弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告に対して,50万円を支払え。
2訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,原告が,離婚した前夫との間のトラブルに起因して,110番通報
した際,現場に赴いた被告の公務員である埼玉県春日部警察署の女性警察官に
対し,刑事事件として扱ってほしい旨の被害申告(以下「本件被害申告」とい
うをしたにもかかわらず同人がその場で刑事事件として取り扱わずかつ。),,
,,原告に対し侮辱的な言動をしたことによって精神的苦痛を被ったと主張して
被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料50万円の支払を求める事
案である。
1争いのない事実等(証拠を摘示しない事実は,当事者間に争いがない)。
(1)原告は平成17年7月22日午後6時30分ころ養育費の支払につい,,
て話し合うため,前夫であるAの自宅を訪れたところ,Aと口論になり,A
は原告が乗車する自動車以下本件車両というの運転席のドアの把,(「」。)
手を損壊し,原告の頸部を絞める暴行を加えた(以下「本件トラブル」とい
う。。)
なお,本件車両は,原告が当時交際していた男性の所有名義であった(原
告本人。)
(2)原告は同日午後7時ころ110番通報しそれを受けて埼玉県春日,,,,
,,部警察署生活安全課少年捜査主任であったBらは同日午後7時15分ころ
(「」捜査用車両でAの自宅のある春日部市a町b丁目c番付近以下本件現場
という)に到着した。。
(3)原告はBに対しAが本件車両の運転席のドアの把手を損壊し同人か,,,
ら首を絞められたので,刑事事件として扱ってほしい旨を申し出て本件被害
,,,。申告をしたがBは本件現場においては刑事事件として受理しなかった
(4)原告は同月28日に春日部警察署に被害届を提出し同署は器物損壊,,,
及び暴行被疑事件として被害届を受理した。そして,同年9月20日に,さ
いたま地方検察庁越谷支部に事件送致したが,その後同支部検察官は,いず
れについてもAを不起訴処分とした(原告本人。)
2争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,本件現場におけるBと原告とのやり取りの内容及びその際の
Bの言動について違法性が認められるかであり,争点についての当事者の主張
は以下のとおりである。
(原告の主張)
(1)原告は本件現場に赴いたBに対して養育費の支払を求めるためA宅,,,
に行った際,Aに本件車両の運転席のドアの把手を損壊され,頸部を絞めら
れる被害を受けたことを申告して,刑事事件として扱ってくれるように申し
出たが,Bは「養育費のことで来たのだから」という理由で刑事事件として
取り扱うことを拒否した上原告に対し私も同じ立場なんだからそ,,「。」,「
ういう人と一緒になったあなたが悪い「最終的に助けを求めるのは警察だ。」,
けではない」等と一方的に原告が悪いと決めつけるような発言をした。。
(2)上記Bの一連の言動は,警察官として在るまじきもので不法行為に当た
り,原告は,被告の公務員であるBが職務の執行中にしたこの行為により精
神的苦痛を被ったので,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料
50万円の支払を求める。
(被告の主張)
,「。」(1)原告の主張(1)のうち原告がBに対し刑事事件として扱ってほしい
と申し出たことは認め,その余は否認する。
原告は,Bに対し,Aから養育費の支払を受けられないので,同人が本件
車両のドアの把手部分を損壊したことを器物損壊罪,原告の頸部を絞めたこ
とを殺人未遂罪として被害届を提出することにより,金銭賠償を受けたい旨
を申し出た。しかし,原告は,Aとのトラブル直後の興奮状態であった上,
本件車両のドアの把手部分について外観や作動状況から正常状態との差異を
確認することができず,頸部にも圧迫痕や皮膚変色を確認することができな
かったのであり,本件現場においては,被害事実を確認できなかった。
そこで,Bは,養育費の支払を求めるのであれば,他の公的機関に相談す
るように説明し,また,被害申告を受理するには被害事実の存在を確認する
ことが必要であると判断し,原告に対し,被害届を提出したいのであれば修
理の見積書や診断書を準備して後日警察署に来るように説明した上で,本件
現場において本件被害申告を受理することを留保した。
(2)刑事訴訟法189条2項は司法警察職員は犯罪があると思料するとき「,
は犯人及び証拠を捜査するものとすると定め犯罪捜査規範77条は捜,」,「
査の着手については,犯罪の軽重および情状,犯人の性格,事件の波及性お
よび模倣性,捜査の緩急等諸般の事情を判断し,捜査の時期または方法を誤
らないように注意しなければならない」と定めており,被害申告の受理の許
否や,受理の時期は,警察官の合理的判断に委ねられていると解するのが相
。,,当である本件について現場において被害申告を直ちに受理することなく
留保したことについては,その時点での状況や判明していた事項を勘案して
執った措置として合理的な判断ということができ,違法性はない。
第3争点に対する判断
1証拠(甲1,2の1ないし3,乙1,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨
によれば,次の事実が認められる。
(1)原告はAと離婚した後2人の子供を養育していたがAとの間で合意,,,
した養育費について,約束通りに支払われたことはほとんどなかった。そこ
で,原告は,たびたび,本件現場近くであるAの自宅を訪ね,養育費の支払
を催促しており,近隣にも聞こえる大声で,養育費の支払請求を行ったこと
もあった。また,Aの不在中に同人宅に入って同人の衣類をはさみで切った
こともあった。
(2)ア原告は平成17年7月22日午後6時30分ころ養育費の支払を請,,
求するため,Aの自宅を訪れた。2人は,自宅内で話し合いをした後,A
宅付近に原告が駐車していた本件車両に向かい,原告が窓を少し開けた上
で本件車両内の運転席に座り,Aが本件車両のそばに立った状態で,話し
合いを継続した。その途中から口論となり,Aは運転席のドアの把手をガ
チャガチャと引っ張るなどして,原告に本件車両外に出るように申し向け
た。
イ原告は,やむなく本件車両外に出たが,感情が高ぶり,興奮状態であっ
たため,Aはそのような状態の原告を静かにさせるため,原告の頸部を両
手で押さえ,原告の長男に制止された。
(3)原告はその後Aと別れていったん買い物に向かったが店の駐車場,,,,
において,本件車両の運転席のドアの把手が,完全に閉まらない状態になっ
ているのを発見した。そこで,原告は,本件現場に戻り,同日午後6時56
分ころ,110番通報した。原告は,通報の際,応答した警察官に対し,養
育費の支払請求のため前夫を訪ねたところ,同人と口論となり,同人から頸
部を絞められ,自動車のドアの把手を壊された旨を伝えた。
(4)上記通報を受け春日部警察署で当直勤務中の同署生活安全課少年捜査主,
,。,,任のB及び同署刑事課のCの2名が本件現場に向かったなおこのとき
当直勤務員は上記2名を含む10名であったが,通報の内容が男女間のトラ
ブルであり,女性から事情聴取をするには女性警察官が適任であるという理
由でBが,また,通報内容に照らせば,現場において事件として扱う可能性
も考えられるという理由で,刑事課強行班係のCが,本件現場に向かうこと
となった。
(5)B及びCが同日午後7時15分ころ本件現場に到着したところ原告,,,
は,興奮状態にあり,大声でBに対し,Aが離婚時の約束を守らず,養育費
を支払ってくれないためA宅を訪れたことを繰り返し説明した上,本件車両
の運転席のドアの把手を損壊されたので弁償をしてほしいという趣旨のこと
を述べた。また,原告は,Cに対し,Aが原告の頸部を絞めたことを申告し
た。そして,Aが本件車両の運転席のドアの把手を損壊し,原告の頸部を絞
めたことについて,刑事事件として扱ってほしい,すなわち,被害届を提出
したいと何度も述べた。なお,原告は,Aが本件車両の運転席のドアの把手
を損壊した点については器物損壊罪,原告の頸部を締め付けた点については
殺人未遂罪に該当すると考えていた。
,,,,,(6)さらに原告はBに対しAから養育費の支払を受けたい旨述べBは
家庭裁判所での調停やその他の公的機関等への相談を勧めたが,興奮状態に
あった原告は納得せず,また,被害届を提出し,Aについて刑事処分がなさ
れれば,被告から支払を受けられると考えている趣旨の発言をした。原告が
金銭賠償と刑事処分を混同していると見受けられBに対しあなたには分,,「
からない」との発言をしたため,Bは,自身の離婚経験について話し「大。,
変なのはあなただけではない」旨を述べ,原告の説得を試みた。。
(7)この間CはA宅に赴いてAから事情聴取したところAは本件車,,,,,
両の運転席のドアの把手を何度も引っ張ったことは認めたが,頸部を締め付
,。けた点については単に肩をつかんで揺らしたにすぎないと述べて否認した
(8)その後本件現場に戻ったCは原告の被害申告に基づいて本件車両の,,,
運転席のドアの把手を外観から確認したが,外観上は異常は認められなかっ
た。また,Cは,原告の頸部についても確認をしたが,頸部に傷やあざ等は
見受けられなかった。Cは,被害が明確に確認できないこと,原告とAとの
言い分が食い違っていたことから,原告に対し,この時点では暴行罪として
の被害申告を受理できるにすぎず,本件車両については修理の見積書,頸部
については診断書を,それぞれ用意した段階でないと,器物損壊罪ないし傷
害罪の被害届は受理することができないと説明した。また,Bも,原告に対
し,見積書及び診断書を用意した上で,後日春日部警察署で被害届を提出す
るように促した。しかし,原告は興奮状態にあり,暴行罪での被害届ではな
く,あくまで殺人未遂罪での被害届の提出をしたいと述べた。Bが,原告に
対し,子供も一緒なのでその日は帰宅するように説得したところ,原告は,
ようやく本件現場を離れた。
(9)原告は同月23日以降春日部警察署を訪れたりまた巡回中の警察,,,,
官等を呼び止めるなどして,本件トラブルについて話をしたが,春日部警察
署からは連絡はなかった。そこで,原告は,埼玉県警に数回電話をし,事情
を説明したところ,後日Bから電話があり,見積書を持参して被害届を提出
するようにとの指示があった。原告が,本件車両を業者に見せたところ,本
件車両の運転席のドアの把手については,内部の部品が欠けており,すべて
分解した上でないと修理はできないとのことであった。そこで,原告は,同
月28日,見積書を持参し,春日部署において,器物損壊及び暴行被疑事件
として,被害届を提出するに至った。なお,原告は,Aに頸部を絞められた
後,自ら頸部の傷やあざを確認することはなく,また自覚症状がなく,痕が
残ることもなかったことから,その後も病院を受診しなかった。
(10)以上の認定に対し,原告は,本件現場に来たのはBのほか男性警察官2
名の合計3名であった,Bに対し,養育費の支払を受けたいとか,賠償金が
ほしいといった発言をしておらず,むしろ同人から,養育費の請求に来た原
告の方が悪いと一方的に言われた,本件現場に来たどの警察官からも,見積
書や診断書の説明はなかったなどと供述し,甲1号証にはこれに沿う記述が
ある。
しかし,原告の供述によっても3人目の警察官の動静は判然としない上,
前記認定のとおり,当時春日部警察署には総勢10名の当直勤務者しかおら
ず,原告の110番通報の内容に照らしても,3名もで赴かねばならないよ
うな事案とは認め難い。さらに,原告自身,Bから養育費との関係で家庭裁
判所の調停に行くよう勧められたことを認めている上,同人が自己の離婚経
験まで引き合いに出して原告をなだめようとしていることにも照らすと,当
時原告は,かなりの興奮状態にあり,少なくとも同人から見て,原告が刑事
処分と養育費ないし賠償金の受領とを結びつけるような言動をしていたと認
めるのが相当である。そうすると,原告の供述や甲1号証の記述は,必ずし
も事態を正確に把握した上でのものとは認め難いから,これらのうち,先の
認定と異なる部分はにわかに採用することができない。
2上記1に認定の事実及び上記争いのない事実等に基づき,争点について,判
断する。
(1)本件被害申告の不受理について
ア刑事訴訟法189条2項は「司法警察職員は,犯罪があると思料すると
きは,犯人及び証拠を捜査するものとする」と定め,犯罪捜査規範77条
は「捜査の着手については,犯罪の軽重および情状,犯人の性格,事件の
波及性および模倣性,捜査の緩急等諸般の事情を判断し,捜査の時期また
は方法を誤らないように注意しなければならない」と定めており,これら
によれば,被害申告の受理の許否や,受理の時期は,警察官の合理的判断
,,に委ねられていると解するのが相当であり現に春日部警察署においても
現場での被害申告の受理については,現場に赴いた警察官が,各事件の個
()。,別の状況により判断するとされていたものである証人Bそうすると
原告が本件被害申告をした際の具体的状況に照らし,Bがこれを直ちに刑
事事件として受理しなかったことが合理的判断を逸脱したものと認められ
る場合に限り,この行為は違法となり得るというべきである。
上記1(1)で認定したとおり本件における原告とAのトラブルはAの,,
養育費不払に端を発するものであるが,Aは養育費の支払を約したにもか
かわらず,離婚後,十分に養育費を支払ったことがなく,原告は,本件ト
ラブル当日のみならず,それまでに何度も養育費の請求のためにA宅を訪
れて,大声を出すなどして養育費を請求していたことが認められ,原告と
Aとの間には,従前から養育費を巡る継続的ないさかいが存していたとい
うことができる。そして,本件被害申告当日は,それまでの養育費を巡る
いさかいに,本件車両の損壊や,原告に対する暴行も加わり,原告は,相
当程度の興奮状態にあったことがうかがわれ,また,原告が何度も「養育
費の件でAのもとを訪れたAに養育費を支払ってもらえないとの。」,「。」
発言をしたことが認められる(証人B)ことからすれば,Bが,原告が養
育費や本件車両の損害賠償の支払と,刑事処分とを混同していると考え,
本件トラブルのような元夫婦間の継続的な養育費問題に起因する事件につ
いて,原告の被害の状況を整理し,原告が刑事処分についての被害申告の
意味を理解しているか否かを確認する必要があると判断したことには相応
の理由が認められる。
イさらに,Cが事情聴取し,確認したところによれば,Aは,原告の被害
申告について,本件車両の運転席ドアの把手を引っ張ったことは認めてい
たものの,頸部の締め付けに関しては,単に肩をつかんで揺すっただけで
あるとして否認していたものであり,両者の言い分は食い違っていた。そ
の上,本件車両にも原告の頸部にも外観上明らかな被害を認めることはで
きなかったのであり,現に原告自身,結局頸部については受診の必要を感
じなかったものであって,本件トラブルについては,後日,器物損壊罪及
び暴行罪で被害届が受理されたものの,結局不起訴処分となっている。こ
れらの事実に,原告が興奮状態であったことをもあわせ考えると,本件被
害申告の時点においては,原告の言い分のみをもって客観的な被害状況を
把握することが困難な状況にあったということができる。
とりわけ,B及びCが,原告に対し「暴行罪」での被害申告であれば受
理が可能であると説明したのに対し,原告はあくまで「殺人未遂罪」での
被害申告をしたいと求めたと認められるところ,結局後日になってすら診
断書が出されなかったことに照らすと,殺人未遂罪の被害申告を受理する
ことは当時はもとより,後日においてもおよそ不適切であり,この点にお
いても,B及びCが,直ちに本件被害申告に基づく被害届を作成,受理せ
ず,後日,本件車両の修理の見積書や診断書をそろえた上で,被害届を提
出するよう説明するにとどめたことは合理的な判断ということができる。
ウ以上を総合すると,Bが,本件現場において直ちに被害申告を受理しな
かったことは,相応の理由があるといえ,かかるBの行動をもって違法と
いうことはできない。
(2)Bの発言について
原告はBが原告に対し私も同じ立場なんだからそういう人と一緒,「。」,「
。」,「。」になったあなたが悪い最終的に助けを求めるのは警察だけではない
等と言って,一方的に原告が悪いと決めつけるような発言をしたとして,こ
れらの言動により精神的苦痛を被った旨主張する。
上記1(6)で認定したとおり,Bが「大変なのはあなただけではない」と。
いう趣旨の発言をしたことは認められるものの,原告は,本件被害申告時に
おいて,相当の興奮状態にあり,刑事処分によって養育費や本件車両の損害
賠償の支払を得られると両者を混同しているかのような態度であったことか
ら,Bは,原告を落ち着かせ,説得するために,自分の離婚経験をふまえて
かかる発言をしたにすぎず,Bのかかる発言が,原告を一方的に悪いと決め
つけたものであったとは到底認めることができない。
(3)したがってBの一連の行為に違法性はないから被告は国家賠償法1条,,
1項の義務を負わない。
第4以上のとおりで,原告の請求は,理由がないからこれを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
さいたま地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官岩田眞
裁判官瀬戸口壯夫
裁判官清水亜希

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