放射線地域の住民を対象とするコホー
ト研究の1つ(2009年)である。同州には,トリウムを含有するモザナイ
ト砂から高い自然放射線(年間38m㏜)が存在する海岸地帯がある。
同論文においては,30歳から84歳の集団6万9958人を平均10.5
年追跡して調査しており,その結果,住民の自然放射線による生涯累積線量は10
がん罹患率と関連する証拠は得られなかった旨述べられている。
この論文の国際的な評価は,まだ定まっていないとされている。
(甲D共172の1・2,乙D共42,丙D共36,39,証人R)
8福島県県民健康調査
⑴概要15
福島県は,本件事故による放射性物質の拡散や避難等を踏まえ,県民の被ば
く線量の評価を行うと共に,県民の健康状態を把握し,疾病の予防,早期発見,
早期治療につなげ,もって,将来にわたる県民の健康の維持,増進を図ること
を目的とし,県民健康調査を実施している。
調査は,①「基本調査」として,本件事故後4か月間の外部被ばく線量の把20
握のための調査と,②「詳細調査」として,本件事故時におおむね18歳以下
であった者を対象にした「甲状腺検査」,避難区域等の住民に対する「健康診
査」や「こころの健康度・生活習慣に関する調査」,福島県で母子健康手帳を受
け取った者に対する「妊産婦に関する調査」からなる。
⑵甲状腺検査25
福島県は,平成23年10月から平成26年3月にかけて,本件事故時,お
おむね0歳から18歳であった者(平成4年4月2日~平成23年4月1日生)
に対して,先行検査を行った。その後,平成26年4月から平成28年3月に
かけて,前記の対象者に加えて,本件事故後出生した者(平成23年4月2日
~平成24年4月1日生)にも対象を拡大して,本格検査を行った。その後,
平成28年4月以降は,対象者が20歳を超えるまでは2年ごと,それ以降は5
5年ごとに検査を実施することを予定している。
検査の内容は,超音波検査による一次検査を行い,A判定(二次検査が不要
とされる場合であり,A1判定(結節やのう胞を認めなかった場合)とA2判
定(小さな結節やのう胞が認められた場合)がある。),B判定(A2判定より
も大きな結節やのう胞を認めた場合等)及びC判定(直ちに二次検査を受ける10
必要がある場合)で判定される。
⑶甲状腺検査の結果
先行検査は,30万0476人が受診し,その一次検査では,A判定が99.
2%(A1判定51.5%,A2判定47.8%),B判定が0.8%,C判定
が0.0%であり,二次検査受診者2128人のうち,穿刺吸引細胞診を受け15
た者の中で,116人が悪性又は悪性疑いの判定となり,102人(良性結節
1人,乳頭がん100人,低分化がん1人)に手術が行われた。
本格検査は,27万0454人が受診し,その一次検査では,A判定が99.
2%(A1判定40.2%,A2判定59.0%),B判定が0.8%,C判定
が0.0%であり,二次検査受診者1685人のうち,穿刺吸引細胞診を受け20
た者の中で,68人が悪性又は悪性疑いの判定となり,44人(乳頭がん43
人,その他の甲状腺がん1人)に手術が行われた。
なお,環境省は,平成24年度,長崎県,山梨県,青森県の3県で,3歳か
ら18歳の4365人を対象として,福島県と同じ方法で甲状腺検査を実施し
たところ,A判定が99.0%(A1判定42.5%,A2判定56.5%),25
B判定が1.0%,C判定が0%であった。
福島県県民健康調査に関する論文
県民健康調査の結果については,スクリーニング効果や過剰診断等が議論さ
れている。同調査の結果を考察したT論文(2015年)には,放射線被ばく
により甲状腺がんが多発した旨が述べられている。これに対しては,推計過程
における仮定の妥当性や計算式そのものに問題があるとする批判などがあり,5
同批判に対しては,T論文の執筆者と批判者で論争になっている。T論文と異
なり,甲状腺がんと放射線被ばくの因果関係を示唆する所見は得られていない
とする研究結果も発表されている。
なお,程度はともかくとして,本件事故と同様,放射性物質が放出された旧
ソ連のチェルノブイリ原発事故では,一般住民に対する身体的影響は,原爆被10
ばく者の場合と大きく異なり,甲状腺がんの発生が顕著であり,特に小児甲状
腺がんは大方の予想を超えて多数発生したとされている。
(甲D共122~124,126,127,129,130,167の1・2,
168の1~3,169,179,180,188,乙D共222,丙D共35
~37,39,56,57,72,証人R)15
9低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ
⑴概要
低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ(WG)は,本件事
故後,原発事故の収束及び再発防止担当大臣の要請に基づき,国内外の科学的
知見や評価の整理,現場の課題の抽出,今後の対応の方向性の検討を行う場と20
して設置され,有識者による検討がなされた。平成23年11月から12月に
かけて,8回,検討会が開かれて,その結果が報告書としてまとめられた(甲
D共35,36,40~47,乙D共31(枝番を全て含む。))。
⑵WG報告書の内容
WGでの議論の結果は,以下のとおりである。25
国際的な合意に基づく科学的知見によれば,放射線による発がんリスクの増
加は,100m㏜以下の低線量被ばくでは,他の要因による発がんの影響によ
って隠れてしまうほど小さく,放射線による発がんのリスクの明らかな増加を
証明することは難しい。
このことは,子ども・妊婦についても同様であるが,100m㏜を超える高
線量被ばくでは,思春期までの子どもは,成人よりも放射線による発がんのリ5
スクが高いことから,100m㏜以下の低線量被ばくであっても,住民の大き
な不安を考慮に入れて,子どもに対して優先的に放射線防護のための措置をと
ることは適切である。
放射線防護の観点からは,100m㏜以下の低線量被ばくであっても,被ば
く線量に対して直線的にリスクが増加するという安全サイドに立った考え方10
に基づき,被ばくによるリスクを低減するための措置を採用すべきである。
現在の避難指示の基準である年間20m㏜の被ばくによる健康リスクは,他
の発がん要因によるリスクと比べても十分に低い水準であり,放射線防護措置
を通じて,十分にリスクを回避できる水準であると評価できる。
年間20m㏜という数値は,今後より一層の線量低減を目指すに当たっての15
スタートラインとしては適切であると考えられる。長期的な(ICRPでは数
十年程度の期間も想定されている。)目標である年間1m㏜は,原状回復を実
施する立場から,これを目指して対策を講じていくべきである。
(甲D共35,乙D共31)
10関係法令の定め(空間線量以外の放射線防護の定め,本件事故当時のもの)20
⑴放射線障害防止法関係
ア放射線障害防止法施行規則(平成24年文部科学省令第8号による改正前
のもの)1条1号の定める「管理区域」は,外部放射線に係る線量,空気中
の放射性同位元素の濃度,又は放射性同位元素によって汚染される物の表面
の放射性同位元素の密度が基準を超えるおそれのある場所であり,同規則等25
に基づき定められた数量告示(平成12年10月23日科学技術庁告示第5
号)によれば,上記基準は,外部放射線に係る線量につき,実効線量が3か
月につき1.3m㏜,表面の放射性同位元素の密度につき,α線を放出しな
いセシウム134やセシウム137については,4㏃/㎠と定められている
(数量告示4条1号,同条3号,8条,別表第4)。
イ同規則は,管理区域の境界には,さくその他の人がみだりに立ち入らない5
ようにするための施設を設けることとすることを定めている(14条の7第
1項8号)ほか,管理区域について制限を設けている。
(甲D共24~27)
⑵炉規法関係(クリアランス制度)
クリアランス制度は,原子力施設の解体工事によって発生する大量の廃資材10
を,安全かつ合理的な処分及び資源の有効利用を図るため,これらのうち,放
射能濃度が著しく低いことを保安院が確認した場合に再利用等を認めるとい
う制度である(炉規法61条の2)。
また,クリアランスレベルは,年間0.01m㏜を超えないよう,核種ごと
に定められており,セシウム134は0.1㏃/g,セシウム137は0.115
㏃/gと定められている(製錬事業者等における放射能濃度確認規則(平成1
7年11月22日経済産業省令第112号)2条1項,別表第一)。
(甲共D22,23,乙D共237,238)
11政府による避難指示等の区域の変遷
⑴本件事故発生から平成23年4月21日までの避難指示等の区域について20
ア内閣総理大臣は,平成23年3月11日,福島第一原発から半径3㎞圏内
を避難区域に,半径3~10㎞圏内を屋内退避区域にそれぞれ指定し,原災
法15条3項に基づき,避難又は屋内退避を指示した(乙D共10,丙D共
46の1)。
イ内閣総理大臣は,平成23年3月12日,福島第一原発から半径20㎞圏25
内及び福島第二原発から半径10㎞圏内を避難区域に指定し,原災法15条
3項に基づき,避難を指示した(乙D共11,12,丙D共46の2・3)。
ウ内閣総理大臣は,平成23年3月15日,福島第一原発から半径20~3
0㎞圏内を屋内退避区域に指定し,原災法15条3項に基づき,屋内待機を
指示した(乙D共13,丙D共46の4・5)。
エ原災本部長である内閣総理大臣は,平成23年4月21日,原災法20条5
3項に基づき,福島第二原発に係る避難区域を半径8㎞圏内に変更するとと
もに,福島第一原発から半径20㎞圏内を,原災法28条2項,災害対策基
本法63条1項の警戒区域に設定し,緊急事態応急対策に従事する者以外の
者に対し,当該区域への立入りを禁止するとともに,当該区域からの退去を
命ずる旨の指示をした(乙D共14,15)。10
なお,福島第二原発から8km圏内の避難区域の指定は,平成23年12
月26日に解除された(甲A3・本文編242頁)。
⑵平成23年4月22日から平成24年4月1日までの避難指示等の区域に
ついて
ア原災本部長である内閣総理大臣は,平成23年4月22日,原災法20条15
3項に基づき,福島第一原発から半径20~30㎞圏内の屋内退避区域の指
定を解除するとともに,福島県a3村,a4町,c1村,d1町の一部及び
南相馬市の一部であって避難区域を除く区域を計画的避難区域に,福島県a
5町,a6町,a7村,田村市の一部及び南相馬市の一部であって避難区域
及び計画的避難区域を除く区域を緊急時避難準備区域に,それぞれ指定した。20
そして,計画的避難区域内の居住者等は,原則としておおむね1月程度の間
に順次当該区域外への避難のための立退きを,緊急時避難準備区域内の居住
者等は,常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を
行い,引き続き自主的避難をし,特に子ども,妊婦,要介護者,入院患者等
は当該区域内に入らないようにするなどの指示を行った。(乙D共16)。25
緊急時避難準備区域の指定は,平成23年9月30日に解除された(乙D
共17)。
イ一時避難要請区域の指定等
福島県南相馬市は,平成23年3月16日,市民の生活の安全確保等を理
由として,その独自の判断に基づいて,南相馬市の住民に対して一時避難を
要請したが,同年4月22日,一時避難要請区域から避難していた住民に対5
して,自宅での生活が可能な者の帰宅を許容する旨の見解を示した(乙D共
1・8頁)。
ウ特定避難勧奨地点の指定等
原災現地本部は,平成23年6月30日から同年11月25日にかけて,
事故発生後1年間の積算線量が20m㏜を超えると推定される,次の各地点10
について,住居単位で特定避難勧奨地点を指定した(乙D共19の1・2・
4~7)。
福島県伊達市e1町,e2町,e3町の117地点128世帯
南相馬市f1区,f2区の142地点153世帯
a7村g地区の1地点1世帯15
なお,福島県伊達市及びa7村の特定避難勧奨地点は平成24年12月1
4日に,南相馬市の特定避難勧奨地点は平成26年12月28日に,それぞ
れ解除された(乙D共19の3,8,弁論の全趣旨)。
⑶平成24年4月1日以後の避難指示等の区域について
ア原災本部は,平成23年12月16日,福島第一原発について,原子炉は20
「冷温停止状態」に達し,不測の事態が発生した場合も,敷地境界における
被ばく線量が十分低い状態を維持することができるようになったことから,
「放射性物質の放出が管理され,放射線量が大幅に抑えられている」という
「ステップ2」の目標達成と完了を確認し,本件事故そのものは収束に至っ
たと判断した(乙D共20,21)。25
イ原災本部は,平成23年12月26日,「ステップ2の完了を受けた警戒
区域及び避難指示区域の見直しに関する基本的考え方及び今後の検討課題
について」を発表し,年間積算線量が20m㏜以下となることが確実とされ
た地域を「避難指示解除準備区域」に,年間積算線量が20m㏜を超えるお
それがある地域を「居住制限区域」に,居住制限区域のうち,5年間を経過
してもなお,年間積算線量が20m㏜を下回らないおそれのある地域を「帰5
還困難区域」に,それぞれ設定して,避難指示区域等を再編する方針を示し
た(乙D共21)。
ウ平成24年4月1日から平成25年8月8日にかけて,警戒区域,避難区
域,計画的避難区域は,帰還困難区域,居住制限区域,避難指示解除準備区
域に再編された(乙D共74)。10
エ平成29年4月1日,福島県a8町の居住制限区域及び避難指示解除準備
区域の指定が解除された(乙D共241)。
12中間指針等の内容(主に原告ら関係分である。)
⑴中間指針(甲D共229の4,乙D共1。該当箇所を頁数のみで表示した。)
ア中間指針の策定15
本件事故後,平成23年4月,原賠法18条1項に基づき,文部科学省に,
原子力損害賠償紛争審査会(審査会)が設置された。審査会は,原賠法18
条2項2号に基づき,原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当
事者による自主的な解決に資する一般的な指針として,平成23年8月5日,
以下のとおり,中間指針を策定,公表した。20
イ避難指示等対象区域
以下の地域を「避
る(各6~8頁)。
避難区域25
屋内退避区域
計画的避難区域
緊急時避難準備区域
特定避難勧奨地点
一時避難要請区域
ウ避難等対象者5
以下の8
~10頁)。
本件事故が発生した後に対象区域内から対象区域外へ避難のための立
退き及びこれに引き続く同区域外滞在を余儀なくされた者。ただし,平成
23年6月20日以降に緊急時避難準備区域(特定避難勧奨地点を除く。)10
から同区域外に避難した者のうち,子ども,妊婦,要介護者,入院患者等
以外の者を除く。
本件事故発生時に対象区域外に居り,同区域内に生活の本拠としての住
居があるものの引き続き対象区域外滞在を余儀なくされた者
屋内退避区域内で屋内退避を余儀なくされた者15
⑵中間指針追補(甲D共229の5の1,乙D共3,該当箇所を頁数のみで表
示した。)
ア中間指針追補の策定
審査会は,平成23年12月6日,避難指示等に基づかずに行った避難に
かかる損害に関して,以下のとおり,中間指針追補を策定,公表した。同追20
補は,本件事故と自主的避難等に係る損害との相当因果関係の有無は個々の
事案毎に判断すべきものとしながら,紛争解決を促すため,賠償が認められ
るべき一定の範囲を示すものとして策定されたものである。
イ自主的避難等対象区域
福島第一原発からの距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公25
共団体から公表された放射線量に関する情報,自己の居住する市町村の自主
的避難の状況(自主的避難者の多寡など)等の要素を総合的に勘案し,福島
県内の市町村の以下の地域のうち,避難指示等対象区域を除いた区域を,「自
主的避難等対象区域」と定義し,少なくともこの区域においては,住民が放
射線被ばくへの相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり,
その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてやむを得ない5
面があるとした(各2~3頁)。
県北地域
福島市,二本松市,伊達市,本宮市,d2町,d3町,d1町,h村
県中地域
郡山市,須賀川市,田村市,i1町,i2村,j1町,j2村,j3村,10
j4町,j5町,k1町,k2町
相双地域
相馬市,c2町
いわき地域
いわき市15
ウ自主的避難等対象者
以下の者を「自主的避難等対象者」と定義した(各4頁)。
本件事故発生時に自主的避難等対象区域内に生活の本拠としての住居が
あった者(本件事故発生後に当該住居から自主的避難を行ったか,本件事故
当時自主的避難等対象区域外に居り引き続き同区域外に滞在したか,当該住20
居に滞在を続けたかを問わない。)。また,避難指示等対象区域内に住居があ
った者についても,一定の期間は,自主的避難等対象者の場合に準じて賠償
の対象とした。
エ上記ウ以外の賠償の対象者
上記ウに該当しない場合においても,個別具体的な事情に応じて賠償の対25
象と認められ得るとした(各3頁)。
13避難の実情
本件事故以後,福島県における避難等指示区域内の避難者と自主的避難者数
(推計)の平成23年中の変化は,概略で次のとおりである(単位は人)。
避難等指示区域内からの避難者自主的避難者総数
平成23年3月15日6万23924万025610万26485
3月25日6万56502万36598万9309
4月22日6万17062万23158万4021
5月22日6万90313万618410万5215
6月30日9万24833万409312万6576
7月28日9万72434万137713万862010
8月25日10万39414万778615万1727
9月22日10万05105万032715万0837
上記の後,平成24年5月に,福島県の避難者総数は,16万4865人
のピークとなり,その後避難者総数は減少している。
平成24年5月16万486515
平成25年5月15万2113
平成26年5月12万9154
平成27年5月11万3983
6月9万80001万400011万2000
平成28年7月8万931920
(乙D共138,139,142の2,丙D共66)
第2判断
1原子力損害と避難の相当性について
原告らの主張する損害は,原賠法1条,2条2項にいう「原子力損害」であり,
「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しく25
は毒性的作用(中略)により生じた損害」と定義される。そしてその範囲につい
ては,原賠法に特に規定がないことから,民法の一般原則(民法416条,最高
裁昭和43年(オ)第1044号同48年6月7日第一小法廷判決・民集27巻
6号681頁参照)に従い,原子力損害の原因となった原子炉の運転等と相当因
果関係のある原子力損害となる。もっとも,福島第一原発は,原子炉の運転等を
していたところ,本件事故に遭遇した結果,損害が生じたという関係になるため,5
相当因果関係は,原子炉等の運転をしている状況下での本件事故と損害の相当因
果関係が必要になると解される。
ところで,原告らは,損害のほとんどを,本件事故に伴う避難によって生じた
損害であると主張している。避難は,放射線の作用による健康被害等を避けるた
めに行われる予防的行動と解されるが,このような予防的行動であっても,放射10
線の作用と関係しており,実害が生じなければ賠償の対象にならないと解するの
は明らかに不合理であるから,避難に伴う損害も,上記定義による原子力損害に
含まれると解される。そうすると,原告らの主張する損害が,本件事故と相当因
果関係があるとするためには,まず,原告らの避難が本件事故と相当因果関係が
あることが必要となる。これが避難の相当性の問題である。15
2原告らの主張する年間1m㏜の基準・土壌汚染について
⑴原告らは,空間線量が年間1m㏜を超える地域では,避難及び避難継続の相
当性が認められるべきであると主張するが,権利侵害の有無(避難が相当と認
められる状況にあったか否か。)や当該避難が相当であるかの判断において,
本件事故当時の居住地における空間線量の数値が重要な判断要素の1つとな20
るとしても,年間1m㏜という基準だけをもって,避難の相当性を判断するこ
とは相当ではないと考えられる。その理由は以下のとおりである。
⑵低線量被ばくに関する知見について
ア原告らは,証人Pの証言及びP意見書(甲D共56,135,161,1
62)をもとに,LNTモデルが科学的にも裏付けられたものであることが,25
年間1m㏜を超える地域からの避難が合理性を有する理由の1つとしてい
るから,まずこの点について検討する。
イPは,ICRPが科学的根拠に基づいてLNTモデルを採用している旨述
べるが,ICRPがそのような前提でLNTモデルを採用しているわけでは
ないことは,下記⑶に述べるとおりである。
ウまた,Pは,医学的知見や各種の疫学調査の報告によれば,LNTモデル5
を裏付け,100m㏜以下の低線量被ばくであっても,がん死や発がんリス
クが増加することは実証されている旨述べる。確かに,Pの引用する,被ば
くによるがん死及び発がんリスクに関する論文や疫学調査結果は,研究が進
む近年のものが多く,それらは疫学の手法を用いて,多様な国々,又は多数
の国にまたがる調査等を前提にしており,その内容も,LNTモデルそのも10
のではないにしても,100m㏜以下の低線量被ばくであっても健康に影響
することを裏付ける論文であるから,Pの見解に一定の科学的根拠があるこ
とは否定できないといわざるを得ない。しかしながら,上記各論文のいずれ
についても,批判や異なる見解・調査結果があることに加えて,Pの見解と
は異なる論文・調査結果もあり,さらに,前記1の認定事実に掲げた証拠の15
他にも,反論や再反論の論文等が存在していることからすれば,本件事故当
時又は現時点において,LNTモデルが科学的に実証され,100m㏜以下
の被ばくによっても,がん死や発がんリスクの増加が実証されているとまで
いうことはできない。
まず,LSS第14報については,著者の1人であるS自身が,被告国の20
専門家会議において,同論文の記載は0.2㏉(200m㏉)以上でリスク
が有意になるという意味である旨述べていることや,しきい値ありのモデル
の方がデータに合致するという研究結果もあることを踏まえると,LSS第
14報によって,LNTモデルを裏付けているということはできない。
次に,テチャ川流域住民に関する論文についても,他の研究者による論文25
では,LNTモデルではない純二次モデル(低線量被ばくにおいてはリスク
がないことを表すモデル)に合致するという意見等もあり,テチャ川流域住
民に関する論文の見解が確立した統一的見解であるということはできない。
また,15か国核施設労働者に関する調査結果については,その元となっ
たデータについての正確性が問題視されているし,仏英米3か国労働者に関
する論文には,交絡因子の調整が不十分であること,中性子被ばくの状況が5
適切に考慮されていないことなどの指摘がある。また,自然被ばくや医療被
ばくに関する論文は,いずれも疫学研究における検討過程において,不十分
な点があることが指摘されている。福島県県民健康調査に関するT論文につ
いても,批判が寄せられ論争となっているところである。
さらに,Pの見解とは異なり,高自然放射線地域であるインドのケララ州10
における発がん率に関する論文においては,低線量被ばくとがんの罹患率の
関係は裏付けられなかったという報告もある。
以上のとおり,Pの指摘する論文や疫学調査結果には,異なる見解や批判
があるところである。
エまた,生体には,突然変異した細胞を除去する機能として,アポトーシス15
や免疫機能といった生体の防御機能が備わっており,動物実験では,線量率
効果が確認されているなど,低線量率による被ばくの場合には,高線量率の
場合と比べて生体への影響が少ない可能性を示唆する研究結果もあること
が指摘される。
オそうすると,いずれにしても,低線量被ばくにおけるがん死や発がんリス20
クについては,さまざまな見解があり,科学的には未解明の点もいまだ多く,
疫学調査等の研究結果からも,統一的な見解を導くことはできないのであっ
て,LNTモデルが科学的に実証されているとまでいうこともできない。
⑶ICRPの勧告の意義について
アまた,Pは,ICRPが科学的根拠に基づいてLNTモデルを採用し,年25
間1m㏜を超える被ばくを容認できないものと勧告している旨述べ,原告ら
もこれを引用する。しかしながら,そのような原告らの主張は採用すること
はできない。
イまず,ICRPは,低線量被ばくにおいては科学的に未解明の点が多いこ
とを前提としつつ,放射線防護という観点においては,安全側に立って考え
る必要があることから,科学的にももっともらしいとされる,LNTモデル5
を採用したにすぎないのである。ICRPの2007年勧告は,LNTモデ
ルは,あくまでも放射線防護体系における仮定であり,実用的な放射線防護
体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方,このモデル
の根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的・疫学的知見がすぐには
得られそうにないということを強調している。科学的にもっともらしいとい10
うことと,科学的に実証されていることとは異なるのであり,低線量被ばく
に関する現在の科学的知見の状況を踏まえてみても,2007年勧告にある
ように,ICRPが科学的に実証されているとしてLNTモデルを採用した
のではないことは明らかである。
ウまた,ICRPは,計画被ばく状況においては,線量限度を1m㏜/y(実15
効線量)とする勧告をし,わが国においても,炉規法や放射線障害防止法と
いった法令において同勧告が取り入れられているが,このことから直ちに,
原告ら避難者にとっても,年間1m㏜を超える被ばくが全て容認できず,こ
れを超えれば,常に健康被害又は同被害が発生するおそれがあるとして,避
難が相当になるとか損害賠償責任が生じるとまでいうことはできない。そも20
そも,ICRPは100m㏜以下の被ばくによる健康影響があることを前提
とはしておらず,線量限度を設けることの意味も,国や地域が放射線防護を
政策として考える上での目安であって,そのこと自体を避難の相当性を考え
る上で無視はできないにしても,1m㏜以上を超える被ばくが個人に健康影
響を与えるという理由で線量限度を設けているわけではないというべきで25
ある。
⑷土壌汚染について
原告らは,放射線又は放射性物質に関する関係法令からすれば,4万㏃/㎡
又は6500㏃/㎡を超える土壌汚染がある地点からの避難についても,相当
性があるとも主張する。同主張における土壌汚染の基準値は,放射線障害防止
法や炉規法のクリアランス制度におけるセシウム134やセシウム137の5
規制値を換算したものと解される。しかし,これら法令も,ICRPの勧告同
様の趣旨であると考えられ,ある基準以上であれば,人体への健康影響を生じ
るといった基準であるとまではいえない。また,本件事故による土壌汚染によ
る放射線の値は,モニタリングポスト等の空間線量率の測定値に含まれること
や,放射線の人体への影響は,人の臓器が,がんの好発部位であることから,10
それの集中する高さである地上100㎝を基準にすることの合理性は否定で
きないことを考えれば,土壌汚染の事実を考慮するとしても,空間線量の値で
考慮すれば足りると考えるのが相当である。
⑸小括
以上によれば,低線量被ばくに関する科学的知見は,未解明の部分が多く,15
LNTモデルが科学的に実証されたものとはいえず,1m㏜の被ばくによる健
康影響は明らかでないことに加えて,国内法において年間1m㏜等の線量の基
準が取り入れられることとなったICRP勧告の趣旨からすれば,空間線量が
年間1m㏜を超える地域からの避難及び避難継続は全て相当であるとする原
告らの主張を採用することはできない。また,土壌汚染に関する主張について20
も,上記のとおり,採用することはできない。
3政府の策定した年間20m㏜の基準と避難の相当性について
⑴以上で述べたようなICRPの勧告の意義を前提として,国内における放射
性物質や放射線等に対する各種規制が行われており,避難指示の基準として,
年間追加被ばく20m㏜という基準が設けられている。この基準については,25
WG報告書にあるとおり,年間20m㏜という基準が他の発がんリスクと比べ
ても低い水準であることや,長期的には年間1m㏜となることを目標としてい
ることに加えて,放射線防護措置を実施するにあたっては,それを採用するこ
とによるリスク(避難によるストレス,屋外活動を避けることによる運動不足
等)と比べた上で,政策的に検討すべきであることからすれば,政府による避
難指示を行う基準としては,一応合理性を有する基準であるということができ5
る。
⑵しかしながら,政府による避難指示を行う基準が,そのまま避難の相当性を
判断する基準ともなり得ないというべきである。というのも,ICRPの勧告
はあくまでも,国や地域等に向けられたものであって,放射線の個々人に対す
る健康影響について,絶対的な指針になるものではなく,このことは,ICR10
P勧告が,参考レベル等が安全や危険を示す基準ではないと述べるとおり,I
CRP勧告による基準以下であれば,科学的知見によっても安全であるといい
切れるわけではないのである。また,政府による避難指示の基準となっている
年間20m㏜は,本件事故当時には存在せず,本件事故後に採用されたもので
あり,我が国の法令上は,公衆被ばくの線量限度として実効線量年間1m㏜の15
基準が取り入れられている中で,緊急時の被ばく線量の限度として年間20m
㏜の採用又は定着前に,原告らを含む数多くの自主的避難者が生じてしまって
おり,後から政策的に採用及び定着した緊急時の上記基準で,健康への不安等
を基にした時点での避難の相当性を判断するのも相当ではないというべきで
ある。加えて,上記のとおり,Pの見解及びこれと同種の見解には,一定の科20
学的根拠があることは否定できないから,これらの意見も参考にして避難した
場合に(本件事故からある程度期間が経過してから避難した原告らの中に,こ
れらの意見を参考にした原告らが見られる。),年間20m㏜の基準に反するか
らとして,被侵害利益の侵害が一切認められないとすることもできないといわ
ざるを得ない。したがって,避難指示による避難は,当然,本件事故と相当因25
果関係のある避難であるといえるものの,そうでない避難であっても,個々人
の属性や置かれた状況によっては,各自がリスクを考慮した上で避難を決断し
たとしても,社会通念上,相当である場合はあり得るというべきである。以下
では,具体的に原告らの避難の相当性が認められるか,検討する。
4避難の意義及び避難の相当性を認める基準について
⑴避難の意義について5
原告らは,本件事故時の住居地から,一時的に移動した場合,長期間移動し
た場合,避難先からさらに移動した場合,避難目的以外に目的がある場合(例:
保養)などを全て避難と主張するが,避難は,放射線の作用による健康被害等
を避けるために行われる予防的行動であるから,原告らの主張する移動が本件
事故と相当因果関係がある,すなわち避難の相当性があるといえるためには,10
まず,当該移動が,核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用の影響を
避けるための移動であって「避難」と評価できるものであることが前提となる。
そして,避難であるとの評価については,原告らの主観のみで判断すること
は相当ではなく,本件事故後,現居住地から移動したこと,又は本件事故時,
現居住地とは異なる,一時滞在場所から現居住地に戻らなかったことを踏まえ15
て,原告らの意図や移動の目的,移動した時期(本件事故との近接性),移動先
における滞在期間の長短,移動先の場所,滞在態様(転居を伴うかどうか),移
動後の経過等の事情を考慮した上で,本件事故による放射線の影響を避けるた
めの「避難」といえるかどうかを総合的に判断すべきであると解される。
したがって,転居にあたって下見に行く目的での移動は,居住地へ短期間の20
うちに戻ってくる前提のもとで移動したものであり,居住地そのものの移転を
伴う避難とは区別されるし,短期間放射線を避ける目的もあって行った居住地
からの移動(原告らのいう「保養」目的の移動など)についても,居住地にお
いて放射線の影響を懸念したものであるとはいえ,移動の目的がそれだけに限
らない可能性があり,居住地へ短期間のうちに戻ってくる前提のもとで移動し25
たものであることに変わりはないから,ここでいう「避難」とは区別して考え
ることとし,「移転」と呼ぶこととする。避難先から,生活の安定を求めて,別
の居住地に移動することも,核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用
の影響を避けるためのものではないから,「移転」である。もっとも,後記のと
おり,避難後の移転であっても,本件事故と相当因果関係がある場合がある。
結局,原告らが本件事故以後に,居住地の場所を変える「移動」の中で,核燃5
料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用の影響を避けるための移動が「避
難」であり,それ以外の移動が「移転」である。
避難の相当性を認める基準について
ア次に,原告らの移動のうち,避難といえるものについて,避難の相当性を
認める基準についてであるが,前記2,3で検討したとおり,低線量被ばく10
に関する科学的知見は,未解明の部分が多く,1m㏜の被ばくによる健康影
響は明らかでないことなどの理由から,空間線量が年間1m㏜を超える地域
からの避難及び避難継続は全て相当であるとまではいえないし,一方で,政
府の策定した年間20m㏜は,避難指示の基準であって,それ以下であれば,
科学的知見によっても安全であるといい切れるわけではないから,空間線量15
が年間20m㏜を超える地域からの避難及び避難継続のみ相当であるとも
いい難い。
そもそも,避難の相当性の判断は,科学的判断そのものではないし,政策
的判断そのものでもなく,原子炉の運転等により,原子力損害が生じたとい
えるか,すなわち本件事故の結果として,当該原告が避難することが相当因20
果関係のある避難であり,原子力事業者等に損害賠償責任を負わせるべきで
あるかという法的な判断であるから,社会通念に従って,低線量被ばくの場
合であっても,避難者が放射線に対する恐怖や不安を抱き,放射線の影響を
避けるために避難し,その避難が当事者のみならず,一般人からみてもやむ
を得ないものであって社会通念上相当といえる場合は,本件事故と当該避難25
との間には,相当因果関係が認められると解される。そのため,上記のよう
な空間線量の値は,客観的な数値として,一般人が放射線に対する恐怖や不
安を抱くに足りる事情の一つではあるものの,これのみをもって判断すべき
ではない。そもそも,本件地震の発生による混乱の中,真偽の明確でない様々
な情報が入り乱れる状況であったことは容易に推測され,本件事故直後に,
空間線量の知識や情報を正確に入手及び理解できていた者は多いとはいえ5
ないし,避難者がみな,空間線量の値が高いことだけをもって避難したとい
うわけではないことは明らかであり,政府の避難指示等により,避難を余儀
なくされたことの有無のほか,福島第一原発との距離,周囲の住民の避難状
況,避難者個人が放射線の影響を懸念しなければならない特別の事情等が総
合勘案されることになる。10
イ避難指示等対象区域の居住者
この点で,まず,中間指針において,損害賠償の対象者,すなわち避難の
相当性が認められる避難等対象者とされたのは,主に避難指示等の対象区域
内の居住者であり,その区域は,避難区域,屋内退避区域,計画的避難区域,
緊急時避難準備区域,特定退避勧奨地点及びこれらの区域以外の南相馬市全15
域(いずれも中間指針策定時の区域設定)であるが,これらは,政府や地方
公共団体により避難行動を強制されたか,又は自主避難の促進等がなされて
いた区域である。このような区域の設定は,政府等が,100m㏜以下であ
っても,年間20m㏜を基準にして,当該区域において居住する者らに対す
る放射線の影響を考えて避難等を促しているのであるから,このような区域20
から避難することは極めて合理性があるといえるし,仮に区域の指定を受け
る前に避難した場合であっても,当該区域に戻ることができなくなるのであ
るから,避難を継続せざるを得なかったものであって,同様に極めて合理性
があるといえる。したがって,本件事故時に,この区域内に居住していた者
の避難は,当事者のみならず,一般人からみてもやむを得ないものであって25
社会通念上相当といえることは明らかであるから,避難の相当性が当然に認
められる。
ウ自主的避難等対象区域の居住者
次に,中間指針追補は,本件事故と自主的避難等に係る損害との相当因果
関係の有無は個々の事案毎に判断すべきものとしながら,賠償が認められる
べき一定の範囲を示すものとして策定されたものである。また,自主的避難5
等対象区域は,福島第一原発の状況が安定しない等の状況下で,①福島第一
原発からの距離,②避難指示等対象区域との近接性,③政府や地方公共団体
から公表された放射線量に関する情報,④自己の居住する市町村の自主的避
難の状況(自主的避難者の多寡など)等の要素を総合的に勘案して,放射線
被ばくへの相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり,また,10
その危険を回避するために自主的避難を行ったことについてやむを得ない
面がある地域として定められたものであり,上記勘案要素の内容からして,
このような区域指定には合理性があるといえる。また,この区域指定によっ
て,避難指示等対象区域以外の避難者と被告東電との損害賠償金の交渉や支
払が直接又はADRを通じてなされており,その結果,一定の成果を上げて15
いることは明らかであるから(前記第1の3),上記区域設定は,紛争の解決
基準として社会的に受け入れられ実際に機能しているものである。したがっ
て,自主的避難等対象区域からの避難は,原則として,当事者のみならず,
一般人からみてもやむを得ないものであって社会通念上相当といえるから,
避難の相当性が認められる。なお,上記区域指定には,被災者救済という政20
策的観点が含まれていることは,中間指針追補の性格上否定することはでき
ないが,上記のような勘案要素の合理性や損害賠償金の交渉や支払の定着と
いった紛争解決基準としての機能からすると,その区域の居住者の避難につ
いては,一応の合理性を認める根拠には十分なものと解され,合理性が否定
される例外的な場合は,政策上自主的避難等対象区域には入っているが,避25
難の相当性がない場合もあるという位置づけをすることができる。
もっとも,自主的避難等対象区域については,政府や地方公共団体等によ
って避難を余儀なくされた場合とは異なり,放射線被ばくへの相当程度の恐
怖や不安を抱いたことに相当の理由を認めるものであるから,このような自
主的避難の性格からして,本件事故後の避難の時期も,避難の相当性の判断
については考慮せざるを得ない。そして,本件事故から一定の期間経過した5
後になされた避難については,放射線量が,一般には低減する方向にあり,
政府の避難指示等の対象区域も再編され,本件事故による影響も一定落ち着
いた状況になった下の避難であるし,避難者の中で,特に放射線の影響が懸
念された子どもの避難者総数は,福島県内の市町村が把握している人数で,
平成24年4月1日以降,微増(平成24年4月1日~同年10月1日の福10
島県内避難者数)又は減少(平成24年4月1日以降の福島県外避難者数及
び同年10月1日以降の福島県内避難者数)となっていること(乙共140
の1~5),避難者の避難理由に,放射線の身体への影響に関する懸念があ
るとしても,時間の経過とともに,それ以外の事情も相対的に大きくなって
いくのが通常であることといった事情を指摘せざるを得ない。そうすると,15
既に避難した者の避難の継続の相当性はともかくとして,本件事故から一定
の期間経過した後になされた新たな避難は,本件事故と相当因果関係のある
避難であるとまで認めることは困難である。具体的時期とその理由について
は後述する。
そして,中間指針追補及び同第2次追補は,本件事故発生当初(本件事故20
から,屋内退避が解除されるとともに,計画的避難区域及び緊急時避難準備
区域の設定が指示された平成23年4月22日まで。同月21日には,警戒
区域の設定がなされた。)は,年齢等を問わず賠償の対象とし,本件事故当初
の時期が経過してからは,子ども及び妊婦について,賠償の対象としている。
これは,本件事故発生当初は,大量の放射性物質の放出による放射線被ばく25
への恐怖や不安を抱くことは,年齢を問わず合理性があるし,その後におい
ても,少なくとも子ども及び妊婦の場合は,放射線への感受性が高いことが
一般に認識されていることなどから,人口移動により推測される自主的避難
の実態からも,恐怖や不安を抱くことには合理性があるとの考え方を基本に
している。(以上につき,甲D共229の5の1,乙D共3・各7~8頁,甲
D共229の6,乙D共5・各14頁)。この考え方自体は,妥当であり,当5
裁判所も採用するところではあるが,中間指針追補及び同第2次追補におい
ても,本件事故当初の時期が経過してからは,子ども及び妊婦については「少
なくとも」賠償の対象としているにすぎず,そのほかの賠償を否定している
とまでは解されない。そのため,本件事故当初の時期を経過してからであっ
ても,①子どもや妊婦と同居していた子どもの両親や妊婦の夫については,10
一般人の生活実態からして,子どもや妊婦と同居するためであれば,避難の
相当性が認められるべきである。子どもや妊婦から遅れて避難する場合,自
らの避難の性格は薄くなるが,別居自体が本件事故によって生じたものであ
る以上,同居を回復するのは,本件事故と相当因果関係のある事柄であり,
避難の相当性が認められると解される。しかし,子どもや妊婦の避難生活が15
安定し,もはや本件事故と相当因果関係がない時期になれば,子どもの両親
や妊婦の夫についても,避難の相当性は認められない。また,②子どもや妊
婦と関係のない場合,例えば,高齢者一人による避難の場合であっても,1
00m㏜以下の低線量の被ばくでは,健康リスクが生じないと科学的に証明
されているものではないし,本件事故から短期間で,本件事故及び低線量の20
被ばくによる身体への影響について,科学的な理解や確信に到達すべきであ
るとするのは難しい面もあること,自主的避難者数は,推計でも,平成23
年5月から9月まで一時期を除き増加傾向にあること(乙D共138)から
すると,本件事故から長期間経過する前であれば,この場合も,避難の相当
性が認められるべきである。25
エ個別具体的事情による場合
中間指針追補では,上記ウに当たらない場合であっても,個別具体的事情
に応じて賠償の対象と認められ得るとしている。避難の相当性の判断は,損
害賠償責任の要件該当性の判断であり,本来,避難者それぞれの事情に応じ
たものであるはずであるから,中間指針追補の上記方針のとおり,自主的避
難等対象区域の居住者という類型に該当しない場合であっても,個別具体的5
事情によって,当事者のみならず,一般人からみても避難がやむを得ないも
のであって社会通念上相当といえる場合には,避難の相当性が認められる。
実際に,被告東電も,その賠償基準で,白河市をはじめとした福島県の県南
地域及び宮城県l町に住居があった子ども及び妊婦に対する賠償を認めて
支払をしている。これは,自主的避難等対象区域外であっても,被告東電が,10
個別具体的事情を前提にして福島県の県南地域及び宮城県l町に住居があ
った子ども及び妊婦を,損害賠償を行うべき対象者として類型化したものと
解される。
そして,個別具体的事情は,避難者毎に様々ではあるものの,中間指針追
補が自主的避難等対象区域を定めるについて,総合勘案する事情とした上記15
ウ①から④までの事情は,自主的避難等対象区域外の避難者の避難の相当性
を判断する際にも当然考慮されるべきであるし,類型化されない避難の相当
性の判断であることから,上記のほかにも,⑤避難を実行した時期が本件事
故当初の時期かそれ以後か,⑥居住地の自主的避難等対象区域との近接性の
ほか,⑦避難した世帯に子どもや放射線の影響を特に懸念しなければならな20
い事情を持つ者がいることなどの種々の要素を考慮して,上記ウの場合と同
等の場合又は同ウの場合に準じる場合は,当事者のみならず,一般人が放射
線の身体に対する影響を懸念したとしてもやむを得ないといえるから,避難
は社会通念上相当であると認めるべきである。なお,上記ウの場合に準じる
場合も含めたのは,自主的避難等対象区域の空間線量や避難者の多寡には市25
町村によって相当な幅があり(後記⑷ウ参照),個別具体的事情の場合,非定
型の判断の場合で,総合評価には幅があり得ることを踏まえて,限界的事例
では,相当性を否定するよりは,相当性を認めて,慰謝料等の額に差をもう
けたほうが,被害者救済に適すると考えたためである。
⑶避難の相当性の判断基準
上記⑵の基本的な考え方を踏まえて,避難の相当性を認めるべきであるのは,5
下記ア~ウの場合(以下「避難基準」という。)である。
ア本件事故時,中間指針が定める避難指示等対象区域に居住していた者が避
難した場合。
イ本件事故時,中間指針追補の定める自主的避難等対象区域に居住しており,
かつ,以下の又はのいずれかの条件を満たす場合。10
平成24年4月1日までに避難したこと。ただし,妊婦又は子どもを伴
わない場合には,避難時期を別途考慮する。
本件事故時,同居していた妊婦又は子どもが上記本文の条件を満たし
ており,当該妊婦又は子どもの避難から2年以内に,その妊婦又は子ども
と同居するため,その妊婦の配偶者又はその子どもの両親が避難したこと。15
ウ本件事故時,自主的避難等対象区域外に居住していたが,個別具体的事情
により,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合。
個別具体的事情としては,①福島第一原発からの距離,②避難指示等対象
区域との近接性,③政府や地方公共団体から公表された放射線量に関する情
報,④自己の居住する市町村の自主的避難の状況(自主的避難者の多寡など),20
⑤避難を実行した時期(本件事故当初かその後か),⑥自主的避難等対象区
域との近接性のほか,⑦避難した世帯に子どもや放射線の影響を特に懸念し
なければならない事情を持つ者がいることなどの種々の要素を考慮して,判
断する。なお,上記諸要素は,総合勘案すべき事情であるから,諸要素のそ
れぞれに,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場25
合であることが必要とまではいえない。
⑷避難基準ア~ウを設定した補足的な理由は,以下のとおりである。
アまず,避難基準アについては,前記⑵イのとおりである。
イ次に,避難基準イは,前記⑵ウのとおり,自主的避難等対象区域であって
も,本件事故から一定期間経過後の避難については,本件事故と相当因果関
係のある避難とは認められないところ,一定期間については,次の理由によ5
り,本件事故から平成24年4月1日までの期間とした。すなわち中間指針
第2次追補は,少なくとも子ども及び妊婦については,平成24年1月以降
も賠償の対象としていることから,平成24年1月以降も避難の相当性が認
められるべき期間があるべきであること,平成23年12月16日には,政
府が福島第一原発の原子炉の安定状態が達成されたとして本件事故の収束10
宣言を出しており,その時点から数か月の定着期間をみるのが相当であるこ
と,避難指示等対象区域が再編されたのが平成24年4月1日であり,同年
春以降は,子どもの避難者数は,微増又は減少傾向であったことなどから,
平成24年4月1日までの避難について,相当性を認めることとした。そし
て,同月2日以後の避難については,すでに早期に子が避難しており,別居15
して自主的避難等対象区域に残留していた親が同居するために避難するよ
うな例外的な場合を除いて,避難の相当性は認められないこととした。なお,
本件事故から当初の時期を経過すると,避難をしたのは,妊婦又は子どもを
伴う家族の事例が多いが(原告らも同様である。),避難者本人を含めた避難
家族で考えた場合に,妊婦又は子どもを伴わない場合には,時期について別20
ウ避難基準ウは,前記⑵エのとおり,個別具体的事情により,避難基準イの
場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合であるところ,自主的
避難等対象区域に居住していた者(避難基準イ)とは違い,一定の区域に居
住していた者に類型的に相当性を認める場合とは異なるから,諸要素として,25
本件事故から一定期間経過した後になされた避難か否かの点だけでなく,避
難を実行した時期もきめ細かく勘案されるべきである。すなわち,平成23
年4月22日までは,本件事故当初とみて重視すべきであるところ,その理
由は,本件事故の成り行きが全く不明であったのが,本件事故後数日間から
1か月程度であり,その後平成23年4月22日には,警戒区域,計画的避
難区域及び緊急時避難準備区域という区域が指定されたことからすると,本5
件事故への対応について一定程度の方針が定まった時期であるといえ,本件
事故直後の混乱時期は,それ以前と考えられるためである。本件事故後,混
乱期を脱した平成23年4月23日以降は,情報をある程度収集することが
可能になった時期であるから,上記の混乱期とは異なり,放射線の影響を懸
念しなければならないという,ある程度客観的な事情に裏付けられた合理的10
な理由が必要である。もっとも,この要素も,総合勘案の一要素であるから,
他の要素との相関関係にあることはいうまでもない。
そして,自主的避難等対象区域は,別紙7「中間指針追補における対象区
域」のとおり,福島第一原発から,概ね30㎞から100㎞にわたる圏内(福
島第一原発100㎞圏内)に位置しており,その大部分は概ね30㎞から815
0㎞にわたる圏内(福島第一原発80㎞圏内)に位置していることが,避難
基準ウの①の要素を考慮する際に参考になる。また,自主的避難等対象区域
の空間線量は様々であるが,別紙8「各市町村の環境放射能測定結果の推移
-①,②」のとおり,審査会における自主避難等対象区域等の放射線データ
(第24回審査会参考資料2,出典は福島県災害対策本部。乙D共137,20
丙D共65)では,本件事故当初の平成23年3月31日には,4.47µ
㏜/h(福島県d1町・m郵便局。福島第一原発からの方向及び距離(以下
同じ):西北西,約38㎞)~0.19µ㏜/h(福島県k2町・k2町役場:
西南西,約39㎞),同日から平成24年2月16日までの10か月余の期
間については,比較的値の大きな福島市役所で2.61µ㏜/h~0.9325
µ㏜/h(北西,約62㎞),福島県伊達市e4公民館で2.16µ㏜/h~
1.59µ㏜/h(北西,約47㎞)であり,比較的値の小さな福島県k2
町役場で0.19µ㏜/h~0.09µ㏜/h(上記同),福島県j4村役場
で,0.24µ㏜/h~0.13µ㏜/h(南西,約67㎞)であったこと
(全体として,福島第一原発から北西方向の場所の空間線量の値が高く,南
西及び南方向の場所の同値が低く,西方向の場所の同値がそれらの中間の値5
となる傾向がある。)が,避難基準ウの③の要素を考慮する際に参考になる。
さらに,自主的避難者の多寡も,市町村によって相当に違いがあり,審査会
における自主的避難等対象区域等の放射線データ(第18回審査会参考資料
2,福島県の集計。乙D共138,丙D共66)では,平成23年3月15
日時点の人口に占める自主的避難者数(地震及び津波による自主的避難者数10
を含む。)は,いわき市4.5%,郡山市1.5%,福島市1.1%であり,
一方で,田村市0.1%,k2町0.1%,j1町0.1%であったことは,
避難基準ウの④の要素を考慮する際に参考になる。
5避難の相当性の判断について(各論)
以上を踏まえた上で,各原告の避難の相当性に関する判断は,以下のとおりで15
ある(以下,【】内の数字は,各原告の原告番号を表す。)。移動が避難であること
が明らかなものは,直接避難と認定した。損害の認定ともかかわるので,各原告
の所帯の詳細と避難の経緯は,本項とは別に,後記第5節の第2(各原告の損害
額)でも事実認定をした。別紙避難経路等一覧表は,各原告の避難経路等をまと
めたものであり,避難の相当性を認める場合には,損害額欄に損害額を(後記第20
5節の第3(各原告の損害額)参照),避難の相当性を認めない場合には,損害額
欄を0円と,それぞれ記載している。
⑴原告番号1
【1】は,平成23年3月12日から13日にかけて,政府の避難指示に基
づき,当時居住していた福島県双葉郡a8町(警戒区域,居住制限区域(平成25
29年4月1日解除))から京都市へ避難した(甲D1の1,1の2の1,原告
【1】本人)。
したがって,避難基準アに該当するから,当該避難は本件事故と相当因果関
係があると認める。
⑵原告番号2
ア【2-1,3,4】は,平成23年3月14日から15日にかけて,当時5
居住していた福島県郡山市(自主的避難等対象区域)から大阪府へ避難した
(甲D2の1の1,2の2の1,原告【2-1】本人)。
したがって,避難基準イ
当因果関係があると認める。
イ【2-2】は,平成25年4月,福島県郡山市から京都市へ避難している10
ところ,これは,家族状況からして,先に避難した【2-1,3,4】と同
居するためもあって京都市へ避難したものである(甲D2の1の1,2の2
の1,原告【2-1】本人)。
しかし,避難時期からして,避難基準イ該当せず,当該避難は本件事
故と相当因果関係があるとは認められない。15
⑶原告番号3
【3-1,2】(避難時55歳,59歳)は,平成23年3月16日,当時居
住していた福島県郡山市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲
D3の1の1,3の2の1,原告【3-1】本人)。
同避難は,いずれも子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イた20
だし書からすると,避難時期の考慮が必要であるが,避難時期は,本件事故当
初であるから,避難はやむを得ないものと考えられる。したがって,避難基準
イに該当し,当該避難は本件事故と相当因果関係があると認める。
⑷原告番号4
【4-1】(避難時32歳)は,平成23年7月4日,【4-2】(避難時3225
歳)は,同月19日,それぞれ当時居住していた福島市(自主的避難等対象区
域)から京都市へ避難した(甲D4の1,4の2の1,4の2の2,原告【4
-2】本人)。
同避難は,いずれも子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イた
だし書からすると,避難時期の考慮が必要であるが,いまだ自主的避難者が増
えていた平成23年7月であることからすると,避難はやむを得ないものと考5
えられる。したがって,避難基準イに該当し,当該避難は本件事故と相当因
果関係があると認める。
⑸原告番号5
【5】は,平成23年3月16日,当時居住していた福島県郡山市(自主的
避難等対象区域)から,京都市へ避難した(甲D5の1,原告【3-1】本人。)10
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書か
らすると,避難時期の考慮が必要であるが,避難時期は,本件事故当初である
から,避難はやむを得ないものと考えられる。したがって,避難基準イ
に該当するから,当該避難は本件事故と相当因果関係があると認める。
⑹原告番号615
ア【6-1,2】は,平成23年3月19日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から,埼玉県へ避難した(甲6の1,6の2の1,原
告【6-1】本人)。
したがって,避難基準イ
当因果関係があると認める。20
イ【6-3】は,【6-2】が妊婦で,前記避難時に出生していなかったので
あるから(甲6の1,6の2の1,原告【6-1】本人),避難したという評
価をすることはできず,避難の相当性を判断する必要がない。
⑺原告番号7
ア【7-1~6】は,平成23年3月17日,当時居住していた福島県いわ25
き市(自主的避難等対象区域)から神奈川県へ避難し,同月26日,福島県
いわき市へ戻った(甲D7の1,原告【7-1】本人)。
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ本文に該当し,当該避難は本件事故と相当因果
関係があると認める。
なお,【7-1~4】は,平成23年5月にも,神奈川県へ避難したと述べ5
るが(上記各証拠),これは数日間であり,しかも本件事故発生当初の期間を
過ぎているから,短期間のうちに戻ってくる前提のもとでの移動といえ,避
難とは認められない。
イまた,【7-2~6】は,平成23年6月8日,当時居住していた福島県い
わき市から秋田県へ避難し,【7-2,3】は,平成24年2月頃,福島県い10
わき市へ戻った(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
当因果関係があると認める。なお,【7-1】も,秋田県へ避難したと述べる
が(上記各証拠),翌々日に戻っていることからすれば,子である【7-2,
3】の避難に同行したものとみられ,【7-1】自身の避難行動とは異なるか15
ら,避難とは認められない。
ウ【7-1~3】は,平成24年3月29日,当時居住していた福島県いわ
き市から京都市へ避難した(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
当因果関係があると認める。20
⑻原告番号8
【8-1~3】は,平成23年10月17日,当時居住していた福島県郡山
市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲D8の1,8の2の1,
原告【8-1】本人)。
したがって,避難基準イ25
因果関係があると認める。
⑼原告番号9
ア【9-1,3,4】は,平成23年3月12日,当時居住していた福島市
(自主的避難等対象区域)から福島県会津若松市へ避難し,同月14日,福
島市へ戻った(甲D9の1,原告【9-1】本人)。
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難したものと認5
められるから,避難基準イ
関係があると認める。
なお,【9-3,4】は,平成23年3月,再び福島県会津若松市へ避難し
たと述べるが(上記各証拠),これは数日間,一旦福島市へ戻った後に行われ
た移動であり,短期間のうちに戻ってくる前提のもとでの移動といえるから,10
避難とは認められない。
イ【9-1,3,4】は,平成23年8月3日から同月4日にかけて,当時
居住していた福島市から京都市へ避難した(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。15
ウ【9-2】は,平成23年8月21日,当時居住していた福島県会津若松
市から,京都市へ避難した(上記各証拠)。当該避難は,自主的避難等対象区
域外からなされた避難であり,避難基準ウの該当性が問題となる。
当該避難については,居住場所から福島第一原発までの距離が約99㎞で,
自主的避難等対象区域が概ね含まれる福島第一原発80㎞圏内を越えるこ20
と(乙D9の3),当該避難の時期(平成23年8月)の近くのモニタリング
ポスト(n1町役場o支所)の空間線量は,0.10~0.14µ㏜/hで
あること(乙D共208の6)が認められる。そのほかにも,当該避難が,
本件事故当初ではなく,当初の混乱期を脱した平成23年4月23日以降に
行われたものであること,【9-2】の妹弟である【9-3,4】は当時それ25
ぞれ18歳,16歳で未成年者であったが,母である【9-1】と同居して
おり,【9-2】は,当時24歳であり,本件事故当時,仕事のために【9-
1,3,4】とは別居しており,【9-3,4】の日常生活上の世話をしてい
たわけではないこと(甲D9の1,原告【9-1】本人)といった事情が認
められる。
これらの事情を総合勘案すると,本件記録に表れた他の事情を考慮しても,5
【9-2】が自らのためとしても,【9-3,4】の監護の補助者としても,
その避難が,個別具体的事情によっても,避難基準イの場合と同等の場合又
は同場合に準じる場合とまではいいがたい。したがって,【9-2】の上記避
難は,本件事故と相当因果関係があるものと認めることはできない。
⑽原告番号1010
ア【10-1,3】は,平成23年3月19日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から千葉県へ避難し,同年4月3日,福島市へ戻った
(甲D10の1,10の2の1,原告【10-2】本人)。
当該避難については,避難基準イ
相当因果関係があると認める。15
イまた,【10-1,3】は,平成23年4月11日,当時居住していた福島
市から長野県へ避難した(上記各証拠)。
当該避難についても,避難基準イ
相当因果関係があると認める。
⑾原告番号1120
ア【11-1~4】は,平成23年3月16日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から山形県へ移動し,【11-1】は,同月18日に福
島市へ戻り,【11-4】は同年4月8日に,【11-2,3】は同月24日
に,それぞれ移転先の北海道から福島市へ戻った(甲D11の1の1~3,
原告【11-1】本人)。25
これらの各移動のうち,【11-1】については,短期間であるものの,本
件事故直後の移動であることからして,避難したものと認められるし,【1
1-2~4】については,本件事故直後の移動で,一定期間避難場所に滞在
しているから,避難であることが明らかであり,いずれの避難も,避難基準
イ果関係があると認める。
イ【11-2,3】は,平成23年5月10日,福島市から福島県喜多方市5
へ避難し,同年7月24日,福島市へ戻った(上記各証拠)。
この避難は,避難基準イ
と認める。
ウまた,【11-2,3】は,当時居住していた福島市から,青少年支援プロ
ジェクトに参加するため沖縄県に一時滞在した後,平成23年8月23日,10
京都市へ避難した(上記各証拠)。
上記移動のうち,福島市から沖縄県への移動は,短期間であり,その目的
からして避難とは認められないが,京都市へ移動したことについては,福島
市から避難したとみることができるため避難にあたるから,避難基準イ
文に該当し,本件事故と相当因果関係があると認める。15
⑿原告番号12
ア【12-1,2】並びに【12-1,2】の長男及び次男(以下,⑿にお
いては,それぞれ「長男」「次男」という。)は,平成23年3月14日,当
時居住していた福島市(自主的避難等対象区域)から京都市へ移動し,同年
4月1日に【12-2】が,同月5日に【12-1】と次男が,それぞれ福20
島市へ戻った(甲D12の1,12の1の2・3,原告【12-1】本人)。
これは,本件事故直後の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ
関係があると認める。なお,【12-1】と次男は,平成23年7月頃にも,
京都市へ避難した旨述べるが(上記各証拠),夏休みの間のみの移動である25
ことからすれば,居住地へ短期間のうちに戻る前提での移動であるといえ,
避難とは認められない。
イ【12-1】と次男は,平成23年9月25日,福島市から京都市へ避難
した(上記各証拠)。
これは,避難基準イは本件事故と相当因果関係が
あると認める。5
⒀原告番号13
ア【13-1~3】は,平成23年5月26日,当時居住していた茨城県つ
くば市から京都市へ避難した(甲D13の1,13の2の1・2,原告【1
3-1】本人)。
当該避難は,平成24年4月1日までになされた避難であり,自主的避難10
等対象区域外からの避難であるから,避難基準ウの該当性が問題となる。
イ【13-3】は避難当時4歳であり,年少者で,【13-1,2】と同居し
ていた(上記各証拠)。もっとも,【13-1~3】の自宅から福島第一原発
までは約172㎞の距離があり(乙D13の1),上記避難時に近い平成2
3年5月27日時点の【13-1~3】の自宅近くのモニタリングポスト(二15
の宮幼稚園)における空間線量は,0.20µ㏜/h(地表から100㎝)
~0.27µ㏜/h(地表付近)であったこと(乙D共210の1),同年6
月20日以降の測定においてはさらに減少傾向がみられること,本件事故の
前後でつくば市の人口は増えており,【13-1~3】の周囲でも【13-1
~3】のほかに自主的避難をした者はいなかったこと(乙D共210の2,20
乙D13の3~5,原告【13-1】本人)が認められる。
ウ以上の事情を総合勘案すると,個別具体的事情によっても,【13-1~
3】の上記避難は,避難基準イの場合と同等の場合又は避難基準イの場合に
準じる場合とまではいいがたい。当裁判所としては,長年不妊治療を続けて
【13-3】をもうけることができたことから,【13-3】を守りたかった25
という【13-1,2】の心情(甲D13の1,【13-1】本人)は十分理
解するものであるが,諸事情を総合勘案した際の上記判断は,やむを得ない
ものであると考える。
したがって,【13-1~3】の避難が,本件事故と相当因果関係のある避
難であるとは認められない。
⒁原告番号145
ア【14-1】は平成23年5月12日,【14-2,4】は同月13日,そ
れぞれ当時居住していた福島県郡山市(自主的避難等対象区域)から京都市
へ避難した(甲D14の1,14の2の1・2,原告【14-1】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。10
イなお,【14-3】は,【14-2】が妊婦で,前記避難時に出生していな
かったのであるから,避難したという評価をすることはできず,避難の相当
性を判断する必要がない。
⒂原告番号15
ア【15-1,2】は,平成24年2月24日に,【15-3,4】は,同年15
4月5日に,それぞれ当時居住していた福島県大沼郡n1町から京都市へ避
難した(甲D15の1の1・2,15の2の1~3,原告【15-1】本人)。
【15-1,2】の避難は,平成23年4月23日以降平成24年4月1
日までになされた避難であり,自主的避難等対象区域外からの避難であるか
ら,避難基準ウの該当性が問題となる。【15-3,4】についても,上記期20
間から4日経過した後の避難であるが,これに準じるものとして,同様の検
討をする。
イ【15-2】は当時10歳であり,【15-1,3,4】と同居していたと
ころ,【15-2】は,【15-1】の子であり,【15-3,4】は,【15
-1】の妹である(上記各証拠)。自宅から福島第一原発までは約105㎞の25
距離がある(乙D15の1)。そのため,自宅は,自主的避難等対象区域全部
が含まれる福島第一原発100㎞圏内の外にあることになる。自宅近辺の空
間線量については,本件事故直後である平成23年3月20日,モニタリン
グポスト(n1町役場o支所)において0.53µ㏜/hを観測したものの
(乙D共208の1),翌月には最大0.21µ㏜/hと減少傾向となり(乙
D共208の2),避難時に最も近い平成24年2月時点では,最大で0.15
0µ㏜/hを観測しており(乙D共208の12),同町内における他のモニ
タリングポスト(n1町役場p庁舎)を見ても,平成24年4月前半の時点
では,最大で0.13µ㏜/hであった(乙D共117の2)。また,【15
-2】は,平成24年4月,甲状腺障害の一種である橋本病であるとの診断
を受け,当初は2か月に一度,平成29年5月段階では1年に一度検査を受10
け続けており,医師から今後も長期間の検査が必要と言われている。(甲D
15の1の1・2,原告【15-1】本人)。
ウ以上の事情を総合勘案すると,個別具体的事情によっても,【15-3,
4】の上記避難は,避難基準イの場合と同視できる場合又は同場合に準じる
場合とまではいいがたい。したがって,【15-3,4】の避難は,本件事故15
と相当因果関係のある避難であるとは認められない。
エ他方で,【15-1,2】については,【15-2】について,特殊な事情
があり放射線の影響を特に懸念しなければならない特別な事情がある可能
性があるので,さらに検討する。【15-2】は,上記のとおり,避難直後の
平成24年4月,甲状腺障害の一種である橋本病であるとの診断を受けてお20
り,本件事故との因果関係は明らかではないものの,4歳の頃に病気になり,
毎年検査を受けており,避難前から体調不良を感じていたこと(甲D15の
2の1~3,原告【15-1】本人)からすれば,本件避難は橋本病の悪化
を直接懸念したものではなかったものの,体調不良の悪化を避ける理由もあ
ったと推認され,橋本病が判明してからは,その悪化を避けるために避難を25
続けたものと認められる。そうすると,前記事情があるところ,一般的に被
ばくをした場合に,甲状腺に影響を及ぼすことが知られており,【15-2】
の橋本病が本件事故によるものと断定されていないとしても,そのようなリ
スクを持つ者が,居住地に帰らないと判断することは,当事者のみならず,
一般人から見てもやむを得ない面があるから,全体としてみると,【15-
1,2】が避難した判断は,社会通念上相当であり,合理的な理由に基づく5
避難と認められる。もっとも,上記イで述べた事情もあることから,個別具
体的事情によって,避難基準イの場合と同等とまではいいがたいが,その
場合に準じる場合ということはできる。
したがって,【15-1,2】の避難は,本件事故と相当因果関係のある避
難と認めることができる。10
⒃原告番号16
ア【16-1,2】は,本件事故当時,福島県二本松市(自主的避難等対象
区域)に居住していたが,地震のため帰宅することができず,福島市に一時
滞在し,平成23年3月19日,福島市から新潟県へ移動した(甲D16の
1の1,16の2の1・2,原告【16-1】本人)。15
新潟県への移動は,地震のために福島県二本松市に帰宅できなかったとい
う側面もあるものの,同市に近い福島市にとどまらずに,新潟県へ移動した
のであるから,本件事故による避難とみることができる。したがって,避難
基準イ
イまた,【16-1,2】は,平成23年11月9日,当時居住していた福島20
市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。
なお,【16-1,2】は,平成23年5月から10月にかけて,多数回,
東京都や青森県などの複数の地域に避難した旨述べるが(甲D16の1の1,25
原告【16-1】本人),いずれも,滞在先における滞在期間が短く,居住地
へ短期間のうちに戻ってくる前提のもと,移動したものか,避難先を探すた
めの移動であるから,避難と認めることはできない。
⒄原告番号17
【17-2】は,平成23年7月20日,【17-1】は,平成24年3月1
4日,それぞれ福島市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した。【175
-1】は,子である【17-2】と同居する目的もあった。(甲D17の1の1,
17の2の1・2)。
したがって,【17-2】の避難は,避難基準イ【17-1】の避
難は,避難基準イにそれぞれ該当し,いずれの避難も本件事故と相当因果関
係があると認める。10
なお,【17-1,2】は,平成23年5月,福島県会津地方に避難した旨述
べるが(甲D17の1の1),その時期が本件事故当初ともいい難く,期間も2
日という短いものであり,居住地へ短期間のうちに戻る前提での移動であると
いえるから,避難とは認められない。
⒅原告番号1815
【18】は,【18】の子ら2名(当時9歳と8歳)及び両親とともに,平成
23年3月12日,福島県南相馬市(緊急時避難準備区域,平成23年9月3
0日解除)から福島市(避難所)へ避難し,同年4月2日,【18】は,その子
ら2名とともに,福島市から京都市へ避難した(甲D18の1の1,18の2
の1・2,原告【18】本人)。20
これらの避難は,緊急時避難準備区域に指定された場所からの避難であり,
避難基準アに該当するから,当該避難は本件事故と相当因果関係があると認め
る。
⒆原告番号19
ア【19-1,3,4】は,平成23年4月20日,当時居住していた福島25
県郡山市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲D19の1の
1,19の2・2の2,原告【19-1】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。
イ【19-2】は,平成27年4月,事業を整理して,【19-1,3,4】
と同居するために福島県郡山市から京都市へ避難した(甲D19の1の1,5
19の2・2の2,原告【19-1】本人)。
これは,【19-1,3,4】の避難から約4年が経過していることを踏ま
えると,避難基準イ本件事故と
相当因果関係のある避難であるとは認めることはできない。
⒇原告番号2010
ア【20-1,3~6】は,平成23年3月24日,当時居住していた福島
市(自主的避難等対象区域)から埼玉県へ移動し,同年4月5日,福島市へ
戻った(甲D20の1の1,20の2の1・2・5,原告【20-1】本人)。
これは,本件事故直後の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ因果15
関係があると認める。
イ【20-1,4~6】は,平成24年1月4日,当時居住していた福島市
から京都市へ避難した(上記各証拠)。
これは,避難基準イ
があると認める。20
原告番号21
ア【21-1,3,4】は,平成23年3月19日,当時居住していた福島
県二本松市(自主的避難等対象区域)から神奈川県へ避難し,同年4月2日,
福島県二本松市へ戻った(甲D21の1の1,21の2の1,原告【21-
1】本人)。25
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難と認められる
から,避難基準イ
ると認める。
なお,【21-2】も,避難した旨述べるが(甲D21の1の1,原告【2
1-1】本人),【21-1,3,4】の避難に同行したにとどまり,直後に
帰宅したものと認められ,【21-2】自身の避難行動とは異なるし,子らと5
の同居のためともいえないから,避難とは認められない。
イ【21-1,3,4】は,平成23年5月20日,当時居住していた福島
県二本松市から京都市へ避難した(上記各証拠)。
これは,避難基準イ
があると認める。10
ウ【21-2】は,平成24年7月12日,【21-1,3,4】と同居する
ためもあって,福島県二本松市から京都市へ避難した。【21-3,4】は,
【21-1,2】の子らであり,避難時6歳と2歳であった。(上記各証拠)
【21-2】の避難は,【21-3,4】の避難から2年以内の避難である
から,その目的からして,避難基準イ15
当因果関係があると認める。
原告番号22
ア【22-1,2】は,平成23年3月17日,福島県郡山市(自主的避難
等対象区域)から,茨城県へ避難し,同年3月21日,福島県郡山市へ戻っ
た(甲D22の1の1,22の2の1,原告【22-1】本人)。20
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難と認められる
から,避難基準イ
ると認める。
イ【22-1,3】は,平成24年2月3日,福島県郡山市(自主的避難等
対象区域)から京都市へ避難した(上記各証拠)。25
したがって,避難基準イし,当該避難は本件事故と相当因果
関係があると認める。
原告番号23
【23-1~5】は,平成23年3月28日から29日にかけて,当時居住
していた福島県いわき市(自主的避難等対象区域)から,京都市へ移動し,【2
3-3】は,平成23年4月3日,【23-2】は,平成24年5月2日,それ5
ぞれ福島県いわき市へ戻った(甲D23の1の1,23の2の1,原告【23
-1】本人)。
【23-3】の移動は,短期間であるが,本件事故当初の移動であり,避難
したと認められ,【23-1,2,5】の移動は,避難であることが明らかであ
る。これら避難は,避難基準イ10
係があるものと認める。
【23-4】は,平成23年4月から進学のため,京都に居住する予定だっ
たこと(甲D23の1の1,原告【23-1】本人),移動した時期が同年3月
28日であることからすれば,その移動は進学のためであって避難と認めるこ
とはできない。15
原告番号24
ア【24-2,3】は,平成23年3月15日,【24-1】は,同月22日,
それぞれ福島市(自主的避難等対象区域)から新潟県へ避難し,【24-1~
3】は,同月24日,福島市へ戻り,【24-2,3】は,同月31日,福島
市から新潟県へ避難し,同年4月14日,福島市へ戻った(甲D24の1の20
1,24の2・2の2,原告【24-2】本人)。
これらは,いずれも本件事故当初の移転であり,短期間であっても避難し
たものと認められるから,避難基準イ
と相当因果関係があると認める。
なお,【24-2,3】は,平成23年4月から7月にかけて,山形県及25
び宮城県へ避難したと述べるが(甲D24の1の1,原告【24-2】本人),
一旦避難から戻ったあとに,いずれも1日から数日の間であることからすれ
ば,短期間のうちに戻ってくる前提のもとでの移動といえ,避難とは認めら
れない。また,【24-4】は,【24-2】が妊婦で,前記避難時に出生し
ていなかったのであるから,避難したという評価をすることはできず,避難
の相当性を判断する必要がない。5
イ【24-2~4】は,平成23年7月14日,福島市から京都市へ避難し
た(甲D24の1の1,24の2・2の2,原告【24-2】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。
ウ【24-1】は,平成24年10月6日,【24-2~4】と同居するため10
もあって,福島市から京都市へ避難した。【24-3,4】は,【24-1,
2】の子らであり,上記イの避難時2歳と0歳であった。(上記各証拠)。
【24-1】の避難は,【24-2~4】の各避難から2年以内の避難であ
るから,その目的からして,避難基準イ
相当因果関係があると認める。15
原告番号25
ア【25-2~5】は,平成23年3月15日,【25-1】は,平成23年
3月18日,福島県郡山市(自主的避難等対象区域)から福島県会津若松市
へ移動し,同月25日,福島県郡山市へ戻った(甲D25の1の1・2,2
5の2の1,原告【25-2】本人)。20
これは,本件事故直後の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ
関係があると認める。
イ【25-2~5】は,平成23年7月26日,福島県郡山市から京都市へ
避難した(上記各証拠)。25
したがって,避難基準イ本文に該当し,当該避難は本件事故と相当因果
関係があると認める。
ウ【25-1】は,平成25年3月29日,【25-2~5】と同居するため
もあり,福島県郡山市から京都市へ避難した。【25-3~5】は,【25-
1,2】の子らであり,上記イの避難時6歳,3歳,0歳であった。(上記各
証拠)。5
【25-1】の避難は,【25-2~5】の避難から約1年8か月後の避難
であり,2年以内の避難であるから,その目的からして,避難基準イ
当しており,本件事故と相当因果関係があると認める。
原告番号26
ア【26-1~5】は,平成23年3月13日,当時居住していた福島県郡10
山市(自主的避難等対象区域)から神奈川県へ移動し,【26-1】は,同年
3月18日,【26-2~5】は,同月27日,それぞれ福島県郡山市へ戻っ
た(甲D26の1の1)。
これは,本件事故直後の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ15
関係があると認める。
なお,【26-2~5】は,平成23年4月から5月にかけて,静岡県及
び京都府へ避難したと述べるが(上記証拠),いずれも数日間であることか
らすれば,短期間のうちに戻ってくる前提のもとでの移動といえるか,又は
避難のための下見の移動であるから,避難とは認められない。20
イまた,【26-2~5】は,平成23年6月2日,福島県郡山市から京都市
へ避難した(上記証拠)。
これは,避難基準イ
があると認める。
ウ【26-1】は,平成25年5月頃,【26-2~5】と同居するためもあ25
って,福島県郡山市から京都市へ避難した(上記証拠)。
これは,【26-1】が【26-2~5】と同居するためもあるから,【2
6-2~5】の避難から2年以内の避難であり,その目的からして,避難基
準イ本件事故と相当因果関係のある避難であると認める。
原告番号27
ア【27-2~4】は,平成23年8月30日,当時居住していた福島市(自5
主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲D27の1の1,27の2
の1,原告【27-2】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認められる。
なお,【27-1~4】は,平成23年5月から8月にかけて,群馬県や宮10
城県等へ多数回避難した旨述べるが(甲D27の1の1,原告【27-2】
本人),いずれも,滞在先における滞在期間が短く,居住地へ短期間のうちに
戻ってくる前提のもと,移動しているものとみ得るものか,又は避難先を探
すための移動であるから,避難と認めることはできない。
イ【27-1】は,平成24年8月19日,【27-2~4】と同居するため15
もあって,福島市から京都市へ避難した。【27-3,4】は,【27-1,
2】の子らであり,上記アの避難時13歳と7歳であった。(甲D27の1の
1,27の2の1,原告【27-2】本人)。
【27-1】の避難は,【27-2~4】の避難から2年以内に避難したも
のであり,その目的からして,避難基準イ20
と相当因果関係があると認める。
原告番号28
【28】(避難時77歳)は,平成23年3月15日,当時居住していた福島
市(自主的避難等対象区域)から京都府へ避難した(甲D28の1の1,28
の2の1,原告【28】本人)。25
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イからすると,
避難時期の考慮が必要であるが,避難時期は,本件事故当初であるから,避難
はやむを得ないものと考えられる。したがって,避難基準イに該当し,当該
避難は本件事故と相当因果関係があると認める。
原告番号29
ア【29-1,2】は,平成23年3月15日,当時居住していた福島県い5
わき市(自主的避難等対象区域)から東京都へ移動し,同年4月1日,福島
県いわき市に戻った(甲D29の1,29の2・2の2,原告【29-1】
本人)。
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難したものと認
められるから,避難基準イ10
があると認める。
イまた,【29-1,2】は,平成23年7月23日,福島県いわき市から京
都市へ避難した(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。15
原告番号30
ア【30-1~3】は,平成23年3月18日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から京都市へ避難し,【30-1】は同月19日,【3
0-2,3】は同月28日,それぞれ福島市に戻った(甲D30の1,30
の1の2,原告【30-2】本人)。20
これらは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難したものと
認められるから,避難基準イ本文に該当し,当該避難は本件事故と相当因
果関係があると認める。
なお,【30-1~3】は,平成23年6月にも京都市へ避難した旨述べる
が(上記各証拠),滞在期間が短く,居住地へ短期間のうちに戻る前提のも25
と,移動しているものといえるから,避難と認められない。
イまた,【30-2,3】は,平成23年7月30日,当時居住していた福島
市から京都市へ避難した(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ本文に該当し,当該避難は本件事故と相当因果
関係があると認める。
なお,同日,【30-1】も避難した旨述べるが(上記各証拠),【30-2,5
3】の避難に同行したにとどまり,翌日には帰宅しており,【30-1】自身
の避難行動とは異なるから,避難とは認められない。
原告番号31
【31-2,3】は,平成23年8月5日,当時居住していた福島市(自主
的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲D31の1の1,31の2の110
~3,原告【31-2】本人)。
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号32
【32-1~5】は,平成23年3月14日から18日にかけて,当時居住15
していた福島県いわき市(自主的避難等対象区域)から滋賀県へ避難した(甲
D32の1の1,32の2の1~3,原告【32-1】本人)。
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号3320
ア【33-2,3】は,平成23年3月18日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から京都府へ避難した(甲D33の1,33の2の1
~2,原告【33-2】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。25
なお,【33-1】も,避難した旨述べるが(甲D33の1,原告【33-
2】本人),【33-2,3】の避難に同行したにとどまり,2日後に帰宅し
たものであり,【33-1】自身の避難行動とは異なるから,避難とは認めら
れない。
イ【33-1】は,平成24年1月24日,先に避難していた【33-2,
3】と同居することも目的として,当時居住していた福島市(自主的避難等5
対象区域)から京都府へ避難した。【33-3】は,【33-1,2】の子で
あり,上記アの避難時1歳であった。(甲D33の1,33の2の1~2,原
告【33-2】本人)。
【33-1】の避難は,【33-3】の避難から2年以内の避難であるか
ら,その目的からして,避難基準イ10
因果関係があると認める。
原告番号34
ア【34-1~4】は,本件事故当時福島県白河市に居住していたが,【34
-1】が【34-4】を出産した後に,【34-1】の実家のある福島県西白
河郡q村に移転した。【34-2】は平成24年2月24日,【34-1,3,15
4】は,同月25日,それぞれ福島県西白河郡q村から京都市へ避難した(甲
D34の1,34の2の1~3,原告【34-1】本人)。
当該避難について,避難基準ウの該当性がそれぞれ問題となる。
イ本件事故時,【34-1】は【34-4】を妊娠中であり,事故後出産した
子(【34-4】)及び上記アの避難時4歳の【34-3】と同居していたこ20
と,【34-1~4】が居住していた福島県白河市から福島第一原発までは
約82㎞の距離があり,同原発80㎞圏内に近いこと,事故後転居した福島
県西白河郡q村の自宅からの福島第一原発までの距離もほぼ同じであるこ
と,上記白河市及び同q村は,いずれも被告東電の賠償基準で,県南地域と
して賠償の対象区域となっていることが認められる(乙D34の1,原告【325
4-1】本人,乙D共35)。
ウ以上を踏まえると,上記避難は,自主的避難等対象区域からの平成24年
4月1日までの避難と同視することができるから,避難基準イの場合と同
等の場合ということができる。【34-1~4】は,本件事故後にいったん転
居しているが,転居先でも同様の状況であったといえ,そのことが避難の相
当性を判断するにあたって影響を及ぼすものとは認められないから,結局,5
【34-1~4】の避難は本件事故と相当因果関係があると認められる。
原告番号35
【35-1~5】は,平成23年3月12日から16日にかけて,当時居住
していた福島県いわき市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難した(甲
D35の1の1,原告【35-1】本人)。10
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号36
ア【36-2】(避難時63歳)は,平成23年3月17日,当時居住してい
た福島県田村郡k1町(自主的避難等対象区域)から東京都へ避難したが,15
同年6月10日,福島県田村郡k1町へ戻った(甲D36の1,36の2の
1,原告【36-2】本人)。
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書
からすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,本件事故当初の避
難であることからすると,避難はやむを得ないものと考えられる。したがっ20
て,避難基準イに該当し,当該避難は本件事故と相当因果関係があると認
める。
また,【36-2】は,平成23年6月から平成24年3月までの間,東
京都へ避難していたと述べるが(甲D36の1,原告【36-2】本人),
その間の東京都における滞在日数はわずか7日であり,避難していたという25
実態が認められない。
イまた,【36-2】,は,平成24年3月6日から10日にかけて,当時居
住していた福島県田村郡k1町から東京都を経由し,大阪府へ避難した(甲
D36の1,36の2の1,原告【36-2】本人)。
同避難も,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イからする
と,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,平成24年3月になってお5
り,避難はやむを得ないものとまではいえない。したがって,避難基準イ
に該当せず,当該避難は本件事故と相当因果関係があると認められない。
ウ【36-1】(避難時67歳)は,平成24年5月1日,【36-2】と同
居するためもあって,当時居住していた福島県田村郡k1町から京都市へ避
難し,同年11月23日,福島県田村郡k1町へ戻った(上記各証拠)。10
しかし,上記避難が,【36-1】自身の避難とみても,本件事故から1年
以上が経過した後の避難であるし,【36-2】と同居目的の避難とみても,
上記のとおり,【36-2】は避難当時63歳で,子ども又は妊婦を伴わず,
その大阪府への避難に避難の相当性は認められないから,いかなる意味でも,
【36-1】の避難は避難基準イに該当しない。したがって,当該避難は,15
本件事故と相当因果関係があるとは認められない。
原告番号37
ア【37-1,2】(避難時67歳,65歳)は,平成23年3月14日,当
時居住していた福島県郡山市(自主的避難等対象区域)から福島県会津若松
市へ避難し,同年3月21日,福島県郡山市へ戻った(甲D37の1,3720
の1の2,37の2,原告【37-1】本人)。
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書
からすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,本件事故当初の避
難であることからすると,避難はやむを得ないものと考えられる。したがっ
て,避難基準イ25
める。
イまた,【37-1,2】は平成25年4月26日,先に避難していた娘家族
【25-1~5】との実質的な同居(同じ団地での居住)のためもあり,福
島県郡山市から京都市へ避難した(上記各証拠)。
当該避難は,時期からして,避難基準イ本文に該当しないし,娘家族と
の同居は,両親としてではなく,祖父母としての子どもとの同居であること5
から,避難基準イにも該当しない。したがって,本件事故と相当因果関係
のある避難であると認めることはできない。
原告番号38
ア【38】は,平成23年3月15日,同居していた長男(当初避難時8歳)
とともに,当時居住していた福島県大沼郡n2町から広島県へ避難し,同年10
4月5日,福島県大沼郡n2町へ戻った(避難①,甲D38の1の1,38
の2の2,原告【38】本人)。また,同年8月27日,当時居住していた福
島県大沼郡n2町から京都府へ避難した(避難②,上記各証拠)。
なお,平成25年4月,イギリスへ渡航したことについても避難である旨
述べるが(甲D38の1の1,原告【38】本人),本件事故によって海外へ15
避難しなければならないとはいえないし,一旦避難した後の移転であること
からすれば,避難とは認められない。避難①②は,自主的避難等対象区域外
からの避難であるから,避難基準ウの該当性がそれぞれ問題となる。
イ本件事故時,【38】は,当時8歳の子と同居していた(甲D38の1の
1,38の2の2,原告【38】本人)。【38】の自宅から福島第一原発ま20
では約134㎞の距離がある(乙D38の1)。また,自宅近辺の空間線量に
ついては,本件事故当初である平成23年3月20日,モニタリングポスト
(n2町役場)において0.31µ㏜/hを観測し(乙D共208の1),翌
月には最大0.14µ㏜/hと減少傾向となり(乙D共208の2),避難②
時に最も近い平成23年7月から8月の時点では,0.11µ㏜/h前後の25
値を観測したことが認められる(乙D共208の5,6)。そして,【38】
は,本件事故当初に,イギリス人の夫が,海外での情報を入手したため,国
内の報道とは落差を感じ,また,英国大使館からは,関東以北への立入りを
原則しないように警告があったなどの情報に接し,これらの情報もあって,
【38】は,避難①をしたことが認められる(甲D38の1の1,原告【3
8】本人)。5
ウ以上を踏まえると,避難①については,上記のとおり,避難①から5日後
の平成23年3月20日に,0.31µ㏜/hを観測していることからすれ
ば,避難①時点においても同程度の空間線量であったことが推認されるから,
避難時までに0.23µ㏜/h以上を観測したものとみることができる。そ
して,避難①は,情報が混乱していた本件事故当初の避難であり,夫から得10
ていた海外での情報も併せて勘案すると,その情報の正確性はともかくとし
て,同居する子のために避難したことは,【38】の立場においては,福島第
一原発からの距離を考慮しても,当事者のみならず,一般人からみてもやむ
を得ないものであって,少なくとも,避難基準イに準じる場合であるという
ことができる。したがって,避難①は,本件事故と相当因果関係があると認15
められる。
エしかし,避難②については,【38】の自宅が福島第一原発から約134㎞
と離れていること,避難②前後においては空間線量の値が低下していること,
情報の混乱期を脱した平成23年4月22日以降の避難であることその他
放射線の影響を特に懸念しなければならない特別な事情を有していると認20
めるに足りる証拠はないことからすれば,【38】の避難②が,当事者のみな
らず,一般人からみてもやむを得ないものであるとまではいえず,個別具体
的事情によっても,避難基準イの場合と同視できる場合又は同場合に準じる
場合とまではいいがたい。したがって,避難②が本件事故と相当因果関係の
ある避難であるとは認めることはできない。25
原告番号39
ア【39】(避難時46歳)は,平成23年3月14日,当時居住していた福
島県田村郡k1町(自主的避難等対象区域)から新潟県へ移動したが,同月
20日,福島県田村郡k1町へ戻った(甲D39の1・1の2,39の2の
1~4,原告【39】本人)。
これは,本件事故当初の移動であり,短期間であっても避難したものと認5
められる。そして,同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難
基準イただし書からすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,
本件事故当初の避難であることからすると,避難はやむを得ないものと考え
られる。したがって,から,避難基準イ
相当因果関係があると認める。10
イまた,平成23年4月4日,【39】は,当時居住していた福島県田村郡k
1町から実家のある中国へ渡航し,その後は2度帰国しているが,その間ほ
とんどを中国で過ごしており,福島県田村郡k1町に帰国した際も,1か月
を超えて滞在することはなかった(上記各証拠)。
以上を踏まえると,本件事故によって海外へ避難しなければならないとは15
いえず,たとえ【39】の実家が中国にあったとしても,中国は,損害賠償
の相当因果関係を認めるべき避難先としては,相当とは認められないものの,
平成23年4月4日以降,平成24年3月2日に福島県田村郡k1町へ戻る
までの間,【39】が避難の意思を有した上で,避難を実行していたことは認
められる。20
ウさらに,【39】は,平成24年5月1日,福島県田村郡k1町(自主的避
難等対象区域)から京都市へ転居したことも避難であると述べるが(甲D3
9の1・1の2,原告【39】本人),福島県田村郡k1町へ一度帰国してい
るとはいえ,上記のとおり,一旦,長期にわたって避難した後に実施された
転居であることから,新たな避難ではなく,実質的には移転と認められる。25
原告番号40
ア【40】及び【40】の長男及び長女(以下,においては,それぞれ「長
男」「長女」という。)は,平成23年3月15日,当時居住していた福島県
いわき市(自主的避難等対象区域)から,栃木県へ移動した(甲D40の1,
原告【40】本人)。【40】は,同年4月1日,長男及び長女は,同月23
日,それぞれ福島県いわき市へ戻った(上記各証拠)。5
これらは,本件事故直後の移動であり,短期間であっても避難したものと
認められるから,避難基準イ
果関係があると認める。
イ【40】,長男及び長女は,平成24年6月26日,福島県いわき市から京
都市へ避難した(甲D40の1,40の2の1・2,原告【40】本人)。10
同避難は,時期からすると,避難基準イ本文に該当しないし,前記栃木
県等への避難からも1年以上経過しており,当時居住していた自宅の建物に
おいて火災が発生し住むことができなくなったことも避難を決めた理由の
一つであることからすれば(上記各証拠),避難基準イ本文に準じること
もできず,もはや,本件事故と相当因果関係のある避難であると認めること15
はできない。
原告番号42
【42】(避難時60歳)は,平成23年3月14日,当時居住していた福島
県田村市(自主的避難等対象区域)から福島県大沼郡n3村へ避難した(甲D
42の1,42の2の1,原告【42】本人)。20
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書か
らすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,本件事故当初の避難で
あることからすると,避難はやむを得ないものと考えられる。したがって,避
難基準イ。
原告番号4325
ア【43-1~4】は,平成23年5月19日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から山形県へ避難した(甲D43の1,43の1の2,
43の2の1,原告【43-1】本人)。避難後,【43-3】の学校の関係
で,福島市へ定期的に通う形になり,冬期の間は週のほとんどを福島市で過
ごしていたとはいえ,生活の本拠は山形県にあった(上記各証拠)。このた
め,【43-1~4】は,継続して山形県へ避難していたと認められる。5
したがって,避難基準イ
関係があると認める。なお,平成23年5月8日の山形県への移動,平成2
3年7月の北海道への移動は,いずれも短期間のうちに戻ってくる前提のも
とでの移動といえるから,避難とは認められない。
イ【43-1~4】は,平成24年3月22日,福島市から京都市へ避難し10
た(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ当該避難は本件事故と相当因果
関係があると認める。
原告番号44
ア【44-1~3】は,平成23年3月11日から13日にかけて,当時居15
住していた福島市(自主的避難等対象区域)から,山口県へ避難し,【44-
2】は,福岡県を経て,同年4月18日,福島市へ戻った(甲D44の1の
1,44の1の2,44の2の1,原告【44-2】本人)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。20
イ【44-2】は,平成23年5月,当時居住していた福島市から山形県へ
避難した(上記各証拠)。
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない避難であるから,避難基準イただ
し書からすると,避難時期の考慮が必要であるが,本件事故当初の期間から
1か月程度しか経過していない避難であるから,避難はやむを得ないものと25
考えられる。したがって,避難基準イ
当因果関係があると認める。
原告番号45
【45-2,3】は,平成23年3月20日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から東京都へ避難した(甲D45の1,45の2・2の
2,原告【45-1】本人)。5
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号46
ア【46-1~5】は,平成24年2月4日,当時居住していた千葉県松戸
市から三重県へ避難した(甲D46の1の1,46の2の1,原告【46-10
2】本人)。
同避難は,平成23年4月23日から平成24年4月1日までになされた
避難であり,自主的避難等対象区域外からの避難であるから,避難基準ウの
該当性が問題となる。
イ【46-3~5】は,【46-1,2】の子であり,当時同居していた。【415
6-3】は当時10歳,【46-4】は当時8歳,【46-5】は当時2歳で
あった。【46-4】は,1歳10か月頃に急性リンパ性白血病を発症し,2
年程度治療した上で,本件事故当時は寛解しており,経過観察を続けている
状態であった。【46-2は】,医師から,【46-4】の病気が再発すれば,
骨髄移植が必要であり,命に関わると聞いていた。(以上につき,上記各証拠20
のほか,甲D46の7の1~9)。【46-1~5】の自宅から福島第一原発
までは約205㎞の距離がある(乙D46の1)。また,自宅近辺の空間線量
については,最も近い「r公園」において,平成23年11月1日,約0.
25µ㏜/h(地表から50㎝)を観測し(乙D共212の2,乙D46の
2),その後,平成24年7月4日,約0.15µ㏜/h(地表から50㎝)25
を観測している(乙D共212の3)。また,自宅から少し離れた「s公園」
においては,平成23年11月2日,約0.41µ㏜/h(地表から50㎝)
を観測している(乙D共212の2)。なお,避難時に近い時点においては,
「t保育所」において,平成24年2月6日,約0.15µ㏜/h(地表か
ら50㎝)を観測している(乙D46の5)。
ウ以上を踏まえると,自宅から福島第一原発までの距離が,自主的避難等対5
象区域が全部含まれる100㎞の距離から2倍程度あることや避難時期が
本件事故から相当期間が経過し,平成24年になっていたとの事情がある。
しかし,本件では,自宅から最も近い「r公園」では,避難前後で約0.1
5から0.25µ㏜/hが観測されており,それに加えて,「t保育所」より
自宅に近い「s公園」においては,それよりもはるかに高い値の約0.4110
µ㏜/hが観測されている。これらの計測の高さが地表から50㎝であり,
1mの位置よりも低い場所における測定であることからすると,高い数値を
計測した可能性があるとはいえ,【46-4】の年齢からすれば,高さ50㎝
での数値であっても,参考とすることが不合理とまではいえない。また,【4
6-1~5】の避難時は平成24年2月であり,空間線量は減少傾向であっ15
たと見られることを踏まえても,上記のとおり,【46-4】が急性リンパ性
白血病に罹患していたことがあり,当時は寛解していたとはいえ,経過観察
等の状態にあり,再発すれば命に関わると医師から聞いていたことを踏まえ
ると,確定的に影響を及ぼすような空間線量の値でなかったとしても,前記
のような空間線量の上昇を観測している場合に,その影響を懸念して避難し20
たとしても,【46-1~5】の立場においては,当事者のみならず,一般人
からみても避難はやむを得ないものである。もっとも,上記のとおり,福島
第一原発までの距離や避難時期も考慮すると,避難基準イの場合と同等の場
合とまでいうことはできないが,避難基準イの場合に準じる場合ということ
ができ,【46-1~5】の避難は本件事故と相当因果関係があると認めら25
れる。
原告番号47
ア【47】は,【47】の長男(本件事故時には幼稚園児)及び長女(本件事
故時1歳。以下,においては,それぞれ「長男」「長女」という。)ととも
に,平成23年9月7日,仙台市u1区からアメリカへ渡航し,同年11月
4日,仙台市u1区へ戻った(甲D47の1,原告【47】本人)。5
アメリカへの渡航は,避難先として相当とは認められないものの,【47】
が避難の意思を有した上で,避難を実行していたことは認められるから,こ
の限度において,平成24年4月1日までになされた自主的避難等対象区域
外からの避難として,避難基準ウに該当するか否かが問題となる。
なお,【47】は,平成24年1月,沖縄県へ避難した旨述べるが(上記各10
証拠),これは短期間で戻る前提の移動であるから,避難とは認められない。
イ【47】は,当時同居していた年少者である長男及び長女とともに避難し
ているが,自宅から福島第一原発までは約89㎞の距離があること(乙D4
7の1),平成23年6月27日時点の【47】の自宅のある仙台市u1区に
おける空間線量は,最大0.18µ㏜/h(地表から50㎝)が測定されて15
いることが認められる(乙D共214の1,乙D共217の1)。また,避難
時期も,平成23年9月7日で本件事故当初とはいえないし,自宅のあった
仙台市u1区は,避難指示等対象区域にも自主的避難等対象区域にも接して
いない。さらに,上記の事情に加えて,その他,放射線の影響を特に懸念し
なければならない特別な事情があると認めるに足りる証拠もないことから20
すれば,【47】の避難が,避難基準イの場合と同等の場合又は同場合に準じ
る場合とまではいいがたい。年少者2人を抱えて,心理的に負担があったこ
とはうかがえるが,避難基準ウを満たすとまではいえない。
ウしたがって,【47】の避難が,本件事故と相当因果関係のある避難である
とは認められない。25
原告番号48
ア【48-1~3】は,平成23年3月15日,当時居住していた福島県郡
山市(自主的避難等対象区域)から福島県会津若松市へ避難し,同月18日,
福島県郡山市へ戻った(甲D48の1,48の2の1,原告【48-2】本
人)。
したがって,避難基準イ5
関係があると認める。
イまた,【48-2~4】は,平成23年6月29日,【48-1】は,【48
-2~4】と同居するためもあって,同年8月,それぞれ福島県郡山市から
京都市へ避難した。【48-3】は,【48-1,2】の子であり,避難時1
歳であった。(上記各証拠)。10
したがって,【48-2~4】は避難基準イ【48-1】は,【4
8-3】の避難から2年以内の避難であるから,その目的からして,避難基
準イにそれぞれ該当し,当該各避難はいずれも本件事故と相当因果関係が
あると認める。
ウ【48-5】は,平成26年2月17日,福島県郡山市から京都市へ避難15
し,【48-6】は,平成27年9月26日,福島県郡山市から京都市へ避難
した(甲D48の1,48の2の2・3,原告【48-2】本人)。
【48-5】(避難時34歳)の避難は,平成24年4月1日以降のもので
あるし,【48-5】は,【48-2】の兄であり,【48-3】の伯父に当た
るから(上記各証拠),その避難は,避難基準イ20
るとはいえず,本件事故と相当因果関係のある避難であると認めることはで
きない。【48-6】(避難時63歳)の避難も,平成24年4月1日以降の
ものであるし,【48-6】は【48-3】の祖父に当たるから,その避難は,
避難基準イ当しているとはいえず,本件事故と相
当因果関係のある避難であると認めることはできない。25
原告番号49
【49】(避難時43歳)は,平成23年3月17日から18日にかけて,当
時居住していた福島市(自主的避難等対象区域)から大阪府へ避難し,平成2
7年7月,福島市へ戻った(甲D49の1の1,49の2の1,原告【49】
本人)。
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書か5
らすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,本件事故当初の避難で
あることからすると,避難はやむを得ないものと考えられる。したがって,避
難基準イ。
原告番号50
【50】(避難時23歳)は,平成23年3月14日,当時居住していた福島10
市(自主的避難等対象区域)から新潟県へ避難した(甲D50の1,50の2,
50の2の2,原告【50】本人)。
同避難は,子ども又は妊婦を伴わない。そのため,避難基準イただし書か
らすると,避難時期の考慮が必要であるが,同避難は,本件事故当初の避難で
あることからすると,避難はやむを得ないものと考えられる。したがって,避15
難基準イ。
原告番号51
ア【51-2,3】は,平成23年3月15日,当時居住していた福島市(自
主的避難等対象区域)から新潟県へ避難し,同年6月23日,福島市へ戻っ
た(甲D51の1の1,51の2の1・2,原告【51-1】本人)。20
したがって,避難基準イ
関係があると認める。
なお,【51-1】は,【51-2,3】の避難に同行しただけであり,【5
1-1】自身の避難行動とは異なるから,その同行は,避難とは認められな
い。25
イ【51-2,3】は,平成23年7月2日,福島市から山形県へ避難した
(上記各証拠)。
したがって,避難基準イ
関係があると認める。
ウ【51-1】は,平成25年11月19日,【51-2,3】と同居するた
めもあり,当時居住していた福島市から京都市へ避難した。【51-3】は,5
【51-1,2】の子であり,避難時1歳であった。(上記各証拠)。
【51-1】の避難は,【51-3】の避難から2年半以上が経過している
ことからすれば,避難基準イ本件事故と相当
因果関係のある避難であると認めることはできない。
原告番号5210
ア【52-1~4】は,平成24年1月27日,当時居住していた茨城県北
茨城市から京都市へ避難した(甲52の1の1,52の2の1・2,原告【5
2-1】本人)。
当該避難は,平成24年4月1日までになされた避難であり,自主的避難
等対象区域外からの避難であるから,避難基準ウの該当性が問題となる。15
イ【52-2~4】は,【52-1】の子であり,避難当時同居し,【52-
2】は当時12歳,【52-3】は当時9歳,【52-4】は当時6歳であっ
た(上記各証拠)。【52-1~4】の自宅から福島第一原発までは約67㎞
であり,自主的避難等対象区域の多くが入る福島第一原発80㎞圏内であり,
自宅のある茨城県北茨城市は,自主的避難等対象区域である福島県いわき市20
に接している(乙D52の1,弁論の全趣旨)。また,自宅近辺の空間線量に
ついては,最も近い「v中学校」において,平成23年4月,0.51µ㏜
/h(地表から1m)を,その後の平成24年1月,約0.17µ㏜/h(地
表から1m)をそれぞれ観測している(乙D共211の1)。一方,茨城県北
茨木市における可搬型モニタリングポスト(茨城県災害対策本部)では,平25
成23年3月13日,14日には,0.046~0.053µ㏜/hを観測
していたが,同月15日には,最大5.575µ㏜/h(最大になって以後
の最小は0.612µ㏜/h),同月16日にも最大15.800µ㏜/h(最
小は0.552µ㏜/h)を観測し,以後も0.598(同月31日の最小
値)~2.530µ㏜/h(同月23日の最大値)を観測していた(同月1
6日から31日までは,一日の空間線量は,同月15日,16日ほどの変動5
はない。甲52の9の1~37)。【52-1】は,同月下旬から,毎日,イ
ンターネットで,上記モニタリングポストの情報を得ており,同月16日の
最大15.800µ㏜/hの数値も目にしている(原告【52-1】本人)。
ウ以上を踏まえると,距離,線量,自主的避難等対象区域との近接性,子ど
もの存在などから,上記避難は,自主的避難等対象区域からの平成24年410
月1日までの避難と同様の避難と評価することができるから,避難基準イ
本文の場合と同等の場合ということができる。したがって,上記避難は,本
件事故と相当因果関係があると認められる。
原告番号53
【53】は,平成23年8月24日,当時同居していた長女(避難時11歳)15
ともに,当時居住していた福島市(自主的避難等対象区域)から京都市へ避難
した(甲D53の1の1,53の2の1・2,原告【53】本人)。
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号5420
【54-1,2】(避難時32歳,33歳)は,平成23年5月20日,福島
県いわき市(自主的避難等対象区域)から京都府へ避難した。【54-1,2】
は,放射線を恐れる一方で,もともと農作物で生計をたてようとしていたが,
本件事故によって,平成23年の収穫や福島で農業を続けることを諦めざるを
得ないと考え,避難を決意した。(以上につき,甲D54の1の1,54の2の25
1,原告【54-1】本人)
この避難は,生活面の立直しを図る目的も含むが,恐怖を感じての避難を否
定されるものではない。また,子ども又は妊婦を伴わない避難であるから,避
難基準イただし書からすると,避難時期の考慮が必要であるが,本件事故当
初の期間から1か月程度しか経過していない避難であるから,避難はやむを得
ないものと考えられる。したがって,避難基準イに該当し,当該避難は本件5
事故と相当因果関係があると認める。
原告番号55
ア【55】は,平成23年12月16日,【55】の子(避難当時0歳)と
ともに,宮城県仙台市u2区から京都市へ避難した(甲D55の1,55の
2の1,原告【55】本人)。10
当該避難は,平成24年4月1日までになされた避難であり,自主的避難
等対象区域外からの避難であるから,避難基準ウの該当性が問題となる。
イ【55】は,当時同居していた年少者である子とともに避難しているが,
自宅から福島第一原発までは約95㎞の距離があること(乙D55の1),
【55】が避難する前の平成23年6月8日から避難した同年12月16日15
まで,宮城県仙台市u2区の自宅から近傍測定地点である「w保育所」での
空間線量は,0.09~0.13µ㏜/h(地表から50㎝)が測定されて
いることが認められる(乙D共214の1~5,216の1,乙D共217
の1)。また,避難時期も,平成23年12月16日であって,本件事故当初
とはいえない時期である。さらに,自宅のある宮城県仙台市u2区は,自主20
的避難等対象区域とも接していないとの事情に加えて,その他,放射線の影
響を特に懸念しなければならない特別な事情があると認めるに足りる証拠
もないことからすれば,【55】の避難が,避難基準イの場合と同等の場合又
は避難基準イの場合に準じる場合とまではいいがたい。
ウしたがって,【55】の避難が,本件事故と相当因果関係のある避難である25
とは認められない。
原告番号56
ア【56-1】は,平成23年3月12日,本件地震に不安を感じて,当時
居住していた栃木県大田原市から東京都へ移動した。【56-2】は,同年
1月頃から,一時的に資格取得のため,東京都に居住しており,同年春には
栃木県大田原市の自宅へ戻る予定であった。【56-1】は,【56-2】5
とともに,同年3月17日,東京都から大阪府へ移動した。(甲D56の1
の1,56の2の3,原告【56-1】本人)
【56-1】の東京都への移動は,本件地震によるものであって,本件事
故によるものではないが,【56-1,2】の大阪府への移動は,本件事故に
よる影響を心配し,栃木県大田原市に戻ることができないためにしたもので10
あり,避難と認めることができる。そして,当該避難は,自主的避難等対象
区域外の栃木県大田原市に関係する避難であるから,避難基準ウの該当性が
問題となる。
イ【56-1,2】の自宅から福島第一原発までは約100㎞の距離があり
(乙D56の1),自主的避難等対象区域の全部が入る福島第一原発10015
㎞圏内にある。平成23年5月中旬時点の【56-1,2】の自宅近くのx
幼稚園における空間線量は,0.37µ㏜/hが,同じy小学校における空
間線量は,0.33µ㏜/hが,それぞれ測定されている(乙D56の2・
3)。空間線量については避難時の数値ではないものの,避難時も少なくと
も同程度の空間線量はあったであろうということが推認されるから,避難時20
まで0.23µ㏜/hを超える数値を観測したものとみることができる。そ
して,避難の時期は,本件事故当初である。
ウ以上を踏まえると,距離,線量及び避難時期などから,上記避難は,自主
的避難等対象区域からの平成24年4月1日までの避難に準じる避難と評
価することができるから,避難基準イの場合に準じる場合ということがで25
きる。したがって,【56-1,2】の避難は,本件事故と相当因果関係があ
ると認められる。
エ【56-1】は,【56-1】の亡父(以下,において亡父という。)
の避難に伴う慰謝料を相続した旨主張するので,亡父の避難の相当性につい
ても検討する。亡父は,当時栃木県大田原市に居住しており,避難を実行し
た旨,【56-1】は述べるが(甲D56の1,原告【56-1】本人),5
亡父の住所は,住民票上は東京都となっており(甲D56の2の4),その
他の証拠を併せてみても,亡父が,本件事故時に栃木県大田原市に居住して
いたことを裏付けるものはなく,上記供述は信用することができない。した
がって,亡父は,当時居住していた東京都から避難しているが,避難基準イ
の場合と同等の場合又は避難基準イの場合に準じる場合とまではいいがた10
い。亡父の避難は,本件事故と相当因果関係があるものと認めることはでき
ない。
原告番号57
【57-1~6】は,平成23年3月14日,当時居住していた福島県いわ
き市(自主的避難等対象区域)から福島県会津若松市へ避難した(甲D57の15
1の1,57の2の1,原告【57-1】本人)。
したがって,避難基準イ
係があると認める。
原告番号58
ア【58-1】は,勤務先の大学で生物学を専攻し,放射線の管理責任者も20
経験していたが,本件事故直後には,大学のモニターが振り切れ,放射線の
線量が高いと認識していた。妊婦である【58-2】には悪阻がみられ,余
震を避けるためもあり,【58-2】の実家(京都市)に一時的に避難するこ
ととし,【58-2,3】は,平成23年3月14日,当時居住していた千
葉県柏市から京都市へ避難した。【58-1】は,同年6月頃,千葉県柏市25
がホットスポットになっているのを知り,勤務先の大学の放射線量の測定に
おいても,高い値が観測されていたので,本件事故も収束していく様子がな
いと判断した。このため,【58-2】は,千葉県柏市には戻らないことを決
意し,【58-2,3】は京都市での避難を継続した。(以上につき,甲D
58の1,58の2の1~4,原告【58-1】本人)。
【58-2,3】の京都市への上記避難は,余震を避ける目的もあったが,5
【58-1】が,放射線の線量が高いと認識しており,平成23年6月以降
も,本件事故が収束しないとして,避難を継続しており,避難当時も,放射
線の影響を避ける目的もあったとみるのが自然である。したがって,当該避
難は,本件事故による避難と認めることができる。そして,同避難は,平成
24年4月1日までになされた避難であり,自主的避難等対象区域外からの10
避難であるから,避難基準ウの該当性が問題となる。
イ【58-3】は,3歳の年少者であり,妊婦である【58-2】と同居し
ていた(前記各証拠)。【58-2,3】の自宅から福島第一原発までは約1
95㎞の距離がある(乙D58の1)。平成23年3月15日時点の【58-
1~3】の自宅近くにある東京大学柏キャンパスにおける空間線量は,0.15
72µ㏜/hが測定され,その後も同月中に,0.80(21日),0.77
(22日),0.76(23日),0.69(24日,25日),0.52~0.
59(28日~31日)各µ㏜/hがそれぞれ観測されている(乙D58の
9の6)。避難継続を決めた頃である平成23年6月8日の時点で,【58-
1】の自宅から最寄りのモニタリングポストであるz小学校(地上1m)に20
おいて,0.30µ㏜/hが,そのほかの柏市のモニタリングポストでは,
0.219~0.439µ㏜/hがそれぞれ観測されていた(乙D58の2・
3)。そして,その避難の時期は,本件事故当初の平成23年3月14日であ
る。
ウ以上を踏まえると空間線量については,避難時の数値ではないものの,避25
難時も同程度の空間線量であったことが推認されるから,避難時までに0.
23µ㏜/hを大幅に超える空間線量を観測したものとみることができ,避
難時期も本件事故当初であるほか,【58-2】が妊婦であり,【58-3】
という年少者を抱えてもいたのであるから,線量,避難時期及び家族構成か
らして,【58-2,3】の立場においては,当事者のみならず,一般人から
みても避難はやむを得ないものである。もっとも,上記のとおり,福島第一5
原発までの距離も考慮すると,上記避難は,避難基準イの場合と同等とまで
評価することまではできないが,避難基準イの場合に準じる場合ということ
ができる。したがって,上記避難は本件事故と相当因果関係があると認めら
れる。
エなお,【58-4】は,【58-2】が妊婦であり,前記避難時に出生して10
いなかったのであるから,避難したという評価をすることはできず,避難の
相当性を判断する必要がない。
6まとめ
以上まとめると,避難の相当性についての判断は,以下のとおりである。なお,
枝番のない原告番号は,枝番の家族全員を示すものである。15
⑴避難経路の全部又は一部に避難の相当性を認める原告
避難基準アに該当する場合:【1】,【18】
~【5】,
【6-1,2】,【7】,【8】,【9-1,3,4】,【10-1,3】,【11】,【1
2】,【14-1,2,4】,【16】,【17】,【19-1,3,4】,【20-1,20
3~6】,【21】,【22】,【23-1~3,5】,【24】~【30】,【31-
2,3】,【32】,【33】,【35】,【36-2】,【37】,【39】,【40】,【4
2】~【44】,【45-2,3】,【48-1~4】,【49】,【50】,【51-
2,3】,【53】,【54】,【57】
同ウに該当する場合:【15-1,2】,【34】,【38】,【46】,【52】,25
【56】,【58-2,3】
⑵避難経路の全部に避難の相当性を認めない原告(避難していない場合又は避
難の相当性を判断しない場合(避難時胎児)を含む。):【2-2】,【6-3】,
【9-2】,【10-2】,【13】,【14-3】,【15-3,4】,【19-2】,
【20-2,7,8】,【23-4】,【31-1】,【36-1】,【45-1】,【4
7】,【48-5,6】,【51-1】,【55】,【58-1,4】5
第5節争点⑤(損害各論)について
第1認定事実(賠償基準に関する事実)
1中間指針等の内容
⑴中間指針(甲D共229の4,乙D共1,該当箇所を頁数のみで表示した。)
ア中間指針の策定10
前記第4節第1の12
指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針
として,中間指針を策定,公表した。
イ避難等対象者の賠償額の目安
政府による避難指示にかかる損害について,以下のとおり,損害項目ごと15
に賠償すべき損害を示すとともに,精神的損害については,賠償の対象とな
る期間を3期(第1期:本件事故発生から6か月間,第2期:第1期終了か
ら6か月間,第3期:第2期終了から終期まで)に分け,賠償額の目安を示
した(各10~23頁)。
検査費用(人)20
本件事故の発生以降,放射線への曝露の有無又はそれが健康に及ぼす影
響を確認する目的で必要かつ合理的な範囲で検査を受けるために負担し
た検査費用(検査のための交通費等の付随費用を含む。)。
避難費用
必要かつ合理的な範囲で負担した,①対象区域から避難するために負担25
した交通費,家財道具の移動費用,②対象区域外に滞在することを余儀な
くされたことにより負担した宿泊費及びこの宿泊に付随して負担した費
用,③避難等対象者が避難等によって生活費が増加した部分があれば,そ
の増加費用。
①,②については,避難等対象者が現実に負担した実費を損害額とする
のが合理的な算定方法であるが,領収証等による損害額の立証が困難な場5
合には,平均的な費用を推計することにより損害額を立証することも認め
られるべきである。③については,原則として後記精神的損害の額に加算
し,その加算後の一定額をもって両者を損害額とするのが公平かつ合理的
な算定方法と認められる。
避難指示等の解除等から相当期間経過後に生じた避難費用は,特段の事10
情がある場合を除き,賠償の対象とはならない。
一時立入費用
警戒区域内に住居を有する者が,市町村が政府及び県の支援を得て実施
する「一時立入り」に参加するために負担した,必要かつ合理的な範囲の
交通費,家財道具の移動費用,除染費用等。15
帰宅費用
対象区域の避難指示等の解除等に伴い,対象区域内の住居に最終的に戻
るために負担した,必要かつ合理的な範囲の交通費,家財道具の移動費用
等。
生命・身体的損害20
本件事故により避難等を余儀なくされたため,傷害を負い,治療を要す
る程度に健康状態が悪化し(精神的障害を含む。),疾病にかかり,あるい
は死亡したことにより生じた逸失利益,治療費,薬代,精神的損害等。
本件事故により避難等を余儀なくされ,これによる治療を要する程度の
健康状態の悪化等を防止するため,負担が増加した診断費,治療費,薬代25
等。
精神的損害
a本件事故から6か月間(第1期)
一人月額10万円。ただし,避難所,体育館,公民館等における避難
生活等を余儀なくされた者については,一人月額12万円。
b第1期終了から6か月間(第2期)5
一人月額5万円。第2期の終期は,警戒区域等が見直される等の場合
には,必要に応じて見直すものとされた(各18頁)。なお,後述の中間
指針第二次追補において,避難指示区域見直しの時点まで,第2期の終
期は延長されている(乙D共5・3頁)。
c第2期終了から終期までの期間(第3期)10
第3期については,今後の本件事故の収束状況等を踏まえ,改めて損
害額の算定方法を検討するとされた。なお,中間指針第二次追補におい
て損害額の算定方法が示された。
就労不能等に伴う損害
対象区域内に住居又は勤務先がある勤労者が避難指示等により,その就15
労が不能等となった場合には,かかる勤労者について,給与等の減収分及
び必要かつ合理的な範囲の追加的費用。
財物価値の喪失又は減少等
財物(動産及び不動産)につき,現実に発生した以下の損害
①避難指示等による避難等を余儀なくされたことに伴い,対象区域内20
の財物の管理が不能等となったため,当該財物の価値の全部又は一部
が失われたと認められる場合の,現実に価値を喪失し又は減少した部
分及びこれに伴う必要かつ合理的な範囲の追加的費用(当該財物の廃
棄費用,修理費用等)。
②当該財物が対象区域内にあり,財物の価値を喪失又は減少させる程25
度の量の放射性物質に曝露したか,そうではないものの,財物の種類,
性質及び取引態様等から,平均的・一般的な人の認識を基準として,
本件事故により当該財物の価値の全部又は一部が失われたと認めら
れる場合の,現実に価値を喪失し又は減少した部分及び除染等の必要
かつ合理的な範囲の追加的費用
③対象区域内の財物の管理が不能等となり,又は放射性物質に曝露す5
ることにより,その価値が喪失又は減少することを予防するため,所
有者等が支出した費用。
⑵中間指針追補(甲D共229の5の1,乙D共3,該当箇所を頁数のみで表
示した。)
ア中間指針追補の策定10
前記第4節第1の12
った避難にかかる損害に関して,中間指針追補を策定,公表した。同追補は,
相当因果関係の有無は個々の事案毎に判断すべきものとしながら,紛争解決
を促すため,賠償が認められるべき一定の範囲を示すものとして策定された
ものである。15
イ自主的避難等対象者の賠償額の目安
自主的避難等対象者の賠償額の目安を以下のとおりとしている。損害の中
身は,自主的避難を行った場合は,①生活費の増加費用,②正常な日常生活
が相当程度阻害されたために生じた精神的苦痛,③移動費用である。自主的
避難等対象区域に滞在を続けた場合は,①放射線被ばくへの恐怖や不安,こ20
れに伴う行動の自由の制限等により,正常な日常生活の維持・継続が相当程
度阻害されたために生じた精神的苦痛,②生活費の増加費用である。(各6
~8頁)。
自主的避難等対象者のうち子ども(対象期間において満18歳以下の者。
乙D共4・11頁)及び妊婦(対象期間に妊娠していた者)については,25
本件事故発生から平成23年12月末までの損害として一人40万円。
平成24年1月以降に関しては,今後,必要に応じて検討することとし
た(各8頁)。なお,後述のとおり,中間指針第二次追補において,平成2
4年1月以降に関しても,一定の場合には,賠償の対象となることが示さ
れた。
その他の自主的避難等対象者については,本件事故発生当初の時期(概5
ね本件事故発生から平成23年4月22日頃までが目安。乙D共4・13
頁)の損害として一人8万円。
自主的避難等対象者が避難を行った場合と,自主的避難等対象区域に滞
在し続けた場合の損害額を同額と算定する。
⑶中間指針第二次追補(甲D共229の6,乙D共5,該当箇所を頁数のみで10
表示した。)
ア中間指針第二次追補の策定
審査会は,政府が平成24年3月末日を目途として,新たな区域が設定さ
れること等を踏まえ,平成24年3月16日,以下のとおり,中間指針第二
次追補を策定,公表した。15
イ第2期の終期変更
第2期の終期を中間指針の「第2期」を避難指示区域見直しの時点まで延
長し,当該時点から終期までの期間を「第3期」とした。
ウ第3期の賠償額の目安
引き続き,賠償すべき避難費用及び精神的損害は中間指針のとおりとし,20
第3期における精神的損害の賠償額(避難費用のうち,通常の範囲の生活費
の増加費用を含む。)の目安を以下のとおりとしている(各4~10頁)。
居住制限区域については,一人月額10万円を目安とした上,概ね2年
分をまとめて一人240万円の請求をすることができるものとする。ただ
し,避難指示解除までの期間が長期化した場合は,賠償の対象となる期間25
に応じて追加する。
旧緊急時避難準備区域については,一人月額10万円。ただし,中間指
針で示した「避難指示等の解除から相当期間経過後」の「相当期間」は,
平成24年8月末までを目安とする。
⑷中間指針第四次追補(甲D共229の10,乙D共7,該当箇所を頁数のみ
で表示した。)5
ア中間指針第四次追補の策定
審査会は,平成25年12月26日,以下のとおり,中間指針第四次追補
を策定,公表した。
イ第3期の賠償額の目安
引き続き,避難費用及び精神的損害は,中間指針及び中間指針第二次追補10
で示したとおりとし,第3期における精神的損害の賠償額の目安を以下のと
おりとしている(各4~8頁)。
帰還困難区域,a1町・a2町の居住制限区域・避難指示解除準備区域
以外の地域については,引き続き一人月額10万円。
中間指針で示した「避難指示等の解除等から相当期間経過後」の「相当15
期間」は,避難指示区域については1年間を当面の目安とし,個別の事情
も踏まえ柔軟に判断するものとする。
2被告東電の賠償基準
被告東電は,中間指針等に基づいて,⑴~⑶の区域ごとに賠償基準を定めた上,
基準に沿った賠償を行っている。⑷については,被告東電が自主的に基準を定め20
て賠償を行っている。そのうち,精神的損害を中心とした賠償基準は以下のとお
りである(主に原告ら関係分である。)。
⑴居住制限区域の旧居住者
平成23年3月11日から平成30年3月31日まで一人月額10万円(第
1・2期において,避難所における生活の期間は月額12万円)(乙D共22,25
25,28)。
⑵旧緊急時避難準備区域旧居住者
避難の有無を問わず,平成23年3月11日から平成24年8月31日まで
一人月額10万円(中学生以下は増額あり)(乙D共23,26,134)。
⑶自主的避難等対象区域旧居住者
ア子ども(18歳以下:平成4年3月12日生から平成23年12月31日5
生)及び妊婦(平成23年3月11日から同年12月31日までの間に妊娠
していた期間がある者)に対し,平成23年3月11日から同年12月31
日までの損害として一人40万円(避難を実施している場合には,一人20
万円を加算。)。上記以外の者に対し,避難の有無を問わず,平成23年3月
11日から4月22日までの損害として一人8万円(乙D共34)。10
イ子ども(18歳以下:平成5年1月2日生から平成24年8月31日生)
及び妊婦(平成24年1月1日から同年8月31日までの間に妊娠していた
期間がある者)に対し,精神的苦痛のほか,生活費増加費用や避難した場合
の移動費用を含めて,平成24年1月1日から同年8月31日までの損害と
して一人8万円(乙D共37)。15
ウ追加的費用等に対する賠償として,上記ア,イの賠償対象者から事故後出
生した者(平成23年3月12日生から平成24年8月31日生)も含めて,
一人4万円(乙D共37)
エ福島県の県南地域,宮城県l町旧居住者
福島県の県南地域(福島県白河市,q村を含む地域)及び宮城県l町に20
居住していた,子ども(18歳以下:平成4年3月12日生から平成23
年12月31日生)及び妊婦(平成23年3月11日から同年12月31
日までの間に妊娠していた期間がある者)に対し,避難の有無を問わず,
平成23年3月11日から同年12月31日までの損害として一人20
万円(乙D共35)。25
子ども(18歳以下:平成5年1月2日生から平成24年8月31日生)
及び妊婦(平成24年1月1日から同年8月31日までの間に妊娠してい
た期間がある者)に対し,精神的苦痛のほか,生活費増加費用や避難した
場合の移動費用を含めて,平成24年1月1日から同年8月31日までの
損害として一人4万円(乙D共37,38)。
追加的費用等に対する賠償として,上記ア,イの賠償対象者から事故後5
から出生した者(平成23年3月12日生から平成24年8月31日生)
も含めて,一人4万円(乙D共37,38)。
3前記1,2以外の賠償基準等
前記1,2以外にも,本件事故の損害賠償に関しては,以下のとおり,賠償基
準等が策定,公表されている。10
⑴審査会による第一次指針,第二次指針,同指針追補(甲共229の1~3)
審査会が,中間指針より前の時期(平成23年4月28日,同年5月31日,
同年6月20日)に公表したもので,その後の検討事項を加えて,中間指針が
定められた。
⑵被告東電による,被害者からの直接請求に関する「補償の具体的な算定基準」15
(甲D共224)
審査会の指針を踏まえ,同指針に示された損害の範囲に対する算定基準を定
め,避難指示等対象区域からの避難者などの直接請求に対する補償を実施する
としたもの。その中には,次のような基準項目がある。
ア避難,帰宅費用(交通費)20
同一都道府県内の移動は,移動手段にかかわらず一人につき,移動1回
当たり5000円。
都道府県を越える移動(自家用車)は,車1台につき,移動1回当たり
「標準交通費一覧表(自家用車)」の該当する標準金額(カッコ内は,後述
するその8割の金額)。25
例:福島~京都2万8000円(2万2400円)
福島~山形1万3000円(1万0400円)
福島~新潟1万4000円(1万1200円)
福島~東京1万3000円(1万0400円)
東京~京都2万5000円(2万円)
都道府県を越える移動(自家用車以外の手段による移動)は,一人につ5
き,移動1回当たり「標準交通費一覧表(その他交通機関)」の該当する標
準金額(カッコ内は,後述するその8割の金額)
例:福島~京都2万6000円(2万0800円)
福島~大阪4万円(3万2000円)
福島~東京1万4000円(1万1200円)10
東京~京都1万9000円(1万5200円)
イ一時立入費用(交通費)
1か月当たり1回までで,避難等の指示が解除された後,合理的な期間ま
で。1回当たりの金額は,上記アと同じ。
⑶原子力損害賠償紛争解決センター(センター)による総括基準(甲D共2215
6の1・2,227の1~24(孫番号を含む。))
審査会の下には,原賠法18条2項1号に基づき,任意の和解仲介手続を進
めるための機関として,センターが設置された。センターは,総括委員会を設
け,裁判外紛争解決(ADR)手続を申し立てられた多くの案件に共通する問
題点に関して,一定の基準(総括基準)を示し,仲介委員が行う和解の仲介に20
あたって,参照されるものとした。その中で,総括基準2では,避難指示等に
基づく避難について,精神的損害の増額事由として,要介護状態にあること,
身体又は精神の障害があること,重度又は中等度の持病があることなどを挙げ
ている。
⑷ADR手続の運用実績(甲D共222,弁論の全趣旨)25
前記1,2及び3⑴~⑶の各基準にない事項について,センターが仲介した
和解事例から窺える基準として,福島県弁護士会の「原子力発電所事故被害者
救済支援センター運営委員会」が分析,公表した。その中には,センターが平
成25年8月3日に福島弁護士会に提供したという「センターにおける現時点
での標準的な取扱いについて」があり,自主的避難実行者について,次のよう
な記載がある。5
ア生活費増加分(定額を上回る実績の立証があった場合は,実績を賠償)
家財道具購入費
家族全員で避難実行・・・・定額15万円
家族の一部で避難実行・・・定額30万円(避難先が親戚等の場合は定
額15万円)10
避難継続中の毎月の生活費増加分
家族全員で避難実行・・・・定額0円
家族の一部で避難実行・・・定額月額3万円(父親一人が福島県内に残
るような場合)。なお,家族分離後,少ない
人数で生活するグループの人数が2人の15
場合は定額として月額4万,3人の場合は
定額5万円とする。
避難継続中の避難雑費・・・平成24年以降につき,定額として子ども・
妊婦一人当たり月額2万円(平成23年分
は避難雑費の加算をしない。)20
イ避難交通費・面会交通費(定額を上回る実績の立証があった場合は,実額
を賠償する。ただし,面会交通費を実額で賠償する場合は,月2往復分まで
を賠償の限度とする。)
被告東電への直接請求で,避難交通費として認められている金額の8割
を基準とする。25
する。
4中間指針等に基づく賠償の実施状況
被告東電による直接請求手続での賠償総額は,平成29年9月22日時点で,
避難等対象者である個人に対する賠償件数約92万6000件(世帯単位の延
件数),自主的避難等対象者である個人に対する賠償件数約129万50005
件(世帯単位の延件数),法人・個人事業主等への賠償件数約39万8000
件,合計約7兆5448億円となっている(弁論の全趣旨)。
センターにおけるADRの実施状況は,平成29年6月30日現在の速報値
で,次のとおりである(甲D共226の1)。
ア申立件数:2万2498件10
イ既済件数:2万0433件(うち全部和解成立:1万6845件,取下げ:
2003件,打切り:1584件,却下:1件)
ウ現在進行中の件数:2065件(うち現在提示中の和解案:160件)
エ全部和解成立件数:1万6845件
第2損害各論の総論15
1相当因果関係を認める損害について
⑴避難生活に伴う損害
ア避難が相当と認められた場合には,避難行動それ自体によって生じた損害
のほか,その後の避難先における生活を継続したことにより生じた損害も,
本件事故がなかったならば発生しなかったであろう状態と現状との差額に20
当たるとして,本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
一旦,ある世帯が避難すれば,避難先における生活を安定させようとする
のが通常であり,そのように安定しつつある世帯が容易に帰還することは困
難である。このことは,避難指示等による避難の場合と,避難指示等によら
ない自主的避難の場合とで異なることはない。避難指示等による避難の場合25
と,避難指示等によらない自主的避難の場合とでは,政府や地方公共団体に
より避難を余儀なくされたか否か,同様に避難を続けることを余儀なくされ
たのか否かの点において性質の異なる面があるものの,この性質の違いは,
避難先での損害の相当な範囲(期間,額など)に違いを生じさせることにな
るとしても,避難指示等によらない自主的避難の場合に,避難先の損害が一
切相当因果関係を欠くということにはならないと解される。このように解し5
ないと,自主的避難の場合に,避難の相当性を認めつつ,避難後直ちに帰還
すべき結果を強いることとなり,避難の相当性を認めることと矛盾すること
になる。したがって,避難指示等の有無にかかわらず,上記のとおり,避難
が相当の場合には,避難先での生活継続による損害も,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められる。10
イ避難指示等による避難の場合には,本件事故によって,生活の本拠からの
立ち退きを余儀なくされ,生活の本拠たる土地において平穏に生活する利益
の享受を物理的に阻害されただけでなく,生活の本拠たる土地における不動
産や動産の利用を強制的に不可能にさせられたという点において,直接財産
権を侵害されたものといえる。したがって,避難指示が続く限りは,財産権15
や生活の本拠において平穏に生活する利益が侵害され続けており,その間の
避難生活に伴う損害は,当然本件事故と相当因果関係のある損害ということ
ができる。また,前記のとおり,避難指示等が解除され,自由に立入りでき
る状況になったとしても,一定期間避難生活を継続していた者が,直ちに帰
還できるとはいえない。このことは,平成29年4月に居住制限区域が解除20
されたa8町において,同年5月1日現在で帰還した者が全住民登録者数の
1%にも満たないことからも裏付けられている(乙D1の6)。したがって,
避難指示等の解除後も相応の期間の避難生活による損害は,やむを得ないも
のであって,本件事故と相当因果関係のある損害と評価することができる。
ウ他方で,自主的避難の場合であったとしても,上記のとおり,避難後,避25
難生活を継続することはやむを得ないから,それによって生じた損害も,本
件事故と相当因果関係のある損害と認められる。そして,避難者は放射線に
対する恐怖や不安によって,家族全員又は子どもを伴うなどして避難したも
のであり,低線量被ばくの影響や土壌汚染に関して,様々な考え方がある中
で,避難まで生じさせた恐怖や不安による心理的影響から抜けることにはも
ともと困難な面があることは否定できない。また,避難後は,新たな土地で5
就職や学校生活などの日常生活が始まり,避難先であっても,避難者が日常
生活を安定化させようと努力する中で,元の居住地に再度戻るには,経済的,
社会的な負担等が再度生じることから,どの時点までの避難継続が相当であ
るかを判断することは困難が伴い,元の居住地の空間線量は重要要素である
としても,それだけで判断することもできないというべきである。しかし,10
ある程度避難生活を継続した場合,その避難先における生活が,時間ととも
に安定し,新たな生活の本拠ができることとなる。そうすると,避難者は生
活の本拠において平穏に生活する利益の享受を本件事故によって阻害され
たために,避難先での生活を送ることとなったのであるが,前記のように時
間が経過して新たな生活が安定し始めると,避難者の主観面はともかくとし15
て,安定し始めた新たな生活は,もはや生活の本拠において平穏に生活する
利益の享受を阻害されている状態ではないと法的には評価できるから,その
ような状況において,避難者が避難先における生活に関して支出を行ったと
しても,それは本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
具体的に,避難先における生活が安定する時期は,個々の避難者の生活状況20
や世帯状況等の個別事情に左右されるものの,一般的に移転した場合などを
想定すれば,おおむね避難時から2年程度であるとするのが相当である。し
たがって,自主的避難の場合には,避難の相当性で認定した避難時から2年
経過するまでに生じた損害について,本件事故と相当因果関係のある損害と
認める。25
エ原告らは被告東電が直接請求において使用する基準や,ADR手続で認め
られている損害は最低限の賠償とされるべきであると主張する。
しかし,訴訟においては,個別の証拠によって損害を立証することが求め
られるのであって,直接請求やADR手続において認められた額がそのまま
最低限の賠償につながるとまで認めることはできない。少なくとも,被告国
との関係では,直接請求やADR手続において認められた額が,法的な拘束5
力を有するとする根拠はない。ただし,直接請求やADR手続において,本
件事故による多くの避難者に対して賠償が行われ,社会的にも定着している
ことや,同一の事故である本件事故による損害であることに鑑みれば,その
ような賠償額に相当する損害が原告らにも生じているであろうことが事実
上推認されるという限度においては,これらの手続において利用されている10
基準等を基にすることは許されるものというべきである。特に,避難の事実
と相当性を認めるのであれば,避難交通費や世帯分離による生活費増加費用
など一定の費用が発生することが経験則上当然の場合(避難指示等の区域に
ついては,中間指針でも前提としていると解される。)には,損害の発生は認
めざるを得ないところから,損害額についての証拠の提出が困難である事例15
があることもやむを得ない面がある訴訟であり,上記のような社会的にも定
着した同一事故の基準等を用いることは,民訴法248条の精神にも合致す
る。ただし,ADR手続等で,個別の証拠を求めているのは当然であって,
訴訟においてもその原則は該当するから,上記の基準等を用いる場合であっ
ても,その位置づけは補充的なものに過ぎず,又基準等に政策的な要素が加20
味されていることが明らかな場合には,基準等を変更して用いることとする。
また,既にADR手続において損害と認められた損害については,ADR
手続が訴訟外の手続で柔軟に行われる和解であるとはいえ,何らの資料もな
く損害と認められているのではなく,一定の資料に基づいてなされており,
法律家(弁護士)の仲介委員による和解案の提示を踏まえて和解に向けた話25
合いが行われていることに鑑みれば,ADR手続において認められた損害額
は,原告らに生じた損害を認定するにあたり,前提として考慮するのが相当
である。
なお,ADR手続においては,避難時から2年を超える損害を認めている
事例や,当裁判所の下記認定方針を超える損害を認めている事例がある。例
えば,面会交流費,一時立入費用及び避難雑費などの項目についてである。5
そうした事例においては,資料と事情聴取等によって,仲介委員が,避難時
から2年を超える損害や当裁判所の下記認定方針を超える損害についても,
当該事例においては,その発生と本件事故との相当因果関係を認める事情が
あるとの判断をし,その内容の和解案を提示し,被告東電が同和解案を了解
したとみることができるから,損害の発生及び本件事故との相当因果関係に10
ついて,事実上の推定が働き,それを覆すに足りる証拠がない場合には,事
実上の推定どおりに認めるのが相当である。ただし,ADR手続において,
認められた損害の内実は,和解契約書等の証拠によっても明らかではないこ
とから,和解契約書等によって,損害発生の期間等の詳細までを認定するこ
とはせずに,当裁判所の認定する損害額が,ADR手続で認められた損害額15
であるとの認定にとどめる。もっとも,期間等を含めて,ADR手続で認め
られた損害額を認定しても,認定額の結論は変わらない。
オ一方で,被告東電は,審査会が定めた中間指針等及び被告東電公表の賠償
方針は,合理的に定められたものであり,これらの基準に基づく被告東電の
賠償は相当なものであるといえるから,これを超える原告らの請求にはいず20
れも理由がない旨,被告国は,中間指針等で示された賠償の範囲を超える部
分については,特段の事情がない限り,本件事故との間に相当因果関係が認
められない旨それぞれ主張する。確かに,中間指針等は,法令上の根拠を有
する指針であり,その内容からして,多数の被害者間において,公平妥当な
賠償を実現するために策定されていることが認められ,被告東電公表の賠償25
方針にも,同様の内容が窺われるから,いずれも合理的な内容であると評価
することは十分可能である。しかし,上記のとおり,訴訟においては,個別
の証拠によって損害を立証することが求められ,その立証が中間指針等及び
被告東電公表の賠償方針を超えるのであれば,本件事故との相当因果関係が
当然認められ得るし,中間指針等でもそれを予定しているといえる。したが
って,被告らの上記各主張のうち,審査会が定めた中間指針等及び被告東電5
公表の賠償方針を超える損害賠償は認められないとか,中間指針等で示され
た賠償の範囲を超える部分については,特段の事情がない限り,認められな
いといった部分は,理由がないというべきである。
⑵放射線検査費用等
避難交通費など,避難に伴う損害のほか,原告らは,身体への放射線の影響10
を調べるための検査費用や,空間放射線量を計測するためのガイガーカウンタ
ーの購入費用を支出している。避難指示等による避難をした者にとっては,放
射線の身体への影響を心配することはいわば当然であるから,本件事故と相当
因果関係のある損害ということができる。しかし,そうでない者,また避難し
ていない者であっても,放射線の影響は目に見えるものではなく,確定的な身15
体への影響があると明らかになっていないとはいえ,いまだ研究段階であるこ
とを踏まえれば,今後どのような影響があるかは不明なのであるのだから,将
来の身体への影響を不安に思うことは十分理解できるし,そのような不安を払
拭するための費用として,前記検査費用等は必要な支出であるから,前記不安
を抱くことが相当と認められる範囲にある者については,本件事故と相当因果20
関係のある損害ということができる。当該費用については,避難に伴うもので
はないから,前記の2年の期間に制限されることはないというべきである。
⑶精神的損害(慰謝料)
避難指示等に基づく避難者は,居住地を放射性物質の飛散のため避難を余儀
なくされ,自宅等への立入りを制限されるなどして,居住地での生活そのもの25
を奪われたということができ,平穏に生活する利益の享受を阻害されたといえ
る。本件原告のうち,緊急時避難準備区域に居住していた原告(原告番号18)
でも約6か月にわたり制限され,居住制限区域に居住していた原告(原告番号
1)にいたっては,6年もの長期にわたって阻害され続けたのであるから,そ
れにより被った精神的苦痛に対しては,相応の慰謝料を認めるのが相当である。
また,避難指示等に基づかずに避難した避難者のうち,避難を実行し,それ5
が相当と認められた者は,避難実行の決定に自主的な面があることは否定でき
ないにしても,放射線に対する恐怖や不安による避難が,一般人からみてもや
むを得ないのであるから,避難指示等に基づく場合と程度は異なるとはいえ,
居住地で平穏に生活する利益を侵害されたといえる。したがって,それによる
精神的苦痛に対しては,慰謝料を認めるのが相当である。10
ここで,前記で認定した避難の相当性との関係が問題となるところ,避難が
相当と認められる場合には,平穏に生活する利益が侵害されたために避難を実
行したといえるから,避難者らが避難前に抱いた本件事故やそれにより放出さ
れた放射性物質に対する不安や恐怖が,主観的なものにとどまらず,客観的で
法的保護に値すると評価できることが前提となっている。したがって,このよ15
うな場合には,避難を実行した後の避難生活に伴う苦痛だけでなく,避難前に
避難者が抱いたであろう不安・恐怖も,本件事故により被った精神的苦痛とし
て評価すべきである。
他方で,避難を実行していない者や,個別の検討において避難の相当性が認
められなかった者であっても,精神的損害が認められる場合もある。すなわち,20
避難を実行していない者も,本件事故後継続して生活し続けている間,本件事
故やそれにより放出された放射性物質に対する不安や恐怖を抱き,かつ行動ま
で制限されることが,主観的なものにとどまらず,客観的で社会通念上相当と
認められ,法的保護に値する場合があるし,避難の相当性が認められなかった
者も同様であっても,避難の時期という要素によって,相当性の判断が変わり25
得ることからすれば,その者の居住地や家族構成等によっては,その者が避難
前に抱いた不安や恐怖が,上記と同様に法的保護に値する場合も想定されるの
である。こうした法的保護に値する場合は,避難を実行していない者や,個別
の検討において避難の相当性が認められなかった者であっても,平穏に生活す
る利益が侵害されたと評価すべきである。
このように,原告らの平穏に生活する利益の侵害の態様はさまざまであるか5
ら,慰謝料を算定するにあたっては,避難の相当性における判断と同様,その
者の旧居住地と福島第一原発の距離や空間線量の数値を中心とし,家族構成
(子どもの有無)や周囲の避難状況等を考慮して,その者が本件事故により抱
いた不安や恐怖,そして,その後の避難生活における苦痛等が法的保護に値す
るといえるかを検討すべきである。10
また,原告らは,各種の共同体から受けている利益の全て又はその多くの部
分を同時に侵害されたとして,これらの利益を総体的に捉え,地域コミュニテ
ィ侵害にかかる損害として,一人あたり2000万円の慰謝料の支払を求めて
いる。しかし,前記のとおり,原告らがそれぞれの居住地において,それぞれ
の共同体において享受している利益を侵害されている事情があったとしても,15
それはまさに包括的な意味での平穏に生活する利益を侵害されていることそ
のものであり,これとは別に固有の損害が生じたと観念することまではできな
いから,そのような事情は慰謝料算定の際に考慮することで足り,原告らが主
張するように,避難に伴う慰謝料と全く別個の慰謝料が発生すると解すること
はできないというべきである。中間指針等においても,精神的損害の算定にあ20
たって,地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失し,これまでの平穏
な日常生活とその基盤を奪われたことを考慮要素としており,同様の考えに立
っているものといえる。
以下では,各原告におおむね共通する損害費目ごとに,本件事故と相当因果
関係のある損害と認めた理由及びその算定方法を述べる。なお,下記の損害費25
目は,必ずしも原告ら主張の損害項目に合致したものとはなっていない。
2各損害費目について
⑴避難交通費
ア当該項目は,避難が相当であると認められた移動に関して発生した交通費
をいうものである。避難が相当である場合に,当該避難に要した交通費(居
住地に戻る費用も含む。)は,基本的に本件事故と相当因果関係のある損害5
と認められる。そして,当該交通費の算定にあたっては,原告らが負担した
であろう実費が賠償されるべきであるところ,避難をするためには何らかの
移動手段を利用する必要があり,その費用が発生することは明らかであるか
ら,一般的に交通費として相当と認められる額を実費とすることも認められ
る。10
イ原告らは,避難交通費等の交通費の算定にあたっては,被告東電が直接請
求において使用している標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関。甲D
共147)記載の額によるべきである旨主張する。しかし,当該標準交通費
一覧表は,あくまでも,被告東電が賠償を迅速に行うために,自主的に作成
したものであり,そのようなものを作成したからといって,本件訴訟におい15
ても,被告東電が一律にそれに拘束されるべき理由はない。また,標準交通
費一覧表記載の額は,一般的に自家用車又は公共交通機関を利用したときに
必要とされる額よりも相対的に高額となっている傾向があり,また移動距離
に応じた額となっていない部分も多くみられることに加えて,公共交通機関
では大人料金と小人料金で差があるのが一般的であるにもかかわらず,その20
ような区別も設けられていない。
ウそうすると,前記のような事情を踏まえ,標準交通費一覧表の額を基本と
して,修正を加えるべきであるところ,自家用車の場合の交通費は,1台あ
たり5名まで乗車できる前提で,1台につき標準交通費一覧表の額×0.8
の費用を,自家用車以外の場合の交通費は,大人料金に値する交通費は,標25
準交通費一覧表の額×0.8の費用を,小人料金に値する交通費(避難時6
歳以上12歳未満)は,標準交通費一覧表の額×0.4の費用を,それぞれ
避難交通費として相当と認める。なお,幼児(避難時6歳未満)については,
通常,公共交通機関では幼児1名で利用しない限り,費用は発生しないから,
避難交通費においても費用は発生しないと認めるべきである。
⑵移転交通費5
避難後に,転居するなどして移転をした場合には,移転の目的,時期及び回
数などからして,生活を安定させるために必要と認められる場合など,移転す
る理由が合理的といえる範囲においては,避難生活にとってやむを得ないもの
として本件事故と相当因果関係があるものと認める。
⑶一時帰宅・面会交流交通費10
ア当該項目は,避難先から避難元へ帰宅するための交通費(以下「一時帰宅
交通費」ともいう。)及び,避難したことによって,親が子に面会するために
移動が必要となった場合のその交通費(以下「面会交流交通費」という。)を
いうものである。
イ被告東電は,一時帰宅交通費とは,避難指示等により直ちに避難を余儀な15
くされた者が一時立入りを余儀なくされた場合の費用をいうから,自主的避
難に伴う一時帰宅交通費は本件事故と相当因果関係はないと主張する。しか
し,前記のとおり,避難指示等によらずに避難したとしても,避難が相当と
認められた場合には,一般的には,一時帰宅交通費も本件事故と相当因果関
係があるというべきである。もっとも,避難指示等により避難を余儀なくさ20
れた場合には,市町村が実施する「一時立入り」に参加する場合に限られる
が,自主的避難の場合は,一時立入り(帰宅)できる日時や範囲,理由等に
ついて制約がなく,本件事故と相当因果関係があるというためには,一時帰
宅する必要性があって,その理由が合理的である場合,必要最低限において,
損害と認めるべきである。このように解しなければ,恐怖や不安を感じたと25
して避難した事例でも,頻繁に一時立入り(帰宅)が可能となることになる
が,これでは,そもそも当該移動が,恐怖や不安を感じた避難であるのか,
避難の相当性が認められるべきなのかについて,いずれも疑問が生じ得るか
らである。例えば,避難者が避難元に自宅を残したまま避難し,誰も住人や
管理者がいないというような場合は,その維持管理が定期的に必要と考えら
れるから,大人1名分の帰宅費用を年4回の限度において,認めることは相5
当であるが,その余の冠婚葬祭や,帰省のための帰宅費用は,避難したこと
によって費用が増額している可能性があるとはいえ,帰宅の目的が複数の趣
旨を含んでいることが多いことからすれば,一時帰宅費用すべてが本件事故
と相当因果関係があるとは認められない。また,そのような帰宅費用のうち,
本件事故と相当因果関係がある範囲を算定することは困難である。したがっ10
て,前記のとおり,本来支出しなければならなかった額よりも増額したであ
ろう事情を踏まえ,そのような増額分のうち,相当と認められる範囲につい
ては,避難したことによって生じた経費として,後記⑽の避難雑費に含めて,
損害と認める。
ウ次に,面会交流交通費については,未成年の子,ことに年少者の子が親に15
面会することは,子の権利として当然認められるべきであり(民法766条
1項参照),親も当然それに応じるべきであって,避難によって必要かつ合
理的な面会をするのに生じた交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害
と認める。また,その前提として,避難前には同居していた親子が避難を理
由に別居(世帯分離)したことが必要であると考えられる。20
そして,避難者らが放射線の影響を懸念して避難したことに鑑みれば,面
会のためとはいえ,避難した者が避難元に帰る費用を損害と認めることは相
当とはいえないから,面会のために必要な費用としては,避難元において別
居している親(又は子)が,避難先の子(又は親)の元へ移動し,帰宅する
のに要した費用として認める。また,必要かつ合理的な頻度としては,通信25
機器等の発達によって補充的な手段も十分活用できることも考慮して,平均
して月1回程度が相当であると認める。したがって,世帯分離した月数×月
1回の回数分の面会に必要な交通費の限度において,本件事故と相当因果関
係のある損害と認める。
祖父母や親戚縁者等との面会交流は,未成年者,特に年少者の情緒や発育
への好ましい影響は否定できないとしても,親との面会交流とは法的な意味5
合いが異なるから,その費用が,本件事故と相当因果関係のある損害とまで
は認めがたい。
エこれらの一時帰宅・面会交流交通費の具体的な交通費の算定については,
前記避難交通費と同様の算定方法により計算すべきである。
⑷引越費用,宿泊費等10
避難するにあたって交通費以外に出費した引越費用や宿泊費は,個別に費用
を支出したことが認められる場合には,相当と認める範囲において,損害と認
める。ただし,引越費用や宿泊費等は,避難すれば,それに伴って当然支出す
るものであるから,前記のような立証に至らない場合でも,後記⑽の避難雑費
に含まれる範囲で損害と認める。15
⑸世帯分離による生活費増加費用
前記1で述べたとおり,避難先における避難生活に伴う出費についても,損
害と認めるべきであるところ,避難前には同居していた世帯が,避難元と避難
先で分離することとなった場合には,水道光熱費などの生活費が重ねて必要と
なる部分があると認められる。そのような費用については,ADR手続の運用20
実績(第1の3世帯の人数に応じた額を生活費増加費用
として損害と認め,分離した少ない方の世帯が1名の場合は2万円を損害とし,
さらに1名増えるごとに1万円ずつ増加させることとする。なお,避難者の中
には,短期間の避難をした後自宅に戻り,後に長期間の避難生活に入る者が存
在するが,1か月に満たない短期間の避難生活では,1か月の生活費用ほどは25
費用が増加しないし,長期間の避難の場合には,最初の避難日が当該月の何日
かにかかわらず,一月単位で生活費増加を認めることから,短期間の避難の生
活費増加費用は,長期間の避難の生活費増加費用に包括評価されたものとみな
すこととする。
⑹家財道具購入費用
避難先において,新たな生活をするためには,生活を送るための種々の家財5
道具や生活用品が必要となる。そのような種々の生活に必要な家財道具等は,
世帯分離することとなった場合には,避難元の家財とは別に,分離した世帯が
避難先で生活するのに必要な家財道具等の購入が必要であるから,ADR手続
このような費用として30万円を
限度として損害と認めるのが相当である。また,世帯全体で避難した場合にお10
いても,家財道具等の引越費用を支出するより新たに購入した方が低額となる
場合等も想定されるから,このような家財道具等を購入する費用として,15
万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害として認める。
⑺その他の生活費増加費用(賃料,自治会費,学用品購入費増加など)
⑸の世帯分離による生活費増加費用のほか,賃料,自治会費,学用品購入費15
増加など,個別具体的に,これらの増加した費用を支出したと認められる場合
には,相当な範囲において損害と認める。
⑻就労不能損害・営業損害
ア避難指示等により避難した場合,強制的に就労や営業をすることができな
くなったのであるから,本件事故がなければ得られたであろう収入は損害と20
認められる。
イ避難指示等によらずに避難した自主的避難の場合であっても,避難したこ
とによって,避難前に就いていた仕事を辞め,又は廃業・休業をすることと
なれば,避難先において直ちに同等の仕事ができる就職先を見つけたり,営
業を再開したりすることは,その性質上容易とはいえないから,避難後一定25
期間については,避難しなければ得られたであろう,避難前の収入を就労不
能損害として認めるべきである。就労しなかった期間が長期に及ぶ場合は,
その理由も考慮し,減収の割合を認定する。
被告東電は,自主的避難等対象者の就労不能損害は,就労を継続できない
客観的状況があるというわけではなく,休職や退職は原告らの自主的な判断
に基づくものであることからすれば,収入減があったとしても本件事故と相5
当因果関係を欠くと主張する。しかし,避難が相当と認められた場合におい
ては,避難指示等により強制的に避難した場合とは異なって,避難者による
避難の決断というプロセスを挟んでいるものの,それ自体は相当な判断であ
ることになり,避難すれば仕事や営業を継続することができなくなることに
は変わりないから,そのような判断を介在しているからといって,相当因果10
関係がないということはできない。したがって,避難指示等によらずに避難
し,当該避難が相当と認められる場合にも,通勤に支障が生じるなどの理由
で,従前の仕事を継続することが困難になり,退職又は廃業等をした結果と
して得られなかった収入については,避難に伴う損害として,本件事故と相
当因果関係のある損害ということができる。この場合においては,前記期間15
に新たな収入を得ていた場合は,得られたであろう収入と新たに得た収入の
差額を相当因果関係のある損害と認める。
⑼不動産損害・動産損害
原告らは,避難指示等の対象区域でない場所においても,避難をきっかけと
して,所有していた不動産や動産に関して売却や廃棄したことに伴う損害や,20
放射性物質により汚染されて価値が減少又は喪失したとする損害を,本件事故
と相当因果関係のあるものとして主張している。しかしながら,避難指示等の
対象区域にある不動産や動産とは異なり,避難元の地域における経済活動は継
続されており,不動産については自主的避難等対象区域には避難指示等により
避難してきた者が移住するなどして,不動産の取引が成立していると認められ25
るし,動産についても,避難指示等により避難した場合とは異なって搬出する
機会を制限されている等の状況にはない。それにも関わらず,売却や廃棄をし
なければならない理由は認められないから,その結果として損失が発生したと
しても,特段の事情のない限り,本件事故による損害とはいえない。
したがって,避難指示等の対象区域でない場所における不動産損害や動産損
害は,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。5
⑽避難雑費
ア避難交通費や一時帰宅・面会交流交通費のほか,ある世帯が避難すること
によって,避難のための下見費用,宿泊費や引越費用,本来は不要又は少額
であった帰省費用が増額するなど,さまざまな出費が生じることが明らかで
ある。そのような費用の内訳は,世帯の内情によって個々に異なるものの,10
ある一定程度の支出については,本件事故と相当因果関係のある損害として,
認めるべきである。
イこのような費用として,ADR手続の運用実績(第1の3
にして,世帯のうち,避難した者1人につき月額1万円の限度で避難雑費と
して,損害を認める。なお,避難者の中には,短期間の避難をした後自宅に15
戻り,後に長期間の避難生活に入る者が存在するが,1か月に満たない短期
間の避難生活では,1か月の避難雑費ほどは,費用は発生しないし,長期間
の避難の場合には,最初の避難日が当該月の何日かにかかわらず,一月単位
で避難雑費を認めることから,短期間の避難の避難雑費は,長期間の避難の
避難雑費に包括評価されたものとみなすこととする。20
⑾放射線検査費用
ア避難元において被ばくし,そのことが身体に何らかの影響があるのではな
いかという不安を抱くことが,一般人から見て相当といえる場合には,低線
量被ばくによる健康への影響が確定的にあるとまではいえないという前提
に立ったとしても,その不安を解消するため,被ばく量測定や甲状腺検査を25
受けることは合理的であるというべきである。
イ検査を受けるのに必要な費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認
めることができる。なお,この検査費用については,避難に伴う損害ではな
いから,上記で述べた2年の範囲にとどまらず,当面の間は本件事故と相当
因果関係のある損害として認めるべきである。
⑿精神的損害(慰謝料)5
ア避難指示等による避難をした者について
居住制限区域
居住制限区域においては,本件事件後,立入りを制限されるなどしてい
たが,平成29年4月1日に解除されている。前記のとおり,居住制限区
域は年間積算線量が20m㏜を超えるおそれがある地域として指定され10
ていること,また,本件事故後,旧居住地から立ち退きを余儀なくされ,
6年を超える長期間にわたって,立入りを制限されていたことに鑑みれば,
現在においてはその制限が解除され,町が徐々に復興しつつあると推測さ
れることを踏まえても,本件事故に対する恐怖,放射性物質の飛散による
身体影響に対する不安や,本件事故による避難生活の結果,生活の本拠た15
る土地において平穏に生活する利益の享受を長期間阻害され続け,場合に
より,自宅も仕事も失わざるを得なかったことによる精神的苦痛は,帰還
困難区域とほぼ同様に,相当大きいものであるというべきである。したが
って,これらの精神的苦痛に対する慰謝料は,中間指針等の定める月額1
0万円を下回るものではなく,政府の復興方針や被告東電の賠償指針から20
すれば,その終期はどれだけ早くみても平成30年3月30日より前とは
いえない。
緊急時避難準備区域
緊急時避難準備区域は,避難が強制されていた区域に隣接しており,自
主的な避難を求め,子どもや妊婦等は事実上立入りを制限されていたが,25
平成23年9月30日に解除されている。同区域は,福島第一原発から2
0~30㎞以内の地域であり,約6か月後には解除されたとはいえ,本件
事故当初は事故の収束の見通しが不透明な状態が続いていたのであり,本
件事故による不安や恐怖は,帰還困難区域や居住制限区域に準じて大きい
ものであったといえるし,放射性物質の飛散による身体影響に対する不安
や,本件事故による避難生活における精神的苦痛は,区域指定解除後も一5
定の期間は継続していたとみるべきである。これら精神的苦痛に対する慰
謝料は,前記居住制限区域に準じて,月額10万円程度とするのが相当で
あり,その終期はどれだけ早くみても,平成24年9月30日より前とは
いえない。
イア以外の地域から自主的避難等をした者について10
自主的避難等対象区域
自主的避難等対象区域は,中間指針追補において,福島第一原発からの
距離,避難指示等対象区域との近接性,政府や地方公共団体から公表され
た放射線量に関する情報,自主的避難者の多寡などを考慮の上,設定され
ていることからすれば,そのような地域に居住していた者が,本件事故や15
放射線に対する恐怖や不安を感じたことについては,社会通念上相当であ
るといえる。また,そのような恐怖や不安を感じて避難を実行し,それが
相当と認められた場合においては,避難生活における苦痛についても,慰
謝の対象となるというべきである。この点で,慰謝の対象が,本件事故当
初の時期だけに限られるわけではない。そして,避難せずに滞在し続けた20
者は,放射線に対する恐怖や不安が継続し,少なくとも心理的には行動が
制限されるという苦痛が存在する一方,避難した者は避難生活による様々
な苦痛を被っており,どちらであっても,その内容は異にするものの,総
合考慮すれば,これらの精神的苦痛に対する慰謝料としては,同額を定め
るのが相当であり,一人あたり30万円を慰謝料として認める。25
そして,本件事故発生時から避難時の間のいずれかの時点において,妊
婦・子どもであった者については,一般的に妊婦・子どもは放射線に対す
る感受性が高いといわれていることに鑑みて,その他の者に対する額の倍
を相当な慰謝料と認め,一人あたり60万円とする。
また,前記の額を前提として,特に放射線の健康に対する影響を懸念し
なければならない特別の事情や,避難が困難となる特別の事情がある場合5
などは,個々の事情を考慮して,慰謝料を定めることとする。なお,本件
事故及び放射性物質に対する恐怖及び不安の程度は千差万別であるし,後
記認定に表れているように,避難によって,離婚や学校でのいじめ,家族
との葛藤,体調不良など,各原告に生じた事態も千差万別であることが窺
えるところ,これらの事態が生じたことについて本件事故の影響がどの程10
度であったかを個々に認定するのは極めて困難が伴う上,同一の事故によ
って多数の損害賠償請求権者が生じた事態からして,個別事情によって慰
謝料額に差をもうけ過ぎることは相当ともいい難い。そのため,被侵害利
益が平穏に生活する利益という包括的な利益であるから,侵害の内容は
様々であることを全体として理解するにとどめ,少なくとも自主的避難者15
については,上記のとおり,基準を設けた上で,精神的苦痛を大きくする
特別の事情がある場合のみ,個々の事情を考慮して,慰謝料額を算定(増
額)することとした。この特別の事情については,総括基準2の事由の一
部(避難指示等に基づく避難について,要介護状態にあること,身体又は
精神の障害があること,重度又は中等度の持病があることなどを慰謝料の20
増額事由とする。)を斟酌した。
自主的避難等対象区域外について
自主的避難等対象区域外であっても,福島第一原発との距離,空間線量
の値,周辺住民の避難の多寡や世帯構成(当該世帯に妊婦・子どもがいる
かどうか)などの事情を総合考慮して,自主的避難等対象区域に居住して25
いた者と同等の場合には,前記自主的避難等対象区域における額と同額を
慰謝料とする。
また,同様の要素を考慮して,自主的避難等対象区域と同等とはいえな
いにしても,それに準じる場合と認められる場合には,一人あたり15万
円を慰謝料として相当と認め,妊婦・子どもに対してはその倍額の一人あ
たり30万円を慰謝料として認める。ただし,上記準じる程度など個々の5
事情を考慮して,慰謝料を定める場合がある。
胎児に対する慰謝料について
本件事故当時胎児であり,避難時までに出生した者については,胎児の
期間における放射線に対する不安や恐怖は,妊婦に対する慰謝料において,
評価されているとみることができることを踏まえれば,これらの者に対す10
る慰謝料は,それぞれの居住区域に対応する子どもに対する慰謝料の半額
(生まれて以後の慰謝料に限る。額として,妊婦・子ども以外の者に対す
る慰謝料と同額となる。)を相当とする。
また,避難時において未出生であり,避難先において出生した者につい
ては,放射線に対する不安や恐怖が,前記のとおり,胎児の間において,15
妊婦に対する慰謝料において評価されており,また,避難元での生活が全
くなく,それとの比較で避難先での生活の苦痛が観念しにくいことから,
避難時において未出生の者に対して慰謝料を認めることはできない。
3既払金の充当について
⑴原告らのうち一部は,直接請求及びADR手続において,被告東電から支払20
を受けており,多くの場合は,世帯ごとに支払がなされていることから,各原
告にどのように充当するかが問題となる。
⑵前記認定事実のとおり,中間指針追補等に基づいて,被告東電は一定額の賠
償を行っているが,いずれも一人あたりの金額を決めた上で支払を行っている
のであるから,実際の支払が世帯毎であったとしても,また,妊婦及び子ども25
についても,それぞれの原告個人に支払をしたものとして,各原告に既払金を
充当すべきであって,もとから,妊婦及び子どもに支払われた費用の一部につ
いて,実際に費用を支出したであろう同伴者や保護者に充当すべきだと認める
ことはできない。
ただし,上記充当方法の場合においても,当事者の合理的意思を解釈すると,
実際に支出した者に対しての支払であると解することができる場合について5
は,実際に支払を受けた者ではなく,実際に支出した者に対して既払金を充当
すべきである。これにより,多くの場合には,原告の主張及び家族構成も勘案
して,避難の同行者や世帯主等,実際に支出したと認められる者の損害に既払
金の多くを充当することになる。また,支払を受けた者の認定損害額を超える
支払がある場合(子の場合に多い。)は,その超える支払額を,避難の同行者や10
世帯主等,実際に支出したと認められる者の損害に充当することとなる。具体
的には,被告東電への直接請求により,子が合計72万円の支払をされており,
当裁判所の認定では,慰謝料額60万円のみが認定されている場合は,上記7
2万円のうち,60万円を当該子の損害に対して充当し,残り12万円を,実
際に支出したと認められる者の損害に充当することとなる。ただし,この扱い15
には限度があり,本件事故当時に胎児であり,避難時にも未出生で,避難先で
出生した場合,当裁判所の認定では,慰謝料は認められないが,実際には,直
接請求で72万円が支払われていたとしても,その全額である72万円を費用
の支出者の損害に充当できるわけではなく,被告東電が胎児分の慰謝料として
主張する48万円の限度では,被告東電が胎児分として支払ったと意思解釈せ20
ざるを得ず,残金24万円のみを,実際に費用を支出した者に対しての支払で
あると解することができるにすぎない。したがって,上記72万円のうち,2
4万円の範囲で,実際に費用を支出した者に対して既払金を充当することにな
る。
⑶なお,既払金の額について,多くの場合において,各原告と被告東電との間25
では争いがなく,これを踏まえて,同原告と被告国との間でも,弁論の全趣旨
により同じ額が認められるから,上記の場合には,単に「争いがない。」とのみ
記載する。既払金の額について,原告の認否が不明確な場合は,被告国との関
係もあるので,証拠及び弁論の全趣旨による認定とし,その旨記載する。
4弁護士費用について
弁護士費用は,基本として,各損害費目の合計額から,上記3の方法により算5
出した各原告に対して充当すべき既払金の額を控除した額の1割を相当な額と
して認め,ADR手続を行っている場合には,ADR手続において認められた弁
護士費用を前記1割の額に加算した額を,相当な額と認める。家族でADR手続
を利用している場合は,ADR手続において認められた弁護士費用を,実際に費
用を負担しているとみられる者(通常は,親のどちらかであり,親の両方が負担10
している可能性がある場合でも,より多く負担しているとみられる者)に加算し
た。
第3各原告の損害額
以下においては,各原告の損害額について,個別に検討する。各原告の損害額
の検討において,見出しとした損害費目は原告ら主張のものであり,前記第2で15
用いた損害費目の見出しとは必ずしも合致しない。そして,前記第2の考え方に
のっとって,原告らが,本件事故から,平成27年ないし平成29年の特定の日
までの損害(特定の日は,別紙損害額等一覧表に記載している。)と主張する内容
について,損害額を算定した。
また,別紙避難経路等一覧表は,裁判所が避難又は移転費用を損害と認めた場20
合の移動に限って記載している。各原告の避難時の年齢における「避難時」は,
第4節において避難の相当性を判断するにあたって基準とした避難の時期を指
す。また,避難していない者は,同一世帯の避難者の「避難時」に合わせて計算
している。
1原告番号1について25
⑴世帯の概要
【1】は,昭和30年4月24日生まれの男性である。本件事故当時,【1】は,
福島県双葉郡a8町において,単身で借家に居住していた。【1】は,平成18年
に婚姻したが,単身生活を続け,その妻は,本件事故当時,京都に居住していた。
当時の居住地は,本件事故後,警戒区域に指定され,その後は居住制限区域に指
定されていたが,平成29年4月1日,同区域指定は解除された。(甲D1の1,5
1の2の1,原告【1】本人)
⑵避難の経緯
【1】は,平成23年3月11日午後5時過ぎ,本件事故のニュースをラジオ
で聞き,身の危険を感じていたところ,同月12日には避難指示が出たことから,
同月12日から13日にかけて,福島県双葉郡a8町から京都市へ避難した。飛10
行機で移動する途中,気を失ったり,失禁したりし,体も心も限界と感じていた。
その後,京都市内で2度移転した。【1】は避難生活の中で,うつ病にり患した。
(甲D1の1,原告【1】本人)
⑶一時帰宅の経過
【1】は,京都市に避難後,平成27年3月15日,家財を持ち出すため,居15
住地へ一時帰宅し,同月17日に避難先の京都市へ戻った。(甲D1の1,原告
【1】本人)
⑷ADR手続における和解
ア平成25年6月14日,【1】と,被告東電との間で,本件事故に関する損害
の一部について,被告東電には2431万8870円の支払義務があることを20
認め,既払金105万円を除いた残額の2326万8870円を支払うことな
どを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項にお
ける各損害項目(対応する各期間に限る。)について,当事者間に何らの債権債
務がないことが確認されている。(甲D1の8の1,乙D1の4)
イ平成26年12月11日,【1】と,被告東電との間で,本件事故に関する損25
害の一部について,被告東電は2221万4185円の支払義務があることを
認め,同額を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条
項において,当該ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権
債務がないことが確認されており,その余の各損害項目については,和解条項
に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求す
ることを妨げないことが確認されている。(甲D1の8の2,乙D1の5)5
⑸損害額
ア概要
【1】は,政府の避難指示による避難を実施しているから,それに伴う損害
として,以下のとおり損害額を認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,
別紙損害額等一覧表(原告番号1)のとおりである。なお,下記で,証拠の記10
載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D1の8の1・2)を
根拠とした認定である。
イ避難費用
交通費・滞在費
【1】の京都市への避難,京都市内における移転に要した費用は,本件事15
故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号
1)のとおり,かかる損害額は,交通費5万4890円,滞在費合計40万
1650円と認める。
一時帰宅費用
避難指示等の区域から家財道具を持ち出すため,一時帰宅するのに要した20
費用として,一時帰宅交通費(航空運賃)に2万9100円,宿泊費用等に
4万4240円,燃料費に3488円,宅配便費用に3688円,放射線防
護費用に1万5586円をそれぞれ支出したことが認められる(甲D1の3
の1~5)。一時帰宅交通費及びそれに関する諸費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められるから,別紙避難経路等一覧表及び損害額等一25
覧表(原告番号1)のとおり,合計9万6102円を本件事故による損害と
認める。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
避難指示により自宅から退去せざるを得なかったため,家財道具一式の価
値を喪失し,そのために要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因果関5
係のある損害と認められ,かかる損害額は245万円と認める。
生活費増加費用
【1】が避難により増加した生活費は,本件事故と相当因果関係のある損
害と認められ,かかる損害額は合計41万0197円と認める。
エ就労不能損害10
給与
a本件事故当時,歯科矯正器具の材料等の研究開発の仕事をしており,本
件事故前である平成22年における収入は1049万3400円であっ
たこと,平成24年12月25日から平成25年3月31日まで月額15
万5000円の収入(賞与なし)を得ていたこと,平成25年4月1日か15
ら平成26年3月31日まで月額26万8500円の収入(賞与なし)を
得ていたこと,平成26年4月1日から平成27年3月31日まで月額2
1万8000円の収入(賞与なし)を得ていたこと,平成27年4月1日
から同年9月30日まで月額12万円の収入(賞与なし)を得ていたこと,
平成27年10月1日から平成28年3月31日まで月額15万50020
0円の収入(賞与なし)を得ていたことが認められる(甲D1の4の1,
1の4の3の1~6)。
b【1】の本件事故当時の年齢は55歳であることを踏まえれば,本件事
故前の収入と同程度の年収が得られるような仕事を見つけることは容易
ではないことからすれば,少なくとも平成27年8月31日までについて,25
本件事故がなければ得られたであろう収入と新たに得た収入との差額は,
本件事故による避難のため,就労が困難であった又は転職による収入が減
少したものといえ,本件事故と相当因果関係のある損害と認めることがで
きる。したがって,平成23年3月11日から平成24年9月30日まで
は1661万4550円を,平成24年10月1日から平成26年6月3
0日までは1836万3450円を相当な損害と認める。また,平成265
年7月1日から平成27年8月31日までは,本件事故がなければ得られ
たであろう収入(1049万3400円÷12×14)から,前記期間に
得た収入(21万8000円×9+12万×5)を差し引いた,968万
0300円を損害と認める。
退職金差額10
a【1】は,平成14年4月から前記研究開発の仕事に就いており,その
基本給が38万9400円であり,満60歳で定年を迎えていた場合,勤
続が13年となり,506万2200円の退職金が支給される予定であっ
た(甲D1の4の2)。しかし,本件事故によって,勤続9年の時点で解雇
され,退職金は350万4600円であったのであるから(甲D1の1,15
弁論の全趣旨),差額の155万7600円は,本件事故がなければ得ら
れたであろう退職金である。【1】が定年退職までの間に退職する理由は
特段認められず,退職する蓋然性は低いから,退職金差額は本件事故と相
当因果関係のある損害と認められる。
bしたがって,退職金差額として合計155万7600円を損害と認める。20
オ放射線検査費用・診断書取得費用
【1】が放射線検査及び診断書取得に要した費用は,本件事故と相当因果関
係のある損害と認められ,かかる損害額は放射線検査費用1万0500円,診
断書取得費用4500円と認める。
カ精神的損害(慰謝料)25
入通院慰謝料
【1】が本件事故によってうつ病を発症したため,通院したことが認めら
れるから,当該通院による慰謝料は,本件事故と相当因果関係のある損害と
認められる。かかる損害額は平成23年3月11日から平成24年9月30
日までは118万6666円を,平成24年10月1日から平成26年6月
30日までは93万3334円を相当な損害と認める。また,平成26年75
月1日から平成27年8月31日までは,実通院日数が8日間であることが
認められるから(甲D1の7の4,1の7の5),25万2000円を通院慰
謝料として相当と認める。
精神的損害(避難・コミュニティ侵害)
【1】は,政府の避難指示による避難を実施しており,本件事故による恐10
怖及び不安並びに長期間自宅を離れて避難生活を余儀なくされた苦痛への
慰謝料として,月額10万円を基本として,平成23年3月11日~平成2
4年9月30日が193万円,平成24年10月1日~平成26年6月30
日が210万円,平成26年7月1日~平成27年8月31日が140万円
で,合計543万円を,原告の請求する平成27年8月31日までの慰謝料15
として認める。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求及びADR手続において,【1】に対して,合計4653
万3055円を支払っていることが認められる(争いがない。)。このうち,通院
交通費5万5120円は,【1】は本件訴訟では明示的に請求しないというので20
あり,被告東電が当該損害項目に対して5万5120円を支払ったことからすれ
ば(甲D1の8の1),本件訴訟の損害額から控除される既払金からは除くのが
相当である。したがって,これら既払金のうち4647万7935円を【1】の
損害額に充当するのが相当であり,別紙損害額等一覧表(原告番号1)の既払額
(裁判所認定額)欄記載のとおり,損害額に充当する。25
⑺弁護士費用
弁護士費用は,245万2112円(109万6780円とADR手続分70
万8317円及び64万7015円の合計額)を相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号1)の認容額欄
記載のとおりである。5
2原告番号2-1~4について
⑴世帯の概要
【2-1】は昭和42年3月26日生まれの女性,【2-2】は昭和39年8月
19日生まれの男性,【2-3】は平成17年3月12日生まれの女性,【2-4】
は平成14年1月20日生まれの女性である。【2-3,4】は,いずれも【2-10
1,2】の子である。本件事故当時,【2-1~4】は,福島県郡山市において,
自宅(持ち家)に居住していた。なお,自宅は,平成25年9月29日売却した。
(甲D2の1の1,2の2の1,2の5の1・2・6,原告【2-1】本人)
⑵避難の経緯
【2-1】は,平成23年3月14日,食料が少なくなった上,福島第一原発15
が危ないという【2-1】の妹からの情報があったことから,避難を決意し,【2
-1,3,4】は,同日から翌15日にかけて,福島県郡山市から大阪府へ避難
し,平成24年5月頃に大阪府から京都市へ移転した。【2-2】は,本件事故後
も福島県郡山市に残って生活していたが,平成25年4月頃,京都市へ避難した。
(甲D2の1の1,原告【2-1】本人)20
⑶面会・一時帰宅の経過
【2-2】は,平成24年1月から平成25年4月までの間に,【2-1,3,
4】に面会するため,福島県郡山市と大阪府を3回往復した。【2-1~4】は,
平成24年8月から平成25年11月までの間に,複数回,長期休暇の間の帰省
や不動産売却の準備のため,一時帰宅した。(甲D2の1の1,原告【2-1】本25
人)
⑷損害額
ア概要
【2-1,3,4】の大阪府への避難は相当であるところ,それに伴う損害
のうち,大阪府へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2
月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。【2-5
2】の京都市への避難は,先に避難した【2-1,3,4】と同居するための
避難であるが,本件事故と相当因果関係がないから,当該避難に要した交通費
は相当因果関係のある損害と認められない。当裁判所が認定した損害額の詳細
は,下記及び別紙損害額等一覧表(原告番号2)のとおりである。
イ避難費用10
避難交通費
【2-1,3,4】の大阪府への避難に要した費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められる。また【2-1,3,4】の京都市への移転
も,大阪では親族方に居住していたことから,生活を安定させようとして行
ったものであることからすれば,当該移転に要した費用も,本件事故と相当15
因果関係のある損害と認められる。標準交通費一覧表(公共交通機関)の額
を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号2)のとおり,かかる損
害額の合計は7万3600円と認めるのが相当であり,これは【2-2】に
生じた損害と認められる。
一時帰宅費用20
平成25年4月までの間,【2-1,3,4】と【2-2】は別居しており,
世帯分離が生じていたのであるから,【2-2】が子らと面会するため,平成
24年1月から平成25年4月までの間,合計3回,大阪府を訪れるのに要
した費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。したがって,
標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表25
(原告番号2)のとおり,かかる損害額は合計16万3200円と認めるの
が相当であり,これを【2-2】に生じた損害と認める。その余の一時帰宅
費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認
められない。
避難雑費
【2-1,3,4】の避難に伴い,宿泊費や引越費用,本来は不要又は少5
額であった帰省費用が増額するなど,さまざまな出費が生じており,これは
本件事故と相当因果関係があると認められるから,【2-1,3,4】が避難
していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月あたり1
名につき1万円を限度として,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計
72万円について,【2-2】に生じた損害と認める。10
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【2-1,3,4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,平成25年4月ま
での間,世帯分離が生じていたから,これを踏まえると,家財道具購入費用15
として30万円を認めるのが相当である。これを【2-2】に生じた損害と
認める。
生活費増加費用
前記のとおり,平成25年4月までの間,世帯分離が生じており,その間
の水道光熱費等が二重に要したと認められる。したがって,世帯分離による20
生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年3月から平成25年2
月末日までの間,1か月あたり2万円を認め,合計48万円について,【2-
2】に生じた損害と認める。
エ活動費
【2-1】の活動費は,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められな25
い。
オ不動産売却損
【2-1,2】は,自宅売却による損害を被った旨主張するが,売却によっ
て損害が生じたことを認めるに足りる証拠はないし,そもそも,生命,身体へ
の危険の恐怖や不安から,自主的避難をした場合であっても,自宅を資産とし
て持ち続けることなどは可能であるから,自宅売却までする必要性については,5
特段の事情がない限り認められないところ,【2-1,2】について,特段の事
情を認めるに足りないから,いずれにしても,自宅の売却損害は認められない。
カ精神的損害(慰謝料)
【2-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【2-1,2】は各3010
万円,【2-3,4】は各60万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【2-1】に対して12万円,【2-2】に対して12万円,【2-
3】に対して72万円,【2-4】に対して72万円を支払っていることが認めら
れる(乙D2の4,弁論の全趣旨)。これら既払金合計168万円について,【215
-1】に対しては12万円を,【2-2】に対しては36万円を,【2-3】に対
しては60万円を,【2-4】に対しては60万円を,各原告に生じた各損害額に
充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号2)の既払額欄記載のとおり,各
原告に生じた損害額に充当する。20
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【2-1】につき1万8000円を,【2-2】につき16万7
680円を,【2-3】につき0円を,【2-4】につき0円をそれぞれ相当と認
める。
⑺まとめ25
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号2)の認容額欄
記載のとおりである。
3原告番号3-1,2について
⑴世帯の概要
【3-1】は昭和30年8月16日生まれの女性,【3-2】は昭和26年7月
16日生まれの男性である。【3-1,2】は夫婦であり,【5】は【3-1】の5
母である。本件事故当時,【3-1,2】は,【3-1】の父と【5】とともに福
島県郡山市において,【3-1】の父が所有する自宅に居住していた。なお,【3
-1】の父は,平成27年5月18日避難先で死亡した。(甲D3の1の1,3の
2の1・2,原告【3-1】本人)
⑵避難の経緯10
【3-1,2】は,本件事故発生当初から,インターネット等で放射能に関す
る情報の収集を行っていたが,福島原発に勤務する知人が,なるべく早くなるべ
く遠くに逃げた方がいい旨を伝えてきたことから,【3-1】の高齢の父母を伴
って避難することに悩みつつも,避難することを決意し,同父母とともに,平成
23年3月16日,福島県郡山市から京都市へ避難した。平成23年8月から,15
【3-1,2】と【5】の世帯は,避難先の狭い部屋で【3-1】の父の認知症
の病状が進行するのを避けるため,別居した。【3-1】は,高齢の父母を伴った
ことから,福島県に居住する姉と確執を抱えるようになった。(甲D3の1の1,
5の1,5の7の1,原告【3-1】本人)
⑶面会・一時帰宅の経過20
【3-1】は,平成23年3月から同年8月までに一時帰宅をしており,また,
平成25年11月から平成27年6月までの間にも,叔父の葬儀等のために,合
計4回,一時帰宅した。(甲D3の1の1,原告【3-1】本人)
⑷ADR手続における和解
ア平成25年7月29日,【3-1,2】と,被告東電との間で,本件事故に関25
する損害の一部について,被告東電は136万8779円の支払義務を認め,
同額を【3-1,2】に支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。な
お,清算条項について,和解条項における各損害項目のうち,精神的損害につ
いて,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途
損害賠償請求することを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対応
する各期間に限る。)については,当事者間に何らの債権債務がないことが確5
認されている。(甲D3の8の1)
イ平成26年8月22日,【5】及び【3-1,2】と,被告東電との間で,本
件事故に関する損害の一部について,被告東電は145万9599円の支払義
務を認め,中間指針追補に基づく既払金8万円を除いた残額の137万959
9円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項につ10
いて,当該ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務が
ないことが確認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定め
る金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求すること
を妨げないことが確認されている。(甲D3の8の2)
⑸損害額15
ア概要
【3-1,2】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害のう
ち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月末
日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が
認定した損害額の詳細は,下記及び別紙損害額等一覧表(原告番号3)のとお20
りである。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記
載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D3の8の1)を根拠
とした認定である。
イ避難費用
交通費・宿泊費25
a【3-1,2】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号3)のと
おり,かかる損害額は2万2340円と認めるのが相当であり,これは【3
-2】に生じた損害と認める。
b【3-1,2】の京都市への避難の際に要した宿泊費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は2万3500円と認5
めるのが相当であり,これは【3-2】に生じた損害と認める。
c合計4万5840円を交通費・宿泊費として,【3-2】に生じた損害と
認める。
引越費用・一時帰宅費用
a【3-1,2】の京都市への避難の際に要した引越費用は,本件事故と10
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は1万7320円と認
めるのが相当であり,これは【3-2】に生じた損害と認める。
b【3-1】が一時帰宅に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号3)のとおり,6万8766円を,本件事故と相当因果関係のある
損害と認め,これを【3-2】に生じた損害と認める。その余の一時帰宅15
費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは
認められない。
c合計8万6086円を引越費用・一時帰宅費用として,【3-2】に生じ
た損害と認める。
ウ生活費増加費用20
家財道具購入費用
【3-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,避難後,平成23年8月から,【3-
1,2】と【5】が別居し,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,
【5】と合わせて30万円を認めるべきである。そして,【3-1,2】につ25
いては,そのうち損害額を10万円と認めるのが相当であり,これは【3-
2】に生じた損害と認める。
生活費増加費用(食費増加)
【3-1,2】が避難生活の際に要した,自家消費野菜分の生活費増加は,
本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は3万250
0円と認めるのが相当であり,これは【3-2】に生じた損害と認める。5
なお,前記のとおり,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,食
費を含む生活費が増加しているが,【5】の世帯において,当該損害を認めて
いるため,ここでは考慮しない。
生活費増加費用(駐車場代)
【3-1,2】が避難生活の際に要した駐車場代は,本件事故と相当因果10
関係のある損害と認められ,かかる損害額は5万3000円と認めるのが相
当であり,これは【3-2】に生じた損害と認める。その余の費用について
は,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認めるに足りる
証拠はない。
生活費増加費用(ガイガーカウンター購入)15
【3-1,2】が本件事故により支出したガイガーカウンター購入費用は,
本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は2万912
0円と認めるのが相当であり,これは【3-2】に生じた損害と認める。
エ動産損害
【3-1,2】は,自宅にある家財道具が,放射性物質による汚染により使20
いものにならなくなったとして,損害を被った旨主張するが,そのような汚染
により,家財道具の価値が減少又は喪失したと認めるに足りる証拠はない。
オ就労不能損害
【3-1】について
【3-1】の本件事故前の収入は,27万5298円(平成23年1月分)25
及び26万9249円(平成23年2月分)であったこと,非常勤職員であ
り,雇用期間が平成23年3月末日までと定められていたが,その後の契約
更新が予定されていたこと,平成23年5月から平成27年3月まで避難先
で就労していたことが認められる(甲D3の1の1,3の4の1)。平成23
年3月16日から同年4月末日までの間については,本件事故による避難を
実行したために,就労できなかったものと認められ,それ以降については,5
特段,賃金の減少等を認めるに足りる証拠はないことを踏まえると,平成2
3年3月16日から同年4月末日までの就労不能損害として,41万752
6円を認めるのが相当である。
【3-2】について
【3-2】の本件事故前の収入は,36万9089円(平成23年1月か10
ら同年3月17日まで,1日当たり4856円)であったこと,平成23年
5月に避難先で就職したものの,その後も職を転々とし,平成24年7月か
ら平成25年3月までは失業していたことが認められる(甲D3の1の1,
3の4の2)。平成23年3月18日から同年4月までの間及び平成24年
7月から平成25年2月までの間については,本件事故による避難を実行し15
たため,就労できなかったものと認められるが,前記期間以外の避難先で就
労していた間の賃金の減少を認めるに足りる証拠はない。したがって,平成
23年3月18日から同年4月までの間の就労不能損害として,36万90
90円を認めるのが相当であり,平成24年7月から平成25年2月までの
就労不能損害として,118万0008円(基礎収入日額4856円×2420
3日)を認めるのが相当である。合計154万9098円である。
カ避難雑費
【3-1,2】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等の支出が生じてお
り,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【3-1,2】
が避難していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月あた25
り1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費
合計48万円について,【3-2】に生じた損害と認める。
キ精神的損害(慰謝料)
【3-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当であ
る。5
⑹既払金の充当
被告東電は,ADR手続における和解に基づいて,①【3-1,2】に対して,
136万8779円,②【3-1,2】及び【5】に対して,145万9599
円(うち8万円を控除し,実際には137万9599円)をそれぞれ支払ってい
ることが認められる(争いがない。)。これら既払金のうち,【3-1】に,上記①10
のうちの49万7526円(【3-1】の就労不能損害分41万7526円,精神
的損害・追加賠償分計8万円の合計)を,【3-2】に上記①の残金87万125
3円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号3)の既払額欄記載のとおり,各
原告に生じた損害額に充当する。15
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【3-1】につき2万2000円,【3-2】につき22万03
06円(18万0439円とADR手続分3万9867円の合計額)と認めるの
が相当である。
⑻まとめ20
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号3)の認容額欄
記載のとおりである。
4原告番号4-1,2について
⑴世帯の概要
【4-1】は昭和54年5月18日生まれの女性,【4-2】は昭和53年1125
月9日生まれの男性である。本件事故当時,【4-1】は福島市の実家に居住し,
【4-2】は福島市で借家に居住していた。【4-1,2】は平成23年6月に婚
姻し,平成24年11月19日,2人の間に子が出生した。(甲D4の1,4の2
の1・2,原告【4-2】本人)
⑵避難の経緯
【4-1,2】は,本件事故当時,いずれ婚姻することを考えており,本件事5
故のニュースを聞いて,将来生まれてくるであろう子どもに対して悪い影響がで
ることを危惧したため,福島から避難することを決意し,【4-1】は平成23年
7月4日,福島市から京都市へ避難し,【4-2】は平成23年7月19日,福島
市から京都市へ避難した。(甲D4の1,原告【4-2】本人)
⑶一時帰宅の経過10
【4-1,2】及びその子は,平成24年1月から平成25年10月までの間
に複数回,一時帰宅し,また,平成25年11月から平成27年8月までの間に,
4回,子の成長を父母等に見せるためなどの目的で,福島市へ一時帰宅した。(甲
D4の1,原告【4-2】本人)
⑷ADR手続における和解15
平成26年6月11日,【4-1,2】及びその子と,被告東電との間で,本件
事故に関する損害の一部について,被告東電は221万5468円の支払義務を
認め,同額を【4-1,2】及びその子に支払うことなどを内容とする和解契約
が成立した。なお,清算条項については,ADR手続における弁護士費用のみ,
当事者間に何らの債権債務がないことが確認され,その余の各損害項目について20
は,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害
賠償請求することを妨げないことが確認されている。(甲D4の8)
⑸損害額
ア概要
【4-1,2】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害のう25
ち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年7月から平成25年6月末
日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が
認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号4)のとおりである。
なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損
害額認定は,ADR手続における和解額(甲D4の8)を根拠とした認定であ
る。5
イ避難費用
交通費(引越費用を含む)
a避難交通費
【4-1,2】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号4)のと10
おり,かかる損害額は4万3200円と認めるのが相当であり,これは【4
-2】に生じた損害と認める。
b引越費用
【4-1,2】の京都市への避難の際に要した引越費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は5万5600円と認15
めるのが相当であり,これは【4-2】に生じた損害と認められる。
cしたがって,引越費用を含む交通費として,合計9万8800円を【4
-2】に生じた損害と認める。
一時帰宅費用
【4-1,2】及びその子が一時帰宅に要した費用のうち,別紙避難経路20
等一覧表(原告番号4)のとおり,16万6400円の限度で,本件事故と
相当因果関係のある損害と認めるのが相当であり,【4-2】に生じた損害
と認める。その余の一時帰宅費用については,下記避難雑費に含まれる額を
超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用25
家財道具購入費用
【4-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえると,
かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【4-2】に生じ
た損害と認められる。
避難雑費5
【4-1,2】の避難に伴い,帰省費用の増加等,さまざまな支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【4-
1,2】が避難していた平成23年7月から平成25年6月末日までの間,
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ
る。避難雑費合計48万円について,【4-2】に生じた損害と認める。10
エ就労不能損害
【4-1】について
【4-1】は,本件事故当時,歯科助手として働いており,平成23年1
月から6月までに97万9700円(月額16万3283円)の収入があっ
たが,避難時に退職したこと,平成23年9月から平成24年3月までは避15
難先にて契約社員として就労していたこと,平成24年4月頃に妊娠が分か
り,それ以降就労していないことが認められる(甲D4の1,4の4の2)。
避難先において就労していた間は収入が減少したと認めるに足りる証拠は
ないし,平成24年4月以降の就労不能については,妊娠及び子の養育の影
響もあるから,本件事故と相当因果関係があるとは認められないが,平成220
3年7月から同年8月までの間は,避難に伴い就労が困難となっていたもの
と認められるから,避難前の基礎収入(月額16万3283円)を基準とし
て,合計32万6566円(=16万3283円×2か月)の就労不能損害
が認められる。
【4-2】について25
【4-2】は,福島市の所有する施設の管理等を行う会社に勤めており,
平成23年1月から7月までに251万4822円(月額35万9260円)
の収入があったが避難時に退職したこと,平成23年9月から平成24年3
月までは避難先にて契約社員として就労していたこと,職業訓練にも通い,
平成25年6月から再就職したことが認められる(甲D4の1,4の4の1)。
避難後から平成24年1月末日までの間については,本件事故による避難に5
伴い,就労困難又は転職による収入減少が認められ,合計107万5740
円(89万6450円+17万9290円)の損害が生じたと認められる。
平成24年4月から平成25年5月末日までの間は,避難に伴い就労してい
ないところ,職業訓練に通っていたとはいえ,年齢等を考えると,不就労期
間の不就労全てが本件事故と相当性があるとは認められず,避難前の基礎収10
入(月額35万9260円)を基準として,半年間は不就労分全額,その後
は不就労分半額について相当性があると認め,359万2600円(=35
万9260円×6+35万9260円÷2×8)の就労不能損害を認める。
したがって,就労不能損害の合計は,466万8340円となる。
オ精神的損害(慰謝料)15
【4-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当であ
る。
⑹既払金の充当
被告東電は,【4-1,2】に対して,ADR手続において,221万546820
円を支払っていることが認められるところ(争いがない。),当該既払金合計につ
いて,【4-1】には12万円を,【4-2】には209万5468円を,各原告
に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号4)の既払額欄記載のとおり,各
原告に生じた損害額に充当する。25
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【4-1】につき5万0657円,【4-2】につき44万13
35円(37万6807円とADR手続分6万4528円の合計額)と認めるの
が相当である。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号4)の認容額欄5
記載のとおりである。
5原告番号5について
⑴世帯の概要
【5】は昭和3年6月28日生まれの女性である(甲D5の2の1)。本件事故
当時【5】は,夫,【5】の子(【3-1】)及びその配偶者(【3-2】)とともに10
福島県郡山市において,【5】の夫(以下,5においては「夫」という。)が所有
する自宅に居住していた。平成23年8月から,【3-1,2】と【5】の世帯は,
避難先の狭い部屋で夫の認知症の病状が進行するのを避けるため,別居したが,
夫は,平成27年5月18日死亡した。(甲D3の1の1,5の1,5の7の1,
原告【3-1】本人)15
⑵避難の経緯
【5】は,本件事故当時,夫とともに80歳を超えており,福島を離れること
に躊躇していたが,認知症を患っていた夫が被ばくの意味を理解せずに畑仕事に
出る姿を見て,福島に残ることは危険だと考えて避難を決意し,平成23年3月
16日,福島県郡山市から京都市へ避難した。(甲D5の1,原告【3-1】本人)20
⑶一時帰宅の経過
【5】は,平成25年11月から平成27年8月までの間に,【5】の兄の葬儀
に参列する等の目的で,3回,一時帰宅した。(甲D5の1,原告【3-1】本人)
⑷ADR手続における和解
平成26年8月22日,【5】及び【3-1,2】と,被告東電との間で,本件25
事故に関する損害の一部について,被告東電は145万9599円の支払義務を
認めること,【5】及び【3-1,2】に対し,中間指針追補に基づく既払金8万
円を除いた残額の137万9599円を支払うことなどを内容とする和解契約
が成立した。なお,清算条項については,ADR手続における弁護士費用のみ,
当事者間に何らの債権債務がないことが確認されており,その余の各損害項目に
ついては,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別5
途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。(甲D5の8)
⑸損害額
ア概要
【5】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害のうち,京都
市へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月末日まで10
の2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定し
た損害額の詳細は,下記及び別紙損害額等一覧表(原告番号5)のとおりであ
る。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のな
い損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D5の8)を根拠とした認定
である。15
イ避難費用
交通費・宿泊費
【5】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号5)のとおり,かかる
損害額は,避難に際して要した宿泊費も含めて,5万9030円と認める。20
引越関連・一時立入費用
【5】が兄の葬儀に参列する等の目的で,一時帰宅に要した費用について
は,前記第2の2で述べたとおりであり,下記避難雑費に含まれる額を超
えて,損害が生じたとは認められない。引越関連費用についても,下記避難
雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認めるに足りる証拠はない。25
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,平成23年8月から,【5】と【3-1,2】は
別居しており,世帯が分離して生活することになったことを踏まえれば,【3
-1,2】と合わせて30万円を認めるべきであるから,【5】にかかる損害5
額は20万円と認めるのが相当である。
生活費増加費用(食費増加)
【5】が避難生活の際に要した,自家消費野菜を補うために支出した費用
は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は16万
5750円と認める。10
生活費増加費用(二重生活)
前記のとおり,避難後,平成23年8月から【5】と【3-1,2】の間
で世帯分離が生じており,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められ,
当該費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額
は62万円と認める。15
生活費増加費用(漏水損害,ヘルパー代)
【5】が避難生活の際に要した,漏水損害及びヘルパー代金の生活費増加
は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は13万
2306円と認める。
エ動産損害20
【5】は,自宅にある家財道具が,放射性物質による汚染により使いものに
ならなくなったとして,損害を被った旨主張するが,そのような汚染により,
家財道具の価値が減少又は喪失したと認めるに足りる証拠はない。
オ避難雑費
【5】の避難に伴い,一時帰宅費用等,さまざまな支出が生じており,これ25
らは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【5】が避難していた
平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月あたり1万円の限度
において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計24万円について,【5】
に生じた損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【5】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及び5
不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,【5】に対し,直接請求において,12万円を,【5】及び【3-
1,2】に対し,ADR手続において,145万9599円(うち8万円(【5】
に対するもの)は直接請求により既に支払われたものとして控除され,137万10
9599円のみ支払われている。)を,それぞれ支払っていることが認められる
(争いがない。)このうち,上記137万9599円は,その支払の内容からし
て,全て【5】への支払とみることができるから,上記12万円を加えて合計1
49万9599円を【5】に生じた損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号5)の既払額欄記載のとおり,【5】15
に生じた損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は6万4262円(2万1749円とADR手続分4万2513円
の合計額)を相当と認める。
⑻まとめ20
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号5)の認容額欄
記載のとおりである。
6原告番号6-1~3について
⑴世帯の概要
【6-1】は昭和57年1月25日生まれの男性,【6-2】は昭和51年1125
月25日生まれの女性,【6-3】は平成23年10月3日生まれの女性である。
【6-1,2】は,本件事故当時,福島市において,【6-1】の父が所有するマ
ンションに居住していた。また,【6-2】は,【6-3】を妊娠中であった。(甲
6の1,6の2の1,原告【6-2】本人)
⑵避難の経緯
【6-2】は,本件事故当時妊婦であり,健康被害に不安を感じてインターネ5
ット等で調べたところ,海外では深刻な内容が報道されており,海外の友人が何
度も避難を勧めてきたため,政府を信用することができないと感じ,胎児被ばく
を避けるために避難を決意した。【6-1,2】は,平成23年3月19日,福島
市から埼玉県の【6-2】の叔母宅へ避難し,その後,同叔母宅に長居はできな
いとして,平成23年4月,埼玉県内で貸家に移転し,同年6月30日,無料で10
公団住宅を提供されるとして,埼玉県から京都市へ移転し,平成27年11月2
5日,滋賀県へ移転した。(甲6の1,6の1の2,6の2の1,原告【6-2】
本人)
⑶一時帰宅の経過
【6-1,2】は,平成23年6月から平成27年8月までの間に,それぞれ15
5回,一時帰宅し,【6-3】は,平成25年9月から平成27年8月までの間
に,4回,福島市へ一時帰宅した。(甲6の1,6の1の2,原告【6-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成27年1月8日,【6-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関する
損害の一部について,被告東電は493万3457円の支払義務があることを認20
め,中間指針追補に基づく既払金128万円を除いた残額の365万3457円
を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項については,
ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確
認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える
部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが25
確認されている。(乙D6の1)
⑸損害額
ア概要
【6-1,2】の埼玉県への避難は相当であるところ,それに伴う損害のう
ち,埼玉県へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月末
日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が5
認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号6)のとおりである。
なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損
害額認定は,ADR手続における和解額(乙D6の1)を根拠とした認定であ
る。
イ避難費用10
交通費
【6-1,2】の埼玉県への避難交通費は,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められる。また,埼玉県内における移転は,避難当初叔母宅に滞
在しており,その後叔母宅に長居はできないとして埼玉県内で移転したもの
であり,埼玉県から京都市への移転についても,埼玉県内の移転先は貸家で15
あって,家賃を支払っていたと認められることから,家賃の負担のない京都
市の居宅へ移転したものであって,いずれの移転も,その理由からして生活
を安定させるために必要と認められるから,本件事故と相当因果関係のある
損害と認められる。別紙避難経路等一覧表(原告番号6)のとおり,かかる
損害額は3万4600円と認めるのが相当であり,これは【6-1】に生じ20
た損害と認められる。
住居費
【6-1,2】の避難生活の際に要した住居費は,本件事故と相当因果関
係のある損害と認められ,かかる損害額は9万円と認めるのが相当であり,
これは【6-1】に生じた損害と認める。25
引越関連費用
【6-1,2】の避難及び移転の際に要した引越等の費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は14万1112円と認
めるのが相当であり,これは【6-1】に生じた損害と認める。
一時立入費用
【6-1~3】が一時帰宅に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原5
告番号6)のとおり,12万1400円の限度で,本件事故と相当因果関係
のある損害と認める。その余の一時帰宅費用については,下記避難雑費に含
まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用10
【6-1~3】が避難生活の際,避難元に残置した家財道具の滅失等は認
められないが,新たに購入するのに要した費用の限度で,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難していることを踏まえれば,
かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【6-1】に生じ
た損害と認める。15
生活費増加費用(自家消費野菜米)
【6-1~3】が避難生活の際,自家消費野菜・米を補うために支出した
費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は合
計12万6000円と認めるのが相当であり,これは【6-1】に生じた損
害と認める。20
避難雑費
【6-1~3】の避難生活に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざま
な支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,【6-1~3】が避難していた平成23年3月から平成25年2月末
日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認める25
のが相当である。避難雑費合計72万円について,【6-2】に生じた損害と
認める。
エ動産損害
【6-1,2】は,自動車を避難に伴い廃車したことにより損害を被った旨
主張するが,廃車等の処分をしたことは,本件事故と相当因果関係があるとは
認められない。5
オ検査費用
【6-1~3】が要した検査費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と
認められ,かかる損害額は1万7440円と認めるのが相当であり,これは【6
-1】に生じた損害と認める。
カ就労不能損害10
【6-1】について
【6-1】は避難前,有料老人ホームにて勤務していたが,避難したため
に仕事を退職したこと,平成23年10月に避難先で再就職したことが認め
られる(甲D6の1)。避難後から平成23年12月末日までの間について
は,本件事故による避難に伴い,就労困難又は転職による収入減少が認めら15
れ,175万8192円の損害が生じたと認める。
【6-2】について
【6-2】は歯科衛生士として歯科医院に勤務していたが,避難したため
にそれまでの仕事を退職したこと,その後,平成23年10月に出産したこ
ともあり,就労していないことが認められる(甲D6の1)。出産後は子の養20
育等の理由もあることからすれば,就労不能は本件事故と相当因果関係があ
るとはいえないが,避難後から平成23年10月末日までの間については,
本件事故による避難に伴い,就労困難による収入減少が認められ,135万
6020円の損害が生じたと認める。
キ精神的損害(慰謝料)25
【6-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【6-1】は30万円,
【6-2】は60万円が相当である。【6-3】は,本件事故当時胎児で,避難
後出生の子であるから,慰謝料は認められない。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【6-1】に対して12万円,【6-2】に対し5
て64万円,【6-3】に対して72万円を支払っており,ADR手続において,
493万3457円(うち128万円(【6-1】に対する8万円,【6-2,3】
に対する各60万円)は直接請求により既に支払われたものとして控除され,3
65万3457円のみ支払われている。)を支払っていることが認められるとこ
ろ(争いがない。),これら既払金合計513万3457円のうち,【6-1】に10
265万7437円を,【6-2】に199万6020円を,【6-3】に48万
円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号6)の既払額欄記載のとおり,各
原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用15
弁護士費用は,【6-1】につき15万1824円(8131円とADR手続分
14万3693円)を,【6-2】につき6万8000円を,【6-3】につき0
円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号6)の認容額欄20
記載のとおりである。
7原告番号7-1~6について
⑴世帯の概要
【7-1】は昭和41年5月6日生まれの女性,【7-2】は平成12年10
月26日生まれの女性,【7-3】は平成11年4月12日生まれの女性,【725
-4】は昭和18年6月21日生まれの女性である。【7-2,3】は,いずれ
も【7-1】の子であり,【7-4】は,【7-1,5】の母である。【7-1~
4】は,【7-1】の夫(以下,7において「夫」という。)とともに,本件事
故当時,福島県いわき市において,夫が所有する自宅に居住していた。夫は,
【7-1~4】の避難後も,引き続き,福島県いわき市の自宅に居住していた
が,平成25年8月,【7-1】と離婚し,その後は連絡のつかない状態が続い5
ていた。(甲D7の1,7の2の1・2・4・5,原告【7-1】本人)
【7-5】は昭和48年11月10日生まれの女性,【7-6】は平成14年
8月5日生まれの女性である。【7-5】は,【7-1】の妹であり,【7-6】
は,【7-5】の子である。【7-5,6】は,福島県いわき市において,借家
に同居していた。(甲D7の1,7の2の3・6・7・11,原告【7-1】本10
人)
⑵避難の経緯
【7-1】は,本件事故後,アメリカの在留アメリカ人に対する対応をテレビ
で聞いて,被ばくに関して強い不安感を持ったが,学校の姿勢が子どもを放射能
から守ろうとしないように感じられ,子どもらをこのまま福島県いわき市で生活15
させることに不安を抱いて,避難を決意した。【7-1~6】は,平成23年3月
17日,福島県いわき市から神奈川県へ避難し,同月26日に福島県いわき市に
戻った。【7-2~6】は,平成23年6月8日,福島県いわき市から秋田県へ避
難し,【7-2,3】は平成24年2月頃に福島県いわき市へ戻った。【7-2~
4】が秋田県へ避難した後も,【7-1】は福島県いわき市の自宅に居住してい20
た。【7-1~3】は,平成24年3月29日,福島県いわき市から京都市へ避難
した。(甲D7の1,原告【7-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年7月から平成27年8月までの間に,【7-1~6】は,面会交流や
親族との面会のため,秋田県や京都市を訪問したり,福島県いわき市へ一時帰宅25
したりした。そのうち,平成23年7月から平成24年2月までの間,【7-1】
は,【7-2,3】に面会するために,月1回の頻度で,秋田県を訪問した。(甲
D7の1,原告【7-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【7-1】の神奈川県及び京都市への避難,【7-2,3】の神奈川県,秋田5
県及び京都市への各避難,【7-4,5】の神奈川県及び秋田県への各避難は相
当であると認められる。これらの避難に伴う損害のうち,【7-1~3】につい
ては,神奈川県への避難交通費,秋田県への避難及び同県での避難生活により
生じた損害,並びに京都市へ避難した日を含む月である平成24年3月から平
成26年2月末日までの2年間に生じた損害を本件事故と相当因果関係のあ10
る損害と認め,【7-4~6】については,神奈川県への避難交通費及び秋田県
へ避難した日を含む月である平成23年6月から平成25年5月末日までの
2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した
損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号7)のとおりである。
イ移動交通費15
避難交通費関係
a【7-1~3】の神奈川県並びに京都市への避難及び【7-2,3】の
秋田県への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と
認められる。標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正した額又は実額で,
別紙避難経路等一覧表(原告番号7)のとおり,かかる損害額は合計5万20
6800円(3万2800円と1万2000円と1万2000円の合計額)
と認めるのが相当であり(甲D7の3の1~3),これは【7-1】に生じ
た損害と認める。
b【7-4】の神奈川県及び秋田県への避難に要した交通費は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められる。実額で,別紙避難経路等一覧表25
(原告番号7)のとおり,かかる損害額は6800円と認めるのが相当で
ある(甲D7の3の1・2)。
c【7-5,6】の神奈川県並びに秋田県への避難に要した交通費は,本
件事故と相当因果関係のある損害と認められる。実額で,別紙避難経路等
一覧表(原告番号7)のとおり,かかる損害額は合計1万0200円(6
800円と3400円の合計額)と認めるのが相当であり(甲D7の3の5
1・2),これは【7-5】に生じた損害と認める。
面会交流交通費関係
【7-1~6】が面会交流や一時帰宅に要した費用のうち,標準交通費一
覧表(公共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番
号7)のとおり,平成23年7月から平成24年2月頃までの間に,【7-10
1】が【7-2,3】に面会するために要したと認められる10万8800
円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,【7-1】に生じた
損害と認める。その余の一時帰宅費用については,下記避難雑費に含まれる
額を超えて,損害が生じたとは認められない。
小括15
したがって,移動交通費として,【7-1】に16万5600円を,【7-
4】に6800円を,【7-5】に1万0200円を損害と認める。
ウ動産損害
【7-1~4】について
【7-1】の離婚に伴って家財を喪失したことは,本件事故と相当因果関20
係があるとは認められないが,【7-1~4】が秋田県や京都市に避難する
までの間は,少なくとも夫が自宅に住んでいたのであるから,【7-1~4】
と夫が別居しており,世帯分離を生じたことは明らかである。したがって,
家財道具購入の必要性があり,その費用は本件事故と相当因果関係のある損
害と認められるから,家財道具購入費用として,30万円を損害と認め,【725
-1】の損害と認める。
【7-5,6】について
【7-5,6】は,世帯全体で避難したことが認められるから,家財道具
購入費用として,15万円を損害と認め,【7-5】に生じた損害と認める。
エ生活費増加費用
二重生活に伴う生活費増加分5
平成23年6月から平成24年2月までは,【7-1】及び夫と【7-2~
4】は別居しており,平成24年3月から【7-1】及び夫が離婚する平成
25年8月まで,【7-1~3】と【7-4】と夫が別居していたから,世帯
分離が生じており,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる(甲
7の2の8・9)。平成25年9月以降は,【7-1~3】と【7-4】が別10
居しているが,【7-4】の秋田市への避難から2年を経過しているから,生
活費の増加を認めることはできない。そして,世帯分離していた合計27か
月について,1か月あたり1万円を認め,生活費増額分を【7-1】と【7
-4】が3対2の割合で負担していたと認め(弁論の全趣旨),合計27万円
の生活費増加分について,【7-1】に16万2000円を,【7-4】に115
0万8000円を,それぞれ生じた損害と認める。
避難雑費
a【7-1~6】の避難に伴い,面会交流や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが20
相当である。
b【7-1~3】については,平成23年6月から平成24年2月までの
間,【7-2,3】が避難していた分として,避難雑費18万円と,平成2
4年3月から平成26年2月末日までの間,【7-1~3】が避難してい
た分として,避難雑費72万円について,合計90万円を【7-1】に生25
じた損害と認める。
c【7-4】については,平成23年6月から平成25年5月までの間,
避難雑費合計24万円を損害と認め,【7-1】に生じた損害と認める。b
との合計額は,114万円である。
d【7-5,6】については,平成23年6月から平成25年5月までの
間,避難雑費合計48万円について,【7-5】に生じた損害と認める。5
オ就労不能損害
【7-1】が避難後,就労不能損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。
カ精神的損害(慰謝料)
【7-1~6】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【7-1,4,5】は各10
30万円,【7-2,3,6】は,各60万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【7-1】に対して12万円,【7-2】に対し
て72万円,【7-3】に対して72万円,【7-4】に対して12万円,【7-5】
に対して12万円,【7-6】に対して72万円をそれぞれ支払っていることが15
認められる(争いがない。)。これら既払金合計252万円のうち,【7-1】に3
6万円を,【7-2】に60万円を,【7-3】に60万円を,【7-4】に12万
円を,【7-5】に24万円を,【7-6】に60万円を,各原告に生じた各損害
額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号7)の既払額欄記載のとおり,各20
原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【7-1】につき,17万0760円を,【7-2】につき,0
円を,【7-3】につき,0円を,【7-4】につき,2万9480円を,【7-5】
につき,7万0020円を,【7-6】につき,0円をそれぞれ相当と認める。25
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号7)の認容額欄
記載のとおりである。
8原告番号8-1~3について
⑴世帯の概要
【8-1】は昭和45年7月3日生まれの男性,【8-2】は昭和48年2月25
8日生まれの女性,【8-3】は平成23年1月16日生まれの女性である。【8
-3】は,【8-1,2】の子である。【8-1~3】は,本件事故当時,福島県
郡山市において,借家に居住していた。(甲D8の1,8の2の1,原告【8-1】
本人)
⑵避難の経緯10
平成23年7月頃,自治会が町内で線量を計測したところ,【8-1~3】の自
宅の溝から4.9µ㏜/hの線量を記録したことから,このような場所で子を安
全に育てることはできないと考えて,避難を決意し,【8-1~3】は,同年10
月17日,福島県郡山市から京都市へ避難した。なお,【8-1~3】は,平成2
7年4月,京都市から福島県須賀川市へ移転した。(甲D8の1,原告【8-1】15
本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年3月から平成23年12月までの間に,【8-1~3】は,複数回,
一時帰宅した。(甲D8の1,8の8,原告【8-1】本人)
⑷ADR手続における和解20
平成25年11月27日,【8-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は164万3662円の支払義務を認め,【8
-1~3】に対し,中間指針追補に基づく既払金76万円を除いた残額の88万
3662円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項
については,和解条項における各損害項目のうち,精神的損害,避難雑費の各項25
目について,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,
別途損害賠償請求することを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対
応する各期間に限る。)については,当事者間に何らの債権債務がないことが確
認されている。(甲D8の8)
⑸損害額
ア概要5
【8-1~3】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害のう
ち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年10月から平成25年9月
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,下記及び別紙損害額等一覧表(原告番号8)のと
おりである。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の10
記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D8の8)を根拠と
した認定である。
イ避難費用
交通費
【8-1~3】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果15
関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号8)のとおり,
かかる損害額は8808円と認めるのが相当であり,これは【8-1】に生
じた損害と認められる。
引越関連費用
【8-1~3】の避難の際に要した引越等の費用は,本件事故と相当因果20
関係のある損害と認められ,かかる損害額は5万2851円と認めるのが相
当であり,これは【8-1】に生じた損害と認める。
一時帰宅費用
【8-1~3】が一時帰宅に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号8)のとおり,平成23年3月から同年12月頃までの間に要したと25
認められる9万3777円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と
認める。
避難雑費
【8-1~3】の避難に伴い,家財道具購入費用等の支出が生じており,
これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【8-1~3】
が避難していた平成23年10月から平成25年9月末日までの間,1か月5
あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避
難雑費合計72万円について,【8-1】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用(家財道具購入費用)
【8-1~3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえると,か10
かる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【8-1】に生じた損
害と認める。
エ動産(家財道具)価値損失損害
【8-1~3】は,自宅にある家財道具について,本件事故による損害を被
った旨主張するが,本件事故により,家財道具の価値が減少又は喪失したと認15
めるに足りる証拠はない。
オ営業損害
本件事故前の【8-1】が経営していたお好み焼き店における営業利益は,
月額平均19万7588円であったこと,避難したことによって同店の営業に
関する権利を第三者に譲渡したこと,【8-1】は,平成24年2月から避難先20
で就職したが,平成24年11月には会社の統合により退社したこと,その後
平成25年4月以降は就労していることが認められる(甲D8の1,8の8,
原告【8-1】本人)。平成23年10月から平成24年1月までの間及び平成
24年12月から平成25年3月までの間については,経営していたお好み焼
き店の営業を辞めて,本件事故による避難を実行したため,就労できなかった25
ものと認められる。避難先において就労していた期間については,特段,賃金
の減少等を認めるに足りる証拠はないことを踏まえると,平成23年10月か
ら平成24年1月末日までの間及び平成24年12月から平成25年3月末
日までの間の就労不能損害として,合計158万0704円(19万7588
円×8か月)を認めるのが相当である。
カ廃業損害5
【8-1】が経営していたお好み焼き店を営業譲渡したことによる廃業損害
について,原告が主張する取得時と譲渡時の差額は,損害賠償請求の場合のい
わゆる差額にはなり得ないし,本件事故前の価格と譲渡価格の差も,認めるに
足りる証拠はない。また,そもそも譲渡すること自体が本件事故と相当因果関
係があるとは認められない。10
キ精神的損害(慰謝料)
【8-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【8-1,2】は各30
万円,【8-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当15
被告東電は,直接請求に基づいて,【8-1】に対して12万円,【8-2】に
対して12万円,【8-3】に対して72万円を支払っており,ADR手続におけ
る和解に基づいて,【8-1~3】に対して164万3662円(うち76万円
(【8-1,2】に対する各8万円,【8-3】に対する60万円)は直接請求に
より既に支払われたものとして控除され,88万3662円のみ支払われてい20
る。)を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金合計
184万3662円のうち,【8-1】に112万3662円を,【8-2】に1
2万円を,【8-3】に60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当
である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号8)の既払額欄記載のとおり,各25
原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【8-1】につき,22万6122円(17万8248円とAD
R手続分4万7874円の合計)を,【8-2】につき,1万8000円を,【8
-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ5
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号8)の認容額欄
記載のとおりである。
9原告番号9-1~4について
⑴世帯の概要
【9-1】は昭和40年10月24日生まれの女性,【9-2】は昭和62年610
月4日生まれの女性,【9-3】は平成5年5月14日生まれの女性,【9-4】
は平成7年5月29日生まれの男性である。【9-2~4】は,いずれも【9-
1】の子である。本件事故当時,【9-1,3,4】は,【9-1】の両親ととも
に福島市において,【9-1】の父が所有する家にて同居しており,【9-2】は,
就職して,福島県会津若松市に居住していた。なお,【9-3】は,平成24年415
月頃から香川県で,【9-4】は,平成26年4月頃から大阪府でそれぞれ居住し
ている。(甲D9の1,9の2の2,原告【9-1】本人)
⑵避難の経緯
【9-1】は,平成23年3月12日,東京にいる長男や元夫からすぐに逃げ
るように言われたため,長女のアパートへ避難することを決意し,【9-1,3,20
4】は,平成23年3月12日,福島市から福島県会津若松市へ避難し,同月1
4日,福島市へ戻った。
また,【9-1】は,平成23年4月頃から,放射能についての講演会等で勉強
するなどし,同年7月にあった学習会に参加して,子どもの健康被害を案じたた
め,避難を決意し,【9-1,3,4】は,同年8月3日から4日にかけて,福島25
市から京都市へ避難した。【9-2】は,同月21日,福島県会津若松市から京都
市へ避難した。
(甲D9の1,9の2,9の2の2,原告【9-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
【9-1~4】は,平成23年3月から平成27年10月までの間,複数回,
冠婚葬祭等のため,福島市へ一時帰宅している。(甲D9の1,原告【9-1】本5
人)
⑷損害額
ア概要
【9-1,3,4】の福島県内における一時避難及び京都市への避難は相当
であるところ,それに伴う損害のうち,福島県会津若松市への避難交通費及び10
京都市へ避難した日を含む月である平成23年8月から平成25年7月末日
までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。【9-2】の
京都市への避難は,本件事故と相当因果関係のあるものではない。当裁判所が
認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号9)のとおりである。
イ避難費用15
交通費
【9-1,3,4】の福島県会津若松市及び京都市への避難に要した交通
費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公
共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号9)の
とおり,かかる損害額は8万6400円(2万8800と2万8800円と20
2万8800円の合計)と認めるのが相当であり,これは【9-1】に生じ
た損害と認める。
引越費用
【9-1,3,4】の避難の際に要した引越費用は,下記避難雑費に含ま
れる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。25
一時立入費用
【9-1,3,4】が冠婚葬祭等のため,一時帰宅に要した費用は,前記
第1で述べたとおりであり,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生
じたとは認められない。
避難雑費
【9-1,3,4】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざま5
な支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,【9-1,3,4】が避難していた平成23年8月から平成25年7月
末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認め
るのが相当である。避難雑費合計72万円について,【9-1】に生じた損害
と認める。10
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【9-1,3,4】は,【9-1】の両親と同居していたが,本件事故によ
る避難によって,別居せざるを得なくなり,世帯分離が生じたため,新たに
家財道具を購入する必要が生じたと認められる。したがって,家財道具購入15
費用として30万円を要したものと認め,【9-1】に生じた損害と認める。
生活費増加費用
【9-1,3,4】は同居していた世帯を3名と2名で分離して生活する
こととなり,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したがっ
て,世帯分離による生活費増加費用として,平成23年8月から平成25年20
7月末日までの間,1か月あたり3万円の増加が相当因果関係のある損害と
認め,合計72万円について,【9-1】に生じた損害と認める。
エ就労不能損害
【9-1】は,避難前に月額平均17万3136円の収入があったが,避難
時に退職したこと,平成23年9月10日に避難先において就職したことが認25
められる(甲D9の1,9の4の1,原告【9-1】本人)。平成23年8月3
日から平成23年9月9日までの間については,本件事故による避難を実行し
たために,就労できなかったものと認められ,それ以降については,特段,賃
金の減少等を認めるに足りる証拠はないことを踏まえると,【9-1】の主張
する範囲内で,就労期間1か月余に当たる20万円の就労不能損害を認めるの
が相当である。5
オ放射線検査費用
【9-3,4】は,いずれも,本件事故によって放射線への恐怖にさらされ
たといえ,そのことによって放射線検査を受けることは相当であるといえるか
ら,放射線検査費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。もっ
とも,検査を受けたこととその費用については,【9-1】作成の陳述書(甲D10
9の1)しか証拠提出されていないが,避難者が避難先で検査を受けるのは自
然で合理的な行動であるし,検査機関の名(須川クリニック)や検査結果も明
らかにされている上,他の原告らの事例からしても,検査費用が不当とはいえ
ないことからして,上記陳述書は信用することができる。したがって,同陳述
書により,【9-3】につき4240円を,【9-4】につき4920円を,そ15
れぞれ損害と認めるのが相当である。【9-2】の放射線検査費用については,
本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
カ精神的損害(慰謝料)
【9-1,3,4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故に
よる恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【9-1】は3020
万円,【9-3,4】は各60万円が相当である。【9-2】は,自主的避難等
対象区域外の居住者であり,その避難は,自主的避難区域の居住者の避難の場
合と同等又は準じる場合ともいえないから,避難に伴う精神的損害は認められ
ない。そして,その居住場所(福島県会津若松市)は,福島第一原発までの距
離が約99㎞で,自主的避難等対象区域が概ね含まれる福島第一原発80㎞圏25
内を越えること,本件事故直後の空間線量が特段高いと認めるに足りる証拠も
ないことから,本件事故による恐怖及び不安の点においても,慰謝料を認める
のが相当とまでは認められない。
⑸既払金の充当
被告東電は,【9-1】に対して12万円,【9-3】に対して72万円,【9-
4】に対して72万円を支払っていることが認められる(争いがない。)。これら5
既払金合計156万円のうち,【9-1】に35万0840円を,【9-3】に6
0万4240円を,【9-4】に60万4920円を,各損害額に充当するのが相
当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号9)の既払額欄記載のとおり,各
原告に生じた損害額に充当する。10
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【9-1】につき,19万7556円を,【9-2】につき,0
円を,【9-3】につき,0円を,【9-4】につき,0円をそれぞれ相当と認め
る。
⑺まとめ15
以上を踏まえると,各原告の認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号9)の
認容額欄記載のとおりである。
10原告番号10-1~3について
⑴世帯の概要
【10-1】は昭和38年11月9日生まれの女性,【10-2】は昭和49年20
2月18日生まれの男性,【10-3】は平成15年2月22日生まれの女性で
ある。【10-3】は,【10-1,2】の子である。【10-1~3】は,本件事
故当時,福島市において,自宅(持ち家)に居住していた。【10-2】は,【1
0-1,3】が避難した後も,福島市の自宅に居住したままであった。(甲D10
の1,10の2の1,原告【10-2】本人)25
⑵避難の経緯
【10-1,2】は,本件事故後,アメリカが半径80㎞以内の住民を避難さ
せるべきであると連絡してきたことが新聞に書かれていたこと,福島市は,中心
部が福島第一原発から60㎞程度であること,テレビのニュースで福島市の放射
線量が約30µ㏜/hと表示されていたことなどから,健康への影響を心配し,
【10-1,3】を先に避難させることを決意し,【10-1,3】は,平成235
年3月19日,福島市から千葉県(【10-1】の実家)へ避難したが,【10-
3】の学校の新学期が始まるため,同年4月3日,福島市へ戻った。また,【10
-1,3】は,平成23年4月11日,福島市から長野県へ避難し,同年11月
11日,長野県から京都市へ移転した。京都市への移転は,長野市での放射線被
害を恐れたこと,及び京都市が,避難者を受け入れ,賃料の負担のない宿舎を提10
供していたことが理由である。なお,【10-1~3】は,平成25年12月,大
分県へ移転した。(甲D10の1,原告【10-2】本人)
⑶面会交流の経過
平成23年3月から平成25年12月までの間に,【10-1~3】は,複数
回,面会交流のために京都市や千葉県を訪問した。そのうち,【10-2】は,【115
0-3】に面会するために,平成23年4月から11月までの間は長野県へ,平
成23年11月から平成25年12月までは京都市へ,それぞれ訪問した。(甲
D10の1,原告【10-2】本人)
⑷損害額
ア概要20
【10-1,3】の千葉県及び長野県への避難は相当であるところ,それに
伴う損害のうち,千葉県への避難交通費及び長野県へ避難した日を含む月であ
る平成23年4月から平成25年3月末日までの2年間に生じた損害を相当
因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害
額等一覧表(原告番号10)のとおりである。25
イ避難費用
避難交通費
【10-1,3】の千葉県及び長野県への避難に要した交通費は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められる。また【10-1,3】の京都市
への移転も,長野では家賃を負担していたところ,家賃の負担がない住居の
提供がなされている京都市へ移転しているのであり,家賃を抑えて生活の安5
定を図るためといえることからすれば,当該移転に要した費用も,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められる。標準交通費一覧表(自家用車,公
共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号10)
のとおり,かかる損害額の合計は7万5600円(5万5200円と2万0
400円の合計額)と認めるのが相当であり,【10-1】に3万780010
円,【10-3】に3万7800円,それぞれ生じた損害と認められる。
面会交流交通費
【10-1~3】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表
(原告番号10)のとおり,平成23年4月から平成25年3月頃までの間
に,【10-2】が【10-3】に面会するために要したと認められる,標準15
交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額で,2年間24
回分合計92万3200円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と
認め,【10-2】に生じた損害と認める。その余の面会交流交通費について
は,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
避難雑費20
【10-1,3】の避難に伴い,平成23年4月から面会交流費用等の支
出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められ,【1
0-1,3】が避難していた平成23年4月から平成25年3月末日までの
間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当
である。避難雑費合計48万円について,【10-2】に生じた損害と認め25
る。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【10-1,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,【10-1,3】と【10-2】は別
居しており,世帯分離が生じていることを踏まえると,かかる損害額は305
万円と認めるのが相当であり,これは【10-1】に生じた損害と認められ
る。
生活費増加費用(二重生活)
前記のとおり,避難後,平成23年4月から長期間世帯分離して生活する
ことになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認めら10
れる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,避難雑費と同様
に,世帯分離していた平成23年4月から平成25年3月末日までの間,1
か月あたり2万円を認め,合計48万円について,【10-2】に生じた損害
と認める。
エ甲状腺検査関連費用15
【10-1~3】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用とし
て1万8740円を支出したことが認められる(甲D10の7の1~3)。本
件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【10-1~3】が身体へ
の影響を不安に思い,それを解消するために検査することは相当であるから,
前記検査費用1万8740円は,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,20
【10-2】に生じた損害と認める。
オ精神的損害(慰謝料)
【10-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【10-1,2】は各
30万円,【10-3】は60万円が相当である。25
⑸既払金の充当
被告東電は,【10-1】に対して12万円,【10-2】に対して12万円,
【10-3】に対して72万円を支払っていることが認められるところ(争いが
ない。),これら既払金のうち,【10-1】に対して12万円,【10-2】に対
して20万2200円,【10-3】に対して63万7800円を,各原告に生じ
た各損害額に充当するのが相当である。5
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号10)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【10-1】につき,5万1780円を,【10-2】につき,
19万9974円を,【10-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。10
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号10)の認容額
欄記載のとおりである。
11原告番号11-1~4について
⑴世帯の概要15
【11-1】は昭和38年1月18日生まれの男性,【11-2】は昭和43年
6月1日生まれの女性,【11-3】は平成13年4月24日生まれの女性,【1
1-4】は昭和9年11月12日生まれの女性である。【11-3】は,【11-
1,2】の子であり,【11-4】は【11-1】の母である。【11-1~4】
は,本件事故当時,福島市において,【11-4】が所有する自宅(持ち家)に居20
住していた。(甲D11の1の1,11の2の1,原告【11-1】本人)
⑵避難の経緯
【11-1】は,本件事故の映像をテレビで見たときから避難しなければなら
ないと考えていたが,ガソリンが不足しており,避難できなかったが,平成23
年3月16日,テレビのニュースで福島市の水道水から放射性物質が検出された25
と聞いて,避難を決意した。【11-1~4】は,平成23年3月16日,福島市
から山形県へ避難し,同年3月18日,【11-1】は福島市へ戻り,【11-2
~4】は北海道へ移転した。【11-4】は,同年4月8日,【11-2,3】は
同月24日,それぞれ福島市へ戻った。【11-2,3】は,同年5月10日,福
島市から福島県喜多方市へ避難し,同年7月24日,福島市へ戻った。【11-
2,3】は,同年8月23日,福島市から沖縄県での一時滞在を経て,京都市へ5
避難した。【11-1】は,山形県に避難した期間を除き,本件事故後も福島市の
自宅に残って生活している。(甲D11の1の1,11の1の2,11の1の3,
原告【11-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年3月から平成24年8月までの間に,【11-2,3】は一時帰宅10
し,【11-1】は,複数回,面会交流等のために,福島県喜多方市や京都市を訪
問するなどした。このうち,【11-1】は,【11-3】と面会するために,平
成23年5月から7月までの間,週1回,福島県喜多方市へ訪問しており,平成
23年9月から平成24年8月までの間に,合計10回,京都市を訪問した。(甲
D11の1の1,11の1の2,11の1の3,原告【11-1】本人)15
⑷ADR手続における和解
平成25年10月31日,【11-1~4】と,被告東電との間で,本件事故に
関する損害の一部について,被告東電は418万8814円の支払義務を認め,
既払金84万円を除いた残額の334万8814円を支払うことなどを内容と
する和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における各損害項20
目のうち,避難費用(面会交通費),精神的損害,避難雑費の各項目について,和
解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請
求することを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対応する各期間に
限る。)については,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されている。
(甲D11の8)25
⑸損害額
ア概要
【11-1~4】の山形県への避難,【11-2,3】の福島県喜多方市及び
京都市への避難は相当である。また,【11-2~4】の北海道への移転につい
ても,友人宅へ避難するためであり,避難に伴う生活を安定させるためであっ
て,相当と認められる。したがって,避難に伴う損害のうち,山形県,北海道5
並びに福島県喜多方市への避難・移転交通費,避難生活により生じた損害及び
京都市へ避難した日を含む月である平成23年8月から平成25年7月末日
までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認
定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号11)のとおりである。
なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損10
害額認定は,ADR手続における和解額(甲D11の8)を根拠とした認定で
ある。
イ避難費用
避難交通費
【11-1~4】の山形県,福島県喜多方市並びに京都市への避難及び北15
海道への移転に要した交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認め
られ,別紙避難経路等一覧表(原告番号11)のとおり,かかる損害額は合
計21万4400円と認めるのが相当であり,これは【11-1】に生じた
損害と認める。
面会交通費20
【11-1~4】が面会交流や一時帰宅に要した費用のうち,標準交通費
一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一
覧表(原告番号11)のとおり,平成23年5月から平成24年8月頃まで
の間に,【11-1】が【11-3】に面会するために要したと認められる4
8万9600円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,これ25
を【11-1】に生じた損害と認める。1か月に1回を超える場合があるが,
避難開始後の期間では,全体として月1回程度に収まっていることから,同
額を認めることに問題はない。その余の面会交通費については,下記避難雑
費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
送迎費用,一時立入費用,引越関連費用,宿泊費,共益費,その他(検査)
交通費5
【11-1~4】の避難生活の際に要した送迎費用,一時立入費用,引越
関連費用,宿泊費,共益費,その他(検査)交通費は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,かかる損害額は送迎費用については5万040
0円,一時立入費用については8000円,引越関連費用については合計1
6万3700円,宿泊費については11万3200円,共益費については合10
計7800円,その他(検査)交通費は3万2080円と認めるのが相当で
あり,これらは【11-1】に生じた損害と認められる。
ウ生活費増加費用
二重生活に伴う生活費増加分
前記のとおり,平成23年3月から【11-2~4】(平成23年4月から15
は【11-2,3】のみ)と【11-1】が別居し,世帯内で分離して生活
することになったのであるから,水道光熱費を含む生活費が増加したものと
認められる。したがって,世帯分離していた平成23年3月については2万
円を,平成23年4月から同年7月までの間,1か月あたり3万円を,平成
23年8月から平成25年7月末日までの間,1か月あたり3万円を,それ20
ぞれ世帯分離による生活費増加費用として認め,合計86万円を【11-1】
に生じた損害と認める。
家財道具購入費用
避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められ,前記のとおり,世帯分離が生じていたことを踏まえると,25
かかる損害額は3万6030円と認めるのが相当であり,これは【11-1】
に生じた損害と認められる。
学用品
避難生活の際に支出した学用品費用は,本件事故と相当因果関係のある損
害と認められ,かかる損害額は1万5475円と認めるのが相当であり,こ
れは【11-1】に生じた損害と認められる。5
エ就労不能損害
【11-1】について
【11-1】は,平成23年10月までは月額39万円及び年2回の賞与
(6月,12月)の収入があったこと,平成23年11月から給与及び賞与
が減少し又は支給されなかったこと,平成23年11月から平成24年3月10
までは給与が月額7万1250円減少し,平成24年4月から平成26年3
月までは給与が月額5万8750円減少したこと,上記の各期間,賞与額に
変動があり,平成23年10月までの水準(各40万円)に満たなかったこ
とが認められる(甲D11の1の2,11の4の1~48)。そのため,本件
事故後,収入減少が認められるが,減収の原因には本件事故以外に本件地震15
の影響や事業の競争激化(乙D11の3)があることも否定できないこと,
【11-1】は,山形県への短期間の避難を除くと,避難をしておらず,避
難による損害が認められないこと等を踏まえると,本件事故による就労不能
損害は,124万3370円の限度で認めるのが相当である。
【11-2】について20
【11-2】は避難前,パートで収入を得ていたが,本件事故による避難
によって,退職したことが認められ(甲D11の1の1),就労不能となった
ことによる損害は,38万5819円と認めるのが相当である。
オ放射線検査費用・ガイガーカウンター購入費
被ばくによる身体への影響を検査するための費用及びガイガーカウンター25
購入費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は
検査費用につき5480円,ガイガーカウンター購入費用につき5万円と認め
るのが相当であり,これらは【11-1】に生じた損害と認められる。
カ避難雑費
【11-2~4】の避難に伴い,面会交流交通費等,さまざまな支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【11-5
2~4】が避難していた平成23年3月から同年4月までの間,及び【11-
2,3】が避難していた平成23年5月から平成25年7月末日までの間,そ
れぞれ1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当
である。したがって,避難雑費合計60万円について,【11-1】に生じた損
害と認める。10
キ精神的損害(慰謝料)
【11-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【11-1,2,4】
は各30万円,【11-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当15
被告東電は,直接請求により,【11-1】に対して8万円,【11-2】に対
して8万円,【11-3】に対して60万円,【11-4】に対して8万円を支払
っていること,【11-1~4】に対して,ADR手続において,418万881
4円(うち84万円(【11-1,2,4】に対する各8万円,【11-3】に対
する60万円の合計額)は直接請求により既に支払われたものとして控除され,20
334万8814円のみ支払われている。)を支払っていることが認められると
ころ(甲D11の8,弁論の全趣旨),これら既払金合計418万8814円のう
ち,【11-1】に対して304万2995円を,【11-2】に対して46万5
819円(38万5819円と8万円の合計額)を,【11-3】に対して60万
円を,【11-4】に対して8万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相25
当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号11)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【11-1】につき,23万6658円(11万4654円とA
DR手続分12万2004円の合計)を,【11-2】につき,2万2000円5
を,【11-3】につき,0円を,【11-4】につき,2万2000円をそれぞ
れ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号11)の認容額
欄記載のとおりである。10
12原告番号12-1,2について
⑴世帯の概要
【12-1】は昭和39年10月25日生まれの女性,【12-2】は昭和35
年3月17日生まれの男性である。【12-1,2】は,夫婦であり,本件事故当
時,【12-1,2】の子である長男(平成7年8月11日生まれ。以下,12に15
おいて「長男」という。)と次男(平成10年7月22日生まれ。以下,12にお
いて「次男」という。)とともに,福島市において,自宅(持ち家)に居住してい
た。(甲D12の1,12の1の2,12の1の3,12の2の1,原告【12-
1】本人)
⑵避難の経緯20
ニュースで本件事故について聞き,友人の助言もあったことから,避難を決意
し,【12-1,2】,長男及び次男は,平成23年3月14日,福島市から京都
市(【12-1】の実家)へ避難し,同年3月31日,長男は,進学のため,北海
道へ移転した。【12-2】は同年4月1日,【12-1】と次男は同月5日,そ
れぞれ福島市へ戻った。25
また,次男の学校における放射線への対応が不十分と感じ避難することを決意
し,【12-1】と次男は,同年9月25日,京都市(借家)へ避難した。次男は,
避難先の高校でトラブルを抱え,自主退学となった。なお,【12-1】と次男
は,平成26年7月5日,京都市から大阪府へ移転した。
(甲D12の1,12の1の2,12の1の3,原告【12-1】本人)
⑶一時帰宅の経過5
平成23年12月から平成27年8月までの間に,【12-1】と次男は,複数
回,一時帰宅した。(甲D12の1,12の1の2,原告【12-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【12-1,2】,長男及び次男の京都市への避難は相当であると認められる10
ところ,それに伴う損害のうち,平成23年3月頃の京都市への【12-1,
2】の避難交通費及び【12-1】の同年9月に京都市へ避難した日を含む月
である平成23年9月から平成25年8月末日までの2年間に生じた損害を
相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙
損害額等一覧表(原告番号12)のとおりである。15
イ避難費用
避難交通費
【12-1,2】,長男及び次男の京都市への避難に要した交通費は,本件
事故と相当因果関係のある損害である。なお,長男及び次男は,運送契約の
当事者であり,その費用分は,自ら請求できるのが原則であるから,別訴が20
あれば,二重請求の問題が生じる。しかし,【12-1,2】は,長男及び次
男の親権者であり,【12-1,2】に代わって請求し,しかも費用負担して
いるとみられるし,被告らもこの点を争ってはいないことから,損害から除
外しないこととする。標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額
で,別紙避難経路等一覧表(原告番号12)のとおり,かかる損害額は合計25
18万8800円(=6万4000円+4万1600円×3)と認められ,
これは【12-1】に生じた損害と認める。なお,長男の京都市から北海道
への移転については,本来福島市の自宅へ戻るところを,進学のために北海
道へ移転したのであるから,福島市へ帰宅するのに要する費用の限度で損害
と認める。
一時立入(面会)交通費5
【12-1】及び次男が一時帰宅や面会に要した費用について,前記第1
で述べたとおり,一時帰宅・面会交通費として,【12-1】や次男が帰宅す
る費用は認められないが,次男が,福島市に残って生活していた【12-2】
と面会交流する利益はあることに加えて,これに関して【12-1】は費用
を支出していたのであるから,【12-1】が平成23年12月から平成210
5年8月までの間に支出した費用のうち,【12-2】が避難先の京都へ訪
問するのに要する費用の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認め
る。したがって,別紙避難経路等一覧表(原告番号12)のとおり,かかる
損害額は合計22万4000円と認められ,【12-1】に生じた損害と認
める。【12-1】は,夜行バスの使用で交通費を安くしていると述べるが15
(甲12の1,原告【12-1】本人),時期は,「最近」との内容となって
おり,上記認定を変更する必要はない。その余の一時帰宅・面会交通費につ
いては,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められな
い。
引越費用20
引越費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じた
とは認めるに足りる証拠はない。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【12-1】及び次男が,避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本25
件事故と相当因果関係のある損害と認められ,本件事故により,【12-1】
及び次男と【12-2】は別居し,世帯分離が生じていたことを踏まえると,
かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【12-1】に生
じた損害と認められる。
家賃
平成26年7月以降の大阪府における家賃については,時期からして,本5
件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ就労不能損害
【12-1】は,パート勤務をしており,平成23年1月から9月までに6
2万2735円の収入があったが,平成23年9月に京都市へ避難する際に退
職したこと,避難後は,同年12月から正社員として就労し,パート勤務の時10
より,収入が増えていることが認められる(甲D12の1,12の4,原告【1
2-1】本人)。平成23年10月,11月については,本件事故による避難に
伴い,就労困難による収入減少が認められるが,避難前の基礎収入(月額6万
9193円)を基準として,2か月分である13万8386円の就労不能損害
が認められる。15
オ避難雑費
【12-1】及び次男の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等の支出が生
じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【12
-1】及び次男が避難していた平成23年9月から平成25年8月末日までの
間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当で20
ある。避難雑費合計48万円について,【12-1】に生じた損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【12-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当で
ある。25
⑸既払金の充当
被告東電は,【12-1,2】に対して各12万円を支払っていることが認めら
れるところ(乙D12の3,弁論の全趣旨),これら既払金のうち,【12-1,
2】に対して各12万円を,それぞれに生じた各損害額に充当するのが相当であ
る。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号12)の既払額欄記載のとおり,5
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【12-1】につき15万1119円を,【12-2】につき1
万8000円をそれぞれ相当と認める。
⑺まとめ10
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号12)の認容額
欄記載のとおりである。
13原告番号13-1~3について
⑴世帯の概要
【13-1】は昭和48年1月10日生まれの男性,【13-2】は昭和50年15
1月27日生まれの女性,【13-3】は平成18年11月20日生まれの女性
である。【13-3】は,【13-1,2】の子である。【13-1~3】は,本件
事故当時,茨城県つくば市において,自宅(持ち家)に居住していた。(甲D13
の1,13の2の1~3,原告【13-1】本人)
⑵避難の経緯20
【13-2】は,本件事故についてインターネットで情報収集していたが,茨
城県においても,基準値を超える汚染や野菜が流通していることを知ったことに
加えて,【13-3】が高熱や鼻血を出すなどその体調にも異変があり,安全な幼
稚園に通わせたいと考えたことから,避難を決意し,【13-1~3】は,平成2
3年5月26日,茨城県つくば市から京都市へ避難した。(甲D13の1,13の25
2の1・3,原告【13-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成27年5月,【13-1~3】は,一時帰宅した。(甲D13の1,原告【1
3-1】本人)
⑷損害額
【13-1~3】は,自主的避難等対象区域外の居住者であり,その避難は,5
自主的避難区域の居住者の避難の場合と同等又は準じる場合ともいえないから,
避難に伴う精神的損害は認められない。そして,その居住場所(茨城県つくば市)
から福島第一原発までは約172㎞の距離があり,本件事故直後の空間線量が特
段高いと認めるに足りる証拠もないことから,本件事故による恐怖及び不安の点
においても,慰謝料を認めるのが相当とまでは認められない。10
⑸まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号13)の認容額
欄記載のとおりである。
14原告番号14-1~4について
⑴世帯の概要15
【14-1】は平成元年10月26日生まれの男性,【14-2】は平成元年1
0月3日生まれの女性,【14-3】は平成23年8月2日生まれの男性,【14
-4】は平成22年3月8日生まれの男性である。【14-3,4】は,いずれも
【14-1,2】の子である。本件事故当時,【14-1,2,4】は,福島県郡
山市において借家に居住していた。また,【14-2】は【14-3】を妊娠中で20
あった。(甲D14の1,14の2の1・2,原告【14-1】本人)
⑵避難の経緯
【14-1】は福島県郡山市のホームページで空間線量のデータを見て,危険
と感じ,【14-2,4】への影響を心配していたが,知人からも小さな子が居た
ら避難した方がいいという助言を受けて,避難することを決意し,【14-1】は25
平成23年5月12日,【14-2,4】は同月13日,それぞれ福島県郡山市か
ら京都市へ避難した。(甲D14の1,14の2の1・2,原告【14-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年5月から平成27年10月までの間に,【14-1~4】は,親族に
面会する等の目的で,複数回,一時帰宅した。(甲D14の1,原告【14-1】
本人)5
⑷損害額
ア概要
【14-1,2,4】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損
害のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年5月から平成25年
4月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁10
判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号14)のとお
りである。
イ避難費用
交通費
【14-1~4】が親族に面会する等の目的で一時帰宅に要した費用につ15
いては,前記第1で述べたとおりであるから,下記避難雑費に含まれる額を
超えて,損害が生じたとは認められない。
避難費用(避難交通費用)
【14-1,2,4】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額20
を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号14)のとおり,かかる
損害額は【14-1】が2万2400円,【14-2】が2万0800円と認
めるのが相当である。【14-4】は避難時1歳であり,交通費を要したとは
認められない。
避難雑費25
【14-1,2,4】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざ
まな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められ
るから,【14-1,2,4】が避難していた平成23年5月から平成25年
4月末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と
認めるのが相当である。避難雑費合計72万円について,【14-1】に生じ
た損害と認める。5
ウ生活費増加費用(家財道具購入費用)
【14-1,2,4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえる
と,かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【14-1】に
生じた損害と認められる。10
エ精神的損害(慰謝料)
【14-1,2,4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故
による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【14-1】は
30万円,【14-2,4】は各60万円が相当である。【14-3】は,本件
事故当時胎児であるが,避難時も胎児であるから,慰謝料の請求は認められな15
い。
⑸既払金の充当
被告東電は,【14-1】に対して12万円,【14-2】に対して64万円,
【14-3,4】に対して各72万円をそれぞれ支払っていることが認められる
(争いがない。)ところ,これら既払金のうち,【14-1】に対して49万9220
00円を,【14-2】に対して62万0800円を,【14-3】に対して48
万円を,【14-4】に対して60万円をそれぞれに生じた各損害額に充当する
のが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号14)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。25
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【14-1】につき,6万9320円を,【14-2】につき,
0円を,【14-3】につき,0円を,【14-4】につき,0円をそれぞれ相当
と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号14)の認容額5
欄記載のとおりである。
15原告番号15-1~4について
⑴世帯の概要
【15-1】は昭和56年5月31日生まれの女性,【15-2】は平成13年
7月2日生まれの男性,【15-3】は昭和58年7月9日生まれの女性,【1510
-4】は平成3年8月23日生まれの女性である。【15-2】は,【15-1】
の子であり,【15-3,4】は,【15-1】の妹である。本件事故当時,【15
-1~4】は,【15-1,3,4】の祖父母,父母とともに,福島県大沼郡n1
町において自宅に居住していた。(甲D15の1の1・2,15の2の1・3~
5,原告【15-1】本人)15
⑵避難の経緯
平成23年6月頃,【15-2】の学校内の空間放射線量の測定結果を聞いて,
避難の必要性を感じ,【15-2】の健康を守るため,避難することを決意し,
【15-1,2】は,平成24年2月24日に,【15-3,4】は,同年4月5
日に,それぞれ福島県大沼郡n1町から京都市へ避難した。(甲D15の1の1・20
2,15の2の1・3・5,原告【15-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成24年7月から平成27年8月までの間に,【15-1,2】は,冠婚葬祭
や親族との面会のため,複数回,一時帰宅した。(甲D15の1の1,原告【15
-1】本人)25
⑷損害額
ア概要
【15-3,4】の京都市への避難は,本件事故と相当因果関係のあるもの
ではないが,【15-1,2】の京都市への避難は,本件事故と相当因果関係が
あるところ,それに伴う損害のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成
24年2月から平成26年1月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関5
係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一
覧表(原告番号15)のとおりである。
イ避難費用(交通費)
【15-1,2】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正し10
た額の範囲内で,別紙避難経路等一覧表(原告番号15)のとおり,かかる損
害額は原告の主張する合計2万9505円(1万9670円と9835円の合
計額)とするのが相当であり,【15-1】に生じた損害と認める。
ウ一時立入費用
【15-1,2】が冠婚葬祭や親族との面会のため,一時帰宅に要した費用15
については,前記第1で述べたとおりであるから,下記避難雑費に含まれる額
を超えて,損害が生じたとは認められない。
エ生活費増加費用
家財道具購入費用
【15-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故20
と相当因果関係のある損害と認められ,【15-1】の父母らと世帯を分離
したことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,
これは【15-1】に生じた損害と認められる。
生活費増加費用
前記のとおり,平成24年2月から【15-1,2】と【15-1】の父25
母らと世帯を分離して生活することになったのであるから,光熱費等の生活
費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費
用として,世帯分離していた平成24年2月から平成26年1月末日までの
間,1か月あたり3万円を認め,合計72万円について,【15-1】に生じ
た損害と認める。
オ避難雑費5
【15-1,2】の避難に伴い,一時立入費用等の支出が生じており,これ
らは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【15-1,2】が避難
していた平成24年2月から平成26年1月末日までの間,1か月あたり1名
につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計4
8万円について,【15-1】に生じた損害と認める。10
カ精神的損害(慰謝料)
【15-3,4】について,いずれも避難の相当性はないから,避難に伴う
精神的損害は認められない。そして,自宅から福島第一原発までは約105㎞
の距離があり,福島第一原発100㎞圏内の外にあるし,空間線量も,平成2
3年4月には減少傾向となっているから,慰謝料は認められない。一方,【1515
-1,2】については,【15-2】の橋本病の関係で,自主的避難等対象区域
居住者の避難に準じる避難が認められるから,慰謝料を認めるのが相当である。
その額は,本件事故による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料とし
て,【15-1】は10万円,【15-2】は20万円を認めるのが相当である。
⑸弁護士費用20
弁護士費用は,【15-1】につき,16万2951円を,【15-2】につき,
2万円を,【15-3】につき,0円を,【15-4】につき,0円をそれぞれ相
当と認める。
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号15)の認容額25
欄記載のとおりである。
16原告番号16-1,2について
⑴世帯の概要
【16-1】は昭和47年3月17日生まれの女性,【16-2】は平成20年
2月5日生まれの女性である。【16-2】は,【16-1】の子である。本件事
故当時,【16-1,2】は,【16-1】の夫と福島県二本松市において借家に5
居住していた。【16-1】は,平成23年7月,夫と離婚し,【16-1,2】
はそれ以降,福島市において【16-1】の実家に居住していた。(甲D16の1
の1,16の2の1・2,原告【16-1】本人)
⑵避難の経緯
平成23年3月12日,友人の連絡をきっかけとして避難を考えるようになり,10
【16-1,2】は,平成23年3月19日,地震のため,一時避難していた福
島市から新潟県へ避難し,同月22日福島県二本松市に戻った。その後,インタ
ーネットで情報収集をしていくうちに,危険かもしれないと感じるようになり,
短期ではなく,長期の避難をする決意をし,【16-1,2】は,平成23年11
月9日,福島市から京都市へ避難した。【16-1】は,福島県伊達市の工房で陶15
芸教室,陶器の制作を行っていたが,上記避難により,それらを止めることとな
り,生きがいを失ったように感じている。ただし,京都市では,平成24年4月
から平成25年3月まで,京都府立陶工高等技術専門学校で学び,同校を修了し
ている。なお,放射線や避難についての考え方の違いもあり,夫とは,平成23
年7月に離婚し,【16-1,2】は福島市の実家へ戻った。(甲D16の1の1,20
原告【16-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年12月から平成27年8月までの間に,【16-1,2】は,複数
回,帰省等の目的で,福島市へ一時帰宅した。(甲D16の1の1,原告【16-
1】本人)25
⑷ADR手続における和解
平成28年8月31日,【16-1,2】ほか2名と,被告東電との間で,本件
事故に関する損害の一部について,被告東電は200万0116円の支払義務を
認め,中間指針追補に基づく既払金84万円を控除した残額の116万0116
円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,
ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確5
認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える
部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが
確認されている。(乙D16の3)
⑸損害額
ア概要10
【16-1,2】の新潟県及び京都市への避難は相当であると認められると
ころ,それに伴う損害のうち,新潟県への避難に要した交通費のほか,京都市
へ避難した日を含む月である平成23年11月から平成25年10月末日ま
での2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定
した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号16)のとおりである。15
なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損
害額認定は,ADR手続における和解額(乙D16の3)を根拠とした認定で
ある。なお,ADR手続における和解は,【16-1,2】ほか2名と被告東電
との間のものであるから,和解額には,上記のほか2名分が含まれている可能
性があるが,その詳細及び【16-1,2】の分との関係は明らかではないか20
ら,和解額は,上記のほか2名に対する直接請求分各8万円の合計額16万円
を除いては,【16-1,2】の損害を前提として【16-1,2】に支払われ
たものと解する。
イ避難費用
移動費用(交通費)25
【16-1,2】の新潟県及び京都市への避難に要した交通費は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車)の
額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号16)のとおり,かか
る損害額は合計4万4800円と認めるのが相当である。これは【16-1】
に生じた損害と認められる。
移動費用(宿泊費)5
【16-1,2】の新潟県への避難の際,宿泊費1万5000円を要した
ことが認められる(甲D16の3の1)。前記のとおり,当該避難は相当であ
るから,宿泊費は本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【16-
1】に生じた損害と認める。その余の宿泊費については,下記避難雑費に含
まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。10
引越関連費用
【16-1,2】が京都市へ避難する際,引越代金4万3000円を要し
たことが認められる(甲D16の6の1)。前記のとおり,当該避難は相当で
あるから,引越代金も本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【1
6-1】に生じた損害と認める。その余の引越費用については,下記避難雑15
費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
一時立入費用
【16-1,2】が帰省等のため,一時帰宅に要した費用31万2000
円については,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【16-1】
に生じた損害と認める。20
家財道具喪失損害
【16-1】は,陶芸工房の設備及び道具の価値を喪失したとして,損害
を被った旨主張するが,本件事故により,価値が減少又は喪失したと認める
に足りる証拠はない。
避難雑費25
【16-1,2】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等の支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【16
-1,2】が京都市に避難していた平成23年11月から平成25年10月
末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認め
るのが相当である。避難雑費合計48万円について,【16-1】に生じた損
害と認める。5
ウ就労不能損害
【16-1】は,陶芸教室や作陶による収入として,平成22年の申告所得
額は39万7055円であったが,避難後はそれによる収入がなくなったこと,
就職活動を開始して2か月後の平成25年7月から平成28年6月まで避難
先において就職し,平成25年8月は8万5291円,同年9月は9万07810
4円の収入を得たことが認められる(甲D16の1,16の4の1・6)。平成
23年11月から平成25年7月末日(同月は収入はない。)までの間につい
ては,本件事故による避難に伴い陶芸教室や作陶による収入がなくなったもの
と認められるが,その間,平成24年4月から平成25年3月まで,陶工高等
技術専門学校で学ぶ選択をしていること,就職活動を開始して2か月後には,15
就職して本件事故前よりも多い収入を得ていることからすると,避難前の基礎
収入(月額3万3088円)を基準として,収入がなくなった分全てを就労不
能損害と認めるのは相当ではなく,収入がなかった期間(平成23年11月か
ら平成25年7月末日まで21か月)の収入喪失分の半額を認めるのが相当で
ある。その額は,34万7424円(=3万3088円×21÷2)である。20
エ検査費用
【16-1,2】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用とし
て2万0130円を支出したことが認められる(甲D16の7の1~7)。本
件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【16-1,2】が身体へ
の影響を不安に思い,それを解消するために検査することは相当であるから,25
前記検査費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【16-1】
の主張する6460円の限度で,【16-1】に生じた損害と認める。
オ精神的損害(慰謝料)
【16-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【16-1】は30
万円,【16-2】は60万円が相当である。5
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【16-1】に対して12万円,【16-2】に
対して72万円を支払っていること,【16-1,2】ほか2名に対して,ADR
手続において,200万0116円(うち84万円(【16-1】に対する8万
円,【16-2】に対する60万円,ほか2名に対する各8万円の合計額)は直接10
請求により既に支払われたものとして控除され,116万0116円のみ支払わ
れている。)を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら【1
6-1,2】に対する既払金合計200万0116円(12万円+72万円+1
16万0116円)のうち,【16-1】に対して140万0116円を,【16
-2】に対して60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。15
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号16)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【16-1】につき,7万3113円(1万4857円とADR
手続分5万8256円の合計額)を,【16-2】につき,0円をそれぞれ相当と20
認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号16)の認容額
欄記載のとおりである。
17原告番号17-1,2について25
⑴世帯の概要
【17-1】は昭和48年10月21日生まれの女性,【17-2】は平成15
年5月12日生まれの男性である。【17-2】は,【17-1】の子である。本
件事故当時,【17-1,2】は,【17-1】の両親とともに,福島市において
自宅に居住していた。(甲D17の1の1,17の2の1・2。原告本人尋問がで
きなかった所帯である。理由は,甲D17の1の2参照。)5
⑵避難の経緯
【17-1】は,【17-2】の通う小学校が屋外授業を再開することに不信感
を持ち,また行動範囲が広がる【17-2】が,【17-1】の禁止していた土遊
びをしていることで,福島県で子を放射線から守ることに限界を感じたため,【1
7-2】を避難させることにし,これを受けて,【17-2】は,平成23年7月10
20日,福島市から京都市へ避難した。【17-2】は,里親宅に居住した。【1
7-1】は,平成24年3月14日,福島市から京都市へ避難し,【17-2】を
引き取って同居した。(甲D17の1の1,17の2の1・2)
⑶面会交流の経過
平成23年7月から平成24年1月までの間に,【17-1】は,15回,【115
7-2】と面会交流する目的で,京都市を訪問した(甲D17の1の1)。
⑷ADR手続における和解
平成26年2月21日,【17-1,2】ほか2名と,被告東電との間で,本件
事故に関する損害の一部について,被告東電は435万3282円の支払義務が
あることを認め,中間指針追補に基づく既払金84万円を除いた残額の351万20
3282円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項
において,各損害項目について,和解条項に定める金額を超える部分につき,和
解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。
(甲D17の8の1)
⑸損害額25
ア概要
【17-1,2】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害の
うち,【17-2】の避難に伴う損害及び【17-1】が京都市へ避難した日を
含む月である平成24年3月から平成26年2月末日までの2年間に生じた
損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,
別紙損害額等一覧表(原告番号17)のとおりである。なお,下記で,定額に5
よる認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手
続における和解額(甲D17の8の1)を根拠とした認定である。ADR手続
における和解は,【17-1,2】ほか2名と被告東電との間のものであるか
ら,和解額には,上記のほか2名分が含まれている可能性があるが,その詳細
及び【17-1,2】の分との関係は明らかではないし,原告本人尋問もでき10
ていないから,和解額は,上記のほか2名に対する直接請求分各8万円の合計
額16万円を除いては,【17-1,2】の損害を前提として【17-1,2】
に支払われたものと解する。
イ避難費用
交通費15
【17-1,2】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修
正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号17)のとおり,かかる損害
額は合計7万2800円と認めるのが相当であり,これは【17-1】に生
じた損害と認められる。なお,【17-2】の避難には【17-1】が同行し20
ており,これ自体は避難とは認められないものの,【17-2】が年少者であ
り,単身で避難したことを考慮し,【17-1】が同行に要した費用も,【1
7-2】の避難交通費に含めることとする。
宿泊費・謝礼金
【17-1,2】の避難生活の際に要した宿泊費,謝礼金は,本件事故と25
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は宿泊費については合計
9万9980円,謝礼金については9万円と認めるのが相当であり,これは
【17-1】に生じた損害と認められる。
面会交通費
【17-1】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号17)のとおり,【17-1】が【17-2】に面会するために要した5
と認められる合計71万6800円の限度で,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認め,これを【17-1】に生じた損害と認める。その余の面会交
通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認
められない。
避難雑費10
【17-1,2】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか
ら,平成23年7月から平成24年2月までの間は【17-2】の避難分と
して8万円を,平成24年3月から平成26年2月末日までの間は,1か月
あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避15
難雑費合計56万円(8万円と48万円の合計額)について,【17-1】に
生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用
生活費増加費用(二重生活)
平成23年7月から平成24年3月までの間,【17-1】と【17-2】20
は世帯分離を生じていたと認められるが,【17-2】の滞在先に前記謝礼
金を支払っていたことを踏まえると,それを超えて生活費が二重に必要とな
ったと認めるに足りる証拠はない。しかし,【17-1,2】は,福島市では
【17-1】の両親とともに,福島市において自宅に居住していたのである
から,京都市での生活は,【17-1】の両親との関係では,世帯分離となり,25
二重生活に伴う生活費増加費用が,本件事故と相当因果関係のある損害と認
められる。その額は70万円を相当と認める。
生活費増加費用(家財道具購入費用)
【17-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,京都市での同居によって世帯全体で
避難したと評価できるが,【17-1】の両親との関係では,世帯分離となる5
から,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【17-1】
に生じた損害と認められる。
学費増加分
【17-2】の避難に伴う転校によって増加した学費は,本件事故と相当
因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は17万7000円と認める10
のが相当であり,これは【17-1】に生じた損害と認められる。
放射線量計購入費用
本件事故により【17-1】が購入した放射線量計購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は5万2500円と認
めるのが相当であり,これは【17-1】に生じた損害と認められる。15
検査費用
【17-1,2】が,被ばくの身体への影響を検査するために支出した費
用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は36
75円と認めるのが相当であり,これは【17-1】に生じた損害と認めら
れる。20
エ就労不能損害
【17-1】は,避難前には,正社員として年額266万2000円の収入
を得ていたが,避難により,パートに出たものの,収入減少があったと認めら
れ,その額は,133万0999円であり,これを就労不能損害と認める。
オ精神的損害(慰謝料)25
【17-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【16-1】は30
万円,【16-2】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【17-1】に対して12万円,【17-2】に
対して72万円を支払っていること,【17-1,2】ほか2名に対して,ADR5
手続において,435万3282円(うち84万円(【17-1】に対する8万
円,【17-2】に対する60万円,ほか2名に対する各8万円の合計額)は直接
請求により既に支払われたものとして控除され,351万3282円のみ支払わ
れている。)を支払っていることが認められるところ(甲D17の8の1,乙D1
7の3,弁論の全趣旨),これら既払金合計435万3282円のうち,【17-10
1】に対して375万3282円を,【17-2】に対して60万円を,各原告に
生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号17)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用15
弁護士費用は,【17-1】につき,16万7375円(6万5047円とAD
R手続分10万2328円の合計額)を,【17-2】につき,0円をそれぞれ相
当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号17)の認容額20
欄記載のとおりである。
18原告番号18について
⑴世帯の概要
【18】は昭和47年1月16日生まれの女性である。本件事故当時,【18】
は,【18】の長女(平成13年3月31日生まれ。以下,18においては,「長女」25
という。)及び次女(平成15年1月6日生まれ。以下,18においては,「次女」
という。)とともに,福島県南相馬市において自宅(借家)に居住していた。平成
18年以前は,【18】は,夫(平成26年離婚成立)の仕事の関係で,京都に居
住していた。(甲D18の1の1,18の2の1・2,原告【18】本人)
⑵避難の経緯
平成23年3月11日,職場の同僚から,福島第二原発で働いている息子が逃5
げろと言っていたということを聞き,また,同月12日,防災無線が窓を閉める
ようアナウンスしているのを聞いて,同日午後7時頃,子らを放射能汚染から守
るため,避難することを決意し,【18】は,長女,次女及び両親とともに,平成
23年3月12日,福島県南相馬市から福島市へ避難した。同年4月2日,【1
8】は,長女及び次女とともに,福島市から京都市へ避難した。(甲D18の1の10
1,原告【18】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年3月,【18】は2回,一時帰宅した。(甲D18の1の1,原告【1
8】本人)
⑷ADR手続における和解15
平成25年2月22日,【18】と,被告東電との間で,本件事故に関する損害
の一部について,被告東電は658万2933円の支払義務があることを認め,
既払金130万円を除いた残額の528万2933円を支払うことなどを内容
とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における各損害
項目のうち,日常生活阻害慰謝料の項目について,和解条項に定める金額を超え20
る部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないこと
が確認され,その余の各損害項目(対応する各期間に限る。)については,当事者
間に何らの債権債務がないことが確認されている。(甲D18の8の1)
⑸損害額
ア概要25
【18】,長女及び次女は,避難指示によらないものの,事後に緊急時避難準
備区域に指定された区域から避難を実施しており,相当と認められるから,避
難に伴う損害として,以下のとおり損害額を認める。当裁判所が認定した損害
額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号18)のとおりである。なお,下
記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定
は,ADR手続における和解額(甲D18の8の1)を根拠とした認定である。5
イ避難費用
移動交通費
【18】の福島市及び京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当
因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号18)の
とおり,かかる損害額は合計4万6000円と認めるのが相当である。10
家財道具移動費用
【18】の避難生活の際に要した家財道具移動費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,かかる損害額は18万1260円と認めるの
が相当である。
一時立入費用15
【18】が一時立入りに要した費用は,本件事故と相当因果関係のある損
害と認められ,かかる損害額は7万9000円と認めるのが相当であり,こ
れは【18】に生じた損害と認められる。
家財道具価値喪失損害
【18】の居住していた緊急時避難準備区域は,平成23年9月30日に20
解除されていることからすれば,自宅に残した家財道具について,価値減少
や喪失を認めることはできない。
ウ生活費増加費用(生活費増加費用)
【18】が避難生活の際に要した,生活費増加費用は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,かかる損害額は67万1155円と認めるのが相25
当である。
エ就労不能損害
【18】は,避難前,下水処理場の水質検査等の仕事をしており,平成22
年は281万5717円の給与があったこと,平成23年6月から8月までの
間と同年9月から平成24年4月までの間はそれぞれ短期で就労していたこ
と,平成24年5月からは月額20万円程度の収入を得ていること,【18】の5
感覚としては本件事故前に比べて収入が下がっていることが認められる(甲D
18の1の1,18の4の1)。
平成23年3月から平成24年6月末日までの間は,本件事故による避難に
伴い,就労困難又は転職による収入減少が認められ,314万6582円の損
害が生じたと認められる。また,平成24年7月以降も,本件事故前に比べて10
収入が下がったことが認められ,その転職による収入減少は,本件事故と相当
因果関係のあるものと認められ,緊急時避難準備区域の解除から2年後である
平成25年9月まで15か月分である51万9646円(281万5717円
÷12-20万円)×15)の就労不能損害を認めるのが相当である。合計は,
366万6228円である。15
オ通勤交通費増加分・放射線検査費用
【18】が避難生活の際に要した,通勤交通費増加分及び放射線検査費用は,
本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は通勤交通費増
加分7万9200円,放射線検査費用6万8000円と認めるのが相当である。
カ精神的損害(慰謝料)20
【18】は,緊急時避難準備区域の居住者であり,本件事故による恐怖及び
不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,本件事故から平成24年6月3
0日まで212万円(16か月分とすると,月額13万2500円相当)を認
めるのが相当であり,その後は,緊急時避難準備区域の解除から少なくとも1
年後である平成24年9月30日まで3か月分である30万円(10万円×3)25
を認めるのが相当である。合計242万円である。
⑹既払金の充当
被告東電は,ADR手続において,658万2933円(うち130万円は直
接請求時の仮払金として既に支払われたものとして控除され,528万2933
円のみ支払われている。)を支払っていることが認められるところ(甲D18の
8の1,弁論の全趣旨),既払金合計658万2933円を【18】に生じた損害5
額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号18)の既払額欄記載のとおり,
損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,25万4527円(6万2791円とADR手続分19万1710
36円の合計額)を相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号18)の認容額
欄記載のとおりである。
19原告番号19-1~4について15
⑴世帯の概要
【19-1】は昭和55年11月25日生まれの女性,【19-2】は昭和55
年6月24日生まれの男性,【19-3】は平成16年7月23日生まれの女性,
【19-4】は平成18年8月15日生まれの女性である。本件事故当時,【19
-1~4】は,福島県郡山市において自宅(借家)に居住していた。(甲D19の20
1,19の2・2の2,原告【19-1】本人)
⑵避難の経緯
【19-1】は,東京在住の友人から助言を受けたことや,パソコンで情報収
集したところ,子どもらへの影響を考えると不安になり,子どもらを被ばくさせ
たくないと考えて,【19-1,3,4】は,平成23年4月20日,福島県郡山25
市から京都市へ避難した。【19-2】は,平成27年4月,福島県郡山市から京
都市へ避難した。(甲D19の1,19の2・2の2,原告【19-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年8月から平成27年1月までの間に,【19-1~4】は,複数回,
面会交流や冠婚葬祭のため一時帰宅し,面会交流のため京都市を訪問した。(甲
D19の1,原告【19-1】本人)5
⑷ADR手続における和解
平成27年3月25日,【19-1~4】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は399万2980円の支払義務があること,
中間指針追補に基づく既払金136万円を除いた残額の263万2980円を
支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,A10
DR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認
されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部
分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確
認されている。(甲D19の8)
⑸損害額15
ア概要
【19-1,3,4】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損
害のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年4月から平成25年
3月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。【1
9-2】の避難は本件事故と相当因果関係のあるものではない。当裁判所が認20
定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号19)のとおりである。
なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損
害額認定は,ADR手続における和解額(甲D19の8)を根拠とした認定で
ある。
イ避難費用25
移動費用
【19-1,3,4】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相
当因果関係のある損害であるが,避難には無料のバスを利用したことが認め
られるから(甲D19の1),別紙避難経路等一覧表(原告番号19)のとお
り,かかる損害額は0円である。
避難費用(面会交通費)5
【19-1~4】が面会に要した費用について,前記第1で述べたとおり,
面会交通費としては,【19-1,3,4】が帰宅する費用は認められないが,
【19-3,4】が,福島県郡山市に残って生活していた【19-2】と面
会交流する利益はあることに加えて,これに関して【19-1】は費用を支
出していたのであるから,【19-1】が平成23年8月から平成25年310
月までの間に支出した費用のうち,【19-2】が【19-3,4】の避難先
の京都へ訪問するのに要する費用の限度で,本件事故と相当因果関係のある
損害と認める。したがって,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)
の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号19)のとおり,か
かる損害額は合計25万4400円と認められ,【19-1】に生じた損害15
と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超
えて,損害が生じたとは認められない。
避難費用(一時帰宅費用)
【19-1,3,4】が一時帰宅に要した費用については,本件事故と相
当因果関係があるものと認め,【19-1】に生じた損害と認める。その額20
は,37万7600円であり,それ以上は,下記避難雑費に含まれる額を超
えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
二重生活に伴う生活費増加費用(一般)
前記のとおり,平成23年4月から平成27年4月まで,【19-1,3,25
4】と【19-2】が別居し,世帯が分離して生活することになったのであ
るから,水道光熱費等を含む生活費が増加したものと認められる。したがっ
て,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年4
月以降,合計81万円について,【19-1】に生じた損害と認める。
家財道具購入費
【19-1,3,4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件5
事故と相当因果関係のある損害と認められ,世帯分離を生じていたことを踏
まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【19
-1】に生じた損害と認められる。
生活費増加費用(食費増加分)・携帯電話増加代
前記二重生活に伴う生活費増加費用の損害を超えて,本件事故による避難10
によって,食費や携帯電話通話料金が増加したと認めるに足りる証拠はない。
生活費増加費用(避難雑費)
【19-1,3,4】の避難に伴い,面会交通費や一時帰宅費用等,さま
ざまな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認めら
れ,【19-1,3,4】が避難していた平成23年4月以降について損害と15
認めるのが相当である。合計108万円の限度において,【19-1】に生じ
た損害と認める。
生活費増加費用(自治会費)
【19-1,3,4】が避難生活の際に,新たに要した自治会費は,本件
事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は3万3900円20
と認めるのが相当である。
家賃差額・引越の際の礼金
【19-1,3,4】は,平成26年8月から賃貸マンションに移転し,
【19-2】が避難する際,さらに別の賃貸マンションに移転したため,福
島県郡山市で居住していた際と家賃差額が生じ,礼金が新たに要した旨主張25
しているが,平成25年4月以降に生じた損害であるから,本件事故と相当
因果関係のある損害とは認められない。
ダクト交換費用
【19-2】が避難する際,経営していた店舗を閉めて引き渡す際に,ダ
クト交換をする必要があった旨主張するが,前記のとおり,【19-2】の避
難は本件事故と相当因果関係がないし,ダクト交換の必要性も認められない5
から,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ就労不能損害
【19-1】は【19-2】の経営する飲食店において働いていたことは認
められるが(甲D19の1,原告【19-1】本人),収入があったことを認め
るに足りる証拠はないから,就労不能損害は認められない。10
オ検査費用・検査交通費
【19-1~4】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用とし
て1700円を支出し,そのための交通費として5880円を支出したことが
認められる(甲D19の1)。本件事故当時,自主的避難等対象区域に居住して
いた【19-1~4】が身体への影響を不安に思い,それを解消するために検15
査することは相当であるから,前記検査費用及び交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められる。
カ精神的損害(慰謝料)
【19-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【19-1,2】は各20
30万円,【19-3,4】は各60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【19-1,2】に対して各12万円,【19-
3,4】に対して各72万円を支払っていること,【19-1~4】に対して,A
DR手続において,399万2980円(うち136万円は直接請求により既に25
支払われたものとして控除され,263万2980円のみ支払われている。)を
支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金合計431
万2980円のうち,【19-1】に対して299万2980円を,【19-2】
に対して12万円を,【19-3】に対して60万円を,【19-4】に対して6
0万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号19)の既払額欄記載のとおり,5
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【19-1】につき,13万3350円(1万7050円とAD
R手続分11万6300円)を,【19-2】につき,1万8000円を,【19
-3】につき,0円を,【19-4】につき,0円をそれぞれ相当と認める。10
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号19)の認容額
欄記載のとおりである。
20原告番号20-1~8について
⑴世帯の概要15
【20-1】は昭和47年7月24日生まれの女性,【20-2】は昭和44年
2月2日生まれの男性,【20-3】は平成8年9月20日生まれの女性,【20
-4】は平成10年9月19日生まれの男性,【20-5】は平成12年9月8日
生まれの男性,【20-6】は平成17年9月6日生まれの女性,【20-7】は
昭和15年1月15日生まれの男性,【20-8】は昭和19年9月26日生ま20
れの女性である。【20-3~6】は,【20-1,2】の子であり,【20-7,
8】は【20-2】の親である。本件事故当時,【20-1,3~8】は,福島市
において自宅(持ち家)に居住し,【20-2】は中国へ単身赴任していた。(甲
D20の1の1,20の2の1・2・5,原告【20-1】本人)
⑵避難の経緯25
【20-1】は,国の定めた年間20m㏜の基準はおかしいと感じて,自ら周
囲の空間線量を計測してみると,高い値が出ており,その後,保養活動を通じて,
被ばくを避けるために避難することは重要であると感じるようになり,避難を決
意した。そして,【20-1,3~6】は,平成23年3月24日,福島市から埼
玉県へ避難し,同年4月5日頃,福島市へ戻った。【20-1,4~6】は,平成
24年1月4日,福島市から京都市へ避難した。なお,【20-2】は,本件事故5
当時,中国へ単身赴任していたが,平成26年3月,帰国した後は福島市の自宅
で居住している。【20-3,7,8】は,【20-1,4~6】が京都市へ避難
した後も福島市の自宅に居住していたが,【20-3】は,進学のため,平成27
年4月から山形県で居住している。(甲D20の1の1,20の2の1,2,5,
原告【20-1】本人)10
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成24年1月から平成27年8月までの間に,複数回,【20-1~6】及び
【20-1】の母は,面会等のため一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪
問したりした。(甲D20の1の1,原告【20-1】本人)
⑷ADR手続における和解15
平成29年6月19日,【20-1~8】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は796万7021円の支払義務があること
を認め,中間指針追補に基づく既払金264万円を除いた残額の532万702
1円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項におい
て,ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないこと20
が確認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超
える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないこ
とが確認されている。(甲D20の8の1)
⑸損害額
ア概要25
【20-1,3~6】の埼玉県への避難,【20-1,4~6】の京都市への
避難は相当であると認められるところ,それに伴う損害のうち,埼玉県への避
難にかかる避難交通費,及び【20-1,4~6】が京都市へ避難した日を含
む月である平成24年1月から平成25年12月末日までの2年間に生じた
損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,
別紙損害額等一覧表(原告番号20)のとおりである。なお,下記で,定額に5
よる認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手
続における和解額(甲D20の8の1)を根拠とした認定である。
イ平成23年分生活費増加費用及び移動費用
【20-1,3~6】が避難に要した費用のうち,平成23年12月末日ま
でに生じた生活費増加費用及び移動費用は,本件事故と相当因果関係があると10
認められ,かかる損害額は合計172万円と認めるのが相当であり,【20-
1】に164万円,【20-7,8】に各4万円ずつ生じた損害と認める。
ウ避難費用
避難交通費
【20-1,4~6】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相15
当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号20)
のとおり,かかる損害額は合計6万2400円(2万0800円と2万08
00円と1万0400円と1万0400円の合計額)と認めるのが相当であ
り,これを【20-1】に生じた損害と認める。
面会交通費20
【20-1~6】及び【20-1】の母が一時帰宅や面会に要した費用の
うち,99万2378円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認め
るのが相当であり,これは【20-1】に生じた損害と認める。【20-2】
が,上記費用の一部を負担した分もある可能性があるが,避難生活を送って
いたのは【20-1】であり,他の避難に伴う費用も【20-1】が負担し25
ているし,【20-2】は中国に単身赴任していた期間が長く,面会交流でき
たのは帰国後の期間にすぎないのであるから,損害は【20-1】に生じた
損害と認めた。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額
を超えて,損害が生じたとは認められない。
避難雑費
【20-1,4~6】の避難に伴い,平成24年1月以降,一時帰宅費用5
等,さまざまな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係がある
と認められ,避難雑費213万円について,【20-1】に生じた損害と認め
る。
エ生活費増加費用
家財道具購入費用10
【20-1,4~6】が平成24年1月以降,避難生活の際に要した家財
道具購入費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【20-
2,3,7,8】と世帯分離を生じたことを踏まえて,かかる損害額は30
万円と認めるのが相当であり,これは【20-1】に生じた損害と認められ
る。15
生活費増加費用(二重生活に伴う)
前記のとおり,世帯が分離して生活することになったのであるから,水道
光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離によ
る生活費増加費用として,世帯分離していた平成24年1月以後合計117
万円を認め,【20-1】に生じた損害と認める。20
オ就労不能損害
【20-1】は生命保険会社において営業職をしており,ファイナンシャル
プランナー3級の資格を有し,本件事故前の収入は,98万2384円(平成
23年分,月額8万1865円)であり,平成23年12月に退職したこと,
平成24年9月から同年12月頃まで避難先で就労し,月3万円程度の収入を25
得ていたが,ボランティア活動のために休職したことが認められる(甲D20
の1の1,弁論の全趣旨)。平成24年1月から平成25年12月までの間に
ついては,本件事故による避難を実行したために,就労できなかった又は減収
したものと認められるが,平成25年1月以降は,自らの選択で,ボランティ
ア活動に取り組んでいること,ファイナンシャルプランナー3級の資格を有し
ていたこと,平成24年9月以降は月3万円程度の収入を得ることが可能であ5
ったことなどを踏まえると,基礎収入月額8万1865円を前提として,平成
24年1月から同年12月まで,最初6か月は全額の,その後6か月は半額の
就労不能損害を認めるのが相当であり,その額は73万6785円(=8万1
865円×6+8万1865円÷2×6)である。
カ精神的損害(慰謝料)10
【20-1,3~8】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故
による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【20-1,7,
8】は各30万円が,【20-3~6】は各60万円が相当である。【20-2】
は,本件事故当時中国に単身赴任中であり,帰国が平成26年3月であるから,
自主的避難等対象区域の居住者とはいえず,慰謝料は認められない。15
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【20-1,7,8】に対して各12万円,【2
0-3~6】に対して各72万円を支払っていること,【20-1~8】に対し
て,ADR手続において,796万7021円(うち264万円(【20-1,7,
8】に対する各8万円,【20-3~6】に対する各60万円の合計額)は直接請20
求により既に支払われたものとして控除され,532万7021円のみ支払われ
ている。)を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金
合計856万7021円のうち,【20-1】に対して584万7021円を,
【20-3~6】に対して各60万円を,【20-7,8】に対して各16万円
を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。25
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号20)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【20-1】につき,38万0503円(14万8454円とA
DR手続分23万2049円の合計額)を,【20-2】につき,0円を,【20
-3】につき,0円を,【20-4】につき,0円を,【20-5】につき,0円5
を,【20-6】につき,0円を,【20-7】につき,1万8000円を,【20
-8】につき,1万8000円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号20)の認容額
欄記載のとおりである。10
21原告番号21-1~4について
⑴世帯の概要
【21-1】は昭和52年7月19日生まれの女性,【21-2】は昭和53年
1月24日生まれの男性,【21-3】は平成17年3月16日生まれの女性,
【21-4】は平成20年8月25日生まれの男性である。【21-3,4】は,15
【21-1,2】の子である。本件事故当時,【21-1~4】は,福島県二本松
市において自宅(持ち家)に居住していた。(甲D21の1の1,21の2の1,
原告【21-1】本人)
⑵避難の経緯
【21-1】は,テレビやインターネットで,農作物や飲料水から放射性物質20
が検出されたというニュースが流れており,子どもに安心できる食事を与えられ
ないのは異常であると考えて,避難を決意した。【21-1,3,4】は,平成2
3年3月19日,福島県二本松市から,神奈川県へ避難し,同年4月2日頃,福
島県二本松市へ戻った。【21-1,3,4】は,平成23年5月20日,福島県
二本松市から京都市へ避難した。なお,【21-2】は,【21-1,3,4】が25
京都市へ避難した後も福島県二本松市の自宅に居住していたが,平成24年7月
12日,福島県二本松市から京都市へ避難した。(甲D21の1の1,原告【21
-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年6月から平成25年7月までの間に,複数回,【21-1,2】は,
一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。(甲D21の1の1,5
原告【21-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【21-1,3,4】の神奈川県への避難,【21-1~4】の京都市への避
難は相当であると認められるところ,それに伴う損害のうち,神奈川県への避10
難にかかる避難交通費,及び【21-1,3,4】が京都市へ避難した日を含
む月である平成23年5月から平成25年4月末日までの2年間に生じた損
害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,
別紙損害額等一覧表(原告番号21)のとおりである。
イ避難費用15
避難交通費
【21-1,3,4】の神奈川県への避難,及び【21-1~4】の京都
市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認めら
れ,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額で,別
紙避難経路等一覧表(原告番号21)のとおり,かかる損害額は合計8万020
800円(4万6400円と2万2400円と1万2000円の合計額)と
認めるのが相当である。これは【21-2】に生じた損害と認められる。
引越費用
a【21-1,3,4】が京都市へ避難する際,物資の運送費として1万
5000円を要したことが認められる(甲D21の6の1~3,弁論の全25
趣旨)。前記のとおり,当該避難は相当であるから,前記運送費も本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,【21-1】に9000円,【21
-3】に6000円生じた損害と認める。
b【21-2】が京都市へ避難する際,引越代金16万円を要したことが
認められる(甲D21の6の9)。前記のとおり,当該避難は相当であるか
ら,前記引越代金も本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【25
1-2】に生じた損害と認める。
一時立入費用・祖母交通費
一時立入(帰宅)費用・祖母交通費については,前記第1で述べたとおり
であるから,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認める
に足りる証拠はない。10
面会交通費
【21-2】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号21)のとおり,【21-2】が避難する前の平成23年6月から平成
24年6月頃までの間に,【21-2】が【21-3,4】に面会するために
要したと認められる合計58万2400円の限度で,本件事故と相当因果関15
係のある損害と認め,これを【21-2】に生じた損害と認める。その余の
面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じた
とは認められない。
避難雑費
【21-1~4】の避難に伴い,面会交通費や一時帰宅費用等,さまざま20
な支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,【21-1,3,4】が避難した平成23年5月から平成25年4月末
日までの間,【21-2】については,平成24年7月から平成25年4月末
日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認める
のが相当である。避難雑費合計82万円(3万×14+4万×10)につい25
て,【21-1】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【21-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり世帯分離していたこと
も踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【25
1-1】に生じた損害と認められる。
生活費増加費用(二重生活)
平成23年3月から,【21-2】が避難した平成24年7月までの間,
【21-1,3,4】と【21-2】は別居しており,世帯が分離して生活
することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認10
められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離し
ていた平成23年3月から平成24年7月末日までの間,1か月あたり2万
円を認め,合計34万円について,【21-1】に生じた損害と認める。
生活費増加費用(賃料)
【21-1】は,本件事故による避難に際し,賃料を支出した旨主張する15
が,避難後2年間は賃料が免除され,平成25年5月以降に支出したもので
あること(甲D21の1の1)からすれば,本件事故と相当因果関係のある
損害と認めることはできない。
エ就労不能損害
【21-1】について20
【21-1】は,避難前,金融機関においてパートをしており,本件事故
前の収入は,91万6200円(平成22年分,月額7万6350円)であ
ったが,平成23年4月に退職したこと,同年3月,4月は,避難により就
労が影響を受けたこと,避難先の京都では10件以上の求人面接を受けたが
断られ,平成25年3月に就職が決まり,平成26年8月まで就労していた25
ことが認められる(甲D21の1の1,21の4の1)。平成23年3月から
平成25年3月までの間については,本件事故による避難を実行したために,
完全には就労できなかったものと認められるが,長期間に及ぶことから,2
年間分について最初6か月は全額の,その後は半額の就労不能損害を認める
のが相当であり,就労不能損害として,114万5250円(7万6350
円×6+7万6350円÷2×18)を認めるのが相当である。5
【21-2】について
【21-2】は,避難前,プロパンガスの販売の仕事をしており,本件事
故前の収入は,358万6928円(平成22年分,月額29万8911円)
であったが,平成24年7月に避難したため退職し,避難後は職を転々とし
ていたこと,プロパンガスの配達の仕事を解雇されてから,1か月程度は仕10
事がなかったが,平成25年4月から,木製ストーブの販売・設置の仕事に
従事したことが認められる(甲D21の1の1,21の4の2)。平成24年
7月以後,本件事故による避難を実行したために,就労できなかった期間が
あるもののその期間は1か月を除いて不明であり,就労していた期間につい
ては,賃金の減少等を認めるに足りる証拠はないことを踏まえると,1か月15
間の就労不能損害として,29万8911円を認めるのが相当である。
オ放射線検査費用
【21-1】が,周囲の放射線量を検査するため,ガイガーカウンター購入
費用として4万9500円を支出したことが認められる(甲D21の7の1)。
本件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【21-1】が,周囲の20
放射線量を測定し,身体への影響等の不安を解消するために検査することは相
当であるから,前記購入費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認めら
れる。
カ精神的損害(慰謝料)
【21-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ25
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【21-1,2】は各
30万円が,【21-3,4】は各60万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【21-1,2】に対して各12万円,【21-3,4】に対して
各72万円を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払
金のうち,【21-1】に対して35万4000円,【21-2】に対して12万5
円を,【21-3】に対して60万6000円,【21-4】に対して60万円を,
各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号21)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用10
弁護士費用は,【21-1】につき,26万0975円を,【21-2】につき,
13万0211円を,【21-3】につき,0円を,【21-4】につき,0円を
それぞれ相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号21)の認容額15
欄記載のとおりである。
22原告番号22-1~3について
⑴世帯の概要
【22-1】は昭和59年9月2日生まれの女性,【22-2】は昭和54年9
月4日生まれの男性,【22-3】は平成23年8月12日生まれの女性である。20
【22-3】は,【22-1,2】の子である。本件事故当時,【22-1,2】
は,福島県郡山市において自宅に居住していた。また,【22-1】は【22-3】
を妊娠中であった。なお,【22-1,2】は,夫婦であったが,平成26年12
月に離婚した。(甲D22の1の1,22の2の1,原告【22-1】本人)
⑵避難の経緯25
【22-1,2】は,地震後4日間断水の状況にあったが,断水が解消後,水
道局の街宣車から「放射性物質が検出されたので飲まないでください」とのアナ
ウンスがあったこともあり,怖くなり,平成23年3月17日,福島県郡山市か
ら,茨城県へ避難し,同年3月21日,福島県郡山市へ戻った。【22-1】は,
平成23年11月,市から配布された線量計で【22-3】の検査をしたところ,
1か月で0.05m㏜/hの被ばくをしていることがわかり,外部被ばくで半年5
足らずの間で,しかも外出を極力控えているにもかかわらず,上記数値がでたと
して,【22-3】の健康に影響するのではないかと不安になり,避難を決意し
た。そして,【22-1,3】は,平成24年2月3日,福島県郡山市から京都市
へ避難した。(甲D22の1の1,22の2の1,原告【22-1】本人)
⑶面会交流の経過10
平成24年2月から平成25年11月までの間に,複数回,【21-1~3】
は,一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。(甲D22の1の
1,原告【22-1】本人)
⑷ADR手続における和解
平成25年9月2日,【22-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関す15
る損害の一部について,被告東電は410万5520円の支払義務があることを
認め,既払金128万円を除いた残額の282万5520円を支払うことなどを
内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における各
損害項目のうち,避難費用(面会交通費・平成24及び同25年分),精神的損
害,避難雑費(平成24及び同25年分)の各項目について,和解条項に定める20
金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨
げないことが確認され,その余の各損害項目(対応する各期間に限る。)について
は,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されている。(甲D22の8の
1)
⑸損害額25
ア概要
【22-1,2】の茨城県への避難,及び【22-1,3】の京都市への避
難は相当であるところ,それに伴う損害のうち,茨城県への避難にかかる交通
費,及び【22-1,3】が京都市へ避難した日を含む月である平成24年2
月から平成26年1月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある
損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原5
告番号22)のとおりである。なお,下記で,定額による認定ではないにもか
かわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D
22の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
交通費10
【22-1,2】の茨城県への避難,及び【22-1,3】の京都市への
避難に要した各交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる
が,茨城県への避難費用は,後記平成23年生活費増加費用及び移動費用に
含まれていると解され,これを超えて損害は認められない。京都市への避難
に要した費用は,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正15
した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号22)のとおり,かかる損害額
は合計3万1200円と認めるのが相当である。これは【22-1】に生じ
た損害と認められる。
滞在費(宿泊費)
【22-1,3】の茨城県への避難の際,親族方に滞在した謝礼として220
万4000円を要したことが認められる(甲D22の1の1)。しかし,前記
のとおり,茨城県への避難費用は,後記平成23年生活費増加費用及び移動
費用に含まれていると解され,これを超えて損害は認められない。
面会交通費
【22-1~3】が一時帰宅や面会に要した費用のうち,別紙避難経路等25
一覧表(原告番号22)のとおり,54万0800円の限度で,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,【22-1】に生じた損害と認める。そ
の余の一時帰宅・面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超え
て,損害が生じたとは認められない。
平成23年分生活費増加費用及び移動費用
【22-1,3】が避難に要した費用のうち,平成23年12月末日まで5
に生じた生活費増加費用及び移動費用は,本件事故と相当因果関係があると
認められ,かかる損害額は合計84万円と認めるのが相当であり,【22-
1】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用10
【22-1,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離していたこ
とも踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは
【22-1】に生じた損害と認められる。
生活費増加費用(二重生活)15
平成24年2月から【22-1,3】と【22-2】は別居しており,世
帯が分離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が
増加したものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用と
して,世帯分離していた平成24年2月から平成26年1月末日までの間,
1か月あたり2万円を認め,合計48万円について,【22-1】に生じた損20
害と認める。
生活費増加費用(共益費,住居関連費用)
【22-1,3】が避難生活の際に要した共益費及び除草代は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計1万8800円
と認めるのが相当であり,これは【22-1】に生じた損害と認められる。25
エ就労不能損害
【22-1】は,避難前,会社員として勤務しており,本件事故当時は産前・
産後休暇,育児休暇を取得し,平成24年6月頃明ける予定であったところ,
本件事故による避難によって,就労が困難となっていたものと認められるから,
就労不能損害として,合計106万3242円を認めるのが相当である。
オ避難雑費5
【22-1,3】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな支
出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,
【22-1,3】が京都市へ避難した平成24年2月から平成26年1月末日
までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが
相当である。避難雑費合計48万円について,【22-1】に生じた損害と認め10
る。
カ精神的損害(慰謝料)
【22-1,2】は,本件事故当時,自主的避難等対象区域の居住者であり,
本件事故による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【22
-1】は,本件事故当時に妊婦であったことから60万円,【22-2】は3015
万円,【22-3】は,本件事故当時胎児であり,出生後避難したから30万円
が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【22-1】に対して64万円,【22-2】に
対して12万円,【22-3】に対して72万円を支払っていること,ADR手続20
において,【22-1~3】に対して,410万5520円(うち128万円(【2
2-1,3】に対する各60万円,【22-2】に対する8万円の合計額)は直接
請求により既に支払われたものとして控除され,282万5520円のみ支払わ
れている。)を支払っていることが認められるところ(甲D22の8の1,乙D2
2の4,弁論の全趣旨),これら既払金合計430万5520円のうち,【22-25
1】に対して388万5520円を,【22-2】に対して12万円を,【22-
3】に対して30万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号22)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【22-1】につき,16万6430円(4万6852円とAD5
R手続分11万9578円の合計額)を,【22-2】につき,1万8000円
を,【22-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号22)の認容額
欄記載のとおりである。10
23原告番号23-1~5について
⑴世帯の概要
【23-1】は昭和38年4月5日生まれの女性,【23-2】は昭和5年11
月11日生まれの女性,【23-3】は昭和38年7月7日生まれの男性,【23
-4】は平成4年12月9日生まれの女性,【23-5】は平成9年3月5日生ま15
れの女性である。【23-4,5】は,【23-1,3】の子であり,【23-2】
は,【23-3】の親である。本件事故当時,【23-1~5】は,福島県いわき
市において自宅(持ち家)に居住していた。なお,平成23年4月から,【23-
4】は進学のため,京都府において居住している。(甲D23の1の1,23の2
の1・2,原告【23-1】本人)20
⑵避難の経緯
【23-1】は,親類や友人から放射線の影響を心配されており,避難指示が
福島第一原発から20㎞まで広がった際にはかなり不安が募っていたところ,避
難によって周囲に空き家が増えていき,見えない放射線への恐怖から逃れるため,
平成23年3月半ばに,避難することを決意し,【23-1~3,5】は,平成225
3年3月28日から同月29日にかけて,福島県いわき市から,京都市へ避難し
た。【23-3】は,平成23年4月3日,福島県いわき市へ戻った。【23-2】
は,京都市への避難後から施設に入所していたが,平成24年5月2日頃,福島
県いわき市の施設に移転した。【23-3】は,【23-1,2,5】が京都市へ
避難等した後も,福島県いわき市に居住していた。(甲D23の1の1,23の2
の1・2,原告【23-1】本人)5
⑶面会交流の経過
平成23年8月から平成27年8月までの間に,複数回,【23-1,3,5】
は,一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。(甲D23の1の
1,原告【23-1】本人)
⑷ADR手続における和解10
平成26年5月1日,【23-1~5】と,被告東電との間で,本件事故に関す
る損害の一部について,被告東電は295万0667円の支払義務があることを
認め,既払金144万円を除いた残額の151万0667円を支払うことなどを
内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における各
損害項目のうち,避難費用(面会交通費・平成23・24年分),精神的損害,避15
難雑費の各項目について,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効
力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認され,その余の各
損害項目(対応する各期間に限る。)については,当事者間に何らの債権債務がな
いことが確認されている。(甲D23の8の1)
⑸損害額20
ア概要
【23-1~3,5】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損
害のうち,【23-1~3,5】が京都市へ避難した日を含む月である平成23
年3月から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係の
ある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表25
(原告番号23)のとおりである。なお,下記で,定額による認定ではないに
もかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲
D23の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
交通費
【23-1~3,5】の京都市への避難に要した交通費(【23-2,3】5
の福島県いわき市への帰宅費用を含む。)は,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修
正した額等で,別紙避難経路等一覧表(原告番号23)のとおり,かかる損
害額は合計7万2800円(5万0400円と2万2400円の合計額)と
認めるのが相当である。これは【23-1】に生じた損害と認められる。な10
お,【23-1】は,平成24年5月に要した交通費を,面会交通費として請
求しているが,その性質から上記避難に要した交通費に含めて認めるものと
する。
滞在費(宿泊費)
【23-1~3,5】が避難生活の際に要した宿泊費は,本件事故と相当15
因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は6万4500円と認めるの
が相当であり,これは【23-1】に生じた損害と認められる。その余の費
用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認める
に足りる証拠はない。
面会交通費20
【23-1,3,5】が一時帰宅や面会に要した費用について,別紙避難
経路等一覧表(原告番号23)のとおり,65万4400円の限度で,本件
事故と相当因果関係のある損害と認められ,これを【23-1】に生じた損
害と認める。その余の一時帰宅・面会交通費については,下記避難雑費に含
まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。25
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【23-1,2,5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件
事故と相当因果関係のある損害と認められ,【23-3】と【23-1,2,
5】が別居し,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,かかる損害
額は30万円と認めるのが相当であり,これは【23-1】に生じた損害と5
認められる。
生活費増加費用一般
前記のとおり,平成23年3月から,【23-3】と【23-1,2,5】
の世帯が分離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活
費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費10
用として,世帯分離していた平成23年3月から平成25年2月末日までの
間,1か月あたり2万円を認め,合計48万円について,【23-1】に生じ
た損害と認める。
住居関連費用(駐車場代,共益費)
【23-1,2,5】が避難生活の際に要した駐車場代及び共益費は,本15
件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は駐車場代5万
3500円,共益費7800円と認めるのが相当であり,合計6万1300
円について,【23-1】に生じた損害と認められる。その余の費用について
は,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認めるに足りる
証拠はない。20
エ介護施設利用料
【23-2】の介護施設利用料については,本件事故と相当因果関係のある
損害と認められる。かかる損害額は,24万4125円と認められ,【23-
1】に生じた損害と認める。
オ避難雑費25
【23-1,2,5】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用,介護施設利
用料等,さまざまな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があ
ると認められるから,【23-1,2,5】が避難していた平成23年3月から
平成24年5月末日まで間及び,【23-1,5】が避難していた平成24年6
月から平成25年2月末日までの間(【23-2】は平成24年5月までの間),
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。5
避難雑費合計63万円(3万円×15+2万円×9)について,【23-1】に
生じた損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【23-1~5】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【23-1~3】は10
各30万円が,【23-5】は60万円が相当である。【23-4】は,避難と
は異なる進学という理由で居住地から移動しており,本件事故による恐怖及び
不安を感じたのは,移動をした平成23年3月28日までであり,避難生活の
苦痛も認められないことから,避難時18歳の子どもであることを考えても,
慰謝料は20万円が相当である。15
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【23-1~3】に対して各12万円,【23-
4】に対して64万円,【23-5】に対して72万円を支払っていること,AD
R手続において,【23-1~5】に対して,295万0667円(うち144万
円(【23-1~3】に対する各8万円,【23-4,5】に対する各60万円の20
合計額)は直接請求により既に支払われたものとして控除され,151万066
7円のみ支払われている。)を支払っていることが認められるところ(争いがな
い。),これら既払金合計323万0667円のうち,【23-1】に対して195
万0667円を,【23-2】に対して12万円を,【23-3】に対して12万
円を,【23-4】に対して44万円を,【23-5】に対して60万円を,各原25
告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号23)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【23-1】につき17万1588円(8万5646円とADR
手続分8万5942円)を,【23-2】につき1万8000円を,【23-3】5
につき1万8000円を,【23-4】につき0円を,【23-5】につき0円を,
それぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号23)の認容額
欄記載のとおりである。10
24原告番号24-1~4について
⑴世帯の概要
【24-1】は昭和47年1月31日生まれの男性,【24-2】は昭和48年
1月11日生まれの女性,【24-3】は平成21年1月21日生まれの女性,
【24-4】は平成23年6月3日生まれの男性である。【24-3,4】は,【215
4-1,2】の子である。本件事故当時,【24-1~3】は,福島市において自
宅(持ち家)に居住しており,【24-2】は【24-4】を妊娠中であった。な
お,自宅は京都市へ避難する際に,売却した。(甲D24の1・1の2,24の
2・2の2,原告【24-2】本人)
⑵避難の経緯20
【24-2】は,本件事故後,福島の汚染状況や,チェルノブイリでの健康被
害を知るようになり,【24-3,4】を被ばくから守るため,避難を決意し,【2
4-2,3】は平成23年3月15日,【24-1】は同月22日,それぞれ福島
市から新潟県へ避難し,【24-1~3】は同月24日,福島市へ戻った。【24
-2,3】は,平成23年3月31日,福島市から新潟県へ避難し,同年4月125
4日,福島市へ戻った。【24-2~4】は,平成23年7月14日,福島市から
京都市へ避難した。【24-1】は,【24-2~4】が京都市へ避難した後も,
福島市に居住していたが,平成24年10月6日,福島市から京都市へ避難した。
平成28年3月,【24-1~4】は,福島市へ戻った。(甲D24の1・1の2,
24の2・2の2,原告【24-2】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過5
平成23年8月から平成26年8月までの間に,複数回,【24-1~4】は,
帰省のため一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。(甲D2
4の1,原告【24-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成28年6月6日,【24-1~4】と,被告東電との間で,本件事故に関す10
る損害の一部について,被告東電は705万9446円の支払義務があることを
認め,既払金188万円を除いた残額の517万9446円を支払うことなどを
内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,ADR手続における
弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されており,その
余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の15
効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。(乙
D24の1)
⑸損害額
ア概要
【24-1~4】の新潟県及び京都市への避難は相当であると認められると20
ころ,それに伴う損害のうち,新潟県への避難にかかる避難交通費及び【24
-2~4】が京都市へ避難した日を含む月である平成23年7月から平成25
年6月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当
裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号24)のと
おりである。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の25
記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(乙D24の1)を根拠
とした認定である。
イ避難費用
交通費
【24-1~4】の新潟県及び京都市への避難に要した交通費は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号5
24)のとおり,かかる損害額は合計30万6685円と認めるのが相当で
ある。これは【24-1】に生じた損害と認められる。
滞在費(宿泊費)
【24-2,3】の避難生活の際に要した宿泊費は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計18万5944円と認める10
のが相当であり,これは【24-1】に生じた損害と認められる。
一時帰宅(立入)費用
【24-1~4】の避難生活の際に要した一時帰宅(立入)費用は,本件
事故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番
号24)のとおり,かかる損害額は合計61万9200円と認めるのが相当15
であり,これは【24-1】に生じた損害と認められる。その余の一時帰宅
(立入)費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じ
たとは認められない。
面会交通費
【24-1~4】が面会に要した費用については,本件事故と相当因果関20
係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号24)のとおり,
かかる損害額は合計54万0800円と認められ,【24-1】に生じた損
害と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を
超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用25
二重生活に伴う生活費増加費用
平成23年7月から,【24-1】が京都市へ避難した平成24年10月
までの間,【24-2~4】と【24-1】が別居し,世帯が分離して生活す
ることになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認め
られる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離して
いた間合計48万円について,【24-1】に生じた損害と認める。5
家財道具購入費用
【24-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯が分離していた
ことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これ
は【24-1】に生じた損害と認められる。10
避難雑費
【24-1~4】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか
ら,【24-1~4】が避難していた間(【24-1】は平成24年10月以
降に限る。),避難雑費合計149万円について,【24-1】に生じた損害と15
認める。
エ就労不能損害
【24-1】は,避難前,不動産売買等の仕事をしており,平成23年の年
収は434万7023円(月額36万2252円)あったが避難時に退職した
こと,平成25年9月から避難先にて就労したことが認められる(甲D24の20
1,24の4の1,24の4の2の1・2)。平成24年10月から平成25年
6月末日までの間については,避難に伴い就労が困難又は制限されていたもの
と認められるから,避難前の基礎収入(月額36万2252円)を基準として,
最初6か月は全額の,その後は半額の,就労不能損害を認めるのが相当であり,
その額は271万6890円(=36万2252円×6+36万2252円÷25
2×3)である。
オ検査費用
【24-3,4】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用とし
て合計4030円を支出したことが認められる(甲D24の7)。本件事故当
時,自主的避難等対象区域に居住していた【24-3,4】が身体への影響を
不安に思い,それを解消するために検査することは相当であるから,前記検査5
費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【24-1】に生じた
損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【24-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【24-1】は3010
万円,【24-2,3】は各60万円,【24-4】は,本件事故当時胎児であ
り,出生後京都市へ避難したから30万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【24-1】に対して12万円,【24-2】に
対して64万円,【24-3,4】に対して各72万円を支払っていること,AD15
R手続において,【24-1~4】に対して,705万9446円(うち188万
円(【24-1】に対する8万円,【24-2~4】に対する各60万円の合計額)
は直接請求により既に支払われたものとして控除され,517万9446円のみ
支払われている。)を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これ
ら既払金合計737万9446円のうち,本件で請求していない駐車場代分の120
1万5260円を除いて,【24-1】に対して558万4186円を,【24-
2】に対して60万円を,【24-3】に対して60万円を,【24-4】に対し
て48万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号24)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。25
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【24-1】につき,34万1551円(13万5936円とA
DR手続分20万5615円の合計額)を,【24-2】につき,0円を,【24
-3】につき,0円を,【24-4】につき0円を,それぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号24)の認容額5
欄記載のとおりである。
25原告番号25-1~5について
⑴世帯の概要
【25-1】は昭和46年4月8日生まれの男性,【25-2】は昭和47年7
月15日生まれの女性,【25-3】は平成16年4月19日生まれの女性,【210
5-4】は平成19年9月7日生まれの女性,【25-5】は平成22年7月15
日生まれの男性である。【25-3~5】は,【25-1,2】の子である。本件
事故当時,【25-1~5】は,福島県郡山市において自宅(借家)に居住してい
た。(甲D25の1の1・2,25の2の1,原告【25-2】本人)
⑵避難の経緯15
【25-2】は,アメリカに住む【25-2】の妹から,アメリカにおける本
件事故の報道状況を聞いたことに加えて,同じマンションや近所に住む友人らが
次々に避難したことから,避難を決意し,【25-2~5】は,平成23年3月1
5日,【25-1】は,平成23年3月18日,福島県郡山市から福島県会津若松
市へ避難し,【25-1~5】は,同月25日,福島県郡山市へ戻った。【25-20
2~5】は,平成23年7月26日,福島県郡山市から京都市へ避難した。【25
-1】は,教員であり,担任としての立場上,年度の途中で職場を離れるわけに
はいかないと考え,【25-2~5】が京都市へ避難した後も,福島県郡山市に居
住していたが,平成25年3月29日,福島県郡山市から京都市へ避難した。(甲
D25の1の1・2,25の2の1・2,原告【25-2】本人)25
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年8月から平成27年8月までの間に,複数回,【25-1~5】は,
親族との面会のため,一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。
(甲D25の1の1・2,原告【25-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成25年5月28日,【25-1~5】と,被告東電との間で,本件事故に関5
する損害の一部について,被告東電は586万4311円の支払義務があること
を認め,既払金196万円を除いた残額の390万4311円を支払うことなど
を内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における
各損害項目のうち,避難費用(面会交通費・平成24年分),精神的損害,避難雑
費(平成24年分)の各項目について,和解条項に定める金額を超える部分につ10
き,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認され,
その余の各損害項目(対応する各期間に限る。)については,当事者間に何らの債
権債務がないことが確認されている。(甲D25の8の1)
⑸損害額
ア概要15
【25-1~5】の福島県会津若松市への避難及び【25-1~5】の京都
市への避難は相当であると認められるところ,それに伴う損害のうち,福島県
会津若松市への避難交通費及び【25-2~5】が京都市へ避難した日を含む
月である平成23年7月から平成25年6月末日までの2年間に生じた損害
を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別20
紙損害額等一覧表(原告番号25)のとおりである。なお,下記で,定額によ
る認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続
における和解額(甲D25の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
交通費25
【25-1】は,平成25年3月に要した避難にかかる交通費を損害であ
ると主張するところ,【25-1】の京都市への避難は,本件事故と相当因果
関係があるから,前記避難にかかる交通費は本件事故による損害と認めるこ
とができる。標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正した額で,別紙避難
経路等一覧表(原告番号25)のとおり,かかる損害額は合計2万2400
円と認められ,【25-1】に生じた損害と認める。5
引越費用
【25-1】の京都市への避難は,本件事故と相当因果関係があるが,前
記避難にかかる引越費用は,平成25年7月以降に支出したものであり(甲
D25の7の1),本件事故による損害と認めることはできない。
面会交通費10
【25-1】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号25)のとおり,平成23年7月から,【25-1】が避難した平成2
5年3月頃までの間に,【25-1】が【25-3~5】に面会するために要
したと認められる費用について,本件事故と相当因果関係のある損害と認め
る。これら費用のうち,平成23年に生じたものは,下記平成23年分生活15
費増加費用及び移動費用に含まれる分を超えて損害が生じているとは認め
られないが,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額で,平成
24年1月から平成25年3月までの間に生じた合計54万0800円の
限度で,これを【25-1】に生じた損害と認める。なお,甲D25の3の
9~18・21~23によると,【25-1】は,高速バスを使用することに20
より,費用を節約していることが認められるが,身体への負担を考慮し,標
準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額で損害を認める。その余
の面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じ
たとは認められない。
避難雑費25
【25-2~5】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか
ら,【25-2~5】が避難していた期間のうち,平成23年については,平
成23年分生活費増加費用及び移動費用に含まれる分を超えて損害が生じ
ているとは認められないが,平成24年1月から平成25年6月末日までの
間(【25-1】は平成25年3月以降),1か月あたり1名につき1万円の5
限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計76万円(4万
円×14+5万×4)について,【25-1】に生じた損害と認める。
動産損害
【25-1~5】は,避難により自宅が狭小になったため,家財道具を廃
棄した旨主張するが,家財道具購入費用を認めていることも踏まえると,そ10
のような廃棄が本件事故と相当因果関係にあるとは認められない。
ウ生活費増加費用
家財道具運搬費用
【25-2~5】が避難生活の際に要した家財道具運搬費用を補うために
支出した費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損15
害額は1200円と認めるのが相当であり,【25-1】に生じた損害と認
める。
生活費増加費用(二重生活)
【25-2~5】の避難後,平成23年7月から【25-1】と【25-
2~5】が別居し,世帯が分離して生活することになったのであるから,水20
道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離に
よる生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年7月から12月に
ついては,下記平成23年分生活費増加費用及び移動費用に含まれる分を超
えて損害が生じているとは認められないが,平成24年1月以降について,
合計36万円を,【25-1】に生じた損害と認める。25
家財道具購入費用
【25-2~5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離が生じてい
たことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,こ
れは【25-1】に生じた損害と認められる。
検査費用5
【25-1~5】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用と
して3万5560円を支出したことが認められる(甲D25の7の45~5
7)。本件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【25-1~5】
が身体への影響を不安に思い,それを解消するために検査することは相当で
あるから,前記検査費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,10
【25-1】に生じた損害と認める。
エ平成23年分避難費用及び生活費増加費用
【25-1~5】が避難に要した費用のうち,平成23年12月末日までに
生じた生活費増加費用及び移動費用は,本件事故と相当因果関係があると認め
られ,かかる損害額は合計128万円と認めるのが相当であり,【25-1】に15
生じた損害と認める。
オ就労不能損害
【25-2】は,公立学校教員として勤務しており,平成22年の年収は4
32万3423円(月額36万0285円)であったこと,本件事故当時は育
児休業を取得しており,育児休業の期間は平成24年3月31日までを予定し20
ていたこと,その後育児休業の期間を平成25年6月30日まで延長したこと,
育児休業中の平成23年7月頃まで育児休業手当金を受給していたこと,平成
25年3月31日に退職したことが認められる(甲D25の4の1~6)。平
成24年4月1日には,復職する予定であったのであるから,本件事故による
避難に伴い,復職が困難になり,さらに退職したものと認められる。公立学校25
教員として育児休業中であるから,兼業禁止の点からして,他の仕事に従事す
ることも困難であったと推測される。したがって,平成24年4月から平成2
5年6月末日までの間は,避難に伴い就労が困難となっていたものと認められ
るから,避難前の基礎収入(月額36万0285円)を基準として,540万
4275円(=36万0285円×15)の就労不能損害が認められる。
カ精神的損害(慰謝料)5
【25-1~5】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【25-1,2】は各
30万円が,【25-3~5】は各60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【25-1,2】に対して各12万円,【25-10
3~5】に対して各72万円を支払っていること,ADR手続において,【25-
1~5】に対して,586万4311円(うち196万円(【25-1,2】に対
する各8万円,【25-3~5】に対する各60万円の合計額)は直接請求により
既に支払われたものとして控除され,390万4311円のみ支払われている。)
を支払っていることが認められるところ(甲D25の8の1,乙D25の3,弁15
論の全趣旨),これら既払金合計630万4311円のうち,【25-1】に対し
て206万1205円を,【25-2】に対して244万3106円(就労不能損
害弁済分232万3106円と12万円)を,【25-3】に対して60万円を,
【25-4】に対して60万円を,【25-5】に対して60万円を,各原告に生
じた各損害額に充当するのが相当である。20
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号25)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【25-1】につき,32万4681円(15万3876円とA
DR手続分17万0805円)を,【25-2】につき,32万6117円を,【225
5-3】につき,0円を,【25-4】につき,0円を,【25-5】につき,0
円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号25)の認容額
欄記載のとおりである。
26原告番号26-1~5について5
⑴世帯の概要
【26-1】は昭和40年4月23日生まれの男性,【26-2】は昭和52年
1月8日生まれの女性,【26-3】は平成17年2月19日生まれの女性,【2
6-4】は平成19年11月25日生まれの男性,【26-5】は平成22年10
月4日生まれの女性である。【26-3~5】は,【26-1,2】の子である。10
本件事故当時,【26-1~5】は,福島県郡山市において自宅(持ち家)に居住
していた。(甲D26の1の1,26の2の1)
⑵避難の経緯
【26-1,2】は,テレビで本件事故の映像を見て,またアメリカが福島第
一原発から80㎞圏内に避難勧告を出していることを知ったことから,福島県郡15
山市も危険であると感じて,避難を決意した。【26-1~5】は,平成23年3
月13日,福島県郡山市から神奈川県へ避難し,【26-1】は,同年3月18
日,【26-2~5】は,同月27日,それぞれ福島県郡山市へ戻った。【26-
2~5】は,平成23年6月2日,福島県郡山市から京都市へ避難した。【26-
1】は,【26-2~5】が京都市へ避難した後も,福島県郡山市の自宅に居住し20
ていたが,平成25年5月頃,福島県郡山市から京都市へ避難し,平成26年8
月,福島県郡山市へ戻った。(甲D26の1の1,26の2の1)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年6月から平成27年8月までの間に,複数回,【26-1~5】は,
面会のために一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。このう25
ち,【26-1】は【26-3~5】に面会するため,複数回,京都市へ訪問して
いる。(甲D26の1の1)
⑷ADR手続における和解
平成26年1月17日,【26-1~5】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は60万5198円の支払義務があることを
認め,同額を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項5
において,和解条項における各損害項目のうち,避難費用(面会交通費),生活費
増加費用(二重生活に伴う生活費増加分),避難雑費の各項目について,和解条項
に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求する
ことを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対応する各期間に限る。)
については,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されている。(甲D210
6の8の1)
⑸損害額
ア概要
【26-1~5】の神奈川県への避難及び京都市への避難はいずれも相当で
あるところ,それに伴う損害のうち,神奈川県への避難にかかる避難交通費及15
び京都市へ避難した日を含む月である平成23年6月から平成25年5月末
日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が
認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号26)のとおりであ
る。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のな
い損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D26の8の1)を根拠とし20
た認定である。
イ避難費用
交通費
【26-1~5】の神奈川県への避難及び京都市への避難に要した交通費
は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(自25
家用車)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号26)のと
おり,かかる損害額は合計7万8400円(4万4800円と3万3600
円の合計額)と認めるのが相当である。これは【26-1】に生じた損害と
認められる。
避難先滞在謝礼
避難先滞在謝礼については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が5
生じたとは認めるに足りる証拠はない。
引越費,手伝親族交通費
【26-2~5】が京都市へ避難する際,引越代金2万6750円を要し
たことが認められる(甲D26の6の2)。前記のとおり,当該避難は相当で
あるから,前記引越代金も本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,10
【26-1】に生じた損害と認める。その余の引越費,手伝親族交通費につ
いては,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足り
る証拠はない。
一時立入・家族面会費用
【26-1~5】が一時帰宅や面会に要した費用について,前記第1で述15
べたとおりであり,面会交通費としては,【26-3~5】が帰宅する費用は
認められないが,【26-3~5】が,【26-1】と面会交流する利益はあ
ることに加えて,これに関して【26-2】は費用を支出していたのである
から,【26-2】が平成23年6月から平成27年8月までの間に支出し
た費用のうち,【26-1】が【26-3~5】の避難先の京都市へ訪問する20
のに要する費用の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
以上を踏まえると,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額
で,別紙避難経路等一覧表(原告番号26)のとおり,かかる損害額は45
万7600円と認められ,【26-2】に生じた損害と認める。その余の一時
帰宅・面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が25
生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
生活費増加費用(二重生活)
平成23年6月から【26-2~5】と【26-1】が別居し,世帯が分
離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加し
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,5
世帯分離していた平成23年6月から平成25年5月末日までの間,1か月
あたり2万円を認め,合計48万円について,【26-2】に生じた損害と認
める。
生活費増加費用(自治会費)
【26-2~5】が避難生活の際に要した自治会費は,本件事故と相当因10
果関係のある損害と認められ,かかる損害額は6865円と認めるのが相当
であり,これは【26-2】に生じた損害と認められる。
避難雑費
【26-1~5】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等の支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【2615
-1~5】が避難していた平成23年6月から平成25年5月末日までの間
(【26-1】は平成25年5月分のみ),1か月あたり1名につき1万円の
限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費として,【26-1】
につき1万円を,【26-2~5】につき各24万円を損害と認める。
エ精神的損害(慰謝料)20
【26-1~5】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【26-1,2】は各
30万円が,【26-3~5】は各60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【26-1,2】に対して各12万円,【26-25
3~5】に対して各67万円を支払っていること,ADR手続において,【26-
1~5】に対して,60万5198円を支払っていることが認められるところ(争
いがない。),これら既払金合計285万5198円のうち,【26-1】に対して
12万円を,【26-2】に対して72万5198円を,【26-3】に対して6
7万円を,【26-4】に対して67万円を,【26-5】に対して67万円を,
各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。5
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号26)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【26-1】につき2万9515円を,【26-2】につき9万
3554円(7万5927円とADR手続分1万7627円の合計額)を,【2610
-3】につき1万7000円を,【26-4】につき1万7000円を,【26-
5】につき1万7000円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号26)の認容額
欄記載のとおりである。15
27原告番号27-1~4について
⑴世帯の概要
【27-1】は昭和40年7月31日生まれの男性,【27-2】は昭和40年
5月9日生まれの女性,【27-3】は平成10年4月9日生まれの女性,【27
-4】は平成16年3月12日生まれの女性である。【27-3,4】は,【2720
-1,2】の子である。本件事故当時,【27-1~4】は,福島市において自宅
(持ち家)に居住していた。なお,自宅は,平成26年6月に売却した。(甲D2
7の1の1,27の2の1,原告【27-2】本人)
⑵避難の経緯
【27-1,2】は,【27-1】の妹の夫がアメリカ人であり,帰国を促され25
ていることや,アメリカでの報道状況等を聞いて不安になっていたところ,隣の
家族が避難し,また,【27-3,4】の体調不良もあったため,一時避難先にお
いて出会った人から避難先を紹介されたことから,避難を決意した。【27-2
~4】は,平成23年8月30日,福島市から京都市へ避難した。【27-1】は,
【27-2~4】が京都市へ避難した後も,福島市の自宅に居住していたが,平
成24年8月19日,京都市へ避難した。(甲D27の1の1,27の2の1,原5
告【27-2】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年9月から平成24年8月までの間に,複数回,【27-1~4】は,
面会のため一時帰宅したり,面会交流のため京都市へ訪問したりした。(甲D2
7の1の1,原告【27-2】本人)10
⑷ADR手続における和解
平成27年11月16日,【27-1~4】と,被告東電との間で,本件事故に
関する損害の一部について,被告東電は354万5569円の支払義務があるこ
とを認め,中間指針追補に基づく既払金136万円を除いた残額の218万55
69円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項にお15
いて,ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないこ
とが確認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を
超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げない
ことが確認されている。(乙D27の1)
⑸損害額20
ア概要
【27-1~4】の京都市への避難は相当であると認められるところ,それ
に伴う損害のうち,【27-2~4】が京都市へ避難した日を含む月である平
成23年8月から平成25年7月末日までの2年間に生じた損害を相当因果
関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等25
一覧表(原告番号27)のとおりである。なお,下記で,定額による認定では
ないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和
解額(乙D27の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
交通費
【27-1~4】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因5
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号27)のと
おり,かかる損害額は合計25万0400円と認めるのが相当であり,これ
は【27-1】に生じた損害と認める。
滞在費(宿泊費)
【27-1~4】の避難生活の際に要した滞在費は,本件事故と相当因果10
関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計1万4100円と認めるの
が相当であり,これは【27-1】に生じた損害と認める。
引越関連費用
【27-1~4】の避難生活の際に要した引越関連費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計50万6180円と15
認めるのが相当であり,これは【27-1】に生じた損害と認める。
面会交通費
【27-1】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号27)のとおり,平成23年9月から,【27-1】が避難するまでの
間に,【27-1】が【27-3,4】に面会するために要したと認められる20
合計54万0800円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,
これを【27-1】に生じた損害と認める。その余の面会交通費については,
下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
一時帰宅費用
【27-2~4】の避難生活の際に要した一時帰宅費用は,本件事故と相25
当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号27)
のとおり,かかる損害額は合計2万2400円と認めるのが相当であり,こ
れは【27-1】に生じた損害と認められる。
避難雑費
【27-1~4】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか5
ら,【27-1~4】が避難していた平成23年8月から平成25年7月末
日までの間(【27-1】は,平成24年8月から平成25年7月末までの
間),1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相
当である。避難雑費合計84万円(3万円×12+4万円×12)について,
【27-1】に生じた損害と認める。10
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【27-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,【27-1】と【27-2~4】が一
時別居しており,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,かかる損15
害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【27-1】に生じた損害
と認められる。
家財道具価値喪失費用
【27-1】は,自宅にある家財道具を引越の際に廃棄したとして,損害
を被った旨主張するが,前記家財道具購入費用において,新たに購入する費20
用を認めていることに加えて,そのような廃棄は本件事故と相当因果関係が
あるとはいえないから,本件事故による損害と認めることはできない。
生活費増加費用(二重生活に伴う生活費増加分一般)
前記のとおり,平成23年8月から,【27-1】が避難した平成24年8
月までの間,【27-1】と【27-2~4】の世帯が分離して生活すること25
になったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。
したがって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた平成
23年8月から平成24年8月末日までの間,合計39万円を認め,【27
-1】に生じた損害と認める。
生活費増加費用(自治会費)
平成23年8月から平成26年4月までの間,自治会費として月額1205
0円を支払っていたことが認められる(甲D27の1の1,27の6の1)。
このうち,平成23年8月から平成25年7月までの2万8800円を本件
事故と相当因果関係のある損害と認める。
生活費増加費用(賃料)
平成26年5月以降に生じた賃料月額2万円(甲D27の6の2)につい10
ては,平成25年8月以降に生じたものであり,本件事故と相当因果関係の
ある損害とは認められない。
エ不動産損害
【27-1】は,自宅売却までの間に支払い続けたローンの合計額154万
円について,本件事故によって買い手がつくのが遅れたためである旨主張する15
が,そのような事実を認めるに足りる証拠はないし,地震による影響も想定さ
れる上,そもそも,生命,身体への危険の恐怖や不安から,自主的避難をした
場合であっても,自宅を資産として持ち続けることなどは可能であるから,自
宅売却までする必要性については,特段の事情がない限り認められないところ,
【27-1】について,特段の事情を認めるに足りないから,前記損害は本件20
事故と相当因果関係のある損害と認められない。
オ就労不能損害
【27-1】について
【27-1】は,避難前,【27-1】の父が経営する洋服店に勤めており,
系列会社の役員にもなっており,平成21年の年収は470万円,平成2225
年及び23年の年収は270万円,平成24年1月から9月までの収入は2
02万5000円であったが(月額22万5000円。なお,貸付金の会社
からの返済分は給与とは認められない。),本件事故による避難のため,平成
24年9月で退社したこと,平成24年9月避難先で就職し,平成24年9
月から12月までの収入が87万0904円(月額21万7726円)であ
ったことが認められる(甲D27の1の1,27の4の1~3)。以上を前提5
とすると,【27-1】について,本件事故による避難に伴って転職したこと
が原因となって減収したものと認めるに足りる証拠はない。
【27-2】について
【27-1】と同じ洋服店に勤めており,【27-2】は,本件事故による
避難をするまで,就労し,収入を得ていたが,本件事故による避難のため退10
職したことが認められる(甲D27の1の1,27の4の4)。平成23年8
月からは,本件事故による避難を実行したために,就労できなかったものと
認められ,平成23年8月から平成24年2月までの就労不能損害として,
64万0820円を認めるのが相当である。
カ精神的損害(慰謝料)15
【27-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【27-1,2】は各
30万円,【27-3,4】は各60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【27-1,2】に対して各12万円,【27-20
3,4】に対して各72万円を支払っていること,ADR手続において,【27-
1~4】に対して,354万5569円(うち136万円(【27-1,2】に対
する各8万円,【27-3,4】に対する各60万円の合計額)は直接請求により
既に支払われたものとして控除され,218万5569円のみ支払われている。)
を支払っていることが認められるところ(乙D27の1,7,弁論の全趣旨),こ25
れら既払金合計386万5569円のうち,【27-1】に対して190万47
49円を,【27-2】に対して76万0820円を,【27-3】に対して60
万円を,【27-4】に対して60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するの
が相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号27)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。5
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【27-1】につき23万2062円(12万8793円とAD
R手続分10万3269円の合計額)を,【27-2】につき1万8000円を,
【27-3】につき0円を,【27-4】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ10
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号27)の認容額
欄記載のとおりである。
28原告番号28について
⑴世帯の概要
【28】は昭和8年7月27日生まれの女性である。本件事故当時,【28】は,15
福島市において自宅(持ち家)に居住していた。(甲D28の1の1,28の2の
1,原告【28】本人)
⑵避難の経緯
【28】は,本件事故前からプルサーマル反対運動に関心があり,放射線が危
険であることを認識していたが,本件事故後,避難していく車両が増えていくの20
をみて,福島市も危険であると感じて,避難を決意し,平成23年3月15日,
福島市から京都府へ避難した。平成27年9月30日,新潟県の長女宅へ移転し
た。【28】は,長年,助産師として働いていたが,本件事故の影響で,助産師の
仕事が十分できなくなった,生きがいを喪失したなどと感じている。(甲D28
の1の1,原告【28】本人)25
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年4月以降,【28】は,家財を持ち出したり,家を片付けたりするた
め,一時帰宅した。(甲D28の1の1,原告【28】本人)
⑷損害額
ア概要
【28】の京都府への避難は相当であるところ,それに伴う損害のうち,【25
8】が京都府へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号28)のとおりで
ある。
イ避難費用10
交通費
【28】の京都府への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係の
ある損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正した額で,
別紙避難経路等一覧表(原告番号28)のとおり,かかる損害額は2万24
00円と認めるのが相当である。なお,平成27年9月30日,【28】が新15
潟県へ移転した費用は,京都府への避難時及び本件事故から4年以上経過し
たものであり,本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
一時立入費用
【28】の避難生活の際,複数回一時立入りは行われており,そのうち数
回は,持ち家の片付けを行ったこと,平成23年4月に一時立入りをしてい20
ることが認められる。平成23年4月の立入りは,持ち家の片付けの目的も
含んでいることからすれば,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,
標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額の範囲内で,かかる損
害額は4万1400円と認めるのが相当である。
ウ生活費増加費用(医療費・看護費用)25
【28】は,平成27年4月,左上肢壊死性筋膜炎等を発症し,入院費等の
治療費や,看護者のための家賃を要した旨主張するところ,上記疾病の発症及
びその治療のための入院費等の支出は認められるが(甲28の7の2(診断
書)・3),同診断書によってもその原因は不明とされており,本件事故との因
果関係が認められるものではないから,これら損害は本件事故と相当因果関係
のある損害と認めることはできない。5
エ家財道具喪失損害
【28】は家財道具喪失損害を請求するが,これは本件事故による避難に伴
って,布団類や家電を購入した費用について請求しているものであるから,こ
のような家財道具購入費用については,本件事故と相当因果関係のある損害と
認められ,【28】は本件事故前に単身で居住し,単身で避難したことを踏まえ10
ると,かかる損害額は15万円と認めるのが相当である。
オ就労不能損害
【28】は,助産師の仕事をしており,平成6年からは,福島市で助産所を
開設し,本件事故前の事業収入は,249万3500円(平成21年分)であ
ったこと,本件事故による避難後は,避難先の京都から出張することになり,15
その後の事業収入は激減し,平成24年は22万9000円,平成25年は2
0万4500円であり,その後も大きくは回復しなかったことが認められる
(甲D28の1の1,28の4の1~5)。そうすると,本件事故による避難の
ため,減収したものと認められるから,平成23年3月から平成25年2月ま
での就労不能損害として,【28】の請求する96万2500円を認めるのが20
相当である。
カ精神的損害(慰謝料)
【28】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及
び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑸既払金の充当25
被告東電は,【28】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ
ろ(争いがない。),これを【28】に生じた損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号28)の既払額欄記載のとおり,
原告に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,13万5630円を相当と認める。5
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号28)の認容額
欄記載のとおりである。
29原告番号29-1,2について
⑴世帯の概要10
【29-1】は昭和59年12月7日生まれの女性,【29-2】は平成19年
4月8日生まれの女性である。【29-2】は,【29-1】の子である。本件事
故当時,【29-1,2】は,【29-1】の父,母及び妹とともに,福島県いわ
き市において自宅に居住していた。(甲D29の1,29の2・2の2,原告【2
9-1】本人)15
⑵避難の経緯
【29-1】は,本件事故後,被ばくの恐怖を感じており,不安に思っていた
が,職場から逃げたい人は逃げて良い旨の指示があったことから避難を決意した。
【29-1,2】は,平成23年3月15日,福島県いわき市から東京都へ避難
し,職場に出勤するため,同年4月1日,福島県いわき市に戻った。戻ってから20
も,被ばくの不安を抱えながら生活をしており,このような生活を続けることは
困難であると考え,平成23年7月23日,【29-1,2】は,福島県いわき市
から京都市へ避難した。その後,平成23年9月,平成24年4月,平成27年
2月に,京都市内において,移転した。(甲D29の1,29の2・2の2,原告
【29-1】本人)25
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年12月から平成26年1月までの間,【29-1,2】は,合計3
回,面会交流のため,一時帰宅した。(甲D29の1,原告【29-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【29-1,2】の東京都及び京都市への避難は相当であるところ,それに5
伴う損害のうち,【29-1,2】が東京都へ避難した交通費及び京都市へ避難
した日を含む月である平成23年7月から平成25年6月末日までの2年間
に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額
の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号29)のとおりである。
イ避難費用10
交通費,一時帰宅費用
【29-1,2】の東京都及び京都市への避難に要した交通費は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車,公
共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号29)
のとおり,かかる損害額は合計4万1600円と認めるのが相当である。こ15
れは【29-1】に生じた損害と認められる。
引越費用
【29-1,2】が京都市へ避難し,さらに京都市内で移転(平成23年
9月)する際,引越代金合計9万8996円を要したことが認められる(甲
D29の7の2,29の7の3)。前記のとおり,当該避難は相当であり,そ20
の後の移転も,生活の安定を図るためのものであって避難後の移転として相
当なものとみられることから,福島県いわき市から家財を一旦移動させ,そ
の後京都市内でさらに家財を移転させることも相当であり,前記引越代金は,
本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。これを【29-1】に生
じた損害と認める。25
面会交通費
【29-1,2】が【29-1】の両親との面会等のため,一時帰宅に要
した費用については,前記第1で述べたとおりであるから,下記避難雑費に
含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
避難雑費
【29-1,2】の避難に伴い,面会交通費等,さまざまな支出が生じて5
おり,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【29-
1,2】が避難していた平成23年7月から平成25年6月末日までの間,
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ
る。避難雑費合計48万円について,【29-1】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用10
賃料
【29-1,2】は避難前,家賃を負担していなかったが,京都へ避難し
た後,平成23年7月23日から同年9月23日まで,ホームステイ先で月
額3万円の家賃を支払ったこと,平成24年4月から平成27年2月まで月
額7万2300円の家賃を支払ったこと,平成27年3月以降は月額6万915
000円の家賃を支払っていることが認められる(甲D29の1,29の6
の4の1~4,原告【29-1】本人)。これら家賃は,本件事故による避難
のために,新たに支出した費用と認められるから,平成23年7月から平成
25年6月までに支出した117万4500円(3万円×3+7万2300
円×15)を,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。20
家財道具購入費用
【29-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,【29-1,2】は【29-1】の父
ら同居していた家族と別居しており,世帯分離が生じていることを踏まえる
と,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【29-1】25
に生じた損害と認められる。
食費・水道光熱費
前記のとおり,避難後,世帯分離が生じていることを踏まえると,食費,
水道光熱費(甲D29の6の1の1~21,29の6の2の1~43,29
の6の3の1~42)を含む生活費が増加したものと認められる。したがっ
て,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年75
月から平成25年6月末日までの間,1か月あたり3万円を認め,合計72
万円について,【29-1】に生じた損害と認める。
エ精神的損害(慰謝料)
【29-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【29-1】は3010
万円が,【29-2】は60万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【29-1】に対して12万円を,【29-2】に対して72万円
をそれぞれ支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金
のうち,【29-1】に対し24万円,【29-2】に対し60万円を,各原告に15
生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号29)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【29-1】につき,28万7510円を,【29-2】につき,20
0円をそれぞれ相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号29)の認容額
欄記載のとおりである。
30原告番号30-1~3について25
⑴世帯の概要
【30-1】は昭和33年4月29日生まれの男性,【30-2】は昭和40年
8月28日生まれの女性,【30-3】は平成8年12月28日生まれの男性で
ある。【30-3】は,【30-1,2】の子(次男)である。本件事故当時,【3
0-1~3】は,【30-1,2】の子(長男)とともに,福島市において自宅(持
ち家)に居住していた。(甲D30の1,30の1の2,30の2の1~3,原告5
【30-2】本人)
⑵避難の経緯
【30-1,2】は,自宅内の放射線量を計測したところ,高い値が出たほか,
行政の対応が不十分であったと感じたこと,【30-1】が医師としての経験か
ら,放射線量の影響の出方は個人差があるため,できるだけ被ばく線量を減らす10
べきとの意見を持っていたことから,放射線について安全策をとるべきだと考え,
被ばくを避けるために避難を決意した。【30-1~3】は,平成23年3月18
日,福島市から京都市へ避難し,【30-1】は仕事に戻らなければならなかった
ため,同月19日に福島市へ戻り,【30-2,3】は同月28日,福島市へ戻っ
た。平成23年7月30日,【30-2,3】は,福島市から京都市へ避難した。15
【30-1】は,【30-2,3】の避難後も,福島市の自宅に居住していた。な
お,【30-3】は平成27年4月頃から東京都へ移転しており,【30-2】は
同年5月1日,福島市の自宅へ戻った。【30-2】は,本件事故があったため
に,脳梗塞で相馬市の病院に入院していた父の死亡(平成23年3月13日死亡)
に立ち会えず,悔しい思いを持つと共に,避難生活が,次男を中心として家族関20
係に大きな影響を与えたと感じている。(甲D30の1,30の1の2,原告【3
0-2】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年8月から平成27年4月までの間,【30-1~3】は,複数回,面
会交流等のため,京都市を訪れたり,福島市へ一時帰宅したりした。(甲D30の25
1,30の1の2,原告【30-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成26年7月24日,【30-1~3】及び【30-1,2】の長男と,被告
東電との間で,本件事故に関する損害の一部について,被告東電は320万78
07円の支払義務があることを認め,中間指針追補に基づく既払金136万円を
除いた残額の184万7807円を支払うことなどを内容とする和解契約が成5
立した。なお,清算条項において,ADR手続における弁護士費用のみ,当事者
間に何らの債権債務がないことが確認されており,その余の各損害項目について
は,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害
賠償請求することを妨げないことが確認されている。(甲D30の8の1)
⑸損害額10
ア概要
【30-1~3】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害の
うち,平成23年3月18日,福島市から京都市への避難にかかる避難交通費
及び平成23年7月に【30-2,3】が京都市へ避難した日を含む月である
平成23年7月から平成25年6月末日までの2年間に生じた損害を相当因15
果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額
等一覧表(原告番号30)のとおりである。なお,下記で,定額による認定で
はないにもかかわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における
和解額(甲D30の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用20
交通費
【30-1~3】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号30)のと
おり,かかる損害額は合計29万4600円と認めるのが相当であり,これ
は【30-1】に生じた損害と認められる。25
滞在費(宿泊費)・引越費用・避難費用(共益費)
【30-1~3】の避難生活の際に要した滞在費(宿泊費),引越費用,共
益費)は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は,
滞在費(宿泊費)については5万6400円,引越費用については18万2
000円,避難費用(共益費)については8万8800円と認めるのが相当
であり,これは【30-1】に生じた損害と認められる。5
面会交通費
【30-1~3】が一時帰宅や面会に要した費用について,前記第1で述
べたとおりであり,面会交通費としては,【30-2,3】が帰宅する費用は
認められないが,【30-3】が,【30-1】と面会交流する利益はあるこ
とに加えて,これに関して【30-1】は費用を支出していたのであるから,10
【30-1】が平成23年8月から平成25年6月までの間に支出した費用
のうち,【30-1】が【30-3】の避難先の京都市へ訪問するのに要する
費用の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
以上を踏まえると,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を
修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号30)のとおり,かかる損15
害額は71万3600円と認められる。その余の一時帰宅・面会交通費につ
いては,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められな
い。
避難雑費
【30-2,3】の避難に伴い,面会交通費や一時帰宅費用等,さまざま20
な支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,【30-2,3】が避難していた平成23年7月から平成25年6月末
日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認める
のが相当である。避難雑費合計48万円について,【30-1】に生じた損害
と認める。25
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【30-2,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,【30-1】と【30-2,3】が別
居し,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,かかる損害額は30
万円と認めるのが相当であり,これは【30-1】に生じた損害と認められ5
る。
生活費増加費用(二重生活)
前記のとおり,平成23年7月から,世帯分離が生じていたのであるから,
水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離
による生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年7月から平成210
5年6月末日までの間,1か月あたり2万円を認め,合計48万円について,
【30-1】に生じた損害と認める。
生活費増加費用(教育費)
【30-2,3】が避難生活の際に要した生活費増加費用(教育費)は,
本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は6000円15
と認めるのが相当であり,これは【30-1】に生じた損害と認められる。
エ就労不能損害
【30-2】はガス検針員のアルバイトをしており,平成22年は54万7
476円(月額4万5623円)の収入があったこと,福島市では平成23年
3月30日にガスが全面復旧したこと,避難後平成23年10月末から平成220
5年3月まで,時給800円,勤務時間1日4時間,週5日の条件で学校図書
館運営補助の仕事をしていたこと,その後平成26年4月から再就職したこと
が認められる(甲D30の1,30の4の1・2)。
以上によれば,避難当時【30-2】が45歳であったことも踏まえると,
平成23年8月から同年10月末日まで及び平成25年4月から平成26年25
3月までの間については,本件事故による避難を実行したために,就労できな
かったものと認められ,その余の期間は収入が減少したと認めるに足りる証拠
はない。したがって,平成23年8月から同年10月まで及び平成25年4月
から同年6月末日までの就労不能損害として,27万3738円(4万562
3円×6)を認めるのが相当である。
オ精神的損害(慰謝料)5
【30-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【30-1,2】は各
30万円が,【30-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【30-1,2】に対して各12万円を,【3010
-3】及び【30-1,2】の長男に対して各72万円をそれぞれ支払っている
こと,ADR手続において,【30-1~3】及び【30-1,2】の長男に対し
て,320万7807円(うち136万円(【30-1,2】に対する各8万円,
【30-3】及び【30-1,2】の長男に対する各60万円の合計額)は直接
請求により既に支払われたものとして控除され,184万7807円のみ支払わ15
れている。)を支払っていることが認められるところ(甲D30の8の1,乙D3
0の3,弁論の全趣旨),これら既払金合計352万7807円のうち,長男分8
3万1400円(交通費8万3200円,滞在費(宿泊費)2万8200円,直
接請求分72万円)を除いた269万6407円について,【30-1】に対して
170万2669円を,【30-2】に対して39万3738円を,【30-3】20
に対して60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号30)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【30-1】につき,21万3304円(11万9873円及び25
ADR手続分9万3431円の合計額)を,【30-2】につき,1万8000円
を,【30-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号30)の認容額
欄記載のとおりである。
31原告番号31-1~3について5
⑴世帯の概要
【31-1】は昭和53年5月10日生まれの男性,【31-2】は昭和55年
10月5日生まれの女性,【31-3】は平成19年1月3日生まれの女性であ
る。【31-3】は,【31-1,2】の子である。本件事故当時,【31-1~3】
は,福島市において自宅(持ち家)に居住していた。(甲D31の1の1,31の10
2の1~3,原告【31-2】本人)
⑵避難の経緯
【31-2】は,本件事故後,幼児である【31-3】に対する影響を心配し,
細心の注意を払っていたが,平成23年7月,子どもの高さで計測した公園にお
ける空間線量を回覧板で知り,それが高い値であったことから避難を決意し,【315
1-2,3】は,平成23年8月5日,福島市から京都市へ避難した。【31-1】
は,【31-2,3】の避難後も,福島県伊達市(【31-1】の実家)に居住し
ていた。平成26年4月頃,【31-2,3】は,福島市の自宅へ戻り,【31-
1~3】が同居している。(甲D31の1の1,31の2の1~3,原告【31-
2】本人)20
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年9月から平成26年7月までの間,【31-1~3】は,面会交流等
のため,京都市を訪れたり,福島市へ一時帰宅したりした。このうち,【31-
1】は,平成23年9月から平成26年4月までの間,【31-3】に面会するた
め,月1回程度,京都市を訪れていた。(甲D31の1の1,原告【31-2】本25
人)
⑷ADR手続における和解
平成25年10月25日,【31-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に
関する損害の一部について,被告東電は325万8619円の支払義務があるこ
とを認め,中間指針追補に基づく既払金76万円を除いた残額の249万861
9円を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項につい5
ては,和解条項における各損害項目のうち,避難費用(面会交通費・平成23,
24年分),精神的損害,避難雑費(平成24,25年分)の各項目について,和
解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請
求することを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対応する各期間に
限る。)については,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されている。10
(乙D31の1)
⑸損害額
ア概要
【31-2,3】の京都市への避難は相当であるところ,それに伴う損害の
うち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年8月から平成25年7月15
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号31)のとおりで
ある。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載の
ない損害額認定は,ADR手続における和解額(乙D31の1)を根拠とした
認定である。20
イ避難費用
交通費
【31-2,3】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号31)のと
おり,かかる損害額は2万6400円と認めるのが相当であり,これは【325
1-1】に生じた損害と認められる。
引越関連費用
【31-2,3】の避難生活の際に要した引越関連費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は2万8000円と認める
のが相当であり,これは【31-1】に生じた損害と認められる。
面会交通費5
【31-1】が面会交流に要した費用のうち,標準交通費一覧表(自家用
車)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号31)のとおり,
平成23年9月から平成25年7月頃までの間に,【31-1】が【31-
3】に面会するために要したと認められる合計107万5200円の限度で,
本件事故と相当因果関係のある損害と認め,これを【31-1】に生じた損10
害と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を
超えて,損害が生じたとは認められない。
一時立入費用
【31-2,3】の避難生活の際に要した一時立入費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計8万9600円と認15
めるのが相当であり,これは【31-1】に生じた損害と認められる。
避難雑費
【31-2,3】の避難に伴い,面会交通費等,さまざまな支出が生じて
おり,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【31-
2,3】が避難していた平成23年8月から平成25年7月末日までの間,20
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ
る。避難雑費合計48万円について,【31-1】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用
二重生活に伴う生活費増加
平成23年8月から,【31-2,3】と【31-1】が別居し,世帯が分25
離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加し
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,
【31-2,3】が避難した平成23年8月以後,合計69万円について,
【31-1】に生じた損害と認める。
学用品増加費用
【31-2,3】が避難生活の際に要した学用品増加費用は,本件事故と5
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は3万8300円と認め
るのが相当であり,これは【31-1】に生じた損害と認められる。
家財道具購入費用
【31-2,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離が生じてい10
たことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,こ
れは【31-1】に生じた損害と認められる。
エ就労不能損害
【31-2】は避難前,パートで就労しており,月額8万円程度の収入を得
ていたこと,平成23年7月31日退職して避難したこと,平成24年4月か15
ら内職で月収1000円程度の収入を得ていたこと,平成27年5月からパー
トで月額7万から8万円程度の収入を得ていることが認められる(甲31の1
の1)。平成23年8月から平成25年7月末日までの間について,本件事故
による避難に伴い,就労困難又は転職による収入減少が認められるが,【31
-2】の年齢(避難時30歳)等を考えると,不就労期間の不就労全てが,本20
件事故と相当性があるとは認められず,避難前の基礎収入(月額8万円)を基
準として,半年間は不就労分全額,その後は不就労分半額について相当性があ
ると認め,120万円(=8万円×6+8万円÷2×l8)の就労不能損害が
認められる。
オ精神的損害(慰謝料)25
【31-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【31-1,2】は各
30万円が,【31-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【31-1,2】に対して各12万円を,【31
-3】に対して72万円をそれぞれ支払っていること,ADR手続において,【35
1-1~3】に対して,325万8619円(うち76万円(【31-1,2】に
対する各8万円,【31-3】に対する60万円の合計額)は直接請求により既に
支払われたものとして控除され,249万8619円のみ支払われている。)を
支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金合計345
万8619円のうち,【31-1】に対して224万3211円を,【31-2】10
に対して61万5408円(直接請求12万円の支払とADR手続における就労
不能損害49万5408円の支払の合計額)を,【31-3】に対して60万円
を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号31)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。15
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【31-1】につき,17万3340円(7万8429円とAD
R手続分9万4911円の合計額)を,【31-2】につき,8万8459円を,
【31-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ20
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号31)の認容額
欄記載のとおりである。
32原告番号32-1~5について
⑴世帯の概要
【32-1】は昭和40年12月5日生まれの女性,【32-2】は昭和38年25
6月17日生まれの男性,【32-3】は平成7年6月24日生まれの男性,【3
2-4】は平成11年5月16日生まれの男性,【32-5】は平成5年12月2
5日生まれの男性である。【32-3~5】は,【32-1,2】の子である。本
件事故当時,【32-1~5】は,福島県いわき市において自宅(借家)に居住し
ていた。なお,【32-1】と【32-2】は,平成25年12月,離婚した。(甲
D32の1の1,32の2の1~3,原告【32-1】本人)5
⑵避難の経緯
【32-1,2】は,平成15年,農業をするために茨城県から福島県いわき
市に移住し,農業を営んでいたが,本件事故をテレビで知り,子らだけは被ばく
から守りたいと考えたことから避難を決意し,【32-1~5】は,平成23年3
月14日から18日にかけて,福島県いわき市から滋賀県へ避難した。【32-10
2】は,平成23年4月末,仕事の関係もあって,滋賀県から実家のある千葉県
へ移転した。【32-1,3~5】は,滋賀県では,他人の家の一室を借りていた
ため,家賃の負担がない住居の提供を受けるため,平成23年10月頃,滋賀県
から京都市へ移転した。(甲D32の1の1,32の2の1~3,原告【32-
1】本人)15
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年4月から平成25年7月までの間,【32-1~5】は,複数回,面
会交流等のために京都市や千葉県を訪れたり,福島市へ一時帰宅したりした。(甲
32の1の1,原告【32-1】本人)
⑷ADR手続における和解20
平成26年5月21日,【32-1~5】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は1341万4483円の支払義務があるこ
とを認め,既払金196万円を除いた残額の1145万4483円を支払うこと
などを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項については,ADR手続
における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されてお25
り,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分につき,
和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されてい
る。(甲D32の8の1)
⑸損害額
ア概要
【32-1~5】の滋賀県への避難は相当であるところ,それに伴う損害の5
うち,滋賀県へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号32)のとおりで
ある。なお,下記で,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和
解額(甲D32の8の1)を根拠とした認定である。10
イ避難費用
避難移動費用
【32-1~5】の滋賀県への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められる。また【32-2】の千葉県への移転は,【3
2-2】の仕事の関係もあって実家に移ったものであり,【32-1,3~15
5】の京都市への移転についても,他人の家の一室を借りていたため,家賃
の負担がない住居の提供がなされている京都へ移転しているのであり,いず
れも生活の安定を図るためといえることからすれば,当該各移転に要した費
用も,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。別紙避難経路等一
覧表(原告番号32)のとおり,かかる損害額の合計は6万7200円と認20
めるのが相当である。これらは,【32-1,2】に3万3600円ずつ生じ
た損害と認められる。
面会交通費
【32-2】が面会交流に要した費用のうち,標準交通費一覧表(自家用
車,公共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号25
32)のとおり,平成23年6月から平成25年1月頃までの間に,【32-
2】が【32-3~5】に面会するために要したと認められる35万520
0円の限度で,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,【32-1,2】
に各17万7600円ずつ生じた損害と認める。その余の面会交流費用につ
いては,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められな
い。5
一時帰宅費用
【32-1,2】が避難生活の際に要した一時帰宅費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は合計85万9200円と
認めるのが相当であり,これは【32-1,2】に各42万9600円ずつ
生じた損害と認められ,その余の一時帰宅費用については,下記避難雑費に10
含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
軽自動車購入費用
【32-2】は,平成24年4月,避難生活を送るために必要であったと
して,中古の軽自動車を購入した費用を要した旨主張するが,従前の軽自動
車を車検時期に廃車にしたために購入が必要となったのであり(甲D32の15
1の1),車検があることは本件事故とは無関係であるから,軽自動車の購
入が本件事故と相当因果関係があるとは認められない。
ウ生活費増加費用
一般
平成23年4月末から【32-2】と【32-1,3~5】は別居してお20
り,世帯が分離して生活することになった。当該分離は,世帯全体で避難し
たものの,【32-2】の仕事の関係で別居して避難生活を送ることとなっ
たのであるから,やむを得ないものである。したがって,世帯分離によって,
水道光熱費等を含む生活費が増加したものと認められ,世帯分離による生活
費増加費用として,世帯分離していた間,合計63万円について,【32-25
1,2】に各31万5000円ずつ生じた損害と認める。
家財道具購入費用
【32-1~5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離していたこ
とも踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは
【32-1】に生じた損害と認められる。5
食費増加分
【32-1~5】は,避難前,自家栽培した野菜等を消費していたが,避
難生活においては,野菜等の購入費用を要するようになったのであるから,
増加した食費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損
害額は20万9000円と認めるのが相当であり,【32-1,2】に各1010
万4500円ずつ生じた損害と認める。
避難雑費
【32-1~5】の避難に伴い,面会交流費用や一時帰宅費用等,さまざ
まな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められ
るから,【32-1~5】が避難していた平成23年3月から平成25年215
月末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認
めるのが相当である。避難雑費合計120万円について,【32-1,2】に
各60万円ずつ生じた損害と認める。
賃料
【32-2】は,平成26年10月以降の家賃について,避難により支出20
した費用である旨主張するが,前記家賃についての損害は,平成25年2月
以降の損害であり,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ逸失利益(農業損害)
【32-1,2】は,平成16年4月から本件事故当時まで,ブルーベリー
農園を経営し,30アールの農園でブルーベリーを栽培していたが,放射性物25
質の飛散による土壌等の汚染があったこと,福島県産の農作物が値下がりした
こと,再開するためには莫大な費用が必要となり,廃業せざるを得なかったこ
と,ブルーベリーは植付けから7~8年程度で成木となり,本格的に果実の収
穫をできるようになること,年間の利益が少なくとも226万6923円であ
ることが認められる(甲32の1の1)。本件事故によって,ブルーベリー農園
における収穫ができなくなったことが認められるから,本件事故と相当因果関5
係のある損害として,680万0769円の逸失利益を認め,【32-1】に3
40万0384円,【32-2】に340万0385円,それぞれ生じた損害と
認める。
オ逸失利益(事業損害)
【32-1,2】は,ブルーベリー農園の経営とともに,農作物を使った料10
理教室や摘み取り体験教室を開催するなどしていたこと,これら事業収入とし
て年間134万円の収入があったことが認められる(甲32の1の1)。本件
事故によって,農作物を使った体験教室を開いて収益を得ることができなくな
ったと認められるから,本件事故と相当因果関係のある損害として,241万
2000円の逸失利益を認め,【32-1,2】にそれぞれ120万6000円15
ずつ生じた損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【32-1~5】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【32-1,2】は各
30万円,【32-3~5】は各60万円が相当である。20
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【32-1,2】に対して各12万円を,【32
-3~5】に対して各72万円をそれぞれ支払っていること,ADR手続におい
て,【32-1~5】に対して,1341万4483円(うち196万円(【32
-1,2】に対する各8万円,【32-3~5】に対する各60万円の合計額)は25
直接請求により既に支払われたものとして控除され,1145万4483円のみ
支払われている。)を支払っていることが認められるところ(甲D32の8の1,
乙D32の6,弁論の全趣旨),これら既払金合計1385万4483円のうち,
【32-1】に対して608万7241円を,【32-2】に対して596万72
42円を,【32-3】に対して60万円を,【32-4】に対して60万円を,
【32-5】に対して60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当5
である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号32)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【32-1】につき27万3301円(7万7944円とADR10
手続分19万5357円の合計額)を,【32-2】につき25万5301円(5
万9944円とADR手続分19万5357円の合計額)を,【32-3】につき
0円を,【32-4】につき0円を,【32-5】につき0円をそれぞれ相当と認
める。
⑻まとめ15
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号32)の認容額
欄記載のとおりである。
33原告番号33-1~3について
⑴世帯の概要
【33-1】は昭和56年3月1日生まれの男性,【33-2】は1978年820
月26日生まれの女性,【33-3】は平成21年9月22日生まれの男性であ
る。【33-3】は,【33-1,2】の子である。本件事故当時,【33-1~3】
は,福島市において自宅に居住していた。(甲D33の1,33の2の1・2,原
告【33-2】本人)
⑵避難の経緯25
【33-2】は,福島第一原発から約40㎞の地域にある【33-1】の実家
へ【33-1】の両親らを迎えに行くため移動していた途中,避難する車を多数
目にし,友人から本件事故はチェルノブイリ事故を上回るものであり,被ばくを
避けるようにという緊迫した内容のメールが来たことから,強い恐怖を感じてい
たところ,その後も緊張状態が続き,【33-3】が体調を崩しているのを見て,
避難を決意した。【33-2,3】は,平成23年3月18日,福島市から京都府5
へ避難した。【33-1】は,平成24年1月24日,福島市から京都府へ避難し
た。【33-1】は,避難先で適応障害の診断を受けている。(甲D33の1,3
3の2の1・2,33の7の1,原告【33-2】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年4月から平成24年1月までの間,【33-1~3】は,複数回,面10
会交流等のために京都府を訪れ,福島市へ一時帰宅した。(甲D33の1,原告
【33-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成25年9月25日,【33-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は358万8130円の支払義務があること15
を認め,既払金76万円を除いた残額の282万8130円を支払うことなどを
内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,和解条項における各
損害項目のうち,避難交通費(面会交通費),精神的損害,避難雑費の各項目につ
いて,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損
害賠償請求することを妨げないことが確認され,その余の各損害項目(対応する20
各期間に限る。)については,当事者間に何らの債権債務がないことが確認され
ている。(乙D33の1)
⑸損害額
ア概要
【33-1~3】の京都府への避難は相当であると認められるところ,それ25
に伴う損害のうち,【33-2,3】が避難した日を含む月である平成23年3
月から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある
損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原
告番号33)のとおりである。なお,下記で,定額による認定ではないにもか
かわらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(乙D
33の1)を根拠とした認定である。5
イ避難費用
交通費
【33-1~3】の京都府への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号33)のと
おり,かかる損害額は合計4万6800円と認めるのが相当である。このう10
ち,【33-1】には2万0800円,【33-2】には2万6000円,そ
れぞれ生じた損害と認められる。
滞在費(宿泊費)
滞在費(宿泊費)については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害
が生じたと認めるに足りる証拠はない。15
引越費用
【33-1~3】の避難生活の際に要した引越費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,かかる損害額は14万1450円と認めるの
が相当であり,これは【33-2】に生じた損害と認められる。
面会交流交通費20
【33-1】が面会交流に要した費用のうち,別紙避難経路等一覧表(原
告番号33)のとおり,平成23年3月から,【33-1】の避難までの間に,
【33-1】が【33-3】に面会するために要したと認められる合計16
万1200円を,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,これを【33
-1】に生じた損害と認める。25
一時立入交通費
別紙避難経路等一覧表(原告番号33)のとおり,【33-1~3】の避難
生活の際に要した一時立入費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認
められ,かかる損害額は合計20万8000円と認めるのが相当であり,こ
れは【33-2】に生じた損害と認められる。その余の一時立入費用につい
ては,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる5
証拠はない。
避難雑費
【33-1~3】の避難に伴い,宿泊費や一時帰宅費用等,さまざまな支
出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,
【33-1~3】が避難していた平成23年3月から平成25年2月末日ま10
での間(【33-1】は平成24年1月から平成25年2月末日までの間),
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ
る。避難雑費合計62万円について,【33-1,2】に各31万円生じた損
害と認める。
ウ生活費増加費用15
通勤費増加分
【33-1】は避難用住宅に居住しており,自宅より通勤距離が長くなっ
たため,通勤費が増加した旨主張するが,上記避難雑費に含まれる額を超え
て,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
増築費用20
【33-1~3】が避難生活の際に要した増築費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,かかる損害額は6万4682円と認めるのが
相当であり,これは【33-2】に生じた損害と認められる。
二重生活
平成23年3月から,【33-1】が避難した平成24年1月までの間,25
【33-2,3】と【33-1】が別居し,世帯が分離して生活することに
なったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。
したがって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた間,
合計33万円について,【33-2】に生じた損害と認める。
医療費
【33-2】は,本件事故によって,急性扁桃炎になったとして,治療費5
や入通院交通費等の請求をしているが,前記疾病と本件事故との間に因果関
係を認めるに足りる証拠はない。
エ就労不能損害
【33-1】は,避難するまで,鉄鋼を扱う会社の営業職として勤務してお
り,492万9720円の年収(平成23年,月額41万0810円)があっ10
たが,平成24年1月31日に避難のため退職したこと,平成24年6月から
避難先で就労し,平成24年は272万3474円の収入(うち,30万40
00円は前職によるもの)があったこと,平成25年は532万8102円の
収入があったことが認められる(甲D33の1,33の4の1~4)。平成25
年は収入減少が認められないが,平成24年2月から平成24年12月末日ま15
での間については,本件事故による避難に伴い,就労困難又は転職による収入
減少が認められるから,避難前の基礎収入(月額41万0810円)を基準と
して,209万9436円(=41万0810円×11-(272万3474
円-30万4000円)の就労不能損害が認められる。
オ精神的損害(慰謝料)20
【33-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【33-1,2】は各
30万円,【33-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【33-1,2】に対して各12万円を,【3325
-3】に対して72万円をそれぞれ支払っていること,ADR手続において,【3
3-1~3】に対して,358万8130円(うち76万円(【33-1,2】に
対する各8万円,【33-3】に対する60万円の合計額)は直接請求により既に
支払われたものとして控除され,282万8130円のみ支払われている。)を
支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払金合計378
万8130円のうち,【33-1】に対して208万7998円を,【33-2】5
に対して110万0132円を,【33-3】に対して60万円を各原告に生じ
た各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号33)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用10
弁護士費用は,【33-1】につき18万4853円(8万0344円とADR
手続分10万4509円の合計額)を,【33-2】につき2万8000円を,
【33-3】につき0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号33)の認容額15
欄記載のとおりである。
34原告番号34-1~4について
⑴世帯の概要
【34-1】は昭和57年10月14日生まれの女性,【34-2】は昭和59
年7月20日生まれの男性,【34-3】は平成19年8月5日生まれの女性,20
【34-4】は平成23年9月7日生まれの男性である。【34-3,4】は,【3
4-1,2】の子である。本件事故当時,【34-1~3】は,福島県白河市にお
いて自宅(借家)に居住しており,【34-1】は【34-4】を妊娠中であった。
平成23年11月頃,【34-1~4】は【34-1】の実家のある福島県西白河
郡q村へ移転した。(甲D34の1,34の2の1の1~3,34の2の2の1~25
3,原告【34-1】本人)
⑵避難の経緯
【34-1】は,【34-4】の出産後,放射線の影響について,情報収集して
いたが,子らの健康に万が一でも問題が生じてはならないと思い,避難を決意し
た。【34-1~4】は,平成24年2月24日又は25日,【34-1】の実家
のある福島県西白河郡q村から京都市へ避難した。なお,【34-1~4】は,平5
成27年3月,奈良市へ移転した。(甲D34の1,34の2の3,原告【34-
1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成25年7月から平成27年9月までの間,【34-1~4】は,複数回,帰
省等のために,福島市へ一時帰宅し,【34-1】の父母は,複数回,看病等のた10
め,京都市へ訪問した。(甲D34の1,原告【34-1】本人)
⑷ADR手続における和解
平成27年1月8日,【34-1~4】と,被告東電との間で,本件事故に関す
る損害の一部について,被告東電は204万3718円の支払義務があることを
認め,同額を支払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項15
において,ADR手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がな
いことが確認されており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金
額を超える部分につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げ
ないことが確認されている。(甲D34の8の1)
⑸損害額20
ア概要
【34-1~4】の京都市への避難は相当であると認められるところ,それ
に伴う損害のうち,【34-1~4】が避難した日を含む月である平成24年
2月から平成26年1月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のあ
る損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原25
告番号34)のとおりである。なお,下記で,証拠の記載のない損害額認定は,
ADR手続における和解額(甲D34の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
避難交通費
【34-1~4】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号34)のと5
おり,かかる損害額は6万4000円と認めるのが相当である。これは【3
4-2】に生じた損害と認められる。
引越費用
【34-1~4】の避難の際に要した引越費用は,本件事故と相当因果関
係のある損害と認められ,かかる損害額は9万2650円と認めるのが相当10
であり,これは【34-2】に生じた損害と認められる。
一時帰宅費用
別紙避難経路等一覧表(原告番号34)のとおり,【34-1~4】の避難
生活の際に要した一時帰宅費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認
められ,かかる損害額は33万2800円と認めるのが相当であり,これは15
【34-2】に生じた損害と認められる。
【34-1】の両親の面会・看病交通費
上記面会・看病交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,
損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
ウ生活費増加費用20
家財道具購入費用
【34-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全員で避難したことに鑑みれば,
かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【34-2】に生
じた損害と認められる。25
避難雑費
【34-1~4】の避難に伴い,面会交通費や一時帰宅費用等,さまざま
な支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められる
から,【34-1~4】が避難していた平成24年2月から平成26年1月
末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認め
るのが相当である。避難雑費合計96万円について,【34-2】に生じた損5
害と認める。
賃料
【34-2】は,平成27年4月以降の生活において要した家賃等につい
て,本件事故による損害である旨主張するが,平成26年2月以降に生じた
損害であり,本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。10
エ検査関連費用
【34-1~4】が避難生活の際に要した検査関連費用は,本件事故と相当
因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は1万7850円と認めるのが
相当であり,これは【34-2】に生じた損害と認められる。
オ就労不能損害15
【34-2】は,クリーニング店に勤務しており,避難前,平成23年の年
収は293万0800円であったが,避難時に退職したこと,避難後は,平成
24年4月に4日程度,同年7月2日から12月20日まで就職したが,病気
のためや職場になじめないために退職した。平成25年1月末から避難先が安
定し始め,平成25年の年収は256万2000円(月額21万3500円)20
であったこと,平成26年以降は避難前の年収を超える収入があることが認め
られる(甲34の1,34の4,34の4の2~5)。したがって,平成24年
3月から平成25年12月末日までの間については,本件事故による避難に伴
い,就労困難又は転職による収入減少が認められるが,安定しなかった就職先
での収入が明らかではないから,避難前の基礎収入を基準として,計算上の減25
収分213万5000円(=21万3500円×22-256万2000円)
のうち,約3分の2程度の140万円を就労不能損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【34-1~4】は,自主的避難等対象区域外の居住者であるが,その避難
は,自主的避難等対象区域からの平成24年4月1日までの避難と同等の避難
とみることができるから,本件事故による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛5
への慰謝料として,【34-2】は30万円,【34-1,3】は各60万円,
【34-4】は,本件事故当時胎児であり,本件事故後出生し,その後避難し
ているから,30万円がそれぞれ相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【34-1】に対して24万円を,【34-2】10
に対して4万円を,【34-3,4】に対して各28万円をそれぞれ支払っている
こと,ADR手続において,【34-1~4】に対して,204万3718円を支
払っていることが認められるところ(甲D34の8の1,弁論の全趣旨),これら
既払金合計288万3718円のうち,【34-1】に対して24万円を,【34
-2】に対して208万3718円を,【34-3,4】に対して各28万円をそ15
れぞれ原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号34)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【34-1】につき3万6000円を,【34-2】につき1820
万2884円(12万3358円及びADR手続分5万9526円の合計額)を,
【34-3】につき3万2000円を,【34-4】につき2000円をそれぞれ
相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号34)の認容額25
欄記載のとおりである。
35原告番号35-1~5について
⑴世帯の概要
【35-1】は昭和49年10月13日生まれの男性,【35-2】は昭和50
年2月16日生まれの女性,【35-3】は平成6年7月11日生まれの男性,
【35-4】は平成8年7月6日生まれの女性,【35-5】は平成20年5月85
日生まれの男性である。【35-3~5】は,【35-1,2】の子である。本件
事故当時,【35-1~5】は,福島県いわき市において自宅(借家)に居住して
いた。(甲35の1の1,35の2の1,原告【35-1】本人)
⑵避難の経緯
【35-1】は,平成23年3月11日,福島第一原発で作業していた【3510
-1】の義兄から連絡を受け,被ばくの危険性を認識していたところ,本件事故
の知らせを聞いて,避難を決意した。【35-1~5】は,平成23年3月12日
から16日にかけて,福島県いわき市から京都市へ避難した。【35-3】は,も
ともとスポーツ推薦による進学をしていたため,平成23年4月,茨城県に移転
した。【35-4】は,平成25年8月,福島県いわき市へ戻った。【35-1,15
2】は,本件事故による避難により,子らとの関係が難しくなったと感じている。
(甲35の1の1,35の2の1,原告【35-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年4月から平成27年8月までの間,【35-1~5】は,複数回,自
宅の整理や【35-3】の学校行事のために,福島県いわき市へ一時立入りをし20
た。(甲35の1の1,原告【35-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【35-1~5】の京都市への避難は相当であると認められるところ,それ
に伴う損害のうち,【35-1~5】が避難した日を含む月である平成23年25
3月から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のあ
る損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原
告番号35)のとおりである。
イ避難費用
交通費
【35-1~5】の京都市への避難に要した交通費及び【35-3】が福5
島県いわき市へ戻った交通費(一時立入費用として請求されているものであ
るが,茨城県の高校へ通学するために戻る費用の一部と解される。)は,本件
事故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番
号35)のとおり,かかる損害額は【35-1】の主張する限度で,4万2
000円と認めるのが相当である。10
滞在費(宿泊費等)
滞在費(宿泊費等)については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損
害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
一時立入費用
一時立入費用については,第1で述べたとおりであり,自宅の整理のため15
の立入りは,大人1名の1回の往復分は本件事故と相当因果関係のあるもの
と認める。【35-1,2】が,茨城県の高校に通学していた【35-3】の
学校行事の参加のため,帰省等をするのも,面会交流の趣旨もあることを踏
まえれば(学校所在地からして,単純に避難元に帰るといったものともいえ
ない。),本件事故と相当因果関係のあるものと認める。当該費用の合計は,20
標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額の合計の範
囲内で,【35-1】の主張する20万円の限度で,【35-1】の損害と認
める。その余については下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じた
と認めるに足りる証拠はない。
ウ生活費増加費用25
家財道具喪失費用
【35-1】は,本件避難によって家財道具を処分せざるを得なかった旨
主張するが,新たな家財道具購入について,下記の家財道具購入費用を認め
ていることに加えて,前記処分は本件事故と相当因果関係のあるものとはい
えないから,本件事故による損害と認めることはできない。
家財道具購入費用5
【35-1~5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したものと認められ
る(【35-3】はスポーツ推薦による進学をしていたため,茨城県に移転
し,学校のスポーツ部の寮や親戚宅から学校に通っていたことが認められ
(甲35の1の1),【35-3】の別居は本件事故と相当因果関係があるこ10
とが認められるが,学校の寮や親戚宅に居住していたことから,家財道具の
購入が必要な別居とまでは認める必要がない。)。かかる損害額は15万円と
認めるのが相当であり,これは【35-1】に生じた損害と認められる。
エ避難雑費
【35-1~5】の避難に伴い,滞在費等,さまざまな支出が生じており,15
これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【35-1~5】
が避難していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,36万40
00円の限度において,損害と認めるのが相当であり,【35-1】に生じた損
害と認める。
オ就労不能損害20
【35-1】について
避難前はフェンス工の仕事をしており,286万5000円の収入(平成
22年)があったが,避難時に退職し,避難先で就職したのは避難から3年
後のことであり,その間は生活保護を受給していたこと,仕事がみつからな
い間は,定期的にハローワークに通い,ヘルパー2級の資格を取るなどして25
いたことが認められる(甲D35の1の1,35の4の1)。したがって,平
成23年3月から平成25年2月末日までの間は,避難に伴い就労が困難又
は就労可能性が低くなっていたものと認められるが,期間が長期に及ぶこと
を考慮し,最初の半年は,避難前の基礎収入(月額23万8750円)を基
準として全額,その後は半額を就労不能損害と認めるのが相当である。その
額は358万1250円(=23万8750円×6+23万8750円÷25
×18)である。
【35-2】について
避難前はデイサービスセンターで福祉支援員として働いており,5万円程
度の収入があり,平成23年3月の避難時までの収入は4万9290円であ
ったが,避難時に退職したこと,避難先では就労していなかったことが認め10
られる(甲D35の1の1,35の4の2)。したがって,平成23年3月か
ら平成25年2月末日までの間は,避難に伴い就労が困難となっていたもの
と認められるから,避難前の基礎収入(月額5万円)を基準として,【35-
1】と同様の計算により,70万0710円(=5万円×6+5万円÷2×
18-4万9290円)の就労不能損害が認められる。15
カ精神的損害(慰謝料)
【35-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【33-1,2】は各
30万円,【33-3~5】は各60万円が相当である。
⑸既払金の充当20
被告東電は,直接請求により,【35-1,2】に対して各12万円を,【35
-3~5】に対して各72万円をそれぞれ支払っていることが認められるところ
(乙D35の4,弁論の全趣旨),これらの既払金のうち,【35-1】に対して
48万円を,【35-2】に対して12万円を,【35-3~5】に対して各60
万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。25
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号35)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【35-1】につき,41万5725円を,【35-2】につき,
8万8071円を,【35-3】につき,0円を,【35-4】につき,0円を,
【35-5】につき,0円をそれぞれ相当と認める。5
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号35)の認容額
欄記載のとおりである。
36原告番号36-1,2について
⑴世帯の概要10
【36-1】は昭和20年2月21日生まれの男性,【36-2】は昭和23年
8月1日生まれの女性である。【36-1,2】は,夫婦である。本件事故当時,
【36-1,2】は,【36-2】の母と,福島県田村郡k1町において自宅(持
ち家)に居住していた。【36-2】の母は,平成27年10月27日,死亡した。
(甲D36の1,36の2の1,原告【36-2】本人)15
⑵避難の経緯
ア【36-2】は,平成23年3月17日,福島県田村郡k1町から東京都へ
一時避難したが,同年6月10日,福島県田村郡k1町へ戻った。その後,平
成24年3月6日から10日にかけて,福島県田村郡k1町から東京都を経由
し,大阪府へ避難し,同年5月1日,京都市へさらに移転した。(【36-2】20
は,大阪府へ避難した後の平成24年4月10日,福島県田村郡k1町に戻っ
ているが,20日程度で京都市へ移動していることからすれば,避難の意思は
継続した状態にあるとみることができ,京都市への移転は新たな避難というよ
りもむしろ,【36-1】と同居するために,大阪府への避難を継続したまま移
転したものと評価して,認定すべきである。)25
イ【36-1】は,【36-2】が避難した後も,福島県田村郡k1町の自宅に
居住していたが,平成24年5月1日,京都市へ避難した。その後,平成24
年11月23日,福島県田村郡k1町へ戻った。
(甲D36の1,36の2の1,原告【36-2】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年4月から平成27年8月までの間,【36-1,2】は,複数回,面5
会交流等のため,京都市へ訪問したり,福島県田村郡k1町へ一時帰宅をしたり
した。(甲D36の1,原告【36-2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成28年8月4日,【36-1,2】と,被告東電との間で,本件事故に関す
る損害の一部について,被告東電は33万0424円の支払義務があることを認10
め,中間指針追補に基づく既払金16万円を除いた残額の17万0424円を支
払うことなどを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,AD
R手続における弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認さ
れており,その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分
につき,和解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認15
されている。(乙D36の1)
⑸損害額
ア概要
【36-2】の東京都への避難は相当であると認められるところ,それに伴
う損害のうち,【36-2】の東京都への避難にかかる損害を本件事故と相当20
因果関係のある損害と認める。【36-2】の大阪府への避難及び【36-1】
の京都市への避難にかかる損害は,本件事故と相当因果関係のある損害とは認
められない。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告
番号36)のとおりである。なお,下記で,証拠の記載のない損害額認定は,
ADR手続における和解額(乙D36の1)を根拠とした認定である。25
イ避難費用
避難費用
【36-1】の東京都への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関
係のある損害と認められる。別紙避難経路等一覧表(原告番号36)のとお
り,かかる損害額は1万5200円と認めるのが相当である。これを,【36
-2】に生じた損害と認める。5
面会交通費用
【36-2】が面会交流に要した費用は,本件事故と相当因果関係のある
損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号36)のとおり,かかる
損害額は3万3600円と認めるのが相当であり,これは【36-2】に生
じた損害と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含まれ10
る額を超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【36-2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,【36-1】と【36-2】が別居してい15
る期間があり,世帯分離が生じていたと認められるから,かかる損害額は3
0万円と認めるのが相当であり,これは【36-2】に生じた損害と認めら
れる。
二重生活に伴う生活費増加費用(一般)
前記のとおり,平成23年3月17日から6月10日までの間は,【3620
-1】と【36-2】が別居しており,世帯が分離して生活することになっ
たのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。した
がって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた上記期間,
合計9万円について,【36-2】に生じた損害と認める。
生活費増加費用(食費増加分)25
食費の増加分については,上記二重生活に伴う生活費増加費用に含まれる
額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
共益費
【36-1,2】は,平成24年5月以降,避難先において,月額200
0円の共益費を支出していることが認められる(甲D36の2の2)。しか
し,【36-2】の大阪府への避難及び【36-1】の京都市への避難にかか5
る損害にあたるから,本件事故と相当因果関係のある損害として認められな
い。
エ避難雑費
【36-2】の避難に伴い,生活費増加費用等,さまざまな支出が生じてお
り,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【36-2】が10
避難していた平成23年3月から同年6月末日までの間,1か月あたり1万円
の限度において,損害と認めるのが相当であり,合計4万円を【36-2】に
生じた損害と認める。
オ放射線検査費用・検査交通費
【36-2】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用として615
792円を,検査のための交通費(須川クリニックへの往復費用)として26
40円を,それぞれ支出したことが認められる(甲D36の7の6・8・11)。
本件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【36-2】が身体への
影響を不安に思い,それを解消するために検査することは相当であるから,前
記検査費用及び検査交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認め,【320
6-2】に生じた損害と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【36-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当で
ある。25
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【36-1,2】に対して各12万円を支払って
いること,ADR手続において,【36-1,2】に対して,33万0424円
(うち16万円(【36-1,2】に対する各8万円の合計額)は直接請求により
既に支払われたものとして控除され,17万0424円のみ支払われている。)
を支払っていることが認められるところ(乙D36の1・4・7,弁論の全趣旨),5
これらの既払金合計41万0424円について,【36-1】に対して12万円
を,【36-2】に対して29万0424円を各原告に生じた各損害額に充当す
るのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号36)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。10
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【36-1】につき,1万8000円を,【36-2】につき,
5万9405円(4万9781円とADR手続分9624円の合計額)をそれぞ
れ相当と認める。
⑻まとめ15
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号36)の認容額
欄記載のとおりである。
37原告番号37-1,2について
⑴世帯の概要
【37-1】は昭和18年10月23日生まれの男性,【37-2】は昭和2120
年2月9日生まれの女性である。【37-1,2】は,夫婦である。本件事故当時,
【37-1,2】は,福島県郡山市において自宅(持ち家)に居住していた。な
お,【25-2】は,【37-1,2】の子(長女)である。(甲D37の1,37
の1の2,37の2,原告【37-1】本人)
⑵避難の経緯25
【37-1,2】は,アメリカに居住する三女から,本件事故により福島県郡
山市に居続ければ被ばくの可能性がある旨の情報が流れているなどと聞き,平成
23年3月14日,福島県郡山市から福島県会津若松市へ避難したが,同年3月
21日,福島県郡山市へ戻った。そして,平成23年7月頃,長女の【25-2】
と孫らが京都市に避難し,さらに平成25年4月頃,【25-2】の夫も先に避難
していた長女の元へ避難したことに加えて,【37-1,2】も被ばくの不安を感5
じていたことから,【37-1,2】は平成25年4月26日,福島県郡山市から
京都市へ避難し,【25-1~5】と同じ団地に居住した。(甲D37の1,37
の1の2,37の2,原告【37-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成25年5月から平成27年8月までの間,【37-1,2】は,複数回,福10
島県郡山市へ一時帰宅した。(甲D37の1,原告【37-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【37-1,2】の福島県会津若松市への避難は相当であるが,京都市への
避難は本件事故と相当因果関係のある避難ではない。したがって,避難に伴う15
損害のうち,福島県会津若松市への避難にかかる交通費については,相当因果
関係のある損害と認めるが,その余の損害は本件事故と相当因果関係のあるも
のとは認められない。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧
表(原告番号37)のとおりである。
イ交通費20
【37-1,2】の福島県会津若松市への避難に要した交通費は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車)の額を
修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号37)のとおり,かかる損害
額は合計1万6000円と認めるのが相当である。これは【37-1】に生じ
た損害と認められる。25
ウ避難した娘家族との面会費用
【37-1,2】は,自らの避難とは関係なく,娘である【25-2】の家
族の避難の手伝いや育児の援助の費用を損害と主張しているが,【37-1,
2】は,【25-3~5】の祖父母であって,両親ではないことから,前記第1
のとおり,面会交通費として,本件事故と相当因果関係のある損害とは認めら
れない。5
エ逸失利益
【37-1,2】は,【37-1】が本件事故前から営んでいた有限会社(観
光業)の売上げが,本件事故によって減少し,役員報酬を得られなくなり,平
成26年5月に廃業のやむなきに至ったので,同年4月以降の役員報酬を損害
と主張している。しかし,上記有限会社は,平成26年3月31日に旅行業の10
登録期間が終了しており,【37-1】は当時70歳に達していたことが認め
られる一方で(甲D37の1,原告【37-1】本人),福島県の観光客入込数
は,平成24年から平成27年にかけて回復してきていたことも認められるか
ら(乙D共144の1~3),本件事故と上記有限会社の廃業が相当因果関係
があるとまでは認められず,平成26年4月以降の役員報酬が,本件事故と相15
当因果関係のある逸失利益と認めることはできない。
オ精神的損害(慰謝料)
【37-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当で
ある。20
⑸既払金の充当
被告東電は,【37-1,2】に対して各12万円を支払っていることが認めら
れるところ(争いがない。),これらの既払金を各原告に生じた各損害額に充当す
るのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号37)の既払額欄記載のとおり,25
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【37-1】につき,1万9600円を,【37-2】につき,
1万8000円を,それぞれ相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号37)の認容額5
欄記載のとおりである。
38原告番号38について
⑴世帯の概要
【38】は昭和40年1月19日生まれの女性である。本件事故当時,【38】
は,【38】の夫及び長男(平成14年6月5日生まれ)(以下,38においては,10
それぞれ「夫」「長男」という。)とともに,福島県大沼郡n2町において自宅(借
家)に居住していた。(甲D38の1の1,38の2の1・2,原告【38】本人)
⑵避難の経緯
【38】は,本件事故をテレビ等で見て,被ばくするかもしれないという恐怖
を抱いていたことに加えて,イギリス人の夫が海外の情報を入手しており,その15
情報では,福島県で暮らすのは危険であり,子どもが暮らすのは特に危険である
というのであり,「直ちに影響はない」と繰り返していると感じられた国内の報
道とは落差を感じていた。また,英国大使館からは,やむを得ない事情がある場
合を除き,関東以北への立入りをしないように警告があり,大使館員が家族を連
れて緊急帰国したこともあった。そのため,【38】は,平成23年3月14日の20
福島第一原発3号機の爆発を見て,子どもを被ばくから避けるため,西日本へ避
難することを決意し,同月15日,福島県大沼郡n2町から,飛行機の都合等に
より友人宅のある広島県へ避難した。その後,同月26日,親戚の家があり,当
初の避難目的地であった佐賀県へ移転したが,同年4月5日,長男の始業式に合
わせて,福島県大沼郡n2町の自宅へ戻った。平成23年8月27日,福島県大25
沼郡n2町から京都府木津川市へ避難した。その後,平成25年4月7日から,
夫の母国であるイギリス(連合王国)において居住している。(甲D38の1の
1,38の2の1・2,原告【38】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成24年8月から平成27年9月までの間,【38】は,複数回,面会交流の
ため,福島県大沼郡n2町へ一時帰宅したり,イギリスへ渡航したりした。(甲D5
38の1の1,原告【38】本人)
⑷損害額
ア概要
【38】の広島県への避難は相当であるが,京都市への避難は本件事故と相
当因果関係のある避難ではない。したがって,広島県への避難にかかる損害を10
相当因果関係のある損害と認めるが,その余の損害は本件事故と相当因果関係
のあるものとは認められない。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害
額等一覧表(原告番号38)のとおりである。
イ避難費用(移動交通費)
【38】の広島県への避難に要した交通費(帰宅費用も含む。)は,本件事故15
と相当因果関係のある損害と認められる。また,飛行機の都合等により,一旦
広島県の友人宅で避難生活をしていたが,その後親戚の家があり,当初の避難
目的地であった佐賀県へ移転したことは,避難の一環ともいうことができるの
で,当該移転に要した費用も,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ
る。標準交通費一覧表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額で,別紙20
避難経路等一覧表(原告番号38)のとおり,かかる損害額は合計9万040
0円と認めるのが相当である。
ウガイガーカウンター購入費用
【38】は,平成23年7月頃,被ばくによる身体への影響を懸念し,周囲
の空間線量を計測するため,ガイガーカウンターを購入し,その費用として425
万9800円を支出したことが認められる(甲D38の6の2)。【38】は,
下記のとおり,本件事故の直後,放射性物質が飛散する等の恐怖にさらされた
ことを踏まえると,周囲の空間線量を確かめる行動をとるのは合理的といえる
から,当該費用は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。なお,【3
8】は,平成25年12月頃,さらにガイガーカウンターを購入したことが認
められるが(上記証拠),【38】が同年4月,イギリスに移転した後であり,5
新たにガイガーカウンターを購入する必要性は認められないから,当該購入費
用は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ精神的損害(慰謝料)
【38】について,広島県への避難は相当であるが,京都市への避難は相当
とまではいえない。そして,【38】は,自主的避難等対象区域外の居住者では10
あるが,当初の空間線量がやや高く,子どもを伴っていたため,自主的避難等
対象区域の居住者に準じて本件事故当初の避難は相当と認められることから
すれば,本件事故当初の恐怖及び不安並びに広島県から佐賀県にかけての短期
間の避難生活の苦痛は,慰謝が必要であり,その額は10万円が相当であると
認める。15
⑸弁護士費用
弁護士費用は,2万4020円を相当と認める。
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号38)の認容額
欄記載のとおりである。20
39原告番号39について
⑴世帯の概要
【39】は昭和45年11月9日生まれの女性である。本件事故当時,【39】
は,【39】の夫及び長女(平成14年4月7日生まれ,避難時8歳。以下,39に
おいては,長女という。)とともに,福島県田村郡k1町において,自宅(持ち家)25
に居住していた。なお,【39】の夫は,本件事故当日,出張のためフィリピンへ
渡航中であった。また,【39】と夫は,平成24年4月29日,離婚した。長女
は,平成22年8月,中国の小学校に入り,本件事故当日,中国に在住しており,
平成23年4月日本の小学校に転校する手続もとっていなかった。長女は,平成
24年9月,帰国し,京都市において【39】と同居している。(甲D39の1・
1の2,39の2の1~4,原告【39】本人)5
⑵避難の経緯
【39】は,平成23年3月13日,知人から,自衛隊で勤務する親戚に子ど
もを連れて逃げるよう言われたと聞いたため,インターネット等で本件事故のこ
となどを調べてみると,放射線への恐怖を抱いた。同月14日,中国の退避勧告
を知り,新潟の中国大使館まで避難することを決意し,【39】は,福島県田村郡10
k1町から新潟県へ避難し,同月15日,京都市へ移転したが,同月20日,福
島県田村郡k1町の自宅へ戻った。その後,平成23年4月以降,【39】の実家
がある中国への渡航を繰り返していたが,長女と日本で同居するために帰国し,
平成24年5月1日,福島県田村郡k1町から京都市へ移転した(移転と認める
ことについては,第5節第2の3ウ参照。)。夫は,平成23年6月から7月頃,15
フィリピンから帰国したが,避難についての考え方が【39】と異なり,以後福
島県田村郡k1町の自宅(持ち家)に居住している。(甲D39の1・1の2,3
9の2の1~4,原告【39】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年4月から平成27年1月までの間,【39】は,複数回,面会交流の20
ため,福島県田村郡k1町へ一時帰宅したり,中国へ渡航したりした。(甲D39
の1,39の1の2,原告【39】本人)
⑷損害額
ア概要
【39】の新潟県への避難は相当であると認められるところ,それに伴う損25
害のうち,新潟県へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年
2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁
判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号39)のとお
りである。
イ避難費用
避難交通費用5
【39】の新潟県への避難及びそれに続く京都市への移転に要した交通費
は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。また,平成24年の
【39】の京都市への移転は,【39】の実家が中国にあるため,中国への渡
航を繰り返していたが,長女と日本国内において同居し,生活の安定を図る
ためといえることからすれば,当該移転に要した費用も,本件事故と相当因10
果関係のある損害と認められる。なお,避難先を中国から京都市へ移転した
と評価するものであるが,中国から京都市への移転費用は実際に要した費用
であり,その中で必要最低限の交通費としては,自宅のあった福島県田村郡
k1町から京都市への移転費用が相当である。したがって,標準交通費一覧
表(自家用車,公共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表15
(原告番号39)のとおり,かかる損害額の合計は7万4400円と認める。
面会交通費
【39】の長女は,平成22年から24年9月まで,基本的に中国に在住
しており,しかも中国の小学校に入っていることから,本件事故後中国にと
どまったことが,本件事故と相当因果関係があると認めることはできない。20
そして,平成24年4月には,【39】と夫とが離婚しているから,同年9月
に長女が帰国し,【39】と同居することにより,夫との面会交流が必要にな
ったとしても,離婚が原因であって,本件事故と面会交流が相当因果関係が
あると認めることもできない。その余の面会交流費用については,下記避難
雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。25
一時帰宅費用
一時立入費用については,第1で述べたとおりであり,荷物のひき上げや
自宅の整理のための立入りは,大人1名の1回の往復分は本件事故と相当因
果関係のあるものと認める。当該費用として4万1600円(夫が平成23
年6月から7月頃帰国して自宅に居住していたが,【39】の移転のために
自宅を訪れる必要があったと認められる。)を損害と認める。その余につい5
ては下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証
拠はない。
家財宅配費用
家財宅配費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生
じたと認めるに足りる証拠はない。10
ウ生活費増加費用
パソコン・まくら等購入費用
【39】が避難生活の際に要した,パソコン・まくら等の家財道具購入費
用(甲39の6の2の1~4)は,支出の時期が,平成26年1月から同2
7年12月であって,平成25年3月以降の支出であるから,本件事故と相15
当因果関係のある損害と認められない。
生活費増加費用(共益費)
【39】は避難先の住居において,自治会費として平成24年5月から同
年9月までは月額900円,平成24年10月から平成25年3月までは月
額1500円を支出したことが認められる(甲D39の6の1)。このうち,20
平成25年2月末日までに支出した1万2000円を,本件事故と相当因果
関係のある損害と認める。
エ避難雑費
【39】の避難に伴い,面会交通費等,さまざまな支出が生じており,こ
れらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【39】が避難し25
ていた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月あたり1万
円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計24万円に
ついて損害と認める。
オ就労不能損害
【39】は,避難前契約社員として働いており,平成23年3月契約期間満
了となるが,その後の更新の可能性も高かったこと,平成22年,210万75
692円(月額17万5641円)の年収があったが,本件事故による避難に
よって退職したこと,平成24年5月からは避難先で就労し,平成24年の年
収は98万6060円(8か月分になる。月額12万3258円)であること,
それ以後も同額の収入を得ていることが認められる(甲D39の1,39の4
の1・2)。平成23年3月から平成25年2月末日までの間は,避難に伴い就10
労が困難又は転職により収入が減少としたものと認められ,避難前の基礎収入
(月額17万5641円)を基準として,298万2804円(=17万56
41円×24-12万3258円×10)の就労不能損害が認められる。なお,
減収が長期間に及ぶが,避難場所として中国は相当性を認めないものの,【3
9】は,避難意思があって中国への渡航を繰り返す避難行動をしており,平成15
24年4月までは就労不能とみることもやむを得ないし,その後は就労して本
件事故前の約7割(12万3258円÷17万5641円)の収入を得ている
ことから,上記認定が相当であると考えた。
カ精神的損害(慰謝料)
【39】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及20
び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【39】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ
ろ(乙D39の5,弁論の全趣旨),この既払金について,【39】に生じた損害
額に充当するのが相当である。25
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号39)の既払額欄記載のとおり,
原告に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,35万3080円を相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号39)の認容額5
欄記載のとおりである。
40原告番号40について
⑴世帯の概要
【40】は昭和57年11月2日生まれの女性である。本件事故当時,【40】
は,【40】の長男(平成17年2月15日生。以下,40においては「長男」と10
いう。)及び長女(平成19年3月27日生。以下,40においては「長女」とい
う。)とともに,福島県いわき市において,自宅(借家)に居住していた。(甲D
40の1,40の2の1,原告【40】本人)
⑵避難の経緯
【40】は,妹から避難するように言われ,平成23年3月15日,テレビで15
福島第一原発4号機の爆発を見て,強い不安を感じて,妹と同じ栃木県へ避難す
ることを決意し,長男及び長女とともに,平成23年3月15日,福島県いわき
市から栃木県へ避難し,同月18日,栃木県から埼玉県へ移転した。【40】は同
年4月1日,【40】の長男及び長女は,同月23日,福島県いわき市へ戻った。
平成24年1月,火災の影響により,自宅に居住することができなくなったため,20
その後は福島県いわき市の【40】の実家に居住していた。平成24年6月26
日,【40】は長男及び長女とともに,福島県いわき市から京都市へ避難した。
(甲D40の1,原告【40】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成25年7月から平成27年8月までの間,【40】,長男及び長女は,複数25
回,面会交流等のため,福島県いわき市へ一時帰宅した。(甲D40の1,原告
【40】本人)
⑷損害額
ア概要
【40】,長男及び長女の栃木県への避難は相当であるが,京都市への避難は
本件事故と相当因果関係のある避難とは認められない。したがって,栃木県へ5
の避難にかかる損害を相当因果関係のある損害と認め,その余の損害は本件事
故と相当因果関係のあるものとは認められない。当裁判所が認定した損害額の
詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号40)のとおりである。
イ避難費用
交通費10
【40】の栃木県への避難に要した交通費(帰還費用も含む。)は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められる。また,埼玉県への移転は,妹の
友人宅で避難生活をしていたことから,アパートを借りて住むために埼玉県
へ移動したものであるから,当該移転に要した費用も,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められる。標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正し15
た額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号40)のとおり,かかる損害額の
合計は3万9200円と認めるのが相当である。なお,長男及び長女の埼玉
県からの帰還には【40】が迎えに行っており,これ自体は【40】自身の
避難とは関連しないものの,長男及び長女が年少者であることを考慮し,【4
0】が迎えに要した費用も,長男及び長女の避難交通費として,上記損害額20
に含めることとする。
住居費・引越費用・家財道具購入費用
栃木県への避難及び埼玉県への移転にかかる住居費,引越費用及び家財道
具購入費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じた
と認めるに足りる証拠はない。25
一時立入費用
【40】は,平成24年6月の京都市への避難以降に生じた一時立入費用
を請求しているが,同避難は,避難の相当性があるものではないから,同避
難以降の一時立入費用については,本件事故と相当因果関係のある損害と認
められない。
ウ生活費増加費用5
避難雑費
【40】,長男及び長女の避難に伴い,引越費用や住居費等の支出が生じて
おり,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【40】,
長男及び長女が避難していた平成23年3月から同年4月末日までの間
(【40】は平成23年3月のみ),1か月あたり1名につき1万円の限度に10
おいて,損害と認めるのが相当であるから,避難雑費合計5万円を損害と認
める。
ガイガーカウンター購入費用
【40】が,ガイガーカウンター購入費用を支出したと認めるに足りる証
拠はない。15
エ精神的損害(慰謝料)
【40】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及
び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【40】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ20
ろ(乙D40の7,弁論の全趣旨),この既払金を原告に生じた損害額に充当する
のが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号40)の既払額欄記載のとおり,
【40】に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用25
弁護士費用は,2万6920円を相当と認める。
まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号40)の認容額
欄記載のとおりである。
41原告番号42について
⑴世帯の概要5
【42】は昭和26年2月26日生まれの女性である。本件事故当時,【42】
は,【42】の夫とともに,福島県田村市において,自宅(借家)に居住していた。
【42】は,全身性の障害であるビタミンD抵抗性くる病に罹患しており,1種
1級の等級を受け,介護度4の状態であり,日常生活においては,車いすを利用
している。(甲D42の1,42の2の1,42の7の4,原告【42】本人)10
⑵避難の経緯
【42】は,平成23年3月13日,本件事故の映像及び情報を得て,チェル
ノブイリや広島を想起して,被ばくを恐れて,避難しなければならないと感じて
避難を決意し,同月14日,福島県田村市から福島県大沼郡n3村へ避難し,同
月19日,福島県大沼郡n3村から新潟県へ移転し,同年4月1日,新潟県内で15
移転した。平成25年10月16日,【42】は,新潟県から京都市へ移転した。
【42】は,もともと,障害者支援を行うNPO法人ケア・ステーションの理事
長をしており,本件事故後事業を閉鎖していたが,平成23年4月1日に事業を
再開し,避難先から上記法人の事業所に帰ることがあった。【42】は,身障者で
あることから,こうした避難生活の負担が重く,微熱,吐き気,下痢などの体調20
不良となったり,急激な体重の減少(30㎏から27㎏へ。最小は23㎏)によ
り,救急車で病院に運ばれたりしたことがあった。(甲D42の1,42の2の
1,原告【42】本人)
⑶一時立入りの経過
平成25年2月から平成26年9月までの間,【42】は,複数回,仕事等のた25
め,福島県田村市へ一時立入りした。(甲D42の1,原告【42】本人)
⑷損害額
ア概要
【42】の福島県大沼郡n3村への避難は相当であると認められるところ,
それに伴う損害のうち,福島県大沼郡n3村へ避難した日を含む月である平成
23年3月から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関5
係のある損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一
覧表(原告番号42)のとおりである。
イ避難費用
交通費
【42】の福島県大沼郡n3村への避難に要した交通費は,本件事故と相10
当因果関係のある損害と認められる。また,【42】の福島県大沼郡n3村か
ら新潟県への移転,新潟県内での移転は,いずれも避難直後であり,生活の
安定を図るためといえることからすれば,当該移転に要した費用も,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められる。標準交通費一覧表(自家用車)
の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号42)のとおり,か15
かる損害額の合計は1万9200円と認めるのが相当である。これを,【4
2】に生じた損害と認める。その余の費用については,下記避難雑費に含ま
れる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
滞在費(宿泊費)・引越費用・一時立入交通費・一時立入滞在費
滞在費(宿泊費),引越費用及び【42】が仕事等のため,一時帰宅に要し20
た費用については,新潟県内からの移転のための分,又は京都市への移転後
の分(甲D42の3の1~16,3の6)は,いずれも平成25年3月以降
に生じた損害であることからすれば,本件事故と相当因果関係のある損害と
は認められない。
ウ生活費増加費用25
家財道具購入費用・家賃差額
家財道具購入費用・家賃差額の損害については,いずれも,京都市に移転
してからの費用支出であり(甲D42の3の4),平成25年3月以降に生
じた損害であることからすれば,本件事故と相当因果関係のある損害とは認
められない。
放射線量検査費5
【42】は,放射線量検査費として,29万1000円支出した旨述べる
が(甲D42の1),【42】又は夫が,全身放射能測定(ホールボディ)食
品等の放射能測定等をしたことは認められるものの(甲D42の7の2・3・
5・6),比較的高額のこれら費用の明細及び支出を認めるに足りる証拠は
ない。10
医療費(診断書料)
医療費(診断書料)は,【42】が4200円を支出したことは認められる
が(甲D42の7の1),平成25年3月以降に生じた損害であることから
すれば,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ避難雑費15
【42】の避難に伴い,福島県大沼郡n3村又は新潟県での避難生活のため
の引越費用や一時立入りのための交通費等,さまざまな支出が生じており,こ
れらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【42】が避難して
いた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月あたり1万円の
限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計24万円について,20
損害と認める。
オ精神的損害(慰謝料)
【42】は,自主的避難等対象区域の居住者である。そして,全身性の障害
であるビタミンD抵抗性くる病に罹患し,1種1級の等級を受け,介護度4の
状態で,日常生活においては,車いすを利用しており,避難生活の中では,微25
熱,吐き気,下痢などの体調不良となったり,急激な体重の減少(30㎏から
27㎏へ。最小は23㎏)により,救急車で病院に運ばれたりしており,避難
生活の負担及び苦痛は,健常者に比較してもはるかに大きいといわざるを得な
い。したがって,慰謝料を増額すべき特段の事情が認められるから,本件事故
による恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,40万円が相当
である。5
⑸既払金の充当
被告東電は,【42】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ
ろ(乙D42の7,弁論の全趣旨),この既払金を原告に生じた損害額に充当する
のが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号42)の既払額欄記載のとおり,10
【42】に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,5万3920円を相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号42)の認容額15
欄記載のとおりである。
42原告番号43-1~4について
⑴世帯の概要
【43-1】は昭和45年2月3日生まれの男性,【43-2】は昭和46年8
月12日生まれの女性,【43-3】は平成11年9月27日生まれの女性,【420
3-4】は平成19年1月20日生まれの男性である。本件事故当時,【43-1
~4】は,福島市において,自宅(持ち家)に居住していた。【43-3】は,移
動機能障害,聴力障害等の障害を有しており,身体障害者等級表1級,療育手帳
A判定を受けている。(甲D43の1,43の2の1,43の7の3,43の7の
4,原告【43-1】本人)25
⑵避難の経緯
【43-1】は,平成23年4月以降,放射線の影響について学ぶうちに,様々
な立場の人から情報を得るようになり,このまま生活するのは危険であり,障害
をもった【43-3】のため,避難を決意した。【43-1~4】は,平成23年
5月19日,福島市から山形県へ避難し,平成24年3月初旬頃,福島市へ戻っ
た。山形県における避難生活では,【43-3】の養護学校の関係で,【43-15
~3】は福島市へ定期的に通う形になり,冬期の間,平日は福島市で過ごしてい
た。そのため,生活の本拠は,山形県にあった。【43-1~4】は,平成24年
3月22日,福島市から京都市へ避難した。(甲D43の1,43の1の2,43
の2の1,原告【43-1】本人)
⑶一時立入りの経過10
平成23年5月から平成27年8月までの間,【43-1~4】は,山形県にお
ける避難生活の間は,前記のとおり,【43-3】の通学のため,山形県から福島
市へ一時帰宅したり,京都市へ避難した後は,帰省のため,京都市から福島市へ
一時帰宅したりした。(甲D43の1,43の1の2,原告【43-1】本人)
⑷損害額15
ア概要
【43-1~4】の山形県及び京都市への各避難は相当であるところ,山形
県から平成24年3月初旬に戻ったのは,一時的なものとみられるから,山形
県に避難した日から,福島市での生活を経て,京都市に避難した合計2年間で
ある平成23年5月から平成25年4月末日までの損害を相当因果関係のあ20
る損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原
告番号43)のとおりである。
イ避難費用
交通費
【43-1~4】の山形県及び京都市への避難に要した交通費は,本件事25
故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(自家用車)の
額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号43)のとおり,かか
る損害額は合計4万3200円と認めるのが相当であり,これは【43-1】
に生じた損害と認められる。
引越費用
【43-1~4】が京都市へ避難した際,引越代金合計19万7300円5
を要し(甲D43の7の1,43の7の2),このうち17万2000円を東
日本大震災復興支援財団から受領し,前記引越代金の損害に補填したため,
損害残額が2万5300円であることが認められる。前記のとおり,当該避
難は相当であるから,前記引越代金の損害残額も本件事故と相当因果関係の
ある損害と認められる。これを【43-1】に生じた損害と認める。10
一時立入費用
【43-1~4】が帰省等のため,一時帰宅に要した費用については,前
記第1で述べたとおりであるから,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損
害が生じたとは認められない。
家財道具価値喪失損害15
【43-1】は,放射性物質による被ばくによって,家財道具の価値が喪
失した旨主張するが,そのような価値の滅失を認めるに足りる証拠はない。
ただし,【43-1~4】が世帯全体で避難したことが認められ,避難に伴
い,家財道具購入費用を要したという限度において,これを本件事故と相当
因果関係のある損害と認める。かかる損害額は15万円と認めるのが相当で20
あり,これは【43-1】に生じた損害と認める。
避難雑費
【43-1~4】の避難に伴い,一時立入費用等,さまざまな支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【43
-1~4】が山形県に避難した平成23年5月から平成25年4月末日まで25
の間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相
当である。避難雑費合計96万円について,【43-1】に生じた損害と認め
る。
ウ生活費増加費用(放課後預かり)
【43-1】は,避難に伴い,祖父母の援助がなくなったため,【43-3】
を預かってもらう必要があったとして,その預かり費用を支出した旨主張する。5
【43-3】が障害を有していることなどを踏まえれば,その必要性は認めら
れるが,支出が明らかであるのは平成25年12月以降であるから(甲D43
の6の1),本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。
エ就労不能損害
【43-1】は,避難前,介護職員として勤務しており,月額26万13410
0円(日額8711円,平成23年4月)の収入があったが,平成24年2月
末日で退職し,平成24年3月23日から避難先において就労していることが
認められる(甲D43の1,43の4の1)。したがって,平成24年3月1日
から同月22日までの22日間について,避難に伴い就労が困難となっていた
ものと認められるから,避難前の基礎収入(日額8711円)を基準として,15
19万1642円(=8711円×22)の就労不能損害が認められる。
オ精神的損害(慰謝料)
【43-1~4】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【43-1,2】は各
30万円,【43-3,4】は各60万円が相当である。20
⑸既払金の充当
被告東電は,【43-1,2】に対して各8万円を,【43-3,4】に対して
各60万円を,それぞれ支払っていることが認められるところ(争いがない。),
これらの既払金を各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号43)の既払額欄記載のとおり,25
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【43-1】につき,15万9014円を,【43-2】につき,
2万2000円を,【43-3】につき,0円を,【43-4】につき,0円をそ
れぞれ相当と認める。
⑺まとめ5
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号43)の認容額
欄記載のとおりである。
43原告番号44-1~3について
⑴世帯の概要
【44-1】は昭和46年10月22日生まれの女性,【44-2】は昭和4110
年8月26日生まれの男性,【44-3】は平成19年2月14日生まれの女性
である。【44-3】は,【44-1,2】の子である。本件事故当時,【44-1
~3】は,福島市において,自宅(借家)に居住していた。【44-1,3】が福
岡県へ避難した後も,【44-2】は,通勤のため山形県に居住しており,【44
-1,3】と別居していたが,平成25年3月28日からは京都府で同居してい15
る。(甲D44の1の1,44の1の2,44の2の1・2,原告【44-2】本
人)
⑵避難の経緯
ア【44-1】は平成23年3月11日,福島第一原発がメルトダウンの可能
性が高いと判断して,【44-1~3】は,同日から13日にかけて,福島市か20
ら山口県へ避難し,同年4月9日,山口県から福岡県へ移転した。【44-1,
3】は,同年7月,福岡県内で移転した。
イ【44-2】は,職場に出勤するため,平成23年4月18日,福岡県から
福島市へ戻り,同年5月から山形県へ避難した。その後,【44-2】は大学の
教員をしていたため,山形県から福島県へ通勤し続けていたが,職場の大学を25
かわることとし,平成24年4月1日,山形県から徳島県へ移転した。福島県
の大学では,授業再開について,大学と意見を異にし,大学の雰囲気が変わっ
たと感じており,大学をかわることについては,残る教員との間で,言葉にな
らないわだかまりを感じていた。
ウ平成25年3月28日,【44-1,3】は福岡県から,【44-2】は徳島
県から,それぞれ京都府へ移転した。5
(甲D44の1の1,44の1の2,44の2の1・2,44の7の1,原告
【44-2】本人)
⑶面会交流の経過
平成23年4月から平成25年3月までの間,【44-2】は,年に20回以上
の頻度で,【44-3】に面会する目的で,【44-2】が居住していた山形県や10
徳島県から福岡県を訪問した。(甲D44の1の1,44の1の2,原告【44-
2】本人)
⑷ADR手続における和解
平成28年9月14日,【44-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関
する損害の一部について,被告東電は494万7186円の支払義務があること15
を認め,既払金76万円を除いた残額の418万7186円を支払うことなどを
内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,ADR手続における
弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されており,その
余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の
効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。(甲20
D44の8の8)
⑸損害額
ア概要
【44-1~3】の山口県への避難は相当であるところ,避難に伴う損害の
うち,山口県へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月25
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号44)のとおりで
ある。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載の
ない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D44の8の8)を根拠と
した認定である。
イ避難費用5
避難交通費
【44-1~3】の山口県への避難,及び【44-2】の山形県への避難
は,本件事故と相当因果関係のあるものである。また,【44-1~3】の福
岡県への移転についても,一時的な避難から長期的な避難を見据えての移動
であるから,相当であるといえる。したがって,これら避難及び移転に要し10
た費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等
一覧表(原告番号44)のとおり,かかる損害額は合計23万5768円と
認めるのが相当である。これは【44-2】に生じた損害と認められる。
面会交通費
【44-2】が面会交流に要した費用は,本件事故と相当因果関係のある15
損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号44)のとおり,かかる
損害額は195万2540円と認めるのが相当であり,これは【44-2】
に生じた損害と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含
まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
宿泊費20
【44-1~3】の避難生活の際に要した宿泊費は,本件事故と相当因果
関係のある損害と認められ,かかる損害額は4万3053円と認めるのが相
当であり,これは【44-2】に生じた損害と認められる。
引越関連費用
【44-1~3】の避難生活の際に要した引越関連費用は,本件事故と相25
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は36万8932円と認め
るのが相当であり,これは【44-2】に生じた損害と認められる。
自動車に要した費用
【44-2】が通勤での被ばくを避け,余震などによる次の危機的状況が
きた場合の備えのために,新たに自動車を購入した費用等としての,自動車
に要した費用は,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。5
避難雑費
【44-1~3】の避難に伴い,引越費用や面会交通費等,さまざまな支
出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,
44-1~3】が避難した平成23年3月から平成25年2月末日までの間,
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ10
る。避難雑費合計72万円について,【44-2】に生じた損害と認める。
ウ生活費増加費用
二重生活に伴う生活費増加費用
平成23年4月から【44-2】と【44-1,3】が別居し,世帯が分
離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加し15
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,
世帯分離していた間,合計70万5000円について,【44-2】に生じた
損害と認める。
家財道具購入費用
【44-2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相20
当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離したことを踏ま
えると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【44-
2】に生じた損害と認められる。
住居費
【44-1~3】が避難生活の際に要した住居費は,本件事故と相当因果25
関係のある損害と認められ,本件避難によって,避難時に居住していた宿舎
の費用は,誰も居住していないのであるから,本来は支出を免れるべき費用
であったことを踏まえれば,かかる損害額は39万8900円と認めるのが
相当であり,これは【44-2】に生じた損害と認められる。
共益費
【44-1,3】が避難生活の際に要した共益費は,本件事故と相当因果5
関係のある損害と認められ,かかる損害額は1万4000円と認めるのが相
当であり,これは【44-2】に生じた損害と認められる。
謝礼
【44-1,3】が避難生活の際に要した謝礼は,本件事故と相当因果関
係のある損害と認められ,かかる損害額は10万円と認めるのが相当であり,10
これは【44-2】に生じた損害と認められる。
交通費
【44-2】の増額した通勤交通費については,本件事故と相当因果関係
のある損害と認められ,かかる損害額は8万9900円と認めるのが相当で
あり,これは【44-2】に生じた損害と認められる。15
エ除染費用
【44-1~3】が要した除染道具購入費用は,本件事故と相当因果関係の
ある損害と認められ,かかる損害額は1万5000円と認めるのが相当であり,
これは【44-2】に生じた損害と認められる。
オ精神的損害(慰謝料)20
【44-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【44-1,2】は各
30万円,【44-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【44-1,2】に対して各12万円を,【4425
-3】に対して72万円をそれぞれ支払っていること,ADR手続において,【4
4-1~3】に対して,494万7186円(うち76万円(【44-1,2】に
対する各8万円,【44-3】に対する60万円の合計額)は直接請求により既に
支払われたものとして控除され,418万7186円のみ支払われている。)を
支払っていることが認められるところ(甲D44の8の8,乙D44の6,弁論
の全趣旨),これら既払金合計514万7186円のうち,【44-1】に対して5
12万円を,【44-2】に対して442万7186円を,【44-3】に対して
60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号44)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑺弁護士費用10
弁護士費用は,【44-1】につき1万8000円を,【44-2】につき22
万5684円(8万1591円とADR手続分14万4093円の合計額)を,
【44-3】につき0円を,それぞれ相当と認める。
⑻まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号44)の認容額15
欄記載のとおりである。
44原告番号45-1~3について
⑴世帯の概要
【45-1】は昭和41年3月12日生まれの男性,【45-2】は昭和41年
4月26日生まれの女性,【45-3】は平成19年7月15日生まれの女性で20
ある。【45-3】は,【45-1,2】の子である。本件事故当時,【45-1~
3】は,福島市において,自宅(借家)に居住していた。(甲D45の1,45の
2,45の2の2,原告【45-1】本人)
⑵避難の経緯
【45-1】は,本件事故前より,チェルノブイリ事故における健康影響に関25
する知識を有していたが,福島第一原発から60㎞以上離れた福島市内において
も安全とは考えられず,本件事故において連続的に爆発していたのを見て危険で
あると判断し,【45-2,3】を避難させることを決意した。【45-2,3】
は,平成23年3月20日,福島市から東京都へ避難し,同年7月19日,東京
都から京都市へ移転した。【45-1】は,【45-2,3】が避難した後も,福
島市で居住している。(甲D45の1,45の2・2の2,原告【45-1】本人)5
⑶面会交流の経過
平成23年4月から平成27年12月までの間,【45-1~3】は,複数回,
面会交流のため,東京都や京都市を訪問した。(甲D45の1,原告【45-1】
本人)
⑷損害額10
ア概要
【45-2,3】の東京都への避難は相当であると認められるところ,避難
に伴う損害のうち,東京都へ避難した日を含む月である平成23年3月から平
成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認
める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号415
5)のとおりである。
イ避難費用
交通費
a避難交通費
【45-2,3】の東京都への避難及び京都市への移転に要した交通費20
は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公
共交通機関)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号45)
のとおり,かかる損害額は合計2万6400円と認めるのが相当である。
これは【45-1】に生じた損害と認められる。
b面会交流交通費25
【45-1】と【45-3】との面会交流に要した費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号4
5)のとおり,かかる損害額は,標準交通費一覧表(自家用車,公共交通
機関)の額を修正した額で,2年間14回分合計52万3200円と認め
るのが相当であり,これは【45-1】に生じた損害と認める。その余の
面会交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じ5
たとは認められない。
cしたがって,交通費として合計54万9600円を損害と認め,【45
-1】に生じた損害と認める。
家財道具移動費用
【45-2,3】が京都市へ移転する際,家財道具移動費用として1万710
440円を要したことが認められる(甲D45の6の10)。前記のとおり,
東京都への避難は相当であり,その後京都市への移転の際に家財を移動させ
ることも相当であるから,前記家財道具移動費用も本件事故と相当因果関係
のある損害と認められる。これを【45-1】に生じた損害と認める。その
余の家財道具移動費用については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損15
害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【45-2,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は5万1879円と認20
めるのが相当であり,これは【45-1】に生じた損害と認められる(甲D
45の6の1~9)。
生活費増加費用(二重生活)
平成23年3月から【45-1】と【45-2,3】が別居し,世帯が分
離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加し25
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,
世帯分離していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月
あたり2万円を認め,合計48万円(24万円×2人)について,【45-1】
に生じた損害と認める。
駐車場代
【45-2,3】の避難に伴い必要となった駐車場代については,下記避5
難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
エ就労不能損害
【45-1】は,本件事故前,行政のイベントを企画運営する会社において
働いており,手取りで月額26万円の収入を得ていたが(平成13年の年収は
369万9100円),平成23年6月,本件事故の影響により整理解雇され10
たこと,平成23年8月から震災支援のNPOスタッフとして勤務しており,
平成27年の年収が328万7500円であったことが認められる(甲D45
の1,甲D45の4の1・2)。本件事故前に減給となった証拠及び本件事故後
の年収に変化があったとの証拠はいずれもないことから,平成23年6月まで
の年収は369万9100円,月額30万8258円,同年8月以後の年収は15
328万7500円,月額27万3958円と推認される。そうすると,平成
23年7月から平成25年2月末日までの間は,本件事故に伴い就労が困難又
は転職による減収が認められるから,元の職場の基礎収入(月額30万825
8円)を基準として,95万9958円(=30万8258円×20-27万
3958円×19)の就労不能損害が認められる。20
オ避難雑費
【45-2,3】の避難に伴い,面会交通費用,家財道具移動費用等の支出
が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【4
5-2,3】が避難していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。25
避難雑費合計48万円(24万円×2人)について,【45-1】に生じた損害
と認める。
カ精神的損害(慰謝料)
【45-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【45-1,2】は各
30万円,【45-3】は60万円が相当である。5
⑸弁護士費用
弁護士費用は,【45-1】につき,28万3888円を,【45-2】につき,
3万円を,【45-3】につき,6万円をそれぞれ相当と認める。
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号45)の認容額10
欄記載のとおりである。
45原告番号46-1~5について
⑴世帯の概要
【46-1】は昭和49年7月10日生まれの男性,【46-2】は昭和49年
9月27日生まれの女性,【46-3】は平成13年12月28日生まれの女性,15
【46-4】は平成16年1月27日生まれの男性,【46-5】は平成21年4
月24日生まれの男性である。【46-3~5】は,【46-1,2】の子である。
本件事故当時,【46-1~5】は,千葉県松戸市において,自宅(持ち家)に居
住していた。避難後,自宅は売却した。なお,【46-4】は,1歳10か月頃に
急性リンパ性白血病を発症していたが,本件事故当時は寛解し,定期的診察と血20
液検査により原病と晩期障害へのフォローから経過観察が続けられている状態
であった。(甲D46の1の1,46の2の1,46の7の1~9,原告【46-
2】本人)
⑵避難の経緯
【46-2】は,【46-4】の持病のこともあり,本件事故後,放射線の影響25
に関する情報を収集していたが,平成23年11月頃,講演会を聴くなどしたと
ころ,千葉県松戸市で影響の出やすい小さい子どもを育てることはできないと考
えて,避難を決意した。【46-1~5】は,平成24年2月4日,千葉県松戸市
から三重県へ避難した。その後,平成24年8月1日,三重県から愛知県へ移転
し,平成25年4月8日,愛知県から京都府へ移転した。(甲D46の1の1,4
6の2の1,原告【46-2】本人)5
⑶一時帰宅の経過
平成24年8月から平成27年8月までの間,【46-1】は,複数回,帰省の
ため,一時帰宅した。(甲D46の1の1,原告【46-2】本人)
⑷損害額
ア概要10
【46-1~5】の三重県への避難は相当であるところ,避難に伴う損害の
うち,三重県へ避難した日を含む月である平成24年2月から平成26年1月
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号46)のとおりで
ある。15
イ避難費用
交通費
【46-1~5】の三重県への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められる。また,愛知県への移転及び京都市への移転
についても,生活の安定のために移転したものと認められるから,移転にか20
かる交通費も本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。標準交通費
一覧表(自家用車)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号
46)のとおり,かかる損害額は合計4万0800円と認めるのが相当であ
る。これは【46-1】に生じた損害と認められる。
一時立入費用25
【46-1】の帰省のための一時立入費用については,下記避難雑費に含
まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【46-1~5】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえれ5
ば,かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【46-1】
に生じた損害と認められる。
避難雑費
【46-1~5】の避難に伴い,一時帰宅費用等の支出が生じており,こ
れらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【46-1~5】10
が避難していた平成24年2月から平成26年1月末日までの間,1か月あ
たり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難
雑費合計120万円(24万円×5人)について,【46-1】に生じた損害
と認める。
賃料15
【46-1~5】は持ち家に居住していたが,本件避難によって,平成2
4年2月から同年7月までは月額6万3790円,平成24年8月から平成
25年3月までは月額6万4110円,平成25年4月以降は月額9万40
00円の家賃を支出したことが認められる(甲46の1,46の6の1・2)。
このうち,平成24年2月から平成26年1月末日までの家賃については,20
本件事故と相当因果関係のある損害と認め,合計183万5620円(6万
3790円×6か月+6万4110円×8か月+9万4000円×10か
月)を本件事故による損害と認める。
エ動産損害
【46-1】は,本件事故により家財道具に関して損害を被った旨主張する25
が,本件事故による影響で家財道具等の価値が減少したと認めるに足りる証拠
はない。
オエアーカウンター購入費用
【46-1】が,エアーカウンター購入費用を支出したと認めるに足りる証
拠はない。
カ医療費5
【46-1~5】の各疾病に関する医療費については,【46-1】が支出し
たことは認められるが(甲D46の7の1・2),本件事故と各疾病との間に因
果関係は認めるに足りないから,本件事故による損害と認めることはできない。
キ就労不能損害
【46-1】は,本件事故前,クレーン運転士の仕事をしており,平成2210
年には553万0648円の収入があったが,本件事故による避難のため退職
したこと,避難先でも就労していたことが認められる(甲46の1の1,46
の4の1)。そうすると,避難先における収入があったことが認められ,避難に
より収入が減少したと認めるに足りる証拠はないから,就労不能損害を認める
ことはできない。15
ク精神的損害(慰謝料)
【46-1~5】は,自主的避難等対象区域外の居住者であるが,同区域の
場合に準じる場合であるから,本件事故による恐怖及び不安並びに避難生活の
苦痛への慰謝料として,【46-1,2】は各15万円,【46-3~5】は各
30万円が相当である。20
⑸弁護士費用
弁護士費用は,【46-1】につき,33万7642円を,【46-2】につき,
1万5000円を,【46-3】につき,3万円を,【46-4】につき,3万円
を,【46-5】につき,3万円をそれぞれ相当と認める。
⑹まとめ25
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号46)の認容額
欄記載のとおりである。
46原告番号47について
⑴世帯の概要
【47】は昭和47年11月16日生まれの女性である(甲D47の1)。本件
事故当時,【47】は,【47】の夫,長男(本件事故当時には幼稚園児)及び長5
女(本件事故当時1歳。以下,46においてはそれぞれ「夫」「長男」「長女」とい
う。)とともに,仙台市u1区において,自宅(借家)に居住していた。(甲D4
7の1,原告【47】本人)
⑵避難の経緯
【47】は,平成23年8月頃,横浜市で基準値を超えた汚染牛肉が給食に使10
用されたというニュースを聞いて,放射線の健康への影響等について情報収集す
るようになったが,インターネットで調べたり,母親たちの勉強会に参加したり
しているうち,被ばくを避ける必要があると感じ,避難を決意して,長男及び長
女とともに,平成23年9月7日,仙台市u1区からアメリカへ避難した。その
後,【47】は,長男及び長女とともに,平成23年11月4日,仙台市u1区へ15
戻った。平成24年1月10日,仙台市u1区から沖縄県へ避難し,同年5月1
0日,仙台市u1区へ戻った。平成24年12月16日,【47】は,長男及び長
女とともに,仙台市u1区から京都市へ避難した。夫は,避難後も仙台市に居住
していたが,平成27年1月以降,京都市において同居している。(甲D47の
1,原告【47】本人)20
⑶面会交流の経過
平成24年12月以降,夫は,複数回,長女及び長男との面会交流のため,京
都市を訪問した。(甲D47の1,原告【47】本人)
⑷損害額
ア概要25
【47】のアメリカ,沖縄県及び京都市への避難は,いずれも本件事故と相
当因果関係のあるものではない。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損
害額等一覧表(原告番号47)のとおりである。
イ生活費増加費用(放射線検査費用)
【47】が,長男及び長女の被ばくの身体への影響を検査するため,検査費
用を支出したことが認められる(甲D47の7の1~4)が,後述のとおり,5
福島第一原発までの距離や空間線量等の状況を踏まえれば,放射線検査費用が
本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
ウ精神的損害(慰謝料)
【47】は,自主的避難等対象区域外の居住者であり,その避難は,自主的
避難区域の居住者の避難の場合と同等又は準じる場合ともいえないから,避難10
に伴う精神的損害は認められない。そして,その居住場所(仙台市u1区)は,
福島第一原発までの距離が約89㎞で,自主的避難等対象区域が概ね含まれる
福島第一原発80㎞圏内を越えること,本件事故直後の空間線量が特段高いと
認めるに足りる証拠もないこと,避難指示等対象区域や自主的避難等対象区域
に近接することもないこと等から,本件事故による恐怖及び不安の点において15
も,慰謝料を認めるのが相当とまでは認められない。
⑸弁護士費用
弁護士費用は,0円を相当と認める。
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号47)の認容額20
欄記載のとおりである。
47原告番号48-1~6について
⑴世帯の概要
【48-1】は昭和58年11月11日生まれの男性,【48-2】は昭和63
年5月4日生まれの女性,【48-3】は平成22年4月11日生まれの男性,25
【48-4】は昭和29年2月17日生まれの女性,【48-5】は昭和54年3
月9日生まれの男性,【48-6】は昭和27年6月23日生まれの男性である。
【48-3】は,【48-1,2】の子であり,【48-2,5】は,【48-4,
6】の子である。本件事故当時,【48-1~6】は,福島県郡山市において,自
宅(借家)に同居していた。なお,【48-1,2】の間には,避難後,平成24
年に次男が,平成26年に長女がそれぞれ出生している。(甲D48の1,48の5
2の1~3,原告【48-2】本人)
⑵避難の経緯
【48-1,2】は,本件事故の爆発でできた雲がきのこ雲のようであり,放
射線に対する恐怖が増したため,身を守るために避難しなければならないと感じ
て,【48-1~3】は,平成23年3月15日,福島県郡山市から福島県会津若10
松市へ避難したが,本件事故に対する危機感について,周囲と軋轢を生んだこと
から,同月18日,福島県郡山市へ戻った。【48-1】の勤務先の上司の勧め
や,ガイガーカウンターで計測した数値が1~3µ㏜/hであったことから,【4
8-3】の将来に影響するのではないかと心配になり,避難することを決意し,
【48-2~4】は,平成23年6月29日,福島県郡山市から京都市へ避難し15
た。【48-1】は,【48-2~4】が避難した後も,福島県郡山市に居住して
いたが,平成23年8月,京都市へ避難した。【48-5】は,【48-1~4】
が避難した後も,福島県郡山市に居住していたが,平成26年2月17日,京都
市へ避難した。【48-6】は,【48-1~5】が避難した後も,福島県郡山市
に居住していたが,平成27年9月26日,京都市へ避難した。【48-1,2】20
は,避難後,避難者同士の軋轢や人間関係に悩み,【48-1】は,メニエール病
となり,【48-2】は,周囲との軋轢を生まないように,福島出身者であること
を隠すようになった。(甲D48の1,48の2の1~3,原告【48-2】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年10月から平成27年9月までの間,【48-1~6】は,複数回,25
面会交流のため,京都市を訪問したり,一時帰宅したりしていた。(甲D48の
1,原告【48-2】本人)
⑷損害額
ア概要
【48-1~3】の福島県会津若松市への避難及び【48-1~4】の京都
市への避難は,いずれも相当であるが,【48-5,6】の京都市への避難は本5
件事故と相当因果関係のあるものではない。【48-1~4】の避難に伴う損
害のうち,福島県会津若松市への避難交通費及び【48-2~4】が京都市へ
避難した日を含む月である平成23年6月から平成25年5月末日までの2
年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が認定した損
害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号48)のとおりである。10
イ避難費用
交通費
【48-1~3】の福島県会津若松市への避難及び【48-1~4】の京
都市への避難に要した交通費(請求していない。)のほかに,一時立入り又は
面会交流のために支出した交通費は,前記第1のとおりであり,【48-115
~6】の一時帰宅や京都市の訪問には,自宅の管理のための一時帰宅や親と
年少者の子との面会交流のための訪問ではないから,下記避難雑費に含まれ
る額を超えて,損害が生じたとは認められない。
引越費用
【48-5,6】の避難は相当ではないから,かかる引越費用(甲D4820
の7の1)については,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められな
い。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【48-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故25
と相当因果関係のある損害と認められ,【48-1~4】と【48-5,6】
が別居しており,世帯が分離して生活していたことを踏まえると,かかる損
害額は30万円と認めるのが相当であり,これは【48-1】に生じた損害
と認められる。
二重生活
前記のとおり,平成23年3月は避難が短期間で終わっているが,同年65
月からは,避難が継続し世帯分離が生じていたと認められるから,水道光熱
費等の生活費が増加したものと認められる。したがって,世帯分離による生
活費増加費用として,世帯分離していた平成23年6月から平成25年5月
末日までの間,1か月あたり2万円を認め,合計48万円について,【48-
6】に生じた損害と認める。10
避難雑費
【48-1~4】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか
ら,平成23年6月から平成25年5月末日までの間(【48-1】について
は平成23年8月以降),1か月あたり1名につき1万円の限度において,15
損害と認めるのが相当である。避難雑費合計94万円(24万円×3+22
万円)について,【48-1】に生じた損害と認める。
家賃・共益費及び生活用動産保険
【48-6】の避難は相当と認められないから,かかる費用(甲D48の
6の1・2)については,本件事故と相当因果関係のある損害とは認められ20
ない。
エ精神的損害(慰謝料)
【48-1~6】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【48-1,2,4】
は各30万円,【48-3】は60万円が,【48-5,6】は本件事故による25
恐怖及び不安並びに行動の自由の制限についての苦痛への慰謝料として,各3
0万円がそれぞれ相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【48-1,4,5,6】に対して各12万円を,【48-2】に
対して20万円を,【48-3】に対して72万円を,それぞれ支払っていること
が認められるところ(争いがない。),これら既払金合計140万円のうち,【485
-1】に対して24万円を,【48-2】に対して20万円を,【48-3】に対
して60万円を,【48-4~6】に対してそれぞれ12万円ずつを,各原告に生
じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号48)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。10
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【48-1】につき,13万円を,【48-2】につき,1万円
を,【48-3】につき,0円を,【48-4】につき,1万8000円を,【48
-5】につき,1万8000円を,【48-6】につき,6万6000円をそれぞ
れ相当と認める。15
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号48)の認容額
欄記載のとおりである。
48原告番号49について
⑴世帯の概要20
【49】は昭和43年2月23日生まれの女性である。本件事故当時,【49】
は,福島市において,自宅(借家)に居住していた。幼い頃からお菓子屋になる
のが夢であり,福島から大阪の製菓専門学校に進学し,専門学校時代及びその卒
業後に修行を重ね,平成13年,福島市に手作菓子店を開業した。福島では,名
の知れた洋菓子職人であると自負していた。(甲D49の1の1,49の2の1,25
原告【49】本人)
⑵避難の経緯
【49】は,本件事故直後に,福島市で異常に高い放射線量が測定されたこと
を知り,放射線被ばくへの恐怖を抱くようになり,避難を決意し,平成23年3
月17日から18日にかけて,福島市から大阪府へ避難した。その後,平成24
年3月15日,支援住宅の貸出期間が満了と職場の都合があって,大阪府から京5
都市へ移転し,平成26年4月以降,2回,京都市内で移転した。平成27年7
月,福島市へ戻った。(甲D49の1の1,49の2の1,原告【49】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年4月から平成26年4月までの間,【49】は,複数回,面会交流の
ため,一時帰宅した。(甲D49の1の1,原告【49】本人)10
⑷ADR手続における和解
平成27年7月3日,【49】と,被告東電との間で,本件事故に関する損害の
一部について,被告東電は89万3280円の支払義務があることを認め,中間
指針追補に基づく既払金8万円を除いた残額の81万3280円を支払うこと
などを内容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,ADR手続に15
おける弁護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されており,
その余の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分につき,和
解の効力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。
(甲D49の8の1)
⑸損害額20
ア概要
【49】の大阪府への避難は相当と認められるところ,避難に伴う損害のう
ち,大阪府へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月末
日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所が
認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号49)のとおりであ25
る。なお,下記で,定額による認定ではないにもかかわらず,証拠の記載のな
い損害額認定は,直接請求による支払額若しくはADR手続における和解額又
はそれらの合算額(甲D49の8の1)を根拠とした認定である。
イ避難費用
移動費用
【49】の大阪府への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係の5
ある損害と認められる。また,【49】の大阪府から京都市への移転について
も,支援住宅の貸出期間が満了すること,職場の都合があったことから移転
したものであり,生活の安定のための移転であるから,その費用は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められる。なお,【49】の福島市への移転
は,大阪府への避難から2年以上が経過しており,生活が安定した後の移転10
であるから,本件事故と相当因果関係がある損害と認められない。したがっ
て,別紙避難経路等一覧表(原告番号49)のとおり,かかる損害額は合計
3万6000円と認めるのが相当である。これは【49】に生じた損害と認
められる。
滞在費15
【49】の避難生活の際に要した滞在費は,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められ,かかる損害額は7600円と認めるのが相当である。
引越費用
避難に伴い,引越に要した費用については,本件事故と相当因果関係のあ
る損害と認められるが,【49】が引越費用を要したことを認めるに足りる20
証拠はない(【49】は,33万2640円が既払である旨主張するが,AD
R手続における和解契約書(甲D49の8の1)には記載がなく,その他支
払がなされたことを裏付ける証拠はない。)。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用25
【49】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,【49】が本件事故当時単身で居住しており,
避難したことを踏まえると,かかる損害額は15万円と認めるのが相当であ
る。
一時立入費用(移動費用・滞在費)
【49】の避難生活の際に要した一時立入費用は,本件事故と相当因果関5
係のある損害と認められ,かかる損害額は,別紙避難経路等一覧表(原告番
号49)のとおり,移動費用が18万2400円,滞在費が1万2800円
と認めるのが相当である。
賃料
【49】は本件避難により家賃を支出したと主張するが,下記避難雑費に10
含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
エ営業損害(逸失利益)
【49】は,本件事故当時,お菓子教室を開いており,その事業等によって,
収入があったこと,避難時にお菓子教室を閉鎖したこと,避難後平成23年6
月から就労していたが,その後転職を繰り返して,平成25年5月以降は定職15
に就いていないことが認められる(甲49の1の1)。この間の営業損害につ
いては,合計143万9647円(直接請求で認められた99万6385円及
びADR手続における和解で認められた44万3262円の合計額)は認めら
れるが,これを超えて,【49】に生じた営業損害を認めるに足りる証拠はな
い。20
【49】は,直接請求及びADR手続における和解で認められたのは,平成
23年3月から同年9月までの分であるとして,月額35万1651円を根拠
に,同年10月以降の分を請求するが,【49】が自営業とみられるお菓子教室
を開いていたにもかかわらず,上記月額35万1651円の収入や,売上げ,
経費,利益率等を認めるに足りる証拠を提出していないし,【49】は,平成225
3年6月以降平成24年までで合計404万4593円(190万2445円
及び214万2148円の合計額。乙D49の3)の収入を得ており,平成2
5年にも一定の収入があったことが窺われるから(乙D49の3),結局,直接
請求及びADR手続における和解で認められた営業損害を超える損害が認め
られるか判然としないというべきである。
オ精神的損害(慰謝料)5
【49】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及
び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【49】に対して111万6385円を支払って
いること,ADR手続において,【49】に対して,89万3280円(うち8万10
円は直接請求により既に支払われたものとして控除され,81万3280円のみ
支払われている。)を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これ
ら既払金の合計192万9665円を,【49】に生じた損害額に充当するのが
相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号49)の既払額欄記載のとおり,15
原告に生じた損害額に充当する。
⑺弁護士費用
弁護士費用は,4万5896円(1万9878円及びADR手続分2万601
8円の合計額)を相当と認める。
⑻まとめ20
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号49)の認容額
欄記載のとおりである。
49原告番号50について
⑴世帯の概要
【50】は,昭和62年4月10日生まれの女性である。本件事故当時,【50】25
は,福島市において,【50】の父が所有する自宅に,【50】の母(以下,49に
おいては,「母」という。)と居住していた。(甲D50の1,50の2,50の2
の2,原告【50】本人)
⑵避難の経緯
【50】は,小学3年生のとき,脳腫瘍の入院治療で,後頭蓋窩28㏉,腫瘍
摘出術後に全脳に30㏉,全脊髄に30㏉の医療被ばくを受けており,医師から5
相当多い放射線を浴びている旨の説明を受けていたことから,放射線の影響には
気をつけており,母や兄の勧めもあったことから,被ばくのリスクを少しでも避
けるため,避難を決意し,平成23年3月14日,福島市から新潟県へ避難し,
同月17日,新潟県から山口県へ移転した。その後,平成23年5月27日,山
口県から東京都へ移転し,同年6月26日,一時帰宅していた福島市から京都市10
へ移転し,その後,京都市内で1回移転した。京都市に来てからは,母と別居し
ている。上記各移転は,主に,実兄宅や従兄弟宅を転々とするものであった。(甲
D50の1,50の2,50の2の2,50の7の3,原告【50】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年3月から平成27年12月までの間,【50】は,複数回,母との面15
会交流のため,一時帰宅した。(甲D50の1,原告【50】本人)
⑷損害額
ア概要
【50】の新潟県への避難は,相当と認められるところ,避難に伴う損害の
うち,新潟県へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月20
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号50)のとおりで
ある。
イ避難費用
交通費25
【50】の新潟県への避難は,本件事故と相当因果関係のある損害と認め
ることができる。また,山口県,東京都及び京都市への移転についても,実
兄宅や従兄弟宅を転々としており,生活を安定させるために必要な移転とい
えるから,移転に要した交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認
められる(ただし,京都市への移転については東京都からの移転費用に限
る。)。したがって,別紙避難経路等一覧表(原告番号50)のとおり,かか5
る損害額は合計7万8400円と認めるのが相当である。
一時帰宅交通費
【50】が面会等のため,一時帰宅に要した費用については,前記第1で
述べたとおりであり,【50】が成人女性であることからしても,本件事故と
相当因果関係のある損害が生じたとは認められない。10
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【50】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,【50】は母と別居しており,世帯分離が生じ
たことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,こ15
れは【50】に生じた損害と認められる。
二重生活
前記のとおり,平成23年6月下旬から【50】と母が世帯分離して生活
することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認
められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離し20
ていた平成23年6月から平成25年2月末日までの間,1か月あたり2万
円を認め,合計42万円について損害と認める。
二重生活に伴う通信費
前記世帯分離による生活費増加費用を超えて,通信費を要したと認めるに
足りる証拠はない。25
生活費増加費用(賃料等)
本件事故に伴う避難により,平成24年12月以降,避難先において月額
2000円の共益費を要したことが認められる(甲50の1,2。住民票上,
市営住宅入居は,平成24年12月14日である。)。したがって,平成24
年12月から平成25年2月末日までの共益費合計6000円(2000円
×3か月)を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。5
エ就労不能損害
【50】は,本件事故前,福島市役所において臨時職員として勤務しており,
平成22年は年収118万2404円(平均月額9万8534円)を得ていた
が,本件事故による避難のため退職したこと,避難先において就職し,平成2
3年9月から平成25年3月まで,合計254万6133円の収入(平均月額10
13万4007円)があったことが認められる(甲D50の4の1~20)。平
成23年3月から同年8月までの間については,本件事故による避難を実行し
たために,就労できなかったものと認められ,それ以降については,特段,賃
金の減少等が認められないことを踏まえると,避難前の基礎収入(月額9万8
534円)を基準として計算される59万1204円(=9万8534円×6)15
のうち,【50】の主張する50万円を就労不能損害と認める。
オ精神的損害(慰謝料)
【50】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,また脳腫瘍の入院治療
で医療被ばくを受けており,医師から相当高い量の放射線を浴びているとの説
明を受けていたことから,本件事故による恐怖及び不安は同区域の通常の居住20
者に比べて,より大きいとみる特段の事情があるから,その恐怖及び不安並び
に避難生活の苦痛への慰謝料として,40万円が相当と認める。
⑸既払金の充当
被告東電は,【50】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ
ろ(争いがない。),この既払金を【50】に生じた損害額に充当するのが相当で25
ある。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号50)の既払額欄記載のとおり,
損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,15万8440円を相当と認める。
⑺まとめ5
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号50)の認容額
欄記載のとおりである。
50原告番号51-1~3について
⑴世帯の概要
【51-1】は昭和44年4月20日生まれの男性,【51-2】は昭和46年10
7月23日生まれの女性,【51-3】は平成21年10月2日生まれの男性で
ある。本件事故当時,【51-1~3】は,福島市において,自宅(持ち家)に居
住していた。(甲D51の1の1,51の2の1・2,原告【51-1】本人)
⑵避難の経緯
【51-1】は,原発で勤務していた友人から,早く避難した方がよいとの連15
絡を受けて,【51-3】の健康への影響を心配し,妻子を避難させることを決意
し,これを受けて,【51-2,3】は,平成23年3月15日,福島市から新潟
県へ避難し,同月21日,新潟県から兵庫県へ移転した。【51-2,3】は,平
成23年4月11日,兵庫県内で移転した後,同年6月23日,兵庫県から,富
山県を経由して福島市へ戻り,同年7月2日,福島市から山形県へ避難した。【520
1-2,3】は,平成25年11月19日,山形県から京都市へ移転した。【51
-1】は,【51-2,3】が新潟県及び山形県へ避難した後も,福島市に居住し
ていたが,平成25年11月19日,京都市へ避難した。(甲D51の1の1,5
1の2の1・2,原告【51-1】本人)
⑶面会交流の経過25
平成23年3月から平成27年10月までの間,【51-1】は,複数回,面会
交流のため,新潟県,兵庫県,山形県及び京都市を訪れ,【51-2,3】は一時
帰宅した。(甲D51の1の1,原告【51-1】本人)
⑷ADR手続における和解
平成26年3月3日,【51-1~3】と,被告東電との間で,本件事故に関す
る損害の一部について,被告東電は462万8908円の支払義務があることを5
認め,既払金76万円を除いた残額の386万8908円を支払うことなどを内
容とする和解契約が成立した。なお,清算条項において,ADR手続における弁
護士費用のみ,当事者間に何らの債権債務がないことが確認されており,その余
の各損害項目については,和解条項に定める金額を超える部分につき,和解の効
力は及ばず,別途損害賠償請求することを妨げないことが確認されている。(甲10
D51の8の1)
⑸損害額
ア概要
【51-2,3】の新潟県及び山形県への避難は,相当と認められるところ,
避難に伴う損害のうち,新潟県への避難した日を含む月である平成23年3月15
から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損
害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告
番号51)のとおりである。なお,下記で,定額による認定ではないにもかか
わらず,証拠の記載のない損害額認定は,ADR手続における和解額(甲D5
1の8の1)を根拠とした認定である。20
イ避難費用
移動交通費
【51-2,3】の新潟県及び山形県への各避難並びに兵庫県への移転に
要した交通費は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難
経路等一覧表(原告番号51)のとおり,かかる損害額は合計8万440025
円と認めるのが相当である。これは【51-1】に生じた損害と認められる。
なお,【51-1】は,【51-2,3】が,富山県へ避難した旨述べるが(甲
D51の1の1),滞在日数が1日であり,福島市へ帰還するための経由地
とみるべきであるから,福島市への帰還とは別に避難したとは認められない。
また,京都市への移転については,【51-1】とともに避難するためとはい
え,山形県への避難から2年以上経過していることからすれば,本件事故と5
相当因果関係があると評価することはできないから,その移転に要した交通
費は,損害と認められない。
宿泊費及び謝礼
【51-2,3】の避難生活の際に要した宿泊費及び謝礼は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は7万5700円と認め10
るのが相当であり,これは【51-1】に生じた損害と認められる。
引越関連費用
【51-2,3】の避難生活の際に要した引越関連費用は,本件事故と相
当因果関係のある損害と認められ,かかる損害額は15万2900円と認め
るのが相当であり,これは【51-1】に生じた損害と認められる。15
面会交通費
【51-1】が面会交流に要した費用は,本件事故と相当因果関係のある
損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号51)のとおり,かかる
損害額は126万3200円と認めるのが相当であり,これは【51-1】
に生じた損害と認める。その余の面会交通費については,下記避難雑費に含20
まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
立入交通費
【51-3】が一時帰宅に要した費用は,甲状腺検査や検診等のためであ
って,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧
表(原告番号51)のとおり,かかる損害額は8万3200円と認めるのが25
相当であり,これは【51-1】に生じた損害と認める。その余の一時帰宅
交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは
認められない。
ウ二重生活に伴う生活費増加費用(光熱費,通信費,被服費,食費)
平成23年3月から【51-1】と【51-2,3】が別居し,世帯が分離
して生活することになったのであるから,光熱費,通信費等の生活費が増加し5
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,合
計91万5000円の限度で,【51-1】に生じた損害と認める。
エ家財道具購入費用
【51-2,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と
相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離して生活してい10
たことを踏まえると,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これ
は【51-1】に生じた損害と認められる。
オ賃料等・仲介料及び住宅保険料・家賃
【51-2,3】が兵庫県へ移転後の生活及び山形県における避難生活の際
に要した賃料等・仲介料及び住宅保険料・家賃は,本件事故と相当因果関係の15
ある損害と認められ,かかる損害額は,賃料等18万8070円,仲介料及び
住宅保険料8万5350円,家賃23万3666円と認めるのが相当であり,
これらは【51-1】に生じた損害と認められる。
カ駐車料及び管理料・車のナンバー変更に関する費用
【51-2,3】が避難生活の際に要した駐車料及び管理料・車のナンバー20
変更に関する費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,かかる
損害額は,駐車料及び管理料33万6000円,車のナンバー変更に関する費
用3650円と認めるのが相当であり,これらは【51-1】に生じた損害と
認められる。
キ検査費用(医療費)25
【51-1~3】が,被ばくの身体への影響を検査するための検査費用につ
いては,本件事故当時,自主的避難等対象区域に居住していた【51-1~3】
が身体への影響を不安に思い,それを解消するために検査することは相当であ
るから,検査費用3150円は,本件事故と相当因果関係のある損害と認めら
れる。
クガイガーカウンター購入費用・高圧洗浄機購入費用5
本件事故により,ガイガーカウンター及び除染のための高圧洗浄機を購入す
る費用は,本件事故と相当因果関係があると認められ,かかる損害額は,ガイ
ガーカウンター購入費用4000円,高圧洗浄機購入費用4万5800円と認
めるのが相当であり,これらは【51-1】に生じた損害と認められる。
ケ避難雑費10
【51-2,3】の避難に伴い,避難・移転の同行費用,面会交流費用及び
一時帰宅費用等,さまざまな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果
関係があると認められるから,避難していた平成23年3月から平成25年2
月末日までの間,1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認め
るのが相当である。避難雑費合計48万円(24万円×2)について,【51-15
1】に生じた損害と認める。
コ町内会費
上記生活費増加費用を超えて,町内会費を支出したと認めるに足りる証拠は
ない。
サ精神的損害(慰謝料)20
【51-1~3】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【51-1,2】は各
30万円,【51-3】は60万円が相当である。
⑹既払金の充当
被告東電は,直接請求により,【51-1】に対して12万円,【51-2】に25
対して12万円,【51-3】に対して72万円をそれぞれ支払っていること,A
DR手続において,【51-1~3】に対して,462万8908円(うち76万
円(【51-1,2】に対する各8万円,【51-3】に対する60万円の合計額)
は直接請求により既に支払われたものとして控除され,386万8908円のみ
支払われている。),合計482万8908円を支払っていることが認められると
ころ(争いがない。),これら既払金について,【51-1】に対しては410万85
908円(ADRにおける弁護士費用13万4822円を除くと397万408
6円)を,【51-2】に対しては12万円を,【51-3】に対しては60万円
を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号51)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。10
⑺弁護士費用
弁護士費用は,【51-1】につき,17万9340円(4万4518円とAD
R手続分13万4822円の合計額)を,【51-2】につき,1万8000円
を,【51-3】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑻まとめ15
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号51)の認容額
欄記載のとおりである。
51原告番号52-1~4について
⑴世帯の概要
【52-1】は昭和42年3月17日生まれの女性,【52-2】は平成11年20
3月23日生まれの男性,【52-3】は平成14年11月22日生まれの男性,
【52-4】は平成17年9月27日生まれの女性である。【52-2~4】は,
【52-1】の子である。本件事故当時,【52-1~4】は,【52-1】の夫
(以下,51においては「夫」という。)とともに,茨城県北茨城市において,自
宅(持ち家)に居住していた。(甲D52の1の1,52の2の1・2,原告【525
2-1】本人)
⑵避難の経緯
【52-1】は,茨城県北茨城市では異常に高い放射線量が測定されていたこ
とや,学校の放射線への対応が不十分と感じ,健康被害が生じないようにするた
め,避難を考えていたが,夫の反対もあり,実行に移せなかった。自分なりにデ
ータを集めたり,講演会や学習会に参加していたりしたところ,京都市内の公務5
員宿舎に入居できることになったため,避難を決意し,【52-1~4】は,平成
24年1月27日,茨城県北茨城市から京都市へ避難した。【52-2】は,平成
25年10月頃,茨城県北茨城市へ戻った。【52-1~4】が避難した後も,夫
は,茨城県北茨城市に居住している。(甲52の1の1,52の2の1・2,原告
【52-1】本人)10
⑶面会交流の経過
平成24年10月から平成27年9月までの間,【52-2】は,複数回,【5
2-1】との面会交流のため,京都市を訪れた。(甲52の1の1,52の2の
1・2,原告【52-1】本人)
⑷損害額15
ア概要
【52-1~4】の京都市への避難は,相当であるところ,避難に伴う損害
のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成24年1月から平成25年1
2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁
判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号52)のとお20
りである。
イ避難費用
交通費
【52-1~4】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,茨城県北茨城市から京都市まで,親子4人が25
移動していることから,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した
額の範囲内で,別紙避難経路等一覧表(原告番号52)のとおり,かかる損
害額は原告の主張する合計4万3050円と認めるのが相当である。これは
【52-1】に生じた損害と認められる。
引越費用
【52-1~4】が京都市へ避難した際,引越代金2万7250円を要し5
たことが認められる(甲D52の6の8)。前記のとおり,当該避難は相当で
あるから,前記引越代金は本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
これを【52-1】に生じた損害と認める。
保養に要した費用
保養に要した費用は,「保養」と呼ぶかどうかはともかく,京都市への避難10
に至るまでの間に,放射線の影響を避けるため,戻ることを前提として,短
期的に移動したものであるから,避難にはあたらず,避難費用としては認め
られないものの,前記目的を前提とすると,下記避難雑費に含まれる範囲に
おいて,本件事故と相当因果関係がある損害と認める。
ウ生活費増加費用15
家財道具購入費用
【52-1~4】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,避難に伴って【52-1~4】と夫
が別居し,世帯が分離して生活することになったことを踏まえると,かかる
損害額は30万円と認めるのが相当であり(一部につき甲D52の6の9~20
11),これは【52-1】に生じた損害と認められる。
避難雑費
【52-1~4】の避難に伴い,一時帰宅費用や短期間移動する費用等,
さまざまな支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認
められるから,避難していた平成24年1月から平成25年12月末日まで25
の間(【52-2】については平成24年10月までの間),1か月あたり1
名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合
計82万円(24万円×3人+10万円)について,【52-1】に生じた損
害と認める。
生活費増加費用一般
前記のとおり,平成24年1月から世帯が分離して生活することになった5
のであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したが
って,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた平成24年
1月から平成25年12月末日までの間,1か月あたり2万円(平成24年
10月以降は3万円)を認め,合計63万円(2万円×9か月+3万円×1
5か月)について,【52-1】に生じた損害と認める。10
検診料
【52-1~4】が,被ばくの身体への影響を検査するため,検査費用と
して合計4万5560円を支出したことが認められる(甲D52の7の1~
20)。【52-1~4】が避難することは相当であって,身体への影響を不
安に思い,それを解消するために検査することは相当であるから,前記検査15
費用は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められ,【52-1】に生じ
た損害と認める。
エ精神的損害(慰謝料)
【52-1~4】は,自主避難等対象区域外の居住者ではあるが,その避難
は,自主的避難等対象区域の居住者の避難と同等であるから,本件事故当初の20
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【52-1,2】は各3
0万円,【52-3,4】は各60万円が相当である。
⑸弁護士費用
弁護士費用は,【52-1】につき,21万6586円を,【52-2】につき,
3万円を,【52-3,4】につき,各6万円をそれぞれ相当と認める。25
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号52)の認容額
欄記載のとおりである。
52原告番号53について
⑴世帯の概要
【53】は昭和43年5月27日生まれの女性である。本件事故当時,【53】5
は,【53】の夫及び長女(平成12年8月7日生まれ)(以下,52においてはそ
れぞれ「夫」「長女」という。)とともに,福島市において,自宅(持ち家)に居
住していた。(甲D53の1の1,53の2の1・2,原告【53】本人)
⑵避難の経緯
【53】は,本件事故後,福島市で観測される空間線量値が高いと感じていた10
ところ,平成23年4月頃,市民団体の集会や勉強会に参加して話を聞き,放射
線の影響に対して不安が募り,福島を離れて避難するしかないと決意し,長女と
ともに,平成23年8月24日,福島市から京都市へ避難した。【53】と長女が
避難した後も,夫は,福島市に居住していた。(甲D53の1の1,53の2の
1・2,原告【53】本人)15
⑶面会交流の経過
平成23年8月から平成28年1月までの間,夫は,2か月に1度の割合で,
合計20回,長女に面会するため,京都市を訪れた。(甲D53の1の1)
⑷損害額
ア概要20
【53】及び長女の京都市への避難は,相当であるところ,避難に伴う損害
のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年8月から平成25年7
月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判
所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号53)のとおり
である。25
イ避難費用
交通費
【53】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当因果関係の
ある損害と認められ,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額
で,別紙避難経路等一覧表(原告番号53)のとおり,かかる損害額を2万
0800円と認めるのが相当である。避難先の下見等に要した交通費は,下5
記避難雑費に含まれるものを超えて損害が生じたと認めるに足りる証拠は
ない。
滞在費(宿泊費)
【53】は,京都市へ避難する際,下見や手続のために宿泊する必要が生
じたため,滞在費(宿泊費)を要した旨主張するが,避難先の下見等に要し10
た交通費は,下記避難雑費に含まれるものを超えて損害が生じたと認めるに
足りる証拠はない。
引越費用
【53】が京都市へ避難する際,引越代金2万6250円を要したことが
認められる(甲D53の6の3)。前記のとおり,当該避難は相当であるか15
ら,前記引越代金も本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
避難雑費
【53】の避難に伴い,避難先の下見費用等,さまざまな支出が生じてお
り,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【53】が避
難していた平成23年8月から平成25年7月末日までの間,1か月あたり20
1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避難雑費合計24万
円について,損害と認める。
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【53】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と相当因25
果関係のある損害と認められ,本件避難によって,【53】及び長女と夫は別
居し,世帯が分離して生活することになったことを踏まえれば,かかる損害
額は30万円と認めるのが相当であり,損害と認められる。
生活費増加費用(二重生活)
前記のとおり,平成23年8月から世帯が分離して生活することになった
のであるから,水道光熱費等の生活費が増加したものと認められる。したが5
って,世帯分離による生活費増加費用として,世帯分離していた平成23年
8月から平成25年7月末日までの間,1か月あたり2万円を認め,合計4
8万円について,損害と認める。
エ精神的損害(慰謝料)
【53】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故による恐怖及10
び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,30万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【53】に対して12万円を支払っていることが認められるとこ
ろ(乙D53の4,弁論の全趣旨),この既払金を【53】に生じた損害額に充当
するのが相当である。15
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号53)の既払額欄記載のとおり,
【53】に生じた損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,12万4705円を相当と認める。
⑺まとめ20
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号53)の認容額
欄記載のとおりである。
53原告番号54-1,2について
⑴世帯の概要
【54-1】は昭和54年1月30日生まれの男性,【54-2】は昭和53年25
2月9日生まれの女性である。本件事故当時,【54-1,2】は,福島県いわき
市において,自宅(借家)に居住していた。(甲D54の1の1,54の2の1,
原告【54-1】本人)
⑵避難の経緯
【54-1,2】は,本件事故により,報道が錯綜し,何が正しい状況か分か
らないと感じていた。見えない放射線は恐怖であり,外出する際には,マスクを5
付け,長袖の服を着て帽子を被り,帰宅する際には,外で衣服をはたいてから部
屋に入るようにしていた。そして,農作物を販売して生計を立てようとしていた
ところ,平成23年3月には収穫予定であったが,本件事故により,このままで
は赤字となると考えられたため,そこまでして被ばくの危険を負う必要はないと
判断して,収穫を断念し,消費者への影響が目に見えており,福島で農業するこ10
とをあきらめて,農業できる場所を探すためもあって,避難を決意した。【54-
1,2】は,平成23年5月20日,福島県いわき市から京都府へ避難した。(甲
D54の1の1,54の2の1,原告【54-1】本人)
⑶面会交流の経過
平成23年10月及び平成25年8月,【54-2】の母が面会交流のため,京15
都府を訪れ,平成25年1月,【54-1,2】は,面会交流のため,一時帰宅し
た。(甲D54の1の1,原告【54-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【54-1,2】の京都府への避難は,相当と認められるところ,避難に伴20
う損害のうち,京都府へ避難した日を含む月である平成23年5月から平成2
5年4月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。
当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号54)の
とおりである。
イ避難費用25
交通費
【54-1,2】の京都府への避難に要した交通費は,本件事故と相当因
果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番号54)のと
おり,かかる損害額は2万2400円と認めるのが相当であり,これは【5
4-1】に生じた損害と認められる。
面会交通費5
【54-1,2】が面会等のため,一時帰宅に要した費用や,【54-2】
の母が京都府を訪れた費用については,前記第1で述べたとおりであるから,
下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。
ウ生活費増加費用(家財道具購入費用)
【54-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故と10
相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえると,
かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【54-1】に生じ
た損害と認められる。
エ逸失利益(作付けにかかる損害)
【54-1,2】は,仮農園において初めてネギの作付けを行い,平成2315
年3月頃,収穫する予定であったが,本件事故により収穫が不能になり,その
後も,福島県産の農作物の価格が低下するなどの理由で農業をすることができ
なくなったことが認められる(甲D54の1の1,原告【54-1】本人)。し
かし,作付けしたネギの量やそのための費用の額がどれだけであったのか,初
めての作付けでもともと収穫できる可能性があったのか,実際に収穫や出荷は20
できなかったのかなどの点について裏付ける証拠が一切なく,損害が生じたと
認めることはできない。
オ精神的損害(慰謝料)
【54-1,2】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,各30万円が相当で25
ある。
⑸既払金の充当
被告東電は,【54-1,2】に対して各12万円を支払っていることが認めら
れるところ(争いがない。),これら既払金を各原告に生じた各損害額に充当する
のが相当である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号54)の既払額欄記載のとおり,5
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用
弁護士費用は,【54-1】につき,3万5240円を,【54-2】につき,
1万8000円をそれぞれ相当と認める。
⑺まとめ10
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号54)の認容額
欄記載のとおりである。
54原告番号55について
⑴世帯の概要
【55】は昭和57年7月13日生まれの女性である。本件事故当時,【55】15
は,【55】の夫と長男(平成22年11月生)(以下,54においては「夫」「長
男」という。)とともに,宮城県仙台市u2区において,自宅(借家)に居住して
いた。(甲D55の1,55の2の1,原告【55】本人)
⑵避難の経緯
【55】は,平成23年6月頃から,低線量被ばくについて調べるようになり,20
インターネットで情報収集をしていたところ,仙台市内も放射性物質の影響を受
けていると考えるようになった。加えて,長男の甲状腺にしこりが見つかり,仙
台市内において被ばくすることは大きなリスクになると考え,さらなる被ばくを
避けるため,平成23年12月16日,長男とともに,宮城県仙台市u2区から
京都市へ避難した。【55】と長男が避難した後も,夫は,宮城県仙台市u2区の25
自宅において,居住していた。(甲D55の1,55の2の1,原告【55】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成24年3月から平成27年11月までの間,夫が面会交流のため,京都市
を訪れたり,【55】と長男が面会交流のため,一時帰宅したりした。(甲D55
の1,原告【55】本人)
⑷損害額5
ア概要
【55】の京都市への避難は本件事故と相当因果関係のある避難とは認めら
れない。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号
55)のとおりである。
イ生活費増加費用(放射線検査費用)10
長男が平成26年と平成27年の2回,検査を受けたことが認められ,検査
費用として1万9000円を支出したと認められるが(甲D55の7の1),
後述のとおり,福島第一原発からの距離や空間線量等の状況からすると,本件
事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
ウ精神的損害(慰謝料)15
【55】は,自主的避難等対象区域外の居住者であり,その避難は,自主的
避難区域の居住者の避難の場合と同等又は準じる場合ともいえないから,避難
に伴う精神的損害は認められない。そして,その居住場所(仙台市u2区)は,
福島第一原発までの距離が約95㎞で,自主的避難等対象区域が概ね含まれる
福島第一原発80㎞圏内を越えること,本件事故直後の空間線量が特段高いと20
認めるに足りる証拠もないこと,避難指示等対象区域や自主的避難等対象区域
に近接することもないこと等から,本件事故による恐怖及び不安の点において
も,慰謝料を認めるのが相当とまでは認められない。
⑸弁護士費用
弁護士費用は,0円を相当と認める。25
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号55)の認容額
欄記載のとおりである。
55原告番号56-1,2について
⑴世帯の概要
【56-1】は昭和37年8月26日生まれの女性,【56-2】は昭和63年5
7月8日生まれの女性である。本件事故当時,【56-1】は,栃木県大田原市に
おいて,父の所有する建物を自宅として居住していた。【56-2】は,平成2
3年1月頃から,資格取得のため,一時的に東京都に居住しており,同年春頃に
は,栃木県大田原市の上記自宅へ戻る予定であった。【56-1】の亡父(以下,
55においては「亡父」という。)は,本件事故当時,東京都で居住していたが,10
平成24年9月9日,死亡した(甲D56の1の1,56の2の1~5,原告【5
6-1】本人)。
⑵避難の経緯
【56-1】は,平成23年3月12日,本件地震に不安を感じており,中国
へ出張するため,栃木県大田原市から東京都へ移動した。【56-1】は,同日,15
東京都に到着してから,本件事故を知り,もともと化学物質過敏症であったこと
から,放射性物質に対する恐怖を感じ,【56-2】の将来の出産のことを案じ
て,避難することを決意した。【56-1,2】は,同月3月17日,東京都から
大阪府へ避難し,亡父は,同年4月18日,東京都から大阪府へ避難した。その
後,【56-1,2】及び亡父は,平成23年5月17日,大阪府から京都市へ避20
難した。その後も,【56-1,2】は,複数回,移転した。(甲D56の1の1,
56の7の2の1・2,原告【56-1】本人)
⑶一時帰宅・面会交流の経過
平成23年8月から平成28年12月までの間,【56-1,2】は面会交流の
ために東京都等を訪問したり,栃木県大田原市へ一時帰宅したりした。(甲D525
6の1の1)
⑷損害額
ア概要
【56-1,2】の大阪府への避難は相当であるところ,避難に伴う損害の
うち,大阪府へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25年2月
末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当裁判所5
が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号56)のとおりで
ある。
イ避難費用
避難交通費
【56-1,2】の大阪府への避難に要した交通費は,本件事故と相当因10
果関係のある損害と認められる。また,【56-1,2】の大阪府から京都市
への移転は,いずれも避難直後であり,生活の安定を図るためといえること
からすれば,当該移転に要した費用も,本件事故と相当因果関係のある損害
と認められる。標準交通費一覧表(公共交通機関)の額を修正した額で,別
紙避難経路等一覧表(原告番号56)のとおり,かかる損害額の合計は2万15
7200円と認めるのが相当である。これを,【56-1】に生じた損害と認
める。【56-1】は,その後も避難を繰り返している旨述べるが,上記限度
を超える移転にかかる費用は,移転する回数が多数で,全国各地に移転して
おり,その目的も明らかでない面があることからすれば,生活の安定を図る
ためという目的を超えるといわざるを得ず,本件事故と相当因果関係のある20
損害とは認められない。
一時帰宅
一時帰宅に要した費用については,【56-1,2】は,大阪府へ避難した
後,平成24年1月までに2度,一時帰宅しており,自宅の片付け等のため
と認められるから,大人1名分の帰宅費用の限度で認める。標準交通費一覧25
表(公共交通機関,自家用車)の額を修正した額で,別紙避難経路等一覧表
(原告番号56)のとおり,かかる損害額の合計は5万4400円と認める
のが相当であり,【56-1】に生じた損害と認める。
部屋探し
部屋探しのための費用は,避難した後にさらに移転先を探すための費用で
あると思われるが,韓国への移転は相当な範囲にあるとはいえないし,国内5
における移転についても,生活の安定を図るためと
いう目的を超えるといわざるを得ず,本件事故と相当因果関係のある損害と
は認められない。
面会交流
面会交流費用については,前記第1のとおりであるから,下記避難雑費に10
含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
滞在費
生活の安定を図る
ためという目的を超えるといわざるを得ないことからすれば,下記避難雑費
に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認められない。15
ウ生活費増加費用
清掃作業・リフォーム等
本件事故による避難のため,清掃費用が必要となったと認めるに足りる証
拠はないし,自宅のリフォームについて,本件事故により価値が減少又は滅
失したとは認められないから,かかる損害は本件事故と相当因果関係のある20
損害とはいえない。
家財道具購入費用
【56-1,2】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえる
と,かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【56-1】25
に生じた損害と認められる。
引越費用
【56-1,2】の大阪府から京都市への移転は,前記のとおり,移転と
して相当であるから,その費用として引越費用23万2050円の限度で,
本件事故と相当因果関係のある損害と認める(甲56の6の1の1~3,5
6の6の2の3)。5
入居初期費用・家賃等
【56-1,2】の大阪府から京都市への移転は相当であるから,京都市
での家賃等住居にかかる費用として,16万円の限度で,本件事故と相当因
果関係のある損害と認める(甲56の6の3の1~3)。
重複光熱費10
本件事故による避難は世帯全体で行っており,自宅における光熱費の支出
を免れているのであるから,本件事故によって光熱費が重複して必要となっ
たと認めるに足りる証拠はない。
エ処分家財等(自宅・東京ピラミッド(東京・大田原))
【56-1】は,自宅にある家財道具等が,空き巣により盗難に遭い,また,15
放射性物質による汚染により使いものにならなくなったとして,損害を被った
旨主張するが,空き巣による被害は本件事故と因果関係は認められないし,放
射性物質による汚染により,家財道具の価値が減少又は喪失したと認めるに足
りる証拠はない。また,東京ピラミッドの事業が,本件事故前にどの程度収益
があったか,また本件事故により休止せざるを得なかったと認めるに足りる証20
拠はない。
オ東京ピラミッド活動経費
【56-1】は,本件事故までに支出していた東京ピラミッドの活動経費が
無駄になった旨主張するが,東京ピラミッドの事業に関しては,本件事故前に
どの程度収益があったか,また本件事故により休止せざるを得なかったと認め25
るに足りる証拠はない。
カ精神的損害(慰謝料)
【56-1,2】は自主的避難等対象区域外の居住者であるが,大阪府への
避難が,自主的避難等対象区域からの平成24年4月1日までの避難に準じる
避難と評価することができるから,慰謝料を認めるのが相当である。そして,
【56-1,2】は,大阪府への避難の前に,本件地震の影響や資格取得のた5
め,居住地(栃木県大田原市)を離れていたのであるから,本件事故による恐
怖及び不安は少なく,避難生活の苦痛への慰謝料が中心となることから,慰謝
料としては,いずれも10万円を認めるのが相当である。
なお,【56-1】は,亡父の避難に伴う慰謝料を相続した旨主張するが,亡
父の避難は相当とはいえず,また,亡父は,当時東京都に居住しており,本件10
事故によって放射線への恐怖にさらされたといえるような特段の事情もない
から,亡父の慰謝料は認められない。
⑸弁護士費用
弁護士費用は,【56-1】につき,7万2365円を,【56-2】につき,
1万円をそれぞれ相当と認める。15
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号56)の認容額
欄記載のとおりである。
56原告番号57-1~6について
⑴世帯の概要20
【57-1】は昭和48年9月25日生まれの女性,【57-2】は昭和52年
9月7日生まれの男性,【57-3】は平成14年1月25日生まれの女性,【5
7-4】は平成16年7月4日生まれの男性,【57-5】は平成17年11月1
3日生まれの女性,【57-6】は平成22年8月1日生まれの女性である。【5
7-3~6】は,【57-1,2】の子である。なお,【57-1,2】は内縁の25
夫婦であるが,子育てのため,自然の多い居住地を求め,【57-1】の実家近く
の移住者募集事業に応募し,平成20年4月,福島県いわき市に移住した。本件
事故当時,【57-1~6】は,同市において,自宅(借家)に居住していた。(甲
D57の1の1,57の2の1,原告【57-1】本人)
⑵避難の経緯
【57-1】は,テレビで本件事故の映像を見て,インターネットで情報収集5
したところ,福島も危ないという情報も得たことに加えて,友人からの避難の勧
めもあり,避難することを決意し,【57-1~6】は,平成23年3月14日,
福島県いわき市から福島県会津若松市へ避難した。同じ地区に移住した5世帯全
部が福島県外に避難し,地区の小学校は閉校となった。その後,同年3月15日
に福島県会津若松市から新潟県へ,同月16日に新潟県から大阪府へ,同月2110
日に大阪府から京都市へ移転した。(甲D57の1の1,57の2の1,原告【5
7-1】本人)
⑶一時帰宅の経過
平成23年3月から平成25年3月までの間,【57-1~6】は,複数回家財
の移動及び面会交流のため,一時帰宅した。(甲D57の1の1,原告【57-15
1】本人)
⑷損害額
ア概要
【57-1~6】の福島県会津若松市への避難は相当であるところ,避難に
伴う損害のうち,福島県会津若松市へ避難した日を含む月である平成23年320
月から平成25年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある
損害と認める。当裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原
告番号57)のとおりである。
イ避難費用
交通費25
【57-1~6】の福島県会津若松市への避難に要した交通費は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められる。また,【57-1~6】の福島県
会津若松市から新潟県への移転,新潟県から大阪府への移転及び大阪府から
京都市への移転は,いずれも避難直後であり,友人宅や【57-2】の実家
を転々としていたため,生活の安定を図るために移転したといえることから
すれば,当該移転に要した費用も,本件事故と相当因果関係のある損害と認5
められる。標準交通費一覧表(自家用車)の額を修正した額で,別紙避難経
路等一覧表(原告番号57)のとおり,かかる損害額は合計4万5600円
と認めるのが相当である。これを,【57-2】に生じた損害と認める。
一時帰宅費用
一時立入費用については,第1で述べたとおりであり,自宅の整理のため10
の立入りは,年に4回程度の範囲で,大人1名の1回の往復分を本件事故と
相当因果関係のあるものと認める。もっとも,【57-2】の自宅は,借家で
あったことから,自宅の維持等の管理は不要であり,自宅の整理や家財の運
搬は,3回程度で終わったものと考えられ,標準交通費一覧表(自家用車)
の額を修正した額で3往復分として,別紙避難経路等一覧表(原告番号57)15
のとおり,13万4400円を【57-2】に生じた損害と認める。その余
については下記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたとは認めるに
足りる証拠はない。
避難雑費
【57-1~6】の避難に伴い,引越費用や一時帰宅費用等,さまざまな20
支出が生じており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるか
ら,避難していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月
あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当である。避
難雑費合計144万円(24万円×6人)を,【57-2】に生じた損害と認
める。25
ウ生活費増加費用
家財道具購入費用
【57-1~6】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,世帯全体で避難したことを踏まえれ
ば,かかる損害額は15万円と認めるのが相当であり,これは【57-2】
に生じた損害と認められる。5
生活費増加費用(一般)
【57-1~6】が世帯全体で避難したことに鑑みれば,本件避難によっ
て,生活費が増加したと認めるに足りる証拠はない。
生活費増加費用(食費増加分)
【57-2】が単身赴任したために,二重生活となって食費が増加した旨10
主張するが,【57-2】の単身赴任は本件事故と相当因果関係があると認
められないから,食費増加は本件事故による損害とはいえない。
生活費増加費用(賃料)
【57-1~6】の避難生活のために必要となった家賃等については,上
記避難雑費に含まれる額を超えて,損害が生じたと認めるに足りる証拠はな15
い。
エ就労不能損害(事業損害)
【57-2】は,本件事故前,林業の仕事に就いており,平成22年は22
9万円の年収(月額19万0833円相当)があり,平成23年1月から3月
まで72万円の収入があったが,本件事故による避難のために退職したこと,20
平成24年2月から3月は三重県に単身赴任して工場に勤務していたこと,同
年5月から平成25年2月まで避難先の京都市で契約社員として勤務してい
たことが認められる(甲57の1の1,57の4の1~5)。平成23年4月か
ら平成24年1月までの間及び平成24年4月については,本件事故による避
難を実行したために,就労できなかったものと認められ,その他就労していた25
期間については,特段,賃金の減少等を認めるに足りる証拠はないことを踏ま
えると,避難前の基礎収入(月額19万0833円)を基準として,209万
9163円(=19万0833円×11)の就労不能損害が認められる。
オ就労不能損害(農業損害)
【57-2】は,2.5反の田を借りて,稲作をする予定であったとして,
農業損害を主張するが,平成23年5月に初めての田植えをする予定であった5
ことなどからすれば,【57-2】の主張するような収穫や売上げが生じたと
認めるに足りる証拠はない。
カ精神的損害(慰謝料)
【57-1~6】は,自主的避難等対象区域の居住者であり,本件事故によ
る恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【57-1,2】は各10
30万円,【57-3~6】は各60万円が相当である。
⑸既払金の充当
被告東電は,【57-1,2】に対して各12万円,【57-3~6】に対して
各72万円を支払っていることが認められるところ(争いがない。),これら既払
金のうち,【57-1】に対して12万円,【57-2】に対して60万円,【5715
-3~6】に対して各60万円を,各原告に生じた各損害額に充当するのが相当
である。
したがって,別紙損害額等一覧表(原告番号57)の既払額欄記載のとおり,
各原告に生じた各損害額に充当する。
⑹弁護士費用20
弁護士費用は,【57-1】につき,1万8000円を,【57-2】につき,
35万6916円を,【57-3】につき,0円を,【57-4】につき,0円を,
【57-5】につき,0円を,【57-6】につき,0円をそれぞれ相当と認める。
⑺まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号57)の認容額25
欄記載のとおりである。
57原告番号58-1~4について
⑴世帯の概要
【58-1】は昭和51年8月31日生まれの男性,【58-2】は昭和53年
11月9日生まれの女性,【58-3】は平成20年1月26日生まれの女性,
【58-4】は平成23年9月17日生まれの女性である。【58-3,4】は,5
【58-1,2】の子である。本件事故当時,【58-1,2】は,千葉県柏市に
おいて,自宅(借家)に居住しており,【58-2】は【58-4】を妊娠中であ
った。(甲D58の1,58の2の1~4,原告【58-1】本人)
⑵避難の経緯
【58-1】は,勤務先の大学で生物学を専攻し,放射線の管理責任者も経験10
していたが,本件事故直後には,大学のモニターが振り切れ,放射線の線量が高
いと認識していた。妊婦である【58-2】には悪阻がみられ,余震を避けるた
めもあり,【58-2】の実家(京都市)に一時的に避難することとし,【58-
2,3】は,平成23年3月14日,千葉県柏市から京都市(【58-2】の実家)
へ避難した。【58-1】は,平成23年6月頃,千葉県柏市がホットスポットに15
なっているのを知り,【58-1】の勤務先の大学の放射線量の測定においても,
高い値が観測されていたのを認識しており,本件事故も収束していく様子がない
と判断した。このため,【58-2】は,千葉県柏市には戻らないことを決意し,
同月ころ,【58-3】と共に,京都市内で移転し,避難を継続した。【58-1】
は,【58-2,3】の避難後も,大学の仕事を続けるため,千葉県柏市の自宅に20
居住していた。避難後,京都市において,【58-4】が出生した。なお,【58
-1】は,自宅のある大学の宿舎では,【58-3】と同じ年齢の子がいる家庭
は,【58-1】の家庭と同様に避難したと認識している。(甲D58の1,58
の2の1~4,58の7の2,原告【58-1】本人)
⑶面会交流の経過25
平成23年3月から平成27年7月までの間,【58-1】は,複数回,【58
-3,4】との面会交流のため,京都市を訪問した。(甲D58の1,原告【58
-1】本人)
⑷損害額
ア概要
【58-2,3】の京都市への避難は相当と認められるところ,避難に伴う5
損害のうち,京都市へ避難した日を含む月である平成23年3月から平成25
年2月末日までの2年間に生じた損害を相当因果関係のある損害と認める。当
裁判所が認定した損害額の詳細は,別紙損害額等一覧表(原告番号58)のと
おりである。
イ避難費用10
交通費
a避難交通費
【58-2,3】の京都市への避難に要した交通費は,本件事故と相当
因果関係のある損害と認められ,標準交通費一覧表(公共交通機関)の額
を修正した額で,別紙避難経路等一覧表(原告番号58)のとおり,かか15
る損害額は1万6800円と認めるのが相当である。これは【58-1】
に生じた損害と認める。
b面会交流交通費
【58-1】が【58-3,4】との面会交流に要した費用は,本件事
故と相当因果関係のある損害と認められ,別紙避難経路等一覧表(原告番20
号58)のとおり,かかる損害額は,標準交通費一覧表(公共交通機関)
の額を修正した額で,2年間24回分合計80万6400円と認めるのが
相当であり,これは【58-1】に生じた損害と認める。その余の面会交
流交通費については,下記避難雑費に含まれる額を超えて,相当因果関係
のある損害が生じたとは認められない。25
cしたがって,交通費として合計82万3200円を,【58-1】に生じ
た損害と認める。
引越費用
【58-2,3】は,平成23年3月,【58-2】の京都市内の実家に避
難した後,同年6月と,平成24年5月に京都市内で移転している。平成2
4年5月の移転の際に要した引越費用として,12万7050円を要したと5
認められる(甲D58の7)。これらの2回の移転は,【58-4】が生まれ
たこともあり,【58-2】の実家から移転することによって,生活を安定さ
せるためのものということができるから,当該引越費用も本件事故と相当因
果関係のある損害と認められる。
ウ生活費増加費用10
二重生活
平成23年3月から【58-1】と【58-2,3】が別居し,世帯が分
離して生活することになったのであるから,水道光熱費等の生活費が増加し
たものと認められる。したがって,世帯分離による生活費増加費用として,
世帯分離していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,1か月15
あたり2万円を認め,合計48万円について,【58-1】に生じた損害と認
める。
家財道具購入費用
【58-2,3】が避難生活の際に要した家財道具購入費用は,本件事故
と相当因果関係のある損害と認められ,前記のとおり,世帯分離が生じてい20
たのであるから,かかる損害額は30万円と認めるのが相当であり,これは
【58-1】に生じた損害と認められる。【58-1】が費やした額は,30
万円を超えるが(甲D58の6の1~16),購入した家財道具の中には,高
価なものや避難とは直接関係ない家財道具も含まれるから,30万円の限度
で相当な損害と認める。25
避難雑費(妊婦・子)
【58-2,3】の避難に伴い,面会交流費用等,さまざまな支出が生じ
ており,これらは本件事故と相当因果関係があると認められるから,【58
-2,3】が避難していた平成23年3月から平成25年2月末日までの間,
1か月あたり1名につき1万円の限度において,損害と認めるのが相当であ
る。避難雑費合計48万円について,【58-2】に14万円,【58-3】5
に34万円,それぞれ生じた損害と認める。
エ精神的損害(慰謝料)
【58-1~4】は,自主的避難等対象区域外の居住者であるが,【58-
2,3】については,千葉県柏市から京都市への避難が,自主的避難等対象区
域からの平成24年4月1日までの避難に準じる避難と評価することができ10
るから,慰謝料を認めるのが相当である。そして,その額は,本件事故による
恐怖及び不安並びに避難生活の苦痛への慰謝料として,【58-2,3】は各3
0万円を認めるのが相当である。【58-4】は,本件事故当時胎児で,避難後
出生の子であるから,慰謝料は認められない。一方,【58-1】は,避難せず
に千葉県柏市に居住し続けているところ,【58-2,3】に避難の相当性を認15
めた事情(空間線量)からすると,本件事故による恐怖及び不安並びに行動が
制限されるという苦痛への慰謝料として,15万円を認めるのが相当である。
⑸弁護士費用
弁護士費用は,【58-1】につき,18万8025円を,【58-2】につき,
4万4000円を,【58-3】につき,6万4000円を,【58-4】につき,20
0円をそれぞれ相当と認める。
⑹まとめ
以上を踏まえると,認容額は,別紙損害額等一覧表(原告番号58)の認容額
欄記載のとおりである。
第4章結論25
よって,原告らの被告らに対する請求のうち,別紙認容額等一覧表の各認容額欄
に金額の記載がある各原告(請求額全部認容の2人の原告を含む。)が,被告らに対
し,各自,同一覧表の各認容額欄記載の金員及びこれに対する平成23年3月11
日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由が
あるからこれらを認容し,同各原告の被告らに対するその余の請求及び別紙認容額
等一覧表の各認容額欄に「棄却」の記載がある原告らの被告らに対する請求はいず5
れも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用につき,民訴法61条,
64条本文及びただし書,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1
項を,被告らから申立てのあった仮執行の免脱宣言につき同法259条3項を,そ
れぞれ適用し,被告国から申し立てのあった仮執行開始時期猶予については,相当
でないからこれを付さないこととし,主文のとおり,判決する。10
京都地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官浅見宣義
裁判官松川充康
裁判官秋本円香

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