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令和2年12月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成31年(ワ)第296号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日・令和2年10月7日
判決
主文5
1Y1は,Xに対し,11万円及びこれに対する平成30年4月1日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2Xのその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを60分し,その1をY1の負担とし,その余をXの
負担とする。10
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求(令和元年11月25日付け訴え変更申立書による拡張後のもの)
Yらは,Xに対し,連帯して652万5640円及びこれに対する平成30年4
月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。15
第2事案の概要
本件は,A大学医学系研究科(大学院)の博士課程に在籍し,満期退学後は客員
研究員になったXが,指導教員である同科講師のY2により,いわゆるアカデミッ
クハラスメントを含む不適切な指導等がされたことが違法であり,これにより博士
論文を作成できず博士号を取得できなくなって学費が無駄になり,精神的苦痛を被20
った等と主張して,Y2に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,Y1
に対しては国家賠償法1条1項又は使用者責任による損害賠償請求権に基づき,連
帯して損害金652万5640円及びこれに対する不法行為後である平成30年4
月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。25
Yらは,主としてY2のXに対する指導等が違法ではないと主張して,Xの請求
を争っている。
1前提事実
⑴当事者
アXは,平成18年3月にB大学医学部を卒業後,同年4月から平成24年3
月までの医療機関における初期及び後期研修を経て,平成24年4月にA大学医学5
系研究科(以下「本件研究科」という。)の博士課程に入学した。
Xは,平成28年3月に上記博士課程を満期退学し,その後名古屋市内にあるC
に勤務しながら,現在も本件研究科に客員研究員として在籍している。(以上につ
き,甲78,弁論の全趣旨)
イY1(本件当時の名称は国立大学法人A大学)は,国立大学法人法に基づき10
設立された国立大学法人であり,A大学を設置及び運営している。(弁論の全趣
旨)
ウY2は,平成19年4月からA大学医学部附属病院助教,平成25年4月か
ら同病院講師を務め,平成30年5月からは本件研究科呼吸器内科分野の准教授を
務めており,また,平成22年9月から平成27年3月まで及び平成29年1月か15
ら平成30年3月まで間,本件研究科呼吸器内科の医局長を務めていた。
Y2は,平成24年4月にXが本件研究科博士課程に入学した後,Xの指導教員
を担当していた。(以上につき,乙20,弁論の全趣旨)
⑵本件研究科の博士課程等について
ア本件研究科では,博士課程に4年以上在学し,所定の授業科目を履修して320
0単位以上を修得し,かつ,必要な研究指導を受けた上,博士論文の審査及び試験
に合格した者に対し,研究科教授会の議を経て,修了を認定するとされ,修了者に
対して博士の学位が授与される。もっとも,博士論文の審査及び試験以外の修了要
件を満たした者については,満期退学をした上で,その後も客員研究員として本件
研究科に在籍して,博士論文の審査及び試験を受けることができる。(甲2,弁論25
の全趣旨)
イXは,平成28年3月の満期退学時,上記修了要件のうち,博士論文の審査
及び試験以外の要件は満たしていた。(争いがない)
⑶本件研究科呼吸器内科の概要
ア本件研究科呼吸器内科は,本件当時,D教授の下で,Y2を含む講師及び助
教等の10名前後の教員が,30ないし40名程度の大学院生等の指導に当たって5
おり,また,6個程度の研究グループが置かれていた。
Y2は,「E」をテーマとする研究グループ(以下「本件グループ」という。)を
統括しており,おおむね4,5名程度の大学院生が配属されていた。(以上につき,
乙3,20,弁論の全趣旨)
イXは,慢性炎症の線維化と癌化に興味があったことから,博士課程入学と同10
時に本件グループに配属された。Xに前後して本件グループに所属した大学院生及
びその博士課程への入学年月は,大要次のとおりである。(弁論の全趣旨)
平成19年F
平成20年G
平成21年H15
平成22年I
平成23年J
平成24年X
平成25年K
平成26年L20
⑷XとY2との間のメールのやり取り
XとY2は,Xが博士課程3年生であった平成26年11月から満期退学後であ
る平成28年7月までの間,別表記載のとおりのメール(以下,同表番号1のメー
ルを「本件メール⑴」と略記し,同表記載のメールを一括して「本件各メール」と
いう。)のやり取りをした。(甲8,11ないし20の各枝番)25
⑸Xの大学院発表
ア本件研究科では,博士課程の大学院生に対し,博士論文の提出に先立ち,4
年生の12月にそれまでの研究成果をまとめた大学院発表を行わせており,この大
学院発表を行うことを博士課程の修了要件(満期退学要件)としている。また,こ
の大学院発表前の9月に,その抄録を提出させる扱いをしている。(弁論の全趣
旨)5
イXは,平成27年12月,「M」とのテーマで大学院発表(以下「本件大学
院発表」という。)を行った。(乙2,弁論の全趣旨)
⑹本件グループの発表した論文での共著者の扱い
本件グループでは,平成28年4月頃に,Fを筆頭の著者とする「N」との表題
の論文(以下「本件論文」という。)を発表した。本件論文には,草稿段階では共10
著者としてXの氏名が挙げられていたが,正式に発表された論文の共著者からは,
Xの氏名が除外された。(甲70ないし73,弁論の全趣旨)
⑺Xによるハラスメント救済申立て
アXは,平成29年5月18日,A大学ハラスメント防止対策委員会に対し,
同大学ハラスメント防止対策ガイドラインに基づき,Y2を被申立人として,①研15
究プランや博士論文の作成方針について具体的で明確な指示説明がなかったこと,
②研究に関する質問に対して適切な回答がなかったこと,③満期退学後に平日の日
中のカンファレンスへの参加を催促されたこと,④Xが実験に関与した本件論文の
共著者からXの氏名が除外されたことを指摘し,これらがハラスメント行為に該当
するとして,ハラスメント救済申立てをした。20
上記委員会は,X及びY2両名に加え複数名の関係者からの聴き取り調査を行っ
た上,平成30年2月6日,上記①ないし③については,明確にハラスメントと認
定すべき事実はなかったと判断し,上記④については,Xが本件論文の共著者にな
ることが十分想定される程度に実験に寄与しており,Xの同意を得ることなく共著
者からXの氏名を除外した点においてハラスメントがあったと認定した。(以上に25
つき,甲26,32ないし35)
イこれを受けて,A大学は,総長名でY2に対して厳重注意処分をした。(甲
36,弁論の全趣旨)
⑻Xによる公正研究の申立て
Xは,令和元年7月25日に第1回目,令和2年2月3日に第2回目として,A
大学公正研究委員会に対し,本件グループでの研究に不正行為があるとして,公正5
研究の申立てをした。
上記委員会は,第1回目の申立てについては令和元年8月22日に,第2回目の
申立てについては令和2年3月27日に,いずれも本件グループでの研究に不正行
為が存在するとは認められないと判断し,その旨をXに通知した。(以上につき,
甲74,79の各枝番,乙11)10
2争点
⑴Y2がXに対し,いわゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等
をし,これが不法行為上違法と評価されるか(争点⑴・不法行為の成否)
⑵前記⑴の違法行為について,Y1が国家賠償法1条1項に基づく責任を負う
か(争点⑵・国家賠償法1条1項の適否)15
⑶Y1が国家賠償法1条1項に基づく責任を負う場合に,Y2が個人として不
法行為責任を負うか(争点⑶・Y2の個人責任の存否)
⑷前記⑴の違法行為について,Y1が民法上の使用者責任を負うか(争点⑷・
使用者責任の存否)
⑸損害の内容及び損害額がいくらか(争点⑸・損害の内容及び損害額)20
3争点に対する当事者の主張
⑴争点⑴(不法行為の成否)について
アXの主張
Y2は,本件研究科呼吸器内科の講師であり,博士課程の大学院生及び満期退学
後の客員研究員として在籍していたXに対し,指導教員として,良好な環境で研究25
活動を行うことができるよう適切な対応及び必要な措置を講ずべき義務がある。な
お,客員研究員に対しては,博士課程の在籍中に完成させられなかった博士論文の
作成を指導する以上,大学院生であっても客員研究員であっても,Y2が上記義務
を負うことに変わりはない。
医学博士課程の大学院生であっても,それまでの教育課程で自ら本格的な実験及
び研究を行う経験が乏しく,指導教員の指導を仰ぎながら研究活動を進めざるを得5
ないが,Y2は,本件グループにおいて,大学院生に対して十分な指導をしないば
かりか,講師と大学院生という上下関係の下で,仮説の設定及び実験方法の選択に
ついて一方的な指示を出し,カンファレンス等の場面で質問をされても大声で叱責
したり,鼻で笑ったりして適切に回答せず,更には再現性のない不適切な実験を繰
り返し行わせ,実験データの偽造や改ざんを強いるなど,Xを含む大学院生に対し10
て日常的に威圧的な言動をとっていた。
このような本件グループの実態の下で,Y2は,Xに対し,以下のとおり,いわ
ゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等を行い,これによりXの良好
な環境で研究を行う権利を奪っており,これらのY2の行為は,違法行為に該当す
る。15
本件各メールによる質問への対応について
a本件メール⑴
Xは,Y2から,Fが以前に本件グループで実施した,低酸素培養下でH358と
いう肺がんの細胞株のPTENの発現が減弱するとの実験(以下「F実験」とい
う。)を発展させる実験を行うため,F実験の再現及びH358の遊走能の評価検査20
(migrationassay)の実施を指示されていた。
本件メール⑴は,①F実験の再現を試みたが,Fに相談しても再現に成功しなか
ったことから,Y2に対して今後の方針を質問したもの,②H358の遊走能の評価
検査について,通常の時間(4ないし24時間,最大でも48時間)よりも長い時
間(6ないし7日)かけて培養するという方法であったことから,その指示内容の25
当否を確認したものである。
しかし,Y2は,Xに対し,F実験の再現については,同実験が元々再現できな
い実験であるにもかかわらず1年半も再現を続けさせ(なお,その後再現に成功し
たとしてYらが主張するKの実験は,再現に成功したものではない。),また,
H358の遊走能の評価検査については,その方法に問題があったにもかかわらず半
年も実験を続けさせていたが,Xから問題点を指摘されると,あたかもXの無理解5
ゆえに必要のない実験を行っているかのように述べて,これらの実験を一方的に中
止させたものであり,Xの良好な環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法で
ある。
b本件メール⑵
本件メール⑵は,H1299という肺がんの細胞株を用いた実験の評価方法及び肺10
検体の免疫染色方法を質問したものである。
しかし,Y2は,Xに対し,質問に対する回答をせず,全く関係のない内容の返
信をし,その後も回答をせずに放置しており,Xは,肺検体の免疫染色方法につい
ては満期退学後もメールで質問を行わざるを得ない状況にある。また,Xが,H
1299を用いた実験について,カンファレンスで改めて質問すると,Y2は,15
H1299のベクターの廃棄を指示し,その後,その廃棄の指示したことを失念した
質問をするなど場当たり的な対応をとっており,Xの良好な環境で研究を行う権利
を侵害したもので,違法である。
c本件メール⑶
本件メール⑶は,その前日に行われた,平成27年4月から追加される実験に関20
する議論を取りまとめて,Y2に対して確認を求めたものである。
しかし,Y2は,別の実験が重要であると指摘し,Xの記載した確認事項のうち
顕微鏡の変更についてよく分からないと回答するなど,曖昧な対応をした。また,
顕微鏡については,Y2が実験開始時にBZ-9000を使用するよう指示したにもか
かわらず,その3か月後である本件メール⑶がされた時点でconfocalに変更する25
よう指示したもので,このような場当たり的な対応によって実験をやり直さざるを
得なくなり,Xの良好な環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法である。
d本件メール⑷
本件メール⑷は,Y2の指示により,当時博士課程3年生であったXが後輩であ
るLへの指導をしていたが,Lから再現実験ができないとの相談を受け,Y2に対
してLの実験の技術的な問題点について質問したものである。5
しかし,Y2は,質問が多すぎて吟味できない,Xは自身の実験に集中すればよ
い等として回答を拒否し,指導教員としての職責を放棄したもので,大学院生同士
の活発な議論を阻害し,Xの良好な研究環境で研究を行う権利を侵害したもので,
違法である。
e本件メール⑸10
本件メール⑸は,XがY2の指示により平成26年4月頃から6か月程度かけて
作製したベクター(pBSⅡCAG-CAT-GFPPTEN4A)について,時代遅れである
から不要として使用しなかったにもかかわらず,平成27年4月になって,Y2が
別の大学院生に対して同一のベクターの作製を指示したことから,以前作製したベ
クターが使用されなかったことを伝えたものである。15
そもそも,長期間かけて作製させたベクターを安易に使用しないこと自体が違法
なハラスメントである上,Y2は,自ら作製を指示したことを忘れて,Xに対して
一言多いと非難した。ベクターの作製には長期間も要するにもかかわらず,Y2は,
作製の有無やこれを必要とする実験の進捗を確認せず,場当たり的な指示をし,X
の良好な研究環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法である。20
f本件メール⑹及び⑼
本件メール⑹は,本件グループでの顕微鏡のoffset設定(コントラスト調整)
が極端に低く,目標となる光を強調する設定とされており,また,本件グループ内
でも設定にばらつきがあり,統一すべきでないかとの問題提起をしたものである。
しかし,Y2は,関係のない実験手法について述べた上で,同じ条件で撮影できれ25
ばよいとのみ回答し,具体的な条件については回答しなかった。
本件メール⑼は,本件メール⑹の後のXの調査を踏まえ,本件グループでの顕微
鏡のoffset設定について,本件研究科の技術主任及び顕微鏡メーカーからの回答
に照らしても問題があり,更には顕微鏡を使用する際にカバーガラスを用いないこ
との問題も指摘したが,Y2は,この指摘に対して何ら返答しなかった。offset
設定は,本来黒であるべき背景が光の混入などで完全な黒になっていない場合に,5
撮影条件の設置を変更し背景を黒に調節する機能であるところ,本件グループでは,
通常,完全な暗室で顕微鏡を使用しており,外部からの光の混入はなく,背景は黒
になることから,offsetを調節する必要がないにもかかわらず,offset設定を極
端に低くし,目標となる光を強調する設定とされていることは画像の改変に当たる。
これらの顕微鏡のoffset設定及びカバーガラスの不使用の問題は,明らかな研10
究不正であり,これについてY2が何ら対応しないことは,不正がされない状態で
研究を行うXの権利を侵害したもので,違法である。
g本件メール⑺
RNAを増幅する手法としては,RT-PCRとreal-timePCRの二つの方法がある
ところ,本件メール⑺のうち平成27年9月17日のメールは,これらの方法は増15
幅に使用する素材(プライマー)が異なっており,結果が一致するとは限らず,ま
た,RNAごとにプライマーが異なり増幅効率も異なり,RT-PCRでは異なるRNA
間でRNAの多寡を評価するのは不向きであって,RT-PCRの結果に基づいて
real-timePCRの候補を絞り込むという方法があまり一般的ではないことから,Y
2に対し,この方法が一般的かどうかを質問したものである。20
また,本件メール⑺のうち同月28日のメールは,改めて上記方法が一般的かど
うかを質問するとともに,Kの実験結果を踏まえ,本件グループでは通常とは異な
り長期間の細胞培養が行われていることについて質問したものである。
しかし,Y2は,上記方法が当たり前である等と回答するのみで,質問に対して
具体的な回答をせず,また,一般的でないRNAの増幅方法や,長期間の細胞培養25
という再現性のない実験による不正な研究を放置しており,Xの良好な環境で研究
する権利を侵害したもので,違法である。
h本件メール⑻
本件メール⑻は,後輩であるKの行っている実験について,実験の再現性が低い
こと等について質問したものである。
しかし,Y2は,X自身の実験に集中するようにと回答するのみで,上記質問に5
対して何ら回答しなかった。Xの研究が進まない理由の一つは,本件グループで行
われた過去の実験の再現率が極めて低く,これに関する本件メール⑻の質問は,X
の研究にも関わるのであるから,Xの質問に対して回答せず,本件グループでの実
験を見直さないことは,Xが良好な環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法
である。10
i本件メール⑽
本件メール⑽は,①Y2から,博士論文で取り上げることを想定した上で,
「H358のαカテニンのknockout(機能を欠損させること)でインターロイキン
8の発現が亢進する」との仮説での実験を行うよう指示されていたが,実験回数を
増やすうちに発現の亢進に有意差が認められない結果が出たことから,Y2に対し15
て指示を仰いだもの,②RT-PCRの結果に基づいて,real-timePCRの候補を絞っ
て進むという手法に対する疑問があったため,両者の結果が一致していないことを
報告したものである。
これに対し,Y2は,①については,Xには自ら実験対象を選択する権限がない
にもかかわらず,論文を見て亢進性のありそうなものを探せばよい等と述べるのみ20
で,具体的な指示をせず,②については,Xの質問を無視した問題を設定して良く
分からないと回答するにとどまり,代替となる実験について指導を怠り,Xが研究
を行う権利を侵害したもので,違法である。
k本件メール⑾
本件メール⑾は,Y2から,H358の細胞株のαカテニンのみを染色する実験の25
指示を受けていたが,急遽,二重染色をするよう指示を受けたので,二重染色の実
験を改めて行うか否か,行うのであればその方法について質問したものである。
しかし,Y2は,自ら指示した実験であるにもかかわらず,dataの総量による
と回答し,その要否及び方法について曖昧な回答しかせず,Xの研究を滞らせ,X
が良好な環境で研究する権利を侵害したもので,違法である。
l本件メール⑿5
本件メール⑿は,Y2から,博士論文の作成に先立ち,Materialandmethod
(実験材料及び方法を記載したもの)を作成するよう指導されたことから,その内
容について,7つの項目について質問をしたものである。
しかし,Y2は,本件大学院発表で行った部分をコアにするように述べるのみで,
具体的に回答せず,その後も同じ内容の質問をしても明確に回答しなかった。本件10
グループでは,仮説の設定及び実験方法等を指示するのはY2であり,大学院生が
自ら判断して決めていたわけではない。取り分け,Xの博士論文の中核となる
H358のαカテニンのknockoutでインターロイキン8の発現が亢進するとの仮説
につき,当初の3回の実験をもって再現性があると考えてよいかについて明確な回
答がなければ,博士論文の作成は困難であって,このようなY2の指導の懈怠は,15
Xが良好な環境で研究を行う権利を侵害するもので,違法である。
カンファレンスへの出席の強要について
Xは,平成28年4月から,本件グループに客員研究員として籍を置きながら,
Cの呼吸器内科に勤務するようになっていたところ,Y2は,本件グループでは客
員研究員がカンファレンスに出席することがほとんどなく,また,Xからも勤務の20
ため,平日のカンファレンスへの出席が難しいと何度も伝えられたにもかかわらず,
同年11月頃から,Xに対し,同病院の院長に都合を付けてもらった上で,毎週木
曜日のカンファレンスに出席するように強く求め,更には勤務状況を確認する等と
して同病院を訪問するなど不適切な言動をし,これによりXに強いストレスを与え
たもので,このようなY2の対応は,違法である。25
本件論文の共著者からの除外について
Y2は,本件論文の発表に当たり,草稿段階ではXを共著者に加えていたが,正
式な発表に係る最終稿では,共著者からXを除外した。
Xは,本件論文の作成に当たり,実験データ(免疫染色の検体66枚及びウェス
タンブロットの検体39枚)を提供し,そのうち少なくとも2つのデータについて
は本件論文に使用されており,共著者に当然加えられるべきであった。しかし,最5
終稿では,Xが共著者から除外され,謝辞の対象にすらされなかった一方で,実験
に関与していない者を含め,X以外の本件グループの構成員全員が共著者とされて
いた。
このように,Y2がXを本件論文の共著者から除外したのは,Xを疎ましく思っ
ていたからであり,Xに対する嫌がらせの意図でされたもので,違法である。10
カンファレンスの開催連絡からの除外について
Y2は,平成27年7月頃から,Xに対するカンファレンスの開催日程の連絡を
しないようになり,Xは,本件グループの他の構成員から連絡をしてもらわざるを
得なかった。
このように,Y2がXに対してカンファレンスの開催日程を連絡しないことは,15
Xに対する嫌がらせの意図でされたものであり,違法である。
推薦状の作成の拒否について
Xは,本件研究科を卒業後にOのリサーチレジデントとしての就職を考えており,
Oから指導教員2名の推薦状を求められ,これをD教授及びY2に依頼した。D教
授は推薦状を作成したが,Y2は,Xから,D教授とは別に推薦状が必要であると20
の説明を受けたにもかかわらず,確認する等と述べてはぐらかし,結局推薦状を作
成しなかった。これにより,Xは,Oへの就職をあきらめざるを得なくなった。Y
2は,Xから指導教員2名の推薦状が必要である旨の説明を受けたことを否認して
いるが,その主張には変遷があり信用性に欠ける。
このように,Y2は,Xの担当教員として,推薦が相当と判断されれば推薦状を25
作成すべき立場にあるにもかかわらず,Xからの推薦状の作成の依頼を取り合わず,
Xの進路選択を妨害したのであり,このようなY2の行為は,違法である。
実験結果と異なる論文の作成の強要について
Xは,平成27年12月に本件大学院発表において,「細胞上皮におけるαカテ
ニンの発現量の低下はインターロイキン8の産生亢進を誘導し,組織炎症の蔓延に
関与することが示唆された」とする結論を示した。5
この点,Xは,当初の実験では,H358の細胞株のαカテニンのknockout(機
能を欠損させること)でインターロイキン8の発現が亢進するとの結果を得ており,
その前提で,平成27年9月に本件大学院発表の抄録を提出したが,その後,発現
に有意差が生じるか疑義が生じ,Y2に発表を取り消すべきか質問した。しかし,
Y2は,Xに対し,そのまま発表して良いと伝えて,実験結果と異なる本件大学院10
発表をさせた。
その後も,Y2は,Xに対し,実験についての指導を行うことなく,博士論文の
Materialandmethodの作成を求め,その後もインターロイキン8の発現の亢進
について再現性がある内容で作成した博士論文のサンプルを送付して,実験結果と
異なる博士論文の作成を強要した。15
このように,Y2は,再現性がない実験結果について,再現性があることを前提
とする博士論文の作成するよう指導しており,これは不公正な研究を強要し,Xの
良好な環境で研究する権利を侵害するものとして,違法である。
イYらの主張
Y2がXに対してアカデミックハラスメントを含む不適切な指導をし,これらの20
行為が違法であるとするXの主張は,否認ないし争う。
大学院生は,それぞれの専門分野等から,指導教員と協議して研究テーマを決め
ており,大学の施設や設備等の制約がある中で,未知の事実について,各種論文等
の内容を踏まえ,指導教員等と議論を重ねながら仮説を立てて,その仮説を実証し
ていくものであり,実証できない場合には,実験によって得られた知見から新たな25
仮説を見つけ出す等して,研究テーマを随時見直しながら研究実績をまとめていく
ことが求められる。指導教員は,大学院生の研究について,問題点を共有しながら
適宜指導及び助言等を行うが,手取り足取りの指導を行うわけではない。なお,客
員研究員は,大学院生とは身分の異なる研究者であり,大学の施設及び設備を利用
して研究活動を行うことができる恩恵的な地位を有するにすぎず,指導教員による
研究指導の責任の範囲も,大学院生に対するものとは異なり,客員研究員の研究活5
動をサポートすることに限定される。
本件グループでも,D教授及び医局長が個室を有するのみで,それ以外の教員及
び各大学院生は大部屋で作業を行って,週1回の報告会を行う等しており,自由闊
達な意見交換の場が設けられ,また,指導教員とのメールのやり取り以外にも直接
の指導もされている。Y2が大学院生に対して仮説の設定及び実験手法の選択につ10
いて一方的な指示をしたり,大声で叱責したりしたことはなく,不適切な実験や実
験データの偽造等を強いたこともない。Xの主張は,以下のとおり,メールの一部
を都合よく抜き出す等して,Y2の対応の違法をいうものであって,失当である。
本件各メールによる質問への対応について
a本件メール⑴15
本件メール⑴については,Y2が,F実験の再現について,再現ができないので
あれば時間的余裕がないことから再現をしなくてよいと指示したものである。F実
験は,その後Kが再現に成功しており,再現不可能なものではなかった。また,
H358の遊走能の実験についても,Y2は,Xの博士論文に必要な実験として,
H358ではなくH1299を用いた実験を行うべきとの指導を行っており,Xに対す20
る適切な指導がされていて,Y2の対応は,何ら違法ではない。
b本件メール⑵
本件メール⑵についてY2は,メールでの返信ではなく,その後に直接面談して
指導を行っている。メールでの返信は,当該問題や大学院生の理解を確認するには
限界があり,Xのメールでの質問に対して,必ずしもメールで回答をしていたわけ25
ではなく,Y2の対応は,何ら違法ではない。
c本件メール⑶
本件メール⑶については,当該メールを送信する前提として,XとY2が協議を
行っていることが明らかであり,Xに対しては,日常的な議論やカンファレンスの
場において回答している。顕微鏡についても,XとY2との協議に基づき変更され
たにすぎず,Y2の対応は,何ら違法ではない。5
d本件メール⑷
本件メール⑷については,他の大学院生の研究に関する質問であり,また,内容
が具体的な研究結果等を踏まえており,メールで返信をするのが不適当であったか
ら,その旨の回答をしたにすぎず,Y2の対応は,何ら違法ではない。
e本件メール⑸10
本件メール⑸については,Xに対して謝意を述べた上で,ベクターが時代遅れで
あるとのXの指摘に対し,ベクターが繰り返し実験で使用されるものであるから時
代遅れではないと回答した趣旨であり,Xを非難したわけではない。また,長期的
な実験計画を踏まえ,先回りをして作成に期間を要するベクターを備蓄することは
一般的な方法であり,作製されたベクターを使用しないこともあり得るから,Y215
の対応は,何ら違法ではない。
f本件メール⑹及び⑼
本件メール⑹及び⑼のうち顕微鏡のoffset値の設定については,Xに対して考
え方を丁寧に説明しており,また,Xの指摘するoffset値の設定及びカバーガラ
スの不使用については,本件グループで特段問題なく行われており,公正研究委員20
会の調査でも研究不正であるとは判断されておらず,Y2の対応は,何ら違法では
ない。
g本件メール⑺
本件メール⑺については,RT-PCRは1対象3000円と安価であり,これによ
り候補を絞った上で,1対象3万円を要するreal-timePCRを使用するという方法25
は,経済的合理性のある一般的な方法であって,Y2の対応は,何ら違法ではない。
Y2は,その後のカンファレンス等で適切に対応をしている。
h本件メール⑻
本件メール⑻については,Y2が当該大学院生とY2が直接やり取りをして解決
しており,その旨をXにも伝えていて,Y2の対応は,何ら違法ではない。
i本件メール⑽5
本件メール⑽については,日曜日に急遽送信されたメールであり,高度な実験に
ついての質問であったことから,メールでの返信には限界があり,Y2は,Xに対
し,その後の面談等で適切な指導を行っていて,Y2の対応は,何ら違法ではない。
j本件メール⑾
本件メール⑾については,Y2は,Xからの質問に対し,どのような実験をすべ10
きか等について必要な考え方を示しており,Y2の対応は,何ら違法ではない。
k本件メール⑿
本件メール⑿は,Y2が,Xに対し,博士論文の作成のためにmaterialand
methodをまとめるよう指導したもので,これはD教授も行っている重要な作業で
ある。Y2は,X自身で整理できないようであれば,大学で直接指導することも提15
案しており,Xに対して適切な指導をしていて,Y2の対応は,何ら違法ではない。
カンファレンスへの出席の強要について
Y2は,Xに対し,メールでのやり取りには限界があることから,大学に来ても
らい協議を行うことを提案したにすぎず,毎週カンファレンスに参加するよう強要
していない。また,Cへの訪問も,Y2が医局長としてXの労働環境を確認する趣20
旨で行ったものにすぎない。
本件論文の共著者からの除外について
本件論文は,草稿段階ではXの提供する実験データが使用されていたが,その後
に査読者から指摘を受けて,大きな改変及び追加の実験が必要となり,他の大学院
生の協力の下で作成し直したものである。Y2は,オーサーシップに関する考え方25
に基づいて,Xは共著者から外れるという判断をしたにすぎず,Xに対する嫌がら
せ等の意図はなかった。
カンファレンスの開催連絡からの除外について
Y2のXに対するカンファレンスの開催連絡が誤って漏れていた可能性はあるが,
Y2にはXに対する嫌がらせ等の意図はなかった。そもそもカンファレンスの開催
連絡は,毎回Y2からのメールがされるわけではなく,口頭で説明したり,本件グ5
ループの構成員で調整してもらったりする等の方法があり,Y2からXに対する連
絡が一方的に断たれていたわけでもない。
推薦状の作成の拒否について
Y2は,研究室の長であるD教授が推薦状を作成すべきであり,自身は作成すべ
きでないと考えて,Xに対してD教授に相談するよう指示したにすぎず,Xに対す10
る嫌がらせ等の意図はなかった。Y2は,Xから,指導教員2名の推薦状が必要で
ある旨の説明は受けていなかった。
実験結果と異なる論文の強要について
Y2は,Xに対し,一貫して再現性のない実験データを使用しないよう指導して
おり,不公正な研究の指示はしていない。Xの指摘するメールは,有意差があるこ15
とを確認した実験結果を使用して大学院発表を行い,併せて更に必要な追加研究を
指示したにすぎないし,サンプルの送付も,飽くまでサンプルであって,そのとお
りの博士論文の作成を強制するものでもなく,不適切な指導ではない。
⑵争点⑵(国家賠償法1条1項の適否)について
アXの主張20
国立大学法人は,国立大学法人法によって設置され,従前国の有していた国立大
学に関する権利義務を承継しており,法人の人事,業務運営及び財務等について国
による一定の関与があり,法人の役員等は刑事罰の適用上公務員とみなされること
等からすると,Y1は国家賠償法1条1項の公共団体に,その教員は同項の公務員
にそれぞれ該当する。また,国立大学の教育活動は,公権力の行使に該当するから,25
Y2によるXに対する指導も公権力の行使に該当する。
したがって,Y1は,前記⑴アのY2による違法行為について,国家賠償法1条
1項に基づく損害賠償義務を負う。
イYらの主張
Xの主張は,否認ないし争う。
⑶争点⑶(Y2の個人責任の存否)について5
アXの主張
国家賠償法1条1項により公共団体が損害賠償責任を負う場合は,公務員個人に
は損害賠償責任が認められないのが原則とされている。しかし,国立大学法人法3
5条は,独立行政法人通則法51条を準用しておらず,国立大学法人法19条の適
用がある場合を除いてみなし公務員とはされていないこと,国立大学について,私10
立大学と学生との間の在学契約と比較して差異はないこと,国立大学の教員による
教育研究活動については,警察官等のように公権力を行使するに当たっての萎縮効
果を考慮する必要がないことから,国立大学の教員の違法行為については,国立大
学法人が国家賠償法1条1項による損害賠償責任を負う場合であっても,民法の使
用者責任と同様に,当該教員個人の損害賠償責任が認められるべきである。15
したがって,Y1が国家賠償法1条1項により損害賠償責任を負う場合であって
も,Y2も不法行為責任を負うというべきである。
イYらの主張
Xの主張は,争う。Y1が国家賠償法1条1項により損害賠償責任を負う場合は,
公務員個人であるY2が損害賠償責任を負うことはない。20
⑷争点⑷(Y1の使用者責任の存否)について
アXの主張
Y2は,Y1の被用者であり,前記⑴アのY2の違法行為は,Y1の業務の執行
について行われたものであるから,Y1は,上記違法行為について使用者責任を負
う。25
イYらの主張
Xの主張は,否認ないし争う。
⑸争点⑸(損害の内容及び損害額)について
アXの主張
Xは,前記⑴のY2の違法行為により,以下の損害を被った。
学費相当額214万2400円5
Xは,Y2の違法行為により博士号の取得が困難となり,本件研究科博士課程に
入学した目的を達成できなくなったのであるから,A大学に支払った4年分の学費
相当額214万2400円相当の損害が生じた。
慰謝料300万円
Xは,Y2の違法行為により精神的苦痛を受けており,これに対する慰謝料とし10
ては300万円を下回らない。
弁護士費用51万4240円
Xは,本件訴訟の提起及び追行をX訴訟代理人弁護士に委任せざるを得ず,その
弁護士費用相当の損害は,51万4240円が相当である。
再現実験費用86万9000円15
Y2の前記⑴の違法行為は,Y2による研究不正に関してXが質問したことを契
機としてされており,その違法行為の立証のためには,Y2の研究不正を明らかに
する必要があるところ,Xは,外部の研究機関に委託して,本件グループで実施さ
れた実験の再現実験を行わざるを得なかった。したがって,この委託費用86万9
000円も損害として認められるべきである。20
合計652万5640円
イYらの主張
Xの主張は,否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1争点⑴(不法行為の成否)について25
XはY2の各行為を挙げて,これらがいわゆる
アカデミックハラスメントを含む不適切な指導等であり,これによりXの良好な環
境で研究を行う権利を奪ったものであって,上記各行為が違法行為に該当すると主
張する。
いわゆるアカデミックハラスメントとは,研究及び教育機関における教員等の優
位な立場にある者から学生等の劣位な立場にある者に対してされる,ハラスメント5
行為の一つであり,ハラスメントの受け手である学生等の人格権等の権利利益の侵
害になり得るものであるが,他方で,学生等に対する教育上の見地から,教員等に
は研究教育上の一定の裁量が認められるところであり,教員等の学生等に対する言
動が不法行為法上の違法行為に該当するかは,両当事者の立場及びその優劣の程度
のほか,当該行為の目的や動機経緯,立場ないし職務権限等の濫用の有無,方法及10
び程度,当該行為の内容及び態様並びに相手方の侵害された権利利益の種類や性質,
侵害の内容及び程度等の諸事情を考慮して,当該行為が教員等の学生等に対する研
究教育上の指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠く行為といえるか
どうかにより判断するのが相当と解される。このことは,大学院の博士課程に在籍
する大学院生であっても,博士課程修了後の客員研究員として在籍する者であって15
も変わらないと解される。
以上を踏まえて,Xが問題とする各行為について,個別に検討する。
⑴XとY2のメールのやり取りについて
ア本件メール⑴(平成26年11月30日)について
Xは,本件メール⑴について,F実験が再現不能な実験であり,H358の遊20
走能の評価実験も培養期間に問題がある実験であって,いずれも不適切な実験であ
ったにもかかわらず長期間続けさせ,Xから問題点を指摘されると一方的に実験を
中止させて,これによりXの良好な環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法
であると主張し,これに沿うX本人供述等もある(甲78,X本人[9~13頁])。
証拠(甲77の各枝番)によれば,F実験は,XがFに対して再現方法等に25
ついて助言を求め,Fも,自ら再現を試みたが成功せず,再現できない原因も不明
であるとXに伝えたことが認められる。しかし,生物医学分野の実験結果は,当然
再現性を有することが求められるものの,他方で,再現を試みたとしても条件次第
では結果が変わり得るものであり,F自身も再現できなかったからといって,F実
験が直ちに再現不能であると断定できるわけではない。この点,Y2は,その後に
KがF実験の再現に成功したと主張して,その成果を提出し(乙9),これに対し5
てXがKの再現が成功とはいえないと主張していて,その評価については当事者間
に争いがあるが,少なくともX以外の大学院生にも再現を試みさせていることに照
らせば,Y2が,F実験が再現困難であることを認識しながら,Xに対し,悪感情
に基づいて同実験の再現を指示したとは認められない。また,XがF実験の再現を
1年半継続した点についても,その間のXとY2間でのやり取りは本件証拠上明ら10
かではなく,Xが1年半継続することを強要していたと認めるに足りる証拠はない。
H358の遊走能の評価実験に係る培養期間については,これを3日間や6日
間として行われた実験に係る論文も公表されていることが認められ(甲9の2),
Y2の指示した6ないし7日間の培養がおよそ非科学的なものであるとも認められ
ない。また,XがH358の遊走能の評価実験を継続していたことについても,Y215
が実験の継続を強要していたと認めるに足りる証拠はない。
本件メール⑴は,Xが博士課程3年生であった平成26年11月にされてお
り,大学院発表やその後の博士論文の作成に要する残余期間を考えると,Y2がX
に対し,Xにおいて成果を上げる見通しがなかった実験を中止させた趣旨と解する
ことが可能である。20
確かに,本件メール⑴のY2の返信は,それまでXが行った実験について,博士
論文の作成に必要ではないとするのみで,何故必要ないかを明確に伝えているわけ
ではなく,その文面からすれば,Xにおいて,長期間続けた実験を理由なく中止さ
せられたとの不快感を抱くこともあり得るとはいえるが,それと同時に,Y2は,
Xに対してH1299のαカテニンの実験を行うよう指導しており(甲8の2,1125
の1),Xに対するその後の指導を継続せずに放置したとも認められない。
したがって,本件メール⑴に係るY2の指導は,Xに対する悪感情に基づき,
不可能な再現実験や非科学的な実験を強要したとは認められず,Y2がXに対し博
士論文の作成指導とは無関係に一方的に実験を中止させたとも認められない。また,
本件メール⑴に係るY2の返信は,Xに不快感を抱かせたというにとどまり,それ
までの実験で成果が挙げられなかったとしても,生物医学分野の実験という性質上5
やむを得ない面もあるのであって,Xに具体的な権利利益の侵害が生じたとも認め
られず,Y2による本件メール⑴に係る対応が違法であるとは認められない。
イ本件メール⑵(平成26年12月15日)について
Xは,本件メール⑵について,H1299の細胞株を用いた実験の評価方法及
び肺検体の免疫染色方法を質問したが,Y2が回答せずに放置し,更にはXがカン10
ファレンスで改めて質問すると,H1299のベクターの廃棄を指示したが,その指
示を失念するなど場当たり的な対応をとり,これによりXの良好な環境で研究を行
う権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供述等もある
(甲78,X本人[13~14頁])。
この点,Y2は,本件メール⑵のXの質問について,翌日医局で説明しよう15
としたが会うことができなかったため,メールでは朝から顔を見かけておらず,顔
を出すようにとのみ返信し,その後Xと会って直接説明をした旨供述する(Y2本
人[4~5頁])。
Xの上記質問は,研究内容に関する多岐にわたる質問であり,指導教員であるY
2としては,教育上直接対話をして解決すべきであり,メールでやり取りをするの20
が相当でないと判断することも十分あり得る内容といえ,メールで直ちに返信をし
なかったことが不相当とは認められない。また,本件メール⑵は,Y2からの従前
の指導内容の確認を求めるものであり,これに対してY2も敢えて医局に出向くよ
う求めていることに照らすと,Y2の供述するとおり,Y2がXに対して直接面談
をした上で上記質問に対応したものと推認され,これと異なるX本人供述等は,採25
用し難い。
また,Xは,H1299を用いた実験に関して改めてカンファレンスにおいて
質問すると,Y2から説明がなく,むしろ製作したベクターを廃棄させられたと供
述する(X本人[13頁])。Y2が廃棄を指示したとする理由は明らかでないが,
本件メール⑵のXの質問中にも廃棄に言及する部分があり,それまでのXとY2と
のやり取りで,H1299の廃棄に関する議論がされていたと窺われることからすれ5
ば,仮に廃棄を指示したのであれば,全く理由なしに廃棄を指示するとは考え難い
(なお,破棄することに理由があっても,指導教員としては,Xがその点を納得し
ていないことを感じとり,説明することが適切であったとはいえる。)。また,Xは,
肺検体の染色方法について満期退学後もメールで質問を継続せざるを得ない状況で
あったとするが,当該メール(甲21の4の⑥)は,評価方法に関する文献の提示10
を求めるものであり,本来,この種の文献の調査及びその調査結果を踏まえた実験
の要否及び内容は,研究を行う大学院生側が行うべき事項ともいえるし,Xは,併
行してそれ以外の研究を行っていたというのであり(X本人[13~14頁]),他
に,Y2から文献の提示がなかったことによりXの博士論文の作成が遅滞したこと
を認めるに足りる証拠はなく,具体的な権利利益の侵害が生じたとも認め難い。15
したがって,本件メール⑵に係るXの質問について,Y2がXに対して回答
せずに放置したことが違法であるとするXの主張は,その前提を欠くものであり,
Y2の指導が場当たり的であるとする部分も,指導方法として適切であったかとい
う問題はあり得るとしても,不適切な指導がされたことによりXに具体的な権利利
益の侵害が生じたとも認められず,Y2による本件メール⑵に係る対応が違法であ20
るとは認められない。
ウ本件メール⑶(平成27年3月31日)について
Xは,本件メール⑶について,前日の議論を取りまとめて確認を求めたが,
Y2から別の実験が重要である,顕微鏡については変更がよく分からない等と曖昧
な対応をされ,また,Y2から指示された顕微鏡について,実験開始から3か月間25
も経過した後に変更を指示され,場当たり的な対応によって実験をやり直さざるを
得なくなり,これによりXの良好な環境で研究を行う権利を侵害したもので,違法
であると主張し,これに沿うX本人供述等もある(甲78,X本人[14~15
頁])。
しかしながら,本件メール⑶は,XがY2に対し,前日の議論を取りまとめ
て確認を求めたにすぎず,これに対するY2の返信も,その文面に照らしてXに対5
する何らかの悪感情を伴うものとも認められない(但し,指導教員としては,Xが
報告した前日の協議内容について,自分の認識と異なる点があったのであれば,指
導上,何故認識の齟齬が生じているのかについて注意を払うべきであったとは思わ
れる。)。この点,Xは,Y2から別の実験(SiRNAの実験)が重要であると曖昧
な指示をされたというが,そうであれば,Y2に対して再度確認をすれば足り,Y10
2の返信によってXに何らかの不利益が生じたとも認められない。
また,実験に使用する顕微鏡について,Xは,Y2から実験開始の数か月前に
BZ-9000を使用するよう指示されたと供述するが(X本人[14~15頁]),Y
2はその指示を否定し,本件メール⑶についても,従前Xが使用していたBZ-
9000よりconfocalを使用した方がよいと勧めたにすぎないと供述するところであ15
り(Y2本人[9頁,28~29頁]),他にY2がBZ-9000の顕微鏡の使用を指
示したことを的確に示す証拠はない。
したがって,本件メール⑶に係るY2の返信は,Xに対する悪感情に基づい
て曖昧な返答をし,これにより具体的な権利利益の侵害が生じたとも認められない
し,場当たり的に顕微鏡の変更を指示したとも認められないのであって,Y2の上20
記対応が違法であるとは認められない。
エ本件メール⑷(平成27年4月7日)について
Xは,本件メール⑷について,Xが,Y2から求められた後輩に対する指導
を行うために,Y2に対して質問をしたにもかかわらず,これ対する回答を拒否し,
これにより大学院生同士の活発な議論を阻害し,Xの良好な研究環境で研究を行う25
権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供述等もある(甲
78,X本人[15~16頁])。
しかしながら,本件メール⑷に係るY2の返信は,Xは自らの研究に注力す
ればよく,本件グループの後輩に対する指導も技術的な助言で足り,研究内容の当
否にわたる指導をする必要はないとするものである。本件メール⑷は,平成27年
4月にされたもので,その文面に照らしても,博士課程3年生であったXに博士論5
文の作成に必要な実験に注力すべきとするにとどまり,Xに対する悪感情に基づき,
又は他の大学院生との議論を妨げる等の目的でされたとは認められない。
また,確かに,本件研究科では,いわゆる屋根瓦方式と称する,指導教員の指導
監督の下で先輩の大学院生が後輩の大学院生に対する指導を行っており,Y2もそ
れを推奨していたと認められるが(甲51,52,乙5,Y2本人[10頁],弁10
論の全趣旨),Y2は,大学院生には実験の経験があることから,後輩に対し,実
験手技について適切なアドバイスをすることを期待していたものであって,研究内
容や研究方針についてアドバイスをすることを求めたものではなかった(Y2本人
[10頁])。このような指導方式の実施の可否及び内容・程度については,専ら指
導教員の教育的な見地からの裁量に属するといえ,Y2がXに対して後輩の研究に15
ついて対応せず,自らの研究に注力するよう指示したことが不適切であるとはいえ
ない。また,当該質問が別の大学院生の研究に関するものである以上,Xに対して
直接回答しなかったことが不適切であるともいえない。
したがって,本件メール⑷に係るY2の返信は,Xに対する悪感情等に基づ
くものではなく,その内容も,指導教員としての教育的見地からの裁量の範囲内の20
ものであり,Xに対して直接回答をしないことも不適切ではなく,違法であるとは
認められない。
オ本件メール⑸(平成27年4月24日)について
Xは,本件メール⑸について,自らベクターの作製を指示したことを忘れて,
Xに対して一言多いと非難するとともに,ベクターの作製には長期間も要するにも25
かかわらず,作製させたベクターを使用せず,また,作製の有無やこれを必要とす
る実験の進捗を確認せずに場当たり的な指示をし,これによりXの良好な研究環境
で研究を行う権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供述
等もある(甲78,X本人[16~17頁])。
しかしながら,ベクターとは,特定の遺伝子を細胞に入れ込むための道具で
あり,その作製には少なくとも1ないし2か月程度を要するもので,本件グループ5
では将来行う実験の見通しを踏まえて事前に作製して備蓄することがあったと認め
られ(Y2本人[11頁],弁論の全趣旨),このようなベクターの作製の段取りに
照らすと,Xの作成したベクターが使用されなかったこと自体が不適切であるとは
認められず,Y2がXに対し,悪感情等に基づいて不必要にベクターを作製させた
ことを認めるに足りる証拠もない。Y2がXに対し,Xの作製したベクターを時代10
遅れと述べたかについては,Y2が本件メール⑸でも否認しており(甲14の2),
他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
また,本件グループでは,教員及び大学院生がそれぞれの研究に必要な実験を行
っており(乙20),本件グループを統括する立場のY2において,実験材料であ
るベクターの備蓄状況の詳細についてまで常に把握しておくべきとも認め難く,本15
件メール⑸のようなベクターの備蓄の誤解から生じるやり取りがされることもやむ
を得ないといえる。確かに,本件メール⑸のY2の返信のうち,「一言多し」との
文言は,Xに対する嫌味として述べられたと解するほかなく,自ら作製したベクタ
ーの存在を看過されたXが不快感を抱くのも当然とはいえるが,そのような措辞が
繰り返されたわけでもなく,これによりXに具体的な権利利益の侵害が生じたとも20
いえない。
したがって,本件メール⑸に係るY2の返信やXの作製したベクターの取扱
いは,本件グループにおけるベクターの作製手順に照らして不適切な内容とはいえ
ず,これによりXに具体的な権利利益の侵害が生じたとまでは認められないのであ
って,Y2の対応が違法であるとは認められない。25
カ本件メール⑹(平成27年5月15日)及び本件メール⑼(同年9月28
日)について
Xは,本件メール⑹及び⑼について,本件グループ内での顕微鏡のoffset
設定及びカバーガラスの不使用について問題提起をしたが,Y2が具体的な回答を
せず,また,これらは明らかな研究不正であって,不正がされない状態で研究を行
うXの権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿う証拠(甲56ない5
し58,78,X本人[17~19頁])もある。
しかしながら,本件メール⑹では,Y2は,X及びLに対し,Lの行ってい
る実験に関する指導とともに,顕微鏡の設定について同じ条件であればよいと回答
しているのであって(甲15の2),何ら回答していないわけではない。
この点,Xは,顕微鏡のoffset値は本来ゼロとすべきであり,これを極端に下10
げることは画像の改変に当たることや,カバーガラスの不使用が不適切であると主
張し,これに沿う証拠(甲56ないし58)を提出する。しかし,これらの証拠は,
本件研究科医学教育研究支援センター分析機器部門のP及び機器メーカーの意見が
述べられているものであり,これと異なる方法を採用することが実験手法として許
容されないとまでは認め難く,前提事実⑻に係る公正研究委員会の報告でも,本件15
グループでの顕微鏡のoffset値の設定及びカバーガラスの不使用が研究不正であ
るとは認定されていない(甲79の各枝番,乙11)。
また,本件メール⑹及び⑼や,その後XがY2に対して送信したメール(甲5
8)は,XがY2に対して顕微鏡のoffset値やカバーガラスの不使用について問
題提起をしたにとどまり,Y2がXに対し,直接的に不正な研究を強要したわけで20
もない。仮にY2がXの上記問題提起に対応していないとしても,このことによっ
てXに具体的な不利益が生じたとも認められない。
したがって,本件メール⑹及び⑼に係るY2の返信や,その後の顕微鏡の使
用方法に関する対応は,Xに対して研究不正を強要するものではなく,Xに具体的
な権利利益の侵害が生じたとも認められないから,Y2の対応が違法であるとは認25
められない。
キ本件メール⑺(平成27年9月17日ないし同月29日)について
Xは,本件メール⑺について,本件グループで採用されていたRT-PCRの
結果に基づいてreal-timePCRの候補を絞るという方法や,長期間の細胞培養が
行われていることがいずれも一般的ではないことから,その当否について質問した
が,Y2が具体的な回答をせずに研究不正を放置し,これによりXの良好な環境で5
研究する権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供述等
(甲78,X本人[18~19頁])もある。
しかしながら,Y2は,本件メール⑺において,RNAの増幅方法について,
PCRの原理及びコストが約10倍かかることを挙げて,RT-PCRの結果に基づい
てreal-timePCRの候補を絞るという方法が当たり前であると述べ,同旨の供述10
をする(乙20,Y2本人[37頁])。大学院における実験研究は,予算による制
約がある以上,Y2の説明するように費用対効果を考えて高額な費用を要する実験
の対象を絞り込むという方法も,本件グループでの実験研究の在り方の一つとして
合理性を有するといえる。
Xの指摘する長期間の細胞培養については,その適否について当事者間に争いが15
あるが,長期間培養がおよそ非科学的なものであるとは認められないことは,メー
Y2が質問に対応しなかったとする点については,Y2は,メールで書いたとお
り,カンファレンス等で対応したと主張し,その旨の陳述をしており(乙20),
同陳述が信用性に欠けると指摘できる特段の点はなく,また,仮にY2がXの問題20
提起に対応していなかったとしても,そのことによってXに具体的な不利益が生じ
たとも認められない。
したがって,本件メール⑺に係るY2の対応のうち,RNAの増幅方法に対
する回答及び細胞培養の方法については,特に不適切な内容や方法であるとは認め
られず,仮に,Y2がXの質問に対してカンファレンス等において対応しなかった25
としても,そのことにより,Xに具体的な権利利益の侵害が生じたとは認められな
いから,Y2の対応が違法であるとは認められない。
ク本件メール⑻(平成27年9月18日)について
Xは,本件メール⑻について,Kの実験の再現性が低いこと等について質問
したが,Y2が何ら回答せず,また,本件グループで行われた過去の実験の再現率
が極めて低いという問題についても対処をせず,Xが良好な環境で研究を行う権利5
を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供述等(甲78,X本
人[19~21頁])もある。
しかしながら,Y2は,本件メール⑻において,Kに対してはY2が自ら対
応するとし,Xは自己の実験が進捗しておらず,それに注力してほしいと回答して
いる。これは,前記エ(本件メール⑷)と同様,先輩の大学院生が後輩の大学院生10
に対する指導を行うべきかについては,専ら指導教員の教育的な見地からの裁量に
属するといえ,Y2が上記回答をしたことが不適切であるとはいえない。
また,Xは,本件グループでの実験の再現率が極めて低いという問題に対処しな
かったと指摘するが,本件メール⑻は,飽くまでKの実験で生じた問題を指摘する
にとどまり,本件グループ全体の実験研究の在り方についての問題提起がされたも15
のとまでは読み取れないし,,Xに具体的な不利
益が生じたとも認められない。
したがって,本件メール⑻に係るY2の対応が不適切な内容であるとは認め
られず,Xに具体的な権利利益の侵害が生じたとも認められないから,Y2の対応
が違法であるとは認められない。20
ケ本件メール⑽(平成27年10月25日)について
Xは,本件メール⑽について,①博士論文で取り上げることを想定した仮説
に沿わない実験結果が出たことから,Y2に対し指示を仰いだが,論文を探索する
よう求めるのみで具体的な指示をしなかった,②RT-PCRの結果に基づいてreal-
timePCRの候補を絞って進むという手法について疑問があり,両者の結果が一致25
しないことを報告したが明確な対応をせず,代替となる実験についても指導を怠り,
Xが研究を行う権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿うX本人供
述等(甲78,X本人[2~4頁,21~22頁])もある。
しかし,本件メール⑽は,Xの実験研究に関する具体的な質問であり,メー
ルで直ちに回答することは困難な内容であったと認められる。また,本件メール⑽
の質問内容は,Xの博士論文の作成に直結する内容であり(乙2,弁論の全趣旨),5
仮に想定した仮説に沿わない実験結果が生じたのであれば,Xが自ら関連論文を探
索したり,実験の条件を見直したりし,更には実験結果を踏まえて別の仮説を検討
する等の代替的な研究を主体的に進めることが求められるといえる。Y2から具体
的な指示がなかったとするXの主張は,博士課程の大学院生の研究姿勢として相当
でなく,Y2から具体的な指示がなかったとしても,Y2の対応が指導教員の指導10
の在り方として著しく不適切であるとは認め難い(Y2が,X自身で検討すべきこ
とであると考えたのであれば,単に具体的な指示をしないのではなく,自ら検討す
るように指導するのが適切であったとは言い得る。)。
Xは,RT-PCRの結果に基づいてreal-timePCRの候補を絞って進むという手
法について疑問があり,両者の結果が一致しないことを報告したとする。しかし,15
本件メール⑽の文面からは,両者の結果が一致しないことが報告されるにとどまり,
上記疑問が明確に提起されているとは読み取れない。また,前記キ(本件メール
⑺)で説示したとおり,Y2は,専ら費用対効果の観点から,RT-PCRの結果に基
づいてreal-timePCRの候補を絞るという方法を採るべきであると考えており
(なお,Y2は,本件メール⑽でも予算不足について言及している〔甲18の20
2〕。),いくらXが両者の結果が異なると指摘しても,議論がかみ合わない状況に
陥っているのであって,これ以上Y2がXの質問に対応すべき義務があったとも認
められない。
したがって,本件メール⑽に係るY2の対応が著しく不適切な内容であった
とは認められず,違法であるとは認められない。25
コ本件メール⑾(平成27年11月9日及び同月10日)について
Xは,本件メール⑾について,Y2から指示を受けたH358の細胞株の二重
染色について,改めてその実施の要否及びその方法を質問したが,dataの総量に
よると回答し,その要否及び方法について曖昧な回答をし,Xの研究を滞らせ,X
が良好な環境で研究する権利を侵害したもので,違法であると主張し,これに沿う
X供述等(甲78,X本人[21~22頁])もある。5
しかし,XがY2から曖昧な指示をされたのであれば,Y2に対して再度確
認をすれば足りるものである。また,Xは,本件メール⑾中のY2の返信に記載さ
れたαカテニン及びE-cadherinに関して,平成27年12月10日付けで作成し
た「すべきことリスト」との資料中に,「前回カンファにてα-cateninとE-cadで
二重染色し評価を,との方針」とした上で,その実験結果を記載しており(乙110
4),本件メール⑾がされた後に,XとY2との間で二重染色に関してやり取りが
され,その後実験が進められたと認められ,Y2が曖昧なメールを送信したまま放
置し,これによりXの実験研究が遅滞したとも認められず,Xに何らかの現実的な
不利益が生じたとも認められない。
したがって,本件メール⑾に係るY2の返信は,その後の指導も含めてみれ15
ば不適切な内容の指導であったとは認められず,Xの実験研究の遅滞など,Xに現
実的な権利利益の侵害が生じたとも認められないのであって,Y2の対応は,違法
であるとは認められない。
サ本件メール⑿(平成28年7月25日及び同月26日)について
Xは,本件メール⑿について,Y2から作成を指示されたMaterialand20
method(実験材料および方法について記載したもの)についての質問をしたが,
Y2は,本件大学院発表で行った部分をコアにするように述べるのみで,具体的な
回答をせず,博士論文の作成が困難にしたのであって,Xが良好な環境で研究を行
う権利を侵害するもので,違法であると主張し,これに沿うX供述等(甲78,X
本人[4~6頁])もある。25
しかしながら,前記ケ(本件メール⑽)で説示したとおり,博士論文を作成
するのは大学院生ないし客員研究員であったXである以上,仮に想定した仮説に沿
わない実験結果が生じたのであれば,Xにおいて自ら代替的な研究ないし実験を主
体的に進めることが求められるといえる。
これに対し,Xは,本件グループではY2により仮説の設定及び実験方法の選択
等がされていたと主張するが,このような事情を認めるに足りる的確な証拠はなく,5
また,本件メール⑿の質問内容は,博士論文の構成ないし記述方法に直結するもの
と認められ,本来はXが自ら検討すべき事項であるといえ,これについてY2が回
答しなかったとしても,著しく不適切であったとまでは認め難い(指導としての当
で説示したのと同様の指摘がし得る。)。
さらに,Y2は,本件メール⑿の後も,博士論文の作成に関して継続的にメール10
を送信し,論文作成の進捗に応じて本件研究科を訪れるよう促しているところであ
る(甲21の5,同7,同8及び同10)。
したがって,本件メール⑿に係るY2の対応は,その後も対応も含めてみれ
ば,指導教員の指導の在り方として著しく不適切な内容であるとは認められず,違
法であるとは認められない。15
シまとめ
以上のとおり,XとY2との本件各メールを通じたやり取りは,その一部にXに
不快感を抱かせるような適切さを欠く措辞もあるが,専らY2のXに対する悪感情
等に基づくものとはいえず,その内容も,最適な指導方法であったかは兎も角とし
て,指導教員として教育上許容される範囲内のものであり,その後の直接の指導等20
も含めて,著しく不適切な内容であったとまでは認められない。Xは,Y2により
良好な研究環境で研究を行う権利を侵害されたと主張するが,その主張する権利自
体,そもそも明確な根拠に基づく権利であるとは認められない上,本件各メールの
やり取りによって,Xに具体的な権利利益の侵害が生じたとも認められない。なお,
本件各メールの中には,Xが本件グループでの研究に不正があることを指摘する部25
分もあるが,それらが明らかな研究不正であるは認め難い上,Xに対する権利利益
の侵害に直ちに結びつくものでもない。
Xは,Y2がXを含む大学院生に対し,講師と大学院生という上下関係の下で,
日常的に威圧的な言動をとっていた等と主張するが,本件全証拠によっても,その
ような事実を認めるに足りず,また,Xとの関係でみれば,本件各メールの文面に
照らしても,XがY2の言動に苦痛を感じていた等の事情は窺われないのであって,5
本件各メールを通じたやり取り全体を通じてみても,これらのメールに係るY2の
対応が,指導教員による研究指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠
くとは認められず,Xに対する違法行為に該当するとは認められない。
⑵カンファレンスへの出席の強要について
アY2は,客員研究員がカンファレンスに出席することはなく,また,Xが満10
期退学後にCに勤務しており,平日のカンファレンスへの出席が難しいと何度も伝
えられたにもかかわらず,Xに対し,毎週木曜日のカンファレンスに出席するよう
に強く求め,更には勤務状況を確認する等としてCを訪問するなど不適切な言動を
し,これによりXに強いストレスを与えたもので,違法であると主張し,これに沿
うX供述等(甲78,X本人[22~23頁])もある。15
イ証拠(甲21の各枝番)によれば,平成28年11月以降,XがY2に対し
て博士論文の作成に関する指導をメールで求めたところ,Y2がXに対し複数回に
わたり,メールでの回答内容が不明であれば大学に来て相談するのが良い,他のメ
ンバーも毎週木曜日に集まってカンファレンスを行っていると返信したこと,Xが
Y2に対してCの勤務があることから平日のカンファレンスに出席することが難し20
いと伝えたのに対して,Y2は,毎週来ることが難しければ解決すべきことのある
時に参加するのでも良いと返信したこと,Y2がXに対し博士論文の作成のための
準備事項を指摘したり,参考資料を添付したものもあること等が認められる。
上記証拠に係るメールのやり取りからすれば,Y2が,Xが本件研究科に来訪し
なければ指導を一切行わないという姿勢を示していたわけでもなく,論文の進捗に25
応じて来訪すればよいとも伝えていたのであるから,毎週のカンファレンスへの参
加を強要していたとは認められない。また,Xが作成を予定していた博士論文は,
実験結果を踏まえた議論が必要であると解され,およそ本件研究科に来訪せずに作
成を進めることは困難であると認められ,Y2がXに対して,病院での勤務日程を
調整した上で,カンファレンスへの出席を求めることがおよそ不適切であるとは認
められない。5
ウまた,Y2がCを訪問したことについても,本件研究科呼吸器内科の医局長
として関連病院の医師の執務状況等を確認しており,Cにもその一環として訪問し
たものと認められる(Y2本人[48~50頁])。Y2がCを訪問した理由として
は,Xが上記カンファレンスに出席可能かどうか確認することもあったと認められ
るが(乙21の11),本件グループを統括する者として,客員研究員であるXの10
執務状況を確認し,研究と病院勤務の両立が可能かどうか確認することを殊更問題
視すべきものとは認められず,これによってXに具体的な不利益が生じたとも認め
られない。
エしたがって,Y2がXに対し,カンファレンスの出席を求め,また,Cを訪
問して勤務状況を確認したことが,指導教員による研究指導として合理的な範囲を15
超えて,社会的相当性を欠くとは認められず,違法であるとは認められない。
⑶本件論文の共著者からの除外について
アXは,本件論文の発表に当たり,草稿段階ではXを共著者に加えていたが,
Y2が,正式な発表に係る最終稿では共著者からXを除外したことについて,Xに
対する嫌がらせの意図でされたものとして,違法であると主張する。20
イ本件論文の共著者としては,草稿段階ではXを含む11名とされていたが,
最終稿では,責任著者であるY2の判断により草稿段階の共著者からXのみが除外
され,新たに本件グループの2名が共著者に追加されており,本件グループのメン
バーはXを除き全員が共著者となったことが認められる。
Y2は,上記共著者の変更について,草稿段階ではXの提供する実験データが使25
用されていたが,その後に査読者から指摘を受けて,大きな改変及び追加の実験が
必要となり,他の大学院生の協力の下で作成し直したものであり,オーサーシップ
に関する考え方に基づいて,Xは共著者から外れるという判断をしたと主張し,そ
の旨の供述等をしている(乙20,Y2本人[20~22頁,50~51頁])。
Y2が主張するオーサーシップに関しては,医学雑誌編集者国際委員会の作成し
たガイドライン(以下「本件ガイドライン」という。)によれば,生物医学雑誌へ5
の投稿論文に著者として氏名が掲載されるには,①研究の構想・立案,データの収
集,あるいはデータの解析及び解析結果の解釈のいずれかに実質的に貢献している
こと,②論文の原稿を書くか,その論文の内容にかかわる極めて重要な構成・改訂
作業に関わっていること,③掲載される最終版の原稿の中身を理解し,承認してい
ること,④論文のあらゆる側面について,論文の正確性・真正性に疑義が寄せられ10
たときに適切に説明することができることの4つの条件をすべて満たすことが必要
とされている(乙10)。Y2も,本件ガイドラインを参照して本件論文の共著者
を決定したとしていることから,Xを共著者から外したのは,草稿段階からの改変
の結果,データの収集等に実質的に貢献しているとは認められなくなったと判断し
たものと解される。確かに,本件論文が発表された平成28年4月頃は,Xが本件15
研究科の博士課程を満期退学した時期で,Xは本件論文の改変作業等には加わって
いなかったと認められる(弁論の全趣旨)。しかし,改変作業等にXを除く他の共
著者全員が関与していたとは考え難い。また,本件論文の最終稿においても,Xが
実験したデータが相当数使用されている(甲67,弁論の全趣旨)。これらの点か
らすると,本件ガイドラインに従えば,最終稿においてもXを共著者とするのが相20
当であり,Y2の上記判断は相当性に欠けるものである(ただし,Xが主張するよ
うに,Y2が,Xに対する嫌がらせ目的で共著者から除外したとまで認めるに足り
る証拠はない。)。
加えて,研究者にとって,論文の共著者に名を連ねることは,自らの研究実績を
示すものとして重要な事柄であり,責任著者の判断で,草稿段階で共著者となって25
いた者を最終稿で共著者から外すのであれば,責任著者は,該当者に対し,その事
情を説明することが必要であると解されるところ,Y2は,Xの指導教員でありな
がら,Xに対して何らの説明をすることなく,最終稿においてXを共著者から除外
した(甲36,弁論の全趣旨)。
ウ上記検討からすれば,Y2は,相当な理由がなくXを共著者から除外し,かつ,
共著者から除外する理由をXに対して説明することなく,自己の一方的な判断でX5
を共著者から除外しており,Xが実験を行い,本件論文の作成に関与,貢献したこ
とを正当に評価されることを妨害したと評価される。Y2は,共著者からの除外を
Xに対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの,自己がXの指導教員
として優位的な立場にあることから,Xの立場に配慮をすることなく,研究者とし
て重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったと言わざるを得ず,指導と10
しての合理的な範囲を超えて,社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。
⑷カンファレンスの開催連絡からの除外について
アXは,Y2が,Xに対する嫌がらせの意図に基づき,平成27年7月頃から
Xに対するカンファレンスの開催日程の連絡をしないようになったとし,これが違
法であると主張し,これに沿うX供述等(甲78,X本人[23~24頁])もあ15
る。
イ確かに,証拠(甲24)によれば,平成27年7月2日にY2が本件グルー
プの構成員に宛てた,I論文の作成に関して協力を求めるメールの宛先に,Xが含
まれていなかったことが認められる。
しかし,Y2は,意図的に宛先から外したことを否定しているところ(乙20),20
Xから書証として提出された,Xを宛先としないY2のメールは,上記1通のみで
あり,Y2が繰り返しXを宛先から除外していたことを認めるに足りる客観的な証
拠はなく,むしろ,その後,Y2からは,Xも宛先に含めた本件グループの構成員
宛てのメールが送信されている(乙17)。
ウしたがって,Xの指摘するメール(甲24)は,誤ってXが宛先から漏れた25
にすぎないと認められ,このことがY2のXに対する違法行為であると評価するこ
とはできないというべきである。
⑸推薦状の作成の拒否について
アXは,D教授の推薦状とは別に,Y2に対しても,Oに対する推薦状の作成
が必要であり,その作成を求めたにもかかわらず,Y2がはぐらかして作成しなか
ったことが違法であると主張する。5
イ確かに,証拠(甲64,乙6,7)によれば,Xは,Oから,D教授による
採用申請書の推薦者欄への記入を求められるとともに,Y2による任意の形式での
推薦状の提出を求められたことが認められる。
この点,Xは,Y2に対し,メール及び口頭で,D教授とは別にY2の推薦状が
必要とされており,その作成を依頼したと供述するが(X本人[8~9頁]),他方10
で,Y2は,推薦状を作成するのは指導教員であるD教授であるとして,これを断
ったと供述しており(甲65,Y2本人[22~23頁,53~55頁]),他に,
XからY2に対し,D教授の推薦とは別にY2の推薦状が必要であると伝えられた
ことを認めるに足りる的確な証拠はない。Xは,D教授からはOへの就職の了解を
得ていたのであるから(甲63),仮に,Y2が推薦状の作成を渋ったのであれば,15
D教授にその旨相談してしかるべきであるが,その相談がされたとも窺われないの
であって,Xの供述する推薦状作成依頼の経緯は,不自然な点が残るといわざるを
得ない。
また,Xは,Yらの主張は変遷しており,信用性に欠けるとも主張する。確かに,
Yらは,当初,D教授が推薦状を作成できないと判断したと事実経過と異なる主張20
をし,その後,その主張を変更している。しかし,推薦状の作成についての判断は,
D教授がするものであるから,Y2はXの依頼には応じなかった旨の主張は一貫し
ており,上記主張の変遷があることから,Y2が指導教員2名の推薦状が必要であ
ることは聴いていない旨の供述等が虚偽であると評価できるものではない。
ウしたがって,XからY2に対し,D教授の推薦とは別にY2の推薦状が必要25
であると明確に伝えられたとは認められず,Y2としては,推薦状を作成すべき立
場にはないとして,これを断ったにすぎないと認められ,このようなY2の対応が
違法であるとは認められない。
⑹実験結果と異なる論文の作成の強要について
アXは,Y2から,本件大学院発表において,実際の実験結果とは異なり,
「細胞上皮におけるαカテニンの発現量の低下はインターロイキン8の産生亢進を5
誘導し,組織炎症の蔓延に関与することが示唆された」とする結論の発表を強要さ
れ,満期退学後も,Materialandmethodの作成を求めたり,博士論文のサンプ
ルを送付したりすることを通じて,実験結果と異なる博士論文の作成を強要された
ものであり,これは不公正な研究を強要し,Xの良好な環境で研究する権利を侵害
するものとして違法であると主張し,これに沿うX供述等(甲78,X本人[4~10
6頁])もある。
イ確かに,証拠(甲18の1,53,78)によれば,Xは,当初の実験では,
上記アの結論に沿う実験結果が得られており,平成27年9月に提出した本件大学
院発表の抄録には,その旨を記載したが,その後の実験では有意差が生じていない
と判断したことが認められる。15
しかし他方で,Xは,αカテニンの発現量の低下とインターロイキン8以外の物
質との関連性も探索しており(甲18の1,55),このような実験の進展経過か
らすれば,Y2から,インターロイキン8の産生亢進に限って研究を進めるよう指
示されていたとは認められないし,本件大学院発表において,Y2から上記結論を
発表するよう強制されたことを示す的確な証拠もない。20
また,満期退学後にY2がXに対してMaterialandmethodの作成を求めるこ
とが,直ちに大学院発表と同じくインターロイキン8の産生亢進が生じたとの結論
を強要するものではないし,Y2がXに博士論文のサンプルを送付したことも,そ
の送付メールの文面(甲27ないし29)に照らして,本件大学院発表のデータが
正しく提示されたものと仮定して,飽くまで参考として送付されたにすぎないと解25
される。むしろ,Y2は,平成28年7月26日に,インターロイキン8の発現増
加の再現性が低いが,3回の実験で増加が認められれば良いかとのXの質問に対し,
仮説が実証できたかどうかであり,できていないならば利用できないデータである
とも指摘していて(甲20の4),Xに対して上記結論を強要していたとも認めら
れない。
ウしたがって,Y2がXに対し,実験結果と異なる博士論文の作成を強要した5
とは認められず,Xの主張は,その前提を欠くものとして,理由がないというべき
である。
上記検討したように,Xが違法であると主張するY2の各言動のうち,本件
論文の共著者からXを除外したことは違法であると認められるが,その余の言動に
ついてはいずれも違法であるとは認められない。10
2について
国立大学法人は,国立大学法人法によって,大学の教育研究に対する国民の要請
にこたえるとともに,我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展
を図るために設置されている法人であり(同法1条),資本金は政府から出資があ
ったものとされた金額とされており(同法7条),その役員職員は、職務上知るこ15
とのできた秘密を漏らしてはならない義務を負い(同法18条),刑法その他の罰
則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされ(同法19条),
その業務に関して国から一定の関与を受けるものとされていること(同法22条)
等からすれば,国立大学法人は国家賠償法1条1項の「公共団体」に該当し,同法
人の教職員は同項の「公務員」に該当する。20
そして,Y2が,本件論文の共著者からXを除外した行為は,本件グループの指
導教員としてのY2の判断として行われたものであるから,公務員としての職務と
して行われたものであり,Y1は,同行為によってXが被った損害について,国家
賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う。
なお,Y1が国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う以上,争点⑷について25
は,判断を要しない。
3Y2の個人責任の存否)について
国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その
職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,
国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずることとし,公務員個人は
被害者に対する民事上の損害賠償責任を負わないとしたものと解される。5
したがって,Y1が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う本件におい
ては,Y2本人は損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。

Xが本件論文の共著者から除外されたことによって精神的苦痛を受けたこと
が認められる。本件において認められる事情を総合評価すれば,上記苦痛を慰謝す10
るためには10万円を要すると認めるのが相当である。
Xは,学費相当額及び再現実験費用を損害として主張しているが,本件論文
の共著者から除外されたことによって発生した損害とは認められない。
Xは,本件訴訟について,弁護士に訴訟委任をしており(顕著な事実),上
記認定の不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は1万円であると認められる。15
第4結論
以上の次第で,Xの請求は,Y1に対し,11万円及びこれに対する不法行為後
である平成30年4月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前
の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから
その限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却するこ20
ととし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官唐木浩之
裁判官片山健
裁判官髙橋祐二
(別表)
番号1(甲8の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成26年11月30日(日)午後2時45分平成26年11月30日(日)午後3時17分
Y2御侍史
お世話になっております。
実験のことで,2点ご確認をお願いします。
⑴mir205の件
Hypoxiaとmir205の関係についての実験ですが,FDr.
論文のFig.1Eが再現できずストップしております。F先生
に再検をお願いしておりましたが,昨日,『その実験は間
違いだったから,もう自分は再現実験はしない』,とY2に
お伝えするように連絡を頂きました。今後の方針につ
き,御指示をお願いします。
⑵migrationassayの件
新しくできたH385pmCherryCTNNA1のphenotype評
価のためにmigrationassayを行いたいのですが,培養
期間6~7日は問題ないでしょうか。どのプロトコールを
みても,4~24hで回収となっているのですが。24h培養
では細胞数が少ないようですので,特に問題なければ,
この方法で評価します。


OK
両方の実験は先生はしなくて良いです。
あと1年数か月で,先生に伝えた実験をしてください。
マウスの実験です。H1299alphacateninの実験と思いま
す。
H385alpha-cateninの仕事は僕が先生が学位論文で必
要な実験ではありません。
僕は実験の流れを大事にしています。
何が,学位論文の構成になるかを正しく伝えているつも
りです。
Y2
番号2(甲11の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成26年12月15日(月)午前1時35分平成26年12月15日(月)午前11時26分
Y2御侍史
お世話になっております。
大変申し訳ありませんが,今後の方針につき,もう少し
具体的に指示をして頂ければ助かります。一応,小生も
先生の方針に基づき自分で考え実験するように心掛け
ておりますが,毎回先生の意図するところとは違ってい
るようですし,ご指摘のように予算や時間の問題もあり
ますので,教育的配慮もあろうかと存じますが今後はそ
ちらの方が良いかと思います,そうさせて下さい。
①H1299pmCherryCTNNA1のphenotype評価はどの
ようにすればよいでしょうか。“あるもので,まずアッセイ
系を”とは何のことでしょうか。先週のカンファでは,
WST-1とmigrationassayでcancerphenotypeを評価
しようとしたら,PNASとSciencesignalの論文に沿って
mitosisと炎症応答のassayを,と言われました。当実験
室にあるassay系とはRT-PCRのことですか,FACSで
cellcycleanalysisですか,Liveimagingですか?ちょっ
とこれ以上は見当がつきませんので,具体的な指示をお
願いします。今後の実験には当面不要とのことであれ
ば,先生の仰るように細胞の維持費の問題もありますの
で,破棄しても全く構いません。
②ヒト肺検体の免疫染色は,どのように進めればよいで
しょうか。肺組織を二重染色して,肺胞上皮のα-catenin
のintensityを測ればよいですか?画像処理ソフトはど
れを使えばよいですか?検量線作成のための生検体は
どうすればよいですか,正常肺組織はどこで入手できま
月曜日午前中は代務は無かったと思いますが,朝から
見かけていません。
顔を出すように。
Y2
すか?Intensityではなく,肺胞上皮におけるα-catenin
の細胞内局在をみればよいのでしょうか。こちらについ
ても不明な点が多いので,具体的な指示を頂ければ大
変助かります。

番号3(甲12の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年3月31日(火)午前10時36分平成27年3月31日(火)午前10時54分
Y2御侍史
お世話になっております。
昨日のdiscussionのまとめをお送りします。
【4月から新たに追加する実験】
①マウスBLM刺激は,D0,D7,D14,D21でCT・HE・
WB・免疫染色を評価(目算では,nomal6匹+BLM6匹
×4ポイントで48匹必要)。
②MLE-12,RLE‐6TN(H358も?)はTGF-bに加え,
TNF-α,IFN‐γ刺激も追加(orIL-1,IL-6?)。
③ヒト肺検体はBZ-9000からconfocalに変更し,×
100と×400でHEと免疫染色。炎症巣内の細気管支の
細胞内のintensityをAUCで評価,これを各5視野ず
つ。
④MS-1は不要
ご確認宜しくお願い申し上げます。

SiRNAの実験が一番大事で,H358でやるのがよいと思
います。
BZ-9000からconfocalに変更が良く分からないけど,I
先生が出したdataのこのサイズでの解析が,細胞個々
のdataでは適切だと思います。
線維化全体でのintensityの減弱に関するのコメントが
ないが,それも継続して行う。
Y2
番号4(甲13の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年4月7日(火)午前6時08分平成27年4月7日(火)午前6時58分
Y2御侍史
お世話になっております。
L先生の指導をさせて頂いているなかで,以前のK先生
のPTEN4Aの研究進捗と,L先生のものを見直してい
て,少し気になったので質問させて下さい。
少し前になりますが,K先生の2月25日の進捗スライド
の“H358pTRE-GFPPTEN4A④g”に関する部分(添付フ
ァイル1枚目)と,L先生の2月4日(添付ファイル2枚
目)・2月18日(添付ファイル3枚目)のデータについ
て,
1L先生の2月4日のデータ(添付ファイル2枚目)を
みると,TGFbon後48hの回収ではEMTはわずかに起
こっているかどうかといった状態であったと思います(本
来であればEMTが起こっているど真ん中で評価すべき
ものと思いますが・・・。)。もし,このL先生のデータが本
当ならば,K先生の2月25日のデータについて,4レー
ン目はEMTをrescueしているのではなく,EMTがまだ
十分に起こっていないだけ,ととることも可能ではないで
しょうか。
⇒これを否定するためには,H358GFPonlyをコントロ
ールに置いて,Doxon下のTGF-bon48hの時点
で,GFPonlyの4レーン目でEMTがきっちり起こってい
ることを示す必要があると思います。
質問が多すぎてよく吟味できませんが,
この点は,I先生,J先生のrevisionが来た際に検討しま
す。
私も回答に加わります。
先生は先生がすべきことに注力してもらって結構です。
その中で,テクニカルなこと,BLM投与,免疫染色,きり
だし,CT撮影,などを3人に教えてあげてください。
Xは私に見せてくれたdataを論文に出せるように
repetitiveにdataを準備して,統計学処理ができるよう
に完成させてください。
Y2
2L先生の2月18日のデータ(添付ファイル3枚目)を
よくよくみると,GFPonly及びGFPPTEN4Aそれぞれの
2レーン目と4レーン目でFibronectinの減少とEcadの
増加を認めており(←このような現象はこの回だけでな
く,他の先生のdataでもみられる),この結果だけをみる
とDoxon+GFP結合蛋白の産生だけでEMTrescue”
様“の反応が起こりうるとも解釈できます。このように考
えると,K先生の2月25日のデータの4レーン目につ
いても,このDoxonによる効果をみているだけの可能
性はないでしょうか。
⇒これを否定するためにも,H358GFPonlyをコン
トロールに置いて,Doxon下のTGF-bon48hの時
点で,GFPonlyの4レーン目でrescue効果がないこと
を示す必要があると思います。
上記から,EMT反応が必ずしもど真ん中でなく
Fibronectinバンドの出方も不安定という中で,PTEN4A
4レーンのみ(tet-onsystemでないベクターであれば実
質2レーンで評価しているのと同様)では正確な評価は
できていないのではないかと思うのですが,先生はどの
ようにお考えでしょうか。GFPPTEN4ADox+/TGFb+の
適切なnegativecontrolは,GFPPTEN4ADox-/TGFb
+でなく,GFPonlyDox+/TGFb+ではないでしょうか
(細胞内にGFPが大量に存在する状況下においても,
PTEN4Aがなければ,TGFbonでEMTがその反応・そ
の回収条件下で起こることを示すのが目的)。どうも上
記①②が“株探し”にも繋がっているような気がしてなり
ません。
もう一点,上記とも関連するのですが,tet-onsystemは
何か経時的反応が起きているところに突然Dox-onで目
的のタンパクを強制発現させてその反応系の変化をみ
るものと思います。現在,TGF-bonとほぼ同時にDox-
on(正確にはTGF-bon24h前)しておりますが,これで
はtet-onsystemのメリットを生かせていないように思い
ます。TGF-bonして経時的にEMT反応が起きていると
ころに,数日経過してからDox-onしてEMT反応が
rescueされかどうかというのなら分かります。TGF-bon
とほぼ同時にDox-onするのであれば,tet-onsystem
でない普通のベクターを用いた方がディッシュの数も半
分で済むものと思うのですが・・・。
宜しくお願い申し上げます。

番号5(甲14の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年4月24日(金)午後9時54分平成27年4月24日(金)午後10時05分
Y2御侍史
お世話になっております。
pBSⅡCAG-CAT-GFPPTEN4Aと,pAdenoCreは小生
が2年前に作成してHashimotoboxにストックしており
ますが,今回作成するのはこれとは別のものでしょうか
(因みに,そのときは時代遅れだから要らないと言われ
た気がします)?


ありがとう。月曜日に場所を確認します。
J先生がsequenceうまくできなかったところまでしか記
憶になし。
繰り返し,実験として行おうとすることなので,時代遅れ
ではないでしょう。
一言多し。
(以下略)
番号6(甲15の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年5月15日(金)午後0時43分平成27年5月15日(金)午後5時43分
Y2御侍史
お世話になっております。
L先生から顕微鏡設定に関して質問されたときに少し気
になったのですが,confocal顕微鏡撮影時のoffsetは
どこまで下げても問題ないものなんでしょうか。
現在主に使用しているA1RMPやTiE-A1R-KT5は,基
本的にはoffsetは変えなくてよい設定になっているは
ずで(業者に確認済み),他科のDr.方もoffset=0で
使用しておりますが,当グループだけoffset-30~-50
で設定しております。Offsetを極端にかけると,細胞内
の蛍光局在などを正確に評価できないのではないかと
思うのですが,いかがでしょうか。
撮影条件に関して統一しておいた方がよいと思いますの
で,先生の方針を教えて下さい。

L先生
いまいち,そのセッティングについての利用単語の意味
が分かりませんが,
Isotypeとtrueの光の差を検出できるようにしてくれるよ
うに指示した意図はわかってもらったと思います。
(中略)
Offsetの数値は推測するに,ampの役割と同じなの
で,同じ条件でさえ取ればよいと思います。
実験室の蛍光顕微鏡で,10msecでとるのと1secでとる
のとの違いと推察します。
1secでとっても,違いがあるならば,それは検出できま
す。
FACSで増幅するのと同じです。
(中略)
Y2
番号7(甲16の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年9月17日(木)午後8時48分平成27年9月18日(金)午前7時03分
Y2御侍史
お世話になっております。
実験のことで少し確認させて下さい。
現在,H358のnaiveとsiCTNNA1における各種サイトカ
インに対する(IL-6,IL-8,IL-1bなど)のRT-PCRの結果
から,
“H358のα-cateninのknockoutでIL-8発現が亢進
する”との作業仮説を立てIL-8のreal-timePCRを行っ
ております。
これについて一応確認なんですが,『RT-PCRの結果に
基づいて,real-timePCRの候補を絞って進む』という流
れは,一般的なものでしょうか。
というのも,H358のnaiveとsiCTNNA1のα-
cateninRNAの発現をみても,real-timePCRでは発現の
差は顕著ですが,RT-PCRの電気泳動のバンド(ベスト
なcycle数でも)肉眼ではほとんど差が分からないぐらい
です。また,H358のTGF-b刺激でも,WB上はα-
catenin発現が著明に抑制されますが,RT-PCRの電
気泳動のバンドではほとんどバンドに差がみられませ
ん。
このことから,RNA発現レベルで顕著な差があっても
RT-PCRではバンドの差として確認できない可能性や,
逆に,RT-PCRでバンドの差があってもRNAの発現量
以外のものをみている可能性がないかと懸念しているの
ですが,どうでしょうか。

現在,H358のnaiveとsiCTNNA1における各種サイトカ
インに対する(IL-6,IL-8,IL-1bなど)のRT-PCRの結果
から,
“H358のα-cateninのknockoutでIL-8発現が亢進
する”との作業仮説を立てIL-8のreal-timePCRを行っ
ております。
これについて一応確認なんですが,『RT-PCRの結果に
基づいて,Real-timePCRの候補を絞って進む』という流
れは,一般的なものでしょうか。
今の先生になら確認するべきものではないが,
原理は同じものです。
プライマー設定がbestでないとサイクル数ごとに2倍に
ならないことも知っているでしょう。
蛋白,real-timePCRが同じ結果を生んで,RT-PCRが
出ないならRT-PCRのプライマー設定がうまく無いこと
になります。
当然感度はreal-timePCRの方がよいでしょう。
一方,プライマー設定がいつもメーカーがよいとは限りま
せん。
Positiveなdataがでているならば,negativeなdataの
方が理想的に2倍ずつ増幅していないことが推察され
ます。
他のmixtureの配合も影響するかもしれません。
Stepを踏んで結果が出てきたものが次に進んで出ない
場合はそこの設定の(メーカーも含めて)どこかに問題が
あると推察します。
『RT-PCRの結果に基づいて,real-timePCRの候補を
絞って進む』
当たり前のことだと思います。最適化したprimerデザイ
ンで結果を求めたら,同じ結果になるでしょう。
PCRの原理から。あとはコストが約10倍違うことを考え
れば,あと10年実験していても同じように学生さんには
求めるでしょう。
(中略)
Y2
平成27年9月28日(月)午後2時44分平成27年9月28日(月)午後3時27分
Y2御侍史
お世話になっております。
先週のメールの確認ですが,
『RT-PCRの結果に基づいて,real-timePCRの候補を
絞って進む』
当たり前のことだと思います。最適化したprimerデザイ
ンで結果を求めたら,同じ結果になるでしょう。
PCRの原理から。あとはコストが約10倍違うことを考え
れば,あと10年実験していても同じように学生さんには
求めるでしょう。

確認ですが,これは一般的に行われているstrategyな
んですよね。周囲の人に聞いてもあまりそのようなことは
やっていないようなんですが・・・Y2のオリジナルです
か?
RT-PCRのプライマーデザインは問題なく,これを用いた
RT-PCRではきちんとIL-8増加の再現性も得られてい
るので,real-timePCRのIL8の再現性が悪い原因とし
ては,real-timePCRのプライマーデザインの問題や(←
こちらの設計はいまいち),siRNAのtoxicityの可能性
が高くなります。もし,『RT-PCRの結果に基づいて,
real-timePCRの候補を絞って進む』という方法が一般
的でないなら,そこの段階から疑わないといけなくなりま
す。
ついでにK先生が苦労されているmigrationassayにつ
いても,“6日間”培養というのがどうしても腑に落ちない
のですが(実験原理的にも,上層に細胞の死骸が大量
に浮遊しているとう現象からも←これはL先生も確認,
WST-1assayの結果との整合性からも,そして再現性の
なさからも),これもうちのチームのオリジナルな方法で
すか??これも,他の研究室の方に聞くといつもびっくり
される方法です。よくわからない実験を組んで,再現性
がないからと同じ実験を繰り返しても,それこそ先生の
仰る“時間とお金のwaste”だと思うのですが・・・。

メールの何を確認するのですか。
Y2
平成27年9月28日(月)午後3時59分平成27年9月29日(火)午後4時05分
Y2御侍史
ご連絡ありがとうございます。
文面が冗長で大変恐縮です。
確認させていただきたいのは下記2点です。
①『RT-PCRの結果に基づいて,real-timePCRの候補
を絞る』という方法が一般的に行われているものかどう
か。
②migrationassay6日間培養という方法が一般的に行
われているものかどうか。
申し訳ありませんが,宜しくお願いします。
小生が調べた範囲・聞いた範囲では通常の方法ではな
いような気がしましたが,一般的でないものならその妥
当性から再評価いなければいけないので,宜しくお願い
します。K先生も同様です。時間と費用の面からも重要
です。

木曜日の進捗会で話しましょうか?その前に先生の実
験に具体的に必要なことがあれば教えてください。
番号8(甲17の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年9月18日(金)午前7時35分(返信なし)
Y2御侍史
ご返信ありがとうございます。
ついでに実験のことでもう一点質問させて下さい。
K先生のGFP-PTENG4△tailのネガコンの置き方につ
いて,どうしても気になるのですが。
先週の進捗状況のスライドにもあるように,現在,この系
の評価はDox-/+のNormoxia/Hypoxiaで,計4レーン
で評価しております。この件に関して,このときのネガコ
ンは,使用しているベクターのtet-onsystemがDoxon
でのみworkすることと,それがHypoxia下でもworkす
ることを確認するためのネガコンであると思います。しか
し,もともとTet-onsystemはそういうベクターとして開
発されているものですから,当然のことを念のため確認
しているにすぎず,毎回確認する必要はないと思いま
す。
一方で,GFP-PTENG4△tailがAktのリン酸化に“特異
的に”影響しているかどうかを評価するには,他の強制
発現ベクターやsiRNAの実験系と同様,H358
naive/GFP-only/GFP-PTENG4△tailの
Normoxia/Hypoxiaのネガコンを毎回置くべきと思うので
すが(先程のsiRNAのメールから推測すると,GFP-only
のみでもよい?),これらのネガコンを置かずに評価して
います。
確か,F先生もこのような置き方をされていたので,K先
生も慣習的にされているのだと思いますが,いわば,肝
心のネガコンを置かずに実験を続けているように見えて
違和感があります。僕の考え違いでしょうか?

平成27年10月23日(金)午後4時44分平成27年10月23日(金)午後6時04分
K先生御侍史,Y2御侍史
先日のK先生の進捗状況スライドをみて少し気になった
のですが,
K先生がここ何週間かやっておられる,H358G4A△tail
などのpFAK/pAKT誘導の再現性の低さは,単純な“継
代によるphenotypeの変化”では説明がつかないレベル
だと思います。以前にもPTEN4Aで同じようなトラブルが
みられたと思います。
あくまで可能性としてですが,GFPonlyであれGFP
PTEN4Aやその他の変異株であれ,GFP結合蛋白を強
制発現したH358細胞をDox+/TGFb+後2日間
(Hypoxia刺激でもよし)に回収すると,細胞ストレスの結
果として3割程度の頻度でEMT抑制様やpFAK/pAKT
誘導のバンドが検出されるということはないでしょうか。
即ち,PTEN4Aや△tailはこの3割をみて『EMT抑制あ
り,pFAK/pAKT誘導あり』と判断し,GFPonlyやtail
only,△C2,C2only,その他では残り7割をみて『EMY
抑制なし,pFAK/pAKT誘導なし』と判断していたというこ
とはないですか??3割より7割の方が再現性が高く,
同じバンドが出やすい・出しやすいのは当然です。
I先生もPTEN4AのEMT抑制の打率はせいぜい4割程
度と仰っていたので,この点からも合致します。小生の
経験では,GFPonlyのEMT抑制様のバンドも3割程
度の出現頻度でした(細胞ストレスとの関連を裏付ける
ように,培養期間を延ばすともっと高率でした)。

いろいろ実験について気を使ってくれてありがとう。
K先生が解決すべき話はまた相談しておきます。
Xの進捗があまりにも乏しいのでそこに注力してほしいで
す。
Xのdataをどのように解釈すればよいかわからずにいま
す。
また,L先生のPCRもしかりです。
まあ,ここもL先生と相談しながらします。
ありがとうございます。
まず,自分のdataをしっかり出してください。
その解決にたくさんの時間がかかると思います。
Y2
これまでのネガコンのない4レーンでの評価や,通常の
方法から大きく逸脱した免染やmigrationassayの結果
からは,上記の可能性は否定できないと思います。
上記はあくまで仮説ですが,これ以外に,現在起こって
いる事象を一元的に説明できる仮説をちょっと思いつき
ません。
やみくもに再現実験を繰り返すのはY2の仰る『時間とお
金のwaste』で,他の原因を探った方がよいと思うのです
が,どうでしょうか。

番号9(甲58)
Xの送信Y2の返信
平成27年9月28日(月)午後5時24分(返信なし)
Y2御侍史
お世話になっております。
先週,Pさんに顕微鏡撮影の方法についてお尋ねしたと
ころ,メールにて返信を頂きましたので,ご確認下さい。
①offsetの設定について
Xのご理解の通り,本来OffSetは0で使用します。仮
にバックが高すぎる場合はOffSetの値を全てのチャン
ネルで同じにして撮影します。本来染まらないと思われ
る場所が染まっていたとしても,極端にOffSetを下げ
るのは画像加工に値すると思われます。
②カバーガラスなしの撮影について
対物レンズは0.17mmのカバーガラスを使用して画像が
クリアに観察できるように補正してあります。カバーガラ
スをかけない方が明るく見えるという現象が起きるとは
聞いた事がありませんが,カバーガラスがないとジャスト
フォーカスにならないと思います。ただし正立で使用する
対物レンズには,カバーガラスを使用しないで水浸の状
態で使用するレンズがあります。その場合は,カバーガ
ラスは不要ですが,レンズが水に浸っている必要があり
ます。
番号10(甲18の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年10月25日(日)午後2時21分平成27年10月25日(日)午後2時40分
Y2御侍史
お世話になっております。
H358siCTNNA1による炎症応答を評価する件ですが,
IL-8が有意差のない結果となりそうなので,別の候補
を探す必要があります。
RT-PCRでは評価できなさそうなので,別の方法で一
からやり直す必要があると思いますが(サイトカインアレ
イ?cDNAアレイ?),御指導頂けますでしょうか?

全然予算ないしね。まして,場当たり的にRT-PCRなし
にrealtimePCRできないし。論文見てsi-RNAfor
alpha-cateninできないし更新するものを推測したら?も
しくはがん細胞株のdataを見てそれをやったらどうか
なあ?
平成27年10月25日(日)午後4時34分平成27年10月25日(日)午後5時42分
RTPCRのプライマーとrealtimePCRでsi-
alphacateninの検体抑制がかかっているかの確かめは
もう以前に行っております。
①添付のfigureの緑枠は
H358naive/siControl/siCTNNA1をα-cateninのプライ
マーでreal-timePCRをしたものです。WBではよくα‐
cateninがKO出来ています。real-timePCRの増幅曲
線をみると,26cycleあたりでもっともnaive/siControlと
siCTNNA1に差がありそうで,1cycleぐらいの開きがあ
るので,理論上はDNAが2倍量ほど違っていると思い
ます。しかし,この結果を参考にして同じくプライマーを
用いてRT-PCRを26cycleで施行したバンドでは,
intensityはsiCTNNA1でなんとなくintensityが弱いか
どうか,といったところです(緑枠内右上)
重要なのは,siRNAしWBでも大きな差が確認できたタ
ンパクを,更にreal-timePCRの結果をみて一番ベスト
な設定にしたにも関わらず,RT-PCRのバンドとして見
られる違いは肉眼ではごくわずかの差程度ということで
す。
②さらに,RT-PCRを行う際にはサイクル数の問題も
あります。緑枠で示したように,増幅効率のよいプライ
マーでは20cycle程度ですでにプラトーになりますし,
いまいちなプライマーでは35サイクル程度でやっと増
幅し始めるものもあります。購入したRT-PCRのプライ
マーが何サイクルでもっともバンドとしてベストな差が出
るかは分かりません。また,①でも言及したように,最も
ベストな差が出る条件ですら肉眼ではわずかな差があ
る程度ですので,設定したサイクル数が実際のベストな
ものよりずれていれば,intensityでの評価は全く信頼で
きないと思います。
③黄色枠はIL-8のRT-PCRです。siCTNNA1でIL-8
が増強している印象でしたが,real-timePCRの結果で
はほとんど差はありませんでした。RT-PCRで見られた
intensityの差は,template作成時・投与時の誤差や,
ゲルアプライ時の誤差と言われても否定はできません。
RT-PCRで肉眼的にintersityの差があったとしても,
①②と併せると,これらの誤差をみている可能性は十
分あります。
siRNAってmRNAの発現を制御するのですがどうして
制御しないことになりますか?1サイクルの違い?
平成27年10月25日(日)午後5時46分
とすると,realtimePCRでの1サイクルの違いは,
regularのPCRでは検出難しいのでは?
平成27年10月25日(日)午後5時56分
SiRNAがmRNAの発現を抑制しないかもしれないな
ら,発現の異なる細胞株(これもタンパクだったけどめち
ゃめちゃ違っていた気がする)で両方の方法でやれば
はっきりするかも。そもそもこれだって条件設定の段階
の話しだからdataあると思うね。
番号11(甲19の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成27年11月9日(月)午後11時04分平成27年11月10日(火)午前10時52分
Y2御侍史
ご連絡ありがとうございます。
Ecadherinの二重染色でbeta-cateninの局在の評価で
良いということになっているので,これがまず一つと思い
ます。
特に,Alpha-cateninは我々の研究室での関連の論文
では初めてであるので,
ちゃんとisotypeでのdataや単独でのdata,核染色
+alpha-cateninとの組み合わせなどの,H先生の論文の
ような提示をする必要が有ります。
光顕微鏡の写真は,TGFbetaの有無の違いを別の
Figureで述べるのが良いと思います。
先生のdataの総量によると思います。
Discussionすべきところがたくさんあれば,H358の細胞
のdataで示した後に,そのほかの細胞はおなじであると
いうことで,次のdiscussionpointに移るのが普通と思
います。
Discussionpointが少ないならば,このあたりを
alpha^cateninの局在はTGFbetaによるmodulationさ
れることを述べることを注力して,本当にそうであるとい
うことの事実を3つの細胞株で説明することに注力する
ことになるのだと思います。
E-cadherinはbeta-cateninよりも信頼されているので,
alpha-cateninの相性はE-cadherinがよいと思います。
これは後の配置で修正できます。
→確認ですが,『H358のTGF-/+をE-cadとα-catenin
で二重染色し,E-cadで細胞のedgeを示しつつα-
cateninの減弱を示す』ということですか?
また,これをMLE-12とRLE-6TNでも行うということで
すか?
尚,以前に仰ったα-cateninの単染色のfigure(先日,
confirmdataのまとめとして送ったデータの中のもの)
は,isotypeでのdata・単独でのdata・核染色+alpha-
cateninのいずれも撮影しております。
Y2
平成27年11月10日(火)午前10時55分
すでにとってある写真を3回の実験のrepresentativeと
書けることが大事だと思います。
3回分の写真がtera-stationに保存されて,その1枚
が,powerpointに提示されることにしてください。
Legendにはそのように書いていますので。
Isotypeなどの図も含めてrevisedpowerpointとし送って
ください。
Y2
番号12(甲20の各枝番)
Xの送信Y2の返信
平成28年7月25日(月)午前8時18分平成28年7月26日(火)午前7時05分
Y2御侍史
お世話になっております。
小生の実験に関して,materialandmethodを作成する
ようにとのことですが,小生の理解不足もあり実験の方
針について不明な点がいくつかありますので,確認させ
て下さい。
①マウスmatingは現在どのような状況でしょうか。
②免染のintensityで細胞内タンパクの評価をする方法
のエビデンス(論文)をまだ頂いておりません。
③pBS2-CAG-CAT-GFP-PTEN4AとpAdenoCreはど
の箇所で使用予定でしょうか。
④腫瘍細胞20種のα-catenin発現を評価はどの箇所
で使用する予定でしょうか。
⑤cellcycleanalysis(Brduassayなし)の結果について
の解釈をまだ頂いておりません。
⑥IL-8の発現増加に関しては再現性はかなり低いです
が,3回みられればconfirmとしてよいでしょうか。
⑦pmCherry-CTNNA1の結果は使用する予定でしょうか
(2月頃に「あの結果はどうなった」と聞かれた気がしま
す)。
お忙しい中誠に恐縮ですが,ご返信いただければ幸甚
です。


大学院発表で行なった部分がコアになると思います。
下記の状況のほとんどは不要な部分もあるかもしれま
せん。
Materialandmethodは大学院発表を行なった部分に対
して記載することがよいでしょう。
Y2
平成28年7月26日(火)午前8時30分平成28年7月26日(火)午後6時15分
Y2御侍史
ご連絡ありがとうございました。
過去の実験の整理をしないと混乱しますので,まずは①
~⑦について教えて頂けないでしょうか
(特に②④⑤⑥に関しては大学院発表とも直接関連する
ものです)。
先生が以前に仰った『お前(小生)のための完璧なプラ
ン』というものも一度見せて頂けると,先生の考えておら
れる全体の流れが分かりやすいのでありがたいです。
お忙しい中大変恐縮ですが,何卒ご高配頂ければ幸甚
です。
宜しくお願い申し上げます。

先生が示している②④⑤⑥は,実際にdataになるかどう
かが大学院発表に盛り込まれていないように思います。
論文としてdataに出せるという程度に完成しているなら
ば,それをpowerpointでおくってみてください。できてい
ないならば,利用できないdataと思います。
②免染のintensityで細胞内タンパクの評価をする方法
のエビデンス(論文)をまだ頂いておりません。
④腫瘍細胞20種のα-catenin発現を評価はどの箇所
で使用する予定でしょうか。
⑤cellcycleanalysis(Brduassayなし)の結果について
の解釈をまだ頂いておりません。
⑥IL-8の発現増加に関しては再現性はかなり低いです
が,3回みられればconfirmとしてよいでしょうか。
X実験の形態としてすべきことをお話ししたと思います(先
生が添付してくれたものがそうだと思います。)。立てた
仮説が実証できたかどうかが一番確認したい点です。
できていないならば,利用できないdataと思います(再
確認)。
その中で,実験としてdataになるもので整理されたもの
が論文として出せるものと思います。
Dataになるのは,条件設定の後,確立した実験条件で
行なった実験で再現がとれるものがfigureの一部として
入ると思います。
そうした観点からdataの整理をpowerpointでまとめる
と,足りないdataが明らかになります。足りないdataに
ついて,a)全くしていない(仮説が成立していない),b)後
少しでconfirmできる(仮説を検証できつつあった),を
議論できると思います。
条件設定できた実験を説明するのが,materialand
methodになりますので,記載を進めていきます。
Tera-stationで保存しているdataもいつでも出せるよう
にしておいてください。
先ほど見た場合に,とてもどれが評価になるものかわか
らないフォルダが沢山ありました。
通常,そのdataを用いて,皆さんのfigure作成の支援
をしています
現時点では,confirmしたdataがどれかが全く分かりま
せん。
この方式は,L先生にも,K先生にも自身の実験でやっ
てもらっています。
Y2
平成28年7月27日(水)午前9時55分(返信なし)
混乱しますので,まずは①~⑦について教えて下さい。
terastationには,先生の指示通り,“rawdata”が入っ
ているのみです(”confirmdata“というファイルがあると
思います)。


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