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平成14年(行ケ)第516号 審決取消請求事件
平成16年9月14日 口頭弁論終結
            判       決
   原      告  アールエフ モノリシクス,
             インコーポレイテッド
    訴訟代理人弁理士   浅 村   皓
    同      浅 村   肇
    同      小 池 恒 明
    同      岩 井 秀 生
    同      林   鉐 三
    同      祖父江 栄 一
    被      告   特許庁長官 小川 洋
    指定代理人      川 名 幹 夫
    同      高 橋 泰 史
    同      涌 井 幸 一
    同      宮 下 正 之
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成11年審判第2656号事件について平成14年5月24日に
した審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成5年11月24日(パリ条約による優先権主張1992年11
月25日(以下「本件優先日」という。),米国),名称を「対称振動モードある
いは非対称振動モードで出力信号を発生する弾性表面波装置」とする発明につき特
許出願(平成5年特許願第293671号。以下「本件出願」という。)をし,平
成10年11月17日に拒絶査定を受けたので,平成11年2月22日,これに対
する不服の審判を請求した。
 特許庁は,これを平成11年審判第2656号事件として審理した。原告
は,平成11年3月24日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細
書の補正(以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書と図面とを併せて「本願
明細書」という。)をした。特許庁は,審理の結果,平成14年5月24日,「本
件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月12日,その謄本を原
告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件補正後のもの。別紙図面A参照)
「【請求項1】対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置であ
って,長さ方向の軸を有する圧電性基板と,前記基板の長さ方向の軸の両側にその
長さ方向を横断する横断方向の間隔をおいて前記基板上に1つずつ配置された第1
および第2の弾性表面波トランスジューサにして,各トランスジューサには,交互
嵌合され前記横断方向項に延びて存在する第1組の電極指および第2組の電極指が
設けられ,各電極指はそれぞれ外側端部および内側端部を備える,前記第1および
第2の弾性表面波トランスジューサと,前記第1および第2の弾性表面波トランス
ジューサの第1組の電極指の外側端部に接続された共通入力信号バスと,第1およ
び第2の外側端部を備えた第3組の電極指にして,前記第1および第2外側端部の
それぞれは,それと隣り合う前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサの
それぞれの第2組の電極指と電気的に絶縁され交互嵌合されて第3のトランスジュ
ーサを形成している,前記第3組の電極指と,前記第1,第2および第3のトラン
スジューサのそれぞれの各端部に対して間隔をおいた電極指として前記基板上にデ
ポジットされた一組の反射器素子と,前記第1および第2の弾性表面波トランスジ
ューサの第2組の電極指のそれぞれと前記反射器素子電極指とを前記第2組の電極
指の内側端部と外側端部との間において相互接続する共通アースバスと,共通出力
信号バスとを有し,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一
方の第1組の電極指は,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうち
の他方の第1組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列
が一致し,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの前記一方の
第2組の電極指は,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの前
記他方の第2組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列
が一致し,前記共通出力信号バスは,前記第3組の電極指をそれら電極指の第1の
外側端部と第2の外側端部との間において相互接続し,そうすることにより前記入
力信号バスに印加された入力信号が基板内に対称弾性表面波振動のみを生じさせて
出力信号を発生する,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に「本件第1発明」
という。)
「【請求項5】請求項1において,前記反射器素子は,間隔をおいて配置され
た複数本の溝である,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に「本件第5発明」
という。)
「【請求項6】請求項1において,与えられた電極指長さに対し,入力電極指
とそれと隣り合うアース電極指とのオーバーラップにより前記第1及び第2のトラ
ンスジューサのビーム幅が決定される,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に
「本件第6発明」という。本件第1,第5,第6発明をまとめて,「本件各発明」
という。)
3 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件出願は,本願明細書の記
載が不備なため,特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしておらず,ま
た,本件各発明は,いずれも,特開平3-119816号公報(以下「刊行物1」
という。)に記載された発明(別紙図面B参照)に基づいて,当業者が容易に発明
をすることができたものである,とするものである。
(1)審決は,本願明細書の記載不備との上記結論を導く過程において,平成1
3年4月11日付け拒絶理由通知に記載した次の拒絶理由をすべて援用している。
「(1)図5の(d)が図3の波形44,曲線34に対応する旨記載(パラグ
ラフ29)されているが,(d)は,その周期を見れば明らかなように,波形44とは
異なるものである。そして,明細書には,このような特殊な振動モード(なお,振
動モードとして,(d)のような振動が現実にどのように起こるのか不明である)とビ
ーム幅との関係についての説明はない。
(2)図7の説明に関し,図7の(a)で「1」と「4」に正のパルスと負の
パルスがそれぞれ印加されるように記載されているが,「1」と「4」は共通入力
バーで接続されていることからすると,このような正負のパルスの印加はおかし
い。
 また,例えば,電極96と電極100とが180゜位相が異なるようにな
っているが,このような場合,どのような表面波が励起され結合されて,結果とし
て図7のような振動モードが得られるようになるのか,説明がないのでわからな
い。
(3)図9,図11の構成は請求項3,4に係る発明に関するものであるに
もかかわらず,明細書にはその動作が説明されていない(図5,図7に倣った説明
をされたい。)。」(以下,「拒絶理由1の(1)」,「拒絶理由1の(2)」な
どという。)
(2)審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本件第1発明と
刊行物1記載の発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりで
ある(審決は,本件第5,第6発明についても,この一致点及び相違点の認定を援
用している。)。
一致点
「(i)上記刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子は,対称振動モードのみを
発生するものであり,本件第1発明が対称振動モードのみで出力信号を発生する弾
性表面波装置であるとする点と一致する。
(ii)上記刊行物1記載の発明は,圧電基板上の長さ方向に,グレーティング
反射器3の幅(ガイド幅)8の中心線から離れた対称な位置にIDT2EとIDT2Hを設け
るようにしており,このIDT2EとIDT2Hは,本件第1発明における長さ方向の軸を有
する圧電性基板と,この基板の長さ方向の軸の両側にその長さ方向を横断する横断
方向の間隔をおいてその基板上に1つずつ配置された第1および第2の弾性表面波
トランスジュ-サに相当する。
(iii)上記刊行物1記載の発明のIDT2EとIDT2Hは,すだれ状に構成されてお
り,この点は,本件第1発明の第1および第2の弾性表面波トランスジュ-サが交
互嵌合され前記横断方向に延びて存在する第1組の電極指および第2組の電極指が
設けられ,各電極指はそれぞれ外側端部および内側端部を備えるとする点に相当す
る。
(iv)上記刊行物1記載の発明において,IDT2EとIDT2Hのバスバーは互いに接
続されており,この接続は,本件第1発明における,第1および第2の弾性表面波
トランスジューサの第1組の電極指の外側端部に接続された共通入力信号バスを備
えるとする点に相当する。
(v)上記刊行物1記載の発明は,IDT2E及びIDT2Hと交互に嵌合した
IDT2F,IDT2Gを備えており,このIDT2F,IDT2Gは,本件第1発明における,第1およ
び第2外側端部のそれぞれは,それと隣り合う前記第1および第2の弾性表面波ト
ランスジューサのそれぞれの第2組の電極指と電気的に絶縁され交互嵌合されて
(「て」は「た」の誤記)第3のトランスジューサに相当し,また,IDT2F,IDT2Gに
共通する電極は,本件第1発明における,第1および第2の外側端部を備えた第3
組の電極指に相当する。
(vi)上記刊行物1記載の発明においては,グレーティング反射器3の間に
IDT2E,IDT2F,IDT2G,IDT2Hを配置しており,該グレーティング反射器3は,本件第1
発明における,第1,第2および第3のトランスジューサのそれぞれの各端部に対
して間隔をおいた電極指として前記基板上にデポジットされた一組の反射器素子に
相当する。
(vii)上記刊行物1記載の発明のIDT2EとIDT2Hのすだれ状電極の配置は,本件
第1発明が,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一方の第1組
の電極指は,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの他方の第1組
の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致し,第1
および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一方の第2組の電極指は,第1
および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの他方の第2組の対応するそれぞ
れの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致するとする点と一致す
る。」
相違点
「(a)本件第1発明においては,第1および第2の弾性表面波トランスジ
ューサの第2組の電極指のそれぞれと前反射器素子電極指とを第2組の電極指の内
側端部と外側端部との間において相互接続する共通アースバスを設けるとしている
のに対し,上記刊行物1記載の発明においては,その点についての記載がない点
(b)本件第1発明においては,共通出力信号バスを有し,共通出力信号バ
スは,第3組の電極指をそれら電極指の第1の外側端部と第2の外側端部との間に
おいて相互接続するようにしているのに対し,上記刊行物1記載の発明において
は,その点についての記載がない点」(以下,上記(b)を「相違点(b)」とい
う。)
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は,本願明細書の記載不備についての判断を誤り(取消事由1),か
つ,本件各発明と刊行物1記載の発明との相違点(b)についての判断を誤った
(取消事由2)ものであり,これらの誤りが結論に影響することは明らかであるか
ら,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(記載不備についての判断の誤り)
(1)拒絶理由1の(1)について
  拒絶理由1の(1)が解消していないという審決の理由は,本願明細書の図
5(d)と図3の44で示される波形が,本来一致すべきであるのに相違しており,
本願明細書にはこの点に関する説明が存在しないというものである(審決書6頁3
6行~7頁4行参照)。
 しかし,本願明細書の図3はグラフ30,32,34等を示すことを目的
とするものであり,同図中の40,42,44等は,例えば刊行物1の第2図(c)
に描かれている各伝搬モードのように,模式的に画かれたものにすぎない。本願明
細書でも,図3の波形40,42,44等の具体的形状あるいは波形の技術的意味
に関しては何も述べていない。
 本願明細書の図5(a)に示される第1トランスジューサ54と第2トラ
ンスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)は,図5(b)及び図5
(c)で示される電圧に分解できる。そして,本願明細書の【0029】に明記さ
れているように,図5(d)及び図5(e)は,この分解された図5(b)及び図
5(c)の電圧により圧電性基板52に発生する分極波歪み(弾性波形)を示して
いる。これに対して,図3の40,42,44等は圧電性基板の入力トランスジュ
ーサと出力トランスジューサとの間に発生する各モードの状態を模式的に示すもの
である。本願明細書では,「図5eの第1対称波形は,図3の曲線30に対応す
る。図5dに示された第2対称波形は,図3の波形44及び曲線34に対応す
る。」(甲3号証【0029】)とし,「図4の装置のバンド幅は,図3の括弧
「2」で示された範囲の垂直距離で表される。」(同)と,図3が伝搬波の周波数
特性を示すものであること明示している。
 複数の周波数成分を含む入力を入力用トランスジューサに入力し,固有振
動に基づく分極波を生成し,その分極波による歪み振動から伝搬波を誘起し,誘起
された伝搬波により出力段を駆動すると言う弾性表面波フィルタの基本原理,各伝
搬モードでの伝搬波の波形に関する刊行物1の第2図(c)等の記載を理解してい
れば,分極波による歪みを示す,本願明細書の図5(d)と,2次伝搬波を模式的
に表す図3の44の関係は自ずと理解し得るものである。
(2)拒絶理由1の(2)について
(ア)拒絶理由1の(2)が解消していないという審決の理由は,本願明細書の
図6に示される構成に関して,図7(a)の意味が不明であるというものである
(審決書7頁5行~28行)。
 弾性表面波フィルタは,圧電性基板に設けられた一対の入力電極に交流
信号を与え,一方の電位側の圧電性基板が膨張し,他方の電位側が収縮する現象を
利用するものである。本願明細書においても,「もしトラック1の中の電極58に
加えられる入力電圧が正であるならば,隣接する外側アース電極70は負である。
トラック2では,内側アース電極72も負であり,そして,隣接する電極82は正
である。」(甲3号証【0033】)と解説されている。本願明細書の図6に示さ
れる構成において,交流信号が入力される一対の入力端子の内,一方の入力端子で
ある電極96が正電位のときは,他方の入力端子である電極116は負電位であ
る。本願明細書の図7(a)はこの状態を示すにすぎない。
(イ)拒絶理由1の(2)に関して,審決は,本願明細書の図7の振動モードが
得られる理由が不明であるという(審決書7頁29行~34行)。
 審決は,本願明細書の図5に関して,図5(d)の波形と図3の44で
示される波形の関係を問題にしているものの,同図に関して図5(a)と図5
(b)及び図5(c)の関係,図5(b)及び図5(c)と図5(d)及び図5
(e)の関係は問題にしていない。本願明細書の図4の構成において,実際の駆動
電圧である図5(a)を分解した電圧である図5(b)及び図5(c)と,分解さ
れた各電圧により引き起こされる分極歪み波を示す図5(d)及び図5(e)の関
係が理解し得れば,図6の構成において,実際の駆動電圧である図7(a)を分解
した電圧である図7(b)及び図7(c)と,分解された各電圧により引き起こさ
れる分極歪み波を示す図7(d)及び図7(e)の関係が理解し得ることは明らか
である。
 本願明細書の図7(a)と図7(b)及び図7(c)の関係,図7
(b)及び図7(c)と図7(d)及び図7(e)の関係,及び図7と図3の関係
は,本願明細書の【0031】及び【0032】に明記されている。
(3)拒絶理由1の(3)について
 拒絶の理由1の(3)が解消していないという審決の理由は,請求項3及び
4に係る発明は,発明の詳細な説明には開示されていないというものである(審決
書7頁35行~8頁第6行)。
 弾性表面波フィルタの構成に関して,特開平4-40009号公報(以下
「甲8公報」という。)の第1図は,入力である第1の弾性表面波振動子104と
出力である第2の弾性表面波振動子103を逆相の位置関係とするものを,刊行物
1の第3図は,入力段2F,2Gと出力段2E.2Hを同相の位置関係とするもの
を示している。刊行物1と甲8公報に示されるように,弾性表面波フィルタの構成
において,受信段トランスジューサと駆動段トランスジューサを同相の位置とし,
出力段の受信電極と入力段の駆動電極を対向させ,アース電極同士を対向させる構
造も,両トランスジューサを逆相の位置とし,出力段の受信電極と入力段のアース
電極を対向させ,出力段のアース電極と入力段の駆動電極を対向させる構造も共に
周知である。
 また,甲8公報に示されるように,入力トランスジューサと出力トランス
ジューサの位置関係を任意に設定し,設定された両者の位置関係に依存した位相差
の出力を得ることは周知である。
 本願明細書の【0033】及び【0034】に記載されている図4の構成
と図9の構成の対比,及び【0035】に記載されている図6の構成と図11の構
成の対比を理解し,上記の周知の事項に対する知識を持って図9及び図11を見れ
ば,図9及び図11に記載された構成の動作は理解可能である。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)
(1)刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置する二つのすだれ状
変換器(InterdigitalTransducer。以下「IDT」という。)IDT2FとIDT2Gを入力段
とし,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,スプリアスや特性
劣化の要因となる1次横モードを抑圧して単一モードでの動作とし,横モードでの
基本(0次)モードの動作範囲を拡げ,Q値(判決注・振動子の共鳴の鋭さを表す
量。以下同じ。)の向上を図るという効果を達成するものである(甲7号証4頁右
下欄10行~5頁左上欄10行,5頁左下欄5行~15行参照)。
 これに対して,本件第1発明は弾性表面波装置の外側に位置する第1及び
第2の弾性表面波トランスジューサ,すなわち,刊行物1記載の発明における
IDT2EとIDT2Hを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波トランスジューサ,
すなわち,刊行物1記載の発明におけるIDT2FとIDT2Gを出力段とすることにより,
横方向弾性波として,本願明細書の図3の曲線30で示される「基本対称モード」
と,曲線34で示される「第2対称モード」という複数の伝搬モードを生成し,バ
ンド幅が広く且つQ値が大きい特性を得ることができるものである(甲3号証【0
029】参照)。
 すなわち,刊行物1記載の発明は,1次横モードを抑圧し,基本(0次)
モードのみを発生する領域を広げるものであるのに対して,本件第1発明は,「非
対称モード」を抑圧し,「第2対称モード」の発生を促すことにより,「基本対称
モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら
複数のモードを同時に利用するものである。
 審決が,本件第1発明と刊行物1記載の発明に関して,拒絶理由通知の
「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても動
作は同じである」(審決書5頁末段)との判断を援用したことは明らかな誤りであ
る。また,刊行物1記載の発明において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力
IDTとしたときに,「基本対称モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モ
ードが誘起され,バンド幅とQ値の両方を満足する特性が得られることを示唆する
ものも存在しない。したがって,上記の誤った前提に基づく相違点(b)についての
審決の判断も誤りである。
(2)刊行物1記載の発明は,1次横モードの発生を抑圧し,基本(0次)モー
ドのみが発生する領域を拡大し,基本(0次)モードのみで動作させることを目的
とし,その効果としている。これに対して,本件第1発明は,1次横モードの発生
を抑圧することにより,2次横モードすなわち第2対称モードを積極的に発生さ
せ,基本対称モードと第2対称モードという複数のモードで動作させることを目的
とし,その効果としている。両者は目的も効果も全く異にしており,審決の「上記
刊行物1(特開平3-119816号公報)記載の発明においても,入出力IDTは
1次横モード(上記刊行物1の第10図の10)と結合することはないから,本件
の各発明と同様の効果を有している」(審決書8頁3段)との判断も誤りである。
(3)本件第5及び第6発明も,本件第1発明と同様の動作を行い,同様の効果
を奏する。したがって,本件第1発明に対する判断が誤りであるのと同様の理由に
より,本件第5及び第6発明に対する審決の判断もまた誤りである。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(記載不備についての判断の誤り)について
(1)拒絶理由1の(1)について
(ア)拒絶理由1の(1)は,「図5の(d)が図3の波形44,曲線34に対応
する旨記載(パラグラフ29)されているが,(d)は,その周期を見れば明らかな
ように,波形44とは異なるものである。」というものであり,本願明細書の【0
029】に,「図5dに示された第2対称波形は,図3の波形44及び曲線34に対
応する。」との記載があるからといって,拒絶理由1の(1)で指摘した上記不備が解
消するものではない。
 図5の(d)のような特殊な振動モードは,図3の波形44の第2対称モ
ードではないし,また,このような特殊な振動は,横モードにおいて,存在しな
い。
(イ)原告は,本願明細書の図5(a)に示される第1トランスジューサ54と
第2トランスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)は,図5(b)及び図5
(c)で示される電圧に分解できると主張する。しかし,図5(a)に示される第1ト
ランスジューサ54と第2トランスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)
が,どうして(どういう仕組みで),図5(b)及び図5(c)で示される電圧に分解
できて,直接電圧が印加されてもいないトランスジューサに印加されるのか不明で
ある。
(2)拒絶理由1の(2)について
 拒絶理由1の(2)は,「図7の説明に関し,図7の(a)で「1」と「4」
に正のパルスと負のパルスがそれぞれ印加されるように記載されているが,「1」
と「4」は共通入力バーで接続されていることからすると,このような正負のパル
スの印加はおかしい。」というものである。
 原告は,図7(a)はこの状態を示すにすぎない,などと主張するだけで,
被告の拒絶理由1の(2)に対して答えていない。
(3)拒絶理由1の(3)について
  拒絶理由1の(3)は,「図9,図11の構成は請求項3,4に係る発明に
関するものであるにもかかわらず,明細書にはその動作が説明されていない(図
5,図7に倣った説明をされたい。)。」ということであって,図9,図11の電
極構造を問題にしているわけではない。
 原告は,本願明細書【0033】及び【0034】に記載されている図4
の構成と図9の構成の対比,及び【0035】に記載されている図6の構成と図1
1の構成の対比を理解し,上記の周知の事項に対する知識を持って図9及び図11
を見れば,図9及び図11の構成の動作は理解可能である,と主張する。しかし,
そのような記載は本願明細書にはなく,その主張の根拠が不明である。
 原告のいうように,図4の構成と図9の構成の対比,図6の構成と図11
の構成の対比をしても,図4と図9の構成には違いがあるし,図6と図11の構成
にも違いがある。周知の事項に対する知識を持って図9及び図11を見ても,どう
なるのかは明らかでない。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について
(1)弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとし
ても動作が同じであることについては,特開平4-373304号公報(乙3号
証)にも同様なことが記載されている。また,刊行物1においても,第3図に記載
された実施例では,内側のIDT2FとIDT2Gを入力IDTとし,外側のIDT2EとIDT2Hを出力
IDTとしているものの,刊行物1の特許請求の範囲(3)には,「弾性表面波を伝搬せ
しめる圧電基板上に設けられた2つのグレーティング反射器の間に該2つのグレー
ティング反射器を共用して電気信号を弾性表面波に変換するすだれ状変換器4個が
並列にかつ前記グレーティング反射器の幅の中心線に対して対称に配置され,該中
心線に対して対称の位置にある内側の2つのすだれ状変換器及び外側の2つのすだ
れ状変換器がそれぞれ電気的に並列接続されて一方が入力端子対となり他方が出力
端子対となるように構成された2端子対弾性表面波共振子。」(甲7号証1頁右下
欄16行~2頁左上欄6行)と記載されており,また,刊行物1の4頁右上欄6行
ないし16行にも(発明の構成及び作用)として同様の記載があるから,刊行物1
記載の発明において,内側のIDTと外側のIDTのどちらを入力側とするか出力側とす
るかは限定されておらず,適宜置き換え得ることは明らかである。したがって,審
決において,「上記刊行物1記載の発明において,IDT2F,IDT2Gを出力IDTと
し,IDT2E,IDT2Hを入力IDTとすることは当業者が容易になし得ることにすぎな
い。」(審決書5頁末段~6頁1段)と判断したことに誤りはない。
(2)原告は,本件第1発明では基本対称モードと第2対称モードの複数のモー
ドを生成するのに対し,刊行物1記載の発明は基本(0次)モードのみを発生する
点で,動作が異なるといった趣旨の主張をしているが,本件第1発明の弾性表面波
装置や刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子において,入力IDTを出力IDTとし,
出力IDTを入力IDTとしても,「対称振動モードのみを発生する」という動作に変わ
りがないことは,明らかである(入力IDTと出力IDTを入れ換えて,本願明細書の第
5図のような波形図を書いてみると,対称振動モードしか発生しない。)。
 また,刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子においても,刊行物1の
「第10図からもわかるように単一モード2端子対弾性表面波共振子を実現する場
合,第2図(a)の構成ではガイド幅8が1次横モード10が現れる直前(およそ6
λ0)以下に限られていたものが,第3図(a)の構成とすることにより2次横モー
ド11が現れる直前(およそ20λ0)まで拡張することができ,共振子のQを高
くすることができる。」(甲7号証5頁左上欄4行~10行)との記載及びその第
10図からわかるように,「第2対称モード」は,入力IDTと出力IDTをどちらに
するかによって決定されるものではなく,ガイド幅を20λ0以上としたときに発
生している。すなわち,本件第1発明と刊行物1記載の発明とで動作が異なること
はない。
 なお,本願明細書の請求項1には,「基本対称モード」及び「第2対称モ
ード」あるいは複数のモードといった記述はなく,原告の,本件第1発明は「基本
対称モード」と「第2対称モード」の複数のモードに係るものであるといった主張
は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について
(1)原告は,刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置するIDT2Fと
IDT2Gを入力段とし,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,1次
横モードを抑圧し,基本(0次)モードのみを発生する領域を拡大するものである
のに対して,本件第1発明は,弾性表面波装置の外側に位置する第1及び第2の弾
性表面波トランスジューサを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波トラン
スジューサを出力段とすることにより,「非対称モード」を抑圧し,「第2対称モ
ード」の発生を促すことにより,「基本対称モード」と「第2対称モード」という
複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら複数のモードを同時に利用するもので
あるから,審決が「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入
力IDTとしても動作は同じである」(審決書5頁末段)と判断したことは明らかな誤
りである,と主張する。
(ア)原告が主張する「刊行物1記載の発明は1次横モードを抑圧し,基本
(0次)モードのみを発生する領域を広げるものである」という点に関し,刊行物
1には,以下の事項が記載されている(甲7号証)。
「この欠点を改善するため,第2図(a)に示すように,グレーティング
反射器3の間に2つのIDT(2C),(2D)を弾性表面波伝搬方向に対して並列に配設させ
た2端子対弾性表面波共振子の電極構成を提案している。」(2頁右下欄19行~
3頁左上欄3行)
「第2図(b)は縦方向の振動モードを示し,(c)は横方向(表面波の伝
搬方向に対して直角な方向)の3種類の振動モード9,10,11を示す。9は基
本(0次)横モード,10は1次横モード,11は2次横モードである。」(3頁
左上欄5行~9行)
「また,第9図はガイド幅8と共振子の基本モードのQとの関係を示す
特性図であり,第10図はガイド幅8と横モード9,10,11の共振周波数との
関係を示す特性図である。第10図からわかるように,1次横モード10が現れる
ガイド幅8は約6λ0であり,2次横モード11が現れるガイド幅8は約20λ0
である。高次横モードの現れ方は若干の膜厚依存を示すが,第2図(a)に示す電極
構成に於いて,ガイド幅8が6λ0以上では,必ず,1次または1次と2次の横モ
ードスプリアスが混在することになる。所望の0次(基本)横モード9のみ存在さ
せるためには,ガイド幅8を数λ0以下(・・・)にしなければならない。」(3
頁右上欄19行~左下欄12行)
「弾性表面波を伝搬せしめる圧電基板上に設けられた2つのグレーティ
ング反射器の間に該2つのグレーティング反射器を共用して電気信号を弾性表面波
に変換するすだれ状変換器4個が並列にかつ前記グレーティング反射器の幅の中心
線に対して対称に配置され,該中心線に対して対称の位置にある内側の2つのすだ
れ状変換器及び外側の2つのすだれ状変換器がそれぞれ電気的に並列接続されて一
方が入力端子対となり他方が出力端子対となるように構成されたことを特徴とする
ものである。」(4頁右上欄6行~16行)
「また,第3図(a)の電極構成に於いて,弾性表面波伝搬方向に直角
な方向に対しては,弾性表面波導波路の中心線に対して対称にIDTが配設され,か
つ,対称な位置にある2つのIDTはそれぞれ電気的に接続されているため,入出力
IDTは1次横モード10と結合しない。」(4頁右下欄10行~15行)
「従って,第10図からもわかるように単一モード2端子対弾性表面波
共振子を実現する場合,第2図(a)の構成ではガイド幅8が1次横モード10が現
れる直前(およそ6λ0)以下に限られていたものが,第3図(a)の構成とするこ
とにより2次横モード11が現れる直前(およそ20λ0)まで拡張することがで
き,共振子のQを高くすることができる。」(5頁左上欄4行~10行)
「本発明による単一モードの2端子対弾性表面波共振子は,スプリアス
や特性劣化の要因となる1次縦モード及び1次横モードを抑圧して単一モードすな
わち,縦モード,横モードともに基本(0次)モードの有効利用範囲が拡げられる
ため,単一モード共振子として・・・Qの向上を図ることができると同時に,イン
ピーダンス設計の自由度が大きくなるという著しい効果がある。」(5頁左下欄6
行~15行)
(イ)刊行物1のこれらの記載によれば,刊行物1記載の発明において,スプ
リアスや特性劣化の要因となる1次横モード(本願明細書の第1非対称モード)を
抑圧しているのは,弾性表面波導波路の中心線に対して対称にIDTが配設され,か
つ,対称な位置にある二つのIDTがそれぞれ電気的に接続されているためであり,ま
た,2次横モード(本願明細書の第2対称モード)を抑圧して単一モードとしてい
るのは,ガイド幅8を2次横モード11が現れる直前(およそ20λ0)までに制
限したことによるのであり,これ以上の幅とすれば2次横モードが現れることとな
り,この場合1次横モードは上記のとおり抑圧されているから,複数の対称振動モ
ードを発生する弾性表面波装置となることが認められる。このように,刊行物1に
記載の発明における弾性表面波装置でも,複数の対称振動モードを発生させる構成
とすることは可能であり,入力IDTと出力IDTの関係を逆にすることにより,高次の
対称振動モードが発生したり,発生しなかったりするものではない。したがって,
刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置するIDT2FとIDT2Gを入力段と
し,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,1次横モードを抑圧
し,基本(0次)モードのみを発生する領域を拡大するものではないのであり,原
告の上記主張は失当である(上記のとおり,刊行物1に「該中心線に対して対称の
位置にある内側の2つのすだれ状変換器及び外側の2つのすだれ状変換器がそれぞ
れ電気的に並列接続されて一方が入力端子対となり他方が出力端子対となるように
構成されたことを特徴とするものである。」(4頁右上欄11行~16行)と記載
されているように,内側のIDTと外側のIDTとのうち,どちらを入力側としてもよい
のである。)。
 また,刊行物1記載の発明が,ガイド幅を2次横モード11が現れる直
前までに制限して単一モードとするものであっても,本願明細書の請求項1におけ
る「対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置」であることに変わ
りはない。
 原告が,本件第1発明は,弾性表面波装置の外側に位置する第1及び第
2の弾性表面波トランスジューサを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波
トランスジューサを出力段とすることにより,「基本対称モード」と「第2対称モ
ード」という複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら複数のモードを同時に利
用するものであると主張する点についても,同様の理由により採用することはでき
ない。
 本願明細書の請求項1には,「対称振動モードのみで出力信号を発生す
る弾性表面波装置」あるいは「対称弾性表面波振動のみを生じさせて出力信号を発
生する,弾性表面波装置」と記載されているのであり,刊行物1記載の発明におけ
る弾性表面波装置も,本件第1発明も,対称振動モードのみで出力信号を発生する
弾性表面波装置であるといえるから,この点において,両者の間に差異はない。
  審決が,「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを
入力IDTとしても動作は同じである」(審決書5頁末段)とした判断に誤りはない。
(2)原告は,本件第1発明と刊行物1記載の発明は,その目的も効果も全く異
にしている,と主張する。
  しかし,本件第1発明も刊行物1記載の発明も,不要な(スプリアスの原
因となる)非対称モード(刊行物1では1次横モード)の発生を抑圧するととも
に,Q値の向上を図るという点で,その目的を共通とするものである。また,本件
第1発明により,バンド幅の広い特性が得られるとしても,本願明細書に二つの振
動モード(対称モードと非対称モード)の発生を利用したフィルタが文献名(米国
特許第4060777号明細書)をあげて従来技術として記載されている(甲3号
証【0004】~【0005】)ことからすれば,このような技術は本件優先日当
時の当業者の技術水準を構成するものであると認められるから,高次モードを利用
するか,高次モードを抑えて単一モードとするかは当業者が適宜選択する技術水準
にすぎず,本件第1発明に格別の効果があるとすることはできない。
(3)以上によれば,審決の相違点(b)についての判断に誤りはない。また,本
件第5,第6発明についての審決の判断が誤りであるという原告の主張も同様に理
由がない。
2 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由2には理由がない
から,取消事由1について検討するまでもなく,本件出願を拒絶すべきであるとし
た審決の判断はこれを是認することができ,その違法をいう原告の主張には理由が
ない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及
び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事
訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第3部
       裁判長裁判官    佐  藤  久  夫
          裁判官     設  樂  隆  一
    裁判官    若  林  辰  繁
(別紙)
別紙図面A別紙図面B

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