弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年及び罰金350万円に処する。
未決勾留日数のうち70日をこの懲役刑に算入する。
この罰金を全額納めることができないときは,その未納分について1万円を
1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
裁判所に押収中の次の各物品を没収する。
①覚せい剤1袋(平成21年押第161号の1)
②覚せい剤1袋(同押号の3)
理由
【有罪と認定した事実】
被告人は,A,B及びCらと共謀の上,平成21年5月14日,次の各犯罪を犯
した。
(1)営利の目的で,みだりに,大阪府内の関西国際空港において,
①被告人が,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶
約989.26g(主文の没収対象物①は,鑑定で費消した分を除く残部
である)を内部に隠匿した機内手荷物である木製の箱(平成21年押第161。
号の2)を
②共犯者Bが,前同様の覚せい剤結晶約822.81g(主文の没収対象
物②は,鑑定で費消した分を除く残部である)を内部に隠匿した機内手。
荷物である木製の箱(同押号の4)を
それぞれ,事情を知らない同空港関係作業員らに,中華人民共和国瀋陽桃仙国
際空港発D航空第611便から運び出させた。これにより,覚せい剤を営利目
的で輸入した。
(2)引き続き,関西国際空港内にある大阪税関関西空港税関支署旅具検査場にお
いて,(1)の各覚せい剤がそれぞれその木製の箱内に隠匿されている事実を隠し
て税関職員の検査を受けたが,同職員に発見された。そのため,輸入禁止貨物
(覚せい剤)を輸入しようとしたが,これを果たせなかった。
【法令適用の過程】
(1)「有罪と認定した事実」に記載の被告人の行為は,次の各刑罰法令に該当す
る。
営利目的覚せい剤輸入の点((1)の事実)
…刑法60条,覚せい剤取締法41条2項,1項〔無期若しくは3年以
上の懲役,又は情状により無期若しくは3年以上の懲役及び1000万円
以下の罰金〕
輸入禁制貨物輸入未遂の点((2)の事実)
…刑法60条,関税法109条3項,1項,69条の11第1項1号〔
7年以下の懲役若しくは3000万円以下の罰金,又はその併科〕
これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前
段,10条により,1罪として重い営利目的覚せい剤輸入罪の刑(但し,罰金
の多額は輸入禁制貨物輸入未遂罪の刑のそれによる)で処断を行う。。
そこで,当裁判所は,後記「量刑の理由」により,その法定刑の中から有期
懲役刑及び罰金刑を選択した上,その刑期及び罰金額の範囲内で,被告人を主
文の刑に処することとした。
(2)被告人には未決勾留の期間があるので,刑法21条を適用して,その日数の
うち主文の日数をこの懲役刑に算入する。
(3)罰金を全額納めることができないときは,刑法18条により,主文の期間,
被告人を労役場に留置する。
(4)主文の各没収対象物は,上記各罪に係る覚せい剤であって,①犯人である
被告人又は共犯者が所持するものであるとともに,②関税法118条1項但
書所定の犯人以外の者の所有に係らないものであるから,覚せい剤取締法41
条の8第1項本文及び関税法118条1項本文により,これらを没収する。
【量刑の理由】
1本件事案の概要
本件は,被告人が,知人の暴力団組長らと共謀の上,多額の小遣い銭目当てに,
覚せい剤合計約1800gを中国から飛行機で密輸入し,さらに,税関を通過し
ようとしたがこの点は未遂に終わったという事案である。
2量刑上特に考慮した事情
(1)被告人が輸入した覚せい剤は約1800gもの大量に及び,自ら機内手荷物
として日本に持ち込もうとした覚せい剤だけでも約990gの多量にわたるの
であって,それ自体,罪が重大であることは明らかである。
検察官が指摘するとおり,我が国においては,若者や芸能人を含め,覚せい
剤が蔓延している状況にあり,それが国民の健康を著しく蝕むとともに,暴力
団に重要な資金源を提供したり,他の犯罪を誘発したりするなど,一般市民の
生活の安全を脅かす存在となっていることは否定できない事実である。覚せい
剤の密輸入事犯は,一連の覚せい剤犯罪の給源ともなるべき覚せい剤をもたら
す重大犯罪であって,今後の覚せい剤犯罪を未然に阻止するためにも,厳重処
罰が求められるのも当然である。
(2)これを前提としつつ,以下,当事者の主張を踏まえて,量刑上重要なポイン
トとなる事実について,評価も含めて検討を加える。
ア本件において,まず検討しなければならないのは,被告人の量刑責任の基
礎となる覚せい剤輸入量を,共犯者の持ち込み量を含む約1800gとすべ
きか,被告人の持ち込み量である約990gとすべきかである。
確かに,被告人は,帰国に際し,共犯者Bの所持分について認識していた
のであり,この点で約1800g全部を基礎として量刑責任を問うというこ
とも一応考えられる。しかし,後にも述べるとおり,本件において主犯であ
るのは共犯者Aであり,被告人は,本件輸入の全体像についてはほとんど知
らされず,その輸入に伴う利益についても実際上与ることのないまま,ほぼ
Aの指示に従って,機械的に運び役を務めたにすぎないことを考えると,被
告人に約1800g全量を基礎として量刑責任を問うことは酷であり,被告
人に対しては,自ら日本に持ち込もうとした約990gの覚せい剤を基礎に
その量刑責任を考えるのが相当である。
イ次に,被告人が,密輸入の対象物品が覚せい剤であることをどの程度認識
していたかが問題となる。
この点,弁護人は「被告人は覚せい剤の認識が極めて薄かった」と主張,
する。確かに,被告人は,日本を出発する時点においては,Aの話や渡航形
態などからして,輸入対象品は覚せい剤かも知れないという程度の認識であ
ったと判断されるが,その後,中国に赴いてからのAの接待状況,あるいは
小遣い銭を与えるとの新たな利得話,遅くとも帰国前日までに行われた帰国
の際の注意を与えるミーティング等から,次第に,覚せい剤であることの認
識を深めていったのであり,少なくとも本件密輸入時点では,公判で被告人
自身も認めているように「覚せい剤が入っているのはほぼ間違いない」認識
に至っていたことは明らかである。したがって,この点に関する弁護人の主
張は採用できない。
ウさらに,被告人が本件密輸入において果たした役割をどの程度のものと見
るべきかが問題となる。
本件は,検察官が指摘するとおり,客観的に見れば,組織的・計画的な犯
行であり,被告人が運び役という重要な実行行為を分担したこともまた明ら
かである。そして,被告人としては,出国時に既に覚せい剤密輸入の疑いも
持っていたのであり,Aの誘いを断ることはできたはずであって,その点で
被告人に責められるべき点があったのは当然である。しかし,その一方,被
告人は,Aから本件犯行の全容等について全く明かされないまま,いわば1
回限りの運び役として巧妙に犯行に巻き込まれていき,中国に赴いてAから
接待等を受けるうちに,他の運び役ともども,帰国段階ではAの指示を非常
に断りにくい状況に至ってしまい,ついに本件犯行に至ったものである。こ
のような本件犯行に至る経過や,被告人の犯行全容に対する認識の程度,組
織内での現実の役割,報酬約束等の状況に照らすと,本件の主犯はAであっ
て,被告人は,犯行全体から見ると,従属的な役割を演じたにすぎないと解
するのが相当である。
エまた,被告人の犯行に至る経緯・動機に酌むべきものがあるのかが問題と
なる。
この点,被告人は,出国段階では,金銭的な利得は念頭に置いておらず,
覚せい剤のことを疑わしいと思いつつも,あまり深く考えずに渡航したこと
が認められる。そして,前述のとおり,被告人は,Aから次第に密輸入の犯
行に巻き込まれていき,覚せい剤密輸入の認識を深め,その犯行を断りにく
い状況に立ち至る一方,自らの認識では50万円∼100万円程度の小遣い
銭(生活費)等をAからもらえるものとの利欲にも目がくらんで本件犯行に
及んだものであり,総じて,その犯行に至る経緯・動機に酌むべきものは乏
しいといわざるを得ない。
(3)最後に,被告人のために酌むべき事情とも考えられる事実について検討する。
ア弁護人は,実害が生じていないことを被告人に有利に考慮すべきであると
主張する。確かに,本件密輸入により,我が国に覚せい剤の現実の害悪を及
ぼすことなく終わったことは幸いなことであったが,結果的に税関で発覚し
たためにすぎないのであって,このことを被告人に有利な事情として過大に
評価することはできない。
イまた,被告人は,最終的に公判で「覚せい剤が入っているのはほぼ間違,
いない」と認識したなどと,覚せい剤の認識の点を含め,正直に事実を認め
ており,深く反省する態度が認められる。被告人の母親や友人が被告人の更
生を期待し,その帰りを待つとともに,更生への手助けを約束している事実
もあり,被告人の更生への動機付けとなることが期待できることも併せ考え
ると,この点は被告人の刑を軽くする情状と考えられる。
ウさらに,被告人は,(ア)覚せい剤の密輸入を常習的にやっていた形跡も
ないこと,(イ)見過ごすことのできない罰金前科があり,交遊関係からし
ても,直ちに弁護人主張のようにごく普通の生活をしていたとは言い難い面
があるものの,ともかくも,懲役・禁錮の前科がないことなどは,一定程度
被告人の刑を軽くする情状と考えられる。
3総合判断
以上検討した諸事情を総合して被告人の量刑責任を考える。
まず,被告人の量刑責任は,その持ち込もうとした約990gを基礎として考
えられるべきであるとはいえ,被告人は,その範囲内では,密輸入対象物が覚せ
い剤であるとのかなり確実性の高い認識をもって本件密輸入を行ったものである。
そして,その犯行に至る経緯・動機に特に酌むべきものが多々あるとは言い難い
ものの,他方で,被告人は,Aに巧みに利用されて本件犯行に及んだ一面もある
ことは否定できず,その果たした役割は犯行全体からみると,従たるものに止ま
っている。
そして,以上を量刑責任の柱として,前に述べたような被告人のために酌むべ
き諸事情をも考慮すると,本件においては,主文で述べた程度の刑の量定にとど
めるのが相当であると判断した(検察官求刑−懲役10年及び罰金500万円。
覚せい剤没収。。)
前記判決宣告日同日
大阪地方裁判所第7刑事部
杉田宗久裁判長裁判官
三村三緒裁判官
大和隆之裁判官

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