弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

          主         文
     1 原判決中,控訴人敗訴の部分を取り消す。
     2 被控訴人の請求は,いずれも棄却する。
     3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
          事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
   主文と同旨
第2 事案の概要
 1 ミャンマー国籍を有し,平成10年4月2日に難民認定申請をした被控訴人
は,法務大臣による難民不認定処分及び退去強制手続における異議申出棄却裁決,
並びに東京入国管理局成田空港支局主任審査官による退去強制令書発付処分を受け
たため,平成10年7月27日に上記退去強制令書発付処分等取消訴訟を,次い
で,平成11年1月8日に難民不認定処分の取消訴訟をそれぞれ提起し,それらの
効力を争っていたところ,法務大臣は,平成14年2月20日,上記難民不認定処
分を取り消し,同年3月14日,被控訴人を難民と認定した上,在留特別許可をし
た。
 本件は,被控訴人が,「法務大臣による上記難民不認定処分等は,事実誤認に基
づく違法な処分であり,これによって精神的損害を被った。仮に上記処分等が適法
であるとしても,これによって身柄の拘束を受け損害を被ったものであるから,そ
の損失を補償すべきである。」などとして,控訴人に対し,国家賠償法に基づく損
害賠償(主位的請求)1177万円(慰謝料1000万円及び弁護士費用177万
円),憲法29条3項の類推適用に基づく損失補償(予備的請求1)1000万
円,憲法40条の類推適用に基づく損失補償(予備的請求2)420万円,及び上
記各金員に対する平成14年3月29日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 原審は,難民不認定処分は違法であり,法務大臣には過失があったと判断して,
被控訴人の主位的請求のうち,慰謝料800万円及び弁護士費用150万円の合計
950万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の主
位的請求及び予備的請求1,2をいずれも棄却した。
 これに対し,控訴人だけが控訴を申し立てた。
 2 前提となる事実
   原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2 前提事実」
(原判決3頁22行目から7頁18行目まで)のとおりであるから,これを引用す
る(ただし,原判決5頁末行の「法務大臣に対し,」の次に「上記判定に対する」
を加える。)。
 3 争点とこれに関する当事者双方の主張
   次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 
争点と争点に関する当事者双方の主張」(原判決7頁19行目から37頁6行目ま
で)のとおりであるから,これを引用する。
 (1) 原判決14頁5行目の「身の危険を感じて」の前に「被控訴人は,」を加え
る。
 (2) 同24頁3行目から4行目の「結果的に違法であったから」を「結果的に誤
っていたから」に改める。
 (3) 同25頁13行目の「行うのに当たり」を「行うに当たり」に,19行目の
「結果的に違法と評価される」を「結果的に誤っている」に改める。
 (4) 同29頁9行目の「ロヒンギャ族としての」を「ロヒンギャ族であることを
理由に」に改める。
第3 当裁判所の判断
   当裁判所は,被控訴人の控訴人に対する本件請求はいずれも理由がなく棄却
すべきものと判断する。
   その理由は,次のとおりである。
 1 難民認定と法務大臣の調査義務
   法(出入国管理及び難民認定法)61条の2第1項は,「法務大臣は,本邦
にある外国人から法務省令で定める手続により申請があったときは,その提出した
資料に基づき,その者が難民である旨の認定(難民の認定)を行うことができ
る。」と定め,同法施行規則55条1項は,申請者に対し申請資料として「難民に
該当することを証する資料」の提出を求めている。したがって,このような条項の
文理に従えば,難民であることの資料の提出義務及び立証責任は申請をする者が原
則として負担するものと解すべきである。
 このことは,国籍国において迫害を受けた事実等については,難民認定の申請者
自身が最も良く知る事実である上,多くの場合,申請者その他の限られた者しか知
り得ない,他国での出来事であるから,難民に該当することを証する資料について
は,我が国の法務大臣が積極的にこれを調査し,収集することには自ずから限界が
あることや,難民であるかどうか真偽不明の場合には,申請者を難民と認定すべき
であるとするのは不合理であることなどの実質的観点からも根拠づけられる。
 しかし,一方では,法はその61条の2の3第1項で,「法務大臣は,法61条
の2第1項の規定により提出された資料のみでは適正な難民の認定ができないおそ
れがある場合,その他難民の認定又はその取消しに関する処分を行うため必要があ
る場合には,難民調査官に事実の調査をさせることができる。」とも定めている。
 被控訴人は,この規定をもって,難民認定権者である法務大臣の積極的かつ十分
な補充調査義務を課した規定であると主張する。
 しかしながら,この規定の趣旨は,難民認定を申請する者は,多くの場合,切迫
した状況の下で国籍国を追われ,他国に入国を希望する者であるから,事柄の性質
上,自身が難民であることを明らかにする客観的資料を持ち合わせていることは少
なく,資料の中心をなすのが申請者自身の供述証拠であるため,法務大臣が難民か
どうかについての判定を適正に行うためには,これら供述証拠の信ぴょう性を検
討,判断することが不可欠となるところ,一般にはそのための資料が不足している
ため,難民問題の専門家である難民調査官に,必要な資料の収集をさせることによ
って,難民認定の判断がより適正に行われることを期するための規定と理解すべき
である。したがって,これをもって,法務大臣に一般的に調査義務があることを定
めた規定と解することはできない。また,規定の文言上も,「調査させることがで
きる。」とし,「調査しなければならない。」と定めていないことからみても,被
控訴人の主張するように解すべき理由はない。
 もっとも,真実は難民ではないのに難民を装って不法な目的で入国を試みる者が
安易に難民と認定されて国内に流入するということがあってはならないのはもとよ
りであるが,他方において,真実,国籍国において迫害を受けている者が,難民認
定処分を受けられずに国籍国に送還され,処刑されるなど過酷な状況に追い込まれ
るという事態が生じたのでは,我が国が批准している難民条約及び難民議定書に基
づく難民を庇護すべき義務にもとる結果となるから,そのような事態が生じること
のないように申請者に十分な主張,立証の機会を与えるなど,難民認定の手続が適
正になされることが求められていることはいうまでもない。特に,申請者の供述内
容の信ぴょう性についての判断は,その性質上,微妙かつ困難な事柄であるから,
判定権者である法務大臣は,難民調査官に必要な資料の収集を適切に行わせた上
で,これらの資料をもとに公正かつ慎重に吟味,評価し,その真偽を判断すべきも
のであって,立証責任に従って安易に難民不認定の処分をするようなことがあって
はならないことも当然のことである。
 2 本件不認定処分の違法性及び法務大臣の過失
 (1) 被控訴人は,ミャンマー国内においてイスラム教を信奉する少数民族である
ロヒンギャ族の一員として,現軍事政権から迫害を受けてきたものであって,か
つ,平成元年ころからは軍事政権に反対する民主化運動に参加し,平成8年12月
9日及び10日の両日,A大学付近で発生した学生デモにも指導的立場で参加し,
そのため,現政権の治安当局から追及を受けており,民族及び政治的意見等を理由
に迫害を受けていた難民であり,平成10年6月9日の本件不認定処分当時も難民
該当性が明らかであったのに,法務大臣をはじめとする難民認定担当者は当初か
ら,被控訴人を不法入国者と決めつけて,被控訴人の供述内容の些細な矛盾や変遷
をあげつらい,必要な補充調査もせずに本件不認定処分を行ったものであって,法
務大臣の本件不認定処分には法の解釈適用を誤った違法があると主張する。
 ところで,本件訴訟の審理において,控訴人は,被控訴人が,平成8年12月9
日及び10日の両日,A大学付近で発生した学生デモの指導的立場にあり,そのた
め,ミャンマーの治安当局の追及を受けている可能性が多分にあり,本件不認定処
分時において,政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあったことを自認してい
るから,本件不認定処分当時,被控訴人に上記のような難民該当性のあったこと
は,現時点では当事者間に争いのない事実というべきである。したがって,本件不
認定処分は,結果的には事実の評価を誤った処分といわざるを得ない(なお,被控
訴人は,ロヒンギャ族の一員として現軍事政権から迫害を受けているとも主張する
が,被控訴人の供述するところによっても,被控訴人自身は,高等教育進学率が5
パーセント程度にすぎないミャンマーにおいて(乙35),大学に進学するなどむ
しろ恵まれた境遇にいたことを窺わせる供述をする一方,被控訴人自身やその家族
がロヒンギャ族であるという民族差別を理由に生命,身体,財産等に対する現実の
迫害を受けたという具体的事実については供述しておらず(乙26の1,乙27,
28の1,被控訴人本人),他に民族的迫害を認めるに足りる的確な証拠はないか
ら,この点に関する被控訴人の主張は採用できない。)。
 しかしながら,このように,法務大臣の難民不認定処分が事実の評価を誤ってな
されていても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為があった
との評価を受けるものではなく,法務大臣が難民認定を行うに際して,職務上当然
に尽くすべき注意義務を尽くさなかったために,誤った難民不認定処分をしたと認
められる場合にはじめて,上記評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁
判所平成元年(オ)第930号,第1093号,同5年3月11日第一小法廷判決・
民集47巻4号2863頁参照)。
 より具体的にいえば,本件不認定処分をした当時,法務大臣において,収集して
いた資料に基づいて行った本件不認定処分が,当該資料に基づく判断としては著し
く相当性を欠くものであったとか,あるいは,一般的に見れば当該資料だけでは適
切な判断が不可能であったのに,さらなる資料は不要であると速断して,調査を尽
くさないまま本件不認定処分をしたというように,認定権者として通常尽くすべき
注意義務を著しく欠いたために本件不認定処分をしたと評価できる場合であっては
じめて,国家賠償法1条1項にいう違法があると解すべきである。
 (2) そこで,本件不認定処分当時,以上のような意味において,法務大臣に職務
上の注意義務違背があったかどうかについて検討する。
 一般に,難民認定申請がなされた場合に,難民であるかどうかの決め手となるよ
うな客観的資料は乏しく,多くの場合,難民であることを主張する申請人の供述の
信ぴょう性を検討して,その当否を決定することにならざるを得ない。したがっ
て,法務大臣に職務上の注意義務違背があったかどうかを判断するためには,当該
処分時までに収集した資料に基づき,被控訴人が難民申請をするに至った経緯,被
控訴人のこれまでの言動,その供述する内容の信ぴょう性等について検討すること
が必要である。
  ア 被控訴人が本件不認定処分を受けるまでの経緯
    前提となる事実(上記第2,2)及び証拠(甲1,2,乙1,5ないし1
9,20の1,2,乙23の1ないし8,乙24,25,26の1,2,乙27,
28の1,乙28の2の1ないし8,乙28の3ないし5,乙29,90,被控訴
人本人)によると,被控訴人の第1回上陸申請から本件不認定処分がなされるまで
の経緯は,次のとおりであると認められる。
  (ア) 第1回上陸申請
     被控訴人は,平成8年9月2日,X名義の旅券を所持してタイ国経由で
新東京国際空港に到着し,職業を「Merchant」,入国目的を「Visit」,予定滞在
期間を2週間とし(乙28の2の2),有限会社B代表取締役a名義の招聘日程,
招聘理由書,身元保証書,及び株式会社Cのb名義の身元保証書(乙28の2の5
ないし8)を提出して,第1回上陸申請をした。しかし,入国審査官による入国審
査の際,被控訴人が供述する入国目的(観光)と,招聘理由書にある招聘目的(ミ
ャンマーにおいて節約型の風呂を商品化,販売するための研修)とが食い違うな
ど,被控訴人の供述に不自然な点が少なくなかったことから,虚偽申請の疑いを持
たれて特別審理官に引き渡された(乙28の2の1,2)。また,被控訴人は,そ
の際,難民ではない旨を述べていた(乙28の2の1)。そして,特別審理官によ
る口頭審理の結果,法7条1項各号所定の条件に適合しないと認定され,異議申出
放棄書に署名した上で退去命令を受け,我が国を出国して(乙3,4),タイのバ
ンコク経由でミャンマーに帰国した。
  (イ) 第2回上陸申請
     被控訴人は,平成9年12月26日,ミャンマーにおいて新たに発給さ
れたX名義の旅券に,平成10年2月23日付けで在ミャンマーの日本大使館の査
証を受けた上,同年3月29日,バンコク経由で新東京国際空港に到着し,職業
を「CompanyDirector」,渡航目的を「Business」,滞在予定期間を10日とし
(乙22),平成9年12月1日付けのD株式会社役員c名義の招聘状(乙23の
1),同月8日付けの招聘理由書及び身元保証書(乙23の2,3)を提出して,
第2回上陸申請を行った。しかし,今回も,虚偽申請の疑いを持たれて特別審理官
に引き渡された。そして,特別審理官において調査をした結果,① 商用目的での
入国であると供述しているのに,取引の具体的内容についての説明ができなかった
こと(乙5),② 招聘状や身元保証書に署名をしていたcに連絡をしたところ,
同人は,招聘状等の作成日付である平成9年12月当時は既にD株式会社を退職し
ており,被控訴人を招聘したことはないという趣旨の回答をしたこと(乙24),
③ 空港には,bという人物(同人は,第1回上陸申請の際の身元保証人の一人で
あった。)が,被控訴人を迎えに来ていたものの,同人の説明内容にも不審な点が
みられたこと(乙25)などから,入国審査官から法7条1項各号所定の条件に適
合しないと認定され,その旨の認定通知書(乙6)の交付を受けた。
 被控訴人は,上記認定に対して異議申出をする旨の明確な意思表示はしなかった
が,異議申出放棄書に署名することを拒否し,出国の意思を示さなかったため,新
東京国際空港内の上陸防止施設に留め置かれることとなった。
  (ウ) 被控訴人による難民認定申請
     特別審理官による上記認定がされた後3日間(異議申出期間)が経過し
た4月2日,被控訴人は,特別審理官から退去命令書(乙7)の交付を受けた。こ
れに対し,被控訴人が,難民認定申請をする旨の意思を表明したので,入国審査官
は弁護士に電話で連絡した。被控訴人は,連絡に応じてやって来たd弁護士と面談
した結果,自分は,ロヒンギャ民族であり,かつ学生の地下組織の一員であって,
これまでにも逮捕されたことがあり,帰国した場合には,逮捕され,殺されるおそ
れがあるという趣旨を記載した難民認定申請書(乙8)を作成し,提出した(乙1
2)。
  (エ) 難民認定申請後,本件不認定処分までの経緯
     被控訴人が難民認定申請をした後,本件不認定処分が行われるまでに控
訴人側が収集した資料は,入管手続に際し作成,収集された各種の文書,被控訴人
による難民認定申請書(乙8)及び併せて提出された写真2葉(乙76),被控訴
人の難民調査官に対する4月6日及び7日付け各供述調書(乙27,28の1),
被控訴人のd弁護士に対する同月3日及び17日付けの第1回供述録取書(乙26
の1,退去強制手続における口頭審理(5月12日実施)の際に提出されたもの)
及び同月27日付け第2回供述録取書(乙26の2),「経済社会理事会人権委員
会1998年限定配布81改訂文書1」(乙78),並びに「週刊BurmaToday」
(乙79)である。上記のうち,被控訴人の事情聴取をもとに作成された供述資料
には,概略「ロヒンギャ民族として迫害を受けたこと,民主化を求める学生運動に
参加し,逮捕されるなどしたことがあり,現在でも軍事政権からの追及を受けてい
る身なので,帰国すれば迫害を受けるおそれがある。」との内容が含まれていた。
  イ 被控訴人の行動及び供述内容の問題点
    以上のような経過の中で収集された各資料には,被控訴人が難民であるこ
とを明らかにすることのできる客観的資料は存在せず,その多くは,被控訴人が第
1回上陸申請及び第2回上陸申請の際の言動等について記載された各種手続関係の
文書と被控訴人から事情聴取した供述調書類である。そこで,これらの資料から知
ることのできる被控訴人の行動や被控訴人の供述内容について,難民であるか否か
の認定をする上で重要と思われる事項を見てみると,次のような疑問点,矛盾点を
指摘することができる。
  (ア) 第1回上陸時の行動
     被控訴人は,第1回上陸申請時,職業を「Merchant」,入国目的
を「Visit」等としていたが,その際の陳述内容が曖昧であったことなどから虚偽
申請を疑われて,特別審理官に引き渡された上,自らも難民であることを否定した
ため,法7条1項各号所定の条件に適合しないと認定を受けて,異議申出放棄書に
署名した上で退去命令を受けて出国しており,その行動は,身の危険を感じて,難
民として来日した者の行動とは乖離しており,いかにも不自然である。
  (イ) 第1回上陸申請の動機
     平成10年4月7日の難民調査官による調査の際に,被控訴人は,「平
成7年11月又は12月にNLDが憲法起草グループから脱退した時に,学生グル
ープの一員が逮捕されたため,自分も逮捕されると思い,第1回上陸申請に至っ
た。」旨供述する一方,「平成8年6月にはSDFを結成し,組織を拡大させ
た。」旨も供述しており(乙28の1),被控訴人が身の危険を感じたという時期
とその後の被控訴人の行動や第1回上陸の時期との間に食い違いがあり,身の危険
を感じて来日したという被控訴人の来日動機の信用性には疑念を否定できない。
  (ウ) 在日ビルマ・ロヒンギャ協会について
     平成10年4月3日及び17日付けd弁護士に対する供述録取書(甲
1,乙26の1)において,被控訴人は,「第1回上陸申請の際,日本にはロヒン
ギャ族のグループがあると聞いているので,それに参加したいと思っていた。」
旨,同グループの存在を知った経緯につき,「叔父のeが日本にいるので,彼を通
じてグループの存在を知った。」旨述べる一方,同月7日の難民調査官の調査に際
しては,「第1回上陸申請が認められず,バンコクに戻された際,バンコクで知り
合ったロヒンギャ族のfに教えられた。叔父とは連絡がつかず,連絡方法もな
い。」旨供述しており(乙27),被控訴人が来日する動機として最も重要と思わ
れるロヒンギャ族の組織に関する供述内容に矛盾点が認められる。
  (エ) 第2回上陸時の行動
     被控訴人は,第2回上陸申請においても,当初は,商用目的での入国を
主張した上,入国審査官から入国を拒否された際にも直ちに難民認定申請をせず,
かつ,日本にいるとする叔父との連絡も取ろうとしておらず,その行動は,身の危
険を感じて,難民として来日した者の行動としては不自然である。
 なお,被控訴人は叔父のeとは,上陸申請後6か月も経過した後に初めて話をして
いる(被控訴人本人)。
  (オ) 第2回上陸申請の動機
     被控訴人は,平成10年4月7日の難民調査官による調査において,出
国を決めた時期につき,「平成9年(1997年)12月頃,漠然と日本行きを考
えていた。そこで,新旅券を取得することに決めた。」旨供述する一方で,「平成
10年(1998年)2月初旬に,gが逮捕され,その母親から自分も逮捕者リス
トに載せられていると聞かされ,出国し,日本での難民認定申請を決意した。」旨
述べており(乙28の1),身の危険を感じている難民にとって極めて重要と思わ
れる出国の動機について矛盾した供述をしている。
 また,被控訴人は,平成9年(1997年)12月26日に旅券の発給を受け
(乙1),そのころまでに,我が国に上陸申請をするための書類(被控訴人に対す
る招聘状等)を入手していた(乙23の1ないし8)ことと,来日の動機につい
て,上記の後者のように,平成10年(1998年)2月初旬に,gが逮捕された
際に,自分も逮捕者リストに載せられていると知って,身の危険を感じたことであ
るとする被控訴人の供述内容は整合していない。
  (カ) 本国における政治活動歴
     被控訴人は,平成10年4月6日の難民調査官の調査においては,「ア
ウンサウンスーチーとは面会できなかった。」旨供述しているのに(乙27),同
月27日付けd弁護士に対する供述録取書においては,自分は,SDFのメンバー
として,NLDのメンバーも同席してアウンサウンスーチーに面会したと主張する
という矛盾した供述をし,かつ,自分がNLDのメンバーと一緒にアウンサウンス
ーチーと面会した事実を明らかにするとNLDの組織に迷惑がかかると考えたの
で,そのように答えたという趣旨の必ずしも合理的でない弁解をしている(甲2,
乙26の2)。
 また,被控訴人は,同月7日の難民調査官の調査に際しては,「自分は反政府活
動家としてリストアップされており,帰国すれば逮捕されたり処罰されたりするお
それがある。」と供述しているが(乙28の1),この事実からすると,被控訴人
がミャンマー当局から,旅券の取得や出入国について制限を受けていると考えるの
が自然であるのに,被控訴人は平成9年12月に何ら支障なく旅券の発給を受け,
平成10年2月に出国しており,被控訴人の行動とその供述内容とが必ずしも一致
していない。
  ウ 以上に認定したように,被控訴人は,第1回上陸申請の際に,入国目的を
商用と称して上陸を試み,虚偽申請を疑われて国外退去を命ぜられており,その際
には難民であることについても否定していたこと,第2回上陸申請の際にも,商用
目的での入国を試み,入国審査官から入国を拒否されても直ちに難民認定申請をせ
ず,かつ,日本に居るとする叔父との連絡も直ちには取ろうとしなかったのであっ
て,これらの2回の上陸申請の際の被控訴人の行動は,国籍国において迫害を受
け,身の危険を感じている者の行動としては,切迫感のない,不可解,不合理な行
動であると評価せざるを得ない。のみならず,上記の点は,不法目的で入国を試み
ている者であるとの疑いを抱かせるに十分な行動と評価されるべきものである。
 この点,被控訴人は,平成10年3月29日の第2回上陸申請の時点で口頭で難
民であることを訴えたが聞き入れられなかったと主張し,これに副う被控訴人の陳
述書(甲77)及び被控訴人本人の供述が存在する。しかし,被控訴人が,その時
点で難民認定申請をしたのであれば,直ちにその手続がとられるのが通常であるの
に,そのようなことをうかがわせる客観的証拠は何ら存在しない上,被控訴人自身
「空港で難民認定申請をすると,長期間身柄を拘束されてしまうと聞いていたの
で,難民であるとの主張はせず,商用であると主張して入国を求め続けたのであ
る。」という趣旨の供述をしていること(乙31)に照らすと,被控訴人の同年3
月29日に難民申請をしたという上記各供述は信用できず,その主張を採用するこ
とはできない。
 また,被控訴人が,空港で難民認定申請をすると,長期間身柄を拘束されるの
で,商用であると主張して入国を求めたと述べる点も,迫害を受け,身の危険を感
じている者が難民認定申請をしない合理的理由とは認め難く,この点も,被控訴人
の行動が切迫感のない,不自然なものであることを印象づけるものである。
 その上,被控訴人の行動や供述内容には,上記イに認定,説示したような看過し
難い矛盾点や不自然な点が多々存在することに照らしてみれば,難民であることを
主張する被控訴人の供述については,これを軽々には信用することのできない疑問
点が多々あり,むしろ,被控訴人が難民を装って不法に入国しようとしている者と
推測させる特段の事情があったものと評価することができる。そうすると,本件不
認定処分時までに控訴人が収集した資料によっては,被控訴人の難民該当性を認め
るには足りないものであり,法務大臣がその職務上の通常尽くすべき注意義務を尽
くすことなく漠然と本件不認定処分をしたものとは認められないから,到底,本件
不認定処分に国家賠償法1条1項にいう違法があったということはできない。
  エ なお,被控訴人は,控訴人の指摘する被控訴人の供述の各疑問点は,被控
訴人に釈明の機会を与え,弁解を求めれば直ちに氷解する程度のものにすぎなかっ
たと主張する。しかし,被控訴人の弁解を詳しく聴取したからといって,その弁解
の信用性が保証されるものではないし,上記に認定,説示したような被控訴人の不
可解な行動,供述内容の矛盾点といった,被控訴人を難民と認定するについて乗り
越えがたい疑念が必ずしも払拭できるものではないから,被控訴人の主張は的確な
ものとはいえない。
 もっとも,被控訴人から詳しく事情聴取をして,その弁解を聴いていれば,例え
ば,被控訴人がミャンマー国内では反政府活動をする際にはx名を使用していたの
で,X名義であれば旅券の発給を受けることが可能であったとか,被控訴人とアウ
ンサウンスーチーとの関係,被控訴人の反政府活動における立場等についての詳し
い供述を得ることができた可能性は否定できないところではある。しかし,これら
の供述が得られ,これによって,被控訴人が現実に反政府活動をしていたことの信
ぴょう性が確保されたとしても,このことによって,控訴人が第2回上陸申請当時
においても引き続き継続的に反政府活動をしており,そのために国籍国において迫
害を受け,身の危険を生じているという事実までが証明されるわけではないから,
被控訴人に対する詳しい尋問を重ねることによって,真相が明らかになるものとは
解し難い。したがって,補充調査の必要性を過大視することは当を得ないというべ
きである。
 そうすると,法務大臣が十分な調査をしなかったことが職務上通常尽くすべき注
意義務を欠いた違法なものであると評価することもできない。
 また,被控訴人は,法務大臣は,本件不認定処分の後,特段の事情変更もなく,
新たな事実が判明したこともなかったのに,平成14年3月14日になって本件認
定処分を行ったものであり,この事実自体が,当初の不認定処分が杜撰な調査に基
づく,不当な処分であったことを物語っているとも主張する。しかしながら,証拠
(被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,法務大臣が,被控訴人に対し,本件
不認定処分を取り消し,難民認定処分をしたのは,別件訴訟(本件を併合する前の
退去強制令書発布処分等取消訴訟)で実施された本人尋問において,被控訴人が,
1996年(平成8年)12月9日,10日に参加したデモの様子,アウンサウン
スーチーとの面会の様子等について,具体的かつ詳細な供述をし,その内容が新聞
報道等とも合致していたこと,上記本人尋問の期日の約2週間前に叔父であるeの妻
が来日し,同人から,被控訴人出国後,官憲がヤンゴンにある被控訴人の叔母の家
や,ラカイン州の父親宅を捜査し,父親が2か月間ほど留置されたこと,及び被控
訴人が平成11年3月7日に在日ビルマ・ロヒンギャ協会に加入し,平成12年に
は書記長,平成13年には委員長になったことを供述したこと等によるものである
と認められるから,上記各処分は,本件処分後に判明した新事実によって被控訴人
の難民該当性が明確になったためなされたものであるといえ,被控訴人の上記主張
は採用できない。
 3 本件退去裁決の違法性と法務大臣の過失
   被控訴人は,被控訴人が難民であることが明らかであるのに,法務大臣が本
件不認定処分を行い,法61条の2の8に基づく在留特別許可を与えることなく本
件退去裁決をしたことが,難民認定担当者としての職務に違反する違法な行為であ
り,その点について法務大臣に過失があったと主張する。
 しかしながら,被控訴人は本件不認定処分を受けていた者であり,かつ,既に認
定したとおり,難民であることが明らかであるとはいえなかったものであるから,
法61条の2の8により在留特別許可を与えなかったことが,職務違反行為になる
ものということはできない。したがって,法務大臣が,在留特別許可を与えること
なく本件退去裁決を行ったことが違法であるということはできず,被控訴人の主張
は採用できない。
 4 本件退令発付処分の違法性及び担当者の過失
   被控訴人は,主任審査官は,退去強制令書を発付するかどうかについて,裁
量が認められていると解すべきであるから,本件においては,被控訴人を難民に該
当すると判断して,退去強制令書を発付すべきでなかったのに,これを発付したこ
とは違法であり,主任審査官には判断を誤った過失があると主張する。
 しかしながら,法49条5項は,主任審査官が,法務大臣から異議の申出が理由
がないと裁決した旨の通知を受けたときは,すみやかに退去強制令書を発付しなけ
ればならないと定めており,主任審査官に退去強制令書発付についての裁量がある
と解することはできない。被控訴人の主張は,前提において失当であり採用できな
い。
 また,被控訴人は,仮に主任審査官に上記裁量権がないとしても,被控訴人は難
民であったのであるから,迫害を行っている国籍国ミャンマーに送還することは許
されないというべきであるのに,送還先をミャンマーと指定して本件退去強制令書
を発付したことは違法であると主張する。しかしながら,上記認定のとおり,被控
訴人に対しては,その難民該当性を否定する本件不認定処分がなされたのであるか
ら,主任審査官がこれに従って,被控訴人を難民ではないとの判断の下に,その送
還先をミャンマーとした上記退去強制令書を発付したことが直ちに違法になると解
することはできない。また,そのことについて主任審査官に過失があったと評価す
ることもできない。
 5 本件収容令書発付処分の違法性と成田空港支局主任審査官の過失
   被控訴人は,本件収容令書発付処分は,平成10年4月21日に発令された
ものであるが,難民条約31条2項は,難民認定申請をした者に対しては,原則と
して身柄の収容を行ってはならない旨を定めたものと解すべきあるから,当時難民
認定の申請を行っていた被控訴人に対して身柄の収容を行うことは許されないし,
また,同月6日,7日に実施された被控訴人に対する難民調査官の調査により,被
控訴人が難民であることが明らかになったのであるから,難民である被控訴人に対
しては,難民条約同条項に基づき,身柄の拘束が許されなかったと主張する。
 しかしながら,被控訴人は,特別審理官から退去を命ぜられたにもかかわらず,
退去に応じなかった者であるから,法24条5号の2に該当するところ,法39条
1項は,「入国警備官は,容疑者が第24条各号の一に該当すると疑うに足りる相
当の理由があるときは,収容令書により,その者を収容することができる。」と定
めているから,被控訴人については収容令書発付のための要件は満たされていると
いうべきであり,本件収容令書発付処分が違法であると解する余地はない。
 被控訴人は,難民や難民申請者を収容することは難民条約31条2項に違反する
かのように主張するが,収容令書に基づく収容は,同項にいう「必要な制限」に該
当すると解すべきであり,難民条約上も許容されるものであって,被控訴人の主張
は独自の見解であり採用できない。
 また,主任審査官が,被控訴人が難民には当たらないと判断したことが,不相当
な判断であるとはいえず,主任審査官による本件収容令書発付が違法であると解す
ることはできない。
 6 本件上陸防止措置の違法性と担当者の過失
   被控訴人は,平成10年3月29日から同年4月21日まで,上陸防止施設
に収容されたことが,違法な身柄拘束であると主張するが,上陸防止施設は,退去
命令を受けて出国に応じない者を,実際に退去するまでの間仮に留め置く施設であ
って,身柄収容施設ではないから,ここに収容することが違法な身柄拘束にあたる
と解することはできない。被控訴人は,上陸防止施設が,外部から施錠されている
とか,外部に移動するときには手錠を掛けられるというように供述する(甲77,
被控訴人本人)が,被控訴人の供述内容には正確性を欠く点が多々認められ,他の
裏付け証拠もないままに,その供述内容をたやすく採用することはできない。被控
訴人のこの点に関する主張は採用できない。
 また,被控訴人は,第2回上陸申請当初から,難民であることを申し立てていた
のであるから,被控訴人の身柄を収容することはそもそも許されず,また,被控訴
人の申立てを受けた入国審査官や特別審理官としては,被控訴人については一時庇
護のための上陸許可をすべきであったと主張する。しかし,難民申請をしていたか
らといって,直ちに身柄の収容が許されなくなると解することはできないし,被控
訴人が第2回上陸申請当初から難民申請をしていたとする被控訴人の主張が採用で
きないことは既に説示したとおりであるから,被控訴人の主張は前提において失当
である。
 なお,被控訴人が上陸防止施設に収容されたことについて,入国審査官,特別審
理官,難民調査官等に何らかの職務上の義務違反があったと認めることもできな
い。
 したがって,この点に関する被控訴人の主張はいずれも採用することはできな
い。
 7 予備的請求1,2について
   被控訴人の予備的請求のうち,本件収容令書発付処分及び本件上陸防止措置
によって生じた損失に対する補償を求める部分については,原審において,既に判
断が示されており,これについて被控訴人は控訴していないから,当審における不
服の対象とはなっていないが,その余の補償を求める部分については,当審におい
て主位的請求を棄却するので,改めて判断をする。
 予備的請求1は,被控訴人が難民であるにもかかわらず,本件不認定処分及びそ
の後になされた本件退去裁決,本件退令発付処分等により諸々の損害を被ったか
ら,その損害は公権力の行使によって「特別な損害」を受けたものと評価されるべ
きであり,憲法29条3項を類推適用して損失補償を求めるというものである。し
かしながら,財産的損害に対する損失補償を規定した同項の規定を,非財産的損害
一般に及ぼして直ちに類推適用できるとは解し得ないから,被控訴人の主張は採用
できない。
 予備的請求2は,本件不認定処分等により,被控訴人が被った損害につき,憲法
40条の類推適用に基づく損失補償を求めるものであるが,同条は刑事手続のみを
対象とした規定であるから,これを他の行政手続に基づく身柄拘束に類推適用する
ことはできないと解すべきである。
 そうすると,被控訴人の予備的請求1,2は,いずれも理由がなく,採用できな
い。
 8 以上の次第であるから,被控訴人の主位的請求の一部を認容した原判決は相
当ではないので,これを取り消した上,被控訴人の本件請求をいずれも棄却するこ
ととする。
 よって,主文のとおり判決する。
 東京高等裁判所第15民事部
      裁判長裁判官   赤  塚  信  雄
         裁判官   小  林     崇
         裁判官   長  屋  文  裕

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛