弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人小田成光の上告理由および同小田成就の上告理由第一点について。
 法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、上告組合のように営
利を目的としない法人にあつても、その行為が法人としての活動上必要な行為であ
りうるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきものであるから、法人のし
た手形行為についてこれを決する場合においては、その原因関係をも含めて判断す
べきものではなく、手形行為自体を標準として判断すべきものと解するのが相当で
ある。しかるところ、原審の確定したところによれば、上告組合は、その活動のた
め現に金銭取引を営んでいるというのであるから、右金銭取引の手段である手形行
為をすることも当然に上告組合の目的の範囲内に属するというべきである。そして、
さらに、原審の確定するところによれば、上告組合を代理して組合長の代表名義で
本件手形を振り出したDは、当時、上告組合の参事の地位にあつたというのである
が、農業協同組合の参事は、自己の属する組合の主たる事務所または従たる事務所
における組合の事業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有する
のであるから(農業協同組合法四二条三項、商法三八条一項)、同人が本件手形を
振り出した際、その振出の動機に原審の確定したような事情があつて、自己または
第三者等上告組合以外の者の利益を図る目的を有していたとしても、それは、同人
の有する上告組合に対する参事としての代理権限を濫用したにすぎず、右振出行為
はなおその代理権の範囲内の行為であるというべきであるから、本件手形は偽造手
形ではないといわなければならない(なお、本件のように、農業協同組合の参事が
直接組合長名義で手形を振り出した場合にも、右組合の振り出した手形として有効
であることは、当裁判所昭和四二年(オ)第一三二九号・同四三年一〇月三一日第
一小法廷判決の示すとおりである。)。したがつて、これと同旨に出た原審の判断
は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨はいずれも採
用に値しない。
 上告代理人小田成就の上告理由第二点および第三点について。
 本件手形を偽造手形と解すべきでないことはすでに説示したとおりであり、また、
論旨引用の当裁判所昭和三二年(オ)第六二〇号・同三六年一二月一二日第三小法
廷判決・民集一五巻一一号二七五六頁は、代理人がその権限を踰越して約束手形を
振り出した事案に関するもので、本件に適切でないことは、原判決の説示するとお
りである。もつとも、原審における、本件手形はDの代理権限踰越の行為によつて
振り出されたもので、受取人であるEはその事実を知つていた旨の上告組合の主張
の趣旨は、右Dが代理権を濫用して振り出した手形であることを理由に上告組合の
免責を主張する趣旨に解し得られないではなく、本件手形の受取人で、第一裏書人
であるEがDの本件手形振出行為に事実上関与し、その振出が上告組合以外の者の
利益を図るためになされたものであることを知つていたことは、原審の確定すると
ころであるから、上告組合は、同人に対しては民法九三条但書の規定を類推し、右
の事実を主張、立証して手形振出人としての責を免れ得るものと解すべきである(
当裁判所昭和三九年(オ)第一〇二五号・同四二年四月二〇日第一小法廷判決・民
集二一巻三号六九七頁参照)が、本件のように、代理権を濫用して振り出された手
形であることを知り、または知り得べかりし状態のもとに手形を取得した者が、さ
らにこれを第三者に裏書譲渡した場合においては、手形の流通証券としての特質に
かんがみ、本人は、右知情の事実をもつて絶対的に右第三者に対抗しうるものと解
すべきではなく、手形法一七条但書の規定に則り、手形所持人の悪意を立証しての
みその責を免れ得るものと解するのが相当である。したがつて、上告組合は、被上
告人に対しても前示悪意を立証して本件手形上の責任を免れ得る筋合であるが、記
録によるも、上告組合において被上告人の悪意を主張、立証したことは認められな
い。したがつて、上告組合のこの点に関する抗弁を排斥した原審の判断は、結論に
おいて正当であつて、論旨は排斥を免れない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官松田二郎の補足意見、
裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決
する。
 裁判官松田二郎の上告代理人小田成就の上告理由第二点および第三点についての
補足意見は、次のとおりである。
 民法の意思表示の瑕疵に関する規定は、特定した当事者間における法律関係の存
在を予定し、主として意思主義の立場によつてその間における問題を公平に解決し
ようとするものであるが、これに反して、流通証券たる手形については、特に善意
の第三者保護のため表示主義を採ることが要請されるのである。従つて、手形行為
について民法の意思表示の瑕疵に関する規定を適用するに当つては、叙上の手形の
特質に鑑み、善意の第三者保護のため、民法の規定を手形法的に修正して解釈する
ことが要求されるのである。
 多数意見が、本件約束手形の受取人において、その手形が代理人の代理権の濫用
によつて振出されたものであることを知り又は知るべかりしときは、振出人と受取
人との関係において、民法九三条但書の規定の「類推」ありとし、しかも、振出人
はその手形の第三取得者に対しては、取得者が右の事情を知るときに限り、これを
対人抗弁として主張し得るとしたのは、右の立場に基づくものに外ならない。われ
われは手形行為についての意思表示の瑕疵の問題を、民法の意思表示の瑕疵に関す
る規定に則つて考うべきであり、しかも、民法の法条に泥むことなく、これを手形
法的に修正して準用すべきなのである。それこそ、正に判例の任務とするところで
あろう。しかるに、大隅裁判官の意見は、本件について、民法の右法条を類推適用
することを非難し、民法の意思表示の瑕疵に関する規定との関係を何等顧慮するこ
となく、いわば、これより全く遊離して、卒然として「権利濫用ないし信義則違反」
によつて解決しようとする。同意見によるときは、手形行為については民法の意思
表示の瑕疵に関する規定は縁なきものなのであろうか。これは、あまりにも不当に
一般条項を手形関係に導入するものと思われる(この点につき、当裁判所昭和三八
年(オ)第三三〇号・同四三年一二月二五日大法廷判決における私の反対意見参照)。
そして、なお、右大隅裁判官の意見は民法九三条但書の類推適用を排斥する結果、
その意見によるときは、手形振出が代理人の代理権濫用によることを受取人におい
て知るべかりしときと雖も、振出人はその責を免れ得ないこととなるのである。し
かし、手形は流通証券たるにせよ、手形授受の当事者間においては、かく迄受取人
を保護すべき必要があるのか疑わざるを得ない。けだし、手形における表示主義の
意思主義に対する優位は手形の第三取得者保護のための要請に基づくものであるか
らである。
 裁判官大隅健一郎の上告代理人小田成就の上告理由第二点および第三点について
の意見は、次のとおりである。
 上告理由第二点および第三点につき、多数意見がこれを排斥していることには異
論はないが、その理由として述べるところには賛成することができない。
 原審の確定するところによれば、本件手形は振出人である上告組合の参事であつ
たDがその代理権を濫用して振り出したものであり、かつ、その手形の受取人で第
一裏書の裏書人であるEが右の事実を知つて振出を受けたというのである。この点
につき、多数意見は、昭和四二年四月二〇日当裁判所第一小法廷判決を引用して、
上告組合は、右Eに対しては民法九三条但書の規定を類推し、同人がDがその代理
権を濫用して本件手形を振り出したことを知つていた事実を主張、立証して手形振
出人としての責を免れうるものと解すべきであるとしている。しかしながら、この
ように代理人がその権限を濫用して代理行為をなし、相手方がその事実を知つてい
た場合に民法九三条但書の規定を類推適用することは、その理由に乏しいのみなら
ずかえつて不適当であつて、むしろ、かかる場合にも代理行為は有効に成立するが、
代理人の権限濫用の事実を知つていた相手方が本人に対してその権利を行使するこ
とは、権利濫用ないし信義則違反の行為として許されない(民法一条二項三項)も
のと解すべきであると考える。この点については、多数意見の引用する前記判決に
おける私の意見において述べたとおりである。そして、右の多数意見の見解の不適
当なことは、本件においていつそう明らかにされているのではないかと思う。
 上述の私の見解によれば、上告組合は、本件手形の受取人であるEに対しては、
同人が上告組合の参事であつたDの権限濫用の事実を知つていたことを主張、立証
して、右手形の支払を拒むことをうるが、それはいわゆる人的抗弁にすぎないから、
Eからその手形の裏書譲渡を受けた第三者に対しては、その者が債務者を害するこ
とを知つて手形を取得したことを立証するのでなければ、その支払を拒みえないこ
とは明らかである(手形法一七条)。
 これに反して、民法九三条但書を類推適用すべきものとする多数意見によれば、
Dによる本件手形の振出は無効であり、かつ、その無効は何人に対しても主張しう
べきいわゆる物的抗弁と解するか、そうでないとしても、さらに民法九四条二項の
規定を類推して、その無効は善意の第三者には対抗しえないものと解するのが筋合
であろう。しかし、それでは手形取引の安全を確保するに足りないことは否定しが
たい。けだし、本件手形の振出の無効を物的抗弁と解することの不都合なことは多
言を要しないのみならず、たといその無効は善意の第三者に対抗しえないものと解
しても、第三者に善意の立証責任を負担させることとなつて、やはり手形取得者の
保護に欠けるところがあるといわざるをえないからである。そこで、多数意見は、
手形の流通証券としての特質を根拠として、上告組合は、Eの知情の事実をもつて
絶対的に第三者に対抗しうるものと解すべきではなく、手形法一七条但書の規定に
則り、手形所持人の悪意を立証してのみその責を免れ得るものと解するのが相当で
あるとしている。その趣旨は、本件手形の振出は民法九三条但書により無効である
が、とくに手形にあつては、その無効は人的抗弁にすぎないと解すべきであるとい
うのであろう。その結論自体はもとより正当であるが、しかし、代理人の権限濫用
の事実を相手方が知つていた場合における代理行為の効力に関し、権利濫用ないし
信義則のごときいわゆる一般条項の適用を不適当とし、しいて民法九三条但書の類
推によりその行為を無効と解する多数意見が、ここにいたり卒然としてなんら実定
法上の根拠に基づくことなく右のような解釈を打ち出すことは、いささか便宜的で
あり、その本来の考え方と矛盾するものがあるとの批判を免れえないのではなかろ
うか。
 なお、本件においては、本件手形の受取人Eは上告組合の参事Dによる右手形の
振出がその代理権の濫用にかかるものである事実を知つていたのであるが、多数意
見によれば、かりにEが右の事実を知らなくてもこれを知りうべかりしとき(する
わち、知らないことにつき軽過失があるとき)は、なお上告組合はEに対して振出
人としての責を免れうることとなるが、私のような見解によれば、かかる場合にも
(すなわち、受取人Eに悪意または重過失がないかぎり)、上告組合はその責を免
れえないわけである。もちろん、これは手形授受の当事者間における問題ではある
が、しかし、権限濫用のごとき行為者の全く内心に属する事項につき、相手方に軽
過失があるからといつてその保護を拒否することは、妥当とはいいがたいと思う。
したがつて、この点においても、多数意見の見解は不適当たるを免れないであろう。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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