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平成13年(行ケ)第279号 審決取消請求事件
平成13年11月15日口頭弁論終結
            判       決
      原      告    株式会社粉河
      訴訟代理人弁理士    杉本勝徳
      被      告    ケージーパルテック株式会社
      訴訟代理人弁護士    山 上 和 則
      同           西 山 宏 昭
          主       文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成13年5月8日に無効2000-35485号意匠登録無効審
判事件についてした審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成10年4月24日に,意匠に係る物品を「敷居用レール材」と
して,別紙審決書写しの別紙1の意匠の登録を出願し,平成12年4月7日に意匠
登録を受けた(意匠登録第1075575号。以下「本件意匠登録」といい,その
登録意匠を「本件登録意匠」という。)。
被告は,平成12年9月6日,本件意匠登録を無効にすることについて審判
を請求し,特許庁は,これを無効2000-35485号事件として審理した結
果,平成13年5月8日に,「登録第1075575号の登録を無効とする。審判
費用は被請求人の負担とする。」との審決をし,その謄本は,同年5月22日,原
告に送達された。
 2 審決の理由
審決は,別紙審決書の写しのとおり,本件登録意匠は,意匠登録第9895
89の類似1号の意匠(平成9年12月22日発行の意匠公報に記載されたもの。
その形状は別紙審決書写し別紙2のとおりである。以下「引用意匠」という。)に
類似するものであり,意匠法3条1項3号に該当し,同項柱書の規定に違反して登
録を受けたものであるから,同法48条1項1号に該当するとして,本件登録意匠
権の登録は無効である,と判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.手続の経緯及び本件登録意匠」,「2.請求人の主
張」,「3.被請求人の主張」は認める。「4.当審の判断」の「4.1 甲第1
号証意匠との対比」については,[共通点]の(2),及び,[相違点]の(2),(3)を
争い,その余を認める。「4.2 類否判断」及び「5.むすび」は争う。
審決は,本件登録意匠と引用意匠との共通点の認定を誤り(取消事由1),
相違点の認定を誤り(取消事由2),本件登録意匠と引用意匠との類否の判断を誤
ったものであり(取消事由3),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすこと
は明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件登録意匠と引用意匠との共通点の認定の誤り)
 審決は,本件登録意匠と引用意匠との共通点の一つとして,「(2)戸車溝の態
様について,底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し,該細溝の縁部
から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成しているこ
と。」(3頁1行~3行)を認定したが,誤りである。引用意匠の戸車溝は,「底
部を一段陥没させ」たものではなく,「戸車の外輪が転動するための矩形の溝を構
成して,その溝の上部に戸車の内輪が転動するための左右切欠きを設けた」ことが
その形状の特徴であり,引用意匠のレールは,いわゆるY字型レールである。共通
点の認定におけるこの誤りは,両意匠の類否自体についての判断の誤りを導いてい
るのである。
2 取消事由2(本件登録意匠と引用意匠の相違点の認定の誤り)
  審決は,本件登録意匠と引用意匠の相違点の一つとして,「(2)戸車溝底部の
細溝の態様について,本件登録意匠においては,両側が逆台形状に僅かに傾斜して
おり,該細溝の深さが戸車溝全体の深さの略3分の1程度であるのに対し,甲第1
号証意匠(判決注・引用意匠)においては,両側が垂直に切り立っており,該細溝
の深さが戸車溝の深さの略半分程度であること。」(3頁9行~12行)を認定し
たが,誤りである。本件登録意匠の細溝の深さは,戸車溝全体の深さの略3分の1
程度ではなく4分の1程度であり,引用意匠の溝は,細溝ではなく太溝であり,戸
車溝全体の3分の2の深さである。すなわち,本件登録意匠の細溝部分は,戸車溝
深さの25%程度であるのに対して,引用意匠の太溝部分は戸車溝深さの67%程
度を占めているのである。この両者の差は,意匠の類否判断上大きな要素となるも
のである。
3 取消事由3(本件登録意匠と引用意匠の類否判断の誤り)
(1)審決は,「共通点(1)の全体の基本構成及び共通点(3)の全体的な寸法比率
については・・・多分に機能的要請に基づくものではあるが,両意匠の全体的な骨
格を成すものであって,比較的単純な形態から成る両意匠間においては,その共通
性は観察者に強く印象づけられるものであり」(審決書3頁20行~24行)と認
定している。しかし,物品そのものの限られた形状と機能に共通性があっても,そ
の共通性は,観察者に強く印象づけられるものではなく,したがって,意匠の類否
判断の基準とはなり得ない。逆に,観察者は,共通性があるがゆえにこそ,その部
分を無視するのである。
(2)審決は,「共通点(2)の戸車溝の態様については,底部を一段陥没させた態
様が特徴的なものであって,これが共通点(1)に加わることによって両意匠の全体的
な基調が形成され,両意匠間に強い類似性をもたらしているものと認められる。」
(3頁24行~27行)と認定している。しかし,戸車溝の底部を一段陥没させた
態様が両意匠に共通の特徴的なものであるということはない。前述のとおり,本件
登録意匠の戸車溝が一段陥没させた態様であるのに対して,引用意匠の戸車溝にお
いては,太溝部分が戸車溝の大部分を占めており,それが意匠全体の特徴的な部分
であり,意匠全体の形状を決定づけている。両意匠の戸車溝の態様は,両意匠間に
強い類似性をもたらしているのではなく,逆に,強い非類似性をもたらしているの
である。
(3)審決は,「相違点(1)の戸車転動面の態様における差異については,本件登
録意匠の湾曲の程度が摩耗による経年変化程度の極緩やかなものであり,しかも出
隅部における断面視円弧状の面取りが所謂「匙面」としてありふれたものであるた
め」(3頁28行~31行)と認定しているが,この部分は審決の基本的な誤りの
部分である。
 すなわち,審決は,本件登録意匠の戸車転動面の「湾曲」部分につき,湾
曲の程度を「磨耗による経年変化程度」と認定した上,「匙面」であるからありふ
れたものである,と認定しているけれども,「匙面」形状は,この種戸車用レール
においてありふれたものであるといい得るほどにみられたものではない。また,左
右に延びた2面の「匙面」こそが,戸車転動面が大きく深く湾曲して開いた特徴的
ないわゆる「お碗形状」であり,本件登録意匠の最大の特徴的な形状である。引用
意匠は,それに対して,幅広い太溝が垂直に溝の中央に大きく設けられて,出隅部
(開口部)を面取りするように傾斜させたいわゆる「Y字形状」である。双方は基
本形状が全く相違する。
 審決は,「しかも,戸車溝に共通点(2)に示す特徴的な共通性があることを
考慮すれば,その差異は局所的微差に止まるものであり,共通点(1)~(3)に示す全
体的な共通性を凌ぐものではない。」(3頁32行~35行)と続けて認定し,こ
こにおいても「戸車溝に共通点(2)に示す特徴的な共通性があることを考慮すれば」
と述べて,前に述べた両意匠の共通点の認定の誤りを繰り返している。
 このように,本件登録意匠は,鋭く切り立った広い出隅部とそれに続く湾
曲部の深さが特徴であるのに対し,引用意匠は,幅広い太溝が形状の中心に据えら
れ出隅部が逆ハの字にカットされたにすぎないものである。このことは,別紙参考
図(1)に示した両意匠の図面を見比べれば明らかである。
(4)被告は,引用意匠は,独創性が極めて高く,類似範囲が極めて広い意匠で
ある,と主張する。そして,引用意匠の特徴が「底部を一段陥没させた溝」である
ということが,その根拠となっている。
  しかし,審決が認定する上記「底部を一段陥没させた溝」は,前述のとお
り,引用意匠の特徴の表現としては正確ではなく,「出隅部を逆ハ字に傾斜させた
深くて大きな矩形の溝」とするのが正確である。
 仮に,引用意匠の特徴が「底部を一段陥没させた溝」であるとしても,こ
の形状は,登録第942205号意匠(甲第4号証),登録第952133号意匠
(甲第5号証),登録第952145号意匠(甲第6号証),登録第952145
号の類似1号意匠(甲第7号証),登録第952164号意匠(甲第8号証)の各
意匠公報(以下まとめて「甲4ないし8号証公報」という。)にもみられるもの
で,全く創作性のないごくありふれた公知の形状である。したがって,引用意匠
は,独創性が極めて高い意匠ということはできず,逆に,独創性に乏しい類似範囲
の狭い意匠というべきである。引用意匠は,戸車の外輪が転動するための深くて大
きい矩形の溝を形成し,溝の上部には内輪が転動するための切欠傾斜を設けた意匠
であり,戸車の形状に添って戸車が脱輪しないような機能を求めた従来から存在す
るY字状レールにすぎない。
 これに対し,本件登録意匠の特徴は,前述のとおり,正面形状が「お碗」
の断面を連想して創作された,極めて特異な独創性を有する形状である。したがっ
て,引用意匠との間に類似性は全くない。
(5) 両意匠の形状の相違がもたらす機能面での差異も大きい。別紙参考図(2)
に示すように,本件登録意匠のレール材は,Y型,U型,V型の3種類の戸車に対
応できるのに対し,引用意匠のレール材では,Y型戸車にしか適合性がない。
(6)審決は,「相違点(4)のレール裏面の態様における差異については,・・・
該部位が使用時に裏面に隠れてしまうことを考慮すれば,その差異は両意匠の類否
を左右するものとは成し得ない。」(4頁7行~10行)と認定したが,レール材
が販売ルートに存在するときは,裏も表も関係なく当業者の目に触れるのであるか
ら,審決の認定は誤りである。
(7)以上のとおり,本件登録意匠の創作性は高く,両意匠は,機能上から生じ
る形状の差異はもちろん,対比観察においても,離隔的観察においてもその相違は
明らかであり,必然的な機能上の形状(レールに溝を構成したこと)を除いて,引
用意匠との間に類似性が認められるほどの意匠上の共通性はどこにもない。両者
は,明らかに非類似であり,審決の誤りは明白である。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本件登録意匠と引用意匠との共通点の認定の誤り)について 
 原告は,引用意匠は,「底部を一段陥没させ」たものではなく,「戸車の外
輪が転動するための矩形の溝を構成して,その溝の上部に戸車の内輪が転動するた
めの左右切欠きを設けた」ものがその形状の特徴である,と主張する。
 しかし,引用意匠が「底部を一段陥没させ」たものであることは,疑いよう
のないことである。また,原告は,引用意匠における戸車の内輪が転動するための
面が戸車転動面であることをどうしても認めたくないため,戸車転動面のことをい
うのに,あえて「左右切欠き」などという理解し難い表現を用いているだけであ
る。原告が「左右切欠き」と呼んでも,それが戸車転動面であることに相違はな
い。これを「戸車転動面」とした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(本件登録意匠と引用意匠の相違点の認定の誤り)について
 原告は,本件登録意匠の細溝の深さは戸車溝全体の深さの略3分の1程度で
はなく4分の1程度である,引用意匠の溝は,細溝ではなく太溝であり,戸車溝全
体の3分の2の深さである,と主張する。しかし,審判官が意匠公報の図面を厳密
に計測せずに,略3分の1程度であると認定したとしても,何ら誤りはなく,ま
た,審決が,細溝という語を用いたのは,戸車溝の幅の広い部分に較べて細い溝で
あることを示すためであるにすぎないと解釈すべきである。審決の認定に誤りはな
い。
3 取消事由3(本件登録意匠と引用意匠の類否判断の誤り)について
(1)引用意匠は,敷居レール等の薄型のレール材に戸車の脱輪防止機能を持た
せるために創作された構成に係る意匠であって,この構成においては,審決の認定
における「底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝」部分にY型戸車の中央膨
出部が嵌合するようにして,戸車転動中の脱輪を防止しているものである。
 従来公知のY型レールは,床面に埋設したり,床下地に取り付けた後にフ
ローリング材を張って使用する高さの大きいものに限られていて,敷居レール等に
使用される薄型のレール材にはこのような形状の戸車溝をしたものはなかった。し
たがって,このような細溝を含めた戸車溝を有する薄型のレール材の意匠である引
用意匠は,独創性が極めて高く,類似範囲が極めて広い意匠といい得るものであ
る。
(2)原告は,戸車溝の底部を一段陥没させた態様が両意匠に共通の特徴的なも
のであるということはない,と主張する。しかし,引用意匠は,細溝を含めた戸車
溝を有する形状が従前にない独創的形状であり,これこそが同意匠の要部に当たる
というべきであるから,審決が「底部を一段陥没させた態様が特徴的なものであ」
(3頁25行)ると認定したことに何ら誤りはない。
 原告は,引用意匠においては太溝部分がレール溝の大部分を占めており,
などと寸法的な相違について述べ,この相違点に係る部分こそが,意匠の特徴的な
部分であり,本件登録意匠との非類似性をもたらしている,とも主張している。し
かし,それは,底部を一段陥没させた態様の薄型のレール材が公知であることを前
提にした主張であり,このようなレール材が従前にあったことを立証できなければ
通用しない議論である。
(3)原告は,審決は,本件登録意匠の戸車転動面の「湾曲」部分につき,湾曲
の程度を「磨耗による経年変化程度」と認定した上,「匙面」であるからありふれ
たものである,と認定しているけれども,「匙面」形状は,この種戸車用レールに
おいてありふれたものであるといい得るほどにみられたものではない,また,左右
に延びた2面の「匙面」こそが,戸車転動面が大きく深く湾曲して開いた特徴的な
いわゆる「お碗形状」であり,本件登録意匠の最大の特徴的な形状である,引用意
匠は,それに対して,幅広い太溝が垂直に溝の中央に大きく設けられて,出隅部
(開口部)を面取りするように傾斜させたいわゆる「Y字形状」である,双方は基
本形状が全く相違する,と主張する。
  しかし,審決が「匙面」と表現したのは,摩耗による経年変化によっても
たらされる湾曲面のことであり,「ありふれたものである」と表現したのは,匙面
形状の溝がこの種戸車用レールにおいてありふれたものであるとの意味ではなく,
摩耗による経年変化によってもたらされる湾曲面がありふれたものであるとの意味
であると解するのが妥当である。
  原告は,引用意匠の戸車溝は全体として「Y字形状」であると主張する。
しかし,本件登録意匠の特徴を「お碗形状」と表現するのならば,引用意匠は「盃
形状」と表現すべきである。
  要するに,両意匠に共通する基本形状は,薄板状のレール材本体の偏った
位置に,内方に行くに従い下がるように傾斜した戸車転動面を形成し,その戸車転
動面の底部を一段陥没させて細溝を形成した形状である。
  両意匠の戸車転動面に,引用意匠においては直線状であるのに対し,本件
登録意匠においては湾曲しているという相違があるのは事実である。しかし,底部
を一段陥没させた態様が特徴的なものである以上,戸車転動面に直線状であるか湾
曲しているかの違いがあっても,また,細溝を含めた戸車溝全体の形状に盃形状か
お碗形状かの違いがあっても,これらの違いは,底部を一段陥没させたというこの
特徴的態様に埋没してしまう程度の微細な差異にすぎないものというべきである。
  したがって,審決の「戸車溝に共通点(2)に示す特徴的な共通性がある
ことを考慮すれば,その差異は局所的微差に止まるものであり,共通点(1)~
(3)に示す全体的な共通性を凌ぐものではない」(3頁32行~35行)との認
定に誤りはない。
(4) 原告は,引用意匠の特徴が「底部を一段陥没させた溝」であるとしても,
この形状の特徴は甲4ないし8号証公報にみられるもので,全く創作性のない公知
の形状である,と主張する。しかし,甲4ないし8号証公報は,いずれも引用意匠
の意匠登録出願日より後に発行されたものであるから,この特徴的な形状は,引用
意匠との関係において公知の形状ではない。原告の主張は失当である。
(5)原告は,本件登録意匠のレール材は,Y型,U型,V型の3種類の戸車に
対応できるのに対し,引用意匠のレール材では,Y型戸車にしか適合性がない,と
いう。しかし,いずれの意匠のレール材も,3種類の戸車の走行自体には支障はな
い。また,いずれの意匠のレール材も,脱輪防止機能を奏し得るのはY型戸車を使
用した場合だけである。3種類の戸車に対応できるのは本件登録意匠に係るレール
材のみである,との原告主張は誤りである。
(6)原告は,レール裏面の態様における差異についての審決の認定に対し,レ
ール材が販売ルートに存在するときは,裏も表も関係なく当業者の目に触れるので
あるから,審決の認定は誤りである,と主張する。
  しかし,レール裏面の態様の違いは極めて微細なものである。したがっ
て,審決の「その差異は両意匠の類否を左右するものとは成し得ない」(4頁9~
10行)との認定に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件登録意匠と引用意匠との共通点の認定の誤り)について
 原告は,審決は,本件登録意匠と引用意匠の共通点の一つとして,「(2)戸車
溝の態様について,底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し,該細溝
の縁部から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成している
こと。」(3頁1行~3行)を認定したが,誤りである,引用意匠の戸車溝は,
「底部を一段陥没させ」たものではなく,「戸車の外輪が転動するための矩形の溝
を構成して,その溝の上部に戸車の内輪が転動するための左右切欠きを設けた」こ
とがその形状の特徴であり,引用意匠のレールは,いわゆるY字型レールである,
と主張する。
 しかし,甲第3号証(引用意匠の意匠公報)によれば,審決が,引用意匠の
溝の断面形状を,「底部を一段陥没させて断面視略矩形状の細溝を形成し,該細溝
の縁部から戸車溝の上縁部にかけて傾斜するやや広幅の戸車転動面を形成してい
る」との表現を用いて認定したことに何ら誤りはないことが,明らかである。すな
わち,二つの意匠の類否の判断の説明をするために,意匠の形状を言葉により表現
する場合,表現の仕方には種々のものがあり得るのであり,殊更に恣意的な表現を
用いることは許されないとしても,そのことを除けば,その中のどれを選択するこ
とも可能であるというべきである。要は,それぞれの意匠が正確に把握されていれ
ばよいのであり,それを表現する方法を一つに限定すべき理由はないからである。
甲第3号証によれば,本件においては,審決が殊更に恣意的な表現を用いて引用意
匠を認定したものとは認められないから,審決のような表現で本件登録意匠と引用
意匠の共通点を認定することに何ら誤りはない。したがって,原告が主張する取消
事由1は,理由がない。
2 取消事由2(本件登録意匠と引用意匠の相違点の認定の誤り)について
 審決は,本件登録意匠と引用意匠との相違点の一つとして,「(2)戸車溝底部
の細溝の態様について,本件登録意匠においては,両側が逆台形状に僅かに傾斜し
ており,該細溝の深さが戸車溝全体の深さの略3分の1程度であるのに対し,甲第
1号証意匠(判決注・引用意匠)においては,両側が垂直に切り立っており,該細
溝の深さが戸車溝の深さの略半分程度であること。」(3頁9行~12行)を認定
している。原告は,この認定について,本件登録意匠の細溝の深さは,戸車溝全体
の深さの略3分の1程度ではなく4分の1程度であり,引用意匠の溝は細溝ではな
く太溝であり戸車溝全体の3分の2の深さである,すなわち,本件登録意匠の細溝
部分は,戸車溝深さの25%程度であるのに対して,引用意匠の太溝部分は戸車溝
深さの67%程度を占めているのである,と主張する。
 確かに,甲第2,第3号証によれば,本件登録意匠と引用意匠の溝の深さの
割合は,意匠公報の図面上でこれを定規をもって測定すれば,ほぼ原告主張のとお
りであることは否定し得ない。しかし,審決は,本件登録意匠及び引用意匠の全体
的な構成及びその特徴的な形状を認定しているのであって,その中で,戸車溝の全
体の深さに対する細溝の深さの大体の割合を目視により認定しているにすぎないこ
とが明らかである。そして,「意匠とは,物品の形状,模様・・・であって,視覚
を通じて美感を起こさせるものをいう。」(意匠法2条1項)のであるから,本件
において,戸車溝の全体の深さに対する正確な割合が,両意匠の対比において重要
な要素となるのなら格別,そうでないのなら,その割合について,目視によりおお
よその割合を認定することは何ら差し支えなく,上記のような認定上の誤差が生じ
たとしても,これを審決の結論に影響を与える瑕疵ということはできない。そし
て,本件における両意匠の対比においては,審決のいう「細溝」の深さの戸車溝全
体の深さに対する正確な割合が重要な要素となるものではないことは,取消事由3
において述べるところから明らかである。また,審決が,引用意匠の溝を細溝と認
定したのは,上段の「傾斜するやや広幅の戸車転動面」(審決書3頁2行~3行)
に対して,細溝と表現したものと認めることができるから,この表現にも問題はな
い。したがって,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 取消事由3(本件登録意匠と引用意匠の類否判断の誤り)について
(1)審決は,「共通点(1)の全体の基本構成及び共通点(3)の全体的な寸法比率
については・・・多分に機能的要請に基づくものではあるが,両意匠の全体的な骨
格を成すものであって,比較的単純な形態から成る両意匠間においては,その共通
性は観察者に強く印象づけられるものであり」(3頁20行~24行)と認定して
いる。原告は,この認定について,物品そのものの限られた形状と機能に共通性が
あっても,その共通性は,観察者に強く印象づけられるものではなく,したがっ
て,意匠の類否判断の基準とはなり得ない,逆に,観察者は,共通性があるがゆえ
にこそ,その部分を無視するのである,と主張する。しかし,共通点(1)と(3)は,
両意匠の基本的な形状でありその全体的な骨格を示すものであることに,両意匠が
比較的単純な形態から成ることを併せて考慮すると,その基本的な骨格における共
通性が観察者に強く印象づけられるとした審決の認定は正しいということができ
る。この点を論難する原告の前記主張は,正当な根拠に欠けるものであり,採用し
得ない。
(2)審決が,「共通点(2)の戸車溝の態様については,底部を一段陥没させた態
様が特徴的なものであって,これが共通点(1)に加わることによって両意匠の全体的
な基調が形成され,両意匠間に強い類似性をもたらしているものと認められる。」
(3頁24行~27行)と認定したのに対し,原告は,本件登録意匠の戸車溝が一
段陥没させた態様であるのに対して,引用意匠の戸車溝においては,太溝部分が戸
車溝の大部分を占めており,それが意匠全体の特徴的な部分であり,意匠全体の形
状を決定づけている,両意匠の戸車溝の態様は,両意匠間に強い類似性をもたらし
ているのではなく,逆に,強い非類似性をもたらしているのである,と主張する。
また,審決が「相違点(1)の戸車転動面の態様における差異については,本件登録意
匠の湾曲の程度が摩耗による経年変化程度の極緩やかなものであり,しかも出隅部
における断面視円弧状の面取りが所謂「匙面」としてありふれたものである」(3
頁28行~31行)と認定したのに対し,原告は,この部分は審決の基本的な誤り
の部分である,すなわち,左右に延びた2面の「匙面」は,いわゆる「お碗形状」
であり,これこそが本件登録意匠の最大の特徴的な形状である,引用意匠は,それ
に対していわゆる「Y字形状」であり,双方は基本形状が全く相違する,と主張す
る。
  しかし,甲第2,第3号証から明らかなように,レール材に係る意匠にお
いて,戸車用の溝の形状が,その上部が傾斜する広幅の戸車転動面となっている2
段構造になっていることが,単純な1段の溝形状のものに比べ,意匠的に顕著な差
異をもたらすものであることは明らかというべきである。そして,レール材として
の商品の性質あるいは実際の使用態様を考慮すれば,レール材の前述のような2段
の溝形状のうち,下段の溝の深さが浅いか深いかの差異は,レール材全体からみる
と微細な差異であり,意匠的にわずかな差異をもたらすにすぎないということがで
きる。また,溝の上部の傾斜する戸車転動面が緩やかな湾曲面状であるか,平面状
であるかとの差異も,レール材としての商品の性質あるいは実際の使用態様を考慮
すれば,レール材全体からみると微細な差異であり,意匠的にはわずかな美感上の
差異をもたらすにすぎないものということができる。もっとも,レール材を取引
者・需要者が購入するに当たって,これを手に取り,レール材の長手方向の側面か
ら,その溝の断面形状を見ることがないわけではなく,その場合は,下段の溝の深
さの差異や,溝の上部の傾斜する戸車転動面が湾曲面状であるか,平面状であるか
の差異に気がつく者もいることは否定し得ないところである。しかし,本件登録意
匠においては,レール材の溝の上部の傾斜した戸車転動面の湾曲の程度は緩やかな
ものであるにすぎず,レール材としての商品の性質を考えると,両意匠を全体的
に,離隔的に観察すれば,レール材の下段の溝の深さの全体の溝の深さに対する割
合や上段に傾斜する戸車転動面の断面形状が平面状か緩やかに湾曲しているかの差
異は目立つものではなく,審決が共通点(1)ないし(3)で認定した両意匠の全体的な
共通点から受ける意匠的な美感を異ならせるものとまでは,いうことができない。
(3)原告は,引用意匠の特徴が「底部を一段陥没させた溝」であるとしても,
この形状の特徴は,甲4ないし8号証公報にみられるもので,全く創作性のないご
くありふれた公知の形状である,したがって,引用意匠は,独創性が極めて高い意
匠とはいえず,逆に独創性に乏しい類似範囲の狭い意匠である,と主張する。しか
し,甲第4ないし第8号証によれば,甲4ないし8号証公報は,いずれも引用意匠
の意匠登録出願日より後に発行されたものであるから,引用意匠の上記形状の特徴
である「底部を一段陥没させた溝」は,引用意匠との関係において公知の形状であ
るとは認められず,かえって,引用意匠を特徴づける形状であることが推認される
のであり,原告の上記主張は採用することができない。そして,本件登録意匠は,
前記のとおり,引用意匠を特徴づける「底部を一段陥没させた溝」の形状におい
て,引用意匠と共通点を有するものであり,この点が他の共通点と相まって,本件
登録意匠を引用意匠とその美感を共通にする根拠の一つとなっていることは前述の
とおりである。
(4)原告は,両意匠の相違形状がもたらす機能面での差異は大きく,別紙参考
図(2)に示すように,本件登録意匠のレール材は,Y型,U型,V型の3種類の戸車
に対応できるのに対し,引用意匠のレール材では,Y型戸車にしか適合性がない,
と主張する。しかし,原告主張の事実を認め得る証拠はなく,また,両意匠を実施
した各レール材について,このような機能上の差異があるかどうかは,本件登録意
匠と引用意匠の類否を判断する上において,ほとんど影響を与えない事柄であるこ
とが明らかである。原告の主張は失当である。
(5) 原告は,審決が「相違点(4)のレール裏面の態様における差異について
は,・・・該部位が使用時に裏面に隠れてしまうことを考慮すれば,その差異は両
意匠の類否を左右するものとは成し得ない。」(4頁7行ないし10行)と認定し
たことについて,レール材が販売ルートに存在するときは,裏も表も関係なく当業
者の目に触れるのであるから,審決の認定は誤りである,と主張する。しかし,本
件登録意匠におけるレールの裏面における2条の溝は,その溝の幅や深さからみて
もわずかなものであって,目立つものではなく,また,レール材の具体的な使用態
様においてレールの裏面の目立たない位置に存在するものであるから,両意匠の全
体としての美感に与える影響はわずかなものである。したがって,この点について
の審決の認定に誤りはなく,原告の主張は採用することができない。
4 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由が
なく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告
の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事
訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
           裁判長裁判官    山  下  和  明
              裁判官     設  樂  隆  一
 
              裁判官    阿  部  正  幸
(別紙)
参考図(1) 参考図(2)

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