弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人兼子一、同尾崎行信の上告理由第一点について。
 論旨は、要するに、訴外株式会社Dが被上告人から請け負い施行していた本件林
道開設工事による落石のため上告人の水力発電施設に損害を生じたことについて、
右工事の注文者たる被上告人に故意または過失があると主張し、右過失を認めなか
つた原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断の違法をいうも
のである。原判決の認定したところによれば、Dは、三十数年間主として官公署の
土木建築工事を請け負い施行してきて昭和二九年当時長野県内で一、二位の請負高
を有していた土木建築専門業者であり、被上告人から昭和二八年度横川林道第一期
工事をも請け負いこれを完成したものであつて、被上告人(担当者・長野営林局長)
はこのような事実によりDを本件林道工事の請負人に指名したものであること、被
上告人は、Dに対し、被上告人作成の設計図および仕様書に基づいて工事をするよ
う注文したのであるけれども、右設計図および仕様書が、それ自体に過誤があり、
これに基づいて工事を施行するにおいては請負人が注意を尽しても上告人の損害を
防止することができないようなものであつたと認めることはできず、本件事故は被
上告人の設計自体の瑕疵によつて生じたものとはいえないこと、請負契約にあたり、
被上告人は、Dに対し、工事に伴う落石等により上告人の発電所を破壊することの
ないような措置を講ずべきことを要求し、その措置に要する費用を加算して請負代
金額を決定し、Dもその趣旨を諒承して契約を締結したものであつて、Dは自己の
責任において事故防止の措置を講ずることを約して工事を引き受けたものとみるべ
きであり、また、本件工事における岩石の切捨ても、これにつき被上告人がDに対
しなんら具体的指示を与えたものではなく、すべてDの自主的な判断によつて行な
われたものであること、本件請負契約においては、被上告人は、Dの工事施行に対
する監督員を選定することができ、右監督員は、工事の施行に立ち会い、必要な監
督を行ないまたはDの現場代理人に対し指示を与え、さらに、監督に必要な細部設
計図もしくは原寸図等を作成しまたはDの作成するこれら図面等を検査して承諾を
与えることができる旨、また、工事施行の順序方法はすべて被上告人の係員の指示
によるべく、切取により生じた土石は係員の指示により適当な土捨場に取り捨てる
旨が定められており、被上告人は、工事中ほとんど毎日その現場に係員を派遣して
いたこと、しかし、右のような被上告人の指示監督の権限は、契約書または仕様書
に定められた事項に限定されており、被上告人が右の権限を契約に定め工事現場に
係員を派遣した目的は、もつぱら本件工事が契約どおりに行なわれることを確保す
ることにあつて、Dが被上告人の係員の指示に従つてのみ工事を進行しうるという
趣旨の契約ではなく、したがつて、被上告人がDに対し岩石の取捨てその他の施工
方法について具体的かつ詳細な指示監督を行なう義務を負うものではないこと、以
上の事実が認められるというのであつて、これらの事実の認定判断は、挙示の証拠
に照らして肯認することができる。そして、以上のような事実関係によれば、被上
告人の注文または指図に過失があつたものとは認められないとした原判決の判断は、
正当として是認することができないものではない。所論のように、被上告人が、本
件請負契約当時から、本件工事により上告人の発電施設に損害を及ぼすおそれのあ
ることを予知していたものであり、契約上、工事施行方法につき前示の範囲で指示
監督の権限を有し、右損害を防止するに必要な措置をDに指示してなさしめること
が不可能ではなかつたにもかかわらず、その措置を具体的に命ずることなしに本件
工事を注文し施行させたものであるからといつて、この一事をもつて、ただちに被
上告人に過失があるとすることはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採
用することができない。
 同第二点について。
 原判決の適法に確定したところによれば、上告人が被上告人(諏訪営林署長)か
ら貸借した発電所敷地は国有林野事業の用に供されている行政財産であり、賃貸借
契約締結当時には、被上告人はすでに本件林道工事に着手していて、右工事に伴う
岩石の落下等により上告人の発電施設に損害を与えるおそれのあることが予想され
たため、右契約にあたり、上告人が自費をもつて落下物に対する防護施設を完備し、
落下物による被害については被上告人に対し損害賠償の請求をしない旨の特約をし
たというのである。このような場合には、被上告人は、賃貸土地の使用収益を阻害
する事態を積極的に排除して、これを使用収益に適する状態におくべき債務を上告
人に対して負担するものではなく、上告人がみずから使用収益の可能な状態を確保
するかぎりにおいてその使用収益を認容すべき義務を負うにすぎないものであり、
したがつて、被上告人が上告人に対して債務不履行の責を負うのは、被上告人の責
に帰すべき事由により上告人の使用収益を妨害阻止した場合に限られるものである
とした原判決の判断は、正当として是認することができる。そして、請負人の行為
によつて発生した本件事故につき注文者たる被上告人の過失を否定した判断が是認
しうることは前述のとおりであつて、上告人の使用収益が妨げられたことは被上告
人の責に帰すべき事由によるものではないと解されるから、被上告人の債務不履行
の責任を否定した原判決の判断は正当であり、これに所論の違法はなく、論旨は採
用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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