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裁判例


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平成10年(行ケ)第308号審決取消請求事件
平成12年6月29日口頭弁論終結
判決
原      告東レ株式会社
代表者代表取締役【A】
訴訟代理人弁護士柴田眞宏
同松崎昇
同弁理士  【B】
被      告モービル オイル コーポレーション
特許管理人弁理士【C】
訴訟代理人弁護士根本博美
同西山安彦
同遠藤一義
同奥山量
同弁理士  【C】
同【D】
同【E】
主文
 特許庁が昭和60年審判第23449号事件について平成10年7月3
1日にした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文と同旨
2 被告
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 被告は、発明の名称を「形状選択転化法」とする特許第770122号発明
(昭和45年10月9日特許出願(1969年10月10日のアメリカ国の特許出
願に基づく優先権主張)、昭和50年5月23日設定登録。以下「本件特許」とい
い、その発明を「本件発明」という。)の特許権者であった。本件特許は、平成元
年9月13日をもって存続期間が満了した。
 原告は、昭和60年12月2日、本件特許を無効にすることについて審判の
請求をし、特許庁は、これを昭和60年審判第23449号事件として審理した。
 被告は、平成2年2月16日、上記発明の明細書について訂正審判の請求を
し、特許庁は、これを平成2年審判第2000号事件として審理した結果、平成8
年3月14日付けで同訂正を認める旨の審決をし、その謄本を被告に送達し、これ
が確定した。(以下、訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
 特許庁は、上記事件を審理した結果、平成10年7月31日、「本件審判の
請求は、成り立たない。」との審決をし、同年8月27日、その謄本を原告に送達
した。
2 特許請求の範囲
「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有
する化合物との混合物を、一般に楕円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の
長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素
および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ、転化される
ことができる結晶性ゼオライト物質であって、酸化物のモル比の形で表わして一般

0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O
(式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価でありzは0
ないし40の値である。)
で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト
物質と接触させ前記混合物から直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を
選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法。
格子面間隔d(Å)
11.1±0.2
10.0±0.2
7.4±0.15
7.1±0.15
6.3±0.15
6.04±0.1
5.97±0.1
5.56±0.1
5.01±0.1
4.60±0.08
4.25±0.08
3.85±0.07
3.71±0.05
3.64±0.05
3.04±0.03
2.99±0.02
2.94±0.02」
3 審決の理由
 審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである(なお、4頁9行の
「6.3±0.1」は「6.3±0.15」の誤記である。)。要するに、①本件
発明は、オランダ公開特許第6805355号公報(審決の甲第2号証、本訴の甲
第6号証。以下「引用刊行物」という。)に記載された技術(以下「引用発明」と
いう。)と同一であり、平成11年5月14日法律第41号による改正前の特許法
29条1項3号の規定に該当するから、特許を受けることができない、②本件発明
は、引用発明及び英国特許第1,134,014号公報(審決の甲第1号証、本訴
の甲第10号証)に記載された発明から容易に発明できたものであるから、特許法
29条2項に該当し、特許を受けることができない、③本件明細書の記載は不備で
あり、平成6年12月14日法律第116号による改正前の特許法36条4項の要
件を満たしていない、とした請求人(原告)の主張をいずれも排斥し、本件特許を
無効とすることはできない、とするものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決の理由のⅠ(経緯)、Ⅱ(請求人適格)、Ⅲ(無効理由の存否)の1
(本件発明の要旨)、2(当事者の主張)は認め、3(当審の判断)は争う(ただ
し、一部認めるところはある。)。Ⅳ(むすび)は争う。
1 取消事由1(新規性の欠如)
 審決は、本件発明と引用発明とは同一の発明ではないと認定したが、この認
定は誤っている。
(1) 引用発明の出発原料は、「炭化水素原料」とされているだけで、これにつ
きそれ以上の限定はない。一方、本件発明の出発原料は、「直鎖炭化水素および僅
かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」であ
り、ここでいう「他の異なる分子形状を有する化合物」、例えば4級炭素原子をも
つ円形断面の2,2-ジメチルブタン(甲第2号証6欄2行~13行)も分子形状
に差はあるものの炭化水素であるから、この混合物を構成する3種の物質はいずれ
も「炭化水素」である。出発原料の点で、両発明の間に何らの差異もない。
 使用する触媒の点では、両発明のいずれにおいても、いわゆるゼオライト
ZSM-5という触媒であって、全く同一である。
 反応条件の点では、「両者はその反応形態がともに分解(クラッキング)
反応という点において共通する」(審決書48頁2行~4行)のであって、脱ロウ
はクラッキング、ハイドロクラッキングの一態様であり別異のものではない。引用
発明においてクラッキング、ハイドロクラッキングをする場合でも、本件発明と同
じく、「クラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行う」(甲第2号証
12頁22欄1行~3行)のは当然である。例として反応温度をとると、訂正明細
書中の実施例の例7では、427℃で転化しているのに対し(甲第2号証31欄4
6行~47行)、引用刊行物の実施例XXⅠでも全く同一温度が採用されている
(甲第6号証の訳文18頁。これは訂正発明で推奨された温度条件範囲内であ
る。)。すなわち、いずれの反応も常識的なクラッキング又はハイドロクラッキン
グ条件の下で行われており、反応条件の点でも両者に差異があるとすることはでき
ないのである。
 したがって、両発明は、出発原料、触媒、反応条件のいずれからしても差
異がなく、その必然の結果として同一物質が生成し、結局、反応として同一であ
る。
(2) 反応条件の点について、審決は、「クラッキング」は、沸点の高い重質油
を分解し、沸点の低い軽質油に転化して分解ガソリンを製造することを、「ハイド
ロクラッキング」は、ナフサから残油に至る各種炭化水素を、触媒を使い水素化を
行いつつ分解するプロセスで、LPG、分解ガソリン、中間留分などを得るものを
いうのが通常であるのに対して、「脱ロウ」は、潤滑油原料中に含まれているロウ
分を除去するものとされており、ロウ分のみを分解するものである(審決書32頁
8行~33頁10行参照)、と認定している。
 しかし、引用発明のクラッキング、ハイドロクラッキングにおける出発原
料について、審決のように限定して解すべき根拠は全くない。
 具体的にいうと、典型的な炭化水素原料である石油留分には、混合物から
特別に分離精製したものを除いては、直鎖炭化水素及び僅かに枝分かれした炭化水
素(以下、これらを合わせて「ロウ分」ということがある。)だけで構成されてい
るものも、逆にこれらロウ分を含まないようなもの(以下「非ロウ分」ということ
がある。)も、いずれもないのである。引用発明におけるクラッキング、ハイドロ
クラッキングは、通常の石油留分を対象とした石油精製プロセスにおける反応であ
る。このような油種は、常に、ロウ分と非ロウ分、すなわち、本件発明にいう「直
鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合
物の混合物」を含んでいるのである。したがって、単にクラッキング、ハイドロク
ラッキングのための炭化水素原料といえば、石油留分に代表されるロウ分をも含む
混合物を指すとするのが最も自然である。
 審決は、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロウとは石油工業上異
なるプロセスであり、両者は、使用する装置も同一のものとはいえない(審決書3
5頁5行~16行参照)、としている。
 しかし、最近の常識をみても、甲第7号証(社団法人石油学会編「石油精
製プロセス」1998年5月20日株式会社講談社発行)によれば、MDDW(被
告の脱ロウプロセス)は、「水素化精製」の項の「軽油の低流動点化プロセス」に
分類されており、「原料油中のn-パラフィンおよび側鎖の少ないパラフィンを選
択的に水素化分解して流動点の低い製品(中間留分)を得るプロセス」と記載され
ており、さらに、同じ「軽油の低流動点化プロセス」にMobil Isomer
ization Dewaxing Processとして、異性化主体の脱ロウ
プロセスが分類されている。このように明らかに異なる2プロセスが同一項目に入
っていることからもわかるように、プロセス分類は、便宜的なものであって、発明
の異同を論ずる根拠にはなり得ないのである。
 しかも、そもそも、発明者が着目した反応の分類が何であれ、それに基づ
き反応の実体が左右されるということはあり得ないのであるから、このような実体
を離れてのプロセスの分類、検討は、何の意味もないという以外にない。
(3) 被告は、本件発明は、特許請求の範囲に記載されているとおり、「脱ロウ
方法」(脱ロウプロセス)の発明であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセス
に限定した一種の用途発明である旨主張する。
 しかし、本件明細書によれば、「本明細書および特許請求の範囲で使用す
る脱ロウとはその最も広義に使用し、石油原料から容易に固化する(ロウ)炭化水
素を除去することを意味する。・・・脱ロウはクラッキングまたはハイドロクラッ
キング条件の下で行うことができる。」(21欄33行~22欄3行)と記載され
ているのである。そして、本件発明と引用発明とでいずれも共通の触媒とされてい
るゼオライトZSM-5の性質からすると、引用発明のクラッキング、ハイドロク
ラッキングの際にも、分解除去の対象となるのは、ロウ分が主体であるはずであ
る。なぜならば、上記触媒は、出発原料中の「直鎖炭化水素及び僅かに枝分れした
炭化水素」(ロウ分)は、その内部孔構造中に入って転化されるものの、「他の異
る分子形状を有する化合物」(非ロウ分)については入り得ないような構造を持っ
ているからである。そうすると、上記触媒を用いる限り、ロウ分は転化減少するは
ずであり、引用発明にいうクラッキング、ハイドロクラッキングの実体が本件発明
の脱ロウのそれと同一であることが明らかである。
 このことは、本件明細書(甲第2号証)において、本件発明に使用される
触媒の説明として、「改善された選択性を持ち、接触クラッキングのようなある種
の炭化水素転化操作に他の有利な性質を有する触媒」(20欄42行~44行)と
していることなどからも明らかである。
 このように、本件発明にいう「脱ロウ」は、選択的分解であって、クラッ
キング、ハイドロクラッキングの一態様であり、後者は、非選択的分解をもその範
疇に含む上位概念ではあるものの、引用発明においても本件発明においても、共通
に使用されるZSM-5触媒が具備する独特な分子フルイ性のゆえに非選択的分解
は起こり得ず、必然的に選択的分解(脱ロウ)をもたらすため、両者に反応として
の差異はないのである。
 以上のとおり、本件発明と引用発明とは同一発明であり、引用刊行物に、
ゼオライトZSM-5を本件発明のように脱ロウに使用する旨の明示の記載がない
としても、ゼオライトZSM-5の用途として、選択的クラッキングによる脱ロウ
が開示されているのであるから、本件発明が用途発明としての特許性を認められる
余地はない。
2 取消事由2(進歩性の欠如)
 仮に、引用発明と本件発明との間に何らかの差異があったと仮定しても、甲
第10号証記載の発明に代表される、ゼオライトZSM-5を触媒とする脱ロウ方
法についての当時の技術水準を参照すれば、当業者が引用発明から本件発明に到達
するのは容易である。
 被告は、白金/モルデナイト触媒を用いた場合と対比しつつ、本件発明の顕
著な作用効果を主張する。しかしながら、原告の上記主張に反論する目的で本件発
明の作用効果を論ずるのであれば、本件発明におけるのと同じ触媒を用いた引用発
明のそれとこそ対比すべきである。
 ゼオライトZSM-5を触媒とした脱ロウが周知だったことは、当事者間に
争いがないのであるから、直鎖炭化水素の分解活性を有し、かつ、選択性を具備す
ることが引用刊行物によって公知となった特定の結晶性ゼオライト物質(ゼオライ
トZSM-5)を、ロウ分の除去を目的とする周知の反応に適用する程度のこと
は、本件出願当時、当業者たらずとも容易に想到し得たことである。
3 取消事由3(記載不備)
 審決は、「本件特許請求の範囲においては、ゼオライト物質の組成式および
このX線回折図のみによっても、使用する触媒についてどのゼオライト物質を用い
るのかは充分確認できるよう特定して記載されており、これ以上の限定は本来必要
がないものである。」(56頁5行~10行)との前提で、本件発明に係るゼオラ
イト物質が特定されるとしているが、この認定は誤っている。
 X線回折図で特定できるのはあくまでも「ゼオライト構造」の範囲に止ま
り、同方法は、「ゼオライトの有効細孔径」を決めるに必要十分な測定法とはいえ
ない。このことは、甲第3号証(東京工業大学名誉教授【F】作成の「意見
書」)、甲第11号証(昭和42年12月1日株式会社技報堂発行「ゼオライトと
その利用」)によっても裏付けられる。
 また、常温と転化条件下では、著しく環境が異なっており、有効細孔径が一
定であるとはいえず、常温での吸着試験結果から「転化条件下での有効細孔径」を
推定することはできない。
 したがって、訂正明細書では、「転化条件下の有効細孔径」について、その
試験条件、判断基準が規定されておらず、いかなる測定方法に従って測定したもの
であるかさえも記載されていないから、本件発明は、これを実施することが不可能
であり、平成6年12月14日法律第116号による改正前の特許法36条4項の
要件を満たしていない。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(新規性の欠如)について
(1) 原告は、本件発明と引用発明は、出発原料、触媒、反応条件のいずれから
しても差異がなく、その必然の結果として同一物質が生成し、反応として同一であ
る旨主張するが、誤りである。
 本件発明の技術分野は、いうまでもなく、石油(精製)工業分野であり、
この分野においては、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロウとは全く異な
るプロセスとして区分されているもので、何人も両プロセスを取り違えることはな
く、また一つのプロセスが他のプロセスを包含するものとして理解されることもな
い。
 また、クラッキング、ハイドロクラッキングのプロセスに用いる装置と操
作条件とは、実用上、脱ロウプロセスのそれらと異なっており、当業者が一方を他
方と取り違えることは、これらの点からもあり得ない。
 発明の同一性についての原告の論法に従うと、引用刊行物に記載されてい
る異性化、アルキル化もクラッキング、ハイドロクラッキングと同一という誤った
解釈をもたらすことになる。
(2) 引用刊行物には、ゼオライトZSM-5の触媒としての利用に関し、「ク
ラッキング、ハイドロクラッキング、異性化、アルキル化等の如き炭化水素の触媒
転化に有用」との記載があり、さらにn-ヘキサンのクラッキング活性の記載があ
ることは事実である。しかし、これらの記載は、脱ロウを意味するものではない。
 反応としてとらえた場合、脱ロウは、原料油の主要成分を反応させず、少
量成分であるロウ分だけを選択的に反応させることを要し、原料油をできるだけ変
化させずにその流動点を低下させるものである。一方、クラッキング(接触分
解)、ハイドロクラッキング(水素化分解)は、原料油の分子量を本質的に減少さ
せる(したがって沸点の低いものに転化させる)ものであり、同じ分子量範囲(沸
点範囲)の製品油について原料油と対比すると流動点の低下は認められず、転化率
も、理想的には100%(一般には60~95%程度)であり、脱ロウにおける少
量成分の反応(転化率は5~30%程度)とは明瞭に異なるものである。引用刊行
物には、原料成分をできるだけ高い反応率で転化させるプロセスが記載されている
だけであり、主要成分を反応させないことを不可欠とする例については開示も示唆
もない。一部少量成分の化学反応だけを取り出してその反応式が同じだったとして
も、それは発明全体の同一を意味するものではない。
(3) 本件発明は、「脱ロウ方法」、すなわち、脱ロウプロセスの発明であり、
触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である。そし
て、本件発明は、公知の触媒(ゼオライトZSM-5)を接触脱ロウプロセス(そ
の際の出発原料及び反応条件は公知の接触脱ロウプロセスにおいて公知のもの)を
利用することにより、公知の接触脱ロウプロセスでは達成できなかった顕著な効果
(高い得率と経済性をもって脱ロウ油を得る)が得られることを見出したものであ
る。用途発明における発明の異同は、用途が区別できれば十分であり、用途に付随
する要件(出発原料、反応条件)は、本来、特許請求の範囲に記載しなくともよい
ものである。
 石油精製工業分野における異性化、アルキル化、クラッキング、ハイドロ
クラッキングは、マクロ的にみた原料や温度範囲、圧力範囲は重複して記載される
場合が多いものの、現実には、それぞれ別のプロセスとして扱われており、解釈上
も、特許請求の範囲の末尾が「異性化方法」とか「クラッキング方法」と記載され
ていれば、原料や処理条件の記載が重複していても、そそれぞれ別個独立の特許発
明と理解されているのである。本件発明の特許請求の範囲の末尾において、「脱ロ
ウ方法」(脱ロウプロセス)と表現したのは、本件発明が石油精製工業において上
記プロセスのいずれとも異なる独立したプロセスである脱ロウプロセスを対象と
し、それ以外のプロセスを対象としていないことを明らかにするためであり、当業
者であればこの点を誤解する者はいない。見方を変えると、本件発明は、脱ロウ触
媒に特徴をもつ用途発明に相当する。用途発明の実施において当業者がその用途を
取り違えるおそれがない場合は当然異なる用途発明として位置づけられる。
2 取消事由2(進歩性の欠如)について
 甲第10号証記載の発明に代表される、ゼオライトを触媒とする脱ロウ方法
についての当時の技術水準を参照すれば、引用発明から当業者が本件発明に到達す
るのは容易であったとする原告の主張は争う。
 甲第10号証には、炭化水素混合物の脱ロウ法が記載されているものの、そ
こで用いられている触媒は、モルデナイト、特に第ⅤⅠ又はⅤⅢ族金属を含有する
脱カチオン化したモルデナイトに限られており、モルデナイト以外のゼオライトに
ついては何も示唆されていない。また、触媒を用いるプロセス発明では、同じプロ
セスにおいて従来用いられていた触媒と当該触媒が異なるものであって従来用いら
れていた触媒に比し当該触媒が予期しない顕著に優れた効果をもっていればその発
明に特許性(進歩性)があるとするのが、確立された審査慣行である。ところが、
甲第10号証に記載された触媒成分のゼオライトと、本件発明で用いる触媒成分の
ゼオライトが本質的に異なるゼオライトであることは明らかである。そして、作用
効果については、従来最も優れているとされていた白金/モルデナイト触媒に比し
本件発明の触媒が顕著に優れた作用効果を持っている。
 したがって、本件発明を、甲第10号証に記載された発明に基いて当業者が
容易に発明できたもの、とすることはできない。
3 取消事由3(記載不備)について
(1) 原告は、訂正明細書において、本件発明に係るゼオライト物質が特定され
ていない旨主張する。
 しかし、本件発明で用いる触媒は、引用発明で用いるそれと全く同一であ
る。両者は、その製造過程が完全に共通であり、その結果、生ずる物質の構成や性
能の面でも同一のはずである。したがって、特許請求の範囲にいう「一般に楕円形
の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有
効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がそ
の内部孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質
であって、酸化物のモル比の形で表して一般式・・・で示され且つ下記に示す主要
な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライト物質」という構成についても、両
者に差異があるとすることはできないものであり、このことは、原告も認めるとこ
ろである。本件発明で用いる触媒は、公知のものであり、原告もその内容を承知し
ているものである。このように原告もその内容を承知している公知触媒について、
その内容につきさらに説明する必要はないはずである。
(2) 原告は、訂正明細書では、「転化条件下の有効細孔径」について、その試
験条件、判断基準が規定されていない旨主張する。
 しかし、「転化条件下の有効寸法」における「転化条件下」という記載
は、転化条件下で細孔内に入った分子が選択的に転化し脱ロウ効果を発現すること
を表現するものであり、このことは、その後の「該直鎖炭化水素及び僅かに枝分か
れした炭化水素がその内部孔構造中に入ることができ、転化されることができる」
という記載からも明らかである。そして、この「転化条件下の有効寸法」は、炭化
水素原料の選択的脱ロウを行なうに必要な温度、圧力等の条件下に、寸法のわかっ
ている各種分子をゼオライトと接触させてその分子が転化したかどうかを確認する
ことによって容易に確認できるものである。また、訂正明細書に記載した有効寸法
を吸着速度の測定から導く方法は、有効寸法の便宜的確認法を例示したものであ
り、本来、そこに記載したデータと結論との因果関係までも明細書に記載する必要
はないものである。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(新規性の欠如)について
(1) 甲第6号証によれば、引用刊行物には、次の記載があることが認められ
る。
 「或る種のゼオライト物質は、一定の結晶構造を有する規則正しい多孔性
の結晶性アルミノシリケートであって、構造内には多数の空隙があり、これらの空
隙はそれより小さな多数の溝によって相互に連結されている。このような空隙及び
溝は、大きさが非常に均一である。これらの孔の大きさは、或る大きさの分子を吸
着することを許容するけれども、それより大きな分子は排斥するような大きさであ
る。従って、このような物質は“分子篩”として知られるようになり、これらの特
性を種々の方法に有利に利用して使用される。」(訳文1頁3行~9行)
「この結晶性ゼオライトは選択的吸着特性を示し、H2O及びn-ヘキサン
を吸着するが、シクロヘキサンの如き大きな分子は顕著に吸着しないのである。」
(同3頁2行~4行)
「本発明の合成結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト(ZSM-
5)は次の酸化物のモル比にて示される組成を有するものである。
0.8~1Na2O:Al2O3:20~60SiO2」(同4頁6行~8
行)
「ゼオライトZSM-5はX-線回折によって組成が同定され、識別さ
れ、・・・Na2O/Al2O3のモル比が0.83である代表的なZSMゼオライ
トのX-線回折格子のデータが下記の表Aに示される。」(同4頁9行~11行)
「本発明の結晶性ナトリウムアルミノシリケートゼオライト及びこれをイオ
ン交換した型のものは選択吸着のみならず、クラッキング、ハイドロクラッキン
グ、異性化、アルキル化等の如き炭化水素の触媒転化の際の触媒として又は触媒成
分として有用である。」(同9頁7行~9行)
「実施例XXI 実施例XⅤにて説明する如くして得られた生成物ZSM-
5が0.5Nの塩酸にてイオン交換され、n-ヘキサンを使用して、クラッキング
活性が試験された。その結果は表Hに示される。」(同18頁5行~8行)
「炭化水素原料を触媒転化条件下で上記特許請求の範囲1~11の1または
それ以上の方法により得られる結晶性アルミノシリケートと接触させることを特徴
とする炭化水素原料の触媒転化方法」(特許請求の範囲12項)
(2) 「クラッキング」とは、通常の用語例に従えば、「一般には有機化合物を
加熱して分解することをいうが、石油精製においては、石油の重質留分を分解して
ガソリン、灯油、軽油など付加価値の高い製品を増産するためのプロセスをい
う。」(乙第10号証。1992年10月1日株式会社東京化学同人発行「化学大
辞典」第1版第2刷627頁)、「熱、接触あるいは水素添加などの各分解法によ
って分子結合を壊し、炭化水素の分子量を下げるのに用いられる工程」(「マグロ
ーヒル科学技術用語大辞典」昭和55年1月30日発行)などといった意味に用い
られているものであることが認められる。
(3) 上記(1)及び(2)で認定されたところを併せ考えると、引用刊行物には、ゼ
オライトZSM-5は、「分子篩」としての性質を有し、この性質のゆえに、選択
吸着のみならず、クラッキング、ハイドロクラッキング、異性化、アルキル化等の
ような炭化水素の触媒転化反応の際の触媒として有用であることが記載されている
と認められ、したがって、そこには、ゼオライトZSM-5の種々の利用方法の一
つとして、炭化水素原料を出発原料とし、ゼオライトZSM-5を触媒として、あ
る大きさの炭化水素を選択的にクラッキング、すなわち、分解して転化する技術
(引用発明)が記載されているということができる。
(4) 本件発明と引用発明とを対比すると、出発原料が、本件発明では「直鎖炭
化水素および僅かに枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の
混合物」とされているのに対して、引用発明では、単に「炭化水素」とされている
点、反応について、本件発明では、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化
水素を選択的にクラッキングすることを特徴とする脱ロウ方法」とされているのに
対して、引用発明では、単にある大きさの炭化水素を選択的にクラッキングするも
のとされている点で相違していることが認められる。
 一方、使用される触媒についてみると、本件発明において触媒として使用
される「結晶性ゼオライト物質」は、特許請求の範囲の記載の上では、「一般に楕
円形の形状を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Å
の有効寸法を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素
がその孔構造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質
であって、酸化物のモル比の形で表わして一般式
0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O
(式中Mは水素イオンを含む陽イオンでnは該陽イオンの原子価でありzは
0ないし40の値である。)
で示され且つ下記に示す主要な線をもつX線回折図を有する結晶性ゼオライ
ト物質」とされていて必ずしも明確でないものの、甲第2号証(特許審判請求公
告)をみると、本件明細書の発明の詳細な説明中に、「すなわち本発明の触媒はZ
SM-5型ゼオライトであり、その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および
僅かに枝分れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが、
しかし少なくとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に
等しいか或はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除
するのである。」(3頁4欄34行~41行)、「本発明方法で使用しうるゼオラ
イト物質はZSM-5型のゼオライトである。ZSM-5型の物質は特許第619
824号(特公昭46-10064号)に開示されている。ZSM-5型ゼオライ
トは下記の第1表に述べる特徴あるX線回析図を有する。ZSM-5組成物は酸化
物のモル比の形で下記の通り同定することができる。
0.9±0.2M2/nO:Al2O3:5-100SiO2:zH2O
式中Mは水素を含む陽イオン(判決注・「陽イオンでnは」の誤記と認め
る。)該陽イオンの原子価であり、zは0ないし40の値である。」(4頁6欄4
4行~5頁7欄4行)との記載があることが認められ、第1表には、特許請求の範
囲に示されたX線回析図と同一の格子面間隔が示されていることが認められる。そ
うすると、少なくともゼオライトZSM-5は、本件発明に使用される触媒であ
り、一方、引用発明において使用される触媒もまた、上記のとおり、ゼオライトZ
SM-5であるから、両発明は、使用する触媒において共通していることが明らか
である。そして、このことは、当事者間にも争いのないところである。
(5) 出発原料に関する本件発明と引用発明との相違点について検討する。
(イ) 甲第8号証(1959年FIFTH WORLD PETROLEU
M CONGRESS,INC,発行の1959年6月1日~5日に開催された第
5回世界石油学会第Ⅴ部門議事録)の238頁の第4図によれば、典型的な炭化水
素原料である石油留分は、混合物から特に分離精製しない限り、直鎖炭化水素、枝
分かれ炭化水素、単環シクロパラフィン等の多数の炭化水素からなっており、ロウ
分だけで構成されているものも、非ロウ分だけで構成されているものもなく、ロウ
分及び非ロウ分が混在しているのが普通であることが認められる。
(ロ) 本件発明の出発原料は、上記のとおり、「直鎖炭化水素および僅かに
枝分かれした炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」であり、
「他の異なる分子形状を有する化合物」については、「化合物」という極めて抽象
的な用語を用いているため、明確ではないものの、本件明細書(甲第2号証)の発
明の詳細な説明をみると、「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規
な脱ロウ法に関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れ
したパラフィンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から
前記パラフィン選択的に転化することによって炭化水素供給原料から前記パラフィ
ンを除去する方法に関する。」(2頁右下欄17行~3頁3欄3行)という記載が
あることが認められ、同記載によれば、「他の異なる分子形状を有する化合物」と
は、炭化水素供給原料中に一般に見出される、「直鎖パラフィンおよびわずかに枝
分れしたパラフィン」(これらが特許請求の範囲にいう「直鎖炭化水素および僅か
に枝分かれした炭化水素」であることは明らかである。)以外の成分のことである
ことが認められる。したがって、3種の混合物がいずれも炭化水素であることは明
らかである。そして、本件発明の「他の異なる分子形状を有する化合物」に何らの
限定もないことに、上記(イ)認定の事実を考慮すると、ロウ分も非ロウ分も混在す
る典型的な炭化水素原料は、本件発明にいう「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれ
した炭化水素と他の異なる分子形状を有する化合物の混合物」に該当するものと認
められる。
 一方、引用発明の出発原料は、単に「炭化水素」であり、そこには何ら
の限定もない。
 以上のとおりであるから、本件発明の出発原料と引用発明のそれとは、
同一であるというべきである。
(6) 次に、反応に関する本件発明と引用発明との相違点について検討する。
 本件発明と引用発明とが、炭化水素をクラッキングするという点で共通し
ていることは、明らかである。
 本件発明では、「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素を選択
的にクラッキングする」とされているので、引用発明との対比において、その技術
的意義について検討する。
 本件発明及び引用発明において触媒とされているゼオライトZSM-5
は、前記(5)認定のとおり、本件発明の特許請求の範囲にいう「一般に楕円形の形状
を持ち、転化条件の下で該楕円形の長軸が6Åないし9Å短軸が約5Åの有効寸法
を有する孔を有し、該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構
造中に入ることができ、転化されることができる結晶性ゼオライト物質」であるこ
とが明らかであるから、本件発明の出発原料である典型的な炭化水素原料、すなわ
ち、石油留分(直鎖炭化水素、枝分かれ炭化水素、単環シクロパラフィン等の多数
の炭化水素からなっているもの)をゼオライトZSM-5によって転化反応を実施
しようとした場合、上記ゼオライトZSM-5の性質により、「該直鎖炭化水素お
よび僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることにな
り、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水素」のみに対して転化反応
が行われることになる。
 次に、一般的な炭化水素を出発原料としている引用発明において、ゼオラ
イトZSM-5によって転化反応を実施しようとした場合、「該直鎖炭化水素およ
び僅かに枝分かれした炭化水素がその孔構造中に入ることができ」ることになる点
において、本件発明の場合と同様であるから、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分
かれした炭化水素」のみに対して転化反応が行われることになる。要するに、ゼオ
ライトZSM-5を触媒としてクラッキング(分解)を行う限り、必然的に、直鎖
炭化水素及びわずかに枝分かれした炭化水素についての選択的なクラッキング(分
解)による転化が行われることになってしまうのである。
 このように、本件発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭化水
素と他の異なる分子形状を有する化合物との混合物」(典型的な炭化水素原料)で
あろうが、引用発明の一般的な炭化水素であろうが、ゼオライトZSM-5を触媒
としてクラッキングを行う限り、必然的に、「該直鎖炭化水素および僅かに枝分か
れした炭化水素」のみに対して選択的なクラッキングが行われ、転化反応が行われ
ることになるから、結局、本件発明の「直鎖炭化水素および僅かに枝分かれした炭
化水素を選択的にクラッキングする」とされている点でも、本件発明と引用発明と
の間には、差異がないものといわざるを得ない。
 以上によれば、本件発明と引用発明とは、出発原料、触媒及び反応のいず
れについても同一であるということができる。
(7) 本件発明は、「脱ロウ方法」の一つであるものとされているので、引用発
明との対比において、「脱ロウ方法」の技術的意義について検討する。
(イ) 「脱ロウ」が、通常の用語例に従えば、ロウ分を除去するということ
を意味する語であることは、明らかであり、その定義として必ずしも決まったもの
があるとは認められないものの、「物質や物体から蝋を除去すること。石油から個
体炭化水素を分離するのに用いられる工程。」(「マグローヒル科学技術用語大辞
典」昭和55年1月30日発行)、「低温での流動性に富む潤滑油を得るために、
石油留分から蝋分(パラフィン)を除去すること。」(「大辞林」1989年(平
成元年)3月25日第8刷発行)、「石油から潤滑油を製造する際、冷却によりパ
ラフィンを分離・除去すること。」(「広辞苑第4版」1991年(平成3年)1
1月15日発行)といった意味で使用されていることは、当裁判所に顕著である。
したがって、「脱ロウ」は、通常の用語例に従う限り、原料油中のロウ分のみを選
択的に除去、すなわち、「除き去る」あるいは「取り去る」というものであり、そ
の手段を問わないものであるということができる。
(ロ) 引用発明は、炭化水素原料を出発原料とし、ゼオライトZSM-5を
触媒としてロウ分を選択的にクラッキング(分解)する技術であるから、ロウ分を
「除去」していない、すなわち、除き去っても取り去ってもいないのであり、した
がって、引用発明が、通常の用語例でいう「脱ロウ」を行うものではないことは明
らかである。
(ハ) しかしながら、「脱ロウ」の語に決まった定義があると認めることが
できないことは、上述のとおりであるから、本件発明にいう「脱ロウ方法」の意味
は、本件明細書の記載に基づいて、具体的に明らかにされなければならない。
 甲第2号証(特許審判請求公告)をみると、本件明細書の発明の詳細な
説明中には、「本発明は結晶性ゼオライト性物質の存在における新規な脱ロウ法に
関する。更に詳しくは本発明は直鎖パラフィンおよびわずかに枝分れしたパラフィ
ンと炭化水素供給原料中に一般に見出される他の成分との混合物から前記パラフィ
ン選択的(判決注・「パラフィンを選択的」の誤記と認める。)に転化することに
よって炭化水素供給原料から前記パラフィンを除去する方法に関する。」(2頁右
下欄17行~3頁3欄3行)、「種々のゼオライト性物質および特に結晶性アルミ
ノシリケ-トがこれまで種々の接触転化操作に使用されてきたが、しかしこれらの
先行技術の操作は一般に1種または2種の主要なカテゴリーに入るのである。1種
の型の転化操作においては装入原料中に通常見出される成分の大部分を受入れるの
に充分な大きな孔の寸法を有するゼオライトが使用された。すなわち、これらの物
質は大きな孔寸法の分子フルイと言われ、それらは6~13オングストロームの孔
の寸法を有することが一般的に述べられており、・・・アルミノシリケートの他の
型は約5オングストロームの単位の孔の大きさを持ち、選択的にノルマルパラフィ
ンに作用して他の分子種を実質的に排除するのに使用される。」(3頁3欄27行
~40行)、「あるクラスのゼオライト性分子フルイがそれらの内部の孔構造中に
ノルマルパラフィンだけがなくて僅かに枝分れしたパラフィンをも出入りすること
ができ、しかも極度に枝分れしたイソパラフィンを排除する能力を有する点で独特
のフルイ性を有し、このゼオライト性分子フルイを使用することによって極めて効
果的な接触操作を行うことができることを見出した。こうしてノルマルパラフィン
に対して選択的だけでなくて僅かに枝分れしたパラフィン、そして特にモノメチル
置換されたパラフィンに対しても選択的な炭化水素転化操作を行うことがいまや可
能である。」(3欄46行~4欄6行)、「これらの性質を示すゼオライト性物質
をノルマルパラフィンを選択的に除くことだけが従来望まれていた脱ロウ操作に使
用すれば経済的価置が増した生成物が得られる点で多くの増大した予期せざる利益
があることが見出された。」(4欄7行~11行)、「本発明の新規な脱ロウ法は
従来使用されてきた2種の型のアルミノシリケートの中間にあると一般的に言われ
るゼオライト性物質を使用することに基く。すなわち本発明の触媒はZSM-5型
ゼオライトであり、その内部孔構造の中にノルマル脂肪族化合物および僅かに枝分
れした脂肪族化合物特にモノメチル置換化合物が入ることができるが、しかし少な
くとも4級炭素原子を含有するすべての化合物すなわち4級炭素原子に等しいか或
はそれより大きい分子寸法を有するすべての化合物は実質上これを排除するのであ
る。」(3頁4欄32行~41行)、「換言すれば本発明のゼオライトは転化条件
下即ち脱ロウ反応条件下でノルマル脂肪族化合物及び僅かに枝分かれした脂肪族化
合物特にモノメチル置換化合物は入ることができるが4級炭素原子を含有する化合
物は入ることができない有効寸法、即ち楕円形でその長軸が6Åないし9Å、短軸
が約5Åの有効寸法の孔を有する。」(4頁6欄21行~26行)、「先に述べた
ように本発明の新規な方法は炭化水素供給原料の脱ロウに関する。本明細書および
特許請求の範囲で使用する脱ロウとはその最も広義に使用し、石油原料から容易に
固化する(ロウ)炭化水素を除去することを意味する。更に特定の例で説明するよ
うに処理することができる炭化水素供給原料には潤滑油並に凝固点または流動点問
題を有する原料すなわち約176℃(350゚F)以上で沸騰する石油原料が含まれ
る。脱ロウはクラッキングまたはハイドロクラッキング条件の下で行うことができ
る。」(12頁21欄32行~22欄3行参照)との記載があることが認められ
る。
 また、実施例についての記載をみると、実施例の例3において、「ZS
M-5触媒を使用して同じロウ質アマールガス油の他の部分を形状選択的転化処理
に付した。・・・流動点の降下はノルマルパラフィンの除去によるものであるけれ
ども、それが流動点降下の完全な回答ではないことを知ることができる。本発明の
新規な方法はノルマルパラフィンが全部除去されなくても流動点の著しい降下を生
ずる。この処理についてはいかなる理論によっても束ばくされることを欲しない
が、本発明の新規な触媒は流動点に有害な作用を及ぼす僅かに枝分れしたパラフィ
ンをも転化するものと思われる。」(14頁25欄13行~26欄5行)、例5に
おいて、「本発明の触媒を使用して得られる形状選択性と先行技術の形状選択的物
質との型の差異を例証するために、例2で使用したのと同じロウ質アマールガス油
をカルシウムA・・・として同定された結晶性アルミノシリケートとZSM-5の
焼成試料とを用いて形状選択的クラッキングの比較を行った。同じ原料を分解して
得た生成物の比較を下記の表に示す。本発明の新規方法によって得られたコークス
収量は先行技術の古典的形状選択的物質を用いて得たコークス収量よりも著しく低
いことが一見して明らかである。さらにガソリンの生成すなわちC5-C12はカル
シウム-A型触媒の場合に比してかなり高い。さらに先行技術による古典的形状選
択的触媒は常にC4炭化水素に富み、逆にC5-C12炭化水素の少ない生成物を生
ずる。」(26欄32行~15頁27欄44行)との記載があることが認められ
る。
 そして、本件明細書の全記載を検討しても、本件発明において、ロウ分
を原料油中から除き去ったり、あるいは、取り去ったりすることについて記載した
ものは、見出すことができない。
 本件明細書の上記記載によれば、本件発明は、従来の接触転化操作にお
いて使用されていた約5Åの孔の寸法を有するゼオライト性物質よりやや大きめの
孔を有するゼオライトZSM-5を使用して接触転化操作を行うものであり、ゼオ
ライトZSM-5が、直鎖炭化水素だけでなく、「僅かに枝分かれした炭化水素」
に対しても選択的にクラッキング(分解)して転化する作用に着目し、この直鎖炭
化水素及び「僅かに枝分かれした炭化水素」、すなわち、ロウ分を分解して消滅さ
せるという通常の用語例にいう「脱ロウ」と類似した作用をしていることから、こ
れを一方で「選択的にクラッキング」といい、他方で「新規な脱ロウ法」と称して
いるものと認められ、ここにいう「脱ロウ」とは、原料油中からロウ分を選択的に
クラッキング(分解)して転化し、分子量の低い(流動点の低い)生成物に変える
ことを意味するものである。そうすると、本件発明にいう「脱ロウ」も、引用発明
と同様に、ロウ分を「除去」していない、すなわち、除き去っても取り去ってもい
ないものであるから、通常の用語例にいう「脱ロウ」ではないというべきである。
(ニ) そうすると、本件発明の特許請求の範囲に「脱ロウ方法」との記載が
あるからといって、これを根拠に、本件発明と引用発明との間に相違するところが
あるとすることができないことは、明らかというべきである。
 なお、仮に、「脱ロウ」の概念に、前記用語例とは異なり、原料油中の
ロウ分を選択的にクラッキングして転化することをも包含させるのが当業者の間で
の一般的用法であり、本件発明の「脱ロウ」がその意味で用いられているというの
であれば、引用発明においても、特にロウ分に着目して「脱ロウ」を図るという記
載は示されていないものの、事実として原料油中のロウ分を選択的にクラッキング
して転化することになる技術が示されているから、そこに示されているのは、客観
的には、同じ意味の「脱ロウ」ということになり、本件発明と引用発明とが「脱ロ
ウ方法」という点で共通していることには変わるところがなく、両発明で相違する
のは、つまるところ、「脱ロウ」についての認識の有無と「脱ロウ」という言葉の
使用の有無のみということになる。
 要するに、本件発明は、特許請求の範囲に「脱ロウ方法」と記載されて
いるとしても、ゼオライトZSM-5によりロウ分を選択的にクラッキング(分
解)して転化し、分子量の低い(流動点の低い)生成物に変えるというプロセスに
ついて、これがロウ分を分解して消滅させて別の生成物に変えるということを認識
したうえ、この点に着目し、目的、効果の面から「脱ロウ方法」と称しているにす
ぎないのであり、本件発明と引用発明とは、この点に関し、その実体において、何
ら変わるところはないという以外にないのである。
(8) 被告は、本件発明の特許請求の範囲の末尾において、「脱ロウ法(プロセ
ス)」と表現したのは、本件発明が石油精製工業において独立したプロセスである
脱ロウプロセスを対象とし、それ以外のプロセスを対象としていないことを明らか
にするためであるとし、「選択的にクラッキング」とは接触脱ロウプロセスを意味
し、石油(精製)工業分野において、クラッキング、ハイドロクラッキングと脱ロ
ウとは全く異なるプロセスとして区分されている旨主張する。
 しかしながら、前記(7)認定のとおり、本件発明における「脱ロウ」は、原
料油中からロウ分を選択的にクラッキング(分解)して転化し、分子量の低い(流
動点の低い)生成物に変えるというプロセスについて、これがロウ分を分解して消
滅させて別の生成物に変えるという点に着目し、目的、効果の面から「脱ロウ法」
と名付けたにすぎないのであるから、本件発明が石油精製工業において独立したプ
ロセスである脱ロウプロセスを対象とするという被告の主張は、「脱ロウ」に対し
て特許請求の範囲や明細書の記載にない別異の意味を持たせようとするものであっ
て、失当であることは明らかである。
 また、被告は、何人も両プロセスを取り違えることはないとか、クラッキ
ング、ハイドロクラッキングのプロセスに用いる装置と操作条件とは、実用上、脱
ロウプロセスのそれらと異なっているとか主張するが、失当であることは、上記と
同様である。
(9) 被告は、本件発明は、「脱ロウ方法」、すなわち、脱ロウプロセスの発明
であり、触媒からみると、用途を脱ロウプロセスに限定した一種の用途発明である
旨主張する。
 講学上、「用途発明」とは、物の有するある一面の性質に着目し、その性
質に基づいた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明を
いうものとされ、物が周知あるいは公知であっても、用途が新規性を有する場合に
は、特許性の認められる場合があることを示すためにされている用語である。
 しかしながら、上記認定のとおり、本件発明は、ゼオライトZSM-5を
使用してクラッキングを行うプロセスが、原料油中のロウ分を消して別の生成物に
変えるという点に着目し、ロウ分を含まない目的物質を得るという目的、効果の面
からこれを「脱ロウ法」と称しているにすぎず、本件発明と引用発明とは、出発原
料、反応、触媒を同じく、その結果、得られる目的物質も同じくしているのである
から、そこには何らの新規な用途の追加ともみることができないものであって、特
許性の認定と結び付けられる上記の意味での用途発明となり得ないことは明らかで
ある。
 被告の主張は、採用できない。
(10) 以上のとおり、本件発明と引用発明とは、出発原料、反応及び触媒のい
ずれにおいても同一であり、他にも実体において相違するところは認められないか
ら、同一の発明というべきである。したがって、本件特許は、特許法29条1項3
号に該当し、特許を受けることができないものである。
2 そうすると、審決の取消しを求める原告の請求は、その余の点につき判断す
るまでもなく、理由があることが明らかである。そこで、これを認容することと
し、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事
件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決す
る。
  東京高等裁判所第6民事部
裁判長裁判官山  下  和  明
   裁判官山  田  知  司
   裁判官宍  戸     充

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