弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人佐藤一平の上告理由一について。
 原判決(およびその引用する第一審判決。以下同じ。)は、根抵当権者たる訴外
D株式会社が根抵当権設定者訴外E工業株式会社の代表取締役Fおよび債務者訴外
G販売協同組合の代表理事たる被上告人に対して根抵当権を放棄する意思表示をし
たが、当時すでに本件建物は訴外E工業株式会社から上告人に売り渡されその旨の
登記がされていたという事実を認定したうえ、抵当権の放棄は目的物の所有者に対
する意思表示によつてされることを要し、右の根抵当権の放棄は、本件建物につい
ては、当時所有者でなかつた者に対してされたものであるから、その効力を生じな
かつたものであると判断した。しかし、記録に徴するに、上告人は、原審の最終口
頭弁論期日において、上告人が訴外D株式会社との間で根抵当権設定契約解除の交
渉をすることを訴外Fに依頼し、同人は上告人を代理して訴外D株式会社から右放
棄の意思表示を受領したものであるとの事実を主張したことが認められる。そして、
右上告人主張事実が認められるときには、右放棄の意思表示は当時の目的物所有者
に対してされたものということができ、したがつて本件根抵当権は有効に放棄され
たものと解されるのにかかわらず、原判決は右の主張について何ら判断を示してい
ない。
 したがつて、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺
脱した違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。
 同二について。
 原判決は、仮りに根抵当権が有効に放棄されたとしても、その消滅についての登
記がされない間に被上告人が根抵当権をその被担保債権とともに譲り受けたもので
あるから、上告人は右根抵当権の消滅を第三者たる被上告人に対抗することができ
ないものと判断している。しかし、実体上物権変動があつた事実を知りながら当該
不動産について利害関係を持つに至つた者において、右物権変動についての登記の
欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある場合には、かかる
背信的悪意者は登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有しないものであつて、
民法一七七条にいう「第三者」にあたらないものと解すべきところ、原審の認定し
たところによれば、被上告人は、本件根抵当権の被担保債権の債務者の代表者であ
り、訴外Fとともに訴外D株式会社と交渉して根抵当権放棄の意思表示を事実上受
けたものであるというのであるから、もし上告人の前示主張のとおり、訴外Fが上
告人を代理していたものであつて、上告人に対して有効に放棄がされたものと認め
られるに至つた場合には、被上告人は根抵当権が右放棄により消滅した事実を知り
ながらこれを譲り受けたものと推測されるのであり、そして、被上告人に右のよう
な悪意が認められたならば、譲受けの動機、経緯等において特段の事情がないかぎ
り、右認定のような立場にある被上告人が登記のないことを理由に根抵当権の消滅
を否定し、譲受けにかかる根抵当権の存在を主張することは信義に反するところと
いうべきであつて、被上告人は、根抵当権の消滅についての登記の欠缺を主張する
正当の利益を有せず、前記「第三者」にあたらないものと解するのが相当である。
 そして、上告人の原審における主張もこのような見地からして根抵当権の消滅を
被上告人に対抗しようとする趣旨に解されないものでもないのにかかわらず、原判
決は、その認定した事実関係のもとにおいて、被上告人の悪意の有無を確定せず、
かつ前記特段の事情の存否を審理判断することなしに、漫然被上告人が「第三者」
にあたると解したのであつて、この判断には、民法一七七条の解釈適用を誤り、審
理を尽さなかつた違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。
 よつて、原判決を破棄し、前示の各点についてさらに審理を尽させるため本件を
原審に差し戻すのが相当であるから、その余の論旨についての判断を省略し、民訴
法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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