弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原決定主文2項(1)(抗告人東京都知事に対し明渡裁決の執行〔代執行手続
の続行〕の停止を命じた部分)を取り消す。
2 上記取消しに係る部分の相手方らの本件申立てをいずれも却下する。
3 申立費用及び抗告費用は相手方らの負担とする。
       理   由
第1 当事者の申立て
1 抗告の趣旨
 主文と同旨
2 相手方ら
 本件抗告をいずれも却下する。
第2 事案の概要(抗告審の対象となった部分)
1 抗告人国及び抗告人日本道路公団(以下「抗告人公団」という。)は,都心か
ら約40ないし60㎞圏に位置する都市を相互に連絡し,放射状の幹線道路と接続
することとした総延長約300㎞の環状の自動車専用道路であるα1自動車道(以
下「α1道」という。)新設等の事業の起業者である。相手方らは,当該事業の一
部である区間の道路とインターチェンジの建設予定地内に土地建物を所有する者で
ある。起業者は,東京都収容委員会が相手方らに対し前記土地建物についての権利
取得裁決及び明渡裁決をしたため,行政代執行法に基づいて,抗告人東京都知事
(以下「抗告人知事」という。)に対し,明渡裁決の代執行の請求を行い,抗告人
知事は,一部の土地を除き代執行手続に着手している。
 相手方らは,東京都収容委員会を被告として東京地方裁判所に上記裁決の取消訴
訟を提起した上,行政事件訴訟法25条に基づき,抗告人知事を相手方として,明
渡裁決の執行(代執行手続の続行)の停止を命ずる申立てをした。
2 原審は,① 当該区間の工事の進行がα1道全体の完成に直ちに影響を及ぼす
ものではなく,同区間以南の工事についてはその完成時期が明確でない状況にあっ
て,同区間のみの完成を急ぐべき具体的必要性があるか否かは明らかでないこと,
同区間の工事について代執行手続を採ったとしてもその後に行うべき遺跡調査の内
容如何によっては,なお相当期間工事に着手できない可能性があること,抗告人ら
が主張する工事遅延による損失等については,その信憑性を検討する必要などがあ
ることなどからすると,代執行の手続が停止されることによって公共の福祉に与え
る影響は軽微である,② 相手方らの中には代執行が行われることにより居住の利
益を奪われる者があるから,相手方らには直接居住の用に供していない部分につい
ても公共の福祉に与える影響との対比において回復困難な損害を生じるものと認め
ることができる,③ 抗告人らは,相手方らが事業認定には違法事由があると指摘
しているのに,本件ではもとより本案訴訟でも収用裁決には事業認定の違法は承継
されないとの見解を前提に事業認定が適法であることを主張立証しないから,本案
に理由があることは明白であると考えられるとして,抗告人知事に対し明渡裁決に
基づいて行う代執行の手続の続行を停止することを命じる決定をした。
第3 当事者の主張
1 抗告人らは,抗告の理由について,別紙「抗告理由書」及び別紙「補充意見
書」のとおり,抗告人知事は更に別紙「補充理由書」のとおり述べた。
2 相手方らは,抗告の理由に対する反論を,別紙「意見書(抗告理由に対する反
論)」のとおり述べた。
第4 前提となる事実
 本件記録によれば,以下のとおりの事実を一応認めることができる。
1 当事者等
(1) 相手方らは,いずれもα1道新設工事に必要とされる原決定別紙物件目録
記載の土地(以下「本件各土地」という。)ないしはその地上建物の所有者又は共
有持分権者であって,後記の権利取得裁決及び明渡裁決の各処分を受けた者であ
る。
(2) 原審第1事件相手方東京都収用委員会は,土地収用法(以下「収用法」と
いう。)51条に基づき設置された,収用法記載の権限を行う独立行政委員会であ
る。
(3) 抗告人国及び抗告人公団(なお,抗告人国及び抗告人公団は,いずれも原
審第2事件相手方兼参加人〔原審第1事件相手方東京都収用委員会及び原審第2事
件相手方東京都知事に訴訟参加したもの〕)は,いずれもα1道新設事業の起業者
であり,収用法102条の2第2項に基づき,抗告人知事(原審第2事件相手方)
に対して,代執行の請求をし得る権限を有する者である。抗告人知事は,同項に基
づく抗告人国及び抗告人公団の請求により,行政代執行法に基づく代執行を行う権
限を有する者である。
2 相手方らの土地の使用状況等
(1) 相手方A
 相手方A(相手方らは,いずれも原審第1事件と原審第2事件の各申立人)は,
原決定別紙物件目録記載1ないし8の各土地(以下,同目録各番号記載の土地を
「本件土地1」などという。)を所有し,本件土地14ないし17の各土地の共有
持分(各2分の1)を有している。
 相手方Aは,本件土地2,4,5,14及び16の各土地を私道として,本件土
地3及び6ないし8の各土地を畑としてそれぞれ使用している。
 なお,本件土地1は,土地改良事業が行われた農地であるが,東京都収用委員会
の現況調査の際には耕作は行われておらず,また,本件土地15及び17の各土地
は未使用の雑種地の状態であった。
(2) 相手方B
 相手方Bは,本件土地9及び10の各土地の共有持分(各2分の1)と本件土地
11及び12の各土地の共有持分(各10分の1)を有している。
 相手方Bは,本件土地9及び10の各土地上に存する建物の共有持分(各2分の
1)を有し,同建物に居住している。また,本件土地11及び12の各土地を私道
として使用している。
 なお,相手方B以外の共有持分権者らは,土地収用について特段の異議を述べて
はいない。
(3) 相手方C及び相手方D
 相手方Cは,本件土地13を所有し,本件土地14ないし17の各土地の共有持
分(各2分の1)を有している。また,相手方Cと相手方Dは,本件土地13に存
する建物を共有(相手方Cが5分の2,相手方Dが5分の3)し,それぞれ同建物
に居住している。
 また,(1)記載のとおり,本件土地14及び16の各土地は私道として使用さ
れているが,本件土地15及び17の各土地は,東京都収用委員会の現況調査の際
には,未使用の雑種地の状態であった。
(4) 相手方E及び相手方F
 相手方Eは,本件土地18ないし26の各土地を所有し,本件土地27につい
て,相手方Fとともに共有持分(各2分の1)を有している。
 相手方Eは,本件土地19ないし26の各土地上に存する複数の建物を所有し,
相手方Fとともに同建物に居住していたが,平成15年7月25日以降,ネフロー
ゼ症候群によりあきる野市所在の病院において入院加療を続けている。
 本件土地27は,G家(編注 GはEの姓である。)代々の墓地として使用され
てきた。
 なお,本件土地18は,土地改良事業が行われた農地であるが,東京都収用委員
会の現況調査の際には耕作は行われていなかった。
3 事業の概要
(1) 建設大臣(当時)は,平成12年1月19日,東京都あきる野市α2地内
から同市α3地内までの区間,青梅市α4地内から同市α5地内までの区間及び同
市α6地内から同市α7地内までの区間についての,一般国道α8(一般有料道路
「α1自動車道」)を新設し,併せてその付帯工事並びに市道付替工事を行う事業
(以下「本件事業」という。)について,収用法20条に基づく事業認定(以下
「本件事業認定」という。)の告示をした。
 本件事業は,α9インターチェンジからα10インターチェンジを経てα11イ
ンターチェンジに至るまでの区間のα1道建設及びその付帯工事並びに市道付替工
事を行うものであるが,本件事業区間のα1道路線のうち,α9インターチェンジ
からα10インターチェンジまでの区間(約8.7㎞)は,既に平成14年3月に
供用が開始されている。
 本件各土地は,いずれも上記本件事業区間のうち,東京都あきる野市α2地内か
ら同市α3地内までの区間(以下「本件区間」という。)においてα1道建設予定
地(その一部がα11インターチェンジ建設予定地)とされている土地である。
(2) α1道は,東京都心からおおよそ半径40ないし60㎞の位置に計画され
ている総延長約300㎞の環状の自動車専用に係る高規格幹線道路であり,α12
高速道路,α13自動車道,α14自動車道,α15自動車道,α16自動車道,
α17自動車道α18線などの都心から放射状の幹線道路と接続することにより都
心を通過するのみの交通を排除し,また,都心近郊の交通を適切に分散導入するこ
とにより首都圏の交通混雑を緩和するとともに,横浜市,厚木市,八王子市,青梅
市,川越市,つくば市,成田市,木更津市などの業務核都市を始めとする中核都市
を連絡することにより,業務機能等を適切に分散させ,地域開発を促進するなどの
首都圏の更なる発展のための役割を担うことなどを目的にする事業である。
 α1道は,昭和60年度に事業化され,昭和61年度に首都圏基本計画として策
定され,また,平成元年3月13日に抗告人知事により「α1道路」として都市計
画決定(東京都告示第246号ないし249号)されている。そして,首都圏の環
状道路としての機能を発揮させるために,まず本件土地の所在する東京都の西側外
周区間について緊急に整備を行い,早期に効果の実現を図るために,順次部分供用
を行うこととされている。
 計画されているα1道のうち,現在既に完成し,供用が開始されている区間は,
上記α9インターチェンジからα10インターチェンジまでの区間を含む,埼玉県
α19ジャンクションからα10インターチェンジまでの約28.5㎞である。
4 明渡裁決に至る経緯
(1) 本件事業の起業者である抗告人国及び抗告人公団(以下「起業者」ともい
う。)は,平成12年10月31日,東京都収用委員会に対し,本件土地1ないし
11及び13ないし15の各土地について,収用法39条1項及び47条の2第3
項に基づき,収用の裁決の申請及び明渡裁決の申立て(以下「本件第1次申請」と
いう。)をした。
 また,起業者は,同年11月30日,東京都収用委員会に対し,本件土地18な
いし21,25及び27について,前記各条項に基づき,収用の裁決の申請及び明
渡裁決の申立て(以下「本件第2次申請」という。)をした。
(2) 東京都収用委員会は,平成12年11月10日以降,収用法42条1項及
び47条の4第1項に基づき,上記各土地が所在する東京都あきる野市の市長に対
し,裁決申請書及び明渡裁決申立書等を送付し,これとともに,上記各土地の所有
者及び関係人(以下「土地所有者等」という。)に対し,裁決の申請があった旨の
通知をした。
 あきる野市長は,収用法42条2項及び47条の4第2項に基づき,本件第1次
申請については平成12年11月16日,本件第2次申請については同年12月1
4日,それぞれ収用の裁決の申請及び明渡裁決の申立てがあったこと等を公告し,
公告の日から2週間,公衆の縦覧に供した。
(3) 東京都収用委員会は,平成12年12月4日,収用法45条の2に基づ
き,本件第1次申請について裁決手続の開始を決定し,その旨公告し,同月20
日,東京法務局福生出張所に,裁決手続開始の登記を嘱託した。
 また,東京都収用委員会は,平成13年1月11日,上記条項に基づき,本件第
2次申請について裁決手続の開始を決定し,その旨公告し,同月31日及び同年2
月7日,上記出張所に,裁決手続開始の登記を嘱託した。
(4) 東京都収用委員会は,本件第1次申請及び本件第2次申請(以下「本件申
請」という。)にかかる審理を次のとおり実施した。
ア 東京都収用委員会は,本件申請にかかる審理を平成13年5月31日に行うこ
とを決定し,同年4月26日以降,起業者,土地所有者等に対し,審理の期日及び
場所を通知した(収用法46条2項)。
イ 東京都収用委員会は,平成13年5月31日,同年8月2日,同年10月11
日,同年11月26日,同年12月20日,平成14年1月31日,同年2月21
日,同年3月25日(本件第1次申請のみ),同年4月11日(本件第2次申請の
み)及び同年5月2日(本件第2次申請のみ)と審理を実施した。
ウ 東京都収用委員会は,これに並行して,収用法65条1項3号に基づき,本件
申請にかかる現地調査等を実施した。
(5) 上記審理の過程で,相手方Aは本件土地8,16(持分2分の1)及び1
7(持分2分の1),相手方Bは本件土地12(持分10分の1),相手方Cは本
件土地16(持分2分の1)及び17(持分2分の1),相手方Eは本件土地22
ないし24及び26について,それぞれ残地収用の請求をした。
(6) 東京都収用委員会は,平成14年9月30日,原決定別紙権利取得裁決及
び明渡裁決一覧表記載のとおり,それぞれ権利取得裁決及び明渡裁決(以下,明渡
裁決を「本件明渡裁決」といい,権利取得裁決と併せて「本件裁決」という。)を
行い,同年10月10日までに,相手方らに対し,裁決書正本を送達した。
5 本案事件
 相手方らは,平成12年12月15日,東京地方裁判所に対し,本件事業認定取
消訴訟を提起し(東京地方裁判所平成12年(行ウ)第349号),さらに,平成
14年11月11日,本件裁決取消訴訟を提起した(東京地方裁判所平成14年
(行ウ)第421号)。東京地方裁判所は,両事件の弁論を併合して審理を進め,
平成15年9月10日の第14回口頭弁論期日において人証調べを終了し,それ以
降3回の口頭弁論期日を指定するとともに,その最終回である平成16年2月24
日には弁論を終結することを予定しており,双方当事者もこれに同意している。
6 行政代執行手続の経緯
 起業者は,平成15年6月27日,抗告人知事に対して,本件土地2ないし1
7,19ないし27について収用法102条の2第2項に定める代執行の請求を行
ったところ,抗告人知事は,これを受けて,相手方B,相手方C,相手方D及び相
手方Aに対しては同年9月15日を期限とする戒告を行い,相手方E及び相手方F
に対しては同月24日を期限とする戒告を行った。
 また,起業者は,当初,本件土地1及び18については代執行の請求を行ってお
らず,地権者から任意の明渡を受けたものとして本件申立ての審理中に上記各土地
について土地の造成工事等を進めたが,相手方らから強い抗議を受けたこともあっ
て,いったん工事を中止し,平成15年9月11日,抗告人知事に対し,本件土地
1及び18についても同様に代執行の請求を行っている。
第5 当裁判所の判断
1 相手方らは,東京都収用委員会を被告とする本案訴訟(収用裁決取消請求事
件)の提起に伴って,抗告人知事に対する本件明渡裁決の執行(代執行手続の続
行)の停止を求めている。
 この点につき,抗告人知事は,執行停止は,本案の原告の利益を保全するための
制度であり,また,その消極的要件として,本案について理由がないとみえること
が規定されていることからすると,これを本来防御すべき,又は,防御し得る者
は,本案の被告処分庁でしかないから,執行停止申立事件における相手方適格を有
する者は本案訴訟における被告処分庁でなければならない旨主張する。行政事件訴
訟法25条2項は,処分の取消しの訴えの提起があった場合に処分の執行又は手続
の続行の全部又は一部の停止を認めるものであるから,処分庁とその処分の執行等
をする庁が異なっていて,処分庁以外の行政庁が処分を前提にその執行等を行うも
のである場合には,当該執行等を停止しないと原告の損害,不利益を回避すること
ができないときがあるから,処分庁以外の行政庁を相手方とする執行等の停止の申
立ても認める必要があり,執行等をする後行の処分庁も本件申立ての相手方適格を
有すると解すべきである。この点に関する抗告人知事の主張は失当である。
 また,抗告人知事は,行政事件訴訟法25条2項の「手続の続行の停止」とは,
あくまで本案の対象である処分の効力の停止をいい,当該処分とは目的を異にする
別個の処分や手続の執行停止は許されない旨主張するが,前記のとおり,代執行
は,明渡裁決によって課された引渡義務等を強制的に実現させることを目的とする
公権力の行使であって,これによって当初の処分の効果を完成させる性質を持つも
のであるから,同項にいう「処分の執行」に該当するのであり,抗告人知事の主張
は失当である。
2 抗告人知事に対し,本件明渡裁決の執行行為としての代執行手続の停止を求め
ることの可否について検討する。
(1) 行政処分における執行停止の要件とその主張,疎明の責任
ア 行政処分における執行の停止は,処分,処分の執行又は手続の続行により生ず
る回復困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合にすることができる(行政事
件訴訟法25条2項)ものであるが,この「回復困難な損害」とは,昭和23年に
制定された行政事件特例法における執行停止の要件である「償うことのできない損
害」(同法10条)が厳格にすぎるとして,昭和37年に制定された現行の行政事
件訴訟法において改正されたものであることを考慮すると,処分を受けることによ
って被る損害が金銭賠償不能あるいは原状回復不能な場合だけでなく,代替的な回
復あるいは金銭賠償のみではその被る有形無形の損害が実質的に填補されないと認
められる場合をいうものと解すべきである。そして,「償うことのできない損害」
は,執行停止を求める申立人において主張疎明すべき積極要件である。
イ また,執行停止の消極要件として,「執行停止は」これにより「公共の福祉に
重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」にはすることができないこととされている
(行政事件訴訟法25条3項)。この趣旨は,本案判決前の暫定的措置としてなさ
れる執行停止をする必要があるか否かについては,主として処分により相手方の受
けた損害の有無及び程度によって判断すべきであるが,執行停止が公共の福祉に及
ぼす影響をも考慮してなされるべきことを明らかにしたものである。その影響が重
大かどうかは,処分の執行により原告が受ける損害との関係において,処分が違法
であることの疎明が高く無効である可能性があるか,取り消される可能性が著しく
高いにもかかわらず,原告の損害を看過してまでもなお公共の福祉に対する影響を
重大としてこれを守るほどの必要があるかどうかという見地から相対的に判断すべ
きものである。この消極要件については,処分庁,執行等をする相手方行政庁にお
いて主張疎明すべきである。
ウ 執行停止の消極要件として,「本案について理由がないとみえる」ことも規定
されている(行政事件訴訟法25条3項)が,これは,本案について既に理由がな
く,勝訴の見込みが認められないような場合にまで執行停止を行うことは,これが
消極要件の形で規定されていることからすれば,原告に回復困難な損害が生じこれ
を避けるため執行停止をする緊急の必要があるか否かの点を除いても,行政庁にお
いて,本案について原告が主張する事情が法律上理由がないとみえ,又は事実上の
点について疎明がないことを主張し疎明し得ることを示したものであると解され
る。そうすると,行政庁から上記主張がされた以上,原告は,本案について理由が
あることも,本案の証明責任の分配に従い行政処分の無効事由や取消事由の要証事
実を疎明しなければならないと解すべきである。
(2) 相手方らの受ける損害
 まず,本件明渡裁決の執行が行われることによって相手方らが被る損害の性質,
程度について検討する。
ア 抗告人知事が相手方らに対して行う本件明渡裁決の執行は,本件各土地に対す
るものである。前提となる事実と本件記録によれば,相手方E,相手方F,相手方
B,相手方C及び相手方D(相手方Aを除く相手方ら)は,本件各土地の一部の上
にそれぞれ建物等を所有(又は共有)し,相手方Aは本件各土地の範囲外ではある
が,その付近に建物を所有し,いずれもこれまで長年にわたってこれらの建物に居
住してきたが,その余の土地を私道等として建物の敷地と一体として使用してきた
こと,具体的には,本件土地9及び10には相手方B,本件土地13には相手方C
及び相手方D,本件土地19ないし24には相手方E及び相手方Fがそれぞれ居住
する建物が存在すること,本件土地11,12は相手方B宅,本件土地14,16
は相手方C及び相手方D宅,本件土地2,4及び5は相手方A宅の私道として,本
件土地3,6ないし8は相手方Aの農地としてそれぞれ使用されてきたこと,本件
土地1,15,17及び18は地目は畑となっているが,現況は本件裁決申請前か
ら雑種地であって耕作されていないこと,本件土地25及び26は相手方Eの旧宅
が存在する土地であるが相手方E及び相手方Fは同所に居住していないこと,本件
土地27は墓地として使用されてきたことが認められる。
イ 相手方らは,本件明渡裁決の執行により,本件各土地を前記のような居住地や
農地等として使用をすることができないことにより有形無形の損害を被るところ,
このような損害のうち有形の財産的な損害は金銭賠償が可能であり,その余の損害
も,次のとおり金銭賠償あるいは原状回復が可能であるか,代替的な回復あるいは
金銭賠償により十分に填補することができるものと認められる。
(ア) 相手方Aを除く相手方らは,本件明渡裁決の執行(代執行手続の続行)に
基づき,土地とともにその居住建物を引き渡し,これらが取り壊されることによっ
て,財産的な損害のほか,慣れ親しんだ家などを離れ新たな場所への転居を余儀な
くされ,相応の精神的,肉体的負担を強いられることになるといえる。また,相手
方Aも,本件明渡裁決の執行の対象となっている土地に隣接した土地に居住建物を
所有するから,私道等を収用される結果,財産的な損害のほか,その居住建物から
新たな場所への転居を余儀なくされ,相応の精神的,肉体的負担を強いられる可能
性があるといえる。しかし,居住の利益は,自己の居住する場所を自ら決定すると
いう憲法上保障された居住の自由(憲法22条1項)に由来して発生するものであ
って,人格権の基盤をなす重要な利益といえるが,この居住の自由は,国土利用や
社会的基盤の上に成り立つものにすぎず,この利益は経済的,社会的,文化的に同
一な地域社会ないし地縁社会に住む限り直ちに失われるというものではなく,現住
の土地自体に居住し続けなければ失われるものではない。そうすると,相手方ら
は,前記のとおり新たな場所への転居を余儀なくされ,相応の精神的,肉体的負担
を強いられるとはいえ,あきる野市内ないしその付近において現住居と経済的,社
会的,文化的に同一な地域社会ないし地縁社会の範囲内に移転することは十分可能
である(なお,相手方E及びその妻である相手方Fは,現住居地からほとんど離れ
ていない場所に移転地を確保しており,相手方Bについても,現住居地とは別にあ
きる野市内に土地建物を所有しており,容易に転居することができるものであ
る。)から,転居により直ちに故郷や居住の利益を失うというものではないし,そ
の精神的,肉体的負担も土地建物に対する金銭賠償により十分に填補することがで
きるものというべきである。
(イ) 相手方らは,本件土地25及び26上に江戸時代の古民家,古墳が存在す
ると主張するところ,本件記録によっても,上記各土地上にある民家が一般の朽ち
かけた小型の木造家屋であってこれが民俗学的に貴重なものであるとか文化財とし
て保存するに値するものであるとか,その敷地内にある盛土がそのような文化財と
いえるものであるとは認め難い。仮に主観的に文化財のようなものであるとして
も,本件記録によれば,起業者は,上記各土地に施工する予定であった橋梁の形式
を変更し,これに伴い橋脚の位置を変更したことから,相手方らが古民家や古墳が
存在すると主張する箇所については,橋脚が設置されないこととなったことが認め
られる。そうすると,上記各土地についても,土地を使用できないということ以上
に格別の不利益はない。
(ウ) 前提となる事実によれば,本件土地27は墓地として使用されているとこ
ろ,これについては移転が可能であるから,金銭賠償あるいは原状回復が可能であ
るか,代替的な回復あるいは金銭賠償により十分に填補することができるものと認
められる。
(エ) その余の私道,農地,雑種地に対する本件明渡裁決の執行については,原
状に回復することが容易であるから,土地を使用できないということ以上に格別の
不利益はなく,金銭賠償あるいは原状回復が可能であるか,代替的な回復あるいは
金銭賠償により十分に填補することができるものと認められる。
ウ 以上によれば,相手方らは,本件明渡裁決の執行によって行政事件訴訟法25
条2項にいう「回復困難な損害」を被ると認めることはできない。
(3) 公共の福祉に及ぼす影響と相手方らの被る損害との衡量
ア 前提となる事実に本件記録によれば,次の事実が認められる。
(ア) α1道の公共的意義
a α1道は,東京都心からおおよそ半径40ないし60㎞の位置に計画されてい
る総延長約300㎞の環状の自動車専用に係る高規格幹線道路であり,その内側に
計画されている首都高速中央環状線及び東京外かく環状道路の2本の環状道路とと
もに,首都圏の3環状道路を構成する。これらの3環状道路が,都心から放射状に
延びる高速自動車国道であるα12高速道路,α13自動車道,α14自動車道,
α15自動車道,α16自動車道,α17自動車道α18線及びα17自動車道α
20線並びに主要な一般国道であるα21道路及びα22国道からなる9本の放射
方向道路と相互に接続することにより,3環状9放射方向道路として高速道路ネッ
トワークを形成して,都心を通過するのみの交通を排除し,また,都心近郊の交通
を適切に分散導入することにより首都圏の交通混雑を緩和するものである。それと
ともに,横浜市,厚木市,八王子市,青梅市,川越市,つくば市,成田市,木更津
市などの業務核都市を始めとする中核都市を連絡することにより,都心部に過度に
集中した業務機能等を適切に分散させて地域開発を促進し,現在の一極依存構造か
ら拠点分散型構造へと変換を図ることで,周辺の中核都市を中心に自立性の高い地
域を形成し,都心部との相互の機能分担と連携交流を行う東京圏における分散型ネ
ットワーク構造の基本的骨格を形成するなどの首都圏の更なる発展のための役割を
担うことなどを目的にする事業である。この事業は,昭和60年度に事業化され,
昭和61年度に首都圏基本計画として策定され,また,東京都を対象とする部分に
ついては平成元年3月13日に抗告人知事により「α1道路」として都市計画決定
(東京都告示第246号ないし249号)されていて,首都圏の環状道路としての
機能を発揮させるために,まず西側区間について緊急に整備を行い,早期に効果の
実現を図るために,順次部分供用を行うこととされている。
b 上記9本の放射方向道路の整備は進んでいるが,環状道路の整備は遅れてい
て,平成14年度における東京圏の環状道路の整備率は23%である。このうちの
α1道は,平成15年4月現在において,総延長300㎞のうち28.5㎞(埼玉
県α19ジャンクションからα10インターチェンジの間)について供用が開始さ
れたにすぎない。環状道路の整備が遅れているため,例えば,首都高速道路公団の
調査によれば,慢性的な交通渋滞が日常的に発生している首都高速道路の都心環状
線では平成7年値として通行量の約60%を通過交通が占めているとの報告があ
り,国土交通省資料によれば,東京都区部の自動車交通のうち東京都区部境界をま
たぐ平成11年値の交通量1日約210万台のうち約20%に相当する1日約42
万台が東京都区部に用事のない通過交通であり,東京都区部内のみを移動する走行
量を加えた東京都区部内における自動車の全走行量の14%を占めているとの報告
がある。また,国土交通省道路局,同省関東地方整備局,東京都建設局,首都高速
道路公団の調査検討によれば,東京地域においては,これまでの環境対策にもかか
わらず,二酸化窒素,浮遊粒子状物質についての環境基準の達成率は依然として低
いところ,α1道等の3環状道路が整備されることにより都心の通過交通量全体の
減少と渋滞の緩和ないし解消による走行速度の増加によって,窒素酸化物及び浮遊
粒子状物質の排出量が削減することが可能となり,3環状道路が完成した場合の東
京都区部における削減量は,窒素酸化物が年間約4100トン,浮遊粒子状物質が
年間約4300トンと推定され,窒素酸化物については現況の排出量の約12%が
削減できると推計している報告もある。
c α1自動車道建設促進会議(東京都,神奈川県,埼玉県,茨城県,千葉県,横
浜市及び千葉市の知事及び市長並びに同会議の目的に賛同する102の市町村長を
もって構成されている。)は,首都圏においては,多くの道路で交通渋滞が見ら
れ,多大な時間損失,経済損失,更に沿道環境の悪化が生じているなど,都民のみ
ならず首都圏の住民の生活や産業活動に深刻な影響を与えているとして,α1道の
整備促進を国会,政府に要望している。
(イ) 本件事業の意義
a 本件事業は,α9インターチェンジからα10インターチェンジを経てα11
インターチェンジに至るまでの区間のα1道建設及びその付帯工事並びに市道付替
工事を行うものである。本件事業区間のα1道路線のうち,α9インターチェンジ
からα10インターチェンジまでの区間(約8.7㎞)は,既に平成14年3月に
供用が開始されており,α10インターチェンジからα11インターチェンジまで
の区間についても,相手方らにより明渡しがされない約370mの区間を除いて工
事はほぼ完了し,起業者は,本件各土地の明渡しが完了すれば,速やかに工事に着
手し,これを完成させ,供用を開始する予定である。
b α11インターチェンジとα10インターチェンジとの間は約2㎞にすぎない
が,α11インターチェンジは,旧秋川市南部及び八王子市北部方面等から発生す
る交通に対応し,α10インターチェンジは,α23,旧秋川市北部及び福生市方
面等から発生する交通に対応することを目的としていて,両インターチェンジは,
出入り交通を適切に分担して分散するように設置が計画されている。
 なお,両インターチェンジ間やその付近においては,その供用に伴って発生する
交通に対応するなどのため,α1道に沿って市道が,またこれと交差する東西方向
の道路が都道として整備されるなどした。
c α10インターチェンジからα11インターチェンジまでの区間と南北に並行
する国道α24の対応区間は,自動車の通行量が多い上,これが増加傾向にあって
慢性的な交通渋滞が発生している区間であるが,国土交通省関東地方整備局相武国
道事務所作成の資料には,α11インターチェンジの供用により渋滞が緩和され,
平成15年に供用を開始した場合には,国道α24α25交差点からα26交差点
間において,その供用初年度の交通量が1日当たり2万6000台ないし5万30
00台から2万5000台ないし4万9000台に減少するものと算定されたとの
記載がある。
d α11インターチェンジと接続する国道α27(α28街道)についても,片
側1車線で道路幅が狭いことや自動車の通行量が多いことなどから慢性的な交通渋
滞が発生している区間であるが,国土交通省関東地方整備局相武国道事務所作成の
資料には,α11インターチェンジの供用により渋滞が緩和され,平成15年に供
用を開始した場合には,α11インターチェンジからα29交差点までの区間の交
通量は,1日当たり1万5000台ないし2万2000台から1万3000台ない
し1万5000台に減少するものと算定されたとの記載がある。
 また,このように国道α24,国道α27の交通量が減少することによってその
周辺地域における大気汚染が緩和するという効果も見込まれることになる。
 なお,東京都は,α10インターチェンジ,α11インターチェンジ,α30イ
ンターチェンジの供用により交通需要の増大が予想されるため,アクセス道路とし
て5路線を整備する予定であるが,その1路線として国道α27に代わりα11イ
ンターチェンジ付近からα31街道までの間における国道α24への新たなバイパ
スとして新α28街道を平成19年度までの事業期間の予定で建設中であり,総距
離約7㎞のところ,現在1.7㎞の部分が開通している。
e 国土交通省関東地方整備局相武国道事務所が,平成15年度にα10インター
チェンジからα11インターチェンジまでの区間の供用が開始された場合における
同区間における供用初年度1年間の便益(走行時間短縮便益,走行経費減少便益,
交通事故減少便益)の効果を「費用便益分析マニュアル(案)」(平成10年6
月)に基づいて算定した結果は,α11インターチェンジ以南の開通がない場合に
おいても,37.3億円である。
(ウ) その他の事情
a 本件各土地を含む周辺地は,埋蔵文化財包蔵地と指定されており,文化財の調
査については,本発掘調査の前に試掘調査を行い,東京都教育委員会において,そ
の結果に基づき本発掘調査の必要の有無を判断することとされている。これまで
も,α1道建設に供される本件各土地の周辺地については,既に試掘調査を経て東
京都埋蔵文化財センターによる発掘調査が行われている。
 もっとも,東京都教育委員会及びあきる野市教育委員会は,本件土地9ないし1
1を含む区域について,既に試掘調査の結果,本調査を実施する必要がなく,工事
の実施について差し支えないとしている。上記各土地について更に遺跡調査が必要
であることを認めるに足りる疎明はない。また,本件土地19ないし27について
は,道路が橋梁構造となるところ,橋脚構造となる地域については基本的に橋脚を
設置するなど掘削工事を伴う範囲の土地について調査を行えば足りるものであっ
て,事業用地内のすべてについて調査を要するものではないが,中でも本件土地2
5及び26については,橋梁の形式が設計変更されたことに伴い,橋脚が設置され
ないこととなり,調査はほとんど必要でない。本件土地2ないし8,13ないし1
7,19ないし24及び27については試掘調査の結果次第で発掘調査が必要であ
ると判断されることもあり得るが,仮に,上記各土地について本発掘調査が必要に
なったとしても,特段の事情のない限り,短期間に行われると見込まれている。
b α11インターチェンジから八王子ジャンクションまでの区間については,平
成16年度の供用を目標としている。平成15年9月末現在において,用地買収を
99%,工事発注を64%完了しており,同区間に計画されている本線部の五つの
橋梁のうち四つの橋梁については,既に本体工事が完成しており,残るα32橋も
含めて平成15年度内にはすべての橋梁が完成する予定である。また,上記区間に
計画されている四つのトンネルのうち,2本は既に貫通しており,残る2本のトン
ネルについても,α33トンネルについては約80%,α34トンネルについては
約50%以上の掘削を完了している。
c α35インターチェンジ建設予定地においては,ダイオキシン類を含む焼却灰
等が確認され,測定した5箇所において環境基準を上回る濃度が検出された。起業
者は,平成14年2月に学識経験者等からなる「α1自動車道地盤改良に関する技
術検討委員会」を設置したところ,同技術検討委員会から,ダイオキシン類の飛散
防止が図られ,周辺地盤,地下水への汚染の拡大は認められないとした上,推計さ
れる焼却灰等の総量約4800立方メートルの処理について場外搬出して無害化処
理することを第一次順位として検討するなどの方針と具体的な処理方法についての
意見が示されことから,起業者は,当該意見を踏まえて,現在,関係機関との調整
を図っており,今後速やかな処理を行うことを予定している。
イ 以上によれば,α1道事業は通過交通の排除と分散導入による首都圏の交通混
雑を緩和し,これによる大気汚染の削減等沿道環境を改善するとともに,中核都市
の連絡による業務機能の分散と地域開発の促進などの首都圏の更なる発展を目的と
したものであり,その一環にある本件事業もα10インターチェンジとは異なった
交通対応をする独自の意義を有するもので,国道α24,国道α27の渋滞や交通
量の減少を図ったり,年間37億円を超える経済的効果も期待できる上,沿線自治
体等もα1道事業そのものの必要性を前提として早期供用を求めているのであるか
ら,いずれもその公共的必要性は極めて高い事業であると認められる。また,α1
道は,まず西側区間について緊急に整備を行い,早期に効果の実現を図るために,
順次部分供用を行うこととされ,本件事業区間のα1道路線のうちα9インターチ
ェンジからα10インターチェンジまでの区間(約8.7㎞)は既に平成14年3
月に供用が開始されており,α10インターチェンジからα11インターチェンジ
までの区間についても供用を開始することによる交通混雑の緩和等や経済的効果が
見込まれるところ,これは様々な予測や推計によるものであるから必ずしもその見
込み通りの結果が得られるとは限らないとはいえ,その予測や推計が事業推進のた
めの宣伝本位の作為的な不合理なものであるとまでは認め難い。そうすると,この
見込みを前提とする限り本件事業は極めて公共性の高い事業であるということがで
きるし,この交通混雑の緩和等や経済的効果は新α28街道の開通以前においても
認められているのであり,工事についても相手方らにより明渡しがされない約37
0mの区間を除いてはほぼ完了し,周辺においては市道や都道も整備が図られてき
ているのであるから,本件区間について早急に工事を完了する必要性もあると認め
られる。さらに,α11インターチェンジから八王子ジャンクションまでの区間に
ついても,平成16年度内の供用を目標として既に多くの構造物が完成するなど速
やかな進捗が図られているところであるが,このことも考慮すると,本件区間につ
いて早急に工事を完了する必要性は一層高いことになる。
 そうすると,本件明渡裁決の執行を停止することは,公共の福祉に重大な影響を
及ぼすおそれがあり,相手方らが本件裁決の執行等によって被る前記(2)の損害
と衡量しても無視できないものである。
ウ なお,念のため,公共の福祉に対する影響についての相手方らのその余主張に
ついても以下判断をしておく。
 相手方らは,都心の通過交通量は5%にすぎず,α1道が供用されるとかえって
都心部への新たな流入交通を誘発して渋滞を招くと主張する。都心の通過交通量が
5%にすぎないとの根拠は明らかとはいえないし,α1道の供用により自動車の通
行量が増大しても,通過交通の排除と分散導入により交通混雑の緩和が図られるこ
とからすると,かえって渋滞を招くとの根拠も明らかとはいえない。また,相手方
らは,バブル経済の崩壊によりα36開発計画などの地域開発が次々と破綻したか
らα1道は地域間の交流の拡大,産業活動の活性化に役立つものではないと主張
し,甲74の1,丙83(いずれもHの尋問調書)の中にはこれに沿う部分もある
が,同疎明資料によっても,α36開発計画などの地域開発が次々と破綻したと認
められるかは明らかでない上,α1道の目的の1つである地域開発の促進は中核都
市を連絡することにより首都圏の更なる発展の中で図られるものとされ,本件記録
により認められる東京都がその後に計画した環状メガロポリス構造の考え方もα1
道の目的とする地域開発を踏まえているとみられることに照らすと,前掲疎明資料
によっては,α1道が目的とする地域開発の促進等が経済や社会情勢の変化の中で
既に破綻しており実現可能性がないものとなっているとまで認めることはできな
い。さらに,相手方らは,α1道建設計画が全体として遅れていることやα35イ
ンターチェンジ建設予定地において確認されたダイオキシン類を含む焼却灰等の処
理のため建設工事が中断していることから,執行停止によって公共の福祉に重大な
影響を及ぼすおそれはないとも主張する。しかし,計画が全体として遅れているか
らといって本件明渡裁決の執行を停止をすることによる本件区間の工事完成とこれ
によるα10インターチェンジとα11インターチェンジとの間の開通供用の遅れ
による影響がないとか軽微であるといえないことは自明のことであり,ダイオキシ
ン類を含む焼却灰等が確認されたのは本件区間外のことである上,当該焼却灰は今
後速やかな処理を行うことが予定されるのであるから,当該焼却灰の存在も本件明
渡裁決による代執行手続を進行させなくてもよいとする事情となるものではない。
 相手方らは,α11インターチェンジ付近の需要はすべてα10インターチェン
ジで足り,α11インターチェンジを建設する必要はないとも主張する。本件記録
によれば,確かに,α10インターチェンジからα11インターチェンジ付近まで
は約2㎞の距離にすぎず,周辺の市道や都道の整備もあって,現在では普通自動車
で通常は約6分程度で走行できると認められる。しかし,本件各土地のほとんどは
道路本体の予定地内にあるのであって,その道路部分とα11インターチェンジを
建設してα10インターチェンジとの間のみについても部分開通する利益と必要性
があることは前記のとおりであり,その間の開通に加えて将来α30インターチェ
ンジとの間などより広域の供用が開始されて自動車の通行量が増大し,α11イン
ターチェンジへのアクセス道路と位置付けられている新α28街道が開通し供用さ
れた場合には,α11インターチェンジの目的とされる独自の役割がより発揮され
ることは容易に予想されるところである。
 また,相手方らは,本件区間が開通した場合に得られる便益は,いわゆる得べか
りし利益であってそもそも本件区間の開通の遅れによって現実の国家財政に発生す
る積極的な損害とはいえないし,その便益自体も重大な疑問があるなどと主張す
る。しかし,得べかりし便益であるからといって,これを無視ないし軽視すること
はできないし,その便益の金額も相応の根拠の下に経済的利益として年間約37億
円を超えると推計されたものであるから,これが推計通り得られるかはともかく,
無視ないし軽視することはできない経済的利益があることは否定できない。
 さらに,相手方らは,本件各土地の遺跡調査には相当の期間を要し本件事業を予
定時期までに完了できないと主張する。しかし,本件各土地の中には遺跡調査をす
ることになる可能性がある土地があるものの,遺跡調査が必要になったとしても,
その期間は短期間で足りると考えられる上,そもそも,本件明渡裁決の執行が停止
されれば,その停止期間についても遺跡調査が遅れ,本件区間の工事の完成も遅れ
ることになるのであるから,遺跡調査の必要性は本件明渡裁決の執行を進行させな
くてもよいとする事情となるものではない。
 以上によれば,本件明渡裁決の執行を停止しても公共の福祉に重大な影響を及ぼ
すおそれがないことをいう相手方らの各主張は理由がない。
(4) 次に,原決定の説示にかんがみ,「本案について理由がないとみえると
き」の該当性とその主張,疎明についても判断しておく。
ア 抗告人らは,相手方らの本件事業認定には重大かつ明白な瑕疵があるあるいは
本件明渡裁決について独自の違法事由があるから本件裁決は違法で取り消されるべ
きであるとの主張に対して,これらの事由は本件明渡裁決を取り消すべき事由とは
ならないから「本案について理由がないとみえるとき」に該当すると主張する。
(ア) 相手方らが本件事業認定には重大かつ明白な瑕疵があるから本件裁決は違
法で取り消されるべきであると主張する点について検討する。
 収用裁決を行う収用委員会は,もともと裁決に当たって事業認定の適法性につい
て審理する権限もなく,事業認定に重大な瑕疵による無効事由ないしその他の事由
による取消原因に相当する瑕疵があると判断した場合でも収用法47条に該当する
場合以外は収用等の裁決をしなければならないから,その事業認定に瑕疵があって
も収用裁決に固有の瑕疵があるということにはならない。しかしながら,事業認定
に重大かつ明白な瑕疵があり,収用委員会においてもそのことが容易に判断でき,
その事業認定を前提とする収用等が国民の権利や利益を侵し,その不利益や損害等
を無視できないものである場合には,事業認定と収用裁決の間にいわゆる違法性の
承継があるものと認めて,当該国民の不利益を救済するため,収用裁決の申立てを
却下すべきものと解される。そして,これを看過した可能性のある収用裁決につい
て取消訴訟を受けた裁判所は,事業認定の無効について審理しこれを是認するとき
は,収用裁決にも取り消し得べき瑕疵があるものとして,その取消しの判決をすべ
きものと解される(最高裁判所大法廷平成8年8月28日判決・民集50巻7号1
952頁もこの理を採用するものと解される。)。本件事業認定については本件事
業認定取消訴訟(東京地方裁判所平成12年(行ウ)第349号事件)において取
消しの可否を巡り現に審理中であって,取り消されていないのであるから,これに
重大かつ明白な瑕疵があって当然に無効と解されない限りは,本件収用裁決又は明
渡執行は,仮に本件事業認定に取消事由が存在するとしても,取り消すことはでき
ないものと解するのが相当である。そうすると,仮に本件事業認定に取り消される
べき違法な瑕疵があったとしても,この違法な瑕疵があることを理由に本件裁決を
取り消すことはできないというべきである。
 この点,収用法における事業認定と収用又は明渡の裁決は,その主体は異なって
いても(収用法17条,47条の2),土地収用という一個の目的に向けた一連の
行為であるから,例外的に,先行行為である事業認定の違法性が当然に後行行為で
ある収用又は明渡の裁決に承継されると解すべきであるとの見解も存するところで
ある。しかし,事業認定と収用又は明渡の裁決は,先行処分と後行処分との関係が
あり,前者が無効ないし取消しとなれば,後者はその実益を失うのが一般的である
が,それぞれは別個の行政処分であり,各別にその瑕疵を理由として取消訴訟を提
起し,その適法性を争うことができるのであるから,原則として,裁決取消訴訟に
おいて,事業認定の取消事由の有無を審理判断しなければならない必要性はなく,
前記の見解は採用できない。
 なお,念のため,相手方らが主張する,本件事業認定に重大かつ明白な瑕疵が,
本件事業認定を当然に無効とすべきものと認められるか否かについて検討する。相
手方らは,本件事業は,①道路公害を激化させて周辺住民の健康を害し,②自然環
境や歴史的文化遺産を破壊するものである上,③隣接するα10インターチェンジ
と僅か1.93キロメートルしか離れていない位置にα11インターチェンジを建
設する必要はなく,事業の必要や公益性も認められないと主張するが,これらの事
由が理由のないことは前記説示から明らかである。また,相手方らは,本件事業
は,④本件事業計画の策定に当たって,適切なアセスメントも行われておらず,そ
の結果,道路公害等を防止するために,地下構造による道路の建設をすべきかどう
かも検討していないという,調査検討の面においても極めて杜撰なものであったと
も主張するが,本件記録によれば,本件事業計画の策定に当たってアセスメントが
行われたことが認められるから,仮にこれが適切でないとか,道路公害等を防止す
るために,地下構造による道路の建設をすべきかどうかを検討していないとして
も,このことから本件事業認定に重大かつ明白な瑕疵があるとまでは認められず,
上記主張も理由がない。そうすると,本件記録によっては,本件事業認定には相手
方らが主張する重大かつ明白な瑕疵があり,これが当然に無効であるとも認められ
ない。
(イ) 相手方らは,本件裁決の審理手続において,相手方らは上記①ないし④の
ような問題点を具体的に指摘したにもかかわらず,起業者は,これらの問題点の指
摘に対して何ら回答をせず,東京都収用委員会においても,これらの問題点につい
てまともに審理検討をすることはなく,裁決書においても,相手方らの指摘に対し
て何ら答えていないから,本件明渡裁決には独自の違法事由があると主張する。し
かし,本件裁決の審理手続において相手方らの指摘に対し起業者が回答するか否か
は起業者の判断に任されるべきもので,起業者が回答をしない結果,不利益な裁決
がされたとしても自己責任にすぎないものであるし,本件記録によれば,裁決書に
は相手方らの指摘を検討しても本件事業認定にはこれを無効とすべき収用法20条
3号及び4号に関する重大かつ明白な瑕疵があるとは認められないので,本件事業
認定が無効であるとはいえないと記載されていることが認められるから,東京都収
用委員会は,相手方らの指摘については検討した上,応答していることが明らかで
あり,相手方らの主張は理由がない。
イ 以上によれば,相手方らが主張する事由は本件明渡裁決を取り消すべき事由と
はならないから,「本案について理由がないとみえるとき」に該当するというべき
である。
(5) 結論
 以上によれば,本件明渡裁決の執行により相手方らが被る損害は,その執行を停
止することによる公共の福祉に対する影響の程度と衡量しても回復困難なものであ
るとは認められないから,本件明渡裁決の執行を停止することは相当でない。
 そうすると,本件執行停止の申立ては理由がなく,いずれも棄却すべきである。
3 よって,これと異なる原決定主文2項(1)(抗告人知事に対し明渡裁決の執
行〔代執行手続の続行〕の停止を命じた部分)を取り消すこととして,主文のとお
り決定する。
平成15年12月25日
東京高等裁判所第16民事部
裁判長裁判官 鬼頭季郎
裁判官 瀧澤泉
裁判官 納谷肇

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