弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人若山資雄提出の控訴趣意書に記載するとおりであるか
ら、ここに、これを引用する。
 控訴趣意第一点、事実誤認の主張について、
 所論は、原判示第一事実について、原判示被告人とAとの協議離婚届を作成提出
するについては、同女において事前に同意し、その了解のもとになされたものであ
る。従つて、原判示第一の各事実は、いずれも罪とならないものである、というの
である。
 然し、本件記録について、原裁判所の取り調べた証拠を検討してみるのに、原判
決がその挙示引用の証拠により原判示第一の各犯罪事実を認定したことは、充分首
肯できるのである。被告人は、原審公判廷において、昭和三五年五月一五日施行さ
れた肩書a町長選挙に立候補するため、当時同町大字b宇cd番地に居住し、被告
人と同棲していた妾Bとの関係を正式な婚姻関係に装う必要があつたので、その目
的のためAと一時虚偽の協議離婚届を作成し戸籍吏に届出で、同時にBとのこれ又
虚偽の婚姻届を作成し、同女との妾関係を合法化し、該選挙終了後は再び真実の身
分関係に戸籍を復原することを企て、Aにこの計画を打ちあけ、原判示の同女との
離婚届を作成提出することについて、豫め同女の承諾を取りつけたものである、と
主張し、Bもこれに副う供述をしているが(同人の検察官に対する供述調書原審第
四回公判調書中同人の証人としての供述記載)同人らの右供述は、原審第二回公判
調書中の証人Aの供述記載、Cの検察官に対する供述調書によれば、とうてい措信
できないものである。
 すなわち、被告人は、昭和一八年ころBと識り合い同女との間に一子を儲けた
が、その後一旦同女との関係を絶ち、やがて昭和二六年五月二六日にはAと婚姻
し、同女と夫婦関係を営んでいたが、昭和二九年一二月ころ再びBとの関係のより
を戻し、同女をして被告人の先妻の実家D家に養女として入籍させ、そのころから
前記a町大字b字cに同女を居住させ、被告人も又Aの許を去り、B方で同女と同
棲し、その間に長男Eまで出生し、Aとの間は、冷いものとなり、殆んど名目だけ
の婚姻関係を持続していたに過ぎず、このため被告人とAとの間には絶えず問着を
生じ、一方Aも屡々Bの許に押しかけ、被告人をめぐつて口論がくり返されてい九
こと(以上、Bの検察官に対する供述調書、被告人の同上供述調書、原審第三回公
判調書中証人Aの供述記載)、そして、被告人は昭和三四年四月一五日Aの不知の
間に、当時被告人が勤務中であつたF保健所の情を知らない女子職員を使用して、
原判示の被告人とAの協議離婚届の届出欄に同女の署名を記載させ、その名下に有
合印を押捺して、同女との間に其実協議離婚が成立したかのように原判示の協議離
婚届を作成し、これを同月一七日所轄G町役場に提出したこと、一方Aとしては、
当時の被告人及びBの言動からして、同女の知らない間に籍を抜かれる事態の発生
することを虞れ、G町役場の戸籍係にそのころ戸籍はどうなつているかを問い糺
し、既に協議上の離婚が成立し除籍されている旨を聞かされ、同女としては、これ
を全然関知しないものである、と同戸籍係に抗議し、更に名古屋家庭裁判所に調停
を、同地方裁判所に離婚無効の訴訟を提起し、前示協議離婚の無効の所以を争い
(該民事裁判の結果は、向三五年八月一日、Aの主張が容認され、離婚無効の判決
がされ、この裁判は確定した。なお、被告人はこの判決に対し控訴申立後取下げに
より確定したものである。)同女としては、右離婚届提出の当時は勿論、現在に至
るまで被告人の離婚申出に応ずる意思のないことを認定できるのである。(以上、
被告人の検祭官に対する供述調書、原審及び当番における証人Aの供述―但し、原
審の分は前記原審第三回公判調書記載のものー、Cの検察官に対する供述調書)も
つとも、論旨引用のA作成のメモ、(記録六六丁)書簡(同六七丁)及び原審及び
当審における証人Hの供述(原審の分は原審第三回公判調書記載のもの)によれ
ば、Aにおいても被告人と協議離婚することに同意を与えたものではないかと推測
される節もあるけれども、右メモ及び書簡は、昭和三四年八月ころ、すなわち、原
判示協議離婚届が提出され、同女が名古屋家庭裁判所に調停の申立をして、被告人
との間にその離婚届の無効なことについて紛争を生じた後に作成されたものである
ことが明らかであるから、これらの書類は、そのころa町長選挙に立候補の意思を
固めた被告人が、その選挙を口実にして、該選挙を有利に導くため、戸籍の操作を
したもので、選挙終了後は、Aの籍を旧に復する旨同女に説き、同女を宥和させる
ため、その紛争の事後の解決策として同女に承引させたものと解すべきであるか
ら、(その結果調停の申立も取下げられている。)これらの書類を暖いてAが原判
示協議離婚届出当時被告人との離婚を承諾していたことの証拠とすることはできな
い。原判決のこの点の事実認定は、当裁判所における証拠調の結果に徴するも、事
実を誤認したものということはできない。論旨は理由がない。(なお、原判決は、
被告人が前示a町長選挙に立候補し、その選挙戦を有利に導くためAを離籍して、
Bを妻として入籍しようと企て、と判示し、被告人の本件犯行の動機を専らこの点
に求めているが、前記Aの原審及び当審における供述によれば、実はこの点の原判
決の認定には疑問がある×すなわち、Bの当公判廷の供述によれば、被告人が右町
長選挙に立候補の意思を固めたのは本件後の昭和三四年秋ころであつたと認められ
るからである×。然し、原判決も、被告人も又Aと離婚の意思がなかつたとか、あ
るいは又、同女と通謀して仮装の離婚届を作成した事実までも認定したものではな
いことは、原判決自体に徴し明らかなところであり、右は単なる本件犯罪の動機の
認定に過ぎないことは明らかであるから、この点の事実の誤認は判決に影響を及ぼ
すこと明らかなものとはいえない。)
 同第二点 法令違反の主張について、
 所論は結局、重婚罪の成立するためには前婚と後婚とが戸籍上同時に登載されて
いることを要件とするもので、本件の如く前婚が何等かの理由により解消した後、
後婚の届出、戸籍の登載がなされても重婚罪は成立しない。次に、もし前婚の解消
が法律上無効なるが故に、後婚が重婚罪になるというのであれは、本件において、
後婚も又控訴趣意第一点において述べたように被告人とBとの間には真実婚姻する
意思がなかつたものであるから、これ又無効であつて、後婚は不成立、従つて、重
婚罪の成立するいわれはない、というのである。
 <要旨>なるほど、重婚罪の成立要件として、前婚と後婚の双方が戸籍上有効に登
載されていることを必要とし、従つて、同罪の成立するのは、戸籍吏におい
て誤つて後婚の届出を受理した場合に限ると解する見解もあるが(但し、そのよう
な事態は、現実の問題として殆んど想定できないところであり、もし犯人において
重婚の試みをしたとしても、一般にそれは未遂に終るべく、重婚罪について未遂の
処罰規定を欠くわが刑法では、同罪の処罰規定の働らく余地はとうてい考えられな
い)、当裁判所としては、この見解に従うわけにはいかない。
 同時に又一派の学説の如く、婚姻関係にある者が重ねて事実上の婚姻関係(いわ
ゆる内縁関係)を結べば重婚罪が成立するという見解にも左袒することを得ない。
思うに、重婚罪に関する規定が、民法の諸規定と相俟つて、そして、その側面から
法律婚としての一夫一婦制を維持、強行するための規定であることを考えれば、本
件の如く前婚が婚姻当事者一方の意思によらず、偽造若は虚偽の協議離婚届により
解消し、従つて、戸籍上その婚姻関係が抹消された場合でも、その婚姻関係が適法
に解消されない間に、重ねて他の婚姻関係(勿論それは法律婚であることを要件と
する)を成立させれば、刑法所定の重婚罪が成立するものと解すべきである。蓋
し、斯る場合、前婚の解消が当事者(一方又は双方の)真意に合致しないものであ
る以上、仮りにそれが犯罪(私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使
等)又は犯罪的手段により戸籍上の婚姻の記載が抹消されたとしても、その婚姻の
解消は無効であつて前婚は、それが適法に解消されない限り、なお法律婚として有
効に存続するものというべく、従つて、この間において重ねて他の婚姻関係を成立
させれば、ここに法律婚として二個の婚姻関係が重複して成立するわけで、法律の
所期する一夫一婦婚制度は、破壊されることになるからである。そして又斯る場合
前婚の解消を理由として、重婚関係は成立しないと解することは、許されないばか
りでなく、前婚の解消が後婚を成立させるために犯罪又は犯罪的方法によつてなさ
れたものであるのに、その解消の結果(それこそ、犯人が右犯罪又は犯罪的方法に
より意図したところである)を援いて、それに前婚解消の効果を与え、後婚を可能
ならしめるというが如きは、一方において犯罪として否定したものを他方において
有効とするものであつて、その矛盾は明らかであり、とうてい採るを得ないもので
ある。もつとも、その場合、前婚解消の方法が違法かつ犯罪とされる場合は、それ
として処罰すれば足り、前婚の解消が違法又は犯罪とされる場合であつても、戸籍
上いちおう前婚が解消してしまえば、仮りに後婚が成立しても、戸籍上の婚姻関係
は一個しか存在していないわけであるから重婚として処罰する必要はないと論ずる
者もあろう。然し、この見解も前婚の戸籍上の登載が抹消されても、なおそれが法
律婚として継続していることを忘れた議論である。さて、重婚罪の成立について当
裁判所は以上のように解するのであるが、然し、このように解するためには、後婚
も又法律婚として有効に成立していることが、その前提である。もし、後婚にして
法律婚として無効又は不存在のものであれは、勿論重婚罪も成立しないわけであ
る。ところで、論旨は、本件において、被告人とBとは正式に婚姻する意思なく、
前記の如く単に被告人がa町長選挙に立候補し、その選挙を有利に導くため、婚姻
関係を仮装したものであるというが、この点の主張は、既に論旨第一点において見
たように事実に副わないものであり、被告人とBとが既に見た如く内縁関係にあ
り、その間に子供まであることを考え(現に、被告人は、Bを入籍させると同時
に、Bとの間に出生したEをも嫡出子として入籍させている)、両者の離婚届も被
告人とAとの間に離婚無効の訴訟が係争中で、しかも右選挙終了後二ケ月以上を経
過した昭和三五年七月一五日漸く提出されていること(被告人の戸籍謄本参照)を
考え併わせると、とうてい措信できないものというべきである。従つて、本件にお
いて、被告人とBとの婚姻は法律婚として有効に成立したものであり、重婚関係が
成立するものというべく、かくして又被告人については、Aとの間の前婚、それが
適法に解消されない間のBとの後婚が重複して成立し、被告人は重婚罪により処罰
を免れないものというべきである。論旨は独自の見解であつて、採用できない。
 よつて、本件控訴は理由かないので、刑訴法三九六条に則りこれを棄却すること
とし、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文に従い全部被告人をして負担
させる。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)

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