弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決、及び第一審判決中被告人らに関する部分を破棄する。
被告人Aを罰金三万円に、被告人Bを罰金二万五〇〇〇円に、被告人C
を罰金四万円に、被告人Dを罰金二万円に、被告人E、同F、同G、同H、同I、
同Jをいずれも罰金三〇〇〇円にそれぞれ処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも
金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人らに対し、いずれも公職選挙法二五二条一項所定の選挙権及び被
選挙権を有しない旨の規定を適用しない。
第一審及び原審における訴訟費用の負担を別紙のとおり定める。
理由
(検察官の上告趣意第二、一について)
所論は、本件公訴事実第一について、原判決が、被告人A、同B、同Cが昭和四
二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙の運動期間中、K市役所民生局市民課にお
いて行つた演説中で、同市役所労働組合連合会(以下「市労連」という。)が日本社
会党委員長L候補を推薦していることを組合員に周知徹底させる趣旨の発言をした
事実を認めながら、推薦候補決定の伝達があつても、候補者に当選を得させる目的
をもつて投票を得るための直接又は間接の勧誘、誘導の内容を兼有するものでない
限り、公職選挙法一六六条一号に違反するものではないとの法律解釈を示したうえ、
右演説は単なる推薦候補者決定の伝達であつて、同候補者への投票依頼の趣旨が含
まれているとの確たる証拠がないから、同条違反の選挙演説にあたらないとしたの
は、選挙運動の意義についての当裁判所昭和三八年(あ)第九八四号同年一〇月二
二日第三小法廷決定(刑集一七巻九号一七五五頁)に違反するというのである。
公職選挙法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又
は立候補予定者に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもつて、直
接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいうもので
あると解すべきであることは、所論引用の当裁判所の判例の示すところであり、同
法一六六条にいう選挙運動についても同様と解されるところ、これによれば、特定
の公職の選挙の施行が予定され、特定の人がその選挙に立候補をし、又は立候補が
予測されているとき、その者を他の個人又は団体等が当該選挙において支持すべき
候補者として推薦することを決めたことについて、かかる推薦候補者決定の事実を
団体の構成員に伝達するための演説は、それが内部行為に止まるなど特別の事情の
ない限り、当該候補者を当選させるための投票獲得の目的をもつてする、必要かつ
有利な行為として同法一六六条にいう選挙運動のためにする演説に該当すると認め
るのが相当である。
これを本件についてみると、原判決は、市労連が昭和四二年一月上旬ころ、前記
衆議院議員総選挙において、宮城県第一区の候補者日本社会党委員長Lを市労連の
推薦候補者として決定し、その旨をその機関紙等により傘下の組合員及びその家族
に周知させていたこと、同被告人らは、右選挙の運動期間中である同月二三日、前
記市役所民生課において、市労連の職場オルグ活動の一環として演説を行つた際、
賃金、ストライキ、春闘問題等に止まらず、政府、自由民主党を攻撃し、同被告人
らが支持する日本社会党は、L委員長を頂点にしてがんばつている旨の政治演説に
加え、市労連が同党委員長L候補を推薦していることを組合員に周知徹底させる趣
旨の発言をしたことを認めている。
してみると、市労連が、すでに右演説が行われる以前に、機関紙等を通じて傘下
の組合員及びその家族にL候補が市労連推薦候補者であることを伝達して周知させ
ていたのに、選挙運動期間中、同市庁舎に赴き、一般市民も集散する市民課におい
て演説を行い、同候補が推薦候補者と決定したことを重ねて伝達して周知徹底をは
かつた同被告人らの行為は、単なる市労連の組織体内の純然たる内部行為に止まる
ものではなく、同推薦候補者を当選させるための投票獲得の意図のもとに行われた
選挙運動のためにする演説と認めるのが相当である。
ところで、原判決は、同被告人らの演説は市労連の職場オルグ活動の一環として
行われたものであるが、同演説に推薦候補決定の伝達があつても、候補者に当選を
得させる目的をもつてする投票を得るための直接又は間接の勧誘、誘導の内容を兼
有するものでない限り、同法一六六条一号に違反するものではないとの解釈に立つ
たうえ、同被告人らの演説内容をみるに、同被告人ら特に被告人Aが右許容限度を
超え同候補者への投票依頼の演説をしたとうかがえる部分もあるが、これを確認す
るに足りる証拠を欠くとし、同被告人らの行為は同条に違反するものではないとし
ているが、これは、推薦候補者決定の伝達を内容とする演説は、すべて同条にいう
選挙運動のためにする演説にあたらないというものではなく、同被告人らの右演説
は、市労連の組織体内の内部行為に止まり、選挙運動の目的をもつて行つたものと
は認められないとの趣旨を判示したにすぎないものと解される。従つて、原判決は、
同条にいう選挙運動のためにする演説について、その内容を投票を得るための直接
又は間接の勧誘、誘導に限定したものとはいえないのであるから、所論引用の前掲
判例と相反する判断をしたものではない。それゆえ論旨は理由がない。(同上告趣意
第二、三について)
所論は、事実誤認の主張であつて刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権により調査するに、第一審の認定する被告人A、同
B、同Cに対する本件公訴事実第一の事実について、原判決は、第一審判決挙示の
関係証拠は、相互に演説内容に相違があり、また演説者の順序にくい違いがあるこ
と、同一証人の供述についても前後に演説内容に矛盾が認められ、あるいは本件当
時から二、三か月後の証人尋問調書作成時におけるより、三年後の公判廷の証言時
における方が記憶がはつきりしているとか、被告人一人の発言のみを記憶し、他の
被告人の発言について何ら記憶していないなど不合理な点があることのほか、個々
の発言が演説のどの段階でなされたか確認できず、発言の真意を誤りなく理解し難
い面があるうえ、証拠全体を通じて明確な記憶に基づく正確さに欠けること、供述
者の推測や判断にわたる部分があり、しかも、言語の記憶は正確を期し難い面があ
りうるうえ、その真意が誤つて受け取られるおそれがあること、第一審判決の認定
した事実に反する第一審証拠及び原審証拠があることなどを挙げて、同被告人らの
投票依頼を内容とする演説及び事前あるいは現場での共謀の事実を認めるには証拠
不十分であり、結局、公訴事実第一は証明不十分であるというのである。
しかし、第一審判決が挙示する関係証拠の供述内容を検討すると、右証拠には、
同判決判示の日時場所において、同被告人らが執務中の前記市民課職員及び外来者
四〇数名を前にして演説したこと、その演説中には、被告人Bが「市民課の皆さん
おはようございます」「A県議を紹介します」「市の組合はLさんを推薦しているの
でよろしく頼む」という発言をし、被告人Aが「今回の選挙は黒い霧による解散選
挙であります。L委員長は全国遊説のため、現在来仙できかねておりますが、二五
日ころには来仙します」「推薦していただいてありがとうございます。よろしくお願
いします」「Lさんに協力していただいて、委員長でもあるから最高点でも当選させ
るようにみなさんで協力してもらいたい」との発言をしたこと、被告人Cが自己紹
介をし同旨の話をしたこと、被告人Bが「御静聴ありがとうございます」と言い、
同被告人らがそれぞれ「よろしくお願いします」という言葉を残して同室から出て
行つたとの供述がみられる。
もつとも、第一審判決の挙示する関係証拠相互の間には、演説者の順序について
くい違つた供述をしている者もあるほか、同被告人らの供述を除くその余の供述に
ついて、相互間に、あるいは同一供述者の前後において演説内容の細部について多
少の相違がみられ、また供述者の中には執務中に演説を聞いたことや、あるいは証
言時までにかなりの日時が経過していることなどから、演説内容を終始一貫して記
憶しておらず断片的に記憶するに止まる者もあるが、前掲供述を総合的に検討すれ
ば、同被告人らの発言の順序、時期、内容は明確であつて、単なる推測や判断を述
べたものとはとうていみられない。また、本件演説が選挙期間中に行われ、労働問
題、政治演説に加え、市労連がL候補を推薦している旨の発言もあるが、このこと
と同候補への投票依頼の発言と混同し、あるいは誤解して供述しているものともと
うていみられない。さらに、原判決は、第一審判決の判示事実に反する証拠がある
ことを挙げているが、その説示は具体的でなく、いかなる証拠を指すのか必ずしも
明らかでないが、いずれにしても第一審判決の認定を左右するに足りる証拠を発見
することができない。
してみると、第一審判決の挙示する関係証拠には、本件公訴事実第一に直接添う
証拠がそなわり、かつその信用性を疑わす何らの事由がみあたらないのに、右公訴
事実を認定するに足りる十分な証拠がないとした原判決には、重大な事実の誤認が
あり、右事実誤認は判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反す
るものと認める。(同上告趣意第三について)
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件と事案を異にし適切で
なく、その余は単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の適法な
上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権により調査するに、
一原判決は、被告人Dに対する本件公訴事実第二(一)及び被告人Cに対する
同第二(二)について、第一審判決の事実認定を是認しながら、同被告人らの各所
為は、その挙示する諸事情及び公職選挙法一六六条一号の法意に照らし考察するな
らば、その法益侵害の程度は軽微で、これに対し刑罰を科さなければならない程の
違法性があるとは認め難いというのである。
そこで検討するに、同法一六六条が、同条一号に列挙する建物又は施設において
選挙運動のためにする演説及び連呼行為を、特定の場合を除いて禁止しているのは、
国又は地方公共団体等の所有し又は管理する建物等は、公の目的に利用されるべき
ものであつて、かかる性質の建物等において選挙運動のためにする演説及び連呼行
為を無制限に許すことは、その建物等における公務又はその建物等を利用する一般
市民の利用に支障を与えるなど、これらの建物等の本来の設置目的を阻害するおそ
れがあるばかりでなく、これらの建物等を所有し又は管理する国又は地方公共団体
等の職務の公共性、中立性に対する国民の信頼を損なうおそれがあるからである。
ところで、原判決の是認する第一審判決の認定によると、いずれも前記衆議院議員
総選挙に際し、宮城県第一区の候補者Lに当選を得させる目的をもつて、(一)被告
人Dは、宮城県の所有する宮城県スポーツセンター建物内において開催されたK市
職員家族慰安会午前の部の席上で、同市役所職員及びその家族を主とする約六〇〇
〇名の入場者に対し、市労連委員長代理として挨拶した際「市労連では、今度の選
挙に社会党のL委員長を推薦しているので、皆さんL委員長をよろしくお願いす
る。」旨の演説をし、(二)被告人Cは、同スポーツセンター建物内において開催さ
れた同慰安会午後の部の席上で、前同様約五〇〇〇名の入場者に対し、市労連委員
長代理として挨拶をした際、前同趣旨の演説をしたというのであるから、同被告人
らの各所為は同法一六六条、二四三条一〇号の罪の違法性に欠けるところはなく、
原判決の判示する本件建物の性格、慰安会の性質、被告人らが挨拶するに至つた経
緯、挨拶の内容、その相手等は、右違法性を失わせる事情となるものということは
できない。
二原判決は、被告人E、同F、同G、同H、同I、同Jに対する本件公訴事実
第三について、第一審判決の事実認定を是認しながら、同被告人らの各所為は、そ
の挙示する諸事情及び同法一四二条の法意に照らし考察するならば、その法益侵害
の程度は軽微で、これに対し刑罰を科さなければならない程の違法性があるとは認
め難いというのである。
そこで検討するに、同法一四二条の趣旨は、公職の選挙につき文書図画の無制限
な頒布を許すときは、選挙運動につき不当の競争を招き、これがため選挙の自由公
正を害し、その適正公平を保障しがたいこととなるので、かような弊害を防止する
ことにあると解される(当裁判所昭和二八年(あ)第三一四七号同三〇年四月六日
大法廷判決・刑集九巻四号八一九頁、昭和三七年(あ)第八九九号同三九年一一月
一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五六一頁参照)。ところで、原判決の是認する第
一審判決の認定によると、同被告人らは共謀のうえ、前同様の目的をもつて、前記
スポーツセンター附近で、前記慰安会午後の部に入場しようとする同市役所職員及
びその家族を主とする約五〇〇〇名に対し、前記衆議院議員総選挙における市労連
の推薦候補者Lに投票を求める趣旨の文章を含めて印刷記載した同候補の選挙運動
のために使用する法定外文書を各一枚ずつ合計五〇〇〇枚頒布したというのである
から、同被告人らの各所為は、同法一四二条一項、二四三条三号の罪の違法性に欠
けるところはなく、原判決が判示する本件文書の性質、文書作成の経過及びその費
用、被告人らの役割、頒布の相手等の諸事情は、たとえ原判決の判示するとおりだ
としても、右の違法性を失わせる事情となるものということはできない。
従つて、原判断はいずれも前記各法条の適用を誤つたもので、右法令違反はいず
れも判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(結論)
以上により、検察官の上告趣意中その余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四
一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条但書によりただちに判決を
するところ、第一審判決中被告人らに関する部分は、刑の量定及び訴訟費用の負担
に関しそのまま維持できない点があるので、これをも破棄したうえ、被告事件につ
いてさらに判決する。
第一審判決の認定した事実に法令を適用すると、被告人A、同Bの判示第一の各
所為、被告人Cの判示第一、第二(二)の各所為、被告人Dの判示第二(一)の所
為は、それぞれ公職選挙法一六六条、昭和五〇年法律第六三号附則四条、同法律に
よる改正前の公職選挙法二四三条一〇号(被告人A、同B、同Cの判示第一の各所
為についてはさらに刑法六〇条)に、被告人E、同F、同G、同H、同I、同Jの
判示第三の各所為は刑法六〇条、公職選挙法一四二条一項、昭和五〇年法律第六三
号附則四条、同法律による改正前の公職選挙法二四三条三号に、それぞれ該当する
(なお、罰金の寡額は、行為時においては昭和五〇年法律第六三号による改正前の
公職選挙法二四三条に、裁判時においては罰金等臨時措置法四条によるところ犯罪
後の法律により刑の変更があつた場合であるから、刑法六条、一〇条により軽い行
為時法のそれによる。)ところ、以上の各罪につき所定刑中罰金刑を選択し、被告人
Cの判示第一及び第二(二)の罪は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四
八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、それぞれ被告人らの所定罰金額の範囲
内で被告人らを主文第二項掲記の罰金に処することとし、同法一八条により、被告
人らにおいて、その罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を
一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、情状に照らし、公職
選挙法二五二条四項により、被告人らに対し同条一項所定の選挙権及び被選挙権を
有しない旨の規定をいずれも適用しないこととし、第一審及び原審の訴訟費用につ
いては、刑訴法一八一条一項本文を、連帯負担についてはさらに同法一八二条を適
用し、主文第五項掲記のとおりそれぞれその被告人に負担させることとする。
よつて、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
検察官山根治、同大堀誠一公判出席
昭和五二年二月二四日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官岸盛一
裁判官下田武三
裁判官岸上康夫
裁判官団藤重光
(別紙〉
一第一審における訴訟費用中
1証人M1(第一二回公判期日分)、同M2、同M3、同M4、同M5、同M6、同
M7、同M8、同M9に支給した分は、被告人A、同B、同Cの連帯負担とする。
2証人M10、同M11、同M12、同M13に支給した分は、被告人Dの負担と
する。
3証人M14に支給した分は、被告人E、同F、同G、同H、同I、同Jの連帯
負担とする。
4証人M15(第一三回公判期日分)、同M16、同M17、同M18に支給した分
は、これを八分しその六を被告人E、同F、同G、同H、同I、同Jの連帯負担と
し、その一ずつを被告人D、同Cの各負担とする。
5証人M19、同M20、同M21、同M22、同M23、同M24に支給した分は、
これを七分しその六を被告人E、同F、同G、同H、同I、同Jの連帯負担とし、
その一を被告人Cの負担とする。
6証人M25、同M26、同M27、同M28、同M29に支給した分は、その七分
の一ずつを被告人C、同D、同Fを除くその余の被告人の各負担とする。
7その余の訴訟費用は、その一〇分の一ずつを各被告人の負担とする。
二原審における訴訟費用は、被告人A、同B、同Cの連帯負担とする。

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