弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一年に処する。
     押収にかかるパンビタンびん入りの青酸ソーダ様の粉末一個(証第三
号)及びネオサツカびん入り青酸カリ一個(証第四号)はいずれもこれを没収す
る。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人森健提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここ
にこれを引用する。
 控訴趣意第一点について、
 所論は、原判決は被告人の所為を殺人予備幇助として処罰しているが、予備の幇
助は、特別にこれを処罰する旨の明文の規定がない限り処罰の対象とならない。蓋
し、予備の幇助とは予備にすらならないそれ以前の段階の行為であるから、刑法が
予備、未遂についてすら特別の規定がある場合にのみこれを処罰の対象としている
ことに鑑みれば、予備の幇助については、ましてや特別規定のない限りこれを処罰
しない趣旨であることを知るべきである。さればこそ、刑法は内乱罪の如きについ
ては、予備の幇助について具体的にその行為を限定し、特別の明文を設けてこれを
処罰することとしているのである。殺人の予備は独立に処罰の対象とされているの
であるが、刑法総則の従犯の規定は、この場合に適用されるべきではないのであ
る。次に、従犯は、正犯の実行行為を幇助した場合に成立することは、刑法六二条
の明文の示すとおりである。然るに、「実行行為の予備」はありうるが、「予備の
実行行為」というが如きは、刑法上の概念として考えることはできない。(「予備
の実行行為」というが如きものを想定するとすれば、更に、「予備の未遂」という
ものも考え得べく、これは概念の矛盾である。)従つて、予備の実行行為が想定で
きないものである以上、予備の実行行為の幇助ということも、とうてい存在し得な
いはずである。以上の理由により殺人予備の幇助は処罰の対象とならないものであ
るのに、被告人の原判示所為を殺人予備の幇助として処罰した原判決は、法律の適
用を誤り罪とならない事実を有罪とした違法かあるものというべきである、
 というのである。
 さて、原判決は、被告人に対する当初の殺人予備罪の訴因に対し、「予備罪は、
教唆犯或いは従犯のように、正犯者のために加功するものと異なり、自己の犯罪の
目的のため犯意を実現する行為であつて、換言すれば、いわゆる基本的構成要件の
実現を目的とする犯罪意思行為であると言い得るから、予備罪の成立には、行為者
において、基本的犯罪類型の充足を目的とする意思が必要であつて、これを殺人予
備について言えば、行為者が、自ら殺人の意図をもつて、その準備行為をすること
が必要である」ということを前提として、本件において、被告人は、Aから、同人
がBを殺害する意図を有することを打ち明けられて、Aに青酸ソーダを手渡してい
るが、被告人としては、Bを殺害する何らの動機、原因もなく、同人を殺害する意
図も毛頭なかつたことが認められるから、被告人に対して、殺人予備罪をもつて、
処断することはできない、と判断して、先づ殺人予備罪の訴因を排斥した。そし
て、Aが、Bを殺害するため、青酸ソーダを入手して、その準備をしたことは、ま
さに殺人予備行為であり、被告人において、右の情を知つて、青酸ソーダをAに手
渡ししたことは、同人の殺人予備行為を容易ならしめたものであるから、被告人の
行為は、殺人予備の幇助に該当する、として、同罪の予備的訴因について有罪とし
ているわけである。そして、又原判決は、予備の幇助を処罰する所以について、予
備罪も基本的な構成要件の修正形式ではあるが、一個の構成要件をなしているもの
であるから、これを充足する行為は実行行為であるから、いわゆる予備の実行行為
を幇助するということも充分考え得るわけで、実行行為以前の予備を幇助する者を
処罰することは、毫も刑法六二条の明文に反するものでもなく、更に、刑法七九条
は、内乱罪の組織的集団犯たることの特質から、その刑について特に加重して規定
したものにすぎないもので、刑法は、他に予備の幇助を罰しない趣旨とは解され
ず、他に予備罪の成立する場合、その従犯の成立を否定する理由もないことを、理
由としであげているのである。
 さて、教唆犯、従犯は、自ら犯罪を実行するものではなく、他人の犯罪に加功す
る犯罪の一形式である。自ら犯罪を実行する者を正犯というのに対して、この正犯
たるべき者を教唆して犯罪を実行させた者が教唆犯、正犯の犯罪の実行行為を幇助
した者が従犯とされるわけである。そして、このような教唆犯、従犯が処罰される
のは、それらの行為が、いわゆる正犯の犯罪の実行行為に加功した点にあるのであ
つて、正犯の犯罪の実行行為が成立しない以上、教唆行為、幇助行為それだけを独
立に処罰することはない。(いわゆる共犯の従属性)このように教唆犯、従犯は、
抽象的にあるなんらかの犯罪の教唆、従犯とされるものではなく、正犯の特定の犯
罪の実行を前提として、この正犯の犯罪の実行に対して、教唆犯、又は従犯といわ
れるわけである。刑法六一条、六二条は、このことを明文を以つて示している。教
唆犯の場合は、当面の問題外におき、従犯に限つていえば、右六二条に「正犯ヲ幇
助シタル者ハ従犯トス」とあるのは、論旨もいうように、正犯の犯罪の実行行為を
幇助した者という意味であり、幇助行為それじたいとしては、正犯の犯罪の実行行
為前に行われようとも、これを処罰するためには、正犯が犯罪の実行行為に着手す
ることを要件とするわけである。(正犯の犯罪実行中に幇助する場合は、この関係
は明らかである。)そして、その正犯が犯罪の実行行為に着手するというのは、正
犯が刑法各本条の規定する各犯罪のいわゆる構成要件的行為の実行に着手すること
をいうものであることも論旨の指摘するとおりであるから、従犯か処罰されるの
は、正犯の行為が、少くとも、特に未遂罪として処罰される場合であることを要す
るということになる。然し、このことは、刑法が正犯の既遂を処罰するのを原則と
し、その未遂が処罰されるのは、あくまで例外であつて、刑法各本条に、特別に、
未遂罪を処罰する旨の規定がある場合に限るという構造をとつていることからひき
出される結論である。従つて、刑法が、特殊例外的にある犯罪の予備罪を処罰して
いる場合には、特に、その場合に限つて、予備罪の従犯が認められるかどうかにつ
いて、やはり特別に考えてみなければならない。すなわち、未遂罪が処罰されるの
も、このように例外であるが、刑法は、ある種の犯罪の危険性、従つて、その可罰
性の著しく高いことに着目して、これを未然に防遏しようとする特殊の考慮に基い
て、この種の犯罪については、特に、実行の着手前の段階、すなわち、実行の着手
前において、実行行為を準備する行為をとらえて、これを予備罪として独立に処罰
することとしているのである。本件の殺人予備の如きがまさにそれである。そし
て、刑法各本条の規定している当該各犯罪は、正犯の既遂としてこれを類型的に刑
法が規定しているので、これを講字上基本的構成要件というならば、予備罪は、こ
れらの基本的構成要件を離れて独立に、その犯罪の類型が定められるものではな
く、ある犯罪の基本的構成要件を前提として、そこから初めてその犯罪の予備罪の
類型が定められるのであるから、それは、前記基本的構成要件に修正加工を加えた
もので、いわゆる基本的構成要件の修正形式として観念されるわけである。そし
て、このようにある犯罪の予備罪が独立に処罰される場合には、その予備罪を構成
する行為も当然に考えられるわけで、それは、その予備行為が発展した場合のいわ
ゆる犯罪の実行行為を基本として、その内容を限定されるものではあるが、予備罪
そのものについていえば、その予備罪というある犯罪の基本的構成要件を修正する
構成要件を充足する行為がそこに予定されていることは当然である。いま構成要件
を充足する行為を実行行為というのであれば、予備罪が独立して処罰される場合
の、いわゆる修正された構成要件を充足する行為も又実行行為とよぶことが許され
るのである。(この意味で実行行為の概念も関係的、機能的な概念である、といわ
れる。)そして、このように、予備罪の実行行為というものを観念することは、予
備罪の正犯を考え、あるいは、その共同正犯を考える場合に、文理解釈のうえで起
る障害を取りのけることに役立つであろう。すなわち、共同しである犯罪の予備を
した者、すなわち、予備の実行行為を共同にした者は、予備罪の共同正犯である
が、予備罪の実行行為を観念できない、とすれば、文理上予備罪の共同正犯も又あ
り得ないという奇怪な結論に達する。(二人以上の者が共同して殺人を計画し、そ
の用に供するための兇器を共同して入手して準備した場合の如きを考えよ。)従つ
て、刑法総則の規定の適用において予備罪の実行行為というが如きものは観念でき
ないという論旨は採るを得ないもので、予備罪の従犯の成立を考えるについて、実
行行為の概念を固定のものとして文理解釈に依拠することは許されない次第であ
る。この点に関する限り原判決の法解釈は正当というべきである。
 然らば、このように予備罪の実行行為を観念できるとして、刑法六二条の従犯の
成立要件としての正犯の実行行為というのは、右に述べた意味における正犯=予備
罪の正犯=のいわゆる実行行為をも含むものであろうか。
 すなわち、刑法総則の従犯に関する規定は、予備罪が独立に処罰される場合のそ
の予備罪についても適用されるのであろうか。同法六四条によれば教唆犯、従犯が
処罰されないのは、拘留又は科料にのみ処すべき特別の犯罪の場合(但し、その場
合でも教唆犯、従犯を処罰する特別の規定がある場合は除かれる)に限られるもの
のようにも解される。もし、そうだとすれば、予備罪=本件では殺人予備罪=の実
行行為を考え、それが独立して処罰される限り、予備罪の従犯も又処罰されるとい
うことになり、文理解釈上の支障も生じないわけである。然し、仔細に検討してみ
ると、この解釈には賛成することができない。思うに、犯罪の予備行為は、一般に
基本的構成要件的結果を発生せしめる蓋然性は極めて少なく、従つて法益侵害の危
険性も少ないわけであるから、通常可罰性はなく、特に、法益が国家的、社会的に
すぐれて高いものと評価される特殊の犯罪に限つて、これが準備行為、すなわち、
右の犯罪の実行を準備する行為までを、法益侵害の危険性が看過できないものとし
て、刑法は、例外的にこれを処罰の対象としているのである。本件の殺人の予備罪
の如きもそうである。然し、犯罪の予備行為というものは、実行行為に着手する以
前の、犯罪の準備行為を含めて、犯罪への発展段階にあるすべての行為を指称する
ものであり、基本的犯罪構成要件の場合の如く、特に、それが定型的行為として限
定されていないところに特色がある。従つて、予備罪の実行行為は無定型、無限定
な行為であり、その態様も複雑、雑多であるから、たとえ、国家的、社会的にその
危険性が極めて高い犯罪であつても、その予備罪を処罰することになれば、その処
罰の範囲が著しく拡張され、社会的には殆んど無視しても差支えない行為、延いて
は又言論活動の多くのものまでが予備罪として処罰される虞れもないわけではな
い。そこで、刑法はこのように処罰の範囲が徒らに拡張されることを警戒して、広
般な予備行為の範囲を限定して、予備罪を構成すべき行為を限定的に列挙する場合
もあり(例えば、刑法一五三条、なお特別法として爆発物取締罰則三条の如きもそ
うである。)、更に又予備罪については、情状に因りその刑を免除することにもし
ているわけである。ところで、従犯の行為も又同様無限定、無定型である。従つ
て、もし、予備罪の従犯(正犯が予備罪に終つた場合の従犯)をも処罰するものと
すれば、その従犯として処罰される場合が、前の予備罪の正犯の場合にもまして著
しく拡張される危険のあることは極めて明らかである。かの助言従犯の場合の如き
を考えれば、言論活動の多くの場合までが、直ちに予備罪の従犯として処罰される
危険性が、高度である。従つて、予備罪の従犯を処罰するかどうかについては、特
に厳正な解釈態度が要求されるのである。しかも又、従犯の刑は正犯の刑に照して
減軽されているわけであり(刑法六三条)、従犯の違法性、可罰性は、正犯のそれ
に比し軽減されているものであることも又否定できない。してみると、予備罪が特
に明文の規定をまつて処罰される場合においても、その刑は、既遂、未遂のそれに
比し極めて軽いのであるから(殺人予備罪の場合も二年以下の懲役であり、情状に
因りその刑が免除される。刑法二〇一条」、これより違法性、可罰性の更に軽減さ
れるその従犯までを処罰するについては、これを解釈に一任することなく、法の明
文を以つて特に明確にすべきである。
 <要旨第一>予備を独立に処罰する旨の規定があるからといつて、それを理由とし
て、予備の背後関係にあつて、予備罪の正犯に比べその違法性。可罰性
のより減少したその従犯までを処罰しなければならない必要性、合理性は少しも正
当化されるものではなく、予備罪の従犯を処罰するかどうかは、やはり刑法全体の
精神から論定すべきことがらである。ところで、刑法七九条は、内乱罪の予備罪に
ついて特に明文を設けてこれを処罰する旨を明らかにし、内乱の如く国の政治の基
本組織を破壊するような国家の存在そのものに関する極めて重大な犯罪の予備罪に
ついては、特に、その幇助行為までを処罰する旨を成文上明定しているのであり
(この意味で右刑法の条規は内乱罪の予備の従犯について特に刑を加重した趣旨と
は解されない)爆発物取締罰則五条の如きも、特にその第一条所定の犯罪者のため
の特定の幇助行為のみを処罰し、その四条も、同条所定の予備行為の共謀者に限り
これを特に処罰することとし、そして又かの破壊活動防止法三八条ないし四〇条の
各規定の如きも、同条所定の各犯罪の予備以外の背後行為が処罰される場合につい
て、特に行為の種類を限定してこれを明定しているのである。これらのいわゆる政
治犯罪とされる特殊の犯罪についてすら、刑法(広義の)は予備罪の従犯の処罰さ
れることを特に明文の規定を設けてこれを明確にしているのであるし、そして又こ
のような予備罪の従犯を処罰する法律の特別の規定がこれらのいわゆる政治犯罪に
限つて設けられていることも看過してはならない。以上述べたいろいろの理由を綜
合して考えてくれば、わが刑法は、予備罪の従犯を処罰するのは、特に明文の規定
がある場合にこれを制限し、その旨の明文の規定のない場合は、一般にこれを不処
罰にしたものと解すべきである。すなわち、総則規定としての刑法六二条の規定
は、予備罪が独立に処罰される場合においても、当然にその適用があるものではな
い、ということになるわけである。してみれば、殺人罪の予備罪の幇助行為につい
て、特にこれを処罰する法律の規定はないのであるから、被告人の原判示所為を殺
人予備罪の幇助(予備幇助罪)として処罰した原判決は、既にこの点において法律
の解釈を誤つた違法があるものというべき<要旨第二>である。(なお、原判決は殺
人予備罪の正犯行為とその従犯行為とを区別するについて、特に、犯人の主観的 要旨第二>意思の面を重視して、自ら自己の行為として殺人罪=本件ではBに対する
殺害行為=を実行する意思であつたか、それとも他人の殺人罪に加功する意思=本
件ではAが右Bを殺害する行為に加功する意思=であつたかにより、被告人の本件
所為が殺人予備罪を構成するか、それともその従犯を構成するかを区別すべきもの
としているのである。そして、この見解は、予備罪が本来、着手の段階を経て既遂
に発展すべき性質のものであり、従犯はそれじたいとしては発展しない行為であつ
て、ただ正犯が着手、既遂と発展するその各段階に相応じて、場合により正犯の未
遂の幇助、あるいは又既遂の幇助とそれぞれに異つて評価されることを考えれば、
一理ある見解たることは否定できない。然し、正犯と従犯とを区別するのに、この
ように単に犯人の主観的側面、すなわち、行為者の音思の面だけを基準とすること
は相当ではない。やはり、犯罪が、犯意の遂行過程としての外部に表現された行為
を基本とするものである限り、その外部に表現された行為としてのいわゆる構成要
件的行為の形式を無視することは許されない。従つて、正犯と従犯とを区別するに
ついても、いわゆる主観、客観の複合体としての行為の性質、すなわち、行為者の
意思とその外部に表現された行為の形式の双方を併せて考察し、これを区別の基準
とするのが相当である。そして、このことは、犯罪の実行の着手に至る以前のすべ
ての行為、そして実行行為を準備する行為を処罰する予備罪の場合についても同様
である。その予備罪を組成する無限定の行為の中にも、正犯の実行行為を基本とし
て考えれば、自らそこに主、従の差、軽重の別を設けることも可能である。もし、
原判決のいうが如く行為者の意思の面だけに着目して予備罪の正犯と従犯とを区別
するものとすれば、かの通貨偽造罪の予備罪の場合の如きにも、通貨を偽造する目
的、意図を有する者に、その偽造の用に供するための機械、器具の調達を依頼さ
れ、その者のためにその意図を知りこれらの機械、器具大の一切を買い整え調達し
た者があつても、これを右通貨偽造罪の予備罪として処罰できないこととなり、法
が特に、通貨偽造のためにその機械、器具を準備する行為そのものを、=そして、
この機械、器具が整わなければ通貨を偽造する行為は不可能であるから、特に、そ
の通貨偽造の目的の機械、器具の準備行為を危険な行為として、法は通貨偽造罪の
予備罪として処罰しているわけである=処罰していることにも矛盾することになら
う。すなわち、この場合、法は、機械、器具を準備した者が自ら通貨を偽造する意
思、意図であつたか否かを問わず、通貨偽造の目的で、それに必要な機械、器具を
用意し整えた者をすべて、ここに予備罪の正犯として処罰したものと解すべきであ
る。これに対し、通貨偽造の音思を有する者にその意図を察知して機械又は原料を
購入すべき資金を貸与した者がある場合に、その偽造を意図した者が予備の段階で
終つた場合にはいわゆる通貨偽造罪の予備罪の幇助行為があつたものといえるわけ
である。このことは、殺人罪の予備罪についても又同様にいえるわけである。)
 そして右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はすでに
この点において破棄を免れない。したがつて弁護人のこの点の論旨は理由がある。
 よつてその他の弁護人の控訴趣意の判断を省略し、刑訴法三九七条一項に則り原
判代を破棄することとするが、本件は原裁判所において取り調べた証拠により当裁
判所において、直ちに判決できるものと認められるので、同法四〇〇条但し書に従
い当裁判所において被告事件について、更に判決することとする。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、昭和三五年三月上旬ごろ、従兄にあたるAから、同人がかねてから密
通しているCとの関係を続けるため、同女の夫Bを殺害したいとの意図を打明けら
れたうえ、その殺害の方法等について相談をもちかけられていたが、当初は真剣こ
右相談に乗る気持はなく、むしろ右Aの言動をからかいちよう弄しているうち、同
人のB殺害の決意は固く、しかも、度び重ねてその殺害方法について相談をもちか
けられるうち、これをあしらいかね、同年六月二五日ころに至り、Aから右B殺害
の用に供するための青酸カリの入手方の以来を受けるや、同人にこれを手交すれば
同人がこれを使用して右殺人の用に供することのあるべきを認識しながら、その青
酸カリの入手方を承諾し被告人において知人Dから青酸ソーダを譲り受けたうえ、
同月二七日ころの午後九時ころ愛知県西春日井郡a村大字b字cd番地のe村営住
宅f号のA方こおいて、ビニールに包んだ青酸ソーダ杓三八瓦(証第三、第四号在
中のものはその一部)をAに手交し、もつて右Aと共同してBに対する殺人予備の
行為をしたものである。
 (証拠の標目)
 一、 原審第一回公判調書中被告人の供訴記載。
 一、 被告人の検察官に対する昭和三五年九月一二日付並びに司法警察員に対す
る同年九月三日付及び同月二四日付各供述調書、
 一、 原審第二回公判調書中正人A及び同第三回公判調書中証人Cの各供述記
載、
 一、 Dの司法警察員に対する昭和三五年九月二四日付の本籍、住居の記載ある
供述調書、
 一、 Aの検察官に対する供述調書抄本並びに司法警察員に対する昭和三五年八
月三〇日付及び同年九月二日付各供述調書謄本、
 一、 E、Fの司法警察員に対する各供述調書、
 一、 G作成の検査報告書及び検査報告書謄本、
 一、 H作成の調査結果報告書、
 一、 押収にかかる五〇〇瓦びん入りの青酸ソーダ一個(証第一号)、パンビタ
ンびん入りの青酸ソーダ様の粉未一個(証第三号)及びネオサツカびん入りの青酸
カリー個(証第四号)。
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法二〇一条、六〇条に該当するところ、被告人の本件犯行
は、既に見た如くAの執拗なまでのB殺害についての依頼をあしらいかねたことに
よるとはいえ、結局判示の如く、Aの企図に同意して殺人の用に使用すべき致死量
を遥に超えた猛毒青酸カリを入手して、これをAに供与したもので、通常の者なら
ば斯る場合最後までAの飜意を促し、犯意を放棄させるために相当の努力を重ねる
べきであるのに拘らず、被告人が進んで本件の行為に出たことは、被告人において
反規範的性格が大であることがうかがわれるのみならず、被告人は右AからB殺害
の相談を持ちかけられるや、当初はこれを利用してAから金員を騙取しようと企
て、前記Dと共謀のうえ、Aに対し、Bを殺害することに協力することを承諾する
ように装い、もしくは同人を殺害してきたと申し欺き、Aから報酬手付金もしくは
報酬名下に合計金十五万円を騙取するが如き悪らつな行為に出で、そのうち五万円
を自己において利得した形跡すらうかがわれ、全体として、被告人の本件犯情は悪
質なものがあること、その他被告人の経歴、特に、強盗準強盗罪により懲役五年に
処せられた前科のあることその他諸般の情状にかんがみ被告人を懲役一年に処する
こととし、押収にかかるパンビタンびん入りの青酸ソーダ様の粉末一個(証第三
号)及びネオサツカびん入りの青酸カリ一個(証第四号)は本件犯行を組成したも
ので、被告人の共犯者A以外の者に属しないので、同法一九条一項二号二項本文を
適用して、いずれもこれを没収することとする。
 弁護人は本件殺人予備行為は不能犯であり、仮りにそうてないとしても殺人予備
行為の中止未遂である旨主張しているので、この点について判断を加えると、なる
ほど事の実際においては、本件青酸カリを供与されたAはBを殺害するについてC
と共謀のうえ、Bに睡眠薬を服用させたうえ、その頸部を絞扼するの方法に出でそ
の目的を達したもので、被告人の供与した青酸カリは遂にB殺害の用に供されるこ
とのなかつたことは記録上明らかであるが、被告人が判示の如くB殺害の用に供す
る目的でAのために青酸カリを同人に供与した行為は、それじたい殺人罪の予備罪
を構成するもので、結果の点からだけこれを判断してこれを不能犯と主張するが如
きことはとうてい理由のないことであり、又中止未遂の概念は実行の着手以後の行
為であるから、実行の着手以前の予備行為については中止犯の概念を容れる余地が
ないと同時に、被告人の行為が予備罪として既に成立してしまつた以上この予備行
為の中止ということは考えることができないのであるから、弁護人の右主張も又採
るを得ない。
 (なお、本件は殺人予備罪の単独正犯を訴因とするものであるが、これを判示の
如く右予備罪の共同正犯と認定するについては、起訴状の記載そのものからも判る
ように、本件において、特に被告人の防禦に不利益を招来するものとは考えられな
いので、訴因変更の手続を経ることを必要としないと解する。)よつて主文のとお
り判決した。
 (裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 谷口正孝 裁判官 中谷直久)

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