弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 被告は、東京都港区に対し、金五万三八五〇円を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた判決
一 請求の趣旨
1 被告は、東京都港区に対し、金一四万五一三九円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は港区(以下「区」という。)の住民であり、被告は区長の職に在る者で
ある。
2 被告は、区長として、区の公金から、被告の私宅に架設された区名義の電話の
料金並びにA助役、B収入役及びC教育長の私宅の私設電話の料金として、昭和五
三会計年度に一万〇五〇〇円、昭和五四会計年度に一三万四六三九円、合計一四万
五一三九円(以下「本件電話料金」という。)を支出した。右支出は、法律又はこ
れに基づく条例に基づかずになされた給付の支給として地方自治法二〇四条の二の
規定に違反する違法支出であり、区は、右同額の損害を受けた。そして、被告は、
右違法支出につき故意又は重大な過失を有する。
3 よつて、区は、被告に対し、金一四万五一三九円の損害賠償請求権を有する。
4 そこで、原告は、昭和五五年三月七日区監査委員に対し、本件電話料金の違法
支出により区の被つた損害を被告に賠償させるため必要な措置を講ずべきことを求
めて監査請求を行つたところ、同監査委員は、同年四月二五日付けをもつて、原告
に対し、本件電話料金の支出を違法な公金の支出と断ずることはできない旨の監査
結果を通知した。
5 しかしながら、原告は、右監査結果に不服であるので地方自治法二四二条の二
第一項四号の規定により、区に代位し、被告に対し、前記金一四万五一三九円を区
に支払うよう求める。
二 被告の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、区の公金から本件電話料金一四万五一三九円の支出がなさ
れた事実は認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3の主張は争う。
4 同4の事実は認める。
三 被告の主張
1 本件電話料金の支出内訳は別紙一記載のとおりである。このうち基本料は月額
一八〇〇円である。
2 地方自治法二〇四条の二は、給与その他の給付を法律又はこれに基づく条例に
基づかずに支給することを禁じているが、ここにいう給与その他の給付とは、勤務
の対価としての給付であつて、区の職員が公用のため使用する電話の料金は、勤務
の反対給付ではなく、区の負担すべき経費であり、区がこれを支出しても右規定に
違反するものではない。区の職員は、退庁前であれば区役所備付けの電話を使用で
きる。しかし、区長、助役、収入役及び教育長(以下「特別職」という。)は、職
務上退庁後も公用のために電話を使用しなければならないことが多く、その都度区
役所に登庁することは事実上不可能であり、私宅の電話を使用せざるを得ないので
ある。区長、助役及び収入役は、使用度数に多少の差異はあるものの、退庁後も常
時特別職相互間の連絡、四四名に上る議員及び七〇名近い幹部職員らとの連絡調整
等の公用のために電話を使用している。教育長については、右の用務以外に教育委
員、区立小中学校長(六三名)及び幼稚園長との連絡等のために電話を使用してい
る。したがつて、特別職の私宅には区の費用で公務用の電話を架設するのが本則で
あるが、区の財政事情及び他の地方公共団体の実情を考慮して、区長の私宅のみに
公務専用電話を架設し、その他の特別職については各私宅の私設電話を使用させて
いる。
3 本件電話料金のうち昭和五三会計年度の一万〇五〇〇円(以下「本件電話料金
(一)」という。)は、助役宅の私設電話に係る昭和五四年二月及び三月分の基本
料及び度数料の全額であり、助役からこれを日本電信電話公社(以下「電々公社」
という。)に支払うよう請求があり、区が役務費として電々公社に直接支払つたも
のである。
当時、区では、助役宅の私設電話に係る料金は区が支払うという慣行が存した。助
役は、その職務上、私設電話もほとんど公用のため使用しているから、右慣行は合
理性のあるものである。
具体的支出手続としては、助役からの請求があり、区総務部経理課長(以下「経理
課長」という。)が、全額公務上の必要経費と認め、電々公社に対する支出の決定
をした。すなわち、区と助役との間において、右の支出の決定をする段階で、右慣
行に基づき右電話料金を公務上の必要経費として電々公社に支払うという口頭の契
約が成立し、同契約に基づき支出の決定がなされたものであり、同決定は法的根拠
を有するものである。
仮に、口頭契約が成立しないとしても、区としては、助役の請求に基づき、右電話
料金支払債務を事務管理者の負担債務として弁済すべきものであるから(民法七〇
二条二項、六五〇条二項)、いずれにしても右の支出の決定は法的根拠を有するも
のである。
ところで、右の支出の決定は、私設電話に係る料金全額を公務上の必要経費として
いるが、助役の職務の性質上、私設電話をほとんど公用のために使用しており、し
かも公私の区別がつきにくいから、全額につき公務上の必要経費として請求があ
り、支出決定権を有する経理課長においてこれを認め、右の支出の決定をしたこと
に違法はないというべきである。
4 本件電話料金のうち昭和五四会計年度の区長分四万七三一〇円(以下「本件電
話料金(二)」という。)は、区が区長宅に架設した公務専用電話に係る料金であ
り、区が役務費として電々公社に直接支払つたものである。
これは、区と電々公社との間の契約に基づく支出であり、法的根拠を有するもので
あり、かつ、右公設電話は専ら公用のため使用されたものであるから、適法な支出
である。
5 本件電話料金のうち昭和五四会計年度の助役、収入役及び教育長分合計八万七
三二九円(以下「本件電話料金(三)」という。)は、同人らが同人ら宅の各私設
電話に係る料金として電々公社に支払つた金額のうち基本料の全額及び度数料の半
額に相当する金額を、区が「負担金、補助及び交付金」科目の負担金として同人ら
に支払つたものである。
右支出は、被告が区長として定めた別紙二の「公用電話(私宅架設分)の取扱要
綱」(以下「要綱」という。)に基づき、区と助役らとの間で締結された契約によ
る支出であり、法的根拠を有するものである。仮に、契約の締結が認められないと
しても、区としては助役らの請求に基づき事務管理者に対する費用償還に応じたも
のというべきであるから(民法七〇二条一項)、いずれにしても右支出は法的根拠
を有するものである。
そして、助役らは、私設電話をほとんど公用のため使用しており、少なくとも基本
料の全額及び度数料の半額は公務のための電話料金というべきであるから、これに
相当する額を負担金として支出することは適法というべきである。
ところで、補助金等の交付の基本事項を定めるものとして東京都港区補助金等交付
規則(昭和四八年規則第四号)があり、同規則三条は「補助金等に係る予算の執行
に当つては、補助金等が法令および予算で定めるところに従つて、公正かつ有効に
使用されるように努めなければならない。」と規定しているが、同規則の「補助金
等」とは相当の反対給付を受けない給付金をいうのであつて(二条)、右負担金
は、電話料金の支払という相当の反対給付を受ける支出であるから、右の補助金等
に該当せず、同規則の適用を受けないものである。仮に、適用があるとしても、法
令(民法)及び予算の定めるところに従つて支出されているから、同規則三条の規
定に違反するものではない。
6 また、以上の支出のうち3の本件電話料金(一)の支出は、東京都港区事案専
決規程(昭和五一年一一月二〇日訓令第一九号。以下「専決規程」という。)二条
及び四条(別表第一第六項課長専決欄8)の規定により、経理課長が権限の内部委
任を受け、区長の被告に代つて決裁したものであり、被告が決裁したものではない
から、被告は、経理課長がその責任において決裁(いわゆる専決)した右支出につ
いて、損害賠償の責任を負うものではない。なお、被告は、3記載の慣行が存した
ことは知つていたが、助役が私設電話の料金を現実に請求し、経理課長が支出の決
定をしたということは知らなかつたものである。
7 以上のとおりであつて、本件電話料金の支出は、何ら違法ではなく、被告が損
害賠償責任を負うものではない。
四 原告の認否及び反論
1 被告の主張1の事実は認める。
2 同2の事実は否認し、主張は争う。
3 同3ないし5のうち、各一段目の支出内容は認めるが、同支出が適法との主張
は争う。
同5の負担金の支出は、法令上の根拠を欠き、東京都港区補助金等交付規則三条の
規定に違反するものである。また、要綱は条例ではないから、これによつて右支出
が適法化されるものではない。
4 同6の事実は否認し、主張は争う。
仮に、被告の主張3記載の本件電話料金(一)の支出が、専決規程により、経理課
長において単独に行つたものであるとしても、専決規程は内部的な委任関係を定め
たものにすぎず、右支出は本来被告の権限に属することであるから、それが違法な
支出である以上、被告は、損害賠償責任を負うものである。また、被告は、区長と
して、区の事務を管理し、会計を監督し、職員を指揮する責任を負うところ、重大
な過失により職員の給与その他の給付の支出に対する監督を懈怠したため、本件電
話料金(一)の違法支出を防止できず、区に対し損害を与えたものというべきであ
るから、いずれにしても損害賠償責任を負うものである。
第三 証拠関係(省略)
○ 理由
一 請求原因1及び4の事実については、当事者間に争いがない。また、区の公金
から本件電話料金一四万五一三九円が支出されたこと及びその支出内訳が別紙一記
載のとおりであることについても当事者間に争いがないところ、原告は、本件電話
料金の支出は地方自治法二〇四条の二の規定に違反する違法支出であり、被告は同
支出につき区に損害賠償責任を負うと主張する。
二 本件電話料金(一)について
1 本件電話料金のうち昭和五三会計年度の一万〇五〇〇円(本件電話料金
(一))は、助役宅の私設電話に係る昭和五四年二月及び三月の基本料及び度数料
の全額であり、助役からこれを電々公社に支払うよう請求があり、区が役務費とし
て電々公社に直接支払つたことについては、当事者間に争いがない。
2 そして、成立に争いのない乙第一号証、第三号証の一、二、証人D及び同Eの
各証言並びに被告本人尋問の結果によると、次の事実が認められ、この認定に反す
る証拠はない。
区においては、従来から、区長及び助役宅の各私設電話に係る料金について、区長
及び助役からの請求があれば、区が全額負担することにし、区から電々公社に直接
支払うという取扱いが慣行的に行われていた。そこで、助役は、電々公社の昭和五
四年二月及び三月分の電話料金請求書を区に提出し、当該料金を区から電々公社に
支払うよう請求した。
ところで、区の専決規程は、区長の権限に属する事務執行の内部的責任の範囲を明
らかにするための事案の専決及び代決について必要な事項を定めており、二条で
「事案の専決とは、助役、部長又は課長の職にある職員が、区長の権限に属する事
務のうち、この規程に定められた範囲の事項について、区長に代わつて決裁を行う
ことをいう。」と規定し、四条及び別表第一の六の8で「一件予定価格五十万円未
満の物件の買入れ(付合契約に係るものは全部)に関すること」については課長の
専決事項と規定し、更に、一二条で専決事案であつても法令の解釈上疑義若しくは
有力な異説のあるもの等については上司の決裁を受けるものとする旨規定してい
る。そして、電話料金の支出は総務部経理課の所管に属するため、経理課長は本件
電話料金(一)について区長に代わり支出の決裁を行うことができる。そこで、経
理課長は、本件電話料金(一)を役務費として電々公社に支出することを決定し、
支出命令を発した。
3 区は区の事務を処理するために必要な経費を支弁すべきであり(地方自治法二
八三条、二三二条、地方財政法九条)、助役がその職務を遂行するために私宅の私
設電話を使用した場合の電話料金も区の事務を処理するために必要な経費に該当す
ることが明らかであるから、これを区の公金から支出することは適法である。しか
し、区の事務を処理するために必要な電話料金以外の電話料金を区において支出す
ることは、助役に当該料金支払債務を免れさせ、当該料金相当額の利益を与えるも
のであるから、地方自治法二〇四条の二の「その他の給付」の支給に該当するもの
であり、そのような支給を認める法律又は法律に基づく条例は存しないから、右支
出は同条の規定に違反するものというべきである。
そこで、本件電話料金(一)一万〇五〇〇円が区の事務を処理するために必要な電
話料金に該当するか否かを検討するに、一万〇五〇〇円のうち三六〇〇円は基本料
であり(基本料が一か月一八〇〇円であることは当事者間に争いがない。)、六九
〇〇円は度数料である。
基本料は、電話使用料であり、電話を備え付けておくための料金である。私宅は、
家族との私生活の場であり、そこに私設電話を備え付けることは、主に私生活上の
必要に基づくものというべきである。そして、基本料は定額制であり、電話を備え
付ける者は、誰れしも一加入電話ごとに一定額の料金(本件の場合一か月一八〇〇
円)を支払わなければならないのである。したがつて、私設電話の基本料は、その
全体が私生活に必要な経費というべきであるから、これを区の公金から支払うこと
は、地方自治法二〇四条の二の規定に違反するものというべきである。もとより、
区の職員、特に助役等の幹部職員は、区役所の執務時間外にあつても職務から完全
に解放されるものではなく、私宅で私設電話を使用して職務上の連絡を行うことが
あるのは明らかであり、職務上の必要性からみても今日私宅に電話を置かないです
ませることは困難であると考えられる。したがつて、私設電話は、職務遂行にも役
立ち必要なものといえる。しかし、区の公金から支出できる経費は、専ら区の事務
を処理するために必要な経費であることを要すると解すべきであり、私生活のため
必要な経費を、たとえそれが職務遂行のため役立つものであつても、公金をもつて
支出することは許されないと解すべきである。ちなみに、区においても、特別職以
外の幹部職員宅の私設電話の基本料の支払は行つておらず(証人Dの証言)、ま
た、一般に、公務員の被服、名刺、印鑑等(制服など専ら職務のため必要なものを
除く。)の費用が公金から支出されていないのは、この解釈によるものと考えられ
る。私宅に備え付けられた私設電話は、職務遂行のため役立つことを否定できない
にしても、その性質上、主に私生活のためのものであつて、その基本料をもつて専
ら区の事務を処理するために必要な経費ということはできないから、区の公金をも
つて支出することは許されないというべきである。なお、助役が私宅から職務上の
通話を行う頻度が高い場合、区が区名義の公務用の電話を助役宅に架設することが
考えられ、また、助役宅に既に私設電話があれば経費節約のため当該電話を公務用
の電話として借り上げ公人としての助役に使用させるということも可能と考えられ
る。したがつて、区が助役宅の私設電話に係る料金を支払うのは、区と助役との間
で右のような借上げ契約が黙示的に成立しているからであり、料金の支払は実質的
に借上げ料の支払ではないかということも一応考えられるところである。しかし、
助役宅の私設電話は専ら職務のため使用されるものではなく、私生活のためにも使
用されるものであり、その性質からして私生活のための使用頻度の方がむしろ高い
と考える方が自然であるから、かかる電話につき借上げ契約が成立していると認め
ることは困難である。そして、仮に借上げ契約が成立していたとしても、私宅で私
生活のためにも使用されている電話につき借上げ契約を締結し、借上げ料を支払う
こと自体、地方自治法二〇四条の二の「その他の給付」の支給に該当するというべ
きである。
次に度数料は、ダイヤル通話料であり、各通話ごとに課せられるものであるとこ
ろ、職務上の通話に係る分は区の事務を処理するため必要な経費として区の公金か
ら支出するのは適法というべきであるが、私用上の通話に係る分を区の公金から支
出することは違法である。しかるところ、証人D、同E及び被告本人は、助役等特
別職の地位に在る者は退庁後においても議員や特別職相互間、あるいは幹部職員と
しばしば電話によつて連絡調整等の職務を遂行しており、特別職宅の私設電話の度
数料はそのほとんどが職務上の通話に係るものである旨供述する。しかし、特別職
の場合も、その職務は区役所の執務時間内に区役所で処理するのが原則であり、常
識的に判断しても私宅から職務上の通話を行うことは例外であり、私宅からの通話
は一般的には私用上のものと考えられる上、私宅の私設電話は家族も使用するもの
である。また、後述のとおり、被告は区長として要綱を定め、昭和五五会計年度か
ら助役、収入役及び教育長宅の私設電話に係る料金については、基本料の全額及び
度数料の半額を区で負担することを定めている。これらの事実に原告本人尋問の結
果を併せ考えれば、助役、収入役及び教育長宅の私設電話の度数料のうち、職務上
の通話に係る分はせいぜいが半額であり、少なくとも半額は私用上の通話に係るも
のと認めるのが相当である。したがつて、前記度数料の六九〇〇円のうちその半額
の三四五〇円は、地方自治法二〇四条の二の規定に違反する違法支出というべきで
ある。なお、原告は、右度数料の全額が違法支出であると主張するが、全額が私用
上の通話に係るものと認定することは困難であり、違法支出と積極的に認定できる
のは半額に限られるというべきである。
したがつて、本件電話料金(一)のうち基本料三六〇〇円及び度数料の半額三四五
〇円の合計七〇五〇円は違法支出であり、区は同額の損害を受けたというべきであ
る。
4 被告は、助役宅の私設電話に係る料金について、これを区が負担する旨の慣行
が存し、区と助役との間で区が電々公社に支払う旨の契約が成立したとか、事務管
理者の負担債務に該当するとか主張するが、職務上の通話に係る分を除く分は個人
で支払うべきもので、事務管理者の負担債務に該当するいわれはなく、また、これ
を公金から支出することは地方自治法二〇四条の二の給付に該当するもので、法律
又は法律に基づく条例に基づくことを要するから、慣行の存在や契約の成立により
右支出が合法化されるものではない。
5 次に、被告は、本件電話料金(一)の支出は、経理課長が専決規程に基づく専
決権限により被告に代つて決裁したものであるから、被告には損害賠償責任はない
と主張する。
区長は、本件電話料の支出について、支出負担行為及び支出の命令をする権限を有
する(地方自治法一四九条二号、二三二条の四第一項、二八三条第一項)。専決規
程は、前記のとおり、区長の内部的訓令にすぎず、同規程の専決とは、助役、部長
又は課長の職に在る職員が区長の権限に属する事務について区長に代つて決裁を行
うことをいうのであり(二条)、専決事案であつても法令の解釈上疑義若しくは有
力な異説のあるもの等については、上司の決裁を受けるものとされている(一二
条)。したがつて、専決規程による専決とは、区長の補助職員が区長の手足となつ
て行う補助執行行為であることが明らかであり、専決規程により区長の前記権限が
経理課長に移動するものではない。この点、公示を要する法形式により、行政庁の
権限に外部的変更を加えるところのいわゆる外部委任とは性質を異にしている。そ
うだとすれば、経理課長が区長に代わり違法な決裁を行おうとするときは、区長
は、支出負担行為及び支出命令の権限者としてこれを阻止すべきであり、故意又は
重大な過失によりこれを阻止しなかつた場合には、地方自治法二四三条の二第一項
後段の支出負担行為及び支出命令をする権限を有する職員として、区に対し損害賠
償責任を負うものというべきである(仮に、同条項の責任を負わなくとも、区長
は、地方自治法一三八条の二の規定により、区の事務を自らの判断と責任において
誠実に管理し執行する義務を負い、同法一五四条の規定により、補助機関たる職員
を指揮監督すべきであるから、電話料金支出事務の管理や経理課長の指揮監督に過
失があれば、民法上の不法行為責任を負う。)。
成立に争いのない甲第七号証、証人Dの証言及び被告本人尋問の結果によると、被
告は、区長及び助役宅の私設電話に係る料金を区が全額支払うという取扱いが慣行
的に行われていることを知悉し、昭和五三会計年度の途中までは、自己の私宅の私
設電話に係る料金につき金額を区の公金から支払うことを請求していたが、昭和五
三年八月一七日右のような電話料金の支出は不当であるとの住民監査請求が出さ
れ、右請求をしなくなつたこと、しかし、被告は、助役からの請求がその後も続
き、助役宅の私設電話に係る料金は従来どおり区の公金から支出されていることを
知りながら、これを阻止しなかつたことが認められる。そうであるとすれば、被告
は、本件電話料金(一)のうち少なくとも基本料全額及び度数料の半額が違法支出
であることを認識し又は認識すべきであつたにもかかわらず、故意又は重大な過失
によりその支出を阻止しなかつたものというべきであるから、地方自治法二四三条
の二第一項の規定に基づき右支出による区の損害を賠償すべきものというべきであ
る(仮に、同条項の責任がなくとも、以上の事実関係からすれば、民法上の不法行
為責任を免れるものではない。)。
よつて、被告の右主張は採用できない。
三 本件電話料金(二)について
1 本件電話料金のうち昭和五四会計年度の区長分四万七三一〇円(本件電話料金
(二))は、区が区長宅に架設した公務専用電話に係る料金であり、区が役務費と
して電々公社に直接支払つたものであることについては、当事者間に争いがない。
2 そして、成立に争いのない乙第二号証、証人D及び同Eの各証言、被告本人尋
問の結果並びに弁論の全趣旨によると、被告は、右公設電話を職務上の通話にのみ
使用し、私用上の通話には私設電話を使用していたものと認められる。
3 したがつて、本件電話料金(二)は、全額が区の事務を処理するために必要な
経費であるから、これを区の公金から支出することに何ら問題はない(なお、被告
宅に区の公務専用電話を架設するか否かは区長の裁量に属することであり、架設自
体についても違法の問題はない。)。
四 本件電話料金(三)について
1 本件電話料金のうち昭和五四会計年度の助役、収入役及び教育長分の八万七三
二九円(本件電話料金(三))は、同人らが同人ら宅の各私設電話に係る料金とし
て電々公社に支払つた金額のうち基本料の全額及び度数料の半額に相当する金額
を、区が「負担金、補助及び交付金」科目の負担金として同人らに支払つたもので
あることについては、当事者間に争いがない。
2 そして、前掲乙第二号証、証人D及び同Eの各証言並びに被告本人尋問の結果
によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
被告は、区長として、区長、助役、収入役及び教育長の各私宅に架設された電話の
料金の取扱いを明確にするため、昭和五四年四月にその基本的な準則を別紙二の要
綱として定め、同月一日から実施した。要綱の内容は、区長宅については、前記の
とおり区で公務専用電話を架設することとし、助役、収入役及び教育長宅について
は公務用の電話を架設しない代わり、同人らの私設電話に係る基本料の全額と度数
料の半額を負担するというものである。そして、区総務部長は、専決規程に基づ
き、助役、収入役及び教育長が電々公社に支払つた私設電話に係る電話料金のうち
基本料の全額及び度数料の半額に相当する金額を、分担金として同人らに支出する
ことを決定し、支出命令を発した。
3 そこで、本件電話料金(三)の支出が適法か否かを検討するに、そのうち、基
本料に相当する部分四万六八〇〇円(一八〇〇円の延二六月分)については、前記
二3で述べたと同様の理由により、私設電話の性質上これを公金から支出すること
は地方自治法二〇四条の二の規定に違反するものであり、区は同額の損害を受けた
ものというべきである。
被告は、区長として、要綱により右基本料は区の負担とする旨定めているが、要綱
はもとより法律又は法律に基づく条例ではないから、これにより右支出が適法化さ
れるものではない。また、被告は、右基本料相当額の支出につき、区と助役らとの
間に契約が締結されたとか、事務管理者に対する費用償還に応じたものである旨主
張するが、右基本料は私生活上の費用として個人で負担すべきもので、事務管理者
の費用に該当するいわれはなく、契約の締結により合法化されるものではない。
4 そして、前記二5で述べた事実関係からすれば、被告は、右基本料相当額の負
担金を違法に支出することにつき故意又は重大な過失があつたものというべきであ
るから、地方自治法二四三条の二第一項の規定に基づき区に対し右四万六八〇〇円
の損害賠償責任を負うものというべきである。
なお、右支出は総務部長の専決によるものであるが、総務部長は被告の定めた要綱
に従つて決裁したものである上、前記二5で述べた専決の性質からしても、被告が
地方自治法二四三条の二第一項の損害賠償責任を免れるものではない。
5 次に本件電話料金(三)のうち度数料の半額に相当する部分の支出について検
討するに、証人D及び同Eの各証言によれば、助役、収入役及び教育長は私宅の私
設電話を使用して職務上の通話を行つていることが認められる。そして、職務上の
通話に係る度数料が全体の度数料の半額に達するか否かは必ずしも明らかではない
が、右の半額に達しないことを積極的に認定するに足る証拠もない。原告本人は、
助役らが私設電話で職務上の通話を行うことはほとんどない旨供述するが、裏付け
を欠き、全面的に採用することは困難である。そうだとすれば、右度数料の半額は
職務上の通話に係るものである可能性を否定できず、職務上の通話に係るものであ
れば区で負担すべきものであるから、右度数料の半額に相当する負担金の支出によ
り区に損害の発生したことの証明がないといわざるを得ない。
原告は右負担金の支出は東京都港区補助金等交付規則に違反する旨主張するが、助
役らにおいてそれに相当する職務上の通話料の支出をしている可能性がある以上、
右負担金が同規則にいう負担金に該当するとはいえず、また、法令上の根拠を有し
ないものということもできない。
したがつて、本件電話料金(三)のうち度数料の半額に相当する部分の賠償請求は
理由がないといわざるを得ない。
五 以上のとおりであつて、原告の本訴請求は本件電話料(一)のうちの七〇五〇
円及び本件電話料(三)のうちの四万六八〇〇円の合計五万三八五〇円の支払を求
める限度において理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がない
から棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条並びに民事訴
訟法八九条及び九二条本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 泉 徳治 大藤 敏 菅野博之)
別紙二       公用電話(私宅架設分)の取扱要綱
(目的)
第一条 この要綱は、区長、助役、収入役及び教育長(以下「区長等」という。)
が本来の職務に伴い私宅においても職務に従事できる体制をとるため公用電話(以
下「公用私宅電話」という。)を専用使用することに必要な事項を定め、もつてそ
の職務の効率化を図ることを目的とする。
(架設場所)
第二条 公用私宅電話を専用使用させることのできる加入電話は、単独電話又は共
同電話とし、区長等が常に居住する場所に架設する。ただし、助役、収入役及び教
育長は新たに架設することなく自己の負担によつて所有する加入電話をその職にあ
る期間公用私宅電話とみなす。
(架設経費)
第三条 前条の公用私宅電話の架設に要する経費は区の負担とする。
(その他の経費)
第四条 公用私宅電話の架設場所変更に要する経費は、区の負担とする。ただし、
同一住宅内の架設場所変更に要する経費は被架設者の負担とする。
(使用料の区負担)
第五条 公用私宅電話の使用料は、次の区分で区が負担するものとする。
一、基本料  全 額
二、度数料  区長  全額
助役、収入役及び教育長 百分の五十
2 前項の区負担は、区長等がその職を失つたときはその事由の発生した日の属す
る月分までとする。
付    則
この要綱は、昭和五十四年四月一日から実施する。

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