弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人中西英雄の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、弁護人岩田孝、同鶴見
恒夫の上告趣意は、憲法違反及び判例違反をいう点を含めて、いずれも、その実質
は事実誤認、単なる法令違反、再審事由の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理
由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、同法四一一
条一号、三号により破棄を免れない。その理由は、次のとおりである。
 原判決の維持した第一審判決(以下単に「第一審判決」という。)の認定した事
実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四九年一
〇月二七日午後三時七分ころ、普通乗用自動車を運転し時速約三〇キロメートルで
愛知県常滑市a方面から同市b町方面に向かい同市c字de)fg番地先の自動信
号機の信号により交通整理の行われている交差点にさしかかり直進しようとしたが、
このような場合自動車運転者としては、対面する信号機の示す信号に従つて進行し
衝突等による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠
り、対面信号機が赤色信号を示していたのを無視して同交差点直前で停止せず、同
交差点に進入した過失により、おりから右方道路から青色信号に従つて同交差点に
進入してきたA(当四九年)運転の普通貨物自動車(軽四)の左前部に自車右前部
を衝突させ、その衝撃により同車を右前方に逸走させて分離帯にのりあげさせ、よ
つて、同人に対し加療約七四日間を要する外傷性頸椎症の傷害、同車に同乗してい
たB(当四七年)に対し加療約一三〇日間を要する骨盤骨折等の傷害をそれぞれ負
わせたものである。」というのである。
 これに対し、被告人が第一審公判以来弁解するところは、被告人車が右交差点に
進入する際、その対面信号機の信号(以下「県道信号」という。)は青色を示して
おり、したがつて、A運転の車の対面信号機の信号(以下「国道信号」という。)
は赤色を示していたものであつて、被告人には過失はない、というにある。
 そこで、この点について検討すると、第一審判決の認定に沿う主な証拠としては、
被害者であるAの司法警察員及び検察官に対する各供述調書、同じくBの第一審公
判における証言並びに本件交差点の東南約八〇メートルの地点で本件事故直後の状
況を目撃したという証人Cの第一審公判における証言があり、これらを総合すると
第一審判決の認定は是認しうるようにも思われる。しかしながら、被告人の司法警
察員及び検察官に対する各供述調書、被告人の第一、二審公判における各供述、証
人Dの第一、二審公判における各証言並びに当審において弁護人から提出され原判
決の当否を審査するため公判廷に顕出したEの録音テープ翻訳書と題する書面など
を合わせてさらに検討すると、
 (一)被告人の右各供述によると、「本件事故当時、判示乗用車を運転して本件
交差点に進入しようとした際、県道信号は青色を示していた。自分は、交差点の直
前で、右方を見たところ道路脇に葦が生えていて見通すことができなかつたが、左
方を見ると本件国道上交差点南側に北行の乗用車三台が停車していたので交差点に
進入したところ、右方から進行してきたA運転の車に衝突された。衝突後直ちに県
道信号を見ると、やはり青色を示していた。」というのであり、被告人の右供述部
分は、捜査段階以来終始一貫したものであること
 (二)証人Dの各供述によると、「事故当時、自分は、生コン車を運転し毎時四
〇から四五キロメートルの速度で本件交差点に向つて北進した。その途中で先行す
る乗用車一台があり、さらに乗用車二台に追い越された。そして、本件交差点の手
前約二〇九メートル(司法警察員作成の昭和四九年一二月二八日付実況見分調書見
取図「①」点)付近で前方を見ると本件交差点の国道信号は赤色を示していたので、
信号が青色に変わるのにタイミングを合わせようと思い、本件交差点の手前約九〇
メートル(第一審検証調書の記載参照)にある上り坂の頂上付近までは右の速度で
進行し、坂上からはそれまでの惰力で、かつ、ブレーキを踏みながら徐行した。右
坂の頂上に到達するまでの間に、前記三台の乗用車が本件交差点南側に信号待ちの
ため停車しているのが見えた。坂の頂上を通過し本件交差点の約五〇メートル手前
(前記見取図「②」点)まで進行したところ、本件事故の衝突音を聞き、さらに約
一六メートル進行した地点(同見取図「⑤」点)で停車したが、その際、A運転の
貨物自動車が国道西側の歩道上を進行してきて自分の車のすぐ傍に停止した。自分
の車が坂の頂上を通過した以降においても国道信号が赤色を示していたかどうか及
び乗用車三台が停車しつづけていたかどうかは、はつきりしないが、衝突直後にも
右三台はまだ交差点前に停車していたような記憶もある。」というのであること
 (三)A及びBの前掲各供述によると、右両名はいずれも、衝突当時、国道信号
は青色を示していたというのであるが、衝突直後の状況について、Aは、同人の車
が被告人車と衝突した後、右前方に逸走して国道西側の歩道に乗り上げ、次いでハ
ンドルを左に切ると、自車は、右歩道上を蛇行しながら進み本件交差点南側横断歩
道から約一九・五メートル南方の地点(司法警察員作成の同月一二日付実況見分調
書見取図⑦点)で停止した、その際、前記Dの運転する生コン車が北進してきてい
たが、その手前に乗用車三台が北進してきており、自車が歩道上を蛇行して進む際
これらの乗用車に衝突しそうになつたとの趣旨の供述をし、Bもほぼこれに沿う趣
旨の供述をしていること
 (四)当審公判に顕出した前掲書面によると、被告人の前掲供述にある本件交差
点南側付近に停車していた乗用車三台中の一台の運転者という者が、上告申立後に
現われ、弁護人に対し被告人の右供述に沿う趣旨の供述をしていること
 などが認められ、これらの各供述及び資料を総合すると、本件衝突当時、本件国
道信号は赤色を示しており、かつ、北行の乗用車三台が交差点南側に停車していた
疑いがある、と認められる。第一審の判決は、証人Cの証言によると同人が本件事
故の衝突音を聞いて本件交差点を見たとき交差点には停車中の北行乗用車は存在し
ていなかつたことが認められるから、証人Dが供述する本件交差点南側に停止して
いた三台程の乗用車は衝突事故発生前に発車していたものであると認められるとし、
原判決も同様の見方をしているようである。しかし、衝突直後においても乗用車三
台くらいが本件交差点南側にいたことはA夫妻も供述しているところであつて、こ
の点に関する証人Cの証言は信用しがたく、第一審判決の右のような見方は首肯し
がたい。また、A夫妻は右三台くらいの乗用車は停車していたものではなく進行中
であつたというのであるが、同夫妻の供述する右三台くらいの乗用車がいたという
位置が交差点南側横断歩道に直近の箇所であること及び証人Dの前掲証言によると
右三台の乗用車は衝突時点の相当秒数前に本件交差点南側に到着停車していたよう
であること、などを考慮すると、A夫妻は真実は右三台の乗用車が停車中であつた
のに進行中であつたと供述しているのではないか、との疑いがある。
 以上のとおりであつて、本件衝突当時、被告人車の対面信号機の信号が赤色を示
しており、被告人に信号無視の過失があつたとする第一審判決を維持した原判決に
は審理不尽ないし重大な事実誤認の疑いがあり、これが判決に影響を及ぼすことは
明らかであり、かつ、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ
る。
 よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に
従い、本件を原審である名古屋高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり判決する。
 検察官金吉聰 公判出席
  昭和五四年三月二七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    服   部   高   顯
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    横   井   大   三

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