弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 申立人本人の抗告趣意は、審理不尽をいう単なる法令違反の主張であり、弁護人
佐々木哲蔵外一四名の抗告趣意は、憲法三一条、三七条、七六条三項違反、判例違
反をいう点を含め、すべて実質は、審理不尽、理由不備をいう単なる法令違反、事
実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。
 なお、職権をもつて次のとおり判断を加える。
 一 スコツプ付着の土壌について
 所論は、新証拠であるA作成の鑑定書及び同補充書によれば、確定判決において
申立人が死体埋没に使用したと認定されているスコツプ(浦和地裁昭和三八年押一
一五号の四一)に付着するいわゆる(一)Pの土壌が、死体埋没穴付近から採取さ
れた土壌のいずれとも異なることが判明し、したがつて、右スコツプが死体埋没に
用いられたものでないことが明らかになつたにもかかわらず、合理的な理由を示す
ことなくこれを退けた原決定には理由不備の違法があるというのである。
 しかし、B作成の鑑定書によれば、右(一)Pの土壌とは、右スコツプの三箇所
(一)a、(一)b、(一)dから採取された赤茶色(乾燥後焦茶色)の各土壌の
不等量の混合体であり、しかも、(一)a、(一)b、(一)dの各土壌には黒褐
色(乾燥後黄茶色)の土壌が混合していたというのである。このような(一)Pの
土壌の砂分・粘土分の重量構成比を死体埋没穴付近から採取された各土壌の砂分・
粘土分の重量構成比と比較すること自体必ずしも当を得ないのであるが、少なくと
も、その両者が異なるからといつて、(一)Pを構成する(一)a、(一)b、(
一)dの各土壌のいずれもが、死体埋没穴付近には存在しない土壌であるとまでは
いえない。さらに、B鑑定によれば、スコツプ付着の(一)C1の土壌と死体埋没
穴付近の(三)Fの土壌とについては、外観、色調、比重、赤外吸収スペクトル、
熱灼減量の諸検査結果に類似性が認められ、また、スコツプ付着の(一)C2の土
壌と死体埋没穴付近の(三)E2の土壌とについては、外観、色調、比重検査結果
の類似性が認められ、さらにスコツプ付着の各土壌も死体埋没穴付近の各土壌もす
べてシルト(微砂)分が極めて多いという点では類似性が認められるのであつて、
B鑑定は、それなりに確定判決の認定を裏付ける証明力を有するというべきであり、
しかも確定判決は、B鑑定のみならず、他の証拠をも総合した上で、本件スコツプ
が死体を埋めるために使用されたと認定しているのであるから、所論の引用する新
証拠は、本件スコツプが死体埋没に使用されたものでないことを明らかにしたとは
いい難い。
 したがつて、これと同旨の原決定の判断は正当であり、理由不備の違法はない。
 二 足跡について
 所論は、新証拠であるC作成の昭和五〇年一二月一三日付鑑定書(C第一鑑定)、
同人作成の同五五年九月二〇日付鑑定書(C第二鑑定)、D作成の同五四年四月二
〇日付意見書、E作成の同年六月一五日付意見書、F作成の同五五年九月二〇日付
報告書、Gの実験結果及びC・H作成の鑑定書によれば、a付近畑地から採取され
た足跡の石膏三個(浦和地裁昭和三八年押一一五号の五の1ないし3)と申立人宅
から押収された地下足袋のうちの一足(同押号の二八の一)との同一性が否定され
ることが明らかになつたにもかかわらず、原決定が右新証拠の明白性を否定したの
は判断を誤つたものであるというのである。
 しかし、C第一鑑定、同第二鑑定は、「現場足跡の足長は、対照足跡の足長のど
れよりも長く、これを統計学的に解析すると、現場足跡の足長は、押収地下足袋(
九文七分)による印象としてあり得る域を超えており、現場足跡は、一〇文三分の
地下足袋によつて印象されたものと認められる。」というものであるが、右足長の
統計的処理に関する部分は、かなりの量の泥土が付着した地下足袋によつて印象さ
れ、かつ、移行ずれ等もある現場足跡の石膏の泥土や移行ずれ部分を含む計測値(
最大長等)と、泥土の付着の少ない地下足袋により印象され、かつ、移行ずれ等の
少ない対照足跡の石膏の計測値(最大長等)とを比較し、その結果、両者は同一地
下足袋による足跡ではないと判断しているものであつて、右のように本体外の部分
を大きく含む計測値と本体外の部分をほとんど含まない計測値とを比較しても、そ
の結論が当を得ないことは明らかである。(したがつて、また、足跡の本体部分の
最大長を求める方法論に関するD意見も、C鑑定の証明力を増強するものではない。)
 また、E意見は、C第一鑑定の統計学的解析手法の妥当性を補強しようとするも
のであるが、前記のとおり、C鑑定においては、現場足跡石膏の計測箇所が妥当で
なく、統計的解析を施す以前の基礎データの取り方に当を得ない点が認められる以
上、E意見もC鑑定の結論の正当性を立証することにはならない。
 また、G実験を踏襲、補充したC・H鑑定の第Ⅰ部は、「畑地で地下足袋の足跡
石膏を採取する場合には、地下足袋自体には破損部分がなくとも、土のひび割れに
石膏が流れ込んで、石膏型にみだれ模様が発生することがあるから、現場足跡の石
膏型にみられるみだれ模様が、地下足袋の損傷によるものなのか土のひび割れによ
るものなのかは確定できない。」というものであり、第Ⅱ部は、「甲3(現場足跡
石膏)とA15、A16(いずれも対照足跡石膏)の立体写真をとり、その写真に
基づいて各足跡石膏にみられる三本の横線模様(A線、B線、C線)及び「あ号破
損痕」部分の等高線図、横断面図を作成すると、A15、A16については、「あ
号破損」による印象が明確に指摘できるのに、甲3では全く不明である。また、甲
3における「あ号破損痕」は、四五度の角度から見ると連続した一本の線ではなく
二本の線に切れている。したがつて、このことと第Ⅰ部の考察をもとにして判断す
ると、甲3の「あ号破損痕」といわれるものは、地下足袋の破損の印象ではなく、
足跡印象の際にできた土のひび割れに石膏が流入して発生したみだれ模様であると
考えるのが妥当である。」というものであり、第Ⅲ部は、「現場足跡石膏甲1、甲
2、甲3と、申立人が押収にかかる地下足袋を履いて対照用に印象した足跡の石膏
B1ないしB14とにつき、底型の縦断面図を作成し、比較したところ、甲1(左)
と甲2、甲3(右)とでは底型の屈曲に顕著な相違がみられるのに、B2、4、7、
9、12、14 (左)とB1、3、5、6、8、10、11、13(右)とでは
そのような相違はみられない。」というものである。しかし、第Ⅰ部については、
土のひび割れに石膏液が流れ込むことによつて同種のみだれ模様ができることはあ
り得るにしても、現場足跡石膏における「あ号破損痕」の形状、大きさ、部位等が、
押収された地下足袋の「あ号破損」の形状、大きさ、部位等と極めてよく符合して
おり、そのようなことは実際上は極めて稀なことであるから、第Ⅰ部の実験結果は、
右「あ号破損痕」が地下足袋の破損の印象であるという認定を左右するに足りない。
また、第Ⅱ部における「あ号破損痕」及び「三本線」の立体断面図形についても、
同一地下足袋によつて印象されたことの明らかな対照足跡石膏A15、A16相互
間においてすら印象条件や石膏採取条件のわずかの差に伴い断面図形にかなりの差
を生じていること及び現場足跡痕と対照足跡痕との印象条件や石膏採取条件の差の
大きいことを考慮すると、平面図形において類似性の認められる現場足跡石膏の「
あ号破損痕」と対照足跡石膏の「あ号破損痕」とが、その断面図形に差があるから
といつて、直ちに同一でないと断定し得るものではない。また、第Ⅲ部については、
現場足跡石膏に見られる左右の底面の湾曲の相違が犯人の足跡の特徴を示すとして
も、対照足跡石膏のすべてにその特徴が顕著でないからといつて、同一性を直ちに
否定することは相当でない。
 かえつて、申立人の右足裏母指球部に「魚の目」があることを考慮すると、現場
足跡痕の右足分のみが母指を深く踏み込む形で大きく湾曲している事実は、これが
申立人の右足跡である蓋然性を高めるものである。
 以上の結果、右各新証拠によつては、現場足跡が申立人方から押収された地下足
袋により印象されたものではないと断定し得るものでないことはもとより、両者が
同一であるという蓋然性を否定し得るものでもなく、したがつて、本論点に関する
原決定の判断は正当というべきである。
 三 筆跡について
 所論は、新証拠であるI作成の昭和五〇年一二月一五日付鑑定書、J作成の同五
一年七月三一日付鑑定書(J第二鑑定)、K作成の同年一月一〇日付鑑定書(K第
二鑑定)、L作成の同月二〇日付鑑定書によれば、確定判決において申立人の筆跡
であると認定された脅迫状及びその封筒(浦和地裁昭和三八年押一一五号の一)の
筆跡が申立人のものでないという合理的な疑いが生じ、また、新証拠であるM及び
その友人らの司法警察員に対する各供述調書によれば、申立人が本件脅迫状を下書
きした際に参照したという少女雑誌「りぼん」が、その当時申立人方には存在しな
かつたことが積極的に認められ、したがつて、脅迫状作成に関する申立人の自白が
虚偽であるという合理的な疑いを容れる余地が生じたというべきであるから、これ
を認めなかつた原決定は、疑わしきは罰せずの原則を否定するものであるというの
である。
 しかし、I鑑定は、「(一) ある人の書いた一群の文字からすべての平仮名を
取り出し、その各文字の縦横比の分布曲線をとると、その分布曲線が、字を書いた
人物の固定した特性を示し、その分散はその人物に特有のほぼ固定した数値をとる。
そして、その分散値(シグマー二乗)が〇・二より大きいもの(達筆型)、分散値
が〇・一より小さいもの(活字型)、分散値がその中間、すなわち〇・一から〇・
二の間にあるもの(児童期型=字を書き馴れない人の型)に分類されるところ、被
検文書P(本件脅迫状)と対照文書Q、R(申立人が書いたことが明らかな文書二
通)とについて、それぞれの文中にある平仮名の縦横比を計測して分散値を調べる
と、Pは〇・二四四となり、Qは〇・一五八、Rは〇・一五六となるから、脅迫状
の字は達筆型であり、申立人の字は児童期型であることになり、両者は同一人の筆
跡ではないことになる。(二) また、右分散値の違いを統計学的に検定すると、
F表によりP(標本数一二四、分散値〇・二四四)とQ(標本数一七八、分散値〇・
一五八)、R(標本数一〇八、分散値〇・一五六)とは、危険率一パーセントの有
意水準で同一性が否定される。」というものであるが、もともと、平仮名には人の
書き癖にかかわらず縦長に書き表される文字(例えば「し」等)や横長に書き表さ
れる文字(例えば「い」等)があるので、当該文書に用いられた文字の種類及びそ
の出現頻度にかかわらず、そこに出現する全文字を一括して縦横比を測定しその分
散値を求めた場合に、果してこれがその文字を書いた人物の固定した書き癖を示す
といい得るかは、必ずしも明らかではなく、また、分散値による前記三分類の限界
値、特に達筆型と児童期型との限界値設定の妥当性も実証されていないこと等を考
慮すると、I鑑定は、その鑑定方法の信頼度が高いとはいえず、結局、確定判決が
依拠するいわゆる三鑑定を左右するに足りるものとは認められない。
 また、J第二鑑定は、「被検文書(脅迫状)では、書かれている漢字が、小学校
の漢字学年別配当旧表による一年程度から六年程度のものを含み、教育外漢字も三
文字含んでいること、句読点が使われていること、促音や拗音が小文字で書かれて
いること等から、脅迫状の作成者は、書字・表記につき高度の知識を有すると認め
られる。これに対し、申立人は小学校時代国語の成績が悪かつたこと、対照文書で
ある申立人作成の上申書及び脅迫状写しには、小学三年程度の漢字しかなく、しか
も、小学二年程度の漢字のうち、画数の多い字は平仮名で書かれているし、句読点
の使い方も誤つていること等から、申立人の書字・表記能力は小学一年程度とみる
べきである。また、脅迫状にみられるように、「江」を「え」の仮名に当てたり、
「出・気・名・知・死」を当て字として使うのは、申立人のような小学一年程度の
書字・表記能力では到底なし得ない作為的技巧である。また、申立人は、「脅迫状」
を見せられて書いた「写し」でも、脅迫状に書かれている漢字の幾つかを誤つて書
いたり、平仮名で書いたりしている。したがつて、脅迫状は申立人の作成したもの
ではないと判断される。」というものである。しかし、被検文書一通の書字・表記
のみから、作成者が高度の書字・表記能力を有しているとしたり、小学校時代の国
語の成績や対照文書(上申書、脅迫状写し)の書字・表記のみから、申立人が小学
一年程度の書字・表記能力しか持たないとしたりすることは、一つの推測の域を出
ないばかりでなく、同一人が作成する場合でも、参考書物、練習・清書の有無、そ
れらを作成した際の心理状態等により、書字・表記の正誤・巧拙の程度も異なるこ
ともあり得るのであり(現に、申立人が起訴後精神状態が安定したとみられる時期
に自発的に作成した手紙などは、脅迫状程度の書字・表記を十分なし得る能力を示
している)、また、同一人が書く場合でも、ある文書では漢字で表記したことを他
の文書では平仮名で表記したり、ある文書では句読点を付しても他の文書では句読
点を付さなかつたりすることは、一般にあり得ることである。(なお、同鑑定は、
対照文書の一つである「脅迫状写し」が被検文書を見ながら書かれたことを前提と
しているが、右「脅迫状写し」は、申立人が脅迫状の文章を思い出しながら書いた
ものであつて、脅迫状を見ながら書いたものでないことは、その文章自体の相違及
び申立人の検察官に対する自供などからも明らかであつて、同鑑定は前提にも誤り
がある。)結局、同鑑定は、原原決定も指摘するように、作成者の書字・表記能力
の程度・水準という、右資料からだけでは厳密には確定し得ない事項を基本の尺度
として判定しているものであつて、鑑定としての正確性には限界があるといわざる
を得ず、確定判決が依拠する三鑑定を左右するに足りるものとは認められない。
 また、K第二鑑定は、「対照文書(申立人の捜査官に対する各供述調書添付図面
中の自筆説明文、申立人作成の「O」あての手紙、申立人作成の「脅迫状写し」)
には、(一) 促音「つ」の表記が身についていない、(二) 長音「う」の表記
が身についていない、(三) 「お」を「を」と誤用する傾向が著しい、(四) 
「いく(行く)」を「ゆく」、「いう(言う)」を「ゆう」としている、(五) 
句読点を使用していない、(六) 拗音を欠落させている(例えば、「きんじよ」
の「よ」が欠落している)等の傾向がみられるのに、被検文書(脅迫状)にはそれ
らがみられない。また、雑誌「りぼん」からの漢字の引き写しには、大量の字を読
んでその中から発見しなければならないなど、多大の困難があり、しかも、「警」
「察」に最もふさわしい当て字として「りぼん」から「刑」「札」の字を選んだと
すれば、字を知らないことと矛盾する。したがつて、被検文書と対照文書とは同一
人の作成によるものではない。」というのである。しかし、同鑑定が、対照文書に
特有の傾向と判定する点には首肯し難いところが少なくない。例えば、(一) 促
音表記については、対照文書中にも促音表記は多数あり、(二) 長音表記につい
ては、被検文書中に二箇所「時かんどおり」と記載してあるからといつて、直ちに、
その作成者が他の語の長音表記も常に正しくできるとは断定し難いのみならず、対
照文書中にも長音表記の正用と誤用の混在が認められ、(三) 「お」と「を」の
誤用については、被検文書、対照文書とも「お」と「を」の正用と誤用が混在して
いるのであり、(四)「ゆく」の表記については、対照文書中にも「いく」という
表記もあり、(五) 句読点については、申立人作成のAsあての手紙(東京高裁
昭和四一年押二〇号の四)の中には、句点を被検文書と同じように用いたもの、読
点を句点に代用したもの、句点を用いないものなどが混在しているのであつて、申
立人に句読点を使用しない習慣があるとはいえず、(六) 拗音表記については、
申立人作成の昭和三八年六月二一日付供述調書添付図面等には「ばしよ」等の拗音
表記も多数存在するのである。結局、同鑑定は、対照文書の一部に被検文書と異な
る用字、用語があることなどをもつて、直ちに、それが対照文書に特有の傾向であ
り、ひいて両文書の作成者が異なつているという結論に飛躍した憾みがあるのであ
つて、三鑑定を左右するに足りるものとは認められない。
 また、L鑑定は、「(一) 三鑑定は、鑑別の主力が書体、筆癖、書形、運筆等
の形式的類似性に集中され、類似文字のみを選定し、類似しない文字は排除してい
ること、申立人の写字、用字、文章作成の能力、文法的・国語的表現の能力につい
ての研究がなされていないことなど、総合的・全体的観察を怠つているから、証明
力はない。(二) 三鑑定の方法に従つて検討しても、被検文書の筆跡と対照文書
の筆跡とが同一でないことが論証できた。」というものである。しかし、筆跡鑑定
の方法として、作成者の書字、用字、文章作成の能力や文法的・国語的表現の能力
を参酌していないからといつて、筆勢、運筆、書形等に着目した鑑定の証明力がな
いとはいえない。また、L鑑定が、三鑑定と同一の方法によつて、被検文書と対照
文書との筆跡の比較検討を試みた点は、三鑑定の内容と対比すると、到底、それら
の証明力を揺るがすものとは認め難い。すなわち、L鑑定のAt鑑定及びAu・A
v鑑定に対する批判は、作成の時期、状況を異にする文書の筆勢の相違をあたかも
書き癖による相違であるかのごとく取り上げて、同一人による筆跡ではないと断定
するものであり、Aw鑑定に対する批判は、総じて抽象的であり、具体的な相違点
の指摘も果して相違点というに値するか疑わしいものが多いのである。したがつて、
L鑑定は、到底三鑑定の判断を左右するに足りない。
 また、右各新鑑定の言及していない点として、被検文書と対照文書とに、「つ」
の発音の平仮名又は漢字部分に片仮名の「ツ」が用いられていること、日付の記載
に漢数字とアラビヤ数字とが混用されていること、助詞の「は」に「わ」が混用さ
れていること等の共通する特徴があり、さらに、被検文書では、「一分出もをくれ
たら」、「車出いツた」、「死出死まう」など五箇所に、「で」の当て字として「
出」が用いられているのであるが、同じ用法が、申立人の自筆であることに争いの
ない関源三あての手紙に、「来て呉れなくも言い出すよ」、「あつかましいお願い
出すが」という形で用いられているという現象があり、このような特殊な表記が数
種類も併存するという現象が被検文書及び対照文書に等しく現れるということは、
単なる偶然とはみられず、脅迫状の作成者が申立人である蓋然性を高めるものとい
い得る。
 また、M(申立人の妹)及びその友人らの司法警察員に対する各供述調書は、「
りぼん」の貸借の時期等に関する必ずしも正確とはいえない記憶の記載に止まるの
であつて、昭和三八年四月ころ申立人方に「りぼん」が存在しなかつたという確実
な証拠とはいえない。かえつて、原原決定が指摘するように、申立人は、下書きに
用いた「りぼん」には二宮金次郎の像の写真が掲載されていたと自供しているとこ
ろ、現に、「りぼん」の昭和三六年一一月号にはその写真が掲載されている事実も
立証されているのであつて、「りぼん」を見て脅迫状の下書きをしたという申立人
の自白の真実性を補強する事情も存在するのである。
 以上の結果、右各新証拠によつては、本件脅迫状の作成者が申立人であるという
認定は揺るがず、本論点に関する原決定の判断は正当というべきである。
 四 押収万年筆について
 所論は、「(一) 新証拠であるP作成の昭和三八年八月一六日付鑑定書、同人
作成の同月三〇日付鑑定書、被害者Qの当用日記、同受験生合格手帳、同ペン習字、
学級日誌、Rの司法警察員に対する供述調書によれば、同年六月二六日に申立人方
勝手場出入口鴨居上に存在し押収された万年筆(浦和地裁昭和三八年押一一五号の
四二)の残留インクはブルーブラツクであり、被害者が日常使用していたインクは
ライトブルーであり、両者は異質のものであることが判明した。
 もつとも、原決定の判示するように、被害者が、事件当日の下校途中、郵便局に
立ち寄つた事実があり、そこにブルーブラツクのインクがあつたことは事実である
が、それだけで、被害者が郵便局のブルーブラツクのインクを万年筆に補充した可
能性が証拠上認められるとはいえないから、右万年筆が被害者の所持品であるとし
た確定判決の事実認定には合理的な疑いを容れる余地が生じたというべきである。
したがつて、右新証拠は確定判決の認定に影響を及ぼさないとした原原決定及び原
決定の判断は否定されざるを得ない。(二) また、新証拠であるS作成の報告書
により、右鴨居上の万年筆のあつた箇所は、原原決定がいうような「目につきにく
く、見落しやすい箇所」とはいえないことが明らかになつたのであるから、右押収
日に先立つ二回の捜索の際に本件万年筆が発見されなかつたということは、右二回
の捜索時以後に捜査官が本件万年筆を右鴨居上に置いた疑いを生じさせるというべ
きである。したがつて、右各新証拠の明白性を否定した原原決定及び原決定の判断
は、疑わしきは被告人の利益に従うとの原則に違反する。」というのである。
 しかし、本件万年筆が被害者の所持品であることは、その旨を明言するTの証言、
これを補強するU、Vの各証言、被害者方に存在する万年筆の保証書等によつて、
これを肯認し得るのであり、これに対して、所論(一)の新証拠は、被害者が平素
使用していたインクがライトブルーであり、押収時における本件万年筆の残留イン
クがブルーブラツクであつて、両者が異なることを示すものの、なお、被害者がW
からブルーブラツクのインクを借りたこと、被害者が事件当日の下校時に立ち寄つ
た郵便局にブルーブラツクのインクが存在することをも示すものであるから、被害
者がその万年筆にブルーブラツクのインクを補充した可能性を否定し得ない以上、
右各新証拠は、本件万年筆が被害者の所持品であるという認定を動かすに足りない。
したがつて、これと同旨の原原決定及び原決定の判断は正当である。
 また、S報告書は、本件万年筆が存在していた鴨居の上面は、床からの高さ一七
五・九センチメートル、奥行八・五センチメートルであり、本件万年筆の直径は一・
一センチメートルであるから、鴨居の最奥部に本件万年筆を置いた場合、目の高さ
が一・五メートルの人物であれば、鴨居から二・五メートル離れた位置から万年筆
の上端を見通すことができると判定するなど、万年筆の鴨居上の位置、これを見る
人の位置、目の高さを様々に変えてその可視範囲を判定したものであるが、これら
は、右鴨居上に万年筆が存在することを意識している人物による視認の可能性を判
定するものであつて、右鴨居の上が「人目につきにくく、見落しやすい箇所」であ
り、右鴨居上に本件万年筆が存在していたにもかかわらず、これを知らなかつた捜
査官が、右押収日に先立つ二回の捜索時にこれを看過し、その後、申立人の自白に
よつて初めてこれを発見、押収したという認定を動かすには足りない。したがつて、
これと同旨の原原決定及び原決定の判断は正当である。
 五 筆圧痕について
 所論は、新証拠であるT作成の鑑定書によれば、確定判決の依拠するX、Y両鑑
定において鑑定対象から除外されていた筆圧痕と鉛筆線との先後関係を判定する有
効な方法が明らかにされたのであるから、この方法を使用して、右鑑定から除外さ
れていた筆圧痕と鉛筆線との先後関係を審理するのでなければ、申立人の自白の任
意性、信用性を肯定することはできないはずであり、新証拠によつては確定判決の
判断に疑いの生ずる余地はないとした原決定の判断の誤りは明らかであるというの
である。
 しかし、X、Y両鑑定は、それだけで十分な証明力を有するのに対し、T鑑定は、
右両鑑定の対象から除外された薄い筆圧痕と鉛筆線との先後関係を判定するについ
て、方法論を示唆するだけで、その方法によつて、右両鑑定と異なる結論に至つた
というものではないから、T鑑定によつて、申立人の自白の任意性、信用性に合理
的な疑いが生ずるものとはいえない。したがつて、これと同旨の原決定の判断は正
当である。
 六 手拭について
 所論は、新証拠である回収された手拭一五四本の存在、Z作成のメモ四枚によれ
ば、原決定が「Aa及びAbに対して昭和三八年に年賀用として配付された手拭は、
昭和三七年度用に製作されたものの残りである。」「昭和三八年度用に製作された
手拭は、Acに二本、Adに一本、それぞれ配付された。」と推認したのは証拠判
断を誤つたものであるというのである。
 しかし、右新証拠によれば、検察庁に現在保管されている回収手拭の数が一五四
本であること、昭和三八年正月にAe米屋から年賀用手拭がAa及びAbに対して
も一本ずつ配られたことは認められるが、他面、証拠金品総目録(浦和地検昭和三
八年領七四〇号)三四六、三五四、三五五欄の記載によれば、Aa及びAbから提
出され領置された手拭は、いずれも昭和三七年度用に製作されたものであることが
明らかであり、したがつて、昭和三八年正月に右両名に年賀として配付された手拭
は、昭和三八年度分として製作されたものではなかつたことが認められ、また、Z
作成のメモ四枚によれば、昭和三八年正月にAe米屋の年賀用手拭がAcに対して
二本、Adに対して一本、それぞれ配付されたことが認められるから、原決定に所
論のような事実誤認があるとは認められない。
 したがつて、被害者の死体を後ろ手に縛つてあつた手拭が、昭和三八年正月にA
e米屋から年賀用として申立人方に配付されたものである可能性を肯定した確定判
決の認定は、右新証拠によつて左右されるものとはいえない。
 七 殺害方法について
 所論は、新証拠であるAf作成の昭和五〇年一二月一三日付鑑定書(Af第二鑑
定)、Ag作成の意見書、Ah作成の同五一年一二月二七日付意見書によれば、被
害者の殺害方法は、絞頸であつて、確定判決が認定した扼頸という方法ではなかつ
たことが明白となつたから、原原決定及び原決定が右各新証拠の明白性を否定した
のは誤りであるというのである。
 そこで、確定判決が依拠したAi作成の鑑定書、同人の一、二審における証言、
Af作成の昭和四七年七月二〇日付鑑定書(Af第一鑑定)及び右各新証拠を比較、
総合して検討する。
 まず、Ai鑑定書に表示された前頸部損傷C2C3及びC4については、同鑑定
書自体において、これが、生活反応のない変色部を示す小文字として表示されてい
る場合と生活反応のある変色部を示す大文字として表示されている場合とがあり、
いずれかが誤記であるといわなければならないのであるが、同鑑定書を通読すると、
同鑑定書に小文字で表示されている部分が誤記であつて、これを大文字に読み替え、
C2C3及びC4は生存中の損傷と解するのが正しいと認められる。しかし、同鑑
定書に右のような誤記があつたにせよ、同鑑定の判断自体はC2C3及びC4を生
存中の損傷として導き出されていると認められるので、右の誤記が鑑定結果に影響
を及ぼしたとは認められない。そして、同鑑定書の記載にAi証言を併せて検討す
ると、同鑑定は、前頸部のbを生活反応のない蒼白帯であるとし、C1C2C3及
びC4は生存中に生成した損傷とは認められるものの、C2は暗赤紫色で横走線状
であるが境界不明瞭であり死斑に近い外見であると認め、C2は暗紫色であるがそ
れ自体すこぶる不明瞭であり、C3は暗紫色、C4は暗赤紫色であつて、それらの
部分には小指爪大以下の暗黒色斑点と手掌面大の皮下出血があり、また、C3C4
の内に存する赤色斜走線条は生活反応がなく、死後に荒縄又は麻縄の類で圧迫され
たことにより生じた死斑と認められ、他に、頸部に索条痕、表皮剥脱の存しないこ
と、絞頸の場合には皮下出血ができにくいことなどから、死因は絞頸による窒息で
はなく、明らかに扼頸による窒息であると断定し、かつ、頸部に爪痕、指頭痕が存
せず、圧迫痕の境界が明瞭でないことなどから、扼圧は手掌、前膊、下肢等のいず
れかによつたものと推定したことが認められる。
 これに対して、Af第二鑑定は、「Ai鑑定はC1の成因を充分に論じていない
ため扼頸という結論に至るまでに理論の飛躍を来している。C1の暗紫赤色部が〇・
三センチメートルの幅をもち長さが六・二センチメートルあることと、幅広い索状
体による絞頸の場合に、索状体の上縁又は下縁のみが線状部を作り中間部は蒼白な
帯状部として現れることや、索痕が暗紫赤色で境界が不鮮明になることがあること
を、鑑定人自身が経験していることとから、C1は幅広い索状体による絞頸の圧痕
である可能性を否定できない。」とするもので、この点ではAi鑑定と異なる判断
をしているのであるが、Af第二鑑定は、同時に、「眼瞼結膜の溢血点が少なく、
顔面の色も軽度ながらチアノーゼを示す所見は、被害者が長期にわたる呼吸困難を
示さず比較的早い時期に窒息死に陥つたことを示しており、この所見のあるために、
本例においては、前頸部の甲状軟骨以下の部分を圧迫し気管を閉塞するのみでなく
頸部血管や頸部神経管に対し圧迫、刺戟が加わつて早く死に至つたと考えられ、A
i鑑定と同様、私も前膊や上膊による腕締めの可能性を考えている。」とし、さら
に「前頸下部に皮下出血(又は皮下出血及び筋肉内出血)があるのであるから加圧
された力は死ぬ前に一度ゆるめられたと考えるべきであろう。」とした上、「以上
の所見が満足されるように頸部に対して外力が加わつた機転を考えることは、かな
り複雑なことを考えねばならず、ただ自供の如く片手だけで圧して扼殺に陥らしめ
たと考えるのみでは、あまりにも個々の所見を満足させることはできない。あるい
は幅の広い索状体による絞頸も考えねばならず、あるいはこれに加うるに手掌面に
おける前頸部下部の圧迫、また両手掌を同時に用いるなどするほか、腕締め等の組
み合わさつた方法も考慮さるべきであろう。」とし、結論として「左右側頸部を幅
広いもので絞めたりした後に前頸下部を上膊部等で圧迫したりして死に至らしめた
後、細引紐や荒縄を頸部に巻いて放置したものではないかと考える。」「私は絞頸
のほか扼頸という機転も否定しておらず、死因としては絞扼殺の可能性もあると考
えている。」としているのであつて、絞頸を伴うとはするものの、扼頸も否定し難
いとする点においては、一部、Ai鑑定を肯定もしているのである。
 他方、Ag意見は、絞殺説をとり、「兇器としては軟性の索状物による可能性が
最も大である。」とするものであり、Ah意見も、「殺害方法は軟らかい索状物に
よる絞頸である。」とするものであるが、いずれも、絞扼頸併用の可能性の有無に
ついては明確な判断は示しておらず、右Af第一、第二鑑定と対比するとき、犯人
が絞扼頸を併用した可能性までも否定し得るものではないというべきである。
 ところで、申立人の自白を検討すると、申立人は、殺害方法について、司法警察
員に対する昭和三八年六月二三日付供述調書では「自分の首に巻いていたタオルで
夢中でQちやんの首をしめてしまいました。」と供述していたのであるが、司法警
察員に対する同月二五日付供述調書では「ずつと右手でQちやんの首を上から押え
つけていました。」と供述し、次いで、検察官に対する同日付供述調書では「右手
の親指と外の四本の指を両方に広げ女学生の首に手の平が当たるようにし、声を出
さないように上から押えました。」と供述し、さらに、検察官に対する同年七月一
日付供述調書では「右手で女学生の首を締め、声を出さないようにしました。首と
いつてもあごに近い方ののどの所を手の平が当たるようにして上から押えつけたわ
けです。」などと供述しているのである。
 元来、犯人の供述は、それが任意であり、大筋において真実であつても、犯行が
長時間に及んだり、行為態様が種々に変化している場合や、犯行が激情を伴つてい
る場合などには、自己の行為でありながら、その一部の記憶が欠落したり混乱した
りすることもまた少なくないのであつて、そのような見地から、申立人の右自白と
前記各鑑定とを比較検討すると、犯人が被害者の頸部に加えた暴行は絞扼の併用で
ある可能性もあるのであるが、申立人の右自白は、必ずしも右各鑑定に反するもの
とはいえず、記憶の混乱や一部欠落によつて、その絞頸、扼頸の一部を断片的に供
述したものともいい得るのであつて、いわんや、申立人が全く身に覚えのないこと
を誘導又は強制によつて供述させられたものとは到底認められない。
 以上検討の結果によれば、絞頸の可能性を全面的に否定することについては問題
があるとしても、殺害の方法について絞扼頸併用の可能性を認める鑑定の所見と申
立人の自白との間に重大な齟齬があるとはいえず、したがつて、右各新証拠は、申
立人が犯人であることに合理的な疑いを生じさせるべき明らかな証拠とはいえない
から、結局、原原決定及び原決定の判断は、結論において正当というべきである。
 八 死体の処置について((一) 後頭部の損傷)
 所論は、窒息死の場合には死体の血液が凝固しない上、新証拠であるAf第二鑑
定によれば、死体の後頭部裂創はかなりの量の血液流出をもたらしたはずのものと
認められ、他方、新証拠である司法警察員Aj作成の昭和三八年七月五日付実況見
分調書によれば、申立人が死体を隠匿したと自白している本件芋穴にはルミノール
反応が認められなかつたというのであるから、申立人の右自白は虚偽であることが
明らかであるのに、原原決定及び原決定が右新証拠の明白性を否定じたのは証拠の
評価を誤つたものであるというのである。
 しかし、Ai鑑定によれば、死体後頭部の裂創は、帽状腱膜に達する長さ約一・
三センチメートル、幅約〇・四センチメートルのものにすぎず、頭皮を横断開検し
た際にも流動性血液をほとんど漏らさなかつたというのであり、また、その成傷は
生存中のものであり、その創壁、創底には凝血の存在が認められたというのである
から、成傷後死体が芋穴に隠匿されるまでに凝血し、芋穴においては死体から血液
が流出ないし滴下しなかつた可能性もあるというべきである。したがつて、一般に
窒息死の場合には死体の血液が流動性を失わないということ、芋穴にはルミノール
反応が認められなかつたことなどから、直ちに右自白が虚偽であるとは断定し得な
いのであつて、これと同旨の原原決定及び原決定の判断は正当である。
 九 死体の処置について((二) 足首の痕跡)
 所論は、新証拠であるAk作成の昭和五三年一二月二四日付報告書及び「芋穴(
芋蔵)逆さ吊り」の実験についての報告書(Ah意見部分)によれば、申立人の自
白のとおり死体を芋穴に逆さ吊りにして出し入れした場合には死体の足首に圧痕が
形成されることが明らかになり、現実には本件死体の足首に圧痕のないこととの矛
盾が明らかになつたにもかかわらず、原原決定及び原決定が、実験と実際との条件
の若干の差などを理由にして、右新証拠の明白性を否定したことは、何人をも納得
させ得ないというのである。
 しかし、死体の吊下げ・吊上げの具体的態様に関する申立人の自白は必ずしも詳
細かつ正確ではないのであるから、これと実験とが、結果に影響を及ぼすべき条件
において同一か否かを正確に判定することは、もともと不可能である上に、判明し
ているだけでも、実験に用いた芋穴の深さが現場の芋穴よりも五〇センチメートル
深かつたという相違があること、実験補助者の腕力と申立人の腕力とに格段の相違
があることなど、足首の圧痕形成に直接又は間接に影響を及ぼしかねない条件の差
が現に存する以上、実験に供された人形の足首に圧痕が形成されたとしても、死体
の足首にどのような痕跡が残るかは必ずしも明らかとはいえないとした原原決定及
び原決定の判断に誤りがあるということはできない。
一〇 死体の処置について((三) 玉石の存在)
 所論は、「新証拠であるA作成の昭和五〇年八月二五日付鑑定書によれば、埋没
死体の右側頭部に接して存在していた人頭大の玉石は、自然状態では右埋没地のよ
うな黒ボク土中に孤立して存在するものではないとのことであるから、右玉石は、
犯人がことさら「拝み石」として死体の側に埋めたものとみるべきであり、そうだ
とすれば、犯人の自白は当然そのことに言及するはずであるところ、申立人の自白
は右玉石について何ら言及していないのであるから、申立人は犯人ではないことが
明らかである。しかるに、原決定は、一、二審におけるAlの証言を引用して、死
体埋没現場を含む農道土中にもともと石が埋められていた可能性があると判示した
が、Al証言にいう石は本件玉石とは比較にならないほど小粒のもので、火山活動
によつて飛散してきた礫の大きさを出ないものであるから、河床において流水の侵
蝕作用を受けて丸味を帯び、大きさも格段に大きい本件玉石の存在をAl証言によ
つて説明することはできないのであつて、原決定の判断は非科学的な誤りを冒して
いる。」というのである。
 しかし、同所は造成された農道であり、付近には人家も点在しているのであるか
ら、玉石が何らかの原因で、事件以前から同所付近に存在しており、犯人が死体を
埋没するため、土を掘削し、覆土した過程で、たまたま死体の側に存在するに至つ
たという可能性は、Al証言の趣旨のいかんにかかわらず、否定し難いところであ
る。しかも、死体埋没は夜間のことであるから、そのような石の存在が申立人の記
憶に残らなかつたとしても不思議ではない。したがつて、申立人の自白が本件玉石
について何ら言及していないからといつて、申立人が犯人でないということにはな
らないのであつて、同旨の原決定の判断は結局正当である。
一一 悲鳴等について
 所論は、「申立人の自白には、被害者を姦淫しようとした際、被害者が悲鳴を上
げたという部分がある反面、その付近で農作業をしていた人物の存在について言及
した部分がない。しかし、新証拠である司法巡査作成の昭和三八年五月三〇日付、
同月三一日付、同年六月二日付、同月四日付各捜査報告書、Amの弁護人に対する
同五六年一〇月一八日付供述調書によれば、確定判決が犯行時刻と認定した午後四
時ないし同四時半を含む時間帯(午後二時から同四時半)には、犯行現場とされて
いる四本杉から三〇メートル前後の至近距離で農夫Amが桑畑に除草剤を噴霧器で
散布していたのに、同人は被害者の悲鳴を聞かなかつたし、犯人の姿も見かけなか
つたことが明らかになつた。しかも、新証拠であるAmの弁護人に対する右供述調
書、弁護人作成の同五六年一〇月二八日付現場検証報告書、S・An作成の鑑定書
(識別鑑定)、Ao・Ap・Aq作成の鑑定書(悲鳴鑑定)、Ar作成の同五七年
四月二八日付、同年五月二九日付、同月三一日付各報告書、Ak・Ar作成の悲鳴
到達範囲に関する実験報告書によれば、Amと三〇メートル前後の至近距離にあつ
て被害者が悲鳴を上げたのであれば、Amは当然その悲鳴を聞いたはずであるし、
また、申立人とAmとは互にその姿を見たはずである。したがつて、Amが悲鳴を
聞いておらず、犯人の姿も見かけていないこと及び申立人の自白に至近距離で農作
業中の農夫について言及した部分がないことは、申立人の自白が虚偽であることを
示すものである。」というのである。
 しかし、新証拠のうち司法巡査作成の昭和三八年五月三〇日付捜査報告書は、A
mは、「男女の別はわからないが、誰かが呼ぶような声が聞えたので、親戚に立ち
寄つている妻がお茶を持つて来ながら、誰かに襲われたような感じがした。しかし、
親戚の方向を見たが誰の姿もないので、仕事を続行した。」と供述したというもの
であり、これが、Amの弁護人に対する供述調書によれば、「作業中、ホーイとも
オーイとも、誰かなんか言つたかなと思うような気がしたのです。はつきりした悲
鳴というものではありませんでした。」と修正ざれたのであるが、いずれにせよ、
Amが叫び声に類する声を聞いたこと自体は否定し難いところであり、しかも、事
件当時、この付近は一面の麦畑、桑畑、雑木林であつて、人の声はこれらに吸収さ
れて聞こえにくい上、毎秒四・一メートルないし六・七メートルの北風がAmの側
から犯行現場の方向に吹いていたこと、樹木・樹葉に当たる風の音、雨の音、Am
の操作する噴霧器の音があつたこと、Amはこのような犯罪の行われていることを
夢想だにせず農作業に注意を集中していたこと、被害者の悲鳴の長さは、自白にお
いても確定されていないが、瞬間的なものであつた可能性があることなどの条件を
考慮すると、Amには被害者の悲鳴が「誰か何か言つたかな」という程度に聞こえ
たとしても、申立人の自白と必ずしも矛盾しないのであつて、右Am供述はむしろ
自白を補強する一面があるものとさえ認められる。
 また、識別鑑定は、昭和五七年五月一日及び同年六月一日の両日、犯行場所とさ
れている地点とAmの農作業の位置との見通し状況を、現場において再現した結果、
そこで犯罪が行われたのであれば、犯人とAmは互にその存在を認知したと思われ
るというものであるが、事件から約二〇年もたち状況は大きく変化した現場で、し
かも気象条件も異なる上、人の認知能力は出来事を予期している場合であるか否か
により大きく異なること等を考慮すると、右鑑定は、所論を裏付けるには足りない
というべきである。
 また、悲鳴鑑定は、昭和五七年五月一日、犯行場所とされている地点において、
女性の悲鳴や人の会話を録音したテープをスピーカーで再生し、あるいは実験補助
者(女)が肉声の悲鳴を上げ、桑畑(実験時はローラースケート場)内の三点に測
定器を置いて、右音源からの音圧レベル等を測定した結果、被害者の悲鳴は、暗騒
音レベルよりも二〇ないし三〇デシベルも突出しているから、桑畑内のどの地点に
Amがいても、知覚したものと断定できるというのである。しかし、この実験では、
実験補助者の悲鳴が、犯行当時の被害者の悲鳴と同じ高さ、同じ大きさであつたと
いう保証あるいは被害者の発声方向が実験のスピーカーの方向と同じであつたとい
う保証は何もないのであり、加えて、現場や周囲の状況の変化、気象条件の相違等
を考慮すると、右実験に基づく鑑定は、所論を裏付けるには足りないというべきで
ある。
 また、その余の新証拠も、本論点に関する所論を裏付けるに足りるものとは認め
られない。
 以上の結果、各論点に関する所論引用の各新証拠は、それ自体においても、また
旧証拠と総合評価しても、申立人に無罪を言い渡すべき明らかな証拠とはいえない
というべきであり、したがつて、本件再審請求を棄却した原原決定及びこれを支持
した原決定は正当である。よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
  昭和六〇年五月二七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   橋       進
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    鹽野宜慶は、退官につき、記名押印する
ことができない
         裁判長裁判官    大   橋       進

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