弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人村本勝の控訴趣意書に記載するとおりであるから、こ
こにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。
 控訴趣意第一点について
 所論は、原判決が掲げる証拠の標目中のいずれの証拠を検討しても、原判示のよ
うな犯罪事実を認めることがてきず、原判決には事実誤認又は理由不備の違法があ
る、というのである。
 しかし、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示犯罪事実を優に認めることが
できる。原判決挙示の証拠である、(1)被告人の検察官に対する供述調書中に
は、「被告人が原判示日時顔だけ知つている名前の知らない近所の人から頼まれ、
その男の人を被告人の運転する自家用自動車ダツトサン愛○せ○△×□号に乗せ、
守山市大字aの被告人方前から名古屋市b区c通りまで運んだ」、「被告人は昭和
三五年七月か八月頃右自動車を使つて名古屋スクープという新聞タクシーの仕事を
半月位やつてやめたが、その後自宅で養豚業を営む傍近所の人から頼まれた時に乗
せて運ぶ程度でせいぜい月に四、五日それも一日中やつているわけでないが、右自
動車で一粁二五円の割合の対価を受けて他人を運送していた」、「前記c通りまで
運んだ人からいくらかと金のことを聞かれない内に検挙されてしまつたが、同人に
対しても一粁二五円の割とはいわないまでも金を受取る気持はあつた」旨の供述記
載があり、(2)原審第二回公判調書中の原審証人Aの供述記載中には「私達取締
班は車二台で追尾し、被告人の車が停車すると被告人の車を取締車二台で前後し、
乗客係と被疑者取調係とに分れ、被告人と乗客をすぐ分離させた、乗客係が乗客の
供述調書を作成し、お客が料金を支払う意思のあつたということが判つた」旨の部
分があり、(3)同公判調書中の原審証人Bの供述記載中には「被告人の家から被
告人の自動車に乗せて貰い、名古屋市の尾頭橋を通つてcの用水場の前まで行つ
た、そこで降りる時に刑事さんが四、五人来て何かいつた」、「警察官に対し、乗
る前に金を払う積りであつたといつた」旨の部分がある。右各供述記載部分を総合
すれば、原判示日時、被告人とBとの間には「被告人はBを同人の依頼した地点ま
で自動車で輸送する、Bは下車の際輸送の対価として現金を支払う」旨の黙示の契
約が成立し、該契約に基き被告人が原判示のとおりBを被告人の自家用乗用自動車
に乗せ守山市大字a字上流附近路上より名古屋市b区c通り用水場前(d丁目e番
地附近路上であることは原判決挙示の被告人の原審公廷における供述によりこれを
認める)まで輸送したものであることを認めるに十分であり、原判決には所論のよ
うな理由不備の点はない。又本件記録を精査し、原裁判所が取調べたすべての証拠
を仔細に検討し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決の被告人に対
する犯罪事実の認定に誤認がある点を見出し得ないので、論旨は採用できない。
 控訴趣意第二点について
 所論は、(1)道路運送法第一〇一条第一項、第一二八条の三第二号が処罰の対
象とする行為は、現実に輸送の対価としての現金を受取つて運送する行為であつ
て、対価を受取る意思で運送契約をすることを禁じているものでないから、被告人
が未だ運送の対価を受取らず単に対価を受取る意思でBを運送した被告人の原判示
所為は右法条に違反しない、(2)仮りに、右法条に違反した犯罪は成立している
にしても運送契約が成立しただけでは、それは未遂の段階にあり、犯罪の既遂では
なく、右道路運送法には右未遂の所為を処罰する規定はないのであるから、被告人
の原判示所為は罪とならないのに、原判決が被告人の原判示所為に対し右法条を適
用し処断したのは、法令の解釈を誤り、その結果適用すべからざる事実に法令を適
用した違法がある、というのである。
 原判決挙示の証拠によれば、被告人は、原判示のとおり自己の運転する自家用乗
用自動車にBを乗せて輸送したが、未だBよりその対価を受け終らない内に警察官
に発見逮捕されたものであることを認めるこ<要旨>とができる。しかし、道路運送
法第一〇一条第一項にいわゆる「有償で」とは、「運送の対価として財物を受 旨>け、又は受ける約束」でという意味に解するのが相当であるから、所論のような
現実に輸送の対価を受取つて運送した場合はもとより右法条に違反したことになる
が、被告人の原判示所為のように、Bとの間に下車の際同人から輸送の対価として
現金を収受する契約をなし該契約のもとに同人を被告人の運転する自家用乗用自動
車に乗せて輸送した場合もまた同法条に違反したものに該るとし、同法第一二八条
の三第二号を適用した原判決には、法令の適用を誤つた違法はない。そもそも、同
法第一〇一条第一項、第一二八条の三第二号は、同法第四条において自動車運送事
業の経営を運輸大臣の免許を受けた者のみに許し、同法第一二八条第一号において
無免許で自動車運送事業を経営した者即ち無免許営業者を処罰することにしたが、
無免許営業の絶滅、道路運送秩序の確保を図る為には、さらに無免許営業に発展す
る危険性の多い自家用自動車の個々の有償運送行為を禁止する必要があるとして設
けられたものと考える。ところで、若し所論のように、現実に輸送の対価としての
現金を受取つて運送した行為だけが同法第一二八条の三第二号に該ると解するなら
ば、輸送の対価を後日収受するように契約して自家用自動車を運送の用に供するこ
とによつて、たやすく同条項の適用を免れることができ(後日の対価の収受が前の
運送行為に対するものであることは第三者からは判別困難である為、前の運送行為
と後の対価収受行為とを結びつけて同条項に該当するとして取締まることは困難で
ある)、かくては、無免許営業の絶滅、道路運送秩序の確保を図る為に同条項を設
けた趣旨に反するので、同条項につき所論のように解することは賛同し難い。な
お、原判決は、被告人とBとの間に単に有償運送契約が成立したということだけを
認定しているのではなく、該契約に基き被告人がBを被告人の運転する自家用乗用
自動車愛○せ―○△×□号に乗せて、守山市大字a字上流附近路上より名古屋市b
区c通りd丁目e番地附近路上まで約二〇粁輸送したことを認定しているものであ
ること、原判文上明らかであるから、運送契約が成立しただけでは右条項所定の行
為の未遂の段階にあり、被告人の原判示所為は同条項に該当せず罪とならないとの
弁護人の主張を採用できないこと極めて明白である。原判決には所論のような法令
の解釈を誤り、延いて法令の適用を誤つたという点はなく、論旨は採用し難い。
 よつて、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却す
ることとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 小林登一 判事 成田薫 判事 布谷憲治)

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