弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決中被告人に関する部分を破棄する。
     被告人を禁錮三年に処する。
     この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     第一審及び原審の訴訟費用は二分し、その一を被告人の負担とする。
         理    由
 弁護人小坂志磨夫、同内田文喬の上告趣意は、憲法三一条、三七条一項違反をい
う点を含め実質は単なる法令違反、事実誤認及び量刑不当の主張であり、弁護人山
崎清の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、所論引用の判例はいずれも本件と事
案を異にし適切ではなく、同第二点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、
同第三点は、単なる法令違反の主張であり、同第四点のうち、憲法九八条二項、三
八条一項、三一条、三七条二項違反をいう点は、所論の事故調査報告書は、政府か
ら事故調査の委嘱をうけた学識経験者で構成する事故調査委員会が同種事故の再発
防止を目的として事故原因の究明のため行つた調査結果の報告文書であつて、刑事
責任の追及を目的としたものではなく、しかも、本件では、右事故調査報告書は刑
訴法三二六条一項所定の同意のもとに証拠として採用されたことが記録上明らかで
あるから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であり、同第五点
は、憲法三一条違反をいう点を含め実質は単なる法令違反の主張であり、弁護人柳
原武男の上告趣意第一点は、憲法三一条、三七条一項違反をいうが、その実質は単
なる法令違反の主張に帰し、同第四点のうち、憲法三一条、三九条違反をいう点は、
本件において被告人の過失責任は、事後になつて設定した注意義務の違反の責任を
問うものではないから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認
の主張であり、弁護人藤本時義の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張で
あつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかしながら、所論にかんがみ、以下職権をもつて、原判決の当否について検討
を加える。
 一 まず、被告人の過失責任の存否についてみるに、原判決が肯認する第一審判
決の認定するところによれば、本件事故は、第一航空団松島派遣隊所属の被告人の
操縦する教官機とA訓練生の操縦する訓練機の両機が機動隊形による編隊訓練中、
折からジエツト・ルートJ11L(函館NDBと松島NDBとを結ぶ高高度管制区
内の直行経路。現場付近の通過位置については、第一審判決添付の別紙第二の見取
図参照)に沿つてその西側を南下航行中のB機(乗員、乗客合計一六二名)に訓練
機が衝突し、B機を墜落させてその搭乗者全員を死亡させたものであるところ、右
は、A訓練生の操縦訓練にあたつていた教官たる被告人が見張り義務を懈怠した過
失によるものであるというのである。原判決の説示するとおり、教官機あるいは訓
練機と他機との衝突を未然に回避するためには、教官たる被告人が確実に見張り義
務を履行することが必須であることは当然であり、原判決の認定するところによれ
ば、被告人はB機と訓練機とを視認して衝突の危険を予見しA訓練生に指示を与え
て衝突を回避することができたはずであるというのであるから、B機操縦者の見張
り義務違反の有無にかかわらず、被告人が本件事故について見張り義務違反の過失
責任を問われることは、けだしやむをえないところといわなければならないのであ
つて、原判決が被告人の本件における過失につき第一審判決の右認定を肯認したこ
とは、記録及び原審が取り調べた証拠に徴し首肯することができる。
 (なお、記録によれば、本件事故が発生した位置は、ジエツト・ルートJ11L
の西側五海里内で、ほぼ原判決指摘の長円形地域ないしこれに近い地域内の上空約
八、五〇〇メートル〔約二八、〇〇〇フイート〕であつたと推認することができ、
この点に関する原判示は、右の趣旨において肯認することができる。)
 二 そこで、次に被告人に対する量刑の当否について検討する。
 (一) 原判決は、わが国の航空安全行政の全般的立遅れを正当に指摘しながら
も、本件事故に対する被告人の刑事責任を制度や施策の不備、欠陥に転嫁し去るこ
とは許されないとし、教官たる被告人が飛行訓練実施中にその厳重な見張り義務を
尽くさなかつたことに対する過失責任を基礎に据えて、被告人に有利な事情を考慮
しても第一審判決が下した禁錮四年の実刑は相当であつてこれを軽減すべき事情は
見当たらない旨、判示した。
 このように、被告人の見張り義務の懈怠を重視する原審の立場に立てば、管制承
認されたジエツト・ルートに沿つて巡航していた民間航空の定期便の旅客機を墜落
させ乗員、乗客合わせて一六二名全員を死亡させたという結果の重大性にかんがみ、
原判決が右のような量刑判断をしたことも首肯しえないわけではない。
 (二) しかしながら、第一審判決挙示の証拠によれば、マツハ〇・七を超える
高速の戦闘機により機動隊形で編隊飛行を行うことは、本件におけるような経験の
浅い訓練生にとつて非常に難度の高い操縦操作を伴い、先行する教官機の機動に即
応して編隊僚機としての所定の機位を保持するために終始教官機の注視に努めなけ
ればならず、他へ注意力をさくことは著しく困難であること、したがつて、教官と
しても左右に教官機の機動旋回をくり返しながら、後続する訓練機が編隊僚機とし
ての所定の位置につくよう誘導するために、間断なく無線を通じて訓練生に指示を
与える必要があり、そのために相当の注意力を訓練機の監視に費さなければならな
いことが認められるのであつて、他機との衝突を回避するための見張り義務がある
とはいいながら、右義務を十全に尽くすことは、機動隊形により編隊訓練を実施す
る教官にとつてすこぶる難度の高い作業であることも、また否定し難いところであ
る。
 そして、原判決の認定判示するところによれば、本件において、訓練機とB機の
両機の機影は、いずれも左旋回中の教官機に搭乗している被告人の視野の中を右外
側へと移動しており、しかも教官機からかなり遠方に位置していたというのである
から(教官機から両機までの方位と距離は、衝突約三〇秒前において、訓練機が右
方一一六度、上方二九度、約一・九キロメートル、B機が右方七八度、上方一〇度、
約四・三キロメートル、衝突約二〇秒前において、訓練機が右方一三二度、上方一
〇度、約一・七キロメートル、B機が右方一〇六度、上方一一度〔原判示に下方一
一度とあるのは、誤記と認める。〕、約二・五キロメートルに位置したという。)、
被告人がこれを視認して直ちに両機の衝突の危険を予見し、事態に応じた的確な指
示を訓練生に与えて衝突を回避しうる可能性は、実は極めて限られたものであつた
と認めざるをえないのである。
 このようにみてくると、本件事故の直接の原因が原判決指摘のとおり被告人の見
張り義務の懈怠にあり、被告人においてこの点の過失責任を免れないとしても、こ
れを余りに重視することは、相当とはいい難い。
 (三) 思うに、機動隊形による編隊飛行訓練中の見張りが右のように難度の高
い作業であるとすれば、他機との空中衝突を未然に防止するという見地からは、見
張り義務をおろそかにすべきでないのはもちろんのことながら、まずもつて、民間
機の常用飛行経路付近の空域においてこのような編隊飛行訓練を実施すること自体
をできるだけ回避すべきであり、本件においても教官たる被告人としては、編隊飛
行訓練中、編隊の現在位置を刻刻確認して航行頻度の高いジエツト・ルートJ11
L近傍、少なくともその両側五海里内の空域では、右の編隊飛行訓練を回避すべき
義務があつたものというべく、このことは原判決の判示するとおりである。記録に
明らかな松島派遣隊の飛行訓練準則がジエツト・ルートJ11Lの両側五海里内の
高度二五、〇〇〇フイートから三一、〇〇〇フイートの空域を、編隊飛行訓練を制
限する飛行制限空域の一に指定しているのも、このことを裏づけるものといえる。
 そして、記録によれば、被告人が右義務に違背したことは明らかであり、原判決
もまた同旨の判断をしているものと認められるが、本件において、被告人がジエツ
ト・ルートJ11Lとの関係における編隊の位置確認を怠り、その西側五海里内に
進入して編隊訓練を実施したについては、松島派遣隊の飛行訓練における常用飛行
経路の安全についての対処の実態が深くかかわつていることが本件記録上明らかで
ある。
 (四) すなわち、記録によれば、被告人がジエツト・ルートJ11Lの西側五
海里内に機動隊形のまま編隊を進入させたについては、次のような経緯が認められ
る。
 (1) 前記松島派遣隊の飛行訓練準則は、松島飛行場の局地飛行空域内に「横
手」、「月山」、「米沢」、「気仙沼」、「相馬」の五か所の訓練空域を設定し、
同派遣隊における各飛行訓練について、特殊な訓練の場合を除き、各訓練飛行ごと
にその際の主要訓練課目を実施すべき空域としてこれらの一を割り当てることを原
則としていたが、本件当日のA訓練生を含む戦闘機操縦課程訓練生に対する飛行訓
練は、前記の訓練空域のうち四か所を使用する手筈にしていたところ、当日の朝に
なつて右のうち一か所を第四航空団で使用することが判明した、(2) そこで、
飛行班長補佐の役にあつたC三佐は訓練計画の円滑な消化のため、急遽、一か所臨
時に訓練空域を設定することを思い立ち、右準則に定められた飛行制限空域との位
置関係等について何ら確認することなく、ジエツト・ルートJ11Lの記載のない
一〇〇万分の一の地図の上で盛岡市と田沢湖の中間あたりを中心とする地域を漠然
と手指で指し示して飛行班長D三佐に臨時訓練空域「盛岡」の設定を進言し、同人
も何ら検討を加えることなくそのままこれを承認した、(3) さらに右Cは戦闘
機操縦課程の主任教官E一尉に対し前記同様の方法で臨時訓練空域「盛岡」の設定
を伝達し、他方、D飛行班長は飛行隊長F二佐に対し臨時訓練空域「盛岡」の設定
を報告し、Fもこれに対してそのまま承認を与えた、(4)Cから臨時訓練空域の
設定を伝達されたEは、その正確な位置、範囲等についてまつたく確認することな
く、また、自らが主任教官として担当する戦闘機操縦課程の教官、訓練生らに対し
右臨時訓練空域に関して特段の注意を与えることもしなかつた、(5)そして、右
課程の教官及び訓練生に対する臨時訓練空域設定とその割当ての伝達は、通常の訓
練空域の割当ての伝達と同様、松島派遣隊内のオぺレーシヨン・ルームの中にある
スケジユール・ボードに単に訓練空域「盛岡」と表示されて行われたにとどまり、
その具体的位置、範囲等については何ら指示、説明されなかつた、(6)被告人は、
右スケジユール・ボードの表示により、臨時に設定された訓練空域が割り当てられ
たことを知り、その名称から盛岡あたりを指すと考えたが、前記の飛行訓練準則で
編隊飛行訓練を制限された空域の中心を通るジエツト・ルートJ11Lは盛岡市街
あたりの上空をほぼ南北に通つているとの誤つた認識のもとに、右盛岡市街に近づ
かないようにしながらその西側で、かつ、「横手」空域の北側付近の空域で訓練飛
行を行えばよいと考えて訓練を実施したところ、午前中の訓練の際は無事帰投した
が、午後第一回目の訓練の際、折からジエツト・ルートJ11Lに沿つて南下中の
B機にA訓練生操縦の戦闘機が衝突するという本件事故を起こした(なお、ジエツ
ト・ルートJ11Lは盛岡市街あたりの上空を通つていると漠然と考えていた旨の
被告人の第一審公判廷における供述は、その余の証拠に徴し信用することができる。)。
 そして、臨時訓練空域の設定を立案したC三佐は、その設定に際してジエツト・
ルートJ11Lの存在についてはまつたく念頭になかつた旨述べており(第一審公
判廷における同証人の供述)、前掲の幹部らもただ臨時訓練空域設定の説明を聴く
のみでその具体的範囲、飛行制限空域との位置関係等についてただすでもなく安易
にこれを了承したのであるから、訓練空域を臨時に設定したとはいいながら、その
他の幹部らはもちろんのこと、立案したC自身においてさえその明確な空域を観念
せず、右ジエツト・ルートJ11Lとの位置関係についてはまつたく配慮していな
かつたというほかはない。
 (五)このようにみてくると、本件事故について、被告人の見張り義務を怠つた
過失が責められるべきではあつても、その義務履行ないしそれによる事故回避の可
能性は前示のとおり極めて限られたものであるから、この義務を懈怠したことをと
らえて被告人の罪責を余りに重視すべきではなく、また、見張り義務と同時に存在
した編隊の位置を確認してジエツト・ルートJ11Lの両側五海里内の空域での編
隊飛行訓練を回避すべき前記の義務の違背についても、本件の編隊飛行訓練が叙上
のような実施計画に従つて行われたものであるという事情を酌むときは、被告人の
この点の落度を重くみて被告人のみにその責任を負わせることも相当とはいえない
のであつて、飛行訓練計画の立案、実施にあたり、航空安全対策、殊に民間機の常
用飛行経路として航行頻度の高いジエツト・ルートJ11Lの安全に対する配慮を
怠つた航空自衛隊当局、特に松島派遣隊幹部の責任こそ重大であるというべきであ
り、このような事故の発生は、右のごとき杜撰な計画をそのまま実施に移し被告人
らに飛行訓練を行わせた右幹部らの怠慢を抜きにしてはとうてい考えられないとこ
ろである。この間の事情は、本件事故を契機に、急遽、民間機の常用飛行経路周辺
から航空自衛隊の訓練空域が隔離され、航空自衛隊では編隊飛行訓練の際には見張
り用の教官機を別に付するなどの対策を講じたことからも、窺知することができる
のである。
 以上のような諸事情を勘案すると、右松島派遣隊幹部らが立てた訓練計画に則り、
上官の命により飛行訓練の実施に参加した一教官にすぎない被告人ひとりに、あげ
て本件事故の刑事責任を負わせ、禁錮四年の実刑を科することは、本件事故が極め
て重大なものであることを考慮に入れても、なお酷に過ぎるというべきであつて、
第一審判決及びこれを維持した原判決の量刑は甚だ重きに過ぎ、これを破棄しなけ
れば著しく正義に反するといわなければならない。
 よつて、刑訴法四一一条二号により原判決及び第一審判決中被告人に関する部分
を破棄し、同法四一三条但書により被告事件について更に判決することとし、原審
の肯認した第一審判決の認定事実に法令を適用すると、被告人の本件所為中、業務
上過失致死の点は、行為時においてはいずれも刑法二一一条前段、昭和四七年法律
第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法
二一一条前段、右改正後の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、刑法六条、
一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、航空法違反の点は、行為時におい
ては昭和四九年法律第八七号附則二項による改正前の航空法一四二条二項に、裁判
時においては、昭和五二年法律第八二号二条による改正後の航空の危険を生じさせ
る行為等の処罰に関する法律六条二項に該当するが、刑法六条、一〇条により軽い
前記行為時の航空法一四二条二項の罪の刑によることとし、右は一個の行為で数個
の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最
も重い第一審判決添付の別紙第一被害者一覧表番号10の者に対する業務上過失致
死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で
被告人を禁錮三年に処するが、なお、前記の諸事情を勘案してその情状にかんがみ
刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することと
し、第一審及び原審の訴訟費用は二分し、その一を刑訴法一八一条一項本文により
被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官中村治朗、同和田誠一の反対意見があるほか、裁判官全員一
致の意見によるものである。
 裁判官中村治朗の反対意見は、次のとおりである。
 私は、原判決及び第一審判決を破棄し、当審において被告事件につき更に判決を
すべきものとする点においては多数意見に同調するが、被告人に対し禁錮三年執行
猶予三年の判決をすべきものとする見解に対しては、以下の理由により賛同するこ
とができない。
 多数意見が、本件事故についての被告人の過失責任を科刑上評価するにあたつて
は、被告人の犯した見張り義務違反の点よりもむしろ、航行頻度の高い本件ジエツ
ト・ルートJ11Lの近傍における本件のごとき態様の訓練飛行の実施回避義務違
反の点を重視するのが相当であるとしたうえ、被告人の後者の過失については種々
酌量すべき事情があることを指摘して、前者の見張り義務違反の過失責任を極めて
重く見て被告人を禁錮四年の刑に処すべきものとした原判決及び第一審判決には量
刑上の著しい不当があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める
べきであるとしたことについては、私も全面的な賛同を惜しまない。殊に、本件に
おける被告人の見張り義務違反と本件衝突事故との間の因果関係についてはかなり
微妙な点があることを思えば、被告人に対し、右の責任を強く咎めて禁錮四年とい
う法定刑の上限に近い重刑をもつて臨むことは、どうみても責任の評価を誤つたも
のといわざるをえないと思う。
 しかしながら多数意見が、進んで右の後者の過失、すなわち被告人がいわば危険
空域ともいうべき本件ジエツト・ルートJ11Lの近傍、少なくともその両側五海
里以内の空域(以下「本件ジエツト・ルート空域」という。)において編隊飛行訓
練を実施した過失についても、種々の酌量すべき事情があることを挙げてその責任
を重くみることは相当でないとの見地に立ち、被告人に対し執行猶予の恩典を与え
るべきものとしていることに対しては、どうしても同調し難いものを感ぜざるをえ
ない。確かに、本件事故当時、被告人の所属する松島派遣隊を含む航空自衛隊にお
いては、全体として飛行訓練の施行にあたつて民間機の航行の安全に対する関心に
欠けるところがあり、松島派遣隊が本件ジエツト・ルート空域を含む飛行訓練空域
を指定して編隊飛行訓練を行わしめるにあたつても、右の点についてなんら特段の
配慮を示さず、被告人もおのずからこのような一般的風潮や訓練空域指定をめぐる
事情の影響を受けて、本件ジエツト・ルートJ11Lの存在やその位置等につき深
く意を用いることなく本件訓練飛行を実施したことからすれば、ひとり被告人のみ
の責任をとりあげて強くこれを責めることが当を得ないことは、多数意見の説くと
おりである。しかし、航空機の空中衝突は、瞬時にして多数の人命を奪う結果につ
ながる重大かつ悲惨な事故であり、これを防止するためには万全の措置と配慮が施
されなければならず、殊に、具体的な飛行の進路及び態様の決定につき最終的な判
断権を委ねられた航空機の操縦者の責任は、極めて重大であるといわなければなら
ない。それ故、操縦者にその操縦上の不注意があつた場合には、それが右のような
事故につながるものである限り、たとえ右不注意がそれ自体としては比較的軽微と
みえるようなものであつても、たやすくこれを看過したり、その責任をあまり軽く
評価するようなことは許されないものというべく、また、操縦者の右不注意が周囲
の者の不注意に縁由し、ないしはこれに影響されるなど、ひとり操縦者の過失のみ
をとりあげてこれを云々することが当を得ないような酌量すべき事情がそこに介在
している場合であつても、右と同様に考えるべきものと思われる。
 このような見地から本件をみると、被告人は、飛行訓練空域として指定された空
域内に本件ジエツト・ルートJ11Lが存在していることを漠然と意識していなが
らも、その位置を確認したうえ、衝突の危険を回避するような具体的な訓練飛行計
画を樹てることをせず、また、絶えず自機及び追随機の進路と右ジエツト・ルート
との位置関係を確かめながら訓練飛行を実施する等の配慮を施すこともなく、漠然
と右ジエツト・ルートは実際のそれよりもかなり東方の盛岡市上空附近を通つてい
るものと誤信したまま、漫然と本件ジエツト・ルート空域に進入して本件訓練飛行
を実施したものであつて、被告人のこのような不注意については、たとえこれに関
連して多数意見の指摘するような諸般の事情が存在することを考慮に入れても、な
おそれ自体として責められるべき点が少なくないと考えざるをえないように思われ
る。そして現に、その結果として本件衝突事故が発生し、一六二名の多数の生命が
失われたのである。
 右のようにみてくると、多数意見が前記のように被告人の過失責任のみをとりあ
げてこれを強く咎めることに抵抗感を示していることには同感を覚えながらも、さ
ればといつて被告人に対し執行猶予の恩典を与えることに対しては、前記のように
航空機の操縦者としての、はたまた本件訓練飛行を主導する教官の立場にある者と
しての、被告人の責任の重大性を明確にするうえにおいて十分でないうらみがある
と思われ、これに同調することにちゅうちょせざるをえないのである。
 以上の理由により、私は、本件においては、被告人に対し、原判決の刑を減じ、
禁錮二年の実刑をもつて臨むのが相当であると考える。
 裁判官和田誠一の反対意見は、次のとおりである。
 私は、本件衝突事故発生の経緯及び態様に鑑み、被告人の過失の刑責を評価する
に当たつては、その見張り義務の違反よりもむしろ被告人が教官としてジエツト・
ルートJ11L近傍、少なくともその両側五海里内の空域で機動隊形による編隊飛
行訓練の実施を回避すべき業務上の注意義務に違反した点を重視すべきであると考
えるものである。そして、後者の義務違反に至つた背後には、松島派遣隊幹部らに
よる杜撰な訓練計画が存在したことは多数意見の指摘するとおりであり、このよう
な事情をも考慮すると前者の義務違反を刑責評価の中心に据えた第一審判決及びこ
れを是認した原判決の量刑は甚だ重きに過ぎ破棄を免れないとする点において、私
も多数意見に賛同する。
 しかしながら、被告人は、伎倆未熟な訓練生を率いて機動隊形を含む編隊飛行訓
練を施すべき教官として、訓練の実際面、特に訓練飛行中においては、他機との衝
突防止等安全保持に関し広範かつ高度の職責を負つていたものというべきであるか
ら、前記のような杜撰な訓練計画が存在し被告人が命を受けてこれに従つて訓練飛
行を実施したという事情は、被告人の刑責を量定する上で十分考慮を払う必要があ
るけれども、これを余りに重視することは相当ではないといわなけれぼならない。
 しかして、記録によれば、被告人は、上司から指示された訓練空域「盛岡」が航
行頻度の高いジエツト・ルートJ11Lに近接していることを認識しながら、訓練
飛行開始に当たつて盛岡付近におけるジエツト・ルートの正確な位置関係を航空路
図等で確認することを怠り、漠然とした記憶に依拠してその位置関係を東寄りに誤
解したまま訓練飛行を実施し、そのため過つて右ジエツト・ルート西側五海里内の
空域に機動隊形のまま編隊を進入させ、折から右ジエツト・ルートの西側沿いに南
下航行中のB機に自らの率いる訓練機を衝突させたものであつて、右ジエツト・ル
ートの位置関係の確認が被告人にとつて極めて容易なことであり、その近傍におい
て機動隊形による飛行訓練を回避することもさして困難ではなかつたことを思うと、
松島派遣隊幹部らの安全配慮の欠如もさることながら被告人自身の右過失も決して
軽視できないと考える。
 このような次第で、私は、本件における被告人の過失の態様、程度、生じた結果
の重大性、そしてまた一般の交通事故における業務上過失致死傷事件の量刑の実情
を考慮するとき、本件記録に現われた被告人に有利な諸般の事情を十分斟酌しても
被告人の実刑は免れず、その刑の執行を猶予することは相当ではないと思うのであ
る。従つて、被告人を禁錮三年に処した上その刑の執行を三年間猶予すべしとする
多数意見には、反対せざるを得ない。
 私は、本件衝突事故の重大性に鑑み、その一切の事情を総合して考慮し、量刑の
衡平の見地から検討した結果、被告人を禁錮二年に処し、その刑事責任を果たさせ
ることが、最も妥当な量刑であると信ずる。
 検察官宮代力 公判出席
  昭和五八年九月二二日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    和   田   誠   一
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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