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平成13年(行ケ)第291号 審決取消請求事件
平成13年11月27日口頭弁論終結
            判       決
      原      告    クォルコム・インコーポレイテッド
      訴訟代理人弁理士    深 見 久 郎
      同           森 田 俊 雄
      同           竹 内 耕 三
      被      告    特許庁長官 及川耕造
      指定代理人       今 田 三 男
      同           大 橋 良 三
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
   3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)特許庁が不服2000-13425号事件について平成13年2月28日
にした審決を取り消す。
  (2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文1,2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成10年11月18日,標準文字により「MSM-」と表した構
成より成る商標(以下「本願商標」という。)について,指定商品を,商品及び役
務の区分第9類「無線通信における信号処理装置及びそれとともに提供される専門
的・インストラクションマニュアル,その他の電気通信機械器具,電子応用機械器
具及びその部品,配電用又は制御用の機械器具,電池,電気磁気測定器,電線及び
ケーブル,回転変流機,調相機,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザ
ー,磁心,抵抗線,電極」(平成12年4月3日付け手続補正書により,「無線通
信における信号処理装置,その他の電気通信機械器具,電子応用機械器具及びその
部品,配電用又は制御用の機械器具,電池,電気磁気測定器,電線及びケーブル,
回転変流機,調相機,電気アイロン,電気式ヘアカーラー,電気ブザー,磁心,抵
抗線,電極」に補正された。)として,登録出願(優先権主張,アメリカ合衆国,
1998年6月19日。以下「本件出願」という。)をしたが,平成12年5月2
6日,拒絶の査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,
これを不服2000-13425号事件として審理した結果,平成13年2月28
日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年3月
12日,原告に送達した。
 2 審決の理由
審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願商標は,登録第4369026号
の商標(平成8年7月25日登録出願され(優先権主張,ドイツ連邦共和国,19
96年1月25日),平成12年3月17日設定登録されたもので,「NSM」の
欧文字より成り,指定商品を商品及び役務の区分第9類「家庭用テレビゲームおも
ちゃ,配電用又は制御用の機械器具,回転変流機,調相機,電池,電気磁気測定
器,電線及びケーブル,電気式アイロン,電気式ヘアカーラー,ジュークボックス
その他の電気通信機械器具,電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気
ディスク・磁気テープ,電子回路(電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路
を除く。)その他の電子応用機械器具及びその部品」とする。以下「引用商標」と
いう。)と,称呼において類似し,その指定商品も同一又は類似であると認められ
るから,商標法4条1項11号に該当する,と認定判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「1.本願商標」,「2.原決定の拒絶の理由」は認める。
「3.当審の判断」中,本願商標と引用商標の指定商品が同一である又は類似して
いるとの認定は認め,本願商標と引用商標とがその称呼において類似する商標であ
るとの認定判断は争う。審決が本願商標の優先権主張は認められないとした認定は
認める。
審決は,本願商標と引用商標とが称呼において類似していると誤って認定判
断したものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるか
ら,違法として取り消されるべきである。
1 本願商標と引用商標とは称呼において類似しない。
(1)審決は,「両者(判決注・本願商標「MSM-」及び引用商標「NS
M」)の称呼全体を一連に称呼するときは,両者は,その語調,語感が近似し互い
に紛れるおそれがあるものといわざるを得ない。」と認定した(審決書2頁35行
~37行)。
 しかし,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のように,アルファ
ベットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文
字一文字を区切って明確に発音するのが常であるから,両商標の称呼の聴別は容易
である。
 しかも,「M(エム)S(エス)M(エム)」又は「エヌ(N)S(エ
ス)M(エム)」というわずか3音節の語頭において「エム(M)」と「エヌ
(N)」との相違があるのであるから,両商標の聴別はなおさら容易であるという
べきである。
(2)被告は,商標の構成においてアルファベットが羅列してあるからといっ
て,常に,一文字一文字に区切って,これから生ずる称呼を一音一音明確な意思を
もって,明瞭に発音しなければならない特段の理由は存在しない,むしろ,簡易,
迅速を尊ぶ取引の場にあっては,それほど冗長でもなく語呂よく称呼し得る商標
は,一音ずつ区切ることなく一気一連に称呼されるというのが自然である,と主張
する。
  しかし,成語である場合又は成語ではなくとも子音と子音との間に母音が
あるために成語的発音が可能な場合(例えば「MUN」等)を除き,通常の日本人
は,アルファベットの羅列を一文字一文字区切って発音するのが常である。なぜな
ら,アルファベットの羅列からなる商標の多くは何らかの成語の略語であり,この
ような略語はその一文字が異なればその意味する内容が全く異なる,すなわち,成
語の場合と異なり,羅列したにすぎないアルファベットにあっては,その一文字・
一音の違いが有する意義は極めて大きいからである。したがって,これを発音する
者は,聴取者が誤って聴取しないように,慎重にかつ明確に発音する一方,これを
聴取する者も誤って聴取しないように慎重に注意深く聴取するのが常である。この
ことは,取引の迅速が尊重される取引社会にあっても同様である。むしろ,一文字
の違いが商品の違いに通じ,ひいては取引上の莫大な経済的損失に通じかねないか
ら,より慎重にこれを発音し,聴取するのが当然である。
  このようにして,アルファベットの羅列からなる商標の発音は,一気一連
に称呼されるような特段の事情がある場合を除き,一音ずつ区切って発音されるの
である。本願商標と引用商標については,一気一連に称呼されるような特段の事情
はないから,一文字一文字を区切って明確に発音されることになるのである。
(3)被告は,仮に,原告が主張するように,両者が一文字一文字を区切って称
呼される場合があるとしても,その場合においても,本願商標及び引用商標から生
ずる称呼を構成する「M(エム)」「S(エス)」「M(エム)」及び「N(エ
ヌ)」「S(エス)」「M(エム)」という各3音節のいずれもが,声を口腔内に
響かせて明瞭に発音され,聞く者に強い印象を与える母音「エ」をそれぞれ第1音
とするものであることから,微差しか有しない両者を,時と場所を異にして称呼す
る場合には,これらに接する取引者・需要者は,6音中3音を同じ位置で占め,明
瞭に発音される母音「エ」に強い印象を受け,全体の語調,語感が近似したものと
して聴取するというべきである,と主張する。
  しかし,母音「エ」が6音中3音を同じ位置で占めるとしても,この母音
「エ」のみが強い印象を与えるということはない。なぜなら,アルファベットの略
語はその一文字が異なればその意味する内容が全く異なるものとなることのゆえ
に,これを発音する者は,聴取者が誤って聴取しないように,漢字熟語や大和言葉
を発音する場合とは異なった注意力をもって,慎重にかつ明確に発音しようとし,
これを聴取する者も,漢字熟語や大和言葉を聴取する場合とは異なった高度の注意
力をおのずと傾け,いずれの音も軽重の差なく聴取しようとするからである。
  仮に,両者の称呼を,それぞれを構成する6音中3音が「エ」をもって同
じ位置を占めることを理由に,相紛らわしいというとすれば,例えば,本願商標の
筆頭文字「M」を「A,F,H,L,S」等に置き換えたA-SM(エイ・エス・
エム),F-SM(エフ・エス・エム),H-SM(エイチ・エス・エム),L-
SM(エル・エス・エム),S-SM(エス・エス・エム)等はいずれも相互に紛
らわしいということとなり,不合理である。
  むしろ,本願商標「MSM-」は,筆頭文字でもあり末尾文字でもある
「M」の「エム」という発音が繰り返されることにより,聴取者は「M(エム)」
の音を中心とした発音であることを明確かつ容易に認識することが可能であるのに
対し,引用商標「NSM」は,筆頭文字「N(エヌ)」,中間文字「S(エス)」
及び末尾文字「M(エム)」の各音がいずれも異なり,そこに中心となる音は存在
しないこと,称呼識別上の重要な要素となる筆頭文字の発音が両称呼で異なること
を併せ考えれば,両称呼の全体の語調及び語感は全く異なり,その聴別は容易であ
るというべきである。
  英語の発音又は外来語についての日本人の聴別能力を従来のそれと同様に
論ずることはできない。すなわち,戦後英語教育が広汎に普及し,戦前の英語教育
と異なり特にヒアリングを重視した文部省の英語教育の効果もあり,しかも経済・
社会・文化の国際化によりテレビ・ラジオ等を通じて通常の日本人が英語の発音に
接する機会が戦前と比較して格段に増加し,欧文字で書される商標,商品名,企業
名等が巷(ちまた)に溢れる今日,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取
能力は格段に向上しているというべきである。したがって,仮に,「M(エム)」
と「N(エヌ)」との聴別が困難であるとする称呼類否判断上の取扱いが従来存在
したとしても,今日これを一律に当てはめるのは,誤りというべきである。
  本願商標と引用商標のように,アルファベットを羅列した構成にあって
は,筆頭文字の「M(エム)」と「N(エヌ)」との相違及びその他の構成音は容
易に聴別でき,ひいては商標全体の聴別も容易なのである。
2 近時の審決例をみても,本件と同様の事例において,称呼上非類似との判断
がなされている。
  平成1年審判第1036号審決においては,「本願商標の後半部分「MC
L」や引用商標「NCL」のようにアルファベット3文字を羅列してなり,かつ成
語でない商標の場合は,たとえ簡易迅速を旨とする商取引場裡といえども,発音に
際しては一気一連というよりは一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常と
いえるから,発音上のかかる事情と前述の音の差異とを考え合わせれば,両商標
は,前記の構成よりみて,称呼において相紛れるおそれのないものと言わざるを得
ない。」との判断が示されている(甲第2号証)。
  平成9年異議第90614号商標登録異議決定においては,登録商標を「M
EC」,引用の商標を「NEC」とする事例につき,同趣旨の判断が示されている
(甲第3号証)。
  上記二つの事例は,商標が3文字のアルファベットから構成されている点及
び比較の対象である両商標の相違が語頭における「M」と「N」の相違のみである
点で,本件の事例と共通する。
  このように,本件と同様の事例において両商標が非類似と判断されている以
上,本件においても同様に,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」とは非類
似であるとの判断がなされてしかるべきである。
  先行する引用商標「NSM」が存在するにもかかわらず,第三者の商標「M
SM」が平成12年10月6日付けで登録に至っている(登録第4422476
号)。この登録の事実は,「NSM」と「MSM」とが非類似であると被告自身が
判断したことを示すものにほかならない。そうである以上,上記登録第44224
76号商標のアルファベットとその構成を同様にする本願商標「MSM-」と引用
商標「NSM」との類否についても,同様に非類似の判断がなされてしかるべきで
ある。なお,本願は登録第4422476号商標の先願に係るものであるから,登
録第4422476号商標の存在により拒絶されるべきものではない。
3 国際商取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上相紛らわ
しいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引の阻害と
なり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を
図り,もつて産業の発達に寄与・・・することを目的とする。」という商標法の目
的(商標法1条)に反することにもなるというべきである。
  すなわち,アルファベットの羅列からなる商標の多くは,国際商取引の発達
した今日,商品を特徴付ける品質を暗示する成語の外国語の略語であったり,製造
者・取引者の名称の略語であったりする場合が少なくない。このような商標の類否
判断に当たって,日本だけがあまりに過大な類似範囲を設定すれば,実際の市場に
おいて十分な識別性を発揮し得る商標についてもその登録を排除する結果となり,
日本以外の多くの国においては非類似として登録され得るものが,日本に限り登録
され得ない事態が生じ得る。このような場合には,日本市場において使用する商標
に限りその採択・使用の変更を余儀なくされる場合が生じ,ひいては国内企業はも
とより外国企業の経済的活動の妨げとなる。
 本願商標と引用商標との間には,前記1で述べたとおりの相違があり,両商
標は,国内市場においても国際市場においても容易に識別することが可能である。
それにもかかわらず,本願商標につき,引用商標の存在を理由にその登録が拒絶さ
れるとすれば,日本国に限り,商標の採択・使用を変更しなければならない事態も
生じ,日本国に限り,本願商標に係る業務上の信用に依拠することができなくな
り,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与す
るという商標法の目的に反することになるというべきである。
4 以上のとおり,審決は,本願商標と引用商標との類否判断において称呼の類
似性の判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであ
るから,違法であり,取り消しを免れない。
第4 被告の反論の要点
1 本願商標と引用商標とは称呼において類似する。
(1)原告は,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のようにアルファベ
ットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文字
一文字を区切って明確に発音されるのが常である,と主張している。
  しかしながら,商標の類否判断における基準の一つとして用いられる商標
の称呼は,当該商標が付された商品の取引において,取引者・需要者が当該商標を
どのように称呼するのが通常であるかという観点から決せられべきである。そし
て,この観点からみた場合,商標の構成においてアルファベットが羅列してあるか
らといって,常に,一文字一文字に区切って,これから生ずる称呼を一音一音明確
な意思をもって,明瞭に発音しなければならない理由は存在しない。むしろ,簡
易,迅速を尊ぶ取引の場にあっては,それほど冗長でもなく語呂よく称呼し得る商
標は,特に紛らわしい称呼を生じる他人の商標と区別することを意識して称呼する
というような場合や,一音ずつ区切って発音されるものとして一般に知られている
というような特別な事情がある場合でない限り,一音ずつ区切ることなく一気一連
に称呼されるというのが自然である。本願商標及び引用商標のそれぞれから生ずる
ことが明らかな「エムエスエム」及び「エヌエスエム」の称呼も,いずれも,それ
ほど冗長でもなく,語呂よくスムーズ,かつ,平坦に称呼し得るものであって,ア
ルファベットから生ずる音であることを考慮したとしても,殊更これを区切って発
音しなければならないというほどのものではない。両者が一文字一文字区切って発
音されるものとして知られている,という事情も見当たらない。本願商標及び引用
商標は,一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,という原告の主
張は失当である。
(2)原告は,一文字一文字を区切って明確に発音されるのが常である,という
前提に基づいて,本願商標から生ずる「エムエスエム」と,引用商標より生ずる
「エヌエスエム」の,両称呼の聴別は容易である,と主張し,さらに,「「M(エ
ム)S(エス)M(エム)」又は「N(エヌ)S(エス)M(エム)」というわず
か3音節の語頭において「M(エム)」と「N(エヌ)」との相違があるのである
から,両商標の聴別はなおさら容易であるというべきである,と主張している。
 しかしながら,前記(1)で述べたように,本願商標及び引用商標は,常に一
文字一文字を区切って明確に発音される,というわけではなく,全体として一連に
発音されることも十分あり得るものである。そして,商標の称呼の類否において
は,全体として一連に発音した場合の識別性の容易さが問題とされるべきである。
  本願商標から生ずる「エムエスエム」の称呼と引用商標より生ずる「エヌ
エスエム」の称呼とは,同音数からなり,声を口腔内に響かせて明瞭に発音される
母音「エ」に挟まれた第2音における「ム」と「ヌ」の差異を有するのみで,他の
音をすべて同じくするものである。しかも,相違する「ム」と「ヌ」の音は,母音
「u」を共通にする鼻音であって比較的弱い音として発音される極めて近似した音
であることから,この差異が全体に及ぼす影響はわずかなものというべきである。
  したがって,両商標は,それぞれを一連に発音する場合には,全体の語
調,語感が近似し,互いに紛らわしく,取引者・需要者をして聞き誤らせるおそれ
のあるものである。
  仮に,原告が主張するように,両者が一文字一文字を区切って称呼される
場合があるとしても,その場合においても,本願商標及び引用商標から生ずる称呼
を構成する「M(エム)」「S(エス)」「M(エム)」及び「N(エヌ)」「S
(エス)」「M(エム)」という各3音節のいずれもが,声を口腔内に響かせて明
瞭に発音され,聞く者に強い印象を与える母音「エ」をそれぞれ第1音とするもの
であることから,前述の微差しか有しない両称呼を,時と場所を異にして称呼する
場合には,これらに接する取引者・需要者は,6音中3音を同じ位置で占め,明瞭
に発音される母音「エ」から強い印象を受け,全体の語調,語感が近似したものと
して聴取するというべきであり,両者は,やはり,互いに紛らわしく,聞き誤るお
それのあるものである。
  いずれにせよ,原告の前記主張は失当である。
2 原告は,平成1年1036号審決,平成9年異議第90614号商標登録異
議決定を挙げて,本件においてもこれらにおけると同様に,本願商標「MSM-」
と引用商標「NSM」とは非類似であるとの判断がなされてしかるべきである,と
主張し,また,登録第4422476号商標が登録されたことを挙げ,本願商標に
ついてもこれと同様に非類似の判断がなされてしかるべきである,と主張してい
る。
 しかしながら,原告が挙げる審決例及び異議決定例は,本件とは音構成が異
なる称呼についての類否判断であって事案を異にするものであるから,これらがそ
のまま本件にあてはまるものではない。本願商標と引用商標との類否判断は,両商
標につき個別具体的に行われるべきである。
 前記登録4422476号商標が登録されたという事実によって、本件の判
断が拘束されるものでもない。すなわち、同商標の登録は単独の審査官によるもの
であるのに対し、拒絶査定不服審判における審理は、3人又は5人の審判官による
合議体において、審査官の審査に瑕疵があれば、これを是正することを制度趣旨と
するものであるから、審査官の判断の一例があるからといって、本件の判断がこれ
に拘束されるべきことになるものではないのは,当然である。
3 原告は,国際取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上紛
らわしいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引の阻
害となり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維
持を図り,もって産業の発達に寄与することを目的とする。」という商標法の目的
(1条)に反することにもなるというべきである,と主張する。
 しかしながら,本願商標と引用商標の併存登録を認めないことが何ゆえに円
滑な国際商取引の阻害となるのか,明かではない。のみならず,本願商標と引用商
標とは,既に述べたように,称呼上類似するものであるから,これらを,併存させ
て登録することこそ,商標の使用をする者の業務上の信用を阻害することにもつな
がり,商標法の目的に反することになるのである。
4 結論
 以上のとおり,原告の主張はいずれも失当であり,本願商標「MSM-」と
引用商標「NSM」とは,称呼において類似するとした審決の判断に何ら誤りはな
い。
第5 当裁判所の判断
1 本願商標と引用商標の称呼における類否について
(1)本願商標は,「MSM-」の文字より成り,そのハイフンの部分は,格別
自他商品識別標識の機能を果たすものとは認められないので,その「MSM」の文
字部分から「エムエスエム」との称呼が生じ,これをもって取引に資されることが
多いものと認められる。したがって,本願商標は,「MSM」の文字部分に相応し
て「エムエスエム」の称呼が生じるものであり,また,「MSM-」あるいは「M
SM」は特定の語義を有するものとして一般に知られている語ではないから,一種
の造語から成るものというべきである。
 これに対し,引用商標は,「NSM」の文字から成るものであり,この文
字に対応して,「エヌエスエム」の称呼が生じるものであり,また,「NSM」は
特定の語義を有するものとして一般に知られた語ではないから,一種の造語から成
るものというべきである。
 本願商標から生じる「エムエスエム」の称呼と,引用商標から生じる「エ
ヌエスエム」の称呼とを比較すると,両者は,第1音目の「エ」の音,第3音以下
の「エスエム」の音が同じであり,異なるのは第2音目における「ム」と「ヌ」だ
けである。そして,本願商標の第1,第2音の「エム」と引用商標の第1,第2音
の「エヌ」とは,その中の「エ」が明瞭に発音される母音であるのに対し,「ム」
や「ヌ」が,母音の「ウ」を共通にする通鼻音で比較的弱い音であるから,その語
感や語調が近似し,通常の日本人にとって,両者は相紛らわしい音であるというこ
とができる。このように,第1音の「エ」,第3音以下の「エスエム」が同一であ
り,第2音の「ム」と「ヌ」が相紛らわしい以上,本願商標と引用商標とが,その
称呼において極めて相紛らわしく混同を生じやすいものであることは,明らかとい
うべきである(両者は,共に造語であるところからその観念における異同を比較し
得ず,その外観においても,3文字中,2文字が同一であり,1文字が異なること
を考慮しても,顕著な差異があるわけではないから,前記のような称呼の類似性か
らみて,全体として類似するものであることは明らかというべきである。)。
(2)原告は,本願商標「MSM-」や引用商標「NSM」のようにアルファベ
ットを羅列して成り,かつ成語でない商標の場合は,一気一連というよりは一文字
一文字を区切って明確に発音されるのが常である,あるいは,これを聴取する者も
誤って聴取しないように慎重に注意深く聴取するのが常であるから,両商標の称呼
の聴別は容易である,と主張する。しかし,簡易,迅速を尊ぶ取引の実情を考えれ
ば,アルファベットを羅列して成り,成語でない商標であるとしても,これを常に
一文字一文字を区切って明瞭に発音する者ばかりではなく,これを一気一連に発音
する者も少なくないであろうこと,及び,これを聴取する者も慎重に注意深く聴取
する者ばかりではないであろうことは,想像するに難くないところである。また,
本願商標の「MSM-」の称呼は「エムエスエム」であり,引用商標の「NSM」
の称呼は「エヌエスエム」であり,この両者が極めて相紛らわしいものであること
は前記のとおりであって,仮に,取引者・需要者が一文字一文字を区切って両商標
を明確に発音し,また,これを聴取する者も慎重に注意深く聴取したとしても,両
称呼が相紛らわしいものであることは,既に認定したところから明らかというべき
である。原告の主張は採用することができない。
原告は,両商標を一文字一文字を区切って明瞭に発音した場合,本願商標
「MSM-」は,筆頭文字と末尾文字において「M(エム)」という発音が繰り返
されることにより,聴取者は「M(エム)」の音を中心とした発音であることを明
確かつ容易に認識することが可能であるのに対し,引用商標「NSM」は筆頭文字
「N(エヌ)」,中間文字「S(エス)」及び末尾文字「M(エム)」の各音がい
ずれも異なること,及び,称呼識別上の重要な要素となる筆頭文字の発音が異なる
ということを併せ考えれば,両称呼の全体の語調及び語感は全く異なり,その識別
は容易であるというべきである,と主張する。しかし,両商標の筆頭文字の発音が
異なるとしても,「M(エム)」と「N(エヌ)」の発音の識別が困難であること
は前記のとおりであり,また,三文字中の第2,第3の文字が同一文字なのである
から,両称呼の全体の語調及び語感が異なるものということができないことは前記
のとおりである。
原告は,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取能力を従来のそれ
と同様に論ずることはできない,英語の発音又は外来語についての日本人の聴別能
力は格段に向上しているというべきである,したがって,仮に,「M(エム)」と
「N(エヌ)」との聴別困難であるとする称呼類否判断上の取扱が従来存在したと
しても,今日これを一律にあてはめるのは誤りである,と主張する。しかし,仮
に,従前と比べある程度英語ないし外来語についての日本人の聴別能力が向上して
いるとみる余地があるとしても,本願商標「MSM-」と引用商標「NSM」につ
いては,前記のとおり,その称呼は極めて相紛らわしいものであると認められるの
であるから,称呼が類似するとの前記認定を変更すべき余地はない。また,前記認
定を変更すべきほどに,英語の発音又は外来語についての日本人の聴取能力が従前
と比べ格段に向上していることを認めるに足りる証拠もない。
2 過去の審決例等について
 原告は,近時の審決や異議決定の例をみても,本件と同様の事例において,
称呼上非類似の判断がなされている,と主張する。しかし,仮にそうであるとして
も,本件の判断においては,過去の審決例等の判断に拘束されることなく,本件の
事案に即して検討されるべきものであることは,事柄の性質上当然というべきであ
る。仮に,それらの中に,本判決の前記判断と一部矛盾するとみられる例があると
しても何ら差支えない。本件においては,本件の具体的な事案についての前記認定
判断が重要なのであり,過去の審決例,異議決定例について,比較検討する必要性
はない。また,原告は,登録第4422476号商標の例も挙げるが,これについ
ても,同様に比較検討する必要はない。
3 原告は,国際商取引の発達した今日,「MSM-」と「NSM」とが称呼上
相紛らわしいとして両者の商標登録の併存を認めないとすれば,円滑な国際商取引
の阻害となり,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用
の維持を図り,もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」という商標法の
目的(商標法1条)に反することにもなるというべきである,本願商標と引用商標
とは,国内市場においても国際市場においても容易に識別することが可能な商標で
あるのに,本願商標につき,引用商標の存在を理由にその登録が拒絶されるとすれ
ば,日本国に限り,商標の採択・使用を変更しなければならない事態も生じ,日本
国に限り,本願商標に係る業務上の信用に依拠することができなくなり,商標の使
用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与するという商標
法の目的に反するというべきである,と主張する。
しかし,原告の上記主張は,本願商標と引用商標が非類似の商標であること
を前提とした議論であり,その前提自体が認められないことは,前記認定のとおり
である。また,原告の上記主張は,本願商標と引用商標が類似していると認定され
るのであれば,引用商標について過大な類似範囲を設定しているとの主張であると
も解し得るものの,本願商標と引用商標が類似していると認められることは前記の
とおりであり,引用商標について過大な類似範囲を設定したものではないことは,
前記認定自体から明らかである。したがって,原告の主張は,いずれも採用するこ
とができない。
4 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,
その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵が見当たらない。そこで,原告の請求
を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付
加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適
用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
           裁判長裁判官    山  下  和  明
              裁判官     設  樂  隆  一
 
              裁判官    宍  戸     充

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