弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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        主文
  被告人を懲役2年6月に処する。
  未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
  押収してある申込書3通(平成14年押第150号の1ないし3)の各偽
造部分をいずれも没収する。
理由
(犯罪事実)
 被告人は,
第1平成14年4月9日ころ,神戸市長田区A町a丁目b番c号(マンション名
略)において,同所に設置された集合郵便受けのうちVが管理する同人名義の郵便
受けから,神戸市長田区長発行名義の上記Vの戸籍抄本を窃取し
第2 上記Vの名義を冒用して普通預金口座を開設しようと企て,同月22日午後
1時26分ころ,同市中央区B通d丁目e番f号所在のC銀行D支店において,行
使の目的を持って,ほしいままに,同支店備付けの申込書用紙1通のおところ欄に
「神戸市長田区A町a丁目b番」,おなまえ欄に「V」等とボールペンで各冒書
し,もって,V作成名義のお申込書1通(平成14年押第150号の1)を偽造
し,そのころ,同所において,同支店係員Eに対し,上記偽造したお申込書1通を
真正に成立したもののように装って,上記Vの戸籍抄本と共に一括提出して行使し
第3 Xと共謀の上,他人の戸籍抄本等を使用して携帯電話販売代理店関係者を欺
いて,携帯電話機を交付させるとともに,携帯電話通話回線を利用できる契約上の
地位を得ようと企て,同日午後5時ころ,同市須磨区F町g丁目h番i号所在のケ
ー・ディー・ディー・アイ株式会社エーユー関西支社エーユー神戸支店の販売代理
店であるG店において,行使の目的をもって,ほしいままに,上記Xが,同店備付
けのエーユー電話デュアル契約申込書用紙2通の各契約申込者氏名欄に「V」,各
住所欄に「神戸市長田区A町a-b-c(マンション名略)202」,各口座名義
欄に「V」,各口座振替銀行等欄に「C銀行D支店」,「1」,「(口座番号
略)」等とボールペンで各冒書するなどし,その各押印箇所に「V」と刻した印鑑
を押捺し,もって,V作
成名義の上記エーユー電話デュアル契約申込書2通(同押号の2,3)を偽造し,
そのころ,同所において,同店店長Hに対し,上記XがVになりすました上,購入
する携帯電話の通話料金を支払う意思がないのに,あるように装い,上記偽造した
エーユー電話デュアル契約申込書2通を真正に成立したもののように装って,上記
Vの戸籍抄本及び大阪ガス株式会社発行名義の振込人をVとするガス料金等払込金
受入票と共に一括提出行使して携帯電話加入契約を申し込み,上記Hに,真実,V
による携帯電話加入契約の申込みであり,確実に通話料金等の支払いを受けられる
ものと誤信させ,同日午後6時45分ころ,上記Hから同人が管理する携帯電話機
2セット(仕入価格計8万2800円相当)の交付を受けるとともに,同電話機の
各電話番号「090
-○○○○-○○○○」及び「090-××××-××××」を使用し,上記ケ
ー・ディー・ディー・アイ株式会社エーユー関西支社エーユー神戸支店が管理する
通話回線を利用できる契約上の地位を得,もって,人を欺いて財物を交付させると
ともに,財産上不法の利益を得た。
(証拠の標目)(括弧内の数字は検察官の証拠請求番号を示す。)
省略
(補足説明)
1.被告人は,判示第1の事実について,被告人方に誤配された戸籍抄本を横領し
たにすぎず,盗んだものではない,と否認し,弁護人も,これに沿う主張をするの
で,この点についての裁判所の判断を補足して説明する。
2.被告人の弁解内容は,捜査段階から公判にかけて変遷しているが,おおむね,
以下のようなものと解される。すなわち,被告人は,平成14年4月16日か17
日ころ,自分の郵便受けに入っていた郵便物を持ち帰ったところ,その中に,Vの
戸籍抄本が入っていた。すぐに返そうかとも思ったが,何かに使えるのではないか
と考え,そのまま置いておき,同月19日か20日ころ,被告人方に来た「I」に
それを見せたところ,同人は,被告人に,携帯電話機を騙し取るように言い,戸籍
抄本を持って帰った。同月22日,「I」から,上記戸籍抄本の他,V名義のガス
料金等払込金受入票,印鑑等の入った封筒を渡され,V名義の通帳を作成して,と
ばしの携帯電話機を取ってくるよう指示された,というのである。
3.関係各証拠によれば,V宛に区役所から郵送された本件戸籍抄本を被告人が所
持していたことが認められ,被告人も争わないところ,本件戸籍抄本が誤配された
のでなければ,被告人が盗んだものと推認するほかない。
4.Vの供述(甲13,16)によれば,同人が,同年4月にマンションに引っ越
してきて以来,郵便受けの郵便物がひっくり返っていたりして,誰かが取り出そう
としている形跡があったこと,4月9日ころから22日ころまで郵便受けを施錠し
ていなかったことが認められ,また,共犯者であるXの供述(甲26)によれば,
被告人が,エーユーからのはがきを「Vの郵便受けからとってきた。」と言い,騙
し取った携帯電話の1回目の通話料金請求書について,「しゃーないな,また抜い
てくるわ。」「Vのポストに請求書がこうへん。どうしよう。」などと言っていた
ことが認められ,これらの事実からすれば,被告人が,従来からVの郵便受けを物
色して郵便物を窃取することを繰り返してきたことが推認できる。
5.他方,本件戸籍抄本の入手に関する被告人の供述は,捜査の初期段階では
「I」なる人物から受け取ったとし(乙2,3,4),その後,誤配されたものを
横領した(乙8,9,10,11,公判供述),と変遷しており,一貫性がない。
また,戸籍抄本を誤配によって入手したのは,4月16日か17日と述べ(乙9,
11),13日より後であることは間違いないとも述べる(乙9)が,実際に戸籍
抄本が配達されたのは,同月9日ころと認められる(捜査復命書・甲20)こと,
V方では,V本人とその妻が居住していて,おおむね2日に1回の割合で郵便物を
取り出していたこと(Vの供述調書・甲16)に照らすと,被告人の弁解は不自然
である。さらに被告人はガス料金等払込金受入票についても自分が窃取したもので
はない,と述べるが,こ
の供述は前記の共犯者供述と矛盾するほか,他の証拠に照らしても不合理といわざ
るを得ない。
  更に,被告人の「I」なる人物に関する供述は,その出会いや人物像,犯行に
関与したとされる経緯や態様について,捜査・公判を通じてめまぐるしく変遷して
一貫性を欠き,それ自体信用性が疑わしい上,だまし取った携帯電話機2台がいず
れも被告人によって利用・処分されている事実からすれば,「I」なる人物が本件
犯行に被告人を利用する利益は全くなく,被告人の供述は不自然であり,「I」な
る人物の存在を認めるべき客観的証拠も見あたらない(甲33)。むしろ,携帯電
話販売代理店店長の供述(甲1)によれば,被告人が同年2月ころから犯行当日以
前に少なくとも4回は来店して,携帯電話の契約に必要な書類について何度も聞い
ていたことが認められ,被告人自身が,携帯電話機を詐取する計画をそのころから
持っていた事実がう
かがわれる。
  そうすると,「I」なる人物の存在を前提とする被告人の否認供述は,信用す
ることができない。
6.そうしたところ,捜査関係事項照会回答書(甲22,39)によれば,平成1
3年8月から平成14年7月までの1年間で,長田郵便局内全体の通常郵便物の配
達総数は1802万4200通であり,誤配件数は1331件というのであるが,
これは誤配として届出のあった件数であり,実際には,誤配があっても,誤配を受
けた当事者が正当な名宛人のポストに入れ直したり,そのまま放置されたりする例
も少なからずあると思われる上,本件の集合郵便受けの構造上,被告人の102号
室とVの202号室とは縦列に隣り合い,しかも氏名表示がなく部屋番号のみが投
函の際の目印であることなどからすると,見間違う可能性がないとはいえないので
あって,誤配の蓋然性を全く否定することはできない。
  しかしながら,一般的・統計的な誤配率の低さに加え,前記のとおり被告人の
弁解内容自体が到底信用できないことなどの事情を総合的に検討すると,本件にお
いては,誤配の蓋然性が全く否定できないからといって,そのことによって窃盗の
認定に合理的な疑いを生じさせるということはできない。そして,これらの事情
に,関係各証拠を総合すれば,判示第1の窃盗の事実は,十分これを認定すること
ができる。
(累犯前科)
事実
  平成11年2月18日大阪高等裁判所で現住建造物等放火罪により懲役4年に
処せられ,平成14年4月16日その刑の執行終了
証拠
前科調書(乙14)
(法令の適用)
罰       条
  判示第1の行為刑法235条
  判示第2の行為のうち有印私文書偽造の点 同法159条1項
前記行為のうち偽造有印私文書行使の点 同法161条1項,159条1項
判示第3の行為のうち各有印私文書偽造の点 同法60条,159条1項
前記行為のうち各偽造有印私文書行使の点 同法60条,161条1項,15
9条1項
前記行為のうち詐欺の点 同法60条,246条(包括)
科刑上の一罪の処理
  判示第2の行為  同法54条1項後段,10条(一罪として犯情の重い偽造
有印私文書行使罪の刑で処断)
  判示第3の行為同法54条1項前段,後段,10条(一罪として最も重い
詐欺罪の刑で処断。ただし,短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)
累犯加重判示第2及び第3の各罪の刑につき,それぞれ同法56条1項,57
条により再犯の加重
併合罪加重同法45条前段,47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示
第3の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入同法21条
没収同法19条1項1号,2項本文
訴訟費用刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は,被告人がいわゆる「とばしの携帯電話」を取得することを企図し,その
準備として他人の郵便受けから戸籍抄本を窃取し,その名義で申込書等を偽造し,
他人名義の普通預金口座を開設した上,共犯者と共謀して携帯電話の申込契約書を
偽造して,前記の戸籍抄本と共に提出し,携帯電話機2台をだまし取ったという,
窃盗,有印私文書偽造,同行使,詐欺の事案である。
 本件各犯行の動機は,利欲的かつ自己中心的で,酌量の余地は全くなく,その態
様も,戸籍抄本の名義人の年齢に近い若いXを手なずけて犯行に巻き込み,名義人
になりすまさせて,計画的に犯行を重ねたもので,悪質である。また,判示第3の
犯行の財産的被害が軽微とはいえないだけでなく,戸籍抄本や預金通帳という,そ
れ自体高い信用性を有する文書を不正入手した判示第1及び第2の犯行結果も到底
軽視することができないところ,被害者の一人であるV方に1万円を投げ入れよう
とした他は,被告人からの被害弁償はなされておらず,被害者らの処罰感情はいず
れも厳しい。
 さらに,被告人は,捜査段階から「I」なる第三者に責任を転嫁したり,窃盗に
ついて否認するなど,反省の情に乏しく,被告人は前刑の執行終了の前後から直後
にかけて本件各犯行を重ねたもので,その遵法精神は希薄であるといわざるを得
ず,これらの諸事情を考えると,被告人の刑事責任には重いものがある。
 そうすると,被告人は,公判廷で,今後の更生と被害弁償を誓っていることや被
告人の健康状態など,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,主文の刑は
免れない。
(検察官大野雅祥 出席)
平成14年12月18日
    神戸地方裁判所第4刑事部
       裁判官  笹野明義

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