弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が控訴人に対して昭和五三年一〇月二〇日付けでした故Aの死亡につ
いて労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付を支給しないとの処分を取り消
す。
三 訴訟費用は、第一、第二審を通じて、被控訴人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
主文と同旨。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張及び証拠関係
 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事
実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決五枚目裏六行目の「労働基準監督署」を「労働基準監督署長」と改め
(以下の「労働基準監督署」についても、同様に訂正する。)、同九行目の「以
下」の前に「但し、昭和六〇年法第四五号による改正前のもの。以下同じ。な
お、」を加える。
二 原判決九枚目裏六行目の「そのため、」を「しかも、昭和五一年暮れころから
は訴外会社自体に対しても度々爆破予告の電話がかかってきたため、」と改め、同
末行の「訴外会社に」の次に「三日後の同月八日に同社を爆破するとの日時まで指
定した」を加える。
三 原判決一二枚目裏九行目の「利用していたこと、」の次に「昭和五一年暮れこ
ろから訴外会社自体にも爆破予告の電話がかかってきたこと、そのため、」を加え
る。
四 原判決一八枚目表四行目と同五行目との間に改行して次のとおり加える。
 「なお、労働省は、昭和六二年一〇月二六日に労災補償における脳血管疾患及び
虚血性心疾患等の業務起因性の認定基準を改正したが、その基本的考え方は改正後
の認定基準においても変わるものではなく、急激な血圧変動や血管収縮を起こし、
血管病変等をその自然的経過を超えて急激に著しく増悪させる負荷を『過重負荷』
と表現したものであるから、旧認定基準における『災害』と改正後の認定基準にお
ける『過重負荷』とは、脳血管病変等の急激な増悪に関連するという医学的観点か
らすれば、同趣旨のものである。」
五 原判決二一枚目表三行目から同四行目にかけての「手持ち時間」を「清掃」と
改める。
六 原判決三〇枚目表末行と同裏一行目との間に改行して次のとおり加える。
 「そして、労働省が昭和六二年に改正した脳血管疾患及び虚血性心疾患等の業務
起因性の認定基準は、発症の要因として認める業務の範囲を、発病直前あるいは少
なくとも発病当日から発症前一週間以内に拡大したうえ、業務の過重性について
も、残業などを含む従来の業務と比較して著しい過激性のあることを要求していた
のを通常の所定業務と比較して特に過重であるという要件を定めるにとどめ、災害
という用語に象徴される異常な過激性までは要求しないことを明らかにする意味で
過重負担という表現に改めたものである。したがって、改正後の認定基準によって
業務上と認定される範囲は、旧認定基準により認定される範囲よりも拡大されたこ
とは明らかである。そして、改正後の認定基準に照らすと、本件における亡Aの死
亡については業務起因性が当然に認められるべきである。」
七 原判決三五枚目表三行目の「本件」の次に「原審及び当審」を加える。
       理   由
一 労働者の死亡に関する業務起因性についての当裁判所の見解及び本件判断の基
礎となるべき事実関係の認定は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決三六枚
目表二行目の冒頭から同五三枚目裏一行目の末尾までの理由説示に記載のとおりで
あるから、これを引用する。
1 原判決三七枚目表九行目の「第三七号証、」の次に「第四六号証の一、二、第
五三号証、」を、同三八枚目表七行目の「死亡に」の次に「つき」を、同八行目の
「増悪が」の次に「最も」をそれそれ加える。
2 原判決四一枚目裏一行目の「乙」の次に「第五、」を、同二行目の「第一三号
証、」の次に「第一五号証」を、同三行目の「第四四号証の各一ないし三、」の次
に「第五二、第五三号証、」をそれぞれ加え、同七行目の「証人○○○の」を「原
本の存在につき成立に争いがなく、証人○○○○の」と改め、同四二枚目表一行目
の末尾に続けて「、同○○○○」を加える。
3 原判決四三枚目表五行目の「勤務日は」の次に「、午前五時過ぎころに起床
し、同六時過ぎころに自宅を出、」を加え、同行の「朝」を「午前」と、同六行目
の「交替して」を「事務の引継ぎをして」と、同裏四行目の「その後」を「午後九
時ころ約三〇分間」とそれぞれ改め、同裏一〇行目の「を終え」の次に「、同九時
過ぎころ帰宅す」を、同四四枚目表八行目の末尾に続けて「しかし、実際には、管
理人二人の間でやりくりができないとはいいにくかったし、また、ロッカー室の管
理業務は保安係の本来の業務ではないため、総務課に申し出て、その業務を保安係
に交替してもらうことは嫌がられたので、右申し出をすることは事実上遠慮せざる
を得ず、一人が欠勤する場合には、他の一人が無理をしてでも交替して連続勤務し
なければならないのが通例であった。」をそれぞれ加え、同八行目と同九行目との
間に改行して次のとおり加える。
 「そして、亡Aは、昭和五一年一二月には、一度二日連続して勤務を休んだ後、
二日連続して四八時間勤務したことがあるほかは、同月二八日まで一度も休日をと
ることなく二四時間隔日勤務を続け、同月二九日から昭和五二年一月三日まで年末
年始の休みをとった後(もっとも、このうちの一二月二九日の休みは休日ではな
く、勤務明け日とみるべきであろう。)、同月四日から通常どおりの勤務を開始
し、その後同年二月一四日に死亡するに至るまでの間、一度も休日をとることな
く、二四時間隔日勤務を続けた。」
4 原判決四四枚目裏末行の末尾に続けて「しかし、右業務の勤務時間中に右のよ
うな手持ち時間があるとはいっても、管理人は、勤務時間中は、仮眠時間を除き、
自由に管理人室又はロッカー室ないしその周辺を離れて外出するということはでき
ず、体を動かす機会は少なかった。したがって、右勤務の継続は運動不足に陥るこ
とを免れなかった。」を加える。
5 原判決四六枚目裏二行目の「第九号証、」の次に「第一五号証、」を加え、同
三行目の「第一五、」を削り、同五行目の「二〇号証、」の次に「第五七号証の
一、二、」を加える。
6 原判決四七枚目表二行目の「一、二杯」の次に「(ただし、小さいウイスキー
コップで。以下同じ。)」を加え、同裏九行目の「において、」から同四八枚目表
四行目の「むしろ、」までを「により請求原因2(三)(1)のとおりの血圧測定
を受けており、その結果、昭和四八年二月以降高血圧症で要治療との判定を受けて
いたが(以上の事実は、当事者間に争いがない。)、昭和五一年の秋ころまでは格
別の自覚症状がなかったのと、同人の訴外会社における印刷工及びロッカー室管理
人としての勤務形態が前記認定のとおりであって高血圧症の治療を受ける時間的余
裕がなかったため、とりたてて治療を受けたり、薬をのんだりするようなことはな
かった。もっとも、昭和五一年一二月に実施された社内定期健康診断の際には、血
圧測定を受けておらず、同人自身が自己の」と改め、同九行目の「一一月ころ」の
次に「自宅近くの井上病院で、」を、同裏五行目の末尾に「なお、右体重の増加
は、主として、ロッカー室勤務中の運動不足によって生じたものと考えられる。」
を、同五行目と同六行目との間に改行して「亡Aの訴外会社勤務中の健康状態は、
以上のとおりであったが、訴外会社も、右社内健康診断の実施により、亡Aが少な
くとも昭和四三年一一月ころから高血圧症に罹患しており、特に昭和四八年二月以
降高血圧症で要治療との判定を受けていることを十分に承知していた。」をそれぞ
れ加える。
7 原判決四九枚目表三行目の末尾に続けて「成立に争いのない甲第五一号証、昭
和六三年一一月二八日に撮影した旧第一ロッカー棟付近の写真であることに争いが
ない乙第五一号証、」を、同八行目の「B」の次に「(原審及び当審)」を、同一
〇行目と同末行との間に改行して「昭和四九年から昭和五三年にかけて、企業や公
共機関の施設に対する爆破事件や爆破予告の脅迫電話事件が頻繁に繰り返され、そ
れに伴う死傷者も現実に発生して、企業等に勤務する者はもとより、一般人に対し
ても大きな精神的不安と緊張感とを与えていた。」を、同末行の「昭和五〇年」の
前に「そこで、訴外会社においても、前記のとおり昭和四九年九月以降度々警備態
勢が敷かれた。そして、」を、同五一枚目裏三行目の末尾に「そのため、亡Aを含
む訴外会社の一般従業員の間でも、企業爆破に関する問題がしばしば日常の会話に
上るなど、それに対する不安と緊張感とが日を追って高まっていた。」をそれぞれ
加える。
8 原判決五一枚目裏五行目と同六行目との間に改行して次のとおり加える。
 「なお、控訴人は、訴外会社自体に対しても昭和五一年暮れころから度々爆破予
告の電話がかかっていたと主張し、甲第一一号証、第四七号証、第四九号証、乙第
一一号証中の各記載や証人B(原審及び当審)及び控訴人本人の各供述中にもこれ
を伺わせる部分が見られる。しかし、これらの記載や供述は、いずれも伝聞である
か、推測に基づくものであって、前掲各証拠に照らし、その時期、内容について不
正確な点が多いといわざるを得ないから、これらの記載や供述によっても訴外会社
自体に対し昭和五一年の暮れころから度々爆破予告の電話がかかっていたことまで
は認めることができず、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
9 原判決五一枚目裏七行目の「第三七号証、」の次に「証人B(当審)の証言に
より原本が存在し、その成立が認められる甲第五七号証、」を、同五二枚目表六行
目の「なったこと」の次に「、そこで、亡Aらロッカー室の管理人も、必ずしも上
司からの明確な指示があったとはいえないものの、昭和五二年一月及び二月ころに
は不審物件や不審人物の発見のために夜間の勤務時間中に第一ロッカー棟周辺の見
回りを行っていたこと」をそれぞれ加える。
10 原判決五二枚目裏三行目の「入ってからも」の次に「夜間の最低気温が氷点
下となる日が続き、同月」を、同四行目の末尾に続けて「したがって、亡Aが夜間
における第一ロッカー棟周辺の見回りや仮眠のための厚生会館への往復の際に厳し
い寒気にさらされたことは明らかである。」をそれぞれ加える。
11 原判決五二枚目裏七行目の「第四三号証の一ないし三、」の次に「成立に争
いのない乙第一号証、」を、同八行目の「甲第四三号証、」の次に「第四九号証」
を、同五三枚目表三行目の「しばしば」の次に「家人や友人に」を、同裏九行目の
「あったこと、」の次に「死体解剖の結果によれば、亡Aは、その死亡当時、橋脳
出血のほかに、脂肪性肝硬変症にも罹患していたこと、」をそれぞれ加える。
二 そこで、以上の見解及び認定事実に基づき、亡Aが昭和四三年一月二七日から
同五二年二月一四日までの間訴外会社において従事していた印刷工及びロッカー室
管理人としての各業務の遂行と、同人の死亡の直接の原因となった橋脳出血の発症
ないしその重要な原因となったと評価すべき同人の高血圧症(これに付随する動脈
硬化症を含む。以下同じ。)の増悪との間に、相当因果関係の存在が認められるか
否かについて検討する。なお、亡Aにおける橋脳出血の発症は、同人が従前より罹
患していた高血圧症の増悪が最も重要な原因となっていると評価すべきことについ
ては、前記のとおり、当事者間に争いがない。
 1(一) まず、亡Aの訴外会社における印刷工及びロッカー室管理人としての
各勤務形態が同人の健康状態に及ぼしたと考えられる影響について概観するに、前
記の認定によれば、亡Aが昭和四三年一月二七日から同五〇年一月二八日までの間
従事していた印刷工としての勤務形態は、同人が訴外会社に採用された昭和四三年
当初は深夜勤を含む二四時間二交替勤務であったが、昭和四四年四月から深夜勤を
含む三組二交替勤務となり、更に昭和四八年四月から深夜勤を含む三・五組三交替
勤務となったものであって、その間若干の変遷はあったものの、終始、深夜勤を含
む交替制勤務であった。また、同人が昭和五〇年一月二九日から同五二年二月一四
日までの間従事したロッカー室管理人としての勤務形態も、深夜勤を含む二四時間
隔日交替制勤務であり、しかも、この業務については、亡Aの勤務期間中、年末年
始の数日間の休日の付与を除き、その従業員に対して労基法三五条所定の休日を付
与する制度は設けられていなかった。そして、亡Aは、訴外会社の従業員に採用さ
れてから同人が死亡するに至るまでの約九年間、訴外会社において、右のような勤
務形態、すなわち深夜勤を含む交替制勤務の各業務に継続して従事してきたのであ
る。
(二) 一方、右勤務期間中における亡Aの健康状態について見るに、前記の認定
によれば、同人は、昭和四三年一一月の社内健康診断において、早くも高血圧症で
あるとの診断を受け、要観察と判定されており、その後、急激な変化こそ見られな
かったものの、高血圧症が次第に悪化し、昭和四六年二月の社内健康診断では要指
導となり、更に昭和四八年二月以降の社内健康診断では要治療との判定を受けてお
り、しかも、昭和四九年一一月には井上病院において、肝不全及び糖尿病に罹患し
ているとの診断をも受けているのである。もっとも、右期間中における亡Aの健康
状態に関する資料は、昭和四三年一一月以降訴外会社で実施された社内健康診断と
昭和四九年に井上病院で受けた診断の各結果以外にはないので、その健康状態の推
移の詳細は不明というほかないが、右の間に同人の健康状態が次第に蝕まれ、特に
高血圧症が次第に悪化していたことは明らかである。そして、その結果、亡Aは、
その死亡の約二か月前の昭和五一年一二月ころから、前記認定のとおり、それ以前
に比べて口数が少なくなるとともに、顔色が次第に青黒くなってむくみが生じ、し
ばしば家人や友人に疲労感や不眠を訴え、夜中にうなされることも多くなり、出勤
途中で気分が悪くなったといって、勤務を取りやめて帰宅したこともあるなど、か
なり顕著な健康状態ないし高血圧症の悪化の自覚症状及び他覚症状が出現するに至
っていたのである。
(三) ところで、前揚甲第一号証、第三三号証、原本の存在と成立に争いのない
甲第四号証、成立に争いのない甲第三四号証、第三五号証、乙第一九号証の一ない
し五、証人C、同Dの各証言によれば、一般に、深夜勤ないしこれを含む交替制勤
務は、人間固有の生理的リズムに反するものであって、長期間その勤務を継続して
も慣れが生じにくいとともに、短時間の休息ではその疲労が十分に回復せず、この
ような勤務を長期間継続すると、回復しきれない疲労がそのまま蓄積して過労状態
が進行し、これに従事する労働者の健康状態を害する蓋然性が高いこと、したがっ
て、特に脳・心臓疾患の原因である高血圧症に罹患している者については、なるべ
くこのような勤務に就けることを避けるのが望ましいとされるとともに、このよう
な勤務に従事する者には十分休息時間を与えなければならないとされていることが
認められる。そして、右甲第三四号証によれば、日本産業衛生学会の交替勤務委員
会は、昭和五三年五月二九日に労働省に対し、「夜勤・交替制勤務に関する意見
書」を提出し、その中で、夜勤・交代(替)制勤務に伴う健康障害等の労働衛生学
的問題点を指摘するとともに、高血圧症等の循環器疾患で治療中の者や、その再発
のおそれのある者については、このような勤務に従事することを不適とする措置を
とるべき旨の意見を述べていることが認められる。
(四) そうすると、前記のように高血圧症が次第に悪化しつつあった亡A、特に
高血圧症で治療を要するとの判定を受けた昭和四八年二月以降の同人を、前記のご
とく人間固有の生理的リズムに反し、疲労の蓄積、過労状態の進行を招きやすく、
健康状態を害する蓋然性の高い、深夜勤を含む交替制勤務の業務に就けていたこと
は大いに問題であって、その間における亡Aの各業務の遂行が同人の高血圧症の増
悪につき相当に重要な影響を及ぼしたであろうことは否定することができない。そ
して、他にこれを否定するに足りる特段の事情の認められない限り、亡Aの右各業
務の遂行と同人の高血圧症の増悪との間には、相当因果関係が存在するということ
ができるであろう。
2(一) 次に、亡Aがその死亡前の二年余の間従事していたロッカー室管理人と
しての業務の内容について考察するに、前記の認定によれば、午前一時ころから同
五時四五分ころまでの仮眠時間を除くその余の勤務時間中の通常の業務は、ロッカ
ー室内の管理人室又はその周辺で待機して、出退勤時間に継続的にロッカー室に出
入りしてそのロッカーを利用する訴外会社等の従業員との対応、ロッカー室に設置
された各ロッカーの施錠の確認、予備鍵ないし合鍵(マスター・キー)の保管と鍵
を忘れた者への対応、ロッカー室内の監視、点検、同室内外の清掃、交替する管理
人との事務の引継ぎ等を行うことであって、これらの業務の合間の時間は、いわゆ
る手持ち時間として管理人室で待機しておればよいものであった。そして、これら
の業務のうち比較的肉体的な労働と見られる業務は、午前、午後の各約一時間及び
午後九時ころの約三〇分間行う清掃業務だけであって、その余は格別肉体的な労働
を伴うものではなかった。したがって、これらの業務の内容を個別的ないし断片的
に見る限りでは、いずれも肉体的及び精神的にそれほど重い労働であったとはいえ
ず、むしろ、比較的に軽い労働であったというべきであろう。(そのため、逆に運
動不足に陥る弊害を免れなかったことは、前記認定のとおりである。)
(二) しかしながら、亡Aは、その勤務日には、午前五時過ぎに起床し、午前七
時過ぎには訴外会社に出勤したうえ、交替する管理人との事務の引継ぎを行い、そ
の後午前八時から翌日の午前八時までの二四時間、そのうちの仮眠時間約五時間
(しかも、実質的に仮眠することができる時間は、約四時間ないし四時間三〇分程
度であった。)を除いて、管理人室又はその周辺において前記の業務を連続して行
うことを要求されたのであって、右勤務時間終了後自宅に帰って自由に休息等をす
ることができたのは、翌日の午前九時過ぎからであった。したがって、その勤務日
には、午前五時過ぎに起床してから翌日の午前一時過ぎに仮眠するまでの約二〇時
間、就床したり横になったりして睡眠等の休息をとることは許されず、また、勤務
明け日に自宅で自由に休息等をすることができた時間も、実質的には約二〇時間に
すぎなかったのである。そして、亡Aは、昭和五二年二月一四日に死亡するまでの
二年余の間、勤務明け日と年末年始の休日を除き、原則として休日をとることな
く、右勤務を継続していたのである。しかも、同人は、右勤務に就いた昭和五〇年
一月二九日以前から高血圧症で要治療との判定を受けており、また、その症状の程
度は不明であったとはいえ、肝不全及び糖尿病にも罹患していたのである。そこ
で、亡Aのロッカー室管理人としての業務の内容を全体的ないし総合的に考察する
と、肉体的にも、精神的にも、それほど軽い労働であったということはできず、む
しろ、右のとおり高血圧症等に罹患していた同人にとっては、相当に重く、かつ、
かなりの辛抱を要する長時間拘束労働であったというべきであって、同人の死亡前
の二年余の間における右業務の遂行が同人の健康状態の悪化、特に同人の高血圧症
の増悪に軽視することのできない影響を及ぼし、これが同人における橋脳出血発症
の重要な原因となったであろうことは否定し難いものといわざるを得ない。
(三) なお、亡Aのロッカー室管理人としての業務について付言するに、前記認
定のとおり、右業務は休日なしの二四時間隔日勤務体制であったが、このような業
務は労基法四一条三号所定の「断続的労働」に該当すると解されるから、同法三二
条の労働時間の制限に関する規定及び同法三五条の休日の付与に関する規定の各適
用除外が認められるためには、同法四一条により、訴外会社は労働基準監督署長の
許可を受けなければならなかったところ、訴外会社が亡Aの死亡前にそのような許
可を受けていなかったことは、当事者間に争いがない。そうすると、亡Aがその生
前に従事していた右勤務体制は、同法三二条及び三五条にそれぞれ違反するもので
あったといわなければならない。そして、前揚甲第一号証、証人C及び同Dの各証
言によれば、右のような二四時間隔日勤務体制は、人間固有の生理的リズムに反す
るものであって、勤務明け日の一日だけでは勤務日の疲労が十分に回復するとはい
い難いから、少なくとも週に一回の休日を付与することは、その疲労回復のために
必要不可欠であったというべきである。したがって、訴外会社が亡Aの右業務にお
ける二四時間隔日勤務について労基法に違反し週に一回の休日を付与していなかっ
たことは、同人の高血圧症の増悪に一層の影響を及ぼしたものと考えられる。因み
に、原本の存在と成立に争いのない乙第四八号証の一ないし三、第四九号証、証人
Eの証言によれば、訴外会社は、亡Aの死亡後の昭和五二年七月一七日に至り、同
人の死亡を契機として、ロッカー室管理人の業務についても、勤務明け日の休日以
外に、月二回の休日を付与することなどを内容とする労基法四一条三号所定の許可
を申請したところ、労働基準監督署長は、昭和五三年一一月六日付けで、右管理人
を精神的緊張度の高い労働等に就かせないこと、実際に作業する時間の合計がいわ
ゆる手持ち時間の合計より少なく、かつ、八時間以内であることなどの附款条件を
付して右申請を許可していることが認められる。そして、このことは、ロッカー室
管理人の業務についても、その従業員の疲労回復のためには、少なくとも右程度の
休日の付与が必要不可欠であることを裏付けているものということができる。
3 更に、亡Aの高血圧症の増悪ないしそれに基づく橋脳出血の発症に多少とも影
響を及ぼしたと考えられるその他の要因について検討する。
(一) まず、前記の認定によれば、昭和四九年以来、東京都内をはじめ全国各地
において企業爆破事件や爆弾をしかける旨の脅迫電話事件等の凶悪、残忍な事件が
相次いで発生しており、それに伴い死傷者も現実に発生して、企業等に勤務する者
はもとより、一般人に対して大きな精神的不安と緊張感を与えるとともに、訴外会
社に対しても所轄警察署から警戒態勢をとるべき旨の要請があってその間度々警戒
態勢が敷かれていたこと、そして、昭和五二年二月五日には訴外会社自体に対する
直接の爆破予告電話がかかるとともに、亡Aの死亡の前後を通じて不審な電話や爆
破予告の電話が反覆され、訴外会社としてもその構内における不審物の検索やいわ
ゆる職制による構内の巡回パトロール等の緊急警戒態勢をとっていたこと、それに
伴い、一般従業員も右のような爆破予告電話のあったことを知るに至っており、亡
Aらのロッカー室管理人に対しても、ロッカーの施錠や戸締りに十分注意すべき旨
の指示があったこと、特に亡Aが勤務していた第一ロッカー棟の敷地は訴外会社の
工場の敷地とは公道を挟んで外側にあり、右職制によるパトロールの範囲外にあっ
たため、亡Aは、右指示に応じて、夜間右ロッカー棟の周辺を見回るなどの警戒行
動をしていたことが認められる。そうすると、これらの事実関係からすれば、右事
件の発生やこれに基づく警戒態勢の実施が、ロッカー室において深夜まで一人で勤
務しなければならなかった亡Aらに対して少なからぬ精神的不安や緊張間を与えて
いたことは明らかである。そして、前記認定の亡Aの死亡直前の状況、特にそのう
ち、同人が昭和五一年一二月ころからしばしば家人や友人に対して疲労感や不眠を
訴え、夜中にうなされることが多くなっていたということは、そのころ同人に、前
記の各業務の遂行による疲労の蓄積、過労状態の進行が生じるとともに、このよう
な精神的不安や緊張感が相当に高まっていたことを裏付けるものというべきであろ
う。
 なお、亡Aが行った第一ロッカー棟周辺の見回りについて、証人Eは、このよう
な見回りはロッカー室管理人の本来の業務ではないし、訴外会社も亡Aらに対して
そのような見回りも具体的に指示したことはない旨供述しているが、仮にロッカー
室管理人によるロッカー棟周辺の見回りが同管理人の本来の業務ではなく、かつ、
訴外会社からの具体的指示がなかったとしても、当時の社会情勢や前記の特別警戒
態勢の内容及び第一ロッカー棟の置かれた状況等からすれば、亡Aらが自発的に行
っていた第一ロッカー棟周辺の見回りは、当然に同人らの付随的業務の範囲内に含
まれていたことは明らかである。
(二) 加うるに、前記の認定によれば、昭和五二年冬の寒気は、特別に厳しく、
同年一月中及び二月上旬の夜間の最低気温は氷点下になることが多かったこと、そ
して、亡Aは、その間の出勤日には毎夜随時第一ロッカー棟周辺の見回りをすると
ともに仮眠室への往復のため、午前零時三〇分ころ及び午前六時前ころに約三〇〇
メートル離れたロッカー室と厚生会館との間を往復して、右のような厳しい寒気に
さらされていたことが認められる。
(三) しかも、前記の認定によれば、亡Aは、昭和五一年一二月ころから健康状
態の変調を来たしており、特に同人が死亡した日の二日前からは体調がかなり悪化
していたことが認められるから、このような健康状態にあった亡Aにとって、特別
警戒態勢による不安、緊張と厳しい寒気とは、同人の高血圧症の増悪に大きな影響
を及ぼしていたものとみるのが相当である。
(四) なお、前記認定のとおり、当時亡Aには、高齢、飲酒、糖尿病、肥満等の
高血圧症を増悪させ、橋脳出血発症の原因となり得る他の要因も存在したと認めら
れるので、これらの要因と亡Aの高血圧症の増悪ないしそれが最も重要な原因とな
った橋脳出血の発症との関係について検討する。
(1) まず、高齢については、それ自体高血圧症増悪の一つの要因ではあり得る
が、訴外会社は、亡Aが当時五六歳の高齢であることを十分に承知していながら、
同人をロッカー室管理人の業務に就かせたものであるから、本件における業務起因
性の判断に当っては、同人が死亡当時五八歳の高齢であったことを理由にこれを否
定するのは相当でないというべきである。
(2) 次に、飲酒については、それが多飲の場合には、高血圧症増悪の一つの要
因となり得るが(もっとも、前掲甲第五二号証によれば、多量飲酒の習慣は、脳梗
塞による死亡については重要な原因と考えられるが、脳出血による死亡については
有意な相関関係は認められないという見解も存在する。)、前記の認定によれば、
亡Aは、酒好きではあったものの、もともとそれほど多量に飲酒していたとはいえ
ず、特に、ロッカー室の管理人になった後は、飲酒する量及び回数をかなり減らし
ていたことが認められるから、同人の飲酒習慣は、その高血圧症の増悪にとり、同
人の従事していた前記各業務の勤務体制に伴う疲労の蓄積、前記の理由に基づく精
神的不安、緊張や寒気の影響と比較して、それほど重要な原因となっていなかった
ものと解するのが相当である。むしろ、亡Aの前記勤務体制からすれば、同人は、
仮眠室においても、自宅においても、就眠のためにやむを得ず飲酒することが多か
ったものというべきである。
 なお、喫煙についても、亡Aはタバコを吸うことは吸ったが、その量は極めて少
なかったというべきであるから、これも飲酒と同様、同人の高血圧症の増悪にとっ
て、それほど重要な原因とはなっていなかったものというべきである。
(3) 糖尿病についても、それは高血圧症増悪の一つの要因となり得るが、前揚
甲第五二号証、成立に争いのない甲第五三号証、乙第六一号証、原本の存在と成立
に争いのない乙第五八、第五九号証によれば、一般に糖尿病の患者又は糖尿病と高
血圧症の合併した患者には、糖尿病に罹患していない者と比較して、脳梗塞の生じ
る事例は明らかに多いが、脳出血の生じる事例は必ずしも多いとはいえないことが
認められるとともに、亡Aの糖尿病の症状の程度は、同人の血糖値等についての具
体的な検査結果が明らかでないので、正確には不明であるといわざるを得ない。そ
うすると、亡Aがその生前に糖尿病に罹患していたとしても、本件における亡Aの
死亡の業務起因性の判断にあたっては、このことをそれほど重視する必要はないも
のというべきである。
(4) 肥満についても、それ自体高血圧症増悪の一つの原因と考えられる。そし
て、亡Aは、前記認定のとおり、その死亡当時一応肥満であったと評価できる。し
かし、その肥満は、特別著しいものであったということはできないのみならず、同
人の死亡時の肥満は、同人が従事していた管理人業務の性質上、運動不足に陥り、
その結果招来されたと解すべき余地が多いといわなければならないから、これも同
人の死亡についての業務起因性否定の要因となるものではないというべきである。
(5) そして、本件の全証拠を精査しても、以上に検討したもののほかに、亡A
の死亡の業務起因性の判断において考慮しなければならないほどの要因の存在は認
められない。
4 ところで、被控訴人は、亡Aは、昭和四八年二月以降訴外会社で行った社内健
康診断において同人が高血圧症であって治療を要する旨の判定を受けていながら、
その後、その治療を受けていないのはもとより、社内で行われた健康診断すら定期
的には受検せず、かつ、肥満の解消を怠るとともに、飲酒、喫煙を繰り返して、自
己の健康管理に意を用いていなかったから、同人の死亡については業務起因性が否
定されるべきである旨主張する。
 そこで、右主張について判断するに、たしかに前記の認定事実によれば、亡A
は、昭和四八年に高血圧症で要治療との判定を受けた後においても、定期的な社内
健康診断や高血圧症の治療を避けていたと見られる節がないわけではない。しかし
ながら、前記の認定事実よれば、亡Aが高血圧症の治療を積極的に受けなかったの
は、同人がその治療自体を嫌忌ないし敬遠していたためではなく、その時間的余裕
がなかったためにすぎないと解するのが相当である。すなわち、前記認定の亡Aの
勤務体制及び勤務明け日の過ごし方の実情からすれば、同人のロッカー室管理人と
しての勤務時間中には高血圧症の治療を受けるだけの時間的余裕は全く存在しなか
ったと考えられるうえ、勤務明け日もまたその前日の勤務による疲労回復のために
必要な睡眠、休息をとるのに充てざるを得ず、高血圧症の治療を受ける時間的余裕
が十分に存在しなかった結果、その治療を受けることができなかったものと認めら
れる。
 一方、訴外会社は、昭和四八年二月以降亡Aが高血圧症のため要治療との判定を
受け、また、糖尿病等にも罹患していることを認識していたにもかかわらず、同人
を二四時間隔日勤務という高血圧症の増悪にとって悪影響のある業務に従事させた
まま、その勤務体制の変更、勤務時間の短縮又は代替要員の増員等の措置を講じる
ことを怠っていたのみならず、労基法で定められた少なくとも週一回の休日すら与
えていなかったものである。したがって、亡Aが高血圧症等に罹患しながら、訴外
会社での勤務に追われて、その治療を受けることができなかったことについては、
むしろ、訴外会社側にその従業員の健康保持に関する配慮義務に違反した責任があ
ると評価されてもやむを得ないものというべきである。
 そうすると、本件の事実関係のもとにおいて、亡Aが自己の健康管理を怠ったこ
とを非難し、同人の高血圧症の増悪ないし橋脳出血の発症については同人自身の責
めに帰すべき事由があったとする被控訴人の主張は失当というべきであって、採用
することができない。
5 以上に、検討したところを総合して判断すると、亡Aの死亡の直接の原因とな
った橋脳出血は、同人が従前より罹患していた高血圧症(これに付随する動脈硬化
症を含む。)の増悪が最も重要な原因となって発症したものであることは、当事者
間に争いがないところ、同人における高血圧症の増悪は、同人が昭和四三年一月に
訴外会社の従業員に採用されて以来従事してきた各業務の遂行、すなわち印刷工と
しての深夜勤を含む交替制勤務及びロッカー室管理人としての休日のない二四時間
隔日交替制勤務の継続によって生じた同人の肉体的及び精神的疲労の蓄積、過労状
態の進行に、昭和四九年以来続発した企業爆破等の事件、特に昭和五二年二月五日
に発生した訴外会社自体に対する爆破予告電話事件によって生じた同人の精神的不
安、緊張感の高揚と、夜間における第一ロッカー棟周辺の見回り、仮眠のための厚
生会館への往復等の際にさらされた厳しい寒気の影響とが加わり、これらが相対的
に有力な共働原因となってもたらされたものと解するのが相当である。しかも、亡
Aが訴外会社の従業員として従事していた右各業務は、いずれも前記のとおり、疲
労の蓄積、過労状態の進行が生じやすく、労働者の健康状態を害する蓋然性の高い
業務であって、高血圧症の患者等には就労の不適な業務であったところ、訴外会社
は、亡Aがその採用後間もなく高血圧症に罹患しており、特に昭和四八年二月以降
高血圧症で要治療との判定を受けていることを十分に知っていたにもかかわらず、
右各業務に関する勤務体制の変更、勤務時間の短縮又は代替要員の増加等の同人の
健康保持に必要な措置を全く講じることなく、その勤務を継続させた結果、前記の
とおりの原因で同人の死亡を招来するに至ったものといわざるを得ない。
 そうすると、亡Aが訴外会社の従業員として従事していた右各業務の遂行と同人
の橋脳出血による死亡との間には、相当因果関係が存在するものというべきであ
る。そして、亡Aの高血圧症の増悪に多少とも影響を及ぼしたと考えられるその他
の前記各要因を考慮しても、右両者の間における相当因果関係の存在を否定するこ
とはできない。
三 以上の次第であって、亡Aの死亡には業務起因性が認められないとしてなされ
た被控訴人の本件処分は違法というべきであるから、その取消しを求める控訴人の
本件請求は理由がある。
 よって、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消したうえ、本件処分を取り
消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八
九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村長生 前島勝三 富田善範)

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