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平成11年(行ケ)第325号 審決取消請求事件(平成13年12月18日口頭
弁論終結)
         判    決
   原      告      ザ ダウ ケミカル カンパニー
   訴訟代理人弁護士      宇   井   正   一
  同    弁理士      吉   田   維   夫
   同             西   館   和   之
   被     告     特許庁長官
                 及   川   耕   造
  指定代理人        小   林   正   巳
同             森   田   ひ と み
同             喜   納       稔
   同             茂   木   静   代
   主    文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
    この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
める。
    事実及び理由
第1請求
特許庁が平成9年審判第20480号事件について平成11年5月7日にした審
決を取り消す。
第2前提となる事実(争いのない事実)
1特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年2月27日、発明の名称を「ラミネート」とする発明につき
特許出願(昭和62年特許願第43229号)をし、平成7年6月14日に出願公
告された(特公平7-55555号)ところ、平成7年9月14日に特許異議の申
立てがされ、平成8年10月2日付けで本件特許出願の願書に添付された明細書の
補正をしたが、特許庁によって平成9年7月2日に、特許異議の申立てを認める決
定がされ、同年9月9日に拒絶査定謄本が発送されたので、拒絶査定不服の審判を
請求した。
 特許庁は、同請求を平成9年審判第20480号事件として審理した結果、平成
11年5月7日、出訴期間として90日を付加して、「本件審判の請求は、成り立
たない。」との審決をし、その謄本は同年6月9日に原告に送達された。
 2 本願発明の要旨(本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本願明細
書」という。出願当初の明細書(甲第2号証(本願公報)参照)に対する平成8年
10月2日付け手続補正書(甲第3号証)による補正後のもの。)記載の特許請求
の範囲第1項に係る発明、以下「本願発明」という。)
「(A)少なくとも1種類の補強用物質と;(B)少なくとも1種類のエポキシ樹
脂と;及び、(C)成分(B)のための少なくとも1種類の硬化剤と、を含む組成
物を、
 前記成分(B)の少なくとも一部分として、少なくとも1種類の、炭化水素-フ
ェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、又はそれ
らの組み合わせを、前記成分(B)中に存在するエポキシ基の少なくとも40%が
前記炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキ
シ樹脂、又はそれらの組み合わせによって、与えられるような量で使用して硬化す
ることにより調製され、かつ少なくとも150℃のTgを有するラミネートにおい
て、
 前記成分(B)が、
(i)エピハロヒドリンと;
 フェノール、クレゾール又はこれらの組み合わせを、70~100重量%のジシ
クロペンタジエン、0~30重量%のC10ダイマー、0~7重量%のC4-C6
不飽和炭化水素のオリゴマー、及び全量を100重量%とするに必要な残余の量の
C4-C6アルカン、アルケン又はジエンを含む組成物と反応させて得られる生成
物と、の反応生成物を脱ハロゲン化水素することにより得られる生成物、
(ii) 成分(i)の生成物のハロゲン化誘導体、
あるいは、
(iii)これらの組み合わせ、
であり、かつ、
 また前記成分(C)が、ジシアンジアミド、ジアミノジフェニルスルホン、フェ
ノール-ホルムアルデヒドノボラック樹脂、炭化水素-フェノール樹脂、又は、こ
れらの混合物である、
ことを特徴とするラミネート。」
 3 審決の理由 
 別紙1の審決書の理由写し(以下「審決書」という。)のとおり、本願発明は、
特開昭61-243820号公報(甲第4号証、以下「引用例」という。)に記載
された発明であるから、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることがで
きないと判断した。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 1 審決は、本願発明の認定を誤り、その結果、引用例記載の発明と本願発明と
が同一であると誤って判断したものであって、違法として取り消されるべきもので
ある。
 2(1) 本願発明は、150℃以上のTgを有する従来のラミネートの問題、
すなわち、加工性が低いという欠点を解消し、しかもその電気的特性及び耐湿性の
向上したラミネートに係るものであって、下記の要件(Ⅰ)ないし(Ⅴ)により構
成されるものである。
(Ⅰ)(A)少なくとも1種類の補強用物質と、(B)少なくとも1種類のエポキシ
樹脂と、及び(C)前記成分(B)のための少なくとも1種の硬化剤とを含む組成
物を硬化することにより調製されたラミネートであること。
(Ⅱ)このラミネートが、少なくとも150℃のTgを有すること、
(Ⅲ)前記硬化に際し、
「前記成分(B)の少なくとも一部分として、少なくとも1種類の、炭化水素-
フェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、又はそ
れらの組み合わせを、前記成分(B)中に存在するエポキシ基の少なくとも40%
が前記炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポ
キシ樹脂、又はそれらの組み合わせによって、与えられるような量で使用するこ
と。
(Ⅳ)前記成分(B)が、
(i)エピハロヒドリン(以下、「成分(Ⅳ-a)」という。)と、
 フェノール、クレゾール又はこれらの組み合わせを、70%~100
重量%のジシクロペンタジエン、0~30重量%のC10ジエンダイマー、0~7重
量%のC4-C6不飽和炭化水素のオリゴマー、及び全量を100重量%とするに
必要な残余の量のC4-C6アルカン、アルケン又はジエンを含む組成物と反応さ
せて得られる生成物と、の反応生成物を脱ハロゲン化水素することにより得られる
生成物、
(ii)成分(i)の生成物のハロゲン化誘導体、
あるいは、
(iii)これらの組み合わせ、
であること。
(Ⅴ)前記成分(C)が、ジシアンジアミド、ジアミノジフェニルスルホン、フェ
ノール-ホルムアルデヒドノボラック樹脂、炭化水素-フェノール樹脂、又は、こ
れらの混合物であること。(下線は、原告。)
  (2) 本願発明のラミネートは、上記(1)の構成要件(Ⅰ)ないし(Ⅴ)を
満たすものである。特に構成要件(Ⅳ)(ii)のハロゲン化誘導体は、「構成要件
(Ⅳ)(i)により規定された反応生成物のハロゲン化誘導体」である。すなわ
ち、構成要件(Ⅳ)(i)により規定された反応生成物の出発原料として用いられ
るフェノール化合物は、フェノール及びクレゾールに限定されており、ハロゲン化
フェノール(例えば臭素化フェノール)が用いられることはない。
 これに対して、引用例の臭素含有ジシクロペンタジエンフェノール類重合物のエ
ポキシ化物は、引用例(甲第4号証)の2頁左上欄2行ないし8行に明記されてい
るように、臭素化フェノール類と、ジシクロペンタジエンの重合で得られた樹脂に
エピクロルヒドリンを反応させて得られたものであって、本願発明の構成要件(Ⅳ)
(ⅱ)に規定される、「構成要件(Ⅳ)(i)により規定された反応生成物のハロゲ
ン化誘導体」ではない。
 エピハロヒドリンはエポキシ基導入剤であってハロゲン化剤ではなく、その反応
副生成物としてハロゲン化水素が生成し、このハロゲン化水素は、アルカリによる
中和によって除去される。よって、本願発明のエピハロヒドリン反応段階(構成要
件(Ⅳ)(i))においては、フェノール、クレゾール又はこれらの組合せがハロ
ゲン化されることはない。
 したがって、審決が引用例記載の発明について、「引用例には、(B)成分のハ
ロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂は、「臭素化フェノール類とジシクロ
ペンタジエンの重合で得られた樹脂にエピクロルヒドリンを反応させる製造法によ
り、製造されたエポキシ樹脂である」と記載されていて、臭素化フェノール類はハ
ロゲン化フェノールであり、エピクロロヒドリン(エピクロルヒドリン)はエピハ
ロヒドリンであり、そして、脱ハロゲン化水素することにより閉環しエポキシ化す
ることは周知のことであるから、「エピハロヒドリンと;ハロゲン化フェノールを
ジシクロペンタジエンと反応させて得られる生成物と、の反応生成物を脱ハロゲン
化水素することにより得られた生成物」、すなわち「(ii)エピハロヒドリンと;
フェノールをジシクロペンタジエンと反応させて得られる生成物と、の反応生成物
を脱ハロゲン化水素することにより得られた生成物〔成分(i)の生成物〕のハロ
ゲン化誘導体」が記載されているといえる。」(審決書6頁16行ないし7頁13
行の記載)として、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)のハロゲン化誘導体が、引用例
に記載の方法により製造された臭素含有ジシクロペンタジエンフェノール類重合物
のエポキシ化物と同一であって、引用例に記載されているとする認定には根拠がな
い。
  (3) さらに、審決が、「したがって、両者は、「(A)補強用物質
と;・・(B)エポキシ樹脂と;(C)成分(B)のための硬化剤とを含む組成物
を、前記成分(B)として、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂を、前
記成分(B)中に存在するエポキシ基の全量(「少なくとも40%」であるといえ
る)が前記ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂によって与えられるよう
な量で使用して硬化することにより調製されるラミネートにおいて、前記成分
(B)が、(ii)エピハロヒドリンと;フェノールを100重量%のジシクロペン
タジエン(他の不飽和炭化水素成分は全て0%の場合に相当)を含む組成物と反応
させて得られる生成物と、の反応生成物を脱ハロゲン化水素することにより得られ
る生成物〔成分(i)の生成物〕のハロゲン化誘導体であり、かつ、前記成分
(C)がフェノール-ホルムアルデヒドノボラック樹脂であるラミネート。」とい
う点で一致し、」(審決書7頁末行ないし8頁17行)として、本願発明と引用例
記載の発明とが、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)においても一致する、という認
定は誤りである。
 すなわち、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)のとおり、フェノール及び/又はク
レゾールを出発原料として用いて得られた反応生成物のハロゲン化誘導体と、引用
例記載の発明のとおり、臭素含有フェノール類を出発原料として用いて得られた反
応生成物とが同一ということはできない。
  (4) 被告は、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)に規定される、(Ⅳ)
(i)の生成物の「ハロゲン化誘導体」は、最終的に得られるものがハロゲン化物
であれば、どのような段階でハロゲン化処理が行われたかは特に限定されない旨主
張する。
 しかしながら、ある化合物の「ハロゲン化誘導体」とは、ある化合物に「ハロゲ
ン化」工程を施して、ある化合物の構造の一部を変化させて得られる化合物を意味
する。したがって、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)において、「(i)の生成物
のハロゲン化誘導体」とは、成分(Ⅳ)(i)に、ハロゲン化工程を施して、その
一部を変化させて得られる化合物を意味する。被告が主張する誘導体は、成分
(Ⅳ)(i)の「ハロゲン原子含有誘導体」と表示すべきものである。
 本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)のハロゲン化誘導体の原料は、(Ⅳ)(i)の
生成物以外にはあり得ないのであって、被告が主張するように米国特許第4394
497号(乙第1号証)及び第4390680号(乙第2号証)に開示されたクロ
ロフェノール、ブロモフェノールなどを用いることは、本願特許請求の範囲の範囲
外のことである。
  (5) 被告は、(Ⅳ)(ii)のハロゲン化誘導体について、原告主張のもの
に限られるとすると、構成要件(Ⅳ)(i)の反応工程において、一度脱ハロゲン
化した箇所を、構成要件(Ⅳ)(ii)の工程で部分的にまたハロゲン化状態に戻す
ということになり、(Ⅳ)(i)の反応工程での脱ハロゲン化処理と逆行するもの
であって、極めて不合理な製法のみを構成要件として規定したことになり、また、
その製造物は電気的性質が劣る旨主張する。
 しかしながら、構成要件(Ⅳ)(i)の反応工程の場合には、次の(6)のとお
り、単一の工程で進行するのであって、被告が指摘する乙第3号証の例のように、
第二次の工程として脱ハロゲン化処理を施すわけではないし、それによる製品とは
異なるものであるから、被告の主張は当を得ないものである。
  (6) 本願発明における構成要件(Ⅳ)(i)及び(ii)の反応工程は、以
下のとおりである。
 本願発明の構成要件(Ⅳ)(i)の生成物は、別紙2の(1)記載の反応式によ
る反応により生成される。
 上記反応の反応生成物は、ジシクロペンタジエン-フェノールエポキシ樹脂とハ
ロゲン化水素(HX)との混合物であって、この反応生成物から、ハロゲン化水素
を、アルカリにより中和除去することにより上記反応を促進し、上記エポキシ樹脂
を補集することが可能になる。この反応において、アルカリの存在により、エピハ
ロヒドリンによるフェノール成分のエポキシ化反応は、単一工程で十分に進行す
る。被告が指摘する乙第3号証に記載されている多価アルコール(これは、脂肪族
アルコールであって、本願発明における芳香族フェノールとは異なる)とエピクロ
ルヒドリンとの反応の場合、ルイス酸を触媒とする第一次反応工程と、アルカリを
中和剤として用いる第二次反応工程との二工程を必要とし、また、そのようにして
製造された脂肪族エポキシ化合物は、脱塩酸工程を完全に進行させることが困難で
あるため、その製品は電気的性質において劣るものであるが、本願発明の反応工程
による場合はそのようなことはない。なお、乙第8号証には、ビスフェノールAと
エピクロルヒドリンとの反応において、中間体として、塩素含有化合物が生成する
ことが示されているが、この中間体の構造は、OH基含有副生物の生成理由を説明
するためのものであって、ビスフェノールAとエピクロルヒドリンとの反応は、N
aOHの存在下に単一工程で進行し、塩素含有中間体生成反応工程と、そのエポキ
シ化反応工程との二工程を必要とするわけではなく、また、塩素含有中間体が単離
することができるわけでもない。
 そして、本願発明の構成要件(Ⅳ)(i)の生成物の「ハロゲン化誘導体」の製
造方法、及びそれにより得られる誘導体は、当業者に自明である。
 すなわち、(Ⅳ)(i)の生成物から、そのハロゲン化誘導体(例えばブロム化
誘導体)を得るには、通常の有機化合物のハロゲン化法に従って、該生成物をハロ
ゲン化剤、例えばBr、Br2又はHBrを、ハロゲン化触媒の存在下に、又は不
存在下に、あるいは紫外線などの化学線の照射下に用いて、ハロゲン化させればよ
い。このようなハロゲン化においては、該生成物の最も反応性の高い部分、すなわ
ちエポキシ構造がハロゲン化され、エポキシ基:
は、例えば、-HC(OH)-CH2Brに変化する。
 そして、該生成物中のエポキシ基のすべてがハロゲン化され尽くした後ならば、
他の構造、すなわち、ベンゼン核及び/又は、炭化水素基においてハロゲン化が生
起することはあり得る。しかしながら、本願発明の請求項1に記載されているよう
に成分(B)はエポキシ樹脂であるから、(Ⅳ)(i)の生成物のすべてをハロゲ
ン化して非エポキシ樹脂化することはあり得ない。したがって、成分(Ⅳ)(i)
の生成物のハロゲン化誘導体において、そのハロゲン化は、ハロゲン化誘導体中に
エポキシ基が存在する程度に行われ、ハロゲン化がエポキシ基以外の基、すなわち
ベンゼン核及び炭化水素基に及ぶことはないのである。このため、(Ⅳ)(i)の
生成物のハロゲン化誘導体において、そのベンゼン核がハロゲン化されることはな
い。
 以上から明らかなとおり、本願発明において、構成要件(Ⅳ)(i)の生成物の
ハロゲン化誘導体が、引用例に記載されているような、ベンゼン核のみにブロムが
導入され、しかしエポキシ基は全くブロム化されていない化合物と同一でないこと
は明白である。
 したがって、引用例に、本願発明の構成要件(Ⅳ)(i)の生成物の「ハロゲン
化誘導体」が記載されているということはできない。
 3 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の発明であり、特許法29条1項3
号に該当し、特許を受けることができないとする審決の結論には根拠がなく、違法
なものである。
第4 被告の反論の要点
 1(1) 原告は、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物の
ハロゲン化誘導体」は、構成要件(Ⅳ)(i)に記載の出発原料から得られる反応
生成物であって、引用例記載の臭素含有フェノール類を出発原料として用いて得ら
れた反応生成物とは同一でない旨主張する。
 確かに、本願発明の特許請求の範囲の記載からすれば、構成要件(Ⅳ)(ii)に
おける「成分(i)の生成物」とは、「(i)から製造される生成物である炭化水
素-フェノールエポキシ樹脂」であり、原告が主張するように、まず、炭化水素-
フェノールエポキシ樹脂を得てからこれをハロゲン化処理してハロゲン化された誘
導体としたものであるとの解釈も可能である。
  (2) しかしながら、むしろ、構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成
物」との文言は、単に「炭化水素-フェノールエポキシ樹脂」の意味であり、その
ものの「ハロゲン化誘導体」は、最終的に得られるものがハロゲン化物であれば、
どのような段階でハロゲン化処理が行われたかは特に限定されないと解するのが自
然であり、以下のアないしエに指摘する事項を考慮すれば、原告が主張するよう
に、前者のもののみに限定して解釈することは、理由がないことが明らかである。
     ア 本願明細書における「エポキシ樹脂のハロゲン化された誘導体」に
ついての記載は、特許請求の範囲の他には、「上記したエポキシ樹脂のハロゲン化
された誘導体、特に臭素化された誘導体も好適である。」(甲第2号証(本願公
報)6欄31行ないし33行)との記載があるだけであり、具体的にどのようなハ
ロゲン化誘導体を指すのか、どのようなハロゲン化誘導体を含まないのか、又はど
のようなハロゲン化方法によって製造するのか等について具体的な記載は何もされ
ていない。
     イ 本願明細書には、本発明で使用することができる好適な炭化水素-
フェノールエポキシ樹脂は、Aらにより米国特許4394497号(乙第1号
証)、米国特許4390680号(乙第2号証)に開示されたものを含む旨の記載
があるが(甲第2号証4欄49行ないし5欄3行)、それらによると、原料となる
芳香族ヒドロキシル-含有化合物として、クロロフェノール、ブロモフェノールが
挙げられている。
 このように、本願明細書で参照された文献の記載を手がかりにハロゲン化炭化水
素-フェノールエポキシ樹脂を製造するとすれば、まずハロゲン化フェノールを原
料とする方法が試されることになる。
     ウ 本願発明の出願時におけるエポキシ樹脂の分野の典型的なハロゲン
化誘導体は、臭素化エポキシ樹脂であるが、樹脂骨格中にブロム原子を導入する方
法としては、基本的には、フェノール類を臭素と反応させて、ベンゼン核の水素を
ブロムと置換し、このブロム化されたフェノール類をエポキシ樹脂の原料として使
用することにより、臭素化エポキシ樹脂が製造されていることが知られており、そ
れ以外のハロゲン化手段の記述はされていない(乙第3ないし第5号証)。
     エ もし、原告主張のものに限られるとすると、構成要件(Ⅳ)(i)
の反応工程では、エピクロルヒデリンとフェノール・・・と反応させて得られる生
成物との反応生成物を脱ハロゲン水素化することにより得られる生成物とあり、そ
の反応は、付加したエピハロヒデリン化合物からアルカリにより脱ハロゲンを行う
ものとみられる(乙第3号証30頁記載の反応式を参照。)ところ、このように一
度ハロゲン化した箇所を、構成要件(Ⅳ)(ii)の工程で部分的にまたハロゲン化
状態に戻すということになり、(Ⅳ)(i)の反応工程での脱ハロゲン化処理と逆
行するものであって、極めて不合理な製法のみを構成要件として規定したことにな
る。
 特に、本願明細書の記載(甲第2号証(本願公報)4欄7行、8行、4欄30行
ないし34行、7欄32行ないし34行)によれば、本願発明では、電気的ラミネ
ートにおける電気的性質の改善がうたわれているものであると認められるところ、
乙第3号証30頁によれば、「・・・最後の脱塩酸工程を完全に進行させることが
困難なため残留塩素基のために硬化物での電気的性質が多少劣るということであ
る。」と記載されており、原告が主張する反応工程のように、脱ハロゲン化し、エ
ポキシとした部分にハロゲン基を導入することは、残留塩素を増加させることと同
じであるから、電気的な用途に使用する樹脂の場合、全く想定することができない
ハロゲン化の手法であるといわざるを得ない。
  (3) 以上のとおり、本願明細書について、従来技術を参考にし、かつ出願
当時の技術常識に照らして読めば、本願発明の特許請求の範囲の構成要件
(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物のハロゲン化誘導体」との記載は、「(i)
の工程で得た樹脂を更にその後の行程でハロゲン化した誘導体」のみを意味すると
することはできず、単に「成分(i)の生成物」、すなわち、「炭化水素-フェノ
ールエポキシ樹脂」のハロゲン化誘導体を示しているのであり、通常のハロゲン化
誘導体の取得法、すなわち、出発原料のフェノールに代えて、ハロゲン化フェノー
ルを使用して製造された化合物であっても、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)に相
当する「炭化水素-フェノールエポキシ樹脂のハロゲン化誘導体」に包含されると
いうことができる。
 審決は、正にこのことを念頭に置いて認定したものである。
  (4) 原告が「フェノール及び/又はクレゾールを出発原料として用いて得
られた反応生成物のハロゲン化誘導体と、臭素含有フェノール類を出発原料として
用いた反応生成物が同一ということができない。」と主張するのであれば、まず、
フェノール及び/又はクレゾールを出発原料として用いて得られた反応生成物をそ
の後にハロゲン化してハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂を製造する方
法や、そのようにして得られた誘導体が具体的にどのようなものかについて、本願
発明に係る明細書には、どのように記載されているのかを明確に示し、その上で、
引用例のブロムフェノールを原料として得られるハロゲン化誘導体と本願発明の構
成要件(Ⅳ)(ii)の樹脂との相違点を明らかにしなければならないところ、原告
はいずれも明らかにしていない。
2 以上のとおり、本願発明は引用例記載の発明であるとした審決の認定に誤りは
なく、本願発明が特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないと
した審決の結論に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 本願発明の構成要件の整理
  (1) 本願発明の要旨が、本願発明の特許請求の範囲請求項1のとおりのも
のであり、その構成要件が、以下のとおりに整理可能であることについて、当事者
間に争いがない。
(Ⅰ) (A)少なくとも1種類の補強用物質と、(B)少なくとも1種類のエポ
キシ樹脂と、及び(C)前記成分(B)のための少なくとも1種の硬化剤とを含む
組成物を硬化することにより調製されたラミネートであること。
(Ⅱ) このラミネートが、少なくとも150℃のTgを有すること。
(Ⅲ) 前記硬化に際し、
 前記成分(B)の少なくとも一部分として、少なくとも1種類の、炭化水
素-フェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、又
はそれらの組み合わせを、前記成分(B)中に存在するエポキシ基の少なくとも4
0%が前記炭化水素-フェノールエポキシ樹脂、ハロゲン化炭化水素-フェノール
エポキシ樹脂、又はそれらの組み合わせによって、与えられるような量で使用する
こと。
(Ⅳ) 前記成分(B)が、
(i) エピハロヒドリンと、
フェノール、クレゾール又はこれらの組み合わせを、70%~100重
量%のジシクロペンタジエン、0~30重量%のC10ジエンダイマー、0~7重量
%のC4-C6不飽和炭化水素のオリゴマー、及び全量を100重量%とするに必要
な残余の量のC4-C6アルカン、アルケン又はジエンを含む組成物と反応させて
得られる生成物と、の反応生成物を脱ハロゲン化水素することにより得られる生成
物、
(ii) 成分(i)の生成物のハロゲン化誘導体、
あるいは、
(iii) これらの組み合わせ、
であること。
(Ⅴ) 前記成分(C)が、ジシアンジアミド、ジアミノジフェニルスルホン、
フェノール-ホルムアルデヒドノボラック樹脂、炭化水素-フェノール樹脂、又
は、これらの混合物であること。
  (2) 上記(1)の構成要件のうち、成分(Ⅳ)(i)ないし(iii)を更に
整理して、その非必須成分を全て0重量%とし、各成分、生成物に記号を付して記
載すると以下のとおりである。
(Ⅳ)(i)エピハロヒドリン(a)と;
      フェノール、クレゾール又はこれらの組み合わせ(b)をジシクロペン
タジエン(c)と反応させて得られる生成物(d)と、
   の反応生成物(e)を、
   脱ハロゲン化水素することにより得られる生成物(f)、
 (ii) 成分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導体(g)、あるいは
 (iii) これらの組み合わせ
  (3) 上記(2)において、(Ⅳ)(i)の「フェノール、クレゾール又は
これらの組みあわせ(b)」が、「フェノール」である場合には、以下のとおりであ
る。
 (Ⅳ)(i) エピハロヒドリン(a)と;
     フェノール(b)をジシクロペンタジエン(c)と反応させて得られる生成
物(d)と、
  の反応生成物(e)を、
  脱ハロゲン化水素することにより得られる生成物(f)、
   (ii) 成分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導体(g)、あるいは
    (iii) これらの組み合わせ
 2 本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘
導体」の解釈、並びにその反応及び生成物
  (1) 本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物(f)のハロゲ
ン化誘導体」の意義を解釈するに当たり、以下、上記1の(3)の場合、すなわ
ち、成分(b)が「フェノール」である場合について検討する(該成分がクレゾール、
あるいはフェノールとクレゾールの組合せである場合についても、以下の記載内容
は同様であることは明らかである。)。
  (2) 原告は、審決の取消事由として、審決は本願発明の構成要件
(Ⅳ)(ii)の「ハロゲン化誘導体(g)」の認定を誤り、その結果、本願発明と引用
例記載の発明が同一であると誤って結論したものであると主張するが、その理由と
する主張を、上記1の(3)の場合に即して、各成分、生成物に記号を付して整理
すると次のアないしウのとおりとなる。
     ア 本願発明において、構成要件(Ⅳ)(i)の反応は、別紙2の
(2)記載の反応式のとおり、単一工程で進行し、下記構造式(f)で表される生成
物、すなわち、エポキシ樹脂(f)が生成する。
     イ 上記(Ⅳ)(i)に規定される「成分(i)の生成物」、すなわち
エポキシ樹脂(f)のハロゲン化誘導体(g)とは、エポキシ樹脂(f)それ自体に「ハロゲ
ン化」工程を施すことにより誘導される化合物である。
 生成物(f)を直接ハロゲン化すると、まず、反応性に富むエポキシ基の一部がハロ
ゲン化され、別紙2の(3)記載の構造式(gⅠ)のハロゲン化誘導体が生成する(な
お、このハロゲン化誘導体(gⅠ)は、前記(Ⅰ)(B)に規定されるとおり「エポキ
シ樹脂」であり、硬化するものであるから、分子中に必ずエポキシ基が残るからn
-mは、正の整数である。)。その際、反応性に富むエポキシ基ではなく、それ以
外の位置にのみハロゲン原子(X)が導入されたハロゲン化誘導体、例えば、別紙
2の(4)記載の構造式(gⅡ)を有するハロゲン化誘導体が生成することはあり得な
い。
 仮に、全てのエポキシ基がハロゲン化された後、さらにハロゲン化を継続すれ
ば、例えば、別紙2の(5)記載の構造式(gⅢ)のようなハロゲン化誘導体が生成す
るが、この誘導体は、エポキシ基を全く含まず、したがって、もはやエポキシ樹脂
ではないから、本願発明の範囲外である。
   ウ 上記のとおり、本願発明の(Ⅳ)(i)のハロゲン化誘導体(g)は、
上記構造式(gⅠ)で表されるエポキシ樹脂であるところ、引用例には、上記構造式(g
Ⅱ)で表されるエポキシ樹脂が記載されているにすぎない。
 審決は、このように構造が明確に異なるエポキシ樹脂を同一であると誤認したも
のである。
  (3) 原告の上記(2)のとおり整理することができる主張内容について、
検討を加える。
     ア 上記(2)のア(エポキシ樹脂(f)の合成経路)について
      (ア) 本願特許請求の範囲には、成分(Ⅳ)(i)に関し、
「(Ⅳ)(i)エピハロヒドリン(a)と;フェノール(b)をジシクロペンタジエン(c)
と反応させて得られる生成物(d)と、の反応生成物(e)を、脱ハロゲン化水素するこ
とにより得られる生成物(f)」と規定されているといえることは、前判示のとおりで
あるところ、この特許請求の範囲の規定の構文は明瞭であり、これによれば、エポ
キシ樹脂(f)は、
        ① フェノール(b)をジシクロペンタジエン(c)と反応させ生成
物(d)を生成する工程、
        ② エピハロヒドリン(a)と、上記①の生成物(d)とを反応させ
て、生成物(e)を生成する工程、
        ③ 上記②の反応生成物(e)を脱ハロゲン化水素することにより生
成物(f)(すなわち、エポキシ樹脂(f))を生成する工程、
を経て得られるものであることを、明文をもって規定するものと認められる。
 また、甲第2号証(本願公報)を参照すると、その発明の詳細な説明に、「本発
明で使用できる・・・特に好適な炭化水素-フェノールエポキシ樹脂は、エピハロ
ヒドリンと;芳香族ヒドロキシル基含有化合物と・・・不飽和炭化水素との反応生
成物との、反応生成物を脱ハロゲン化水素することにより調製されるものを含
む。」(2頁4欄49行ないし3頁5欄7行)との記載があるのみであり、上記の
ような多段工程で製造することを排除する旨の記載は存在しない。
      (イ) ところで、本件証拠によれば、本願発明の特許請求の範囲に
規定される多段工程を経るエポキシ樹脂の製造方法は、本願出願の時点において周
知であることが認められる。
 すなわち、甲第8号証(「接着」29巻12号、昭和60年発行)には「エポキ
シ樹脂の合成反応例(1)」との論文が掲載され、その中において、クロルヒドリ
ンエーテルの合成及び閉環エポキシ化反応の多段工程を経るエポキシ樹脂の製造方
法(37頁の実験4、及び35頁右欄22行と23行の間の反応式)が、単一工程
でエポキシ樹脂を製造する方法(36頁、37頁の実験1及び2)と共に記載され
ていることが認められる。また、乙第8号証(「改訂新版・プラスチックハンドブ
ック」、昭和44年発行、273頁、10行目と12行目の間)にも同様の多段工
程によるエポキシ樹脂の製造方法が示されていることが認められる。
 さらに、甲第8号証には、上記多段工程によるエポキシ樹脂の製造方法につい
て、該方法によると、クロルヒドリンエーテルがほぼ純品の形で得られ、「このほ
ぼ純品の形で得られるクロルヒドリンエーテルを、アルカリを用いて閉環エポキシ
化反応させれば、より純品のエポキシ樹脂の得られることがわかる」(37頁右欄
23ないし25行)と記載され、32頁右欄には、別紙2の(6)記載の合成法
が、「エポキシ樹脂の最も基本的かつ代表的な合成法」として、記載されているこ
とが認められる。
      (ウ) 上記(イ)の周知技術に照らせば、本願発明の成分(Ⅳ)
(i)の生成物(f)の生成反応は、別紙2の(7)記載の①ないし③の工程で進行
するものと認めることができる。
     イ 上記(2)のイ(ハロゲン化誘導体(g))について
      (ア) 本願発明の特許請求の範囲には、構成要件(Ⅳ)(ii)とし
て、「前記成分(B)が、」・・・「成分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導
体(g)」・・・「であること。」と規定されていることは前判示のとおりである。
 そこで、まず、「ハロゲン化誘導体」の語の一般的な意味についてみると、「ハ
ロゲン化」の語は、「化学大辞典7」(原告参考資料2)に記載されるとおり、
「一つあるいはそれ以上のハロゲンが有機化合物中に導入される工程」を意味する
ものである。また、「誘導体」の語は、「化学大辞典9」(原告参考資料1、乙第
10号証)に、「主として有機化合物について使われる術語で、ある化合物に小部
分の構造上の変化があってできる化合物を、もとの化合物の誘導体という。普通は
化合物の中の水素原子あるいは特定の原子団が、他の原子あるいは原子団によって
置換された化合物をいう。」と記載されているように、元の化合物(X)に小部分
の構造上の変化があってできる化合物(Y)の全般を意味するものであり、化合物
(X)につき構造上の変化がもたらされる反応の具体的な工程にはかかわりなく、
化合物(X)と(Y)の化学構造に係る関係を表す術語であるものと認められ、
「ハロゲン化誘導体」という場合にも、ハロゲンの導入工程の具体的な方法を特定
するものではなく、例えば、元の化合物(X)を対象とし、これに直接化学反応を
施して化合物(Y)を生成する方法に限定することを意味するものではないものと
認められる。
 そして、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)は、単に「成分(i)の生成物(f)の」
「ハロゲン化誘導体」とのみ規定して「成分(B)」を特定するものであって、
「生成物(f)」(エポキシ樹脂(f))そのものに「ハロゲン化工程を施すことにより
得られる」「ハロゲン化誘導体(g)」として規定したり、「前記(i)の工程により
得られた生成物(f)の」「ハロゲン化誘導体(g)」として規定しているものでないこ
とは、その文言上明らかである。
  また、甲第2、第3号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願
発明の特許請求の範囲に記載の構成要件(Ⅳ)(ii)に関しては、「更に、上記し
たエポキシ樹脂のハロゲン化された誘導体、特に臭素化された誘導体も好適であ
る」(甲第2号証3頁6欄31ないし33行)との記載があるだけであって、「成
分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導体(g)」との構成を、「エポキシ樹脂(f)」自
体に「ハロゲン化工程を施すことにより得られるもの」のみに限定したり、ハロゲ
ン化される「エポキシ樹脂(f)」の生成方法を構成要件(Ⅳ)(i)の規定する工程
にのみに限定することを示唆する記載は認められない。
 以上によれば、構成要件(Ⅳ)(ii)に規定される「成分(i)の生成物(f)のハ
ロゲン化誘導体(g)」との文言上は、該構成が、「成分(i)の生成物(f)」すなわ
ち「エポキシ樹脂(f)」中に「ハロゲン原子が導入されたもの」という意義を有する
ものと解釈することができるのであって、本願に係る明細書中には、該構成につい
て、「生成物(f)」(エポキシ樹脂(f))を直接ハロゲン化することにより得られる
もののみに限定したり、ハロゲン化される「生成物(f)」(エポキシ樹脂(f))の生
成方法を構成要件(Ⅳ)(i)の規定する工程にのみに限定するものであると解す
べき根拠は認められない。
      (イ) 上記のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明を参照して
も、構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導体(g)」が
具体的にどのような化合物を指すのかについての記載はない。
 そこで、「エポキシ樹脂のハロゲン化誘導体」に関し、本願発明の出願前におけ
る当業者の技術常識、周知技術の内容について、検討する。
 乙第7号証(「エポキシ樹脂の高機能化と用途展開」、昭和58年発行)によれ
ば、その「1.3 ハロゲン化エポキシ樹脂」の節に、「一般にハロゲン化エポキシ樹
脂は、テトラブロモビスフェノールA・・・をエポキシ化して製造される。エポキ
シ樹脂の製造法と同様にこれらのビスフェノールAにエピクロルヒドリンを反応さ
せてハロゲン化エポキシ樹脂が製造される。」(5頁7ないし9行)との記載に続
き、別紙2の(8)記載の反応式が記載されていることが認められる。
 また、乙第5号証(「エポキシ樹脂ハンドブック」、昭和62年発行)によれ
ば、その「1.3 含ブロムエポキシ樹脂」の節に、「絶縁塗料やプリント配線基板な
どの電気・電子分野を中心として硬化物に難燃性が要求されるケースが近年増加し
ている。この難燃性を硬化物に付与する方法としては・・・エポキシ自体を難燃化
させる方法も採用されている。このエポキシ樹脂自体を難燃化させる方法として広
く使用されているのが、樹脂骨格中にブロム原子を導入する方法である。」(43
頁下5行ないし44頁3行)との記載、「本節では、市場において現在汎用的に使
用されている含ブロムエポキシ樹脂について記述する。・・・現在市販されている
含ブロムエポキシ樹脂は基本的にはフェノール類を臭素と反応させてベンゼン核の
水素をブロム原子と置換し、このブロム化されたフェノール類をエポキシ樹脂の原
料として使用することにより製造されている。」(44頁4ないし10行)と記載
されていることが認められる。
 他に、本願出願前の米国特許公報(乙第1、第2号証)、技術文献(乙第3、第
4号証、第6号証、第8号証、第13、第14号証)を見ても、ベンゼン核の水素
原子がハロゲン原子で置換された化合物を使用して製造されたハロゲン化エポキシ
樹脂が、従来より知られている旨の記載があることが認められる。
 上記の各記載によれば、あらかじめハロゲン原子を導入したフェノール類からハ
ロゲン化エポキシ樹脂(エポキシ樹脂のハロゲン化誘導体)を製造することは周知
の技術であり、この方法により製造されたハロゲン化エポキシ樹脂(エポキシ樹脂
のハロゲン化誘導体)は、電気・電子分野等で広く使用されていることは、当業者
の技術常識に属するものであると認められる。
      (ウ) 以上判示の本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の文言上の解
釈、本願明細書の記載内容に、本願発明の出願前の当業者の技術常識を併せて考慮
すれば、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の「成分(i)の生成物(f)のハロゲン化
誘導体」とは、「成分(i)の生成物(f)」すなわち「エポキシ樹脂(f)」中に「ハ
ロゲン原子が導入されたもの」を意味するものであり、「フェノール」に代えて
「ハロゲン化フェノール」を原料として使用することにより製造されたものも、こ
の構成要件に該当すると解するのが相当である。
 そして、ハロゲン化フェノール(b)’を原料として使用する際の反応及び生成物
は、別紙2の(9)記載の①ないし③の工程のとおりであると認められるところ、
この工程から得られる生成物(f)’が、(Ⅳ)(i)の生成物(f)にハロゲン原子
(X)を導入したハロゲン化誘導体であることは明らかであって、この(f)’の構造
は、前記(2)のイの構造式(gⅡ)(別紙2の(4)記載の構造式(gⅡ))と同一の
ものである。
      (エ) 原告は、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)に規定される「ハ
ロゲン化誘導体(g)」は、エポキシ樹脂(f)を直接ハロゲン化することにより得られ
る誘導体、すなわち、前記(2)のイの構造式(gⅠ)(別紙2の(3)記載の構造
式(gⅠ))を有するものであり、これに限定される旨主張している。
 確かに、エポキシ樹脂(f)を、直接ハロゲン化すれば、原告が主張するように、(g
Ⅰ)が生成することは、被告も争わないところである。
 しかしながら、エポキシ樹脂(f)を直接ハロゲン化することにより(gⅠ)が生成す
るとしても、このこと自体は、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)が規定する「成分
(i)の生成物(f)のハロゲン化誘導体(g)」から、上記の構造式(gⅡ)の「ハロゲン
化誘導体」が排除されると解すべき積極的な根拠とはなり得ないことは明らかであ
り、他に、構成要件(Ⅳ)(ii)に規定される「ハロゲン化誘導体(g)」について、
「エポキシ樹脂(f)」を直接ハロゲン化することにより得られる誘導体に限定した
り、該「エポキシ樹脂(f)」の生成方法を構成要件(Ⅳ)(i)の規定する工程にの
み限定するものであると解することを首肯するに足りる証拠は認められず、原告の
上記主張は、採用することができない。
 3 本願発明と引用例記載の発明との同一性
  (1) 以上によれば、本願発明の構成要件(Ⅳ)(ii)の「ハロゲン化誘導
体」は、構造式(gⅡ)で示されるものも含まれると解すべきである。
 そして、このハロゲン化誘導体(gⅡ)が、引用例に記載されていること、及び本願
発明と引用例記載の発明はその他の構成要件で一致することについては、原告も争
わないところである。
  (2) したがって、本願発明と引用例記載の発明との間で、同一性が認めら
れるから、審決の「本願発明は、引用例に記載された発明であるから、特許法29
条1項3号の規定に該当し、特許を受けることができない」との認定及び結論に、
誤りはない。
 4 結論
 以上の次第で、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取
り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
    裁判長裁判官 永  井  紀  昭
    裁判官 塩  月  秀  平
    裁判官 橋  本  英  史
別紙2

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