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平成14年(行ケ)第630号 審決取消請求事件
平成16年9月8日口頭弁論終結
     判    決
 原 告 ユニ・チャーム株式会社
 原 告 明星産商株式会社
 原告ら訴訟代理人弁理士 白浜吉治,小林義孝     
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 千壽哲郎,小曳満昭,涌井幸一,大元修二,井出英一郎
     主    文
 原告らの請求を棄却する。
 訴訟費用は,原告らの負担とする。
     事実及び理由
第1 原告らの求めた裁判
 「特許庁が不服2000-4957号事件について平成14年11月5日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って
表記を変えた部分があり,また「耳掛部」,「耳掛け部」,「耳引掛け部」は「耳
掛け部」に,「溶着」,「融着」は「融着」に統一して表記する。
 本件は,原告らが,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,こ
れを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされた
ため,同審決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願発明
出願人:ユニテック株式会社(その後,原告ユニ・チャーム株式会社はユニテック
株式会社から本願発明に関する特許を受ける権利の持分全部を譲り受けた。),明
星産商株式会社
発明の名称:「使い捨てマスク」
出願番号:特願平6-96934号
出願日:平成6年4月11日
 (2) 本件手続
拒絶査定日:平成12年2月24日
審判請求日:平成12年4月6日(不服2000-4957号)
手続補正:平成14年9月17日
審決日:平成14年11月5日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成14年11月19日(原告らに対し)
 2 本願発明の要旨(平成14年9月17日付け手続補正書による補正後のも
の。以下,下記請求項1に記載された発明を「本願発明1」,下記請求項2に記載
された発明を「本願発明2」といい,同手続補正書に添付の明細書(甲5)を「本
件明細書」という。)
【請求項1】通気性不織布からなり,内外面及び縦横方向を有し,着用者の顔面に
当接可能な通気性本体と,伸縮性かつ通気性不織布からなり,前記本体の横方向の
両側に位置し着用者の耳に掛けることが可能な両環状部とを備え,前記本体が両領
域に区画され,前記両領域が,前記横方向に対向離間する内外側縁を有し,前記内
側縁において互いに合掌状に重なって接合し,前記外面の側へ凸状に湾曲している
第1接合部を画成し,前記両環状部が前記両領域の少なくとも外側縁に接合するこ
とで第2接合部を画成していることを特徴とする使い捨てマスク。
【請求項2】前記環状部の不織布が捲縮した複合繊維からなる請求項1記載のマス
ク。
 3 審決の要点
 (1) 引用文献記載の発明
 ア 引用発明1
 実願昭58-113416号(実開昭60-20250号)のマイクロフィルム
(甲2。以下,審決と同様「引用文献1」という。)には,以下の発明(以下「引
用発明1」という。)が記載されている。
 「通気性不織布からなり,内外面及び縦横方向を有し,着用者の顔面に当接可能
な鼻,口覆部と,伸縮性かつ通気性不織布からなり,前記鼻,口覆部の横方向の両
側に位置し着用者の耳に掛けることが可能な耳掛け部とを備えている使い捨てマス
ク」
 イ 引用発明2  
 実願平4-28291号(実開平5-78251号)のCD-ROM(甲3。以
下「引用文献2」という。)には,以下の発明(以下「引用発明2」という。)が
記載されている。
 「不織布からなるマスクにおいて,着用者の顔面に当接可能なマスク本体1と,
前記マスク本体1の横方向の両側に位置し着用者の耳に掛けることが可能な耳掛環
41を備え,マスク本体1が,その中央部の縦線状の融着部5において融着された
一対の扇形1a,1bに区画されて形成されており,該一対の扇形1a,1bは,
その縦線状の融着部5において互いに合掌状に重なって接合し,マスク本体外面の
側へ凸状に湾曲した構造となっているマスク」
 ウ 引用発明3
 実公平3-34195号公報(甲4。以下「引用文献3」という。)には,以下
の発明(以下「引用発明3」という。)が記載されている。
 「通気性不織布からなり,内外面及び縦横方向を有し,着用者の顔面に当接可能
なマスク本体と,前記マスク本体の横方向の両側に位置し着用者の耳に掛けること
が可能な耳掛け部とを備え,前記マスク本体が,横方向に対向離間する外側縁を有
し,前記耳掛け部が前記マスク本体の両外側縁に接合することで接合部を画成して
いることを特徴とする使い捨てマスク」
 (2) 対比,判断
 ア 本願発明1について
 (ア) 引用発明1との一致点
 本願発明1と引用発明1は,以下の点で一致する。
 「通気性不織布からなり,内外面及び縦横方向を有し,着用者の顔面に当接可能
な通気性本体と,伸縮性かつ通気性不織布からなり,前記本体の横方向の両側に位
置し着用者の耳に掛けることが可能な両環状部とを備えた使い捨てマスク」
 (イ) 引用発明1との相違点
 本願発明1と引用発明1は,以下の点で相違する(以下「相違点(A)」とい
う。)。 
 「(A) 本願発明1は,通気性本体が両領域に区画され,前記両領域が,前記横方
向に対向離間する内外側縁を有し,前記内側縁において互いに合掌状に重なって接
合し,外面の側へ凸状に湾曲している第1接合部を画成し,前記両環状部が前記両
領域の少なくとも外側縁に接合することで第2接合部を画成しているのに対して,
引用発明1には,通気性本体(鼻,口覆部)の形状が,中央がふくらみをもつも
の,又はそのふくらみが直線状のもの,又は曲線のものでも差支えないとし,中央
のふくらみについて,種々の立体形状・構造を取り得ることを示唆しているもの
の,本願発明1におけるような具体的構成に関しては明記されていない点」
 (ウ) 相違点(A)についての検討(「」を便宜付加した。) 
 「そこで,上記相違点(A)について検討すると,引用発明2は,不織布からなるマ
スクにおいて,着用者の顔面に当接可能なマスク本体1(本願発明1の「通気性本
体」に相当。以下,同様)を,その中央部の縦線状の融着部5(「第1接合部」)
において融着された一対の扇形1a,1b(「両領域」)に区画して形成し,該一
対の扇形1a,1bは,その縦線状の融着部5において互いに合掌状に重なって接
合し,マスク本体外面の側へ凸状に湾曲した構造とした発明であり,また,引用発
明3は,通気性不織布からなり,内外面及び縦横方向を有し,着用者の顔面に当接
可能なマスク本体(「通気性本体」)と,前記マスク本体の横方向の両側に位置し
着用者の耳に掛けることが可能な耳掛け部(「環状部」)とを備え,前記マスク本
体が,横方向に対向離間する外側縁を有し,前記耳掛け部が前記マスク本体の両外
側縁に接合することで接合部(「第2接合部」)を画成している構造を有する発明
であるところ,これら両発明は引用発明1と技術分野を同じくするものであるか
ら,引用発明1において,種々の立体形状・構造を取り得るとされている鼻,口覆
い部のマスク形状の具体的構成として,引用発明2及び3の構成を採用することに
より本願発明1のように形成することは,当業者が容易に想到し得ることといえ
る。
 そして,本願発明1の作用効果についても,当業者の予測し得る範囲内のもので
あって,格別なものとはいえない。」
 イ 本願発明2について
 (ア) 引用発明1との相違点
 本願発明2と引用発明1は,以下の点で相違する(以下「相違点(B)」という。
「」を便宜付加した。)。
 「(B) 本願発明2は,環状部の不織布が捲縮した複合繊維からなるのに対して,
引用発明1は,耳掛け部(「環状部」)の不織布の具体的構成が特定されていない
点」
 (イ) 相違点(B)についての検討
 「…相違点(B)について検討すると,伸縮性の不織布を,捲縮した複合繊維から構
成することは本願出願前周知のことにすぎず(必要であれば,特開平3-6964
7号公報,特開平4-257363号公報等を参照されたい),引用発明1の不織
布をこのような素材とする程度のことは当業者であれば必要に応じて適宜なし得る
ことである。」
 (3) 結論
 「したがって,本願発明1ないし2は,上記引用発明1~3及び本願出願前周知
の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法
29条2項の規定により特許を受けることができない。」
第3 原告らの主張の要点
 審決は,相違点(A)の認定判断を誤り(取消事由1),相違点(B)の判断を誤り
(取消事由2),その結果,本願発明1及び2の進歩性を誤って否定したものであ
るから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(A)の認定判断の誤り)
 審決は,本願発明1と引用発明1の相違点を上記相違点(A)のとおり認定し,その
上で,引用発明1を主たる先行技術とし,これに引用発明2及び3を適用すること
により,本願発明1は当業者が容易に発明することができたものであるから,特許
法29条2項の規定により特許を受けることができないとするが,審決の認定判断
は,以下のとおり,誤りである。
 (1) 本願発明1の特徴は,第1に,マスクが第1及び第2接合部をともに有する
こと,第2に,環状部が第2接合部でマスク本体に接合していることにある。第1
及び第2接合部は,いずれもマスクの非接合域に比較して剛性が高くなっており,
第2接合部は,マスク本体と環状部との境界部に存在することにより,マスク着用
時において環状部に作用する引張り作用を遮断する。これにより,着用者がマスク
を耳に掛けることにより環状部に皺が生じたり,よれるなどして変形しても,その
変形がマスク本体へ伝わらず,予め適宜形状に形成されているマスク本体の形状を
保持できる。ただし,第2接合部が上記効果を奏するとしてもなお,マスク着用時
に環状部に作用する引張り作用がマスク前縁部及びその近傍部に及ぶことから,第
1接合部がマスク前縁部に設けられ,その剛性により第1接合部及びその近傍部が
着用者の顔面に圧接して変形することを防ぐことを可能にしている。このように,
本願発明1の第1及び第2接合部は,その一方だけでは本願発明1の保形機能を果
たすことができず,協働して相乗的にマスク本体全体の保形機能を果たしている。
 (2) これに対し,審決が主たる先行技術として引用する引用発明1は,引用文献
1(甲2)に「従来,良く知られているマスクは布製のマスク本体の両端に耳掛け
用紐を縫着ないしは挿通して作られ,…その製造に手間を要しコストが高く,」
(2頁10行~14行)と記載されているとおり,マスク本体と耳掛け部とを別体
として形成することによる手間や製造コストの面での不利を解決すべき技術課題と
しており,その解決手段としてマスク全体を接合を必要としない連続するシートで
構成しているのであるから,本願発明1の第1及び第2接合部のような接合部を設
けることは,引用発明1の上記解決手段に反することになる。
 次に,引用発明2は,本願発明1の第1接合部に相当する熱融着部5を有してい
るものの,本願発明1の第2接合部に相当する構成を欠き,引用発明1と同様,マ
スク本体と耳掛け部とが一体で互いに連続する不織布シートから形成されている。
引用文献2(甲3)に「耳掛用紐の利用は,紐の製造と紐のマスクへの縫い付け加
工などの取付けが製造工程上工程増となり,量産性を妨げていた。」(段落【00
07】)と記載されているとおり,引用発明2もマスク本体と耳掛け部とを別体に
形成してそれらを接合することが不利であるとの前提に立っており,引用発明2の
技術思想は本願発明1とは異なる。
 引用発明3は,本願発明1の第2接合部に相当する熱融着部を有するものの,本
願発明1の第1接合部に相当する構成を欠き,耳掛け部を構成する不織布の材質が
マスク本体とは顕著に異なる熱可塑性樹脂フィルムからなる。
 (3) 上記のとおり,引用発明1は,本願発明1の第1及び第2接合部のような接
合部を設けることは全く意図しておらず,かつ,その構成は引用発明1の課題解決
に反するものであるから,引用発明1に引用発明2の熱融着部(第1接合部に相
当)と,引用発明3の熱融着部(第2接合部に相当)を適用することはあり得ず,
引用発明1に引用発明2及び3を適用することには阻害要因が存在するというべき
である。
 仮に,引用発明1に引用発明2及び3を適用することに阻害要因がないとして
も,引用文献1ないし3は第1及び第2接合部をともに設けることによる保形効果
を開示,教示ないし示唆しておらず,また,これらの引用文献から引用発明1ない
し3を組み合わせることの動機付けを得ることはできないのであるから,当業者が
引用発明1に引用発明2及び3を組み合わせて本願発明1のように第1及び第2接
合部をともに有する構成に想到することは容易とはいえない。
 さらに,引用発明1に引用発明2及び3を組み合わせたとしても,本願発明1で
はマスク本体と環状部とが別体の不織布からなるのに対して,引用発明1はマスク
本体と耳掛け部とが一体で互いに連続する不織布からなり,引用発明3は耳掛け部
がマスク本体を構成する不織布とは材質が顕著に異なるフィルムからなることを不
可欠の要件とするのであるから,本願発明1に想到することはできない。
 審決は,引用文献1(甲2)の「鼻,口覆部1の形状は中央がふくらみをもつも
の,またそのふくらみが直線状のもの,又は曲線のものでも差支えない。」(3頁
16行~19行)との記載に依拠し,引用発明1の鼻,口覆部のマスク形状は種々
の立体形状・構造を取り得るとするが,引用文献1の上記記載はマスク本体の形状
について言及するにすぎず,本願発明1の第1及び第2接合部のようなものを想定
していたとは考えられないのであるから,審決の上記認定判断は論理の飛躍であ
る。
 以上のとおり,審決が,引用発明1に対して引用発明2及び3を適用するとの論
理に基づいて,本願発明1の進歩性を否定したのは誤りである。
 2 取消事由2(相違点(B)の判断の誤り)
 審決の相違点(B)の認定は争わない。本願発明2は,本願発明1と同様の特徴を備
えるものであるから,上記1と同様の理由により,審決の容易想到性についての判
断は誤りである。
第4 被告の主張の要点
 審決の認定判断は正当であり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(相違点(A)の認定判断の誤り)に対して
 原告らは,相違点(A)の認定判断を争うが,引用文献1には通気性本体の具体的構
成は明記されていないのであるから,審決の相違点(A)の認定には誤りはなく,また
進歩性の判断も,以下のとおり,正当である。
 (1) 原告らは,本願発明1と引用発明1とは技術思想が異なると主張する。しか
しながら,当業者は,刊行物に記載された事項から種々の技術思想を把握すること
が可能であるところ,引用文献1からは,マスク本体と耳掛け部とを一体に形成す
ることにより,製造の手間を少なくするという技術思想のみならず,本体部と耳掛
け部に伸縮性,通気性を有する不織布を使用することにより,装着時のフィット
感,柔らかさ等を向上するという技術思想をも把握することが可能であり,審決は
後者の技術思想を引用している。原告らは,審決が引用していない技術思想をとら
えて,本願発明1の技術思想と異なると主張しているものであり,失当である。
 (2) 原告らは,引用発明1に引用発明2及び3を適用することには阻害要因が存
在し,また阻害要因がないとしても引用発明1ないし3を組み合わせて本願発明1
のように第1及び第2接合部をともに有する構成に想到するのは容易でないと主張
する。しかし,一般に,共通の技術分野に属する種々の公知技術の中から,有用と
思われる技術を採用し,その組合せを種々試みることは,当業者にとって通常の創
作活動である。引用文献2及び3に記載された公知技術は,マスクという引用発明
1と共通の技術分野に属するものであるところ,呼吸や会話を楽にするために口許
や鼻腔を塞ぎにくくするという技術課題は,マスク一般にとって自明の技術課題で
あるから,当該技術課題に対する解決手段を提供する引用文献2に記載された技術
的事項を引用発明1に適用することは当業者にとって容易なことである。また,マ
スク本体部には通気性を有する材料が望ましく,耳掛け部には延伸性を有する材料
が望ましいことも,マスク一般にとって自明の事項であるから,マスク本体部と耳
掛け部をそれぞれに望まれる特性を満たす別々の材料で構成し,両部分を接合する
という引用文献3に記載された技術事項を引用発明1に適用することも,当業者に
とって容易なことである。そして,それによる効果についても,第1接合部及び第
2接合部による相乗効果があるわけでもなく,当業者が十分に予測し得る範囲内の
ものにすぎない。
 (3) 原告らは,本願発明1ではマスク本体と耳掛け部とが別体の不織布からなる
ことなどを根拠に,引用発明1に引用発明2及び3を適用しても本願発明1に想到
することはないと主張する。しかしながら,マスク本体部と耳掛け部とを一体に形
成したタイプのマスクと,別体に形成して両者を接合したタイプのマスクは,いず
れも周知であり(一体に形成したタイプの周知例として引用文献1,別体に形成し
たタイプの周知例として引用文献3),別体に形成したタイプにおいてマスク本体
部と耳掛け部とが同一材料のものについても,実願昭46-103053号(実開
昭48-59394号)のマクロフィルム(乙1)に見られるとおり,周知であ
る。したがって,これらのタイプのうちどれを採用するかは,当業者が適宜選択し
得る事項である。
 (4) 原告らは,本願発明1について,第1及び第2接合部をともに有するのが特
徴であり,両接合部が協働して相乗的な保形効果が生じる旨主張する。しかしなが
ら,本件明細書(甲5)の特許請求の範囲の請求項1には,第2接合部について,
「前記両環状部が前記両領域の少なくとも外側縁に接合する」と記載されているに
すぎず,その具体的な接合の形状・構造等について何らの限定がされていないので
あるから,第2接合部は「環状部と本体とを接合している箇所」という意味しか持
ち得ず,マスクの保形機能を持たない態様の接合も含み得る。第2接合部が剛性を
持つとしても,その剛性の程度は,シート二枚の重なり部分が一枚の部分より厚み
が増して剛性が高くなるという程度であり,その効果は当業者にとって自明であ
る。また,第1接合部は,引用文献2に記載された熱融着部と形状・構造において
同じであるから,その効果は同一である。
 (5) 以上のとおり,本願発明1は,引用発明1ないし3及び本願出願前の周知技
術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの審決の判断には誤りはな
い。
 2 取消事由2(相違点(B)の判断の誤り)に対して
 引用発明2は,引用発明1ないし3及び周知技術に基づいて容易に想到すること
ができたものであり,審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 本件では,審決の引用発明1ないし3の認定及び相違点(B)の認定については当事
者間に争いがない。原告らが取消事由として主張するのは,相違点(A)の認定判断の
誤り及び相違点(B)の判断の誤りである。
 1 取消事由1(相違点(A)の認定判断の誤り)について
 原告らは審決の相違点(A)の認定を争うが,本件明細書(甲5)及び引用文献1
(甲2)によれば,審決の相違点(A)の認定に誤りがあるとは認められない。そこ
で,以下,相違点(A)について引用例1ないし3から本願発明1に想到することが容
易といえるかどうかについて判断する。
 (1) 原告らは,引用発明2の熱融着部が本願発明1の第1接合部に相当し,引用
発明3の熱融着部が本願発明1の第2接合部に相当することについては争わないも
のの,本願発明1と引用発明1ないし3の基本的な技術思想が異なるとした上で,
本願発明1の第1及び第2接合部のような接合部を設けることは引用発明1の課題
解決に反するものであり,引用発明1に引用発明2及び3を適用することには阻害
要因があると主張する。
 ア そこで,まず,本願発明1において第1及び第2接合部をともに設けた意義
について検討するに,本件明細書(甲5)には,以下の記載が存在する。
 「前記従来のマスクにおいて,耳掛け用のゴム紐を使用したものは,長時間着用
するとゴム紐が耳に食い込んで痛みを覚えるという問題がある。また,発泡ウレタ
ンシートを使用したものは,その種の問題を解消することはできても,シート表面
が肌にざらつく感じを与えたり,シートが容易に変形して口許や鼻腔を塞ぎ,呼吸
や会話が困難になるという問題がある。」(段落【0003】)
 「この発明は,マスク全体を通気性不織布から構成するとともに,その所要部位
に保形手段を付与することで,前記従来技術の問題を解決することを課題にしてい
る。」(段落【0004】)
 「この発明に係る使い捨てマスクは,環状部を伸縮性かつ通気性不織布により構
成したから,耳周りには布様の肌触りと通気性とがあって,着用感がよく,長時間
着用しても環状部の耳への食い込みがない。特に,マスク中最も剛性が高い第1及
び第2接合部が保形機能を果たすから,マスクを常に適性な着用状態に保持するこ
とができるとともに,口許や鼻腔を塞ぐことがないから呼吸や会話が楽になる。」
(段落【0014】)
 上記記載によれば,本願発明1は,呼吸や会話を楽にし,マスクの装着感を向上
することを技術課題とし,その解決手段として,マスク本体と耳掛け部を別体とし
て第1及び第2接合部を設け,マスク全体を通気性不織布から構成したものと理解
することができる。
 イ 次に,引用発明1に関し,引用文献1(甲2)には,以下の記載がある。
 「従来,良く知られているマスクは布製のマスク本体の両端に耳掛け用紐を縫着
ないしは挿通して作られ,内側にガーゼ等を当てて使用されているが,この布製マ
スクはその製造に手間を要しコストが高く,またその使用に際し紐の調節等の煩わ
しさを伴うもので用途も限られている。
 また,不織布のマスクも提案されているが,これらは息苦しい,ごわごわする,
紐に問題がある,フィットしない,繊維が脱落する等の問題がある。他方,通気性
を有するポリウレタン発泡体シートから一体成型されたマスクもあるが,係るマス
クは装着時の感触時が固く,また該シートをうすくスライスする場合には製作上の
困難さを伴う。本考案者等は係る従来の欠陥を排除すべく研究の結果,本考案を完
成した。
 本考案の目的は装着時のフィット感,柔らかさをもち,耐久性があり,しかも大
量生産可能なマスクを提供するにある。」(2頁10行~3頁7行)
 「鼻,口覆部1の形状は中央がふくらみをもつもの,又はそのふくらみが直線状
のもの,又は曲線のものでも差支えない。」(3頁16行~19行) 
 「本考案のマスクは,以上の如く通気性,伸縮性を有する弾性繊維不織布を主体
とするものであるため,当該マスクの耳,鼻,口の部分へのフィット感があり,感
触も非常に柔らかであるし,その伸縮性により着脱が容易である等の性能を有して
いる。更に,本考案のマスクは打抜き成型或いは溶断等の方法で成型でき,安価に
大量生産し得るのでコスト上極めて有利である。」(5頁下から3行~6頁5行)
 上記記載によれば,引用発明1は,マスクの製造コストや大量生産の容易性とい
った観点も考慮しつつも,本願発明1と同様に,マスクを着用した際の着用感の改
善や呼吸の容易化など保形機能も考慮しているものと認められ,この点で両発明は
技術課題を共有しているということができる。原告らは,マスク本体と耳掛け部と
を別体として形成することは引用発明1の技術課題に反すると主張するが,これは
引用発明1の技術課題の一部のみを取り上げて比較をするものであって失当であ
る。また,上記記載のとおり,引用発明1は,鼻や口覆部の形状について具体的な
構成は明示していないものの,中央部がふくらみをもつ形状でも差し支えないとし
ているのであるから,本願発明1の第1接合部のような構成をとることが引用発明
1の技術課題に反するとも認められない。
 ウ 引用発明2に関し,引用文献2(甲3)には,以下の記載が存在する。
 「簡易マスクは,織布などをそのまま平面的に使用したものと,立体的に裁断縫
製加工したものとがある。平面的なものは,マスク内面と鼻腔・口腔との間に空間
が少ないため,呼吸性や会話明瞭性に難点があるが,他方,加工成形が簡便である
利点がある。」(段落【0003】)
 「立体的に加工された簡易マスクは,上記空間を十分確保することができるので
賞用されるが,保管,輸送に嵩高となり,加工コストも高額となる。」(段落【0
004】)
 「本考案は,上記諸問題を解決すべく,平面的なマスクにも,立体的なマスクに
おいても適用可能な耳掛け部を備え,使用感良好で,成形性と経済性にすぐれた安
価に供給可能な簡易マスクを提供せんとするものである。」(段落【0008】)
 上記記載によれば,引用発明2は,立体的なマスクが,平面的なマスクに比べ
て,呼吸性や会話明瞭性について優る反面,加工成形の簡便性や加工コストの面で
劣ることを認識した上で,それぞれの利点を生かし,欠点に対応した立体的及び平
面的なマスクを開示するものであると認められ,引用発明2も,本願発明1や引用
発明1と同様に,呼吸の容易性や会話明瞭性のための保形機能を考慮しているもの
と認められる。したがって,引用発明2は,本願発明1や引用発明1と共通の技術
課題を有するということができる。
 エ さらに,引用発明3に関し,引用文献3(甲4)には,以下の記載が存在す
る。
 「従来,日常生活に広く用いられている衛生マスクの本体は,主としてガーゼを
折り畳んだ型式のものであり,このようなガーゼを用いたマスクは嵩張り,しか
も,ガーゼに吸着した呼気および吸気中の水分の発散が容易に行われないので,鼻
孔および口に接する部分が濡れた状態になって,寒冷期に眼鏡を着用した時など,
自分の呼気により眼鏡レンズが曇るという現象がよく起こる。」(1頁左欄20行
~右欄1行)
 「この考案は従来方式の衛生マスクの軽量化,体積の縮小,眼鏡の曇り防止,な
らびに,製造および使用の簡便化を技術的課題とするものである。」(1頁右欄6
行~9行)
 「上記したように構成されるこの考案に係る衛生マスクは,中芯に不織布を用い
ているため,日常生活において必要とする程度の濾過能力は通気抵抗の低い状態で
確保でき,この中芯を挟持するポリオレフイン不織布の通気性も良いので,着用時
の呼吸による通気抵抗は,きわめて低いものとなる。耳掛け部は,延伸性の熱可塑
性樹脂フィルムから成るので,両手で左右に引張って塑性変形し,顔の大きさに合
わせて使用でき,また,前記マスク本体に熱融着によって取り付けて量産でき
る。」(2頁右欄18行~28行)
 上記記載によれば,引用発明3も,本願発明1,引用発明1及び2と同様,マス
ク本体の通気性の確保や着用感の向上を企図するものであり,その基本的思想を共
有すると認めることができる。
 オ 上記検討の結果によれば,本願発明1と引用発明1ないし3はマスクという
共通の技術分野に関する発明であり,各発明は共通する技術課題を有している上,
引用発明1ないし3を組み合わせることに特段の技術的支障も認められないのであ
るから,引用発明1ないし3を組み合わせることには阻害要因があるとの原告らの
主張は採用できない。
 (2) 原告らは,仮に引用発明1ないし3を組み合わせることについて阻害要因が
存在しないとしても,引用文献1ないし3はそのような組合せを何ら開示,教示な
いし示唆していないのであるから,当業者がこれらの引用文献から動機付けを得て
第1及び第2接合部をともに有する構成に想到することは容易ではない旨主張す
る。
 しかしながら,引用文献1には引用発明1のマスク本体の鼻や口覆部の形状につ
いて,「中央がふくらみをもつもの,又はそのふくらみが直線状のもの,又は曲線
のものでも差支えない。」(3頁17行~19行)としており,様々な形状を取り
得ることが示唆されている。原告らは,上記記載はマスク本体の形状に言及するに
すぎないと主張するが,マスク本体の形状について様々な形がとり得る以上,それ
を形成するための構造や方法も様々な形をとることができるのは当然である。ま
た,引用文献2には本願発明1の第1接合部と同様の構成の熱融着部が,引用文献
3には本願発明1の第2接合部と同様の構成の熱融着部が開示されている。
 一般に,共通の技術分野に属する種々の公知技術の中から有用と思われる技術を
採用し,その組合せを試みることは,当業者にとって通常の創作活動である。上記
のとおり,引用発明1ないし3は共通の技術分野に関する発明であり,引用文献1
にはマスク本体について種々の構造,方法をとり得ることが開示され,引用文献2
及び3には本願発明1の第1及び第2接合部に相当する構成が開示されているので
あるから,当業者であれば,引用文献1ないし3で開示された技術を組み合わせる
動機付けを得るのは容易であるというべきである。
 これに対し,原告らは,本願発明1の第1及び第2接合部は,その一方だけでは
本願発明1の保形機能を果たすことができず,協働して相乗的にマスク本体全体の
保形機能を果たしている点に特徴があり,そのような技術思想は先行技術に顕れて
いないのであるから,当業者が引用発明1に引用発明2及び3を組み合わせる動機
付けを得ることはできないと主張する。確かに,本願発明1の第1接合部はマスク
本体の鼻口覆部において保形作用を果たし,第2接合部はマスク本体と耳掛け部の
境界部分において保形機能を果たしているということができるが,各接合部の保形
作用はそれぞれの部位,形状,構成等から生じるものであり,両接合部が併せて設
けられることによりマスクに相乗的な保形効果をもたらすことがあったとしても,
当業者であれば予測可能な範囲であるというべきである。
 以上によれば,当業者であれば引用発明1に引用発明2及び3を組み合わせて本
願発明1のような構成に想到するのは容易であると認めることができる。
 (3) 原告らは,引用発明1に引用発明2及び3を適用したとしても,本願発明1
ではマスク本体と環状部とが別体の不織布からなるのに対して,引用発明1はマス
ク本体と耳掛け部とが一体で互いに連続する不織布からなり,引用発明3は耳掛け
部がマスク本体を構成する不織布とは材質が顕著に異なるフィルムからなるのであ
るから,本願発明1に想到することはできないと主張する。しかしながら,マスク
本体と耳掛け部を一体とすることと別体とすることはいずれも周知技術であり,ま
た本願発明1のようにマスク本体を非伸縮性不織布等から構成し,耳掛け部を伸縮
性不織布とすることは,引用発明1(両部分を弾性不織布から構成),引用発明2
(両部分を不織布から構成),引用発明3(マスク本体は不織布,耳掛け部は延伸
性の熱可塑性樹脂フィルムから構成)に基づき容易に想到できると認定するのが相
当である。
 (4) 以上によれば,本願発明1は引用発明1ないし3に基づいて当業者が容易に
想到することができたとの審決の判断に誤りはないというべきである。
 2 取消事由2(相違点(B)の判断の誤り)について
 本願発明2は本願発明1の環状部の不織布が捲縮した複合繊維からなるほかは本
願発明1と同様の構成であるところ,本願発明1が引用発明1ないし3に基づいて
当業者が容易に想到することができたと認められることは上記のとおりである。ま
た,環状部の不織布が捲縮した複合繊維からなる点についても,特開平3-696
47号公報(乙5)及び特開平4-257363号(乙6)によれば,本願発明2
の出願前に周知であったと認めることができるので,本願発明2はこれらの周知例
に基づき想到することが容易であったと認めることができる(なお,原告らは,審
決が本願発明1及び2の進歩性を否定する根拠として具体的な内容が不明な周知技
術を挙げているなどと指摘するが,審決が周知技術に言及しているのは本願発明2
の相違点の検討においてであり,その根拠となる文献やその内容も明らかにされて
いるのであるから,原告らの指摘は失当である。)。
 3 結論
 以上のとおり,原告ら主張の審決取消事由は理由がなく,本願発明1及び2は引
用発明1ないし3及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた
ものであると認められるので,原告らの請求は棄却されるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
        裁判長裁判官     塚  原  朋  一
           裁判官     田  中  昌  利
           裁判官     佐  藤  達  文

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