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裁判例


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       主   文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 平成15年4月27日執行の鋸南町長選挙及び鋸南町議会議員一般選挙の
当選の効力に関する原告の審査の申立てにつき被告が同年8月27日にした裁決を
取り消す。
(2) 平成15年4月27日執行の鋸南町長選挙におけるaの当選を無効とす
る。
(3) 平成15年4月27日執行の鋸南町議会議員一般選挙におけるbの当選を
無効とする。
(4) 平成15年4月27日執行の鋸南町議会議員一般選挙におけるcの当選を
無効とする。
(5) 訴訟費用は被告の負担とする
2 請求の趣旨に対する答弁
 主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,平成15年4月27日に執行された鋸南町長選挙及び鋸南町議会議員
一般選挙(以下,「本件町長選挙」「本件町議選挙」といい,これらを合わせて
「本件各選挙」という。)の選挙人である原告が,本件町長選挙の当選人である
a,本件町議選挙の当選人であるb,cが,いずれも鋸南町(以下「町」とい
う。)と請負関係がある社会福祉法人鋸南町社会福祉協議会(以下「本件協議会」
という。)の会長理事,理事を兼業しているのに,当選の告知を受けた日から5日
以内に地方自治法92条の2,142条所定の兼業関係を有しなくなった旨の届出
をしなかったから,公職選挙法104条により当選を失ったと主張して,当選無効
を求める事案である。主な争点は,本件協議会が地方自治法92条の2,142条
所定の兼業禁止法人に該当するか否かである。
2 前提事実(当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,本件各選挙の選挙人である。
(2) aは,本件町長選挙において,平成15年4月27日に当選の告知を受け
た。同人は,立候補時に本件協議会の会長理事を兼業していたが,当選の告知を受
けた日から5日以内に,地方自治法142条所定の兼業関係を有しなくなった旨の
届出をしなかった。
(3) b,cは,いずれも,本件町議選挙において,平成15年4月27日に当
選の告知を受けた。同人らは,立候補時に本件協議会の理事を兼業していたが,い
ずれも,当選の告知を受けた日から5日以内に,地方自治法92条の2所定の兼業
関係を有しなくなった旨の届出をしなかった。
(4) 原告は,平成15年5月6日に,鋸南町選挙管理委員会(以下「町委員
会」という。)に対し,本件協議会は町と請負の関係があり地方自治法92条の
2,142条所定の兼業禁止法人に該当するのに前記の届出をしなかったことか
ら,a,b,cが公選法104条の規定に基づき当選の効力を失ったことを理由
に,当選の効力に関する異議の申出をしたところ,町委員会は,同年6月5日にこ
れを棄却する旨の決定をした。
(5) 原告は,平成15年6月9日に,被告に対し,審査の申立て(以下「本件
審査申立て」という。)をした。被告は,同年8月27日,「本件協議会の町に対
する請負量は,本件協議会の全体の業務量の半分を超えておらず,また,本件協議
会の公益性,非営利性等にかんがみれば,当該請負の重要度が町の議会の議員又は
長としての職務執行の公正,適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度
に至っているということはできないから,いずれにしても本件協議会が地方自治法
92条の2,142条所定の「主として同一の行為をする法人」(兼業禁止法人)
に当たらないので,候補者等の任期その他諸事情について判断するまでもなく,当
選を無効とすべき理由がない。」と判断して,原告の審査の申立てを棄却する旨の
裁決をし(以下「本件裁決」という。),その裁決書は同年9月5日までに原告に
送達された。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 本件協議会は,町に対する請負量が全体の業務量の半分を超えており,地
方自治法92条の2,142条所定に規定された「主として同一の行為をする法
人」(兼業禁止法人)であるか否か。
(原告の主張)
ア 本件協議会の町からの請負量の全業務量に対する比率(以下「請負比率」とい
う。)を判断するには,本件各選挙の執行された年を含む直近の5年間である平成
11年から平成15年までの本件協議会の事業収入額と請負額を基準にして判断す
べきである(最高裁判所第三小法廷昭和62年10月20日判決・裁判集民事15
2号51頁参照)。
 平成15年度については,本件各選挙当時は予算のみで決算は出ていないが,本
件協議会の予算は評議会で議決されることが必要であり,かつ予算は誠実に執行す
べきものであるから,予算であっても基準とすることに問題はない。
イ また,本件協議会は,町から事業を受託するとともに,補助金(経常経費補助
金)の交付を受けているところ,補助金収入は,受託事業をするための必要経費で
あるから,受託金収入だけでなく補助金収入も請負額に含めるべきである。特に,
運営費補助金や地域ぐるみネットワーク事業補助金は,本件協議会の正規職員の人
件費に使われており,必要経費であることは明らかである。
ウ そして,本件協議会の平成11年度から平成15年度までの事業収入,受託金
収入及び補助金収入の額は,別表1記載のとおりであり,補助金収入を請負額に含
めた場合の請負比率は平均62.60%である。仮に,補助金収入を請負額に含め
ないとしても,その請負比率は別表1記載のとおり50.26%であり,全業務量
の半分を超えることに変わりはない。
エ したがって,本件協議会は,町に対する請負量が全業務量の半分を超えてお
り,兼業禁止法人に当たる。
(被告の主張)
ア 本件協議会の町に対する請負量が全体の業務量の半分を超えていることは否認
し,本件協議会が兼業禁止の法人であることは争う。本件協議会の平成13年度,
14年度の事業収入,受託金収入の額は認めるが,その余は争う。被告の主張は別
表2記載のとおりである。
イ 法人の請負比率を判断する基準の時点については,請負関係を有するか否かを
決すべき時期に近接する当該法人の既往の業務実績によるべきであり,本件各選挙
の直近の既往の業務実績である平成13年度,14年度の決算を使用することが合
理的である。これに対し,平成15年度は未だ予算の段階であり,予算では補正に
より変わる可能性があり,身分の得失の判断に使用する基準としては適当でない。
ウ また,町からの補助金収入を請負額に含めることも相当ではない。
 町から本件協議会へ交付された補助金の内訳は,①運営費補助金,②地域ぐるみ
福祉ネットワーク事業補助金,③鋸南町心配ごと相談所運営費補助金,④ボランテ
ィア養成事業補助金である(以下「本件補助金」という。)。本件補助金の目的
は,①は,地域福祉の推進を図るため本件協議会の人件費を補助するもの,②は,
地域福祉の向上及び心豊かな町づくりを図るための補助,③は,住民の日常生活上
のあらゆる相談に応じ,適切な助言,援助を行って地域住民の福祉の増進を図るた
めの補助,④は,ボランティアの養成を図るための補助である。これらの本件補助
金の目的は,町からの受託事業(デイサービス〔通所介護〕事業,配食サービス事
業,外出支援サービス事業,ボランティアセンター管理運営,清掃業務。以下「本
件受託事業」という。)と関係がない。また,本件協議会の決算書を見ても,本件
補助金は,本件受託事業には全く使用されていない。
 以上のとおり,本件補助金は,前記の目的,使途のいずれの点においても,本件
受託事業と関係はなく,営利的,経済的取引契約に基づくものとはいえないから,
請負による収入には該当しない。
エ そして,本件協議会の平成13年度,14年度の事業収入及び受託金収入の額
は,別表2記載のとおりであり,平成13年度では,事業収入額9062万500
0円,町からの受託金収入額4133万4000円で,請負比率は45.61%,
平成14年度では,事業収入額1億0700万1000円,受託金収入額が506
1万4000円で,請負比率は47.30%である。したがって,本件協議会の町
に対する請負量は全体の業務量の半分を超えない。
(2) 仮に,本件協議会の町に対する請負量が全体の業務量の半分を超えないと
しても,町からの請負量が本件協議会の業務の主要部分を占め,その重要度が長や
議員の職務執行の公正,適正を損なうおそれが類型的に高いと認められるから,本
件協議会は「主として同一の行為をする法人」(兼業禁止法人)であるか否か。
(原告の主張)
ア 本件協議会は,理事15名のうち,過半数の8名を町の長,議員等の特別職の
職員が占めている。町は,これらの兼業関係を利用してデイサービス事業の運営を
本件協議会へ安く丸投げし,かつ町で購入しなければならない自動車を本件協議会
に購入させるなどして,町において年間1000万円以上の利益を上げている。そ
して,これを本来は町の特別会計に計上すべきところ,一般会計で処理して利益が
上がっていることを隠し,その利益を特別職の町長,助役,収入役,町議会議員の
期末手当の財源とし,これらが減額されないようにしていた。このように,町の長
や議員が,自己の利益のために兼業したのは,明らかに職務執行の公正,適正を損
なっている例である。
イ また,町が補助金を交付するには,条例で定める手続に従って行わなければな
らないのに,町(長,議員)は条例を制定しないで本件補助金を支出しており,違
法である。さらに,aは町と本件協議会の双方を代理して,本件補助金を交付し,
本件受託事業の委託契約を締結しており,これは双方代理で補助金の交付,事業委
託契約は無効である。これらも長,議員の職務執行の公正,適正を損なっている例
である。
ウ 本件協議会の理事15名のうち過半数の8名を町の特別職の職員が占め,理
事,監事及び評議員の選任規定を偽造し,a候補が平成15年4月25日に理事を
辞任したと登記したのは,刑法の公正証書等原本不実記載罪に当たり,本件協議会
が法令に違反した場合は解散させられても当然である。これも私益のために町の
長,議員が職務執行の公正,適正を損なっている例である。
エ 以上の事実によれば,本件協議会の町に対する請負は,その業務の主要部分を
占め,かつ,その重要度が長や議員の職務執行の公正,適正を損なうおそれが類型
的に高いと認められる程度に至っているというべきであるから,兼業禁止法人に当
たる。
オ なお,公益法人であっても兼業禁止の法人に当たることについては,最高裁判
所第三小法廷昭和32年12月3日判決があり,単に公益法人であるからとして,
兼業禁止法人に当たらないとする根拠はない。
(被告の主張)
ア 本件協議会は,町からの請負が本件協議会の業務の半数に近い部分を占めてい
るものの,① 本件協議会には,町の要請を受けて福祉サービスを実施するという
行政を補完する特殊な役割があること,② 本件協議会には公益的,非営利的な性
格があること,③ 町と本件協議会との間の本件事業委託契約書には,本件協議会
が実施するデイサービスの利用料の額は厚生労働大臣の定める基準によることが明
記されており,本件協議会の行うデイサービスと本件協議会以外の社会福祉施設の
実施するそれとの間において,本件協議会が著しく有利であるという状況はないこ
と等を考慮すると,当該請負の重要度が町の長,議員としての職務執行の公正,適
正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度に至っているとはいえない。
イ 原告は,候補者らが町長や議員の地位を利用して,町の支出を抑制することに
より得た財源を特別職の期末手当の財源にしたと主張している。
 しかし,本件訴訟は,地方自治法92条の2,142条の兼業禁止に該当するか
否かが問題であり,これら規定は普通地方公共団体の議会の議員又は長を当該普通
地方公共団体と特別な関係にある私企業等から隔離し,公正な職務の執行を期そう
とする趣旨であると解されるから,その判断にあたっては,町と本件協議会の請負
について審理すべきものであって,原告の主張は独自の見解を述べているに過ぎ
ず,理由がない。
 なお,町の財政運営にあたり,経費の節減努力をすることは当然のことであり,
町が必要以上の支出をせずに目的を達成していることは,賞賛されることはあって
も,非難されるべきことではない。
ウ 原告は,その他社会福祉法の規定等との関連をるる主張しているが,本件は選
挙に関する当選の無効訴訟であって,本件との関連性はない。
(3) 理事退任の有無
(被告の主張)
 被告が審査申立てに際し審理のために本件協議会に照会した回答によれば,aは
(本件町長選挙の当選の告知を受ける前である)平成15年4月25日まで本件協
議会の会長理事,b及びcは平成15年4月29日まで本件協議会の理事であった
とのことであった。したがって,aは当選の告知前に本件協議会の理事を退任して
いたことになる。
(原告の主張)
 被告主張の事実は否認する。aが平成15年4月25日に退任した事実はない。
aは,平成15年7月3日に同年4月25日付で理事を辞任した旨の登記を申請し
ているが,真実は原告が異議を申し立てた平成15年5月以降に退任したもので,
この登記申請は虚偽の申立てであり,公正証書原本不実記載罪に該当する。また,
本件協議会の「理事,監事及び評議員の選任規程」には,公職又は役職にある者の
任期は,その在任期間とする旨の規定があるように記載されているが,これは偽造
されたものであり,そのような規定が存在したことは認められない。
(4) 本件裁決手続の違法
(原告の主張)
ア(適法要件の審査における違法)
 行政不服審査法40条は,審査請求が不適法であるときは,審査庁は裁決で当該
審査請求を却下することを規定しているが,当選人が当選の告知を受ける前に兼業
を解消していた場合は,公選法104条の適用がないから,原告の審査請求は不適
法となり却下されるべきものである。したがって,被告は,実質審査に入る前に,
aが平成15年4月25日に本件協議会の理事を辞任したか否かを審理判断すべき
であった。被告がこの点を審理判断しないで,実質審査に入ったのは,審理手続に
違法がある。
イ(実質審査における違法)
 被告は,審査手続において,原告提出の証拠を見ようとせず,棄却するためだけ
の証拠を採用した。また,原告に対する証拠の提出期限を平成15年7月4日と
し,aが同年7月3日にした理事退任の届出について原告の反論の証拠を出させな
いようにした。さらに,被告は,原告に対して行政不服審査法30条,31条の審
尋を行わなかった。
(被告の主張)
 原告の主張は争う。本件協議会は兼業禁止規定の法人ではないので,候補者らの
任期その他の諸事情について判断するまでもなく,当選を無効とすべき理由がない
ことは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲7,12,13,15,16,20,21,26,38,41,4
2,56ないし61,65,69,70ないし76,乙1ないし11〔いずれも枝
番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件協議会は,昭和63年9月30日に設立された社会福祉法人であり,
町における社会福祉事業その他の社会福祉を目的とする事業の健全な発達及び社会
福祉に関する活動の活性化により,地域福祉の推進を図ることを目的として,①か
ら⑧に掲げる業務等を行っている。その前身は,昭和40年に任意団体として設立
された「鋸南町社会福祉協議会」であり,同団体が行政の補完的色彩が強かったの
を改め,事業の充実強化を図るために前記のとおり法人化したものである。
① 社会福祉を目的とする事業の企画及び実施
② 社会福祉に関する活動への住民の参加のための援助
③ 社会福祉を目的とする事業に関する調査,普及,宣伝,連絡,調整及び助成
④ 共同募金事業への協力
⑤ 居宅介護等事業
⑥ デイサービスセンターの受託経営
⑦ 心配ごと相談所の設置運営
⑧ 福祉金庫,高額療養費,生活福祉資金等の貸付事業
(2) 本件協議会の平成13年度,14年度の事業収入は,別表3記載のとおり
であり,その内訳は,会費収入,寄付金収入,経常経費補助金収入,助成金収入,
受託金収入,貸付事業等収入,共同募金分配金収入,介護保険収入,雑収入,事業
収入,受取利息配当金収入,経理区分間繰入金収入である。このうち,受取利息配
当金収入,経理区分間繰入金収入は,本来の事業の執行とはいい難く,これらを除
外したその余の科目(別表3の「事業収入額(A)」欄に記載されたもの)の合計
が本件協議会の事業収入に当たるというべきである(この点は当事者間に争いがな
い。)。
(3) 本件協議会の業務のうち,平成13年度,14年度において町から受託を
受けて行ったものは,デイサービス(通所介護)事業,配食サービス事業,外出支
援サービス事業,ボランティアセンター管理運営,清掃業務(ただし平成13年度
のみ)であり,その受託金収入は,別表3の「町からの請負額(B)欄記載のとお
りである。
(4) 町は本件協議会に経常経費補助金として,①運営費補助金,②地域ぐるみ
福祉ネットワーク事業補助金,③鋸南町心配ごと相談所運営費補助金,④ボランテ
ィア養成事業補助金を交付しており(本件補助金),その総額は,別表2記載のと
おり平成13年度1140万円,平成14年度1179万円である。本件補助金の
目的は,①は,地域福祉の推進を図るため,本件協議会の人件費を補助するもので
ある。②は,地域福祉の向上及び心豊かな町づくりを図るための補助,③は,住民
の日常生活上のあらゆる相談に応じ,適切な助言,援助を行って地域住民の福祉の
増進を図るための補助,④は,ボランティアの養成を図るための補助である。
(5) 本件協議会は,平成12年4月1日から,新たに居宅介護支援事業及び訪
問介護事業(これらはいずれも町からの受託事業ではない)を開始し,この年度か
ら全体の事業収入が大幅に拡大した。また,会計制度が整備され,平成13年度以
降は会計の透明性が高まった。
(6) 本件協議会は理事15名を置き,うち1名を会長としている。理事には,
町を代表する者1名,町議会2名,区長会3名,民生,児童委員協議会2名,母子
福祉推進員協議会1名,社会福祉施設の代表者1名,老人クラブ連合会1名,関係
行政機関の職員2名,学識経験者2名を選任することとされており,本件各選挙以
前は,町長が慣例的に会長理事に就任していた。aは平成11年5月以降,町の代
表者(町長)として理事の職に,b,cは平成13年5月以降,町議会の議員とし
て理事の職にあった。
 なお,本件協議会は,平成15年6月12日に理事,監事及び評議員の選任規程
を改正し,町を代表する者1名,町議会2名を理事に選任することを取りやめ,現
在は,町長,町議会議員は理事に就任していない。
以上のとおり認められる。
2 地方自治法92条の2,142条は,普通地方公共団体の議会の議員,長が,
当該普通地方公共団体に対し請負をする者であること,又は「主として同一の行為
をする法人」すなわち当該普通地方公共団体に対する請負を主な業務とする法人の
無限責任社員,取締役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者,支配人及び清
算人であることができない旨を規定し,公職選挙法104条は,議員又は長の選挙
における当選人で,当該普通地方公共団体に対し地方自治法92条の2,142条
に規定する関係を有する者は,当選の告知を受けた日から5日以内に,その関係を
有しなくなった旨の届出をしないときは,当選を失う旨を規定する。
 その趣旨は,普通地方公共団体の議会の議員や長が当該普通地方公共団体の公金
を継続的に自己の営業上の所得とすることになると,当該議員,長による公平な議
事の運営や議決権の行使,公平な担任事務の執行は望み難く,議員,長たる地位を
自己の営業の利益のために利用するおそれが生ずるので,これを未然に防止するこ
とにある。
 そして,前記各条にいう「主として同一の行為をする法人」とは,当該普通地方
公共団体に対する請負が,当該法人の業務の主要部分を占め,当該請負の重要度が
長の職務執行の公正,適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度に至っ
ている場合の当該法人を指すものであり,この規定の意義に照らせば,当該普通地
方公共団体に対する請負量が当該法人の全体の業務量の半分を超える場合は,その
こと自体において,当該法人は「主として同一の行為をする法人」に当たるという
べきである。そして,請負量が全体の業務量の半分を超えない場合であっても,当
該請負が当該法人の業務の主要部分を占め,その重要度が議員,長の職務執行の公
正,適正を損なうおそれが類型的に高いと認められる程度に至っているような事情
があるときには,当該法人は「主として同一の行為をする法人」に該当するものと
解すべきである(最高裁判所第三小法廷昭和62年10月20日判決・裁判集民事
152号51頁)。
 なお,平成3年に地方自治法142条が改正され,普通地方公共団体において資
本金等の2分の1以上を出資している法人については,同条の兼業禁止規定の適用
除外とされた(地方自治法142条,同法施行令122条)。これは,地方公共団
体が主体となって設立し,本来その地方公共団体が直接行うことも考えられる事業
を代わりに行うという性格を持つ法人については,当該法人に対して地方公共団体
の意思をよりよく反映させる観点から地方公共団体の長の兼業禁止規定の適用除外
を認めたものである。
3 争点(1)(本件協議会の請負比率から見た兼業禁止法人該当性)について
(1) 原告は,本件協議会の請負比率を判断するには,本件各選挙の執行された
年を含む直近の5年間である平成11年から平成15年までの本件協議会の事業収
入額と請負額を基準にして判断すべきであると主張する。
 しかし,平成15年度については,本件各選挙に最も近接し,すでに予算の執行
が開始されているが,未だ当該予算の事業の大部分は執行されておらず,年度中の
補正によりその内容が変わる可能性があること,本件訴訟において同年度の予算に
関する証拠として提出されているもの(甲5,57)は,一般向けに予算の概要を
わかりやすく記載した広報資料であり,平成13年度,14年度の決算書に比べて
その精度,正確性は劣るといわざるを得ないことなどを考慮すると,本件において
は,平成15年度予算を基準とすることは相当ではないというべきである。
 また,前記のとおり,本件協議会は,平成12年4月1日から居宅介護支援事業
及び訪問介護事業を開始し,この年度から全体の事業収入が大幅に拡大したことが
認められる。したがって,これらの事業を行っていなかった平成11年度の事業収
入額は,本件各選挙当時の本件協議会の事業収入とは大きく異なっており,これを
含めて平均値を算出することは,本件各選挙当時の本件協議会の実情を正しく反映
しないものであり,極めて不適切であるというべきである。また,平成13年以降
本件協議会の会計の透明性が増したことも前記認定のとおりである。
 したがって,本件においては,近接性,正確性を総合勘案すると,本件協議会の
本件各選挙時における直近の既往の業務実績である平成13,14年度の決算を使
用するのが相当である。
 原告引用の判例(最高裁判所第三小法廷昭和62年10月20日判決)は,選挙
が執行された年度を含む直近5年間の法人の業務量と請負量を基準に判断した原審
の事実認定を前提として請負比率を判断しているが,これは5年間の業務量と請負
量との比率あるいは過去5年間の毎年の請負比率を基準に判断すべきことまでを判
断要件として説示したものではない。
(2) 請負の意義・補助金の請負該当性
ア 地方自治法92条の2,142条にいう「当該地方公共団体に対する請負」と
は,必ずしも仕事の完成に対し報酬が支払われる狭義の請負関係に限らず,広く営
利的,経済的な取引契約を含むものであり,地方公共団体の議員,長に対し,兼業
禁止という継続的な身分的制約を課していることからすれば,それは少なくとも業
務としてなされる一定の時間的継続性又は反復性を有する取引契約であることを要
すると解される。
イ 本件受託事業は,町がデイサービス事業,配食サービス事業,外出支援サービ
ス事業,ボランティアセンター管理運営,清掃業務という仕事の完成に対し委託料
(対価)を支払うものであり,いずれも請負に当たることは明らかである(本件受
託事業が請負に当たることは,当事者間に争いがない。)。
ウ しかし,本件補助金収入は,請負収入に当たらないと解される。
 すなわち,本件補助金(経常経費補助金)は,①運営費補助金,②地域ぐるみ福
祉ネットワーク事業補助金,③鋸南町心配ごと相談所運営費補助金,④ボランティ
ア養成事業補助金の4種類であり,その目的は,①は,地域福祉の推進を図るた
め,本件協議会の人件費を補助するもの,②ないし④はそれぞれの事業の経常経費
を補助するものであるが,補助金は,これらの事業の完成の対価として支払われる
ものでなく,補助自体が営利的,経済的な取引行為として行われるものには当たら
ない。
 また,本件補助金の前記①ないし④の目的は,本件受託事業の執行と関係がある
とはいえない。さらに,証拠(甲73,乙1〔枝番を含む。〕)によると,本件協
議会の経理区分毎決算においては,本件補助金は,法人運営事業,地域ぐるみ福祉
ネットワーク事業,心配ごと相談事業,ボランティア養成事業の勘定科目で支出さ
れており,本件受託事業の収入,支出を記載する町受託事業の勘定科目では全く使
用されていない(このうち,法人運営事業における支出は事務局長,主査の給料で
あり,本件協議会が行う活動の全ての間接的な経費としての性格がないわけではな
いが,両名は本件受託事業に直接従事しておらず,本件受託事業と直接の関連はな
い。)。したがって,本件補助金が実質的に本件受託事業の対価としての性格を有
しているともいえない。
 以上のとおりであり,本件補助金収入は請負収入に当たらない。
(3) そして,本件協議会の平成13年度,14年度の事業収入額(受取利息配
当金収入,経理区分間繰入金収入を除いた事業収入額),町からの受託金収入額
は,別表2,3記載のとおりであり(このことは当事者間に争いがない。),平成
13年度は,事業収入額9062万5000円,町からの受託金収入額4133万
4000円で,請負比率は45.61%,平成14年度は,事業収入額1億070
0万1000円,受託金収入額が5061万4000円で,請負比率は47.30
%である。そうだとすると,平成13年度,14年度の本件協議会の町に対する各
請負量は全体の各業務量の半分を超えない。
 なお,平成12年度及び平成15年度については,その請負比率を正確に判断す
ることはできないが,仮に原告の主張に従うとしても,その比率は平成12年度4
7.12%,平成15年度50.90%であり,平成12年から平成15年までの
4年間を通算しても,本件協議会の平均的請負比率は50%を超えないものであ
る。
(4) したがって,争点(1)についての原告の主張は理由がないというべきで
ある。
4 争点(2)(本件協議会の町からの請負が町長や議員の職務執行の公正,適正
を損なうおそれの程度から見た兼業禁止法人該当性)について
(1) 前記のとおり本件協議会の平成13年度,14年度の請負比率は45.6
1%ないし47.30%であり,町に対する請負量は全体の業務量の半分を超えて
はいないが,その割合からして当該請負が本件協議会の業務の主要部分を占めてい
ることは明らかである。
(2) そこで,次に,当該請負の重要度が町長,議員の職務執行の公正,適正を
損なうおそれが類型的に高いと認められる程度に至っているような事情があるかに
ついて判断する。
ア 地方自治法は,普通地方公共団体の長,議員が個人として当該普通地方公共団
体に対する請負をするときは,請負量の如何に関わらず一律に兼業を禁止している
が,請負の主体が法人の場合は,当該普通地方公共団体に対する請負を主とする場
合のみ兼業を禁止し,かつ当該普通地方公共団体が出資しその割合が2分の1以上
である法人については,請負関係があってもおよそ兼業を禁止しないこととしてお
り,請負の主体が個人か法人か,法人の場合には当該普通地方公共団体との関係の
密接度によって取扱いを異にしていること,この兼業禁止の趣旨が,地方公共団体
の犠牲においてその長,議員の個人的な利益を図ることを防止することにあること
は前記のとおりである。
 これらの兼業禁止の内容,趣旨,目的等を考慮すると,長,議員の職務執行の公
正,適正を損なうおそれの有無の判断においても,当該法人の性格や請負契約の内
容を考慮すべきであり,具体的には,当該法人と長,議員との個人的な関係が密接
である場合,すなわち,長,議員が長,議員に就任する前から個人の資格において
法人の役員に就任している場合や長,議員が個人の資格において営利目的等で法人
に出資している場合などは,長,議員の職務執行の公正,適正を損なうおそれが高
いというべきである。したがって,これらの事情の有無と当該法人の請負比率を相
関的に総合判断して,当該請負の重要度が長,議員の職務執行の公正,適正を損な
うおそれが類型的に高いと認められる程度に至っているか否かを判断すべきであ
る。
 これを本件についてみると,本件協議会の理事は,町長,議員の地位にあるもの
が慣例的に就任していたものであり,そのことの当否は問題であるとしても,少な
くとも,aらが本件協議会との間において町長や議員の職を離れた私的な特別な関
係があったことを認める証拠はない。また,乙7の1及び弁論の全趣旨によれば,
本件協議会が実施するデイサービスの利用料の額は厚生労働大臣の定める基準によ
ることとなっており,本件協議会が営利目的で自由に定め得るものではないことが
認められるから,町から支払を受ける委託料もそれに応じたものになっていると推
認される。
 したがって,本件協議会の請負比率は比較的高いが,これらの事情を考慮する
と,未だ,当該請負の重要度が長の職務執行の公正,適正を損なうおそれが類型的
に高いと認められる程度に至っているとはいえないというべきである。
イ 原告は,町の長や議員が本件協議会の役員になり,町が本件協議会に事業を不
当に安く丸投げし,町が不当な利益を得て,町長や町議会議員の期末手当が減額さ
れないようにしたことが職務執行の公正,適正を損なっている事実であると主張す
る。
 しかし,兼業禁止法人に該当するか否かは,法人の性格,請負の量などから類型
的に判断すべきであり,上記のような個別具体的な事情までを考慮すべきではな
い。また,兼業禁止規定の趣旨は,前記のとおり,地方公共団体と法人との間の請
負契約に関して地方公共団体の犠牲において長,議員の私益を図ることを防止する
ことにあり,長,議員の職務執行の公正,適正を損なうおそれについても,そのよ
うな観点から判断すべきものである。原告が主張する職務執行の公正,適正は,町
が不当に利得を得ているという点において兼業禁止規定の前記趣旨(地方公共団体
の犠牲において私益を図ること)とは異なるものであるし,町がその利益を職員の
期末手当に流用していることを認めるに足りる証拠がないうえ,そのこと自体は町
の内部の問題であり,町と本件協議会の兼業禁止において防止を図る問題ではな
い。
 また,原告が主張する補助金交付手続の違法,双方代理等のその余の事情も,兼
業禁止規定が問題としている長,議員の職執行の公正,適正とは別次元の公法上,
私法上の効力の問題である(補助金の交付が無効であったり,請負契約が無効であ
るならば,結果的に本件協議会の請負比率はゼロになる。)。
 したがって,原告主張の事情をもって,長,議員の職務執行の公正,適正を損な
うおそれが類型的に高いと認められるに至っているような事情に当たるとはいえな
い。
(3) 以上のとおり,争点(2)についての原告の主張も理由がない。
5 争点(4)(本件裁決手続の違法)について
(1) 原告は,本件裁決手続において,aの理事退任の有無から審理判断しなか
ったことの違法を主張する。しかし,aが当選の告知時において本件協議会の理事
に在職していたことは,本件協議会が兼職禁止法人であることなどと並ぶ当選失効
の実体的要件であり,審査請求の手続的適法要件ではない。したがって,被告が,
上記当選失効要件をいずれから判断することも差し支えはなく,本件裁決に原告主
張の違法はないというべきである。
(2) また,本件全証拠によるも,被告が審査手続において,原告が口頭で意見
を述べる機会を求めたのにこれを与えなかったことを認めることはできないし,審
査手続において原告を審尋するか否かは被告の裁量に委ねられており,審尋しなか
ったことに違法はない。また,被告の証拠の採否及び取捨判断に違法があることを
認めるに足りる証拠はない。その他原告は手続違反をるる主張するが,いずれも結
局のところ,aらの当選を無効とすべき事由はないとした本件裁決の実体判断を非
難するに帰するものであって,理由がないというべきである。本件裁決に手続上の
違法があるとはいえない。
6 以上によれば,本件協議会は兼業禁止法人には当たらず,本件裁決に審査手続
上の違法も認められないから,原告の請求は,その余の点(争点(3))について
判断するまでもなくいずれも理由がないというべきである。
 よって,原告の本件請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第16民事部
裁判長裁判官 鬼頭季郎
裁判官 瀧澤泉
裁判官 納谷肇

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