弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由 
第一 請求
 被告が昭和六一年(行)第五号事件につき平成元年二月八日付けでなした「要求
事項(1)ア及びイはいずれも認めることができない。」及び「要求事項(2)ア
及びイはいずれも取り上げることができない。」旨の判定を取り消す。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1(原告の措置要求と被告の判定)
(一) 原告は、東京都衛生研究所(以下、「衛生研究所」という。)の一般職職
員(主事)であるが、被告に対し昭和六一年七月一一日付け書面で、次の要求を掲
げて措置を求めた(昭和六一年(行)第五号事案。以下、「本件措置要求」とい
う。)。
(1)ア 衛生研究所に、換気系統が他の室とまったく異なる喫煙室又は喫煙場所
を設置すること。
イ 右アの措置が実現するまで、原告に衛生研究所の他の職員が日常使用している
ものと同等の条件、設備の整った執務室(実験室及び控え室)を提供すること。
(2)ア 喫煙による被害を受けない場所へ異動する場合、他の職員の場合と同等
の職務遂行上の条件、待遇とすること。
イ 措置要求を提出している期間中、命令権者の一方的な命令権の行使で原告が不
利な状態におかれることを未然に防止する条例あるいは規則の改善をすること。
(二) 被告は、原告の右措置要求につき、平成元年二月八日付けで「要求事項
(1)ア及びイは、いずれも認めることができない。要求事項(2)ア及びイは、
いずれも取り上げることができない。」旨の判定(以下、「本件判定」という。)
をした。本件判定の具体的内容は別紙(一)のとおりである。
2(本件判定に至る経緯、事情)
(一) 原告は、本件措置要求に先立ち、昭和五八年九月に被告に対し、「(1)
嫌煙者が在席する事務室及び研究室では、勤務時間中禁煙とすること、休憩時間及
び休息時間における喫煙は定められた場所で行うこと、(2)図書室、洗面所、エ
レベーター内及び廊下は禁煙とすること、また、食事をする所では、換気扇の傍ら
を喫煙席とし、その他の箇所では禁煙とすること、(3)嫌煙者の加わる公的なミ
ーティング等の場合には、換気の良好なときを除き、原則として禁煙とすること、
(4)上記以外の場所においても、喫煙する場合には換気に注意すること、(5)
半年毎に(1)ないし(4)の実態を調査し、これらの事項が実行されずトラブル
が生じている場合には、喫煙室を設置すること」を要求事項とする措置要求(以
下、「前回の措置要求」という。)をし、被告は、昭和六〇年五月二二日、衛生研
究所長が、「(1)同研究所事務室において浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び炭
酸ガスの含有率が事務所衛生基準規則(昭和四七年労働省令第四三号)第五条第一
項の規定に適合しない場合には、換気を強化するなどして、この規定に適合するよ
う措置すること、また、同研究所の研究室においてもこれに準ずること、(2)同
研究所の研究室(控え室又は準備室を備えたもので、当該控え室又は準備室を除い
た部分に限る。(3)において同じ。)及び図書閲覧室は禁煙とするよう措置する
こと、(3)同研究所の研究室、図書閲覧室、洗面所、エレベーター内、廊下、そ
の他禁煙と定められている室については、禁煙である旨をステッカー等で明示する
などして、禁煙が遵守されるよう措置すること、(4)喫煙をする職員が禁煙とさ
れていない室で喫煙をしない職員と同席する場合は、喫煙が健康に及ぼす影響につ
いて十分認識し、喫煙をしない職員に配慮するように、職員の自覚を促す措置をと
ること」が必要であると認める判定(以下、「昭和六〇年五月二二日付け判定」と
いう。)をし、同日付けで衛生研究所長に対して右判定の趣旨を実現するように勧
告した。右判定の具体的内容は別紙(二)のとおりである。
(二) 右勧告の後、衛生研究所は、次のような措置をとった。
 衛生研究所長は、昭和六〇年五月二二日付け判定に基づく右勧告後、同年六月二
一日付けで、別紙(一)添付の別紙1の「所内における喫煙について」(以下、
「所長通知」という。)及び別紙2の「『所内における喫煙について』の運用につ
いて」(以下、「所長決定」という。)を定めた。そして、所内には換気扇一五台
が新設され、ステッカー(禁煙表示プレート)二〇三枚が貼付された。さらに、昭
和六〇年八月以降、衛生研究所は年二回定期的に所内の環境調査を作為的条件を設
定しないで行うようになった。昭和六二年七月ないし同年八月の右調査結果による
と、事務所衛生基準規則に定める基準を超えた値が測定されたのは一箇所にとどま
った。
(三) 原告の東京都衛生研究所勤務歴は次のとおりであり、原告が受動喫煙の被
害を特に強調しているのは、生活科学部乳肉衛生研究科食肉魚介細菌担当であった
昭和五七年六月から昭和五八年三月までの期間、昭和六〇年四月から微生物部細菌
第一科腸内細菌室への異動とこれに続く食中毒担当となってからの期間である。
 原告は、昭和四五年四月衛生検査職種の職員として東京都に採用され、当時衛生
研究所栄養部食品分析研究室(その後、組織改組により生活科学部栄養研究科食品
分析担当)に配属された後、乳肉衛生部乳研究室(同様にして生活科学部乳肉衛生
研究科乳分析担当)、生活科学部乳肉衛生研究科食肉魚介細菌担当、同科中央機器
室、同科食肉魚介細菌担当(ただし、原告は、中央機器室から食肉魚介細菌担当に
戻るように命ぜられた際東京都知事等に請願書を提出し、実際には部屋を移らなか
ったことが窺われる。)を経て、昭和六〇年四月微生物部細菌第一科腸内細菌担当
となり、昭和六一年六月同科食中毒担当となっている。(甲第二、第四、第一一八
号証、原告本人尋問の結果)。
(四) 原告は、昭和六一年六月当初から、衛生研究所二号館六一七号室を控え室
として、また、五一九号室を実験室として、それぞれ使用している。これらの執務
室にはいずれも屋外への窓はない。
(五) 衛生研究所の建物内の空気環境に関する法的規制は、事務所衛生基準規則
(昭和四七年労働省令第四三号)によるものであり、建築物における衛生的環境の
確保に関する法律(昭和四五年法律第二〇号。以下「ビル管理法」ということがあ
る。)の適用はない。
(六) 平成三年四月に東京都新宿区に移転する東京都庁の新庁舎は分煙化(喫煙
室が設置され、その余の室等は原則として禁煙とされる方式)されている。
(七) 衛生研究所の換気設備は、中央管理方式の空気調和設備(集中換気方式)
である。
(八) 衛生研究所の建物については、改築が予定されており、その完成予定時期
は平成九年ないし平成一〇年とされている。
二 争点
1 原告の主張
 本件判決は次の点から違法である。
(一) 本件判定は、以下の事情を総合すれば、裁量権の行使に問題があり、違法
である。
(1)①(受動喫煙)
 喫煙者の周囲にいる者は、自ら喫煙しなくても、発癌物質その他の有害物質が多
数含まれているたばこの煙(喫煙者が吸って吐き出す主流煙と燃焼部から立ち昇る
副流煙とがある。)を吸うことを強いられることになる(受動喫煙)。現在のよう
に冷暖房が完備し、その効率を保持するためにほぼ密閉状態にある室内において
は、受動喫煙が避けられないものとなっている一方、職場の中には、喫煙の被害を
受け易い体質の職員、たとえば、咽喉頭炎になり易い者、妊婦、呼吸器系統・循環
器系統に疾患を有する者、アレルギー患者、たばこ臭を嫌う者などがいる。
②(たばこの害と諸外国での規制)
 たばこの煙の害については多くの報告があり、欧米等では、公共の建物内等ある
いは職場での喫煙を刑罰をもって禁止する法規が制定されているところもあり、職
場の同僚の喫煙により肺癌で死亡した者の遺族からの訴えに対し受動喫煙の被害を
労働災害と認めた裁判例、たばこの煙の充満したオフィスでは働けない者に禁煙の
オフィスが用意されない場合身体障害者年金を認めるとの裁判例、職場での禁煙を
求める請求を認容する裁判例、ヘビー・スモーカーの夫に対する妻からの訴えを受
けて家庭内での喫煙を全面的に禁止する命令をした裁判例等が現れるに至ってい
る。
③(我が国での規制)
 我が国においては、喫煙者を採用しない酒造会社や社内では禁煙として禁煙手当
てを支給している企業も現れており、電車や航空機内その他で喫煙規制が進んでい
るが、たとえば病院、映画館等に喫煙コーナーが設けられても換気設備が整ってい
ないなど喫煙規制の有効性に欠ける点があり、テレビ、雑誌、新聞等、小学校低学
年の児童が接し得るマスメディアでのたばこのコマーシャルも野放しであるなど、
総じて喫煙規制が緩く、政府の対応も欧米諸国のように積極的でない。八〇年間に
わたるたばこ専売制のもとで、財政収入を上げることに力が注がれ、喫煙の有害性
の研究が遅れ、国民は長年喫煙の害について無知であった。官公庁の喫煙対策は、
我が国社会の中でも遅れているところの一つである。
(2)(昭和六〇年五月二二日付け判定及び衛生研究所側の措置とその後の原告の
被害の状況)
 昭和六〇年五月二二日付け判定において、喫煙をする職員は、喫煙をしない職員
と同席する場合、健康上の影響について十分配慮すべきものであることが認められ
ている。しかし、衛生研究所の換気方式(集中換気方式)や研究室の日常の使用実
態等のため、右勧告は不十分であった。
 労働安全衛生法三条、二三条によれば、職場における職員の健康確保は東京都の
責務である。東京都には、職員の職務執行に伴って発生する労働災害を未然に防止
するため、東京都総括安全衛生管理者(副知事)のもとに各部署に安全衛生管理者
が置かれ、衛生研究所では所長(医師)が事務所総括安全管理者となっており、七
名の委員による事務所安全衛生管理委員会が置かれている。しかし、右勧告後の右
委員中五名(所長を含む。)が喫煙者であることもあって、右勧告を受けてなされ
た同研究所の措置は、非喫煙者の受動喫煙に対する配慮が不十分であり、安易なも
のでしかなかった。
 すなわち、
① 右勧告後、衛生研究所内に換気扇が設置されたが、喫煙が換気扇から離れた場
所でなされた場合はもとより、換気扇の近くで行われた場合でも、他に拡散しない
ように排気されない限り、周囲の非喫煙者は受動喫煙を強制されることになる。ま
た、非喫煙者が離席中に喫煙がなされた場合、完全、迅速に排気がなされない以
上、席に戻ったとき受動喫煙をすることになる。設置された換気扇は、換気設備と
して有効に機能しておらず、昭和六二年三月の所内の環境調査における測定結果に
よれば、空気中の浮遊粉じん量又は二酸化炭素濃度は事務所衛生基準規則に適合し
ていない。そして、玄関ロビーや換気扇のない部屋での喫煙、隣接の部屋での喫煙
により、禁煙とされる廊下にもたばこ臭は流れ出ているので、廊下を歩いていると
きも受動喫煙を強いられることになる。公衆電話等のある玄関ロビーには、排気設
備がないにもかかわらず灰皿が設置してあり、そこで喫煙されると、原告は近寄る
こともできない。また、開放されている庶務課受付窓口から、室内のたばこ臭
(煙)が流出したり、玄関ロビーの灰皿から離れた場所で外来者が喫煙したりして
いることもある。また、前記のとおり、衛生研究所の換気方式が集中換気方式であ
るため、たばこ臭は換気装置を伝って喫煙していない部屋にも入ってくる。
② さらに、ステッカーを多数貼ったり、所内の職員にパンフレットを配付したり
して喫煙者に非喫煙者に対する配慮をするように指導してみても、喫煙者側の配慮
は十分なものとはなっていない。非喫煙者に対する配慮といってみても、所詮、喫
煙者としての感受性での判断に基づくものにすぎないのであって、非喫煙者が受動
喫煙させられないことが保障されるわけではない。所内の喫煙者職員の中には、右
措置の後も、歩行喫煙するなど非喫煙者に対して配慮を欠く行動をとっている者も
いる。
③ 原告は、昭和六〇年四月に微生物部細菌第一科腸内細菌室に異動となった後、
毎月のように喉を痛めていた。そして、同年一一月ころから治療を受ける回数が多
くなり、また、直りが遅く、ひどく咳込むようになった。度重なる喉の炎症のため
喫煙の被害を受けない部屋の提供を求めたところ、衛生研究所の六一七号室(受
付)、五一九号室(地下実験室)を執務場所とするよう命ぜられた。しかし、これ
らの勤務室は、換気が悪く、太陽光線の恩恵もない。喫煙者又はたばこ臭を嫌わな
い研究職職員は、受付室を控え室として使用させられたことはなく、もともと研究
室として作られている部屋で執務している。原告が本件措置要求をしたことの結果
は著しく不当である。また、原告は、昭和六三年一二月の抄読会でのオーストラリ
ア視察報告に出席しようとした際、報告中の禁煙を主張したところ出席を拒まれた
り、たばこ臭(煙)を吸うと苦しいため、喫煙者に対して実験室や控え室等での喫
煙をやめてくれるよう求めたのに対して、人間性を傷つけられるような暴言を受け
たりしている。前記の衛生研究所長決定後、同所側は、良好な人間関係になるよう
に配慮していくとしているが、同所員から十分な配慮はなされていない。
④ 原告の執務場所となった六一七号室、五一九号室の両室にはたばこ臭(煙)が
流入するにもかかわらず、同研究所はその状態を改善しない。そのため、原告は、
昭和六三年七月五日、やむなく、六一七号室の吹き出し口を閉じ、五一九号室のコ
ンディショナーの使用をやめた。それでも六一七号室へのたばこ臭の流入がやまな
かったので、その臭気を辿って喫煙している場所(六一七号室の上階のウイルス準
備室)へ行き、ウイルス研究科長にそこでの喫煙を自粛するように話した。その
後、六一七号室にたばこ臭が流入する頻度は減ったが、いまだに、上階あるいは向
かいの細菌第一科長室からたばこ臭が流入することがある。このように、前記勧告
後の衛生研究所長の決定による禁煙区域の増設では受動喫煙が避け得ないことが明
らかであり、そのことは、衛生研究所のダクト平面図によっても分かる。所側管
理、監督者は、前記勧告後五年以上経ても、受動喫煙によって苦痛を受けている実
情を改善しない。喫煙者である上司の配慮のない無神経さには、親しみや信頼感は
湧かず、日常の挨拶すらためらい、あるいは拒絶するようになっている。受動喫煙
を強いられなければ、喉を痛めたり、頭が重くなったりするはずはない。また、図
書室に避難したり、席を空け続けたりするはずがない。
5 さらに、原告が平成元年七月になって知ったところによると、昭和六二年度賃
金闘争は、職員全員に対し三年間で三か月短縮の昇給措置をとることを条件として
妥結し、その後、原告の所属する科の職員全員が昇給したのに、原告は昇給しなか
った。原告のみが対象外となったのは、故意になされたこととしか考えられない。
もし、それが勤務成績によってなされたことであれば、原告に対する低い評価は、
業務上不当な状態にさせ、研究職としての任務も行わせず、意に反した勤務条件に
おいたままでの勤務成績が評価された結果であり、結局、それは、分煙が行われな
いために原告が被った経済的不利益である。
(3)(環境調査の不十分性)
 本件判定に際しては、喫煙による空気の汚染についての正確な測定がなされてお
らず、同研究所の受動喫煙の実態が十分把握されていない。
 室内に喫煙中の者がいない場合には、浮遊粉じん量は吹き出し口での測定値に等
しいかこれに近い値になることは被告主張の環境調査によっても明らかである。た
とえば、注射薬控え室、食中毒控え室、腸内細菌控え室、庶務課、血清研究室等で
も、喫煙していなければ、浮遊粉じん量は、空気一立方メートルにつき〇・〇一な
いし〇・〇二ミリグラム(以下、単位は、原則として通常用いられる記号〔mg/
m3〕によって表示する。)と測定されている。前後八回の環境調査において、浮
遊粉じん量が一時的に基準値〇・一五mg/m3を超えたのは九回あり、喫煙中で
なければ、供給空気の吹き出し口周辺で測定した値と等しいかこれに近い値となっ
ており、食中毒控え室、腸内細菌控え室も、喫煙されていなければ換気の良い部屋
であるが、前者においては平成二年に入って換気扇を一台追加したものの、室内で
の喫煙が可能であることが前提とされている。被告は、本件判定前一年間の調査結
果が良好であるとしているが、右の調査測定値には喫煙していない状態下での測定
結果が含まれており、喫煙の有害性を考慮した測定方法とはいえず、良好な状態と
判定するにはデータ不足というべきである。実際には、昭和六〇年五月二二日付け
判定による勧告から五年を経ても改善は進展していない。
(4)(東京都なかんずく衛生研究所における分煙化、喫煙室設置の必要性、可能
性)
① 東京都には、職場における非喫煙者の生命、健康の安全を保持する義務がある
というべきであり、喫煙者のみが使用する喫煙室を設置し、労働環境を改善すべき
義務がある。ことに、東京都民の健康を守るという衛生研究所の職務の原点にたっ
て考えれば、同研究所においては、他に率先して分煙措置をとり、換気系統が他の
室とまったく異なる喫煙室又は喫煙場所を設置すべきことは当然である。
 一般の官公庁で分煙化がなされていないことをもって、東京都なかんずく衛生研
究所における右のような分煙化措置の必要性を否定することは不適当であり、たば
こ専売制の影響で税収を優先して分煙化が遅れている官公庁や業績収入を第一義と
した営業活動で健康保持の問題を軽視してきた私企業を分煙化の当否の比較の基準
とすることは被告の裁量権を逸脱したものである。市区町村においては既に完全分
煙化を達成しているところもある。
② 衛生研究所側が、昭和六二年一二月、喫煙室設置は物理的に困難と主張したの
で、原告は、昭和六三年二月、同研究所には喫煙室とすることが適当な空室(売店
跡)があることを指摘したところ、同研究所側は、売店跡は既に会議室となる予定
であるとし、その後、これを会議室として改修、整備した。こうした工事は、原告
が喫煙室設置を要求している最中になされたものである。なお、会議室の不足を理
由として設置されたにもかかわらず、右会議室の使用頻度は低い。被告は、「実効
性のある完全分煙実現には多額の財政上の支出を要する」としているが、喫煙室の
設置が物理的に困難であることを示す客観的資料は示されておらず、原告が指摘し
た売店跡を喫煙室にするためには多額の費用は必要でない。
③ 被告は、衛生研究所を分煙化することが東京都の職場全域の問題に拡大すると
主張するが、平成三年四月に東京都新宿区に移転する東京都庁の新庁舎が分煙化さ
れることは昭和六一年に知らされている。他の職場に問題が拡大すると危惧するこ
とは無用である。
(5) なお、被告は、本件判定において、「情勢適応の原則を考慮した」として
いるが、勤務条件の中で、住民の負担によって賄われている給与、そして、住民の
利便につながる勤務時間、休日等の問題はまさしく社会一般の情勢を無視しえない
けれども、職員の労働環境については全体の奉仕者として都民に貢献するために安
んじて継続的に職務に専念できる環境とすべきであり、非喫煙者が健康を害され、
職務上の取り扱いにおいても不当な不利益を受ける状態にあることを社会一般の情
勢として理解することは不適切である。分煙化されている職場が一般に少ないから
といって、そのことを根拠に衛生研究所の分煙化の当否を判断することは被告の裁
量権の幅を自ら狭めるものとして不当である。
(6) 以上のとおりであって、受動喫煙を拒否する権利そのものは法制化されて
いないものの、労働基準法四二条は、労働者の安全及び衛生に関して労働安全衛生
法の定めるところによるとしており、労働安全衛生法三条、二三条に基づいて労働
者の危険又は健康障害を防止するための事業者等の責務が事務所衛生基準規則で具
体化されている。したがって、原告には、非喫煙者の受動喫煙を拒否する権利に基
づく措置要求権があり、他方、被告には、原告の本件措置要求を認めて、衛生研究
所に対して必要な勧告をする権限があり、また、右権限を行使すべき法的義務があ
るものというべきである。
(二) 本件判定は公平な審理を規則に従って行っておらず、審査手続にも違法が
ある。
(1) 原告は、本件措置要求の審査手続中で、喫煙の害と国内外の喫煙規制に関
する資料を指摘した。それらは、関心さえあれば、一般市民として容易に入手し得
るものである。本件の審査を行う被告としては、さらに多くの国内外の情報を収集
した上で判定をなすべきであるのに、これをしなかったことは審査の手続として不
十分であり、公平に社会の状況を理解していない。
(2) 原告の勤務場所となった六一七号室、五一九号室の両室にたばこ臭(煙)
が流入し、改善措置が講じられないため、原告が六一七号室の吹き出し口を閉じ、
五一九号室のコンディショナーの使用をやめたこと、その後も原告の執務環境は換
気が悪いのみならずたばこ臭の流入もやんでいないことは前記のとおりである。こ
れらの事実は判定上考慮されるべき点であるから、被告としては、客観的事実のい
かんを正確に把握する必要があるのに、これを十分調査していない。
(3) 衛生研究所側は喫煙室の設置が物理的に困難であると主張し、被告は、
「実効性のある完全分煙実現には多額の財政上の支出を要する」としているが、喫
煙室の設置が物理的に困難であることを示す客観的資料は示されておらず、喫煙室
の規模を具体的に想定した上で予算の見積りをするとどうなるかは双方の争点にな
ったこともなく、また、実効性のある完全分煙実現にどれほどの財政上の支出が必
要なのかは、本件判定において具体的に示されていない。
(4) 被告は、原告が喫煙室として使用し得ると指摘した売店跡の使用経過及び
実態について調査を行っておらず、審査が不十分である。また喫煙室に当てること
ができる部屋の余裕があるかどうかについては、原告の側で資料を提供することに
は限界があり、被告自身の積極的な事実調査が必要であったにもかかわらず、被告
はこれをしていない。
(5) 被告は、昭和六二年七月ないし同年八月の前記環境調査結果において事務
所衛生基準規則の基準を超える測定値を示したのが一箇所にとどまったことを強調
するが、右調査は行為的条件を設定しないという前提で行われたため、喫煙者がい
る部署においても喫煙状態でないときに測定された場合もあった。しかし、受動喫
煙の被害の程度を正確に把握するためには、現に喫煙が行われている状態のもとで
測定をする必要がある。昭和六〇年五月二二日付け判定に際しての事実調査におい
ては、現に喫煙者に喫煙させて測定が行われており、こうした調査結果があったに
もかかわらず、その資料を活用せずに本件判定が行われたことは、非科学的な審査
手続というべきである。
(6) 被告は、浮遊粉じん量に着目すれば足りると主張するが、たばこ煙中には
ペーハー九とアルカリ性で刺激性の強いアンモニア、アルデヒド類、ニトロソアミ
ン類がとくに副流煙中に多く含まれており、そのガス成分が鼻粘膜、気道等を侵す
ものであって、粒子成分である浮遊粉じん量のみでは室内のたばこ煙の有害性の程
度を知り得ない。
(三) 本件判定が要求事項(1)イを認められないとしたことは違法である。
 すなわち、昭和六三年一一月二五日の事実調査において、原告の使用している前
記六一七号室のエアコンディショナーの吹き出し口が完全に閉じてあることは被告
に示してあり、また、前記五一九号室のエアコンディショナーも使用していないこ
とは説明してある。したがって、これらの室は、現在は、換気の悪い状態にある。
さらに、屋外に面した窓がなく、また、太陽光線が入らない。これは明らかに法令
に違反した部屋である。原告は、喉が弱く、炎症を起こし易い体質であり、そのこ
とは昭和五八年九月の前回措置要求のときから述べてきたことであるのに、悪環境
の部屋を使用させられているのであって、そのため、原告は要求事項(1)イの要
求をしたものであり、この要求を認めないのは違法である。
(四) 本件判定が要求事項(2)アを取り上げなかったことは違法である。
 すなわち、原告は安んじて所属の部屋で仕事ができず、また、協調性がないと
か、人間関係等の問題を喫煙問題に藉口しているなどと、身に覚えのない理由を押
しつけられ、腸炎ビブリオ血清型別という単純な業務のみを担当させられている。
そのため、原告は、要求事項(2)アのとおり、「喫煙による被害を受けない場所
へ異動する場合、他の職員の場合と同等の職務遂行上の条件、待遇とすること」を
勧告するよう求めたものである。原告の担当業務は他の職員と同等でなく、原告の
職務を執行する権利は著しく侵害されており、原告は違法な勤務条件下に置かれて
いる。このように限定された業務以外研究も行っていないことは本件審査手続にお
いて主張してあるにもかかわらず、本件判定がその点の実情を十分考慮せず、要求
事項(2)アを取り上げなかったことは違法である。また、被告は、原告が前記
(一)(2)⑤記載の昇給をしていないことについて、本件判定の当否とは無関係
であると主張するが、他の職員が昇給しているのに、喫煙規制に関する措置要求を
続けている原告について昇給がないのは不当であり、その昇給内容は、被告が東京
都知事に承認したもので、原告が昇給しない理由を明らかにせず、要求を却下する
ことは不当である。
(五) 本件判定が要求事項(2)イを取り上げなかったことは違法である。
 すなわち、職員が措置要求権を行使したことによって不利益を受ける理由はない
のにもかかわらず、原告は、本件措置要求中に命令権者の意のままに不当な異動を
させられ、業務に限定を受け、研究や学会出張等も一切その機会を奪われ、不利益
な扱いを受け続けている。こうしたことから、原告は、要求事項(2)イのとお
り、「措置要求を提出している期間中、命令権者の一方的な命令権の行使で原告が
不利な状態におかれることを未然に防止する条例あるいは規則の改善をすること」
を勧告するよう求めたものである。被告が権限を有する地方公共団体の他の機関に
対して条例や規則の改廃を勧告すれば、当該機関には、その勧告に従うべき道義的
責任が生じることになるから、原告の右のような不利益状態が改善されることが期
待できる。被告は、独立性を有する行政委員会であって、権限を有する地方公共団
体の他の機関に対して、措置要求を受けて条例や規則の改廃を勧告し得る立場にあ
ると解すべきであり、地方公務員法八条四項によれば、「その権限に属せしめられ
た事項に関し、人事委員会規則を制定することができる」とされており、また、同
条一項三号は「人事機関及び職員に関する条例の制定又は改廃に関し地方公共団体
の議会及び長に意見を申し出ること」がその権限とされているのであるから、本件
判定が、要求事項(2)イを取り上げなかったことは違法である。
2 被告の主張
(一) 原告のいう「受動喫煙を拒否する権利」を保障する実定法規範は存在せ
ず、社会一般の喫煙に対する意識からみても未だ右のような観念が我が国で一般的
に受け入れられているとはいえない。
 被告は、原告の要求の趣旨と喫煙規制に関する動向を含む経済的、社会的諸条件
を総合的に検討し、被告の裁量権の範囲内で本件判定のとおり判断したものであ
り、そこに何らの違法もない。
 措置要求を受けた人事委員会としては勤務条件が法令に違反している場合は原則
としてこれを是正する措置をとるべきものであるが、法令違反がない場合には職員
全般あるいは一般労働者の現状や予算面等をも勘案して勤務条件を改善する措置を
とり得るかどうかを総合的に判定すべきものであり、被告の判定については広い裁
量権が認められているのであって、右裁量権の限界を越えて、他の職員全般あるい
に一般労働者の現状と比較し著しく劣悪な勤務条件下にあり、かつ予算面でも比較
的容易にこれが是正のための手当てができると認められるのにもかかわらず、その
措置要求を排斥したなどの事情があれば格別、そうでない限りは、たやすく違法と
目すべきではない。
 本件において、被告は、措置要求の審査手続を定める勤務条件に関する行政措置
要求の審査に関する規則の定めるところに従って審査をし、その上、原告の所属長
である衛生研究所長の六通にわたる意見書及びこれに対する原告の六通にわたる認
否・反論書並びに本件措置要求に対する事実調査の結果をも総合的に検討し、更
に、前回判定後の喫煙規制に関する動向をも考慮して、本件措置要求の要否を判断
し、本件判定をしたものである。したがって、本件措置要求の審理手続に何らの瑕
疵のないことはもちろん、本件措置要求にかかる原告の勤務条件に法令違反はな
く、かつ、原告の勤務条件が他の職員あるいは一般労働者の現状と比較して著しく
劣悪であるとは到底いえないから、いかなる面からみても、本件判定は適法であっ
て、これを違法とする原告の主張にはまったく理由がない。原告の要求は、東京都
の他の職員あるいは一般労働者には認められていない、より高い勤務条件を、原告
にのみ認めることを内容とするものである。このことは、原告自らが、我が国では
分煙化が遅れており、一般の官公庁や企業等の職場を本件における比較基準とする
ことは誤っていると主張していることから、原告自身認識しているものと解され
る。原告は、そのような認識の上で、自らの理想とする勤務条件の実現を主張して
いるにすぎない。
(二) 室の空気環境についての法的規制は、事務所衛生基準規則によるものとい
わゆるビル管理法に基づく同法施行令に定められた基準によるものとがある。事務
所衛生基準規則五条一項は、吹き出し口の空気中の浮遊粉じん濃度、一酸化炭素含
有率及び炭酸ガス含有率をそれぞれ、〇・一五mg/m3、一〇〇万分の一〇(以
下、通常用いられる記号〔ppm〕によって表示する。)、一〇〇〇ppm以下と
することを定め、同法三条二項は、室における空気中の一酸化炭素含有率及び炭酸
ガス含有率をそれぞれ五〇ppm、五〇〇〇ppmと、吹き出し口の五倍に定めて
いるが、浮遊粉じん濃度については定めがなく、浮遊粉じんの抑制濃度について
は、今後の検討問題とされている。他方、ビル管理法施行令二条一号イは、居室に
おける空気中の浮遊粉じん量、一酸化炭素及び炭酸ガスの含有率をそれぞれ、事務
所衛生基準規則五条一項に定める吹き出し口の空気中の基準と同じ基準、すなわ
ち、〇・一五mg/m3、一〇ppm、一〇〇〇ppm以下とすることを定めてい
る。そして、同施行令三条二号は、右数値を「一日の使用時間中の平均値とするこ
と」と定めている。
 後者の基準が前者の基準より五倍厳しくなっているのは、前者が労働市場に出て
いる健康な成人が使用し又は利用する事務所に適用される基準であるのに対して、
後者が延面積三〇〇〇平方メートル以上の興行場、百貨店、店舗、事務所等の多数
の者が使用し又は利用する建築物(「特定建築物」)に適用される基準だからであ
る。衛生研究所は、延面積三〇〇〇平方メートル以上の建築物であるが、多数の者
が使用し又は利用するものではないため、特定建築物に該当せず、ビル管理法の適
用がなく、事務所衛生基準規則の適用される事業所である。
 喫煙によって影響を受ける室内空気環境条件のうち、一酸化炭素及び炭酸ガス含
有率の増加はいずれもわずかであって、非喫煙者の健康への影響及び不快感に直接
影響を及ぼすのは浮遊粉じん中の大部分を占めるたばこ煙であり、喫煙規制の要否
は浮遊粉じん量に着目して判断すれば足りる。室における空気中の浮遊粉じん量
は、喫煙によって端的に左右されるから、測定時及びその直前に喫煙者がいないと
きには、吹き出し口の測定値に近づき、測定時に喫煙者が大勢いれば、その測定値
は吹き出し口のそれの五倍を超えることもある。そして、喫煙によって発生する浮
遊粉じんの拡散は迅速であり、喫煙をしている近くで浮遊粉じん量を測定すると
〇・一五mg/m3程度に上昇するのは珍しくないことであるが、喫煙が終わって
一〇分もすれば、他に喫煙者がいない限り、〇・四mg/m3くらいに戻るのが普
通である。
 ビル管理法施行令二条一号イは居室にいる人が吸う平均的な浮遊粉じん量を規制
をしているものであり、通常、午前、午後、夕方の三回の時間帯に無作為に測定し
てその平均値を求めており、さらに厳密を期す場合には、右三回の各時間帯におい
て、三回測定してそれぞれ平均値を求めることとされている。
 なお、東京都内特定建築物における浮遊粉じん濃度の不適率の直近九年間の推移
をみると、不適率は年々低下し、昭和六三年には七・五パーセントになっている。
(三) 今日、受動喫煙の害及び不快感から逃れたいという嫌煙の気持ちが尊重さ
れるべきであるという風潮は我が国でも漸く定着し始めている。これを受けて、被
告においては、特定建築物である東京都庁本庁舎のみでなく、特定建築物でない事
業所についても、ビル管理法の基準に適合することを要するという考え方にたって
判定をしている(昭和六〇年五月二二日付け判定にいう「事務所衛生基準規則五条
一項の規定」とは正確には、「ビル管理法施行令二条一号イ」のことである。)。
さらに、被告は、判定においては、浮遊粉じん量が〇・一五mg/m3を下回る場
合であっても、他の地方公共団体等で喫煙規制がある程度普及している場所につい
ては喫煙規制を勧告すべきものとしている。そのため、昭和六〇年五月二二日付け
判定においては図書閲覧室、洗面所等を規制すべき場所とした。本件における判定
基準も右と同一である。
(四) 前記のとおり、喫煙によって影響を受ける室内空気環境条件のうち、一酸
化炭素及び炭酸ガス含有率の増加はいずれもわずかであって、非喫煙者の健康への
影響及び不快感に直接影響を及ぼすのは浮遊粉じん中の大部分を占めるたばこ煙で
あり、喫煙規制の要否は浮遊粉じん量に着目して判断すれば足りる。しかして、衛
生研究所環境衛生研究科環境物理研究室が昭和六〇年八月から昭和六三年三月まで
に行った東京都立衛生研究所事務室環境測定結果(各環境調査報告書)によれば、
浮遊粉じん量が基準値を超えたのは、昭和六二年三月の調査における食中毒控え室
だけで、他にはない。
 すなわち、
(1) 昭和六〇年八月二八日、同月二九日、同月三〇日、同年九月二日、同月五
日及び同月九日の環境測定結果によれば、注射薬控え室において一時的に〇・一六
mg/m3を超える値を示し、平均値で〇・一一mg/m3と不良であって、その
原因は喫煙であり、また、生化学①も〇・一一mg/m3と不良であるが、浮遊粉
じん量が基準値を超えたところはない。
(2) 昭和六一年三月一七日、同月一九日、同月二〇日、同月二四日、同月二五
日及び同月二七日の環境測定結果によれば、食中毒控え室において平均値で〇・一
一mg/m3と不良であるが、浮遊粉じん量が基準値を超えたところはない。
(3) 昭和六一年一〇月九日、同月一三日、同月一四日、同月一五日、同月二〇
日及び同月二三日の環境測定結果によれば、食中毒控え室において一時的に〇・三
五mg/m3を超える値を示し、平均値で〇・一五mg/m3と不良であって、そ
の原因は喫煙であり、右値は換気扇稼働中の測定値であるから、換気扇が余り効果
を発揮しておらず、室の換気が劣悪であると考えられるが、他に浮遊粉じん量が基
準値を超えたところはない。
(4) 昭和六二年三月九日、同月一〇日、同月一二日、同月一六日、同月一八日
及び同月一九日の環境測定結果によれば、食中毒控え室において平均値で〇・二〇
mg/m3と基準値を超え(三回とも〇・一五mg/m3の基準値を超えてい
る。)、また、庶務係が〇・一四mg/m3と不良であって、二人喫煙時には〇・
二七mg/m3と一時的に劣悪となり、午後一人喫煙時には、換気扇使用中で午前
よりは浮遊粉じん量の増加が押さえられており、他に浮遊粉じん量が基準値を超え
たところはない。
(5) 昭和六二年七月二七日、同月二九日、同年八月三日、同月四日及び同月六
日の環境測定結果(延べ九七地点)によれば、浮遊粉じん量が一時的にもせよ基準
値を超えたところはなく、すべて〇・一〇mg/m3以内となっている。
(6) 昭和六三年三月三日、同月四日、同月九日、同月一〇日及び同月一四日の
環境測定結果によれば、浮遊粉じん量の一時的な最高値も〇・一〇mg/m3と良
好であり、基準傾を超えたところは一箇所もなかった。
 以上のとおり、ビル管理法施行令二条一号イに定める浮遊粉じん量に適合しない
値を記したのは、昭和六二年三月の調査における食中毒控え室のみであり、一時的
に浮遊粉じん量が〇・一五mg/m3を超えた場合は六回あるが、その測定回数に
占める割合は一パーセント弱にすぎない。このような状態は、一般的には普通の状
態というべきであるが、浮遊粉じん量に対する被告の感覚からすれば必ずしも問題
のない普通の状態とはいえない。しかしながら、本件判定前一年間の調査結果は良
好であり、社会一般の喫煙規制に対する意識と並行して衛生研究所当局の努力も少
しずつ効を奏してきているものと判断される。
(五) 一方、原告が要求する換気系統を異にする喫煙室を設置するためには多額
の財政上の支出を要し、現在の経済的、社会的諸条件の下では直ちに実現すること
はできず、非喫煙者はひとり原告に限られないから、この問題の処理は東京都の職
場全域に及ぶところ、いわゆる完全分煙を実現するためには、職場管理・人事管理
上さまざまな問題があり、直ちに分煙政策を取り入れることはできず、さらに、職
場における完全分煙ないし禁煙の問題は、喫煙に関する社会の規範意識を無視して
決定できないものであるが、我が国における官公庁、私企業の職場では、一般的に
いえば、禁煙ないし分煙を実施していない。そして、衛生研究所長は、被告の昭和
六〇年五月二二日付け判定の趣旨を実現するために、現時点において可能な措置を
誠実に実行している。
(六) 以上のとおり、被告は、法令違反の有無、原告の要求を受け入れた場合に
おける財政上の負担、職場管理・人事管理の側面、喫煙に関する社会の規範意識、
官公庁、私企業の禁煙・分煙の現状等を広く勘案し、昭和六〇年五月二二日付け判
定の趣旨及びその実現程度をも考慮の上、前記のような状況下で、換気系統を別に
しない喫煙室の設置が理想的であるが、なお、しばらく衛生研究所当局の努力の成
果を観察してみることが必要であると思料し、本件判定をしたものである。
(七) 原告は、喫煙室の設置が物理的に困難であるかどうかに関して、衛生研究
所側と原告との間で、喫煙室の規模を具体的に想定した上で予算の見積りをすると
どうなるかが争点になったことはないと主張するが、審査規則には、原告の主張す
るような手続を要求する規定はない。
(八) なお、原告が主張する昇給措置の問題(前記1(一)(2)⑤、1
(四))は、本件判定の適否とは無関係である。
(九) 衛生研究所においては、主任研究員(係長級)以下の職員は、他の職員と
相部屋に入っており、原告も衛生検査の係員であることから当然相部屋に入ってい
たが、非協調的言動が多く、業務の円滑な執行と人間関係に支障を来しており、と
くに、たばこの煙のみならずその臭いをも極端に嫌っていたことから、同室者との
円滑な人間関係を保つことができず、衛生研究所としては、原告については控え室
等を個室に変更する必要に迫られた。そこで、衛生研究所は、原告に個室を提供す
るために室を探した結果、原告の執務室を衛生研究所二号館地下一階(半地下)で
換気装置が設置された室に指定した。原告は、自己の執務室に太陽光線が差し込ま
ないとか屋外への窓がないなどと主張するが、右のような措置自体が既に例外的な
ものであるから、それ以上の条件の部屋を原告に提供することは狭隘な衛生研究所
内では不可能である。原告の執務室(実験室及び控え室)は、いずれも屋外に面し
た窓はなく必ずしも条件のよいものとはいえないが、換気装置を含め相応の設備を
備えており、原告の執務室のみが他の職員のそれに比して特に劣悪な執務環境にあ
るということは到底できない。のみならず、原告に提供された部屋は、個室であっ
て他の職員の喫煙に煩わされることもなく、原告自身業務の円滑な遂行と人間関係
に支障を来すことが少なくなったことを併せ考慮すれば、原告の執務室は、他の職
員が日常使用している執務室と実質的に同等なものと評価するに妨げないものとい
うべきである。
(一〇) 勤務条件に関する措置要求においては、申請者がどのような勤務条件に
ついて、どのような措置を求めるのかを明らかにしなければならないが、本件要求
事項(2)アではそれが明らかでない。そして、右要求事項は、喫煙による被害を
要求し続けることによって職務遂行上の条件、待遇が他の職員より劣る他の職場に
異動させられることをおそれて、そのようなことがないように要求した予防的な要
求事項ではないかと窺われたが、そのような予防的な要求は取り上げることができ
ないのみならず、当時、衛生研究所当局にそのような意図があることは窺えず、原
告も右要求事項の内容についてそれ以上明らかにしなかったので、ことさら釈明を
求める必要はないと判断したものである。また、同(2)イで求める事項は勤務条
件に関する措置要求制度の予定しているところではない。したがって、被告が、本
件判定において、右をいずれも取り上げなかったことは当然である。
第三 当裁判所の判断
一 具体的争点に関する判断に先立ち、措置要求制度の趣旨並びにその取消訴訟の
審判の対象と判断方法及び判断の基準時について述べると、次のとおりである。
 地方公務員法四六条による措置要求制度は、同法が職員に対し労働組合法の適用
を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為をなすことを禁止し、
労働委員会に対する救済申立ての途をとざしたことに対応する代償、補完の措置で
あり、職員の勤務条件について簡易、敏速な審査手続による人事委員会又は公平委
員会の判定を通じて職員の勤務条件の適正を確保しようとするものである。そし
て、勤務条件に関する措置要求を審査する人事委員会又は公平委員会は、職員の勤
務条件に関する後記のような法律上の諸原則に照らして適正な勤務条件のいかんを
判断して判定を行い、それに基づいて、自らの権限に属する事項については自らこ
れを実行し、地方公共団体の他の機関の権限に属する事項については当該機関に対
して、適切な措置をとるよう勧告し、勧告を受けた機関がこれを可能な限り尊重す
べき政治的、道義的責任を負うことになる。この勧告には法律上の拘束力はなく、
一種の行政監督的作用を促す効果があるにすぎず、その手続は、司法手続に準ずる
ものというより斡旋、仲介の性質をもつものである。
 しかして、勤務条件の適正な内容いかんについて考えるに、職員の勤務条件につ
いては、いわゆる勤務条件法定主義(地方公務員法二四条六項、二五条三項、地方
自治法二〇四条二、三項、二〇四条の二)のもとにおいて、いわゆる情勢適応の原
則、均衡の原則等が法定されている。まず、地方公務員法一四条は、「地方公共団
体は、この法律で定められた給与、勤務時間その他の勤務条件が社会一般の情勢に
適応するように、随時、適当な措置を講じなければならない。」と定めているが、
同条は、契約自由の原則のもとにある民間企業の労働条件に比して、主要な点が法
律、条例によって決定される公務員の勤務条件が、社会的経済的諸事勢の変化に容
易に即応しにくい性質を帯有しているため、地方公共団体のそれぞれの機関に、社
会情勢の変化に対応して適時適切な措置をとるように努力する義務を課し、制度の
仕組みの上からややもすれば硬直になりがちな職員の勤務条件を適時に社会の一般
的情勢に適応したものとすることによって、職員の勤務条件に関する利益を保障し
ようとする側面を有し、その意味では、同条は、一面では、勤務条件法定主義、措
置要求制度、給料表に関する勧告制度(地方公務員法二六条)と並んで、職員の勤
務条件に関する保障規定のひとつであるということができる。しかしながら、他
面、公務員は、理念的には国民又は住民を究極的使用者とする全体の奉仕者であっ
て、その勤務条件の主要な点はいわゆる勤務条件法定主義のもとで民主的統制下に
あるものであり、公務員の勤務条件の決定、判断は、国民ないし住民の意思にその
淵源が存するものというべきであるから、ここにいう「社会一般の情勢に適応」し
た勤務条件とは、国民ないし住民一般の意向とそのもつ通念とにそって解釈されな
ければならないものというべきであって、公務員の勤務条件のみが多額の財政負担
のもとに社会一般の労働条件から有利に乖離したものとなることが容認され難いこ
ともいうまでもないところである。また、地方公務員法二四条五項は、「職員の勤
務時間その他職員の給与以外の勤務条件を定めるに当たっては、国及び他の地方公
共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならな
い。」と、いわゆる均衡の原則を定めているところ、職員の給与に関しては、同条
三項で、「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間
事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」として
民間を含めた世間一般の水準を考慮すべきことが明定されているが、給与以外の勤
務条件に関しても民間事業の従事者との均衡は当然に要請されるものと解すべきで
あり、勤務条件の適否の判断に際しては、国及び他の地方公共団体の職員の勤務条
件のいかんはもとより、広く民間の動向のいかんをも考慮すべきものと考えられ
る。
 以上のような措置要求制度の趣旨及び性質に鑑みると、人事委員会は、要求事項
の内容、客観的性質、措置要求者がこれを要求する理由、事情、要求を認めないと
きに要求者に残存するかもしれない不利益の有無、これがあるとした場合の内容、
程度、性質、要求の全部又は一部をいれて地方公共団体の機関に対して勧告をすべ
き内容の判定を選択するときにあり得べき判定内容のいかんとこれによって他の公
務員や社会に及ぼす影響、社会情勢の推移とその見通し、その他、広範な諸事情を
総合的に考慮して、最終的な判定内容を決定することができるものというべきであ
り、その判断は、平素から、各種措置要求や不利益処分の不服についての審査のみ
ならず、職員の様々な勤務条件にかかわる、人事行政に関する研究、調査、企画、
立案と報告及び勧告等についての職責を担っている専門機関たる人事委員会の総合
的裁量に委ねられているものといわなければならない。そして、人事委員会は、そ
の広範な裁量権の範囲内で、措置要求者の要求事項そのままを採用するか、採用し
ないか、という観点のみならず、当該要求者の要求の趣旨に副った何らかの措置が
全体的、総合的観点から相当であると判断されるときは、措置要求者が要求事項と
して掲げた事項そのものとは異なる措置をとることを妥当とする判定をし、その旨
勧告することも許されているものと解される。
 右のような人事委員会に与えられた裁量権の性質に照らすと、措置要求に対する
判定の違法性が審判の対象となる取消訴訟においてその存否を審査する裁判所は、
人事委員会と同一の立場にたって、自らがどのような内容の判定をすべきであった
かについて判断し、その結果と当該判定とを対比して判断の当否を論ずべきもので
はなく、判定当時の措置要求者の勤務条件が法令の規定する基準に達しない違法な
状態にあるとか、当該判定を導いた審理の手続や認定、判断の内容に法令に違反
し、あるいは考慮した前提事情に重大な事実の誤認があるなど重大な瑕疵があっ
て、当該委員会に認められた裁量権の範囲を逸脱していると認められる場合、又は
その裁量権の行使としてした判断、選択自体が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量
権を濫用したと認められる場合に限り、当該判定を違法であると判断すべきもので
あると考えられる。そして、当然のことながら、右判断は、当該判定のなされた当
時の事情に基づいてなされなければならず、判定後に生じた事情によって判定の適
否を判断することが許されないことはいうまでもない。
二 以下、右に述べた見地から、本件判定の裁量権逸脱、濫用の有無及び審査手続
の違法性の存否について検討する。
1 改善が要求されている原告の勤務条件の内容が、本件判定当時、違法な状態に
あったかどうかをまず判断する。
(一) 室の空気環境についての法的規制は、事務所衛生基準規則(昭和四七年労
働省令第四三号)によるものと、建築物における衛生的環境の確保に関する法律
(昭和四五年法律第二〇号。いわゆる「ビル管理法」)に基づく同法施行令に定め
られた基準によるものとがある。
(1) ビル管理法は、多数の者が使用し、又は利用する建築物の維持管理に関し
環境衛生上必要な事項を定めることにより、その建築物における衛生的な環境の確
保を図り、もって公衆衛生の向上及び増進に資することを目的とするものであり、
同法における「特定建築物」とは、興行場、百貨店、店舗、事務所、学校、共同住
宅等の用に供される相当程度の規模を有する建築物で、多数の者が使用し、又は利
用し、かつ、その維持管理について環境衛生上特に配慮が必要なものとして政令で
定めるものをいい、右政令においては、建築物の用途、延べ面積等により特定建築
物が定められるものとされている(同法二条)。
そして、同法四条一項は、特定建築物の所有者、占有者その他の者で当該特定建築
物の維持管理について権限を有するものは、政令で定める基準(「建築物環境衛生
管理基準」)に従って当該特定建築物の維持管理をしなければならないものとし、
右にいう政令として建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令(昭和四
五年政令第三〇四号)二条が、「建築物環境衛生管理基準」を定めているところ、
同条一号イ及びロはそれぞれ、中央管理方式の空気調和設備(空気を浄化し、その
温度、湿度及び流量を調節して供給〔排出を含む。〕をすることができる設備をい
う。)を設けている場合又は中央管理方式の機械換気設備(空気を浄化し、その流
量を調節して供給〔排出を含む。〕をすることができる設備をいう。)を設けてい
る場合には、居室についておおむね次の基準に適合するように空気を浄化するなど
して供給すべきことを定めている。すなわち、浮遊粉じん量については、〇・一五
mg/m3、一酸化炭素及び炭酸ガスの含有率をそれぞれ後記のとおりの事務所衛
生基準規則五条一項に定める吹き出し口の空気中の基準と同じ基準、すなわち、一
〇ppm、一〇〇〇ppm以下とすべきことを定めている。そして、同施行令二条
一号ハは、これら測定方法を厚生省令で定めるところによることとし、建築物にお
ける衛生的環境の確保に関する法律施行規則(昭和四六年厚生省令第二号)三条一
号は、右測定方法につき、当該特定建築物の通常の使用時間中に、各階ごとに、居
室の中央部の床上七十五センチメートル以上百二十センチメートル以下位置におい
て、浮遊粉じん量についてはグラスファイバーろ紙を装着して相対沈降径がおおむ
ね一〇ミクロン以下の浮遊粉じんを重量法により測定する機器又は当該機器を標準
として較正された機器を用いて測定すべきことを定めている。
(2) 労働安全衛生法(昭和四七年法律第五七号)は、労働基準法と相まって、
労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の
促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより
職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な作業環境の形成を促
進することを目的とするものであり、同法に基づき、その実施のために定められた
事務所衛生基準規則(昭和四七年労働省令第四三号)三条は、その一項において、
「事業者は、室においては、窓その他の開口部の直接外気に向つて開放することが
できる部分の面積が常時床面積の二十分の一以上になるようにしなければならな
い。ただし、換気が十分に行われる性能を有する設備を設けたときは、この限りで
ない。」と定め、同条二項において、「事業者は、室における一酸化炭素及び炭酸
ガスの含有率(一気圧、温度二十五度とした場合の空気中に占める当該ガスの容積
の割合をいう。)をそれぞれ百万分の五〇以下及び百万分の五千以下としなければ
ならない。」と定めているが、浮遊粉じんの量については何らの定めがない。ま
た、同法五条一項は、中央管理方式の空気調和設備又は機械換気設備を設けている
場合には、「室に供給される空気」について、次の基準に適合するように当該設備
を調整しなければならないと定めている。すなわち、浮遊粉じんの量を〇・一五m
g/m3、一酸化炭素の含有率を一〇ppm(外気が汚染されているために、一酸
化炭素の含有率が一〇ppm以下の空気を供給することが困難な場合は二〇pp
m)、炭酸ガスの含有率を一〇〇〇ppm以下とすべきことを定めている。そし
て、右は「室に供給される空気」についての基準であるから、空調設備のある場合
は空気吹き出し口から吹き出す空気について測定がなされるべきことになり、実際
上、吹き出し口から吹き出している空気または吹き出し口内もしくは吹き出し口に
近接するダクト内の空気がこれに該当するものとして、そこでの測定が常法とされ
る。
 こうした基準値の測定方法に関して、事務所衛生基準規則八条は、前記厚生省令
と同一基準による機器を使用すべき旨を定め、昭和四六年八月二三日付労働省労働
基準局長の都道府県労働基準局長あて基発第五九七号(甲第一一五、第一二四号
証)は、右規則八条にいう機器のうち通常用いられるものの種類には、デジタル粉
じん計、ろ紙じんあい計などがあるとしており、また、測定回数につき、「室の通
常の使用時間中において、おおむね等時間間隔ごとに三回以上行うこと。なお、一
般的には、始業後、終業前およびその中間時に実施すれば足りる」とし、各測定回
の測定値の扱い方につき、「浮遊粉じん、一酸化炭素及び炭酸ガスの測定値につい
ては、各測定回の測定値を算術平均して算出すること」と定め、なお、「事務所衛
生基準規則三条二項は、事務室では、喫煙、暖房用燃焼器具の使用、呼吸等により
一酸化炭素および炭酸ガスが発生し、換気不良の場合にはそれらのガスが蓄積する
おそれがあるので、これを防止するための措置を定めたものであり、室内で発生す
る一般浮遊粉じんの抑制濃度については、今後の検討にまつことにされた」ことが
明示されている。
(二) 喫煙によって影響を受ける室内空気環境条件のうち、一酸化炭素及び炭酸
ガス含有率の増加はいずれもわずかであって、非喫煙者の健康への影響及び不快感
に直接影響を及ぼすのは浮遊粉じん中の大部分を占めるたばこ煙であり、たばこ煙
の量は浮遊粉じん量に着目して判断されるのが一般である。(乙第八、第一〇、第
一一号証、証人aの証言〔10、11、16、17、161ないし163、170
項〕)。ところで、衛生研究所は、ビル管理法でなく事務所衛生基準規則の適用の
ある事業所であるが、同所においては、衛生研究所環境衛生研究科環境物理研究室
によって、ビル管理法施行令二条一号イに定める基準に沿う前記の常法に従って、
昭和六〇年八月及び昭和六一年三月に、浮遊粉じん量を含めた所内の環境調査が行
われ(甲第二号証〔第三の二(七)〕、第四号証〔第32(7)〕)、その後引き
続き半年に一回、同様の調査が続けられている(甲第二七、第二八号証、乙第二、
第六、第七、第一二、第一三号証、証人aの証言〔20、25ないし31項〕)。
昭和六〇年八月から昭和六三年三月までの右調査結果(東京都立衛生研究所事務室
環境測定結果)の内容は、次のとおりであり、浮遊粉じん量がビル管理法施行令二
条一号イに定める量を超えたのは、被告の主張するとおり、昭和六二年三月の調査
における食中毒控え室だけで、他にはない。
 すなわち、
(1) 昭和六〇年八月二八日ないし同年九月九日に所内一六科、一八箇所につい
て行われた環境測定結果(昭和六〇年九月二〇日付け環境調査報告書・乙第一二号
証、証人aの証言〔32ないし41、198項〕)によれば、同年八月三〇日の医
薬品注射薬控え室における午後四時四分の値が〇・一六mg/m3という値(室の
中央で三回測定しての平均値〔証人aの証言13項〕。以下、すべて同じ。)を示
したが、同日午前一〇時五分の値が〇・一三mg/m3、午後一時一〇分の値が
〇・〇五mg/m3であったため、平均値は〇・一一mg/m3となっている。右
に午前一〇時五分の時点では在室者一人が喫煙中であり、午後四時四分の時点では
在室者二人中一人が喫煙中であり、また、同年九月五日の生化学①も平均値が〇・
一一mg/m3であって(午後一時一〇分が〇・一四mg/m3、午後四時が〇・
一二mg/m3であっていずれも一人喫煙中)換気扇二台が稼働中であった。しか
し、浮遊粉じん量がビル管理法施行令二条一号イに定める基準値を超えたところは
なかった。右のほか、このときの測定値の中で、在室者が喫煙中であった室におけ
る測定値を比較すると、食中毒控え室で同年八月二九日午後四時に〇・一〇mg/
m3、ウイルス第一研究室で同日午後四時二五分に〇・〇七mg/m3、食肉魚介
細菌①で同年九月二日午後一時二八分に〇・〇三mg/m3となっている。なお、
当時原告所属の腸内細菌控え室、同試験室については、同年八月二九日にいずれも
非喫煙状態で測定され、前者が午前一〇時二〇分、午後一時三〇分、午後四時一五
分にそれぞれ〇・〇一mg/m3、〇・〇五mg/m3、〇・〇一mg/m3(平
均値〇・〇二mg/m3)、後者が午前一〇時二五分、午後一時三五分、午後四時
二〇分にそれぞれ〇・〇二mg/m3、〇・〇一mg/m3、〇・〇一mg/m3
(平均値〇・〇一mg/m3)であった。
(2) 昭和六一年三月一七日ないし同月二七日に行われた環境測定結果(昭和六
一年四月一五日付け環境調査報告書・甲第二八号証、証人aの証言〔42ないし4
5項〕)によれば、同月二〇日の食中毒控え室における午前一〇時及び午後四時の
値が〇・一三mg/m3という値を示し、平均値で〇・一一mg/m3であった
が、ビル管理法施行令二条一号イに定める基準値を超えたところはなかった。この
ときの測定値の中で、在室者が喫煙中であった室における測定値を比較すると、資
料室で同月一七日午前一〇時一〇分に〇・〇八mg/m3、衛生細菌控え室で同日
午後一時二五分に〇・〇四mg/m3、庶務係で同月一九日午後四時に〇・〇八m
g/m3、調査係で同日午後四時五分に〇・〇八mg/m3、業務係で同日午後四
時一〇分に〇・〇八mg/m3、ウイルス第一研究室で同月二〇日午後四時三五分
に〇・〇五mg/m3、注射薬控え室で同日午前一〇時三四分に〇・一一mg/m
3となっている。なお、腸内細菌控え室、同試験室については、同年八月二九日に
いずれも非喫煙状態で測定され、前者①が午前一〇時二〇分、午後一時二五分、午
後四時二〇分にそれぞれ〇・〇〇mg/m3、〇・〇一mg/m3、〇・〇〇mg
/m3(平均値〇・〇〇mg/m3)、前者②が午前一〇時二五分、午後一時三〇
分、午後四時一五分にそれぞれ〇・〇〇mg/m3、〇・〇一mg/m3、〇・〇
一mg/m3(平均値〇・〇一mg/m3)、後者①が午前一〇時三〇分、午後一
時三五分、午後四時二五分にいずれも〇・〇一mg/m3(平均値〇・〇一mg/
m3)、後者②が午前一〇時三五分、午後一時四〇分、午後四時三〇分にいずれも
〇・〇一mg/m3(平均値〇・〇一mg/m3)であった。
(3) 昭和六一年一〇月九日ないし同月二三日に、所内一六科、一八箇所で行わ
れた環境測定結果(昭和六一年一〇月二九日付け環境調査報告書・乙第一三号証、
証人aの証言〔46ないし51項〕)によれば、同月一三日の食中毒控え室(同室
は、他の室に比べて人数の割にかなり狭い。)においては、換気扇稼動中にもかか
わらず喫煙を原因として、午前一〇時一〇分の値が〇・三五mg/m3、午後一時
一四分の値が〇・〇一mg/m3、午後四時一〇分の値が〇・九mg/m3を示
し、一時的に〇・三五mg/m3もの値となり、平均値でも〇・一五mg/m3と
ビル管理法施行令二条一号イに定める基準内の上限値となっていた。他に浮遊粉じ
ん量が右基準値を超えたところはない。このときの測定値の中で、右以外に、在室
者が喫煙中であった室における測定値を比較すると、庶務係で同月九日午後四時一
〇分に〇・〇三mg/m3、調査係で同日午後四時一五分に〇・〇三mg/m3、
業務係で同日午後四時二〇分に〇・〇二mg/m3、用度係で同日午後一時二五分
に〇・〇八mg/m3、四時二五分に〇・〇二mg/m3、会計係で同日午後一時
三〇分に〇・〇四mg/m3、四時三〇分に〇・〇二mg/m3、腸内細菌控え室
で同月一三日午前一〇時二五分に〇・〇七mg/m3、ウイルス一研控え室で同日
午前一〇時四五分に〇・〇五mg/m3、容器包装控え室で同月一五日午前一〇時
三分に〇・一四mg/m3となっている。
(4) 昭和六二年三月九日ないし同月一九日に、所内一六科、一八箇所について
行われた環境測定結果(昭和六二年三月三〇日付け環境調査報告書・甲第二七号
証、証人aの証言〔52ないし64項〕)によれば、同月一〇日の食中毒控え室に
おいて午前一〇時に喫煙者一人で〇・二〇mg/m3、午後一時一二分に喫煙者一
人で〇・一九mg/m3、午後四時二分に喫煙者三人で〇・二〇mg/m3という
値を示し、平均値でも〇・二〇mg/m3となって、ビル管理法施行令二条一号イ
に定める基準値を超えていたが、他に浮遊粉じん量が右基準値を超えたところはな
い。同月九日の庶務係(当時の同室内は、書庫やスチールケースの配置、部屋のレ
イアウト等が空気の動きの悪い形になっていた。)においては午前一〇時五分の値
が〇・二七mg/m3という値を示したが、午後一時一五分の値が〇・一〇mg/
m3、午後四時の値が〇・〇五mg/m3であったため、平均値は〇・一四mg/
m3となっている。右に午前一〇時五分の時点では在室者中二人が喫煙中であり、
午後一時一五分の時点では在室者中一人が喫煙中であった。同日の調査係でも午前
一〇時一〇分には一人喫煙中で〇・一一mg/m3と測定され、同月一二日の血清
試験室でも午前一〇時五分に喫煙者一人で〇・一五mg/m3という値を示した
が、平均値はそれぞれ〇・〇六mg/m3、〇・〇七mg/m3となっている。ま
た、同月一八日の容器包装控え室では、午後一時一五分に喫煙者二人で〇・一二m
g/m3という値を示したが、他の二回がいずれも〇・〇一mg/m3であったた
め、平均値は〇・〇五mg/m3にとどまっている。
(5) 昭和六二年七月二七日ないし同年八月六日に、所内一六科、一八箇所につ
いて行われた環境測定結果(昭和六二年八月二八日付け環境調査報告書・乙第六号
証、証人aの証言〔65ないし67項〕)によれば、浮遊粉じん量が一時的にもせ
よビル管理法施行令二条一号イに定める基準値を超えたところはなく、環境別館控
え室の同月三日午後四時三七分の〇・一二mg/m3を除いて、すべて〇・一〇m
g/m3以内となっている。右のほか、このときの測定値の中で、在室者が喫煙中
であった室における測定値を比較すると、庶務係で同月九日午前一〇時四分に〇・
〇三mg/m3、調査係で同日午前一〇時八分に〇・〇六mg/m3、業務係で同
日午前一〇時一二分に〇・〇四mg/m3となっている。
(6) 昭和六三年三月三日ないし同月一四日に、所内一六科、一八箇所について
行われた環境測定結果(昭和六三年四月八日付け環境調査報告書・乙第七号証、証
人aの証言〔68ないし73項〕)によれば、業務係で同日午後一時二五分に二人
喫煙中で〇・一七mg/m3という値を示したが、午前一〇時一二分、午後四時一
六分にはそれぞれ喫煙者がなく、〇・〇四mg/m3、〇・〇六mg/m3であっ
たため、平均値は〇・〇九mg/m3であり、同月一〇日の医薬品注射薬研究室に
おける午前一〇時三〇分の値が〇・一〇mg/m3という値を示したが、午後一時
三五分の値が〇・〇三mg/m3、午後四時二八分の値が〇・〇一mg/m3であ
ったため、平均値は〇・〇五mg/m3という値となっており、ビル管理法施行令
二条一号イに定める基準値を超えたところはなかった。このときの測定値の中で、
右以外に、在室者が喫煙中であった室における測定値を比較すると、食中毒控え室
で同月四日午後一時一五分に〇・〇六mg/m3、腸内細菌控え室で同日午後一時
三二分に〇・〇二mg/m3(ただし、窓側位置での測定では〇・二三mg/m
3)、庶務係で同月一四日午後一時一〇分に〇・〇六mg/m3、資料室で同日午
後一時一八分に〇・一三mg/m3となっている。
(7) 昭和六三年九月一日ないし同月九日に、所内一六科、一八箇所について行
われた環境測定結果(昭和六三年九月三〇日付け環境調査報告書・乙第一四号証、
証人aの証言〔74ないし76項〕)によれば、同月七日の食中毒控え室で二人が
喫煙中、午後一時五分に〇・一三mg/m3、午後四時に〇・一〇mg/m3とい
う値を示したが、午前一〇時には喫煙者がなく、〇・〇一mg/m3であったた
め、平均値は〇・〇八mg/m3であり、同日のウイルス第二研究室で一人喫煙中
の午前一〇時二五分に〇・一〇mg/m3であったが、午後一時三〇分の値が〇・
〇七mg/m3、午後四時二五分の値が〇・〇一mg/m3であったため、平均値
は〇・〇六mg/m3という値となっており、ビル管理法施行令二条一号イに定め
る基準値を超えたところはなかった。このときの測定値の中で、右以外に、在室者
が喫煙中であった室における測定値を比較すると、環境別館①で同月一日午後四時
三五分に〇・〇四mg/m3、庶務係で同日午前一〇時二分に〇・〇三mg/m
3、午後四時に〇・〇二mg/m3、調査係で同日午前一〇時〇七分に〇・〇三m
g/m3、午後四時五分に〇・〇六mg/m3、業務係で同日午前一〇時一二分に
〇・〇六mg/m3、午後四時一〇分に〇・〇二mg/m3、用度係で同日午前一
〇時一五分に〇・〇六mg/m3、会計係で同日午前一〇時二〇分に〇・〇六mg
/m3、腸内細菌控え室で同月七日午後一時二〇分に〇・〇三mg/m3となって
いる。
 以上のとおり、ビル管理法施行令二条一号イに定める浮遊粉じん量に適合しない
値を示したのは、昭和六二年三月の調査における食中毒控え室のみであり、一時的
に浮遊粉じん量が〇・一五mg/m3を超えた場合は六回ないし七回ある(もっと
もうち一回は所定の位置で測定したものではない。)が、その測定回数に占める割
合は一パーセント弱にすぎない。右にみた六回の一時的な浮遊粉じん量の基準値超
過の際には、いずれも喫煙がなされており、その他の測定値をみても、一部の室で
は喫煙により浮遊粉じん量が顕著に増加すること、しかも、喫煙者が多くなればよ
り影響が大であることが認められる。これらのデータによっても、なるほど、在室
者の多数が喫煙した場合には、たばこの煙や臭いを嫌う者にとって、相当の不快感
のあることが窺われるし、温度差の点から換気不良と指摘された室もあり(もっと
も、喫煙者していない状態下での測定のため喫煙によって発生した浮遊粉じんの換
気の程度は不明である。)、昭和六一年一〇月一三日の食中毒控え室における測定
値等、換気扇稼働中であってもその効果がさほど表れない室もあることなど、室の
換気の点で問題がまったくないわけではないと考えられるが、ビル管理法施行令二
条一号イに定める浮遊粉じん量を基準としてみてすら、これに適合しない値を示し
たのが、昭和六二年三月の調査における食中毒控え室のみであり、一時的に浮遊粉
じん量が〇・一五mg/m3を超えた場合も所定の測定方法によれば六回にすぎ
ず、その測定回数に占める割合が一パーセント弱にすぎないことや、これらの調査
結果に表れた測定値を総合すると、事務所衛生基準規則における供給空気の質につ
いての基準に沿ったものであるかどうかの観点からの測定値、すなわち、換気装置
の空気吹き出し口付近での測定値も、所定の基準に適合していたことは容易に推認
し得るところである。
 他にも、本件判定当時の原告の勤務条件の内容を違法というべき事情を認めるに
足りる証拠はない。
(三) したがって、本件判定当時、改善が要求されている原告の勤務条件の内容
が法令の規定する基準に達しない違法な状態にあったとはいえない。
2 次に、本件措置要求における喫煙規制に関する総合判断の基礎となり得べき諸
事情の主要なものについて考える。
(一) たばこの有害性そのものについては、原告提出の甲第五三号証の二、第五
四、第五五、第五七ないし第六四号証、第六八、第六九号証、第一一二号証の一、
第一一三、第一二八、第一二九、第一三三、第一三四、号証等にもその概要が示さ
れているが、今日既に一般常識となっているものと考えられ、それが癌や循環器疾
患発生のリスクを高め、呼吸器疾患の発生に関連し、妊婦に対する影響等様々の有
害性を指摘することは、本件判定当時においても、医学上の一般的見解であったも
のと認められる。
 しかして、本件判定当時の我が国における社会の意識、通念について考えるに、
不特定多数の者が集まる公共の場を中心として様々な喫煙規制が次第に行われるよ
うになってきているが、職場において、原告主張のような分煙と結びついた禁煙と
いう規制方法を当然のこととして受けとめるまでには至っておらず、喫煙を規制す
る場合でも、職場の構成員の自発的意思を重視した扱いが多いものと解される。
(1) すなわち、これに関する本件証拠関係をみてみると、まず、諸外国におけ
る喫煙規制についての各種報道には、次のようなものがある。
① 昭和六二年二月六日付け朝日新聞は、「米総務庁は五日、全米約六千八百の連
邦政府関係機関の建物内で一部の特定区域を除く全面的な禁煙を六日から一斉に実
施すると発表した」旨報道している(甲第七二号証)。
 同月八日付け朝日新聞は、「米ニューヨーク州公衆衛生委員会は六日、病院、銀
行、各種学校等の公共性のある建物からタクシーまで禁煙とし、違反者には最高禁
固刑十五日間と罰金二百五十ドルを併科する、という厳しい禁煙条例を全会一致で
採択した。団体等が正当に理由で裁判所に訴えない限り、五月七日から実施され
る」と報道しており(甲第七三号証)、同年一〇月八日付け読売新聞は、右禁煙条
例(ただし、規制内容、罰則については前記朝日新聞の報道と内容が若干異な
る。)が発効して半年経過した現地の様子と、「マサチューセッツ州では六日、警
察、消防署の一年生署員を対象に喫煙した者は解雇するという全米でも初めての過
激な禁煙法が発効した」旨報道している(甲第七四号証。甲第七五号証にも一〇月
一〇日付け毎日新聞の同旨の報道がある。)。
 同年四月八日付け東京新聞は、「ベルギーで同年九月から政府機関等が管理する
病院、学校、文化センター等の公共の建物内での喫煙が禁止され、違反者には最高
一万八千ベルギーフランの罰金が科せられることになった」旨報道している(甲第
七一号証)。
② 昭和六三年三月一〇日付け毎日新聞は、「カナダのトロント市はこのほど、市
内のすべての事業所で喫煙を原則的に禁止する厳しい禁煙条例を制定した。事業所
では一人でも反対した場合にはオフィスは全面的に禁煙区域にしなければならない
ものとされ、違反には最高二千カナダドルの罰金が事業主に科せられ、同市保健部
では『おそらく世界一厳しい禁煙条例ではないか』と指摘している」旨報道してい
る(甲第七七号証)。
甲第五二号証には、昭和六三年四月七日を世界禁煙デーとするWHOの事務局長の
アピールの記載がある。
 同年五月三日付け朝日新聞は、「米政府のたばこ問題の責任者、b連邦喫煙・健
康局長は一日、近くc公衆衛生総局医務監が発表する報告で、たばこのニコチンは
コカインやヘロインなどと同様の習慣性のある“麻薬”と認定される、との見通し
を初めて公式に明らかにした」旨報道し、そこには、「米国では公共の場所での厳
しい禁煙が実施されており、四月から飛行時間二時間以内の国内便航空内機での全
面禁煙が始まったばかり」との記載がある(甲第五一号証)。
 同年六月一七日付け朝日新聞は、「ノルウェー政府はこのほど、西暦二〇〇〇年
までにノルウェーをたばこから解放しようという長期計画の一環として、七月一日
から公的な場所、公共輸送機関、職場での喫煙を一切禁止することを決めた。世界
でも例のない徹底した禁煙措置となる。事務所などでは、個室を持っていない人は
『喫煙まかりならぬ』ということになり、大部屋の事務員は喫煙室に駆け込まねば
ならない」と報道している(甲第七八号証)。
同年七月二七日付け赤旗は、シカゴの禁煙条例が二四日発効した旨報道している
(甲第七九号証)。
 同年七月四日付け読売新聞は、「たばこの宣伝の全面禁止や喫煙に関連した疾病
の表示義務付けを含め、公共的な場での喫煙規制が世界で最も厳しいとみられる
「反たばこ法」がこのほどカナダで成立、来年一月一日から段階的に施行される運
びになった」旨報道している(甲第八〇号証)。
③ なお、本件判定以後も、各国の喫煙規制が進行していることは、甲第八二、第
八三号証に報道例がみられる。
 以上のような報道がニュース性を有しているということは、また、とくに各報道
に際し、「厳しい」、「過激な」、「例のない徹底した」というような形容が付さ
れていることは、それらが主として罰則を伴う法的規制であるという点を考慮して
もなお、報道当時の社会一般の意識、通念として、職場における禁煙が必ずしも当
たり前のことではなく、こうした措置をとることが英断であるとみる見方をしてい
たことを如実に表しているものと解される。
(2) さらに、我が国における喫煙規制等についての各種報道例として次のよう
なものがある。
① 昭和六一年六月三日付け読売新聞には、「警視庁丸の内警察署で東京都内九十
七署中、初めて建物の大部分を禁煙にした」などの報道がなされている(甲第七六
号証)。
 同年六月一五日付け朝日新聞は、「小学生からの本格的な『禁煙教育』を目指し
た、文部省の初めての『教師用指導書』が、十四日までに出来上がった」旨報道し
ており(甲第五三号証の一)、その「小学校喫煙防止に関する保健指導の手引」や
「中学校喫煙・飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引」、「高等学校喫煙・
飲酒・薬物乱用防止に関する保健指導の手引」(いずれも財団法人日本学校保健会
編)には、それぞれ具体的、詳細な資料とともに喫煙防止に関する保健指導の意
義、小学校・中学校・高等学校での指導の必要性とその内容、目標、指導方法等に
ついての記載がなされている(甲第五三号証の二、第五四、第五五号証)。
 同月、「文化人らのグループが、東京都の新庁舎の分煙化に関して、申し入れを
した」旨の報道が新聞各紙で報道されている(甲第六五号証)。
② 昭和六二年二月五日付けの日経産業新聞(甲第八九号証)でも、規制色を薄め
た節煙タイムの方策をとった企業等の紹介とともに「オフィスや会議室でたばこを
吸う人、煙やにおいを嫌がる人の利害をどう調整するかは企業にとって意外に難し
い問題のようだが、何らかの形で節煙や禁煙を実施する企業が増えているのは事
実」、「全社禁煙という企業はまだ少ないが、オフィス家具メーカーが最近実施し
たビジネス環境調査によると、過去二年以内に事務所を新築、移転した企業七十社
のうち約四〇%が禁煙タイムや特定の喫煙コーナーなどを設けて喫煙規制を実施し
ており、全面的に禁煙している企業も一七%あった」と指摘している。また、昭和
六三年一一月二八日付けの日刊工業新聞は、「労働省が六十二年十月末までの一年
間に、全国の全業種(農林水産業を除く)常用十人以上の民間企業、約八千、一万
五千人を対象に調べた結果、“喫煙対策”がとくに最近普及し、全体でも二九・四
%の企業が、従業員三百人以上の企業では五〇%以上が実施し、“事業所全部を禁
煙”にしているところが八%あるなど、かなり思い切った措置をとっている。喫煙
対策の内容をみると、喫煙場所の設定六八・八%、時間別の禁煙一九・五%、全面
禁止が七・七%」と報道している(甲第九〇号証)。
③ 昭和六三年一月七日付け読売新聞は、「ついに『喫煙車』」と題してJR九州
では三月一三日のダイヤ改正以降、従来の一部を禁煙車とする方式から、一部を喫
煙車とするように原則と例外とを逆転させる計画を進めている旨報道している(甲
第九二号証)。
同月八日付け京都新聞は、京都のホテルで初めての禁煙レストランが登場したこと
を伝えている(甲第九八号証)。
 同年二月一九日付け産経新聞は、「日本航空は十八日、羽田-大阪線など飛行時
間一時間以内の短距離三路線を、四月一日から全面禁煙にすることを決めた。全席
禁煙便の導入は国内で初めて」という報道をしている(甲第八四号証)。
 同年九月六日付け朝日新聞は、「十一年前から学校ぐるみで『学内での喫煙禁
止』運動を繰り広げ、成果をおさめている女子大」の紹介をしている(甲第九九号
証)。
 同年九月一六日付け朝日新聞は、「米上院は十四日の本会議で、米国内航空路の
機内で全面的な禁煙の実施を義務づける法案の修正案を可決した。下院が先月、飛
行時間二時間以内の便について禁煙としている現行法を期限が切れる来年四月以降
も無期限に延長するための別の法案を可決しており、結論は両院協議会にゆだねら
れる」、「日本では旅客便の禁煙化は徐々に進んでいるが、各社の判断に任されて
おり、全日空、日本エアシステムは、『愛煙家のお客様も多く、決めかねているの
が実情』、『他社の動向も見ながら考えるが、将来的には米国のようになるかもし
れない』という」旨の報道をしている(甲第八五号証)。
 同年一二月二二日付け産経新聞は、「大阪市営地下鉄の改札内が来年一月一日か
ら終日禁煙となる」旨報道している(甲第九四号証)。
 甲第一一四号証(同年一〇月一二日付け労働省発表の「職場における喫煙に関す
る懇談会報告書について」と題する書面)によると、「近年、喫煙と健康に関する
社会的関心が高まり、職場においても喫煙対策の必要性を指摘する意見が多い。そ
こで労働省では、昭和六二年六月に『職場における喫煙に関する懇談会』を設置
し、四回にわたって職場での喫煙対策のあり方等を検討してきた。本懇談会におい
ては、喫煙者と非喫煙者の双方の理解に基づく職場における喫煙対策のあり方が検
討され、今後の職場における喫煙問題の解決の一層の推進に資するため、このほど
報告書がとりまとめられ、労働省労働基準局長に提出された」というのであり、そ
の骨子は、「①職場喫煙は、単に喫煙労働者の健康問題だけでなく、非喫煙者の受
動喫煙による健康不安、不快感、ストレスなどの問題をも含んでいる。②他人に迷
惑をかけるような扱い方は、たとえ喫煙が個人の嗜好の問題であり、本人がリスク
を自覚して吸うとしても、オフィスなどの職場では許されなくなってきている。③
職場の喫煙対策を進めるにあたっては、喫煙者と非喫煙者の考え方を十分に吸いあ
げ、相互の立場を理解させることにより、共通な理解を醸成し、各職場の状況に応
じた対策を講ずることが望ましい。④実際に具体策を講じる場合には、トップダウ
ン方式よりも、職場小集団活動、衛生委員会などで提案していくことや繰り返し喫
煙教育を実施することが望ましい」というものである(なお、その具体的報告内容
は、甲第一三五号証〔労働省労働衛生課編同年一〇月一二日発行「職場と喫煙」〕
に詳細である。)。
④ なお、本件判定以後も、国内での喫煙規制が進行していることは甲第九三、第
八三、第九五、第一〇一、第一〇二、第一二七号証に報道例がみられ、平成元年版
厚生白書においても、喫煙と健康問題についての理解を深め、分煙対策をより一層
推進する必要性が指摘されている(甲第一一九号証)。
 原告自身、本件判定当時、一般の官公庁では分煙化が行われていないが、官公庁
の喫煙対策は我が国社会の中でも遅れているところの一つであるとしているところ
であるが、以上のように、新聞等で報道された様々な喫煙規制のあり様の中には初
めての試みとして紹介されているものも多いのであって、我が国においては、官公
庁に限らず一般に、本件判定当時、不特定多数の者が集まる公共の場においてはか
なり喫煙規制が進んできている場面があるものの、それとてもいまだ普遍的なこと
とまではいえなかったことが明らかである。原告は、「現在のように冷暖房が完備
し、その効率を保持するためにほぼ密閉状態にある室内においては、受動喫煙が避
けられないものとなっている」と主張するところ、なるほど、右(2)②のように
新築等の事務所等では四〇パーセントもの企業が何らかの喫煙規制を実施している
という調査結果の報道もあり、他にも、我が国における私企業等の職場で一定の場
所、一定の時間を禁煙とする企業や中には全面的な禁煙の方針をとっているところ
があるという新聞等の報道や報告もあるが、総じて、本件判定当時の我が国におけ
る職場での喫煙に対する対応の状況は、職場の構成員の自発的意思を重視した扱い
が多く、その態度いかんにかかわりなく規制するというところまでいっている例は
少ない。労働省労働衛生課編「職場と喫煙(職場における喫煙に関する懇談会報告
書)」(甲第八八号証)中では、業種の性質等もあって全面的禁煙としているとこ
ろもあり、勤務時間中に一定の禁煙タイムを設けたり、会議中、立会い時間中、営
業時間中は禁煙として喫煙に対する対策をたてている企業も増えてきていることが
示されているが、具体的報告例の中の多くは、環境改善運動の一環として各職場で
自発的に禁煙を推奨しているなどというもので、採用されている方法には任意性が
強いことが認められる。なお、原告は、被告がさらに多くの国内外の情報を収集し
た上で判定をなすべきであった旨主張するが、右判断と異なる情報が得られる見込
みはないと考えられる。
(二) 次に、前回措置要求に対する判定後の衛生研究所内の状況及び本件措置要
求の審査手続の進行状況について検討する。
(1) まず、本件措置要求の審査手続中で、原告と衛生研究所長とから被告に提
出された各書面は、次のとおりである。
① 昭和六一年七月一一日付け原告の本件措置要求書(甲第一号証)
同年九月二九日付け衛生研究所長の「意見書」(甲第四号証)
同年一二月一二日付け原告の「認否・反論書」(甲第二号証)
② 昭和六二年一月二六日付け衛生研究所長の「意見書(2)」(甲第一四号証)
同年三月一一日付け原告の「認否・反論書面(二)」(甲第三号証)
③ 同年五月八日付け衛生研究所長の「意見書(3)」
同年七月七日付け原告の「認否・反論書(三)」(甲第一五号証)
④ 同年一〇月七日付け衛生研究所長の「意見書(4)」
同年一一月二六日付け原告の「認否・反論書(四)」(甲第六号証)
⑤ 同年一二月二一日付け衛生研究所長の「意見書(5)」(甲第九号証)
昭和六三年二月二日付け原告の「認否・反論書(五)」(甲第七号証)
⑥ 同年二月一五日付け衛生研究所長の「意見書(6)」(甲第一〇証)
同年二月二六日付け原告の「認否・反論書(六)」(甲第八号証)
⑦ 同年六月九日付け原告の「上申書」(甲第一一号証)
同年一二月一六日付け原告の「上申書」(甲第一二号証)
 これらの書面の中で、衛生研究所長の意見は、次のようなものであった。すなわ
ち、「喫煙問題に関する社会的認識が進みつつある現状に鑑み、引き続き所長通知
等の遵守及び喫煙問題に関する啓発に努めるとともに、庁舎事情による限界はある
ものの、可能な限り環境改善に努めて行く考えである」、また、これらの諸措置の
実施に当たって職場内における良好な人間関係が維持されなければならないこと
は、所長通知の中でも明らかにし、これまで十分意を用いてきたところであるが、
今後とも、一層配慮して行く考えである」(甲第四号証〔第四〕)、「現時点にお
いては喫煙者と非喫煙者のそれぞれの立場を尊重していくことが組織の活性化を保
つとともに、円滑な運営を図るうえにおいて最善の方策であると考えている」、前
回判定の「趣旨に添い、可能な限りでの禁煙措置を講じ、非喫煙者の蒙る被害を最
少限度に抑える努力を今後とも続けていく所存である」(甲第九号証〔記2〕)、
というものであった。
(2) 衛生研究所内の環境調査結果については、既に前記1(二)で述べたとお
りであるが、原告は、右調査が不十分であると主張する。原告が右調査を不十分で
あるとする理由は、ひとつには、右調査においてはガス成分の量が測定されていな
いというところにあるものと解される。なるほど、たばこの煙の中には粒子相の成
分とガス相の成分とがあり、理論上浮遊粉じんの量の測定だけでたばこの煙の中に
含まれているすべての成分を把握しきれていないことは確かであるけれども、前記
のようにたばこの煙の影響を把握する方法としては通常浮遊粉じん量測定の方法が
用いられているのであって、環境検査をも主要な業務としている衛生研究所です
ら、どのガス相成分に着目して分析するのが適当であるのかを把握していない実情
にあり、浮遊粉じん量測定以外の方法としては、ニコチンの量の測定を提案した者
があるくらいで、他に実用的な又は簡易な測定方法があるわけではない。そして、
一般的にいえば、粒子相成分の多寡はガス相成分の多寡をも反映しているものと考
えられ、特別にガス相成分の測定分析をしないとたばこの煙の影響を把握できない
とは考えられていない(甲第一一二号証、証人aの証言〔170ないし173項、
213ないし217項〕)。また、原告は、右環境調査が、作為的条件を設定しな
いで、喫煙者がいる部署においても喫煙状態でないときに測定された場合もあった
ことについてかえって不当であると主張し、受動喫煙の被害の程度を正確に把握す
るためには、まず、各部署の喫煙者の数を正確に把握する必要があり、それを前提
として、無作為に測定するのではなく意図的に各室の全喫煙者に同時に喫煙させた
上で継時的測定を行うことによって、喫煙による室内の空気の汚染状態の最大値と
汚染の度合いの変動状況と汚染された空気が完全に排気されるまでに要する時間等
をも正確に把握し、日常考え得る様々の可能性に考慮しなければ十分な実態調査と
はいえない、と考えるようであるが、なるほど、そのような測定をも実際に行えば
より正確な状況の把握をなし得るかもしれないけれども、現実に各職員が職務遂行
中の時間帯において、現実に執務している職員を動員して、そのような測定調査を
行うことが、業務への差し支えを生じることも当然にあり得べきことである。原告
の主張は、喫煙対策をあらゆることに優先して行うべきであるとの考え方を前提と
して初めて成り立ち得るものであり、衛生研究所による測定方法が本件判定当時の
技術的方法論として著しく不当であったということはできない。
 そして、その測定の結果も既にみたとおり、法律上衛生研究所に適用になる事務
所衛生基準規則による基準ではなく、ビル管理法による基準によって検討してみて
も、基準を超えることはまずないという状況にあったのであり、その程度は、極く
普通の事務所の程度であったといえる(前記1(二)掲記の各証拠、証人aの証言
〔14、15項〕)。
(3) ところで、前記「事案の概要」のとおり、原告は、前回の措置要求をし、
被告は昭和六〇年五月二二日付け判定とこれに基づく衛生研究所に対する前記勧告
をしていたものであるが、右判定、勧告後に衛生研究所がとった措置は、次のとお
りであった。
 衛生研究所においては、前回の措置要求に対する昭和六〇年五月二二日付け判定
後、同日付の勧告を受けた後、職場討議等を経た上、昭和六〇年六月二一日付衛研
庶第三三六号「所内における喫煙について」所長通知及び同日付「『所内における
喫煙について』の運用等について」所長決定により、衛生研究所における喫煙に関
する措置を定め、職員に通知した。前記勧告の内容と対照すると、所長通知及び所
長決定の内容は、前記勧告を全面的に尊重したものとなっているのみならず、当該
判定主文において一般的に禁煙とすることとされた場所以外についても、各科
(課)での申し合わせにより禁煙とした当該各科(課)内の場所は禁煙とし、ま
た、会議室、ゼミナール室等での会議、打合せ等における喫煙は自粛することとす
る措置がとられた。その結果、衛生研究所の建物内の室は、従来から禁煙とされて
いる一九八室のほか六四室が禁煙となり、それは全体の七七・七パーセントにあた
ることとなり、喫煙可能とされている室は、一〇一室で全体の二二・三パーセント
となった。そして、右所長通知及び所長決定後、禁煙と定められた場所及び各職場
からの申し出等に応じて、同年七月から八月にかけて、禁煙表示ステッカー二〇三
枚が貼付され、その後、換気扇約二〇台(合計経費約一一〇万円)が設置され(甲
第二号証〔第一の一(一)ないし(三)、第三の二(六)〕、同第四号証〔第11
(1)ないし(3)、第32(6)〕。結果的に、衛生研究所の換気装置は、中央
管理方式による空気調和設備下で、換気扇が設置されている室数が一〇六室、換気
扇箇所数が一五一箇所となっており、また、ドラフト設置数は五七個である〔乙第
二号証〕。)、また、職員団体にも所長通知の写しが交付された(甲第二号証〔第
三の二(五)〕、同第四号証〔第32(5)〕)。そして、前記所長通知及び所長
決定の周知後も、喫煙者職員が非喫煙者職員に配慮するよう自覚を促すため、昭和
六一年五月一三日、定例部長会で前記所長通知及び所長決定の趣旨を徹底するよう
に指示され、同年七月四日、玄関ロビーの掲示板に、東京都の保健所・衛生局作成
の「タバコよさようなら」というかなり詳細な内容のパンフレットが掲示され、同
月八日には部長会でこれが各部長に配付され、同年九月二四日には、科長会でも右
の趣旨の徹底が指示され、同年一二月五日には部長会で同年一〇月の前記1(二)
(3)記載の環境調査結果の報告が行われ、昭和六二年一月二七日には、再度、科
長会で前記趣旨の徹底が指示され、同年五月二〇日の部長会で同年三月の前記1
(二)(4)の環境調査結果の報告がなされ、同年一二月一五日の部長会で同年八
月の前記1(二)(5)の環境調査結果の報告が行われた(乙第二号証)。原告
も、昭和六二年一月二七日に科長連絡会で所内喫煙について所長通知を遵守するよ
うに再度指示があったことを知らされ、職員に対してその旨の指示が行われている
ことを自認しており(甲第三号証〔第一の一(一)60、第一の一(四)4
0〕)、また、昭和六一年七月に東京都が作ったパンフレットが掲示されたことに
ついて、大変望ましいことと思う旨述べている(甲第二号証〔第一一(一)〕)。
その他、前記環境調査結果報告に基づき庶務係や食中毒控え室等について、空気の
動きをよくし、換気装置に実効性を確保するために、部屋のレイアウトや物の配置
を変える措置がとられたり(証人aの証言〔59ないし63、72ないし73
項〕)、前記環境調査結果報告書を職員全員が読むことのできるように回覧された
り(同証言〔86項〕)している。
 そして、衛生研究所においては、前記のとおり、昭和六〇年八月以降引き続きほ
ぼ半年に一回の調査が続けられており、昭和六一年三月の調査では、気流分布調査
及びドラフト風量調査も併せて実施された(甲第二号証〔第二の二(三)〕、同第
四号証〔第22(4)〕、同第二八号証、乙第二号証)。
 なお、原告は、自らの希望により、昭和六〇年四月に、生活科学部乳肉衛生研究
科食肉魚介細菌担当から微生物部細菌第一科に異動し、同科腸内細菌担当となった
(甲第二号証〔第一の一(五)〕、同第四号証〔第11(5)〕、原告本人尋問の
結果)が、右異動に際して、換気扇一台が同研究室の控え室に取り付けられ((甲
第一号証〔三②〕同第二号証〔第一の一(五)〕、同第四号証〔第11(5)〕、
原告本人尋問の結果)、前記環境調査についても、昭和六〇年夏期の調査の方法に
ついて原告が不満をもち、同年冬期の調査方法について安全衛生委員会での再検討
を求める要望をし、その結果、原告としてはなお不十分とするものの、「四室でド
ラフトや気流測定がなされる」(甲第一号証〔四③〕)などの対応があった。その
他、所内の換気に関しても、2号館の一階及び地下の一部の換気系統について、ダ
ンパー操作により新しい空気のみを取り入れる方式が試行されたり(甲第七号証
〔二(四)イ〕、同第一〇号証〔第三3(2)〕)、原告所属の食中毒控え室に換
気扇が増設されたり(原告本人尋問の結果)しており、衛生研究所側に原告に対す
る相当の配慮があったことが認められる。
 次いで、原告は、昭和六一年五月二八日、同月二六日付の診断書をd科長に提出
し、たばこの被害を受けない部屋の提供を求め、同様の要望を庶務課長、事務部長
にも申し出た。そこで、衛生研究所側では、原告に個室を提供すべく検討の結果、
六一七号室と五一九号室をそれぞれ原告の控え室及び実験室とすることとした。そ
して、これらの現控え室及び実験室の状況についてみるに、原告の控え室とされた
六一七号室は、衛生研究所二号館一階にあり、かつて検体受付用の部屋として使用
されていた約七・五平方メートルの室で、微生物部細菌第一研究科長室の前に位置
しており、同室には、空調設備、電話、手洗い器、スピーカーが設置されており、
原告の控え室とされる前は、ファクシミリ、パーソナルコンピューターが設置され
ていたが、原告の控え室とするに当たって、右機器は他に移動された(争いのない
事実、第一号証〔四⑤〕、同第四号証〔第22(5)〕、乙第二号証)。同室には
外気に開放し得る窓はないが、廊下側への窓があり(乙第二号証)、原告が同室へ
の換気扇の設置を促すとすぐに取り付けられた(乙第二号証〔第二の一
(八)〕)。なお、他の食中毒担当職員らの使用している控え室は殊に狭く、そこ
には原告の執務机を置く余地がない。また、原告の実験室とされた五一九号室は、
同館の地下一階(地表面と窓が同一の高さになっているいわゆる半地下である。)
にあり、微生物部細菌第一研究科所属の無菌室と呼ばれる実験室であって、他の食
中毒担当職員らの使用している実験室は同人らの実験室の控え室に隣接している
(争いのない事実、甲第一号証〔四⑤〕、同第四号証〔第22(5)〕、乙第二号
証)。
 なお、衛生研究所側から原告に対し、右控え室を移す旨の提案がなされたことが
あった。すなわち、昭和六二年八月ころから九月ころにかけて、衛生研究所側から
原告に対し、控え室を前記六一七号室から五〇一号室に移す提案(五〇一号室は地
下にあり、五一九号室からは五〇一号室の方が近い。また、原告は、六一七号室か
らの階段の昇降が苦痛であると述べていた。)がなされた。しかし、原告は、五一
九号室に近いといっても、所属の他の職員らのいる部屋からは双方とも遠く、地下
は食堂やロッカー室、理髪室等があるだけで、他の研究職職員の執務室はないとこ
ろであって、対応策が安易であるなどとして、これを拒否した。その際、庶務課長
が「無理に強制することはしない。どの研究室もそんなに恵まれてはいない。」旨
述べたのに対して、原告は、「次元が違うことではないか。」と答えるなどの経過
もあった(甲第六号証〔第一(二)ないし(五)〕)。
(4) さらに、前記所長通知、所長決定後の個々の職員の喫煙に対する態度をみ
るに、原告自身、微生物部細菌第一科腸内細菌室に異動(昭和六〇年四月)後のこ
とについて、「同室の職員五人中三人が喫煙者で、いくらかの注意は喫煙者により
なされたが、たばこの被害を受けないようにはならなかった」(甲第一号証〔三
①〕)と述べ、また、衛生研究所長の昭和六一年九月二九日付意見書(甲第四号
証)の第11(5)において、微生物部細菌第一科腸内細菌室では、原告の異動時
に「原告が在席しているときは喫煙しない。原告が不在時に喫煙するときは、換気
扇及びドラフト(吸引排気装置)を稼動させるなど換気に心がける」ことを申し合
わせ、右申し合わせは所長通知後も維持され、一、二偶発的事例はあったものの、
ほぼ全面的に履行され、原告に対する配虜がなされてきた旨述べられているとこ
ろ、原告自身、微生物部細菌第一科腸内細菌室に異動(昭和六〇年四月)後のこと
について、「昭和六〇年一二月から昭和六一年三月にかけては、異動したてのころ
より被害は少なくなっていた」(甲第第一号証〔三④〕)と述べているのであっ
て、さらに、衛生研究所長の昭和六一年九月二九日付け意見書(甲第四号証)に対
する昭和六一年一二月一二日付け認否・反論書(甲第二号証)において、勧告後の
衛生研究所長のとった措置の遵守に関して周知徹底を機会あるごとに図っていると
の説明に対し、「勧告当初は喫煙者自身ですら換気扇をつけようとしなかった」と
反論するが、同時に「現在は換気扇をつけて喫煙している」ことも認めており、原
告としてはこれらは対策として不十分なものにすぎないと主張するものの、他に
も、「工事をしている人が廊下を歩行喫煙したり、区職員あるいは一般の人が食堂
で食事中喫煙し、注意したことがある(なお、所長決定によると、衛生研究所職員
以外の者に対しては前記所長通知の内容の遵守について理解と協力を求めるとされ
ている。)。その他、所内職員ですら歩行喫煙をし、私の姿を見て近くのドアへ入
る者もいたほどである」が、「現在は、出くわさないのか、見受けられない」
((甲第二号証〔第二の一(四)〕)、また、「かつて庶務で課長、係長その他の
人が喫煙中換気扇の作動がなく、促したことがある。腸内細菌室、食中毒室でもま
だ徹底されていない」ものの、「回数は以前より少なくなったが、冬期、勤務時間
外も守ってほしい。」(同号証の第二の一(八))、「注意してくれる時が増えて
きた」(同号証〔第三の一(二)〕)、「現在は措置要求中であるため、歯止めと
なっているとも考えられる。」(同号証〔第四〕)というのであり、また、原告の
述べるところによると、原告自身で昭和六三年七月五日に六一七号室の吹き出し口
を閉じ、また、五一九号室のエアコンディショナーの使用をやめたが、それでも六
一七号室へのたばこ臭の流入がやまなかったので、その臭気を辿って喫煙している
場所(六一七号室の上階のウイルス準備室)へ行き、ウイルス研究科長にそこでの
喫煙を自粛するように話したところ、喫煙可能とされている室ではあるが、時々た
ばこを吸うことはあるものの、ほぼ注意してくれており、六一七号室にたばこ臭が
流入する頻度は減ったというのである。これらは、客観的にみれば、衛生研究所の
職員側に喫煙について注意しようという態度があった事実を自認するものというこ
とができる。こうした経過の中で、原告のいうところの被害の程度はかなり改善さ
れてきていることが、原告の提出にかかる各認否・反論書の記載の各所からも窺わ
れる。
 以上の他にも、原告は、会議等では喫煙を自粛するとされても自発的に喫煙しな
いようにはならないと主張するものの、同時に、原告から喫煙を遠慮するように言
われてやめたとも述べているのであって、かようにして、原告からの注意により、
喫煙をやめる者も相当数いることが認められるのであり、こうした状態は、前記判
定、勧告及びこれに従った衛生研究所側の措置の成果とみることができる一方、甲
第二、第六号証によると約二割いるという衛生研究所における喫煙者職員のうちの
相当数は、衛生研究所の措置の趣旨に次第に従うようになってきているものと評価
することができる。
 なお、衛生研究所における前記のような喫煙対策について、他の非喫煙者職員か
らこれが不徹底であるとか、不十分であるとする何らかの不満、不服が提起された
ことを窺わせる証拠はなく、かえって、原告本人尋問の結果によると、原告が周囲
の非喫煙者職員に喫煙室ができればいいと話してみても、「それはしょうがないで
しょう」という意見しか返ってこないというのであって、むしろ、積極的に喫煙室
設置を求めたりしている職員が原告の他にはいないことすら窺われるところであ
る。
 原告は、申し合わせの結果禁煙とされた場所の中に、原告が最も問題とした控え
室を備えない実験室については、二〇余室が喫煙可能となっており、禁煙とされた
のが一〇余室にすぎないとして(甲第二号証〔第一の一(二)〕)、右措置が不十
分であったという言い分であるが、それらの室は前記判定において禁煙とすること
を妥当とされた場所ではなく、衛生研究所側における前記判定、勧告に対する対応
が不十分であるとする理由にはならないこともちろんであり、かえって、右判定、
勧告で指摘された場所以外に原告の述べる一〇余室を禁煙とする申し合わせがなさ
れたということは、右判定、勧告の趣旨が同所内の職員のかなりの者に理解され、
その協力が得られたことを示すものと評価するのが相当である。
(5) さらに、向後の見込みについてみるに、衛生研究所の建物については、全
面的な建替えが予定されており、東京都の計画によると、その際には原告主張のよ
うな分煙が可能であり、現にその計画の中に入っており、新庁舎完成予定時期は平
成九年ないし平成一〇年とされている(争いのない事実、乙第二号証、証人aの証
言〔218ないし220項〕)。
3 本件判定が原告の要求事項(1)アを認めることができないとした理由は、要
約すると、被告の主張するとおり、法令違反の有無、原告の要求を受け入れた場合
における財政上の負担、職場管理・人事管理の側面、喫煙に関する社会の規範意
識、官公庁、私企業の禁煙・分煙の現状等を広く勘案し、昭和六〇年五月二二日付
け判定の趣旨及びその実現程度をも考慮の上、前記のような状況下で、換気系統を
別にしない喫煙室の設置が理想的であるが、なお、しばらく衛生研究所当局の努力
の成果を観察してみることが必要であると考えた、というものである。
 本件判定の違法事由の存否を審判する本件訴訟においては、被告が平成元年二月
八日になした本件判定が、前記一に述べたような趣旨でその裁量権の範囲を逸脱
し、又は濫用したものであるといえるかどうかが争点であり、裁判所が衛生研究所
の喫煙問題について、最も妥当な処置、対策を審究、選択して、これと本件判定と
を対比して判断を加えるべきものではないことは前示のとおりである。そこで、右
のような考えのもとになされたという本件判定に前記一に述べたような趣旨で裁量
権の逸脱又は濫用があるかどうかについて判断する。
(一) 前示2のような社会一般の意識、通念と本件措置要求にかかる衛生研究所
の状況等を総合すると、次のように考えられる。
 なるほど、甲第四〇、第四一、第四二号証、第四三号証の一、第一〇六号証によ
れば、原告が昭和六〇年一一月には鼻前庭炎、昭和六一年五月には急性鼻咽喉炎。
昭和六二年四月には上気道炎、同年九月には両側性副鼻腔蓄膿症及び急性咽喉炎、
昭和六三年三月には急性鼻咽喉炎、同年四月には気管支炎と診断され、この間相当
回数にわたって耳鼻咽喉科で診療をうけていることが認められ、原告本人尋問の結
果並びに弁論の全趣旨によれば、その原因がたばこの煙にあると原告が考えている
こと、少なくとも原告につきたばこの煙の多い場所での就業が不適当とされている
ことが認められる。そして、原告がいかにたばこの煙を嫌い、それに意識を集中し
てしまっているかは、法件措置要求における原告の「認否・反論書」の各記載によ
って、明瞭に看取することができる。もとより、原告のような嫌煙者にとって、分
煙化が最も望ましい措置であるには違いない。そして、社会の趨勢は、喫煙をする
ことができるのは限られた空間とする方向に向かっているものと考えられ、公共の
場では喫煙しないこともかなり一般化しつつあるマナーであると考えられる。しか
しながら、これは、喫煙者を含めた社会の一般的意識、通念の変革に従って生じて
きた変化であると解されるところ、前示のように、本件判定当時の我が国における
職場での喫煙に対する対応の状況は、職場の構成員の自発的意思を重視した扱いが
多く、その態度いかんにかかわりなく規制するというところまでいっている例は少
なかったのであり、昭和六〇年五月二二日付けの判定、勧告及びこれに従った衛生
研究所の措置は、社会一般の情勢と対比すると、当時としては、むしろ原告の考え
る方向に相当進んだ内容のものであったと評することができる。のみならず、衛生
研究所は、個別的にも原告に対して、前示のような相当の配慮をしているものであ
って、しかも、同所職員中の相当数の者がその趣旨に従い、原告からの日常的注意
もあって、かなり、気をつけて配慮するようになっていることが認められるのであ
る。原告は、衛生研究所の職員の中には配慮を欠く態度をとる者がいるとして、昭
和六二年三月一一日付「認否・反論書」においては、原告のたばこの煙や臭気に対
する日常的不快感等と並んで職員らの言動について逐一具体的に指摘、記載してい
る(甲第三号証)けれども、衛生研究所における喫煙者職員中には、原告の嫌煙の
態度に反発を示す者ばかりではなく、前記判定、勧告に従った衛生研究所側の措置
に伴って率先して自粛したり、また、原告からの注意、指摘を受けて喫煙を中止す
るなど自粛していることも認められるのであって、専ら前者に対する不満を強調
し、完全にはたばこによる被害がなくならないとして、後者の存在を重視せず、性
急に自己の理想とするところの実現を求めることは片面的であるとする考えもあり
得るところである。なおほど、衛生研究所における現状のもとでも、「換気扇の下
で喫煙し換気する」というような配慮((甲第一号証〔三②〕、同号証〔三③
e〕)は望ましいことであろうが、こうした配慮については、本件判定当時衛生研
究所が一層の努力をしていくと述べていたところである。前示のとおり、本件判定
当時の衛生研究所の状況は環境調査結果によると事務所としては極く普通の状態に
あり、また、原告の執務室の状況をみても、それは個室で、同室者が喫煙してこれ
に原告が悩まされるといった状況にはなく、また、衛生研究所において原告のほか
に強く分煙化を主張している者もないことに照らすと、原告が被害として強調する
ところは、いささか特殊なものと解さざるを得ない。そして、衛生研究所の建物
は、近々建替えが予定され、新庁舎は分煙化される計画となっており、本件判定当
時に分煙化することが原告にとって望ましい勤務条件を実現するものであるとして
も、建替え間近の衛生研究所の建物に相当の財政的支出を伴う分煙化工事を施すこ
とについては社会一般の見解としてはかなりの異論を生ずることも十分考えられ
る。以上のような点を総合すると、本件判定に前記一記載のような趣旨での裁量権
の逸脱又は濫用があるとは到底解することができない。
(二) また原告は、衛生研究所を分煙化することが東京都の職場全域の問題に拡
大することも考慮したという被告の主張に対して、平成三年四月に東京都新宿区に
移転する東京都庁の新庁舎は分煙化されるのであるから他の職場に問題が拡大する
ことはないと主張するようであるが、東京都の職場は、本庁舎だけではなく、出先
の各機関や事業所のあることは当裁判所に顕著な事実であり、被告の考慮した事情
が前提を欠くものとはいえない。
(三) さらに原告は、東京都民の健康を守るという衛生研究所の職務の原点にた
って考えれば、衛生研究所は健康管理について範を示し、他に率先して、分煙化を
推進すべきであると主張するが、東京都に限ってみても、前示のように事務所とし
ては極く普通の状況下にあった衛生研究所の職員の勤務条件のみを他の事業所職員
のそれに先駆けて理想的な水準にまで直ちにおし進めることが相当であるかどうか
には、広く社会一般の多様な見解をも前提とすれば、異論もあり得るところであっ
て、衛生研究所の職責という観点に聴くべき点が含まれているとしても、それだか
らといって、直ちに、衛生研究所においては喫煙者のみが使用する喫煙室を設置す
る義務があるとまではいえない。
(四) 原告は、原告が微生物部細菌第一科腸内細菌室に異動後しばらくしての時
期以降に同室者や関係職員らから人間性を傷つけられるような暴言を受けたりして
いると不満を述べており、これについては、甲第一号証(四②)、同四号証(第2
1(9)、第22(2)、同第七号証(四(一))、同第一一号証、同第一五号証
(第一の六)によれば、なるほど、原告のいうような不穏当な発言があったことも
窺われる。原告としては、個別の所員中の配慮を欠く態度を強調して、それらが専
ら衛生研究所が分煙化されていないことに起因するもので、原告の執務に影響し、
経済的な意味でも勤務条件を低下させていると主張したいのかもしれないが、前示
のとおり、職員中には、前記判定、勧告に従った衛生研究所側の措置に伴って率先
して自粛したり、また、原告からの注意によって自粛した者もあるのであって、原
告の嫌煙の態度に反発を示して穏当を欠く発言をする者が一部にあったとしても、
全体としては、衛生研究所による前記の措置とその後の原告自身の態度(本件措置
要求をしたことを含む。)とがあいまって、前回判定、勧告の趣旨が次第に実現さ
れてきているものと認められる以上、被告が本件判定に際して、なお衛生研究所の
努力の様子をみるのが相当と判断したことに裁量権の範囲の逸脱又は濫用があると
まではいえない。
(五) 原告は、実効性のある完全分煙にどれほどの財政的支出が必要なのかが本
件判定には示されていないと主張するが、原告主張のような完全分煙化に一定の財
政的支出を要することは明白のことであり、しかも、被告が原告主張のような完全
分煙化を時期尚早と判断した根拠は被告主張のような総合的判断であるから、本件
判定中に予想される支出額が明示されていないからといって、本件判定が違法であ
るとはいえない。
(六) その他、原告の種々の言い分を検討してみても、要求事項(1)アの判断
につき裁量権逸脱又は濫用というべき点を見いだすことはできない。
 なお、前回の判定、本件措置要求、本件訴訟という経過を通じて、衛生研究所内
の喫煙問題が次第に改善されてきていることは、遅速の評価の差はあるにせよ、原
告自身自認するところであり、むしろ、原告は、そうした手続の節目節目に自粛が
強まるということ自体がかえって問題だとして、それゆえにこそ、衛生研究所職員
に対する強力な禁煙教育をしない限り、これまでの経験から元に戻るおそれがある
というのであるが、こうした衛生研究所の実情は、被告が主張するように、なお暫
く衛生研究所の努力の成果をみるのが妥当だと判断する有力な根拠の一つとなり得
るものであり、原告主張のように実社会の俗習を一気に否定してかかろうとする言
論上の理想主義ともいうべき見解が社会一般に通用しているものとは解されない。
4 本件判定が要求事項(1)イを認められないとした点について判断する。
(一) 原告は異動後の執務室につき次のような不満があるという。すなわち、控
え室とされた六一七号室については、「所属が庶務課のもので、部屋と廊下の間に
作られた検体受付用の部屋で、廊下側一方向に受付用の窓と入り口の扉がある部屋
で、これまで控え室として作られたとは聞いたことがないし、庶務の机も置かれて
いる」、「前の部屋は喫煙者である科長の部屋で、たばこ臭が右受付室まで入って
くることがある」といい、実験室である五一九号室については、「当科の人達がル
ーチンで使用する部屋とはまったく別の半地下にある」、両室ともに「換気が悪
く、陰湿」である((甲第一号証〔四⑤〕)、「仕事上も不利な場所、連絡に対し
ても不便極まりない場所」である((甲第二号証〔第一の一(五)〕)、「眼を休
めたり、日照で時の移りを、あるいは季節の変わりを知ったりは、窓がないため一
切できず、ストレスとなっている」(同号証〔第二の二(五)ロ〕)のが不満であ
るというのであり、五一九号室の換気の悪いことについては、「昭和六二年七月二
四日午後、原告の実験中に、食品細菌での過熱によりワックス様臭気が発生して同
室に入り込み、中々排気されなかったことがあり、これは危険ですらある、従来職
員を配置していなかった部屋であるため安全性の点検が不備である」(甲第六号証
〔第一(三)〕)というのである。
(二) しかしながら、原告の要求事項(1)イの要求も、原告の主張全体の趣旨
からすると、完全分煙化と不可分一体のものとして主張されているもので、換気設
備の個別的改善などを求めているものではないと解され、さらに、執務室の単なる
変更を要求しているものとも解し得ない。昭和六二年八月ころから九月ころにかけ
ての控え室の五〇一号室への移動の提案とその拒否の経緯をみても、当面の原告の
言い分に基づき実験室と控え室との距離が近ければどうかというような対症的な衛
生研究所側の対応に対して、原告は、姿勢が安易であると批判し、他の職員の執務
室もそれほど恵まれてはいないという庶務課長の言に対して次元が違うと答えるな
ど、結局は、喫煙問題について、原告の主張するような抜本的解決策がとられない
限り不可であるとする意向が強かったものと考えざるを得ない。こうした考え方
は、本件措置要求手続中の原告の主張の中にも多々表れており、当面の課題に関し
て対処していこうとする衛生研究所側の対応策について、「窓がないと言えば窓が
あればどこでもよしとする解決策」であると批判したり(甲第六号証〔第二の一
(1)〕)、また、衛生研究所長の意見書中に、原告に提供し得べき他の執務室の
存否につき、他の職員との公平を損わないような部屋があり得るならば原告の方か
ら指摘してほしい旨の記載があったのに対して、原告は、「喫煙者こそ一か所に集
めて控え室を共同で使用させ、業務は各自担当の部屋へ行って行うようにすれば、
原告に提供し得る部屋はいくつでも現れる」はずである旨主張したり(甲第六号証
〔第一(六)〕)、「喫煙の害を受け易い人、その他職員が、確固として健康を喫
煙により害されずに、安心して勤務できるよう、分煙となることのみが最善の方法
である。」と主張したりしていた(甲第七号証〔二(三)〕)ものであり、要する
に、あくまで完全分煙化した喫煙室の設置を前提として要求事項(1)イを加えて
いるものと解されるのである。なお、右のような考え方は本件訴訟においても基本
的に変わらず、本人尋問においても、「環境調査の結果によっても、どの部屋の換
気状態も、喫煙をしなければすべて吹き出し口に近いくらい良好なのだから、換気
扇を増設したりするのは無駄な費用の支出であり、たばこを今のように吸わせてい
るというのがおかしいので、分煙化すべきだと主張しているのである」旨主張して
いるところである。
(三) このように、原告は、要求事項(1)イにおいて執務室の単なる変更を要
求していたものとは解し得ず、あくまで要求事項(1)アの要求がいれられること
を前提としてこれと一体のものとしてこの要求を掲げていたものと解されるから、
その意味では、要求事項(1)アを認められないとした判定に違法のない以上、要
求事項(1)イの要求は前提を欠くことになるから、その適否は論ずるまでもない
ことになるが、なお、念のため、原告がこれを独立したものとして要求する趣旨で
あったとした場合についての判断を付加しておく。
 すなわち、仮に、原告が要求事項(1)イを独立のものとして要求し、分煙化の
いかんにかかわらず執務室の変更を要求していたものであったとして考えてみる
に、一方、右(二)のような一貫した原告の主張態度に加えて、換気設備からのた
ばこ臭等をも指摘するところからみると、原告の要求していた執務室の水準はかな
り高いものと考えられ、衛生研究所において代替の部屋の存否をさらに検討し、こ
れを原告に提供してみても、原告がたやすくこれに応ずるものとは考えられなかっ
たところである。原告は、原告の執務場所となっている六一七号室、五一九号室の
両室には外気に開放し得る窓がなく換気が悪いと主張するが、事務所衛生基準規則
三条一項が前記のとおり「室においては、窓その他の開口部の直接外気に向つて解
放することができる部分の面積が常時床面積の二十分の一以上になるようにしなけ
ればならない。ただし、換気が十分に行われる性能を有する設備を設けたときは、
この限りでない。」と定めている趣旨は、同規則制定当時、一般の建築物において
は、窓その他の開口部による外気との自然換気が可能であるという実情が存するこ
とに鑑みて、原則としても有効な換気窓その他の開口部を設置するよう事業者に義
務づけるとともに、自然換気と人工換気のいかんを問わず、一酸化炭素及び炭酸ガ
スにつき抑制濃度を定めたものであり、したがって、自然換気の場合に、窓その他
の開口部の直接外気に向って解放することができる部分の面積が床面積の二〇分の
一以上になっていても、一酸化炭素及び炭酸ガスの気中濃度が抑制濃度を超えると
きは、これを基準内に抑制し得る人工換気措置が必要となるが、他面、一酸化炭素
及び炭酸ガスの気中濃度を抑制値内とする人工換気措置がとられているときは、窓
その他の開口部の直接外気に向って開放することができる部分の面積につき規制は
及ばないものと解すべきであるから、原告の執務室について勤務環境として違法な
状態にあるということはできないのみならず、前記のとおり、六一七号室の吹き出
し口を閉じたのは原告自身であるというのであり、また、五一九号室のエアコンデ
ィショナーの使用をやめたというのも原告自身でしたことであって、換気設備の効
用を利用していないことは、原告自らの選択によるものであるといわざるを得な
い。他方、本件判定時衛生研究内には使用されていない室はなく、各研究室、控え
室は狭隘であり、廊下に備品等が置かれているような状態で、室数が不足している
状態にあり、原告のいうように喫煙者職員らを一定の控え室に集中させてしまうと
いうのであれば別論、職員間の待遇と執務の便宜の均衡を維持しつつ、より以上の
条件の部屋を原告に提供することは狭隘な衛生研究所内では不可能であった〔乙第
二号証、弁論の全趣旨〕。)。したがって、さらに、その余の原告の言い分を考慮
してみても、被告が、本件判定において、主任研究員(係長級)以下の原告と同等
の地位にある職員は相部屋に入っていること、原告の執務室は例外的に個室であっ
て同室者の喫煙に悩まされる恐れはないこと、それ以上の条件の部屋を原告に提供
することは狭隘な衛生研究所内では不可能であること、換気装置を含め相応の設備
を備えていることなどを考慮すれば、原告の執務室は、他の職員が日常使用してい
る執務室と実質的に同等なものと評価できると判断して、本件要求事項(1)イに
ついてこれを認められないとしたことに裁量権の逸脱、濫用の廉があるとはいえ
ず、これをもって違法ということはできない。
5 本件判定が要求事項(2)をいずれも取り上げられないとした点について判断
する。
 地方公務員法(昭和二五年法律第二六一号)八条七項及び四八条の規定に基づい
て制定されている「勤務条件に関する行政措置要求の審査に関する規則」(昭和三
九年東京都人事委員会規則第一二号・乙第一号証。以下「審査規則」という。)三
条、四条によれば、申請者は、要求事項を要求書に特定して記載して人事委員会に
提出すべきことが定められているところ、本件措置要求事項(2)については、本
件措置要求手続中における原告の主張全体を総合してみても、原告が被告に対し
て、いかなる判定を求めるものであるのかを特定することができない。
 すなわち、
(一) 原告は、昭和六一年一二月一二日付け認否・反論書(甲第二号証)におい
て、本件措置要求の要求事項について前記のように整理し、以来、この要求事項を
維持していたものである。しかして、その理由として原告が述べたところを順次み
ると、まず、同書面では、本件要求事項(2)ア、イの要求の理由は、「これまで
喫煙問題について苦情を述べたり、措置要求をしたりすると、自分の意見も聞かず
に、自分の能力、経験を無視して、一方的に異動させられてきた。このような不利
益を被ったのは、喫煙問題が関係している場合はいかなる場合も、業務や人間関係
に対する評価・判断が一方的になされない体制が不備であったためである」という
のである(もっとも、同第二号証の「理由2」において、「現所属〔細菌第一研究
科〕では、職務遂行において著しい不当・不利益は与えられていないが、昭和五八
年九月に初めて措置要求をした後、所側及び乳肉衛生研究科の私に対して行った度
重なる異動命令〔一年四か月に三度異動命令が出された〕は、名目上は喫煙問題を
理由にしていないが、能力・経験を無視したもので、人事委へ不利益処分に対する
不服申立を争うまでに至ったのでした。」と述べており、かつての不利益を述べる
と同時に現在の著しい不利益を否定している。)。そして、同号証の第一一(四)
で「たばこの害のみならず、仕事に対し不利益な状態にさせられない、との保証は
一切ない。」と述べ、同号証の第一の二では、要求事項(2)の趣旨が明らかでな
いとの衛生研究所長の意見に対して、喫煙による原告の被害を述べて「よって、た
ばこの問題が加わっている場合は、いかなる場合も業務や人間関係に対する判断が
一方的に行われることのない管理・指導体制が必要である。」と主張している。さ
らに、その後の主張の中でも、たとえば、甲第六号証(第一(三))において、昭
和六二年八月から九月にかけての五〇一号室への移動の提案に関して、「所側は、
これまでに他の職員が配置され控え室・実験室としたことのない部屋を乳肉研究科
でのICP室に始まり私に押しつけてきた。部屋を転々とささいな理由を独断でつ
けて移動させ、少しずつ健康を害するやり方は人道上許されるものであるか。」と
述べ、甲第一五号証(第一の四)において、生活科学部乳肉衛生研究科食肉魚介細
菌担当後の状況につき、「これまで居室として使われたこともない、温度調節等が
機器用である、他の職員が決して与えられることのない機器室に入れられ、コンピ
ューターのプログラムを行う、という職種でない業務を命ぜられ、研究職として、
衛生検査職種としての経験・能力等、まったく無視された。さらにワープロ室へ異
動させ、満足な業務もなされず、甚大な精神的苦痛を与え続けた。」と述べた。そ
して、衛生研究所長の昭和六二年一二月二一日付け意見書に、「申請者が要求して
いる事項を要約すれば、第一に、換気系統のまったく別な喫煙室を設置すること、
第二に、喫煙室が設置されるまで、申請者に対して喫煙による被害を受けないよう
な部屋を提供することの二点である。」と記載されていたことに対して、甲第七号
証(一)において、要求事項は右二点のほかに前記二点があるとして、「異動に関
して、組織がまったく機能しないので、命令を下すことのみに熱中した組織でしか
なかった実態の中で、喫煙の被害を受け続けてきたことから、人事委員会におい
て、組織機能が有機的に運営し得るため、あるいは有効に機能させ得るための歯止
めとなり、職員の基本的権利の行使で不利な扱いを受けさせられないために、要求
項目に入れたもの」であるなどと主張した(なお、同所には、嫌煙者一般について
喫煙に対する苦情等で異動させられているかのような記載があるが、これを認める
に足りる証拠はない。)。
(二) これらの主張は、原告に対するかつての異動や執務室の移動に関する取り
扱い、提案等が不当に原告に不利益であり、また、担当職務の変更が執務室を移動
させることに伴って行われたものであるなどとして、これに対する不満として述べ
られていることは明らかであるけれども、原告の右のような不満を逐一検討してみ
ても、それによって右要求事項そのものの内容が具体化されているとは到底解し得
ない。
 右不満の趣旨からすると、要求事項(2)アは、原告が喫煙の被害を訴えるなど
して異動又は執務場所の移動をすることになった場合を想定しての条件、待遇につ
いての要望のようにもみえ、また、(2)イの要求と併せて、「たばこの害のみな
らず、仕事に対し不利益な状態にさせられないとの保証」を与えてほしい、あるい
は、「喫煙問題が関係している場合はいかなる場合も、業務や人間関係に対する評
価・判断が一方的になされない体制」、「たばこの問題が加わっている場合は、い
かなる場合も業務や人間関係に対する判断が一方的に行われることのない管理・指
導体制」をつくってほしいとの希望のようにもみえるが、そのために被告に対して
いなかる判定をするよう要求しているのかは、結局、判然としない。また、要求事
項(2)イは、措置要求をしていることによって、異動、担当職務について不利益
を課せられてきたという主張を前提として、条例又は規則によって何らかの予防的
対策をたててほしいという希望のようにみえるが、職員の措置要求の申し出を故意
に妨げることは罰則をもって禁ぜられていることであり(地方公務員法六一条五
号)、措置要求を妨害するために措置要求をしていることに基づいて異動を命じた
りすることがあれば、それが違法であることはもちろんであって、原告がこうした
法律上当然の規範以上に具体的にいかなる規定を設ける判定をすることを被告に求
めているのかは、主張の上から明らかでない。この要求事項も特定されていないと
いうほかはない。
(三) 前示のとおり、人事委員会は、広範な裁量権行使の一方法として、当該要
求者の要求の趣旨に副った要求事項そのものとは異なる何らかの措置を相当と判断
するときは、その旨の判定、勧告をなし得るものと解され、審査規則一〇条三項が
斡旋勧試の権限を明示しているのも、かかる裁量権行使のあり方に基づくものと考
えられるのであるが、他面、それは正に当該人事委員会の裁量権の範囲内の問題で
あって、要求者の主張の中から、一定の要求が明らかに看取され、これを取り上げ
てしかるべき対応をすることが容易であるのに敢えてこれを無視するなどの特段の
事情のない認り、積極的に要求者の内心の意向をくみ取って勤務条件の改善策をあ
れこれ案出しなければならない義務を負うものとはいえない。したがって、本件に
おいて、原告が完全分煙化の措置要求がいれられないと知ったとき、次善の策とし
て求めるかもしれない要求が何かについてまで審按することが措置要求の手続とし
て要求されるものではないというべきである。前記のとおり、措置要求制度の本質
が斡旋、仲介にあたる作用であることに照らせば、厳格な手続によって対立当事者
間の法律関係の確定による紛争の終局的解決を目的とする訴訟手続とは異なり、措
置要求の審査、判断については一事不再理の原則が働く余地はないことが明らかで
あるから、措置事項が過大な要求であるとして措置要求を棄却された要求者が、仮
に、同一性のある要求事項をもって再度要求をすることも、法理上は直ちに不適法
な措置要求であるとはいえないのであり、前要求の棄却判定後これと同一の要求を
直ちに提出しても特段の事情の変化のない限り再び棄却されるであろうことが通常
予想されるとしても、それは事実上のことにすぎず、また、要求者としては、同一
の利害関係に関して当該判定の中に示された人事委員会の考え方に従って、より穏
当な類似の要求事項を掲げて再度措置要求することはもとより可能であると解され
るので、要求者としては弾力的な考えを有する限り、右のような対応によって、場
合によっては自己に比較的有利な勤務条件を獲得し得ることもあり得るわけである
から、要求事項の特定のある程度の厳密さを要求しても、職員の不満解消のための
簡易な救済制度たる趣旨に反することにはならない。
(四) なお、原告は、要求事項(2)アに関し、他の職員が昇給しているのに、
喫煙規制に関する措置要求を続けている原告が昇給しないのは不当であり、原告が
昇給しない理由を明らかにしないまま要求を却下することは不当であると主張す
る。その趣旨は明確を欠くが、本件では、昇給が要求事項とされているわけではな
く、被告が本件判定において原告の昇給しない理由を明らかにする義務を負うもの
ではないことはいうまでもない。
 したがって、本件判定が要求事項(2)ア、イのいずれをも取り上げることがで
きないとしたことに違法はない。
6 原告が本件措置要求についての審査手続が違法であるとして主張するその余の
点について判断する。
(一) 原告は、喫煙室の設置が物理的に困難であるかどうかに関して、衛生研究
所側と原告との間で、喫煙室の規模を具体的に想定した上で予算の見積りをすると
どうなるかが争点になったことはないと主張するが、そもそも、措置要求制度は行
政監督的作用の一つであり、判定、勧告は斡旋、仲介の性質を有するものであるか
ら、判定の基礎となる資料の収集手続は人事委員会の職権のもとに行われることが
当然であって、法律上も当事者主義的な手続は予定されていないものというべきで
あり、被告における措置要求の審査手続等に関する審査規則中にも原告の右主張の
ような手続を要求する規定はない。したがって、本件判定の審査手続に原告の主張
の違法はない。
(二) 原告は、本人尋問において、「被告の事実調査によると、衛生研究所側
は、所長通知及び所長決定の趣旨を遵守するように徹底しているというが、たとえ
科長会でその遵守を指示しても、科長自身が科に戻って所属職員にその趣旨を徹底
しない限り、現実には職員の態度は徹底されたものとはならないし、実際に守らな
い職員がいるのであって、こうした現場の状況をどのように確認しているのかも不
明のまま、判定をするのはおかしい」旨述べるのであるが、審査手続についても法
律又は規則の範囲内で被告の裁量に委ねられているものと解すべきであって、条理
上もそこまでの調査をしなければ、審査手続として著しく妥当を欠くものとはいえ
ないから、この点をもって違法事由となるものと解することはできない。
(三) 他にも、審査規則に照らして、本件各証拠によって認められる本件審査手
続、経過を検討しても、その中に違法というべき点は見いだすことができない。
三 以上のとおりであるから、原告の請求は失当である。
(裁判官 松本光一郎)
別紙(二)(省略)
別紙(一)
昭和61年(行)第5号
判定
申請者 東京都立衛生研究所
主事 e
 当委員会は、申請者が昭和61年7月11日付(当委員会受付同月12日)でな
した勤務条件に関する行政措置の要求について、次のとおり判定する。
       主   文
要求事項(1)、ア及びイは、いずれも認めることができない。
要求事項(2)、ア及びイは、いずれも取り上げることができない。
       理   由
第1 要求の要旨
1 要求事項
(1)ア 東京都立衛生研究所(以下「衛生研究所」という。)に、換気系統が他
の室と全く別な喫煙室(あるいは喫煙場所)を設置すること。
イ 上記アの措置が実現するまで、申請者に衛生研究所の他の職員が日常使用して
いるものと同等の条件、設備の整った執務室(控室及び実験室)を提供すること。
(2)ア 喫煙による被害を受けない場所へ異動する場合、他の職員の場合と同等
の職務遂行上の条件、待遇とすること。
イ 措置要求を行っている期間中命令権者の一方的な命令権の行使により申請者が
不利な状態に置かれることを未然に防止するように、条例あるいは規則を改善する
こと。
2 要求の具体的事由
 申請者が要求の具体的事由として述べるところを要約すると、次のとおりであ
る。
(1)ア 東京都人事委員会は、申請者が昭和58年に行った喫煙規制を求める勤
務条件に関する措置の要求(以下「前回の措置要求」という。)について、昭和6
0年5月22日付で判定(以下「60年判定」という。)を行い、東京都立衛生研
究所長(以下「衛生研究所長」という。)に対して勧告を行ったが、衛生研究所に
おいては現在に至っても勧告に沿った道義的責任が果たされていないので、再度、
措置の要求をする。
 60年判定後、衛生研究所においては、昭和60年6月21日付で別紙1の「所
内における喫煙について」(以下「所長通知」という。)及び別紙2の「『所内に
おける喫煙について』の運用等について」(以下「所長決定」という。)を定めた
が、それは60年判定の言葉を単に引用しているのみであり、その内容と実際の対
応は形式的で不十分なものであった。そのため、申請者は、現在でも連日、喉を痛
めたり頭が重くなるというタバコの煙による被害を受けている。
 所長決定によれば、「当所職員以外の者については、この通知の内容の遵守につ
いて理解と協力を求めるものとする。」とされているが、所長通知及び所長決定は
外来者の目にふれ易い場所に掲示されておらず、外来者は喫煙していることが多
い。
 また、所長通知により、「会議室、ゼミナール室等での会議、打合せ等における
喫煙は自粛する。」とされたが、喫煙者数等の関係で嫌煙者を除外する要因が完全
に否定されていないので、全面禁煙とされるべきである。
 60年判定においても、実験室と隣り合う控室は禁煙とされなかったが、控室
は、実験を行うと同等に重要な事務処理を行う場所であり、そこに席を置く職員が
安心して勤務できるような環境にすべきである。
 所長通知により、喫煙者は喫煙時に換気に心がけることとされたが、換気扇が設
置してある室でも、喫煙者が喫煙時に自ら作動させる態度に欠けている。居ながら
に喫煙する習慣への改善がなされていない。60年判定後衛生研究所に新たに換気
扇7台が設置されたが、換気扇があれば、室内の炭酸ガス、浮遊粉じん量は事務所
衛生基準規則に適合するものと判断している。所内で環境調査が行われているが、
その測定項目に入らないタバコ中のニコチン等の有害物質による被害への真の理解
が全くなされていない。また、環境調査は、喫煙による被害状況がどのように生じ
ているかを何ら知り得るものではない。
 衛生研究所においては、換気が中央管理方式の1系統しかなく、喫煙者が非喫煙
者に配慮するにしても、そこには自ら限界がある。嫌煙者が一時席をはずした際に
喫煙をされると、席に戻っても否応なくタバコの煙(臭い)を吸わされることにな
る。喫煙者は、室内がどのくらいタバコの煙(臭い)に満たされているかを感じ取
ることがほとんど不可能である。そして、喫煙による被害について苦言を呈する
と、「屋上にでも部屋を作ってもらうんだな。」などと人間性を傷つけるようなこ
とをいわれる始末である。このような状況が改善されなければ、嫌煙者に我慢を強
いるのみの共存でしかなく、健康への被害はなくならないのである。
 各室のタバコの煙(臭い)は、まず廊下へ排気され、階段や空気のよどむ場所に
充満する。廊下は禁煙とされているが、所内を歩くと、喫煙をしている場合と同等
の被害を受け、頭の重くなることがある。喫煙者は、冷暖房の時期には廊下側のド
アを開けて、タバコの煙(臭い)等の換気をするという無神経さである。また、廊
下を歩行中に喫煙をしている職員もいる。
 衛生研究所は、都民の健康の確保に寄与するよう、多岐にわたる公衆衛生に関す
る検査研究を行う機関である。しかるに、喫煙問題について積極的な実態把握に努
め改善しようとする態度に欠けている。嗜好品に過ぎないタバコの煙による害を受
け易い体質の人達の健康を守り、安んじて職務に専念できる環境条件を守るため
に、喫煙室を設置し、実効性のある完全分煙とすべきである。
 衛生研究所長は、本件措置要求に対する意見書において、「所長通知をなお一層
遵守されるよう努力する。」というが、実効性に乏しく、職員の認識の向上はこれ
以上望めるわけもない。管理監督者でも喫煙者は、その喫煙の習慣から脱却するこ
とは困難であろうし、喫煙の問題で人を指導するにも限度がある。また、業務量や
職員の増を理由に喫煙室にあてる室がないとしているが、それは事実に反する。各
室の配分は経験的なもので、仕事の推移や所属職員数の変化に応じた合理的な見直
しが図られていない。これを放置し、単に空室がないとの主張は、喫煙室設置を直
剣に考えていないことを証するものである。
 衛生研究所長は、昭和68年度の衛生研究所の建替時点では、分煙化等の物理的
改善策を検討課題とする用意があるというが、都政の中に占める衛生研究所の役割
と責任を放棄したかの如き態度は情けない。都庁新庁舎についてさえ、すでに分煙
とすることが発表されている。分煙を望むのは所内の職員の健康を守ることを主目
的としているのに、どうして都民の喫煙に関する意識を気にするのであろうか。国
内において特別区や行政庁でない建物においてすら着々と分煙化がなされている時
期に、衛生研究所の認識の低さは大変疑問である。世界保健機関(WHO)の存在
意義すら知っているのかと疑われかねないものである。
イ 昭和61年5月20日ころから、申請者は、風邪のため喉を痛めタバコの煙
(臭い)がいつもより苦痛であった。同月23日の朝、同室の職員が喫煙をしてい
たので、やめるようにいったが続けられ、ために頭痛がするほどに頭が重くなり、
休憩室で30分くらい横になった。同月28日、申請者は、同月26日付の医師の
診断書を科長に提出し、喫煙による被害を受けないような執務室を提供するよう訴
えたところ、申請者の執務室(控室及び実験室)は、翌月2日から変更された。
 しかし、控室とされたところは、他の室と廊下の間に作られた検体受付用の室
で、廊下側にのみ受付用の窓とドアがあり、これまで控室として使用されたことの
ない室である。また、実験室は、申請者の所属する科の職員が日常使用する室とは
全く別のもので、半地下にある。いずれも、狭くて換気が悪く、戸外への窓が一切
ない、陰湿な室である。申請者に、単に空いている室、使用頻度の少ない室を与え
るのではなく、他の職員が日常使用している室と同等の設備、条件を備えた室が与
えられなければ、不公平である。
(2) 申請者は、喫煙問題に対して苦情や勤務条件の改善を求める措置要求を行
うと、その後、必ず異動させられた。異動に当たっては事前に申請者の意見を聞か
れたことはなく、一方的に行われた。異動の理由は、協調性がない、業務の円滑な
運営に支障をきたすなどというものであった。措置要求をすることは、職員の基本
的権利として地方公務員法(以下「地公法」という。)で定められており、これを
行使することを保護するために罰則も定められている。しかし、措置要求中、人事
委員会から判定がなされる前に、業務上の必要等を理由に、命令権者の意のままに
能力、経験を無視され、不利、不当な状態におかれた。
 喫煙に対し苦痛を感じないあるいはそれについて発言をしない人が多いため、相
反する立場の喫煙により被害を受け易い人に対し人間関係を悪化させたなどとみな
しており、このような状態のもとでは、人間心理を考慮すると本質的に職場で業務
遂行上生じたものであるのか、不明確さが残る。
 よって、喫煙問題が関係している場合はいかなる場合も、業務や人間関係に対す
る評価、判断が一方的に行われることのないような体制が必要である。
第2 衛生研究所長の意見
 要求事項(1)のア及びイについては、これを認めることができない。その理由
は、次のとおりである。なお、要求事項(2)のアについては、その趣旨が明らか
でなく、また、同イについては、これに対応すべき立場にないので、意見を差し控
える。
1(1) 衛生研究所においては、60年判定のあった日の翌日(昭和60年5月
23日)、臨時部長会を開催し、60年判定に対する具体的対応について協議した
結果、①同判定を最大限尊重すること、②全職員の理解と協力を得ること、③実施
可能な事項は直ちに実施すること、との基本方針を決定した。部長会終了後、科
(課)長連絡会を開催し部長会決定を職員に周知するよう連絡するとともに、喫煙
に関する諸調査及び職場討議を行うよう指示した。また、職員団体に対しても協力
を要請した。
 その後、職場討議、その結果についてのヒヤリング等を経たうえ、昭和60年6
月21日、所長通知(別紙1)及び所長決定(別紙2)により、衛生研究所におけ
る喫煙に関する措置を定め、職員に周知徹底を図った。また、職員団体に対して
も、所長通知等の写しを交付し、協力を要請した。
 所長通知及び所長決定の内容は、60年判定を全面的に尊重したものとなってい
るほか、60年判定の「主文」において一般的に禁煙とすることとされた場所以外
についても、各科(課)での申合せにより禁煙とした当該各科(課)内の場所(所
長決定の別表参照)は禁煙とし、また、会議室、ゼミナール室等での会議、打合せ
等における喫煙は自粛することとするなど、最大限措置可能な対策を講じることと
したものである。
 これらの措置の遵守については、機会あるごとに職員に対し周知徹底を図り現在
まで履行してきたところである。
(2) 所長通知前の昭和60年5月24日、図書閲覧室の禁煙措置を講じ、ま
た、所長通知後、禁煙と定められた場所及び各職場からの申出等に応じて、禁煙表
示ステッカー203枚の貼付及び換気扇21台の設置(合計経費約110万円)を
行い、積極的な対応を図った。
 昭和60年8月及び昭和61年3月には、所内環境調査を実施した。環境調査の
実施については、部長会等を通じて周知するとともに、調査結果についても部長会
に報告している。また、環境調査は、作為的条件が加わらないようにするため、測
定者が、測定場所に入室したときの環境条件の下で測定し、同一測定場所につい
て、同一日に経時的に合計3回の測定を行ったものであり、それぞれに、在室人員
及び喫煙者数等の環境条件も記録されている。
 所長通知及び所長決定の内容を外来者用に掲示しなかったのは、これらが衛生研
究所職員に対するものであり、また、衛生研究所に出入りする者は、主として都区
関係職員であることから、所長決定の記1により対応することが適当であると考え
たからである。
(3) 衛生研究所が執った喫煙に関する措置と措置状況について、現在まで、申
請者以外の衛生研究所職員から苦情又は不服等の申出はなく、現行の衛生研究所の
禁煙措置等については、喫煙者及び非喫煙者を問わず所内職員の大部分の理解と協
力が得られている。
 申請者は、申請者にかかる職場における服務上及び人間関係上等の諸問題を喫煙
問題に藉口する傾向が強く、衛生研究所が従来講じてきた喫煙に関する措置等につ
いて率直な理解を示すことがないのである。
 衛生研究所における喫煙に関する措置の実施状況は、60年判定を尊重し必要な
措置を誠実に履行してきたものであり、申請者が主張するように「勧告に沿った道
義的責任が果たされていない」ということはない。
(4) 喫煙問題については、社会的に大きな関心が寄せられており、あらゆる組
織において決して避けて通れないものとなっている。そして、喫煙の健康に及ぼす
影響については学問的にも解明されており、喫煙が周囲の非喫煙者へ影響を与える
ことも明らかである。衛生研究所としても、これらの点については十分認識してい
るところである。
 しかしながら、現時点においては、喫煙者と非喫煙者のそれぞれの立場を尊重し
ていくことが組織の活性化を保つとともに、円滑な運営を図るうえにおいて最善の
方策であると考えている。
 したがって、衛生研究所としては、60年判定の趣旨に沿い、可能な限りでの禁
煙措置を講じ、非喫煙者の蒙る被害を最小限度に抑える努力を今後とも続けて行く
所存である。仮に一歩譲って喫煙室を設置するとしても、衛生研究所施設の現況で
は、極めて困難である。業務量の増加とともに職員数も年々増加しており、保存血
液、検査資料等の保管場所の確保にも支障をきたしている状況である。このような
状況のなかで、新たに喫煙室を必要数設置する余裕は全くない。
 現段階では、現状以上の具体的改善策は物理的に困難であり、今後さらに、所長
通知の徹底を期する所存である。ただし、昭和68年度に予定されている衛生研究
所の建替時点では、都民の喫煙に関する意識、新研究所施設のスペース及び衛生研
究所職員のコンセンサスなどを考慮のうえ、分煙化等の物理的改善策を検討問題と
する用意はある。
2 昭和60年4月、申請者を配置換えにより細菌第一研究科腸内細菌担当とし、
当初腸内細菌にかかるデータ処理業務等に従事させたが、その後、検体の細菌検査
業務に従事させた。その間、申請者は、業務執行上の上司等の指導、助言に率直に
従わないことが多かったほか、非協調的言動が多く、業務の円滑な執行と人間関係
に支障をきたしてきていたことから、その後、申請者を比較的他の職員との共同作
業の少ない腸炎ビブリオ菌(食中毒菌の一種)の血清型別検査の業務に従事させ
た。しかし、申請者の言動は従来と変わらず、同研究室の同室者との人間関係も改
善されない状況にあったことから、昭和六一年六月、申請者を食中毒担当にすると
ともに、その希望も考慮して、申請者の控室等を喫煙者がいない室に変更した。
 申請者の控室とされた室は、かつて検体受付の室として使用されていたものであ
り、従前、ここで検体受付専任職員が終日事務を執っていた。専任職員がいなくな
ってからは、ファクシミリ及び細菌第一研究科のパーソナルコンピュータが設置さ
れ、職員が必要な業務を行うために使用していたが、申請者の控室とするに当たっ
ては、これらを他に移設するなど内部を整理した。この室には、空調設備、電話、
手洗器及びスピーカーが設置されている。
 また、申請者の実験室は、細菌第一研究科に属し、無菌室と呼ばれ、細菌検査を
するときに使用されている。
 衛生研究所としては、他の非喫煙者との均衡を考慮し、申請者に対し現在以上の
措置を講ずる考えはない。
第3 当委員会の判断
1 前回の措置要求と60年判定
 申請者は、昭和58年9月29日付で、当委員会に、衛生研究所において、別紙
3記載の各措置が執られることを求めて、前回の措置要求をした。
前回の措置要求について、当委員会は、昭和60年5月22日付で別紙4記載の主
文のとおりの判定(60年判定)をし、同日付で、衛生研究所長に対し、この判定
の趣旨を実現するよう勧告した。
2 60年判定に関する衛生研究所長の対応等
 申請者は、衛生研究所長の60年判定に関する対応を、形式的で不十分なもので
あるとし、勧告に沿った道義的責任を果たしていない旨、また、申請者の執務室が
他の職員の日常使用している室と同等でない旨主張する。
 そこで、これらの点について事実調査を実施したところ、次の事実が認められ
た。
(1) 衛生研究所長は、昭和60年6月21日、所長通知(別紙1)及び所長決
定(別紙2)を定め、同日開催された臨時部長会において、これらを各部長に配付
し、各科(課)長を通じて職員に周知徹底するよう指示した。その後、昭和61年
5月13日の定例部長会、同年9月24日及び昭和62年1月27日の科(課)長
会においても、同様の指示をした。
(2) 所長通知及び所長決定に定められた措置が執られた結果、衛生研究所にお
ける喫煙可能な室と禁煙の室の室数、面積、その割合は、次のとおりになった。な
お、「60年判定以前から禁煙とされていた所」の面積には、廊下が含まれてい
る。
<01962-001>
(3) 昭和60年7月から同年8月にかけて、「禁煙」表示プレート203枚
(145、760円)が貼付され、換気扇12台(739、000円)が新設され
た。さらに、昭和61年7月に2台(121、120円)、昭和62年8月に1台
(15、000円)、換気扇が新設され、また、昭和60年9月には、既設の換気
扇136台中7台(99、500円)が更新された。
(4) 昭和60年8月以降、衛生研究所長は、同研究所環境衛生研究科職員に、
年二回、同所の事務室及び研究室を中心とした執務環境の定期調査を実施させてい
る。
 この調査の実施に当たっては、あらかじめ部長会又は科(課)長会においてその
趣旨を伝達し、また、その調査結果も同様に報告されている。
(5) 昭和61年7月4日、東京都衛生局が作成したパンフレット「タバコよさ
ようなら-タバコと健康-」が衛生研究所の玄関ロビーにある掲示板に掲示され
た。また、同月8日に開催された部長会において、これが配付された。
(6) 申請者の控室は、衛生研究所2号館1階にあり、その床面積は約一〇m2
で、入口に「細菌部受付」の表示がある。室内には、申請者の執務机のほかに、書
庫、机等が置かれている。また、換気装置、手洗洗面器、受付カウンターが備え付
けられている。廊下側に窓があるが、屋外に面した窓はない。
(7) 申請者の使用している実験室は、衛生研究所2号館地下1階(半地下)に
あり、その床面積は約三五m2である。同室には、窓はないが、換気装置が設置さ
れている。
 以上の事実に徴すると、衛生研究所長は、当委員会の勧告を尊重して、60年判
定の趣旨を実現するために十分に誠実な対応をしていることが認められる。申請者
は、衛生研究所長が勧告に沿った道義的責任を果たしていないと主張するが、申請
者の上記の主張は、これを認めることができない。また、申請者の執務室が他の職
員の日常使用している室と同等でないとする主張も、これを認めることができな
い。
3 60年判定後の喫煙規制に関する動向
 申請者は、特別区等における分煙化の傾向について触れているので、ここで60
年判定後の職場における喫煙規制に関する動向をみると、次のとおりである。
(1) 昭和61年4月、足立区は、中央本町庁舎の新築に伴い、職員が喫煙でき
る場所を各階にある湯沸・喫煙コーナーに限定するとともに、一般来庁者が喫煙で
きる場所を1階及び2階のロビー部分の喫煙コーナーとした。
(2) 昭和62年6月、荒川区は、事務室及び会議での職員の喫煙を禁止し、喫
煙は庁舎内のエレベーターホール等の指定された場所で行うこととした。
(3) 昭和63年1月、目黒区は、①事務室(自席)での喫煙を減らすよう、喫
煙者は節煙に努める、②事務室において、1日2時間以上の禁煙タイムを設け、禁
煙を励行する、③職員は、廊下、ロビー、エレベーターホール等の喫煙コーナーで
喫煙する。
(4) 昭和62年11月、「第6回喫煙と健康世界会議」が東京において開催さ
れ、喫煙と健康問題についての世界各国の有識者の交流が図られ、「すべての国
は、あらゆる屋内の公共の場所、特に職場、交通機関、保健医療施設、学校及び育
児施設において煙害のない環境をつくるよう努力すべきである。」との勧告が採択
された。
(5) 喫煙の規制については、上記のような若干の事例はあるが、一般的にいえ
ば、官公庁の庁舎をはじめ、私企業の職場において、申請者の要求するような形式
における喫煙の規制は、行われていない。
4 要求事項の当否
(1) 申請者は、衛生研究所に換気系統が他の室と異なる喫煙室(あるいは喫煙
場所)を設置することを要求している。
 申請者は、すでに昭和58年の措置要求において、条件つきではあるが喫煙室の
設置を求め、これに対して、当委員会は、60年判定において、この要求を認める
ことができないとした。要求事項(1)、アの内容は、昭和58年の措置要求の要
求事項5と実質上同一である。
 当委員会は、60年判定に示した結論を維持する。その理由は、次のとおりであ
る。
① まず、申請者の要求する換気系統を異にする喫煙室の設置、すなわち申請者の
いわゆる「実効性のある完全分煙」は、これを実現するためには、多額の財政上の
支出を要し、現在の経済的、社会的諸条件のもとでは、直ちに実現することのでき
ないことである。
② 非喫煙者は、ひとり申請者に限られないから、この問題の処理は、都の職場全
域に及ぶと考えられる。いわゆる「完全分煙」を実現するためには、職場管理、人
事管理上さまざまな問題があり、直ちに分煙政策を採り入れることはできない。
③ 職場における完全分煙ないし禁煙の問題は、喫煙に関する社会の規範意識を無
視して決定できることではない。我が国における現状は、上記3、(5)記載のと
おり、官公庁、私企業の職場において、一般的にいえば、禁煙ないし分煙を実施し
ていない。
④ 上記2記載のとおり、衛生研究所長は、当委員会の勧告を尊重し、60年判定
の趣旨を実現するために現時点において可能な措置を誠実に実行している。
 当委員会は、上記の理由により、60年判定の結論を維持するのが相当であると
思料する。
 要求事項(1)、アは、認めることができない。
(2) 申請者は、その執務室(控室及び実験室)が、いずれも狭くて換気が悪
く、戸外への窓が一切なく、陰湿な室であるとして、他の職員と同等の条件、設備
の整った執務室を提供するよう要求している。
 上記2の(6)及び(7)によると、申請者の執務室は、いずれも、屋外に面し
た窓はないが、それらが狭くて、換気が悪いものとは認められず、申請者の執務室
のみが他の職員のそれに比して特に劣悪な執務環境にあるということはできない。
 要求事項(1)、イは、認めることができない。
(3) 要求事項(2)、アについては、本件「行政措置要求書」、さらにはその
後提出された「要求事項整理補充書」等の書面を精査しても、申請者がそれによっ
て具体的にどのような勤務条件についてどのような措置を求めているのかが明らか
でない。
 要求事項(2)、アは、取り上げることができない。
(4) 申請者が要求事項(2)の具体的事由として述べているところからする
と、申請者は、要求事項(2)、イによって、職員が地公法第46条に定める勤務
条件に関する措置の要求をした場合は、当該事案が人事委員会に係属している間
は、任命権者等によって当該職員を異動させ、不利、不当な状態におくような行為
が行われないようにすることを制度化するよう求めているものと解される。
 しかし、このような事項について人事委員会に判定を求めることは、地公法の定
める勤務条件に関する措置要求制度の予定するところではない。
 要求事項(2)、イは、取り上げることができない。
(なお、念のために、喫煙規制に関する当委員会の見解を付加する。
 第1に、医学的研究の結果をはじめ諸情報を総合すれば次の点が認められる。喫
煙者の喫煙は、喫煙者の健康に対して悪影響を及ぼすのみならず、いわゆる受動喫
煙を強いられる非喫煙者の健康に対しても何らかの悪影響を及ぼすことがある。受
動喫煙の害は、非喫煙者がたばこの煙にさらされる時間と煙の濃度によって異な
る。また、個人差がかなり認められ、非喫煙者の中には、たばこの煙のにおいによ
り極端な不快、苦痛を感ずる者がいる。
 第2に、非喫煙者を受動喫煙の害から護る方法としては、禁煙、分煙、その他の
喫煙規制がある。いかなる喫煙規制の政策をとるかは、いちがいに断定できること
ではなく、対象となる場所、喫煙者の利益、非喫煙者の利益、喫煙者に対する社会
一般の意識(受容度)及び規制によって影響を受ける諸利益等を総合的に判断して
決定されなければならない。
 第3に、職場における喫煙規制については、特に難しい問題が多く、①非喫煙者
の健康、②喫煙者の嗜好、③職場の性格(外来者が多いか、少ないか等)、④職場
の能率、⑤スペースの広狭、⑥分煙政策をとる場合における財政的負担、⑦社会一
般の喫煙の受容度等を総合して判断しなければならない。いずれか一方の利益のみ
を重視して単純に結論を出すことには無理がある。
 第4に、喫煙に対する社会一般の意識は決して固定的なものではなく、むしろ可
変的、流動的である。すなわち、喫煙及び受動喫煙の健康に及ぼす害悪に関する研
究の進展とその知識の普及に従って、非喫煙者を受動喫煙から護る必要性について
の社会意識は変化すると思われる。
 第5に、現在の我が国における諸般の状況を考えると、当委員会が60年判定
(別紙4)で認めた程度を超えて申請者の要求を認めることはできない。しかし、
このように述べたことは、将来事情が変化する可能性があることを否定するもので
はない。
 なお、当委員会が調査したところによれば、次のような事実が認められる。
 アメリカ合衆国においては、連邦政府の管理する庁舎においては喫煙は連邦規則
によってかなり厳重に制限されている(Title 41,Part 101-2
0 of the Code of Federal Regulation
s)。また、ニューヨーク市においては、三段階に分けて(1986年7月、同年
8月、1987年8月)市の庁舎における喫煙規制を進めてきた。
 これらの例をみると、我が国における規制よりも遥かに進んでいるが、なお流動
的、発展的であると認められる。我が国における今後の喫煙規制の問題を判断する
際に参考としてよいように思われる。)
5 結論
 よって、地公法第47条及び勤務条件に関する行政措置要求の審査に関する規則
(昭和39年東京都人事委員会規則第12号)第14条の規定に基づき、主文のと
おり判定する。
平成元年2月8日
東京都人事委員会
委員長 f
委員 g
委員 h
別紙1(所長通知)
60衛研庶第336号
昭和60年6月21日
殿
東京都立衛生研究所長
所内における喫煙について
 このことについては、従前から必要な措置を講じてきたところであるが、先の人
事委員会勧告の趣旨に従い、改めて下記のとおり措置することとしたので所属職員
に周知徹底を図るとともに、その遵守に努められたい。
 なお、あわせて職員間の意思の疎通と相互理解の促進について特段の配慮をされ
たい。

1 喫煙をする者は、喫煙が健康に及ぼす影響について十分認識し、喫煙しない者
に配慮をすること。
2 次の場所は禁煙とし、その旨を表示する。
(1) 研究室(控室又は準備室を備えたもので、当該控室又は準備室を除いた部
分に限る。)、図書閲覧室、洗面所、エレベーター内及び廊下。
(2) 危険物倉庫、一般倉庫、空調・電気等の機械室、機器分析室、ロッカー
室、動物室その他防火管理上及び危害防止上禁煙とする必要のある場所。
(3) 各科(課)での申し合せにより禁煙とした当該科(課)内の場所。
3 会議室、ゼミナール室等での会議、打合せ等における喫煙は自粛すること。
4 喫煙する者が、禁煙とされない場所で喫煙する場合は、喫煙しない者に十分配
慮をし、常に換気に心掛けるとともに喫煙のマナーを遵守すること。
別紙2(所長決定)
昭和60年6月21日
「所内における喫煙について」の運用等について
「所内における喫煙について」(昭和60年6月21日付60衛研庶第336号所
長通知。以下「通知」という。)の運用等にあたっては、下記事項に留意し、その
適切な施行を図る。

1 当所職員以外の者については、この通知の内容の遵守について理解と協力を求
めるものとする。
2 通知の記2の(3)に基づき、各科(課)での申し合せにより禁煙をする場所
は別表のとおりである。
3 上記2の場所のうち将来変更の必要が生じたばあいには、その時点で改めて関
係者間で話し合いをするものとする。
4 各科(課)での申し合せにより、当該科(課)内における喫煙方法等を定めた
場合はその申し合せによる。
5 所内共用部分のうち1号館1階ロビー、その他吸殻入を設置してある場所付近
においては喫煙できるものとする。
<01962-002>
別紙3(前回の措置要求の要求事項)
要求事項
 申請者の所属する東京都立衛生研究所(以下「衛生研究所」という。)におい
て、喫煙によって周囲の人が健康被害を受けぬよう、次の各措置を執り、その執務
環境の改善を図ることを求める。
1 嫌煙者が在席する事務室及び研究室では、勤務時間中禁煙とすること。休憩時
間及び休息時間における喫煙は、定められた場所で行うこと。
2 図書室、洗面所、エレベーター内及び廊下は禁煙とすること。また、食事をす
る場所では、換気扇の傍を喫煙席とし、その他の箇所では、禁煙とすること。
3 嫌煙者の加わる公的なミーティング等の場合には、換気の良好なときを除き、
原則として禁煙とすること。
4 上記以外の場所においても、喫煙する場合には、換気に注意すること。
5 半年毎に上記1ないし4の実態を調査し、これらの事項が実行されず、トラブ
ルが生じている場合には、喫煙室を設置すること。
別紙4(60年判定の主文)
       主   文
1 東京都立衛生研究所長によって次の各措置が執られることが必要であると認め
る。
(1) 東京都立衛生研究所の事務室において浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び
炭酸ガスの含有率が事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)第5条第
1項の規定に適合しない場合には、換気を強化するなどして、この規定に適合する
よう措置すること。
 また、同研究所の研究室においてもこれに準ずること。
(2) 同研究所の研究室(控室又は準備室を備えたもので、当該控室又は準備室
を除いた部分に限る。(3)において同じ。)及び図書閲覧室は、禁煙とするよう
措置すること。
(3) 同研究所の研究室、図書閲覧室、洗面所、エレベーター内、廊下、その他
禁煙と定められている室については、禁煙である旨をステッカー等で明示するなど
して、禁煙が遵守されるよう措置すること。
(4) 喫煙をする職員が禁煙とされていない室で喫煙をしない職員と同席する場
合は、喫煙が健康に及ぼす影響について十分認識し、喫煙をしない職員に配慮する
ように、職員の自覚を促す措置を執ること。
2 その余の措置を求める要求は、これを認めることができない。
別紙(二) 昭和58年(行)第60号
判定
申請者 東京都立衛生研究所 主事 e
 当委員会は、申請者が昭和58年9月29日付でなした勤務条件に関する行政措
置の要求について、次のとおり判定する。
       主   文
1 東京都立衛生研究所長によって次の各措置が執られることが必要であると認め
る。
(1) 東京都立衛生研究所の事務室において浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び
炭酸ガスの含有率が事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)第5条第
1項の規定に適合しない場合には、換気を強化するなどして、この規定に適合する
よう措置すること。
 また、同研究所の研究室においてもこれに準ずること。
(2) 同研究所の研究室(控室又は準備室を備えたもので、当該控室又は準備室
を除いた部分に限る。(3)において同じ。)及び図書閲覧室は、禁煙とするよう
措置すること。
(3) 同研究所の研究室、図書閲覧室、洗面所、エレベーター内、廊下、その他
禁煙と定められている室については、禁煙である旨をステッカー等で明示するなど
して、禁煙が遵守されるよう措置すること。
(4) 喫煙をする職員が禁煙とされていない室で喫煙をしない職員と同席する場
合は、喫煙が健康に及ぼす影響について十分認識し、喫煙をしない職員に配慮する
ように、職員の自覚を促す措置を執ること。
2 その余の措置を求める要求は、これを認めることができない。
       理   由
第1 要求事項
 申請者の所属する東京都立衛生研究所(以下「衛生研究所」という。)におい
て、喫煙によって周囲の人が健康被害を受けぬよう、次の各措置を執り、その執務
環境の改善を図ることを求める。
1 嫌煙者が在席する事務室及び研究室では、勤務時間中禁煙とすること。休憩時
間及び休息時間における喫煙は、定められた場所で行うこと。
2 図書室、洗面所、エレベーター内及び廊下は禁煙とすること。また、食事をす
る場所では、換気扇の傍を喫煙席とし、その他の箇所では、禁煙とすること。
3 嫌煙者の加わる公的なミーティング等の場合には、換気の良好なときを除き、
原則として禁煙とすること。
4 上記以外の場所においても、喫煙する場合には、換気に注意すること。
5 半年毎に上記1ないし4の実態を調査し、これらの事項が実行されず、トラブ
ルが生じている場合には、喫煙室を設置すること。
第2 要求の具体的事由
 申請者が要求の具体的事由として述べるところを要約すると、次のとおりであ
る。
1 申請者が所属している生活科学部乳肉衛生研究科の食肉魚介細菌研究室におい
ては、3人の男子職員が、朝、昼休み、夕方に喫煙していた。このため、室内にタ
バコの煙がこもり、申請者は、その煙で頭が重くなったり、酸欠状態のように深呼
吸を何度もしたり、喉がガサガサして炎症を起こしたりした。
 喫煙者が周囲の迷惑を考えずに公的場所で好きなところを常に専有し、タバコの
煙で健康を害されやすい人達は、小さくなり、あるいは、そこから逃げ出さざるを
得なくなって、専門技術を生かすべき場を奪われることは、同じ職員間であまりに
も不公平、不当な勤務条件を認めることになり、許せることではない。
2 東京都立衛生研究所長(以下「衛生研究所長」という。)は、本件措置要求の
意見書において、上記の食肉魚介細菌研究室では、喫煙者が不便と苦痛に耐えなが
ら禁煙の約束を守っており、また、廊下を禁煙としていると述べているが、同研究
室の職員は喫煙を続けており、廊下での禁煙は守られていない。
3 都民の健康を守る衛生研究所の管理、監督者たる立場の人達ほど喫煙の健康に
及ぼす障害についての社会的、学問的認識を踏まえて、個人的嗜好である喫煙を公
的場所では慎んで欲しいものである。
 申請者は、愛煙家に喫煙するな、衛生研究所のすべてを禁煙場所にして欲しい、
といっているのではない。禁煙室と喫煙室とを区別することが一番好ましいことで
あるが、今の段階で喫煙室をつくるべきだ、といっているのでもない。現段階で衛
生研究所長が講じることができる措置を要求しているのである。
第3 衛生研究所長の意見
 衛生研究所長は、次のとおり意見を述べた。
1 乳肉衛生研究科の食肉魚介細菌研究室においては、昭和57年6月から申請者
の主張を受け入れ、勤務時間中は禁煙とし、休憩時間、休息時間の喫煙には準備室
を利用することとした。
 衛生研究所の一般的状況は、共用部分である廊下、エレベーター、洗面所及び禁
煙の必要な部屋(危険物のある室、機械保守の室等)では禁煙とし、その遵守につ
いては部課長会等で随時注意を喚起している。しかし、構内のその他の場所におけ
る禁煙については、特段の措置は行わず、職員個々の自主的な判断と配慮に委ねて
いる。
2 喫煙の健康に及ぼす障害については、現在は学問的にも社会的にも認識されて
おり、最近は周囲の非喫煙者にも大きな影響を与えることが指摘され始めている。
このことは喫煙を単に嗜好上の問題として処理し得ない側面もあるが、現状におい
ては全面的な強制措置は必ずしも適当ではなく、むしろ自己の健康管理、周囲への
配慮も含めて各個人の自覚を促すことが必要であると考えている。
3 嫌煙権についても近時社会的に認識される傾向にあるが、周囲の協力体制によ
る執務環境の水準及び社会一般の生活環境条件からも、現状は社会通念上容認でき
るものであり、いわゆる「受忍の限度内」と考えられるので、申請者の要求は認め
ることができない。
第4 当委員会の判断
1 世界保健機構(WHO)は、1970年(昭和45年)以来、喫煙の制圧、喫
煙と健康、喫煙流行の制圧等について同機構加盟国に再三勧告しており、これらの
勧告の中で、喫煙は喫煙者はもとよりタバコの煙に曝される非喫煙者の健康にも有
害な影響があることは、科学的に根拠があり、論争の余地がないものである、とし
ている。
 また、1983年(昭和58年)、サンフランシスコ市において、職場での喫煙
を大幅に規制する条例が制定されたが、それ以降、ロサンゼルス市を初めとするい
くつかの自治体においても、同様の条例が制定されている。
2 我が国においても、従前防火等の見地から喫煙を禁じていた場所に加え、最近
は、輸送機関等において健康上の理由から喫煙を禁ずる場が増加している。厚生省
も医療機関について外来待合室の喫煙場所の制限や換気に配慮する等医療機関の実
情に応じて必要な措置を採るよう各都道府県知事あてに通知を出している(昭和5
9年4月5日付医発第335号)。また、東京都三鷹市は、昭和40年11月、市
庁舎に喫煙室を設け、事務室等における喫煙を規制しており、愛知県津島市は、昭
和53年8月、市庁舎内に一定の喫煙区域を定め、当該区域以外は勤務時間中の禁
煙を実施し、長野県駒ケ根市は、昭和59年7月、市庁舎内に喫煙場所を指定し、
事務室内はすべて禁煙とし、諸会議についても禁煙を原則としている。
3 当委員会が昭和59年2月人事委員会を設置している各地方公共団体(59団
体)に照会し、その回答を集計したところ、次の事実が認められた。
<01962-003>
<01962-004>
(3) 喫煙室の設置、喫煙者と非喫煙者の席の分離の状況
ア 喫煙室を設けている団体は皆無である。
イ 喫煙者と非喫煙者の席を分離している団体は1団体である。これは1階ロビー
を喫煙席と非喫煙席に分けているものである。
 なお、本都の場合、本庁舎においては、廊下は禁煙とされ、その旨がステッカー
等で表示されており、本庁舎にある職員図書室及び議会図書館の閲覧室も喫煙を禁
止しており、庁議、当委員会の会議、当委員会事務局の課長会では、喫煙が自粛さ
れている。
4 東京都生活文化局が昭和59年2月に都民1、500人を対象に実施した「都
民の健康に関する世論調査」(回答者1、080人、回答率72パーセント)によ
ると、次の事実が認められる。
(1) 「公共の場所や大勢の人が集まる場所は禁煙にすべきだ」及び「タバコを
すわない人がいる時は、断ってからすうべきだ」という意見には、いずれも8割以
上の者が賛成している。
(2) 「すうすわないは人の勝手なので干渉するのはよくない」という意見に
は、賛成37パーセント、反対61パーセントと、反対者の方が多い。
(3) 自分のそばで他人がタバコをすうことを迷惑と「いつも感じている」人
は、「すったことはない」人では55パーセント、「以前すっていたが今はやめて
いる」人でも49パーセントと、現在すわない人の約半教にのぼっている。
5 当委員会が昭和59年6月に衛生研究所の執務環境について事実調査を実施し
たところ、次の事実が認められた。
 なお、同研究所における換気は、中央管理方式によっている。
(1) 調査を行ったすべての室、すなわち衛生研究所の事務室(庶務課)、研究
室(乳肉衛生研究科の乳研究室及び食肉魚介細菌研究室)、図書閲覧室、会議室
(ゼミナール室)、準備室(申立人のいう食事をする場所のある部屋)において喫
煙をすると、おおむね浮遊粉じん量及び炭酸ガスの含有率が増加し、また、測定時
に微少ではあるが一酸化炭素も検知される。
(2) 上記の室において喫煙量が多い場合には、浮遊粉じん量及び炭酸ガス含有
率が事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号。)第5条第1項の規定に
適合しないことがある。
(3) 洗面所、エレベーター内、廊下、危険物のある室及び機械保守の室は禁煙
とされているが、これらの室等には禁煙の表示がされていないところもある。
(4) 研究室のうち、控室又は準備室(以下「控室等」という。)を備えている
研究室では、控室等を除いた部分(以下「実験室」という。)においては、おおむ
ね喫煙されていないが、控室等では喫煙されている。
6 当委員会は、以上の事実をもとに、次のとおり判断する。
(1) 労働安全衛生法は、職場における労働者の安全と健康を確保するととも
に、快適な作業環境の形成を促進することを目的とするものである。同法を実施す
るため定められた事務所衛生基準規則第5条第1項によると、空気調和設備で中央
管理方式のものを設けている場合は、労働者を常時就業させる室に供給される空気
は、浮遊粉じん量(1気圧、温度25度とした場合の当該空気1立方メートル中に
含まれる浮遊粉じんの重量をいう。)が0.15ミリグラム以下、当該空気中に占
める一酸化炭素及び炭酸ガスの含有率が、それぞれ百万分の10以下(外気が汚染
されているために、一酸化炭素の含有率が百万分の10以下の空気を供給すること
が困難な場合は、百万分の20以下)及び百万分の1、000以下となるように、
当該設備を調整しなければならないものとされている。
 ところで、喫煙は、室内の浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び炭酸ガスの含有率
を増加させ、室内空気を汚染するといわれており、このことは、上記5(1)の事
実からも窺えるところである。また、室内で喫煙が行われ、浮遊粉じん量並びに一
酸化炭素及び炭酸ガスの含有率が事務所衛生基準規則の規定に適合していない場
合、換気を強化し、あるいは喫煙を規制することが上記の量や含有率を同規則の規
定に適合させるための有効な手段であることは、いうまでもないところである。
 したがって、衛生研究所の事務室において、浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び
炭酸ガスの含有率が事務所衛生基準規則第5条第1項の規定に適合しない場合に
は、換気を強化するなどして、この規定に適合するようにしなければならない。な
お、衛生研究所の研究室については、同規則が直接には適用されないが、この規定
の趣旨は、尊重されるべきものであると思料される。
(2)ア 控室等を備えている研究室については、前記5(4)記載のとおり喫煙
をする職員は控室等で喫煙を行い、実験室ではおおむね喫煙していないことが認め
られ、また、実験室に隣接又は近接する控室等で喫煙することが可能であるから、
当該研究室の実験室においては喫煙を禁止することが相当である。
 なお、付言するに、控室等においても、浮遊粉じん量並びに一酸化炭素及び炭酸
ガスの含有率が事務所衛生基準規則第5条第1項の規定に適合するようにしなけれ
ばならないことは、いうまでもないことである。また、控室等を備えていない研究
室においても検体の汚染防止等の理由で喫煙を自粛しているものがあることが窺え
るが、このような室では引き続き喫煙を自粛することが望ましい。
イ 図書閲覧室については、前記3記載のとおり、人事委員会を設置している地方
公共団体のうち22団体において本庁の図書閲覧室は喫煙が禁止されており、本部
においても本庁舎にある職員図書室及び議会図書館の閲覧室は禁煙とされているこ
とが認められるので、衛生研究所においてもこれを禁煙とすることが相当である。
(3) 洗面所、エレベーター内、廊下、危険物のある室及び機械保守の室につい
ては、前記5(3)記載のとおり、現在禁煙とされているが、これが完全に励行さ
れるよう、当該洗面所等が禁煙であることをステッカー等で明示するなどして、そ
の趣旨を職員及び外来者に周知することが必要である。
(4) 申請者は、さらに嫌煙者が在席する事務室及び全研究室の禁煙、食事をす
る場所における喫煙席の設定、公的な会合での原則的な禁煙のほか、要求事項1な
いし4について半年毎に実態調査をし、その結果これらの要求事項が実行されてい
ない場合における喫煙室の設置を求めている。
 喫煙をしない職員の立場を尊重するために、将来的には、喫煙室を設置すること
などは望ましいことではあるが、前記3記載の事実等からすると、現時点では、こ
れらの措置を直ちに執るべきものとすることはできない。
 しかしながら、職場で職務を円滑かつ効率的に行うためには、管理職を含め職員
が互いに意思の疎通を図り、それぞれの立場を理解し、尊重すべきであることは、
いうまでもないことである。したがって、当委員会は、喫煙の問題についても喫煙
をする職員と喫煙をしない職員とが互いにその立場を理解し、特に喫煙をする職員
が喫煙をしない職員と同席する場合は、喫煙が健康に及ぼす影響について十分認識
し、喫煙をしない職員に配慮すべきものであると認め、衛生研究所長において、こ
のことについて職員の自覚を促す措置が執られる必要があるものと思料する。
7 よって、地方公務員法第47条及び勤務条件に関する措置要求の審査に関する
規則(昭和39年東京都人事委員会規則第12号)第14条の規定に基づき、主文
のとおり判定する。
昭和60年5月22日
東京都人事委員会
委員長 f
委員 g
委員 h

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