弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 弁護人佐伯千仭、同井戸田侃、同毛利与一連名の上告趣意第一点は、本件は憲法
三七条一項の迅速な裁判の保障条項に違反するにもかかわらず、原判決が被告人ら
に対して免訴の言渡をしなかつたのは憲法三七条に違反するというのである。そこ
で、本件の審理経過を記録によつてみると、被告人Aは高砂市の市長、その余の各
被告人はいずれも同市に勤務する公務員であるが、共謀のうえ、姫路市a町b地内
の浜国道の地下に設置してある上水道送水管を損壊したとして水道損壊の罪により
昭和三三年九月一七日起訴されたこと、第一審の神戸地方裁判所姫路支部は、昭和
三六年四月五日、被告人らの行為を水道壅塞の罪にあたるとして有罪の判決を言い
渡したところ、被告人全員から控訴が申し立てられたこと、本件は当初大阪高等裁
判所第三刑事部に係属したが、昭和三九年六月一日同裁判所第六刑事部に配填替え
になり、同部は、控訴趣意書提出後約四年後の昭和四〇年一一月二六日に第一回公
判期日を開き、昭和四一年六月一八日、被告人らの行為を水道壅塞の罪にあたると
した第一審判決には法令の解釈適用を誤つた違法があるとして破棄したうえ、さら
に被告人らの刑事責任について審理を尽くす必要があるとして神戸地方裁判所姫路
支部へ差し戻したところ、被告人全員から上告が申し立てられたこと、上告審の当
裁判所第三小法廷は、昭和四二年四月二五日、被告人らの上告趣意は適法な上告理
由にあたらないとして上告を棄却したこと、第二次第一審の神戸地方裁判所姫路支
部は、昭和四四年七月八日、被告人らの行為を水道損壊の罪にあたるとして有罪判
決を言い渡したところ、被告人全員から控訴が申し立てられたこと、第二次控訴審
の大阪高等裁判所第五刑事部は、控訴趣意書提出後三年七箇月後の昭和四八年六月
二六日第一回公判期日を開き、昭和四九年六月一二日控訴を棄却したこと、以上の
各事実が認められるのである。
 そもそも具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至つ
ているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の
原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、
これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられて
いるかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであつて、
事件の複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などはこれに該当しな
いものであることは、すでに当裁判所の判例(昭和四五年(あ)第一七〇〇号同四
七年一二月二〇日大法廷判決・刑集二六巻一〇号六三一頁参照)の示すところであ
る。
 もとより、訴訟遅延の責めは窮極的には裁判所が負うべきものでこれを当事者に
転嫁することは許されないところであるとはいえ、当事者主義を基調とする訴訟構
造のもとでは、両当事者の積極的な協力がなくては迅速な審理を望みえないことも
また疑うべくもないのである。したがつて、本件におけるように被告人が第一審判
決を不服として控訴を申し立てた場合に、審理が遅延していると考えるならば、被
告人側としても漫然と権利の上に眠ることなく、裁判所に対しその迅速な処理を促
すこともできるのであり、審理促進に対する当事者の態度もまた前述の諸般の情況
に加味することはあながち不当ではないと解されるし、一方、裁判所が当時置かれ
ていた審理の促進を阻害するような現実的な特殊情況も、これを全く無視すること
ができず、形式的に審理に要した期間の長短だけをとらえて論議することは妥当で
ないと考えられる。
 このような見地にたつて本件をみると、本件は起訴後第二次控訴審の判決まで約
一六年を要しているけれども、前述のとおり、第一次上告審を経て、あらためて第
二次の第一審からの審理が繰り返されたものであり、右の審理経過及び本件が多く
の論点を含んでいることに徴すれば、第一次控訴審及び第二次控訴審における控訴
趣意書提出後第一回公判期日までの四年及び三年七箇月を除いた年月は、審理に必
要な期間としてやむをえないものと認めることができるが、右の四年及び三年七箇
月の審理中断についてはなお検討を要するものがある。控訴審は、その訴訟手続構
造上、控訴趣意書が提出されてから、記録の精査、第一審判決の瑕疵の有無につい
ての検討、審理計画の樹立等をまつてはじめて公判期日の指定が可能であり、これ
に要する期間は当然審理に必要な期間として考慮されなければならないとはいえ、
前記の如く控訴趣意書提出後第一回公判期日までに要した四年及び三年七箇月の期
間は、本件事案の内容等に照らし、通常の状態における審理に必要な期間として是
認することは、いささか困難といわざるをえない。しかしながら、本件については、
第一次、第二次控訴審ともその配填をうけた裁判所の構成の変更がきわめて頻繁で
あり、第一次控訴審において、控訴趣意書提出後第一回公判期日までに同一裁判官
三名の構成によつて部を構成することができた期間は、昭和三七年四月一〇日以降
昭和三八年七月二五日までの一年三箇月が最長で、そのほかはいずれも一年未満に
すぎないうえに、控訴趣意書提出後本件が大阪高等裁判所第三刑事部から第六刑事
部に配愼替えになつた昭和三九年六月一日までの間における同高等裁判所の一部当
り月間新受件数は二九件ないし五八件、その平均は四一件に及び、今日とは比較に
ならないほどの負担過重であつたことが認められ、本件とともに第三刑事部から第
六刑事部へ配填替えになつた事件の中には、本件以上に第一回公判期日の指定が遅
れていた事件が多数あつたことがうかがえるのである。また本件が第二次控訴審に
係属していた当時の事情もこれと大同小異であつて、控訴趣意書の提出された昭和
四四年一一月五日から第一回公判の開かれた昭和四八年六月二六日までの間の大阪
高等裁判所における一部あたりの月間新受件数は、平均二四件までに減少したとは
いえ、本件が同高等裁判所第五刑事部に係属してからの三年の間、同一裁判官三名
の構成によつて部を構成することができた期間はいずれも九箇月未満で、昭和四七
年一〇月二七日以降は、比較的に部の構成が安定したとはいえ、その構成員に変更
がなかつたのは、その後の一年一箇月が最長であつて、しかも本件よりさきに第五
刑事部に係属しながら本件以上に長期化していた事件が相当数あり、その処理に忙
殺されていたために、本件の審理を開始することが容易ではなかつたことがうかが
われるのである。そして、なお、このような状況下にある裁判所としては、いきお
い身柄拘束事件の審理を先行させるのもまたやむをえなかつたものといわなければ
ならない。
 本件において、右にみたような裁判所側の事情によつて審理が遅延した結果、被
告人らを長期間不安定な状態に置いたことはまことに遺憾といわざるをえないので
あるが、本件は、第一次・第二次控訴審とも被告人の控訴によるものであるのに、
被告人側が審理促進を求める積極的な態度を示したことをうかがうに足る証跡がな
いこと、本件の二回にわたる中断が事実取調のほとんど終了した控訴審段階におい
て生じたもので、被告人の防禦権の行使に特に障害を生じたものとも認められない
こと等を総合勘案すれば、当裁判所が前記昭和四七年一二月二〇日大法廷判決にお
いて示したほどに異常な事態に立ち至つたといえないことは右判例の趣旨に照らし
て明らかであり、裁判所全体としてはさらに審理の促進に工夫をこらすべきものが
あるとはいえ、本件の場合は、前記諸般の事情に照らし、この段階においてその審
理を打ち切ることは適当とはいえず、結局、所論違憲の主張は理由がないことに帰
する。
 同第二点は、第一次控訴審において、検察官は第二次第一審裁判所が有罪と認定
した事実を内容とする訴因追加の意思はない旨釈明したのであるから、被告人らに
対し右事実について有罪とすることはできないのにかかわらず、原判決が第二次第
一審裁判所の有罪判決を是認したのは憲法三一条に違反するというのであるが、所
論は、ひつきよう第一次控訴審の判断の誤りをいうものにすぎず、原判決に対する
論難ではないから、適法な上告理由にあたらない。
 同第三点は、原判決の維持する第二次第一審判決は、憲法三九条の趣旨を誤解し、
許すべからざる訴因変更をした違法があるというのであるが、第二次第一審裁判所
が審判の対象とした被告人らの行為は、いまだ無罪とされたものでも、また刑事上
の責任を問われたものでもないのであるから、違憲の所論は前提を欠き、その余の
所論は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
 同第四点は、本件において第二次第一審裁判所がなんら事実の取調をすることな
く新たな事実を認定したのは、所論引用の各判例に照らして許されないところであ
るから、第二次第一審判決を是認した原判決は、右各判例に違反し、かつ、憲法三
一条、三七条に違反するというのであるが、引用の各判例はいずれも本件とは事案
を異にし適切でなく、違憲をいう所論は、実質において、単なる法令違反の主張に
すぎないから、いずれも適法な上告理由にあたらない。
 同第五点は単なる法令違反の主張であり、同第六点は単なる法令違反、事実誤認
の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 よつて、同法四〇八条により、主文のとおり判決する。
 この判決は、上告趣意第一点について、裁判官岸盛一の補足意見、裁判官下田武
三、同団藤重光の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官岸盛一の上告趣意第一点についての補足意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見のいうとおり、本件の審理を現段階において打ち切るべきではな
いとする点に賛成であるが、さらに次の点を加えたいと思う。
 裁判の遅延は、すでに紀元前から今日に至るまで、古今東西を通じて慢性化した
現象であつて、古くて新しい問題だといわれている。この問題はひとりわが国だけ
のものではないのであるが、憲法上迅速な裁判の保障条項が掲げられているのは、
いうまでもなく、迅速な裁判の実現は、ただに、罰すべきを罰し無事を罰せずとい
う刑政の本義に基づく国家的要請であるばかりでなく、被告人を長く不安定な状態
においてはならぬという被告人の人権擁護の見地から要請されるものなのでもある。
 ところで、裁判遅延の原因は、法や制度自体にあるよりも、両当事者を含めて、
訴訟の主体として法の運用に携わる者の責めによることが多いこともあるのである。
既に十数年前Bアソシエーシヨンが会長の声明として「われわれは共に心を引きし
めて前進し、現代の一大偉業として、万人のための確実迅速な裁判が現代史に記録
されるように努力しなければならない」という意見を公表したことがあるが、この
問題は、まさに、法曹全体の一致協力なくしては解決困難なものと思われる。わが
国の裁判所の負担が他国にあまり例をみないほど過重なものであることは別として、
裁判所としては、司法行政上も遅延防止の対策をつねに講じていなければならず、
裁判官をはじめ関係職員の増員による人手不足の解消、裁判所の諸設備の充実等に
力を尽くすべきことは論を侯たないところであるが、また、訴訟手続の運用面にお
ける創意工夫を凝らすことの必要であることはいうまでもない。
 しかしながら、多数意見もいうとおり、裁判遅延の責めは、窮極的には裁判所が
これを負うべきである。したがつて、将来、本件のような特殊事情が裁判所内部に
あつたとしても、これに類する事例が跡をたたないようなことであれば、裁判上も
特別の考慮を払わなければならない場合のあることを留保しておきたいと考えるし、
また、この際、「訴訟の遅延は正義にあらず」とか「裁判の遅延は裁判の拒否にひ
としい」という裁判の遅延についての聞きなれた非難や警句をあらためて噛み締め
てみることが肝要であると考える。
 裁判官下田武三の上告趣意第一点についての反対意見は、次のとおりである。
 わたくしは、わが国の裁判は、その内容及び手続きの公正さにおいて、他のいか
なる国の裁判に比しても、優るとも劣るところがないものと信ずるものであるが、
ただ裁判の迅速確保の点において、時として他の先進国のそれに一籌を輸する憾み
のあることは、否定しえないところと考えるものである。本件は、正にその典型的
な事例であつて、被告人に対する公訴の提起以来第二次控訴審の判決までに約一六
年を要しているのみならず、その間第一次控訴審又び第二次控訴審において、それ
ぞれ四年及び三年七月の長期にわたる審理中断の期間を生じているのである。本件
記録に徴し、かつ、職権による当審の調査によれば、このような長年月にわたる審
理中断期間の発生は、裁判所の過重負担、部の構成の頻繁な変更、庁舎の狭隘その
他施設の不備等主として司法行政上の原因に基づくものと推認され、必ずしも当該
部ないし所属裁判官の責に帰しえない事情も存するのである。しかしながら、たと
えこれらの事情が当時裁判所にとりいかに己むをえないものであつたとしても、同
時に、右の訴訟遅延については、なんら被告人側の責に帰せられるべき事由の存し
なかつたことも、また記録上明白とせざるをえないのである。
 当裁判所は、すでに憲法三七条一項の解釈として、同条項の保障する「迅速な裁
判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅
速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上及び司法行政上の措置をとるべき
ことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に
明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せ
られたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定が
なくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切ると
いう非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。」
との見解を明らかにしているのであつて(昭和四五年(あ)第一七〇〇号同四七年
一二月二〇日大法廷判決・刑集二六巻一〇号六三一頁)、わたくしは、多数意見が、
前記のとおり、被告人側の責に帰することのできず、もつぱら裁判所側の事情に基
づくものと認めるほかない長年月にわたる審理の中断にもかかわらず、本件につい
ては、いまだ右大法廷判決にいう「迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられた
と認められる異常な事態」が生じたとするに足らないとされる点において、とうて
いこれに同調することができないのである。
 したがつて、わたくしは、弁護人の上告趣意第一点に掲げる違憲(憲法三七条一
項)の論旨は理由があると考えるものである。
 裁判官団藤重光の上告趣意第一点についての反対意見は、次のとおりである。
 刑事被告人の迅速な裁判を受ける権利は、いうまでもなく憲法が基本的人権とし
て保障するところである(憲法三七条一項)。本件の審理経過をみると、第一次控
訴審においては控訴趣意書が提出されてから第一回公判期日が開かれるまで約四年
間、第二次控訴審においては控訴趣意書が提出されてから第一回公判期日が開かれ
るまで約三年七箇月のあいだ、まつたく審理が行われないまま放置されたのであり、
しかも、記録上、その遅延につき被告人側の責に帰せられるべきなんらの事由もみ
とめられないのである。起訴(昭和三三年九月一七日)から現在にいたるまでの長
年月もさることながら、右のように、第一次控訴審において四年、第二次控訴審に
おいて三年七箇月という時日が空費されたことは、裁判所の過重負担その他諸般の
事情を考慮に入れても、なおかつ、迅速な裁判という憲法の要請に反するものとい
わなければならない。事件を担当する部が変更になつたり、部の構成の異動が頻繁
であつたり、あるいは裁判所庁舎の設備が狭隘であつたというような事情があつた
にせよ、これは、被告人に対する関係では充分ないいわけにはならないであろう。
裁判所の人員や予算の不足は、裁判所の力だけで解決のできることがらではないが、
そのしわよせが被告人の基本的人権に及んではならないはずである。本件は事案と
してとくに複雑なものではないのであて、他の諸事情を考慮に入れても、控訴趣意
書の提出から第一回公判期日までのあいだに、これほどの長時日を費やさなければ
ならなかつたとは、とうてい考えられない。ことに第二次控訴審では、いつたん上
告審で論点があきらかにされたのでもあり、審理計画は比較的容易にたてられたの
ではないかと想像される。本件においては、被告人側において審理の引延ばしをは
かつた形跡はまつたくみられないのであつて、この点も充分に考慮に入れられなけ
ればならない。被告人側で積極的に審理を促進した形跡もないが、無罪判決が確実
に予測されるような事案でもないかぎり、被告人側に積極的な審理促進を期待する
ことは無理であり、これを理由として、迅速な裁判を受ける権利の保障を拒否する
となれば(昭和四八年(あ)第二二五三号・昭和四九年五月三一日第二小法廷判決)、
それは、憲法がこの権利を保障している趣旨を没却することになるであろう。
 公訴時効期間に相当する期間以上の長時間にわたつて審理が行われないまま放置
された事案については、すでに当裁判所大法廷の判例(昭和四七年一二月二〇日大
法廷判決・刑集二六巻一〇号六三一頁)があり、免訴の判決をもつて手続を打ち切
るべきことがみとめられている。わたくしは、この大法廷判決は、劃期的なものと
はいえ、迅速な裁判の問題については、ようやく出発点にたどりついたにすぎない
ものと考えるのであり(団藤・「刑事裁判と人権」公法研究三五巻一二五頁参照)、
百尺竿頭さらに一歩を進めるべきものとおもう。これについては、司法行政上の対
策や立法的措置が急務であることはいうまでもないが、刑事訴訟法の解釈論として
も、わたくしは、本件の審理経過にみられるような事実関係のもとでは、公訴の提
起が後発的に無効になつたものとして、刑訴法三三八条四号によつて公訴棄却の判
決を言い渡すべきものと考える。
  昭和五〇年八月六日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫

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