弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は、控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟の
総費用は、被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄
却の判決を各求めた。
 当事者双方の事実上の主張および証拠は、以下のとおり補足するほかは、原判決
の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
 控訴人訴訟代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。
 「(一) 控訴人が抗弁として陳述した賃料支払(原判決七枚目表八、九行)の
日時・金額等の明細は、つぎのとおりである。すなわち、(1)昭和三二年六月分
を同年七月三〇日(乙第二一号証に八月二四日と記載されているが、事実は、前述
のとおり七月三〇日である)に現金で被控訴人の銀行預金口座へ振込み、(2)同
年七月末頃に控訴人は、被控訴人にきんしや反物一反を交付したが、そのときこれ
を金七、五〇〇円に見積つて双方合意のうえ、七月分のほか、八月分のうち金三、
五〇〇円の賃料支払に充当し、(3)同年九月分から一一月分までと、一二月分の
うち金三、五〇〇円につき同年八月二四日に前家賃として金二万円を支払い(この
項の計算関係については、理由中の説明を参照のこと)(4)昭和三三年一月分か
ら七月分までと、八月分のうち金一、五〇〇円を同年一一月一三日に前家賃として
金三万円を支払い(計算関係につき、前同)、(5)同年八月分の残金二、五〇〇
円と九月分のうち金一、五〇〇円と小計四、〇〇〇円を同年三月二四日に支払い、
(6)同年九月分の残金二、五〇〇円、一〇月分と一一月分のうち金一、五〇〇円
小計金八、〇〇〇円を同年三月二七日に支払つた。
 (二) 昭和三三年一〇月分までの賃料は、前段(一)に述べるとおり支払済み
であり、同年一一月分以降の賃料は、つぎに述べるような相殺契約によつて決済さ
れている。本件家屋の修理費用として控訴人が支出したもの(その内訳は、原判決
添付の別表のとおりであるが、その合計額は、金一五五、七〇〇円であり、原判決
に金一五四、七〇〇円とあるのは、誤算である。)については、かねて被控訴人に
おいて、これを控訴人に償還すべき旨を約しながら、その履行をしないので、控訴
人が督促したところ、被控訴人は、前家賃として一〇万円余りくれれば支払うと
か、息子の結婚式がすんでから支払うということであつたので、控訴人は、前段
(一)に述べるとおり前家賃の支払いをした。しかし被控訴人は、現在に至るまで
も原審以来控訴人の主張する修理代を支払わないので、昭和三三年一一月分以後の
賃料は、みぎ修理代を控訴人が負担することにして相殺し決済したのである。
 (三) 被控訴人の主張する賃料の催告および契約解除の郵便は、控訴人が警察
署に勾留されている間に控訴人の住居に配達されたのである(原判決六枚目裏七行
目から九行目まで)。もつとも控訴人は、その間接見禁止の処分を受けていたわけ
ではないが、留守宅には未成年の子供があるに過ぎず、被控訴人の申し入れに対し
控訴人が事実上何らの対策を講ずることができなかつたところ、被控訴人は、控訴
人が被控訴人の指定する期日まで支払う見込みがない予想のもとに前述の郵便を出
したのである。かくして被控訴人は、控訴人を本件家屋から追い出すことを企てて
前述の措置に出たものであり、このことを前提として起した本件明け渡しの請求
は、権利の濫用である。」
 被控訴人訴訟代理人は、つぎのとおり述べた。「被控訴人がその主張の頃に警察
署に勾留されていたことを認める。しかし控訴人訴訟代理人によるその余の当審に
おける主張事実を否認する。」
 証拠として、被控訴人訴訟代理人は、甲第一九号証を提出し、「被控訴人本人が
本件家屋その他の建物に関する家賃の領収関係を誌した帳簿(その後紛失して見当
らない。)から本件建物の家賃に関する部分を抜書きしておいたものである。これ
にもとづいて、既提出の同第一八号証が作成された。乙第一一から一三号証までに
ついては、原審において、その成立を各不知と答えたが、改めて各その成立を認め
る。乙第二一号証中の昭和三二年六月分から一二月分までの各欄に押捺されている
『A』という小判型の印影についてもその成立を否認する。それは、同考証中のそ
の余の部分に顕出されている被控訴人の印章の印影と同一でないばかりでなく、被
控訴人の所持する印章による印影ではない。」と述べ、控訴人訴訟代理人は、当審
における控訴人本人尋問の結果を援用し、「甲第二号証の一・二および同第三号証
の各成立については、原審において、その成立をともに不知と答えたが、改めて各
その成立を認める。但し、控訴人は、当時甲第二号写証の一の郵便を受領していな
い。同第一九号証の成立を知らない。乙第二一号証中の第一月分から五月分までの
各欄に押捺されている印影と、第六月分から以降の各欄に押捺されているそれとが
彼此異なる印章によるものであることを争わない。」と述べた。
         理    由
 一 被控訴人が控訴人に対し原判決書添付の別紙目録表示の建物を、おそくとも
昭和二五年一〇月以降から、賃料を昭和三二年一月以降の分を一ケ月金四千円の定
めで賃貸していたことは、当事者間に争いがない。そうして、成立に争いのない甲
第二号証の一・二によれば、被控訴人は、昭和三四年五月二一日付の控訴人にあて
た内容証明郵便をもつて、昭和三二年一〇月分から昭和三四年四月分までの賃料を
同年五月二七日までに支払うよう、若しみぎ期日までに支払わないときは、賃貸借
契約を解除する旨の催告および停止条件付契約解除の意思表示を発し、みぎ書面
は、同月二二日に控訴人の肩書住居に配達されたことが認められる(この書面によ
る意思表示が郵便の配達と同時にその効力を生じたか否かの点については、なお、
後出の説明に譲る。)。
 二 ところで控訴人は、昭和三二年一〇月分から昭和三三年一〇月分までの約定
賃料および同年一一月分のうち金一、五〇〇円を当時支払済みであつた旨抗弁する
(この点に関する当審における陳述についての前出事実摘示によれば、昭和三二年
八月分および同年一二月分の各賃料のうちへ各金三、五〇〇円を支払つた旨主張す
るが、その各残金五〇〇円の小計金一、〇〇〇円を支払つたか否か主張が不明であ
り、同年九月分から一一月分までと一二月分のうちの金三、五〇〇円を支払つた旨
主張するが、算数上その小計金一五、五〇〇円であるべきところを金二万円支払つ
たとなし、また昭和三三年一月分から同年七月分までと、八月分のうち金一、五〇
〇円を支払つた旨を主張するが、算数上その小計金二九、五〇〇円であるべきとこ
ろを金三万円支払つたとなし、主張自体不可解なものを含むが、この点を暫く措
く。)。控訴人のこの点についての主張を採用することができないとする原裁判所
の説示(原審の判決書一〇枚目表七行目から一一枚目表三行まで)については、当
裁判所の考えるところと全く一致するから、以下に補足するほか、その記載をここ
に引用する。すなわち、乙第二一号証中の第六月分以降の欄に押捺されてある印影
と、その余の個所に顕出されてある被控訴人が成立を争わない印影とが同一でない
ことは、控訴人もこれを争わないところ、前者の印影を含めて、その各欄の記載の
真正に成立したことを認めるに足る証拠がない。また、控訴人が当審において新た
に主張する昭和三三年一一月分のうち金一、五〇〇円の支払いがなされたとの点に
ついても、乙第二一号証によつては、これを支持するに由なく、昭和三三年一〇月
分までの賃料は支払ずみである旨の当審における控訴人本人尋問の結果も、当裁判
所は、これを信用することができない。なお、成立に争いのない乙第一一から第一
三号証までによれば、控訴人は、昭和三二年四月一〇日、同年六月五日、同年七月
三〇日、昭和三三年三月二四日、同年同月二七日の五回に計金二万八千円を被控訴
人の取引ある銀行預金口座に振り込んで支払つたことが明らかであるけれども、こ
れら七ケ月分の賃料に相当する金額の支払いが控訴人の主張する期間の賃料に充当
されたとの点については、これを肯認するに足る証拠がなく、かえつて、原審にお
ける被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)およびこれにより真正に成立したもの
と認める甲第一八号証によれば、いずれも昭和三二年九月分以前の賃料として支払
われたことが認められる。そうして、他に控訴人の弁済の抗弁を認めしめるに足る
証拠がない。
 さらに控訴人は、昭和三三年一一月分以降の賃料については、控訴人の主張する
建物修理代金の反対債権と相殺する旨の合意が成立したと主張する。原審証人Bの
証言、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)ならびに原審(第一、
二回)および当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が係争家屋に関
して若干の修理を施したことを認めることができるけれども、当審における控訴人
本人尋問の結果中の控訴人の主張するような相殺の合意が成立したかのような供述
部分は、当裁判所の信用できないものであり、他にこの点の主張を肯認させる証拠
がない。
 三 さて控訴人は、本判決理由の一に判示した内容証明郵便による被控訴人のな
した賃料支払の催告および停止条件付契約解除の意思表示の効力の発生の有無に関
して、控訴人が昭和三四年五月一〇日から四三日間にわたり渋谷警察署内において
勾留処分されていたため、当時前判示の郵便物を受領していなかつたから、催告等
は、その効力を生じていない旨を主張する。控訴人がその頃勾留処分を受けて、一
時在宅しなかつたことは、<要旨第一>被控訴人もこれを争わない。しかし、被控訴
人が前示の催告等を控訴人の任所である肩書地にあてて発送したのは、
やむを得ないところであり、右催告等の内容証明郵便が前示の通り控訴人の肩書住
居に配達された以上控訴人が前示のような一身上の理由により郵便物の配送の当時
直ちにその内容を了知することができなかつたとしても、催告等が到達しなかつた
と見ることができない。ところで被控訴人は、昭和三四年五月二二日に控訴人に到
達した催告等によりその後五日を徒過した同年同月二七日限り契約解除の効力が発
生したと主張す<要旨第二>る。しかし、原審における被控訴人本人尋問の結果(第
一、二回)によれば、当時既に被控訴人は、控訴人が勾留処分中である
ことを知つていたことが窺われる。控訴人が勾留処分に際し、あわせて接見禁止を
受けていたわけでないことは、控訴人の自認するところであるけれども、控訴人が
勾留処分中にもかかわろず、被控訴人の催告にかかる履行の準備をし、かつ、これ
を履行することは、殆んど不能というに等しいことは、被控訴人もこれを察知して
いたものと思われる。してみれば、被控訴人がなした催告は、催告としてその効力
を生じたものとみるべきであるが、催告に付した五日の期間がそのまま有効に進行
すると解することは、上来判示した本件の場合にあつては、信義則に照らして相当
でない。よつて、その五日の期間は、控訴人が勾留処分を終つた旨自認する昭和三
四年六月二二日(控訴人の主張によれば同年五月一〇日から四三日間勾留されたと
いう。)から進行するものと解することが相当である。しかるに、控訴人の主張す
る債務消滅の抗弁の理由のないことは、前判示のとおりであり、また控訴人が勾留
処分を解かれた後に債務の履行をしたことは、その主張しないところである。して
みれば、本件賃貸借は、昭和三四年六月二二日から五日を経過した同年同月二六日
限り終了したものと認められる。
 四 最後に、控訴人の主張する留置権の抗弁について当裁判所の考えるところ
は、原判決の判示するところ(原判決書一三枚目裏五行目から一五枚目表七行目ま
で)と同一であるから、その記載をここに引用する。
 五 なお、控訴人は、被控訴人の本訴請求を目して権利の濫用であると主張する
けれども、被控訴人の控訴人に対する催告および契約解除の意思表示の効力につい
て前出三に判示したように理解できる限り、この契約解除に基づく本訴請求は固よ
り正当な権利の行使というべく、控訴人の反論は、理由がない。
 六 以上に説明したところによつて、他の争点について判断するまでもなく、控
訴人は、被控訴人に対し賃貸借の終了を原因として係争建物を明け渡す義務がある
とともに、昭和三二年一〇月一日から本件賃貸借契約が解除によつて終了した昭和
三四年六月二六日までは約定の一ケ月金四、〇〇〇円の割合による賃料を、またそ
の翌日から明け渡しの済むまでみぎ同額の割合による賃料相当損害金を支払う義務
がある。してみれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、理由があり、これを
認容しかつ仮執行宣言を付した原判決は、理由において、前判示とやや異なるもの
を含むけれども、結局相当であるから、控訴人の本件控訴を理由のないものとし、
民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判
決する。
 (裁判長判事 岸上康夫 判事 中西彦二郎 判事 室伏壮一郎)

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